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Academic year: 2021

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(1)

古典期 のアテナイ民主政 に関す る論争 と プラ トン 『法律』 の‑記述 に関す る問題

堀 井 健 一

TheCl a s s i c a lDe b a t e so nt heAt he ni a nDe mo c r a c y a ndt hePr o bl e m o naDe s c r i p t i o ni nPl a t o' s Le ge s

Ken‑ichiHORII

は じめに

古代 のアテナイでは前

5

世紀末 の ク レイステネスの改革 か ら前

3 2 2 /1

年 まで民主政が行 なわれていた。 その期間の うち前4世紀 にはプ ラ トン, イソクラテス, ア リス トテ レスに よる反民主政的意見が著述等で行 なわれた ことがよ く知 られている 他方, それ以前 の前 5世紀 については次の世紀 の状況 ほど国制論争が行 なわれたよ うには史料か らは見受 け ら れない と思 われ る。だが, この点 については最近,前5世紀 における民主政 につ いての論 争 を再構築す る研究成果が出た。前4世紀 の反民主政思想を吟味 しよ うと試み る際, それ 以前 の前

5

世紀 の国制論争 の諸論議 を理解 してお くことは有益である

そ こで,本稿 の中で は,初 めに前5世紀 のギ リシアにおける民主政 についての論争 を再 構築す る研究成果の1つを紹介 し,次 に前4世紀の思想家 たちの論点 の1つを考察 し,最 後 にプ ラ トン 『法律』 (Leges)にお ける政務審議会員 の選 出方法 に関す る叙述 の中 に存 在す る問題 を提示 して,古典期 アテナイにおける国制論争 の一端 にある問題点を示唆 した

い 。

1.前5世紀 における民主政 についての論争〜 ラフラウプの概説か ら

ラフラウプ1)が前5世紀 の悲劇作品や トゥキュデ ィデスの著書 などか ら当時の民主政 に つ いての論争 に関連す る諸史料 を挙 げ, さ らにそれ らを元 に して仮想 の政治論争 を再現 し ているので,以下で彼 による前5世紀 における民主政 についての論争 の概説 を紹介 したい。

初めに, その歴史的政治的背景 につ いて ラフラウプは次のよ うに概説 している ペ リク レスの外交 ・軍事政策 によ ってアテナイの勢力 は,海軍 とテ‑テスに依拠す るよ うにな り, 民主政 が下層民 の役割 と結 びっ いた2)。 この変化 は,前

4 6 2

年 の エ ビアルテスの改革 か ら 始 ま り,改革者 たちは,民衆 に全面的 に責任 を負わせ るよ うにす ることに努 めた3)。 そ こ でエ ビアルテスの改革後 に改革 についての論争 とェ ピアルテス暗殺 とい う暴力沙汰が起 こ り,改革派 と反改革派 の2派 に分かれて対立す るよ うにな った。 それがペ リク レスと トゥ キ ュデ ィデスの対立 であ って,貴族 の トゥキ ュデ ィデス派 は, ペ リク レスの政策 が民衆 (d8mos)を利 し, 自分 たちが少数派であ るのでペ リク レスの民主派 が市民団の一部 によ

(2)

る排他 的支配 を行な ってい ると見 た。 このよ うに して アテナイ市民 たちの問で は民主政対 寡頭政 の対立 と論争 が発生 した4)。 トゥキ ュデ ィデスの陶片追放後 のペ リク レスの第一人 者時代 には民主政 の成功 によ って国制論争 は争点 にな らなか ったが, シケ リア遠征敗北後 (前411年 の こと,引用者註) とペ ロボネ ソス戦争 の敗戦後 (前404‑403年 の こと, 引用者 註) に寡頭派が台頭 した。 だが,彼 らは,党派争 い,暴力行為,敵 との談合で信用 を失 う だ けであ った。 この背景 には非貴族 の富裕層 が登場 し, さらにペ リク レスの死 によ って貴 族 によ る指導 が終わ り, それ らの条件 か ら雄弁 な政治家 (rhetores)が求 め られた ことが あ る5)。 エ ビアルテスの改革後, アテナイ民主政 が市民 の問での政治上 の平等 を達成す る と,国内で も, また国外 で もアテナイの帝 国主義政策 によ って,民主政 とい うものが注 目 を引か な くな った。 内外 で親民主政 と反民主政 の論議 とアテナイ帝 国論議 が起 こった6)。 それゆえ, ペ ロボネ ソス戦争期 にはスパ ル タが貴族政 のモデルにな り,他方 で アテナイは 他 ポ リスに民主政 を押 しっ けて い った。戦争 の負担 と党派争 いの下 で民主政 と寡頭政 とい う言葉 は,国内の権力抗争 に国外 か らの支援 を得 るための口実 と して使 われ る ものに変 わ るよ うにな った7)。

前5世紀 に国利論争 の形式 を採 った もの と して ラフラウプが挙 げるのは, ヘ ロ ドトスの ベル シア王宮 内での国制論争 の物語 (Herodotus,3.80‑82)とエ ウ リピデスの 『救 いを 求 め る女 たち』 (Subbliants [Supplices])で あ る ヘ ロ ドトスの物語 の時代設定 は,前522 年 であ るが, ラフラウプは,彼 の国制論争 の物語 の中のい くっかの意見が前5世紀後期 の ギ リシア人 の思想 に根 ざ して いると考 えて いる8)。 この物語 の中で ダ レイオ スが王位 を継 承す るにあた り,採択すべ き国制 と してオ タネスが民主政 を, メガ ビュゾスが貴族政 を, ダ レイオスが王政 を主張す る。3人 の主張 につ いての詳論 を省略す るが, ラフラウプが指 摘す ることは, この3人 の討論 を通 じて王政論が民主政論 を対照 と して引 き立 て る役割 を 持 ってお り,結局, この討論 の主 な 目的 は民主政 の美点 と欠点 を議論 す ることで あ ったに 違 いない, とい うことで あ る9)。 けれ ど も, このベル シア王宮 での討論 は,論 に偏 りが あ り,賛成論 と反対論 の論点が必ず しも合 っていないので,真の論争 にな って いない10)。従 っ て, この討論 の中の話 し手 たちは, 当時 のギ リシア人 の中の,民主政 の長所 と短所 につ い ての論 を技術 よ りも熱心 さで語 る政治 の専 門家 たちを鏡 に映 し出 して いる11', とい うわ け である もう 1つの国制論争 を提供 す る, エウ リピデス 『救 いを求 め る女 たち』 の中では, 論者が2人であ り, テバ イか らの伝令使が王政 を代弁 し, テセウス王が民主政 を擁護す る

民主政擁護 の力点 は,全市民 に対す る法 の保護 と政治参加 を保障す る諸制度 にあ り, また, 民主政 の長所 が,逆 に僧主政 を批判 す る ことを通 じて激賞 されて い る12)。僧主政 を話 に出 す ことが, それ にアテナイ人 たちが恐れて いるので,民主政論 に有効 であ る この討論 も 民主政論 に過 ぎな くて,前述 のヘ ロ ドトスの物語 に相似 して いる:'

