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(1)

[資料] 法哲学研究のためのノート 啓蒙と理性 :  フランクフルト学派第一世代の問題圏(1)

その他のタイトル [Material] Enlightenment and Reason : Notes for the Study of Legal Philosophy in the

Context of the First Generation of Frankfurter Schule (1)

著者 玄 哲浩

雑誌名 關西大學法學論集

巻 52

号 3

ページ 904‑972

発行年 2002‑12‑20

URL http://hdl.handle.net/10112/00022429

(2)

は じ め に

1法/正義と理性

1︐合理化の逆説

① 理 性 と ユ ー ト ピ ア

② ニ ー チ ェ 的 モ メ ン ト

I M

・ウェーバーの場合

③ 鋼 鉄 の 檻

④ 批 判 と 啓 蒙

Iフランクフルト学派へ

2

︐ 生 と 文 化

① 十 九 世 紀 の 雰 囲 気

② 形 式 化 す る 理 性

③ 文 明 の 理 想 と 文 化 の 諸 理 念

④文化の挫折と理性の退縮︵以上.本号︶

3

.支配のモチーフ

① 忘 却 と 物 象 化

② 神 話 と 啓 蒙

③ 体 系 的 統 一 と 理 性

1支配と自己保存

法哲学研究のためのノート

啓 蒙 と 理 性

④オデュッセイアー~主体性の原史

4

.暴力的抑圧・全体性◆支配

m

批判理論のアクチュアリティ

②意識的適合と全体の自己保存

③ 道 具 的 理 性 批 判 い 反 覆 す る 自 然 固 一 般 等 価 物 と し て の 言 語

5

.理性の弁証法的潜勢力

① 人 間 へ の 復 帰 ー 哲 学 と 矛 盾 の 声

② 分 極 構 造 と 負 債 連 関

1

第一者の神話

ゆ 解 釈

1傷つけて癒すもの

, pw <

l a^ ぷ

6

月 g

むすびにかえて1文化・言語・共同体と対話︑もしくは

ユートピアとデモクラシーについて

フランクフルト学派第一世代の問題圏ーー̲(1)

四 〇

︵ 九

0

四 ︶

(3)

疑念が抱かれている︒

法は︑正義の実現を基本的な任務とする規範である︒それは︑古代ギリシア以来︑正義と不可分の関係にあり︑正義の実現要求 のもとに立つ社会規範であると理解されてきた︒そして︑こうした理解のもとで︑法の理念は︑しばしば正義として総括されてき たのであった︒しかし︑たとえば後代に不朽の功績を残したアリストテレス正義論を概観すれば明らかなように︑法との密接な連 関が説かれる正義の観念については︑それ自体として多義的であること︑加えて︑それらは相互に鋭く対立する場合があることが 指摘される︒そして︑それゆえにまた︑法の理念に関する今日の議論では︑広義において正義に包摂される適法性や法的安定性と いった諸理念を︑正義とは別個に取りあげ︑それぞれについて詳細な検討を加えることが一般的となっている︒けれども︑実質的 正義の構想に確認しうるように︑正義の諸観念には﹁等しきものは等しく取り扱え﹂という基本的な定式に表わされる正義の形式 的要請が通底しており︑さらには︑法の理念に関する議論において正義とは別個に扱われる諸理念についても︑それらは先の形式 的要請に適うことを要諦とするものであると理解されてもいる︒そして︑このことに焦点を絞る限りにおいて︑法ないし法の理念

は︑いずれも﹁区別する

(K P

( v e : t v ,  

u nt er sc he id en

)

﹂力︑すなわち︑人間の思惟能力としての﹁理性

( ra t i o)

﹂によって支えられ

ていると解せられているものであり︑したがってまた︑法/正義は︑理性の力に基づいて

1 法は︑正義と不可分のものとしての

理性の力によってー︑将来に対する開放性を保持しつつも︑﹁善き秩序﹂ないしは﹁理性的なもの﹂を志向するものである︑と

( 1 )  

の表現が成り立つように思われる︒ところが︑そのように法を根底において支えている理性については︑近年︑それに対して深い 理性は︑誕生以来︑その勢力範囲を絶えず拡大し続けてきたものである︒それは︑十七世紀の科学/技術の躍進を支え︑社会に 輝かしい繁栄をもたらしたものであった︒けれども︑社会の進むべき方向を示す道標としての理性は︑遅くとも十九世紀には批判 に曝されることになる︒社会の繁栄は︑﹁人間による人間の無慈悲な搾取﹂をも産み落とし︑このことが︑正義︑徳︑平等︑自由 啓 蒙 と 理 性 ( 1 )

は じ め に

1

/ 正 義 と 理 性

四 0

1 ︱ ︱

︵ 九

0 五 ︶

(4)

解に依拠しつつ︑若干の整理を行うものである︒

第五二巻三号

と強力に結びつけられた︑理性の力による進歩という神話についての疑いを引き起こした︒そしてまた︑二 0 世紀に起こった第一

次大戦は︑人間精神としての理性に対するいっそうの困惑を人々の間に蒔き散らすことになった︒さらには︑そのような人々の固

惑に追い討ちをかけるように︑﹁ショアー

( l a S h o a h )

の残虐性﹂は︑輝かしい未来を約束していたものと同じ理性と︑﹁人間によっ

( 2 )  

てかつて犯されたことのない最悪の犯罪との共犯がどこまで行きうるのか﹂ということを明らかにしたのであった︒かくして︑そ

れほど遠くない昔には︑﹁自律︑自由︑正義︑平等︑幸福︑平和を連想させるもの﹂であり︑また︑二 0 世紀初頭まではどうにか

その命脈を保っていた理性は︑今日において︑﹁支配︑圧制︑抑圧︑家父長制︑不毛︑暴力︑全体性︑全体主義︑恐怖さえもがイメー

( 3 )  

ジとして喚起される﹂ようなことばとして︑それに対して懐疑の声が寄せられるにいたったのである︒

かつて理性に寄せられた期待の多くは︑今もなお多くの人々を揺り動かし︑彼らを鼓舞するものである︒人々は︑今でも正義を 語り︑平等を求め︑抑圧に抗って自由を望むなかで︑平和を希求し︑善き秩序を志向する︒ところが︑人々の期待を担っていた当

の理性は︑﹁迷走﹂し︑実際に破滅的な帰結を招いてしまった︒第一次大戦に先立つ三 0 年の間︑少なくとも西洋社会は︑啓蒙主

義の時代をも凌駕するほどの繁栄を謳歌していた︒その繁栄を裏打ちしていたものと同じ理性が︑なぜ迷走し始めたのか︑また︑

この迷走が︑どのように展開し︑二 0 世紀のただなかで︑ヒロシマ・アウシュヴィッツが象徴しているような﹁難破﹂にいたった

( 4 )  

のか︒そして︑そうした未曾有の災禍を経験した後において︑われわれは︑なおも理性に信頼を寄せることが可能であるのか︒こ のような問いは︑正義を語ることにおいてはもとより︑前述のように︑理性の力に支えられていると考えられる法についての考察

に対しても︑同じく真摯な応答を要求しているように思われる︒

本稿は︑法理学の研究分野における固有の問題の解明や批判に先立って︑あるいは︑その考察が不可避であるという点で︑法/

法哲学上の重要問題として立ち現れてくると考えられる理性をめぐる問題について︑とりわけ︑フランクフルト学派第一世代の見

関法 四 0 四︵九〇六︶

(5)

