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戦略マネジメントシステムとしての 戦略管理会計研究

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(1)

1.は じ め に

本稿の目的は戦略マネジメントシステムとして管理会計がどのように研究 がなされてきたかについて整理し,戦略マネジメントシステムとしての管理 会計のフレームワークを考察することである。本稿での戦略マネジメントシ ステムとは,企業の目的を達成するために,戦略を実践に移していくための 一連のシステムである。

1980年代以降,戦略の重要性が問われるようになってから管理会計の分野 においても戦略と管理会計との関係が盛んに研究されるようになってきた。

戦略と管理会計の関係に関して注目が集まっている理由の一つに,昨今の変 化の激しい経済状況の中で,

Anthony

(1965)が提唱した枠組みの中で戦略 を実行するために

PDCA

サイクルを回すという伝統的なやり方に対する批 判があった。すなわちフィードバックのタイミングが遅すぎて役に立たない というような議論である(Johnson & Kaplan 1987)。それに対応するように

戦略マネジメントシステムとしての 戦略管理会計研究

篠 原 巨 司 馬

目 次 1.はじめに

2.戦略管理会計の変遷

3.システムアプローチとプロセスアプローチ 4.総合的アプローチとしての戦略管理会計 5.まとめ

−445−

( 1 )

(2)

戦略的管理会計論や様々な管理会計技法の戦略的利用に関する研究が盛んに 行われてきたのである。特に昨今では1996年に

Kaplan & Norton

によって提 唱されたバランスト・スコアカード(BSC)が,具体的な戦略マネジメント のためのツールとして注目を集め,様々な方向から研究されている。

しかし,戦略の概念は,Mintzberg(1998)が戦略論を10の学派に分類し ているように多様である。多様な戦略があるために,一口に管理会計による 戦略マネジメントと言ってもその性質は論者によって異なっている。資本予 算のように戦略的意思決定のための情報を提供するための技法から,戦略を 成功裏に実行するために従業員を動機づけるための業績評価システムまで 様々な管理会計技法がある。このような中で新江(2005)は日本の「管理会 計研究において戦略の問題は,どちらかといえば特定の管理会計手法との関 係で取り上げられることが多かった」(新江 2005

p.

7)と述べており,「今 後新たな管理会計の体系を構築するにあたっては,単に戦略を所与とするの ではなく,戦略と管理会計との多様な関係性をも説明できるような包括的な 体系化を目指す必要がある」(新江 2005

p.

198)と主張している。

そこで本稿ではまず戦略と管理会計に関する研究がどのように進んできた かを概観し,その上で,戦略マネジメントのための管理会計はどのような視 点を持つ必要があるか考察する。

2.戦略管理会計の変遷

2.1.戦略管理会計の登場

そもそも

Anthony(1965)によって,戦略的計画設定,マネジメント・コ

ントロール,現業統制という経営管理のフレームワークが提起されて以来,

このフレームワークに対応する形で管理会計が研究されてきた。例えば,戦 略的計画設定では長期利益目標,中期計画,マネジメント・コントロールで は予算,現業統制では原価管理などが扱われてきたとされる(上總 1993

−446−

( 2 )

(3)

pp 65‐66)。

一方で,Johnson & Kaplan(1987)は管理会計の理論が実務と乖離して管 理会計論はもはや有用な情報を提供していないという意味を含めて適合性の 喪失を主張した。これと前後して,戦略に有用な情報を提供する戦略管理会 計が提唱された。例えば Simmonds(1981)は競合他社など企業外部の管理 会計情報を提供することにより競争優位を生み出すといった主張をし,

Bromwich(1992)は企業外部の会計情報に加えて顧客満足を組み込み戦略 策定に役立てるべきだという議論をした。また Shank & Govindarajan (1993)

は,Porter(1980)の産業組織論に基づく戦略論を参考に価値連鎖分析,戦 略的ポジショニング,戦略的コスト分析の三つの手法からなる戦略的コスト マネジメント論を展開した。これらの議論は経営戦略に関わる意思決定に有 用な情報を提供することが主な課題であった。

また過度な財務情報への依存によって戦略を見失っているとの批判に対応 するために Kaplan & Norton(1996)は非財務情報と財務情報を統合的に用 いるための技法としてバランスト・スコアカード(BSC)を提唱し,現在で はそれを戦略マネジメントシステムとして利用することが可能であるとして いる。

