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Citation 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第49号: 1‑15

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(1)

の観点から―

Author(s) 菅野, 菜月; 佐野, 比呂己

Citation 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第49号: 1‑15

Issue Date 2017‑12

URL http://s‑ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/9854

Rights

(2)

Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.49(2017):(1)-(16)

  あまんきみこ「山ねこ、おことわり」を読む ―作品分析、テキスト異同の観点から―

菅   野   菜   月

北海道教育大学大学院

佐   野   比呂己

北海道教育大学教授

    A study on " Yamaneko okotowari "

       ― From the Viewpoint based on Works and Text Prosessing ―

SUGANO,NatsukiGraduate School of Hokkaido University of EducationSANO,HiromiDepartment of Japanese Language Education,Kushiro Campus,Hokkaido University of Education

一、はじめに新装版『車のいろは空のいろ白いぼうし』は、「タクシー運転手の松井さん」が活躍する作品が八編集められた短編集である。所収作品の構成は以下の通りである。

  1

  「小さなお客さん」

  2

  「うん

00のいい話」

  3

  「白いぼうし」

  4

  「すずかけ通り三丁目」

  5

  「山ねこ、おことわり」

  6

  「シャボン玉の森」

  7

  「くましんし」

  8

  「ほん日は雪天なり」

  本稿で扱う「山ねこ、おことわり」は五番目に配置されている。坪田譲治創刊の童話雑誌「びわの実学校」1)に掲載されたものが初出であり、平成二十七年版までの間で教科書掲載はなされていない。本作品はタクシー運転手の「松井さん」と、大学病院に勤める「山ねこ」の物語である。初めは「山ねこ」を恐れていた「松井さん」であったが、お客として出会った「山ねこ」とふれ合う中で心情に変化が現れる。最終場面で、「山ねこ、おことわり」と書かれた紙をやぶり、「また、いつでも、どうぞ。」と言う松井さんの様子が印象的である。

  本作品について川北典子は以下のように述べている。(注2)

せっかくもらった「山ねこおことわり」の紙を破ってみせて、異種の相手を受入れることのできる人間である。

(3)

  川北は「松井さん」の行動から、その人間性を読み解いている。また畠山兆子は『車のいろは空のいろ』3)全八編について総括するなかで「山ねこ、おことわり」について以下のように述べている。

この作品にいたって始めて、主人公は自分の意志で、人間ではないお客を乗せることを決意するのである。こうして、人間と人間の姿をした動物が共存する世界を自覚的に受け入れた運転手、松井五郎を、「特別な空間」であった主人公の乗る空色タクシーは、ようやく獲得したのである。

畠山は短編集所収の八作品を並べ、「人間の姿をした動物」に対する「松井さん」の変化について論じている。また「主人公の乗る空色タクシー」を「特別な空間」と表現し、「ときに怪奇現象に取り囲まれ、ときには避難場所であり、思いが実現される」4)空間であると述べ、作品におけるタクシーの重要性を示している。さらに高橋亮は「山ねこ、おことわり」に登場する「林」「金色」に注目し、以下のように述べる。(注5)

「林」という特定の立地が『車のいろは空のいろ』全般に共通する、普遍的な「境界」として想定されていることが窺い知れる。

『車のいろは空のいろ』の一部の収録作品では、「金色」が現実世界と幻想世界を移行する際において、その境界性を強調するように特徴的に現されていることを見て取ることができる。

高橋は「林」が「境界」としての役割を担っており、「金色」という色彩表現が、その「境界性を強調」していると述べている。「林」と「金いろの稲」については後述したい。以上のように複数の論文中で「山ねこ、おことわり」についての解釈が示されてはいるものの、本作品のみを扱った研究は今まで行われておらず、同短編集所収の「白いぼうし」のように広く世に知れているとは言いがたい。よって本稿では「山ねこ、おことわり」を作品分析することによって、本文に即した作品解釈を行う。

  テキストとして、教材化の際に出典として最も使用されており、子ども達の 目に触れる機会が多いと考えられる、新装版『車のいろは空のいろ  白いぼうし』(注6)を使用した。

  また初出である童話雑誌「びわの実学校」から、今回取り扱う新装版『車のいろは空のいろ白いぼうし』に至るまででテキストの改訂がみられる。本稿では「山ねこ、おことわり」の作品分析に加え、本作品がどのような改訂をたどっているのか、異同表を用いて整理する。本文引用における漢数字はテキストのページ数、丸数字は行数に対応している。引用文中の傍線は稿者によるものである。

二、設定

    1  時間「あんなに青あおとしていた並木の葉も、いつのまにか、きいろにいろづいています。」(五八②)など、現在形の語りとなっているため、時間軸は現在である。物語の進行に従って、時間が経過している。また「タクシー」が登場することから、社会にタクシーが普及している、比較的現代に近い時代設定であると考えられる。

  作品中に「電報」が登場しているが『世界大百科事典』には電報の普及について以下のように書かれている。(小松崎清介執筆)

日本における電報の利用動向をみると、そのピークは一九六三年度の九四六一万通であるが、一九五〇年代~六〇年代前半の総通数は八〇〇〇万通台で一般電報の割合が八~九割を占めていたのに対し、ここ十年ほどは、総通数は四〇〇〇万通前後で安定しているものの、儀礼的な慶弔電報が全体の九割を占めている。

電報が最も利用されていた時期は一九六三年であるが、一般電報の割合が高かった時期は一九五〇年代~一九六〇年代前半であることが分かる。このことから、一九五〇年代~一九六〇年代頃の時代設定であると考えられる。つぎに季節について考察する。本文中に「秋になりました。」(五八①)という描写があることから、秋である。

  他にも秋であることが分かる情景描写が複数ある。それは以下の通りである。

「あんなに青あおとしていた並木の葉も、いつのまにかきいろにいろづいています。」        (五八②)

(4)

「金いろの稲のほが、波のようにゆれています。」     (六〇③)「木の葉が、赤や、きいろやしゅいろにそまった」     (六〇⑤)

 木の葉や、稲の穂の色づきを表現することによって、秋の鮮やかな情景を表わしている。また季節の移り変わりは松井さん自身にも以下のように現れている。

「松井さんの制服も、おとといから、こんいろにかわっています。」

        (五八⑤)