啓 蒙 と 理 性 ( 1 )

四 0 五

( 1

)

なお︑法と正義とをめぐる理解に関する整理について︑加藤新平﹃法哲学概論﹄︵有斐閣

田中成明﹃法理学講義﹄︵有斐閣一九九四年︶第二編ほかを参照︒

(2)C ・ドラカンパーニュ/萩野弘巳訳﹃二 0 世紀哲学史﹂︵青土社一九九八年︶︵

C hr i s ti a n D el ac am pa gn e, i s   H t or i e  d e  l a   Philosop

hi e  a u  XXe 

S i e c l e ,   Ed it io ns   du   Se u i l,   P ar i s ,  s ep te mb re  1 99 5)

 

$照︒なお︑ドラカンパーニュは︑第一一次大戦期

のナチスによる﹁ホロコースト

( ho l o ca u s t)

﹂に言及する際に︑同テーマを扱ったランズマン

(C la ud eL an zm an n,

1925  

, ︶  

の映像作品のタイトルにあった﹁ショアー

( S

H O

A H

) ﹂ということばをもちいているが︑本文では︑さしあたってそれを

そのまま引用した︒

( 3 )  

Ri ch ar d  J .  B er n s te i n ,  Th

e  New 

C on s t el l a ti o n :  Th e  E t hi c a l‑ P o li t i ca l   Horizons

  of   Mo de rn it y  ¥ P os tm od er ni ty   (C am br id ge /  Ox fo rd   : P o l it y   Pr es s  i n  a s s oc i a ti o wn   it h  B la ck we ll   Pu bl is he rs   Lt d . , 

19 91 ),  p . 3 3  [ 谷

1微叫・公口偲︽印い﹃手Jすノり4

はさ

J田心去b

︵ 辛

孟 茉

図書一九九七年︶四五頁]

( 4

)

前掲註釈

( 2

) の著書について︑ドラカンパーニュ

( Ch r i st i a nD el ac am pa gn e,

1949  

,︶は︑それを︑﹁過去の偉大な哲学的

著作を批判的に読むという了解﹂のもとに︑﹁哲学自体の行為の欠くべからざる戦略的要因﹂としての哲学史の叙述の試み

である︑としている︒同書において彼は︑一九二 0 年代以降﹁危機の状態﹂に入った﹁モデルニテ

(m od er ni te

)

﹂の時代に

おいて︑依然としてわれわれが囚われている諸結果についての﹁内的な一体性﹂を有する区分ー﹁世紀﹂という完全に恣

意的ではあるが︑それ自体﹁孤立してとりあげる﹂に値する︑時代的区分 1 である︵と彼が考える︶︑十九世紀の最後の

四半世紀から今日にいたるまでの哲学史の叙述を通して︑以下のような設問に答えようとする︒第一次大戦に先立つ三

0 年

の間︑西欧社会は︑実際に啓蒙時代をも凌駕することになると信じられたほどの﹁黄金時代﹂を過ごしていたが︑それを裏

打ちしていたものと同じ理性が︑なぜ﹁迷走﹂し始めたのか︑また︑この迷走が︑どのように展開し︑二 0 世紀のただなか

で︑アウシュヴィッツが象徴する﹁難破﹂にいたったのか︒二 0 世紀において︑アウシュヴィッツ︑さらにはヒロシマを経

験した後において︑われわれは︑果たして理性になおも信頼を寄せることが可能であるのか︒

最後の設問に対して肯定的に答えるドラカンパーニュは︑さまざまな哲学者たちとの対話をおこなうなかにあって︑﹁哲 学は完成すべき社会的使命をもっている﹂という信念︑あるいは︑民主主義は﹁哲学的基盤をもつ﹂ものであって︑それな くしては﹁人類の未来﹂は﹁膨大な危険を伴う﹂ことになる︑という考えを堅持する︒そして彼は︑われわれの近い過去が

︵ 九

0 七 ︶

一 九 七 六 年 ︶ 四 二 五 頁 以 下 ︑

(6)

関法

第 五 二 巻 三 号 示す理性の被った手痛い失敗をーたとえば︑冷戦の終結が︑﹁世界を共産主義から解放﹂しつつ︑その﹁最悪の大災害を 克服した﹂結果︑﹁民主主義の恒久的勝利のもとに歴史が終焉を迎えた﹂と考えることに顕著にみられるように﹁忘却﹂

することは︑﹁人類の未来﹂を閉ざす﹁破壊的傾向﹂への﹁退行﹂を意味するものであるということ︑そしてそのような﹁破 壊的傾向﹂への﹁退行﹂に対する﹁唯一可能な防波堤﹂は︑﹁脆弱だとはいえ︑啓蒙主義の理想もちろん見直し修正さ

れたその理想ーー—に戻ること」であり、「理性的に道理づけられた討論の実行に帰ること」である、と結論づける。彼にお

いては︑討議の﹁実行﹂と﹁思考﹂こそが︑歴史的に人が﹁哲学﹂と呼んでいるものの中核を形成するものであって︑また︑

そのような﹁普遍的基礎を人間尊重の闘い﹂に与えることができる哲学のみが︑巨大な﹁未完のカテドラル﹂︑すなわち﹁わ れわれの社会の未来﹂を建設する﹁理性的な議論﹂の唯一の場である︑と捉えられているのである︒

このように︑同書において︑現代における理性の可能性を問い︑哲学を︑﹁空虚な言説﹂ではなく︑﹁社会をより公正にし つつ︑われわれがよく生きることを助けること﹂をその使命とするものであると考えるドラカンパーニュは︑前世紀のアメ リカにおいて︑﹁デューイの死後︑まったく振わなかった左派リベラルの伝統﹂を復活させたロールズ

( J o h n R a w l s ,  

19 21  

, ︶  

をはじめ︑カヴェル︵

S t a n l e C y a   v e i l ,  

19 26

‑)

︑パトナム

( H i l a r y P u t n a m ,  

19 26

‑)

といった︑民主主義社会に不可欠な﹁す

べての宗教的前提から独立した自律的な倫理を再構築する独自な道﹂を提案する

I そして︑少なからずプラグマティズムに

接近・言及している I

哲学者たちに肯定的な評価を与える︒そして︑彼自身もまた︑﹁民主主義的価値の将来の設問が︑知 識の地位の設問との関係で決定的と見える倫理的信念﹂が︑われわれを﹁認識論の観点を含んだ合理主義の選択に導く﹂と する見解を提示するなかで︑プラグマティズムに一定の共感をよせるとともに︑彼がその﹁プラグマティックな定義﹂と考 える︑﹁最善のものを最悪のものから区別する能力﹂である﹁理性﹂いうなれば︑﹁神の眼からみて﹂

( 1 1

外 部

か ら

の ︑

絶対的/客観的な視点からみて︶︑ではなくて︑歴史的社会的な制約を受けた有限の存在としての人間がもつ︵と仮定できる︶︑

﹁より善い/より悪い﹂の判断能力

( C f . , H .   P u t n u m ,   R e a l i s m   w i t h   a  H u m a n   F a c e ,   H a r v a r d   U n i v .   P r e s s ,  

1 99 0,  

p .  

11 4)  

が︑哲学そして民主主義に土台を与えるものである︑と論じている︒

ドラカンパーニュの見解それは︑﹁あまりにも軽薄で︑アメリカーニシュであり︑楽観的過ぎるとも映る﹂かも知れ ないが︵﹁訳者あとがき﹂参照︶ーないし彼のアプローチには︑バーンスタイン

( R i c h a r d

J. 

