旧
産
炭
都
市
山
田
市
の
窮
状
-慢
性
的
失
業
社
会
筑
豊
の
代
表
的
都
市
に
お
け
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生
活
保
護
の
背
景
と
そ
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病理-檜
垣
巧
は じ め に 産 炭 地 筑 豊 は、 明 治 二 十 年 か ら 同 末 年 に か け て、 全 国 出 炭 量 の 約 半 分 を 産 出、 そ れ 以 降 も 石 炭 産 業 の 斜 陽 化 の 始 ま る 昭 和 三 十 年 頃 ま で、 全 国 の 約 三 割 を 出 炭 し て き て い る。 石 炭 産 業 以 外 に 産 業 ら し い も の を も た な か っ た 筑 豊 で は、 過 去 百 余 年 は 石 炭 産 業 と と も に 興 亡 し た 歴 史 で あ っ た。 筑 豊 と い う 範 域 名 そ の も の か ら し て、 豊 前 の 一 部 と 筑 前 の 一 部 が 産 炭 地 と い う 共 通 の 産 業 地 盤 に よ っ て ね り 合 さ れ て 呼 ば れ る よ う に な っ た に す ぎ な い。 そ の 後 の 筑 豊 は 一 般 に 五 市 四 郡 な い し 四 市 三 郡 を 指 し、 か つ て も 今 も 福 岡 県 を 四 分 す る ( 福 岡、 北 九 州 両 大 都 市 圏 と 筑 豊、 筑 後) 一 地 域 を 構 成 し て い る。 現 在、 地 域 内 に 四 通 入 達 し て い る 鉄 道 は、 か つ て は 石 炭 運 送 の た め に 作 ら れ た も の で あ り、 学 校 や 病 院 も 炭 鉱 資 本 に よ っ て 作 ら れ た も の が 多 い。 鉱 山 税 は 域 内 の 自 治 体 の 財 源 を う る お し、 市 町 村 議 会 も 彼 ら の 意 向 を 受 け て 動 き、 石 炭 関 連 産 業 は も ち ろ ん、 農 産 物 以 下 の 商 品 市 揚 も 炭 鉱 に よ っ て 支 え ら れ て い た の で あ る。 か つ て の 筑 豊 は、 わ が 国 の 資 本 主 義 の 発 展 に あ た っ て 有 力 な エ ネ ル ギ ー 資 源 の 供 給 基 地 と な っ た だ け で な く、 敗 戦 後 の 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状密 教 文 化 経 済 復 興 に さ い し て も、 先 導 的 な 役 割 を 果 た し て い る。 ま た 三 井、 三 菱、 古 河、 住 友、 郵 船 な ど 旧 財 閥 系 大 資 本 も、 筑 豊 の 地 下 か ら 多 大 の 利 潤 を 掘 り 出 し、 そ の 資 本 蓄 積 に 大 き く 貢 献 し た ど い わ れ て い る。 さ て、 こ こ に と り あ げ る 山 田 市 は、 筑 豊 の 最 も 深 い 内 陸 部 に あ り、 石 炭 産 業 の 興 廃 と と も に 運 命 を 共 に し た 最 も 典 型 的 な 都 市 で あ る。 そ の 意 味 で、 山 田 市 が 現 在 抱 え る 問 題 は そ の ま ま 筑 豊 の そ れ で あ る。 同 市 は、 臨 海 部 の 中 間 市 と 遠 賀 郡 を 除 き、 内 陸 部 筑 豊 で 最 も 奥 ま っ た 最 南 部 に あ り、 筑 豊 の 石 炭 産 業 が 活 況 期 に あ っ た 頃 は、 ﹁ 筑 豊 の 奥 座 敷 ﹂ と 呼 ば れ た。 石 炭 産 業 が 壊 滅 し た 今 日、 山 田 市 と 他 の 内 陸 筑 豊 を 結 ぶ 国 鉄 は 日 本 有 数 の 赤 字 ロ ー カ ル 線 と な っ て お り、 人 々 は 同 市 を ﹁ 筑 豊 の ど ん ず ま り ﹂ と よ ぶ。 市 内 の あ ち こ ち に は、 シ ャ モ ッ ト 採 取 の た め に 削 り と ら れ 崩 壊 し か か っ た ボ タ 山 の 残 骸 が 荒 涼 た る 地 肌 を さ ら し、 そ の 麓 に は 葛 や ペ ン ペ ン 草 が 生 い 茂 っ て い る。 今 は と っ く に 耐 用 年 数 を 過 ぎ た 炭 住 ( 炭 鉱 住 宅) が、 鉱 害 に よ る 地 盤 沈 下 で 痛 め つ け ら れ た 姿 を と ど め、 老 人 や 傷 病 者 た ち に 雨 露 の 凌 ぎ 場 所 を 提 供 し て い る。 市 内 の あ ち こ ち に、 ま だ 整 理 す ら さ れ て い な い 炭 鉱 時 代 の 廃 嘘 廃 屋 が み ら れ、 道 行 く 人 々 に 醜 い 姿 を さ ら し た ま ま で あ る。 市 内 に あ る 木 造 の 日 赤 病 院 は、 か つ て、 山 田 市 は も ち ろ ん、 周 辺 の 町 村 に ま た が る 医 療 セ ン タ ー で あ っ た が、 病 院 側 で は 建 物 の 老 朽 化 を 理 由 に 撤 退 し た い 意 向 で あ る。 同 市 の 現 状 を 評 し て、 あ る 地 方 新 聞 も、 ﹁ 慢 性 化 し た 停 滞、 ( 生 活 保 護 者 た ち の) 自 立 の 意 志 の 乏 し さ、 手 を こ ま ね る 市 当 局 ﹂ ( 西 日 本 新 聞、 昭 和 五 十 二 年 六 月 三 十 日) と 述 べ て い る。 一、 戦 後 の 石 炭 産 業 の 概 況 さ て、 こ こ で 簡 単 に、 戦 後 に お け る 石 炭 産 業 の お か れ た 事 情 を ふ り 返 っ て お こ う。 思 う に、 敗 戦 に よ っ て、 我 が 国 の 産 業 は 荒 廃 の 極 み に 達 す る。 そ こ で、 ほ と ん ど 機 能 麻 痺 状 態 に あ っ た 産 業 界 に 活 を 入 れ、 日 本 の 復 興 を 促 進 す べ く、 昭 和 二 十 一 年 十 二 月、 占 領 軍 の 指 示 に よ っ て 傾 斜 生 産 方 式 が 採 用 さ れ る。 こ の 方 式 と の 関 連 で、 翌 二 十 二 年 一 月 に は 復 興 金 融 公 庫 が 創 設 さ れ、 石 炭 産 業 は 鉄 鋼、 肥 料、 電 力、 海 運 と と も に 重 点 的 な 資 金 の 投 入 の 対 象 と な る。 そ の 後、 三 年 間 に わ た っ て 石 炭 産 業 は、 総 額 五 三 一 億 円 の 融 資 を 受 け る が、 こ の 金 額
は 同 期 間 内 に お け る 炭 代 収 入 に ほ ぼ 匹 敵 す る も の だ っ た。 そ れ ほ ど に、 こ の 時 期 の 石 炭 産 業 は 手 厚 く 優 遇 さ れ た と い え る が、 石 炭 資 本 と し て は 労 働 力 の 投 入 を ふ や し て た だ 掘 れ ば よ か っ た の で あ る。 し か し、 こ の 安 易 な 重 点 的 融 資 は、 戦 後 の 激 し い イ ン フ レ の 原 因 と な り、 や が て 二 十 四 年 に は、 イ ン フ レ 収 束 の た め の ド ッ ジ ・ ラ イ ン の 声 明 を み る に 至 る。 こ こ に お い て、 石 炭 産 業 は 重 要 産 業 か ら は ず さ れ、 復 金 融 資 や 補 助 金 を 打 ち 切 ら れ る に 及 ん で、 石 炭 業 界 は 戦 後 第 一 回 目 の 不 況 を 経 験 す る。 二 十 四 年 九 月 に は、 配 炭 公 団 が 廃 止 さ れ て 石 炭 自 売 制 と な り、 翌 二 十 五 年 五 月 に は 炭 鉱 国 家 管 理 法 も 廃 止 さ れ る。 同 年 六 月 か ら 起 こ っ た 朝 鮮 戦 争 は、 石 炭 恐 慌 の 到 来 を 少 し 先 に ひ き の ば す 働 き を し た だ け で あ る。 戦 争 終 結 の 翌 二 十 七 年、 戦 時 ブ ー ム が 終 っ た と き、 当 時 す で に 輸 出 産 業 に 成 長 し て い た 鉄 鋼、 硫 安、 セ メ ン ト な ど の 業 界 か ら 高 炭 価 を 非 難 す る 声 が あ が る よ う に な っ て い た。 高 炭 価 へ の 非 難 と と も に、 貯 炭 量 も 激 増 す る が、 二 十 七 年 秋 の 炭 労 に よ る 六 十 三 日 ス ト に さ い し て 外 国 炭 が 輸 入 さ れ る 一 方、 重 油 転 換 も 本 格 的 に 論 ぜ ら れ る こ と と な っ た。 い わ ゆ る ﹁ エ ネ ル ギー 革 命 ﹂ で あ る が、 同 時 に、 石 炭 産 業 の 斜 陽 化 が 決 定 づ け ら れ る と き で も あ っ た。 こ の 年 の 三 月、 石 炭 産 業 の 斜 陽 化 を 見 越 し て、 す で に 政 府 は 石 炭 産 業 に 対 す る ﹁ 合 理 化 三 ヵ 年 計 画 ﹂ を 出 し て い た。 次 い で、 二 十 入、 九 年 の 石 炭 不 況 は、 産 炭 地 の 炭 鉱 離 職 者 を 増 大 さ せ る が、 す で に 二 十 八 年 十 一 月 時 点 に お い て、 筑 豊 の 離 職 者 は 一 万 人 を 突 破、 日 本 一 の 失 業 地 帯 と な っ て い る。 こ の 石 炭 不 況 を 前 に し て、 昭 和 三 十 年 八 月、 政 府 は ﹁ 石 炭 鉱 業 合 理 化 臨 時 措 置 法 ( い わ ゆ る 合 理 化 法) を 公 布、 同 年 十 月 に は、 石 炭 鉱 業 整 備 事 業 団 を 発 足 さ せ る。 こ の 合 理 化 法 が、 い わ ゆ る ス ク ラ ッ プ ・ ア ン ド ・ ビ ル ド 方 式 と よ ば れ る も の で あ る。 石 炭 不 況 の 続 く 昭 和 三 十 四 年、 三 井 三 池 は 一、 二 七 入 名 に の ぼ る 指 名 解 雇 通 知 を 出 し、 そ れ を き っ か け に、 総 資 本 対 総 労 働 の 対 決 と い わ れ た 大 争 議 が 始 ま る。 