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タイの高齢者介護と医療に関する考察

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タイの高齢者介護と医療に関する考察

車井浩子1 金子勝規2

1.はじめに

近年、アジア各国で高齢化が問題となっており、中でもタイの高齢化は急速に進行 している。3

また、日本においては看護・介護分野における外国人労働の受け入れが行われてい るが、それについては様々な問題が生じている。

一方、介護・医療制度に関しては高齢化に伴う発展が見られず、高齢者 の介護問題が顕在化し始めている。

45 その大きな要因のひとつとして、

国による介護や医療制度のしくみの違いが考えられる。介護労働者を日本に送り出す 側の国では、どのような介護・医療制度が整備されているのであろうか。本論文では、

タイにおける高齢化の状況を概観し、介護・医療制度の現状について考察する。6

2.タイの高齢化の現状と問題

他のアジア諸国同様、タイにおいても少子高齢化が急速に進行している(グラフ1 2 特に高齢化に関しては、アジアにおいても特に急速な高齢化が進んだ日本を、

30年から40年遅れる形で追いかけるように進行している。例えば、2010年のタイの 状況は、1975年の日本の状況にかなり近い。このような人口の変化に伴い、どのよう な問題が生じているのであろうか。

まず、タイの高齢化に関する特徴の一つとして、経済発展の遅れがある。経済発展

1兵庫県立大学 経営学部。

2 Burapha University(Thailand), International Graduate Studies Human Resource Development Center

3例えば、増田(2009)。

4インドネシア、フィリピンとは二国間EPA(経済提携協定)を締結し、すでに介護福祉士候補と なる人材を受け入れている。

5例えば、佐藤誠(2010)。

6本論文では、20119月に行ったJICAおよびBangkok HospitalDr.Renuへのイン タビューの内容を参考にしている。

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2 を遂げる前に、先進国と同等の高齢化問題に直面しているため、後述するような制度 面の整備や施設の確保がなされておらず、資源も不足している。そのような状況下で は、限られた資源を効率的に使う必要がある。また、タイでは政府内で強い縦割りの 役割分担が存在するため、資源の効率的な活用の観点からも制度間のコーディネート が重要であると考えられる。

グラフ1 高齢化率の推移

グラフ2 合計特殊出生率の推移(日本、タイ)

United Nations, world population prospects, the 2010 revisionより著者作成。

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3 3.タイの医療・介護

本節では、主にタイにおける医療制度と高齢者介護の現状について説明する。タイ においては、医療と高齢者のケアは別組織が担当しており、医療サービスや医療保障 制度等、医療に関することは保健省、社会保険は労働省、高齢者の社会的ケアは社会 開発人間安全保障省がその役割を担っている。このような強い縦割りの役割分担から 起こる弊害は何か。

3-1 タイの医療保障制度7

タイにおける医療保障制度は次の3つの制度に分立している。

公務員の制度(CSMBS;税方式)所管省庁:財務省

民間被用者社会保障制度(SSS;社会保険方式)所管省庁:労働省

自営業者の制度(UC;税方式)所管省庁:独立機関

分立している制度ごとに医療内容・医療アクセスは異なる。例えば、CSMBS におい ては、対象となるのは特権的な人々であり、患者一人当たりの医療費(医療機関への 支払い)がほかに比べて45倍である。さらに、医療内容については、高レベルの治 療を受けられる。また、CSMBSUCは税金であるため患者負担はないが、SSS 給与の一定割合を支払う必要がある。医療の他に出産、年金、死亡一時金などが保障 されるとはいうものの、唯一個人が負担を負う SSS については不満を持つ人が多い。

このように、医療内容やその財源、さらに医療へのアクセスも制度間で大きく異なる。

在タイ日本人は、通常民間医療保険に加入し、タイの富裕層と同様に快適な病院で 医療を受けることができる。このような状況から、タイでは富裕層向けの医療マーケ ットが拡大している。

