• 検索結果がありません。

マルサス価値論の考察 : 『原理』第2章第1-3節を 中心にして

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "マルサス価値論の考察 : 『原理』第2章第1-3節を 中心にして"

Copied!
85
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

マルサス価値論の考察 : 『原理』第2章第1‑3節を 中心にして

著者 横山 照樹

雑誌名 經濟學論叢

巻 65

号 1

ページ 47‑130

発行年 2013‑07‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/00027376

(2)

【論 説】

マルサス価値論の考察

―『原理』第 2 章第 1-3 節を中心にして―

横 山 照 樹  

は じ め に

 マルサスは1823年に『価値尺度論』を出版する.そして,『原理』初版で は価値尺度として「穀物と労働の間の平均(a mean between corn and labour)」が 採用されていたが,『価値尺度論』では,価値尺度として商品が支配する労働 を採用することになった.

 『価値尺度論』出版後も,マルサスは,1823年の4月から8月にかけて手 紙を通じて行われたリカードウとの論争,1823,24年に『クオータリー・レ ビュー』に発表された書評論文,1825年に王立学術協会で行われた報告であ る 「 商品の供給」,1827年に出版された『諸定義』,そして同じ年に王立学術 協会で行われた報告である 「 商品の価値」等によって,価値についての考察 を深めていくことになる1)

 そして,1836年に出版された『原理』第2版では,価値の問題について議 論されている第2章の内容が大幅に改訂されることになる.また章のタイト ルも「価値の性質,原因(causes),そして尺度(measures)について」2)に変更 される.本稿では,第2章第1節から第3節までを検討することによって,『価 値尺度論』出版後の議論が第2版の改訂にどのような影響を与えたか,また

1) この間の経緯については,横山(2012)(2013)を参照.

2) 初版では第2章のタイトルは,「価値の性質そして尺度について」となっていて,「原因」と

いう言葉はなかった.

(3)

第1版における議論に比べて第2版における議論はどのような特色があるか を考察したい3)

 問題の検討に入る前に,第2版の改訂の経緯について,『原理』のVariorum

Editionの編者であるプレンが,『原理』の序文で行っている説明を簡単に紹

介しておきたい.

1 『原理』第 2

版の改訂の経緯について

 『原理』の初版は1820年に出版されるが,マルサスは初版の最後に付された 要約が完成する以前から,『原理』の改訂作業をはじめていたようである.なぜ なら,『原理』初版の最後の箇所に付けられた要約の中で,第1版の節のタイト ルの代わりに,第2版の節のタイトルをあげている箇所が見られるからである4).  初版出版後すぐにマルサスは,初版のコピーの余白に,手書きの変更を加 えはじめた.プレンは,このような手書きの変更を「手稿改訂版(Manuscript

Revisions)」(VE.Ⅰ, p.xxxvii)と呼んで,それを3つのグループに分類している.

第1のグループは初版の余白や行間に書かれたもの,第2のグループは,初 版のコピーの間の,17の異なった箇所に差し込まれていた27枚の紙片(loose

sheet),そして最後のグループは,初版のページの間には差し込まれていない,

18枚の紙片からなっているものである.プレンによると,この最後のグルー プは大部分が初版か第2版かの特定のページに関連付けることができる.そ して,プレンはこの最後のグループを「追加の紙片(supplementary sheets)」(VE.

Ⅰ, p.xxxviii)と呼んでいる.

 プレンによると,「手稿改訂版の多くの変更が第2版から排除されたのと同

3) 第2版について検討するさい,編者の果たした役割をどのように考えるかが問題になってく る.この点については,プレンの議論を参照されたい.Cf.VE.Ⅰ, pp.lxii―lxiv.

4) プレンはその例として,初版第1章第2節のタイトルが,本文では,「生産的および不生産的

労働について(On Productive and Unproductive Labour)」となっていたのが,要約では「生産的 労働について(Of Productive Labour)」(1st ed., p.526)となっていることをあげている.第2 1章第2節のタイトルは,「生産的労働について(On Productive Labour)」(2nd ed., p.29)であっ た.プレンは,これはマルサスが「元の版と改訂版とを混同したためである」(VE.Ⅱ, p.467)と言っ ている.同じようなことは,第2章第4節のタイトルでも起きている.

