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中古中世新出シク活用形容詞の語構成
于 艶麗
1. はじめに
形容詞は、上代語からその種類にはク活用とシク活用があり、ク活用をする語は情 態的な属性概念を表すことが多く、シク活用は情意的な意味を含む傾向があると指摘 されている。形容詞の情意性とその形態活用との秩序ある対応関係は、上代語におい て、非常に特徴ある造語形式である。
平安時代末期になると、連体形の終止用法が広まり、古代語形容詞の連体形が終止 連体形となり、「~き」から「~い」へと変化することによって、ク活用とシク活用 との区別の消滅という変化が生じた。現代語には「~しい」型形容詞が多く見られ、
上代から近代まで、シク活用はどれだけ造語能力を保持し続けているのか。本稿では、
古代語と近代語とを分ける室町時代を境目として、平安時代の古代後期から室町時代 までの流れを大きく「中古・中世」として捉え、その時代におけるシク活用形容詞の 語構成の変化を考察してみたい。
2. 上代語シク活用形容詞の語構成
『時代別国語大辞典上代編』(1967)に収録されているク活用形容詞は 156 語であ り、シク活用形容詞は 142 語である。そもそも、形容詞そのものも厳密に言えば、接 辞「し」の添加による派生語であるため、単純、派生、複合の分類には対応しにくい が、語幹の構成を考察しやすいように、この分類によって記述する。畳語の特殊な複 合法である性質を考慮し、便宜的に畳語形容詞を特殊な複合形容詞として扱うことに する。上代語シク活用形容詞の語構成の特徴は、次のようである。
単純形容詞の語構成からみると、ク活用形容詞が 5 割、シク活用形容詞が 7 割に達 している。シク活用単純形容詞 99 語のうち、「語基+し」は約五割の 51 語で、動詞 と同源の形容詞は 20 語で、「動詞未然形(被覆形)+し(はし)」は 41 語もあった。
情意的意味を表す語基を持つ形容詞、動詞から派生した形容詞はほとんどシク活用す ると言える。
派生形容詞の語構成から見ると、ク活用形容詞は、接頭語と接尾語による派生形容 詞は 50 語もあった。これに対して、シク活用形容詞は接辞による派生形容詞は極めて 少なく、「ものかなし」などのわずか 4 語であった。ク活用と比べて、シク活用形容 詞と接辞との結合は未発達の状態であったと考えられる。
複合形容詞の語構成から見ると、ク活用形容詞は 32 語、シク活用形容詞は 18 語(畳 語形容詞を除く)あり、両方とも上代からよく用いられるように見えるが、シク活用 形容詞の場合、複合はいくつかの語彙に限られている。また、畳語形容詞はク活用に は見当たらず、その 20 語はすべてシク活用する。
上代語シク活用形容詞は、情意的語基の意味が重視され、単純形容詞の割合が大き
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い。動詞から転ずるものが多く、畳語形容詞があり、派生形容詞が未発達であるなど の点で、確かにク活用形容詞と大きく異なり、その発生・発達が遅れているように見 える。
3. 平安時代新出シク活用形容詞の語構成
『時代別国語大辞典室町時代編』(1985~2000)に収録されているシク活用形容詞 は 484 である。また、『日本国語大辞典』(2001)に収録されている「しい」型形容 詞は 897 語である。その最も古い挙例によって、合わせて 492 語は平安時代から室町 時代末までの八百年の間に現れたと見られる。その中で、最も古い挙例が平安時代に 遡れるものは 146 語、鎌倉時代に遡れるものは 45 語、室町時代以降のものは 179 語 である。残り 122 語は用例の記載がないため、具体的な出現時期が確認できなかった。
ここで、出現時期が確認できるものを挙げて、中古中世シク活用形容詞の語構成特徴 を考察してみる。
平安時代新出シク活用形容詞 147 語のうち、単純形容詞は 47 語であり、畳語形容詞 の 44 語を含め複合形容詞は 61 語である。また、派生形容詞は、接頭語による 12 語 と、接尾語による 16 語を合わせて 28 語もある。シク活用における合成形容詞の発展 は、早くも平安時代から始まったと考えられる。