異なる制度の存在に加え、全国民平等という価値観が共有されていないことも、こ のような医療格差にさらに拍車をかける要因となっていると思われる。

一方、タイにおいては保健ボランティアが多く存在する。伝統的には予防・健康増 進の面で活躍されてきた人たちであり、税金などフォーマルな形で費用が賄われるプ ロによる医療の不足を、このインフォーマルな資源がカバーしているものと考えられ る。

7 必ずしも保険ではなく、税金で賄われている部分もあるので、医療保険ではなく医療保障という。

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4 3-2 医療資源・医療費の国際比較

医療資源としての医師数に関しては、日本とタイでは67倍の差がある(グラフ3 タイの高齢化が日本より遅れていることを考慮したとしても、タイにおける医師数は かなり少ないと言える。医療職につく人々は、保健所のような機関に所属し、適宜地 域に赴き高齢者に医療を提供している。これは、日本における訪問看護に近い仕組み である。しかし、それ以外の機関には所謂プロと言えるような医療従事者はおらず、

家族や近隣の住民、およびボランティアが地域の高齢者介護を支えている。

グラフ3 人口1万人あたり医師数

World Health Statistics 2011より筆者作成。

また、医療費に関して言えば、タイにおける医療費の対GDP比は2007年現在で3.7 であり、これは日本の1960年代前半の対GDP比と同程度の比率となっている8

以上のことを鑑みると、タイでの医療職は人件費が高く非効率であると考えられる が、その部分をボランティアが補完するような構造になっていると考えられる。

(表1

1 医療費支出 (対 GDP(%)

8 WHO Global Health Expenditure Database

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5 Total expenditure on health (THE)

as % of GDP

year Thailand JAPAN

1995 3.532 6.879

1996 3.841 7.044

1997 3.997 6.988

1998 3.735 7.289

1999 3.496 7.543

2000 3.395 7.689

2001 3.316 7.950

2002 3.700 7.968

2003 3.582 8.086

2004 3.514 8.042

2005 3.549 8.162

2006 3.711 8.080

2007 3.745 8.113

2008 4.052 8.294

2009 4.306 8.348

WHO National Health Accounts より著者作成。

3-3 タイの高齢者介護

前述のように、タイにおいては家族・近隣住民、ボランティアといった人々が、イ ンフォーマルな形で高齢者介護を支えている。また、介護施設についても公的な施設 は非常に乏しい状況である。社会開発・人間の安全保障省がもつ施設は全国に12程度 であり、また自治体運営の老人ホームは13施設である。

民間の施設は近年増加しており、全国に点在していると考えられる。例えばイエロ ーページのウェブサイトで「nursing home」をキーワードとして検索すると、全国に 少なくとも66ヶ所(バンコク42、中部:パトゥムタニ県5、ノンタブリ県4、サムッ トプラカン県3、アユタヤ県1、東部:チョンブリ県2、ラヨン県1、北部:チェンマ イ県1、東北部:ナコンラチャシマ県1、スリン県1、南部:ソンクラー県2、チュム ポン県1、ペッブリー県1、ラチャブリ県1)の民間施設が登録されている。また少数 ではあるが、私立病院の中には介護施設を設置しているところもある。こうした施設

(6)

6 では、看護師、ナースエイド9

民間の高齢者介護市場に関しては、5 年ほど前までは介護サービスへの需要がほと んど顕在化していなかった。富裕層は自分で介護をしてくれる人や看護師を雇い、悪 化すれば病院に行き、一方で、貧困層は親族によるケアのみに依存していた。中間層 の人々に関しては、高齢の両親を介護施設に入居させる傾向が近年強くなっている。

タイの介護施設の平均的な入居料は15,00025,000バーツと言われているが、

最近では 1 万バーツ以下の施設も増えており、夫婦共働きの中間層の人々もこのよう な施設を利用することが可能に成りつつある。しかし、第 5 節で述べられるように、

