人間学的カウンセリング理論の考察 : 子どもの人 間形成をめぐる現代的状況に関わって
著者 川瀬 八洲夫, 中村 薫
雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学
巻 40
ページ 19‑28
発行年 2000
出版者 東京家政大学
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009038/
〔東京家政大学研究紀要 第40集 (1),p.1g〜28,2000〕
人間学的カウンセリング理論の考察
子どもの人間形成をめぐる現代的状況に関わって
川瀬 八洲夫*,中 村 re**
(平成11年9月29日受理)
AHumanistic Psychology Study:Counseling Theory;
Concerning Humanistic Child Development in the Present Atmosphere
Yasuo KAwAsE and Kaoru NAKAMuRA
(Received on September 29,1999)
はじめに
現代の日本は,歴史的に見て相対的に安全で豊かな社 会である.しかし,子ども達は,いじめ,不登校,異常 な攻撃性,過度のストレス,非行,自殺,心身症,アパ シー,引きこもり等深刻な現代的問題の状況下にある.
こうした状況の背景には,健康な人間的発達に欠かせな い個性,創造性,生命への畏敬の念また,自然・文化・
社会的な環境に対応する望ましい価値意識,適切な情操 が育てられていないことがある.その結果として,子ど も達の無気力・無関心・残虐性・攻撃性・現実感の欠如 などの非人間的な性向が肥大化してきていると考えられ る.このような現代社会に生きる子ども達には,これま での人間学的教育学の主張にも見られてきた1)人間本性一 意志・感情・愛。希望等の人間の根元的感情…の回復・
強化の思想,及びその思想に基づいた人間形成の視点が 欠如している.現代の子ども達に対しては適切な人間形 成への援助としてのカウンセリングが必要であり,重要 になっていると考えられる.
人間学的カウンセリング理論における中心的価値の基 本には次のような諸点が指摘されている2).
(1)人間の尊厳を信じ,人間的潜在力の発達に努力す ること
②人間の 生 はそのプロセスとして理解され,変
化は避けられないものとして理解すること(3)直感的なものを大切にすること
(4)生態学的統合にコミットメントすること ㈲ 入間の世界になんらかの影響を及ぼしている重大 な問題を認識し,希望と建設的変化に対する責任を 引き受けること
などである.
歴史的に,いろいろな分野から人間の固有の価値や尊 厳が主張され続けてきたが,そういった主張や理論は,
人間をただ単に経済的,政治的目的を達成するたあの手 段としてしか視ないイデオロギーや信念・実践に対して 痛烈な批判をし続けてきたのである.人間学的カウンセ リングの思想は,いろいろな分野・領域において歴史的 に展開されてきた非人間的イデオロギー,文化・社会な どに対するプロテストであり,また現代の行動科学や社 会科学の描く人間像にしばしばほのめかされてきた人間 精神軽視への批判である.これまでにいろいろ累積され てきた人間精神の軽視が,結局は現代の子ども・人間が 抱える深刻な問題の根本にあると考えられる.今このよ うな状況にあって,人間学的カウンセリングの理論から 現代的問題の解決に対する多くの重要な示唆が得られる
し,得るべきであると考える.
*教職教養科 教育史研究室
**志木市立教育サービスセンター(教育相談員)
1,人間学的カウンセリング理論の特質 人間学とは,もともと哲学の領域で多く用いられるよ
うになったことばであるが,人間に関する個別科学の領 域でも多様に用いられている.哲学的人間学が提唱され るに至ったプロセスを考えると,人間研究が個別的な科 学領域の発展によって,対象である人間が結果的に断片
化され,それゆえに,科学的研究が進展するほどかえっ て人間そのものの本質が見失われてしまうという逆説的 な事態が進行するに至った事情がある.こうしたことに 対して,人間を一つの統一的全体として捉えようとする 理論・思想が現れはじめた.人間を統一的に視ようとす る動機は,当然人間についての諸現象の根底にある人間 の本質的なものへの問い,さらには世界における人間の 独自な地位への探究を呼び起こすことからくる.このよ うに,人間であることの本質,他のいかなる存在とも異 なる人間に,人間独自な特質を自覚させようとする人間
の自己探求の営みとして,人間学の概念は成立してき
た3).心理学においても,二十世紀前半における理論発 展の過程で,人間を断片化し,モザイク化してとらえる 傾向が著しかった.行動主義に代表される,自らを自然 科学と規定する立場の心理学にあっては,人間理解を数 量化においてすすめる方法上の基準がっくられ,それに よって切り取られる限りでの人間の側面を心理学の対象 としていたきらいがあった.その結果,心理学は,やや もすると,動物とも共通する有機体としての人間に関わ る断片的知識の集積になってしまったりして,心理学そ のものが人間的意識を失ってしまいかねない状況を出現 させてきた4).このようないわば「学」としての心理学 の危機的状況のもとで,心理学に人間的意義を回復しよ うとする努力として,人間学的心理学は,臨床心理学,教育心理学,人格心理学等の領域を中心に,新たな発展
を見せてきたのである.人間学的心理学(humanistic phychology)とは,人間学の観点に立ってすすめられ
る経験科学としての心理学を指しているといえよう.現在,入間学的と言われている心理学の間にも,相互 にかなり著しい相異がある.共通する基本的特徴を分析
してみると,人間学的心理学は,人間の本質的リアリティー
の全体的把握を目指していることを基本に据えているこ とが指摘される.ここからっぎのような特徴を指摘しうるであろう5).
