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タガログ語の「動詞」と「名詞」の区別

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(1)

タガログ語の「動詞」と「名詞」の区別

— 述語の談話的特性からの解釈 —

塩 原 朝 子

(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

Distinction between Verbs and Nouns in Tagalog

—Explanation from the Pragmatic Property of its Predicate—

Shiohara, Asako

Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa

This paper deals with the distinction between verbs and nouns of Tagalog that has been considered to be difficult to make. I argue that the difficulty can be explained in the connection to the property of the Tagalog predicate.

The typical functions of ‘predicate’ are that of focus-indication and that of action-denoting, as Lambrecht (1997) points out. The focus of a sentence generally falls on th element denoting an action. However, it is not always the case. When the focusized element and the action-denoting element do not coincide in a sentence, Tagalog usually chooses the former as the

‘predicate’ of a sentence, while many other languages including most of Indo-European languages and Japanese tend to choose the latter. In these languages, which might be labeled as ‘action-preferred’, an action-denoting word which usually becomes the ‘predicate’ is easily identified as a ‘verb’.

The difficulty in setting up the category ‘verb’ distinct from ‘noun’ in Tagalog is the reflection of the very fact that the languages is ‘focus -preferred’, not ‘action-preferred’.

キーワード:タガログ語,品詞分類,談話の焦点,述語,情報構造

Keywords: Tagalog, lexical category, focus in discourse, predicate, information structure

1. はじめに

2. 品詞分類にかかわる二つの考え方 3. タガログ語の文の構造の概略 4. 品詞分類の難しさと語根の特性 5. 品詞分類の難しさと述語の特性 6. まとめ

(2)

1. はじめに

タガログ語は品詞の分類が難しい言語として知られている1。本稿では,タガロ グ語の品詞のうち,「動詞」と「名詞2」に関して,その区別の難しさを引き起こ している特徴を考察する。本稿の構成は以下のとおりである。まず,次節(第2 節)で言語記述における品詞分類にかかわるいくつかの立場について触れ,第3 節では,タガログ語の文の構造の概略を述べる。その上で,タガログ語の名詞と 動詞の区別の困難さについて,第4節では語根の特徴という観点から,第5節で は述語の特徴という観点から述べる。

2. 品詞分類にかかわる二つの立場

品詞分類に対する研究者の立場は,その出発点の相違から,分類の基準を個々 の言語内に置く考え方と言語外に置く考え方の二つに大きく分かれるだろう。そ れぞれについて,やや詳しく述べれば以下のようになる。

[1] 分類の基準を個々の言語内に置く考え方

これは,ある言語に関して,その言語内の形態統語論的基準を用いて語類の分 類を行うというやり方である。(例:格変化する要素を名詞,時制変化する要素 を動詞とするなど。)

Lyons (1977:423),Croft (2000:72-86) が指摘しているように,この手法には次の ような問題点がある。通常,個々の言語において,語類の分類の基準となるよう な形態統語論的基準は複数見いだされるのが普通であり,それらすべてが一致す ることは少ない。そのため,実際の分類基準は複数の潜在的基準の中から記述者 によって恣意的に選ばれるということになる。また,そのようにして得られた語 類に与えられるラベル(名詞,動詞など)の選択は,(通常は暗黙のうちに)[2]

の言語外的な基準に依拠するものとなる。

とはいえ,上記の手法とその結果として得られたラベルを用いることなく個別 言語の記述を行うことがほとんど不可能だということは,経験的に明らかであり,

記述者は上記の問題点を自覚するしないにかかわらずこの手法を取らざるをえな い。

分類基準の恣意性という問題に対して,多くの記述者は,記述の一部を割いて,

そこで用いている語類の分類基準を選択するプロセスを明示するという「情報開 示」によって対処している。そのような記述はその言語の特徴を明確にするため にも有用である。また,個々の語類に与えるラベルにかかわる問題点に対しては,

1 タガログ語の品詞論にかかわる先行研究については,Himmelmann (2008:258)の概観を参照されたい。

2 ここでいう「名詞」は,より厳密には,いわゆるオープンクラスに属する「普通名詞」に加え,固有名詞,

代名詞を含む「名詞類/名詞相当語」nominalsと呼ぶべきものである。

(3)

本来,記述者は自分が語類に名前を与えるに際して依存している言語外的な基準 に対して自覚的になり,当該の言語における品詞を通言語的(類型論的)文脈に 明確に位置づける作業を行う必要がある。ただし,実際にこのような試みを行っ ている記述者は少ない。これはおそらく,語類に名前をつけるプロセスが,あま りにも自明のものであり,そのような記述は剰余的であると考えられるためであ ろう。しかし,タガログ語のような品詞認定の難しい言語に関しては,そのよう な作業が不可欠である。

[2] 分類の基準を言語外に置く考え方

これは,特定の言語の形式と直接関係のない分類の基準を言語普遍として定め,

それに沿って各言語の語類の分類を行うというやり方である。伝統的には,言語 形式の指示対象の存在論的な分類,つまり,具体的な事物を表す要素を名詞,属 性を表す要素を形容詞,動作を表す要素を動詞とする分類が行われて来た。

この立場は,[1]で触れたように,個別言語の品詞の認定に寄与している一方で,

以下のような問題点を含んでいる。一つは,個別言語における分類を,実際の言 語に存在する文法的カテゴリーから完全に独立した形でおこなうことはほとんど 不可能だという点である。事象の中には,「雷」「流れ」のように,存在論的区別 が難しいものも多い。そのような場合は,典型的な object をさす要素と同じ扱い を受けるものを名詞とし,典型的な action を指す要素と同じ扱いを受けるものを 動詞とする,という手法がとられることになり (Lyons 1977:438-452),結局のとこ ろ,実際の分類はその言語における形態統語論的基準に依存することになる。