B e r n s t e i n ,  

19 32

‑)

の 見 解 と

ある種の共通の態度が見受けられる︒カフカ

( F r a n z K a f k a ,

 

1883-1924)」についての、アレントの「寓話

(1tO!pO!~OAO!() 四 0 六

︵ 九

0

八 ︶

(7)

(H an na h  A re nd t,  1 90

6  , 

19 75 )

による解釈に言及しつつ︑哲学のトポスを過去と未来の戦いのさなかにある﹁決定的・批判

的な

( c r i t i c a l )

空間﹂に見出すバーンスタインは︑さまざまな哲学者たちとの対話を通して︑現代思想における﹁倫理ー政

治的な﹂関心の高まりについて語っている︒現代思想は︑ふたつの﹁怪物﹂︑すなわち﹁根拠のない批判﹂と﹁幻の基礎づ

けの上に﹃安住する﹄合理的に根拠づけられた批判﹂という︑﹁大きなあれか/これか

( a gra nd i  E th er /O r)

﹂に引きずり込

まれそうになりながらも︑全体として︑﹁人はいかに生きるべきか﹂という﹁古典的なソクラテス的な問い﹂に改めて直面

する方向に向かっている︒それは︑スキュラとカリュプディスのあいだを揺れ動き︑ともすればそれらに呑み込まれそうに

なりながらも︑何とかそれらをすり抜けようとするなかで︑﹁共通分母とか︑本質的核心とか︑産出的な第一原理への還元

を拒絶する﹂ような様相を呈していき︑やがて︑﹁倫理と政治とのあいだの共生的な関係﹂についての﹁ギリシア的理解﹂

を呼び起こさせる問いに逢着することになった︒このように︑現代思想の布置││﹁モダニティ/ポストモダニティの倫理

11

政治的地平﹂ーを描くバーンスタインは︑﹁モダン/ポストモダン﹂の﹁気分

(S ti mm un g)

﹂において︑われわれの地

平の前景に出てくることになった﹁古典的なソクラテス的な問い﹂を︑現代にみられる﹁理性への憤怒

( ra g ea ga in st   Re as on

)

との関連で叙述する︒彼は︑現代思想における﹁倫理'政治﹂的な問題への関心の高まりを︑ドラカンパーニュと同様︑理

性の助けを超え出たところで混乱しているわれわれの︑﹁理性的なるもの﹂への渇望として描きだしているといえるであろ

うが︑本稿の整理は︑こうした両者に共通の態度に依拠しつつ進められたものでもある︒

理性とユートビア

西洋社会においては︑かつて︑人類を解放に導く希望が︑人間精神としての﹁理性︵

r

︒ ,

Ve rs ta nd

)

﹂に託されたことがあった︒

西洋文化における変革の拠り所となった理性は︑真理の基準を提供するものとしての科学を支持することにより︑先の期待に応え

ようとした︒そして︑理性からの支持を取りつけた科学は︑神に代わり︑人間が自然の支配者の地位につくことを保証し︑人間自

啓蒙と理性(1)

. 合 理 化 の 逆 説

四 0 七

︵ 九

0 九 ︶

(8)

第五二巻三号

︵九 一〇

身の手によって歴史を望ましい方向へ発展させていこうという企図の強力な後ろ楯となったのであった︒このような︑科学/理性

の力に裏打ちされた企図について︑それを積極的に肯定するといった考え︑いわゆる進歩思想は︑十七世紀以来︑次第に優勢となっ

ていったものであり︑その萌芽は︑ベーコン

( Fr a n si s Ba co n,

 1561

  , 1

62 6)

の﹁知は力なり﹂というアフォリズムに象徴される諸

観念のうちに確認しうるものである︒依然として旧世界の色彩を残している時代にあって︑ベーコンは︑新しい世界から吹いてく

る微かな風を捉え︑その特徴を確信をもって表現していった︒新たな可能性に喚起される勇気と努力と知性さえあれば︑人間は︑

その運命を自身で切り拓いていくことができる︒こうした信念のもとに︑疑いようのないものとしての︑支配者である人間の優越

性が込められた知の力によって︑あるいは︑無制限の信頼が寄せられるものとしての︑過去それ自体ではなく︑むしろ未来に裔導

される想像力によってはじめて到達することが可能となるようなユートピアの輪郭を︑ベーコンの想像力は︑﹁愚かな哲人﹂と酷

( 1 )  

評されたほどの壮大な誇張をもって描き出していったのであった︒

ペーコンは︑自身が描いた約束の地に到達することのないままに︑その生涯を終えた︒しかし︑彼の期待と預言とは︑その後︑

理論的にも実践的にも︑さらに肯定的に展開されていくことになった︒歴史が進むにつれて︑圧倒的な力を手に入れた理性があま

ねく地表を照らし出すときが︑そして︑すべてに等しく光を投げかける理性以外の主人を知らない人間が自由と平和を享受すると

きが︑いずれ訪れるに違いない︒たとえばこのように︑ペーコンの語った進歩は︑十八世紀フランスにおいて︑コンドルセ

(M ar ie Je an n  A to in e  , N ic ol as   de   Condorcet, 1

743

  , 1

79 4)

に よ

っ て

︑ 科

泣 子

/ 年

生 祉

i

の力に支えられた︑無限の﹁完全化可能性

( P 9

f e c t i b i l i t

y )

( 2 )  

へと向かう人類の必然的な歩みとして素描されるまでにいたった︒また︑ペーコンの描いた人類の未来像は︑理性からの信任を得

た科学/技術の飛躍的発展が︑その実際において︑西洋社会に輝かしい成功と繁栄をもたらしたことに︑その結実の一端をみたも

のでもあった︒ところがそれは︑同じくその実際において︑繁栄ということぱの含意からは遥かに隔たった事態をも招来すること

になる︒二 0 世紀と前後して︑数々の災禍が︑世界的な規模で凱歌を奏して以来︑より端的には︑かつて第三世界と呼ばれた国や

地域の日常のドラマに見られるように︑さまざまな脅威が︑そこかしこで禍々しく輝き続けることになった︒あるいは︑今日の繁 関法 四 0 八

(9)

四 0 九 栄と脅威とを演出しているものと同じ理性は︑気づかぬうちに日々の閉塞を紡ぎ出し︑また︑それが落とす名状しがたい醗が︑感 傷とは無縁の分別ある人々さえをも︑しばしば思いもよらない憂鬱へと引き込んでいくことがある︒これら理性の演出する出来事 は︑いずれも未来への信仰を放棄することを人々に訴えかけるものである︒こうした訴えが説得力を増していくにつれて︑ベーコ ンやコンドルセが最期に抱いた期待は︑次第に支持を失っていった︒そして彼らの期待は︑やがて︑破滅的な傾向を示していった 現実に比して︑つまらなく稚拙なカリカチュアヘと書き換えられていったのであった︒

たとえば︑力のない人々にも幸福を約束するということが︑進歩思想家たちの描いたユートピアの意味するものであったとする︒

このような表現は︑事々しくも漠然としていて︑ともすれば︑どこか験慢な響きさえ感じられるものではある︒とはいえそこには︑

さまざまな侮辱を浴びせられながらも︑変わらぬ支持を受けてきたような︑素朴な意味での人間的な信念が表明されているように

は思われる︒けれども︑﹁幸福の約束

( g

pr om es se e  d   bonheur)

