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生物多様性保全政策の動向と課題

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あらまし

 筆者は、岡山市を中心に、都市近郊の里地里 山における身近な自然環境の保全活動及び、そ のような環境に生息・生育する野生生物の保全 を巡る問題に、環境保全行政担当の市職員及び、

市民として約20年間関わってきた。2008(平成 20)年、生物多様性基本法が成立するなど、筆 者が関与する保全活動も、生物多様性保全政策 の一つとして見直し、保全活動そのものの社会 的役割や方策の再検討が必要になっている。本 稿は、まず、生物多様性保全を巡る国の政策の 推移をまとめ、その多面的な広がりを整理した。

つづいて、生物多様性保全政策の中でも多く行 われている希少野生生物種の保全の事例とし て、筆者が関わっている岡山市における希少淡 水魚保全活動及び市の政策の推移を整理し、都 市及び里地里山地域など人間の活動が盛んな地 域では、生態学的課題だけでなく、社会的課題 への配慮の重要性が増している政策の現状を示 したものである。

₁.はじめに

 生物多様性の保全は、近年、絶滅のおそれの ある種の増加や、熱帯雨林伐採による大規模な 生態系変容などの問題として世界的な関心を集 め、生物多様性条約を始め様々な国際条約が発 効している。日本では、自然保護活動・施策と

して、良好な自然景観や学術上貴重な生物種の 保存、鳥獣や森林資源の保護管理が行われてき たが、特定の地域や生物種を対象にした保護活 動・施策では対応不能であるため、生物の多様 性 に 関 す る 条 約(Convention on Biological Diversity 以下、生物多様性条約と呼ぶ。)の発 効を契機に、生物多様性保全国家戦略が策定さ れ、様々な取り組みが行われ、2008(平成20)年、

生物多様性基本法が制定された。

 このように、国際機関や、国では政策の枠組 みづくりや調査、施策が先進的に進められてい るが、地域レベルでは、先進的な取り組みがあ る一方で、十分に政策として受け止められてい ない。特に都市や里地里山など人間の活動が盛 んな地域では、生態学的課題とともに社会的側 面から多くの課題を抱えている。

 本稿では、国の生物多様性保全の政策動向に ついて概観した上で、地域での生物多様性政策 展開の課題について筆者が関与した岡山市の希 少淡水魚保全の事例において明らかにした。

 

₂.生物多様性とは

 「生物多様性(biodiversity)」1という用語は、

1980年代にアメリカで生まれた造語といわれて いる。(谷津ほか, 2008, p.4)

 生物多様性条約では、「生物の多様性」を、「す べての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生 態系、これらが複合した生態系その他生息又は

生物多様性保全政策の動向と課題

―岡山市における希少淡水魚保全政策を事例として―

友 延  栄 一    

1 環境省EICネットでは、生物多様性を「もとは一つの細胞から出発したといわれる生物が進化し、今日では様々な姿・形、生活 様式をみせている。このような生物の間にみられる変異性を総合的に指す概念であり、現在の生物がみせる空間的な広がりや 変化のみならず、生命の進化・絶滅という時間軸上のダイナミックな変化を包含する幅広い概念。」と説明している。(環境省 EICネットhttp://www.eic.or.jp/ 2008年3月12日閲覧)

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生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性 をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性 及び生態系の多様性を含む。」と定義している2。 また、生物多様性基本法では、「生物の多様性」

を「様々な生態系が存在すること並びに生物の 種間及び種内に様々な差異が存在すること」と 定義している3。つまり、生態系、種間(種)、

種内(遺伝子)の3つのレベルの多様性を含ん でいる。 

 「生物多様性」が、政策的な課題にあがる背 景には、地球規模の環境破壊とその人間社会へ の影響が明らかになったことがある。森林の減 少や海洋汚染、絶滅の危機に瀕した野生生物の 急増など将来の持続可能性に対して危機意識が 生まれたことにより、単に生物学・生態学的な 学術的な関心からだけでなく、社会的、政治的 な課題としての関心が高まっている。保全生態 学者の鷲谷いづみは、「生物多様性」を「私た ち人間と自然との間の本来は豊かな、そしてダ イナミックで複雑な関係の現状を見直し、将来 のよりよい関係を築くために欠かすことのでき ない社会的なキーワード」(鷲谷・鬼頭, 2007, p 4)と定義している。

 「生物多様性」は、人間の持続可能な生存に 欠かせないものであるとの認識のもとに、「生 物多様性の保全」を今日的な課題として、体系 的な政策として具体化し実現する必要性が緊急 に求められている。

₃.生物多様性政策の歩み

4

₃.₁ 自然保護政策のはじまり

 前述のとおり、「生物多様性の保全」という 言葉が使われたのは、ここ25年ほどである。そ れ以前は、主に自然保護や資源管理の問題とし て取り扱われ、その問題解決のための保全活動 や政策は、18世紀の産業革命以降、欧米諸国か ら積み上げられてきた。

 日本では、約2500年前に低湿地を人為的に改 変して水田耕作が開始されて以降5、幾多の自然

改変を繰り返してきた結果、山林荒廃、河川氾 濫を招き、その対処として、江戸時代には、治 山治水の重要性が説かれた。その後、明治期の 殖産興業による鉱山開発、工業化、山林や鳥獣 など自然資源の利用増大により、人為的な鉱害 や山林荒廃が各地で顕在化したため、鳥獣保護、

治山対策、鉱害対策が行われ、その後、学術的 に貴重な自然資源を守るための天然記念物制 度、日本における優れた自然景観を保持するた めの国立公園制度が生まれたが、第二次世界大 戦により、それらの政策は中断した。

 第二次世界大戦後、戦前からの天然記念物保 護、優れた景勝地の保全、狩猟鳥獣の管理とい う観点から、1950(昭和25)年に文化財保護法、

1957(昭和32)年に、自然公園法が制定され、

1963(昭和38)年に戦前の狩猟法が大幅改正さ れ、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律が制定された。

 しかしながら、昭和30~40年代の高度経済 成長期には、コンビナート造成に伴う海岸部の 大規模埋立てやダムの建設、レジャー開発によ る山岳景勝地開発などが急速に大規模に行わ れ、公害反対運動、自然保護が社会問題化し、

1971(昭和46)年に環境庁が発足した。

 

₃.₂ 環境庁の誕生と自然環境保全法

 環境庁発足とともに自然環境保全法の制定が 開始された。これは、自然資源に関する法律を 一元化するとともに、自然環境の保護を強化し ようとするもので、アメリカ合衆国の原生自然 法がそのモデルであった。しかしながら、農林 省、建設省の猛反対にあい、自然公園法は残し、