次 に,2つの国制 を比較 した議論 の例が あ る ラフラウプが挙 げて いる もの は,伝 クセ ノボ ン 『アテナイ人 の国制』([Ⅹenophon],Ath.) とい う小論 と トゥキ ュデ ィデス 『歴史』

(Th.) の中の シュラクサ イ人 アテナ ゴラスの演説 で あ る。伝 クセ ノボ ンの小論 につ いて ラフラウプが指摘 していることは, この中で民主政 と寡頭政 の2つの国制 が比較 ・検討 さ れているが, それ らの国制が, お互 いに相容 れず,市民団の中の一部 の利益 を代弁 して い るとい うよ うに描かれて い ることで あ る】1'。 他 方, アテナ ゴラスの演説 は,前415年 にア テナイ海軍 の シケ リア遠征軍 が シケ リアに接近 して いる うわ さが流れている中で寡頭派が

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民主政 を打倒 して権力奪取 を狙 って いる時 に行 なわれ た ものである 彼 の演説 か らそのポ リス内の寡頭派 の要求 と不平不満 を知 る ことがで きる11)。 この アテナ ゴラスの国制比較論 は,現実 の政治 の中の諸問題 や現実 に基 づ いて いるfi)0

次 に, ラフラウプは,悲劇 に登場す る国制論争 あ るいは民主政論 を概観 して いる 彼 に よれば,普段 は抑え られている仲違 いが劇 の中で論 じられ る可能性があ り, そ して悲劇 は, 共 同体 の道徳 と政治 の教 師 とな る

Ⅰ 7 )

。 また,悲劇作家 の関心 は,民主 政 によ って創 り出 さ れ る様 々な問題 や緊張 に向 け られて広が る ものであ り, その場合, アテナイの外交 と帝国 主義 に関連 す る問題 につ いての もの にな る。例 と して挙 げ られ るの は, アイスキ ュロスの

『救 いを求 め る女 たち

』( S

uppliants

[ S

upplices]), 『ェ ウメニデス』(Eumenides), 『縛 られ た プ ロメテ ウス』(Prometheus[PrometheusVinctus]), ソポ ク レスの 『ア ンテ ィゴネ』 C4ntlione)と 『オイデ ィプス』(Oedipus[OedipusTyrannus])であ る ラフラウプは,悲 劇作品か らアテナイ人 の民主政観 が分 か ると確信 して いる18'。 ほとん ど全面 で政治問題 に 焦点 を当てて い る現存作品 と して ラフラウプが枚挙 して いる ものは3つで, エウ リピデス の 『ヘ ラク レスの子供 たち』(Heraclidae)と 『救 いを求 め る女 た ち』(SuppliantWomen

〔前述 の箇所 とは ラフラウプによる表記 が異 な って い る〕), そ して アイスキ ュロスの 『救 いを求 め る女 たち』であ る19)。 ラフラウプによれば, エウ リピデス 『救 いを求 め る女 たち』

は, ペ ロボネソス戟争 と民主政 の危機 の始 ま りを反映 してお り,第一人者 の死で束縛 を解 かれたアテナイ政治指導者 たちの競争 の凄 ま じさを描 いてお り,従 って,詩人 は民主政批 判 を提示 して い る20)。 『ヘ ラク レスの子供 た ち』 は,外 国 に屈せず に 自国の主権 と自由を 守 る決定 を支持 し,過去 の栄光があ るので今回 の新 しい戟争 は大義 のために戦 い, ヒュブ リス (hybris)(暴虐非道 の こと, 引用者註) や不正 の危険を避 ければ勝利 す ると語 りか け る21)。 それ と同 じ原則が 『救 いを求 め る女 たち』 の中で強調 されて いるが, そ こで は疑 念 と悲観主義 が広が ってい る テバ イ戦 で ア ドラス トスが理 に従わず,せ っか ちな従者 た ちに屈 し,警告 を無視 して ポ リスに悲劇 を もた らす。 ラフラウプは, ここに トゥキ ュデ ィ デス (Th.,1.70)の アテナ イ人 たちの描写 との類似性 を認 め,勝利 で次 の大勝利 を欲 し が るアテナイ民衆 の心情 を描 いて い ると考 え る22)。 また, ラフラウプは, エウ リピデスの 民主政批判 が指導者 の質 と民衆 の力量 の問題 に焦点 を当ててお り,民主政 の良 さ と,他方 で民衆 の無能 さを強調す ると考 え る さ らに, エウ リピデスが,若 い指導者 たちの 自己本 位 と野心,富者 の含欲 さ,貧者 の妬 み などを非難 し,共 同体 の生 き残 りは中年層 にかか っ て いると述 べ, これ らの悪 に対す る取 り組 み方 と して,共同体意識 の覚醒 と若者 に政治責 任 を負 わせ ることを述べてお り,劇 中のテセウスにべ リク レスの像 を重 ね合わせ,政治技 術 と して の勇気 の大切 さを語 って い る と考 え る23)。 さ らに, ラフラウプによれば, (彼が お そ ら く前411年 の寡頭派 政 変 の直後 に上 演 され た と考 え る) 『フ ェニキ アの女 た ち』

(PhoenicianWomen[Phoenissae])の中で エ ウ リピデス は,党派対立 の問題 と, 野心 およ び 自己本位 の有害 を述べて いる エウ リピデスの論点 は, ソフ ィス トの権力論 に根 ざ して い る政治姿勢 で,終戟 までの若 い貴族政 ・寡頭政論者 たちの間であ りふれて いた ものであ る。劇 中で彼 は, ポ リュネイケスをアルキ ビアデスに, あるいは

2

人 の兄弟 (ポ リュネイ ケス とェテオ ク レス) を民主政 と寡頭政 に誓 えて い る 詩人 エウ リピデスは,前411年 の 政変 の事件 か ら影響 を受 けてお り,権力闘争 と破滅 を主題 に し,解決策 と して共 同体意識 を強調す る ことを示 して い る24)。 このよ うに, ラフラウプは, エウ リピデスの社会 ・政治

(4)

思想 は これ まで浅 はかで流行 を追 ってい ると批判 されて きたが,彼 の民主政 に対す る関心 はその問題点 を述べ るだ けでな く,共同体 の生 き残 りに成功 す るための一般原則 を確立す ることにあ った と説 明す る25)。

次 に, ラフラウプは, トゥキ ュデ ィデスにつ いて概観す る 彼 によれば, トゥキュデ ィ デスによ る民会討論 の報告 は,民主政 の外交政策決定 につ いて の諸 問題 の議論 にな る26)。

メロス問題 の討論 とコルキ ュラ内戦 は, ポ リス間関係 とポ リス内党派抗争 につ いての トゥ キ ュデ ィデスの判断 を提供 して くれ る。 トゥキ ュデ ィデスによるペ リク レスの指導者 ぶ り の評価 (Th.,2.65)は, アテナイ民主政 が ペ リク レスの優 れ た才能 によ って飼 い馴 らさ れ る限 りうま くい くこと, そ して このペ リク レスによ る第一人者 によ る民主政

