南
山
學
派
と
東
寺
學
派
(三
)
大
北
善
照
七 、 南 山 學 派 の 學 匠 吾 人 は 、今 兩 學 派 の 碩 學 ・ 名 匠 に つ き て 述 べ な け れ ば な ら ぬ 順 序 と な つ た 。 先 づ 、 南 山 學 派 の そ れ に つ き て 論 じ な け れ ば な ら ぬ の で あ る が 、 其 の 各 々 に つ い て 、 詳 細 に 論 す る こ と が 出 來 な い の で 、 特 に 宗 學 史 上 重 要 な る 人 物 と 認 め る 諸 師 を 、 摘 出 し て 、 其 の 傳 記 ・ 性 格 及 事 蹟 等 に つ き 、簡 單 に 述 べ た い と 思 ふ の で あ る 。 で 、 南 山 の 名 匠 と し て は 、 覺 海 ・ 法 性 ・ 道 範 ・ 玄 海 ( 快 成 ) 信 弘 ・ 宥 快 ・ 長 覺 の 諸 師 を 擧 げ る こ と ゝ す る 。 然 し そ の 中 、 南 山 學 派 の 正 系 で あ る 覺 海 ・ 法 性 ・ 宥 快 の 三 師 に つ き て 述 べ や う 。 A 覺 海 大 徳 覺 海 大 徳 は 但 馬 の 人 和 泉 守 雅 隆 の 子 で あ る 。 字 を 南 證 と 云 ふ 。 又 和 泉 の 法 橋 と も 云 ふ 。 近 衛 天 皇 の 康 治 元 年 (紀 元 一 八 〇 二 )誕 生 幼 に し て 頴 悟 出 家 行 道 を 父 母 に 請 ひ 許 さ れ て 、 醍 醐 の 定 海 大 僧 正 の 室 に 入 り 、 薙 髪 し 信 正 よ り 小 野 方 の 法 版 を 相 承 せ ら れ 、 柔 和 如 法 の 僧 鳳 と し て 嘱 望 せ ら れ た の で あ る 。 次 で 随 心 院 の 僧 正 親 嚴 勸 修 寺 の 碩 匠 文 泉 兩 師 の 傳 を も 繼 承 し た 。 後 文 治 の 頃 ( 年 四 十 餘 )大 師 の 舊 址 を 慕 ひ 高 野 山 に 登 ら れ 、 孜 々 と し て 事 教 の 研 鑛 に 餘 念 な く 、 從 つ て 義 辯 花 を 飛 ば し 、 論 戦 鋒 を 碎 く の 慨 が あ つ た 。 居 を 華 王 院 (今 の 増 福 院 ) と 名 づ け 殊 に 大 樂 院 寛 秀 阿 闍 梨 に 随 つ て 、 教 相 の 蘊 奥 を 叩 き 、 彼 の 法 性 道 範 等 の 高 眉 を も 、 其 の 麾 下 に 侍 ら し む る に 至 つ た の で あ る 。 建 保 五 年 七 十 六 歳 に し て 、 検 校 に 補 せ ら れ た 。 常 に 祖 廟 に 詣 で ゝ 、 至 心 に ﹁ 前 七 世 の 事 を 知 ら し め 玉 へ ﹂ 。 と 祈 求 し た と 傳 へ ら れ て ゐ る 。 大 師 そ の 至 心 に 感 じ て か 、 覺 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 一南 山 學 滋 さ 東 寺 學 派 六 二 海 の 面 前 に 影 現 ま し ま し 、 七 生 の 事 を 示 さ れ た と 云 ふ 。 そ の 大 師 の 御 告 を 聞 く や 、 定 座 よ り 起 つ て 百 拜 千 敬 し 、 業 障 を 懺 悔 し 暫 し 子 供 の 如 く に 泣 き た り ご 。 こ れ を 以 っ て し て も 、 大 徳 の 如 何 に 大 師 尊 崇 の 念 厚 か り し か を 推 知 す る こ と が 出 來 る の で あ る 。 覺 海 師 、 検 校 の 職 に あ る こ と 、 四 年 專 ら 心 を 一 山 の 興 隆 に 灌 ぎ 、 建 保 年 間 、 高 野 と 吉 野 の 地 領 争 論 あ つ て 、 吉 野 の 金 峯 山 寺 の 春 賢 僧 正 、 領 地 の 郷 民 を 引 率 し て 來 り 、 寺 領 を 奪 は ん と す る に 際 し 、 師 は あ ら ゆ る 手 段 方 法 を 講 じ て 、 祖 山 の 爲 め に 盡 し 、 粉 骨 碎 身 の 勞 を 、 盡 し た の で あ る 。 此 の 時 に 際 し て 、 一 山 の 僧 、 吉 野 の 非 道 を 怒 り 、 法 滅 國 傾 の 時 と 、 衆 議 評 决 し て 、 大 小 佛 事 を 廢 絶 し 、 離 山 逐 電 を 謀 り 、 一 味 神 心 を 飲 み 、 三 千 の 大 衆 蜂 起 し て 、 山 門 を 出 去 ら ん と す る に 至 つ た の で あ る 。 こ の 有 様 を 見 た 大 徳 の 心 は 、 如 何 で あ つ た で あ ら う 大 徳 は 七 十 入 の 老 躯 を 以 つ て 、 慨 歎 の 餘 り 、 大 衆 の 離 山 を 、 思 ひ 留 ら し め ん と し た け れ ど も 、 血 氣 に は や る 大 衆 は 聞 き 入 れ ず 、 遂 に 離 山 す る に 至 つ た の で あ る 。 こ の 時 大 徳 外 敷 十 名 の も の 、 祖 廟 の 汚 さ れ た こ と を 憂 ひ 、 た こ へ 春 賢 等 の 爲 め に 、 殺 さ れ や う と も 、 大 師 の 膝 下 を 離 れ ず と 、 决 心 し て 山 に 留 つ た の で あ る 。 そ の 後 吉 野 側 の 重 な る も の 續 い て 死 す る に 依 り 、 さ し も に さ わ が し か り し 、 争 ひ も 平 静 の 舊 に 復 し た の で あ る 。 こ れ 明 神 の 擁 護 に 依 る と は 云 へ 、 偏 へ に 、 覺 海 大 徳 の 丹 誠 の 致 す 所 で あ る と 、 云 は な け れ ば な ら な い 。 か く し て 、 貞 應 二 年 八 月 十 七 日 、 覺 海 大 徳 は 平 生 よ り 魔 即 法 界 觀 を 成 じ 、 下 品 悉 地 を 常 念 せ し 修 觀 の 効 現 は れ 、 羽 化 し て 去 ら れ た と 傳 へ ら れ て ゐ る 。 覺 海 大 徳 の 下 品 悉 地 を 希 求 し 、 こ の 意 を 成 し た の は 、 實 に ﹁ 斯 く の 如 き 難 化 の 慮 障 、 孰 れ が 降 伏 す る を 得 ん 。 我 大 法 を 擁 護 し 、 學 人 を 安 穏 な ら し め 、 護 法 神 主 と な り て 、 大 師 龍 華 の 出 定 に 至 る ま で 、 飛 行 夜 叉 王 の 相 を 現 じ 、 之 れ が 撲 滅 を 期 せ ん し 。 と の 念 に 外 な ら な い 。 之 れ に 依 つ て 見 る も 、 大 徳 の 御 性 格 の 一 端 を 窺 う に 十 分 で あ る と 思 ふ 。 從 つ て 、 之 に 依 つ て 當 時 の 野 山 の 状 態 や 、 社 會 状 態 の
如 何 は 、 推 し て 知 る べ く 、 覺 海 大 徳 の 决 定 願 成 の 意 、 何 處 に あ る や も 髣 髴 す る こ と が 出 来 る の で あ る 。 尚 大 徳 の 御 事 績 に つ き て 、 特 筆 す べ き こ と は 、 大 徳 と 勸 學 院 傳 法 會 の こ と で あ る 。 鎌 倉 幕 府 の 創 設 に 當 つ て 、 源 頼 朝 が 高 野 山 に 勸 學 院 の 創 設 に 權 與 し て 、 南 山 教 學 の 促 進 を は か つ た の で あ る 。 こ の 勸 學 院 創 設 の 當 時 は 、 大 徳 實 に 五 十 一 才 知 天 命 の 齡 に し て 、 天 稟 の 英 才 、 智 徳 圓 熟 の 頂 上 に 達 し て ゐ た 頃 で あ る 。 か く て 勸 學 院 傳 法 會 な る 、 密 教 宗 學 の 制 度 が 、 覺 海 大 徳 を 中 心 と し て 、 起 る に 至 り 、 諸 國 よ り 雲 集 す る 學 衆 幾 千 人 、 當 時 こ の 傳 法 會 に 於 け る 、 論 議 の 盛 況 と 、 英 俊 の 輩 出 の 有 様 は 道 範 の 表 白 に 依 れ ば ﹁ 覺 海 の 金 波 を 汲 ん で 、 義 理 の 深 奥 を 盡 く 、 竹 園 の 玉 葉 を 捨 て し 、 法 帝 の 印 璽 を 傳 ふ 。 尤 も 後 學 の 指 南 は 仰 ぐ べ し 。 こ れ よ り 以 来 、 學 徒 林 を な し 、 才 士 朝 に 満 つ ﹂ 。 と 云 つ て あ る に 依 つ て も 、 如 何 に 盛 觀 を 呈 し て ゐ た か と 云 ふ こ と が 分 る 。 以 上 に 記 す る 所 は 、 實 に 御 事 蹟 御 性 格 の 一 部 に し か 、 觸 れ て ゐ な い 。 け れ ど も 、 こ の 前 述 の 文 か ら し て も 、 大 徳 は 實 に 時 代 の 生 み し 英 俊 に し て 、 時 代 を 救 濟 せ ん が 爲 め 將 来 を 慮 つ て 彌 勒 出 世 ま で も 、 我 山 を 保 護 し 大 法 を 護 持 せ ん と す る も の 、 誠 に 當 然 の 歸 結 で あ る 。 且 又 南 山 教 學 に 貢 献 す る 所 、 實 に 大 に し て 、 其 の 門 下 に 法 性 ・ 道 範 の 如 き 、 二 大 英 哲 惹 い て は 宥 快 ・ 長 覺 の 兩 碩 學 を 出 す る に 至 つ た の も 、 偶 然 の こ と で は 决 し て な い 〇 こ れ 皆 覺 海 大 徳 の 、 す で に 萠 芽 を 植 え つ け た も の で は あ る ま い か 。 從 つ て 、 吾 人 南 山 學 派 の 教 學 の 根 源 を 師 に 存 す る と 云 ふ も 當 然 の こ と で あ る 。 覺 海 大 徳 の 著 書 と さ れ て ゐ る も の に 、 二 本 を 學 げ る こ と が 出 来 る 。 一 は 聴 海 鈔 八 巻 で 、 一 は 南 勝 房 法 語 で あ る 。 然 し 乍 ら 、 聴 海 鈔 は 、 三 論 の 蓮 道 上 人 が 、 大 徳 及 五 智 房 融 源 二 師 の 口 訣 を 筆 録 せ る も の に し て 、 其 の 意 甚 深 に し て 、 吾 等 淺 薄 な 研 究 者 の 、 到 底 窺 ひ 知 り 得 ざ る 所 で あ る 。 唯 御 法 語 に 至 つ て は 、 八 海 の 一 滴 を 以 つ て 其 の 意 の 存 す る 所 を 知 る を 得 、 と 教 へ ら れ て ゐ る 。 さ れ ば 吾 等 は 唯 此 の 一 本 に 依 つ て の み 、 師 の 安 心 の 一 班 を 知 る こ と が 出 来 る の で あ る 。 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 三