より洗練された分類基準として,Croft (1991:88) は,上記の存在論的基準と言語 の三つの「談話機能」reference, predication, modificationを結びつけた以下の基準を 提案している。

Croft (1991) による普遍的品詞分類の基準 noun = reference to an object

adjective = modification by a property verb = predication of an action

彼は,この概念的なカテゴリーを言語を問わず普遍的にみられる「品詞分類」

として提案している。彼が「普遍」の根拠として挙げているのは,すべての言語 に お い て , 上 記 三 種 類 の 結 び つ き か ら 逸 脱 す る 部 分 は ,function indicating

morphosyntaxによる「有標」な3形式が現れるという事実である(たとえば,object

がpredicationに用いられる場合は,コピュラが用いられるなど)。

3 通常の意味での「有標性」というのは,「無標」なものが持たないようなマーキングの付いた形で現れること を指すが,ここでCroftがいうところの「有標性」とは,「無標」なものと同じ形態で,あるいは,「無標」なも のが持たないようなマーキングの付いた形で現れることを指す。このような定義の変更によって,「有標」

(4)

ここで,上記の分類基準の柱である談話機能のうち,本稿のテーマである名詞

(体言)と動詞の分類に関与する reference,および,predication という概念に注 目してみよう。彼はこれらの概念について Sapir (1921:119) からの引用によって,

間接的に特徴付けを行っている。その内容は必ずしも定義として明確ではないが,

そこから読み取れるのは,彼がreferenceを「談話の主題」,predicationを「談話の 焦点」と,ほぼ近似的に考えているということである。この特徴付けは,彼が,

この二つを個々の言語の文法カテゴリーからは完全に独立した,純粋に談話的な ものであると定義していることと呼応している。彼の目的はすべての言語にみら れる普遍的な品詞カテゴリーを確立することであり,特定の言語の形式に依存し た文法的カテゴリー(たとえば述語)はその分類とは相容れないものなのである。

この分類は,個々の言語の記述において暗黙のうちに用いられている品詞分類 の基準を示す試みとして有用であるばかりでなく,有標/無標の基準を設定し直 すことによって,通言語的な品詞の現れ方に対して限定的ではあるが有効な予測 を行っている。

とはいえ,この理論の実際的な適用を行う場合,その分類基準の文法カテゴリ ーからの独立性が障害となる。というのも,おそらくすべての言語において,上 記の分類の基準である二種類の意味的カテゴリー(存在論的カテゴリーと談話的 カテゴリー)は,まず,文法的カテゴリーと結びつき,その上で,二次的な形で 語彙的カテゴリーと結びついており,上記の「普遍」を,個々の言語に実在する 文法カテゴリーを参照することなく適用することは不可能だからである4

3. タガログ語の文の構造の概略

3.1. 文の構成要素

タガログ語の文は,述語とその他の補語から成る。述語は形式的には,「無標の 文において文頭に現れる要素」として定義される。補語は述語に後続する要素全般 を指し,そのうち,「特定」を表す標識辞 angに導かれるものが主語として機能す る。補語間の語順には制約がない。

として捉えられる対象の範囲は格段に広くなる。

4 Croftの品詞分類が,個別言語の文法カテゴリーに触れない形で行われていることは,この理論を参照する

形で個別言語の記述を行う場合だけでなく,この理論(言語普遍)自体の有効性を検証する上でも問題と なる。たとえば,この理論から導かれる「actionを表す要素以外がpredicationを行う際は「有標」な形式が取 られる」という仮説を検証するためには,個々の言語においてpredicationを行う文法カテゴリーを確定する 必要があるからである。

(5)

(1) mahal ang lahat sa5 Japan.

expensive SPEC all OBL Japan 述語 補語(主語) 補語(非主語)

「日本ではすべてが高い。」(大上1994 : 222)

補語が人称代名詞,指示代名詞である場合は,標識辞angは用いられず,代わ りにそれに相当する変化形が用いられる(例文 (16) のako ‘1SG.SPEC’がそれにあた る。)。また,補語が固有名詞である場合は,標識辞angの代わりにsiが用いら れる(例文 (2) の si Anaがそれにあたる)。いずれの場合もグロスには普通名詞 の場合と同様SPECと付す。

3.2. 述語の談話的特徴

タガログ語の述語は常に談話の焦点6を表す。

(2) Mabait si Ana sa7 akin sa klase kahapon.

kind SPEC Ana 1SG.OBL OBL class yesterday

「アナは昨日クラスで私に親切だった。」(大上1994 : 49)

(3) Si Ed ang mabait sa akin sa klase.

SPEC Ed SPEC kind 1SG. OBL OBL class

「昨日クラスで私に親切だったのはエドである。」(筆者の作例)

焦点以外の要素が述語(文頭)に現れる場合は,文頭の要素の後に,「倒置」

を表すマーカー,ay (Inversion Marker) が現れる。この倒置マーカーのスコープは

(4) のように単独の補語 (si Ana) である場合もあれば,(5) のように,文から焦点の

当たっている部分を除いた残余の部分全体である場合もある8

5 標識辞saは場所,方向,道具など,いわゆる「周辺的な意味関係」を表す(具体的な意味は共起する要素に よって異なる)。グロスにはOBLと付す。なお,この標識辞は人名の前では別の形(単数ではkay,複数で はkina(複数)という形)で現れる(例文(6)を参照されたい)。また,この標識辞に後続する人称代名詞は この位置特有の変化形を取る。本稿では,Rubino (2002:23)にならい,このようなsa+人称代名詞の結合体(例 文(5)ではsa akin)を人称代名詞の一つの変化形と捉え,全体に対して1SG.OBLのようにグロスを付すことに する。