﹂などといったものは︑はじめから虚偽に過ぎないものであっ

たと︑それを嘲弄する人々も少なくはない︒そしていずれにせよ︑進歩思想家たちの眼前に拡がっていた未来が︑程なくして経験

した断裂をそのままにとどめているという理解は︑今日において︑疑いようのないものとして受けいれられている︒こうしたなか

にあっては︑約束の日が訪れることはないであろう︑と︑どこかでそのように悟らざるを得ないのかも知れない︒だとすれば︑諦

念のうちに幸福への思いを厳しく抑えることを︑共生の作法として心得なければならないのであろうか︒

幾度となく欺かれてきたにも関わらず︑なおも約束に期待が寄せられるなかで︑さまざまな声があがる︒確かに︑予定調和的な

進歩の神話とそれを支えた理性とを︑十九世紀の終わりにニーチェ

断さながらの疑念に曝すことは︑妥当なことではある︒しかし︑だからといって︑たとえば基礎づけできないということを理由と

して︑現実に抗う人々の信念を侮辱したり︑未来への希望を語ろうとする声に沈黙を強いたりすることは︑決して許されることで

はない︒もっとも︑破棄されることではなくて︑約束それ自体が︑力のない人々への最大の侮辱につながっているのかも知れない︒

ただ︑侮辱に対する抗議の声は︑等しく幸福の希求を表現するものでもある︒このように考えられるのであれば︑﹁世界をよりよ

啓 蒙 と 理 性

( 1

)

( Fr i e dl i c h  W il he lm   Ni e t zs c h e,  

1844  , 

19 00 )

が表明した時代診

︵ 九

︱ ‑

(10)

第五二巻一

1

一 号

︵ 九

︱ ︱

‑ )

い場所にするために︑世界について何かをなしうる﹂という信念と︑そうした信念のもとでの営為は︑少なくとも放棄してはなら

デューイ

(J oh nD ew ey , 

1859

  , 1

95 2)

は︑最後に述べたような信念のもとに︑そしてまた︑個人の自律的な活動と社会的連帯に

対する絶えざる関心をもって︑われわれの文化的営為に関する考察を行うなかで︑﹁社会的・知的に表現される︑人間の迷信︑非

知性︑独断的見解︑硬直性﹂といった﹁怪物﹂と︑生涯を通して戦い続けた︒この戦いのなかにあって︑彼は︑自身の信念の前に

立ちはだかる﹁人間の無知︑愚かさ︑迷信﹂といった﹁怪物﹂に対しては﹁合理性と科学が効を奏しうる﹂という理解に対する支

( 3 )  

持を表明した︒けれども︑こうした理解に対しては︑そこに狭陸な科学崇拝を読み取るとともに︑科学/理性は︑﹁人間の苦悩︑

不安︑絶望︑頑強さ︑邪道さ﹂といった﹁怪物﹂に対しては何も答えず︑それを追い払うこともない︑という批判が寄せられる︒

もし︑何らかの問題が科学的に解決できるものとしてあるならば︑それらは哲学的問題としてあるのではない︒言い換えると︑た

とえすべての科学的論争が終結したとしても︑﹁人間の苦悩︑不安︑絶望︑頑強さ︑邪道さ﹂についての哲学的問題が︑なおも未

解決のものとして残されているのである︒そして現実の窮状は︑こうした問題を前にして︑われわれが科学/理性の助けを超え出

( 4 )  

たところで混乱していることを如実に反映しているのである︒

デューイの抱いたような信念は︑﹁世界へ向けての人間の活動と合理的企てに対する深い不信感﹂︑というよりも︑他ならない科

学/理性によって︑その進路を阻まれているものとして理解されている︒こうしたなかにあって︑人々の抱くユートピア的希望は︑

何に託されるべきなのであろうか︒前世紀の初頭において︑われわれの未来に関する議論に身を投じるなかで︑ウェーバー

( M a x

( 5 )  

We be r,

18 

19 20 )

は ︑

﹁ 啓

( Au f k li i r un g

)

﹂の継承者のひとりとしての見解を提示する一方で︑陰鬱で悲観的な預言を残すこ

とにもなった︒啓蒙は︑自身の抱え込んだアポリアにより︑自己崩壊を帰結することになるであろう︒こうしたウェーバーの預言

は︑ルカーチ

(L uk ac s Gy or gy , 

1885

  , 1

97 1)

を経て︑ホルクハイマー

( M

a x

Ho rk he im er

̀ 

 1895  , 

19 73 )

とアドルノ

(T he od or Wi es en gr un d  A do rn o,  1903

19 69 )

に受け継がれていった︒そして彼らは︑ウェーバーの預言にいう啓蒙の負の遺産をよりいっそ ないものとしてあるように思われる︒

関 法

四 一

(11)

う際立たせていくなかで︑理性の暴力を告発し続けたのであった︒けれども︑他方において彼らは︑理性に対する論難が︑理性の

紡ぎ出した﹁鋼鉄の檻﹂と同様︑出口のないものであることをも理解していた︒また︑彼らは︑ウェーバーと同様︑あるいは彼以

上に︑啓蒙のなかで人々の抱いたユートピア的希望に忠実であろうともしたのであった︒数多くのコメンタールが示すように︑ホ

ルクハイマーとアドルノの言説が︑啓蒙に対する辛辣な批判を主旋律としていることは︑疑いを入れる余地のないものではある︒

しかし彼らは︑啓蒙のもっとも厳しい批判者であると同時に︑その継承者として︑世界へ向けての人間の活動と合理的企てに対す

る深い疑念を抱き︑狭陛で冷酷な科学/理性に対して倦むことなく異議を申し立てながらも︑決して希望を放棄することなく︑か

つ︑その希望を理性の潜勢力に託そうとしたのである︒われわれのユートピア的希望︑ないしは﹁理性的なもの

( d a s V e r n i i n f t i g e

) ﹂

への渇望は︑なおも理性に対して信頼を寄せることが可能であるのか︒しばしばその主旋律にかき消されがちとなってはいるが︑

こうした問いに対して絶えず肯定的に応答しようとしていたホルクハイマーとアドルノの試みは︑文化とデモクラシーについての

( 6 )  

哲学を語ったデューイと同様︑われわれの未来に関する豊かなヴィジョンを遺贈しているように思われる︒

( 1

)  

C f .   J o h n   D e w e y , e c   R o n s t r u c t i o n   i n   P h i l o s o p h y   ( N e w   Y o r k :   H e n r y   H o l t ,  

1 92 0;

i n

 

  T h e   M i d d l e   W o r k s   o f   J o h n   D e w e y   V o l .