(4)

様に,第2版における多くの変更が手稿改訂版には現れない.現在ある手稿 改訂版は,第2版における全変更の小さな部分を含むだけである.」(ibid.)そ して,手稿改訂版と第2版における改訂について検討した結果,プレンは次 のように結論している.

   「したがって結論は,第2版の出版社に渡された最終原稿は,現存している手稿改 訂版とは非常に異なった文章であったということである.それにもかかわらず,手 稿改訂版は1820年以降のマルサスのアイディアのいくらかの発展について示唆を与 えるのである,そして,それらが『原理』第2版に現れなかったアイディアを含ん でいるという事実は,それらをいわば『原理』の中間的な『版』となすのである.」(ibid.)

 このようなプレンの指摘に従うと,初版から第2版へのマルサスの経済理 論の発展を考えようとする場合,手稿改訂版における議論は,両者の中間の 時期におけるマルサスの考えを示していることになる.ただ,『原理』第2章 における価値論の改訂を検討しようとする場合には,幸いにもマルサス自身 が,『価値尺度論』等の多くの資料を残してくれている.

 それでは,第2版の出版はその後どうなったであろうか.プレンによると,

マルサスは1820年10月26日付のリカードウ宛の手紙で,「私は新しい版を 準備しています」(Ⅷ, p.285)と述べていた.また,『マンスリー・リテラリー・

アドバタイザー(Monthly Literary Advertiser)』の1821年1月10日号は,マルサ スの『原理』初版やリカードウの『原理』を出版したマリが,近日中に出版 しようとしていた著作のリストを伝えているが,その中にはマルサスの『原理』

の新しい版が含まれていた.これらのことから,1821年の初めまでに,マル サスが出版のための重要なステップを踏み出しており,マリも出版すること に同意していたことになる5)

5) なお1821年の初めにマルサスは,リカードウが作成したマルサスの『原理』に対する評注,

いわゆる『マルサス評注』を手に入れて,その年の最初の3箇月間は,それを検討していたよ うである.Cf. VE., pp.xxxix-xl.

(5)

 しかし,マリは3月には考えを変え,4月にはクリスマスまで出版を延期 するようにマルサスに伝えたようである.そして,これ以降,マルサスは著 述活動でも,私的にも多忙となってくる.この年の7月にはゴドウィンに関 する論文を『エジンバラ・レビュー』に発表し,10月には『エンサイクロペ ディア・ブリタニカ』の補遺のために人口についての論文を書くことになり,

時間を取られるようになる.また同じ年の末にはマルサスの兄弟が亡くなり,

1822年の秋には東インド大学で学生の騒ぎがあって仕事を妨げられることに なる.しかし,1823年の2月初めには,第2版の原稿はマリに渡されたよう である.というのは,この年の2月24日付の手紙で,マルサスはマリに次の ように述べているからである.「私が3週間前にあなたに渡した『経済学原理』

について,あなたはすべてをまったく忘れてしまったに違いないと,私は確 信しています,そうでなければ,私はこの時期までに校正刷りを受け取った に違いないからです.」(VE.Ⅰ, p.xliii)

 しかし実際には,第2版が出版されることはなく,1823年の初めに『価値 尺度論』が出版されることになった.プレンはその理由について,「計画がこ のように変更された理由は明らかではない,特に,『原理』第2版の代わりに

『価値尺度論』を出版しようという決定が,マルサスによってなされたのかマ リによってなされたのかは,知られていない」(VE.Ⅰ, pp.xliii―xliv)と述べている.

しかしプレンは,『価値尺度論』から,「このこと6)を現在の論文におけるよ りもより十分に行なわれることが,私の意図であった」(Measure, p.211;58ページ)

という言葉を引用した後,「恐らく彼の望んだより十分な形とは,『原理』第 2版であった」(VE.Ⅰ, p.xliv)と述べて,計画の変更がマルサスの意図ではなかっ たことを示唆している.