(

》first man 《democracy)が実 は民主政 で な く, ペ リク レスが死ねば崩壊 して衆愚政治 にな る

ことを示 して い る27) トゥキ ュデ ィデスの叙述 の中で は民主政称賛 の弁 と してペ リク レス の葬送演説 (Th.,2.35‑46)があ るが, ラフラウプによれば, この中でペ リク レスは,市 民 の自由を保護 す る民主政 の諸制度 に焦点 を合わせ た国制論議 だ けでな く,民主政 は社会 と政治 の秩序,生活様式 であ ると説 いている ペ リク レスが語 る民主政 は,多数者 による 決議 と法 の前 の平等,個人が社会経済的立場 でな くその能力 で役割 を演 じること, 自由 と 相互 の信頼,法 や役人へ の従順 さを特徴 と してい る そ して民主政 の制度 の下 で は市民が 公事 に関わ ることが求 め られてお り, また厳格 な教育 によ らず に市民 がその能力 を高 めて 共 同体 に奉仕 す る ことが許 されて い る そ して ポ リスの勢 力 は市民 の資質 に基 づ く28)。

ラフラウプは, このペ リク レスによ る民主政論 が, それ に肯定的 な叙述 であ り, さ らには 弁護的であ り, 国制 につ いての比較論争,敵国 による宣伝, あ るいはスパ ル タを理想 とす る主張の中に見 られ る民主政批判 に応えた ものであ ると説明す る29) ラフラウプによれば, このペ リク レスの演説 につ いての記述 の後 に トゥキ ュデ ィデスは, ペス トによる禍 を描写 す ることによ って市民 たちの和 の像 を壊 す とともに, ペ リク レスの死 の直後 の描写 によ っ て民衆 の気 ま ぐれ と感情 的不安定 さを暴 き, ペ リク レス時代が特別で あ り彼 の死後 に民主 政 の真 の姿が現 れたかのよ うに描写 す る ここに トゥキ ュデ ィデスの民主政観 が表現 され てお り, それ は,民衆 の政治能力 ・規律 などの無 さ,政治家の技量 と指導力 の無 さであ り,

これ らが民主政 とアテナイの力 を破壊 す る ことが示 されてい る:〜o)。 この トゥキ ュデ ィデス の見方 に とって特 に重要 な2つの場面 は, ミュテ ィレネ人処遇問題 の討論 とシケ リア遠征 問題 の討論 であ る ミュテ ィレネ討論 は,民主政 の下 での決議方法 の問題 を提示す る

フラウプによれば, その討論 の演説者 ク レオ ンは,民主政が強力 な帝 国主義政策 を維持で きないの は民衆 の気 ま ぐれのせ いで あるので,帝 国支配 のために決議 を堅持すべ きである し,他方で,そのよ うな政策 の一貫性 は,政治家 たちが民衆の好意 を求 めて競 うことによっ て危 う くなることを述べてい る それ に対 して, ク レオ ンの反論者 デ ィオ ドトスは,政治 家が議論 でな く, おべ っか, うそ, 中傷 に頼 って議論 を近 め, その結果,有能 な政治家が 追 い払 われ る し,民衆 は自分 たちの決議 に責任 を と らない ことを指摘 す る1)。 また, ラフ ラウプは, 同 じ問題 が シケ リア遠征 問題 の討議 (Th.,6.1‑26)で登場 す ると考 え る。 そ の討論 での演説者の一人であ るニキアスは,人物 が良 くて用心深 く,思慮 に富 む指導 者の モデル と して描 かれ,他方, もう一人の演説者 の アルキ ビアデスは, その反対 で,若 くて 金持 ちで,才能 があ りうぬぼれ屋で人気があ り, ク レオ ンよ り危険 な人物 と して描かれて お り, トゥキ ュデ ィデスは,彼 の権力欲を疑 って いない。 ラフラウプによれば, トゥキュ

(5)

デ ィデスは, アルキ ビアデスの計画で はな く彼 の玉虫色の刺激 のある個性が熱 い政争 を押 し進めたと主張す る さ らに, アルキ ビアデスが民衆 の感情 を煽 り立てたので, アテナイ 人 たちは危険 を避 けることがで きなか った と描写す る32)。要す るに, ラフラウプは, トゥ キ ュデ ィデスが,彼の懐疑主義 と悲観主義 は別 に して,民主政 の問題点 と弱点 を指 し示 し た と考え る33)

ラフラウプは,前5世紀 の最後の三分の一世紀 の時期 に行なわれた可能性 のある,寡頭 派 と民主派 の人物 たちの間の民主政 についての仮想 の討論 を描 いてみせている。 この描写 は, トゥキ ュデ ィデス,伝 クセノボ ン 『アテナイ人 の国制』, エウ リピデスの悲劇 などか ら拾 い集 めた史料 に基づ いて構成 されている 下記 にそれを抄録す る 寡頭派, 「民主政 は,大衆 とい う市民団の一部 の利益 のためにあ り,上流層 は少数派であ る 少数者 は大衆 の奴隷 にな っている。 デーモスに属 さない人が民主政 を好 むのは不 自然 である」。民主派,

「権力が少数者 でな く多数者 にあるか ら民主政 と呼 ばれ る 民衆が主権者で主人である 全市民が決議 し責任を分か 民主政では各人が,共同体 にとって有益である限 り,参加 ・ 貢献す ることが許 され る 寡頭派 は,多数者が政治 に関わ ることを望 まな

」。寡頭派,

「民衆が将軍職 のよ うな危険な役職 に就 かず給与 な どを得 る役職 に就 きたが るのは奇妙 で はないか。寡頭派が望んでいるのは,富 と身体で ポ リスに貢献 で きる人が責務 を負 うべ き であるとい うことである」。民主派,「貧 しい普通 の人 々が政治 に参加 して貴族 や富裕者 よ り権力を持っ理 由は,彼 らが艦隊に乗船 しポ リスに勢力 を もた らすか らである 市民 たち は指導者 に善意 を感 じるだけでな く,共通善 のために精力を捧 げる。寡頭派 のエウノ ミア

( e uno mi a )

(秩序 ある法制 の こと,引用者註)の下で は多 くの人が政治や権力か ら締 め出 され少数者 の奴隷 になる 民衆 による政治参加 と政権管理 は, 自分 たちの自由を守 る唯一 の方法である。民主政 は自由である」。寡頭派,「エウノ ミアの国で は最善の人が立法 し政 策 を決 定 し, 下 層 民 を管 理 し, 狂 人 を民 会 に参 加 させ な い 民 主 政 は カ コ ノ ミア

( ka ko no mi a )