他にも,ある戦略のもとではどのような管理会計システムが有効であるの かを解明しようとするコンティンジェンシー・アプローチによる研究が1980 年代,90年代に盛んに行われた

1)

。例えば,Miles & Snow(1978)の4つの 戦略タイプ(探索型,防御型,分析型,反応型)で企業の戦略を分析し,戦 略タイプによって管理会計の利用法がどう違うかを考察するような研究がな された( Abernathy & Brownell 1999 )。

1) Langfield-Smith(1997)はマネジメント・コントロール・システム(以下 MCS)

と戦略の研究に関するレビューを行っており,その中でコンティンジェンシー・

アプローチによる研究の成果をまとめている。

戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計研究(篠原) −447−

( 3 )

(4)

このように進んできた戦略管理会計論であるが,近年ではその多様性のあ る研究をなんとかまとめて一つの枠組みを構築しようという動きが出てきて いる。しかし新江(2005)が述べたとおり戦略管理会計の枠組みを体系的に 分析した研究は多くない。以下でいくつか取り上げて検討する。

2. 2.戦略管理会計の分類枠組み

まず

Chenhall(2005)は,戦略内容アプローチと戦略プロセスアプローチ

に区分することができるという鋭い視点から戦略と管理会計の関係に関する 研究を考察している。戦略内容アプローチによると,戦略は,戦略策定,戦 略分析,そして戦略実行という論理的で直線的なプロセスをたどるとされ,

理想的な戦略や戦略の最適な組み合わせを提示する(

Chenhall 2005 p.11

とし,どのような戦略にどのようなマネジメント・コントロール・システム が最適であるかを探求してきたと述べている2)。戦略プロセスアプローチで は,戦略内容アプローチの合理的なプロセスの重要性を認めつつも

Mintzberg

の言うところの創発戦略の考え方を参照し,「諸個人が戦略的課題に関する 意思決定をどのように行うかについて注目」する一方で「公式的なコント ロールはあまり強調されない」(Chenhall 2005 p.24)としている。彼は,二 つのアプローチを組み合わせることが必要となる研究領域が数多く存在する としており,それは,学習する組織の構築,組織的慣性,および気まぐれや 流行であるとしている。「組織的な知識や知性を構築する」には,「特定の技 法を適用するだけでは不十分」であり,「管理者たちがそれらの諸技法をい かに知性的に利用するか」(p.28)が重要としている。そしてマネジメント・

コントロール・システム(

MCS

)の「戦略内容設計の進化とその利用プロ セスを理解するには,全体論的なアプローチが必要であり,将来への多くの

2)

前述のコンティンジェンシー・アプローチによる研究や

Anthony

の枠組みを前提 にした計画設定による戦略実行の研究はこの中に含まれる。

−448−

( 4 )

(5)

研究課題を提示している」(

p

28)としている。

また新江(2005)は,戦略管理会計研究を青島・加藤(2003)の戦略論の 分類(ポジショニング・アプローチ,ゲーム・アプローチ,資源アプローチ,

学習アプローチ)に照らし合わせ,それまでの研究がどのような戦略の視点 を取り入れて研究されているのかを検討し,その上で戦略管理会計研究の方 向性を提案している。新江(2005)は,戦略管理会計研究においては多様な アプローチによる研究が行われていること,ツール研究だけでなくプロセス 研究も行われていること,戦略と管理会計は双方向の影響に関する研究がな されていることを確認し,これらを統合的に捉えるアプローチを構築する必 要があると主張している。

堀井(2003)は

Anthony

(1965)の戦略的計画設定,マネジメント・コン トロール,現業統制という枠組みの中ではじまったマネジメント・コント ロール論がマネジメント・コントロールの機能拡大に伴い変化していると指 摘した。すなわち初期の

Anthony

が想定していたように決められた戦略を実 施するためだけでなく,環境との相互作用を重要視し,戦略的計画設定を定 期的・体系的に行うオープン型のマネジメント・コントロールが提言されて いるとしている。また,そのような変化の中で戦略管理会計論をマネジメン ト・コントロールのための技法と位置づける戦略重視型マネジメント・コン トロール論と,戦略的計画設定のための技法として位置づける会計重視型マ ネジメント・コントロール論の二つに分類した。そして「戦略分析会計/個 別計画会計として位置づけられる戦略管理会計論はマネジメント・コント ロールの中で論じられるべきではなく,戦略的計画設定を支援するための会 計として論じられるべきである」(堀井 2003

p

65)と主張した。

以上のように戦略と管理会計の関係性に関する研究はいくつかの視点から 分類されているが,論点を以下にまとめてみる。

まず,管理会計技法それ自体の研究(便宜上システムアプローチと呼ぶ)

戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計研究(篠原) −449−

( 5 )

(6)

から,管理会計技法をいかに活用しているかというプロセス(

how to use

の研究(便宜上プロセスアプローチと呼ぶ)へと研究の重点が移っている点 である。Chenallが戦略プロセスアプローチとしてまとめているが,そもそ も戦略管理においてプロセスの重要性は,Anthonyの枠組みによる計画設定 そして実行というシステムへの過度な依存によって戦略の(策定と実行の)

「プロセスを過度に計画的なものにしてしまい,同時に戦略的学習を損ねて しまう」(Minzberg 1998)という批判から生まれた創発戦略への注目に対応 したものであると考えられる。つまり組織のイノベーションは管理会計シス テムをどのように利用することで生まれてくるのかということに焦点をあて た研究が盛んになってきているのである。そのために会計の実践に目を向け 戦略と会計との相互作用に関する研究が行われるようになってきた(

Dent, 1991 ; Simons 1990)。さらに言えばこうした中で戦略と会計の関係をその現

実のプロセスにより注目することで明らかにするため実践理論(

practice theory)を援用した研究

3)も登場してきている(Ahrens & Chapman, 2007 ;

Jo

rgensen & Messener, 2009)。

次に,システムアプローチとプロセスアプローチを統合する必要があると いう点である。Chenhallが主張するように,実際の経営活動の中でどのよう に管理会計システムが設計され,利用されているかを明らかにするためには,

その両方の側面を捉える必要がある。システムのみを見ていては,経営者や 従業員がどのような意図で利用しているかということがわからない。逆にプ ロセスのみを見ていては,具体的なシステムの運用を考える際の処方箋たり えない。相互に補完関係にあるので,戦略マネジメントのためのシステムを 考える際にはシステムとしてどのような機能が必要で,その機能はどのよう に引き出されるのかということ,つまり

what

how

を同時に捉えなくては

3)

実践という視点に関する詳細な検討は藤岡(

2009

)を参照。

−450−

( 6 )

(7)

現実は見えない。総合的に捉えるアプローチによって,研究の側面から言え ば,より管理会計の実践を捉えることが可能になり,伝統的な枠組みの中で は見えてこなかった新しい知見を得られる可能性がある。また実務への フィードバックという点から言えば,予算が形だけのものになってしまった り会計制度がゲーム化してしまったりするというような様々な会計の機能不 全に対する処方箋を提供することを期待できるだろう。

そこで次節では,システムとプロセスの両面から戦略マネジメントシステ ムのフレームワークを考察したい。既存の戦略管理会計研究の中で,どのよ うなフレームワークに基づき戦略マネジメントが議論されてきたかを明らか にし,企業の実践している戦略を実行していくシステムとプロセス両面を捉 えられるような一つの視点を提示したい。

3.システムアプローチとプロセスアプローチ

まず管理会計による戦略マネジメントシステムの全体像はこれまでどのよ うに捉えられてきたかを詳細に検討したい。ここまでで見てきた通り,戦略 管理会計の研究は主にそれぞれの管理会計技法の研究としてのシステムアプ ローチに重点をおいて進んできており,近年では如何にコントロールしてい くかというプロセスアプローチに焦点が当たってきている。そこでこれまで の戦略マネジメントシステムの研究を捉える際に,システムアプローチとプ ロセスアプローチの両方について既存の代表的なフレームワークを検討し,

その上で統合的に捉えることが可能か検討する。

3.1.システムアプローチによる戦略マネジメントの理解 3.1.1.Anthonyのフレームワーク

管理会計においては

Anthony(1965)のフレームワークに従い戦略的計画

設定,マネジメント・コントロール・システム,現業統制という目標設定の 戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計研究(篠原) −451−

( 7 )

(8)

階層構造によって理解されてきた。企業目的を達成するために教科書的には まず,企業目標が設定され,環境分析と自社分析を経て,戦略が決定され,

その後戦略計画が決定されるというプロセスが戦略計画の設定プロセスであ るとされている(上總 1993

pp.

76‐77)。ここでの企業目標は売上高や利益 など数値目標である。戦略計画では「長期経営計画(3〜5年)ないし中期 経営計画(2〜3年)が設定」され「同時に,戦略計画を貨幣的に表現した 長期利益計画」(上總 1993

p.