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 四 B 、 法 性 阿 闍 梨 法 性 師 は 、 字 覺 圓 と 云 ふ 。 出 所 生 年 を 傳 ふ る 所 な し 。 師 は 幼 に し て 、 正 智 院 明 任 法 眼 の 門 下 に 投 じ て 得 度 し 、 明 任 の 上 足 と 稱 せ ら る ゝ 所 を 以 つ て し て も 、 同 門 下 の 道 範 師 に 劣 つ て ゐ な か つ た こ と は 察 す る こ と が 出 来 る 。 師 は 教 相 を 、 覺 海 大 徳 よ り 學 び 、 經 典 の 深 義 を 究 め 、 宗 要 に 精 通 せ ら れ た 又 更 に 憲 深 師 に 從 つ て 、 事 相 の 源 底 を も 究 め た こ と が 記 せ ら れ て ゐ る 。 行 状 記 に 依 れ ば 、 師 は 啻 に 、 海 阿 闍 梨 の 深 義 の み な ら ず 、 其 の 淺 略 の 義 を も 並 用 し た こ と が 見 え る 。 そ の 人 と な り 優 膽 明 快 な る 辯 辭 の 所 有 者 で あ つ た 。 學 成 る に 及 び 、 一 院 を 建 立 し て 、 蘊 蓄 を 闡 揚 す る や 、 皆 そ の 風 猷 を 欠 い て 、 そ の 門 下 に 馳 せ 参 じ た 。 か つ て 傳 法 院 と の 譯 論 に 依 り 、 師 も 出 雲 に 流 さ る ゝ こ と ゝ な つ た 。 配 所 に 在 留 す る こ と 三 年 、 即 ち 寛 元 三 年 十 月 二 十 一 日 、 遂 に 配 所 に 於 て 禪 寂 さ れ た 。 師 は 生 前 よ り 、 常 に 道 範 等 の 同 門 の 徒 に 、 二 十 一 日 を 以 っ て 示 寂 す べ き 事 を 語 つ て ゐ た 。 こ れ 、 師 の 大 師 欽 仰 の 特 に 厚 か り し を 示 す も の に し て 所 期 の 如 く 、 二 十 一 日 を 以 つ て 、 示 寂 さ れ た こ と も 、 大 師 冥 感 の 霊 的 交 通 に 出 す る も の で は な か ら う か 。 然 し な が ら 配 所 に 於 て 、 世 を 去 り し こ と は 、 其 の 徳 風 を 仰 ぐ も の ゝ 、 等 し く 堪 へ 難 い も の で あ つ た 。 師 の 訃 昔 野 山 に 達 し た 時 は 、 満 山 大 衆 感 嗟 し 、 同 じ く 配 流 の 身 と な つ て ゐ た 、 道 範 師 は 遠 く 讃 洲 に 於 て 、 之 を 悼 み ﹁ か た ぐ の と も の し つ く は 散 り ぬ な り い つ か 我 が 身 の 末 の 白 露 ﹂ の 一 首 を 詠 じ た 。 寂 後 門 人 そ の 遺 蹤 を 術 ん で 、﹁ 法 性 院 ﹂ と 云 ひ し を 、 寳 性 院 と 改 め た 。 寶 性 院 過 去 帳 に も ﹁ 本 願 、 法 性 阿 闍 梨 覺 圓 寛 元 三 年 十 月 二 十 一 日 第 一 世 ﹂ と 明 記 さ れ て ゐ る 。 法 性 師 の 學 説 と し て 、 古 来 有 名 な る も の は 、 道 範 師 の 不 二 説 に 對 す る 而 二 説 で あ る 。 即 ち 師 は 六 大 體 大 而 二 の 説 を 表 と す る が 故 に 唯 理 ( 前 五 大 ) 唯 智 を 分 ち 、 大 日 經 の 教 主 は 唯 理 法 身 の 説 法 と な す 即 ち 法 性 師 は 六 大 體 大 に 理 智 並 存 し 、 理 智 各 々 種 子 三 形 尊 形 を 具 し 、 相 互 具 足 の 人 體 を 成 し 、 理 智 二 法 身 共 に 説 法 あ る 中 、 大 日 經 は 理 法 身 の 説 な り
と す る の で あ る 。 南 山 學 派 成 立 の 義 で あ る 。 宥 快 師 の 説 も 、 其 の 教 系 を 法 性 の 而 二 説 に 受 け て 居 る も の と 云 は な け れ ば な ら な い 。 さ れ ば 、 吾 人 の 南 山 學 派 の 名 を 以 つ て 稱 す る 正 統 學 派 は 、 覺 海 に 共 の 淵 源 を 付 し 、 法 性 師 を 經 て 宥 快 に 傳 ふ る も の を 以 づ て 、 名 づ け た も の で あ る 。 C 、 宥 快 法 印 宥 快 法 印 、 字 は 性 嚴 房 ・ 藤 原 實 光 の 子 に し て 、 後 光 嚴 天 皇 そ の 叡 才 を 愛 し 、 猶 子 と な せ し も 、 師 は 俗 間 に あ る を 欲 せ ず 、 唯 求 む る 所 は 、 古 今 聖 賢 の 道 を 尋 ね て 、 此 の 暗 黒 界 の 救 世 主 た ら ん 大 志 を 抱 き 、 遂 に 十 七 才 に し て 出 家 し 、 常 陸 國 佐 久 山 寺 の 榮 智 上 人 の 弟 子 と な る 。 榮 智 上 人 は 妙 浄 上 人 ( 或 は 宥 祥 と も 云 ふ ) の 弟 子 な り 。 妙 浄 上 人 入 寂 す る に 及 び 、 其 の 遺 言 に 依 り 寳 性 院 玄 海 師 を 頼 り て 高 野 に 登 る 。 然 る に 玄 海 既 に 老 衰 せ し か ば 快 成 師 に 就 學 し 、 後 師 ( 妙 浄 上 人 ) の 後 を 繼 ぎ し 人 で あ る 。 榮 智 上 人 、 快 師 の 法 器 た る を 知 り 三 寳 院 流 の 秘 事 を 悉 く 快 師 の 事 を 决 成 師 に 託 せ し が 、 當 時 快 成 既 に 老 境 に 在 し ま せ し か ば 、 快 成 の 後 繼 者 た る 信 弘 學 頭 に 、 愛 弟 の こ と を 託 し た の で あ る 。 信 弘 師 は 快 成 師 の 付 法 の 弟 子 に し て 、 寶 性 院 門 主 で あ つ た 信 弘 は 釋 迦 南 院 賢 重 師 に 就 い て 釋 論 大 日 經 を 聞 き 快 成 に 依 つ て 事 教 を 相 承 し 、 學 徳 一 山 に 高 か つ た (賢 重 師 は 祖 山 に 學 燈 の 頽 せ る を 歎 き 、 自 ら 讃 岐 善 通 寺 に 行 き 、 妙 浄 上 人 の 高 足 宥 鑁 阿 闍 梨 に 就 て 大 疎 の 講 傅 を 受 け 、 歸 山 後 、 大 疏 釋 論 の 講 筵 を な し 、 南 出 の 宗 學 界 に 獨 歩 の 觀 を 呈 せ し 人 で あ る 、 さ れ ど 、 信 弘 は そ の 學 燈 を 傳 ふ る に 人 な く 、 唯 授 一 人 の 付 弟 を 得 ん こ と を 祖 廟 に 誓 願 し た 。 果 し て 大 師 冥 感 に 依 つ て か 快 師 の 如 き 英 才 を 、 門 下 に 持 つ こ と が 出 来 た の で あ る 。 快 師 、 こ ゝ に 於 て 年 来 の 志 望 を 達 し 、 高 祖 の 膝 下 に 心 静 か に 寳 性 院 に 於 て 修 學 す る こ と を 得 た の で あ る 。 快 師 、 信 弘 阿 闍 梨 よ り 事 相 、 教 相 、 悉 曇 、 聲 明 等 師 の 信 弘 の 學 び た る 所 を 悉 く 傳 へ ら れ 、 快 師 法 器 た る や 一 を 聞 い て 十 を 知 る の 英 才 な れ ば 、 學 行 の 進 歩 、 實 に 旭 日 昇 天 の 有 様 で あ つ た 。 應 安 七 年 、 信 弘 静 寂 し 玉 へ ば 、 快 師 寶 性 院 の 跡 を 董 し た 。 時 に 三 十 才 な り と 云 ふ 。 當 時 祖 山 に 於 て 、 立 川 流 の 邪 流 、 漸 く 新 進 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 五
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 六 學 徒 の 間 に も て は や さ れ て ゐ た の を 非 常 に 慨 き 、 寶 鏡 鈔 を 著 し て 大 い に 之 を 駁 し 、 破 邪 顯 正 に つ と め ら れ た 。 更 に 快 師 は 、 永 和 三 年 足 を 遠 く 京 都 山 科 に 運 び 興 雅 僧 正 の 門 を 叩 か れ た 。 師 の 山 科 に 行 か れ た 動 機 を 思 ふ に 、 快 師 は 曾 て ﹁ 凡 そ 佛 教 の 最 極 は 密 藏 に 過 ぎ ず 、 而 も そ の 相 承 の 殊 勝 な る は 偏 へ に 東 寺 に あ り 。 東 寺 の 流 派 、 無 盡 な り と 雖 も 、 大 師 の 正 嫡 は 小 野 に 留 る 要 を 以 つ て 之 を 日 へ ば 、 妙 雲 開 塔 の 朝 、 金 薩 灌 頂 の 時 よ り 三 國 傳 説 し 、 嫡 々 繼 相 す る は 夫 れ 唯 安 祥 寺 一 流 の み ﹂ と 、 嘆 賞 せ ら れ た る こ と を 見 れ ば 、 快 師 が 如 何 に 安 流 を 尊 重 さ れ た か も 、 よ く 解 る こ と で あ る 。 こ ゝ に 於 て 、 快 師 は 興 雅 僧 正 よ り 安 流 の 奥 義 を 悉 く 授 か り 、 日 頃 の 宿 望 を 充 す こ と を 得 た の で あ る 。 か く て 興 雅 師 、 快 師 の 法 器 を 痛 く 愛 し 、 安 祥 寺 の 後 繼 者 た ら ん こ と を 託 さ る ゝ こ と ゝ な つ た 。 後 快 師 は 京 師 、 高 野 に 往 来 し て 密 乗 を 轉 す 。 明 徳 三 年 、 後 圓 融 天 皇 、 平 松 の 新 御 所 に 於 て 鎮 座 の 法 を 行 は せ ら れ し 時 快 師 、 弟 子 宥 信 を 随 へ て 伺 候 し て 修 法 を 行 つ た 。 こ の 時 天 皇 よ り 優 遇 な る 御 製 を 賜 ふ 。 曰 く ﹁ 祈 る 可 き 道 は し ば し も 迷 ふ な よ 。 歸 る 御 山 の 花 の 白 雪 ﹂ 宥 快 師 、 即 ち 反 歌 を 奉 り て 曰 く ﹁ 迷 は じ な 花 の 白 雪 ふ み 分 け て 道 あ る 御 代 を 祈 る 心 は ﹂ と 、 こ れ に 依 つ て も 快 師 の 御 性 格 の 一 班 を 知 り 得 る 。 應 永 十 二 年 、 安 流 を 實 牲 院 に 於 て 成 雄 、 快 雅 、 快 全 に 傳 授 し て 曰 く ﹁ 此 御 流 義 は 、 恩 師 興 雅 信 正 よ り 我 に 傳 は る 。 八 祖 相 承 の 秘 奥 皆 此 の 中 に あ り 汝 、 當 流 を 以 つ て 寶 性 院 の 院 家 と な し 、 長 く 護 持 す べ し ﹂ と 、 同 十 三 年 、 高 野 山 明 神 の 託 宣 の こ と あ り 。 又 山 王 院 に 於 て 竪 精 義 を 行 ひ 、 快 師 自 ら 精 義 の 役 を つ と め ら れ た 様 で あ る 。 後 、 善 集 院 に 隠 退 し 、 寶 性 院 を 成 雄 師 に 譲 ら る 快 師 隠 退 後 、 こ の 院 に 於 て 專 ら 後 學 の 道 を 開 き 、 進 ん で 尚 修 學 せ ん と せ ら れ た 。 應 永 二 十 三 年 七 月 十 七 日 、 七 十 二 才 に て 善 集 院 に 示 寂 さ る 。 其 の 著 作 す る 所 、 五 百 有 餘 巻 の 大 部 に 及 び 自 ら 鈔 を 作 り 註 を 入 れ 、 後 學 の 修 學 に 便 す る 所 、 實 に 大 な り 。 そ の 著 書 の 重 な る も の を 擧 ぐ れ ば 、 大 疏 鈔 及 奥 鈔