(1)人間を独自の個性を持った統一的存在としてとら えていること
(2)客観的に観察される行動にっいて,そのメカニズ ムを解明していくよりも,むしろ行動が行為の主体 たる個人にとって持っ意味を理解しようとすること (3)人間とその状況との関わりを重視し,文化・社会・
歴史的条件に関心を向けること
(4)状況との関わりにおいて個人をとらえようとする
ところから,パーソナリティーということばより
は,世界内存在,現存在,実存といった用語が用い られること(5)自由,責任,愛,自己実現といった人間に特有の 現象が主題として取り上げられていること
などである.
広義の心理学領域で人間学的傾向にあると見られる 理論の流れは数多くあるが,ヨーロッパでの主要な代 表者としては,現存在分析(Daseinsanalyse)の創 設者ビスワンガー(Binswanger, L.),実存分析
(Existenzanalyse)を提唱したフランクル(Frankl,V.)
など精神医学から出た人間学研究が挙げられよう.この
他,比較心理学者ボイテンディーク(Buytendijk,
F.J.J),人格心理学のレルシュ(Lersch, P.)らが著 名である.アメリカでは,1950年代の後半から,人間学 的心理学として総称される一群の心理学者達の運動が台
頭し,その推進者であったマスロー(Maslow, A. H.),
ロジャース(Rogers, C.),メイ(May, R.)らが挙げ
られる.彼らは行動主義,精神分析主義に対して「第三 勢力(the third force)」と呼ばれている.臨床心理学 の領域では早くからロジャースらの影響が強く見られ,近年では教育学における人間学的傾向とも相まって,教 育心理学の研究者の間にも,人間学的心理学への関心は
高まりを見せている.
マスローの人間学的心理学は,理論的にはヨーロッパ 実存主義や現象学に類似しているが,アメリカ独自の現 象である.マスローの人間学的心理学の基調は,人間性 にっいて,成長仮説(growth hypothesis)から理解す るということにある.成長仮説についてマスローは次の ように論じている6).人間の本性の「本能のような」
(instinctoid)内面の核心には,現実に向かう圧力を持っ た可能性が含まれている.そのため,健康な人間は,欲 求の階層(hierarchy of needs)を下から上に昇りな がら満たしていくことによって,自分の可能性と能力を 十分に実現し,発展させていくことができるのである.
この人間は生成の過程にある存在(abeing in the
process of becoming)であるという見解は,マスロー の行動主義や精神分析への批判の基本となっており,ま た,それは,倫理,教育,研究方法論,カウンセリング の実践等にっいての観点にも共通するものである.マスローが,行動主義の統制と予測の概念を批判する のは,動機づけについての欲求階層論に基づくものであっ
人間学的カウンセリング理論の考察
た.この理論は,表現的行動と対処的行動を区別するも のであった.彼は,行動主義者がほとんど対処的な行動 の研究にのみに着目していることを批判し,対処的行動 は,パーソナリティーの中で最も重要性の低い部分なの だ,と論じている7).また,マスローは,対処的行動か ら人間性についての一般的な結論を推定することっいて 警告をしている.行動主義者達は,人間の動物的な局面 だけを見ているが,それはまさに対処的行動だけを見て
いるからなのであると.
著書『可能性の心理学』(Psychology of Science)に おいてマスローは,行動を予測する力という点に関して,
行動主義型の統制と,人間科学の措定する内面的自己理 解とを比較している.彼はその中で,人間は外部的な,
科学的な統制に対して非難と抵抗を示すけれども,自分 自身の行動を自分で統制できるように自己理解を深化す ることは受け入れるものだ,と論じた8).それゆえに,
人間主義型の自己理解の方が,はるかに大きな予測力を
持っものであると.
人間の動機というものは,目的的なものであり,選択 に向かうものである.それは受け身の反応をするという よりももっと前進的なものであり,「予測された目標へ
φ反応」(anticipatory goal reaction)に制約れている
というよりも,むしろ自己動機をもつ(self−motivated)
ものなのである9).人間は,特定の主観的な価値観を持っ ているのであり,それがその入の生き方に指標と方向を 与えるのである.このような内面の態度や動機を理解す ることが,人間の行動や人聞性を理解するための絶対的
な前提条件なのである.
人間学的心理学者達は,自分たちの学派の観点を,心 理学における第三勢力であると主張した.第一勢力は行 動主義であり,第二勢力は精神分析主義を指している.
マスローは,自分の見解を述べるときには,フロイト的 な古典精神分析と対照を行っている.彼は,人間学的な 心理学は,行動主義に対する抗議あるいは反抗であるば かりでなく,精神分析の形式主義,決定論,独断論に対 する抗議でもあると論じているが董o),同時に,人間学 的心理学はフロイトの所見に取って代わるものではなく,
それを補完するものだとも論じてもいる.マスローは,
フロイトの諸説における事実と理論とを区別し,フロイ トのあげた事実と臨床経験は尊重しっっも,その形而上 学は否定したのである.