具体的にみると、単純形容詞の中で、特に注目するのは、情意性の高い語基の減少 である。「語基+し」はわずか 11 語であり、そして、その中で情意を表す語基は「む つかし」の 1 語だけである。「動詞未然形(被覆形)+し」は 28 語であり、上代と同 じく心理状態や思考など多様な動詞から形容詞を派生させている。
また、上代から存在した畳語形容詞も多く現れた。この造語形式は平安時代に入る と、より広い語彙範囲に用いられるようになった。たとえば、上代「わきわきし」の 1 語しかなかった「動詞の重複+し」も7語に増加した。このほか、名詞と形容詞語 幹の重複もそれぞれ 16 語と 9 語の新出語が見られた。畳語形容詞と比べて、「名詞+
形容詞」の増量はそれほど目立たなかったが、「うら」と「くはし」の衰弱に伴い、
より多くの語の複合が現れた。
そして、最も注目されるのは、上代にはほとんど見られなかった、接辞による派生 形容詞の大量出現である。上代から存在した接頭語「もの」も造語力を発揮するほか に、今までになかった接尾語「めかし」、特に「がまし」の出現は重要である。
4. 鎌倉時代新出シク活用形容詞の語構成
『日本国語大辞典』(2001)の最も古い挙例によって、出現時期が鎌倉時代と確認 できたのは 45 語である。平安時代や室町時代と比べて、語数はかなり少ないようであ る。単純形容詞 14 語の中で、「語基+し」は「いし」と「はばし」の 2 語のみで、8 語は「動詞未然形(被覆形)+し」である。動詞は「痛む」「苛立つ」「慕う」「嘆 く」「妬む」「忌む」のような情意的意味を表すものが多い。畳語形容詞は 13 語あり、
形容詞語幹の重複が多く、名詞の重複は 3 語だけであるが、「愛愛し」と「福福し」
のように字音の重複による形容詞が出現するとともに、「げにげにし」のような副詞 の重複も見られるようになった。
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派生形容詞では、接尾語「がまし」が引き続き多く用いられる。また、鎌倉時代に おいて、接尾語「らし」は「愛らし」の 1 語のみが見られた。ただし、接尾語「らし」
は室町時代に入ってから多用されるようになり、『日本国語大辞典』(2001)の接尾 語「らしい」の項目に最も古い挙例は 1477 年である。個別的に早く出現した「愛らし」
の「らし」が接尾語としての存在が認められるべきかどうかは少し疑問に思われる。
5. 室町時代新出シク活用形容詞の語構成
『日本国語大辞典』(2001)の最も古い挙例によって、出現時期が室町時代(安土 桃山時代を含む)に特定できるのは 179 語である。室町時代新出シク活用形容詞の語 構成について、まず、単純形容詞からみると、それまで多用された「動詞未然形(被 覆形)+し」といった語構造の割合が少なくなった。「あやうしい」「おおしい」「ち かしい」「ふかしい」「ふるしい」のようなク活用形容詞から転ずるもの、「いよし」
「きっとしい」「なにとやらしい」「よたたし」のような副詞から転成したものが前 代よりも多く見られた。そして、単純形容詞全体の割合も少なく、五分の一近くの 35 語である。
また、畳語形容詞は 27 語があり、和語が多く用いられるが、「どくどくし」「そう ぞうし」「てふてふし」「ぎゃうぎゃうし」「ぞうぞうし」など、漢語によるものも 見える。そして、「うれしがなし」「おもしろをかし」のような「形容詞語幹+形容 詞」が現れ始めたことも注意される。
派生形容詞を見ると、接頭語は「もの」によるものは見当たらず、「こ」によるも のは 4 語あった。そして、「うそ恥づかし」「真新しい」などが用いられるようにな り、シク活用形容詞と程度を表す接頭語の結合も見えるようになった。接尾語「がま し」を付く名詞には、「愛敬」「意見」「隔心」「分別」「油断」などの漢語が見ら れる。そして、接尾語「らし」による派生形容詞は 32 語もあり、「がまし」に劣らな い造語力を持っている。ただし、「ばけらしい」のような動詞に接続するのは極めて 少ない。「らし」のほかに、「くろし」と「らかし」も現れたが、それほどの造語力 を持たなかった。
6. おわりに