( 百 十 六 巻 ) 、 同 决 擇 ( 二 十 二 巻 ) 、 釋 論 鈔 ( 四 十 五 巻 ) 、 同 决 擇 ( 二 十 巻 ) 、 秘 藏 記 鈔 ( 二 十 巻 ) 悉 曇 字 義 鈔 ( 六 巻 ) 、 同 决 擇 ( 五 巻 )、 其 の 他 十 巻 章 の 鈔 等 あ り 。 思 ふ に 、 快 師 の 教 學 史 上 に 於 け る 位 置 は 、 東 寺 の 呆 寳 師 の そ れ に 相 匹 敵 す る も の と 云 ふ べ く 、 又 南 山 學 派 の 教 學 の 全 盛 時 代 も 、 師 の 時 代 に 於 て 見 る こ と が 出 來 る の で あ る 。 即 ち 師 は 、 法 性 師 の 而 二 説 を 繼 承 し て 寳 門 の 門 主 と な り 、 六 大 四 曼 の 源 旨 、 五 相 三 密 の 源 底 を 極 め ら れ 、 大 い に 宗 風 を 宣 揚 し 、 宗 義 に 决 擇 を 與 へ て 、 從 來 諸 傑 の 異 議 を 和 融 し 、 以 つ て 一 家 を 成 し 、 所 謂 南 山 成 立 の 義 を 大 成 せ ら れ た の で あ る 。 此 れ 即 ち 應 永 年 間 の こ と な り し か ば 、 世 に 之 を 應 永 の 大 成 と 稔 せ ら る 。 師 の 學 説 に つ き て は 東 寺 南 山 兩 學 派 の 教 理 の 所 に 於 て 述 ぶ れ ば 今 は 之 を 略 す 。 八 、 東 寺 學 派 の 學 匠 A 、 頼 寳 法 印 法 印 は 東 寺 塔 中 、 賓 荘 嚴 院 の 第 一 世 な り 。 然 し な が ら 東 寺 學 派 の 一 般 に 通 す る 史 的 事 實 の 欠 陥 よ り し て 、 吾 人 は 師 の 傳 記 を 詳 細 に 記 す る こ と が 出 來 な い の み か 、 俗 姓 生 年 さ へ も 之 を 知 る に 由 が な い 。 實 に 宗 家 と し て か ゝ る 大 徳 の 傳 記 の 不 明 な る こ と は 、 慚 愧 に 堪 へ ざ る 所 で あ る 。 さ れ ど 、 吾 人 の 僅 か に 推 測 し 得 る 文 献 と し て は 大 日 如 來 金 口 所 説 一 行 法 身 即 身 成 佛 經 の 奥 書 に 依 ば ﹁ 延 元 四 年 六 十 四 才 ﹂ と 記 す る 事 實 で あ る こ れ よ り す れ ば 法 印 の 御 誕 生 は 後 宇 多 天 皇 建 治 二 年 に 相 當 す る の で あ る 、 法 印 は 後 宇 多 法 皇 の 厚 き 御 歸 依 を 受 け 、 力 を 加 せ て 應 仁 平 治 の 錨 後 荒 廢 の 極 に 達 し た 東 寺 の 復 興 に つ く さ れ た こ と は 東 寳 記 等 に 依 つ て 推 知 す る こ と が 出 來 る 。 堂 塔 の 再 建 と 云 ひ 、 傳 法 二 會 の 宗 學 制 度 の 振 與 と 云 ひ 、 實 に 東 寺 の 暗 黒 時 代 を 回 轉 し て 光 明 面 に 向 は し め た 、 そ の 偉 大 な る 御 功 績 は 東 寺 學 派 に と つ て 無 上 の 幸 で あ る と 共 に 我 が 宗 學 史 上 に 及 ぼ し た 御 貢 献 の 顯 著 な る を 吾 人 は 特 筆 す べ き で あ る 。 法 印 は 又 自 ら 二 季 傳 法 會 の 學 頭 と な り 或 は 勸 學 會 談 義 の 席 に 列 し て 大 い に 宗 學 を 振 起 し 、 又 法 印 は 後 醍 醐 天 皇 の 吉 野 に 行 幸 し 給 ふ や 延 元 二 年 三 月 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 七
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 八 と 四 年 八 月 と の 二 度 に 渉 つ て 吉 野 行 宮 に 参 し 、 天 皇 に 即 身 義 菩 提 心 論 等 を 進 講 し 、 又 瑜 祇 灌 頂 を 授 け 奉 り し 事 實 も 大 日 如 來 金 口 所 説 一 行 法 身 即 身 成 佛 經 の 奥 書 に 記 す る 所 で あ る 。 こ れ に 依 つ て も 法 印 は 如 何 に 後 醍 醐 天 皇 の 厚 き 御 歸 依 を 受 け て ゐ た か 又 法 印 が 如 何 に 勤 王 の 心 厚 か り し か を 察 す る こ と が 出 來 る 。 一 傳 に 依 れ ば 法 印 後 醍 醐 天 皇 の 元 徳 二 年 七 月 九 日 寂 年 七 十 五 と す れ ど も 之 は 信 ず る に 足 ら ず 、 何 と な れ ば 法 印 は 即 身 成 佛 經 の 奥 書 に 、 延 元 四 年 入 月 十 一 日 講 論 終 了 十 二 日 歸 山 な ど ゝ あ れ ば 、 寂 年 の 七 年 後 に 講 論 終 了 せ し こ と ゝ な る か ら で あ る 。 然 し 吾 人 は 元 徳 元 年 寂 説 は 否 定 し 、 延 元 四 年 に 御 存 命 な り し こ と を 肯 定 す る け れ ど も 、 其 の 後 何 處 に 入 寂 さ れ た か を 詳 か に す る こ と が 出 來 な い の を 遠 憾 と す る 。 然 し な が ら 以 上 述 ぶ る 所 よ り し て も 法 印 の 東 寺 學 派 に 貢 献 し た 所 は 、 實 に 大 な る を 認 め る こ と が 出 來 る の で あ る 。 東 寳 記 に 依 れ ば ﹁ 前 大 僧 正 行 遍 後 宇 多 院 古 を 慕 ひ て 紹 構 を 專 ら に す 頼 寶 法 印 道 雅 僧 正 舊 を 追 ふ て 興 隆 を 致 す 、 こ れ に 依 つ て 供 信 寺 に 佳 す 、 學 徒 林 を 成 す 云 云 ﹂ と あ り 。 依 つ て 東 寺 教 學 の 一 半 を こ の 形 容 に 依 つ て 知 る こ と が 出 來 る 法 印 の 著 多 き 中 に も 眞 言 本 母 集 三 十 四 巻 體 大 東 聞 記 五 巻 秘 藏 記 秘 聞 抄 三 巻 は 古 來 末 學 の 龜 鑑 と し て 尊 重 せ ら る ゝ 所 で あ る 。 殊 に 本 舞 集 の 如 き は 南 山 の 宥 快 の 宗 義 决 擇 に 對 し て 東 寺 學 派 の 宗 决 に し て 東 寺 學 派 の 教 學 を 知 ら ん と す れ ば 之 に 依 る の 外 は な い 。 B 、 果 寳 法 印 法 印 は 但 馬 の 人 徳 治 元 年 に 生 る 。 そ の 俗 姓 は 明 か で な い 、 初 め 弘 基 と 稱 す 。 東 寺 塔 中 觀 智 院 第 一 世 で あ る 。 現 に 但 馬 城 崎 郡 峯 山 蓮 華 寺 に は 法 印 の 永 ら く 駐 錫 せ ら れ た と 云 ふ 事 跡 が あ る 、 師 は 幼 に し て 東 寺 寳 荘 巌 院 の 頼 寳 法 印 に 從 つ て 剃 髪 し 宗 學 の 薫 陶 を 受 く る こ と 前 後 十 有 三 年 教 相 の 玄 旨 を 極 め ざ る な く 頼 寶 の 衣 鉢 承 け 傳 へ て 遣 す 所 な し 。 こ ゝ に 於 て 更 に 事 相 の 幽 旨 を 學 ぶ べ く 小 野 の 榮 海 僧 正 に 師 事 し て 三 寳 院 流 を 面 授 し 諸 流 の 奥 義 を 學 ぶ 、 更 に 轉 じ て 南 都 に 遊 び 高 祖 の ﹁ 法 相 三 論 兼 學 す べ し と の
御 遺 訓 に 基 き 大 安 寺 興 福 寺 東 大 寺 法 隆 寺 等 の 諸 大 刹 に 歴 學 す る こ と 數 年 大 い に 性 相 の 學 義 に 通 ず 。 恩 師 の 召 喚 に 依 り 京 都 に 歸 る や 初 め 八 坂 の 吉 群 園 院 に 住 し 名 聲 大 い に 揚 る 。 後 東 寺 山 内 に 觀 智 院 を 開 創 し 、 こ ゝ に 東 密 の 法 幢 を 建 て 一 派 の 法 筵 を 張 る 。 内 外 の 學 徒 雲 の 如 く 集 る 、 そ の 經 論 を 講 ず る や 理 義 を 辨 じ て 明 快 盡 さ ゞ る な く 、 群 疑 を さ ば き て 氷 解 せ ざ る な く 、 六 大 四 曼 の 教 風 大 い に 揚 り 五 相 三 密 の 幽 旨 之 よ り 擴 ま る 三 學 を 暗 ん じ て 顯 密 に 通 じ 特 に 眞 言 の 宗 旨 に 精 し く 彼 の 果 寳 鈔 の 如 き は 二 十 有 七 才 の 作 な り と 云 ふ を 聞 き て は そ の 博 學 卓 戈 眞 に 驚 か ざ る を 得 な い の で あ る 。 こ れ よ り 先 き 師 は 金 胎 兩 部 の 極 底 而 二 不 二 の 玄 旨 に 疑 起 り て 决 せ ず 、 依 つ て 大 師 が 土 州 室 戸 の 崎 に 求 聞 持 法 を 修 し 阿 州 大 龍 ヶ 嶽 に 虚 本 藏 の 法 を 修 し 給 へ る 芳 躅 を 慕 ひ ﹁ 一 切 の 教 法 の 文 義 暗 記 す る こ と を 得 ﹂ と 云 へ る 聖 言 を 信 じ 、 五 大 虚 空 藏 の 像 を 拜 し て 求 聞 持 の 法 を 修 す る こ と 百 ヶ 日 結 願 の 座 に 至 り て 白 米 壇 上 に 降 る 。 賓 師 更 に 誓 を 立 て ゝ 曰 く ﹁ 祈 る 所 は 世 福 を 徼 む る に あ ら す 唯 道 果 を 成 ぜ ん こ と を 請 ふ ﹂ と 更 に 百 ヶ 日 の 浄 業 を 修 し 給 ひ け る に 果 し て 微 妙 尊 特 の 悉 地 を 被 り 性 霊 身 に 泌 み 心 眼 朗 然 と し て 秘 密 瑜 伽 の 玄 旨 に 徹 し 眞 言 不 二 の 幽 旨 こ れ よ り し て 無 碍 な る こ と を 得 た り と 云 ふ 。 今 の 觀 智 院 の 五 大 虚 空 藏 の 尊 像 こ れ な り 。 或 人 の 云 く ﹁ 高 野 ハ 宥 快 頼 瑜 は 空 海 の 皮 肉 を 得 東 寺 の 果 寶 は 其 の 骨 髄 を 得 ﹂ と こ の 簡 單 な 批 評 に 依 つ て も 如 何 に 果 寶 師 の 學 才 の 深 奥 な り し か を 察 す る に 十 分 で あ る 。 師 の 入 寂 に つ き て は 古 來 多 く の 異 説 あ り 。 果 寶 私 記 の 奥 書 に 依 れ ば ﹁ 文 和 四 年 二 月 足 利 直 冬 東 寺 に 戦 ふ 際 誤 り て 流 矢 に 中 り て 死 し た り ﹂ と あ り 。 又 眞 言 宗 史 綱 に は ﹁ 一 日 書 を 講 ず る や 誤 り て 流 矢 來 つ て そ の 胸 を 貫 く 、 然 れ ど も 泰 然 と し て 動 か ず 講 じ 終 つ て 初 め て 矢 を 抜 き 斃 れ て 死 す 、 時 に 貞 治 元 年 に し て 年 五 十 七 才 な り ﹂ と 。 本 朝 高 僧 傳 に は ﹁ 康 安 元 年 七 月 十 日 化 ﹂ と あ り 。 又 賢 寶 師 の 追 加 法 印 傳 に は ﹁ 康 安 二 年 七 月 七 日 東 山 八 阪 吉 祥 園 院 入 滅 臨 終 正 念 五 十 七 去 ぬ る 四 日 痢 病 を 發 す ﹂ と あ り 此 等 の 所 説 の 中 吾 人 は 貞 治 元 年 七 月 七 日 説 を 以 つ 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 六 九