保安林や都市緑地に関する権限を各省庁に委ね るなど大幅に権限縮小した制度として、1972(昭 和47)年、自然環境保全法が制定された。(畠山, 2004, p.233)この法律の施行を受け、自然環境 保全基本方針が1973(昭和48)年に閣議決定さ れた。

 自然環境基本方針では、「当面の政策として は、国土に存在する貴重な植生、野生動物、地 形地質等のかけがえのない自然やすぐれた自然

2 生物の多様性に関する条約(平成5,12,21条約9)第2条

3 生物多様性基本法(平成20.6,6法律第58号)第2条

4 3章の概要を表1で年表にまとめた。

5 現在、最古の水田址といわれているのは、約2500年前の岡山市津島江道遺跡。近くの朝寝鼻遺跡からは、約6400年前の稲のプ ラントオパールが出土されているので、さらに古い時代から稲作は行われていたと考えられている。

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は、近い将来に起こるべき事態を考慮に入れ、

また、十分な面積にわたっての保全を図るとと もに、太陽エネルギーの合理的な利用が可能で ある農林水産業に関しては、それが有する環境 保全の役割を高く評価し、健全な育成を図る必 要がある。都市地域においては、健康な人間生 活を保障するに足る自然環境が巧妙に確保され なければならない。」6とされ、原生自然だけで なく、農林水産業、都市も対象とされ関係制度 の総合的な運用が目指された。しかしながら、

当面の方針として環境庁が扱う自然は、すぐれ た天然林が相当部分を占める森林や、動植物を 含む自然環境がすぐれた状態を維持している海 岸、湖沼又は河川、植物の自生地、野生動物の 生息地などで一定程度の広がりのある「すぐれ た自然」が優先されることとされた7。このこと で人の手の加わっていない地域の生態系や野生 動植物の保護が行われる一方で、農林水産業や 都市計画区域など人間活動が行われる地域は、

環境庁所管とは切り離され、今日危機が叫ばれ ている里地里山などの身近な自然における野生 動植物の保護などは、結果後回しになった。

 また、この時点では、絶滅のおそれのある野 生動植物の保護は、文化財保護法による天然記 念物制度によるところが大きかったが、上記に 掲げるように、自然環境保全が総合的と言いつ つ、農林水産業の行為地や都市を別扱いしたた め、例えば、干拓により生息地が失われた岡山 県笠岡湾のカブトガニ生息地のように、農地造 成や工業用地化の進む地域を生息地とする天然 記念物の保護は困難であった8

 

₃.₃ 条約締結と国内法の整備

 日本の生物多様性保全政策は、急速に進む開 発に対して自然保護を希求する地域住民や学識 者の声とともに、生物多様性保全に関する多国 間条約、国際条約の批准により政策遂行や国内 法制を整えてきた。日本の条約批准、国内法整 備は必ずしもスムーズに進められた訳ではな かった。ここで、日本が締結した条約とその後

の国内法の整備状況についてまとめる。

 1960年代後半から、国際社会の課題として環 境問題への関心が高まった。経済成長の負の側 面として公害、自然破壊が注目を集め1972(昭 和47)年には環境に関する初めての国際会議、

国連人間環境会議がストックホルムで開催され た。

 生物多様性保全に関する条約も同時期に作成 が始められ、まず、渡り鳥の保護を目的とした 二国間条約などが作成された。日本も、1972(昭 和47)年に日米渡り鳥条約に署名し、その実施 のため、同年「特殊鳥類の譲渡等の規制に関す る法律」を制定している。

 国際条約としては、種の保護でなく生態系の 保全を視野に入れて湿地を保全する目的で、

1971(昭和46)年に、「特に水鳥の生息地とし て国際的に重要な湿地に関する条約(ラムサー ル条約)」が作成された。また、国際間の包括 的な野生動植物の保全の取組へと国際政策を拡 大するため、1973(昭和48)年に、「絶滅のお それのある野生動植物の種の国際取引に関する 条約(ワシントン条約)」が採択され1975(昭 和50)年に発効した。

 これら条約の発効に併せて、1970年代に、ア メリカ合衆国では「絶滅のおそれのある種に関 する法(1973(昭和48)年)」が制定されるな ど生物多様性保全に関する法整備が進められ た。しかし、日本では、環境庁が発足したばか りで公害対策が最重点課題であり、これら条約 の批准及び、国内法整備は、産業公害対策が一 段落する1980年代まで持ち越されてしまった。

 日本が、ラムサール条約、ワシントン条約に 署名したのは、1980(昭和55)年である。そして、

この条約履行のための国内法「絶滅のおそれの ある野生動植物の譲渡の規制等に関する法律」

は、7年後の1987(昭和62)年に制定された。

ラムサール条約に関しては、国内法は作られる ことなく個別法で対応してきた。このような条 約遂行の取り組みの遅延は、日本の野生生物保 護法制の不備を国際社会に知らせることとなっ た。

 そのため、1992(平成4)年、ワシントン条

6 「自然環境保全基本方針」昭和48年11月6日総理府告示30号

7 同上

8 本生息地の最初の天然記念物指定地生江浜の指定は、1928(昭和3)年。1966(昭和41)年に笠岡湾干拓が開始され、指定地 の干拓が行われたため、1971(昭和46)年に、神島水道を追加指定。しかし、生息数は激減する。1990(平成2)年に干拓が 完成し、1994(平成6)年に生江浜の天然記念物指定は解除された。

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約締約国会議の京都開催、環境と開発のための 国際連合会議(地球サミット)への参加に合わ せて、野生生物の保護のための法律の整備が進 められ、アメリカ合衆国の絶滅のおそれのある 種に関する法を参考にして、「絶滅のおそれの ある野生動植物の種の保存に関する法律(以下、

種の保存法と呼ぶ。)」が制定された。(畠山,

2004, p.8)種の保存法では、ワシントン条約、

二国間渡り鳥条約に掲載された希少野生動植物 の国際間の取り扱いと、環境省のレッドリスト9 で絶滅危惧Ⅰ類、Ⅱ類(及び野生絶滅)に記載 された種のうち、保全上緊急性の高い国内の希 少野生動植物の保護対策が規定された。これに より、絶滅のおそれのある野生動植物種の保存 という観点で、生物多様性保全対策が政策とし て行えるようになったが、指定された種はわず かであった。

 日本で、種の保存法が指定された1992(平成 4)年には、環境と開発のための国際連合会議 で「生物多様性条約」が採択された。日本はす ぐに署名批准し、条約は1993(平成5)年に発 効した。2008年7月末現在191ヵ国が締結して いる。生物多様性条約は、①遺伝子、種、生態 系を含む生物の多様性の保全、②生物多様性の 構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用 から生ずる利益の公正で衡平な配分を目的とし た条約である。

 生物多様性条約は、ワシントン条約以降の動 向をもとに、より包括的な生物多様性保全を条 約にしたものであるため、日本国内では制定さ れたばかりの種の保存法の政策実施と併せて、