「松井さん」の制服が衣替えしている。衣替えをしたのがおとといであることから、一〇月初旬の出来事であると読み取れる。日時について特定できる記述はないが、紅葉や稲の穂の色彩が鮮やかに見えていることや、「葉のあいだからさしてきたひかり」(六〇⑥)という日の光の描写から、太陽が昇っている時間帯であると分かる。また前述したように日の光の描写があるため、天候は晴れである。

    2  場所「松井さん」という登場人物の名前から、日本がモチーフとなっていることが分かる。しかし、大学病院に勤務する「わかい男の人」が、実は「山ねこ」であるなど、現実的な世界を舞台としながらも、ファンタジー要素を多分に含んでいる。「松井さん」と「山ねこ」の出会う場所は「大学病院」のある「町」である。「大きな大学病院」であることから、発展した「町」であることが分かる。そこから、以下のように場所が移動している。

「並木のおわったりんどう橋の上」       (五八⑦)

       ↓「ほそい一ぽん道」        (六〇②)「金いろの稲のほ」        (六〇③)

       ↓「にじのような林」        (六〇⑤)

       ↓「奥かえで谷あたりですか?」       (六〇⑨)        ↓「赤いやねの家」       (六三④)

       ↓「林をすぎ、金いろの稲のあいだの道を走り、町にはいった」

  (六六⑤)

       ↓「大きな大学病院」        (六七②)

これらの描写から、町中から郊外に向けて走り「山ねこ」の住む家に到着した後、また同様の道を通って「大学病院」へと戻ってきたことが分かる。移動は全て「空いろのタクシー」によるものである。

  具体的な地名が複数登場しているがこれは全て架空の地名である。新装版『車のいろは空のいろ白いぼうし』には所収作品に登場する、地名が載った、架空の町の地図が描かれている。「山ねこ、おことわり」において登場する「りんどう橋」「にじのような林」「奥かえで谷」「大学病院」もその地図の中に描かれている。具体的な地名の載った地図があることで、読者は架空の場所を視覚的に捉え、「松井さん」やその他の登場人物の動きや生活を具体的に想像することができる。また、読者である子どもたちが、その地図を用いて「松井さん」の住む世界のことを自由に想像することができ、作品世界に広がりが生まれる。

     3  人物

     〇  山ねこ(山ねこ先生)「わかい男の人」に姿を変え、「大きな大学病院」で先生として働いている山ねこである。「わかい」姿であることや、「はやくりっぱな医者になって」(六六①)と言っていることから年齢は比較的若い。

  元の姿を現わしたとき、「山ねこ」は以下のように描写されている。

  バックミラーのなかの男の顔に、こげ茶のしまの毛がはえていました。

  金いろの目、しめった黒いはな、はりがねのように、ぴんとよこにはったひげ・・・・・・。       (六一⑤~⑦)

この描写は「松井さん」がバックミラー越しに「山ねこ」を見た場面であるため、「松井さん」視点での「山ねこ」像が現わされているといえる。またその後に以下のような描写がある。

(5)

    なまぐさいにおいがぷんとしてきました。        (六二③~④)

ここからは、「松井さん」が「山ねこ」へ嫌悪感を抱いていることが窺える。このことから作品世界において「山ねこ」は忌み嫌われる存在であると捉えることができる。また、タクシーを降りた後「松井さん」に「〝山ねこ、おことわり〟」と書かれた紙を渡すところから、「山ねこ」自身も今暮らしている世界において「山ねこ」が忌み嫌われる存在であることを自覚しているようである。本作品に登場する「山ねこ」は、自分に対しての偏見とも捉えられる「松井さん」の「おりてくださいよ。」(六一⑬)という反応に対しても冷静な対応をしていることから、落ち着いた性格であることが読み取れる。一方でこのような差別的な扱いを今までもよく受けているからこその冷静さであると読み取ることも可能である。家族思いで、その家族も「おにいちゃん」が帰ってくることを心待ちにしている。「青いスカートをはいた小さな山ねこ」のことを「いちばん下のいもうと」と言っていることから、他にも弟妹が居る。「はやくりっぱな医者になって、ここにかえってこなければ、とおもいますよ。」(六六①)という「山ねこ」の発言から、人間の世界で医療を学んだ後に、山ねこの世界へ帰ろうとしていることが分かる。「山ねこ」の故郷への愛情が読み取れるが、一方で自分たちの世界だけでは生きていくことが出来ずに、姿を変え、「山ねこ」にとっては生きにくいであろう人間の世界で生活しなければならない「山ねこ」の様子がうかがえる。帰り道「松井さん」がふりかえったときに、「あたりまえのわかい男の人」の姿で「かた目をつぶって、にやっと」笑う部分からは、「松井さん」への親しみやユーモアが感じられる。また、『日本国語大辞典』では「山猫」に以下のような意味があると記されている。

    田舎から都会に出てきた者。田舎出の者をののしっていう語。

人間の世界に出てきた「山ねこ」が、忌み嫌われている様子と重なる部分がある。

     〇  松井さん初めは「山ねこ」を恐れる様子を見せ、タクシーから降ろそうとしている。「松井さん」の視点で描写された「山ねこ」も前述したように恐ろしい印象を持つ ものとなっている。この時点では「松井さん」は「山ねこ」を恐れるべき存在として捉えるのみで、目の前に居る「山ねこ」自身を見ようとはしていない。しかし、「山ねこ」の話をきいて「おくるべきだ」と思い直している部分からは、必要としている人はたとえ恐れられる存在の者であっても「おくるべき」と考えていることが分かる。ここからは仕事熱心で「お客」を第一に考える性格であることが読み取れる。「松井さん」にとって「山ねこ」は「お客」という認識に変化している。その後の「山ねこ」家族のふれあいを通し、種族や社会の常識にとらわれずに、個人の人間性を重視し接していく姿勢に変化している。「山ねこ」にもらった紙をやぶり、「また、いつでも、どうぞ。」と「山ねこ」のまねをして「かた目をつぶって、にやっと」笑うところから、「山ねこ」への親しみとユーモアが感じられる。短編集所収の他作品を見てみると、例えば「くましんし」において「おだやかな目をしたくまが、人間のすがたで、人間のことばをはなし、人間とおなじくらしをしていても、あたりまえのことのようにおもえてきました。」(九二⑩~⑬)というように、自分とは異なる者を受け入れる心のある「松井さん」の様子が描かれている。しかし「山ねこ、おことわり」においては「山ねこ」を拒絶する様子がみられる。この点において他作品とは区別されるべき作品であると捉えることもできるが、短編集全体を通してみると異なる捉えかたをすることもできる。畠山が「この作品にいたって始めて、主人公は自分の意志で、人間ではないお客を乗せることを決意するのである。」(注7)と論じたように、それまでの三作品において「松井さん」自身が異なる者に対して働きかける描写は無い。唯一「すずかけ通り三丁目」の最終場面で「おばあさん」を追いかけていく場面が描かれているが、その後の描写はなく、あくまでも読み手に委ねるものとなっている。このことから短編集全八編を通して《松井さん像》の変化が描かれているとも考える事ができるのではないか。(注8)