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 〇 て 正 當 と 認 め る の で あ る 。 そ の 故 は 康 安 二 年 は 貞 治 元 年 に 當 る 、 康 安 は 元 年 に て 了 り 康 安 二 年 は 貞 治 元 年 な り 。 さ れ ば 康 安 二 年 と 云 ふ も 貞 治 元 年 と 云 ふ も 同 年 の こ と な り 。 又 東 寺 觀 智 院 の 過 去 帳 に は 明 か に 貞 治 元 年 七 月 七 日 と 記 さ れ て あ り 、 又 但 馬 の 峯 山 蓮 華 寺 の 呆 寳 法 印 の 木 像 に も 貞 治 元 年 七 月 七 日 五 十 七 才 と 刻 み 込 み あ り と 聞 く 。 且 又 密 教 研 究 十 五 號 に 於 て 大 屋 師 は 信 頼 す べ き 文 献 よ り 康 安 二 年 (貞 治 元 年 ) 説 を 以 つ て 果 寳 入 滅 の 眞 説 な り と す と 云 つ て ゐ る 。 此 等 の 多 く の 文 献 よ り し て 吾 入 は 貞 治 元 年 説 を 以 つ て 正 統 と す る 。 寶 師 の 著 書 多 き 中 特 に 大 日 經 疏 演 奥 鈔 ( 五 十 七 ) 同 口 筆 鈔 ( 二 十 七 ) ・ 二 教 論 研 覈 鈔 ( 十 三 ) ・呆 寳 私 鈔 ( 十 二 ) ・ 傳 寶 記 ( 十 二 ) ・ 十 住 心 論 鈔 ( 十 ) ・ 即 身 東 聞 記 ( 十 ) ・ 秘 藏 記 鈔 ( 十 ) ・ 王 仰 鈔 ( 十 )・ 東 寶 記 ( 五 ) ・開 心 鈔 (三 ) ・秘 藏 要 門 (十 ) ・悉 曇 創 學 鈔 ( 十 三 ) ・ 我 慢 鈔 ( 三 )・ 巻 等 あ り 。 此 の 著 書 は 何 れ も 一 宗 の 龜 鑑 と し て 末 學 の 指 南 と す る 所 な る も 色 彩 を 異 に し て 有 名 な る も の は 束 寳 記 で あ る 。 こ れ は 果 師 の 歴 史 的 思 想 に 密 め る こ と を 示 す も の に し て 、 東 寺 の 不 明 な る 史 實 も 僅 か に 之 れ に 依 つ て 知 る こ と が 出 來 る の で あ る 。 之 を 要 す る に 呆 寶 師 は 當 時 南 北 朝 の 戦 亂 の 中 に あ つ て 師 頼 寶 の 教 系 を 受 け 、 盆 々 そ れ が 精 練 に 盡 醉 し 以 つ て 東 寺 不 二 學 派 の 完 成 を 見 る に 至 つ た の で あ る 。 其 の 功 業 の 大 な る 東 寺 學 派 の 爲 め の み な ら 命 我 宗 教 學 の 上 に 及 ぼ し た る 影 響 實 に 大 な り と 云 は な け れ ば な ら な い 。 古 來 眞 言 宗 教 學 の 三 傑 と し て 呆 寳 師 を 東 寺 學 派 の 代 表 者 と す る こ と の 、 决 し て 偶 然 に あ ら ざ る こ と を 知 る べ き で あ る 。 C 、 賢 寳 法 師 賢 寶 師 の 傳 記 に つ い て も 亦 甚 だ 不 明 で あ る 。 唯 だ 僅 か に 御 遺 告 抄 の 奥 書 に 貞 治 五 年 正 月 六 日 權 律 師 賢 寶 生 年 三 十 四 と あ り 、 又 大 疏 通 心 抄 の 奥 書 に は 文 和 五 年 生 年 二 十 四 と あ る に 依 り て 生 年 を 推 知 す る の み で あ る 。 さ れ ば こ れ よ り す れ ば 元 弘 三 年 の 誕 生 な る こ と は 疑 ふ こ と が 出 來 な い 、 而 し て 影 の 形 に 随 ふ が 如 く 、 師 よ り 眞 言 不 二 の 教 風 を 傳 へ 延 文 四 年 十 月 に は 法 印 よ り 灌 頂 を 受 け た る こ と は 賢 寳 自 ら 師 の 傳 を 記 す る 最 後 に 示 す 所 で あ る 。 賢
寳 師 長 ず る に 及 び 眞 言 の 奥 義 に 精 通 す る や 、 先 師 頼 寶 果 寶 兩 師 の 未 完 成 の 著 述 を 完 成 す る を 以 つ て 畢 生 の 事 業 と し 、 着 々 己 が 任 務 を 果 し た の で あ る 特 に 東 聞 記 悉 曇 創 學 鈔 等 は 師 の 手 に 依 り て 完 成 せ る も の と , 古 來 傳 ふ る 所 で あ る 。 賢 賀 僧 正 の 随 見 筆 記 に 依 れ ば 應 永 四 年 師 六 十 六 の 高 齢 に 達 せ し も 猶 先 師 頼 寳 呆 寶 以 來 未 完 成 の 大 疏 の 註 釋 の 完 成 に 餘 念 な し と 記 し て あ る に 依 つ て も 明 か で あ る 。 九 、 兩 學 派 教 義 の 特 異 鮎 A 、 教 主 論 兩 部 大 經 中 大 日 經 の 教 主 に つ い て は 古 来 多 く の 異 説 が あ る 。 そ の 最 も 顯 著 な る ﹂異 論 は 古 義 所 説 の 本 地 身 と 新 義 所 説 の 加 持 身 と で あ る 。 け れ ど も 吾 人 は 論 題 の 性 質 上 加 持 身 説 の 内 容 に は 觸 れ る こ と を 省 い て 。 本 地 身 説 の 上 に 於 て 。 專 ら 南 山 東 寺 の 兩 學 派 の 異 説 を 探 究 す る こ と に 留 め て 置 く 。 而 し て 南 山 に 於 て も そ の 人 そ の 時 代 そ の 學 系 に 依 つ て 多 小 の 相 違 は あ る 。 け れ ど も 古 來 南 山 の 教 主 義 な る も の は 法 性 道 範 の 所 詮 を 以 つ て 代 表 す る も の と 云 は れ て ゐ る 。 吾 人 も そ の 説 に 首 肯 す る も の で あ る か ら 、 兩 師 の 説 を 述 べ て 宥 快 師 の そ れ に 及 ば う と 思 ふ 。 こ ゝ に 付 言 し た い の は 法 性 道 飾 兩 師 何 れ も 金 剛 頂 經 の 教 主 に は 論 及 し て ゐ な い こ ご で あ る 。 然 兩 部 の 法 門 は 不 離 の 關 係 に あ る も の な れ ば そ の 何 れ か ゞ 明 瞭 と な れ ば 、 他 の 教 主 の 分 齊 も 判 明 す る 譯 で あ る 。 故 に 兩 師 の 所 論 は 表 面 大 日 維 の 教 に 限 ら れ て ゐ る 様 な る も 、 そ の 本 旨 は 兩 部 の 教 主 に 存 す る も の で あ る 。 そ の 立 鳩 か ら し て 兩 部 の 教 主 を 論 ず る こ と に す る 。 本 地 法 身 の 體 は 六 大 法 界 で あ る 。 六 大 は 即 ち 色 心 、 理 智 の 二 法 で あ る 。 こ の 色 め 、 理 智 の 二 法 に 而 二 不 二 平 等 差 別 の 二 義 あ る 中 、 法 性 師 は 而 二 の 實 義 を 相 傳 し て 、 專 ら 之 を 宣 揚 す る に 勉 め た の で あ る 。 そ の 主 張 す る 所 に 依 れ ば 、 六 大 は 無 碍 常 瑜 伽 の 體 な れ ば 、 色 心 理 智 は 本 來 不 二 圓 融 な る は 勿 論 な れ ど も 、 そ の 色 心 の 自 體 は 各 々 自 建 立 各 々 守 自 性 の も の に し て 、 法 性 の 源 底 に 於 て 法 爾 と し て 對 峙 せ る も の で あ る 。 そ れ 故 不 二 平 等 の 義 は 必 然 的 に 而 二 差 別 の 體 性 な る も の が あ つ て 、 而 し て 後 初 め て 成 立 し 得 る も の で あ る か ら 、 而 二 は 寧 ろ 六 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 一
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 二 大 の 本 體 で あ り 、 不 二 は そ の 義 用 と 見 る べ き で あ る 。 こ の 故 に 六 大 體 大 の 位 に 於 て 色 心 理 智 並 存 し 各 々 猫 一 無 比 の 法 界 體 を な し 、 且 各 々 稱 子 ・ 三 形 ・ 尊 形 を 具 し 、 相 好 具 足 の 人 體 を な す も の で あ る 。 か く し て 六 大 本 地 の 位 に 唯 理 と 唯 智 の 二 法 身 を 建 立 し 、 大 日 經 の 教 主 を 理 法 身 と し 金 剛 頂 經 の 教 主 を 智 法 身 と す る の で あ る 。 か く の 如 く 六 大 體 大 の 位 に 於 て 教 主 を 見 る の で あ る 。 而 し て 唯 理 唯 智 各 々 法 界 を 盡 し て 一 法 も 漏 す 所 な し 、 こ の 故 に 理 を 本 と せ ば 智 其 の 眷 屬 と な り 、 智 を 本 と せ ぼ 理 そ の 眷 屬 と な る 。 此 の 意 味 に 於 て 理 智 不 二 な る も 能 所 主 件 自 ら 各 別 な る 義 は 忘 る べ か ら ざ る 所 で あ る 。 而 し て 師 の 所 説 か ら は 本 地 理 智 二 身 の 所 住 、 即 ち 依 報 の 國 土 も 能 所 住 共 に 六 大 一 實 の 境 地 で 見 て 、 曾 て 相 用 二 大 の 位 に 於 て は 見 な い の で あ る 。 菅 に 能 所 住 の 依 正 二 報 が 六 大 本 地 の 位 な る の み な ら ず 四 重 圓 壇 九 會 曼 荼 羅 の 諸 尊 も 又 悉 く 一 相 一 昧 に し て 、 六 大 本 地 の 境 に 住 す る も の と 説 く の で あ る 。 次 に 道 範 師 の 教 主 論 を 述 べ ん に 、 師 は 不 二 門 の 教 義 を 稟 承 し て 之 を 發 揮 す る に 勉 め た 。 師 に 依 れ ば 六 大 は 本 来 不 二 に し て 不 可 分 離 の 法 體 で あ る 。 之 を 六 大 に 分 ち 理 智 に 分 つ は 強 い て 且 く 其 の 具 徳 を 別 開 す る の み に し て 、 而 も 其 の 別 開 せ ら れ た る 六 大 は 又 そ の 各 々 に 六 大 を 具 し て 、 未 だ 曾 て 判 然 と 孤 立 す る も の に 非 ざ れ ば 、 互 渉 互 入 の 分 割 す る こ と を 得 ざ る 不 二 の 法 體 で あ る 。 さ れ ば 而 二 差 別 の 如 き は 其 の 義 用 た る に 過 ぎ な い の で あ る 。 さ れ ば 六 大 の 眞 生 命 な る も の は 全 く 不 二 な る 本 性 の 上 に 於 て こ そ 見 得 ら れ る も の に し て 、 義 用 た り 差 別 た る べ き 而 二 の 位 に 於 て は 法 獨 り 存 し て 説 法 の 義 が 成 立 し な い 。 何 と な れ ば 義 用 の 上 に 於 て は 對 立 的 種 子 三 形 の み 存 し て 人 體 で あ る 。 ︱ 尊 形 を 見 る こ と を 得 ず 。 種 三 尊 互 に 融 通 無 碍 し て 佛 體 を 成 じ て 説 法 す る は 必 ず 不 二 六 大 の 本 性 の 上 に 成 立 す べ き も の で あ る 。 か ゝ る 不 二 門 の 見 地 に 立 つ て 教 主 の 分 齊 を 考 ふ る に 、 大 日 經 の 教 主 は 六 大 不 二 本 地 法 身 で あ り 金 剛 頂 經 の 教 主 は 固 よ り 不 二 の 本 地 身 な る こ ご は 明 か で あ る 。 然 し 乍 ら そ の 所 住 の 國 土 に 至 つ て は 、 常 の 如 く 随 緑 所 成 の 依 報 即 ち 三 摩 耶 曼 荼 羅 で あ る