こ の 争 議 は、 翌 年 十 一 月、 中 労 委 斡 旋 に よ っ て よ う や く 終 結 す る が、 こ の 争 議 の 敗 北 を 機 に 炭 鉱 労 働 者 の 団 結 力 は 大 き く 後 退 し、 石 炭 資 本 の 優 位 が 揺 る ぎ な き も の と な る。 翌 三 十 六 年 十 二 月 以 降、 政 府 に よ る ス ク ラ ッ プ ・ ア ン ド ・ ビ ル ド 政 策 が 強 化 さ れ る が、 そ の 内 容 は、 ひ き つ づ い て、 老 朽 炭 鉱 の 政 府 買 い 上 げ、 有 望 炭 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 < 筑 豊 に お け る 閉 山 炭 鉱 数 と 離 職 者 数 > ( 1) 鉱 に 対 す る 政 府 保 証 の 融 資 を 骨 子 と す る。 し か し、 こ の 政 策 の 実 際 上 の 効 果 は、 石 炭 資 本 側 に ビ ル ド よ り も、 財 産 擁 護 の 観 点 か ら 政 策 に 乗 り 遅 れ ま い と す る 風 潮 を 生 み、 産 炭 地 全 体 を 閉 廃 山 ム ー ド に 包 み こ ん だ。 石 炭 資 本 は 閉 廃 山 に 向 け て 浮 き 足 立 ち、 当 初 の 政 府 の 予 想 を 上 回 る テ ン ポ で 炭 鉱 の ス ク ラ ッ プ 化 が 進 む。 全 国 の 産 炭 地 の な か で も、 採 掘 の 歴 史 が 長 か っ た 筑 豊 炭 田 の 老 朽 化 は そ れ だ け 進 ん で い た こ と も あ り、 昭 和 五 十 年 頃 に は 石 炭 産 業 は 完 全 に 壊 滅、 遂 に 筑 豊 百 余 年 の 石 炭 の 歴 史 は 閉 じ ら れ る こ と と な る。 右 に 掲 げ る 表 は、 筑 豊 の 石 炭 産 業 の あ わ た だ し い 崩 壊 期 の 状 況 を 示 す。 二、 山 田 市 の 概 況 山 田 市 の 人 口 は、 現 在 一 万 五 千 人 を 割 り、 北 海 道 の 同 じ く 旧 産 炭 都 市 歌 志 内 に 次 ぐ 全 国 第 二 の ミ ニ 都 市 で あ る。 同 市 は 旧 産 炭 地 筑 豊 の 最 南 部 内 陸 部 や や 東 寄 り に 位 置 し、 東 西 三 ・ 一 入 キ ロ、 南 北 入 ・ 九 三 キ ロ、 市 域 面 積 二 一 ・ 七 五 平 方 キ ロ と 極 め て 狭 小 で あ る。 そ れ と い う の も、 つ ぎ に 述 べ る よ う に 山 田 市 は 自 然 村 三 村 の 合 体 に よ る 範 域 を そ の 市 域 と し、 そ れ 以 後 ほ と ん ど 合 併 に よ る 市 域 の 拡 張 を み て い な い と い う 数 少 な い 都 市 な の で あ る。 こ の ま ち は、 筑 豊 内 の ほ か の 地 区 よ り は 遅 れ、 日 清 戦 争 を 契 機 に、 地 域 内 で 石 炭 の 開 発 が 起 き る ま で は、 閑 静 な 内 陸 農 村 で あ っ た。 ち な み に、 明 治 二 十 二 年 の 町 村 制 施 行 時、 熊 ケ 畑、 上 山 田、 下 山 田 と い う 三 つ の 自 然 村 が 合 併、 熊 田 村 と し て 出 発 す る。 熊 と い い、 二 つ の 村 名 に み ら れ る 山 田 と い い、 三 つ の 村 の 地 理 的 な 辺 境 性 を よ く 示 し て い る。 新 し く 誕 生 し た 熊 田 村 は、 戸 数 三 七 八、 人 口 一、 四 〇 入 人 と い う 一 寒 村 で あ っ た。 当 時、 総 戸 数 の 七 〇 % は 農 家 で あ り、 農 家 一 戸 当 た
り の 水 田 規 模 は 一 ・ 一 四 町、 畑 三 反 二 畝 と い う 経 営 規 模 だ か ら、 い く ら か 恵 ま れ た 山 間 部 農 村 だ っ た と い え よ う。 現 在 の 山 田 市 の 市 域 は、 右 の 三 つ の 自 然 村 の ほ か に、 戦 後、 田 川 郡 猪 位 金 村 の 一 部 猪 ノ 国 地 区 (〇 ・ 三 五 平 方 キ ロ) を 僅 か に 加 え た だ け で あ る。 山 田 市 の 炭 田 開 発 は、 こ こ が 交 通 不 便 な 内 陸 部 で あ っ た た (2) め、 筑 豊 地 方 の う ち で は 最 も 遅 れ て い る。 明 治 五 年 の 時 点 に お い て、 こ こ に は 下 山 田 の 中 山 に 狸 掘 り の 炭 鉱 が 三 つ あ っ た だ け で あ り、 そ れ す ら も 豊 前、 豊 後、 飯 塚 村 な ど か ら の 出 稼 ぎ の 石 炭 掘 り 五 軒 に よ る も の だ っ た。 そ れ が 明 治 二 十 七 年 に 古 河、 翌 二 十 八 年 に 三 菱 が 進 出、 こ こ に 熊 田 村 は 村 民 の 意 志 に か か わ り な く、 一 挙 に 石 炭 の 村 に 変 貌 す る。 開 発 が 遅 れ た だ け に、 こ こ に は 当 初 か ら 新 鋭 機 械 が 導 入 さ れ、 開 発 の テ ン ポ は 速 か っ た。 採 炭 量 が ふ え る に つ れ、 地 元 の 農 家 の 二、 三 男 だ け で は 到 底 労 働 力 需 要 が 追 い つ か ず、 他 地 域 か ら の 人 口 流 入 が ふ え て く る。 ま た、 採 炭 量 の 増 加 に つ れ て、 明 治 三 十 二 年 に 早 く も 筑 豊 鉄 道 が 下 山 田 に 延 長 さ れ、 三 十 四 年 に は さ ら に 上 山 田 ま で 延 長 さ れ る。 二 年 間 と い う 短 期 間 に、 村 内 に 下 山 田、 上 山 田 両 駅 が つ く ら れ た の だ か ら、 熊 田 村 の 躍 進 ぶ り が 知 ら れ よ う。 次 い で、 日 露 戦 争 が 起 き る と、 同 地 の 炭 鉱 の 開 坑 数 は 激 増 す る。 福 岡 県 炭 鉱 統 計 書 明 治 三 十 八 年 現 在 調 査 に よ る と、 県 下 に お け る 百 万 斤 出 炭 著 名 鉱 山一三 〇 鉱 の う ち、 山 田 炭 田 か ら す で に 七 鉱 が 名 の り を あ げ て い る。 石 炭 産 業 の 活 況 に つ れ、 大 正 五 年 に 熊 田 村 の 人 口 は 一 万 人 を 突 破、 同 十 三 年 に 一 万 二 千 人 を 数 え る に 及 ん で 町 制 を 施 行、 熊 田 村 は 山 田 町 と な る。 こ の 時 点 に お い て、 町 内 の 大 小 炭 鉱 数 は 十 七 に 達 し て い る。 次 い で、 今 次 大 戦 中 に お け る 山 田 炭 田 の 状 況 の 一 端 を 記 せ ば、 大 戦 末 期 の 昭 和 十 入 年 に は、 こ の 炭 田 か ら の 出 炭 量 は 百 三 十 万 ト ン と 未 曽 有 の ピ ー ク を 記 録 す る。 翌 十 九 年 に は、 出 炭 量 一 〇 九 万 ト ン と 少 し 落 ち る が、 そ れ で も 山 田 炭 田 と し て は 史 上 第 二 の ピ ー ク で あ る。 両 年 と も、 国 民 徴 用 令 に よ っ て 国 内 各 地 か ら 七 百 人 の 報 国 隊 の 応 援 を え て い る が、 こ の ほ か に 朝 鮮 人 労 働 者 が 三 千 人 以 上 も 加 わ っ て い る。 こ う し た 戦 時 下 に お け る 強 行 採 炭 は、 山 田 炭 田 の 老 朽 化 を 五 十 年 ほ ど 早 め た と も い わ れ て い る。 (3) つ づ い て、 敗 戦 後 に お け る 山 田 炭 田 の 炭 鉱 労 務 者 数 と 出 炭 額 を 掲 げ て お こ う。 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 年 次 労 務 者 数 ( 人) 出 炭 額 ( ト ン) 昭 和 二 十 年 七、 一 二 五 五 一 八、 八 九 二 二 一 入、 六 五 八 五 九 六、 四 七 五 二 二 九、 七 〇 六 六一二、〇一三 二 三 九、 八 三 六 七 二 二、 四 一 八 二 四 八、一三 五 七 〇 八、 五 七 一 二 五 七、 二 五 七 七 四 七、 六 七 八 右 の 数 字 に よ っ て、 敗 戦 時 か ら 二 十 三 年 ま で は、 人 海 戦 術 的 に 労 働 力 が 投 入 さ れ、 や み く も に 出 炭 量 の 増 加 が は か ら れ た 事 情 が 知 ら れ る。 し か し、 二 十 四 年 に は ド ッ ジ ・ プ ラ ン を 機 に 労 働 力 は 削 減 さ れ る が、 鉱 夫 一 人 当 た り の 労 働 生 産 性 は 逆 に 高 ま っ て お り、 安 全 性 を 度 外 視 し て 労 働 強 化 が 行 な わ れ た こ と を 物 語 っ て い る。 昭 和 二 十 五 年 に は、 石 炭 産 業 は 戦 後 第 一 回 目 の 不 況 を 経 験 す る が、 大 資 本 を 中 心 に、 労 働 者 を 整 理 し つ つ 機 械 化 が 進 め ら れ て い く。 昭 和 二 十 六 年 に は、 三 菱 飯 塚 が ド イ ッ か ら 輸 入 し た カ ッ ペ 採 炭 を 開 始、 こ れ が 急 速 に 筑 豊 に 普 及 す る と と も に、 生 産 性 は さ ら に 高 め ら れ る。 次 い で、 二 十 七、 八 年 に は 高 炭 価 に よ る 石 炭 不 況 を 迎 え る が、 そ の 間 二 十 七 年 に 賃 金 問 題 で 六 十 三 日 ス ト が 起 こ り、 こ こ に 石 炭 産 業 は 斜 陽 化 に 向 け て 運 命 を 決 定 づ け ら れ る。 斜 陽 (4) 化 の 道 を た ど る 石 炭 産 業 の 事 情 を、 山 田 市 の 状 況 に よ っ て 左 に と ら え て お く。 年 次 炭 鉱 数 炭 鉱 就 労 者 数 出 炭 額 ( ト ン) 昭 和 三 十 年 一 八 四、 九 六 九 七 三 二、 〇 一 五 三 一 一 九 五、 三 四 〇 八 一 九、 八 二 七 三 二 二 三 五、 八 二 八 九 〇 四、 一 四 七 三 三 二 二 五、 二 五 〇 七 八 五、一三 六 三 四 十 八 二、 入 八 六 六 二 三、 六 九 三 三 五 十 五 二、 一 入 九 四 六 六、 九 〇 四 四 〇 六 七 七 九 三 七 八、 五 七 四 四 五 二 七 四 六 五 九、 七 五 三 五 〇 一 一 九 六、 〇 五 九 右 の 数 字 に よ っ て、 三 十 四 年 以 降、 山 田 炭 田 が ま た た く 間 に 閉 廃 山 し て い く 様 子 が 知 ら れ る が、 そ れ は 同 時 に 産 炭 地 筑 豊 の 縮 図 で も あ る。 三 十 一 年 か ら 三 十 三 年 に か け て 炭 鉱 事 情 が 少 し 好 転 し て い る の は、 当 時 い わ ゆ る 神 武 景 気 と よ ば れ た 好 況 が 反 映 さ れ た も の で あ る。 ま た、 昭 和 二 十 六 年 以 降、 炭 鉱 の 人 員 整 理 が 続 け ら れ る な か で、 機 械 力 の 導 入 と 合 理 化 に