77)が策定される。戦略的計画設定によって 設定された戦略はマネジメント・コントール・システムへと展開される。す なわち「戦略計画を向こう1年間の企業活動で実現するため,まず戦略計画 の次年度実施分が短期基本計画として提示され」(上總 1993

p.

125),短期 基本計画は部門計画に展開され実行計画が設定され,完遂するために統制さ れる。一方で,長期利益計画の展開プロセスは長期利益計画→短期利益計画

→部門予算→総合予算→予算統制というプロセスになっている。そしてそれ ぞれ戦略計画と長期利益計画,短期基本計画と短期利益計画,部門計画と部 門予算,実行計画と総合予算,統制と予算統制というように経営管理と数値 管理が対応している。また「戦略計画と短期経営計画とは十分に連携されて いなければならない」(上總 1993

p.

126)とされている。設定された戦略を 予算管理を中心とした定常的なマネジメント・コントロール・システムで実 行し統制するという形である。

要するに

Anthony(1965)のフレームワークによる戦略的計画設定,マネ

ジメント・コントロール,現業統制という上位管理者から現場従業員までの 展開に基づき,管理会計によるコントロールは説明されてきた。企業全体の 目標を各レベルへと分解していく中で会計責任と結びつき会計数値を基にコ ントロールされている。この考え方は,個々人が目標を達成すれば,その総 和が企業全体の目標達成となるという点から,企業が目標として掲げる会計 数値を達成するためには非常に有効である。

−452−

( 8 )

(9)

3. 1. 2. BSC の意義

一方で近年,戦略マネジメントシステムとして注目を集めているのが BSC である。BSC が登場した背景として,上記のように財務情報に依存した伝 統的な「業績管理システムからもたらされる財務情報は,企業の戦略行動の 成果を示すには集約されすぎている(too aggregated)のみならず,経営意思 決定に利用するにはフィードバックが遅過ぎる( too late )」(安酸他 2010 a pp 173‐174)という批判があった。その批判への対応の一つとして「非財務 情報を業績管理システムに組み込むこと」(安酸他 2010 a pp . 174)が挙げら れている。言い換えると既存の財務数値偏重のシステムによって失いがちな 長期的な戦略に対する投資の効果を非財務指標によって先行的に測定し評価 するべきだという議論である。その一つの技法が BSC である。

BSC は,非財務情報を取り込むためのシステムとして登場してきたが,

現在では Kaplan & Norton によって,戦略マネジメントシステムとして位置

づけられている。簡単にいうと業績測定ツールとして戦略との因果関係を非 財務的な視点と財務的な視点から描き出すことで戦略の実行に役立てること ができるから, BSC は,戦略マネジメントシステムであると主張されてい る。

BSC では「財務の視点」「顧客の視点」「内部プロセスの視点」「学習と成 長の視点」という4つの視点から業績指標を設定し,「戦略マップ」によっ て業績指標と戦略との因果関係を示す。長期的なビジョンをもとに,財務的 な戦略目標を立て,それを達成するために戦略マップを利用し戦略のストー リー(戦略が成功裏に実行されるロジック)を作り込む。その際に,戦略の ロジックを考察し,上記の4つの視点それぞれに戦略目標を設定する。例え ば,品質向上や顧客満足度アップなどが掲げられる。その後,それぞれの戦 略目標について,尺度,目標値,戦略的実施項目が設定される。どのように 顧客満足度を測定し,どの程度を目標にするか,そのために具体的に何をす

戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計研究(篠原) −453−

( 9 )

(10)

るかということを決めるフェーズである。そして最終的には戦略的実施項目 を実行していくことで戦略目標の達成を目指し,日々の

PDCA

サイクルを 回すことになる。当然,目標の未達が出た場合にはその情報がフィードバッ クされ次期に対策が立てられる。

BSC

においては各視点間の因果関係を仮定し,それぞれの業績指標を管 理することが有効であると説明されてい る(

Kaplan & Norton 1996

訳 本

pp.

