症 例
食道裂孔ヘルニアに併発した特発性食道破裂の 1 例
下関市立市民病院救急科1),同 外科2) 渡 邉 雄 介1) 宮 竹 英 志2) 大 薗 慶 吾2) 石 光 寿 幸2) 篠 原 正 博2) 中 原 千 尋1) 特発性食道破裂は,食道内圧の急激な上昇により食道壁全層が破裂する疾患であり, 縦隔炎や膿胸をきたし診断治療が遅れると致命的となる.今回われわれは,食道裂孔ヘ ルニアに合併した特発性食道破裂の 1 例を経験したので報告する.症例は67歳,女性. 食後の血性嘔吐の後,胸背部痛が出現し当院へ搬送された.造影CTで混合型食道裂孔 ヘルニアとともに食道穿孔を疑う所見を認めた.特発性食道破裂の多くは胸部下部食道 から縦隔・胸腔内に穿破し開胸手術を要する.しかし本症例は,縦隔・胸腔内に穿破せ ず,ヘルニア嚢内で腹腔内方向に限局して穿破していた.食道裂孔ヘルニアによる食道 裂孔の開大のため,経腹的アプローチでも縦隔内の視野が良好であり,開腹手術で治療 しえた.食道裂孔ヘルニアなど解剖学的変化が存在する特発性食道破裂症例では穿孔部 位・形式が通常と異なる可能性があり,アプローチ法も含めた適切な術式の選択が重要 である. 索引用語:特発性食道破裂,食道裂孔ヘルニア,経腹的アプローチ はじめに 特発性食道破裂は,食道内圧の急激な上昇により食 道壁全層が破裂する救急疾患であり,縦隔炎や膿胸を きたし診断治療が遅れると致命的となる1)2).今回わ れわれは,食道裂孔ヘルニアに合併した特発性食道破 裂の 1 例を経験した.特発性食道破裂の多くは胸部下 部食道から縦隔および胸腔内に穿破し,開胸手術を要 するが,本症例は食道裂孔ヘルニアを合併し,通常の 特発性食道破裂とは異なる穿孔部位・形式を示したま れな症例であり,経腹的アプローチで手術を施行し, 救命しえたので報告する. 症 例 患者:67歳,女性. 主訴:血性嘔吐,胸背部痛. 既往歴:65歳時に上部消化管内視鏡検査で食道裂孔 ヘルニアを指摘された. 内服歴:なし. 現病歴:2013年 1 月,食後に血性嘔吐があり,胸背 部痛が出現したため当院に救急搬送された. 初診時現症:身長139cm,体重45.8kg,BMI 23.7. 体温36.0℃,血圧147/92mmHg,脈拍60回/分.心窩 部に筋性防御を伴う圧痛を認めた.亀背を認めた. 血液生化学検査所見:WBC 9,800/μl(Neut 77.0 %),CRP 0.06mg/dl,その他は正常範囲内であった. 胸腹部造影CT所見:胃体上部と胃体下部から十二 指腸がヘルニア内容として縦隔内に脱出している混合 型食道裂孔ヘルニアの所見であった(Fig. 1a).下部 食道に壁肥厚および一部が欠損しており,air density を混じた食物残渣の漏出を認めたが,ヘルニア嚢内左 側に限局していた(Fig. 1b).左胸腔内に少量の胸水 を認めたが,気胸や膿胸を疑う所見はなく,縦隔気腫・ 皮下気腫を認めなかった.また,腹腔内にfree airや 腹水を認めなかった. 以上より,食道裂孔ヘルニアに合併した食道穿孔を 疑い緊急手術を施行した.ヘルニア嚢内に限局し胸腔 内穿破の可能性が少なく,また食道裂孔ヘルニアによ る食道裂孔の開大のため経腹的アプローチが可能であ ると判断し,開腹手術を選択した. 