三、語り手全ての登場人物を、第三者の視点から呼称していることから、第三者である。しかし、「松井さん」の心情描写が描かれているため、「松井さん」に非常に近い者であると考えられる。

(6)

四、解釈

   1  松井さんと山ねこ

  「山ねこ」の姿を見たとき「松井さん」は、以下のような反応をしている。

「声までふるえそうなのを、やっとこらえていたのです。」  (六二①)

「松井さん」の住むこの世界における「山ねこ」は、会っただけで声まで震えるほど、恐れられている存在であることが分かる。「松井さん」も例外なく、出会った「山ねこ」自身の事を知ろうとはせずに、ただ恐れ、拒絶していることから、この時点で「松井さん」は「山ねこ」に対して一種の差別的な感情を抱いている事が分かる。しかし、その考え方はお客として乗車してきたこの「山ねこ先生」との交流によって変化してくる。「山ねこ」は「松井さん」に対して以下のように話している。

「でも、この車のどこにも〝山ねこ、おことわり〟とはかいてなかったですよ。」(六二⑥)「料金をはらえば、だれであろうと、おなじじゃありませんか。」(六二⑨)

  このとき「松井さん」は確かに「山ねこ」の言っていることは筋が通っていると感じ、「そうだ。」と素直に聞き入れている。 しかし、まだこの時点では「山ねこ」をお客として扱うことを決心してはいない。その「松井さん」を動かした言葉が、その後に続くこのような言葉である。

「おねがいしますよ。なにしろ、いそいでいるんです。母がびょうきになったと、電報がきたのですよ。わたしは、医者なのです。

  といっても、まだ、医者になったばかりなのですがね。」(六二⑪~⑬)

この時点で「松井さん」にとってこの「山ねこ」が〈恐れる種族の者〉としての恐怖の対象ではあるが、困ってタクシーを必要としている「お客」でもあることに気づき「おくるべきだ。」と決心している。その結果として「松井さん」やこの世界を生きる他の者と全く同じように、「山ねこ」にも帰りを待つ家族がおり、お互いを思いやるあたたかさがあるこ とを知ることになる。この出来事の中で「松井さん」の「山ねこ」に対しての認識が恐れの対象から「料金をはらえば、だれであろうと、おなじ」である、つまり人間や他の者たちと同じ存在へと変化している。   2  山ねこの呼称の変化「山ねこ」の呼称が作品内で変化していっている。「山ねこ」の呼称を以下に表わす。

  山ねこ      

  (六一⑧)

  あんた      

  (六二⑤)

  山ねこ先生        (六四④、⑩、六六③、六八⑦)

  先生       

  (六八②)

「山ねこ」の家へ到着し、「山ねこ」と「小さな山ねこ」が話す様子を見た場面以降、「山ねこ」の呼称が「山ねこ先生」に変化している。前述した通り「山ねこ」の話を聞いてからは「松井さん」が、この「山ねこ」の事を一方的に拒絶するのではなく、タクシーの「お客」という個人として捉えるようになった。「山ねこ先生」という呼び方は、「山ねこ」のことを「大学病院の先生」として見ていることをあらわしている。このことから「松井さん」は「山ねこ」が人間の世界の中で他の者と同じように暮らしていることを、この時点で受け入れていると考えることができるだろう。つまりこの呼称の変化は、恐れられている「山ねこ」にも、人間の世界に生きる他の者と同じように、あたたかい家族が居て、優しい感情があることを「松井さん」が知り、自分たちと何も違いはないということに気づいたことをあらわしている。整理すると、「松井さん」は「山ねこ」のことを、タクシーを必要としている時点で「お客」であると認識している。その後「山ねこ」家族の様子を見ることで、「山ねこ」という種族として見ることよりも、個人の人格を知り理解しようとすることの方が重要であることを感じている。

   3  情景描写について木の葉の色づきや景色の移り変わりなどが、鮮やかな色彩で描写されている。読者は草木が色とりどりに色づく道のなかを走る「空いろのタクシー」を

(7)

ありありと想像することができる。情景描写の中で特に考察を加えたい部分は以下の通りである。

「両がわには、見わたすかぎり、金いろの稲のほが、波のようにゆれています。」(六〇③~④)「木の葉が、赤や、きいろやしゅいろにそまったにじのような林にはいりました。葉のあいだからさしてきたひかりが線になってゆれ、空いろの車も、ぶちにそまって走っていきます。」      (六〇⑤~⑦)「林をすぎ、金いろの稲のあいだの道を走り、町にはいったとき、」 

        (六六⑤~⑥)

  この点について高橋は以下のように述べている。(注9)

「林」という特定の立地が『車のいろは空のいろ』全般に共通する、普遍的な「境界」として想定されていることが窺い知れる。

「山ねこ、おことわり」では、タクシーが現実と「異界」との間を往復する際、「林」と同じく「金いろの穂」も双方の風景描写の中に表わされている。(中略)色彩としての「金色」が「異界」や「境界」に属する物に対し、意識的に付加されているのではないかとする仮説が導き出される。

高橋は「林」と「金色」に注目して「境界線」としての役割を導き出しているが、稿者は「稲」と「林」の関連性について注目したい。「稲」は米を生産するために人間が栽培しているものであるため、人間の生活の象徴であるといえる。一方で「林」は自然物である。加えて「虹のような」という非現実的な描写がされることによって「林」が不思議な雰囲気をまとい、ファンタジー性を生み出している。人間の象徴である「稲」と自然物である「林」、ここに人間の世界と山ねこの世界の境界線がある。実際に「林」に入ったところで「山ねこ」は本来の姿をあらわしており、反対に「金いろの稲のあいだの道を走り、町にはいった」ところで「松井さん」がふりかえったときには、「あたりまえのわかい男の人」(六六⑧)に戻っている。次に「ぶちにそまって」の部分である。ここはタクシーがひかりの線にあてられてまだらになっていることをあらわしている。この「ぶち」という模様は猫を連想させ、山ねこが姿を現すことの伏線となっている。    4