55‐57)。企業の最終的な目標となる財務的な目標を達成するために,ま ず顧客の視点から何をすればいいのかを考察する。次に顧客の視点を満足さ せるためには内部プロセスをどのように改善していけばいいのかを考える。

その上で,内部プロセスの改善に向けて組織の学習や成長をいかに図ってい くかという部分までロジックを落とし込んでいく。この組織学習まで展開さ れたロジックの中ではその活動の結果が財務情報として現れてくるものは多 くない。そこで細かく分解された戦略的行動をそれぞれ何とか評価するため に先行指標として現れるであろうと考えられる非財務情報を用い組織をコン トロールしていく。戦略のロジックが正しく機能していると仮定すれば非財 務的目標を達成していけば,結果として遅行指標である財務情報に現れてく る。簡単に言えばこれが

BSC

による戦略マネジメントシステムのロジック である。

ここまで見てみると,BSCの最大の特徴は戦略のロジックを重要視し,

そのロジックの実行を管理するために非財務情報を取り込んだという点であ ろう。また安酸他(2010

b

)は,

BSC

の戦略マネジメントの特徴として「戦 略の明確化プロセス」,「戦略の伝達・共有化プロセス」,「戦略実行のコント ロール・プロセス」,「戦略実行のフィードバック・プロセス」の4つがある とし,戦略のロジックの展開が持つ意味を考察し,それぞれどのような研究 が行われているかについて整理している4)

−454−

( 10 )

(11)

3. 1. 3.システムアプローチによる戦略マネジメントの考察

Anthony のフレームワークによる戦略マネジメントのプロセスとバランス

ト・スコアカードの戦略マネジメントのプロセスとを比較してみると,バラ ンスト・スコアカードは戦略の明確化,伝達,共有というプロセスをかなり 強調していることがわかる。Anthony のフレームワークに従うと戦略の実施 は責任会計システムを通じて行われる。すなわち,予算や業績評価制度に よって下位の組織へと数値目標が分解され,それぞれの組織単位でその目標 を達成することで戦略が実施され目標が達成される。戦略の明確化や伝達,

共有には言及しない。一方でバランスト・スコアカードにおいては,設定さ れた全社的な戦略を戦略マップとスコアカードを利用して下位の組織に展開 し,その中で予算等と連繋して,戦略を実施していく。従業員をコントロー ルしていくという意味においては,責任会計システムに非財務情報を導入し てはいるもののそれまでの考え方と基本的には同じである。戦略マップやス コアカードを利用してはいるが,下位の組織へと目標を展開し,それぞれが 実行することで,全体の目標が達成されると想定している部分はまさに責任 会計システムである。まとめると伝統的なフレームワークと異なる点は,責 任会計システムに非財務指標を取り込もうとしている点と,戦略のロジック を明確に描き出すツールを用いて,戦略を明確化し,組織成員に伝達,共有 をする仕組みを取り入れている点であると考えることができる。

戦略マネジメントをする際に,非財務指標を考慮すること,戦略の明確化,

戦略の伝達,共有を取り込んだということの意味を考えてみる。

非財務指標を考慮することに関しては,先述したように財務指標に過度に 依存すると,戦略的行動が阻害される可能性があることに対処するためだと いう議論が一般的である(安酸他2010 a)。戦略を成功裏に実行しようとする

4)

安酸他(

2010b

)は,この

4

つの特徴に加え

BSC

の利用と業績の関係という

5

の視点からどのような

BSC

研究がなされているかレビューをおこなっている。

戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計研究(篠原) −455−

( 11 )

(12)

場合,実施中すぐにその効果が財務的数値として現れてくることは少ない。

そうすると伝統的な責任会計システムのもとでは,財務数値に現れないよう な行動を取ることは非合理的と見なされ,戦略的行動が避けられてしまう。

そこで最終的な財務数値が出る前に,その前段階で先行指標となると考えら れる非財務指標(顧客満足度や来店頻度など)を評価することによって戦略 的行動を評価しようということである。

戦略を明確化,伝達,共有について考えてみる。そもそも

Anthony

は戦略 を「目標を達成するために組織によって採用された方針」(

Anthony 1988 p.31)と定義している。付け加えると,目標達成のために組織がどのように

資源配分していくかという方針である。この資源配分を行う際に,Anthony のフレームワークに従うと,予算管理制度や業績評価制度などが用いられ,

企業の長期的な目標は財務数値に変換され,組織にブレークダウンされてい く。財務数値目標が達成されれば戦略的にも成功したとみなされるのであり,

システムとして戦略の共有を意図しない。戦略的な数値目標を個人単位まで ブレークダウンすることができていると仮定すれば,末端の従業員は戦略を 理解していなくても,設定された目標とそれに伴う行動計画のとおりに業務 を遂行し,達成すれば全社的に見ると戦略目標は達成されるのである。つま り上位の管理者による資源配分の意思決定がうまくいっていれば,戦略をあ えて共有するまでもないとも言い換えることができる。ただし実際には会計 システム以外の管理システムで理念教育やビジョンの共有等が行われている ことが多い5)。一方で