生物多様性国家戦略の策定や関係法令の制定・

改正をもとに、総合的な生物多様性保全に向け た政策が進められてきた。

₃.₄ 生物多様性国家戦略

 1993年の環境基本法の制定及び、生物多様性 条約の発効を受け、政府は、生物多様性に関す

る政策「生物多様性国家戦略」を策定している。

これは、生物多様性保全に関する事柄が、環境 庁(現環境省)所管以外の多岐な分野、また、

地方自治体や企業、市民を含む様々な活動に関 連するため、政府全体として戦略を示す必要が 認められたからである。2009年現在、二度の見 直しが行われ、第三次国家戦略が策定されてい る。

 第一次国家戦略は、条約発効後すぐに策定が 進められ1995(平成7)年10月に決定された。

この戦略は、「生物多様性の現状」、「生物多様 性の保全と持続可能な利用のための基本方針」、

「施策の展開」、および「戦略の効果的実施」の 4部で構成され、保護地域及び二次的自然を含 めた生息域内での保全と、動物園等の生息域外 での保全の基本方針、農林水産業や観光、バイ オテクノロジー等での持続可能な利用、調査、

研究、制度の現状と課題、今後の方向性につい て網羅的にまとめられた。本戦略は、条約発効 後2年の短期間で、生物多様性をキーワードに 各省庁が連携してまとめられたが、後の戦略と 比較してみると、現状分析が不足し、施策は並 列で具体性に欠ける内容も多い。

 第一次国家戦略策定以降、公共事業のあり方 を問う様々な批判10とも相まって、1997(平成9) 年に河川法、1999(平成11)年に海岸法、2000(平 成12)年に港湾法、2001(平成13)年に土地改 良法がそれぞれ改正され、公共事業における環 境への配慮が明記された。1997(平成9)年に は環境影響評価法も制定された。また、1999(平 成11)年の食料・農業・農村基本法、2001(平 成13)年の森林・林業基本法の制定により農業、

森林の多面的機能の発揮が位置づけられるな ど、事業官庁でも生物多様性保全対策が事業化 しやすくなる法整備が行われた。

 2001(平成13)年の環境省発足後、2002(平 成14)年3月に新・生物多様性国家戦略が決定 された。新戦略は、「3つの危機」、「3つの方向」、

「7つの主要テーマ」などを体系的に整理し、

施策の対象を原生自然や貴重種に限らず、里地

9 専門家による検討を踏まえ、野生生物の絶滅の危険性を評価し選定された絶滅のおそれのある種のリスト。そのリストを編集 製本したものがレッドデータブックである。国レベルでは、環境庁が、種の保存法の制定に併せて、平成3(1991)年に初めて、

レッドリストを作成した。その後、平成7(1995)年~、平成14(2002)年~の二度見直しが行われ、平成19年11月現在、計4,827 種の野生生物がこのリストに記載されている。

10 1995(平成7)年長良川河口堰の運用開始。この堰を巡る動きをはじめ、大型公共工事を見直す動きがあり、建設省は、同年

建設省公共事業の再点検を実施。1996(平成8)年 建設省河川審議会「社会経済の変化を踏まえた今後の河川整備のあり方 について」答申。河川法改正へつながる。

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里山、都市地域などを含む国土全体へ拡大する ことを明確化し、残された自然の保全だけでな く、自然再生を提案している。また、中央省庁 レベルではあるが里地里山保全や自然再生にお ける各省連携の強化、法律改正やモデル事業な どの具体的提案などが掲げられた。

 新・戦略決定により、2002(平成14)年に自 然再生推進法の制定、自然公園法の改正、鳥獣 保護法の鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する 法律への全面改正、2003(平成15)年に遺伝子 組替え生物等の使用等の規制による生物の多様 性の確保に関する法律の制定、2004(平成16)

年に外来生物法の制定、2006(平成18)年に鳥 獣保護法改正が行われるなど生物多様性保全に 関する関係法の整備が更に進められた。また、

釧路湿原や佐渡など各地で自然再生事業が実施 されるとともに、里地里山保全活動・施策が進 んだ。

 第三次生物多様性保全国家戦略は、新・戦略 策定後の進展を踏まえ、生物多様性条約締約国 会議の日本開催に向けて今後の取り組みを示す ため、2007(平成19)年11月に決定された。

 生物多様性の重要性を「いのちと暮らしを支 える生物多様性」という総括の下に①すべての 生命の存立基盤、②将来を含む有用な価値、③ 豊かな文化の根源、および、④暮らしの安全性 の4つの観点から捉えている。

 生物多様性保全を脅かす危機として、日本の 危機として、①開発や乱獲による主の減少・絶 滅、生息・生育地の減少、②里地里山などの手 入れ不足による自然の質の低下、③外来種など の持ち込みによる生態系のかく乱、および、④ 地球温暖化による世界的な危機が掲げられ、そ れらの危機の克服また対処が目標とされてい る。加えて世界的な対処として、それらの開発 や利用における南北問題(利益の公平な配分を 阻害する開発、先進国による遺伝子特許の先取 など)の解決も重要な目標とされている。

₃.₅ 生物多様性基本法の成立

 政府は、三次に渡る国家戦略の決定を行い、

それに基づく政策を進めているが、野生生物に 関する諸法律を生物多様性の観点から包括する 法律を持たなかった。そのため、(財)日本自

然保護協会などの市民団体や弁護士会等は、野 生生物保護法制定をめざす全国ネットワークを 形成し、包括的な野生生物保護対策の推進のた めの基本法の制定と、それに基づく各個別法改 正に向けた運動を行い、2003(平成15)年、野 生生物保護基本法(案)を示した。2007(平成 19)年の参議院選挙では、民主党が「野生生物 保護基本法制定」をマニフェストに掲げるなど、

市民による立法の動きがおこった。

 一方、政府与党でも、2010(平成22)年の生 物多様性条約締約国会議(COP10)名古屋開催 に向け、生物多様性保全に関する政策的機運が 高まっていたため、超党派の国会議員による基 本法制定が具体的な政策実現プロセスにのり、

議員立法により2008(平成20)年6月6日、生 物多様性基本法が制定された。

 生物多様性基本法は、環境基本法の下に、野 生生物やその生息・生育環境、生態系全体のつ ながりを含めて保全する基本法として、初めて 制定した法律である。

 この法律の特色としては、以下のような点が 挙げられる。

 第一に、「生物多様性」と「持続可能な利用」

を法律で定義している。条約の定義を踏襲し、

「生物多様性」を生態系、種、遺伝子の3つの レベルの保全を対象にすると明記し、個別法で 漏れていた海洋生物、微生物なども含まれるこ とになった。

 第二に、生物多様性国家戦略を法定計画とし、

年次報告を義務づけている。一方、各地域にお ける地域戦略を努力義務にとどめているが、自 治体における地域戦略策定に根拠を与える条項 が盛り込まれた。

 第三に、事業の計画立案段階からの環境影響 評価の必要性を盛り込んでいる。この法案作成 のプロジェクトメンバーだった村井宗明議員 は、「この法律の命は第25条にある!」(谷津ほか,