 

12 

( S o u t h e r n   I l l i n o i s   U n i v .   P r e s s ,  

1 98 2)

,  §

2

 

[

河 け

村 望

i

﹃ 折

口 学

ナ の

再 輝

E

成﹄︵人間の科学社一九九五年︶第二章]

( 2

)  

A n t o i n

e   , N

i c o l a s   d e   C o n d o r c e t ,   E s q u i s s e   d ' u n   t a b l e a u   h i s t o r i q u e   d e s   p r o g r e s  

d e  

[ ' e s p r i t   h u m a i n ,  

1 97 5;  

J u n e   B a r r a c l o u g h   t r a n s . ,   S k e t c h   f o r H i   a  s t o r i c a l   P i c t u r e   o f   t h e   P r o g r e s s   o f   t h e   H u m a n   M i n d   { L o n d o n : e   W i d e n f e l d   a n d   N i c o l s o n ,  

1 95 5)  

[

前 川

貞次郎訳﹃人間精神進歩の歴史﹂︵角川書店一九六六年︶]

( 3

)

このようなデューイ理解に対する反論としては︑さしあたり︑松下良平﹁ポスト近代的理性としての︿科学﹀的知性││ デューイ理論における目的合理性批判の契機ー」(杉浦宏編『デューイ研究の現在ーー'杉浦宏古希記念論文集~』(日本

教育センター一九九三年︶所収︶︑および︑

R . J .   B e r n s t e i n ,   T h e   N e w   C o n s t e l l a t i o n ,   p

p .

3

器'[谷徹・谷優訳﹃手すりな  

き思考﹄五 0 五頁以下]を参照︒なお︑本稿は︑松下氏やバーンスタインのデューイ理解に依拠するものである︒

啓 蒙 と 理 性

( 1

)

︵ 九 ︱ ︱

︱ ‑ ︶

(12)

二 0 世紀の初頭において︑時代に対する省察を展開したウェーバーについては︑彼のパースペクティヴが︑ニーチェの時代診断

( 1 )  

に比肩しうるものであったことが指摘されて久しい︒ウェーバーは︑西洋の歴史を貫通する﹁合理化

( R a t i o n a l i s i e r u n

﹂の過程 g )

関 法

一 ー チ ェ 的 モ メ ン ト

IM

・ウェーバーの場合

第 五 二 巻 三 号

(4)S ・カヴェル/斎藤直子訳﹁日常性への回帰アメリカの声・私の声﹂︵﹃現代思想特集ウィトゲンシュタイン﹂青土

社一九九八年一月号所収︶を参照︒このインタヴューにおいて︑カヴェルは︑科学ないしは理性の助けを超えたところ

で混乱している状況のなかで︑﹁世界に向けての人間の活動と合理的企てに対する深い不信感﹂を抱きながらも︑﹁絶望﹂や

﹁人間の限界と力についての誤った感覚﹂といった﹁怪物﹂と戦ったウィトゲンシュタイン

( L u d w i g W i t t g e n s t e i n ,  

1889

  ,  19 51 )

との対比のもとに︑デューイについての理解を示している︒

( 5

)

論者によってさまざまにもちいられていることに見るように︑﹁啓蒙﹂の概念は︑多義的であることが知られるものである︒

本稿は︑ホルクハイマーとアドルノにいう﹁啓蒙﹂の概念についての整理を行うことをひとつの目的とするものであるが︑

さしあたってここに︑本稿の整理が︑彼らにいう﹁啓蒙﹂の概念を︑字義通り︑﹁理性︵ r 臣 o ) ﹂ の 力 に よ っ て 世 界 を 明 る

みに出そうとする人間の文化的営為︑もしくは︑理性の描いた軌跡として理解したうえで進められたことを断わっておく︒

なお︑このように理解することは︑ホルクハイマーとアドルノが︑﹁啓蒙の自己崩壊﹂についての省察を通して︑その積極

概念を準備し︑啓蒙を擁護しようとするという一連の作業を︑﹁啓蒙の自己反省﹂と呼ぶとき︑言い換えると︑狂気に走る

理性を描き出す一方で︑なおも理性の潜勢力に信頼を寄せ︑そうしてわれわれの未来を語ろうとするとき︑そこでは︑暴力

と不可分の関係にある理性︑ないしは︑理性を内在する言語の勢力圏外へと逃れ出ることの不可能性が 1

あ る

い は

ま た

対話的に構成されるものとしての︑﹁わたし﹂と﹁われわれ﹂︑さらには︑それらと互いに函数としてある﹁他者﹂が︑他な

らない理性の産物であることが~覚されていた、という管見に連なるものであることも、以下の整理に先立って付言し

ておく︒こうした理解は︑いずれにせよ感懐の域を出るものではないが︑さらなる整理・検討については︑関心の続く限り

において︑別稿で改めて行うこととしたい︒

( 6

)

デューイの民主主義論については︑本稿のむすびの整理を参照︒ 四

︵ 九

一 四

(13)

の分析を通じて︑根底的な﹁意味の喪失

( Si n n lo s i gk e i t)

﹂を内実とする﹁現世の価値の喪失﹂と﹁文化の意味の喪失﹂という時

代の宿命を論じた︒われわれは︑﹁世界の脱呪術化

( di e En tz au be ru ng e  d r  Welt)

﹂の過程︑もしくは﹁科学

(W is se ns ch af t)

﹂ に

よる合理化の過程を歩んでいくなかで︑﹁自然的な生の有機的循環

(o rg an is ch er Kr ei sl au f  d es   ni i t ur l i ch e n   Lebens)

﹂ か

ら 抜

け 出

し ︑

文化的な生活態度

( Le b e ns f i .i h r un g )

のもとに自身の生を全うしていくはずであった︒ところが︑現実の一断片を﹁価値理念

( 2 )  

(W er ti de en

)

﹂と関係づけ︑われわれにとって意義あるものとして現象させる文化が︑まさしく﹁循環﹂からの脱却という企図の

もとに進展していくものであるがゆえに︑われわれは︑﹁文化の時代﹂へと進んでいくなかで︑﹁破滅的な意味の喪失

(v er ni ch te nd e S in n l os k e it )

﹂へと導かれていくことになった︒このような理解のもとに︑ウェーバーは︑自身の学問的営為を時代に位置づけよ

現世において価値を認められたものは︑﹁時間を超えて

( ze i t lo s

)

﹂妥当するようになるまでに理想化される︒そして︑そのよう

に普遍化された文化的理想について︑それを実現することの意義が主張されるようになる︒このときそれらの理想は︑現世におい

てすでに実現されており︑最高の価値を有するものと見なされている﹁文化財

( Ku l t ur g i it e

r )

﹂さえをも告発する力を発揮するこ

とになる︒こうしたかたちで︑文化ないし文化的営為は︑﹁現世の価値の喪失﹂という事態を絶えず現前させていく︒のみならず︑

社会的な合理化の進展のなかで︑さまざまな文化的諸領域が︑それぞれに﹁固有の法則性

( Ei g e ng e s et z l ic h k ei t e n)

﹂によって互

いに独自性を主張しあうようになってくると︑文化的な生活態度のもとに自己を形成しようとする人々は︑ますます破滅的である

( 3 )  

かのように思われる事態へと誘われていくことになる︒

さまざまな文化諸領域が細分化・多様化するなかにあって︑文化の担い手である諸個人は︑その限りある人生において手中にお

さめる僅かな部分をもとに︑自己を形成していく︒しかし︑その選択された僅かな部分によっては︑各人に等しく訪れる死という

偶然の時点において︑彼らの生が意味ある終局にまで到達しているという保証は︑決して与えられはしない︒したがって︑諸個人

が︑﹁文化の担い手﹂として︑自己の形成を企図することー﹁文化人

(K ul tu rm en sc h)

﹂として生きるということーが︑各人

啓蒙と理性(l)

う と し た の で あ っ た ︒

四 一

︵ 九

一 五

(14)

第五二巻三号

にとって何らかの意味を持つということが疑わしく思えてくるようになる︒﹁文化の時代﹂以前において︑人々は︑﹁生きることに

満ち足りて

( s a t

t )