 したがって,1823年の2月には『原理』第2版の原稿がマリに渡されてい たが,その後その一部が『価値尺度論』として出版されたことになる.しか

6) 「このこと」とは,「私がここで簡単に論究した,労働の価値の不変性から導き出される結論が,

その著作〔『原理』〕の結論と,ほとんどまったく同じだということ」(Measure, pp.210―211;57 ページ)の説明である.

(6)

し『価値尺度論』で述べられていた議論は,それ以降に行われたリカードウ との手紙による論争や,1827年の『諸定義』等によって発展させられていく ことになる7).そのため,もし1823年の『原理』第2版の原稿が現存してい たとしても,少なくとも第2章の部分については,価値論についてのマルサ スの過渡的な形態を示しているだけのように筆者には思われる.

 プレンは,序文のこれ以降の箇所では,『価値尺度論』とその後に公表され た論文や,王立学術協会で読まれた報告,また議会での証言について紹介し ているが,本稿に関係する箇所だけを取り上げると,次のようなことを指摘 している.

 価値論についてのマルサスの研究の進展についてであるが,プレンによる と,1825年に王立学術協会で 「 商品の供給」が読まれ,またポリティカル・

エコノミー・クラブの記録によると,この年の12月5日の会合で,価値尺度 について2つの問題がマルサスによって提出され,議論されている.このこ とからプレンは,「彼〔マルサス〕は,1825年は価値のこの問題に夢中になっ ていたように思われる」(VE.Ⅰ, p.li)と述べている.

 またプレンは,ポリティカル・エコノミー・クラブとマルサスとの関連に ついて,「1820年以降の時期,マルサスがポリティカル・エコノミー・クラ ブの会員であったことは,彼の考えの発展と『原理』第2版の準備とにとって,

疑いもなく重要な役割を演じた」(VE.Ⅰ, p.lviii)と述べ,クラブで議論されたテー マと『原理』第2版の変更箇所との間に関連があることを指摘している8).  そしてマルサスが,1820年から1834年までに10以上の著作を出版したこ とを指摘した後,プレンは結論的に,次のように述べている.「加えて,彼は 継続的にポリティカル・エコノミー・クラブの議論に参加し,〔議会の〕特別 委員会において証言し,そして東インド大学での講義と試験との義務を遂行 することを続けた.したがって,『原理』第2版の出版が遅れたことは,特に

7) 横山(2012)を参照.

8) Cf. VE.Ⅰ, p.lix.

(7)

これらの他の活動が,個人的な状況がますます困難になってくる中で行われ た場合には9),驚くべきことではない.」(VE.Ⅰ, p.lix)

 それにもかかわらず,マルサスは第2版の出版をあきらめたのではなく,

1827年10月5日付のマリ宛の手紙で次のように述べていた.

   「私は経済学の新しい版を考えています,というのは,それが長い間絶版中で,そ して私は求められていると理解しているからです.課税,貴金属の水準,そして他 の問題に関連する,多くの新しい問題があります.そして私は,これらを一緒にし て出版した方がよいか,別にした方がよいかについて,あなたの助言を望んでいま す.」(VE.Ⅰ, p.lx)

 また,1834年の初めに,マリが『原理』と関わりたくはないとマルサスに 伝えたのに対して,マルサスは同じ年の1月27日付のマリ宛の手紙で,次の ように述べていた.

   「私が先日あなたにお会いしたときに,あなたが私に言われたことから,あなたは 私の『原理』に対する著作権を放棄するつもりであると,私は推測しています.私 があなたを正しく理解したかどうかを確認するために,一筆したためています,と いうのは,他の書店に何らかの提案をするためには,私が事柄をまったく確実にし ておくべきことが必要だからです.」(ibid.)

 マルサスはこの年の12月29日に亡くなっているので,その直前まで,『原 理』第2版の出版を考えていたことになる.

 ところで,プレンは,手稿改訂版や第2版の分析から,マルサスが『原理』

第2版の改訂の作業を,1820年に『原理』初版が出版されて以降,継続的に

9) その事情として,プレンは,1821年に兄弟が亡くなったこと,1822年の学生の暴動,1825

年にマルサスの子供が亡くなったこと,1830年にはマルサス自身と彼の妻の体調がよくなかっ たこと等を指摘している.Cf. VE., p.lix.

