フランコプロヴァンス語地域における普通名詞の数の体系
―ラテン語 の第
2
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 に着 目 して―Le système singulier - pluriel des noms communs en francoprovençal
-les noms communs issus de noms latins de la deuxième déclinaison-
大 河 原 香 穂
OKAWARA Kaho
東 京 外 国 語 大 学 大 学 院 博 士 後 期 課 程Doctoral Program, TUFS
E-mail: [email protected]
ふらんぼー(Flambeau) vol.46 2020, p.97-118.
原 稿 受 理 2020-11-30 ; 最 終 版 2021-02-19
抄 録
本 研 究 では、19 世 紀 末 から 20 世 紀 初 頭 のフランコプロヴァンス語 地 域 の方 言 における、ラテン語 の 第 2 曲 用 の名 詞 を起 源 とする、普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 について扱 う。分 析 対 象 の資 料 は『フ ランス言 語 地 図 』 Atlas linguistique de la France であり、そのうち分 析 対 象 の語 は、genou 「膝 」、
œil 「目 」、pou 「シラミ」、râteau 「熊 手 」である。その結 果 、これらの語 について、同 地 域 の多 くの地 点 では、単 数 形 と複 数 形 が音 声 的 に同 形 態 であったことがわかった。
Résumé
Notre recherche porte sur les formes du singulier et du pluriel des noms communs issus de noms latins de la deuxième déclinaison en francoprovençal de la fin du XIXème siècle au début du XXème siècle. On utilise les cartes de « genou », « œil », « pou » et « râteau » dans l’Atlas linguistique de la France. Nous avons trouvé que pour ces mots les formes du singulier et du pluriel étaient homophoniques dans le lieu géographique en question.
キ ー ワ ー ド : 方 言 学 、 フ ラ ン コ プ ロ ヴ ァ ン ス 語 、 フ ラ ン ス 語 、 数
© ふらんぼー Flambeau 46 (2020) pp.97–118.
183-8534 東 京 都 府 中 市 朝 日 町 3-11-1 東 京 外 国 語 大 学 フランス語 研 究 室 183-8534 French Section, Tokyo University of Foreign Studies, 3-11-1 Asahi-cho Fuchu City, Tokyo
本 稿 の著 作 権 は著 者 が保 持 し、クリエイティブ・コモンズ表 示 4.0 国 際 ライセンス (CC-BY)下 に提 供 します。
https://creativecommons.org/ licenses/by/4.0/deed.ja
0.
はじめに本 稿 では、フランコプロヴァンス語 地 域 における数 の体 系 について扱 う。ロマンス諸 語 に分 類 される言 語 では、普 通 名 詞 であれば、多 くの場 合 で単 数 、複 数 の区 別 を行 う。現 代 の標 準 フランス語 は、このロマンス諸 語 に分 類 され、例 に漏 れず普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の 区 別 を行 う。但 し、一 部 の例 外 を除 き、現 代 の標 準 フランス語 の大 多 数 の普 通 名 詞 では、
書 記 上 で単 数 形 と複 数 形 が異 なっているにとどまり、音 声 上 は単 数 形 、複 数 形 が同 じ形 態 であることが知 られている。
しかしながら、現 在 フランス語 が話 されている地 域 の方 言 における普 通 名 詞 の数 の体 系 では、現 代 の標 準 フランス語 と異 なる様 相 が見 られた可 能 性 が考 えられる。この一 例 と して、ドローム県 の方 言 について分 析 を行 った
Bouvier (2003)
で、音 声 的 に単 数 形 、複 数 形 が異 なる形 態 が見 られたことが挙 げられる。本 研 究 における目 的 は、フランコプロヴァンス語 地 域 における普 通 名 詞 の体 系 を明 ら かにすることである。具 体 的 には、『フランス言 語 地 図 』
Atlas linguistique de la France
を 使 用 し、このうちラテン語 の第2
曲 用1の名 詞 を語 源 に持 つ語 の言 語 地 図 の、フランス東 部 を中 心 に広 がるフランコプロヴァンス語 地 域 に着 目 し、数 の体 系 についての分 析 を行 う2。 なお、本 研 究 で使 用 した言 語 地 図 上 では、語 形 の音 声 を記 述 するためにルスロ=ジリエロ ン音 声 記 号Alphabet Rousselot-Gilliéron
が使 用 されている。ルスロ=ジリエロン音 声 記 号 は、今 日 言 語 学 で広 く使 用 されている国 際 音 声 記 号International Phonetic Alphabet
(以 下
IPA
)とは異 なる音 声 記 号 である。本 研 究 では言 語 地 図 上 のルスロ=ジリエロン音 声 記 号 で表 記 された語 形 を、全 て対 応 すると考 えられるIPA
に変 換 し、分 析 に使 用 している。したがって、本 稿 では以 下 全 ての音 声 の表 記 を
IPA
に統 一 する。ルスロ=ジリエロン音 声 記 号 からIPA
に変 換 する際 は、トゥールーズ・ジャン・ジョレス大 学Université Toulouse Jean Jaurès
の研 究 プロジェクトLe pojet SYMILA
のweb
ページで公 開 されているルスロ=ジリエロン音 声 記 号 と
IPA
の対 応 表3を参 照 した。また、分 析 対 象 の資 料 で扱 われてい るのは、方 言 の音 声 であり、書 記 ではない。したがって、本 研 究 は方 言 の書 記 ではなく、音 声 における数 の体 系 についての分 析 を行 う。以 下 では
1.
背 景 説 明 で、現 代 の標 準 フランス語 の普 通 名 詞 の数 の体 系 についての 詳 細 や、過 去 になされた方 言 における普 通 名 詞 の数 の研 究 、フランコプロヴァンス語 地 域 についての詳 細 などを解 説 し、その後2.
リサーチクエスチョンで本 研 究 におけるリサーチ クエスチョンを提 示 する。そして3.
分 析 手 法 では、リサーチクエスチョンを解 明 するために1 ロマンス諸 語 に分 類 される言 語 における多 くの語 彙 は、ラテン語 の語 彙 を起 源 とする。ラテン語 で は、文 中 の名 詞 の文 法 機 能 は、格 を表 示 する曲 用 によって示 されていた。そのため、例 に漏 れず普 通 名 詞 にも曲 用 が存 在 し、通 常 は語 尾 の形 態 を変 化 させることで曲 用 を表 示 していた。普 通 名 詞 の曲 用 の種 類 には、5つの種 類 が存 在 し、それぞれ第 1曲 用 (sg. gen. -AE)、第 2曲 用 (sg. gen. -I)、第 3曲 用 (sg. gen. -IS)、第 4曲 用 (sg. gen. -US)、第 5曲 用 (sg. gen. -EI)と称 されることが多 い。
2 分 析 対 象 の地 域 としてフランコプロヴァンス語 地 域 を扱 っている理 由 については、1.3. フランコプロ ヴァンス語 とはで解 説 する。また、分 析 対 象 の語 としてラテン語 の第 2曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 を扱 っている理 由 については、1.4. フランコプロヴァンス語 地 域 におけるラテン語 の第 1 曲 用 の 名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 と3.2. 分 析 対 象 の地 図 と語 で解 説 する。
3 http://symila.univ-tlse2.fr/alf/notation_phonetique
必 要 な分 析 の手 法 の詳 細 について述 べ、
4.