(悪 しき法制 の こと, 引用者註) で民衆 が権力 と自由を持 って いるので, 最善の人 は我慢 しなければな らない。民衆 の言 う自由は度 を越 してお り, アナーキーや無 法 を隠す言葉である 自由人の生 まれだ けが市民資格でない。生計 を他人に頼 る人 は自由 でない。 自由人 は, 自由な職業, 自由な教育,共同体奉仕 につ く人であ る」。民主派,「民 主政 ポ リスで は社会 ・政治生活 は, 自由,互 いの尊厳,調和が特徴であ る 自由は,制度 の品質証明であ り,民会での発言権が最 も大事である」。寡頭派,「民主派 は,倣慢 と民主 政,無法 と自由,厚か ま しい発言 と平等 とを取 り違 えている 民主政 は法を尊重 しない」。 民主派, 「民主派 は,好 きに生活で きる自由を誇 りに思 う 民主政 は法 を尊重 し,市民 は 成文 ・不文 の法 と役人 に従 う 諸法 は公表 され,共同体 の共有財産であ り,法の前 の平等

と貧民 に富者 に対 して立っ機会を もた らす。 そのよ うな市民問の平等が民主政の基本原則 であ り,役人の我選出,輪番制,民会での投票 と発言 に影響 を与えている デモクラテ ィ

( de mo kr a t i a )

は, イ ソノ ミア

( i s o no mi a )

(法 の前 の平等, 引用者註) や イセ ゴ リ ア

( i s e go r i a )

(発言 の平等, 引用者註) に置 き換 え られ る」。 寡頭派, 「民主政 は知的で も公平 な制度で もない。 なぜな らば,表面 だけの平等を各人 に押 しっけ,富者 の機会を不 当に制限す るか らであ る」。民主派,「すべての市民 は本質的に等 しい。 同 じものには同 じ 権利を持 たせ るのが正 しい」。寡頭派,「実際,市民 は同 じものではない。寡頭政 は,家柄, 富,教育,能力,経験,徳 のある人 による政治を意味す る 最善の人の支配 に基づ く制度

(6)

は良 いに違 いない。 だが,民主政 は,貧困,卑購,無教育,無能,無責任 の大衆 に支配 さ れている。民衆 は政治責任 を負 う資格がない し,頭脳が あ って も政治をす る暇が とれない。

カ コイ (kakoi) (悪 しき者 たち, 引用者註) が支配す るところで は悪 くな るばか りで あ る」。民主派 , 「プ ロタゴラスは,市民 は皆, ポ リテ ィケー=テ クネー (politiketechne) (politik昌techn6,市民 の技術 の こと, 引用者註) を持 って い ると主張 して い る それが あるか らアテナイ人 は,専門家,財務 で は富者,精通 した人 に耳 を傾 ける。決断の時 には 各市民 の意見 に耳 を傾 ける」。寡頭派,「プ ロタゴラスは,各市民が ポ リテ ィケ‑=テクネ‑

の種 を持 って いると言 いなが ら,他方 でそれ は教育 で周到 に発達 させ なければな らない と も言 って いる」。民主派,「アテナイは, へ ラスの学校 であ り,民主政が市民 に最良 の教育 を提供 して人格 を発展 させ る 従 って, アテナイ人 は, スパ ル タ人のよ うな厳格 な教育制 度 を必要 と しない。 各市民 は等 しく国制 に関心 が あ り,仕事 に忙 しくて も知 らせを受 けて いる」。寡頭派,「それ は とんで もない誤 りを防 げない」。民主派,「この制度 は過去 に注 目 すべ き成功 を収 めた し, 昨今で もアテナイは最 も自由で勢力が あ り充実 して い るポ リスで ある 民主政 の指導者 はいっ も貴族か富裕者で,彼 らが民主政が嫌 われ る政策 を考案す る

少数者が政治 をす ると,地位争奪競争 が起 こり, ポ リスが滅ぶ。党派争 い,暴力,借主政 につ なが る」。寡頭派,「民主政 は, カ コイの団体 が ポ リスを損 ない,人気取 りの人物 の僧 主政 を もた らす。民主政 よ り悪 い政治 はない。民衆 は,言 うことを聞かず感情 的で気 ま ぐ れで,慎重 に判断で きず ポ リスを正道 に乗せ られ ない。成功 は大衆 の もの と し,失敗 は指 導者 のせ いにす る。政治家 は自分 の提案 の支持 を得 るためにおべ っかを使 う 政治家間の 競争 が凄 ま じく,雄弁術 や知恵 を使 い, お互 いに告発 し合 う 政治家 の関心 は, 自分 の利 益 の増進 にあ る 人気 にあ ぐらをか き,大衆 の移 り気 につ け こむ。 自身が もた らした損害 は無実 の人 に責任 を と らせ,罪 を免れ るよ うにす る」。民主派,「民衆 の役割 は,指導者 と 同 じくらい重要 で,平均的市民 は良 い演説 ・論 を正 しく評価す る。 すべての提案 は議論 に 付 され る」。寡頭派,「新 しくて刺激的 な ものが受 け入 れ られやす い。重大 な決定が,十分 な知識 な しに行 なわれ る 民主政 の市民 は,向 こう見ずで平和 よ り苦難の行動 を好 む。 そ の結果, アテナイ人 は他人 の事 に干渉す る 民主政 と結 びつ いて外交政策 は,軽率 な判 断 で損 なわれ, 内政干渉主義,帝国主義,搾取,圧政 とな る」。民主派,「そのよ うな政策 の 扇動者 は,寡頭政 を望 む エ リー トであ る アテナイは,抑圧者 を助 けるために内政干渉 を す る伝統 を持つ どのポ リス も民主政 の アテナイよ り成功 していない。 その成功 は,市民 の資質 と愛 国心 によ って獲得 され た」34)

以上 のよ うに前5世紀後期 に仮想 され る国制討論 を再現 してみせ た後, ラフラウプは, 結論 と して次 のよ うに締 め くくって いる ラフラウプは,史料 の中にはアテナイで彼 の示 した論争 があ った ことを示す ものはないが, その要素 や民主政 の問題 は知 られて いた と, そ して プ ラ トンや ア リス トテ レスに比べ ると前 5世紀 の材料 は豊富 とは言 えないが, い く つかの要素 は前5世紀末 に もあ った と考え る35)。 この意見 は, モ ミリア‑ノ, ジ ョー ンズ,

フ ィン リー とい うこれまでの研究者 たちが, よ く知 られて いるプ ラ トンや ア リス トテ レス の民主政批判論議 に比べて,民主政 を支持す る系統立 った理論が ほとん どない と述 べて き た ことに対 す る彼 の反論 で もあ る36)。 また, ラフラウプは, 自分が検討 の対 象 と した国制 論争が, 当時 の人 々の直面 した大 きな困難 を映 し出 してお り,単 な る偏見,論争術か ら理 請,分析 まで存在 した と, そ して実際の問題 の分析 には指導者 の資質 と大衆 の能力 につ い

(7)

ての問題 が あ る し, それ に対 す る解決策 と して若者 の教育 と共 同体責任精神 の復活が思 い つかれ た り, さ らに,市民が他人 と正義 を尊重す るとい う共同体生活 に欠かせ ない資質 を 持 って いない とポ リスは繁栄 しない と考 え られた らしい と考え る37)。最後 に,彼 は,誤 り を防 ぐ制度上 の安全装置が民主政批判 を避 けるのに役立 った と考 え られ, その基準 と して は,ペ リク レスの葬送演説 の中の主張 が現実 に近 いので はないか と考 えてい るが, これに つ いて は具体 的 に説明 して いない38)。

2.