人間学的心理学の創設は,ヨーロッパ実存主義心理学
及び現象学の思想と重要な関わりを持っている.これら の思想の伝統が,人間学的心理学の形成と発展に大きな 刺激を与えていることを,人間学的心理学の創設者達は
一致して認めている1D.しかし,人間学的心理学者達
が,1950年代の末に実存主義哲学を発見した時,彼らは 既に自分たちの心理学理論の核心を作り上げていたので,人間学的心理学がヨーロッパ実存主義を単に輸入したも のであるというのは必ずしも適切ではない.
マスローは,1950年代の末頃以降から実存主義にっい ての実質的な考察をしている.彼は,実存主義はアメリ カの心理学を豊かにするものだが,同時に,多くの実存 主義者の洞察は,既に人間学的心理学の中に存在する傾 向を確認するだけのものにすぎないとも考えていた.実 存主義者達が,アイデンティティーという考え方や主観 的・経験的知識に関心を示していることにっいては,マ スローも同じ関心を持っている.また,実存主義者達が,
人間の本性のユニークな特質を探究し,実存的なジレン マや,人間生活の神秘的な局面,矛盾,悲劇的な局面,
人間性の希望と限界等にっいて論じていることに共感を 示しているのである12).マスローは,実存主義者達が,
実際の経験とは何の関係も持たない抽象的な哲学の大系 を攻撃していることを評価している.またあらゆる妥当 性の源泉として,自己の内面以外に頼るべきものは何も ない,という点に関してもマスローは実存主義者達と意 見を一致させている.この意味で実存哲学は,心理学が 絶対的に必要としている,根底的な経験的・現象的な基 盤を提供するものである,とマスローは考えている13).
彼はしばしば自己という現象学的世界と,科学者の物理 的世界とを対置させ,実証主義的・原子論的型式による 外部からの証明は,経験する自己の主観的・現象学的世 界よりも現実的なものではない,と論じている.現象学 的研究は,自己という内面の観点からどのように感じら れるかということに焦点を当てるので,その方が人間の 真実にもっと接近することができるということである.
人間学的心理学の成立には,行動主義と精神分析に対 する批判,およびネオ・フロイディアンズおよび実存哲
学からの影響が深く関わっているが,その他からの影 響も受けている.オルポート(Allport, R H),ロ
ジャーズ,メイなど,入間学的心理学の設立の中心者達は,その理論を展開する際に,ゴールドシュタイン
(Goldstein, K),パーソナリティー理論家達,ゲシュ タルト心理学,東洋思想等からも影響を受けている.マ
スローもその例外ではない.マスローは,その自己実現 についての研究によって,心理学界でよく知られるよう になったが,「自己実現」という用語は,もともとゴー ルドシュタインの脳損傷を受けた服役軍人の研究の中で 造られた言葉であった.ゴールドシュタインは,自己実 現という概念を,負傷後の入間がその可能性を再組織す る過程を説明するために用いたものであった.ゴールド シュタインによれば,損傷を受けた有機体は,自ら生き 残ろうとするのであるが,その時自らを新しい統合体に 作り変えていき,その損傷をも吸収してしまうのである.
こうした意味で有機体は,自己を実現しようと努力する
ときに,積極的であり,生産的であり,創造的なので ある.この現象をマスローは,「有機体的必然性」
(organismic oughtiness)という用語で表わしてい
る14).
マスU一は,自己実現という概念をゴールドシュタイ
ンから得ているのであるが,彼はそれをもっと広い意味 で用いたのである.マスローにとっては,自己実現は内 面の可能性を実現化する傾向を意味し,それは自分がな ることのできる全てになろうとする意欲であり,自分の 持っているもろもろの可能性や自分の中に内在している 本性を十分に現実化しようとする欲求なのである.ゴールドシュタインと同じようにマスV一もまた,基本的な
欲求をひとっひとっ満たすことによって,人間は自己実 現に向かっていくものである,と論じている.また,東 洋思想も,マスローの心理学の形成にっいて影響を与えている.マスローは老子・荘子の思想(タオイズムー Taoism)について関心を持ち,既に1949年という早い
時期において,行動の表出的要因としての目的のある自発性(purposeful spontaneity)を説明するのに,タ
オイズムの考え方を用いている.その後彼は,タオイズムは,自然や自己を理解する際の受容性や諦念(pas−
sivity or resignation)と同じ意味なのであると述べ,
人間性を探究するときに西欧の心理学者は,「タオイズ ム流」,「タオ流の無為」,「タオ流の傾聴」などから学ぶ べきである,ということを何度も書いている.そのこと によって彼が言おうとしていることは,「内面からの経 験知」(experiential knowledge)を得るためには,科 学者は,受容的であり,信頼的であり,緊張抜きで,物 事が起こるのを妨害しないで,起こらせるままにさせて おかなければならない,ということなのである.彼はま た,悟り,ニルヴァーナ=浬藥(Nirvana),至高体験,
および自己実現などの概念の間の類似性にっいても研究
をしている.
著書『可能性の心理学』(「Psychology of Science」)
においてマスP 一一は,タオイズムは,西欧科学を補うた めの学習のアプローチであると述べ,西欧科学の組織化 分類法,概念化は,現実の知覚を押し退けて,精神の作
り上げた抽象的な領域を持ち込むことであり,この西欧 科学の否定的な局面は,タオイズム的な非干渉の受容性 と,経験の観照(contemplantion of experience)を 取り入れることによってバランスをとらなければならな
い,と論じている15).