6「談話の焦点」という術語はさまざまな意味で使われうるが,本稿ではLambreght (1994:207)の「命題のう ち発話時点において自明であるとみなされていない部分」という定義を採用する。

7 標識辞saに後続する人称代名詞はこの位置特有の変化形を取る。本稿では,Rubino (2002:23)にならい,こ のようなsa+人称代名詞の結合体(ここではsa akin)を人称代名詞の一つの変化形と捉え,全体に対して 1SG.OBLのようにグロスを付すことにする。

8 (5)ayに先行する部分の解釈については,後述するように二通りの可能性がある。従来のタガログ語文法 においては,5.1で述べるように,動詞の表す動作の関与者(「昨日クラスで私に親切だった者」)を指す とされてきた。一方,5.2で筆者が提案するように,具体的な関与者を指示するというよりは談話的機能と しての「前提」を表すという解釈も可能である。

(6)

(4) Si Ana ay mabait sa akin sa klase kahapon.

SPEC Ana IM kind OBL 1SG.LOC OBL class yesterday

「アナは昨日クラスで私に親切だった。」(大上1994 : 49)

(5) Ang mabait sa akin sa klase ay si Ed.

SPEC kind 1SG.OBL OBL class IM SPEC Ed

「昨日クラスで私に親切だったのはエドである。」(大上1994 : 233)

3.3. 態の標示と相の標示

この言語では,具体的動作を表す要素は常に「態の標示」と「相の標示」の付い た形で現れる。それぞれについて次に簡単に説明する。

[1] 態の標示(いわゆる焦点形)

態の標示形は伝統的に「焦点形」と呼ばれ,その種類には(i) 行為者焦点,(ii) 対 象焦点,(iii) 方向焦点,(iv) 場所焦点,(v) 受益者焦点,(vi) 手段焦点,(vii) 理 由・原因焦点がある。

ある語根が(i)-(vii)のどの標示を取りうるかは,その語根によって異なる。(6)-(8)

は語根bigay「贈与,贈り物」がそれぞれ行為者焦点,対象焦点,方向焦点の標示

を受けている例である。それぞれ,焦点に相当する行為者,対象,方向を表す要 素が主語として現れる。

(6) Mag-bi-bigay si Fe ng9 bulaklak kay Eva.

AV.IR.IPF.give SPEC Fe GEN(P) flower OBL Eva

「フェはエヴァに花をあげるだろう。」(大上1994 : 133)

(7) I-bi-bigay ni Fe kay Eva ang bulaklak

PV.IR.IPF.give GEN(A) Fe OBL Eva SPEC flower

「フェはその花をエヴァにあげるだろう。」(大上1994 : 133)

(8) B-in-igy-an ni Fe ng libro si Eva.

DV.IR.IPF.give GEN(A) Fe GEN(P) book SPEC Eva

「フェは本をエヴァにあげるだろう。」(大上1994 : 141)

9 標識辞ngは所有を表す場合と,他動詞構文における主語以外の中核的補語(動作主,動作の対象)を表す 場合がある。先行研究はこのようなngの分布に関して明確な説明を与えていないが,名称としては所有を 表す用法を中心と考え,属格genitiveという呼称を用いることが多い。本稿では,この慣例に習い,GENとグ ロスを付すことにするが,読者の便宜のため,他動詞構文においてngが「所有」以外の内容を表す場合は,

その表す意味関係に応じてA(動作主),P(動作の対象)のいずれかを括弧に入れて付すことにする(例

GEN(A))。なお,この標識辞は人称代名詞,指示代名詞の前では現れず,その代わりに,それぞれの代名詞

の変化形が現れる。また,この標識辞は固有名詞の前ではniという形で現れる(例文(7)を参照されたい)。

この場合もグロスに関しては同様の扱いをする。

(7)

[2] 相の標示

[1]で扱った各焦点形は,それぞれ四つの相[(i) 不定相IR.PF,(ii) 完了相R.PF,(iii) 未完了相R.IPF,(iv) 未然相IR.IPF]にかかわる変化形を取る。表1に例文中(6)-(9)で 用いた「与える」(bigay)の各焦点形の変化形を示す10

表1 与える(bigay)の各焦点形の相に関わる変化形

行為者焦点形 対象焦点形 方向焦点形

不定相 mag-bigay i-bigay bigy-an

完了相 nag-bigay i-b-in-igay b-in-igy-an

未完了相 nag-bi-bigay i-b-in-i-bigay b-in-ibigy-an

未然相 mag-bi-bigay i-bi-bigay bi-bi-gy-an

4. 品詞分類の難しさと語根の特性

タガログ語は従来品詞分類の難しい言語とされてきた。本稿では,そのように 分析される理由を,タガログ語の語根の性質によるものと,統語的性質(より具 体的には述語の性質)によるものに分けて考える。まず,この節では前者につい て論じるが,以下の議論では,議論の便宜上,語根のうち具体的な事物を表すも の(あるいは具体的な事物とより関係づけやすいもの)をobject rootと呼び,動 作を表すもの(あるいは動作とより関係づけやすいもの)をaction rootと呼ぶこ とにする。

タガログ語の品詞分類の障害となっている語根の性質としては,語根がその表 す意味内容(object rootであるか,action rootであるか)にかかわらず,常に「名詞 的」な内容を表すと言う点,「動詞的」意味は常に形態的に有標の形で現れるとい う点が挙げられる。具体的には次の点 [1][2] が問題となる。

[1] action rootが単独で用いられる場合の意味

action rootは,多くの場合,無標の(そのままの)形では,いわゆる「出動名詞」

あるいは「動名詞」が表すような意味を表す。そのような意味には (a)(b) のよう なものがある。[ ] 内にそれが態/相の標示がついて現れたときの形の一つ(行為 者焦点・不定形)とその意味を示す。