  「山ねこ、おことわり」というタイトルについて

タイトル「山ねこ、おことわり」はタクシーを降りる際、「山ねこ先生」にもらった紙に書かれた言葉である。「松井さん」はその紙をやぶり「山ねこ先生」に「また、いつでも、どうぞ。」と言っている。「おことわり」という語からは門前払いをしているような突き放した印象を受ける。また「山ねこ」が自らその紙を渡したという行為は、人間に拒絶されることを受け入れ、共存を諦めてしまっていることを意味している。それを人間である「松井さん」が自らの意志で破ったということに大きな意味がある。恐れの対象であった「山ねこ」にも「山ねこ先生」のような人はいる。「松井さん」は「山ねこ先生」と出会ったことにより、一般的な考えや風潮に流されずに、それぞれの「お客」をその人個人として、その人間性に基づいて接していくべきであることを改めて感じている。種族のみで判断し、排除することを意味している「山ねこ、おことわり」という紙を「松井さん」がやぶったことで、社会の風潮にとらわれることなく、個人の人格を知り理解しようとすることの重要性を訴えているのだ。以上のことから、先入観や社会でのとらえ方に捕らわれずに、出会う個人の人間性をみて接していくことの大切さが、この作品の主題であると位置づけることができるのではないか。

五、テキスト異同

    1  使用テキストの書誌テキスト改訂の経緯を検討するため、本稿の異同表に用いたテキストは以下の三つである。

A   坪田譲治『びわの実学校』第二十二号       びわのみ文庫  昭和四十二年(一九六七)四月B   あまんきみこ『車のいろは空のいろ』

      ポプラ社  昭和四十三年(一九六八)三月C   あまんきみこ『車のいろは空のいろ  白いぼうし』

      ポプラ社  平成十二年(二〇〇〇)四月

  A   『びわの実学校』は、坪田譲治創刊の児童雑誌である。「山ねこ、おことわり」は本雑誌の第二十二号に掲載されているものが初出である。

  B   『車のいろは空のいろ』は、『びわの実学校』に所収された作品のうち

(8)

「松井さん」が登場する作品を五編集め、さらに「松井さん」の作品を三編書き下ろした、全八編が所収された短編集である。

  C   新装版『車のいろは空のいろ  白いぼうし』は、Bの新装版としてあまんが改めて書き換えを行ったものである。BC間には実に三十二年もの歳月が経過している。

AからCの間にはそれぞれテキスト相互の異同が確認できる。それらを異同表に整理し検討を加える材料とする。

〔凡例〕・文頭の文字は段落番号を表わす。・段落番号はBを基準とした。段落の異同がみられる部分は、Bの段落を参考に、関連する文章が記されている前後の段落に併せて付した。・B『車のいろは空のいろ』について、カギ括弧、括弧で区切られた文章が数行にわたる場合は、括弧内の文章が「一字分下げ」になっている。・Bにおいて三点リーダーが三マス分で書かれている。「・・・・・・・・・」・A㉘㉜、B⑦⑫㉟、C⑦⑫㉘㉟では段落前に一行の空白がある。(*)     2  異同表テキスト間での異同については、改訂の変遷をたどるため、三つのテキストを時代順に並べ、AB間、BC間におけるそれぞれの異同を整理する。

テキスト間でどのような改訂がなされたのか明らかにするために、異同の箇所については次のように記号を付した。

(ⅰ)  漢字平仮名・句読点等の追加、書き換え   (傍線)(ⅱ) 語句の追加、書き換え         

       (ⅴ)段落の消去(〇白丸)        (ⅳ)段落の追加(●黒丸)        (ⅲ)語句の削除()空白   (ゴシック太字)

  なお、AB間の異同はBに、BC間の異同はCにそれぞれあらわした。

A  『びわの実学校』  第二十二号

     びわのみ文庫      昭和四十二年(一九六七)四月 B  『車のいろは空のいろ』

    ポプラ社     昭和四十三(一九六八)三月

    (AB間の異同) C  『車のいろは空のいろ  白いぼうし』

    ポプラ社     平成十二年(二〇〇〇)四月

(BC間の異同)

①  秋になりました。 あき

①  秋になりました。 あき

(ここの並木は、イチョウだったのだな。) のまにか、きいろに色づいています。 いろ ②  あんなに青あおとしていた並木の葉も、いつ あお

(ここの並木は、イチョウだったのだな。) のまにか、きいろにいろづいています。 ②  あんなに青あおとしていた並木の葉も、いつ あお

制服も、おとといから、こん色にかわっています。 せいふくいろ ③  ちらっと、ガラスごしに見あげた松井さんの

ます。 制服も、おとといから、こんいろにかわってい ③  ちらっと、ガラスごしに見あげた松井さんの

(9)

④  並木のおわったりんどう橋の上で、わかい男 ばしうえ

の人 が手 をあげているのを見 つけて、松 井さんは車 くるまをとめました。「どちらまでで?」「いうとおりにいってください。」

④  並木のおわったりんどう橋の上で、わかい男 ばしうえおとこ

の人 ひとが手 をあげているのを見 つけて、松 井さんは車 くるまをとめました。

  「どちらまで

?」

  「いうとおりにいってください。

メーターをかちっとたてて、空 そらいろの車 くるまは走 はし

りだしました。

⑤  メーターをかちっとたてて、空いろの車は走 そらくるまはし

りだしました。

⑥  まっすぐに、ぐんぐん走ります。 はし

⑥  まっすぐに、ぐんぐん走ります。 はし

⑦  「そこのポストを、左にまがる。

⑦          (*)

  「そこのポストを、左

ひだりにまがって。」

「そこのポストを、左にまがって。」 ひだり ⑦         (*)