2008, あとがき)と述べており、事業計画決定

前に環境影響評価を行う「戦略的環境アセスメ ント」の導入に向けた条項が定められた。これ により、国の公共事業を中心に事業実施手法が 変わっていくと考えられる。

 第四に、政策形成における住民参加を求めて いる。

 第五に、種の保存法、外来生物法など、個別 の法律の改正に道を開くことである。

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 基本法による即効的な変化はないかもしれな いが、個別法改正との組み合わせにより、特に 公共事業について生物多様性の持つ意味が大き くなってくると考えられる。

₃.₆ 種の保存から生物多様性保全へ

 生物多様性基本法の成立は、特に中央省庁レ ベルでは、第三次生物多様性国家戦略の推進に 法的な根拠を与えたことになり、今後、一層、

生物多様性保全政策が行われる状況である。

 特に、生物多様性締約国会議(COP10)11を控 え、環境省の政策的な動きも増加している。例 えば、SATOYAMAイニシアチブ12の世界への発 信、生物多様性企業活動ガイドラインの作成、

日本の生物多様性総合評価委員会の設置、ホー ムページの解説などCOP10へ向けた啓発活動な どが行われている。

 地方自治体においても、千葉県と埼玉県が

2008(平成20)年3月に県版生物多様性戦略を

策定し、愛知県、名古屋市などが策定中である など、包括的な施策を目指す先導的取り組みも 進められている。また、地域での生物多様性保 全政策としては、兵庫県豊岡市のコウノトリ復 活の取組み13など、国県市及び地域が連携して、

復元すべき環境目標を明確に提示し、自然再生 事業や農林水産業と連動した大々的な取組も行 われている。

 しかしながら、国家戦略や基本法により、地 域固有の生態系の保全が科学的に重要とされて も、各地域における生物多様性保全政策が、必 ずしも変化進展しているわけではない。

 2006(平成18)年に都道府県の自然環境部局 に対して行われたアンケートによると、生物多 様性保全政策の中で最も多く行われているのは 特定の種を対象にした保全対策である。(山本, 2007, p7.5)また、特定生物種の保全対策の

実態は、人間の好き嫌いに左右されることが示 されており、生物多様性保全上の必要性と実態 の保全活動のバランスの欠如が指摘されている

(谷口, 2008, pp.60-65)という指摘もある。

 種の保存法で現在指定されている種は、国内 希少野生動植物種81種、そのうち保護増殖事業 計画が策定されたものが38種、生息地等保護区 は9カ所である。指定種は環境省レッドリストの 対象種のわずか2.7%と非常に少ないのが現状14で ある。各自治体はそれぞれの地域で条例により 保全対象種を指定しているが、それらを含めて も絶滅のおそれがある野生生物のごく一部しか 対象となっていない。従って、種の保存法が十 分機能していないとの批判があり、自然保護団 体をはじめ、法律改正の必要性が指摘されてい る。

 しかし、筆者は、法律や現行施策の充実を願 う一方で、種の保存法の候補となる野生生物が 原生自然の中だけでなく、人間活動に近い里地 里山地域の種も対象にされる15中では、規制を 中心にした保全対策を行うことで種の保存を達 成するという法律の枠組み自体に限界があると 考えている。近年の生物多様性保全政策の積み 重ねは、種の保存を人間活動も含めて考える必 要性を示している。国土利用や制度改革を含め たダイナミックな動きと、地域における野生生 物種の保存を巡る生物多様性保全は、様々な対 立や葛藤、今までの施策とのギャップを生み出 している。筆者が関わる岡山市においても、種 の保存法に指定された希少淡水魚や特定種に着 目した活動の中で、そのような事例に接してお り、地域における政策や活動の転換が必要と考 えている。

₄.岡山市内の生物多様性保全政策   ~希少淡水魚保全活動を中心に~

16

11 生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)は、2010(平成22年)10月名古屋市で開催される。

12 谷津義男ほか共著2008『生物多様性基本法』ぎょうせい p187 要約すると「日本の農村景観である里山のように自然と調和 した社会に関する伝統的、地域的な知恵を自然共生型のモデルとして作成し世界へ提案すること」

13 兵庫県豊岡市でのコウノトリ保全の取組は、豊岡市長の中貝をはじめ、多くの報告、論文がある。

14 環境省レッドリスト記載種のうち、種の保存法の指定対象となる野生絶滅・絶滅危惧Ⅰ類・絶滅危惧Ⅱ類に記載された種は、2,951 種である。出典:環境省生物多様性情報システムhttp://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_f.html(2009年3月9日閲覧)

15 種の保存法指定種39種の中には、主たる生息・生育地が自然環境保全地域や自然公園などの保護区域ではなく里地里山の種が 含まれる。例えば、淡水魚のミヤコタナゴ、イタセンパラ、アユモドキ、スイゲンゼニタナゴ、両生類のアベサンショウウオ、

また、コウノトリ、トキ、オオタカなどの鳥類も保護区域にとどまらない。

16 4章の概要を表2にまとめた。

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₄.₁ 淡水魚の宝庫岡山

 筆者の住む岡山市は、古くから人の手が入っ た地域であるが多様な野生生物が生息・生育し 豊かな生態系を保っている。中でも岡山平野に は、吉井川、旭川、高梁川の三大河川とそれと 有機的につながった用水路群と水田地帯が織り なす豊かな環境が広がっていることから、全国 有数の淡水魚類相を誇り、岡山市内で確認され た淡水魚類だけでも約70種類17を数える。その 中には、環境省のレッドリストに掲載された種 が少なくとも22種類おり、そのうち、1977(昭 和52)年に、アユモドキが文化財保護法に基づ く、国指定天然記念物(2004(平成16)年に、

種の保存法による国内希少野生動植物種にも指 定)、2002(平成14)年に、スイゲンゼニタナ ゴが種の保存法による国内希少野生動植物種に 指定され、法律による保護の対象となっている。

 筆者は、これら希少淡水魚をはじめとする岡 山地域における身近な自然の保全活動に、1992

(平成4)年から2008(平成20)年にかけて、

主に岡山市の環境保全担当課の自然保護、環境 学習、環境計画業務担当者として、直接的、間 接的に関わってきた。特に、2001(平成13)年 に自然保護係が新設されて以降、希少淡水魚の 保全対策の調整と、生物多様性保全施策の枠組 みづくりに関与してきた。一方、高校生時代