(a) 動作それ自体

10 個々の変化形の現れ方は,語根の音韻構造,特に語根初頭/末の子音の有無によって決まる。詳細は大 上(1991)などを参照されたい。

(8)

alis「出発」[um-alis「出発する」]

kain「食べること」[k-um-ain「食べる」]

(b) 動作の結果として現れるもの,または典型的な動作の対象 tapos「終わり」[「終わる」mag-tapos]

bayad「料金,支払い」[「支払う」mag-bayad]

上の例から見て取れるように,具体的な動作は,常に態や相を表す接辞がつい た形が表す11。action rootの意味的性質を考えれば,具体的な動作を表す形がより 無標な形式で,それに付随する「もの」的概念がより有標な形式で現れることが 期待されるのだが,タガログ語では逆の対応がみられる。別の言い方をすれば,

存在論的には「動詞」として扱いたくなるようなaction rootが,そのままの形で単 語として用いられた場合は,より「名詞」的な概念を表すわけである。そのため,

語根の分類を直感に合う形で行うのが難しい。

[2] 「出名動詞」的な派生に特化した形態法がない。

この言語では,object rootから動作を表す要素が「派生」される際,そのプロセ スが「名詞的要素」から「動詞的要素」の派生であることを示す接辞は用いられ ず,語根に直接,態/相の標示形が付く。日本語では名詞「テニス」から動詞が 派生される場合,出動名詞の派生に特化した形式動詞「する」が用いられ,「テ ニスする」という動詞が派生し,その上で動詞特有のアスペクト,態などの標示 が行われるわけだが,タガログ語の場合,テニスに相当する語根,tenis「テニス」

に直接,前節で示した態/相を表す接辞が付接し,mag-tenis「テニスする」(行 為者焦点・不定形)が得られる。この形は,action rootに同様の接辞がついた形(例 えば (6)-(8) の「与える(語根 bigay)」)と同様,表1のような活用をする。(9) は これが習慣を表す未完了相で現れている例である。

(9) Nag-ti-tenis kami tuwing Linggo.

AV.R.IPF.playtennis SPEC.1PL.EXCL every Sunday

「私たちは毎週日曜日にテニスをする。」(大上1994 : 110)

このような「派生」は日本語の「する」による派生よりかなり広範囲に見られる。

以下にいくつか例を挙げる。左がobject root,右がそのルートに態/相の標示が付 いた形である。(いずれも行為者焦点,不定形)

11 焦点標示のうち,動作焦点と対象焦点に関しては,その標示形式にいくつかのバリエーションがある。

例えば,動作焦点を表示する接辞には,-um-mag-ma-magka-maki-makipag-maka-の七種類があ り,使い分けは,多くの場合,語根と焦点標示形の意味的対応によって決まる。(本稿の例では,上の七 つの接辞のうち,-um-とmag-のみが現れている。)

(9)

luha「涙」 l-um-ha「泣く」

Pilipino「フィリピン(語)」 mag-Pilipino「フィリピン語ができる」

merienda「おやつ」 mag-merienda「おやつを食べる」

doctor「医者」 mag-doctor「医者になるための訓練をする」

つまり,この言語では,存在論的には「名詞」と呼びたくなるようなobject root が,「動詞」と呼びたくなるようなaction rootと同じ形態論的プロセスを経て具 体的な動作を表す。このような事実もこの言語の品詞分類が容易でない一つの要 因である。

以上,タガログ語の品詞分類の困難さについて,語根の特性に由来する部分を 述べて来た。このようなタガログ語の語根の特異性はこの言語の特徴を明確にす る上で重要な点ではあるが,実際のところ,上記の点は,必ずしも,本稿のテー マである「品詞分類」にかかわる問題であるとはいえない。というのも,語根を 品詞分類の単位として設定することがそもそも有効ではないと考えられるからで ある12。タガログ語の品詞分類に際して,このような手法がとられてきたのは,

独立した意味的,文法的特性を与えられていない,抽象物である語根と,語根形 の単語(語根がたまたまそのままの形で単語として用いられるもの)の間に本来 なされるべき概念的区別がされてこなかったためであろう。

Himmelman (2008) は,従来,(抽象物としての)語根に属する一つの屈折変化 形であると考えられてきた,「語根+態/相標示」という要素を,語根形の単語 からの派生語として捉え直し,この種の派生語群が一つの語類V-wordsを形成して いると分析している。彼の提案はタガログ語の語類の網羅的分類を試みるもので はないが,この考え方に沿えば,この言語にも少なくとも一種類の形態的カテゴ リーと意味的カテゴリーの結びつき,すなわち,「語類」が存在するということ になる13。本稿の以下の部分ではこの考え方を採用し,態/相の標示の付いた形 をV-wordと呼ぶことにする。

12 筆者は各言語の「語根」の分類を行うこと自体の意義を否定しているわけではない。たとえば本冊収録の 加藤(2008)(本冊中に収録)が日本語に関して行っている「体詞」(統辞形態要素を語の内部に含む形式)

/「用詞」(統辞形態要素を語の内部に含む形式)の分類は,少なくともそこで中心的に扱われている「体 詞」に関する記述をみる限り,通言語的観点からみると「語根」の分類と呼ぶにふさわしいものであり,

この分類は日本語の語形成の特徴を(そして,間接的な形で語彙構造の特徴を)明確にしているという点 で,個別言語の記述上の一つのアプローチとして有意義であると考えられる。ここでその意義を問題とし たいのは,このような(そしてタガログ語に関してこれまで行われてきたような)「語根」の分類を,印 欧語の品詞分類のような,独立した統語的機能を持つ単語の分類の間と概念的に区別しないで行うこと,