分 析 結 果 では、3.
分 析 手 法 で解 説 した分 析 手 法 に則 って行 った分 析 の結 果 を提 示 する。その後 、5.
議 論 では、4.
分 析 結 果 を踏 まえ、更 なる詳 細 な分 析 が必 要 だと判 断 した箇 所 についての議 論 を展 開 し、最 後 に6.
結 論 でリサーチクエスチョンに対 する答 えを提 示 し、本 研 究 の総 括 を行 う。1.
背 景 説 明ここでは、本 研 究 に関 連 する背 景 について説 明 する。以 下 では、現 代 の標 準 フランス 語 における普 通 名 詞 の数 の体 系 、過 去 になされた方 言 における普 通 名 詞 の数 に関 連 す る研 究 、フランコプロヴァンス語 、そしてフランコプロヴァンス語 地 域 におけるラテン語 の第
1
曲 用 の名 詞 を語 源 とする普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 について、順 番 に解 説 を行 う。1.1.
現 代 の標 準 フランス語 における普 通 名 詞 の数 の体 系現 代 の標 準 フランス語 における普 通 名 詞 の数 の体 系 については、単 数 形 と複 数 形 は 書 記 上 は 異 な る も の の 、 音 声 的 に 同 形 で あ る 場 合 が 大 多 数 で あ る4。 こ の こ と は 、
Martinet (1960 : 161)
によれば、現 代 の標 準 フランス語 における書 き言 葉 の体 系 と話 し言 葉 の体 系 の乖 離 の事 実 の一 端 を成 している。具 体 的 には、Martinet (1960 : 161)
によれ ば、書 き言 葉 において単 数 、複 数 の書 記 上 の区 別 を行 う際 には、普 通 名 詞 の語 末 に-s
を 付 加 することで複 数 形 を表 し、話 し言 葉 で単 数 、複 数 の区 別 を行 う際 には、普 通 名 詞 に 付 加 される限 定 詞 の形 態 を変 化 させて区 別 を行 っている。例 えば、「りんご」を意 味 する女 性 名 詞pomme
は、書 き言 葉 では単 数 形 はpomme
、複 数 形 はpommes
と綴 られるが、話 し言 葉 におけるこれらの単 数 形 、複 数 形 そのものの発 音 は、双 方 共 に[pɔm]
である。そ こで、話 し言 葉 では、例 えば定 冠 詞 を付 加 し、単 数 形la pomme [la pɔm]
、複 数 形les pommes [le pɔm]
のように限 定 詞 である定 冠 詞 の形 態 を変 化 させることで単 数 、複 数 を区 別 している。これらの事 実 を表 にまとめると、以 下 の通 りである。表
表
1.
現現 代代 のの標標 準準 フフラランンスス語語 ににおおけけるる大大 多多 数数 のの普普 通通 名名 詞詞 のの単単 数数 、、複複 数数 のの区区 別別書 き言 葉 話 し言 葉
単 数 、複 数 の 区 別 の方 法
普 通 名 詞 の単 数 形 に 複
複 数数 をを表表 すす形形 態態 素素
-s
を 付 加 する普 通 名 詞 に付 加 される 限
限 定定 詞詞 のの形形 態態 を 変 化 させる 具 体 例
sg.
5pomme
pl. pommes
6sg. la pomme [la p ɔm] pl. les pommes [le pɔm]
4 例 外 も存 在 する。「ウシ」を意 味 する男 性 名 詞 bœuf は、書 記 上 は単 数 形 bœuf、複 数 形 bœufsのよ うに単 数 と複 数 で異 なっているが、音 声 上 も単 数 形[bœuf]、複 数 形[bø]のように異 なる。
5 本 稿 では、以 下 単 数 形 を singulier(フランス語 で「単 数 」の意 )の略 称 のsg.と表 記 し、複 数 形 を pluriel(フランス語 で「複 数 」の意 )の略 称 のpl.と表 記 することがある。
6 太 字 は単 数 、複 数 の区 別 を担 っている箇 所 を表 す。
0.
はじめに本 稿 では、フランコプロヴァンス語 地 域 における数 の体 系 について扱 う。ロマンス諸 語 に分 類 される言 語 では、普 通 名 詞 であれば、多 くの場 合 で単 数 、複 数 の区 別 を行 う。現 代 の標 準 フランス語 は、このロマンス諸 語 に分 類 され、例 に漏 れず普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の 区 別 を行 う。但 し、一 部 の例 外 を除 き、現 代 の標 準 フランス語 の大 多 数 の普 通 名 詞 では、
書 記 上 で単 数 形 と複 数 形 が異 なっているにとどまり、音 声 上 は単 数 形 、複 数 形 が同 じ形 態 であることが知 られている。
しかしながら、現 在 フランス語 が話 されている地 域 の方 言 における普 通 名 詞 の数 の体 系 では、現 代 の標 準 フランス語 と異 なる様 相 が見 られた可 能 性 が考 えられる。この一 例 と して、ドローム県 の方 言 について分 析 を行 った
Bouvier (2003)
で、音 声 的 に単 数 形 、複 数 形 が異 なる形 態 が見 られたことが挙 げられる。本 研 究 における目 的 は、フランコプロヴァンス語 地 域 における普 通 名 詞 の体 系 を明 ら かにすることである。具 体 的 には、『フランス言 語 地 図 』
Atlas linguistique de la France
を 使 用 し、このうちラテン語 の第2
曲 用1の名 詞 を語 源 に持 つ語 の言 語 地 図 の、フランス東 部 を中 心 に広 がるフランコプロヴァンス語 地 域 に着 目 し、数 の体 系 についての分 析 を行 う2。 なお、本 研 究 で使 用 した言 語 地 図 上 では、語 形 の音 声 を記 述 するためにルスロ=ジリエロ ン音 声 記 号Alphabet Rousselot-Gilliéron
が使 用 されている。ルスロ=ジリエロン音 声 記 号 は、今 日 言 語 学 で広 く使 用 されている国 際 音 声 記 号International Phonetic Alphabet
(以 下
IPA
)とは異 なる音 声 記 号 である。本 研 究 では言 語 地 図 上 のルスロ=ジリエロン音 声 記 号 で表 記 された語 形 を、全 て対 応 すると考 えられるIPA
に変 換 し、分 析 に使 用 している。したがって、本 稿 では以 下 全 ての音 声 の表 記 を
IPA
に統 一 する。ルスロ=ジリエロン音 声 記 号 からIPA
に変 換 する際 は、トゥールーズ・ジャン・ジョレス大 学Université Toulouse Jean Jaurès
の研 究 プロジェクトLe pojet SYMILA
のweb
ページで公 開 されているルスロ=ジリエロン音 声 記 号 と
IPA
の対 応 表3を参 照 した。また、分 析 対 象 の資 料 で扱 われてい るのは、方 言 の音 声 であり、書 記 ではない。したがって、本 研 究 は方 言 の書 記 ではなく、音 声 における数 の体 系 についての分 析 を行 う。以 下 では
1.