﹂︑その生を全うすることができた︒というのも︑彼らは︑決してその圏外へ出ることのないままに︑﹁生存の

一循環﹂を完了することができたからである︒しかし︑﹁文化の時代﹂にあっては︑諸個人が︑﹁自分にとって生きるに値するもの

はすぺて与えられた﹂として︑その生涯を終えることはない︒なぜなら︑そもそも循環からの脱却という企図のもとに成立するも

のである文化が︑かつてその力を誇示していた神々が甦り︑現代において再び永遠の争いを始めたかのように︑さまざまな諸領域

( 4 )  

に細分化・多様化していったことにより︑各人の﹁生存の一循環﹂の完了を阻むものとして作用することになったからである︒か

くして文化は︑﹁死の意味の喪失﹂を決定的なものとし︑そしてこれにより︑﹁生の意味の喪失﹂が時代に刻印される︒けれども︑

各人においては︑自己の形成と相関する文化への参与・奉仕が︑依然として重要視される︒というのも︑彼らにおいては︑自身の

深みに横たわる諸々の文化的な価値理念からの実現要求に応じることこそが︑﹁思う存分に生きる

(S ic ha us le be n)

﹂ということの

( 5 )  

内実として受け取られているからである︒しかし︑そのように文化への奉仕が﹁聖なる使命

( he i l ig e Au fg ab e)

﹂とされるように

なればなるほど︑それ自体としてはつねに矛盾を卒みつつ互いに敵対しあうような目標のために︑人々は︑自身の全的な生を完成

( 6 )  

するということに関しては︑まったく無意味であるかのように思われる働きを続けることにもなる︒

﹁文化の時代﹂になって︑人々が﹁文化人﹂としての自己の形成を求めるようになるにつれて︑彼らの生は︑その意味を喪失し

ていくかのような相貌を次第に帯びていくことになった︒あるいは︑﹁生の意味の喪失﹂を時代に刻印する﹁死の意味の喪失﹂によっ

( 7 )  

て︑少なくとも人々は︑﹁生きるに倦む

( mi i d e)

﹂という事態に逢着することになったのである︒﹁現代文化の宿命

( Sc h i ck s a l un‑ s er e Kr   ul tu r)

﹂ と し て の ﹁ 神 々 の 永 遠 の 争 い

( de r ew ig e  K am pf e  d r  Gotter)

﹂ の も と に あ る 人 々 は ︑ 自 身 の 置 か れ た ﹁ 常 態

( Al l t ag )

に耐えなければならない︒ウェーバーは︑われわれに残された道は︑﹁神もなく︑預言者もいないこの時代に生きるべく運命づけ

られているという根本の事実﹂を直視するとともに︑自分自身の﹁仕事

(S ac he )

に 従

事 し

︑ ﹁

日 々

の 要

(F or de ru ng de s  T ag e)

に従って生きる以外にはない︑と論じた︒無限に多様な﹁生の現実﹂は︑つねに人々を取り巻いており︑そしてそのような事態が 関法 四一四︵九一六︶

(15)

四 一 五

彼らがそれを反省する限りにおいてさまざまな﹁文化問題﹂として立ち現れる︒こうしたなかにあって︑各人が自身の﹁仕 事﹂に徹底して献身するとき︑つまりは眼前に刻々と生起してくる諸問題に取り組み︑そうして自己の形成を試みるとき︑彼らに 対しては︑﹁日々の要求﹂に従うという生活態度が︑ある種の義務として課せられることになる︒この﹁日々の要求﹂に従うこと とは︑日々の実践的な問題に責任をもって対処するということ︑つまりは︑自己の形成を試みようと︑諸々の文化的な価値理念か

らの実現要求に応じるに際して︑各人が︑﹁行為の究極の意味

( le t z te n Si nn   se i n es   eigenen

  Tu n)

﹂を把握したうえで︑それにつ

いての責任を負うということをいうものである︒ウェーバーは︑こうした態度のもとに︑各人は︑自分自身を知り︑﹁文化人﹂と しての生活を送ることが可能となると考えた︒というよりも︑彼においては︑各人は︑前述のような責任のもとに人格的アイデン ティティを不断に創造していく主体としてあるということ︑さらにはまた︑実践的問題に関しては︑実際的掃結についての責任の

( 8 )  

主体としてあるということが︑﹁文化人﹂として生きるということの内実として捉えられていたのであった︒

﹁日々の要求﹂に従うという生活態度に関して語られた﹁行為の究極の意味﹂とは︑行為の﹁因果連関

(U rs ac hl ic he

u

sa mm en ha ng e)

﹂ある行為が﹁結果としてみられたときにはどのような個性的な状況

( in d i vi d u el l eK o n st e l la t i on )

に帰属

( 9 )  

させられるのか﹂という︑﹁行為の帰属問題

( N

urechnungsfrage)

﹂ーの分析を通して明らかとなる︑行為の客観的な意味連関を いうものである︒われわれの文化生活における諸現象︑ないしは生の活動の所産である諸々の﹁文化現象

(K ul tu re rs ch ei nung)

は︑互いに交錯しつつ複雑に連関しているものである︒したがって︑何らかの文化的価値理念のもとに意欲された目的を達成しよ うとしても︑そこでは︑意欲された目的以外の価値が傷つけられるという事態が︑当然のこととして予想される︒このように︑多 くの場合において︑意欲する人間の努力の目的となるものは︑その実現に際して︑意図せざる結果を随伴するという点で何ほどか の犠牲を払うものであり︑あるいはそうした犠牲を払うことがあり得るものである︒ウェーバーは︑こうした事態を肯定的に捉え て︑目的の達成のための行為にさきだって主観的に抱かれた期待は︑それが﹁どのような犠牲を伴うものであるのか﹂という問い

のもとに﹁行為の目的と結果との交互の秤量

(A bw ag un g)

﹂を行うこと︑そのようにして︑﹁他の理想とのあいだの闘争﹂のなか

啓 蒙 と 理 性

( 1

)

︵ 九

一 七

(16)

化人﹂としてあることの条件と見なしたのである︒

第五二巻三号

︵ 九

一 八

で相互批判的な評価に曝されるなかで︑﹁最高の理想﹂としての結実へと続く回廊をたどってゆくものである︑と考えた︒そして︑

こうした過程において明らかとなる︑諸々の文化現象の連関全体における個々の現象の﹁文化意義

(K ul tu rb ed eu tu ng

)

﹂を︑行

( 1 0 )  

為の客観的な意味連関として規定した︒主観的に抱かれた期待ーーー﹁主観的目的合理性

( su b j ek t i ve Z we c k ra t i on a l it i i t)

﹂ を

も っ

て展開されたものとしての︑行為の思念された意味連関 I と︑先述のような秤量︑つまりは﹁技術的批判

( te c h ni s c he K ri t i k)

によって知られるところとなる因果連関ー﹁妥当な経験に従えば抱かれるであろう期待﹂︑ないしは﹁客観的整合合理性

( ob j e kt i v e  Richtigkeitsrationalitiit)」をJもって勘考もしくは解釈

(Interpretation)

される意味連関ー|—とが相互に媒介されること

( 1 1 )  

により︑行為の客観的な意味連関は︑﹁意味的に適合的な

( si n n ha f ta d a qu i i t)

﹂連関として︑解明的に理解されることになる︒ウェー

バーは︑このように︑行為の主観的な意味連関の解明と︑行為の﹁生の現実﹂における因果連関の分析とを通して︑行為の客観的

な意味連関を解明的に理解するということをもって︑﹁行為の究極の意味﹂に対する責任の主体としてあることの︑したがって﹁文

( 1

)

ニーチェとウェーバーについては︑山之内靖氏の一連の研究が知られているが︑本稿では︑大林信治﹃マックス・ウェー

バーと同時代人たち﹂︵岩波書店一九九三年︶および︑

Wo lf ga ng

J. 