2,子どもの人間形成への援助
一スクールカウンセリングをめぐる現代的状況一 日本では1995年にスクールカウンセラー制度が導入
されるまでは,子ども達の情緒や行動・生活に関する問 題の指導は,「生徒指導」や「教育相談」と呼ばれ教師 の役割とされてきた.多くの小・中学校では,生徒の非 行,校則違反,教師に対する暴力や生徒間の対立・暴力,怠学等の反社会的行動を生徒指導として扱い,不安を背 景に現れる不登校,学校あるいは家庭生活の悩み,仲間 関係の問題などを教育相談として扱うことになっている.
いずれもクラス担任が一時的な責務を持っているが,学 校組織にはこれにっいて指導的な役割を果たす生徒指導 部が設けられていることが多い.
文部省のスクールカウンセラー活用事業は,いじめや 不登校等の子ども達の問題行動への対応として,1995年 4月より開始された.この事業は,子ども達の臨床心理 について高度に専門的な知識と経験を有するスクールカ ウンセラーを,小・中・高校に派遣し,その活用の方法,
効果にっいて調査研究するためものである.その目指す ところは,臨床心理学の専門家を学校に導入し,学校に おけるカウンセリングの機能を強化しようとするもので ある.スクールカウンセラーの選考基準は,「財団法人 日本臨床心理士認定協会の認定にかかる臨床心理士など,
児童生徒の臨床心理に関して高度に専門的に知識・経験 を有するもの」とされている.この事業の趣旨とスクー ルカウンセラーの職務内容にっいて説明し,理解を得る ことにより,この調査研究の円滑な実施をはかるとされ ている.スクールカウンセラーは,調査研究校に1名と
し,年間35週,週に2回,1回あたり4時間勤務するこ
とを原則としている.しかし,臨床心理士の有資格者が人間学的カウンセリング理論の考察
少ない県等では,実際に1校を2人で受け持ったり,週 1回8時間の勤務とするなど勤務条件の運用は柔軟にな
されているが16),現実的効用には課題が多く残されている.
これらの実施要項に記されているスクールカウンセラー の職務は次のような内容から成っている17).
(1)児童生徒へのカウンセリング
② カウンセリング等に関する教員及び,保護者に対 する助言・援助
(3)児童生徒のカウンセリング等に関する情報収集・
提供
(4)その他の児童生徒のカウンセリング等に関し各学 校において適当と思われるもの
(1)は子どもへの直接のカウンセリングであり,多くの 臨床心理士にとっては日常各種の相談機関や医療機関で の経験が生かせる活動である.(2)はコンサルテーショ ン(他の専門家や非専門家が子どもの問題に関わるのを 側面から援助すること)にあたり,子どもの臨床におい ては多くのカウンセラーが経験していることである.学 校に配置されるという状況であるため,教師へのコンサ ルテーションに比重がかかると思われる.(3)は子ども の受けているカウンセリングや治療状況にっいて情報を 収集し,学校現場に提供することで地域機関との連携,
学校現場での子どもの処遇に寄与することが期待されて いる.カウンセラーに求められているのはこのように個 別面接による心理治療的役割から,コンサルテーション,
コーディネーションと多岐に亘っている.カウンセラー の学校内での位置づけにっいては,校長の指揮監督下に あるとし,生徒指導に関する校内組織等に適切に位置づ けるよう工夫し,効果的な活用を図るものと定められて いる.先に述べた生徒指導の機能を補強しようとする意 図がここにうかがえる.
また,以上のような文部省によって導入されているス クールカウンセリングとは別に,独自のカウンセラーを 導入している都道府県市町村の教育委員会も増えっっあ る.地方自治体のこのような動きの背景には大きく二っ の理由がある.一っには,いくっかの地域の学校では,
資格を有する臨床心理士を見っけることができないとい うことと,もう一っには,地方自治体の教育委員会が子 ども達の人間的発達のための援助にっいて独自の理念を 持ち,それを実現させようとする意図である.資格を持っ た臨床心理士でなければならないという考えではなく,
若い心理学を学ぶ学生,元教員,各種のカウンセラーの 経験者,あるいは地域の世話役などそれぞれの考えに沿っ た人が起用されている.この場合,子ども達と青年を助 ける役割とその位置づけに基づき,スクールカウンセリ ングという用語そのものが必ずしも使われるとは限らな い.このようなケースの例としては,埼玉県の「さわや か相談員」や,市川市の「ライフカウンセラー」等があ げられよう.このライフカウンセラーは中学校に配置さ れ,子ども達が快適と感じることができる安全な環境を 提供し,子ども達の生活に影響を及ぼす問題の相談にのっ ている.ライフカウンセラーは臨床心理学の専門教育を
受けていることが条件とされている18).
論者(中村)は,前述のさわやか相談員とともに活動 をするボランティア相談員として約二年間埼玉県の公立 中学校で相談活動を行って来た.このさわやか相談員及 びボランティア相談員については以下のように規定され,
それに基づいて運用されている19).