このような価格で提供されるサービスは決して十分なモノではない。

やプー・チュアイ・パヤバーンと呼ばれる看護助手、ノ ーン・プー・チュアイと呼ばれる助手によって介護が行われる。

また、タイの介護市場には介護付きコンドミニアムという形態が存在している。日 本、デンマーク、オランダといった外資が進出しており、不動産デベロッパーと病院 などが提携して、コンドミニアムを売り、入居後に別料金で介護サービスを提供して いる。日本よりも健康的な人が施設に入るイメージで、部屋代は月 3 万バーツを越え る。これらは主に外資により活発に行われており、いまのところタイの大手資本は介 護市場への参入にあまり関心がない。

この他、デパートでのデイサービスも行われており、比較的健康な人のメディカル チェックなどを行い、その間にほかの家族は買い物に行くことができる。このデイサ ービスも、届出上は医療施設としてのクリニックである。

しかし、今後高齢化がますます進むにしたがって、このような医療資源で全ての人々、

9ナースエイド(看護助手)は半年間の教育でなることができる。3ヶ月間は座学で、残りの3ヶ月 間は実習を行う。ナースエイドは、高齢者の介護と託児所の乳児のケアをすることができる。ナース エイドの平均月給は、病院勤務の場合で 8,000バーツ、個人契約で患者の自宅勤務の場合で 10,000 バーツ程度である。しかし、個人契約の場合、原則24時間、その患者宅に滞在しないといけない。

またメイド代わりになること

を嫌がるので、あまり人気のある職場ではない。看護師の代わりに体を拭く、薬を渡す、リハビリの 補助、血圧の計測といった作業を担当する。タイでは東北地方の出身者が多い。ナースエイドを養成 する学校は、教育相の認可を受けて、看護師が経営しているところが多い。通常、56 人の看護師 が決められたカリキュラムに沿って教えている。学校はタウンハウスを改造したところが多く、1 が事務所、2階と3階が教室で、4階が学生の宿泊施設になっている。カリキュラムを修了すれば、

ナースエイドの資格が得られ、職場を選ばなければ100%の就職率である。

(7)

7 特に低所得者層の介護が賄われるのであろうか。また、家族、近隣者といったインフ ォーマルな資源を中心とした高齢者介護の役割は、今後どのように変化する必要があ るのか。

3-4 タイにおける医療機関

日本の保健所の役割は公衆衛生だけであるが、タイでは診察などの医療行為も行わ れる。ただし、実際は医師がおらず看護師が治療をするような状況である。

末端組織である保健所は一つの郡内に複数点在しており、自治体(テーサバーン)

35くらい集まった郡レベルに保健事務所が存在する。10

このように、医療機関については階層的な位置づけがあり、下層に属する病院から 順次紹介される形でなければ、上層の病院で治療を受けることが困難である。また、

医療資源はバンコクに集中しており、医療へのアクセスに関する地域間格差も存在す る。

保健事務所は通 常、中央官庁である内務省の地方の出先機関である郡事務所内に設置されるため、内 務省から派遣された郡長(ナーイ・アンプー)も上司となる。ただし、給与等金銭の 支払いは保健省の出先機関である県保健事務所によって行われるため、複雑な制度と なっている。その郡レベルにコミュニティ病院、県レベルに総合病院、その上の組織 として専門病院(リージョナル病院)が存在する。

11

このように、タイにおける医療・介護に関しては、主に医療のアクセス・公平性に 問題があり、インフォーマル資源の維持・強化が有効な施策であると考えられる。

4. タイにおける公的機関の取り組み

タイにおける介護・医療状況に対しては、公的機関と民間機関によりいくつかの取 り組みがなされている。以下では、公的機関の取り組みとして JICA による高齢者プ ロジェクトについて紹介する。