背 景 説 明 で、現 代 の標 準 フランス語 の普 通 名 詞 の数 の体 系 についての 詳 細 や、過 去 になされた方 言 における普 通 名 詞 の数 の研 究 、フランコプロヴァンス語 地 域 についての詳 細 などを解 説 し、その後2.
リサーチクエスチョンで本 研 究 におけるリサーチ クエスチョンを提 示 する。そして3.
分 析 手 法 では、リサーチクエスチョンを解 明 するために1 ロマンス諸 語 に分 類 される言 語 における多 くの語 彙 は、ラテン語 の語 彙 を起 源 とする。ラテン語 で は、文 中 の名 詞 の文 法 機 能 は、格 を表 示 する曲 用 によって示 されていた。そのため、例 に漏 れず普 通 名 詞 にも曲 用 が存 在 し、通 常 は語 尾 の形 態 を変 化 させることで曲 用 を表 示 していた。普 通 名 詞 の曲 用 の種 類 には、5つの種 類 が存 在 し、それぞれ第 1曲 用 (sg. gen. -AE)、第 2曲 用 (sg. gen. -I)、第 3曲 用 (sg. gen. -IS)、第 4曲 用 (sg. gen. -US)、第 5 曲 用 (sg. gen. -EI)と称 されることが多 い。
2 分 析 対 象 の地 域 としてフランコプロヴァンス語 地 域 を扱 っている理 由 については、1.3. フランコプロ ヴァンス語 とはで解 説 する。また、分 析 対 象 の語 としてラテン語 の第 2 曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 を扱 っている理 由 については、1.4. フランコプロヴァンス語 地 域 におけるラテン語 の第 1 曲 用 の 名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 と 3.2. 分 析 対 象 の地 図 と語 で解 説 する。
3 http://symila.univ-tlse2.fr/alf/notation_phonetique
必 要 な分 析 の手 法 の詳 細 について述 べ、
4.
分 析 結 果 では、3.
分 析 手 法 で解 説 した分 析 手 法 に則 って行 った分 析 の結 果 を提 示 する。その後 、5.
議 論 では、4.
分 析 結 果 を踏 まえ、更 なる詳 細 な分 析 が必 要 だと判 断 した箇 所 についての議 論 を展 開 し、最 後 に6.
結 論 でリサーチクエスチョンに対 する答 えを提 示 し、本 研 究 の総 括 を行 う。1.
背 景 説 明ここでは、本 研 究 に関 連 する背 景 について説 明 する。以 下 では、現 代 の標 準 フランス 語 における普 通 名 詞 の数 の体 系 、過 去 になされた方 言 における普 通 名 詞 の数 に関 連 す る研 究 、フランコプロヴァンス語 、そしてフランコプロヴァンス語 地 域 におけるラテン語 の第
1
曲 用 の名 詞 を語 源 とする普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 について、順 番 に解 説 を行 う。1.1.
現 代 の標 準 フランス語 における普 通 名 詞 の数 の体 系現 代 の標 準 フランス語 における普 通 名 詞 の数 の体 系 については、単 数 形 と複 数 形 は 書 記 上 は 異 な る も の の 、 音 声 的 に 同 形 で あ る 場 合 が 大 多 数 で あ る4。 こ の こ と は 、
Martinet (1960 : 161)
によれば、現 代 の標 準 フランス語 における書 き言 葉 の体 系 と話 し言 葉 の体 系 の乖 離 の事 実 の一 端 を成 している。具 体 的 には、Martinet (1960 : 161)
によれ ば、書 き言 葉 において単 数 、複 数 の書 記 上 の区 別 を行 う際 には、普 通 名 詞 の語 末 に-s
を 付 加 することで複 数 形 を表 し、話 し言 葉 で単 数 、複 数 の区 別 を行 う際 には、普 通 名 詞 に 付 加 される限 定 詞 の形 態 を変 化 させて区 別 を行 っている。例 えば、「りんご」を意 味 する女 性 名 詞pomme
は、書 き言 葉 では単 数 形 はpomme
、複 数 形 はpommes
と綴 られるが、話 し言 葉 におけるこれらの単 数 形 、複 数 形 そのものの発 音 は、双 方 共 に[p ɔm]
である。そ こで、話 し言 葉 では、例 えば定 冠 詞 を付 加 し、単 数 形la pomme [la pɔm]
、複 数 形les pommes [le pɔm]
のように限 定 詞 である定 冠 詞 の形 態 を変 化 させることで単 数 、複 数 を区 別 している。これらの事 実 を表 にまとめると、以 下 の通 りである。表
表
1.
現現 代代 のの標標 準準 フフラランンスス語語 ににおおけけるる大大 多多 数数 のの普普 通通 名名 詞詞 のの単単 数数 、、複複 数数 のの区区 別別書 き言 葉 話 し言 葉
単 数 、複 数 の 区 別 の方 法
普 通 名 詞 の単 数 形 に 複
複 数数 をを表表 すす形形 態態 素素
-s
を 付 加 する普 通 名 詞 に付 加 される 限
限 定定 詞詞 のの形形 態態 を 変 化 させる 具 体 例
sg.
5pomme
pl. pommes
6sg. la pomme [la pɔm]
pl. les pommes [le pɔm]
4 例 外 も存 在 する。「ウシ」を意 味 する男 性 名 詞 bœuf は、書 記 上 は単 数 形 bœuf、複 数 形 bœufsのよ うに単 数 と複 数 で異 なっているが、音 声 上 も単 数 形[bœuf]、複 数 形[bø]のように異 なる。
5 本 稿 では、以 下 単 数 形 を singulier(フランス語 で「単 数 」の意 )の略 称 のsg.と表 記 し、複 数 形 を pluriel(フランス語 で「複 数 」の意 )の略 称 のpl.と表 記 することがある。
6 太 字 は単 数 、複 数 の区 別 を担 っている箇 所 を表 す。
1.2.