た。 ⑧  運転手の松井さんは、ハンドルをまわしまし

  「つぎに、右。

  「また、右。

  「そのたばこやを、左。

 ⑧松井さんは、ハンドルをまわしました。

  「つぎに、右

みぎ。」

  「また、右

みぎ。」

  「そのたばこ屋

を、左 ひだり。」

  「つぎ、右

みぎ。」

  「むこうの花

屋を、右 みぎ。」

⑧  松井さんは、ハンドルをまわしました。

  「つぎに、右

みぎ。」

  「また、右

みぎ。」

  「そのたばこ屋

を、左 ひだり。」

  「つぎ、右

みぎ。」 

  「むこうの花

はなや屋を、右 みぎ。」

か、見なれない通りばかりなのです。 ⑨ ~ ⑩ているのか、わからなくなりました。思いなし に、ベテランの松井さんも、いったいどこを走っ   後の客から言われるとおり運転していくうち

り左にまわしたりしているうち、松井さ ひだり ⑨ )お客のいうとおり、ハンドルを右にまわした きゃくみぎ

んは  どこを走 はしっているのか、さっぱり

  わからなくなってきました。

てきました。 こを走っているのか、さっぱりわからなくなっ はし り左にまわしたりしているうち、松井さんはど ひだり ⑨  お客のいうとおり、ハンドルを右にまわした きゃくみぎ

 ⑩●見なれない通りばかりなのです。 とお

 ⑩見なれない通りばかりです。 とお

すっかりなくなってしまいました。 人も自転車も、しだいにまばらになり、やがて、 ⑪  すれちがったり、追いぬいたりしていた車も

かりなくなってしまいました。   人も、じてん車もすくなくなって、やがて、すっ ひとしゃ ⑪  すれちがったり、おいぬいたりしていた車も、 くるま

かりなくなってしまいました。 人も、じてんしゃもすくなくなって、やがて、すっ ひと ⑪  すれちがったり、おいぬいたりしていた車も、 くるま

  ⑫ほそい一ぽん道にでました。 みち ⑫       細い一本道にでました。(*)

⑫          (*)

  ほそい一ぽん道 みちにでました。

(10)

の穂がゆれています。 ⑬  りょうがわには、見わたすかぎり、金色の稲

のほが、波のようにゆれています。 なみ ⑬  両がわには、見わたすかぎり、金いろのいね りょうきん

ほが、波のようにゆれています。 なみ ⑬  両がわには、見わたすかぎり、金いろの稲の りょうきんいね

なぶちにそまって走っています。 00 ちら線になって道をおどり、黒い車も、きれい のような林にはいりました。木もれ日が、ちら ⑭  木の葉が、赤や黄色や朱色にそまった、ニジ

  「あんまり、来たことのないところですよ。

⑭  木の葉が、赤や、きいろやしゅ色にそまった あかいろ

  にじのような林 はやしにはいりました。葉 のあいだからさしてきたひかりが、ほそい線 せんになってゆ

れ、空 そらいろの車 くるまも、ぶち 00にそまって走 はしっていきます。

  (

きたことのないところだな―――)

ます。 れ、空いろの車も、ぶちにそまって走っていき 00そらくるまはし からさしてきたひかりが線になってゆ せん たにじのような林にはいりました。葉のあいだ はやし ⑭  木の葉が、赤や、きいろやしゅいろにそまっ あか

  (きたことのないところだな――)

ような気もちになってきました。 ⑮  松井さんは、みょうに口のなかがねばっこい

  「ここは、奥カエデ谷あたりですか?」

うな気もちになってきました。 ⑮  松井さんは、みょうに口の中がねばっこいよ くちなか

  「ここは、

おくかえで谷 だにあたりですか?」

  と、おもわずききました。

ような気もちになってきました。 ⑮  松井さんは、みょうに口のなかがねばっこい くち

  「ここは、

おくかえで谷 だにあたりですか?」

  と、おもわずたずねました。

うな、低い笑い声をたてました。 ⑯  すると、お客は、のどの奥でごろごろするよ

た。 ような、ひくいやわらかいわらい声をたてまし こえ ⑯   するとお客は、のどのおくでごろごろする きゃく

うな、ひくいやわらかいわらい声をたてました。 ごえ ⑯  するとお客は、のどのおくでごろごろするよ きゃく

りました。 を見た松井さんは、「あっ」と声をだしそうにな ⑰  いやな笑いかただな、とちらっとバックミラー

になりました。 ラーを見た松井さんは、「あっ」と声をだしそう こえ ⑰  いやなわらいかただな、とちらっとバックミ

りました。 を見た松井さんは、「あっ」と声をだしそうにな こえ  ⑰いやなわらいかただな、とバックミラー

⑱  車が、ガクッとゆれました。

⑱  車が、ガクッ、とゆれました。 くるま

⑱  車が、ガクッ、とゆれました。 くるま

んか。 いひげ、ネクタイをしめた山ねこではありませ ⑲ ~しめった鼻、はりがねのようにぴんとはった白 はえていました。すんづまりの顔、金色の目、 ㉑  ミラーの中の男の顔に、こげ茶のしまの毛が

まの毛がはえていました。 ⑲  バックミラーのなかの男の顔に、こげ茶のし おとこかおちゃ

まの毛がはえていました。 ⑲  バックミラーのなかの男の顔に、こげ茶のし おとこかおちゃ

りがねのように、ぴんとよこにはったひげ・・・・・・・・・。  ⑳●金いろの目、しめった黒いはな、は きんくろ

ように、ぴんとよこにはったひげ・・・・・・・・・ 。 ⑳  金いろの目、しめった黒いはな、はりがねの きんくろ

ませんか。 ㉑  ●なんと、ネクタイをしめた山ねこではあり やま

た。 ㉑  なんと、お客はネクタイをしめた山ねこでし きゃくやま

(11)

ました。 た。土ぼこりをもうもうとあげて、車はとまり ㉒  松井さんは、ブレーキを力いっぱいふみまし   「おりてくださいよ。

ました。 た。もうもうと土ぼこりをあげて、車はとまり つちくるま ㉒  松井さんは、力いっぱいブレーキをふみまし ちから

  「おりてくださいよ

!!」

ました。 た。もうもうと土ぼこりをあげて、車がとまり つちくるま ㉒  松井さんは、力いっぱいブレーキをふみまし ちから

  「おりてくださいよ

。」

えていたからです。 に言いました。ふるえそうなのを、やっとこら ㉓  松井さんは、ふりむきもせず、つっけんどん

  「こんな所で、降りなくちゃいけないですか?」

うか。」 「こんなところで、おりなくちゃいけないでしょ いたのです。 た。声までふるえそうなのを、やっとこらえて こえ   ㉓松井さんはふりむかないでいいまし

す。 でふるえそうなのを、やっとこらえていたので ㉓  松井さんはふりむかないでいいました。声ま こえ

しょうか?」   「こんなところで、おりなくちゃいけないで

とは書いてなかったですよ。」 「でも、この車のどこにも、山ねこおことわり、 「だって、あんたは、山ねこでしょう?」 が、ぷんとただよってきました。 んのほうに顔をよせたのか、なまぐさいにおい ㉔  相手は、いがいにものやわらかです。松井さ