4

世紀 の反民主政論 の

1

つ と しての平等論

アテナイ民主政 は主 と して プ ラ トンや ア リス トテ レスな どの哲学者 たちによ って批判 さ れ た。 それ に応 えて ジ ョー ンズ39)は,彼 ら哲学者 たちの民主政批判 の要点 を挙 げ, それ に 反論 を試 みて い る その要点 は次 の

4

点 で ある。 (1)各人 が好 き勝手 な生 き方 をす る4

0 ) ,

(2)誰 にで も同 じものを与 え る平等 を実践す る41),(3)大衆 によ る条令 (民会決議 の こと, 筆者註)が法 に代 わ り主権 を持っ 42),(4)少数の富裕者が多数の貧民 によ って支配 され る4

3 ) ,

である ジョー ンズは, これ らの批判点 を挙 げた うえで, それ らを検討 し,結論 と してそ れ らの批判が浴 びせ られたに もかかわ らず実際には民主政 の弊害が少 なか った と論 じる44)0

本稿 の中で は以下で,前述 の4つの批判点 のすべて につ いて論 じないで, 2番 目の平等 の問題 だけを取 り上 げて検討 してみ る。

アテナイ民主政 の下 で は将軍職 な ど ご く一部 の重要 な役職 を除 いて役職が希望者 の中か ら我で選 ばれて いた ことは周知 の ことであ る この 「誰 にで も同 じものを与 え る平等」 に 対 してその制度 の下で生活 す るアテナイ人 のイソクラテス とプ ラ.トンは批判 を試 みた。 そ の際, 両 者 は, 平 等 に は

2

種 類 あ る ことを論 じて い る イ ソ ク ラテ ス は

I s o c r a t e s ,7

Areopagiticus21122の中で, すべて の同類 の人 に同 じ報償 を与 え る平等 (我 によ ってすべ

て の市民 の中か ら役職 を割 り当て る) と, 各人 に当然与 え られ るべ き もの を与 え る平等 (最良で最 も有能 な人 を役職 に割 り当て る), の2種類 の平等が あると説 く プ ラ トンも同 様 に

Pl a t o

,Leges

7 5 6 e ‑ 7 5 7

Cの中で,敦 による平等 と各人 にふ さわ しい ものを比例 させて 割 り当て る平等 の2種類が あ ると説 く。 当時 は我で役職 を割 り当て ることが民主政的平等 とみなされたので, それ に対 して イ ソクラテスやプ ラ トンが対論 と して もう1つの平等, す なわ ち各人 に当然与 え られ るべ き ものを与 え る平等, を唱えたのであ る その

2

人がそ のよ うな対論 を唱え る背景 には2人が貴族 階層 または富裕階層 の一員 と して人 の絶対 的平 等 よ りも生 まれなが らの素質 を重視 した ことがある この点 は これ までの論者 が指摘 した こ とで あ る 例 え ば, 贋 川 は, イ ソ ク ラテ スが

I s o c r a t e s ,1 3

A

g

ainsttheSophistsと

I s o c r a t e s ,1 5

Antidosisの中で教育 の面 で教育 によ る後天的 に得 られ る効果 よ りも素質 を 重視 して い る 5)と, プ ラ トンが

Pl a t o

,Respublica414C‑415Cの中で ポイニケの物語 を挙 げて人 が素 質 にお いて金 ・銀 ・鉄 ・銅 に分 かれ る ことを説 き, 同

4 3 4 b

の中で職 人層 ・ 戦士層 ・守護者層が互 いに職 また は地位 を入れ替 え るとポ リスが滅 び ると論 じる点46)を指 摘 す る また, プ ラ トンの この論 は, ロバ ー ツ17'が指摘 す る ごと く,

Pl a t o

,Protagwas

3 2 2 b ‑ d

の中のいわゆ る 「ポ リテ ィケ一二テ クネ‑」論 に対 す る反論 にな って いる プ ラ ト

ンは,人 は生 まれつ き素 質 が異 な るので, ポ リテ ィケ‑=テクネ‑,換言すれば 「ポ リス につ いての技術」 または 「市民 の務 め につ いての技術」 と呼べ る もの, を持 っ人,す なわ ちポ リスに とっての善,正 しい こと,全体 の利益 を見極 め る技術 を持っ人, が少 ないはず

(8)

であるか ら,Plato,Respublicaの中で この技術 を持っ人 にのみ守護者 の地位 を任せ るよ う に説 いたわけである ここで我 々が注意 しなければな らない ことは, プロタゴラスが ポ リ ス市民 は歯 「ポ リテ ィケ‑=テクネ‑」 を持っ と説 く時, そのテクネ‑の内容 がdik昌 (償 い, い ま しめ)とaid6S(恥,慎 み)(Plato,Gorgias322C‑d)とい う,politik6techn6 (Plato,Gorgias322b)と呼ぶよ りもpolitik8arete(市民の徳) と呼ぶべ きものであ り, 一般 に市民が皆併せ持 っていそ うな徳 であ るのに対 して, プ ラ トンのポ リテ ィケ一二テク

ネ‑は,前述の とお り, ポ リスに とっての善,正 しい こと,全体 の利益 を見極 める技術を 指 し,真の哲学者の思考能力を併せ持 っている人 にのみ備わ って いる ものが想定 されてい ることである 従 って, プ ラ トンは, プ ロタゴラスの論 に反論す る際 に,人 が生 まれつ き 異 なる素質を持っ とい う貴族的思想 を基礎 に して,民主政的 な絶対的平等 とは異 なるもう 1つの,各人 に当然与 え られ るべ きものを与え る平等, を対論 と して提示す るとともに, さ らにポ リテ ィケ一二テクネーの内容 を, 自由人 な ら誰 もが持 って いそ うな ものか ら,管 学的思考 を必要 とす る高尚な ものに質 を引 き上 げ, そ うす ることによ って最終的 にはいわ ゆる哲人王の政治理論 に至 るのである 民主政 ポ リスのアテナイか らなぜプ ラ トンのよ う な王政的政治理論家が誕生 したか, とい う問題 に対す る答えの1つ は, このよ うに説明で きよ う

他方,同様 に平等 に関 してア リス トテ レスは 『政治学』の中で, ポ リス内で富裕者 は少 数であ り貧乏人 は多数であ りお互 いに相対立す る部分である (Aristoteles,Politica1291b 7‑13)ことを指摘 した うえで, さ らに政治議論 の際に富裕者 と貧民 の間で見解 の相違がよ