Kaplan & Norton

(1996)は戦略を共有することにより,

企業内部の各部門の連繋を促進することと,組織の末端の成員から顧客志向 のプロセスや業務改善のアイデアが生まれることが期待できるとしている。

既存のフレームワークの中で他の経営システムが担ってきた機能をあえて業

5)

目的は様々だが,従業員のモチベーションを上げたり,企業への帰属意識を高 めたりといったことを狙っていると考えられるが,別途研究する必要がある。

−456−

( 12 )

(13)

績管理システムに取り込んだのが

BSC

であるとも言える。財務情報中心の コントロールの場合は,結果が重視されるために戦略を共有しなくても展開 されてきた目標を達成すればよかったが,現場レベルでも外部環境にある程 度対応することを期待すると従業員の戦略理解は非常に重要であり,それが 戦略的行動に現れてくる。また従業員個人に戦略的行動を取らせるために非 財務指標を適用し直接利益に結びつかないような戦略的行動でも正当化しよ うとしていると考えられる。言い換えると既存の財務数値による結果コント ロールから非財務数値によるプロセスコントロールへと戦略マネジメントが 変化してきているととらえられる。

ではどのようにプロセスをコントロールしていくのかという戦略マネジメ ント研究として,前述のプロセスアプローチがある。

3. 2.プロセスアプローチによる戦略マネジメント

Chenhall(2005)は,「戦略プロセスアプローチは,諸個人が戦略的課題

に関する意思決定をどのように行うのかについて注目する」(Chenhall 2005

p.24

)としている。言い換えると,従業員が様々な管理システムに対応して どのように戦略的行動をとっているのかを考えるのがプロセスアプローチで ある。

Chenhall

は,

March & Simon

(1958)や

Cohen et al

(1972)などを引 用し,諸個人の限定合理性と呼ばれる認知的限界によって,諸個人は最適化 よりも満足化を選好し,情報処理能力に限界があるために,すべての選択肢 を考慮せずにセカンドベストを選択したり,計画外の状況に対して機会主義 的な意思決定をしたり,解決できる問題しか見つけないかもしれないとし,

それらを如何に戦略的行動へ導くかについて注目するとしている。

Chenhall

は戦略プロセスアプローチの研究として,公式なシステムのコ

ミュニケーション・プロセスへの影響,Simons(1995)のインタラクティブ コントロール,戦略と組織変化における

MCS

の役割という論点から整理し 戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計研究(篠原) −457−

( 13 )

(14)

ている。中でも

Simons

(1995)のフレームワークはコントロール・レバー と呼ばれており,様々なプロセス研究に採用されている。以下ではそのフレー ムワークを概観する。

3.2.1.コントロール・レバー

Simons

の当初の疑問はプロセスアプローチ的な考え方であり,「マネ

ジャーは革新とコントロールをどのようにバランスさせているか」であった

Simons

1994 邦訳 17)。この疑問に対して,

Simons

(1987,1990)は戦略 と会計コントロールシステムの関係に関する調査を行った。この研究ではサ イモンズの予想とは逆に革新的な企業ほど,公式的なコントロールが強いと いう事実が明らかになった。この結果を受けて,サイモンズは公式的なコン トロールの中に革新をもたらす仕組みがあることを発見した。

上記の疑問に答える形で信条のシステム(

Beliefs systems

),境界のシステ ム(Boundary systems),診断型コントロールシステム(Diagnostic control sys-

tems),インターラクティブコントロールシステム(Interactive control sys- tems

)という4つのコントロールレバーを使ってマネジャーが部下をコント ロールする方法が提案されている。

4つのシステムについて簡単に触れておくと,信条のシステムというのは 戦略の実行にあたって何らかの問題が生じたときに社員がどんなタイプの問 題に対処し,どのような解決策をすべきかを自分で判断できるように,社員 を支援するシステムである。例えば企業理念がこれにあたる。境界のシステ ムというのは倫理境界と事業境界の2種類がある。組織の参加者に許容され る行動の境界を示すシステムであり,組織メンバーの行動に制限を与えリス クを回避するためのシステムである。事業境界というのは企業の機会探索活 動の範囲を限定するためのシステムである。企業の資源の浪費という危険を 回避するという目的がある。診断型コントロールシステムというのは予算シ