過 去 になされた方 言 における普 通 名 詞 の数 に関 連 する研 究ここで、これまでになされた方 言 における普 通 名 詞 の数 に関 連 する研 究 を
2
つ紹 介 する。該 当 する研 究 は、Bouvier (2003)
とTuaillon (1971)
である。Bouvier (2003)
は 、 『 プ ロ ヴ ァ ン ス 言 語 民 俗 誌 地 図 』Atlas linguistique et ethnographique de la Provence
を用 いて20
世 紀 半 ばのドローム県7の方 言 の音 韻 変 化 を 分 析 した研 究 だが、同 方 言 における普 通 名 詞 や形 容 詞 の単 数 、複 数 の区 別 も副 次 的 に 扱 っている。この研 究 では、語 末 の母 音 の音 色 の違 いによって単 数 、複 数 を区 別 する例 が確 認 されている。例 えば、ドローム県 内 のある地 点 では、現 代 の標 準 フランス語 において「小 さい」を意 味 する形 容 詞
petit
に該 当 する語 の単 数 形 、複 数 形 として、それぞれ[pəte]
、[pəti]
という語 形 が見 られた。すなわち、ここでは単 数 が[-e]
、複 数 が[-i]
という語 末 の母 音 の音 色 の対 立 によって、単 数 、複 数 の対 立 を表 していると考 えられる。したがって、この研 究 から、さまざまな方 言 では、現 代 の標 準 フランス語 と異 なる単 数 、複 数 の区 別 が見 られる 可 能 性 があると考 えられる。次 に 、
Tuaillon (1971)
は 、 現 代 の 標 準 フ ラ ン ス 語 に お い て 「 馬 」 を 表 す 男 性 名 詞cheval
に該 当 する語 の、19
世 紀 から20
世 紀 初 頭 にかけての各 地 の方 言 における単 数 、 複 数 の区 別 の分 析 を扱 っている研 究 である。この研 究 の分 析 対 象 としては、『フランス言 語 地 図 』Atlas linguistique de la France
に収 録 されているcheval
の言 語 地 図 が用 いら れており、分 析 の際 は言 語 地 図 上 に表 記 されている全 ての地 点 を扱 っている。この研 究 か らは、cheval
の単 数 、複 数 の区 別 について、北 フランスを中 心 とするオイル語 地 域 と、南 フ ランスを中 心 とするオック語 地 域 で傾 向 が異 なっていたことがわかった。まず、オイル語 地 域 の各 地 点 は、元 々は語 源 のラテン語8から音 声 変 化 を経 てもなお単 数 形 と複 数 形 は音 声 的 に異 なっていたが、複 数 形 による類 推 が起 こり、単 数 形 と複 数 形 が音 声 的 に同 形 態 になる傾 向 があった。これに対 し、オック語 地 域 の各 地 点 は、複 数 形 による類 推 は起 こら ず、語 源 のラテン語 から音 声 変 化 を経 た形 態 がそのまま保 存 される傾 向 にあった。したが って、オック語 地 域 の多 くの地 点 では、単 数 形 と複 数 形 が音 声 的 に異 なる形 態 が確 認 さ れた。なお、cheval
はラテン語 の第2
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 だが、『フランス 言 語 地 図 』Atlas linguistique de la France
を用 いた各 地 の方 言 におけるcheval
に該 当 する語 の単 数 、複 数 の区 別 についての分 析 が、このTuaillon (1971)
で既 になされているた め、本 研 究 ではcheval
の分 析 は行 わないこととする。7 ドローム県 は、フランスの南 東 部 に位 置 するオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地 域 圏 内 の県 である。
ちょうどリヨンとマルセイユの中 間 あたりに位 置 している。
8 一 部 を除 いて、cheval の言 語 地 図 上 で見 られる語 形 の語 源 は、ヴァルター・フォン・ヴァルトブルク Walter von Wartburgによる『フランス語 語 源 辞 典 』 Französisches Etymologisches Wörterbuch(以 下 FEW)によれば、ラテン語 で「馬 」を意 味 する第 2曲 用 の男 性 名 詞 CABALLUSの対 格 形 である。
すなわち、単 数 形 、複 数 形 として表 記 されているの語 源 は、それぞれ対 格 単 数 形 CABALLUM、対 格 複 数 形 CABALLOS である。したがって、語 源 に値 するラテン語 の段 階 では、単 数 形 と複 数 形 は音 声 的 に異 なっていた。
1.3.
フランコプロヴァンス語 とは次 に、フランコプロヴァンス語 についての解 説 を行 う。以 下 では、フランコプロヴァンス 語 の地 理 的 特 徴 を述 べた後 、フランコプロヴァンス語 の言 語 的 特 徴 について言 及 する。
フランコプロヴァンス語 地 域 は、フランス、イタリア、スイスの
3
つの国 家 にまたがって存 在 する。地 図 上 に示 すと、以 下 の範 囲 がフランコプロヴァンス語 地 域 に該 当 する。図
図
1. Bert et al. (2009 : 13)
ににおおけけるるフフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 地地 域域 のの地地 図図図
図
2. Diemoz (2008 : 4)
ににおおけけるるフフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 地地 域域 をを拡拡 大大 ししたた地地 図図 フフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 オ
オイイルル語語
オ オッックク語語
ジ ジュュララ県県 ソ
ソーーヌヌ==エエ==ロロワワーールル県県
ロ
ロワワーールル県県 ロ
ローーヌヌ県県
イ
イゼゼーールル県県 ア
アルルデデーーシシュュ県県 ド
ドロローームム県県
ド
ドゥゥーー県県 ア アンン県県 オ
オーートト==ササヴヴォォワワ県県 サ
サヴヴォォワワ県県
1.2.