(1984年頃)から、岡山の自然を守る会が主催 するこども向け自然体験活動、その後環境保全 活動にボランティアで参加し、現在も、市民活 動として自然保護活動や環境教育活動や河川を 軸にした交流連携活動などに関わっている。本 章は、行政担当者として関与した政策を中心に まとめる18

₄.₂ 希少淡水魚の減少要因

 アユモドキは、コイ目ドジョウ科の淡水魚で、

かつては、岡山県中南部及び、琵琶湖淀川水系 に広く分布していたが、現在は、岡山県の旭川・

吉井川水系の限られた地域と、京都府の一部で 確認されているのみである。本種は、洪水によっ てできる一時的な氾濫原を産卵繁殖場所として きた魚で、水田稲作の普及以降は水田周辺の陸 生植物が繁茂した場所で田植え時期に一時的水 域になる場所が氾濫原の代わりになり種の維持 が図られてきたと考えられている。しかしなが ら、河川改修、圃場整備、用水路のコンクリー ト化などで、そのような産卵環境の減少及び、

普段の生息地と産卵場との分断が進み、その他 要因も相まって1970年代以降、急激に絶滅のお それが最も高い魚類の一つになった。(青、阿部, 2009, p.81-86)

 スイゲンゼニタナゴは、コイ科の淡水魚で、

かつては、広島県東部から兵庫県西部の河川及 び用水路に広く分布していたが、現在は、岡山 県南と広島県東部に点在して分布しているのみ になっている。本種は、流れの緩やかな砂底の 用水路や小川を好み、イシガイ、マツカサガイ などの二枚貝に卵を産み付ける。しかし、最近 の水路改修工事で緩やかな流れや二枚貝のすむ 環境がなくなり急速に数を減らし、あわせて、

観賞魚業者などによる乱獲も減少に拍車をかけ ている。タナゴ類という同種の淡水魚の中でも 最も小さく、また、産卵数も少ないため、他種 との競合が余儀なくされる環境では競争に負け ていることも減少要因と考えられている。

 この2種とも、本来は河川に生息していたも のが、稲作の普及に伴い、水田周辺の用水路へ と生息域や繁殖地を拡大し、人間の暮らしに近 いところで生息していた種である。つまり、人 間のくらしと共存してきた人里の身近な野生生 物である。従って、人間活動の変化の影響を受 けるとともに、その種の保全を行うためには、

その地域のくらしを抜きには考えられない野生 生物である。

₄.₃ アユモドキ保全活動の経緯

 アユモドキは、かつてはその生息地では食用

17 岡山市環境調整課 2003「おかやまの希少な淡水魚」に記載された淡水魚68種のうち、最新の環境省レッドリスト(2007(平成 19)年8月3日公表)に記載された淡水魚が22種類。その中にはもともと岡山に生息していない国内移入種も含まれる。一方、

このリスト以降に確認された魚類もいるがここでは種類に含めていない。

18 本章で取り上げる希少淡水魚保護の事例は、文献資料とともに、筆者が岡山市環境保全課職員として関わった際の記録をもと に構成している。

(8)

にもされていた淡水魚で、地域住民にとっては 保護など考える必要もないほど普通の魚であっ た。従って、生息数の多かった昭和40年代まで は特別にその保護が意識されることもなかった ようである。

 岡山市におけるアユモドキ保全活動は、昭和 50年代に入り、淡水魚を愛する市民が危機感を いだき、岡山淡水魚研究会を結成したことで始 まった。1977(昭和52)年にアユモドキが天然 記念物に指定されたことが契機となり、調査研 究活動が進められるとともに、当時大規模に行 われた用水路及び河川改修工事に対して保護要 請が行われた。

 指定当時は、国指定天然記念物にもかかわら ず、水路改修を行う事業者の保護への関心は低 く、保護担当の文化財担当課への連絡・協議な しに大規模な生息地の工事が行われたり、協議 が行われても工事直前に行われるなど、アユモ ドキの保護移動など最低限の対応しか行えな かった20。また、事業者に自然保護団体が保護 を申し入れても保護に消極的だった21。  行政による積極的な保全対策は、岡山市文化 財課が、岡山淡水魚研究会に委託して「天然記 念物アユモドキ分布調査」を実施した1986(昭 和61)年からである。この調査は、用水路改修 時の保全対策の検討のため分布域や生態を調査 したもので、調査後、アユモドキに影響が及ぶ 事業に対して事前協議を行うしくみが岡山市で 整えられ、水路工事において石垣護岸の保存、

魚巣ブロックの導入などが進められた。1989(平 成元)年には、用水路管理や保全型水路(魚巣 ブロック)の効果の調査も行われた22

 調査によりアユモドキの水田周辺を産卵場に 使用する可能性が示されたため、1989(平成元)

年、岡山淡水魚研究会が、岡山市賞田地区23の アユモドキ生息水路に隣接する休耕田を借り上 げて産卵場を創出する取り組みを始めた。この 取組みが成功し、自然保護団体中心の自然産卵 場確保による保護事業が、岡山市内のアユモド キ保全活動の中心になった。この取り組みは、

研究会の熱意と新たな研究の知見の蓄積により 現在も継続して行われている。

 続いて、アユモドキ対象ではなく、地域の環 境全般を対象にした取り組みとして、市環境保 全課が、賞田地区を含む高島中学校区(高島地 域)で、地域住民による地域環境の見直し活動 をしかけ、その活動が、1992(平成4)年「岡 山市ホタルの里」事業24、1997(平成9)年「高 島・旭竜エコミュージアム」25モデル事業となり、

地域住民による環境保全活動が生まれた。また、

地域の学習活動から、2000(平成12)年、アユ モドキ生息地の町内会の一つが淡水魚保護の町 宣言を行い、水路内に密猟防止と生息環境創出 のための石の配置や、パトロールの実施など、

地域住民の自主的な保全の取組も始まった。

 2004(平成16)年に種の保存法の指定種にな り、4省庁連携の保護増殖事業計画が策定して からは、環境省が委託した広域パトロールや移 動経路調査なども行われている。

 さらに、2006(平成18)年、2008(平成20)

年と、テレビで取り上げられたことにより、ア ユモドキの里として対外的にも知られるように なった。

 一方、岡山市と2007(平成19)年に合併した

19 岡山淡水魚研究会は1975(昭和50)年、前年結成された釣り仲間の同好会から改称して発足。2007(平成19)年からNPO法人。

20 岡山市教育委員会1986「天然記念物アユモドキ分布調査報告書」には、生息地の祇園用水、倉安川などの水路改修における配 慮がされず文化財担当課が奔走した事例が報告されている。