そして,前者に対して後者に対して貼られているような「名詞」「動詞」などのラベルを無自覚に当ては めることである。このような分類は,そもそも性質の違う対象を同様のレベルで比較しようとしている点 で不毛であると考える。

13 彼の分類の目的は,ここで触れたように,これまですべて語根からの屈折的変化形であると考えられて いた,態/相の標示形を,語根形の単語からの派生語として新しく解釈し直すことである。彼の解釈では,

表1に示したような,各焦点標示形(動作焦点形,対象焦点形,方向焦点形など)がそれぞれ独立したV-words のカテゴリーのメンバーであると捉えられ,各焦点形の相による変化形はそれぞれの焦点形のバリエーシ ョンであると捉えられる(別の言い方をすると,語根形の単語から,個々の態標示形への変化は派生,そ

(10)

前述のようにV-wordsは具体的な動作を表す単語群であるため,通言語的な類 型からは,これらの単語は統語上「動詞的」(おおまかにいえば叙述的)に機能 することが期待されるが,実際にはそうではない。次節で述べるように,この点 がタガログ語における品詞分類を難しくしているもう一つの要因である。

5. 文法的特徴に由来する区別の難しさ

5.1. 問題点の概略

この節では,タガログ語の品詞分類を困難にしている要因のうち,その統語 的性質によるものを扱う。そのような要因として,おおまかには次の二点が挙げ られる。

[1] すべての語が,文の主要な構成要素「補語」「述語」のいずれにも現れうる。

[2] V-wordがそのままの形で動詞の表す状況の関与者を表す。

以下の部分では,[1][2] それぞれについて,以下に詳しく述べる。

[1] すべての語が,文の主要な構成要素「補語」「述語」のいずれにも現れうる。

Croft (1991:89) が指摘しているように,多くの言語で,「名詞」は典型的には補 語として,「動詞」は典型的には述語として現れるという対応がみられる。この 典型的な対応から逸脱する場合は各要素に「有標さ」を示すマーカーが現れると いう傾向があり,それが語類を区別する上での基準として用いられることが多い のだが,タガログ語にはそのようなマーカーが存在せず,この特徴を品詞分類の 基準として用いることはできない。

(10)(11) は語根形の単語が述語に用いられている例である。述語のdoktor 「医者」,

Si Maria「マリア(siは固有名を表す標識辞)」は特に有標さを表すマーカーなし で現れている。(12) のV-wordが述語に現れている例と対照されたい。

(10) Doktor si Maria.

doctor SPEC Maria 「マリアは医者だ。」(大上1994:21)

(11) Si Maria ang guro

SPEC Maria SPEC teacher

「その先生はマリアである。」(大上1994:24)

こからの相による変化は屈折として扱われる)。たとえば,3.3の表1の「与える」の形式群のうち,横軸の「動 作焦点形」,「対象焦点形」,「方向焦点形」は,それぞれ名詞bigay「贈与,贈り物」からの派生形(それぞ れ別々の単語)であると考え,縦軸の「相」を表す形のバリエーションは,それぞれの焦点形に属する変 化形であると考えるわけである。

いずれにしても,本文中で触れたように,彼の分類は,タガログ語の語類を網羅的にとらえようとする ものではなく,それゆえ,この言語の単語のうちV-words以外の範疇には何ら言及していない。

(11)

(12) Nag-a-aral si Rico

AV.R.IPF.study SPEC Rico 「リコは勉強している。」(大上1994 : 22)

(13) はV-wordがそのまま補語として用いられている例である。補語(この場合

は主語)のang mag-aral 「勉強すること」には,特に有標であることを表すマー カーが現れていない。(11) のように語根形の単語が補語(主語)として現れてい る例と対照されたい。

(13) Mahirap ang mag-aral.

difficult SPEC AV.IR.IPF.study

「勉強するのは難しいことだ。」(大上1994 : 21)

[2] V-wordが標識辞を伴って「動詞の表す状況の関与者」を表す。

3.3.で述べたとおり,この言語では,具体的な動作は (14) のように態/相のマー カーのついたV-wordを含む述語によって表される。

(14) T-um-atakbo ang pulis

AV.R.IPF.run SPEC police

「その警官は走っている。」(筆者の作例)

一方,それと同じ形が,「特定」を示す標識辞angを伴い,補語として現れ,

動作の関与者を表す場合がある。(14) と (15) を対照されたい。

(15) Ang pulis ang t-um-atakbo

SPEC police SPEC AV.R.IPF.run

「走っているの(人)はその警官である。」(大上1994 : 25)

この場合,V-wordを含む補語が表す関与者の意味役割は,そこに含まれる態の 標示によって決まる。具体的には,その動詞が述語に現れる場合に,主語として 扱われる意味役割,つまり,行為者焦点形であれば動作主,対象焦点形であれば 動作の対象を表す14。上の (15),下の (16) は行為者焦点形 (AV) の例,(17) は対象

14 なお,その意味役割に相当する要素は節内に現れることがない。(16)の当該の節に対応する動作主が明示 されている「レイにおもちゃをあげた人」という内容は,いわゆる「関係節」のように,節全体に修飾され る形で表される。

(16’) tao-ng nag-bigay ng laruan kay Rey.

person-LIN AV.R.PF.give GEN(P) toy OBL Rey.

「レイにおもちゃをあげた人」(筆者の作例)

(12)

焦点形 (PV) の例である。(ここでは行為者焦点,対象焦点の例のみを挙げたが,

同様のことが他の焦点形(方向焦点,場所焦点,受益者焦点,道具焦点)につい てもいえる。)

(16) Ako ang nag-bigay ng laruan kay Rey.