過 去 になされた方 言 における普 通 名 詞 の数 に関 連 する研 究ここで、これまでになされた方 言 における普 通 名 詞 の数 に関 連 する研 究 を
2
つ紹 介 する。該 当 する研 究 は、Bouvier (2003)
とTuaillon (1971)
である。Bouvier (2003)
は 、 『 プ ロ ヴ ァ ン ス 言 語 民 俗 誌 地 図 』Atlas linguistique et ethnographique de la Provence
を用 いて20
世 紀 半 ばのドローム県7の方 言 の音 韻 変 化 を 分 析 した研 究 だが、同 方 言 における普 通 名 詞 や形 容 詞 の単 数 、複 数 の区 別 も副 次 的 に 扱 っている。この研 究 では、語 末 の母 音 の音 色 の違 いによって単 数 、複 数 を区 別 する例 が確 認 されている。例 えば、ドローム県 内 のある地 点 では、現 代 の標 準 フランス語 において「小 さい」を意 味 する形 容 詞
petit
に該 当 する語 の単 数 形 、複 数 形 として、それぞれ[pəte]
、[pəti]
という語 形 が見 られた。すなわち、ここでは単 数 が[-e]
、複 数 が[-i]
という語 末 の母 音 の音 色 の対 立 によって、単 数 、複 数 の対 立 を表 していると考 えられる。したがって、この研 究 から、さまざまな方 言 では、現 代 の標 準 フランス語 と異 なる単 数 、複 数 の区 別 が見 られる 可 能 性 があると考 えられる。次 に 、
Tuaillon (1971)
は 、 現 代 の 標 準 フ ラ ン ス 語 に お い て 「 馬 」 を 表 す 男 性 名 詞cheval
に該 当 する語 の、19
世 紀 から20
世 紀 初 頭 にかけての各 地 の方 言 における単 数 、 複 数 の区 別 の分 析 を扱 っている研 究 である。この研 究 の分 析 対 象 としては、『フランス言 語 地 図 』Atlas linguistique de la France
に収 録 されているcheval
の言 語 地 図 が用 いら れており、分 析 の際 は言 語 地 図 上 に表 記 されている全 ての地 点 を扱 っている。この研 究 か らは、cheval
の単 数 、複 数 の区 別 について、北 フランスを中 心 とするオイル語 地 域 と、南 フ ランスを中 心 とするオック語 地 域 で傾 向 が異 なっていたことがわかった。まず、オイル語 地 域 の各 地 点 は、元 々は語 源 のラテン語8から音 声 変 化 を経 てもなお単 数 形 と複 数 形 は音 声 的 に異 なっていたが、複 数 形 による類 推 が起 こり、単 数 形 と複 数 形 が音 声 的 に同 形 態 になる傾 向 があった。これに対 し、オック語 地 域 の各 地 点 は、複 数 形 による類 推 は起 こら ず、語 源 のラテン語 から音 声 変 化 を経 た形 態 がそのまま保 存 される傾 向 にあった。したが って、オック語 地 域 の多 くの地 点 では、単 数 形 と複 数 形 が音 声 的 に異 なる形 態 が確 認 さ れた。なお、cheval
はラテン語 の第2
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 だが、『フランス 言 語 地 図 』Atlas linguistique de la France
を用 いた各 地 の方 言 におけるcheval
に該 当 する語 の単 数 、複 数 の区 別 についての分 析 が、このTuaillon (1971)
で既 になされているた め、本 研 究 ではcheval
の分 析 は行 わないこととする。7 ドローム県 は、フランスの南 東 部 に位 置 するオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地 域 圏 内 の県 である。
ちょうどリヨンとマルセイユの中 間 あたりに位 置 している。
8 一 部 を除 いて、cheval の言 語 地 図 上 で見 られる語 形 の語 源 は、ヴァルター・フォン・ヴァルトブルク Walter von Wartburgによる『フランス語 語 源 辞 典 』 Französisches Etymologisches Wörterbuch(以 下 FEW)によれば、ラテン語 で「馬 」を意 味 する第 2曲 用 の男 性 名 詞 CABALLUSの対 格 形 である。
すなわち、単 数 形 、複 数 形 として表 記 されているの語 源 は、それぞれ対 格 単 数 形 CABALLUM、対 格 複 数 形 CABALLOS である。したがって、語 源 に値 するラテン語 の段 階 では、単 数 形 と複 数 形 は音 声 的 に異 なっていた。
1.3.
フランコプロヴァンス語 とは次 に、フランコプロヴァンス語 についての解 説 を行 う。以 下 では、フランコプロヴァンス 語 の地 理 的 特 徴 を述 べた後 、フランコプロヴァンス語 の言 語 的 特 徴 について言 及 する。
フランコプロヴァンス語 地 域 は、フランス、イタリア、スイスの
3
つの国 家 にまたがって存 在 する。地 図 上 に示 すと、以 下 の範 囲 がフランコプロヴァンス語 地 域 に該 当 する。図
図
1. Bert et al. (2009 : 13)
ににおおけけるるフフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 地地 域域 のの地地 図図図
図
2. Diemoz (2008 : 4)
ににおおけけるるフフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 地地 域域 をを拡拡 大大 ししたた地地 図図 フフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 オ
オイイルル語語
オ オッックク語語
ジ ジュュララ県県 ソ
ソーーヌヌ==エエ==ロロワワーールル県県
ロ
ロワワーールル県県 ロ
ローーヌヌ県県
イ
イゼゼーールル県県 ア
アルルデデーーシシュュ県県 ド
ドロローームム県県
ド
ドゥゥーー県県 ア アンン県県 オ
オーートト==ササヴヴォォワワ県県 サ
サヴヴォォワワ県県
図
1
からもわかるように、この地 域 は、北 はオイル語 地 域 と、南 はオック語 地 域 と接 している。フランス国 内 でこの地 域 に含 まれる箇 所 として、
Bert et al. (2009 : 16)
によれば、まず、オ ート=サヴォワ県 、サヴォワ県 、アン県 、ローヌ県 の全 体 、ロワール県 、イゼール県 の大 部 分 、そしてドローム県 、アルデーシュ県 の北 端 といった、旧 ローヌ=アルプ地 域 圏9の大 部 分 が挙 げられる。また、Bert et al. (2009 : 16)
によれば、旧 ローヌ=アルプ地 域 圏 のみな らず、旧 フランシュ=コンテ地 域 圏 内 のジュラ県 の3
分 の2
、ドゥー県 の南 端 や、旧 ブルゴ ーニュ地 域 圏 内 のソーヌ=エ=ロワール県 の南 東 端 も含 まれる。また、この地 域 はフランス 国 内 のみならず、スイス、イタリアにも広 がっており、具 体 的 には、Bert et al. (2009 : 17)
に よれば、スイスのフランス語 圏 のうちジュラ州 を除 いた全 ての州 と、イタリアのアオスタ谷 、グ ラン・パラディーゾ山 の南 部 に位 置 する谷 、チェニスキア渓 谷 の4
つの共 同 体 がフランコプ ロヴァンス語 地 域 に含 まれている。この他 にフランコプロヴァンス語 地 域 には飛 び地 が存 在 する。
Bert et al. (2009 : 17)
によれば、イタリア南 部 プッリャ州 フォッジャ県 の2
つ共 同 体 、ファエートとチェッレ・ディ・サ ン・ヴィートがこの飛 び地 に該 当 する。この飛 び地 が存 在 する理 由 は、Bert et al. (2009 : 17)
によれば13
世 紀 、14
世 紀 に現 在 のフランスのアン県 、イゼール県 の人 々がこの飛 び 地 に移 住 したためだと考 えられている。なお、本 研 究 の分 析 では、この飛 び地 は扱 わない こととする。フランコプロヴァンス語 に顕 著 な言 語 的 特 徴 としては、
Tuaillon (2007 : 15-16)
によれ ば、5
種 類 の語 末 の無 強 勢 母 音[a], [i], [e], [o], [ ɔ̃ ]
を持 つことが挙 げられる。フランコプ ロヴァンス語 においてこれらの無 強 勢 母 音 が見 られる具 体 例 として、次 のものが挙 げられる。表
表
2.