よ る 採 炭 の 強 行 に よ っ て 一 人 当 た り の 採 炭 量 は 増 大 し て い る こ と も 知 ら れ よ う。 そ の 後、 三 十 二 年 以 降 し ば ら く、 石 炭 産 業 へ の 投 資 の 増 加 が み ら れ た こ と を 付 記 し て お く。 次 に、 三 十 四 年 以 降 に お け る 山 田 炭 鉱 の 人 員 整 理、 石 炭 産 業 の 撤 退 が、 山 田 市 民 に 残 し た 深 い 傷 痕 の 状 況 を み て お こ う。 (5) 年 次 完 全 失 業 者 数 失 業 率 保 護 率 歳 入 の な か に 占 め る 鉱 山 税 の 比 率 昭 和 三 五 年 五 六 一 五 ・ 二 % 五 九 ・ 三 脇 二 三 % 四 十 年 五 三 五 六 ・ 八 % 一 五 一 ・ 七 一 入 四 五 七 五 八 一 一 ・ 三 二 〇 九 ・ 七 二 五 〇 七 〇 入 一 〇 ・ 九 一 八 九 ・ 六 〇 (6) 昭 和 三 十 年 の 国 勢 調 査 に よ っ て い え ば、 筑 豊 の 鉱 業 比 率 は 三 二 ・ 八 % で 全 国 平 均 ( 一 ・ 四 %) の 約 二 三 倍、 福 岡 県 平 均 ( 九 ・ 二 %) の 三 ・ 五 倍、 同 県 下 で 四 〇 % 以 上 の 鉱 業 比 率 を 占 め る 十 六 市 町 村 の う ち、 山 田 市 は 六 九 ・〇 % と 群 を 抜 い て 最 右 翼 に あ っ た。 そ れ だ け に、 三 十 四 年 以 降 炭 鉱 の 閉 廃 山 が 急 テ ン ポ と な る と、 同 市 の 産 業 基 盤 の 崩 壊 に よ っ て、 人 口 の 急 減 と 老 齢 化、 失 業 お よ び 半 失 業 者、 生 活 保 護 者 の 急 速 な 増 大 (7) を 招 く こ と に な る。 あ る 試 算 に よ れ ば、 山 田 市 で は、 昭 和 三 十 年 か ら 三 十 五 年 に か け て、 炭 鉱 離 職 者 延 べ 七、 〇 四 二 人 を 出 し て い る。 そ の う ち、 海 外 移 住 を 含 め た 県 外 就 職 者 数 は 六 五 〇 人 ( 九 ・ 七 %、 帰 郷 に よ る 転 出 者 四 三 一 人 ( 六 ・ 一 %) 一 部 地 元 就 職 者 を 含 め 滞 留 者 が 五、 〇 七 五 人 ( 七 五 ・ 五 %) と な っ て い る。 三、 ﹁ 川 筋 気 質 ﹂ の 病 理 筑 豊 平 野 の 中 心 部 を 通 り、 南 か ら 流 れ て 玄 海 灘 に 注 ぐ 川 を 遠 賀 川 と い う。 か つ て の 筑 豊 の 諸 炭 田 は、 お お む ね こ の 遠 賀 川 の 本 流、 支 流 に 沿 っ て 分 布 し て い た。 明 治 二 十 四 年 に 筑 豊 興 業 鉄 道 が 開 通 す る ま で、 こ の 川 は、 筑 豊 炭 田 の 石 炭 を 河 口 の 芦 屋 や 洞 海 湾 の 若 松 ま で 搬 出 す る 便 宜 を 提 供 し、 そ の 舟 運 の 繁 栄 は 日 露 戦 争 頃 ま で 続 い た。 川 筋 と い う の は、 遠 賀 川 流 域 の こ と を い い、 川 筋 気 質 と は 字 義 通 り に い え ば、 こ の 川 流 域 一 円 に 住 む 人 た ち に 通 有 の 集 団 的 パ ー ス ナ リ テ ィ の こ と に な る。 川 筋 気 質 を 発 生 的 に い え ば、 そ れ は も と も と 筑 豊 の 石 炭 を 積 ん で 遠 賀 川 を 舟 行 す る 川 船 頭 特 有 の 気 質 を 指 す も の だ っ た。 日 露 戦 争 を 最 後 の ピ ー ク に、 鉄 道 に 押 さ れ て 石 炭 運 搬 船 は 衰 微 す る。 そ の あ と、 川 船 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 頭 特 有 の こ の 気 質 は、 筑 豊 の 石 炭 鉱 夫 に よ っ て ひ き つ が れ た と さ れ て い る。 し か し、 そ う は い っ て も、 川 船 頭 主 導 型 の 川 筋 気 質 と 石 炭 鉱 夫 主 導 型 の そ れ と で は ・ 駕 の 内 容 に か な り の 変 容 が あ る。 ﹁ バ ク チ と ケ ン カ は 川 筋 の 華 ﹂ と い わ れ る 点 で は 両 者 は 共 通 す る の だ が、 前 者 に は、 遠 賀 川 の 舟 運 に よ っ て 開 か れ て い く 筑 豊 の 輝 か し い 開 拓 期 の 遠 い 思 い 出 と し て、 い く ら か ロ マ ン チ ッ ク に 粉 飾 さ れ、 伝 説 化 さ れ た 明 る さ が あ る。 そ れ に 比 べ る と、 炭 鉱 気 質 と し て の 川 筋 気 質 の 方 に は、 筑 豊 独 特 の 非 道 か つ 陰 惨 な 納 屋 制 度、 苛 酷 な 地 下 労 働 や 頻 発 し た 炭 鉱 災 害 な ど と 結 び つ い て、 暗 さ な い し 重 苦 し さ の イ メ ー ジ が 伴 う。 こ の 違 い は、 同 じ よ う な 対 象 を 指 し て、 ﹁ 仁 侠 ﹂ と い う ば あ い と ﹁ ヤ ク ザ ﹂ と い う ば あ い の そ れ で あ る と も い え る。 と こ ろ が、 川 筋 気 質 を 今 少 し 厳 密 に 定 義 し よ う と 思 え ば、 こ の 気 質 の 直 接 の 担 い 手 は 中 小 ヤ マ を 渡 り 歩 い た ﹁ 渡 り 鉱 夫 ﹂ な の で あ っ て、 地 域 の 農 民 は も ち ろ ん の こ と、 大 手 鉱 の 鉱 夫 や 農 村 か ら の 通 い 鉱 夫 は 除 外 さ れ ね ば な ら な い。 と い う の は 通 い 鉱 夫 は む ろ ん の こ と、 大 手 鉱 で 働 く 鉱 夫 ら の 身 も と は 確 か だ し、 給 与 も よ く、 会 社 の 指 導 も あ っ て 生 活 設 計 も 立 ち、 鉱 夫 の 転 職 も 少 な か っ た か ら で あ る。 そ れ に 比 べ る と、 中 小 鉱 の 渡 り 鉱 夫 ら の 賃 金 は 安 く、 将 来 の 生 活 設 計 も 立 た な い ま ま に、 そ の 多 く は、 ﹁ 宵 越 し の 金 を も た ぬ ﹂ 式 の 浪 費 に よ っ て 借 金 に 追 わ れ る 生 活 を し て い た の で あ る。 (9) 昭 和 三 十 年 代 の あ る 試 算 に よ れ ば、 鉱 夫 の 賃 金 は、 十 人-九 九 人 の 小 炭 鉱 の 賃 金 は 全 産 業 平 均 の 半 分 く ら い、 中 炭 鉱 で 全 産 業 中 規 模 ( 百-九 九 九 人) の 六 六 %、 大 炭 鉱 で 全 産 業 大 企 模 ( 千 人 以 上) の 入 七 % に す ぎ ぬ と い う。 た だ、 炭 鉱 で は 全 産 業 平 均 よ り 相 当 高 い 福 利 厚 生 費 を 負 担 し て い た の で、 実 際 の 賃 金 は 右 の 賃 金 比 を か な り 上 回 る こ と は 確 か で あ る。 さ て、 中 小 鉱 の 渡 り 鉱 夫 の 気 質 を 知 る 上 で、 ま ず 彼 ら の 出 身 が 問 わ れ ね ば な ら な い。 私 が 昭 和 五 十 一 年 に、 高 知 県 幡 多 郡 佐 賀 町 に あ る 一 漁 村 の 調 査 に 行 っ た と き、 村 の 古 老 が な に げ な く 次 の よ う に 語 っ た こ と が 今 も 耳 底 に あ る。 ﹁ 以 前、 こ の 村 に 金 銭 上 の こ と で 随 分 不 義 理 を 重 ね、 ﹃ 尾 羽 う ち 枯 ら し て ﹄ 夜 逃 げ 同 然 に 村 を 出 て 行 っ た 人 が い た。 そ の 後、 彼 が 筑 豊 の 炭 鉱 で 働 い て い る と 聞 い た が、 村 人 た ち は 夜 逃 げ 人 を 探 し 出 し て ま で 金 銭 の 催 促 を し よ う と は 考 え な ん だ ﹂ と い う の で あ る。 中 小 鉱 の 鉱 夫 た ち に は、 こ の よ う な