く見 られ るが, その原因 は, ヤ ック48)が指摘す るよ うに,物品,報償,権力 の配分 につい て の正 義 の認識 の仕方 が両 者 の間 で異 な る ことにあ る と述 べ る (Aristoteles,Politica 1280a7‑25,1282b14‑1283a22)。 す なわ ち, 『ニ コマ コス倫理学』 の中で ア リス トテ レ スが述べ るよ うに,民主政論者 は自由人であることで全市民が等 しいので平等 に配分 に与 か るべ きであると,寡頭政論者 は富 の面でそ して貴族政論者 は徳 の面で不等 であるので富 または徳 に応 じて配分 に与 か るべ きで あ ると唱え る点 で見解 の相違 が見 られ るのであ る (Aristoteles,EthicaNicomachea5.3.7‑8)。 それゆえ,『弁論術』 の中で ア リス トテ レス は,政治家 の資質 に関 して師プ ラ トンほど高尚な ものを求めず,政治家 (弁論家) はポ リ スの安全が法 に存す るので立法 につ いてそ して国制繁栄 と崩壊 について理解す ることが重 要であ り (Aristoteles,Rhetwica1.4.121360a18‑25), また立法 の際 には国制 の知識 を 授 け る旅行記, 政治 の助言 を授 け る歴 史 が有 用 で あ る (Aristoteles,Rhetorica 1.4.13 1360a31‑38)と論 じる 従 って,彼 の理解 によれば,民会での 「弁論家 は利害 のみを 目 標 とす る49)」(Aristoteles,Rhetorica1.3.1‑51358a37‑1358b25)。

加 え て, 敦 によ って役 職 を割 り当 て る こ とを批 判 した人 に は ソク ラテ スが お り,

Ⅹenophon,Memorabilia1.2.9によれば彼 は舵手 や大工 を我 で選 び は しないの に役人 を 我で選ぶのは愚かであると述べた。 ソクラテスは, その自説 を述べ ることによ って弟子 た ち に当 時 の諸 法 を軽 視 させ た件 で告 訴 され死 刑 に処 せ られ る に至 った (Ⅹenophon, Memorabilia1.2.9)。 それ に対 して,彼 と同 じくアテナイ人 で あ るプ ラ トンは,局知 の

とお り,祖国で は前述 の 自説 を民会では披露せず に著述活動 に専念 し, イ ソクラテス も前 述の自説 を含む第7番演説 を民会で は披露せず に終 った50)

それゆえ, イソクラテスやプ ラ トンが前4世紀 のアテナイの民会 の場で民主政攻撃の弁

(9)

を行 なわなか ったのは, もっぱ らソクラテスの死 を教訓 に したためであろうか, あ るいは 他 に理 由が あ ったためで あろ うか5')。 その問題 はと もか く,前4世紀 のプ ラ トンの反民主 政論 は,平等論 を見て も,前5世紀 の ものよ り複雑高度 な理論 を展開 してい ることが分か る それゆえ に,彼 の民主政論 を検討 す る際 には,彼 の理論 を,詳細 に至 るまで, 当時の アテナイの政治,社会,法等 の側面 か ら再検討す る ことが必要 となろ う

3.プラ トン 『法律』 にお ける政務審議会員の選出方法 のか ら くりにつ いて

ここで は, プ ラ トンの著作 の うち,彼独 自の反民主政的 な理想国家論 が論 じられてい る

『法律』 (Leges)にお ける政務審議会員 の選 出方法 につ いて気づ いた点 につ いて論 じる

Plato,Legesは, アテナイか らの客人, ク レク人 ク レイニアス, ラケ ダイモ ン人 メギ ロ スの3人 の老人が散歩 を しなが ら, ク レク島の新 ポ リスであ るマグネ シアのため に新 しい 諸法を授 けるべ くその中身 を議論 し合 うとい う対話形式 の著作 であ る。新 ポ リスで は財産 の高 に従 って市民 を4つの財産級 に分 け,護法官 を中心 とす る役人 を配置 して統治す るこ とが提唱 されて いる。

そのPlato,Leges756B‑Eの中に政務審議会 の会員 の選 出方法が述べ られて い る 審議 会員 の人数 は総勢

3 6 0

名 で あ る 政務審議会員 は, プ ラ トンが提唱す る,市民 問 の

4

つの 財産級 か らそれぞれ90人ずっを選 出す ることにな って い る 最初 に候補者 の指名が行 なわ れ るのであ るが, 1日目に最高 の財産級か ら候補者 を指名す る場合 には全市民 が投票 しな ければな らず,2日目に第2財産級か ら候補者が前 日と同 じ方法で指名 され る 3日目に は第

3

財産級 か ら候補者 が指名 され るが, この投票 は上位 の

3

財産級 に所属す る者 は投票 が強制 され るが,第4財産級 に所属す る者 は強制 され ない 。 そ して4日目には第4財産級 か ら候補者 が指名 され るが, この投票 は上位 の2財産級 に所属す る者 は投票が強制 され る が,第3・第4財産級 に所属す る者 は強制 されない。次 に,5日目には,第 1段階 と して, 候補者 の名前 の閲覧 の後,全市民 によ る補助投票 が行 なわれ, 各財産級か ら

1 8 0

人ずっ候 補者が選 ばれ るが,第2段階 と して, さ らに我 によ って その半数 を選 び,審議会員が決定

され る

筆者 はかか る政務審議会員 の選 出の方法 をある講義 の中で学生 に説明す るため に図示 し てみ ることを試 みた。 図示すべ き図を用意 す る際 に最初 は下記 のよ うな図を作成 しよ うと

した。

1段階〕 第 2段階〕

各 財 産級 の候 補 鼓で半数の90名

者 の 中か ら 180 ずつにする 名ずっ選ぶ

図 1 政務審議会員の選 出方法 (1)

(10)

ところが,市民を財産 の高 に応 じて4階級 に分 けることがPlato,Leges744B‑Dの中で 言及 されているものの, その4階級 の各 々の成員数が等 しくなるよ うにす るとは言われて いない 。 さすれば,Aristoteles

,Po l i t i c a

の中で も度 々言及 されて い ることで あるが, 当 然 の ことなが ら, どこの国 において も大概,富裕者 の人数 は少数であ り,貧民 の人数 は多 数 となる さすれば,Plato,Legesにおける最高位 の財産級 の成員数 は少数 とな り,次 の 財産級 の成員数 はそれよ り少 し多 くな り, さらに次の財産級 の成員数 はそれよ り少 し多 く な り,最後 の最下層 の第4財産級 の成員数が最多 となることが予想 される 他方で,確か にPlato,Leges744E‑746Aの中で は,市民が一生 の問 はほどほどの財産 を持っ よ うに配 慮 され ると,特 に同744E‑745Aの中では財産額 に下限 と上限 を設 けると,そ して同754D‑E の中では財産登録時に上限以上の持 ち分 は国庫 に没収 され ると論 じられている けれ ども, それで もプ ラ トンが述べ る4つの財産級 の各構成員の人数が各 々等 しくなることはなか ろ

従 って, プ ラ トンの4つの財産級 の構成員を図に示すな らば,上記のよ うな各 々が等 しい四角柱が4つで はな く,上部が底部 よ りも細 くな る形状 になるはずである それゆえ に, プ ラ トンが提唱す る政務審議会員の選 出方法の図示 は,下記 の通 りに考えなければな らない。

1段階〕 第 2段階〕

各財産級 の候補

鼓で半数の90名

者の中から180 ずつにする 名ずつ選ぶ

図2 政務審議会鼻の選出方法(2)