(1)相談員の校内組織における位置づけ
さわやか相談員・ボランティア相談員は教職員の 相談活動を補完する存在である.従って,相談活動 を安易に相談員任せにしないように教員は留意する 必要がある.教員は日頃から相談員との信頼関係を 確立し,相談活動の理解,情報交換に努め,それを 指導に生かさなくてはならない。また,学校全体で 相談員をバックアップする体制の確立が求められる.
(2)相談員の活動
さわやか相談員は,県内の公立中学校に一名配置 される.また,ボランティア相談員は,各校立中学 校に原則として1名配置される.
(3)勤務時間(例)
さわやか相談員(6時間勤務)10:30〜17:15
ボランティア相談員(4〜6時間勤務)10:30〜14 :30(16:30)
(4>業務内容
さわやか相談員の業務はおおむね以下の通りで ある
ア 児童生徒との相談・援助に関すること イ 学級担任・養護教諭等との連携及び助言・援 助に関すること
ウ 学校・家庭・地域との連携及び情報収集に関 すること
⑤ 相談活動(例)
ア 相談者は,当該中学校の生徒,その保護者,
当該中学校区の小学生,その保護者とする.
イ いっでも気軽に相談できる雰囲気を醸成する.
ただし,下記のことにっいては十分に留意する
こと.
1.本当に相談したい生徒が相談室に訪れにく い状況にならないようにする.
2.出入りすることはよいが,たまり場になら
ないようにする.3.授業をさぼる口実のために利用されること
がないようにする.1)相談内容は,さわやか相談員と相談者と
の人間関係を優先し,いじめ,登校拒否に 限定せず,心配事や悩み事等に応じる.2) さわやか相談員と相談者との信頼関係を 大切にし,相談者のプライバシーの保護に 努め,相談内は原則として秘密とする.た だし,内容によっては相談者の承諾のもと,
担任,養護教諭,さわやか相談員担当者
(教育相談主任等),その他の組織と連携する.
3)家庭訪問は原則としてさわやか相談員は
行わない.ボランティア相談員が担任との 連携のもとに行うこともある.4)可能な場合は電話相談を行う.
などである.
さわやか相談員は埼玉県独自の事業であり,平成8年
度から段階的に導入されている.いじめ,不登校問題対 策事業として,学校,家庭,地域において,子どもが安 心して生活し,悩みや不安が生じたらすぐに相談できる ような心の安らぎの場としての機会を設け,いじめや不 登校の予防としても機能するような施策を展開するもの である.各中学校に一つ相談室を設け,そこにさわやか相談員は月曜日から金曜日までの週5日間勤務し,相談
活動を行う.ボランティア相談員はボランティアという 20),相互 立場上,出勤日数は人により異なっているが
に連携を持ちながら相談活動に参加している.
3,人間学的カウンセリングの現代的意味と課題
前節で述べたよつな近年急速にスクールカウンセラー が導入されるという動きがあった背景には,我が国での 不登校やいじめを主とした子ども達の問題が近年著しく増加しているという現実がある21).不登校の発生要因 にっいては,学校・家庭・社会における身体的・心理的・
情緒的・社会・文化的背景などがあげられる.それはそ の個人によって異なる多様なケースがあって,一概には 定めがたい.個人的な事情や子どもの性格的なものなど 様々な要索が絡み合ってるため一言に具体的な不登校の 原因を論じることはできないが,そういった個別の事情 とは別の部分で,多くの子ども達に共通する現代社会特 有の問題傾向があると考えられる.いじめや不登校が蔓 延し,塾通いと受験の過当競争に脅かされる子ども達の 生活においては,健全な人間形成に欠かせない個性,創 造性,生命や人間への畏敬の念,また,自然・文化・社 会的環境やそれを構成する高尚で美しいものに対する正
当な関心(interrest)が育てられていないこと等々が ある.その結果人間形成に必要なものや,物事に対す る感激,感動のない無気力,無関心というアパシー
(apathy)的性格が早くから形成されてしまうのである.
いずれにしても学校や家庭という発育・発達・人間形成 の場に,非人間的・非人格化の要因が多くありすぎるた めに,人格形成に欠かせない人間的体験の欠如,人間関 係の稀薄化が促進されてしまっているのである.子ども は自らの人間的発達のために,意識的にせよ無意識的に せよ,先にマスローの欲求階層論で見たように多様な多 面的な心身の発達欲求を持っている.しかしこの発達欲 求は子どもの精神的,身体的の発達の諸相に応じて,言 語・態度・動作など様々なレベルのサインとして表され る.それゆえ,カウンセラーのみならず社会自体がこれ
らに対する知識各種の能力,構えを常時持っていなく
てはならないのである.そのために人間学的カウンセリング理論においては一個人の主観を越えたモデルとなる 人間像が追求され,カウンセリングを越えた領域と連携
した運動が強調されているのである22).