1SG.SPEC SPEC AV.R.PF.give GEN(P) toy OBL Rey.

「レイにおもちゃをあげたのはぼくだ。」(大上1994:105)

(17) Itong mangga ang b-in-ili ko kanina.

that mango SPEC PV.R.PF.give 1SG.GEN(A) some time ago

「私がさっき買ったのはこのマンゴーだ。」(大上1994:129)

(16)(17) ではV-wordだけでなく,それに対応する補語をも含む要素が動作の関

与者を表している。このことから,より厳密にいえば,この種の「転換」の対象 となるのは,語彙素としてのV-wordではなく,それを含む節であるといえる。

多くの文法書は,この種の節が (15)-(17) のように主語として現れる例のみを示 しているが,この種の節はその他の補語(標識辞sa (OBL)やng (GEN)の付く形)と してもあらわれうる。(18) では,この種の節が,動作の受け手として標識辞saを 伴って現れている。

(18) Ibigay natin ang pagkaing ito

PV.IR.IPF-give 2PL.INCL.GEN(A) SPEC food that

sa nag-aaral.

OBL AV.R.IPF.study

「私たちは勉強している者にその食べ物をあげよう。」(筆者の作例)

(19) では,この種の節が,所有(存在)文の項として標識辞なしで現れている15

(19) May hi-hiling-in ako sa iyo.

exist PV.IR.IPF.request 1SG.SPEC 2SG.OBL

「私はあなたに頼みがある。」(大上1994:169)

15 存在・所有を表すmayに後続する要素は通常の補語と異なり標識辞が付かない。節内では述語の態の標示 にかかわらず,全体の「所有者」に相当する要素(この場合は「お願い」を行う予定の話者当人)がang (SPEC) による標示を受ける。本来当該の焦点形(この場合は対象焦点)においてang (SPEC)による標示を受けるで あろう要素(この場合は対象を表す要素)の現れ方については,注15を参照されたい。

(13)

上記の現象から,この言語では,具体的な動作を表すのと同一の形式によって その動作の関与者が表されることがわかる。これはつまり,動作を表す V-word を中心とする統語的単位が,同時に具体物をも指すということであり,その点で,

その節の主要部であるV-wordは「動詞」の類型から逸脱していると考えられる。

以上,タガログ語の動詞と名詞の区別を困難にしている事象のうち,統語的特 徴にかかわる点を概観して来た。筆者はこれらの事象はタガログ語の述語が持つ 特徴によると考える。次節5.2ではその点について述べる。

5.2. タガログ語の述語の特徴と品詞分類(の困難さ)との関係

第3節でタガログ語の述語に関して,文頭に置かれるという文法的特徴と,焦 点を表すという談話的特徴を挙げた。ここで,そのようなタガログ語の述語の特 性をより明確に示すため,通言語的に「述語」が持つとされる意味的特徴について 考えてみよう。

個別言語の「述語」に関する記述は,多くの場合,語順や形態統語論的特徴によ る形式的定義が主で,それに対する意味的特徴付けが与えられていることは少な いが,おそらく,その意味/談話機能の典型は,動作表示および焦点標示である といってさしつかえないだろう (Lambrecht 1994:228-233)16

一般に,発話中の動作を表す部分と焦点を表す部分は一致することが多いが,

常にそうであるとは限らない。この場合,そのどちらが述語によって優先的に表 示されるかに関して,タガログ語は,英語や日本語などと異なる特徴を示す17。 このような特徴が明確に現れるのは,文において動作の関与者が談話の焦点であ る場合である。そのような例に注目してみよう。

第3節で触れたように,タガログ語の述語には,談話の焦点を表すという強い 制約があり,このような場合,述語は談話の焦点である関与者を表す。動作を表 す部分はその他の関与者を表す部分(もしあれば)と一緒に補語を構成する。こ の種の例として前項の (15)-(17) を再掲する18

(20)(=(15)) Ang pulis ang t-um-atakbo

SPEC police SPEC AV.R.IPF.run

「走っているの(人)はその警官である。」(大上1994 : 25)

16 Lambrecht (1990:231)は名詞項焦点文argument-focus structureについて記述する過程でこの二点(談話の焦点 と動作)を述語の典型的意味的特徴として抽出し,前者(焦点)を談話的述語,後者(動作)を意味的述 語と呼んでいる。

17 以下の部分で,述語の二つの典型的特徴(動作/焦点)のうちどちらが優先されるかによって言語を分 類しようとする試みを行うが,これは,類型論的研究においてこれまで行われてきた,主語の二つの典型 的特徴(動作主/主題)のうちどちらが優先されるかによって言語を分類する試み(いわゆる「能格性」

の議論)と並行的にとらえることができる。

18第3節で触れたように,この言語の述語は形式的には文頭の位置に現れる要素として定義される。この位 置に焦点以外の要素が現れる場合は,その要素に有標性を表す要素(倒置標識)ayが現れる。(第3節の(4)(5) を参照されたい。)

(14)

(21)(=(16)) Ako ang nag-bigay ng laruan kay Rey.

1SG.SPEC SPEC AV.R.PF.give GEN(P) toy OBL Rey.

「レイにおもちゃをあげたのはぼくだ。」(大上1994:105)

(22)(=(17)) Itong mangga ang b-in-ili ko kanina.

that mango SPEC PV.R.PF.give 1SG.GEN(A) some time ago

「私がさっき買ったのはこのマンゴーだ。」(大上1994:129)

一方,同様の内容を表すのに,英語の述語は焦点ではなく動作の表示を選択す る。この際,動作でなく関与者が談話の焦点であることはそれを表す補語に強勢 をおくことで表される。(20)-(22) に対応する英語の例を (20a)-(22a) に示す。(強 勢のおかれる位置=焦点をスモールキャピタルで示した。)

(20a) The POLICEMAN is running.