このよ うにPlato,Legesにおける4財産級の構成 を考 え るな らば,次のよ うな ことが予 想 され る。すなわち, プ ラ トンによれば役職就任 資格 は財産級が高 い方が よ りい っそ う有 しているので,政務審議会員 の候補者の選 出の際 に第

1

・第

2

財産級 の中か ら選ぶ際には た とえ第3・第4財産級 の者 たちが参加 したと して も,被選挙資格 を持つ者 の総数が小 さ いか ら, それ ほど不適格 な者 が指名 され ることはない。 それ に対 して,政務審議会員の候 補者を第3・第4財産級の中か ら選ぶ際 には,下層の財産級の者が参加 しな くてよいので,

またそれ ら下層 の財産級 の成員の数が非常 に多いので,他方で は候補者 に指名 され る人数 が上層の財産級 の者 たちと同様であるので,第

3

・第

4

財産級中か ら第

1

・第

2

財産級の 者が じっくりと人を選んで指名す ることがで きることになる 他方,下層の第3・第4財 産級 に属す る市民の人数 は上層の財産級 に属す る市民 の人数 よ りもず っと多いに もかかわ らず候補者 に指名され る人数が上層 の財産級の者 たちよ り多い とはプ ラ トンは述べていな い。従 って,候補者 に指名 され る人数 は上層 と下層の財産級 の問でおそ らくは等 しくされ

(11)

たであろ うか ら, かか る点 で人数 の面 で機会 の均等が図 られてお らず, これ はまさに不平 等 であ る さ らに推測す るに, プ ラ トンが語 る選 出制度 の下 で は, その下層 の財産級 の中 か ら比較的適任 と考 え られ るご くI‑部 の者 が続 けて何度 も指名 され ることに結果す るので はなか ろ うか。

ともか く,Plato,Legesにお ける政務審議会員 の選 出方法 は,4つ の財産級 の構成員 の 人数が第 1財産級が一番少 な く第4財産級 が一番多 くな り不揃 いで あ る中で各財産級 がお そ らくは等 しい数 の候補者 を出す ことにな っているため に各財産級 が同等 に扱 われて いな いので, まさに不平等 であ る 4つの財産級か ら同数 の180人 の候補者 を指名す るとい う プ ラ トンの言葉 に読者 は惑 わ されて ほな らない と筆者 は考 え る52)。 また, プ ラ トンが提唱 す る政務審議会員 の選 出方法 にはなぜ最後 に民主政的な鼓が導入 されているのであろうか。

この点 も改 めて検討 されな ければな らないであろ う

結 びに代えて

前5世紀 にお けるアテナイでの国制論争 につ いて は,史料 の数が少 ないとい う制約があ る ものの, その中か ら窺 い知 ることがで きる状況 は, その時期が アテナイ民主政 の盛期で あ るとい う理 由 も関係 して,概 ねアテナイ民主政 を礼賛す る論点 とそれ に反論す る論点 の 二者択一的な視点 か らの論争 であ ると言 え るか もしれない。他方, ペ ロボネ ソス戦争 の敗 北 を経験 した後 の前4世紀 の アテナイの場合 は,民主政が敗戟 を招 いた ことか ら前5世紀 の国制論争 とは論調 が異 な るのは当然 であ り, この点 につ いて は,周知 の ごと く,多 くの 研究者 たちによ って指摘 されて きた。 それ とは別 に,先 に検討 したよ うに,前4世紀 のプ ラ トンの場合 は,平等 につ いての論議 の中で

2

つの平等論 を提示 して,民主政 の制度 の欠 陥 を指摘 して問題視 した。

ところが, そのプ ラ トンで あるが,Plato,Legesの中で述 べ られて い る政務審議会員の 選 出方法 につ いて は,一 見 した ところで は4つの財産級 か ら同数 の180人 の候補者 を指名 す るとい うプ ラ トンの言葉 に好意 を寄 せ た くなる だが,実際 には4つ の財産級 の構成員 の人数が第 1財産級 が一番少 な く第4財産級が一番多 くなるはずであ り不揃 いになる点が 言及 されていないためにそれ ら4つの財産級が候補者指名の対象人数 の点 で同等 に扱 われ て いない ことにな るので, まさに不平等 な選 出方法であ る。

筆者 は, この点 につ いて我 々は注意 しなければな らない と思 う その理 由 は次 の とお り であ る 上記 のプ ラ トンの提唱す る選挙制度が理屈 と して当を得て いないが, それで はな ぜ彼 はかか る問題 のあ る制度 をわ ざわ ざ提唱 して民主政擁護者 と対時 しよ うと したのか。

かか る点 は,次 に我 々が検討 しなければな らない問題 とな るで あろ う しか も, その選出 制度 には最後 に民主政的 な我がわざわざ導入 されている だが,それ らの問題 につ いては, 誌面 を改めて検討 してみたい。

(1) K.A.Raaflaub,"Contemporary Perceptions of Democracyi▲Fifth‑

CenturyAthens,"inW.R.Connor,M.H.Hansen,K.A.Raaflaub&B.S.Strauss, AspectsofAthenianDemocracy.・ClassicaetMediaevaliaDissertationesll (Copenhagen,

1990),p.33‑70.

(12)

(2) Raaflaub,op.cit.,p.36.

(3) Ibid.,p.36‑37. (4) Ibid.,p.37138.

(5) Ibid.,p.38139.

(6) Ibid.,p.39‑40.

(7) Ibid.,p.40.

(8) 1bid.,p.41. (9) Ibid.,p.43‑44.

(10) Ibid.,p.44.

(1D Ibid.,p.45.

(12) Ibid.,p.45146.

(13) 乃id.,p.46.

( 1 4 )

Ibid.,p.47.

(15) Ibid.,p.47‑48.

(16) Ibid.,p.48.

(17) Ibid.,p.49.

( 1 8 )

Ibid.,p.49‑50.

(19) Ibid.,p.50.

(20) 1bid.,p.50‑51. (2D Ibid.,p.51. (22) Ibid.,p.51‑52.

(23) 1bid.,p.52.

( 2 4 )

1bid.,p.53‑54.

(25) 1bid.,p.54.

(26) 1bid.,p.55.

(27) 1bid.,p.55.

(28) laid.,p.56157.

(29) Ibid.,p.57.

(30) Ibid.,p.57.

(31) Ibid.,p.57‑58.

(32) Ibid.,p.58‑59.

(33) Ibid.,p.59‑60.

(34) Ibid.,p.60‑68.

(35) Ibid.,p.69.