現現 代代 のの標標 準準 フフラランンスス語語 とと そそれれにに対対 応応 すするるフフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 のの一一 例例10
現 代 の標 準 フランス語 フランコプロヴァンス語 の一 例
femme f.
「妻 、女 性 」[fɛna
11]
fille f.
「娘 、女 の子 」[fiʎi]
père m.
「父 」[pare]
coude m.
「ひじ」[kɔdo]
こ れ に 対 し 、 フ ラ ン コ プ ロ ヴ ァ ン ス 語 地 域 の 北 に 隣 接 す る オ イ ル 語 地 域 で は 、
Tuaillon
(2007 : 17)
によれば、9
世 紀 から16
世 紀 、すなわちカロリング朝 時 代 からルネサンス期 にかけて、語 末 の無 強 勢 母 音 は全 て
[ ə]
となった後 、無 音 化 している。したがってフランコ プロヴァンス語 での5
種 類 の語 末 の無 強 勢 母 音 の保 持 は、オイル語 との大 きな違 いだと言 える。また、
Tuaillon (2007 : 38)
によれば、フランコプロヴァンス語 におけるこれらの語 末 の9 ここで述 べている旧 ローヌ=アルプ地 域 圏 、旧 フランシュ=コンテ地 域 圏 、旧 ブルゴーニュ地 域 圏 は、2015 年 までの地 域 区 分 に基 づいた地 域 圏 のことある。
10 TUAILLON, G. (2007). Francoprovencal : 15-16
11 太 字 は語 末 の無 強 勢 母 音 を表 している。
無 強 勢 母 音 は、性 、数 、動 詞 の人 称 を区 別 する文 法 的 機 能 を担 うことがあった。すなわち、
フランコプロヴァンス語 では、語 末 の無 強 勢 母 音 の音 色 の違 いによって、性 、数 、動 詞 の 人 称 を区 別 する例 が見 られたということである。例 えば、
Tuaillon (2007 : 15-16)
によれば、現 代 の標 準 フランス語 の女 性 名 詞
femme
「妻 、女 性 」に該 当 する語 の単 数 、複 数 の区 別 の一 例 として、単 数 形[fɛna]
、複 数 形[fɛne]
という対 立 が挙 げられる。すなわち、単 数 が[-a]
、複 数 が[-e]
という語 末 の無 強 勢 母 音 の音 色 の対 立 によって、単 数 、複 数 の対 立 を 表 していると考 えられる。したがって、さまざまな普 通 名 詞 について、語 末 の無 強 勢 母 音 の 音 色 の対 立 によって単 数 、複 数 の区 別 を行 う例 が、フランコプロヴァンス語 地 域 で見 られる 可 能 性 があると考 えられる。以 上 のことが理 由 で、本 研 究 ではフランコプロヴァンス語 地 域 を分 析 対 象 の地 域 とし、普 通 名 詞 の数 の体 系 について分 析 している。1.4
フランコプロヴァンス語 地 域 におけるラテン語 の第
1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別ところで、本 研 究 で分 析 対 象 としている語 は、ラテン語 の第
2
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 だが、ラテン語 の第1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 については、大 河 原(2020)
12で既 に分 析 されている。大 河 原
(2020)
でラテン語 の 第1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 として分 析 対 象 となっている語 は、フランコプロヴ ァンス語 地 域 の方 言 において、現 代 の標 準 フランス語 で「耳 」を意 味 する女 性 名 詞oreille
と、「雌 牛 」を意 味 する女 性 名 詞vache
それぞれに該 当 する語13であり、19
世 紀 末 から20
世 紀 初 頭 にかけての方 言 データを収 録 した『フランス言 語 地 図 』Atlas linguistique de la France
のうち、oreille
の言 語 地 図 とvache
の言 語 地 図 を用 いて分 析 を行 っている。こ の研 究 結 果 からは、19
世 紀 末 から20
世 紀 初 頭 にかけてのフランコプロヴァンス語 地 域 内 では、場 所 によって単 数 、複 数 の区 別 の方 法 が異 なっていたことがわかった。この研 究 に おいて分 析 結 果 として提 示 されている地 図 は以 下 の通 りである。12 2020 年 5月 16 日 ・17 日 にインターネット上 で開 催 された日 本 ロマンス語 学 会 第 58回 大 会 にお ける口 頭 発 表 (東 京 外 国 語 大 学 大 学 院 大 河 原 香 穂 「フランコプロヴァンス語 地 域 における単 数 形 、 複 数 形 」)である。
13 ここで扱 っている、フランコプロヴァンス語 地 域 の方 言 で oreille に該 当 する語 の語 源 は、FEW に よれば、ラテン語 で「耳 」を意 味 する第 1 曲 用 の女 性 名 詞 AURICULA の対 格 形 である。すなわち、
単 数 形 、複 数 形 は、それぞれ対 格 単 数 形 AURICULA、対 格 複 数 形 AURICULAS である。また、
フランコプロヴァンス語 地 域 の方 言 で vache に該 当 する語 の語 源 は、FEW によれば、ラテン語 で「雌 牛 」を意 味 する第 1曲 用 の女 性 名 詞 VACCA の対 格 形 である。すなわち、単 数 形 、複 数 形 は、それ ぞれ対 格 単 数 形 VACCA 、対 格 複 数 形 VACCAS である。
図
1
からもわかるように、この地 域 は、北 はオイル語 地 域 と、南 はオック語 地 域 と接 している。フランス国 内 でこの地 域 に含 まれる箇 所 として、
Bert et al. (2009 : 16)
によれば、まず、オ ート=サヴォワ県 、サヴォワ県 、アン県 、ローヌ県 の全 体 、ロワール県 、イゼール県 の大 部 分 、そしてドローム県 、アルデーシュ県 の北 端 といった、旧 ローヌ=アルプ地 域 圏9の大 部 分 が挙 げられる。また、Bert et al. (2009 : 16)
によれば、旧 ローヌ=アルプ地 域 圏 のみな らず、旧 フランシュ=コンテ地 域 圏 内 のジュラ県 の3
分 の2
、ドゥー県 の南 端 や、旧 ブルゴ ーニュ地 域 圏 内 のソーヌ=エ=ロワール県 の南 東 端 も含 まれる。また、この地 域 はフランス 国 内 のみならず、スイス、イタリアにも広 がっており、具 体 的 には、Bert et al. (2009 : 17)
に よれば、スイスのフランス語 圏 のうちジュラ州 を除 いた全 ての州 と、イタリアのアオスタ谷 、グ ラン・パラディーゾ山 の南 部 に位 置 する谷 、チェニスキア渓 谷 の4
つの共 同 体 がフランコプ ロヴァンス語 地 域 に含 まれている。この他 にフランコプロヴァンス語 地 域 には飛 び地 が存 在 する。
Bert et al. (2009 : 17)
によれば、イタリア南 部 プッリャ州 フォッジャ県 の2
つ共 同 体 、ファエートとチェッレ・ディ・サ ン・ヴィートがこの飛 び地 に該 当 する。この飛 び地 が存 在 する理 由 は、Bert et al. (2009 : 17)
によれば13
世 紀 、14
世 紀 に現 在 のフランスのアン県 、イゼール県 の人 々がこの飛 び 地 に移 住 したためだと考 えられている。なお、本 研 究 の分 析 では、この飛 び地 は扱 わない こととする。フランコプロヴァンス語 に顕 著 な言 語 的 特 徴 としては、
Tuaillon (2007 : 15-16)
によれ ば、5
種 類 の語 末 の無 強 勢 母 音[a], [i], [e], [o], [ ɔ̃ ]
を持 つことが挙 げられる。フランコプ ロヴァンス語 においてこれらの無 強 勢 母 音 が見 られる具 体 例 として、次 のものが挙 げられる。表
表
2.