とはかいてなかったですよ。」 「でも、この車のどこにも〝山ねこ、おことわり〟 くるまやま 「だって、あんたは、山ねこでしょう?」 やま   さいにおいがぷんとしてきました。 松井さんのほうに顔をよせたのか――、なまぐ かお  ㉔こういいながら、お客が きゃく

㉔  こういいながら、お客が松井さんのほうに顔 きゃくかお

をよせたのか――、なまぐさいにおいがぷんとしてきました。

  「だって、あんたは、

やまねこでしょう?」

り〟とはかいてなかったですよ。」   「でも、この車のどこにも〝山ねこ、おことわ くるまやま

んは思いました。 ㉕  それはそうだ、理がとおっている、と松井さ

ありませんか?」   「料金をはらえば、だれであろうと、同じじゃ

ありませんか?」 「料金をはらえば、だれであろうと、おなじじゃ りょうきん おもいました。  ㉕それは、まあ、そうだ、と松井さんは

ました。 ㉕  それは、まあ、そうだ、と松井さんはおもい

ありませんか?」   「料金をはらえば、だれであろうと、おなじじゃ りょうきん

のですがね。」 わたしは医大を卒業して、いまインターン生な 母が急病だって、けさ、電報がきたのですよ。 「お願いしますよ。なにしろ急いでいるんです。 さんはまた思いました。 ㉖  それもそうだ、すじもとおっている、と松井

ね。」 ても、まだ、医者になったばかりなのですが たのですよ。わたしは、医者なのです。といっ んです。母がびょうきになったと、電報がき はは 「おねがいしますよ。なにしろ、いそいでいる た、おもいました。  ㉖それもまあ、そうだ、と松井さんはま

もいました。 ㉖  それもまあ、そうだ、と松井さんはまた、お

ですがね。」 〇といっても、まだ、医者になったばかりなの のですよ。わたしは、医者なのです。 んです。母がびょうきになったと、電報がきた はは   「おねがいしますよ。なにしろ、いそいでいる

(12)

「いいです。お送りしましょう。」 変わらなかったので、はっきりうなずきました。 の頭を三度たたいてみました。それでも決心が ㉗  松井さんは、ぱちぱちまばたきをして、自分

「いいです。おおくりしましょう。」 はっきりうなずきました。 した。それでもけっしんがかわらなかったので、 0000 ばたきをして、じぶんの頭を三どたたいてみま あたま と松井さんはおもいました。そしてぱちぱちま ㉗  おくってやろうかな、いや、おくるべきだ、 00

ので、はっきりうなずきました。 みました。それでもけっしんがかわらなかった 0000 ばたきをして、じぶんのあたまを三どたたいて と松井さんはおもいました。そしてぱちぱちま ㉗  おくってやろうかな、いや、おくるべきだ、 00

  「いいです。おおくりしましょう。

㉘ ~ ㉙        (*)

  ニジの林をどんどんいくと、にわかにぱあっと明るくなりました。赤いやねの家が、十軒ほどならんでいます。その一ばん手まえの平屋の家の前に、青いスカートをはいた小さな山ねこが、ひたいに手をかざして、こちらを見ていました。

ろにかわりました。  ㉘にじの林をすぎると、白いほそうどう はやししろ

㉘  

        (*)

  にじの林 はやしをすぎると、白 しろいほそう道 路にかわりました。

に手をかざして、こちらを見ています。 青いスカートをはいた小さな山ねこが、ひたい あおちいやま んでいます。そのいちばんむこうの家のまえに、 ㉙  ●両がわに、赤いやねの家が十けんほどなら りょうあかいえ

でいます。そのいちばんおくの家のまえに、青 いえあお ㉙  両がわに、赤いやねの家が十けんほどならん りょうあかいえ

いスカートをはいた小 ちいさな山 やまねこが、ひたいに手 をかざして、こちらを見 ています。

㉚  車はその家のそばにとまりました。

「おにいちゃん、はやく。はやくってば!」 に走ってきて、かわいい声でいいました。 はしこえ ㉚  空いろの車がとまると、とぶように車のそば そらくるまくるま

に走ってきて、かわいい声でいいました。 はしこえ ㉚  空いろの車がとまると、とぶように車のそば そらくるまくるま

  「おにいちゃん、はやく。はやくってば

。」

ます。しばらくまっててください。」 「うんてんしゅさん。またびょういんにかえり にいいました。 おりましたが、ドアをしめるまえに、松井さん ㉛  山ねこ先生は、よしよし、とうなずきながら やま

いいました。 おりましたが、ドアをしめるまえに松井さんに ㉛  山ねこ先生は、よしよし、とうなずきながら やま

ます。しばらくまってください。」   「うんてんしゅさん。またびょういんにかえり

‡‡

㉜        (*)

こに会いたいけ病もあったらしいですよ。」 00 で、早くなおりそうです。なあに、ひとりむす   「どうも、待たせてすみませんでした。おかげ

いんですよ。」 たいので、すこしおおげさにいっているらし 早くなおりそうです。なあに、わたしにあい はや ㉜「またせてすみませんでした。おかげで、

㉜  「

またせてすみませんでした。おかげで、はやくなおりそうです。なあに、わたしにあいたいので、すこしおおげさにいっているらしいんですよ。」

(13)

きて、茶色の手を、けんめいにふっています。 いました。さっきの青いスカートのちびが出て ㉝  車にまた乗りこんだ山ねこインターン生は言

こに帰ってこなければ、と思います。」   「妹ですよ。早く一人まえの医者になって、こ

 ㉝車にのりこんだ山ねこ先生は、わらい くるまやま

ながらいいました。さっきの青 あおいスカートのチビがでてきて、茶 ちゃいろの小 ちいさな手 を  いっしょ

うけんめいふっています。

「いちばん下 したのいもうとです。はやくりっぱな医 者になって、ここにかえってこなければ、とおもいますよ。」

めいふっています。 でてきて、茶いろの小さな手をいっしょうけん ちゃちい いいました。さっきの青いスカートの女の子が あおおんな ㉝  車にのりこんだ山ねこ先生は、わらいながら くるまやませんせい