(36) Ibid.,p.33‑34.J.T.Roberts,Athenson Trial.・TheAntidemocraticTrditionin Western Thought(以下Athenson Trialと略す) (Princeton,1994),p.35も,古典期 ア テナイにおいて 「民主政 を激賞す るテキス ト類が不足」 していると述べて いる だが, こ れについて はフィン リーの次 のよ うな説明が有益であろう 彼 は,弾劾や違法提案告発 の 制度 などによ って市民が簡単 に政治家 を告発で きたアテナイ民主政の制度 と政治家 との間 にある種 の緊張状態が あることを指摘 し, 「ギ リシア人 たち自身 は民主政治 の理論 を展開

(13)

しなか った。 ‑哲学者 たちは民主政治 を攻撃 した。 だが, それ に係 わ った民主派 の人 々は 彼 らに ど う応 えたか とい うと,彼 らを無視 す ることによ って, す なわ ちその主題 につ いて 論文 を書 くことな く,民主政治 のや り方 で統治業務 と政治 に精 を出 したので あ る」 と述べ た

( M.

I

.Fi nl e y

,DemocracyAncientandModem

l Lo nd o n,1 9 7 3;r p

t

.1 9 8 5

]

,p. 2 8 )

o

す なわ ち,彼 は, アテナイ民主 政 の下 には政治家 が誤 った ことを行 な うと簡単 に告 発 され るとい う安全装置が あ るので, あ る政治家 が民衆 の指導者 の地位 に長 く留 まる ことがで き る こと自体 が その政治家 の政策 が民衆 に受 け入れ られ支持 されて い ることを意味 す るわ け で あ り, その点 か ら見 ると, プ ラ トンらの理論家 た ちの民主政批判 は, アテナイ民主政 の 政治家 た ちに と って見 当違 いに映 ったので あ り, その結 果, 民主 派 の人 々 は「民主 政治 の や り方 で統 治業務 と政治 に精 を出 した」, と考 え た。

C

f.拙書評

「 Ro b e r t s ,Je nni f e rT.

, Athenson Trial:TheAntidemocraticTrdition in Westem Thought

J

『西 洋 古 典 学 研 究

4 4

号,

1 9 9 6

,1 6 0

頁。

( 3 7 ) Ra a f l a ub

,op.cit.

,p. 6 9 ‑ 7 0 . ( 3 8 )

Ibid.,p.

7 0 .

( 3 9 ) A.

H.M.

Jo ne s

,AthenianDemocracy

( oxf o r d,1 9 5 7 ;r p t .1 9 8 6 ) ,p. 4 1 ‑ 7 2

("ⅠⅠI

TheAt he ni a nDe mo c r a c ya ndi t sCr i t i c s " ) .

( 4 0 ) Jo ne s

,op.cit.

,p. 4 3 ‑ 4 4

(哲学者 たちによ って民主政 に対 して起 され た第

1

の最 も基本 的 な告発 は, ア リス トテ レスによ って彼 の特 徴 を示す簡潔 で要 を得 た率 直 な書 き方 で表現 されて い る。 す なわ ち, 「その よ うな諸民主政 の中で は各人 が 自分 の好 む よ うに生 きる あ るい はエ ウ リピデ スの言 葉 にあ るよ うに, 『自分 の好 み に従 って』 で あ る これ は悪 い ことで あ る」。) .

( 4

1)

Jo ne s

,op.cit.

,p. 4 5

(民主 政 に対 す る第

2

の主要 な告 発 は, プ ラ トンによ って 最 もきちん と述 べ られて い る す なわ ち, 「それ は平等 の よ うな ものを等 しい者 と等 しく な い者 に同様 に分 け与 え る」。 それ と同 じことが イ ソク ラテスによ って主張 されて お り, 彼 は, 区別 を して 「2つの平等 が あ る 1つ は各人 に同 じものを, もう1つ は各人 にそれ にふ さわ しい ものを,割 り当て る」 と述 べ, そ して古 き良 き時代 に アテナイ人 た ちが 「良 き者 と悪 しき者 とを同 じ権利 を受 け るに値 す ると考 え る平等 を不正 であ ると否認 した し, 各人 をその価値 に応 じて報償 す る平等 を選 んだ」 と主張 す る。) .

( 4 2 ) Jo ne s

,op.

c i t . ,p. 5 0

(民主 政 につ いて の主 な批評 の第

3

の もの は, ア リス トテ レスか ら来 て お り, それ は, その極端 な (す なわ ちアテナイの)形体 で は 「民衆 の中の大 衆 (あ るい は 「大多数」)が法 の代 わ りに主権 が あ る これ は, 条令 が法 の代 わ りに有効 で あ る時 に起 こる」 とい うもので あ る。) .

( 4 3 ) Jo ne s

,op.cit.

,p. 5 4

(哲 学者 た ちによ って民主 政 に対 して起 され た最 後 で主要 な告発 は, それが富裕者少数派 に対 す る貧民多数派 の 自分 たち 自身 の利益 のための支配 を 意 味す る ことで あ った。) .

( 4 4 )

例 えば,仲手川良雄 「アテナイ民主政 と自由」 (仲手川良雄編著) 『ヨー ロ ッパ的 自由の歴史』 (南窓社

,1 9 9 2

年)

1 5

貢 の ジ ョー ンズ評価 を見 よ。

( 4 5 )

贋 川洋一 『イ ソク ラテスの修辞 学校 〜西 欧 的教 養 の源 泉』(岩波書 店,

1 9 8 4

年)

7 2 ‑ 7 3

頁 ;同 「プ ラ トンにお ける教育 と素質 〜教育 の可能性 をめ ぐって

『バ ルカ ン ・小 ア

ジア研究

』1 4

( 1 9 8 8

年)

7 5

頁。

(14)

(46) 鹿川 「プ ラ トンにお ける教育 と素 質」78‑79貢。

(47) Roberts,Athenson Trial,p.82‑84.

(48) B.Yack,TheProblemsofaPoliticalAnimalICommunity,Justice,andConPictin AristotelianPoliticalThought(Berkeley,LosAngeles&London,1993),p.223.

(49) ア リス トテ レス著,池 田美恵訳 「弁論術」 (田中美知太郎編) 『ア リス トテ レス〜

世界古典文学全集 16』 (筑摩書房,1966/1986年)69貢。

(50) G.Norlintrans.,Isocrates2(LoebClassicalLibrary)(London,1929:rpt. 1982),p.103;R.C.Jebb,Selectionsfrom theAttic Orators(New Rochelle,1983), p.341.

(51) この点 につ いて は,拙稿 「前 4世紀 のギ リシア人 ポ リスの危機 とアテナイ民主政」

『研究論叢』 (東亜大学)23‑2号 (1999年) 157‑175頁 を参照せ よ

(52) この点 につ いて は,Plato,ResPublica Plato,Legesな どの著作 を反民主 政的 な もの と して検討 したRoberts,Athenson Trial,p.71‑86の中で は言 及 され て いな いので, ロバ ‑ ツは気 がっか なか った と思 われ る

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昭33.6.14 )。.

のようにすべきだと考えていますか。 やっと開通します。長野、太田地区方面  

※ MSCI/S&P GICSとは、スタン ダード&プアーズとMSCI Inc.が共 同で作成した世界産業分類基準 (Global Industry Classification

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現行の HDTV デジタル放送では 4:2:0 が採用されていること、また、 Main 10 プロファイルおよ び Main プロファイルは Y′C′ B C′ R 4:2:0 のみをサポートしていることから、 Y′C′ B