Mo mm se n,   Max 

We be r.  G e s el l s ch a f t,   P ol i t ik   un d  Gg Ch ic ht e( Fr an kf ur t  am  Ma in :  S uh rk am p,

1974  ( 2

A uf l . );   Su hr ka mp a  t sc he nb uc h  w is se ns ch af t  53, 

19 82 ) 

[中'村公只一―•

米沢和彦・嘉目克彦訳﹃マックス・ウェーバー政治・社会・歴史﹄︵未来社一九九四年︶の所論を参照した︒

( 2 ) M g  Web er ,  Di e≫ Ob je kt iv it at

≪s oz ia lw is se ns ch af tl ic he r  u nd   so z i al p o li t i sc h e r  Er

n nt n i s (Tiibingen  : 

Ge sa mm el te   Au ,  f s i i t z e   zur

i  W ss en sc ha ft sl eh re , 

1951 

( 以

下 ︑

w r

と L

表 記

︶ ︶

,  s .  

17 5,

80   1

[出口勇蔵訳﹁社会科学および社会政策の認識の﹃客

観 性

﹂ ﹂

︵ 世

界 の

大 思

3 ﹃ウェーバー政治・社会論集﹂︵河出書房一九六五年︶所収︶七七︑八一頁]

( 3 )  

Ma x  W eb er , 

N e  

i sc h e n  Betrachtung: 

Th eo ri e  d er   Stufen

n  u d  R ic h  g 

ng en e l   r i gi o s er   We lt ab le hn un g  ( Ti ib in ge

n  : 

Ge sa m  ,  me lt e  A u fs i i tz e   zur e l  R i gi o n ss o z io l o gi e  I , 

1920 

(~

下 ︑

RS

1

羊 企

記 ︶

,  s .  

568 [+八短fhハ紐i•生松邸竺一訳『宗教社会学論選』

関法

四 一

(17)

︵みすず書房一九七二年︶一五四頁]

( 4

)  

We be r,  W is se ns ch af t  a l s  B er uf (W L) ,  S

.   5

78 ,5 88

£.

 

[尾高邦雄訳﹃職業としての学問﹄︵岩波書店

五 六 頁 ]

( 5

)  

We be r,   WL ,  S .   152 

[

出 口 訳 前 掲 書 五 七 頁 ]

( 6

)  

We be r,

  RS 

1,

S .  

  569 

f f .  

[大塚•生松訳前掲書一五六頁以下]

( 7

)  

We be r,

  RS 

1,

S .  

  5 69

£.  

[大塚•生松訳前掲書一五七頁]"

WL ,  S .   5 78

£.

 

[尾高訳前掲書三四頁]

( 8

)  

We be r,  W L,   S .   5 92 ,  5 96

£.

 

[尾高訳前掲書六一︳︱│四︑七四頁]

( 9

)  

We be r,  W L,   S .

  178

回 口 訳 前 掲 書 七 九 頁 ]

( 1 0 )

 

We be r,  W L,   S .

  149

  , 1

57 ,  1

73 

f f .   [出口訳前掲書五四ー六一︑七六ー八頁]

( 1 1 )

 

We be r, U  be r  e i ni g e  K at eg or ie n  d er   ve rs te he nd en   So z i ol o g ie  

( W L ) ,  

S .  

432 

f f   [ : J t

道義訳﹃理解社会学のカテゴリー﹄︵岩

波書店一九九三年︶二

0 頁 以 下 ]

理解可能なかたちで解明することができる

(<

t i g s i nd l i ch   deutbar)

という意味で﹁非合理的︵

i

a ti o n al )

﹂ではないもの︑つま

りは︑概念的に把握する

( be g r ei f e n)

ことが可能であるもの︑そのようなものとして︑各人の﹁個性の領域

( Sp h i ir e de r  eigenen  I nd i v id u a li t i it )

﹂の内部の深みに横たわり︑その﹁世界観

(Wg

ta ns ch au un g)

﹂を構成している諸々の文化的な価値理念からの実

現要求に応じること︑別言すると︑受容された文化的価値の総体としての﹁人格性

( di e P er s o nl i c hk e i t)

﹂ の 実 現 ︑ も し く は ︑ ﹁ 人

格性﹂のもとに具体的な﹁人格

( Pe r s on )

﹂ー﹁人格的なもの

( da s P er s t in l i ch e

﹂ないしは﹁個性的なもの

)

( da s I nd i v id u e ll e

)

( 1 )  

│ーを創造すること︑この意味での自己の形成を︑ウェーバーは︑﹁文化人﹂として生きるということの内実として捉えた︒こう

した見解は︑人格の自律的な創造や自由な個人的創意に基づく活動は︑力動的な社会的秩序の維持や促進と相関するものである︑

啓 蒙 と 理 性

( 1

)

鋼鉄の檻

四 一

一 九

0 年

︶ 三

四 ︑

︵ 九

一 九

(18)

t  こ ︒

第 五 二 巻 三 号

︵ 九

二 0 ) という彼の理解へと連なっていくものでもあった︒世界に対して意識的な態度をとり︑何らかの﹁価値理念﹂と関係づけることに より︑世界に意味を付与しようとする能力に恵まれ︑かつ︑その意志を有する﹁文化人﹂として︑自身の信じる価値を公言し︑そ れに従って行動する諸個人の双肩には︑厳格な責任を引き受けるということを代価として購われる︑人格としての︑ないしは自由

( 2 )  

な創造の主体としての自身の個人的成熟だけではなく︑西洋文化と社会の命運がかかっている︒このように捉えられるとすれば︑

ウェーバーの理解は︑﹁道徳性

(M or al it at

)

﹂と﹁人倫

( Si t t li c h ke i

t )

﹂との間には強い緊張関係と相互依存関係とが存している︑

ということを表現するものであり︑そしてそのうちには︑予定調和的な色彩を帯びたものではなかったにせよ︑究極においては︑

個人と集団との間の調和的均衡というー語り手によっては、もっとも無謀であると見なされているような~ユートピア的希望

( 3 )  

についての支持が表明されていたように思われる︒だからこそ︑彼においては︑人格であることを望む個別的主体に課せられる﹁道 徳的な﹂要請が強調されるばかりでなく︑そうした要請とともに︑社会的ないしは文化的な秩序連関のうちに否応なく投げ込まれ てしまっている個別的主体に対して︑文化の﹁受容者﹂であり﹁共同の創造者﹂としての彼らに課せられる﹁人倫的な﹂要請が︑

﹁日々の要求﹂に従うという生活態度を倫理的な要請として捉えるということにおいて考慮されていたのである︒かくして︑ウェー バーにおいては︑﹁日々の要求﹂に従うということー﹁行為の究極の意味﹂についての責任を負うことと︑﹁行為の結果に対

する責任﹂を負うこととが︑﹁責任倫理

(V er an tw or tu ng se th ik

)