こ れ 自 宗 の 所 謂 四 種 曼 荼 即 是 眞 佛 の 宗 義 よ り し て 四 曼 の 當 相 を 眞 佛 と 見 た も の で あ る 。 之 を 要 す る に 吾 宗 の 意 は 法 門 無 量 な れ ど も 其 の 體 皆 理 智 六 大 を 出 で す 。 法 性 師 は 法 爾 の 位 に 於 て は 前 五 大 は 唯 理 に し て 、 理 智 並 居 し 第 六 識 大 は 唯 智 に し て 理 智 並 居 す る と 云 ふ 。 然 し 乍 ら 情 意 を 以 つ て 圖 る が 如 き 隔 歴 不 融 の 理 智 が 並 居 す る と は 决 し て 云 は な い 。 故 に 前 五 矢 の 理 と 云 ふ と 雖 も 而 二 門 に つ い て 胎 藏 は 前 五 大 の 理 に て 法 界 を 盡 す が 故 に 、 能 説 の 教 主 は 前 五 大 唯 理 の 法 身 が 第 六 識 大 の 智 に 住 す る 位 で あ る と す る 。 然 る に 六 大 體 大 の 位 は 唯 理 に し て 智 を 盡 す が 故 に 、 此 の 邊 を 表 と し て 道 範 師 は 本 来 法 爾 と し て 理 智 不 二 な る 故 に 、 能 説 の 教 主 は 不 二 の 佛 體 と す る の で あ る 。 か く の 如 く 而 二 不 二 と 云 ふ も そ は 一 法 の 兩 義 に し て 並 存 せ ざ る を 得 な い 。 そ れ 故 性 範 兩 師 の 而 二 不 二 は 互 に 表 裏 體 用 あ り 別 が あ る け れ ど も 、 法 爾 随 縁 は 一 物 の 上 の 不 同 に て 同 時 不 離 な る が 故 に 、 性 師 は 純 圓 純 方 に 即 し て 佛 形 あ り と 云 ふ 。 而 し て こ の 即 の 字 は 不 二 の 位 に 當 る を 以 つ て 之 を 範 師 は 性 の 四 曼 と 云 ふ 。 そ の 體 全 く 随 縁 の 六 大 な り 。 さ れ ば 範 師 は 随 縁 を 表 と し て 洪 爾 を 成 じ 性 師 は 法 爾 を 表 と し て 随 縁 を 成 す る の で あ る 。 次 に 南 山 教 學 大 成 者 と し て 有 名 な る 宥 快 師 の 教 主 論 に 移 ら な け れ ば な ら な い 。 宥 快 師 の 教 相 は 前 述 の 法 性 師 教 系 を 稟 承 し た る も の な れ ば 、 宥 師 の 著 書 の 所 々 に 密 教 の 教 の 實 義 は 而 二 多 法 界 に あ る こ ご を 明 し て ゐ る 。 故 に 教 主 論 に 於 て も 法 性 師 の 所 説 と 略 々 同 す る も の と 見 て よ い 。 然 し 宥 快 師 の 教 主 論 に つ き て 吾 人 が 注 意 し な け れ ば な ら ぬ こ ご は 、 師 が 法 性 師 の 而 二 門 説 を 表 と し て 多 法 界 の 實 義 を 顯 證 す る に あ る も 、 其 の 裏 面 に 於 て 法 性 道 範 兩 師 の 教 主 論 を 調 和 し て ゐ る 鮎 を 所 々 に 見 出 だ す こ と が 出 来 る 。 即 ち 顯 密 對 辯 門 に 於 て は 、 極 力 而 二 爲 本 の 宗 義 を 高 調 し 自 宗 再 判 門 に 於 て は 而 二 不 二 無 淺 深 一 多 共 に 法 性 甚 深 の 幽 致 を 詮 示 し て 居 る の で あ る 。 今 宥 快 師 の 教 主 論 に つ き て 少 し く 論 す れ ば 大 日 經 の 教 主 は 自 性 本 地 法 身 を 以 つ て す る 。 其 の 所 以 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 三
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 四 は 能 説 の 教 主 と 所 説 の 法 門 と は 必 ず 一 致 す べ き も の で あ る 。 然 る に 大 日 經 所 説 の 法 門 な る も の は 最 高 最 上 に し て 第 一 實 際 妙 極 の 境 に 至 る も の で あ る か ら し て 、 從 つ て 教 主 も 亦 最 極 究 竟 の 本 地 法 身 で な け れ ば な ら な い 。 而 し て こ の 教 主 は 六 大 體 大 の 位 に 於 て 之 を 立 つ る の で あ る 。 然 る に 多 く の 教 主 論 四 曼 相 大 の 位 に 於 て 見 る の で あ る 。 こ の 説 は 六 大 體 大 に 於 て は 佛 身 な く 從 つ て 説 法 な る も の 存 せ ず 。 唯 四 曼 相 大 の 位 に 於 て の み 佛 身 説 法 あ れ ば 教 主 な る も の も 相 大 の 位 で な け れ ば な ら な い と 云 ふ 然 し 乍 ら 南 山 に 於 て は 教 主 は 六 大 體 大 の 位 に 於 て 立 て 、 體 大 の 位 に 種 三 尊 宛 然 と し て 存 し 読 法 の 義 も 必 然 に 存 す る が 故 に 、 體 大 の 佛 身 に 非 ざ れ ば 本 地 法 身 と 云 ふ こ と は 出 来 な い 。 さ れ ば 四 曼 相 大 の 位 に て 四 曼 の 自 性 身 を 本 地 身 ご 云 ふ こ と が あ る け れ ど も 、 こ の 自 性 身 な る も の は 六 大 體 大 に 望 め た な ら ば 能 依 所 成 の 分 齊 で あ つ て 、 自 性 身 は 大 日 自 體 で は な く し て 阿 闘 佛 等 を 指 し て 云 つ て ゐ る の で あ る 。 元 来 教 主 の 自 體 の 研 究 に つ い て は 體 相 用 三 大 の 法 相 に 依 つ て す る こ と が あ る 〇 三 大 の 取 扱 ひ に つ い て 一 往 三 大 建 立 門 と 再 往 三 大 實 證 門 の 二 方 面 が あ る 。 一 往 三 大 建 立 門 よ り 見 た な れ ば 六 大 は 法 爾 に し て 能 造 能 證 の 位 四 曼 は 相 大 に し て 随 縁 の 位 で あ る 。 六 大 法 爾 に 對 す れ ば 所 造 所 證 の 分 齊 で あ る 依 つ て 六 大 體 大 の 位 は 法 身 如 来 の 随 自 意 の 位 に し て 自 性 會 の 分 齊 で あ る 。 然 し 四 曼 和 大 は 随 他 意 に し て 自 性 會 に 對 す れ ば 随 他 の 加 持 塵 道 世 界 の 分 齊 で あ る 。 然 し 再 往 三 大 實 證 門 の 方 面 よ り 云 へ ば 六 大 四 曼 各 々 に 法 爾 随 縁 の 二 義 を 具 す 。 其 の 中 快 師 の 實 義 は 教 主 の 自 體 は 六 大 四 曼 各 々 に 法 爾 随 縁 の 二 義 を 具 す と 云 ふ 實 證 門 の 方 面 よ り 建 立 す る の で あ る 。 其 の 故 は 法 爾 随 縁 と 云 ひ 而 二 不 二 と 云 は v 一 法 の 兩 義 な る が 故 に 、 す で に 随 縁 の 前 に 相 好 具 足 の 佛 體 が あ る か ら し て 、 從 つ て 六 大 の 法 爾 の 位 に も 佛 形 あ る べ き で あ る 。 さ れ ば 六 大 體 大 の 位 に 於 て 種 三 尊 宛 然 こ し て 存 す る が 故 に 、 四 曼 相 大 の 位 に 大 三 法 羯 と 表 れ る の で あ る 。 即 ち 六 大 體 大 の 微 細 な 稱 三 尊 が 四 曼 相 大 の 位 に 於 て 麁 に 表 れ て 来 る の で
あ る 。 而 も 六 大 體 大 の 位 に 於 て 教 主 を 見 其 の 教 主 に 於 て 法 爾 随 縁 自 證 化 他 本 有 修 生 等 の 徳 を 總 べ て 具 し て ゐ る と 主 張 す る の で あ る 。 之 を 要 す る に 南 山 快 師 の 教 主 論 な る も の は 自 性 身 と 云 ふ も 本 地 身 と 云 ふ も 、 皆 之 れ 六 大 體 大 の 位 に 於 て 之 を 見 、 六 大 體 大 の 位 に 於 て 色 相 圓 満 の 佛 身 を 見 る の で あ る 。 而 し て 體 大 の 位 の 佛 身 の 建 立 に 毘 慮 遮 那 具 體 の 四 身 と 自 性 會 の 四 身 と が あ る 。 具 體 の 四 身 は 自 性 身 に 餘 三 身 を 具 す る 所 の 佛 身 で あ り 、 自 性 會 の 四 身 と 云 ふ の は 一 經 説 會 の 儀 式 に し て 、 自 性 身 は 能 現 能 加 持 の 教 主 余 三 身 は 所 現 所 加 持 の 眷 屬 で あ る 今 こ の 自 性 會 の 中 の 能 現 能 加 持 の 自 性 身 を 以 つ て 大 日 經 の 教 主 と す る の で あ る 。 而 し て こ の 自 性 身 に 自 性 法 身 と 自 受 用 法 身 と が あ る 。 即 ち こ れ 理 智 の 二 法 身 で あ る 。 此 の 理 智 二 法 身 が 兩 部 大 經 の 教 圭 に し て 、 理 法 身 は 胎 藏 界 の 大 日 智 法 身 は 金 剛 界 の 大 日 で あ る こ の 理 智 二 法 身 共 に 六 大 體 大 の 位 に し て 四 曼 相 大 の 位 に 下 ら な い ご 主 張 す る の が 南 山 快 師 の 教 主 諭 の 一 般 で あ る 。 