人間の生涯にわたる生は人間的であり,正気であり,
そして健康と幸福のうちに円満に生を全うすることが望 ましい.入間的であるためには,人間性として備わって いたり,っくられたりする正当な多様な能力を持っ必要 がある.そのための知性や理性・道徳・技術そして身体 的能力などがバランス良く望まれるのである.しかし,
知性・理性・技術・身体的能力はよりよく生きるための 生産的能力として望ましい方向に使われると同時に,反 対に否定や破壊,退行方向にも使われる.人間は己の知 識や技術,あらゆる能力を善と悪,正気と狂気の裏表の
人閤学的カウンセリング理論の考察
両面に使うことのできる存在なのである.こうしたこと の現実的現れは国家,民族,集団,個人等様々なレベル での対立・抗争・破壊・差別等に見ることができる.こ のような社会におかれてその対立や抗争に様々なレベル で巻き込まれている子ども達には正しい指導・援助が不 可欠である.予防的観点だけでは不十分で,積極的な治 療や危機介入が必要な子ども達が増加している現代にお いては,人間形成の援助のあり方は,人間学的カウンセ リング理論が示すように,根本的なところから見直され なければならない.カウンセリング及び人間教育をいか に再構築するかという問いへの答えも,その根本的な見 直しから得られなければならないだろう.
ランゲフェルド(Langeveld,M.J)は,子どもの成
長にっいて,単に自然的な性質のものでもなければ,ま た単に教育的なものでもなく両要素が分かちがたく浸透 し合っているメカニズムであるとし,内面が伴わずに肉 体だけが大人になったような人間を指して「自然なまま の状態」と判断するのは間違いであるとしている23).こ のことは,マスローが,創造性の教育を提唱しっっも専 門的な知識等を学ぶことの価値も認めていることと関連 している.マスローによれば,知ることの経験的方法と 実験的方法とは全く正反対のものでなく,その二っは相 互に補完し合うものなのである.っまり,経験に基礎を 持たない抽象的な知は危険なものであり,経験と知は常 に相互に作用し合わなければならないのである24).こ のような観点は,「自由」や「自発性」や「個性」等を理 念として掲げているいる教育の現場が,実際には単なる「放任」や「無秩序」の状態に陥るといった過ちへの警 告として受け止められよう.
またこの知に関する見解は,自己実現と欲求の階層理 論の前提にもなっているものである.欲求の階層理論に おいてマスローは,自己実現よりもさらに上に自己超越 の欲求があるとする.その欲求は全ての低次欲求と全く 同じように人間性の一つの局面であり,それを否定され れば病気を生み出すことになるものであるとしている.
この自己超越の欲求という概念は慎重に捉えられなけれ ばならない概念である.なぜならば,この概念は誤解を されやすい傾向があるからである.その誤解とは,その 自己超越に至るための手段にっいて安易な発想をすると いうことであるが,かって実際に,麻薬を用いた意識変 容によって自己超越を求めるカウンター・カルチャーの 過激派の人々が増加したことがあった.マスローとロジャー
スはそのことを批判している25).彼らがそれを批判す るのは,そういった急速に自己超越を求めるという行為 は理性を欠いており,知的な厳しさを持たず,都合のい いように歪曲して経験主義を解釈しているからである.
っまり,欲求の階層とは,不自然な手段でれそれに段階 を踏まずに一気に昇ることができるものではなく,経験 との健全な相互作用によって獲得された知がともなって 適切に昇ることができるものである.従って,自己実現 者の特徴としてあげられてる「必ずしも世論に迎合して いるとは限らない」ということが,けっして倫理に反す るような人間を意味してはいないことも明らかである.
この自己実現者の特徴にっいても誤解を招きやすい部分 があるので注意が必要だと思われるが,自己実現者とは 必ずしも世間に適応しているとは限らないが,あくまで も彼らは,真・善・美等を選び全ての人々の見本となる ような人間なのである.このことは言葉で表現されると 一見矛盾しているようにも見え,大変捉えにくい概念で あるが,そのように言葉等の手段によってマニュアル的 に簡単に伝えることができないという性質こそが,人間 学的なカウンセリングの本質をも表していると思われる
のである.
人間学的カウンセリングには,精神分析や行動療法の ようにあらかじめ定められた固定的な治療目的がないこ とが特徴であるが,価値も倫理も確実に存在するという ことは言うまでもない.ただ,精神分析や行動療法のよ うにマニュアル化しやすい性質の技法や方向性ではない ために,そのカウンセリングを理解するためには曖昧さ や複雑さが伴うのである.そのため,ランゲフェルドは,
教育上の注意点として「子どもの人格は社会化されなく てはならないが,だからといってそれはあらかじめ特定 された基準に従い,画一化された型の成人へと社会的に 条件づけられるべきだという意味ではない」26)と強調し ている.これは人間学カウンセリングにおける成長仮説 を前提とした,入間の本性を信頼する人間観からの指摘
である.
そして,そのような曖昧性を伴う人間学的カウンセリ ングであるために,クライアントの中で進行しているプ ロセスを,人間的に正しく感じ取る方法をいかにしてカ ウンセラーが獲得するべきか,また,いかにしてそのよ うな人間学的なカウンセラーを養成すれば良いのかとい うことが重要な課題となる.本来的な人間学的なカウン セラーを養成することは,それが人間学的であるために
困難である.そのことはロジャースの来談者中心療法の 理論からもうかがうことができる.
人間学的カウンセリングの技法を体系化したロジャー スの来談者中心療法にっいて見てみよう.特徴の第一は,
カウンセリングにおけるリレーションの重要さを他のカ ウンセリングの学派に先駆けて論じた点である.このリ レーションの重要性は,カウンセリングの技法を越える もの,あるいは技法に先立っもの,すなわちカウンセラー のパーソナリティーがカウンセリングの条件であること を意味している.そしてこの点がロジャース流のカウン セラーを養成することを困難にしている点である.「自 己一致」はカウンセラーの条件の一っでもあり,カウン
セリングの目的でもあるとするロジャースのこの見解
は,人間学的カウンセリングの基本であり,重要な視点である.