﹂というかたちをとって︑日常の実践的な問題への対処に際して

絶えず価値判断を迫られる各人に対して︑彼らが﹁文化人﹂として生きる限りにおいて課せられる実践倫理と見なされることにな

( 4 )  

る︒そして︑こうした理解のもとに︑ウェーバーは︑各人が責任倫理的に行為すること││'実践に際しては︑研究者に限らず︑各 人に対して科学的な態度が要求されるに寄与するものとしての︑学問ないしは科学の課題と使命とを構想していったのであっ 互いに交錯しつつ複雑に展開を遂げていく文化諸現象について︑個々の現象を︑その連関全体ないしは文化意義において捉える

こと︑ウェーバーのいう﹁文化科学

(K ul tu rw is se ns ch af t)

﹂ないし﹁理解社会学

(V er st eh en de n So zi ol og ie

﹂は︑このような課

)

関法

四 一

(19)

題を掲げるものであった︒ただしそれは︑諸個人が文化生活を営むうえで直面する実践的な問題について︑彼らがそれに対処する

にあたって何をなすべきかを教えることとをいうものではなかった︒実践に際して何らかの価値を奉ずることは︑各人の意欲と良

心に関する個人的な﹁信仰の問題

(V or au ss et zu ng de s  G au be n)

﹂であり︑そのような﹁価値の妥当を評価すること﹂は︑科学の

課題ではない︒そうではなくて︑実践に臨む各人に対して︑何をなしうるのか︑あるいは何をなさんと意欲しているのかを示すこ

( 5 )  

とを︑科学は︑その使命とするものである︒そして︑こうした使命のもとに︑文化科学ないし理解社会学は︑鋭利に研ぎすまされ

た思考の産物である﹁理念型

(I de al ty pu s)

﹂をもって︑何らかの文化意義のもとに︑われわれを取り巻く﹁生の現実﹂を捉えよ

うという課題に取り組むのである︒しかし︑汲み尽し難く無限に多様な﹁生の現実﹂を捉えようとする営為は︑何らかの観点に依

存するものであり︑特殊で一面的なもの︑つまり︑それ自体︑価値関係的

( W

tb ez ie he nd )

な文化的営為として規定されるもの

である︒そして︑文化科学ないしは理解社会学もまた︑それが価値関係的な﹁現実科学

( W 圧

di ch ke it sw is se ns ch af t)

﹂としてあ

る限りで︑先述のような認識に関する拘束を免れるものではない︒このことに関して︑ウェーバーは︑人々を動かす諸々の実践的

な文化問題は︑歴史的な流れのなかで生成転変していく文化内容とともに変化するものであるが︑理念型概念は︑そのように文化

問題が新たな色彩をもって構成されることに伴って︑その意義の限界を暴露され︑改変されていくものである︑と論じた︒歴史的

現実を生きる人々にとって意味のある文化現象は︑無限に多様な現実を捉えるための概念装置を不断に交代させていくことをもっ

て︑﹁個性的なもの﹂として捉えることが可能となる︒そのようにして個別的現実を捉えてはじめて︑文化科学は︑価値関係を理

解可能なかたちで解明し︑これにより︑各人の意欲の根底にある価値を彼らに知らせ︑彼らに対して反省を促すという試みに従事

( 6 )  

しうるものとなる︒ウェーバーは︑こうした理解のもとに︑自身の学問的営為を展開しようとした︒ただ︑そこでは︑彼の信念と

は遥かに隔たりのある事態としての︑ヨーロッパにおける病理的現象が描き出されていった︒

啓 蒙 と 理 性

( 1

)

四 一

相互主観的な遺産として受容された文化の﹁形式

( F o r

﹂と︑新たな文化形式を創造しようとする願望とのあいだに生じる葛 m )

藤は︑人間的生にとって不可欠の条件である︒そして︑この文化の形式を媒介とする生の創造が抑圧されるところでは︑﹁文化の

︵ 九

ニ ︱

)

(20)

第五二巻三号

︵ 九

二 二

︶ 悲 劇

( Tr a g i: i d ie de r  Kultur)

﹂が産まれることになる︒近代生活に関する研究を展開したジンメル

(G eo rg Si mm el

̀ 

 1858

  , 1

91 8)

は ︑

﹁ 生

の 哲

(L eb en sp hi lo so ph ie

)

﹂へと傾斜していった研究活動の後期において︑﹁社会分化

( so z i al e D if f e re n z ie r u ng )

﹂の進展に

伴って︑多様で個性的なものとしての自己の完成と︑それらが美しく調和しているものとしての社会の実現がますます困難になっ

( 7 )  

てきているという事態を析出していった︒ジンメルの提示したこうした問題は︑ウェーバーにおいて︑﹁官僚制的

( b

e au k r at i s ch e )

合理化﹂ないしは﹁合理的なゲゼルシャフト化

( Ra t i on a l eV er ge sellschaftung)

﹂の不可避的な婦結として捉えられたものであった︒

合理的なゲゼルシャフト化は︑それが﹁目的合理的な

( zw e c kr a t io n a l)

﹂形態において実現されるとき︑諸個人の最高の理想を志

向する行為をすぺて排除していくような傾向を帯びることになる︒そしてそれは︑あらゆる社会関係の完全かつ徹底的な合理化と︑

文化の﹁機械的な化石化

(m ec ha ni si er te

V e r

s te i n er u n g)

﹂を帰結するまでにいたった︒ウェーバーにとって︑近代を特徴づける ものは︑﹁神々の永遠の争い﹂ということばに象徴されているように︑﹁闘争しあう共約不可能な価値投機

( a n ew   po ly th ei sm f     o ( 8)  

︶﹂という﹁常態﹂であり︑そしてまた︑こうした﹁常態﹂は︑彼においてはむしろ︑

wa rnng ,  m co mm en su ra bl e  v a  u e  c om m1 tr ne nt s 

( 9 )  

﹁あらゆる文化的生の根本要素﹂として肯定的に捉えられていたものであった︒しかし︑彼の生きた時代においては︑人格的理想 に導かれた創造的個人の存在が脅かされるとともに︑硬化した社会の輪郭が浮かびあがってきつつあった︒ウェーバーは︑恭順と 適合とが生の理想として掲げられる時代を︑言い換えると︑生の多様性が数学的な多様性として捉えられ︑別様にも生きうるとい うことが代替可能であるということと同一視されているような時代を理解するうえで︑西洋的合理性のひとつの形態としての﹁目

的合理性

( Zw e c kr a t io n a li t i it )

﹂の概念が重要なものとなると考えた︒そして彼において︑この﹁目的合理性﹂は︑ほとんどすべ ての文化領域に圧力を及ぼすものとして︑つまりは︑人々の日常生活のすべての側面を形成し︑脱出不可能な﹁鋼鉄の檻﹂を産み

( 1 0 )  

落とすものとして理解された︒ウェーバーの学問的営為は︑﹁合理化﹂ないし﹁合理性﹂概念を媒介として︑社会の進歩的な合理 化 は

︑ 人 間 を 新 た な 種 類 の

﹁ 物 象 化

(V er di ng li ch tu ng

)

﹂されたシステムに閉じ込めていくことにより︑その﹁個体性

( ln d i vi d u al i t ii t

)

﹂を清算していく危険性を潜在させているものであるという﹁合理化の逆説

( th e pa la do x  o f   r a t io n a li z a ti o n )

﹂ と

関法

四 二

0

参照

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