10近年、保健所の改革が行われ、名称も「タムボン健康増進病院」へと変更された。将来的に、保健 省は「タムボン健康増進病院」を内務省の管轄下にある地方自治体(市町村)に譲渡して、公衆衛生 を保健省が管轄する医療制度から切り離したい意向を持っているようである。しかし、経済的な理 由などから、実施にはいたっていない

11国際協力銀行(2004)

(8)

8

4-1 CTOPとは

先述のように、高齢化が急速に進むタイであるが、社会保障制度は未だ発展途上で あり、さらに公的資源も乏しい。また、制度間の縦割り的役割分担の意識が強く、そ れらの間のコーディネートがなされていない。一方、保健ボランティアの存在などの インフォーマルな資源等、コミュニティの力は特に地方においては根強く残っている。

これら特徴を踏まえて取り組まれたプロジェクトが、JICAによる「コミュニティにお ける高齢者向け保健医療・福祉サービスの統合型モデル形成プロジェクト」Project on the Development of a Community Based Integrated Health Care and Social Welfare Services Model for Thai Older Persons:以下、CTOP)である。これは2007年1 1月から4年間かけて取り組まれたプロジェクトである。

このプロジェクトには27局(保健省5局、社会開発人間の安全保障省2局)が 関与しており、「異なる行政機関の間の連携」を図っている。また、様々なタイプの高 齢者に対応するための「保健医療と福祉の連携」や、コミュニティレベルでの「行政 と住民の連携」にも取り組んでおり、それらの意味で「統合型サービスモデル」と呼 ばれている。行政サイドの関係者が緊密に連携をとり、さらに住民サイドと綿密に連 携をとることで、より多様な高齢者への対応を行っている。

4-2 CTOPにおける4つのプロジェクト

CTOPでは具体的に4つのプロジェクトへの取り組みがなされた。チェンライ(北部) コンケン(東北部)、ノンタブリ(中央部)、スラタニ(南部)の 4 県においてそれぞ れ1自治体を対象としてプロジェクトが組まれた。県によって抱える高齢者の特徴は 異なり、それら特徴はクエスチョネアによって把握される。12 クエスチョネアの結果 は特殊なアセスメントツールにかけられ、それぞれに必要なケアが示される。13(表2

2 CTOP調査対象4県の特徴と取り組み

12氏名、性別といった一般情報や日常生活、健康状態に関する質問項目から成る。

13 TAI(Typology of Aged with Illustration):高橋泰(国際医療福祉大学教授)により導入された。

(9)

9

高齢者の特徴 具体的活動

チェンライ 高血圧 糖尿病 行動変容マネジメント

コンケン 眼疾患 包括的コミュニティケア

ノンタブリ 卒中 リハビリテーションセンター の設立

スラタニ 保健サービスへのアクセス モバイルワンストップ サービス

これらプロジェクトには多くのボランティアが関わっている。14

伝統的な保健ボランティア(保健所に所属しており、 600Bの手当が支給され る。

ボランティアは次の 二つに分類される。

高齢者ケアボランティア(社会開発人間の安全保障省の管轄である。

ただし、実際上は同じ人が 2つのボランティアを兼任していることが多い。また、こ のようなボランティア以外に、老人クラブもこの取り組みに協力している。つまり、

高齢者が高齢者介護を担う、老老介護の現状が見られる。

4-3 CTOPの効果

4県で行われた4つのモデルを全国に普及するには、各地で高齢者調査を行い、地域 ごとに異なるプライオリティを把握することが必要となるため、具体的方法自体を普 及することは難しい。しかし、CTOP では、各地で共通して用いることが可能な普遍 的なプロセスを抽出し、教訓として提示している。(下図参照)

1 Mission

14ボランティアは有資格者ではないが、専門家が定期的に指導したり、保健所や病院主催で介護研 修が行われたりもする。

(10)