現現 代代 のの標標 準準 フフラランンスス語語 とと そそれれにに対対 応応 すするるフフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 のの一一 例例10
現 代 の標 準 フランス語 フランコプロヴァンス語 の一 例
femme f.
「妻 、女 性 」[fɛna
11]
fille f.
「娘 、女 の子 」[fiʎi]
père m.
「父 」[pare]
coude m.
「ひじ」[kɔd o]
こ れ に 対 し 、 フ ラ ン コ プ ロ ヴ ァ ン ス 語 地 域 の 北 に 隣 接 す る オ イ ル 語 地 域 で は 、
Tuaillon
(2007 : 17)
によれば、9
世 紀 から16
世 紀 、すなわちカロリング朝 時 代 からルネサンス期 にかけて、語 末 の無 強 勢 母 音 は全 て
[ ə]
となった後 、無 音 化 している。したがってフランコ プロヴァンス語 での5
種 類 の語 末 の無 強 勢 母 音 の保 持 は、オイル語 との大 きな違 いだと言 える。また、
Tuaillon (2007 : 38)
によれば、フランコプロヴァンス語 におけるこれらの語 末 の9 ここで述 べている旧 ローヌ=アルプ地 域 圏 、旧 フランシュ=コンテ地 域 圏 、旧 ブルゴーニュ地 域 圏 は、2015年 までの地 域 区 分 に基 づいた地 域 圏 のことある。
10 TUAILLON, G. (2007). Francoprovencal : 15-16
11 太 字 は語 末 の無 強 勢 母 音 を表 している。
無 強 勢 母 音 は、性 、数 、動 詞 の人 称 を区 別 する文 法 的 機 能 を担 うことがあった。すなわち、
フランコプロヴァンス語 では、語 末 の無 強 勢 母 音 の音 色 の違 いによって、性 、数 、動 詞 の 人 称 を区 別 する例 が見 られたということである。例 えば、
Tuaillon (2007 : 15-16)
によれば、現 代 の標 準 フランス語 の女 性 名 詞
femme
「妻 、女 性 」に該 当 する語 の単 数 、複 数 の区 別 の一 例 として、単 数 形[fɛna]
、複 数 形[f ɛne]
という対 立 が挙 げられる。すなわち、単 数 が[-a]
、複 数 が[-e]
という語 末 の無 強 勢 母 音 の音 色 の対 立 によって、単 数 、複 数 の対 立 を 表 していると考 えられる。したがって、さまざまな普 通 名 詞 について、語 末 の無 強 勢 母 音 の 音 色 の対 立 によって単 数 、複 数 の区 別 を行 う例 が、フランコプロヴァンス語 地 域 で見 られる 可 能 性 があると考 えられる。以 上 のことが理 由 で、本 研 究 ではフランコプロヴァンス語 地 域 を分 析 対 象 の地 域 とし、普 通 名 詞 の数 の体 系 について分 析 している。1.4
フランコプロヴァンス語 地 域 におけるラテン語 の第
1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別ところで、本 研 究 で分 析 対 象 としている語 は、ラテン語 の第
2
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 だが、ラテン語 の第1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 については、大 河 原(2020)
12で既 に分 析 されている。大 河 原
(2020)
でラテン語 の 第1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 として分 析 対 象 となっている語 は、フランコプロヴ ァンス語 地 域 の方 言 において、現 代 の標 準 フランス語 で「耳 」を意 味 する女 性 名 詞oreille
と、「雌 牛 」を意 味 する女 性 名 詞vache
それぞれに該 当 する語13であり、19
世 紀 末 から20
世 紀 初 頭 にかけての方 言 データを収 録 した『フランス言 語 地 図 』Atlas linguistique de la France
のうち、oreille
の言 語 地 図 とvache
の言 語 地 図 を用 いて分 析 を行 っている。こ の研 究 結 果 からは、19
世 紀 末 から20
世 紀 初 頭 にかけてのフランコプロヴァンス語 地 域 内 では、場 所 によって単 数 、複 数 の区 別 の方 法 が異 なっていたことがわかった。この研 究 に おいて分 析 結 果 として提 示 されている地 図 は以 下 の通 りである。12 2020 年 5月 16日 ・17日 にインターネット上 で開 催 された日 本 ロマンス語 学 会 第 58 回 大 会 にお ける口 頭 発 表 (東 京 外 国 語 大 学 大 学 院 大 河 原 香 穂 「フランコプロヴァンス語 地 域 における単 数 形 、 複 数 形 」)である。
13 ここで扱 っている、フランコプロヴァンス語 地 域 の方 言 で oreille に該 当 する語 の語 源 は、FEW に よれば、ラテン語 で「耳 」を意 味 する第 1 曲 用 の女 性 名 詞 AURICULA の対 格 形 である。すなわち、
単 数 形 、複 数 形 は、それぞれ対 格 単 数 形 AURICULA、対 格 複 数 形 AURICULAS である。また、
フランコプロヴァンス語 地 域 の方 言 で vache に該 当 する語 の語 源 は、FEW によれば、ラテン語 で「雌 牛 」を意 味 する第 1曲 用 の女 性 名 詞 VACCA の対 格 形 である。すなわち、単 数 形 、複 数 形 は、それ ぞれ対 格 単 数 形 VACCA 、対 格 複 数 形 VACCAS である。
図
図
3. 19
世世 紀紀 末末 かからら20
世世 紀紀 初初 頭頭 ののフフラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 地地 域域 とと周周 辺辺 部部 ににおおいいてて ララテテンン語語 のの第第
1
曲曲 用用 のの名名 詞詞 をを語語 源源 にに持持 つつ普普 通通 名名 詞詞 のの 単単 数数 、、複複 数数 のの区区 別別 ににつついいてて分分 析析 ししたた地地 図図14, 15, 16
ALF 946 oreille ALF 1346 vache
●
●:sg. = pl. ●●:sg. [-a] または [-i] pl. [-ə] または -φ17 ●●: sg. [-ə] または- φ pl. [-e]
●
●:sg. [-e] pl. [-ə] ●:sg. [-ɔ] pl. [-a]