21 岡山の自然を守る会1978「岡山の自然No.10」に「姿勢悪い建設省 百間川改修で初交渉」の記事で、百間川改修に対する建設 省担当のコメントとして「中島大池のアユモドキが住めなくなってもかまわない。倉安川にもいる。」という発言が掲載されて いる。

22 岡山市教育委員会1989「天然記念物アユモドキ分布調査報告書」

23 賞田地区は、岡山駅から北東約5キロに位置する。高島中学校区に属し、古くからの農村地帯だが、市街化区域と調整地区の 接点に位置し、現在では農地と宅地が混在している。岡山平野の南部を潤す祇園用水群の最上流部に近く水質の極めて良い地 域である。

24 岡山市環境保全課の事業。ホタルをシンボルに地域住民による地域の良好な環境を保全する活動を市が支援する事業。1992(平 成4)年開始。市内5地域を指定。平成20年度から「身近な生きものの里」事業に変更。

25 岡山市環境保全課の事業。住民と行政が協力しながら、有形・無形の環境資源を現地で守り・活用することにより、環境にや さしい暮らしと良好な環境資源がある地域となることを目指すモデル事業。19951996(平成7~8)年に、高島中学校区で 住民懇談会を実施し、19971999(平成9~11)年にモデル事業を実施。岡山市内の生涯学習拠点である公民館と連携とした 事業として成果をあげ、活動報告書とそれに基づく公民館職員等へのワークショップを開催して2001(平成13)年度に環境保 全課の事業としては終了。地域での活動は2009(平成21)年現在も継続中。ホームページhttp://kouminkan.city.okayama.okayama.

jp/takashima/tkecm/gaiyou/gaiyo01.html

(9)

瀬戸町26では、旧町時代の2002(平成14)年、

町内の淡水魚研究者により、アユモドキの産卵 場所が特定された。この産卵場所が町道建設に より消滅の危機にあったため保全対策が必要と なり、町教育委員会では2003(平成15)年から アユモドキ保全活用検討委員会を設置し、調査 検討を重ねた。調査の結果、この産卵場所がア ユモドキの生息にとって大変重要な場所だと判 明したため、町道建設を休止し、代わりにアユ モドキ保全の啓発や保全活用の取組を継続的に 行ってきた。2005(平成17)年度からは文化庁 の天然記念物再生事業の国庫補助を受けて人工 繁殖や生態調査、繁殖個体の学校・公民館への 展示による啓発活動などが行われている。本地 域では、国土交通省、農林水産省、環境省、岡 山県等のアユモドキ保全対策事業も併行して行 われ、水路改修での配慮、農業施設における保 全対策の調査、河川敷内への自然産卵場創出な どが進められている。

 瀬戸町内では、2007(平成19)年度に中国四 国農政局によるアユモドキ学習会、2008(平成 20)年度には、淡水魚保全研究会等研究者と市 民団体によるシンポジウムの開催などが行わ れ、地域住民のアユモドキの認知は急速に増し ている。キリンビール岡山工場の保全活動への 協力、アユモドキの名称を付けた米の販売27な ども行われている。

 合併後の2007(平成19)年度からは、瀬戸町 のアユモドキ保全の枠組みが岡山市に引き継が れ、保全活用検討会や啓発活動が瀬戸町、高島 地域双方で行われている。

 アユモドキに関しては、地域住民による保全 活動も行われているが、保全活動を先導するの は自然保護団体及び研究者、行政である。地域 の関心や保全活動への理解は、少しずつ高まっ

ているとはいえ、本来それぞれの地域で維持管 理利用を行う農業施設に対して、通常の維持管 理とは違う配慮を強いるため、農業水利関係者 からは反発を受けることもあり、地域と保全活 動団体の間の意識、意見の相違が大きく、その ことが問題となる。例えば、用水路の川掃除の ために水位を下げた際の魚類の斃死を保護団体 が問題視する際に、施設管理と魚とどちらが大 切なのかという対立が顕在化している28

₄.₄ スイゲンゼニタナゴ保全活動の経緯

 スイゲンゼニタナゴは、岡山では「カメンタ」

「カメント」「ニガメン」などと呼ばれるタナゴ 類の一種で「カメンタのこめぇの(小さいもの)」

と認識されるぐらいで特別に区別されていた魚 ではなかった。前述の昭和61年に行われたアユ モドキの調査においても激減が指摘され、筆者 も保護が必要という話を耳にしていたが、岡山 市内での保全活動が始まったのは遅く、2000(平 成12)年、岡山市高松地区の土地改良事業実施 中に、岡山淡水魚研究会から岡山市環境保全課 に保護要請があった頃である。

 それ以前1994(平成6)年から広島県では県 条例で保全対象29になっており、福山市内で保 全活動が積極的に行われていた。また、岡山県 内の生息地で公共工事が行われる際に保護団体 等から直接事業者へ保全対策の申し入れが行わ れていたが、業者による大量採取を危惧する保 護団体が情報管理を徹底していたため、地方自 治体の担当課も現状の情報を持っておらず保全 対策が行われていなかった30。そのため、保全 要請があった時に、スイゲンゼニタナゴがどん な魚で、どこにどれくらいいるのか筆者を含め

26 瀬戸町のアユモドキ生息地は、岡山市北東部JR岡山駅から約20㎞付近に位置する田園地帯。周辺には、住宅、工場も立地して いるがまとまった水田が広がっている。

27 JA岡山東では、酒造米の雄町という品種を栽培する瀬戸町雄町部会のうち、雄町特別栽培部会が、化学肥料不使用減農薬の米

を「アユモドキの里」のブランド名で出荷している。NPO法人岡山淡水魚研究会の会員が、「アユモドキ米」の商標登録を行っ ている。

28 2008(平成20)年5月の川掃除の際にアユモドキ生息地の水位が下がりアユモドキの大量死が生じた。このことに対して、地

元新聞等に、保全活動の立場から農業者の責任を追及するような記事が掲載されたため、地元の農業者と保全活動関係者間の コミュニケーション不足、考え方の差が顕在化した。この状況収拾のため、岡山市農業施設課、環境保全関係課が協議しなが らそれぞれの関係者に保全活動に関する調整を行った。

29 広島県野生生物の種の保護に関する条例(平成6年3月29日条例1号)1994(平成6)年12月15日にスイゲンゼニタナゴは指定 され、福山市内での保護活動が行われてきた。

30 環境庁(当時)は、1996(平成8)年度、1997(平成9)年度と希少野生動植物種選定のための生息実態調査を実施して岡山県 内の分布状況も概ね把握していた。水産庁も1999(平成11)年度にスイゲンゼニタナゴの生息分布調査を岡山県内で行っており、

その過程で保全活動の契機となった土地改良事業区域での生息が確認された。

(10)