次 に 東 寺 學 派 の 教 主 論 を 述 ぶ れ ば 此 の 學 派 に 於 て も 本 地 法 身 を 以 つ て 教 主 こ な し 。 又 教 主 を 體 大 の 位 に 於 て 見 る こ と に 於 て は 、 南 山 學 派 と 少 し も 異 な ら な い の で あ る が 、 本 地 身 と 加 持 身 と の 調 和 を 試 み 又 本 地 身 を 六 大 不 二 の 位 に 於 て 見 る こ と が 南 山 學 派 の 成 立 の 義 に 異 る 所 と 云 は な け れ ば な ら ぬ 。 本 地 法 身 に 理 智 の 二 法 身 が あ る 。 此 の 理 智 二 法 身 は 各 々 色 身 を 具 足 す る 人 體 を 成 す る の で あ る 。 こ れ 自 宗 は 即 事 而 眞 の 宗 義 に 立 脚 す る が 故 で あ る 古 來 本 地 身 加 持 身 に つ き 何 れ を 教 主 す る か に つ き 異 論 あ り 。 そ の 何 れ に 基 く か に 依 つ て 新 古 兩 派 の 分 岐 の 原 因 と な つ た の で あ る 。 本 地 身 加 持 身 に は 各 々 説 法 利 牛 を 具 し 本 地 身 は 時 間 的 に も 空 間 的 に も 無 限 な る も の で あ つ て 、 三 世 常 恒 に 三 密 の 法 門 を 演 説 し 十 界 の 依 正 等 皆 六 大 一 實 に 住 し て 法 然 不 改 な る も の で あ る 。 此 の 三 密 門 を 説 く は 本 地 身 の 功 徳 で あ る 。 加 持 身 は 能 所 各 別 に し て 從 つ て 迷 悟 不 同 で あ る 。 即 ち 所 化 の 一 切 衆 生 は 妄 想 因 縁 に 依 つ て 生 死 に 沈 淪 し 。 能 化 の 佛 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 五
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 六 智 は 大 悲 因 縁 に 依 つ て 化 身 を 生 じ て 能 所 共 に 無 體 如 幻 如 化 で あ る 。 今 本 地 加 持 を 二 諦 各 別 門 と 本 蓮 不 二 門 と か ら 別 説 し た な れ ば 、 先 づ 二 諦 各 別 門 に 於 て は 眞 諦 は 本 地 法 身 の 境 界 で あ る 。 即 ち 能 加 持 の 分 齊 で あ る 。 こ の 所 に 於 て は 教 主 眷 屬 共 に 自 證 の 位 に 住 し て 一 味 乳 水 の 状 態 で あ る 。 故 に 十 地 の 菩 薩 未 知 の 境 界 と 云 は な け れ ば な ら ぬ 。 然 る に 佛 大 悲 願 の 故 に 加 持 三 昧 に 住 し 彼 の 内 證 を 傳 説 し て 世 間 に 流 布 す 。 こ れ 瑞 相 よ り 現 じ た 受 用 身 が 十 地 三 賢 に 對 し て 説 法 す る 所 で あ つ て 傳 説 の 教 主 で あ る 、 而 し て そ の 中 に 於 て 本 質 を 動 ぜ ず し て 自 受 法 樂 の 爲 に 説 法 し た も の が 、 兩 部 大 經 で あ り 機 根 に 對 し て 應 病 與 藥 す る 分 齊 が 雑 部 密 經 と 云 ふ の で あ る 。 か く 本 来 異 つ て ゐ る け れ ど も 同 じ く こ れ 加 持 身 の 境 界 で あ る こ れ が 俗 諦 門 の 解 釋 で あ る 。 若 し こ の 義 に 依 れ ば 今 世 間 に 流 布 の 兩 部 大 經 は 加 持 身 所 説 と な る 。 今 若 し 三 鮎 の 義 よ り 教 主 を 分 別 す れ ば 一 切 の 佛 に 於 て 三 部 の 徳 あ り 。 即 ち こ れ 理 智 入 で あ る 。 理 と は 一 切 の 万 徳 を 攝 持 し て 餘 す 所 な き 邊 に 名 け た も の で あ り 、 智 と は 决 斷 分 明 の 邉 に 名 け た も の で あ り 人 と は 理 智 冥 合 不 二 の 徳 で あ つ て 、 理 智 冥 合 し て 事 相 を 顯 現 す る こ れ 人 で あ る 。 さ れ ば 人 と は 色 心 具 足 の 義 で あ る 。 さ れ ば 理 智 色 心 各 々 獨 立 の 状 態 に 於 て は 何 等 の 功 用 を 生 じ な い も の で あ る 。 即 ち 而 二 の 位 に 於 て は 何 等 の 功 用 を 見 る 事 が 出 来 な い 。 理 智 色 心 の 體 性 同 な る が 故 に 相 冥 合 し て 不 二 の 體 を 生 す る の で あ る 。 此 の 不 二 の 位 に 於 て 初 め て 人 罷 業 用 を 生 す る の で あ る 。 さ れ ば 教 主 は 理 智 不 二 の 位 に 於 て 見 な け れ ば な ら ぬ 。 こ れ に 依 つ て 見 る に 東 寺 學 派 の 教 主 論 な る も の が 南 山 道 範 師 の そ れ に 、 略 同 一 な る も の で あ る こ と を 察 す る に 十 分 で あ る 。 然 し 乍 ら 此 の 理 智 不 二 の 境 界 な る も の は 三 世 常 恒 の も の で あ り 、 且 又 度 す べ き 機 根 を 有 し な い 境 界 で あ る か ら し て 、 一 切 衆 生 の 不 見 不 聞 の 境 界 と 云 は な け れ ば な ら ぬ 。 こ ゝ に 於 て 更 に 尊 特 の 身 を 現 じ 十 地 の 菩 薩 の 爲 に 兩 部 大 經 を 傳 説 す 。 こ れ 色 界 頂 の 教 主 報 身 毘 盧 遮 那 佛 で あ る 。 然 し こ の 報 身 佛 は 内 證 外 用 の 二 面 か ら 解 す る こ と が 出 来 る 。 内
證 よ り 云 へ ば 本 質 を 動 ぜ ざ る 本 有 の 人 體 な る が 故 に 此 の 報 身 は 直 に 事 貼 の 人 ご 名 つ く べ き で あ る こ れ 即 ち 本 地 法 身 で あ る 。 若 し 外 用 に よ れ ば 此 の 報 身 は 随 他 加 持 と 名 く 。 こ れ 即 ち 十 地 能 化 加 持 受 用 身 で あ る 。 さ れ ば 中 台 大 日 尊 特 の 身 を 現 じ て 十 地 の 菩 薩 を 教 化 す る 。 こ れ を 受 用 身 と 云 ふ 。 こ れ 南 方 自 證 事 點 で あ る 。 此 の 事 貼 の 入 を 全 く 智 の 形 と 見 る の は 本 地 身 で あ り こ の 人 を 全 く 理 の 形 と 見 る は 行 者 自 身 で あ る 。 而 し て 實 に は 人 法 不 二 三 身 即 一 な る が 故 に 加 持 身 を 見 れ ば 本 地 身 を 見 本 地 身 を 見 れ ば 行 者 自 身 を 知 る の で あ る 。 之 を 以 て 之 を 思 ふ に 東 寺 學 派 に 於 て は 教 主 を 分 別 す る に 、 本 地 法 身 は 正 説 教 主 で あ り と し 加 持 身 は 傳 説 教 主 で あ る と 考 へ た 様 に 思 は れ る 。 こ れ は 明 か に 南 山 の 教 主 義 と 新 義 の 教 主 義 と を 調 和 せ ん と し た 結 果 で な か ら う か 。 然 し 乍 ら そ の 調 和 た る や 自 宗 の 不 二 説 の 圏 外 に 一 歩 も 出 る こ と が 出 來 な か つ た 。 殊 に 三 鮎 説 を 引 用 し て 不 二 の 位 に 教 主 を 見 ん と し た 所 は 南 山 の 道 範 師 相 傳 の 禪 林 相 承 を 稟 承 し た も の と 云 は な け れ ば な ら な い 。 結 局 東 寺 學 派 の 教 ま 論 な る も の は 理 智 不 二 の 位 に 教 主 を 見 て 、 理 法 身 説 法 の 義 を 許 さ な い 見 地 に 立 つ も の と 云 ふ べ き で あ る 。 之 を 要 す る に 、 東 寺 南 山 兩 學 派 は 共 に 自 性 本 地 法 身 を 教 主 と す る 所 謂 本 地 身 説 の 立 場 を 取 る も の に し て 、 彼 の 加 持 身 説 の 一 派 に 對 し て 大 い に 反 旗 を 翻 し た の で あ る 。 さ れ ば 兩 學 派 の 主 張 す る 所 は 殆 ん ど 近 似 の も の と 見 る こ と が 出 来 る 。 唯 そ の 枝 末 の 問 題 に 於 て 多 少 其 解 釋 を 異 に せ る を 見 る の み 南 山 學 派 の 快 師 は 此 の 教 主 論 に 對 し て 新 説 を 主 張 し た る に 非 ず し て 、 唯 法 性 道 範 兩 哲 の 所 立 の 義 を 併 せ 用 ひ た る を 以 つ て 、 應 永 大 成 の 義 南 山 成 立 の 義 と す る の で あ る 。 宗 義 决 擇 第 五 に ﹁ 當 山 所 論 の 題 目 は 他 受 用 加 持 身 の 所 説 か 將 た 本 地 自 性 身 の 所 説 か 。 答 は 疏 宮 の 薄 伽 梵 即 毘 盧 遮 那 本 地 法 身 の 釋 、 並 に 大 師 の 解 釋 等 に 從 つ て 本 地 身 の 義 を 成 立 す ﹂ と あ り 。 東 寺 學 派 の 果 寳 師 も 口 筆 の 一 本 に ﹁ 薄 伽 梵 と は 餘 經 の 例 に 准 す る に 教 主 成 就 の 句 な り 。 今 之 を 指 し て 本 地 法 身 と 云 ふ 。 知 る べ し 本 地 法 身 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 七