中古中世において、「語基+し」といった基本造語形式は優勢を失い、特に情意を 表す語基が激減した。ク活用形容詞では「名詞+形容詞」が増加し、シク活用形容詞 では畳語形容詞が増加するとともに、派生形容詞が発展したことが注目される。中古 から中世にかけて、形容詞語構成の特徴として現れるのは、複合と派生によって、合 成形容詞が大量に産み出されたことである。平安時代から室町時代末までに現れたシ ク活用形容詞はおよそ 492 語であり、そのうち、接頭語や接尾語による派生形容詞は 150 語を超える(上代は 4 語のみ)。また、「名詞+形容詞」の構造をとる複合形容 詞と、「あらあらし」のような特殊複合法による畳語形容詞の語数も、それぞれ上代 の三倍と五倍になっている。要するに、合成形容詞の発展がとりわけ注目されるので ある。
上代において、基本的にク活用形容詞とシク活用形容詞の間には整然とした対立構
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造が保たれている。ところが、中世に入ると、こうした厳密な語構造は緩んでくる。
名詞・動詞・副詞・形容詞・形容動詞など、多くの語基が直接にシク活用形容詞の語 幹に現れるようになった。畳語形容詞は一層使用範囲を広げる一方、「がまし」「ら し」などの接尾語によって、「名詞+し」などの語基の情意性に対する要求や畳語形 の音節数の制約から解放され、更なる多様な語基がシク活用形容詞の語幹に現れるこ とが可能となった。
上述したように、情意的意味を表す語基の減少、その他の多様な語基の発展、合成 形容詞の大量出現という事態に伴って、形容詞の活用において変化が生じることとな った。上代におけるク活用形容詞とシク活用形容詞の秩序ある対立関係の緊張は次第 に緩んでくる。鎌倉時代以降、ク活用からシク活用に変化した語、あるいは一時的に 両方の活用をする語が現れた。さらに、室町時代において、連体形のイ音便形が終止 形の機能を兼ねるようになり、ク活用・シク活用の区別が消滅したのである。もう一 つ注目されるのは、主に鎌倉時代から漢語もシク活用形容詞の造語に用いられるよう になった点である。直接にシク活用形容詞の語幹には現れないが、畳語形容詞や接尾 語「がまし」「らし」による派生形容詞に多用されるようになった。
【参考文献】
『時代別国語大辞典上代編』(1967)三省堂
『時代別国語大辞典室町時代編』(1985~2000 年)三省堂
『日本国語大辞典』(第二版)(2000~2001 年)小学館 阪倉篤義(1966)『語構成の研究』角川書店 第六版 柳田征司(1985)『室町時代の国語』東京堂 釘貫亨(1996)『古代日本語の形態変化』和泉書院 川端善明(1997)『活用の研究Ⅱ』清文堂
斉藤倫明(2004)『語彙論的語構成論』ひつじ研究叢書(言語編)第30巻 ひつじ書房 村田菜穂子(2005)『形容詞・形容動詞の語彙論的研究』和泉書院
村田菜穂子(2002)「古代語形容詞の造語形式―中古散文の形容詞を中心に―」『帝塚山学院大学日本 文学研究』(第 33 号)
山本俊英(1955)「形容詞ク活用・シク活用の意味上の相違について」『国語学』23 号 沖森卓也(1985)「形容詞の成立」『日本語学』(4-3)
松浦照子(1985)「複合形容詞の形成と継承―平安時代散文作品における―」『国語語彙史の研究六』
和泉書院
勝田耕起(1998)「接尾辞ガマシの意味とその変化」『文藝研究』(第 145 集)
于艶麗(2012)「室町時代におけるシク活用形容詞に関する考察―合成形容詞の語構成を中心に」『立 教大学大学院日本文学論叢』(第 12 号)
于艶麗(2019)「上代語シク活用形容詞語幹の性質について」『立教大学日本文学』(121 号)
于艶麗(2020)「『日葡辞書』に見る古代語形容詞語構成の変化」『立教大学日本語研究』(第 26 号)
日本国語大辞典 ジャパンナレッジ (オンラインデータベース) 日本古典文学全集 ジャパンナレッジ (オンラインデータベース)
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表1 上代語ク活用・シク活用語の語構成比較
上代語ク活用 156 上代語シク活用 142