−458−

( 14 )

(15)

ステムなど,従来研究されてきたコントロールシステムに対応するものであ る。すなわち,プロセスのアウトプットを測定する能力,現実の成果と比較 できる事前に設定された基準,基準からの乖離を修正する能力が必要な要件 となるシステムである。インターラクティブコントロールシステムとはマネ ジャーが部下の意思決定行動に規則的に個人的に介入するために活用する公 式的な情報システムである。診断型コントロールと併用することで,将来の 状態に対する推定の継続的な見直し,それに対応する方法の検討が可能とな る。このフレームワークは戦略をダイナミックにコントロールすることを可 能にするものだとサイモンズは主張する。

また4つのレバーは二つの要素の引っ張り合い(tension)を調和すること で調整されるとしている。引っ張り合いというのは二つの要素が対立的に存 在し,どちらかに注力するともう片方への資源の投入量が少なくなるという ような緊張関係である。

Anthony(1965)以来の従来の管理会計のフレームワークでは戦略的計画

設定,マネジメント・コントロール,現業統制という3段階に分けられ戦略 の策定から計画実行へとトップダウン型のシステムで議論されてきた。

Simons

は一方では将来の革新のための戦略的な投資と,一方では現在の意

図された戦略をより確実に実行するためのコントロールへとバランスよく資 源を配分する必要があるという視点で戦略のプロセスを説明している。また このプロセスは

Anthony

のフレームワークのように戦略の策定,実行プロセ スを戦略的計画設定と実行段階であるマネジメント・コントロール,現業統 制と分けて考えていない。MCSや現業統制の中にも戦略を形成する仕組み があるという着眼点である。これは堀井(2003)で指摘されているオープン 型のマネジメント・コントロールの考え方である。

戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計研究(篠原) −459−

( 15 )

(16)

3. 2. 2.プロセスアプローチのための実践理論

プロセスアプローチに注目は集まっているものの,現状としてはまだ十分 な体系化はなされておらず,分析のための枠組みもばらばらである。プロセ スアプローチのための枠組みとしては,エスノメソドロジーやアクターネッ トワーク理論とともに,近年,実践理論が注目されている。実践理論は,実 践が行われる「場」( site )において,なぜ( WHY? )どのようにして( HOW? ),

実践が形作られているのかという問いに応えようとした枠組みとなっている。

Schatzki (1996,2005)が提示した実践理論は,「場」の客観的精神を経験

的に確認するための道筋を与えてくれている。Schatzki(1996 pp. 118‐121)

は,認識論的条件や秩序は,観察可能な行動から直接読み取る事はほとんど できないと警告している。しかし,同時に,認識論的な条件や秩序の深層構 造は,行動に関して「なぜ」(WHY?)という質問を繰り返す事で接近する ことができると Schatzki は考えている。我々は活動の意味を,「なぜ」とい う質問を繰り返すことで,目的論的な次元から明らかにすることができる。

しかし,「なぜ」という質問に対して納得のいく応えが返ってこないとき,

つまり,活動の意味が目的論的には与えられていないときには,この「な ぜ」という質問を繰り返すという戦術は失敗する可能性が高い。その場合に は,意味は,目的論的に与えられていない可能性が高いからである。その場 合には,一連の活動の背後にある感情論的な次元を見る必要がある。 Schatzki の理論は,これまで機能論的に捉えられてきた管理会計と戦略マネジメント プロセスに機能以外で影響を与えている感情や場といった部分へ光をあてた ものとなっている。組織実践の中で戦略マネジメントプロセスを理解するに はこの部分を無視することはできない。イノベーションのアイデアや戦略的 な意思決定は必ずしも奇麗な分析的結果のもとに現れるとは限らないからで ある。

Schatzki (2002,2005)の実践理論を援用して,Ahrens & Chapman (2007)

−460−

( 16 )

(17)