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 八 を 以 っ て 今 の 教 主 と す る こ と を ﹂ と あ り 。 依 っ て 杲 寳 師 も 本 地 身 説 で あ る 。 故 に 兩 師 の 間 に 於 て 同 じ 本 地 身 説 に 根 據 に 立 つ が 故 に 大 差 は 無 い 。 併 し 寳 師 と 快 師 と の 相 違 を 一 言 に し て 云 へ ば 寳 師 は 不 二 門 の 教 主 論 者 で あ り 大 體 に 於 て 道 範 大 徳 の 教 主 義 と 同 じ で あ る 。 快 師 は 法 性 阿 闍 梨 系 の 而 二 門 の 教 主 論 に 親 し か つ た 。 但 し 其 の 本 地 身 説 家 た る に 至 り て は 同 一 で あ る 。 B 、 修 行 論 (五 轉 に つ き て ) 今 吾 人 は 、 修 行 論 の 題 下 に 、 五 轉 に つ き て 、 論 じ て 見 た い と 思 ふ 。 之 を 論 ず る 所 以 は 、 古 来 東 寺 學 派 を 以 つ て 、 本 有 派 と 稱 し 、 南 山 學 派 を 以 つ て 修 生 派 と 稱 す る 、 其 の 根 據 及 所 以 を 明 か に せ ん が 爲 で あ る 。 先 づ 最 初 に 、 五 轉 の 大 體 を 明 す こ と ゝ す る 。 大 日 經 疏 に ﹁ 此 の 教 、 諸 菩 薩 の 眞 語 を 門 と 爲 す 自 心 菩 提 を 發 し 即 ち 心 万 行 を 具 す 、 心 正 等 覺 を 見 心 大 涅 槃 を 證 す 、 心 万 便 を 發 起 し 心 佛 國 を 廢 浄 す ﹂ と 云 つ て 發 心 ・ 修 行 ・ 菩 提 ・ 涅 槃 ・ 方 便 ・ 究 竟 ・ の 五 轉 を 述 べ て あ る 。 五 轉 は 云 ふ ま で も な く 三 句 を 開 立 し た も の で あ る 。 こ れ 求 道 者 が 入 信 の 當 初 か ら 佛 果 を 満 足 す る ま で 、 此 の 五 の 階 程 を 次 第 に 進 轉 す る か ら 五 轉 と 名 け た も の で あ る 。 そ し て こ れ を 字 門 に 約 す る 時 は の 五 字 と な る 。 此 の 五 字 は 一 の 字 を 根 本 と し て こ れ に 點 畫 を 加 へ た の で あ る か ら 、 字 門 に つ い て 云 ふ 時 は 五 轉 を 復 五 點 と 稱 す る こ と も 出 来 る 。 第 一 の 發 心 と は 菩 提 心 を 起 す こ と で あ る 。 三 句 の 中 第 あ 菩 提 心 爲 因 の 句 に 當 つ て ゐ る 。 而 し て 菩 提 心 に は 本 有 と 修 生 の 兩 面 が あ る 。 本 有 と は 、 吾 人 一 切 の 衆 生 が 自 心 中 に 本 覺 の 佛 性 妙 恵 を 本 来 よ り 具 足 す る 點 を 云 ふ の で 、 修 生 と は 本 覺 の 佛 性 に 蕪 發 せ ら れ て 厭 求 の 心 を 生 じ 、 本 源 に 還 歸 せ ん と 欲 す る 心 を 發 す る こ と を 指 す の で あ る 。 從 っ て 本 有 の 菩 提 心 と は 所 具 の 菩 提 心 で 、 修 生 の 菩 提 心 と は 能 求 の 菩 提 心 で あ る 。 高 祖 か 三 摩 耶 戒 序 に 大 菩 提 心 に 能 求 所 求 の 二 種 あ り と 述 べ て あ る は こ の 意 を 示 し た も の で あ る 。 第 二 の 修 行 と は 修 生 の 菩 提 心 が 發 起 し て 歸 本 の 念 を 生 す る 故 に 、 そ の 必 然 の 結 果 と し て 三 密 の 妙
行 等 を 修 し 、 能 求 の 菩 提 心 た る 自 心 の 本 源 に 至 ら ん と す る の で あ る 。 今 修 行 と は 即 ち そ の 三 密 の 妙 行 を 修 す る 位 を 指 し た の で あ る 。 三 句 の 中 第 二 の 大 悲 爲 根 の 句 に 相 當 す る も の で 、 根 と は 行 の 義 で あ る 。 第 三 に 菩 提 と は 詳 し く 云 へ ば 證 菩 提 の 義 で あ る 即 ち 修 行 の 結 果 と し て 得 る 所 の 覺 智 を 云 ふ 。 此 智 は 即 ち 五 智 を 指 す も の で あ つ て 、 開 け ば 三 十 七 智 乃 至 無 量 の 佛 智 を 體 得 し た 位 で あ る 。 第 四 に 涅 槃 と は 入 涅 槃 の 義 で あ る 。 こ れ 亦 菩 提 と 同 じ く 修 行 の 結 果 證 得 し た る 功 徳 で あ つ て 理 で あ る 。 而 し て 前 の 菩 提 の 智 と 今 の 涅 槃 の 理 即 ち こ の 理 智 の 二 徳 は 、 本 來 同 時 に 相 應 倶 起 す る 法 で あ る か ら 、 普 通 は 兩 者 を 合 し て 一 種 の 果 徳 と す る が 五 轉 を 建 つ る 時 は 理 智 の 體 性 不 同 な る 義 を 顯 さ ん が 爲 、 こ れ を 別 解 す る の で あ る 。 蓋 し 理 智 に 而 二 不 二 の 道 理 が あ る か ら 、 而 二 の 邊 で は 別 開 す べ く 不 二 の 邊 で は 合 一 す べ き で あ る 。 三 句 の 時 は 不 二 の 立 脚 地 に あ つ て 、 菩 提 涅 槃 の 二 徳 を ば 共 に 第 三 句 た る 究 竟 の 本 に 攝 在 す る の で あ る 。 第 五 に 方 便 爲 究 竟 と は 、 菩 提 涅 槃 二 轉 依 の 妙 果 を 證 得 し た 後 に 、 化 他 門 に 出 で ゝ 利 他 の 業 用 を 起 す に 至 る 、 こ れ を 方 便 爲 究 竟 の 徳 と 云 ふ の で あ る 自 證 を 成 満 し た 後 、 化 他 門 に 出 す る こ と は 顯 教 諸 大 乗 教 の 所 談 も 同 一 で あ る が 、 顯 教 に は 報 身 佛 や 應 身 佛 の 業 用 は 無 常 な る 假 法 を 見 る 故 に 、 方 便 化 他 行 は 必 ず し も 果 依 の 實 徳 で あ る と は 云 へ な い 。 け れ ど も 密 教 の 意 趣 よ り 云 へ ば 、 自 證 化 他 共 に 成 佛 の 實 徳 不 壊 金 剛 の 性 徳 で あ る と 見 る 故 に 、 方 便 究 意 も 直 に 果 徳 と す る の で あ る 。 即 ち 密 教 で は 化 他 の 業 用 さ な が ら 法 爾 常 住 の 法 性 の 功 徳 と な す の で あ る 。 故 に 經 に は 最 初 發 心 よ り 終 り 方 便 を 満 足 す る に 至 る ま で 、 皆 無 所 住 の 心 に 住 す と 云 ふ 。 無 所 住 に 住 す と 云 ふ の は 一 心 法 界 に 住 す る こ と で あ る 。 三 句 の 時 の 方 便 爲 究 竟 は 、 前 の 菩 提 涅 槃 の 二 徳 と こ の 第 五 轉 の 徳 と を 合 せ た も の で あ る 。 換 言 す れ ば 、 五 轉 の 中 の 菩 提 涅 槃 方 便 の 三 徳 は 、 一 果 徳 の 上 の 義 用 の 差 別 に 依 り て 別 開 せ ら れ た も の と 云 ひ 得 ら れ る 。 以 上 説 明 に 依 つ て 明 か な る 如 く 、 三 句 と 五 轉 と 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 七 九
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 八 〇 は 本 質 を を 同 じ く し て ゐ る 。 而 も 三 句 の 根 本 は 菩 提 心 で あ る 。 從 つ て 五 轉 も 又 菩 提 心 に 結 歸 す る こ と が 出 来 る 。 大 日 經 疏 に 三 句 五 轉 は 、 眞 言 行 者 の 浄 菩 提 心 の 本 末 因 緑 を 開 示 す る も の と 釋 せ ら れ た の は 尤 も の こ と で あ る 。 從 っ て 字 門 に 約 す る 時 、 浄 菩 提 心 を 示 す 字 を 本 體 と し 、 こ れ に 順 次 四 點 を 加 し て 五 字 を 作 り 、 以 つ て 五 轉 を 表 示 す る こ と は 實 に 理 あ る こ と で あ る 。 然 し 古 来 五 轉 の 建 立 に つ き 、 唯 修 生 の 五 轉 と 本 修 合 論 の 五 轉 と 唯 本 有 の 五 轉 と の 三 種 が あ る 。 其 の 中 第 一 に 唯 修 生 に 約 す る 五 轉 と は 、 行 者 の 修 生 の 菩 提 心 が 次 第 に 轉 起 す る 行 相 で あ つ て 、 從 因 至 果 の 次 第 で あ る 。 即 ち 第 八 識 發 心 の 位 を 東 方 阿 闘 如 来 に 配 し 、 修 行 の 位 を 南 方 寳 生 如 来 に 、 證 菩 提 の 位 を 西 方 彌 陀 如 来 に 配 し 、 入 涅 槃 の 位 を 北 方 釋 迦 如 来 に 當 て 、 第 五 の 方 便 究 竟 を 以 つ て 中 央 大 日 如 来 の 位 と す る の で あ る 。 從 っ て こ れ は 東 南 西 北 中 と 次 第 す る 故 に 、 之 を 東 因 發 心 の 五 轉 と 云 ふ の で あ る 。 第 二 の 本 修 合 論 の 五 轉 と は 、 或 は 中 因 發 心 の 五 轉 と も 云 ふ 、 中 央 大 日 如 来 の 位 を 本 有 の 菩 提 心 と し 發 心 を 置 き 、 修 生 の 菩 提 心 を 修 行 の 所 に 合 せ て 別 開 せ ず 。 修 行 ・ 菩 提 ・ 涅 槃 ・ 方 便 ・究 竟 を 次 の 如 く 東 南 西 北 の 四 方 に 配 當 す る の で あ る 。 第 三 の 唯 本 有 の 五 轉 と は こ れ 亦 中 東 南 西 北 の 次 第 で あ る 。 凡 そ 修 生 と 云 ふ は 、 本 有 の 徳 相 の 顯 現 に 外 な ら な い か ら 、 唯 修 生 の 五 轉 が あ る 以 上 は 、 必 ず 唯 本 有 の 五 轉 も あ る べ き こ と は 言 を 俟 た な い 今 こ の 五 轉 に つ き 南 山 學 派 の 宥 快 師 と 、 東 寺 學 派 の 杲 寳 師 と の 相 異 點 を 探 究 し て 見 ん に 、 快 師 は 機 根 は 本 有 修 生 の 中 に 於 て は 修 生 を 表 と す る も の な る が 故 に 、 行 者 の 向 上 進 趣 の 方 面 即 ち 從 因 至 板 の 義 よ り 云 へ ば 唯 修 生 の 五 轉 を 成 ず と す る 。 從 つ て 發 心 も 第 八 識 發 心 に し て 、 第 九 識 發 心 の 義 を 立 て な い の で あ る 。 然 る に 之 れ に 反 し て 、 杲 寶 師 は 本 修 合 論 の 五 轉 を 立 て 、 從 つ て 第 九 識 發 心 の 義 を 主 張 す る の で あ る 。 こ れ 我 宗 は 本 覺 爲 宗 の 故 に 、 修 生 進 趣 の 行 者 と 雖 も 、 本 有 本 覺 の 第 九 識 發 心 の 義 を 認 め な け れ ば な ら ん と す る 根 據 に 基 く も の で あ る 。