﹁喰 い つ め 者 ﹂ や、 朧 に 疵 を も つ 人 々 が 多 く、 大 手 鉱 に 就 職 し た く と も 確 か な 身 も と 保 証 人 が い な か っ た の で あ る。 永 末 (10) 十 四 雄 も ﹁農 夫 や 日 雇 い が 社 会 的 に 疎 外 さ れ る こ と に よ っ て 鉱 夫 に な っ た ﹂ の だ と し て い る。 鉱 夫 ら は、 鉱 夫 に な る 前 に 生 活 が 追 い つ め ら れ て い た し、 中 小 ヤ マ の 渡 り 鉱 夫 に な っ て か ら、 そ の 疎 外 感 に よ っ て ま す ま す 気 持 が す さ ん で い っ た こ と が 考 え ら れ る。 ﹃ 山 田 町 誌 ﹄ に 次 の よ う な 記 述 が あ る が、 こ れ は ﹁ 地 ( じ) の 者 ﹂ ( 農 民) の 立 場 か ら 書 か れ た も の で あ る。 (11) ﹁ 純 朴 な 農 村 に 採 炭 の 鶴 騰 が 下 さ れ て か ら は、 各 地 か ら 稼 ぎ に や っ て 来 る 人 々 の 中 に は 刺 青 を い れ、 そ れ を 人 々 か ら 見 ら れ る こ と を む し ろ 誇 り と し、 酒 を 飲 ん で は 喧 嘩 も す る し、 ド ス で 斬 り 合 い を す る し、 或 る 者 は 泥 棒 を や り、 或 る 者 は 賭 博 を す る。 ⋮⋮帯 も し な い で 風 に 浴 衣 を ひ る が え し な が ら 肩 で 風 を 切 っ て 歩 く と い う 有 様 で あ っ た。 ⋮⋮山 田 に 昔 か ら 住 ん い で る 気 の 小 さ い 百 姓 の 人 た ち が こ れ を 炭 鉱 者 ( た ん こ ん も ん) と い っ て、 ま る で 大 悪 人 の よ う な 目 で 見 た り 逃 げ た り し て 嫌 悪 し た。 ま た 炭 鉱 の 人 々 も、 ﹃ え え こ の ド ン 百 姓 ﹄ と い っ て に く み 返 し た ﹂ と。 つ づ い て、 鉱 夫 ら の ﹁ 生 活 は 痛 く 享 楽 的 で 刹 那 主 義 ﹂ 的 だ っ た と 述 べ て い る。 そ こ で、 次 に、 こ の 川 筋 気 質 の 特 徴 に つ い て 述 べ る こ と に す る が、 今 は 風 化 し つ つ あ る こ の 気 質 に つ い て は、 肯 定 的 と (12) 否 定 的 の 二 つ の 見 方 が あ る。 肯 定 的 な 見 方 に よ れ ば、 ﹁ 単 純 率 直、 開 け っ ぴ ろ げ、 何 事 に も 太 っ 腹 で、 人 情 に 厚 く、 カ ラ リ と 男 っ ぽ い ﹂ 性 格 だ と さ れ る。 一 方、 否 定 的 な 評 価 に 従 え (13) ば、 ﹁ な ん ち か ん ち い い な ん な、 腕 で こ い、 と い っ た 式 の、 粗 暴 で 衝 動 的 な 行 為 に 走 り や す い 傾 向 ﹂ と い う こ と に な る。 (14) 先 の 永 末 十 四 雄 は、 川 筋 気 質 の 特 質 と し て、 ﹁ 疎 外 感 ﹂、 ﹁ 淡 白 さ ﹂、 ﹁ 遊 興 性 ﹂、 ﹁ 義 理 人 情 ﹂ の 四 つ を あ げ て い る。 こ れ ら の う ち、 疎 外 感 と い う の は、 以 下 の 三 つ の 特 質 と 横 に 同 格 に 並 ぶ 構 成 要 素 で あ る よ り は、 そ れ ら の 素 地 に あ っ て 三 つ の 特 質 を 染 め 出 す 役 目 を 果 た し て い る も の で あ ろ う。 淡 白 性 に つ い て は、 た ん に あ っ さ り し て い る と い う こ と よ り、 活 発 で あ っ さ り し て い る、 思 い き り が よ い、 未 練 が ま し さ を ﹁ ふ っ き る ﹂ と い う 意 味 で あ る。 鈴 木 大 拙 の い う ﹁ 心 的 隆 起 ﹂ (mentg upeavl) に 近 い も の で あ ろ う。 次 い で、 遊 興 性 と は、 い わ ゆ る 遊 蕩 性 で は な く、 ﹁ 宵 越 し の 金 を 持 た ぬ ﹂ 式 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 の、 一 発 型 の 浪 費 癖 の こ と で あ る。 浪 費 の 対 象 は、 ト バ ク、 酒、 女 で あ る。 最 後 に、 義 理 人 情 に つ い て い え ば、 こ の 人 間 結 合 の 原 理 は、 ふ つ う 狭 小 で 閉 鎖 的 な 村 落 の 伝 統 的 な 人 間 関 係 の 特 質 で あ る と と も に、 反 社 会 的 な sub-groop で あ る ﹁ ヤ ク ザ ﹂ 社 会 に お け る 人 間 関 係 の 規 制 原 理 で あ る と み ら れ て い る。 し か し、 考 え 方 に よ れ ば、 近 代 的 な 社 会 集 団 で あ る は ず の 政 党 か ら、 一 般 企 業 の 職 場 そ の 他 も ろ も ろ の 人 間 関 係 に い ま だ に 普 遍 的 に み ら れ る 日 本 的 人 間 結 合 の 原 理 な の か も 知 れ な い。 そ れ は と も あ れ、 血 縁 ・ 地 縁 関 係 か ら 切 断 さ れ、 し か も、 な に か と い え ば 暴 力 が 物 を い う 筑 豊 の 新 開 地 に あ っ て、 集 団 に 秩 序 ら し き も の を 与 え、 人 間 関 係 を 新 た に 組 織 す る 原 理 が や は り 旧 式 だ が 固 有 の 親 分 ・ 子 分 的 関 係 で あ り、 義 理 人 情 な の で あ っ た。 筑 豊 の 大 小 の 炭 鉱 主 や も ろ も ろ の リ ー ダ ー に 要 求 さ れ た も の は、 暴 力、 胆 力 と と も に 義 理 人 情 で あ り、 あ る 意 味 で そ れ は、 一 筋 縄 で い か ぬ 荒 ら く れ 男 た ち の 口 に か ま す ﹁ く つ わ ﹂ で も あ っ た。 一 方、 賭 博、 喧 嘩、 酒 が つ き も の の 鉱 夫 た ち と し て も、 向 こ う 意 気 は 荒 く 喧 嘩 早 い が、 義 理 人 情 に だ け は 勝 て な か っ た の で あ る。 だ か ら、 暴 力 っ ぽ い 新 開 地 筑 豊 に は、 義 理 人 情 が 複 雑 に か ら む あ ま り、 一 般 人 に は そ の 動 機 が 容 易 に 理 解 で き ぬ よ う な 刃 傷 沙 汰 も し ば し ば 起 こ っ て い た。 次 に、 川 筋 気 質 の 直 接 の 担 い 手 と み ら れ る 中 小 鉱 の 渡 り 鉱 夫 た ち の 鉱 夫 数 を 戦 後 の 推 移 で み て お こ う。 次 頁 の 表 か ら み て、 年 に よ っ て 比 率 の 増 減 は あ る が、 全 鉱 夫 の 約 三 分 の 一 程 度 が 渡 り 鉱 夫 で 占 め ら れ て い た と い え る で あ ろ う か。 彼 ら は、 人 数 的 に は 全 鉱 夫 数 の 半 分 に 満 た な い に も か か わ ら ず、 地 域 社 会 へ の 影 響 力 と い う 点 で は、 大 手 鉱 の 鉱 夫 を 遥 か に 凌 い で い た。 と い う の は、 大 手 鉱 の 炭 住 は 中 小 鉱 の そ れ よ り 広 く、 か つ 生 活 も 安 定 し て い た の で、 家 庭 内 に そ れ な り の 一 家 だ ん ら ん の 憩 い が あ っ た。 そ れ に 鉱 夫 た ち の 労 働 環 境 も、 中 小 鉱 に 比 べ て 安 全 管 理 が よ く、 機 械 力 の 導 入 に よ っ て 労 働 量 も 軽 減 さ れ て い た の で あ る。 そ れ に 比 べ て、 中 小 鉱 の 鉱 夫 で は、 小 部 屋 が 一 問 か 二 間 と い う 住 居 に 子 沢 山 と あ っ て、 家 庭 は 彼 ら に と っ て 憩 い の 場 所 に な っ て い な か っ た。 夜 勤 明 け の 夫 が 帰 っ て く る と、 そ の 睡 眠 を 邪 魔 し な い よ う に、 妻 は 泣 く 子 を 抱 い て 屋 外 に 出 る と い う ふ う だ っ た。 加 う る に、 機 械 力 の 導 入 が 少 な く、 人 手 に 多 く を 頼 る 地 下 労 働 で は 体 力 の 消 耗 が 激 し く、 ま た た え ず、 疎
(15) < 筑 豊 の 大 手 ・ 中 小 炭 鉱 数 ・ 常 用 労 務 者 数 の 推 移 > 外 感 と 災 害 の 危 険 に さ い な ま れ ね ば な ら ぬ も の だ っ た。 そ れ だ け に、 彼 ら の 生 理 的、 心 理 的 緊 張 は 並 み 大 抵 の 方 法 で は ほ ぐ さ れ ず、 酒、 賭 博、 喧 嘩、 女 だ け が 彼 ら の 重 苦 し い 緊 張 感 を 紛 ら せ 解 放 す る 解 毒 剤 な の で あ っ た。 中 小 鉱 の 渡 り 鉱 夫 た ち に と っ て、 勘 定 日 は 公 休 日 で あ っ た が、 同 時 に、 慰 安 の 少 な い 鉱 夫 ら は こ の 日 を ﹁ 勘 定 祝 い ﹂ と よ び、 い わ ば 祝 祭 日 に あ た っ て い た。 こ の 日 に は、 気 の あ う 者 が 集 っ て は 酒 を 飲 み、 バ ク チ を し た が、 勘 定 日 に 喧 嘩 は つ き も の と い わ れ た。 に も か か わ ら ず、 家 計 の 方 は 多 く の 家 々 で 火 の 車 だ っ た。 (16) ﹁ 月 の 終 り に 勘 定 ( 賃 金 の 清 算 払 い) を す る の で あ る が、 た い て い の 鉱 夫 が 大 納 屋 に 借 金 が あ る の で、 勘 定 の と き は 赤 字 の 方 が 多 か っ た。 い わ ば 大 納 屋 の た め に 働 く 働 き 蜂 の よ う な も の だ っ た ﹂ の で あ る。 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 な お、 月 に い ち ど の こ の 解 放 日 は、 鉱 夫 ら は な に が な ん で も 腹 の 底 か ら 解 放 さ れ ね ば 気 の す ま ぬ 日 で あ っ た。 私 自 身、 炭 鉱 時 代 に 遠 賀 郡 木 屋 瀬 町 の 炭 鉱 近 く で 商 店 を 営 み、 現 在 同 町 の 町 会 議 員 を し て い る A 氏 か ら、 以 前 の 中 小 鉱 の 鉱 夫 ら の 生 活 に つ い て 聞 き と り 調 査 を し た こ と が あ る。 A 氏 が い う に は、 勘 定 日 に は、 ⋮勘 定 が 黒 字 の 者 は 黒 字 分 の 金 を 持 ち、 赤 字 の 者 は 赤 字 の 者 で 大 納 屋 か ら 前 貸 す る か、 ま た 借 金 が 積 も っ て 大 納 屋 か ら そ れ が で き な い 者 は A 氏 宅 へ 来 て 拝 む よ う に し て 頼 ん で 借 金 し て い た。 