◦:その他 の語 末 の無 強 勢 母 音 の対 立 による単 数 、複 数 の区 別
・
・:語 中 の母 音 による単 数 、複 数 の区 別 -:単 数 形 または複 数 形 の欠 如18
図
3
中 の太 線 は、フランコプロヴァンス語 地 域 、オイル語 地 域 、オック語 地 域 といった各 言 語 区 分 の境 界 線 を示 している。この図 からも見 て取 れるように、フランコプロヴァンス語 地 域 内 では2
つの語 に共 通 してみられる3
つの大 きな傾 向 があると考 えられる。1
つ目 は、北 西 部 から北 部 にかけての地 域 と、南 東 部 では、青●
で表 示 されている地 点 、すなわち単 数 形 と複 数 形 が音 声 的 に同 形 態 である地 点 が多 く見 られるということである。次 に、南 西 部 では、黄 色●で表 示 されている地 点 、すなわち単 数 形 が [-a]
または[-i]
、複 数 形 が[-ə]
または-φ
という対 立 で単 数 、複 数 の区 別 を行 っている地 点 が多 く見 られるということである。
3
つ目 は、北 東 部 では、赤●で表 示 されている地 点 、すなわち単 数 形 が [-ə]
また は-φ
、複 数 形 が[-e]
という対 立 で単 数 、複 数 の区 別 を行 っている地 点 が多 く見 られると14 大 河 原 (2020)で使 用 されている地 図 を改 訂 したものである。
15 各 地 点 を分 類 する際 、音 声 的 な類 似 から、[‐ɛ], [‐e̜] は[‐e]、[‐a̱], [-ɑ] は [‐a]、[‐o]は [‐ɔ] として 扱 っている。
16 地 図 における各 言 語 区 分 の境 界 線 は、Le projet SYMILA の web ページで公 開 している各 地 点 の言 語 区 分 を参 考 にした。
http://symila.univ-tlse2.fr/alf/lieux/
17 ここでの -φ とは、語 末 の無 強 勢 母 音 が完 全 に脱 落 した状 態 を表 す。
18 「単 数 形 または複 数 形 の欠 如 」に分 類 されている地 点 は、本 来 であれば単 数 形 として使 用 されてい る語 形 と複 数 形 として使 用 されている語 形 が確 認 されるはずにも関 わらず、片 方 の語 形 しか確 認 でき なかった地 点 である。
フ
フラランンココププロロヴヴァァンンスス語語 オ
オッックク語語 オ
オイイルル語語 オオイイルル語語
オ オッックク語語
フ
フラランンココププロロヴヴァァンンスス語語
①
①
③
③
②
②
④
④
⑤
⑤
⑥
⑥
⑦
⑦
⑧
⑧
⑨
⑨
⑩
⑩
⑪
⑪
⑫
⑫ ⑬⑬
⑭
⑭ ⑮⑮
⑯
⑯
⑰
⑰
①
② ①
②
③
③
④
④
⑤
⑤
⑥
⑥
⑦
⑦
⑧
⑧
⑨
⑩ ⑨
⑩
⑪
⑪
⑫
⑫
⑬
⑬
⑭
⑭ ⑮⑮
⑯
⑯
⑰
⑰
①
①:ドゥー県
②
②:ジュラ県
③
③:ソーヌ=エ=ロワール県
④
④:アリエ県
⑤
⑤:ロワール県
⑥
⑥:ローヌ県
⑦
⑦:アン県
⑧
⑧:オート=サヴォワ県
⑨
⑨:サヴォワ県
⑩
⑩:イゼール県
⑪
⑪:ピュイ=ド=ドーム県
⑫
⑫:オート=ロワール県
⑬
⑬:アルデーシュ県
⑭
⑭:ドローム県
⑮
⑮:オート=アルプ県
⑯⑯:スイス
⑰
⑰:イタリア
いうことである。
このように、フランコプロヴァンス語 地 域 におけるラテン語 の第
1
曲 用 の名 詞 を語 源 に 持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 についての分 析 はなされているが、この研 究 以 外 にフ ランコプロヴァンス語 地 域 全 体 に着 目 してさまざまな普 通 名 詞 の数 の体 系 について分 析 を 行 った研 究 は存 在 しない。したがって、ラテン語 の第1
曲 用 の名 詞 以 外 の語 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 でも同 様 の結 果 が見 られるのかどうかという疑 問 を抱 くのは当 然 のことであろう。このことから、本 研 究 ではラテン語 の第
2
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 を分 析 対 象 としている。2.
リサーチクエスチョン以 上 の内 容 を踏 まえ、ここで本 研 究 におけるリサーチクエスチョンを提 示 する。本 研 究 におけるリサーチクエスチョンは以 下 の通 りである。
19
世 紀 末 から20
世 紀 初 頭19のフランコプロヴァンス語 地 域 では、ラテン語 の第2
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 の様 相 は、ラテン語 の 第1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞 の単 数 、複 数 の区 別 の様 相 と同 様 であ ったのか?1. 4
フランコプロヴァンス語 におけるラテン語 の第1
曲 用 の名 詞 を語 源 に持 つ普 通 名 詞の単 数 、複 数 の区 別 でも触 れたように、大 河 原
(2020)
を除 き、フランコプロヴァンス語 地 域 全 体 に注 目 して、さまざまな普 通 名 詞 の数 の体 系 について分 析 を行 った研 究 はこれま でのところ見 られない。また、大 河 原(2020)
では、ラテン語 の第1
曲 用 の名 詞 を語 源 に 持 つ普 通 名 詞 を扱 っているが、第2
曲 用 の名 詞 起 源 の普 通 名 詞 は扱 われていない。以 上 のことから、本 研 究 には新 奇 性 があると判 断 できる。3.
分 析 手 法ここで、本 研 究 におけるリサーチクエスチョンに対 する答 えを出 すために行 う分 析 につ いて述 べる。以 下 では、分 析 対 象 の資 料 、分 析 対 象 の地 図 と語 、分 析 対 象 の地 点 、そし て分 析 の手 順 の順 番 に解 説 を行 う。
3.1.
分 析 対 象 の資 料本 研 究 で分 析 対 象 とするのは、
Tuaillon (1971)
や大 河 原(2020)
でも使 用 されてい た『フランス言 語 地 図 』Atlas linguistique de la France
(以 下ALF
)である。ALF
の著 者 は 、 ジ ュ ー ル ・ ジ リ エ ロ ンJules Gilliéron
と 、 そ の 弟 子 の エ ド モ ン ・ エ ド モ ンEdmond
19 ここで期 間 を19世 紀 末 から 20世 紀 初 頭 に限 定 している理 由 は、3.1. 分 析 対 象 の資 料 で解 説 す る。