しかし,この人間学的カウンセリングの本質に沿って いる療法にも問題点もある.まず,人間学的カウンセリ ングはあらゆる病理現象の原因が自己の不一致であると 考えるところから,この療法では診断を必要としないが,
そのことはクライアントの問題行動の具体的な各論に対 応することを困難にするのではないかということである.
人間学的カウンセリングの観点からは,診断は外的枠組 み,すなわち先入観やカウンセラーの主観的見解を生じ させるので,真のクライアントの理解の妨げになると考 えられる.しかし,このようなクライアントの自己治癒 力に対して無条件の信頼を持っことが,例えば自閉症児 のように支持的な対応が効果を発揮するといわれている ようなクライアントの場合には問題となると思われる.
また,人間学的カウンセリングは,クライアントの内的 心理状態の変容に重点を置く傾向があるため,外的環境 への働きかけが軽視され,その結果としてカウンセリン
グが非能率的になることも考えられる27).
結 び に
人間学的カウンセリングの現代的意味と役割にっいて 考察するとき,いくっかの課題が浮かび上がってくる.
子どものカウンセリングの現状にっいては,人間学的カ ウンセリング理論の観点からの改善点があげられる.ま ず,現在の子どもへのカウンセリングのあり方は,カウ ンセラー個人の資質の問題と,カウンセリングに関わる 行政の問題の二っの点から見直される必要性があると思 われる.トータルな人間存在である一人の子どもを何か
しらの側面からのみ切り取るというようなスタンスでは,
その子どもの自己実現を促していく可能性を見落として しまうことになる.しかし,現在の学校を中心としたカ ウンセリングの現場では時間的にも空間的にも多くの制 約があり,いわゆるブーバー(Buber, M)のいう「我一 汝」の関係を形成できる状況が整えられておらず,むし ろ「われとそれ」の機械的な関係に陥りがちになってい る.そのような体制を見直すためには,学校という組織 の中におかれているカウンセリング機関の場合,その管 理体制と教育のあり方から必然的に影響を受けざるを得 ないため,そのカウンセリング機関の枠を越えたカウン セリングの視点が必要とされる.すなわちそれは,人間 学的カウンセリング理論が展開している教育運動,社会
運動のつながるもの,マスローの論じた「共生的な社
会」28)の視点である.カウンセリングの問題を考えるときにそのカウンセリング機関やカウンセラー一個人だけ に焦点を当てるのではなく,教育や社会全体を視野に入 れたより高次な人間中心のパラダイムを持たなければ,
問題の根本的な解決にはならないであろう.真のカウン セリングは一般化した技法の理論によるだけで安易に学 べるものではなく,技法を越えたもの,メタスキルの必 要性があるのだろう.しかし,まだそれが見落とされて いることが問題であろう.職業的な能力を初めとしてあ らゆる能力を機能として機械的に見なすことは,人間学 的カウンセリングの人間観とは正反対のものであるが,
そのような人間観がカウンセリングや教育の現場では通 用している現状があるとすれば,人間学的カウンセリン グのパラダイムから多くの示唆が与えられてしかるべき であろう.そして,そのような人間学的な考察は数量的 な検証に適した性質のものではないため,それを記述し 研究していくことも今後の課題である.増加を続ける不 登校やいじめや非行,そういった問題を抱える子ども達 の姿は,自発的に成長の欲求が妨げられていることのあ らわれである.学歴社会の競争のために塾で機械的に知 識を詰め込まされて不健康になっている子ども達等は,
欲求の階層の一点に病的にとどまってしまっている.本 来,自ら成長する力を持った子ども達が,順調に欲求の 階層を昇っていけるようにカウンセラーは援助しなけれ ばならない.そしてそのためにはカウンセラー自身が技 法以前のものを自ら育むことも必要とされる.人間学的 カゥンセリングは,価値の方向付けにおいては,人間と 人間が本質的に持っ自己決定の能力に対して,希望的で
人間学的カウンセリング理論の考察
建設的な見解を持っている.また,人間行動の志向性や 倫理的価値が強力な心理学的な力であるという確信に導 かれてもいる.この確信からこそ,選択や創造性,身体 と心と魂の相互作用,より多くの気づき,自由で責任が 持て,人生を肯定し,信頼されるに値するような能力と いった,人間に顕著な特性を高めようという努力が生じ
るのである.
入間学的カウンセリング理論は,心が社会や無意識の うちに存在する諸力に強く影響されていること,また,
これらの影響要因の中には否定的で破壊的なものもある ことを認めている.しかし,それにもかかわらず,人間 の独立した尊厳や価値観,個人の能力や自尊感情を適切 に発達させていく意識の能力を強調する.この価値の方 向付けからこそ,人間個入及び個人間のスキルを促進し たり,生活の質を高めたりする広義のカウンセリングが 発展してきたのである.
人間の内的成長には多くの困難がある.そのため,し ばしば,人間学的カウンセラーは,人が自分自身の変化 に直面したときに,自分自身で責任がとれるように,勇 気を出して学ぶことが重要であるということを強調する.