金 を 手 に し た 鉱 夫 た ち は、 独 身 者 も 妻 帯 者 も 例 外 な く 酒 を 飲 ん で は 遊 廓 に く り こ ん で い た と の こ と で あ る。 ﹁ 宵 越 し の 金 を も た ぬ ﹂ と い え ば 聞 こ え は い い の だ が、 こ の 半 ば 伝 説 め い た 語 り 草 の 中 味 は 大 方 こ ん な も の だ っ た よ う で あ る。 山 田 市 と 境 を 接 す る 田 川 市 の は ず れ に、 今 は バ ラ ッ ク 建 て に 住 む か っ て の 老 鉱 夫 は い う。 (17) ﹁ あ の 頃 は、 仕 事 に 行 き さ え す れ ば 食 べ て い け よ っ た。 若 い 頃 田 川 へ や っ て 来 た が、 も ら っ た 給 料 が 全 部 の う な っ て し ま う ぐ ら い に、 三 日 も 四 日 も 歓 楽 街 で 遊 ん だ り し よ っ た。 時 に は、 お 金 が な く な り ゃ 給 料 の 前 借 り も し よ っ た ﹂ と。 こ の 言 葉 に あ る よ う な 鉱 夫 の 前 借 は、 そ れ が 一 定 限 度 内 で あ る 限 り、 会 社 側 と し て も 鉱 夫 の 足 止 め 策 と し て む し ろ 歓 迎 し て い た よ う で あ る。 と も か く、 中 小 ヤ マ の 渡 り 鉱 夫 ら の 多 く は、 勘 定 日 に は 歓 楽 街 に く り 出 し、 商 店 街、 飲 み 屋 街、 遊 廓 外 を わ が も の 顔 に の し 歩 い て い た の は 確 か で あ る。 過 去 一 カ 月 間 に わ た っ て 耐 え て き た 重 苦 し い 緊 張 感 は、 疎 外 感 に 裏 づ け ら れ て 怨 恨 感 情 に 近 い ま で に 強 め ら れ て お り、 息 苦 し い 家 庭 が そ の 解 放 の 場 で あ ろ う は ず も な か っ た。 彼 ら の 解 放 の 場 は、 炭 鉱 や そ れ に 近 い わ が 家 か ら 絶 縁 さ れ た 街 路 で な け れ ば な ら な か っ た。 一 方、 歓 楽 街 の 方 で も 金 を も つ 鉱 夫 は 店 の 上 得 意 で あ り、 そ こ を 拠 点 に 鉱 夫 ら に 固 有 の 川 筋 気 質 の 影 響 が 浸 透 し て い く。 ち な み に、 山 田 市 と 同 じ 産 炭 都 市 田 川 で は、 あ る 時 期 以 降、 同 市 の 祭 礼 日 で あ る と と も に 筑 豊 地 方 最 大 の 行 事 で も あ る ﹁ 神 幸 祭 ﹂ の 日 取 り を、 地 域 の 炭 鉱 の 勘 定 日 を 基 準 に 決 め て い た の で あ る。 中 小 鉱 の 渡 り 鉱 夫 ら は、 そ の 疎 外 感、 劣 等 感 の 裏 返 し と し て、 家 族 の こ と や 生 活 設 計 を 棒 に 振 っ て ま で、 市 街 地 を の し 歩 い て は 一 時 的、 瞬 発 的 に 金 銭 上 の ミ エ を 張 っ た。 そ れ が 産
炭 地 筑 豊 の ば あ い で は、 長 い 石 炭 産 業 の 歴 史 の な か で 徐 々 に 地 域 全 体 に わ た っ て 浸 透 す る と こ ろ が あ っ た。 若 い 世 代 で は す で に 川 筋 気 質 と い う 言 葉 さ え 知 ら な い も の も お り、 こ の 気 質 そ の も の が 風 化 し て き つ つ あ る こ と は 確 か で あ る。 川 筋 男 の 血 を 引 く と 自 負 す る 筑 豊 の 古 老 の 一 人 が、 私 に 次 の よ う に 語 っ た こ と が 今 も 耳 底 に あ る。 ﹁ 石 炭 景 気 が よ か っ た 頃 の 筑 豊 で は、 み ん な き っ ぷ が よ く、 人 情 に あ つ い 人 が 多 か っ た。 そ れ が 今 で は、 キ ッ タ バ ッ タ の 喧 嘩 と 暴 力 だ け が 残 っ た ﹂ と。 彼 の 言 葉 の な か に は、 い く ら か ロ マ ン チ ッ ク な 郷 愁 が 感 じ ら れ る と し て も、 筑 豊 の 過 去 を 知 っ て 今 を 見 る 人 の 目 に は こ の 実 感 が ふ さ わ し い で あ ろ う。 現 在 の 筑 豊 の 生 活 保 護 世 帯 や ボ ー ダ ー ラ イ ン 層 に は、 な お 川 筋 気 質 独 特 の 血 が 流 れ て い る と 思 わ れ る。 四、 筑 豊 的 地 域 病 理 の 原 点 と し て の 閉 山 炭 住 -慢 性 的 失 業 社 会 と 炭 住 の ス ラ ム 的 機能-炭 住 と は 炭 鉱 住 宅 の こ と で あ る が、 福 岡 県 下 に は 今 な お 三 万 六 千 戸 近 い 炭 住 が あ り、 し か も、 そ の う ち の 入 六 % に 当 た る 三 戸 一 千 戸 ほ ど が 筑 豊 に 集 中 し て い る。 こ れ ら 炭 住 は、 か っ て の 炭 鉱 の 抗 口 近 く に 立 地 し、 そ の 規 模 は 数 十 戸 か ら 数 百 戸 に 及 ぶ が、 筑 豊 最 大 と い う 田 川 市 の 旧 三 井 田 川 鉱 松 原 炭 住 に 至 っ て は 千 六 百 戸 を 数 え る。 炭 住 の 立 地 場 所 は、 市 街 地 に 近 い 例 も あ る に は あ る が、 一 般 に は、 山 間 僻 地 と は い わ な い ま で も 市 町 村 の 辺 縁 部 に あ る こ と が 多 い。 炭 住 地 区 は、 そ れ が 市 町 村 の 辺 縁 部 に あ る と き は も ち ろ ん の こ と で あ る が、 市 街 地 に 近 く 立 地 し て い る ば あ い で さ え、 一 般 農 村 や 市 街 地 か ら 特 立 し た ﹁ 島 ﹂ と し て の 生 活 区 を 形 成 し て い る。 こ の こ と は 炭 鉱 時 代 か ら そ う で あ っ た し、 理 由 は 異 な る と し て も、 今 も 本 質 的 に は 変 わ っ て お ら な い。 炭 鉱 時 代 に は、 炭 鉱 自 体 が 市 町 村 の 辺 縁 部 に あ っ て、 炭 住 は 一 般 の 地 区 か ら 地 理 的 に 隔 離 さ れ て い た こ と が 多 い。 そ れ と 今 一 つ に は、 炭 鉱 資 本 の 側 が、 労 働 力 の 流 出 を 防 ぎ、 ま た、 仕 事 を 休 み が ち な 鉱 夫 を 督 励 す る 目 的 と を も っ て、 炭 住 そ の も の を 炭 鉱 の 生 産 機 構 の な か に 組 み こ む と い う 独 特 の 労 務 管 理 方 式 を と っ た の で、 炭 住 地 区 は 社 会 的 に も 隔 離 さ れ て い た。 さ ら に は、 渡 り 鉱 夫 た ち に、 前 歴 に お い て ﹁ 喰 い つ め 者 ﹂、 流 れ 者 が 多 く、 一 般 の 市 民 や 農 民 と あ い い れ ぬ 荒 ら っ ぽ さ が あ 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 っ た。 そ れ ゆ え 彼 ら は、 一 般 地 区 で 敬 遠 さ れ る 傾 向 に あ り、 ま た、 鉱 夫 ら が 一 般 地 区 に 親 戚 や 知 人 を ほ と ん ど 持 た な か っ た と い う 事 情 も、 炭 住 の 特 立 性、 孤 立 性 を 強 め る こ と に な っ て い た。 さ て、 炭 住 の 特 立 性 と の 関 係 で、 炭 鉱 時 代 の 炭 住 生 活 に つ い て、 今 一 つ ふ れ て お か ね ば な ら な い こ と が あ る。 次 に 引 用 す る の は、 常 盤 炭 田 の あ る 炭 住 地 区 で、 会 社 側 が 行 な っ て い る 福 利 厚 生 面 を 書 い た も の で あ る が、 そ の 内 容 は 筑 豊 の 炭 住 地 区 の ば あ い に も そ の ま ま 当 て は ま る。 (18) ﹁ ガ ス 代 を 除 く ほ か は、 従 業 員 負 担 の 住 宅 費 は 十 円 に す ぎ ず ( 昭 和 三 十 七 年 五 月)、 電 気 代、 水 道 代、 塵 芥 処 理 費、 し 尿 処 理 費 は 無 料 で あ っ て、 ⋮⋮貸 付 金 の 制 度 も あ り、 ⋮⋮風 呂 は 一 部 の 高 給 社 員 を 除 き、 共 同 浴 場 を 用 い て い る。 ⋮⋮畳 替 え、 ガ ラ ス 修 理、 そ の 他 営 繕 費 は 無 料 ﹂ と い う 状 況 で あ る。 そ れ だ け で は な い。 会 社 の 世 話 所 は、 伝 染 病 の 予 防 に 対 す る 指 導 以 下、 ﹁ 家 庭 不 和 の 仲 裁、 青 少 年 の 補 導、 炭 住 居 住 者 の 苦 情 処 理 ﹂ か ら、 冠 婚 葬 祭 に お け る 生 活 合 理 化、 簡 素 化 の 指 導 ま で 行 な っ て い る。 福 利 厚 生 面 も こ こ ま で 来 る と、 炭 住 は 生 産 設 備 か 福 利 厚 生 施 設 か と い う 問 題 を も 提 起 す る こ と に な る が、 そ れ に つ い て 著 者 は、 ﹁ 炭 鉱 業 の 特 性 に よ り 生 産 施 設 と し て の 性 格 を き わ め て 濃 厚 に も つ ﹂ と 結 ん で い る。 炭 鉱 員 の 私 生 活 面 に ま で 介 入 す る 炭 住 政 策 に よ っ て、 炭 鉱 夫 ら は 働 く こ と 以 外 に 生 活 に 気 を 配 る 必 要 は な か っ た の で あ り、 鍋 釜 以 外 に め ぼ し い 家 具 の な い 新 入 り 鉱 夫 ら は、 炭 住 入 り し た 翌 日 に は も う 坑 内 で 鶴 購 を 握 っ て い た の で あ る。 鉱 夫 と し て は、 就 労 が 決 ま れ ば 肩 入 金 が も ら え た し、 一 方、 主 婦 と し て も、 炭 住 入 り す れ ば 会 社 か ら 金 券 が 支 給 さ れ た り、 あ る い は 通 い 帳 を も っ て 会 社 の 購 買 所 か ら 食 料 や 日 用 品 を 買 う こ と が で き た。 い っ て み れ ば、 炭 住 住 ま い の 鉱 夫 ら の 生 活 は 安 直 で あ る だ け で な く、 ぬ る ま 湯 的 な 安 易 さ を も つ も の だ っ た。 私 の み る と こ ろ、 現 在 筑 豊 の 炭 住 に 住 む 生 活 保 護 者 に は、 炭 鉱 経 験 の 有 無 に か か わ り な く、 炭 鉱 時 代 の 炭 住 住 ま い の 鉱 夫 な い し 鉱 夫 世 帯 に 固 有 だ っ た、 生 活 そ の も の に 対 す る あ る 意 味 で の 安 易 さ、 他 人 任 せ の 風 潮 が な お ひ き つ が れ て い る よ う に 思 わ れ る。 な お、 こ の 安 易 さ は、 前 項 で 述 べ た 川 筋 気 質 と も 深 い 結 び つ き を も つ も の で あ る。