中 因 第 九 識 發 心 と は 、 此 の 五 轉 を 中 東 南 西 北 地 空 火 風 水 、 大 日 乃 至 不 空 成 就 佛 に 配 し 其 の 發 心 を 中 央 字 地 大 ・ 大 日 の 位 に 見 、 次 の 如 く 東 方 阿 閾 を 行 と し 、 北 方 釋 迦 を 方 便 爲 究 竟 と す 、 こ れ 中 因 發 心 の 五 轉 は 中 央 大 日 如 来 の 果 徳 の 外 に 顯 現 せ る 秘 趣 を 示 す も の な る が 故 に 、 從 果 向 因 本 覺 下 轉 門 の 義 と す る の で あ る 。 東 因 發 心 と は 五 轉 を 、 東 ・ 南 ・ 西 ・ 北 ・ 中 ・ 地 ・ 火 ・ 水 ・ 風 ・ 空 ・阿 関 ・寳 生 ・ 彌 陀 ・ 釋 迦 ・ 大 日 に 配 し 、 其 の 發 心 を 東 方 ・ 字 ・ 地 大 ・ 阿 閾 の 位 に て 見 、 南 方 を 行 、 西 方 を 證 菩 提 、 北 方 涅 槃 、 中 央 大 日 ・ 空 大 を 方 便 爲 究 竟 と す る 義 に し て 、 こ れ 行 者 の 修 生 上 轉 し て 、 遂 に 中 台 大 日 の 果 徳 に 契 證 す る 義 を 明 す も の な る が 故 に 、 從 因 至 果 始 覺 上 轉 門 の 義 で あ る 。 此 の 東 因 中 因 の 二 發 心 は 、 古 来 傅 ふ る 所 に 依 れ ば 、 中 因 發 心 は 不 室 三 藏 の 所 傳 と 云 ひ 、 東 因 發 心 は 善 無 畏 三 藏 め 所 傳 と 云 つ て ゐ る 。 そ の 本 據 は 、 不 空 の 宿 曜 經 儀 軌 に は 、 五 大 五 字 を 五 方 に 配 す る 所 に 中 央 を 字 地 大 に 配 す る 所 あ り 。 又 無 畏 の 破 地 獄 の 儀 軌 に は 、 同 じ く 五 大 五 字 を 五 方 に 配 す る 所 に 、 中 央 を 空 大 に 配 す る 所 あ り 。 こ れ 不 空 は 第 一 義 諦 を 有 と 見 、 無 畏 は 第 一 義 諦 を 空 と 解 す る 説 の 相 違 で あ り 、 一 は 從 果 向 因 の 表 徳 の 教 へ と な り 一 は 從 因 至 果 の 遮 情 の 教 と な つ た の で あ る 。 但 し 不 空 三 藏 の 傳 は 、 中 因 發 心 に し て 、 表 徳 本 有 を 表 と し 、 無 畏 三 藏 の 傳 は 束 因 發 心 に し て 、 遮 情 無 相 を 表 す と す る と 云 ふ こ と は 、 一 往 の 解 釋 に し て 、 若 し こ れ を 再 往 甚 深 義 趣 よ り 見 れ ば 、 兩 祖 の 説 、 何 れ も 中 東 二 因 の 義 あ り と 見 な け れ ば な ら ぬ 。 即 ち 自 宗 の 法 門 は 、 不 二 果 海 の 上 に 説 を な す も の に し て 、 因 果 共 に 万 徳 を 具 し 、 同 時 具 足 本 有 輪 圓 の 法 體 な る 故 に 、 因 果 共 に 密 號 名 字 の 因 果 で あ る 。 故 に 東 因 發 心 即 中 因 發 心 と 見 る べ き で あ る 。 古 徳 の 言 に ﹁ 因 に 不 満 の 庇 な く 、 果 に 輪 圓 の 美 有 り 。 ﹂ と は 、 不 二 門 の 深 義 は 、 遙 か に 常 情 を 超 越 し て 分 別 智 の 慮 知 し 得 な い 境 界 を 示 す も の で あ る こ と を 示 し た も の に 外 な ら ぬ 。 然 し な が ら 、 之 を 一 往 門 よ り 見 る 時 は 、 上 に 述 べ し 如 き 、 相 違 あ る は 、 否 定 す る こ と が 出 来 な い の で あ る 。 而 し て 又 高 祖 大 師 は 、 中 東 二 因 即 ち 不 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 八 一
南 山 學 派 と 東 寺 學 派 八 二 空 、 無 畏 兩 三 藏 の 所 傳 を 並 べ 繼 承 し た け れ ど も 、 不 空 の 中 因 發 心 、 即 ち 從 果 向 因 の 義 を 表 と せ ら れ た と 云 ふ 。 即 ち 高 祖 の 教 義 の 特 質 と も 云 ふ べ き は 本 有 表 徳 門 を 表 と す る 本 覺 爲 宗 に あ る こ と は 、 高 祖 の 著 書 よ り 見 る も 明 か な こ と で あ る 。 此 の 中 東 二 因 に 對 す る 兩 學 派 の 解 釋 、 及 態 度 は ど う で あ ら う か 。 先 づ 宥 快 師 は 、 此 の 法 門 を 如 何 に 釋 せ ら れ た か を 見 ん に 、 彼 の 宗 義 次 擇 第 八 、 八 識 發 心 の 論 則 に 於 て 、 吾 人 は 師 の 所 説 を 窺 ふ こ と が 出 来 る 。 即 ち 宥 快 師 の 意 に 依 れ ば 、 凡 そ 常 途 顯 教 に 於 て は 、 發 心 の 識 體 を 論 ず る に 當 り 、 地 前 の 行 者 は 、 第 六 識 に て 發 心 し 修 行 し 、 地 止 に 至 つ て 初 め て 第 八 識 の 發 心 修 行 を 許 す の で あ る 。 即 ち 唯 識 宗 に 於 て は 、 八 識 の 建 立 を な す け れ ど も 、 其 の 第 八 識 阿 頼 耶 識 な る も の は 、 無 覆 無 記 の 識 な る が 故 に 、 厭 悪 求 善 の 行 相 が 全 く な い も の で あ る 。 で 唯 第 六 識 は 強 分 別 の 識 體 に し て 、 廣 く 内 外 の 境 界 を 縁 じ て 、 能 く 善 悪 を 分 別 し 、 厭 悪 求 善 の 心 を 起 す も の で あ る か ら し て 、 發 心 の 識 體 な る も の は 、 第 六 意 誦 に あ る も の と 、 云 は な け れ ば な ら ぬ 。 次 に 起 信 論 の 第 八 識 は 如 何 と 云 ふ に 、 地 前 の 菩 薩 は 第 六 識 に 依 つ て 發 心 し 、 修 行 す る と 説 く 故 に 地 前 凡 夫 は 第 六 識 を 以 っ て 發 心 の 識 體 と す る の で あ る 。 然 し な が ら 地 上 の 菩 薩 に 至 れ ば 、 第 八 識 を 以 つ て 發 心 し 修 行 す る と 立 つ る 故 に 、 地 上 の 菩 薩 の 發 心 の 識 體 は 第 八 識 で あ る 。 然 る に 自 宗 の 法 門 は 、 如 来 果 地 の 境 界 な れ ば 麁 な る 第 六 識 の 相 應 す る 所 で は な い 。 第 六 識 は 主 と し て 、 因 縁 假 相 の 境 界 を 縁 す る を 以 つ て 、 其 の 本 分 と し 、 間 斷 極 り な き 識 體 で あ る 。 か ゝ る 識 を 以 つ て は 、 識 體 と 名 け る こ と が 出 来 な い の で あ る 。 故 に 設 ひ こ の 第 八 識 を 解 せ ず と も 、 之 を 縁 じ て 、 一 念 の 信 心 を 發 起 す る な れ ば 、 す べ て 第 入 識 の 所 作 と 云 は な け れ ば な ら ぬ 。 故 に 我 宗 の 行 者 は 、 地 前 の 凡 夫 と 雖 も 、 最 初 の 發 心 は 、 必 ず 第 八 識 に 依 る も の と す る の で あ る 。 而 し て 此 の 第 八 識 は 、 東 因 修 生 門 の 識 體 に し て 、 行 者 の 向 上 進 趣 は 皆 こ の 識 を 根 本 と し て 進 ん で 、 遂 に 中 因 の 第 九 識 に 還 同 す る の で あ る 。 故 に 快 師 は 、 第 九 識 の 發 心 を 許 さ
な い の で あ る 。 快 師 の 第 八 識 を 以 つ て 發 心 の 識 體 と す る 、 其 の 本 據 如 何 と 云 ふ に 、 不 空 の 心 要 に 、 ﹁ 夫 れ 修 行 者 の 初 發 信 心 は 、 菩 提 心 、 即 ち 大 圓 鏡 智 、 紀 哩 娜 野 心 を 表 と す ﹂ と あ り 、 又 大 日 經 疏 第 四 に は ﹁ 東 方 寶 幢 佛 と 云 ふ が 如 き は 乃 ち こ れ 初 發 浄 菩 提 心 の 義 な り ﹂ と あ る に 依 り し も の と 云 は な け れ ば な ら ん 。 然 ら ば 秘 藏 記 に 、 中 炎 因 (本 有 の 菩 提 心 な り 、 是 の 心 に 依 っ て 菩 提 心 を 發 す 。 故 に 因 と 云 ふ な り ) 東 行 ( 本 有 の 菩 提 心 に 依 つ て 歸 本 の 心 を 發 し て 修 行 す る 故 に 行 と 日 ふ 。 亦 因 な り ) 南 ( 證 果 な り ) 西 ( 入 涅 槃 な り )北 (方 便 究 竟 な り ) と 明 す 之 を 快 師 は 如 何 に 解 釋 す る か 。 此 の 秘 藏 記 に 明 す 五 轉 の 説 な る も の は 、 中 央 本 有 の 因 よ り 東 方 の 行 を 縁 起 す る 、 本 有 修 生 合 論 の 義 で あ る 。 即 ち 中 因 と 云 ふ の は 、 中 央 本 有 の 菩 提 心 の 位 に し て 、 中 央 に 無 點 の 字 を 置 く 、 此 の 中 央 本 有 の 菩 提 心 よ り 、 東 南 西 北 に 出 づ 、 四 方 四 輪 は 修 生 な る が 故 に 、 本 有 と 、 修 生 と 、 合 論 の 五 轉 と す 。 さ れ ば 、 本 有 の 菩 提 心 よ り 、 東 方 の 修 生 の 行 に 出 で 、 證 菩 提 は 、 南 方 ・ 人 涅 槃 、 西 方 ・方 便 爲 究 竟 を 北 方 に 配 當 す る 時 は 、 修 生 の 菩 提 心 は 五 轉 の 中 別 に 配 立 し な い 。 從 つ て 修 生 の 菩 提 心 を 五 轉 の 中 何 れ の 位 に て 見 る か に つ き 、 先 徳 の 議 論 医 々 で あ る 。 快 師 は 、 中 尉 因 は 中 央 本 有 の 菩 提 心 に し て 、 東 行 に 、 修 生 の 菩 提 心 を 合 し て 見 る の で あ る 。 即 ち 東 行 亦 因 の 秘 藏 記 の 文 を 、 東 行 は 正 し く 中 因 初 地 發 心 の 上 の 修 行 に し て 、 化 他 の 行 な り と し 亦 因 の 文 に 東 因 修 生 の 發 心 を 見 て 、 今 秘 藏 記 の 御 釋 は 表 は 甲 因 發 心 を 明 し 、 而 も 東 因 第 八 識 發 心 の 義 を も 兼 ね 示 す も の で あ る と す る の で あ る 。 然 し 乍 ら こ れ は 秘 藏 記 に 對 す る 、 快 師 の 一 往 の 解 釋 で あ つ て 、 之 を 以 つ て 快 師 に 中 東 二 因 の 發 心 を 建 立 す る と 見 る こ と は 出 来 な い 。 快 師 の 本 義 は 何 所 ま で も 機 の 趣 入 は 從 因 至 果 で あ り 、 從 つ て 束 因 發 心 な る が 故 に 、 第 八 識 を 以 つ て 發 心 の 識 體 と し 、 第 九 識 發 心 を 別 立 せ ず し て 、 第 八 識 に 合 し て 見 る の が 快 師 の 立 場 で あ る 。 之 を 要 す る に 、 快 師 は 眞 言 行 者 の 菩 提 心 の 轉 生 所 謂 從 因 至 果 の 義 よ り 云 へ ば 唯 修 生 の 五 轉 を 建 立 南 山 學 派 と 東 寺 學 派 八 三