おもいますよ。」 医者になって、ここにかえってこなければ、と   「いちばん下のいもうとです。はやくりっぱな した

を言ったりしました。 ㉞  心配がなくなったためか、帰り道こんなこと

さんにこんなことをいったりしました。 ㉞  山ねこ先生も、チビに手をふりながら、松井 やま

松井さんにこんなことをいったりしました。 ㉞  山ねこ先生も、女の子に手をふりながら、 やまおんな

らせているのは、ふつうの男の人でした。 ㉟た。やっぱり、うしろのシートでたばこをくゆ ~いったとき、わざわざ松井さんはふりむきまし ㊵  林をすぎ、金色の稲のあいだを進み、町には

  「そこを、左。

  「そのポストを、右。

  などと何回も言われて、松井さんの車は、堀ばたの大学病院の前に、ぴたりととまりました。

㉟  

        (*)

  林 はやしをすぎ、金 きんいろのいねのあいだをすすみ、町 まちにはいったとき、松 井さんは、わざわ

ざふりむいてみました。

㉟  

        (*)

  林 はやしをすぎ、金 きんいろの稲 いねのあいだの道 みちを走 はしり、町 まちにはいったとき、松 井さんは、わざわざふりむいてみました。

あたりまえのわかい男の人なのです。 おとこひと ばこをくゆらせているのは・・・・・・・・・なんと、 ㊱●うしろのシートで、すっぱすっぱとた

のわかい男の人でした。 おとこひと  ・・・・・・ くゆらせているのは、 あたりまえ ㊱  うしろのシートで、すっぱすっぱとたばこを

「そのポストを、右。」 みぎ 「それから、左。」 ひだり といいました。 「ほら、そのたばこ屋を右ですよ。」 みぎ ぶって、にやっとわらいました。そして、 ㊲  ふりむいたとたんに、そのお客はかた目をつ きゃく

とわらいながらいいました。  ㊲そのお客はかた目をつぶって、にやっ きゃく

  「ほら、そのたばこ

を右 みぎですよ。」

   「それから、

ひだり。」

  「そのポストを、

みぎ。」

どう橋にでてきました。 ばし ㊳●こう何回もいわれるうちに、ちゃんと、りん

た、りんどう橋にでてきました。 ばし ㊳  こうなん回もいわれるうちに、ちゃんと、ま かい

  「そのさきの大 だいがく学病 びょういん院です。」

(14)

㊴●やがて―――

㊴ ~ ㊵   やがて   〇空 そらいろの車 くるまは、ほりばたの大 おおきな病 びょういん院のまえに、ぴたっととまりました。

まえに、ぴたっととまりました。 ㊵●空いろの車は、ほりばたの大きな大学病院の そらくるまおおびょういん

られました。 はがきを横つぎにしたぐらいの一枚の紙がのせ お金といっしょに、松井さんの手のひらには、 ㊶  メーターは、千八百五十円にあがっています。

ですよ。」 アにはっていてください。もう、だいじょうぶ ります。『いご、山ねこおことわり』これを、ド   「これには、人には読めないが、こう書いてあ

㊶  メーターは、いつのまにか、三千八百五十円 えん

にあがっています。お金 かねといっしょに、松 井さんのてのひらには、はがきを半 分にしたぐらいの紙 かみがのせられました。「これには、人 ひとには読 めませんが、こうかいてあります。〝山 やまねこおことわり〟・・・・・・・・・これを、ドアにはってください。もうだいじょうぶですよ。」

㊶  メーターは、いつのまにか、三千八百五十円 えん

にあがっています。お金 かねといっしょに、松 井さんのてのひらには、はがきをはんぶんにしたぐらいの紙 かみがのせられました。

よ。」 ドアにはってください。もうだいじょうぶです   あります。〝山ねこ、おことわり〟・・・・・・これを、 やま   「これには、人には読めませんが、こうかいて ひと

て、よびとめました。 ㊷うにあたふたと窓をあけました。顔をつきだし ~のぼっていく男の人を見ていた松井さんは、きゅ ㊹  広い階段をふりむきもせず、すたすたと

  「や、や、やま、いや、ちょっとう

」!

  「は?」

  とふりかえった山ねこインターン生に、松井さんは、その小さな紙を、ぱりぱりっとやぶってみせました。

  そして、大声で言いました。

  「また、いつでも、どうぞ

」!

をあけました。 んと見ていた松井さんは、きゅうにまど とかけあがっていきます。そのせなかを、ぽか  ㊷先生は、ひろいかいだんを、すたすた

あがっていきます。そのせなかを、ぽかんと見 ㊷  先生は、ひろいかいだんを、すたすたとかけ

ていた松 井さんは、きゅうにまどをあけました。

㊸●顔をつきだして、よびとめました。 かお

  「や、や、やま。いや、ちょっと

ーっ!」

  「は?」

  と、ふりかえった山 やまねこ先 せんせい生に、松 井さんは、その小さな紙 かみを、ぱりぱりっとやぶってみせました。

㊸  顔をつきだして、よびとめました。 かお

  「や、や、やま。いや、ちょっとーっ

。」

  「は?」

  と、ふりかえった山 やまねこ先 せんせい生に、松 井さんは、その小 ちいさな紙 かみを、ぱりぱりっとやぶってみせました。

㊹●そして、大声でいいました。

  「また、いつでも、どうぞ

!」

㊹  そして、大声でいいました。 おおごえ

  「また、いつでも、どうぞ

。」

走りだしました。 はアクセルをふみました。車は、すべるように ㊺  片目をつぶって、にやっと笑うと、松井さん

すべるように走りだしました。 はし やっとわらいました。アクセルをふむと、車は、 くるま ㊺  こんどは、松井さんがかた目をつぶって、に

すべるように走りだしました。 はし やっとわらいました。アクセルをふむと、車は、 くるま ㊺  こんどは、松井さんがかた目をつぶって、に

(15)

    3  テキスト異同の観点からAB間で最も大幅な改訂がなされているのは「(ⅱ)語句の追加、書き換え」についてである。本論では特に大きな改訂であると考えられる二箇所の異同について取り上げる。以下引用文中のルビは省略している。(注