手術所見:全身麻酔,仰臥位で手術を開始した.上 腹部正中切開で開腹した.腹腔内に腹水や残渣を認め 2013年 3 月12日受付 2013年 5 月 4 日採用 〈所属施設住所〉 〒750-8520 下関市向洋町 1 -13- 1なかった.食道裂孔は 8 cm大に開大し,腹部食道か ら胃体上部と胃体下部から十二指腸がヘルニア内容と して縦隔内に脱出している混合型食道裂孔ヘルニアの 所見であった.胃体下部および十二指腸は容易に腹腔 内に還納され絞扼は認めなかった.ヘルニア嚢を脱転 し,滑脱した腹部食道および噴門側胃を腹腔内へ還納 していくと,ヘルニア嚢を構成する腹膜と腹部食道の 間に多量の食物残渣を認めた(Fig. 2).脆弱なヘル ニア嚢を切除し,残渣を除去すると,腹部食道前壁や や左側に縦走する1.5cm大の破裂孔を認めた(Fig. 3). 明らかな血流障害を認めなかった.食道壁全層が確認 でき,炎症が軽微であったため,破裂孔を 3 - 0 吸収 糸を用いて全層一層縫合で短軸方向に閉鎖し,大網を 閉鎖部に縫着して被覆した.十分に腹腔内と下縦隔内 を洗浄した後,左右横隔膜脚を 2 - 0 吸収糸を用いて 縫縮し,食道裂孔ヘルニア門を閉鎖した.下縦隔およ びWinslow孔に閉鎖式ドレーンを留置して閉創した. 手術時間は141分,出血量は120gであった. 術後経過:術後 7 日目まで経鼻胃管を留置し,食道 造影検査を施行した.破裂孔閉鎖部に造影剤の流出な どの明らかな縫合不全の所見がなく,また狭窄も認め なかったため,経口摂取を開始した.しかし,術後11 日目に38℃台の発熱を認め,炎症反応再上昇を認めた. 造影CTを施行したところ胸部中部食道から胃噴門部 の壁肥厚と周囲に少量の液体貯留を認めた(Fig. 4). 縦隔炎および膿瘍形成の可能性を考え,絶食および抗 菌薬投与による保存的加療を行い,発熱・炎症反応と も速やかに改善した.術後22日目に再度食道造影を行 い異常所見がないことを確認し,再度経口摂取を再開 した.以後問題なく経過し,術後32日目に退院した. 考 察 特発性食道破裂は,Boerhaave症候群ともよばれ, 嘔吐時の食道胃運動失調による急激な圧上昇により食 道の全層が突然破裂する比較的まれな疾患で,早期に 適切な診断治療がなされなければ,縦隔炎や膿胸など 致命的な重症感染症へ進展していくため予後不良とさ れる1)2). 破裂部位は胸部下部食道左側が84%と多く,次いで 胸部中部食道右側が 9 %と報告されており,その他の Fig. 1:胸腹部造影CT所見 (a)胃体上部(矢頭)と胃体下部から十二指腸(矢 印)がヘルニア内容として縦隔内に脱出している 混合型食道裂孔ヘルニアの所見を認めた. (b)下部食道に壁肥厚および一部に欠損(矢印) を認め,air densityを混じた食物残渣の漏出を認 めたが,ヘルニア嚢内左側に限局していた. a b Fig. 2:術中所見① ヘルニア嚢を脱転し,滑脱した腹部食道および噴門側 胃を腹腔内へ還納していくと,ヘルニア嚢を構成する 腹膜と腹部食道の間に多量の食物残渣(矢印)を認め た.