(8)

続けていたことが明らかであるとして,その理由として次の4つの点を指摘 している.すなわち,1)いくつかの手稿改訂版への追加が1821年から23年 の間であったことが,出版物への言及から分かるものがあること,2)在位し ている王の名前や,シドニー・スミスからの日付の入った手紙の裏へ走り書 きをしたノートから,手稿改訂版への追加が1830年6月以降であることが分 かるものがあること,3)初版のコピーに挟まれていた紙のうち,5枚の透か しの年度が,1816,1818,1819,1822,1831であったこと,そして,4)第 2版では1820年から34年までに出版された著作に言及していることである.

そしてその後,プレンは次のように述べている.

   「したがって,マルサスが,1820年から1834年までの15年間一貫して,第2版 に含めるための情報を集めていたことを示す,資料的な証拠が存在しているのであ る.彼が68歳である,1833年においてすら,分厚い政府の報告書を読んで,『原理』

第2版のための証拠を選んでいたのであった.」(VE.Ⅰ, p.lxi)

 したがって,マルサスは『価値尺度論』や『諸定義』出版後も,『原理』の 改訂作業を進めていたことになる.それでは,『原理』第2版第2章では,ど のような議論が展開されることになったのであろうか.以下,第1節から順 に検討していくことにしたい.ただし,初版に対する第2版における変更点 は多数にのぼるので,以下では,マルサスの価値論を考えていく上で重要で あると思われる点についてのみ,考察することにしたい.

(9)

2 『原理』第 2

章第

1

節について

2. 1 第1の変更箇所について

 初版の第1節「価値の様々の種類について(Of the different Sorts of Value)」10)

を第2版と比較した場合,大きな変更箇所は2箇所あるように思われる.第 1の変更箇所は,初版の最初の方にあった4つのパラグラフが削除されたこ とであり,第2の変更箇所は,後半部分にあった価値尺度に言及している箇 所が,まったく書き改められたことである.

 まず第1の変更箇所から検討していきたい.冒頭の2つのパラグラフは,2 つの版の間でほとんど共通であり,価値には使用価値と交換価値という2つ の意味があると述べられていた.その後初版では,交換価値は「ある商品を 他の商品と交換する意思と能力(the will and power)」(1st ed., p.52)に基礎を置 いており,鹿肉の所有者とパンの所有者との間で2つの商品が実際に交換が 行われるためには,「相互的需要(a reciprocal demand)」(1st ed., p.53)が存在す ることが必要であると論じられていた11).それに対して第2版では,1.52abcd という4つのパラグラフが削除され,その代わりに「交換価値は,交換にお ける,あるものの何か他のもの(some other or others)に対する関係である.あ る特定の場合にこの関係を現実に決定するためには,現実に交換が起こらね ばならない」(2nd ed., p.42)という文章が新たに挿入され,この文章に続けて,「相 互的需要」に言及していた1.53a以下の初版の文章が,そのまま続くのであっ た12)

10) 第1節のタイトルは,第2版では‘Of’が‘On’に変更された以外は,初版と同じである.

11) プレンの編集したVariorum Editionでは,初版の文章で第2版において変更された箇所の指

示は,初版のページの欄外に記されたローマ字で指示されている.そして,第2版での変更内 容を記しているVariorum Editionの第2巻では,該当する初版の箇所が51ページのaの場合は,

1.51aのように指示されていた.以下の説明では,初版の変更箇所を指示するさい,Variorum

Editionの方法を用いる場合がある.それに従うと,今問題にしている初版第2章第1節の最

初の箇所は,1.52abcd,ということになる.

12) ただし初版にあった「相互的需要」という言葉は「相互的欲求(desire)」(2nd ed., p.42)に 変更されているが,意味する内容は同じだと思われる.

(10)

 この変更の意味について,プレンは次のように言っている.