は,戦略化(

Strategizing

)のプロセスにおける会計の役割を理解するなかで,

経営者の意図の重要性を明らかにした。Ahrens & Chapman(2007)では,

実践理論における目的感情論的構造の概念が,MCSと経営者の意図との関 係を把握するために活用された。Jo

rgensen & Messner(2009)は,新製品開

発プロセスにおいて会計の役割を分析する際にローカルな知識の重要性を強 調している。

Jo

rgensen & Messner

(2009)では,実践理論における実践理解 の概念が,業績評価尺度の同一性と多様性を理解するために活用された。

3.3.3.プロセスアプローチの論点

以上見てきたように戦略マネジメントと管理会計におけるプロセスアプ ローチによる研究はまだ試行錯誤の中で続けられているようである。しかし,

これらを見てみるとその特徴としていくつか論点を挙げることができる。一 つ目は,トップダウン型のマネジメントから組織能力の活用へと視点がシフ トしている点,二つ目は,公式的なコントロールの度合いはどのように戦略 的行動(イノベーション)に影響を与えるのか,三つ目は意思決定者がどの ように現場の情報を吸い上げるために公式的コントロールを用いているのか である。これらの論点に共通するのは,戦略的管理会計が予算などを使って 資源を配分していくためだけにあるのではなく,従業員個人個人の行動とい う資源を如何に戦略的行動に配分していくかを問題にしていることである。

ここにプロセスアプローチとシステムアプローチを統合するための一つの軸 があると考えられる。次節では,システムアプローチとプロセスアプローチ を総合的に扱うための視点を提示したい。

4.総合的アプローチとしての戦略管理会計

システムアプローチによると,Anthonyのフレームワークに従い,目標設 定を階層的に展開していくことで,個々人の目標が全社の戦略の一部となり,

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( 17 )

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それらが達成されることで戦略の成功を目指していた。一方で行動の結果で ある財務数値を管理するだけでは,戦略的行動が担保されないという問題が 出てきたために,戦略実行プロセスの中でも個々人の行動を戦略的なものに 注力するようにする必要がでてきた。その一つの処方箋として戦略マップに よる戦略共有と非財務指標による評価を導入しようとした

BSC

が現れた。

しかし,戦略を実行する中で個々人の行動を公式的なシステムで戦略的な 行動をするようにコントロールすることが,実際にイノベーションを起こす かどうかは実はわかっていない。実際,そのような視点から様々なプロセス アプローチの研究がなされている。

Simons

のコントロール・レバーのフレー ムワークもそのような疑問の中から生まれてきたものである。

そこで今後戦略マネジメントシステムのための管理会計を研究する際に,

どのような点に注目する必要があるかを一度整理しておく。まず,冒頭で述 べたようにシステムとプロセスを両方見る必要があるという点である。これ は今までも様々な論者が主張している。そのシステムを見る際には,ある戦 略がどのように組織に展開されているのかという点を明らかにする必要があ る。また,そのような公式的な戦略の展開システムは実際に組織の中でどの ように動いているのかを明らかにしなくてはならない。つまり,公式的なシ ステムを組織成員がどのように理解し,どのように使っているかに注目し,

戦略的行動が生まれてくるプロセスを明らかにしなくてはならない。このシ ステムアプローチとプロセスアプローチは戦略の展開という側面から捉える と,戦略を有形の資源配分として扱うのがシステムアプローチであり,無形 の資源配分として扱うのがプロセスアプローチであると言える。システムア プローチでは,予算や人的資源の配置によって戦略を展開していくという仕 組みが見える。一方プロセスアプローチでは組織成員がどのようにそれらの 仕組みのもとで動いているかということが見える。今後,戦略マネジメント における管理会計研究は個別のケーススタディを含め取り組んでいかなくて

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( 18 )

(19)

はならないが,有形資源配分と無形資源配分をいかにしていくかという視点 で捉えることが重要であると考える。

5.ま と め

以上のように,本稿では戦略マネジメントシステムとしての戦略管理会計 について,

Anthony

のフレームワークに基づくシステムアプローチという側 面と,行動コントロールとしてのプロセスアプローチという側面から考察し た。本稿で明らかになったのは,システムアプローチからプロセスアプロー チへ移ってきた背景として,組織成員の能力を戦略的に活用しようという流 れのなかで,非財務的評価などのプロセス評価が主張されてきたが,実際に はプロセスアプローチにおいて個々人の行動をコントロールするという部分 の研究はまだ体系化されていないということである。また,戦略を展開する システムは二通りの視点で見ることができ,有形の資源配分としての側面と,

無形の資源配分としての側面があるということである。

本稿で扱いきれなかった課題としては,システムアプローチにおける各技 法がどのように戦略との関係を持っているかという点,プロセスアプローチ によって明らかになっている知見の整理が体系的に行えていないという点で ある。今後の課題として,今回明らかにした,二通りの戦略の資源配分とい う視点からこれらのことを考察する必要がある。

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