部位は少ない2).解剖学的要因として,胃壁筋層に比 較した食道壁の薄さに加え,下部食道左側の輪状筋櫛 状欠損や周囲結合組織支持の欠如があげられる3)4). 特発性食道破裂の穿孔形式は,縦隔胸膜が損傷され胸 腔内と交通を有する胸腔内穿破型と,縦隔胸膜が維持 され損傷が縦隔内に留まる縦隔内限局型に分類され る5).治療法は基本的に外科的手術であるが,症状・ 感染兆候が軽微で,縦隔内に限局し,食道内に良好に ドレナージされている症例では保存的治療も選択され る6).治療方針の選択のために,穿孔部位と穿孔形式 の認識が重要である.破裂部へのアプローチは,開胸 もしくは開胸開腹によって行われる術式が一般的であ り2)7),経腹的アプローチによる手術報告は少ない8). 本症例は,食道裂孔ヘルニアに合併し特発性食道破 Fig. 3:術中所見② ヘルニア嚢を切除し,残渣を除去すると,腹部食道前壁 やや左側に縦走する1.5cm大の破裂孔を認めた(矢印). Fig. 4:術後胸部造影CT 胸部中部食道から胃噴門部の壁肥厚と周囲に少量の液 体貯留を認めた. Fig. 5:特発性食道破裂の穿孔部位と穿孔形式 (赤線:横隔膜,青線:腹膜,緑線:胸膜.) (a)胸腔内穿破型の穿孔部位と穿孔形式 穿孔部は胸部下部食道左側が多く,縦隔を経由し胸腔内へ穿破する. (b)本症例の穿孔部位と穿孔形式 本症例はヘルニア腔内に滑脱した腹部食道に穿孔部位があり,漿膜に被覆され た腹部食道の腹腔側に穿破していた.そのため,胸腔方向に穿破せず,縦隔気 腫を認めなかったものと考えられる. a b
裂を発症したまれな症例である.医学中央雑誌で「食 道裂孔ヘルニア」,「食道破裂」をキーワードに1983年 から2013年の論文報告(会議録を除く)を検索した結 果,食道裂孔ヘルニアに合併した特発性食道破裂の症 例報告は存在しなかった.本症例の穿孔部位は,横隔 膜より頭側の胸部下部食道であったが,本来,解剖学 的には食道裂孔ヘルニアのために食道裂孔から頭側に 滑脱した腹部食道であり,通常の特発性食道破裂の穿 孔部位より肛門側であった.また,本疾患の多くは縦 隔を経由し胸腔内に穿破するが,本症例はヘルニア腔 内に滑脱した,漿膜に被覆された腹部食道の腹腔側に 穿破していた(Fig. 5).そのため胸腔内に穿破せず, また縦隔気腫を認めなかったものと考えられる.穿孔 形式としては,縦隔内限局型の亜型であると考えらえ る. 本症例で穿孔部位および穿孔形式が通常の特発性食 道破裂と異なっていた原因について以下のように考察 する.まず,穿孔部位が通常より肛門側であった理由 として,食道裂孔ヘルニアによる解剖学的変化のため, 本来,横隔膜より尾側に位置する腹部食道が食道裂孔 より頭側の胸部下部食道の位置に滑脱していたことが 考えられる.そのため食道内圧上昇や食道壁の脆弱性 が通常と異なった可能性が考えられる.また,穿孔部 位がヘルニア嚢を構成する漿膜が被覆していた腹部食 道であったために,ヘルニア嚢内で腹腔内方向に限局 した穿孔形式をとった可能性が考えられる.本症例で は穿孔部位・形式ともに,食道裂孔ヘルニアによる解 剖学的な変化が影響した可能性が考えられるが,過去 に同様の報告はなく,推測の域を出ない.今後の臨床 経験の蓄積や報告が待たれる. 特発性食道破裂に対する基本的な手術手技は,開胸 もしくは開胸開腹での,①食道破裂創の閉鎖および被 覆,②洗浄と縦隔および胸腔のドレナージである2)7). 一方,食道裂孔ヘルニアに対する基本的な手術手技は, ①食道胃接合部が横隔膜下で少なくとも 3 cm以上と なるような食道の受動,②ヘルニア嚢の切除,③食道 裂孔の縫縮,④噴門形成術の付加と胃の横隔膜下での 固定である9).本症例は,術前画像診断で穿破がヘル ニア嚢内に限局し,胸腔内穿破の可能性が少なく,ま た食道裂孔ヘルニアによる食道裂孔の開大のため経腹 的アプローチが可能であると判断し,開胸手術の準備 をしたうえで,開腹手術を選択した.食道裂孔ヘルニ アに対する手術手技である①食道の受動,②ヘルニア 嚢の切除を行い,胸部下部食道(腹部食道)の穿孔部 を確認した.その後,③食道破裂部の閉鎖および被覆, ④洗浄と縦郭のドレナージ,⑤食道裂孔の縫縮を行い, 手術を終了した.特発性食道破裂に対する経腹的手術 では,視野確保が問題とされ,横隔膜切開による食道 裂孔の開大や縦隔胸膜・肺靱帯の切離などを行い,術 野を展開する必要がある10)11).しかし,本症例では, 食道裂孔ヘルニアによる食道裂孔の開大のため,経腹 的アプローチでも縦隔内の視野が良好であった. 本症例では,食事開始後に一過性の発熱と縦隔炎を 疑う所見を認めた.術後の食道造影では明らかな縫合 不全の所見は認めず,経口摂取を開始したが,小さな 縫合不全があった可能性が考えられる.術前に縦隔気 腫は認めなかったが,ヘルニア嚢切除により縦隔と交 通ができ炎症が縦隔に波及した可能性が考えられる. 結 語 特発性食道破裂では,穿孔部位と穿孔形式を認識し 迅速かつ適切に治療方針を選択することが重要であ る.本症例は,食道裂孔ヘルニアを合併し,通常の特 発性食道破裂とは異なる穿孔形式・穿孔部位を示した まれな症例であった.食道裂孔ヘルニアなど解剖学的 変化の存在する特発性食道破裂症例では,穿孔部位や 穿孔形式が通常と異なる可能性があり,アプローチ法 も含めた適切な術式の選択が重要である. 文 献 1) 山下眞一,諸鹿俊彦,亀井美玲他:胸腔鏡手術を 行 っ た 特 発 性 食 道 破 裂 の 2 例. 日 臨 外 会 誌 2010;71:360-363 2) 宗田 真,加藤広行,桑野博行:特発性食道破裂. 消外 2007;30:1041-1049