現 在、 炭 住 で は、 か っ て の 鉱 夫 や 炭 鉱 離 職 者 の 大 半 が 入 れ か わ り、 炭 鉱 経 験 を も た な い ボ ー ダ ー ラ イ ン 層 が 次 第 に 比 重 を 高 め て 来 て い る。 そ れ に も か か わ ら ず、 炭 住 地 区 の 特 立 的、 孤 立 的 な ﹁ 島 ﹂ と し て の 性 格 は 変 わ っ て お ら な い。 そ れ と い う の は、 老 朽 化 し た 炭 住 の 並 ぶ 地 区 が、 炭 鉱 が 閉 山 と な っ た 現 在、 筑 豊 の ス ラ ム 地 区 と し て の 性 格 づ け を も っ て 登 場 し て き た か ら で あ る。 炭 住 の 家 賃 は、 家 屋 の い た み が 激 し く 劣 悪 な 居 住 条 件 ゆ え に、 今 も 炭 鉱 時 代 と 変 わ ら ぬ ほ ど 低 額 で あ り、 今 も っ て 水 道 代 が 無 料 と い う と こ ろ も あ る。 炭 住 の 立 地 条 件 が 悪 い 上 に、 家 屋 も 老 朽 化 し、 し か も 狭 陸 で あ っ て も、 間 借 り に 比 べ れ ば ま だ 一 つ の 魅 力 で あ る。 棟 割 り 長 屋 で あ っ た と し て も、 と に か く 一 軒 の 家 で あ り、 し か も こ こ に 住 ん で い る か ぎ り、 ひ け 目 や 劣 等 感 を 意 識 し な い で 生 活 で き る。 し た が っ て、 い た み 具 合 の 少 な い 炭 住 や 旧 大 手 鉱 の 一 戸 建 て 炭 住 な ど は、 ボ ー ダ ー ラ イ ン 層 を 中 心 と し て 入 居 希 望 者 の 倍 率 は 相 当 高 い。 次 に、 少 し 詳 し く 炭 住 の 事 情 を み て ゆ き た い。 山 田 市 の ば あ い で は、 炭 住 が 市 内 に 六 七 九 戸 あ り、 そ の う ち 八 三 戸 が 破 損 が ひ ど く 空 き 家 に な っ て い る も の の、 同 市 内 に あ る 住 宅 約 四、 一 〇 〇 戸 に 対 し て 炭 住 の 総 戸 数 は そ の 約 一 六 ・ 六 % を 占 め て い る。 北 隣 り の 田 川 市 で は、 市 内 に 二 十 六 の 炭 住 地 区、 約 六 千 戸 の 炭 住 が あ り、 六 万 市 民 の 約 四 分 の 一 が そ こ に 住 ん で い る。 郡 部 に お い て も、 か っ て 筑 豊 で も 屈 指 の 貝 島 炭 鉱 の あ っ た 鞍 手 郡 宮 田 町 で は、 同 町 の 三 割 近 い 約 千 八 百 世 帯 の 町 民 が 今 も 炭 住 で 暮 ら し て い る。 こ れ ら い ず れ の 炭 住 で も 老 人 や 傷 病 者 世 帯 が 多 く、 再 就 職 の あ て も な い ま ま 生 活 保 護 に 頼 る 世 帯 が 大 半 で あ る。 山 田 市 上 山 田 か ら、 嘉 穂 郡 嘉 穂 町 に 抜 け る 県 道 が あ る。 そ れ を 通 っ て い く と、 行 政 区 上 か ら い え ば 嘉 穂 町 に 入 る が、 山 田 市 百 々 谷 と い っ た 方 が 通 り の よ い 炭 住 約 六 十 戸 が あ る。 か (19) っ て は、 日 本 炭 業 上 山 鉱 業 所 に 所 属 し た も の で あ る。 山 に 囲 ま れ た こ の 一 画 に は、 同 鉱 業 所 以 外 に も 何 十 と い う 小 ヤ マ が あ っ た と い わ れ、 今 は ヤ マ か ら ヤ マ へ 渡 り 歩 い た ﹁ 渡 り 鉱 夫 ﹂ た ち が 住 ん で い る。 彼 ら の 出 身 地 は 宮 崎、 熊 本、 山 口、 広 島 な ど さ ま ざ ま で あ り、 若 い 子 弟 が 出 払 っ て し ま っ た あ と、 大 方 の 人 た ち は、 失 業 保 険 か ら 生 活 保 護 と い う コ ー ス を た ど っ て 来 て い る。 と こ ろ で、 一 口 に 炭 住 と い っ て も、 旧 大 手 炭 鉱 と 中 小 鉱 の そ れ と で は、 外 見、 内 容 に 相 当 な 違 い が あ る。 徳 本 正 彦 と 依 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 (20) 田 精 一 は、 ﹁ 大 手 炭 住 は こ れ を 炭 住 街 と 呼 び、 中 小 鉱 の 炭 住 は こ れ を 炭 住 部 落 と 呼 ぶ の が 実 態 に ふ さ わ し い ﹂ と す る が、 適 切 な 指 摘 だ と い え る。 大 手 炭 住 の な か に は、 宅 地 六 十 坪 一 戸 建 ち と い う の も あ り、 昭 和 二 十 年 代 の 終 り に つ く ら れ た 市 営 住 宅 並 み で あ り、 道 路 幅 も 広 い。 し か し、 そ れ は ま ず 別 格 で あ り、 先 述 の 田 川 市 松 原 に あ る 大 手 炭 住 の 六 畳、 四 畳 半 の 二 間 に 玄 間 兼 台 所 と 押 入 れ の 四 軒 長 屋 形 式 と い っ た と こ ろ が 一 般 で あ ろ う。 そ れ に 対 し て、 中 小 鉱 の 炭 住 の ば あ い で は、 八 軒 な い し 十 軒 の 棟 割 り 長 屋 形 式 が 多 く、 最 低 で は 三 畳 一 間 に 台 所 と 土 間 と い う の も あ り、 道 路 幅 も 狭 い し、 ゴ タ ゴ タ し て い て 息 が 詰 ま り そ う な の が あ る。 私 自 身 が 昭 和 四 十 七 年 に 調 査 し た 田 川 郡K町N炭住 は、 四 畳 半、 三 畳、 土 間 兼 台 所 の 八 軒 長 屋 で、 道 路 は 向 か い 合 う 家 の 間 口 か ら 間 口 ま で ニ メ ー ト ル と い う 狭 さ で、 雨 の 日 は 傘 を さ し て 行 き 違 う の に 困 難 な ほ ど だ っ た。 徳 本 正 彦 と 依 田 精 一 は、 昭 和 三 十 七、 入 年 時 点 の 筑 豊 に つ い て、 石 炭 不 況 の 影 響 が 最 も 鋭 く 現 わ れ て い る の は、 第 一 に (21) 炭 住 社 会 の 変 化 で あ り、 ま た そ の 結 果、 第 二 に は 筑 豊 が ﹁ 失 業 社 会 と し て 成 立 ﹂ し た こ と だ と 述 べ て い る。 ま ず、 第 一 の 点 を 私 見 に よ っ て ま と め て お こ う。 い う ま で も な く、 炭 住 は 特 定 炭 鉱 の 従 業 員 家 族 に 居 宅 を 提 供 す る も の だ っ た。 そ れ が、 石 炭 産 業 の 斜 陽 化 ・ 崩 壊 が 始 ま る と、 炭 鉱 資 本 の 撤 退 が 始 ま る が、 そ の な か に あ っ て、 大 手 系 で は、 第 一 段 階 と し て、 第 二 社 会 に 経 営 権 を 譲 り、 同 時 に 炭 住 の 管 理 権 を 委 ね る も の が 多 か っ た。 経 営 権 が 第 二 会 社 に 移 行 す る と、 給 与 以 下 労 働 条 件 が 切 り 下 げ ら れ る と あ っ て、 親 会 社 の 紹 介 に よ る か 自 力 に よ る か し て、 良 質 の 労 働 力 は 新 規 の 職 場 を 求 め て 炭 住 を 引 き 払 っ て い っ た。 傷 病、 老 齢 に よ っ て そ れ に 耐 え ら れ ぬ 労 働 力 は、 炭 住 に 滞 留 し て 第 二 会 社 で 働 く か、 そ れ す ら で き ぬ 者 は 炭 住 に ひ き 続 き 居 住 し て 半 失 業 的 な 仕 事 に 従 事 す る 者 が 多 (22) か っ た。 半 失 業 的 職 業 な い し ﹁ 就 業 と い う 名 の 失 業 ﹂ の 内 容 と し て は、 ﹁ 拾 い 仕 事 ﹂ と よ ば れ た ボ タ 拾 い、 租 鉱 権 炭 鉱 夫、 土 建 旦 雇、 農 業 手 伝 い、 盗 掘 従 事 者、 失 対 就 労 者 な ど で あ る。 そ れ を さ ら に 広 義 に と れ ば、 筑 豊 の 地 場 産 業 一 般 の 低 賃 金 も 考 慮 さ れ る べ き か も 知 れ な い。 さ て、 良 質 の 労 働 力 が 炭 住 か ら 流 出 し た あ と、 炭 鉱 閉 廃 山 の 嵐 の な か で 第 二 会 社 も 閉 山 と な る 頃 に は、 炭 住 地 区 は な お わ ず か に 残 る 中 小 鉱 の 鉱 夫 を 含 み は す る が、 炭 鉱 離 職 者、 炭