入間の個人的成長を励ますことの難しさは,人間が成長 してゆけるような適切な制度と組織の環境を築いていく ことの難しさとも対応している.環境を整えることは,
健康なパーソナリティーを発展させる上で重要であるの で,社会政策の形成において,人間としての欲求は優先 的に配慮されなければならないだろう.このことは,各 種の抗争や核戦争,人口過剰,伝統的社会構造の崩壊と いった社会的レベルの危機と,経済的な豊かさに反比例 する形で深刻化する子ども達の人間性の喪失やストレス の増加という個人的な危機に迫られる現代において,ま すます重要になっていくことであろう.多くの人間学的 心理学者は,社会変革,っまり,古い制度を修正して,
人間の発達と組織の効率の両方を維持することができる 新しい制度を考案するという挑戦が重要であることを主 張してきている29).多様な危機に脅かされながら急速 に変化し続けている現代社会において,とりわけ子ども の望ましい人間形成にっいて考えるならば,そのような 主張に今改めて注目することが重要であると考えられよ
う.
注
1)M.J. Langeveld「続 教育と人間の省察」岡田渥 美・和田修二 監訳 玉川大学出版部
O.F.Bollnow:Anthropologische padagogik
(浜田正秀訳「人間学的に見た教育学」玉川大学出版部)
2)人間性心理学会「人間性心理学研究」第15巻1号 p.124−130
3)R.J. Decovalho:The growth hypothesis in
psychology.chap1
4)Ibid 5)Ibid
6)1,A.H.Maslow:Motivation and Personality
(邦訳「人間性の心理学」産業能率大学出版部)p.116
7)A.H.Maslow:Motivation and Personality;
(邦訳「人間性の心理学」産業能率大学出版部)
8)A.H。 Maslow:Psychology of Science;(邦訳
「可能性の心理学」川島書店)
9)同7)p.55,pp.63−79,80−100,同8)p.55 10)同7)pp. xiii,66−67,103
11)A.H.Maslow:Toward a Psychology of Being;
(邦訳「完全なる人間」誠信書房)
12)同11)P.59,P.174
13)A.H,Maslow:Religions, Values and Peak−
Experience;(邦訳「創造的人間」誠信書房)
p.26,41,同11)pp.52−60
14)同11)PP. li, v,ix,118,
15)同7)pp.182,291,
同11)pp.55,78,119,136,184
16)D.Yagi:The school counseling;(邦訳「スクー e
ルカウンセリング入門」勤草書房)pp.157−161 17)Ibid
18)Ibid
19)埼玉県教育委員会「平成10年度心のオアシスづく
り推進会議報告書 さわやか相談員・ボランティア 相談員の効果的な活用について」「心のオアシスづくりいじめ防止プログラムQ&A」
20)Ibid 21)Ibid
22) A.H. Maslow:Eupsychian Management;
(邦訳「自己実現の経営」産業能率大学出版部)
23)M.J. Langeveld「教育と人間の省察」岡田渥美・
和田修二 監訳 玉川大学出版部 p.96−100
24)A.H. Maslow:Father Reaches of Human
Nature;(邦訳「人間性の最高価値」誠信書房)pp.183−212,80−195, p.377,同7)pp.6−12 25)C.Rogers:Some Questions and Challenges Facing a Humanistic Psychology;Journal
of Humanistic Psychology 5. pp.1−526)同23)
27)國分康孝「カウンセリングの理論」誠信書房
pp.96−101
28)同22)
29〕Ibid
14.A. Mindell:Working with the Dreaming Body;
(高岡よし子,伊藤雄二郎訳「ドリームボディー・
ワーク」春秋社1985)
15.A. Mindell:Rever way;(高岡よし子,伊藤雄 二郎訳「プロセス指向心理学」春秋社1985)
16.総務庁青少年対策本部編「青少年白書」1998 他
参考文献
1.A. H. Maslow:Eupsychianmanagement;(原
幸広訳「自己実現の経営」産業能率大学出版部1967)
2.C. Rogers:Client−centered Therapty;(邦訳
「ロジャーズ全集・第3巻」岩崎学術出版社1996
3.C. Rogers:On Becoming a Person;(邦訳「ロ
ジャーズ全集・第4,5,6,8,12巻」に分訳.岩
崎学術出版社1996)4.C. Rogers「人間尊重の心理学」畠瀬直子監訳創 元社1997
5.日本の子ども家庭総合研究所「日本の子ども資料年 鑑第6巻」KTC中央出版
6.川瀬八洲夫「教育方法論」酒井書店1994 7.川瀬八洲夫「教育と社会」垣内出版株式会社1991 8.川瀬八洲夫「人間一その生と形成」相川書房1993 9.河合隼雄「カウンセリングの実際問題」誠信書房 鴨
1998
10.ロロ・メイ「新・カウンセリングの技術」黒川昭登
訳岩崎学術出版社1997
11.原田政文,府川満晴,林秀子「スクールカウンセリ
ング再考」朱鷺書房1997
12.R. May:Men s Search For Himself;(小野泰 博・小野和哉訳「失われし自己を求めて」誠信書房
1997)
13.V. E. Frankle:Aerztliche Seelsorge;(霜山徳 爾訳「死と愛」みすず書房1996)