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A CASE OF SPONTANEOUS ESOPHAGEAL RUPTURE WITH CONCURRENT HIATAL HERNIA
Yusuke WATANABE1), Eiji MIYATAKE2), Keigo OHZONO2), Toshiyuki ISHIMITSU2), Masahiro SHINOHARA2) and Chihiro NAKAHARA1)
Departments of Emergency1) and Surgery2), Shimonoseki City Hospital
Spontaneous esophageal rupture is a disorder in which all the layers of the esophageal wall rupture due to a rapid increase in intra-esophageal pressure ; this event is fatal when it results in mediastinitis or empyema or when diagnosis and treatment are delayed. We report a case of spontaneous esophageal rup-ture with a concomitant hiatal hernia. The patient was a 67-year-old woman. After postprandial bloody vomiting, she experienced the onset of thoracodorsal pain and was transported to our hospital. Contrast enhanced CT showed findings raising suspicion of esophageal perforation along with a mixed type esopha-geal hiatal hernia. Most spontaneous esophaesopha-geal rupture cases have perforations from the lower thoracic esophagus to the mediastinum and thoracic cavity and require thoracotomy. In this patient, no perforation occurred in the mediastinum or thoracic cavity ; a perforation did, however, occur locally in the intraperi-toneal direction in the hernia sac. As it was the opening of an esophageal hiatus resulting from esopha-geal hiatal hernia, the visual field in the mediastinum was good even with the transabdominal approach, allowing treatment with laparotomy. As the sites and forms of hiatus may be different in patients with spontaneous esophageal rupture where anatomical changes such as esophageal hiatal hernia are present, it is important to select appropriate surgical procedures including the optimal method of approach.
Key words:spontaneous esophageal rupture,hiatal hernia,transabdominal approach