環境保全担当者も知らなかった。

 保護要請があった当時、スイゲンゼニタナゴ は法的に保護対象になっていなかったので、環 境省のレッドリストで絶滅危惧ⅠA類にリスト アップされているということをもとに、市から 事業者に環境配慮の「お願い」をした。事業者 の了解は得たが地元負担金が増えるため、地元 農業者からの反発も大きかったが、工事での地 元意見の尊重、法令による保全の裏付けの確保 などを条件に了解を得て保全活動が始まった。

 この話し合いを経て、岡山市では、市長(当時)

の積極的な姿勢もあり、種の保存法指定を待た ず、2000(平成12)年から、保全対策の検討啓 発活動などを開始した。環境省へ種の保存法指 定の要望提出、岡山市環境保全審査会の専門部 会で保全対策案の検討(2001(平成13)年)な ど を 行 い、2002( 平 成14) 年 か ら は、 地 域、

NPO、関係機関の関係者による「スイゲンゼニ タナゴ検討委員会」を設けて、調査、保全活動 などを開始した。

 事業主体の土地改良区も、地元負担金の生じ ない地域用水機能増進事業31での事業実施を決 定し、2002~2003(平成14~15)年に地元関 係者と保全団体と各行政担当者で協議、2004~

2006(平成16~18)年の3年間で環境配慮型

の工事を実施した。なお、この工事時の取り決 めで、2002(平成14)年度以降、環境配慮型工 事による川掃除負担を地域外ボランティアで支 える活動を継続している。

 2002(平成14)年には、種の保存法の指定種 となり、種の保存法に基づく保護増殖事業計画 が2004(平成16)年に策定され、平成16年度以降、

国県事業として生息分布調査、生態調査や保全 対策の連絡会が始まった。

 その後、県の生息分布調査で本地域以外の生 息地も判明し、分布域や生態もわかってきたが、

法指定後も密漁の危険性があるため、市内では、

監視パトロールと、工事や水位低下の調整が主 な対策で、高松地区以外の積極的な保全活動は 平成21年3月現在行われていない。スイゲンゼ ニタナゴの保全活動は、当初、地域から保全対 策へ猛反発を受けたが、市が中心になった調整 で一定の理解を得ている。しかしながら、保全 活動の主体は、行政である。従って、保全対策

へ理解される方がいる一方で、「魚のことはど うでもいい。」という意見もあり継続的安定的 な保全対策には課題が多い。

 

₄.₅ 生物多様性保全のための制度整備

 岡山市では、スイゲンゼニタナゴの保全問題 を契機に、国県の動向も踏まえて、自然環境保 全のための独自制度の整備を行った。当初は、

希少淡水魚の保全に特化した検討から開始した が、最終的には、生物多様性保全を対象とする ことになり、2004(平成16)年3月22日に、生 物多様性保全条項を盛り込んだ岡山市環境保全 条例の改正を行った。

 条例改正の理由は、市としての生物多様性保 全施策の根拠規定が必要なこと、スイゲンゼニ タナゴが種の保存法に指定されても、法律では 市が事業者に環境配慮を求める根拠がないため 何らかの制度を独自に設ける必要があったこと などである。

 本条例の生物多様性保全条項は、前述の国の 生物多様性基本法や国家戦略の示す広い範囲の 生物多様性保全政策を扱うのではなく、種の保 存法による野生生物保護の枠組みに近いもので ある。条例の内容としては、①生物多様性保全 基本方針、自然環境配慮ガイドラインを策定し、

これらに基づいて市は事業活動に対して助言指 導できる。②貴重野生生物種、自然環境保全地 区(貴重野生生物保護区、共生地区)を指定で きる。③共生地区で一定規模以上の事業活動に 対して、「環境配慮届」の提出を義務づける。

④自然保護活動推進員を設ける。などである。

 この条例の特色は、環境配慮届である。これ は、環境情報を用いた環境行政の一手法である。

県の環境影響評価条例以下の小さな事業に対し て、事業者と保全担当課で、自然環境に関する 情報を共有して、環境配慮事項の協議を行い、

事業活動における環境配慮を少しずつでも高め ていく制度である。事業者と保全政策担当者で 環境情報を共有するための自然環境配慮情報シ ステムを作成し、ホームページ上で公開し、そ れに基づいた協議が行える体制を目指してい る。

31 農林水産省の補助事業。用水路の利水以外の環境、防災などの多面的な機能に着目した取組に対する補助事業。その取組を継 続するために必要なハード整備も補助の対象となる。

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 また、2008(平成20)年度から、「身近な生 きもの」をシンボルにした地域づくり活動を市 民と行政が協働で推進することにより、地域の 自然環境や生態系の保全を図る事業として、「身 近な生きものの里」を開始している。

 これらの制度の整備により、希少野生生物を 中心とした保全対策を、各行政機関、地域、

NPO、学識経験者等との連携で行っているとこ ろであるが、希少野生生物保全の背景にある社 会的課題には、地域基盤となる農業や施設管理 を今後どう維持するか、また、保全活動につい ても誰が行うかという問題を抱え、制度の整備 だけでは、効果は限定的である。

 

₅.希少淡水魚保全活動にみる生物多様性 保全上の課題

 岡山市における希少淡水魚保全の問題は、人 との関わりの深い、都市近郊の里地里山の身近 な希少野生生物を取り巻く問題である。これら 野生生物の保全には、生態学的知見から、政策 的にどう保全するかという視点と、その種の生 息環境を取り巻く社会的な側面から生物多様性 保全をどう位置づけできるのかという視点の二 つが必要である。

 まず、政策面では、「保全が必要な地域にお ける事業調整と環境配慮が適切に行われるため の関係機関間の連携強化」、「保全対策の明確化 と評価のための調査の実施」、「生息地の拡大の ための方策の検討と実施」、「飼育施設での保護 増殖事業(遺伝子レベルでの系統保存)の継続」、

「観賞魚販売業者のモラム向上とルールの徹底」

など、政策課題を質的に高める必要がある。こ れら政策は、現在、種の保存法に基づく保護増 殖事業計画に基づき、国県市などが進めている ところだが、種の保存法を巡る運用に課題を感 じている。種の保存法に対しては、自然保護団 体からも様々な不備が指摘されているが、地方 自治体職員として関わった立場から主な課題を 三つあげる。

 第一に、地方の役割や責務が曖昧な点である。

地方自治体は法律で保護増殖事業を行えるが、

必須ではない。また、地方自治体には密漁者の 取り締まりや、事業者を指導する権限はない。

地域の自然は、地域でしか守れないという立場

から、筆者は、地方ガバナンスが主体的に政策 を行えるようにすべきと考える。ただし、人員 体制や予算措置を地方が担えるよう整える必要 がある。

 第二に、種の保存法では、個体の捕獲や販売 は厳しく規制されているにもかかわらず、指定 種の生息地で工事が行われる時、工事自体の環 境配慮を、法的に調整し求めるしくみがない。