10 2 Principles

ローカルオーナーシップ ニーズに基づく統合的アプローチ 循環型マネジメント

3 Suggestions 経験からの実践的情報

当初掲げられたCTOPの目的を参考にしつつ、プロジェクトの効果について考察す る。まず、政府の縦割り的役割分担については、中央省庁の役人が活動をしたことで、

地域の実情を縦割りではなく理解することが可能になった。UC政策により医療アクセ スが改善されたと思われていたが、実際は特に地方においてはまだまだ医療アクセス は未発達であることが中央省庁に理解された点は意味がある。

次に、積極的にボランティアを取り入れることで、インフォーマルな資源の有効活 用が実現された。ボランティア活動を通じて高齢者ケアに地域で取り組むことにより、

地域における人間関係が強化される。さらに、比較的元気な高齢者は、これら地域の 活動によって自らの病気を「予防」できるだけでなく、ボランティアに参加すること により「役割」を得ることが可能になる。

波及的効果として、介護や医療に関する様々な制度などを高齢者が知る機会が増え る効果があった。高齢で様々な病気になっても、適切な治療を受けることで回復の可 能性があること高齢者が理解した点は大きな効果であったと言える。また、タイ人と 日本人から編成されるプロジェクトメンバー間で綿密なミーティングを定期的に行う ことにより、タイ人スタッフに対して日本の制度の理解を促進したり、日本の知識・

経験を伝えることが可能となり、人材育成の面でも効果があったと思われる。

しかしながら、ボランティアに関わる住民が比較的高齢であることなど、問題点も 多く明らかになっている。

5. タイにおける民間機関の取り組み

本節では、民間機関の取り組みとしてバンコクにある介護施設を紹介する。

バンコク北部にあるこの介護施設は、4年前にタイ人向けに介護サービスの提供を始

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11 めた。もともと民間病院であった施設を再利用して、510 人ぐらいのお手伝いを雇 って事業を開始した。この介護施設を運営・管理しているのは医師であり、昼間は都 内にある有名病院に勤務している。毎日夕方5時から8時まで介護施設で入居者の健 康状態を確認している。この施設も登録上は医療クリニックとなっている。

施設は5階建てで、1階に受付と外来があり、2階にリハビリ施設、3階から上が生 活スペースとなる。複数の大部屋があり、男女別に分かれている。大部屋に病院と同 じベッドが何台も置かれており、一見すると病院の病室のようである。

最近は共働きの世帯が多く、家族での介護が難しくなり、施設に預けるケースが増 えている。特に、痴呆がはじまった高齢者を自宅で介護することは難しく、共働きで あれば高齢者と接する時間が短くなり痴呆も悪化する。しかし、この施設に来れば、

スタッフが常駐しており、他人とコミュニケーションをとる機会も多いことから、そ うした高齢者にとってはより良い環境と言える。

12時間交代で、1213人のナースエイドと看護師1人が勤務している。 同医師に よれば、最近の若い看護助手は我慢が足りずにすぐにやめてしまうとことも多く、そ のたびに提携しているナースエイドを要請する学校から欠員を補充している。また、

そうした学校の実習生の受入も行っている。

現在15人の高齢者が入居しており、そのうち2人は日本人である。この介護施設を 運営する医師が日本の大学の医学部を卒業しており日本語も堪能であることから、タ イに在住する日本人の受け入れも行っている。これまでにも45人の日本人がこの施 設で最期の時を迎えている。

この介護施設の入居費用は食事込みで月額22,000バーツである。いわゆる素人 が運営するような介護施設では食事付きで月額15,000バーツ程度、民間病院の介 護サービスは、部屋代と食事代で31,000バーツ以上となっており、さらにおむつ 代や薬代は別である。したがって、この介護施設の入居費用はちょうど中間の価格帯 となっている。しかし、この金額で施設が利益を出すことは難しく、管理者である同 医師はボランティアで働いている状態が続いている。

このような高齢者介護の状況の中、20119月に関係省庁(労働省や保健省など)