鉱 に か か わ り の な い ボ ー ダ ー ラ イ ン 層 や 生 活 保 護 者 の 混 住、 集 積 所 に 変 質 し て い く。 著 者 が 前 記 の 田 川 郡内K 町 の 閉 山 炭 住 の 調 査 を 行 な っ た 昭 和 四 十 七 年 二 月 時 点 に お い て、 同 時 に (23) 併 行 し て 行 な っ た 旧 大 手 系 炭 住 で は、 居 住 者 の 職 種 は す で に 極 め て 雑 多 で あ っ た。 し か も、 調 査 世 帯 一 二 三 世 帯 の う ち で、 炭 鉱 経 験 者 は 現 に 炭 鉱 で 働 く 四 人 を 含 め て 八 二 人 ( 六 九 ・ 九 %) で、 残 り 三 七 人 ( 三 〇 ・ 一 %)、 約 三 分 の 一 が 炭 鉱 非 経 験 者 で 入 れ 替 っ て い た。 し か も、 炭 鉱 経 験 を も つ と も た な い と の 相 違 を 越 え て、 全 世 帯 主 の 五 一 人 ( 四 一 ・ 二 %) が 無 職 者、 す な わ ち 失 業 者 と 生 活 保 護 者 に よ っ て 占 め ら れ て い た。 昭 和 五 十 年 以 降、 炭 住 生 活 者 の う ち で、 炭 鉱 経 験 者 の 数 比 が さ ら に 低 ま っ て い く 一 方 で、 逆 に ボ ー ダ ー ラ イ ン 層、 生 活 保 護 者 層 の 比 率 が 高 ま っ て い く。 他 方、 炭 住 の 管 理 を あ ず か る 事 務 所 側 で も、 炭 住 の 修 復 に つ い て 炭 鉱 時 代 ほ ど 熱 心 で な い と あ っ て、 も と も と 間 に 合 せ の 安 物 造 り に で き て い る 炭 住 の 老 朽 化 は 急 速 に 進 ん で い く。 こ こ に お い て、 筑 豊 に 集 中 す る 炭 住 地 区 自 体、 旧 大 手 系 の そ れ が い く ら か ま し で あ る と は い え、 お し な べ て 筑 豊 地 域 の ス ラ ム 地 区 と し て 成 立 す る こ と に な っ た。 徳 本 ら は、 す で に 述 べ た よ う に、 昭 和 三 十 七、 八 年 時 点 の 筑 豊 に つ い て、 そ れ を ﹁ 失 業 社 会 の 成 立 ﹂ と し て と ら え る の で あ る が、 そ の 筑 豊 的 失 業 社 会 と い う の が、 右 に 述 べ た 炭 住 地 区 に 住 む 炭 鉱 離 職 者 を 中 心 と し て 集 中 的 に 発 生 を み た と い う 点 で 特 徴 的 で あ る。 と い う の は、 一 般 に 産 業 活 動 が 停 滞 ・ 縮 小 す る 不 況 期 に あ っ て、 失 業 は 分 散 的、 個 別 的 に 発 生 す る も の で あ り、 か つ、 失 業 世 帯 の 多 く が 失 業 保 険 の 切 れ る 頃 ま で に は、 な ん ら か 次 善 の 職 場 に 吸 収 さ れ て い く も の で あ る。 そ れ だ け に、 一 般 の 不 況 期 の 失 業 は 短 期 的 で あ り、 し か も、 失 業 そ の も の に 伝 染 性 も な い。 そ れ が、 地 域 を あ げ て 単 一 の 石 炭 産 業 に も た れ か か っ て き て い た 筑 豊 に あ っ て は、 そ の 関 連 産 業 ま で 大 き な 打 撃 を 受 け た と あ っ て、 炭 住 住 ま い の 炭 鉱 離 職 者 が 大 量 発 生 し て も、 産 炭 単 業 地 と い う 特 殊 性 も あ っ て 地 域 内 に 次 善 の 職 種 を 見 つ け る こ と が 極 め て 困 難 だ っ た。 そ の う ち の 良 質 労 働 力 の 大 半 が 新 規 の 就 業 の た め に、 福 岡 県 の 内 外 に 転 住 し て い っ た。 そ の 後、 炭 住 地 区 に は、 職 も な く た く わ え も な い 日 陰 者 が 集 ま り、 そ の 日 そ の 日 を 食 い つ な い で い く に は、 安 直 な 隠 れ 家 で あ っ た。 炭 鉱 離 職 者 の う ち の 炭 住 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 滞 留 者、 そ の 後 に 補 充 さ れ た 新 規 の 居 住 者 を 含 め、 炭 住 居 住 者 の 過 半 数 が 傷 病、 老 齢 に よ る 半 失 業 者、 失 業 ・ 被 保 護 者 で 占 め ら れ る よ う に な れ ば、 最 底 辺 層 に あ っ た 生 活 保 護 世 帯 の 発 言 力、 影 響 力 が 強 ま り、 生 活 保 護 の 環 境 汚 染 が 始 ま る。 筑 豊 に あ っ て は、 慢 性 化 し た 半 失 業 ・ 失 業 の 一 般 化 が す で に 地 場 産 業 の 賃 金 水 準 を お し 下 げ て い る か ら、 生 活 保 護 と そ れ ほ ど 変 わ ら な い の に、 な に も 手 弁 当 提 げ て 働 く 必 要 は な い と い う 風 潮 を ひ き 起 こ す。 思 え ば、 徳 本 ら が、 筑 豊 を 失 業 社 会 の 成 立 と し て 規 定 し て か ら、 す で に 二 十 年 近 い 歳 月 が 流 れ て い る。 私 見 に よ れ ば、 失 業 社 会 が 成 立 を み て よ り、 そ れ が 慢 性 化 す る に は 数 年 で 充 分 だ っ た よ う に 思 う。 と す る と、 現 在 の 筑 豊 は、 ほ か に み る べ き 産 業 開 発 を み な い ま ま、 全 国 的 に み て、 最 も 広 域 に わ た る 慢 性 的 失 業 社 会 を 構 成 す る も の と い え る で あ ろ う。 さ て、 そ う し た 筑 豊 の う ち に あ っ て、 概 況 の と こ ろ で 述 べ た よ う に、 山 田 市 の 失 業 率 は、 昭 和 三 十 五 年 に 五 ・ 三 %、 四 十 年 六 ・ 八 %、 四 十 五 年 一 一 ・ 三 %、 五 十 年 一 〇 ・ 八 五 % と い う 推 移 を た ど る が、 こ の 間、 全 国 の そ れ は 二 % 強 で あ る。 ま た、 山 田 市 の 失 業 率 は、 同 じ 内 陸 部 筑 豊 の 他 の 三 市 に 比 べ て も、 有 意 差 を 示 す。 ち な み に、 昭 和 五 十 年 の 田 川 市 七 ・ 〇 六、 直 方 市 四 ・ 〇 九、 飯 塚 市 五 ・ 七 一 で あ る。 五、 山 田 市 の 窮 乏 と 病 理 (イ) 山 田 市 の 窮 乏 先 の 項 の 概 況 に 述 べ た と こ ろ に よ っ て、 産 炭 都 市 山 田 の 盛 衰 が 石 炭 産 業 に 負 う も の で あ る こ と は 明 白 で あ り、 そ れ だ け に、 石 炭 産 業 が 壊 滅 し た 今 日 の 窮 乏 は 甚 だ し い。 そ れ を ま (24) ず、 山 田 市 の 住 民 基 本 台 帳 を も と に、 世 帯 数 と 人 口 の 動 態 に よ っ て 追 っ て お こ う。 次 の 表 か ら 知 ら れ る 通 り、 山 田 市 が 市 制 を 施 行 す る 昭 和 二 十 九 年 か ら、 折 り か ら の 神 武 景 気 の お か げ で 石 炭 産 業 が 幾 分 持 ち な お す し、 昭 和 三 十 三 年 に は 世 帯 数、 人 口 と も に ピ ー ク を 迎 え る。 人 口 も 四 万 人 に あ と 一 歩 に 迫 る が、 そ の あ と は 石 炭 産 業 が 壊 滅 の 道 に 向 か っ て 急 降 化 し、 昭 和 四 十 五 年 九 月、 上 山 田 炭 鉱 の 閉 山 を も っ て、 遂 に 市 内 か ら 最 後 の 炭 鉱 が 消 え る。 昭 和 五 十 二 年 現 在 に お い て、 山 田 市 は 世 帯 数 に お い て ピ ー ク 時 の 五 三 %、 人 口 は 三 九 % に 減 少 し て い る。 二 十 年 足 ら ず と い う 短 期 間 に、 人 口 が そ の 六 割 強 を 減 ず る と い う こ と の
結 果 は、 自 治 体 の 解 体、 崩 壊 を ひ き 起 こ す の に 充 分 で あ る。 昭 和 五 十 年 の 国 勢 調 査 を も と に、 山 田 市 の 人 口 を 年 齢 別 構 成 比 の 面 か ら と ら え て み よ う。 そ の さ い、 参 考 と し て、 同 じ く 内 陸 部 筑 豊 の 近 隣 三 市 と、 一 般 都 市 の 代 表 と し て 佐 賀 市 の そ れ を 揚 げ て お く。 ( 次 頁 参 照) 山 田 市 の 人 口 構 成 上 に お け る 疲 弊 ぶ り は、 内 陸 部 筑 豊 の 他 の 三 市 を 比 べ て も 明 白 で あ る が、 そ の 老 齢 化 は 対 照 都 市 佐 賀 市 に 比 べ る と き、 く っ き り 浮 か び あ が っ て く る。 幼 少 人 口、 青 壮 年 人 口 層 が 薄 い 代 わ り に、 六 十 五 歳 以 上 の 老 齢 人 口 は 一 三 ・ 四 四 %、 佐 賀 市 が 八 ・ 六 六 % と ほ ぼ 全 国 平 均 に 近 い の に 比 べ て い ち じ る し く 高 い。 厚 生 省 に よ る 人 口 構 成 比 の 試 算 に よ っ て、 二 十 年 後 の わ が 国 の 老 齢 人 口 比 が一三 % で あ る か ら、 ま さ に 二 十 年 後 の 人 口 の 老 齢 化 を 先 取 り し て い る わ け で あ る。 そ れ ゆ え、 山 田 市 や 近 隣 都 市 の 人 た ち も、 老 人 一 人 に 働 き 手 が わ ず か 三 人 と い う 山 田 市 を み れ ば、 二 十 年 後 の わ が 老 齢 化 社 会 の 実 態 が 知 ら れ る と い う。 先 の 項 の 終 り の と こ ろ で み て お い た よ う に、 急 激 な 炭 鉱 の 閉 廃 山 が 続 い た 時 期 に、 炭 鉱 離 職 者 の 七 五 % 強 が 高 齢、 傷 病 な ど を お も な 理 由 と し て そ の ま ま 地 元 に 滞 留 し た。 山 田 市 と し て は、 大 量 の 失 業 者 群 の 発 生 を 目 の 前 に し て、 企 業 誘 致 に は 随 分 力 を 入 れ て い る。 企 業 誘 致 に つ い て は、 政 府 か ら の 鳴 物 入 り の 音 頭 取 り も あ り、 結 果 的 に は、 昭 和 三 十 八 年 五 月 か (25) ら 同 四 十 九 年 三 月 ま で の 十 年 余 の 間 に、 計 一 四 の 企 業 が 誘 致 さ れ て い る。 し か し、 誘 致 企 業 の 内 容 は、 い ず れ も 資 本 百 万 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密