文化財保護法では、天然記念物の捕獲や生息地 の改変に際して、現状変更等許可手続きが必要 であり、開発行為の調整が制度化されているの で、アユモドキは、市(教育委員会)または、

文化庁への手続きが行われているが、スイゲン ゼニタナゴは法律では手続きがいらない。事業 者が保全対策の事前協議を行うことで実際は環 境配慮の調整が行われているが、同目的の法律 で手続きに差を設ける理由はないのではない か。

 第三に、保護増殖事業計画では、指定種の生 息環境を含めた保全を目標にしながら、目標年 次や、そこに至る具体的なロードマップがなか なか作れないことである。これは、指定種の生 態や分布についての科学的知見も不足している ことに起因するが、種の保存法指定種をなぜ、

地域に回復する必要があるのかに、地域として の合意が得られていないことも要因である。

 これらの課題を含め、種の保存法とその運用 を改善することは必要だと考えるが、特定の野 生生物種の保全を目的とした法律では限界があ る。岡山市環境保全条例のように、地方自治体 が、特定事業に環境配慮の協議を義務づける事 業調整制度を設けるなど、別の法令を考える必 要もある。

 国内では、自然環境保全法による原生自然環 境保全地域など人間の関与をできるだけ排除す ることで生物多様性の保全をはかる政策も行わ れている。しかし、都市や里地里山地域では、

種の保存、そして、生物多様性の保全も他の人 間活動との調整が必要である。従って、法令と ともに、社会的側面に着目した政策や取り組み が重要である。

 保全対策を求める立場からは、生物多様性条 約が前文で示すように、生物多様性の保全自体 に内在的価値を認め((財)日本自然保護協会, 2003, p.12)、法律や科学的知見をもとに保全対 策を求める。しかしながら、それぞれの地域で

(12)

は野生生物と人間との関係はそれぞれ違い、生 物多様性に内在的価値を認めるとは限らない。

従って、自らの価値に基づく決定や行動が阻害 されることに大きな反発がおこり得る。法律に 則って公共政策として保全対策を進めることは あり得るが、そこが、地域住民による維持管理 活動が行われている農地や用水路、里山の場合、

「自分たちはどうでもいいから、行政や保護団 体が全ての責任を持ってやれ!」という話にな り、基本的な対立関係を内包したままで保全対 策が進められる。しかし、人間活動が盛んな里 地里山で勝手に保全対策が行える訳が無く、そ のような活動はいずれ行き詰まる。

 地域での生物多様性保全政策は、科学的視点、

法令の整備も必要だが、「人間と自然の関係を コミュニケーション関係として理解する視点」

(亀山, 2005, p.70)を持って人間の様々な価値観 やそれに伴う行動も認められることが重要であ る。実際には、地域には地域特有の自然との関 係をくらしの中で築いてきた歴史があり、それ らをもとに生物多様性保全に通ずる何らかの糸 口として、新たな保全活動が地域において正当 性が得られる道筋を見出すことが求められるの ではなかろうか。

 社会的側面を重視した政策や的取り組みとし ては、例えば、兵庫県豊岡市のコウノトリと共 生するまちづくり(中貝, 2008, p.74-82)32や、

滋賀県高島市のたかしま生きもの田んぼの取組

(本多, 2006)33、また広島県におけるダルマガエ ル米の取り組み(井藤, 2009, p.114)などがある。

これらは、生物多様性保全を地域社会の記憶や 課題と結びつけた先進事例であり、関係構築や 関心喚起などの取組みと科学的な調査研究を地 道に行いつつも、行政による規制的手法や生態 学的保全対策だけではなく、持続可能な地域の 将来ビジョンを地域と行政が共有しながら、経 済的手法や情報的手法、地域づくりの視点など を組み合わせて、多分野のキーパーソンによる 様々な取り組みがつながっている。

 このような先進事例は、希少淡水魚などの特 定の野生生物種の保全のみを目的にするのでは なく、地域社会で共有できるビジョンの中に生

物多様性の価値をどう内在化できるかが重要で あることを示している。岡山市の都市近郊の里 地里山においても、アユモドキやスイゲンゼニ タナゴをはじめとした岡山の特徴的な野生生物 や生態系を、地域社会の価値としてどう共有で きるかが問われ、そのための新たな取り組みが 求められている。

 

₆.おわりに

 本稿では、国の生物多様性保全政策の動向を 概観し、自然保護から種の保存、そして、さら に幅広い分野の総合政策としての生物多様性保 全へと取組が広がっている状況を示し、一方、

都市近郊および里地里山地域で種の保存法指定 種も生息しているような地域では、生物多様性 保全と地域の価値観の相違を克服するための、

社会的な側面からの新たな生物多様性保全対策 が必要とされている状況を示した。

 ただし、国内の政策動向については基本方針 をまとめたのみであり、個別法や個別事例につ いての整理、分析は行えていない。生物多様性 保全政策においても、他の公共政策同様に、様々 な主体が協働する新たな保全活動が求められ、

それに応じたガバナンスが必要とされており、

それら個別政策についての制度面、政策面の整 理を行っていく必要がある。

 本研究は、地域における社会的側面に着目し て、都市近郊および里地里山における生物多様 性保全のあり方を究明する一時例として、政策 科学として寄与できると考えている。また、本 研究はソーシャル・イノベーション研究として、

岡山市都市近郊および里地里山における生物多 様性保全活動に関与しながら、生物多様性保全 と地域課題解決が共鳴するモデルの構築につい て研究していく。筆者は、都市と農村にまたが る人の営みのそばに絶滅のおそれのある野生生 物が一緒にいる環境に暮らしている。何とかこ の恵まれた環境を地域の宝として伝えていきた いと思いを胸に実践的研究を継続していきた い。

32 中国四国農政局が2008(平成20)年2月16日に岡山市瀬戸町で開催した学習会でも「コウノトリが育む地域農業」(兵庫県豊岡 農業改良普及センター 西村いつき氏)の発表があり、地域の農業者の関心を集めた。

33 高島市いきもの田んぼ及び、豊岡市コウノトリ育む農業を紹介。また、2009(平成21)年3月4日に岡山市瀬戸町で開催した第 4回淡水魚保全シンボジウムで本多氏が講演を行った。

(13)

 

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レッドリストURL(http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_f.html)

生物多様性国家戦略URL(http://www.biodic.go.jp/nbsap.

html)

  生 物 多 様 性 ホ ー ムURL(http://www.biodic.go.jp/

biodiversity/)

・野生生物保護法制定をめざす全国ネットワークウェブ サイト

URL(http://www.wlaw-net.net/net/syu_hozon/syu2003- main.html) 2009.3.13閲覧

参照

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