(21a) I gave a toy to Ray.

(22a) I bought a MANGO a while ago.

焦点が述語に置かれる場合もあるが,その場合は有標な文形式(いわゆる分裂 文)が用いられる。

(20b) It is the policeman who is running.

(21b) It is me who gave a toy to Ray.

(22b) It is a mango that I bought a while ago.

日本語に関しても同様の傾向がみられる。(20)-(22) の日本語訳では,焦点の位 置をより明確に示すため,有標な形式である「分裂文」を用いたが,同様の内容 をより無標の形式 (20c)-(22c) で述べることができる(動作主が談話の焦点である 場合は格標識「が」の使用によって,それ以外の場合は当該の補語に強勢をおく ことによって焦点の位置を示す。ここでは,焦点を太字によって,強勢を下線の 使用によって示す)。

(20c) 警官が走っている。

(21c) 私がレイにおもちゃをあげた。

(22c) 私はさっきマンゴーを買った。

以上のことから,タガログ語の述語は焦点標示を優先するタイプ,日本語/英 語の述語は動作表示を優先するタイプであることがわかる。以下の部分では,こ

(15)

のようなタガログ語の特徴と,上で扱ったタガログ語の品詞分類上の問題([1][2],

以下に再掲)を関連づけて考えてみよう。

[1] すべての語が,文の主要な構成要素「主語」「述語」のいずれにも現れうる。

[2] V-wordを含む節がそのままの形で動詞の表す状況の関与者を表す。

このうち,[1] は,「焦点標示優先」というタガログ語の述語の特徴から直接説 明できるだろう。

上で示したように,タガログ語の述語の本来的な機能は焦点の標示であり,動 作の表示ではない19。動作表示優先の言語では動作以外を表す要素の述語におけ る生起は,規範からの逸脱と考えられ,それゆえ有標の形式が現れるのだが,タ ガログ語においてはそのような制約がないため,有標の形式は現れないのである

(補語におけるV-wordの生起についても並行的に考えることができる)。

[2] に関しては,説明はそれほど簡単ではないが,以下のような仮説を立てるこ とができる。

V-word を含む補語は,5.1 で述べたように,主語として機能するものとそれ以

外の補語としても機能するものの二種類に分類できる。先に挙げた例のうち,前 者の例として (16),後者の例として (18) を再掲する。

(23)(=(16)) Ako ang nag-bigay ng laruan kay Rey.

1SG.SPEC SPEC AV.R.PF.give GEN(P) toy OBL Rey.

「レイにおもちゃをあげたのはぼくだ。」(大上1994:105)

(24)(=(18)) Ibigay natin ang pagkaing ito

PV.IR.IPF-give 2PL.INCL.GEN(A) SPEC food that

sa nag-aaral.

OBL AV.R.IPF.study

「私たちは勉強している者にその食べ物をあげよう。」(筆者の作例)

5.1 では,従来のタガログ語研究において行われてきた考え方(大上 1994:101 など)を踏襲し,いずれのタイプの補語についても動作の関与者を指示している ものとみなして議論を行った。しかし,実際のところ,二つのタイプのうち,V-word を含む節が主語である場合 (23) については,その節が関与者を指示していると考 えなくても解釈が可能である。このタイプの節が示しているのは,「話者がレイ

19 もちろん,タガログ語においても,述語は動作と焦点の両方を表すことは多い。その結果,動作を表す 部分に焦点がおかれるということはよくあるが,これは,Sapir (1921:119)が指摘しているように,談話の焦 点は一過性の事象(動作)におかれることが多く,結果的に,述語に動作を表す要素が現れる頻度が高い という,通言語的な談話上の傾向によるものであり,タガログ語の述語が持つ機能によるものではない。

(16)

におもちゃを与えた」という命題と,その命題が次の (23’) に示したような情報構 造を持っているということのみである。

(23’) (23)の情報構造 談話の焦点=私

前提=誰かがレイにおもちゃをあげた

この文形式と情報構造の対応は,上述の「述語=焦点」というタガログ語の特 徴から説明可能であり,必ずしも補語が動作の関与者を指示している(つまり,

具体的個体を想定してそれを指し示している)という解釈を与える必要はない。

一方,V-wordを含む節が主語ではない (24) のような文は,この節が動作の関与者

を指示していると考えなければ解釈ができない。

筆者はここで,V-wordを含む補語は,元々は (23) のように主語としてのみ用い られていたものが,後の再解釈の結果 (24) のように主語以外にも用いられるよう になったのだという仮説を提示する。より具体的に言えば,V-wordを含む補語は,

本来は「前提」を標示するという機能のみを担っていたのだが,その後,その機 能が具体的な対象を指示するという機能に拡張されたと考える。

この仮説は,今後,古いタガログ語の文献の用例,あるいは系統関係にある他 の言語の状況を見ることによって検証できる可能性がある。

この項の最後に次のような通言語的事実も指摘しておきたい。上記のようなタ ガログ語の特徴,つまり,(i) 述語が焦点を表すこと,および,(ii) 具体的な動作を 表す要素が動作の関与者をも表すという点は,一般に品詞の分類が難しい言語と して知られているヌートカ語にもみられる(中山2006:98-99)20。このような並行

20 中山(ibid.)は上記(i)(ii)の特徴について明確に述べてはいないが,そこにみられる「ヌートカ語では,意味 に関わらず同じ語が動詞的統語環境(=述語)にも名詞的統語環境(=名詞項)にも現れることができる」

という記述,および,それに伴う以下のような例文から,ヌートカ語にも同様の特徴が見られることがほ ぼ推測できる。以下の例文とその訳文から,この言語に述語が談話の焦点を表す傾向があること,a.で動作