と民間事業者が集まって、介護労働者の基準作りに関する一回目の会合が開かれた。

まず介護労働者について、「プー・チュアイ・ドゥーレー・プー・スン・アーユ(ケア・

アシスタント)という名称が決定した。そこでは1級から3級までの介護資格を設け、

それに応じた賃金体系の導入を計画している。一番専門性の低い 3級でも日給は 300 バーツを超える見込みで、民間事業者にとっては介護施設の運営がさらに厳しくなる。

(12)

12 例 え ば 、3 級 の 介 護 労 働 者 を 10 人 、1 2 交 代 で 雇 っ た 場 合 、 少 な く と も

300×10×2=6000バーツの人件費がかかる。月に直せば6000×30=180,000バーツとな

る。この他に光熱費や入居者の食事代などもかかることから、赤字になって介護施設 の経営から撤退する懸念もある。あるいは、人件費を減らすためにスタッフを削減し、

サービスの質が低下するかもしれない。

6.タイにおける高齢者介護の今後

4 節でも述べたように、タイにおいては、医療や介護に関しては家族や近隣者、

ボランティアと言ったインフォーマルな資源が主に関わっており、さらに各種施設の 状況も量・質ともに決して十分であるとは言えない。日本における介護福祉士や介護 ヘルパーのような有資格の介護士は制度上おらず、看護士を除けば素人が介護を担っ ている。中でも問題であると考えられるのは若年層の意識である。ボランティア活動 に関しても 40代~60代の高齢者が行っており、若い人の間での高齢化に関する意識 は低い。40年前の日本の状況を思えば、これはタイに限ったことではない。日本とい う良い前例が身近にあるだけ、当時の日本の若い世代よりも少し意識は高いと言える。

しかし、若年層の高齢化に対する関心の無さには政府も危機感を持っており、世代交 流プロジェクトなどを通じて世代間の交流をはかっている。

日本では、介護保険制度が整い始めた2000年頃は、家族介護が重要という考えはあ りつつ、一方では家族介護では高齢者介護が破綻してしまうという危機感を感じる人 も多く、「社会全体で高齢者介護を支える」という意識が強く働き、そのことから制度 の整備が順調に進んだとも考えられる。しかし、タイにおいては、未だ介護は家族が するものという認識が一般的であり、その点を考慮すると介護を取り巻く様々な環境 が整備されるには時間がかかるものと予想される。

また、介護に従事する労働者については、ある程度教育・育成する機関はあるもの の、育成された人材は地域では介護職についていない。彼らの多くは、都市にある数 少ない施設や富裕層向けの施設で働いているというのが現状であり、したがって富裕 層以外の人々に関してはやはり地域レベルで高齢化に取り組むことが必要不可欠であ る。富裕層でなくともある程度の所得が有れば、ミャンマー、ラオスといった近隣国 から安価な労働力を雇うことが可能であるため、社会全体で高齢者介護を支えるとい う動きに成りづらい現状にはある。しかし、そのような所得を得ている人々が多いわ

(13)

13 けではなく、やはり社会全体として介護を支える必要がある。タイにおける医療・介 護制度の整備に関しては、今回取り組まれたCTOPのように、様々な面における日本 からの支援が今後より重要となると思われる。

参考文献

・佐藤誠,『越境するケア労働』,日本経済評論社, 2010.

・増田雅暢編, 『世界の介護保障』, 法律文化社, 2004.

・国際協力銀行, タイ王国における社会保障制度における調査報告書, 2002,http://www.jbic.go.jp/Japanese/oec/environ/report/pdf/thai.pdf.

JICA, “タイにおける高齢化対応の今後の方向性とCTOPについて”,報告資料,

2011.

United Nations, World Population Prospects the 2010 revision, (http://esa.un.org/wpp/Excel-Data/population.htm).

WHO National Health Accounts,

(http://www.who.int/nha/country/tha/en/).

WHO World Health Statistics 2011,

(http://www.who.int/whosis/whostat/en/).

参照

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