語基+シ 67 語基+シ 51
動詞未然形+シ 7 動詞未然形+シ 39
動詞未然形+ハシ 2
名詞+シ 4
副詞+シ 3
単純形容詞 74 単純形容詞 99
名詞の重複+シ 6
語基の重複+シ 11 形容詞語幹の重複+シ 2 動詞連用形の重複+シ 1
畳語形容詞 0 畳語形容詞 20
名詞+形容詞 19 名詞+形容詞 11
語基+形容詞 6 語基+形容詞 2
形容詞語幹+形容詞 2
動詞連用形+形容詞 5 動詞連用形+形容詞 5
複合形容詞(畳語を除
く) 32
複合形容詞(畳語を除
く) 18
接頭語による派生形容詞 [8] 接頭語による派生形容詞 [2]
カ+形容詞 2 モノ+形容詞 2
サ+形容詞 2
タ+形容詞 4
接尾語による派生形容詞 [42] 接尾語による派生形容詞 [2]
語基/名詞+ナシ 29 名詞+グマシ 1
語基+ケシ 13 動詞連用形+カハシ 1
派生形容詞 50 派生形容詞 4
その他 0 その他 1
表2 中古・中世新出シク活用形容詞語構成の時代別比較(平安・鎌倉・室町)
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語構成 平安時代 鎌倉時代 室町時代 時期未詳
492 146 45 179 122
名詞+シ 10 2 1 2 5
語基+シ 24 11 2 8 3
動詞未然形+シ 47 25 7 9 6
動詞未然形+ハシ 12 3 1 0 8
副詞+シ 7 2 1 4 0
動詞連用形+シ 2 1 0 1 0
形容詞語幹+シ 9 2 0 5 2
形容動詞語幹+シ 12 1 2 6 3
単純形容詞 123 47 14 35 27
名詞の重複+シ 29 16 3 6 4
語基の重複+シ 27 7 2 11 7
形容詞語幹の重複+シ 20 9 6 3 2
動詞連用形の重複+シ 9 6 0 3 0
形容動詞語幹の重複+シ 11 5 0 4 2
動詞未然形の重複+シ 3 1 1 0 1
副詞の重複+シ 3 0 1 0 2
畳語形容詞 102 44 13 27 18
名詞+形容詞 42 13 3 14 12
語基+形容詞 2 1 1 0 0
動詞連用形+形容詞 6 3 0 3 0
副詞+形容詞 3 0 1 0 2
形容詞語幹+形容詞 2 0 0 2 0
複合形容詞(畳語を除
く) 55 17 5 19 15
モノ+形容詞 10 9 1 0 0
イク+形容詞 1 0 0 1 0
コ+形容詞 8 1 0 4 3
アイ+形容詞 2 0 0 1 1
イラ+形容詞 1 0 0 0 1
オ+形容詞 1 0 0 0 1
オホ+形容詞 1 0 0 0 1
ウツ+形容詞 1 0 0 0 1
ウス+形容詞 1 0 0 0 1
ウソ+形容詞 3 0 0 1 2
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スエ+形容詞 1 0 1 0 0
ソコ+形容詞 1 0 0 0 1
ソラ+形容詞 2 1 0 0 1
ナマ+形容詞 1 1 0 0 0
マ+形容詞 1 0 0 1 0
接頭語による派生形容詞 [35] 12 2 8 13
ガハシ 2 1 0 1 0
カマシ 3 0 0 2 1
ガマシ 54 9 8 22 15
メカシ 7 4 0 0 3
ラシ 39 0 1 32 6
ラカシ 3 0 0 2 1
カハシ 2 0 0 1 1
クマシ 1 1 0 0 0
クラウシ/クラハシ 3 0 0 2 1
クルシ 2 1 0 1 0
クロシ 2 0 0 2 0
接尾語による派生形容詞 [118] 16 9 65 28
派生形容詞 153 28 11 73 41
その他 59 10 2 25 22
★接尾語「ガマシ」 54
名詞+ガマシ 40 5 6 17 12
形容詞語幹+ガマシ 1 0 0 0 1
動詞連用形+ガマシ 9 3 1 4 1
語基+ガマシ 1 0 0 0 1
形容動詞語幹+ガマシ 2 0 1 1 0
副詞+ガマシ 1 1 0 0 0
★接尾語「ラシ」 39
名詞+ラシ 24 0 1 17 6
語基+ラシ 3 0 0 3 0
形容動詞語幹+ラシ 5 0 0 5 0
形容詞語幹+ラシ 4 0 0 4 0
副詞+ラシ 2 0 0 2 0
動詞連用形+ラシ 1 0 0 1 0