(「働いている」)を表している要素が以下の例文b.で「定」の標示を伴って動作の関与者(「働いている者」)

を表していることがわかる。

(例) a. mamuuki

̉

š quuas

̉

i

̉

mamuːk -i

̉

ˑš quːas -

̉

i

̉

ˑ 働いている-IND 人 -DEF

「その人は働いている」

b. quuas

̉

i

̉

š mamuuki

̉

quːas -

̉

i

̉

ˑš mamuːk -i

̉

ˑ -IND 働いている-DEF

「働いているのは人(インディアン)だ」

(17)

性は,本節で筆者が示した歴史的変化という仮説を取らないとしても,何らかの 形で説明を試みる価値があるだろう。

6. まとめ

本稿では,タガログ語の品詞に関わる問題のうち,特に「名詞」と「動詞」の 区別に関して考察を行った。

この言語においてその二つのカテゴリーの区別が難しいとされている一つの要 因は,語根形の単語(形態的に無標の単語)が常に何らかの形で「名詞的」な意味 を表すという事実である。この点に関して,本稿では,それ自体は明確な意味的 機能/文法的機能を持たない「語根」を品詞分類の単位として設定すること自体 に問題があると考えた。Himmelmann (2008) の分析は,そのような問題点を持つ従 来の分析への対案として捉えることができる。彼は,従来,語根に属する一つの 変化形であると考えられてきた,「語根+態/相標示」という要素を独立した派 生語として捉え,それらが一つの語類V-words を形成していると考えることによ って,語根形の単語群から区別している。この考えに沿えば,この言語において,

少なくとも2種類の語類を認定することができる。

ただし,語類 V-wordsは,「具体的な動作」を表すにもかかわらず,通言語的 に「動詞」が持つとされる特徴からは逸脱する統語的特徴を持つ。このこともこの 言語における動詞と名詞の区別を難しくしている一つの要因である。そのような

「逸脱」として,(i) 述部に現れる際の扱われ方が語根形の単語と同じである,(ii) それが構成する節が動作の関与者をも表しうる,という二点が挙げられる。この 点について,本稿では,タガログ語の述語が持つ談話的特異性から解釈を試みた。

一般に,述語の意味的/談話的機能として,「動作表示機能」と「焦点標示機能」の 二点が挙げられる。特定の談話でこの二つの要素(動作/焦点)が一致しないと き,英語や日本語の述語は動作表示を優先させるのだが,タガログ語の述語は焦 点標示を優先させる。一般に,品詞分類にかかわる研究の基準となっているのは,

前者の「動作表示タイプ」の言語であり,それゆえ,「動詞」というカテゴリー の典型は,「『(文法的カテゴリーとしての)述語』と『動作』のコンビネーシ ョン」であると考えられている。その二つが必ずしも一致しないタガログ語にお いて,同様の品詞カテゴリーを見いだすことが難しいのは当然のことであろう。

(18)

略号

1,2,3 一人称,二人称,三人称

A 行為者

ALL 方向

AV 行為者焦点

DAT 与格

DEF

DV 方向焦点

EXCL (一人称複数の)排除形

IM 倒置標識

INCL (一人称複数の)包括形

IND 直説法

IPF 非完了(不定相,未完了相に相当)

IR 非現実(不定相,未然相に相当)

LIN リンカー(被修飾語と修飾語の間に入る要素)

LOC 場所

P 動作の対象

PF 完了(完了相,未然相に相当)

PL 複数

PN 固有名詞に付される標識

PV 対象焦点

R 現実(完了相,未完了相に相当)

RED 重複

SG 単数

SPEC 特定

転写に用いる記号 (IPAと異なるものだけを示す。) ng [ŋ]

t, d, nはいずれも歯音

本研究のデータ

本研究に用いたタガログ語のデータは,すべてタガログ語話者のチェックを受 けている。なお,本研究は,日本学術振興会科研費補助金(若手研究(B))「イン ドネシア諸語の情報構造の文形式による標示にかんする研究」(平成20-23年度)

による研究活動の一環としておこなわれたものである。

(19)

参 考 文 献

[日本語]

大上正直. 1994. 『フィリピノ語文法入門』. 東京:白水社.

中山俊秀. 2006. 「品詞について—あるから見えるのか,見ようとするから見えるのか」. 峰岸真琴(編).

『言語基礎論の構築へ向けて』. 東京:東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所. pp. 93-107.

[英語]

Bloomfield, Leonard. 1917. Tagalog Texts with Grammatical Analysis. Urbana, Illinois: University of Illinois.

Comrie, Bernard. 1981. Language Universals and Linguistic Typology. Oxford: Blackewell.

Croft, William. 2000. “Parts of speech as language universals and as language-particular categories”, In Petra M.

Vogel and Bernard Comrie (eds). Approaches to the Typology of Word Classes. Berlin: Mouton de Gruyter.

pp.65-102.

Himmelmann, Nikolaus P. 2008. “Lexical Categories and Voice in Tagalog”. In Peter K. Austin and Simon Musgrave (eds). Voice and Grammatical Relations in Austronesian Languages. California: CSLI Publications, Center for the Study of Language and Information, Stanford University. pp.247-293.

Lambrecht, Knud. 1994. Information structure and sentence form. Cambridge: Cambridge.

Lyons, John. 1977. Semantics, Vol.2. Cambridge: Cambridge University Press.

Rubino, Carl R. Galvez. 2002. Tagalog-English, English-Tagalog (Pilipino) Dictionary. New York: Hippocrene Books.

Sapir, Edward. 1921. Language. New York: Harcourt, Brace and World, Inc.

参照

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