のような追加がなされたと考えられる。(注 のような短編集全体の四季の流れを、読み手がより捉えやすくするために、こ ているが、それらは春の作品から冬の作品へと、季節が移りかわっている。そ 空のいろ』では、先に述べた通り「松井さん」の登場する作品が八編所収され み手は作品世界の美しい情景を想像しやすくなる。また、新装版『車のいろは をあらわす描写が追加されていることがわかる。この描写が加わることで、読 ~⑥の内容に注目してみると、まず秋の情景描写や松井さんの制服など、季節 まず、①~⑥にあたる、物語の冒頭の部分がBで大幅に追加されている。① 10

可能である。 頭の時点でさえも、タクシーで比較的長い距離を走行していると捉えることも れるようになっている。また「ぐんぐん走ります。」という描写から、この冒 この追加によってどのような人がお客として乗りこんだのかが、すぐに読み取 「わかい男の人」(山ねこ)がタクシーに乗りこんだ場面が追加されている。 さらに、Aの冒頭では「山ねこ」の道案内が唐突に始まっているが、Bでは 11)

  次に㉚㉛の段落について、以下のような追加がみられる。

い声でいいました。 ㉚  空いろの車がとまると、とぶように車のそばに走ってきて、かわい

  「おにいちゃん、はやく。はやくってば!」

しめるまえに、松井さんにいいました。 ㉛  山ねこ先生は、よしよし、とうなずきながらおりましたが、ドアを

ててください。」   「うんてんしゅさん。またびょういんにかえります。しばらくまっ

ここでは「山ねこ」とその家族である「小さな山ねこ」の交流が追加されている。このような交流が描かれることによって、読み手は「山ねこ」にも大切な家族がおり、あたたかな交流があるということを知ることとなる。BC間においては「(ⅰ)漢字平仮名・句読点等の追加、書き換え」に注目したい。例えば㉒㊹では以下のような書き換えがあった。 ㉒  B

  「おりてくださいよ

!!」

   C

  「おりてくださいよ。

㊹  B   「また、いつでも、どうぞ!」

   C

  「また、いつでも、どうぞ。

Bで表わされている感嘆符からは、「松井さん」の「山ねこ」に対する強い感情が伝わってくる。㉒では強い拒絶と恐怖、㊹では「山ねこ」への親しみを読み取ることができる。一方Cでは感嘆符が句点に書き換えられている。他の文との区別や強調の効果がなくなり「松井さん」の感情の起伏が小さくなっている。このような改訂によって、読者が受取る《松井さん》像に差異が生じることもあるだろう。

六、おわりに「山ねこ、おことわり」では人間の姿をして、人間の世界で人間のような生活を送る「山ねこ」が描かれているが、これと同様に本来の姿を隠し、人間の世界で働き生活している動物の話が他作品にもある。それは七作品目の「くましんし」である。「山ねこ先生」「くましんし」両者とも人間の世界で順調に生活を営んでいるかに見えるが、双方に共通してあるのは「故郷」への思いである。読者は、「松井さん」がそれらの者たちとの出会っていく物語を読むなかで、人間と他の生き物の共存について考えることとなる。「山ねこ、おことわり」と関連の深い「くましんし」については、稿を改め、論じていきたい。また、短編集の四作品目である「すずかけ通り三丁目」では、「松井さん」は、去って行く「お客」を見送ることしかできず、姿が見えなくなった後に追いかけるという構図だったが、「山ねこ、おことわり」の最終場面においては、「松井さん」は去って行く「山ねこ」を引きとめ、「また、いつでも、どうぞ。」(六八⑩)と自分の思いを伝えることが出来ている。短編集全体において《松井さん像》の変化があると考えることも可能である。さらに所収作品全八編を見ると、一、三、五、七番目に所収されている作品が、人間に姿を変えている生き物たちが登場する作品であり、二、四、六番目に所収されている作品が、「松井さん」と人間の「お客」が不思議な体験をする話や、不思議な「人間」の登場する話である。このことから、「他の生き物たち」が中心となる話と「人間」が中心となる話が交互に位置づけられているととらえ

(16)

ることができる。加えて短編集の最後である八番目に位置づけられている「ほん日は雪天なり」は「松井さん」自身が、人間の姿に化けているきつねに間違われ、きつねの世界へと招待される話であり、他作品に比べ異質な内容となっている。短編集全体の《松井さん像》の変化、また全八編の関連性については今後の課題として、研究を続けていきたい。

  〈注〉

(一九六七)四月)   (  1)坪田譲治『びわの実学校』第二十二号(びわのみ文庫昭和四十二年

   (二〇〇二)三月二五頁―三三頁二八頁)   に―」(『平安女学院大学研究年報』 平安女学院大学平成十四年   (   2)川北典子「あまんきみこの世界―『車のいろは空のいろ』を中心

  (3)

  畠山兆子「あまんきみこ初期作品研究  ―『車のいろは空のいろ』収録作品を中心に―」(『梅花児童文学』第十一号  梅花女子大学  平成十五年(二〇〇三)六月  二二頁―四四頁  四〇頁)

  (4)

  注(3)  四二頁

  (5)

  高橋亮「童話作家・あまんきみこにおける、宮沢賢治作品の影響について―「林」「金色」のモチーフを中心に―」(『九大日文』第二十五号  九州大学日本語文学会  平成二十七年(二〇一五)三月  一三八頁―一六一頁  一四一頁、一四二頁)

十二年(二〇〇〇)四月)   (    6)あまんきみこ『車のいろは空のいろ白いぼうし』(ポプラ社平成

  (7)

  注(3)  四〇頁

  (8)

  全体を通した《松井さん像》の変化については、今後短編集所収の八編を整理した上で再検討する。

  (9)

  注(5)  一四一頁、一四二頁

  (

10) BC間においてルビの異同はみられない。

  (

写の詳細については、菅野菜月「あまんきみこ「すずかけ通り三丁目」 11) 短編集に所収されている八編の作品と、季節が読み取れる本文中の描 作品分析」(『国語論集

平成二十九年(二〇一七)三月一六七頁)をご参照いただきたい。 14国語科教育研究室』北海道教育大学釧路校

附記   本稿は、菅野菜月が全体を構想・執筆し、佐野比呂己が校閲したものである。

参照