教
文
円 か ら 数 千 万 円 が 主 で、 一-二 億 円 は 三 社 に す ぎ ず、 い ず れ か と い え ば 女 子 雇 用 型 で あ る。 ち な み に 一 四 の 企 業 の 雇 用 従 業 員 の 総 数 の 内 訳 は、 男 子 三 〇 六 名、 女 子 五 六 四 名 と な っ て い る。 今 後 の 企 業 誘 致 の 見 込 み に つ い て は、 市 当 局 も 諦 め 顔 で、 筑 豊 の 自 治 体 の ど こ で で も 聞 く ﹁ 男 子 雇 用 型 の 国 営 企 業 が 欲 し い ﹂ と い う 空 念 仏 を く り 返 す だ け で あ る。 た だ、 山 田 市 は、 直 接 石 炭 を 生 産 し て い た 六 条 地 域 に 当 た る の で、 各 種 の 失 対 事 業 が あ る。 左 に、 昭 和 五 十 年 度 の 各 種 失 対 事 業 へ の 延 べ 就 労 人 数 を 揚 げ て お く。 (26) 右 に 緊 就 と い う の は、 昭 和 三 十 入 年 施 行 の 炭 鉱 離 職 者 緊 急 就 労 対 策 事 業、 開 就 と は 同 四 十 四 年 施 行 の 炭 鉱 地 域 開 発 就 労 事 業、 特 開 と は 同 四 十 六 年 施 行 の 特 定 地 域 開 発 就 労 事 業 の 略 称 で あ り、 い ず れ も 一 般 失 対 事 業 に 比 べ て 条 件 が よ い。 山 田 市 に お い て 失 対 事 業、 す な わ ち、 一 時 凌 ぎ の 職 場 で あ り、 就 労 と い う 名 の 失 業 に 就 労 で き る こ と は 恵 ま れ た 人 た ち な の で あ る。 し か も、 そ の 就 労 者 総 数 は 二 百 名 に 満 た ず、 短 い 人 で 十 年、 長 い 人 で は 二 十 年 も 就 労 し つ づ け て い る と い う 状 況 で あ る。 昭 和 五 十 二 年 現 在、 山 田 市 に あ る 飯 塚 職 安 山 田 出 張 所 に は 就 職 先 を 求 め て 月 五 百 人 を 越 す 失 業 者 が 訪 ね て い る。 だ が、 そ の 人 た ち が 希 望 す る 地 元 企 業 か ら の 新 規 求 人 は、 男 入、 女 三 の 計 一 一 人 に す ぎ ず、 他 の 職 安 な ら 何 十 件 と あ る 女 子 事 務 員 や 女 子 店 員 の 求 人 す ら な い の で あ る。 と な る と、 就 職 先 が な い ま ま に、 老 若 の 別 な く 生 活 保 護 の 道 を 選 ば ざ る を え な い。 山 田 市 は、 全 国 市 部 の う ち で、 こ の 十 数 年 来 保 護 率 ト ッ プ の 座 を 続 け て い る が、 そ の 動 態 は 次 の よ う で あ る。 (27) 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状
密 教 文 化 こ こ で、 山 田 市、 筑 豊、 福 岡 県 の 名 誉 の た め に い っ て お き た い の は、 三 者 の 生 活 保 護 率 が、 石 炭 不 況 に 見 舞 わ れ る 昭 和 二 十 七 ま で は、 全 国 で 最 低 ま た は そ れ に 近 い と こ ろ に あ っ た と い う 事 実 で あ る。 筑 豊 を 中 心 に、 福 岡 県 の 生 活 保 護 率 が 上 昇 す る き っ か け は、 す で に 述 べ た 昭 和 三 十 年 の 合 理 化 法 の 頃 に あ っ た。 三 十 一 年 に は、 県 の 保 護 率 は 全 国 平 均 を 上 回 り、 さ ら に 昭 和 三 十 四 年 四 月 に 同 県 は、 低 所 得 県 と い わ れ る 鹿 児 島、 青 森 な ど を 抜 い て、 全 国 の ト ッ プ に 躍 り 出 る の で あ る。 そ の 後、 筑 豊 を 抱 え る 福 岡 県 は、 現 在 ま で 全 国 一 の 生 活 保 護 率 を 維 持 し つ づ け て い る。 昭 和 五 十 五 年 六 月 現 在 に お け る 同 県 内 の 生 活 保 護 の 状 況 を こ こ で 概 観 し て お こ う。 同 県 の 調 べ で は、 福 岡、 北 九 州 両 政 令 都 市 を 除 き、 県 内 の 生 活 保 護 受 給 者 は 四 七、 九 四 六 世 帯、 一 〇 一、 六 九 〇 人 で あ る。 こ の う ち、 臨 海 部 筑 豊 の 一 市 一 郡 を 除 い て 内 陸 部 筑 豊 ( 四 市 三 郡) は、 人 員 で 全 体 の 五 三 % を 占 め て い る。 そ の な か に あ っ て と く に 目 を 引 く の が 田 川 郡 の 一 八 六 ・ 三 脇、 山 田 市 一 七 三 ・ 三 賄 で あ り、 内 陸 部 筑 豊 の 平 均 は一一〇 ・ 八 脇 と な る。 こ れ ら の 筑 豊 の 被 保 護 世 帯 の 相 当 数 が 炭 住 に 住 む 世 帯 で 占 め ら れ て お り、 逆 に ま た、 炭 住 居 住 世 帯 の 相 当 数 以 上 が 被 保 護 世 帯 だ と い う こ と に な る。 つ づ い て、 山 田 市 の 生 活 保 護 の 近 況 に つ い て、 福 岡 県 民 生 部 保 護 課 ﹃ 昭 和 五 十 四 年 度 福 岡 県 の 生 活 保 護 ﹄ ( 昭 和 五 十 六 年 一 月) に よ っ て、 県 内 お よ び 筑 豊 内 他 都 市 と の 比 較 に お い て と ら え て み よ う。 同 年 度 の 全 国 の 生 活 保 護 率 は 一 二 ・ 三 臨 福 岡 県 は そ の 三 ・ 六 倍 に 当 た る 四 三 ・ 七 脇 で あ る。 < 福 岡 県 下 保 護 率 二 〇 脇 を 越 す 十 市 > 一 位 山 田 市 ( 筑 豊) 一 七 四 ・ 七 脇 二 〃 中 間 市 ( 筑 豊 臨 海 部) 八 ○ ・ 一 脇 三 〃 飯 塚 市 ( 筑 豊) 七 七 ・ 四 脇 四 〃 直 方 市 ( 〃) 六 九 ・ ○ 脇 五 〃 田 川 市 ( 〃) 五 一 ・ 五 脇 六 〃 北 九 州 市 四 六 ・ 四 脇 七 〃 大 牟 田 市 四 五 ・ 五 賄 八 〃 行 橋 市 三 四 ・ 一 脇 九 〃 福 岡 市 二 五 ・ 入 脇 十 〃 久 留 米 市 二 四 ・ 五 脇 右 の 数 字 に よ っ て 分 か る 通 り、 山 田 市 は 二 位 の 中 間 市 に 倍 以 上 の 開 き を つ け て 高 率 で あ り、 五 ・ 七 世 帯 に 一 世 帯 の 割 合
で 生 活 保 護 を 受 け て い る。 ま た、 筑 豊 の 五 市 は、 福 岡 県 下 二 〇 市 の う ち 保 護 率 で 上 位 五 位 ま で を 独 占 し て い る 事 情 も 知 ら れ る。 さ て、 山 田 市 と し て は、 炭 鉱 離 職 者 を 中 心 と す る 傷 病、 老 齢 人 口 を 抱 え、 半 失 業 人 口 と い え る 失 対 事 業 従 事 者、 失 業 者 な い し 生 活 保 護 世 帯 を 多 く 抱 ん こ ん で、 市 の 行 財 政 面 で 深 刻 (28) な 影 響 を 受 け て い る。 市 は、 か つ て 昭 和 三 十 五 年 度 の 歳 入 に お い て、 市 民 税、 鉱 山 税 は 同 市 の 予 算 総 額 に お い て そ れ ぞ れ 一 七 %、 二 三 % の 比 重 を 占 め、 両 者 の 合 計 で 市 財 政 の ほ ぼ 半 分 を ま か な う こ と が で き た。 そ の う ち 鉱 山 税 の 予 算 総 額 に 占 め る 構 成 比 を 五 年 刻 み で い え ば、 四 十 年 に は 一 入 %、 四 十 五 年 に は 二 %、 四 十 七 年 に は 零 と な っ て い る。 反 対 に、 歳 出 面 に お い て は、 た と え ば 昭 和 五 十 二 年 度 予 算 額 四 十 五 億 円 の う ち 二 十 億 円 が 生 活 扶 助 費 に 支 出 さ れ て い る。 次 に、 昭 和 五 十 一 年 度 に お け る 歳 入 ・ 歳 出 の 構 成 比 率 を 掲 げ て お く。 同 年 度 の 山 田 市 の 予 算 執 行 額 は 四 十 三 億 三 千 五 十 入 万 九 千 円 で あ っ た。 歳 入 の う ち、 市 税 と 財 産 収 入 を 合 せ て 自 主 財 源 は 六. 三 % に し か な ら な い。 反 対 に、 歳 入 の う ち で 地 方 交 付 税 と 国 庫 支 出 金 の 合 計 が 占 め る 比 率 が 七 六 ・ 七 % と、 市 の 予 算 総 額 の 四 分 の 三 強 を 占 め て い る。 歳 出 面 で も、 扶 助 費 の 占 め る 比 率 が 三 七 % と 四 割 に 近 く、 一 方、 投 資 的 経 費 は 合 計 で 三 三 % を 占 め て い る と は い え、 本 来 の そ れ を み ら れ る べ き 普 通 建 設 事 業 費 は わ ず か 一 一 % に す ぎ な い。 な お、 失 業 者、 生 活 保 護 人 口 が 多 く、 ま た、 山 田 市 に 進 出 し た 企 業 自 体 が 低 賃 金 を 見 込 ん で 来 て い る と あ っ て、 他 の 地 場 産 業 と と も に 賃 金 水 準 が 低 い。 そ の た め、 市 民 所 得 全 体 が 低 く、 た と え ば 昭 和 四 十 入 年 に お け る 山 田 市 の そ れ は、 県 平 均 の 六 三 ・ 五 % と そ の 三 分 の 二 に 達 し な い。 市 民 の な か に は、 ﹁ 汗 水 流 し て 働 い て も 失 業 保 険 よ り 低 い 賃 金 ﹂ の ば あ い <歳 入内訳> <歳 出内訳> 旧 産 炭 都 市 山 田 市 の 窮 状