   「これら4つのパラグラフが,第2版から削除された明白な理由は存在しない.そ れらの中には,第2版におけるマルサスの考え方と矛盾するように思われるもの は,なにもないのである.マルサスあるいは編者が,これら4つのパラグラフの基 本的な考えが,それに続くパラグラフ―『交換価値は……能力と意思だけではな く……相互的需要も意味しなければならない』―において十分に,そしてより簡 潔に表現されたと考え,したがって4つのパラグラフが余分であった(superfluous)

ので削除したということは,あり得ることである.」(VE.Ⅱ, p.310)

 すなわち,プレンの考えによると,第1の変更箇所については,初版と第 2版との間では基本的な考え方の違いはなかったということであり,筆者に も妥当な見方であるように思われる.なおプレンは,上の引用文に続けて次 のように述べて,この削除に対して批判的な評価を与えている.「もしそれが 理由であったとすると,削除は不幸なことであった,なぜなら,4つのパラ グラフはマルサスの思想の中で中心的な役割を演じた,能力と意思との間の 違いを明確にし,強調していたからである.」(VE.Ⅱ, pp.310―311)

2. 2 第2の変更箇所について

 第1の変更箇所以降,マルサスは次のような形で議論を進めていく.相互 的需要を確保するために,交換を拒否されないような一般的媒介物が用いら れるようになる.最初は家畜などが用いられたが,最終的には貴金属が用い られることになり,商品と貴金属との交換比率は名目価値,あるいは価格と 呼ばれることになる.ここまでは,初版と第2版とでほぼ同じ内容である.

ところが,1.59c以降,初版と第2版とでは内容が異なってくるのである.ま ず,初版の内容を見ておきたい.

 貴金属は,富の生産と分配において,価値の尺度として有効であるが,国

(11)

が異なった場合や同じ国の異なった時期では,価値の尺度として役に立たな い13).その例として,日雇い労働者の貨幣賃金と君主の貨幣収入を例にあげて,

それらは労働者の状態や君主の財力について何の情報も伝えないと言う14). そしてマルサスによると,「我々が望むものは,賃金,所得,あるいは商品が その所有者に支配することを可能にする,生活の必需品と便宜品の量を意味 する,真実交換価値(real value in exchange)と名付けられる,一種のある評価」

(1st ed., p.60)であり,そして,その真実交換価値は,「真実の富,あるいは生 活の最も重要な財を支配する能力の増減を意味する」(ibid.)のである.しかし,

どのような品物も変化を被るので,「我々が望みうるすべては,我々の研究の 目的である尺度の近似物(an approximation)」(ibid.)である.

 そしてリカードウのように15),商品に用いられた労働を真実価値と呼ぶと すると,価値と費用との間の非常に重要な区別を混同することになる.マル サスによると,真実交換価値は,「品物が,貨幣のような指定されたある1商 品と交換される能力と関係ないとすると,それは,3または4,5または6,8 または10を合わせたものと交換される能力に,多数の商品を組み合わせたも の(the mass of commodities combined)に,あるいは,この多数を最も近似的に 表している(most nearly represents this mass)労働を支配する能力に,関係して いるに違いない.」(1st ed., p.61)

 すなわち,この初版の説明では,真実交換価値とは,国が異なった場合や 同じ国の異なった時期において,「賃金,所得,あるいは商品がその所有者に」, どれだけの生活必需品や便宜品の支配を可能にするかを,測定できるもので あった.しかし,商品の価値は変化していくので,実際に手に入れられるの はその「近似物」であった.そのようなものとして,ここでは3つのものが 提案されている.1つは,「3または4,5または6,8または10の商品を合わ

13) この文は1.59cの要約である.

14) この文は1.59dの要約である.

15) リカードウは『マルサス評注』の中で,「マルサス氏は,費用と価値との間の極めて重要な

区別を混同していると言って,私を非難する」(Ⅱ, p.34)と述べている.

(12)

せたもの」であり,もう1つは,「多数の商品を組み合わせたもの」であった.

どちらも,いわば商品のバスケットを作って,それによって価値を測定しよ うというのである.そして,もう1つのものとして提案されているのが,「労 働を支配する能力」であるが,それは商品バスケットによって測定された真 実交換価値を「最も近似的」に表すと言われているのであった16)

 このような議論の後に,マルサスは,使用価値を「ものの内在的効用」(1st ed., p.62),「名目的交換価値(Nominal value in exchange)」を「貴金属での商品の 価値」(ibid.)と定義した後17),真実交換価値については,「労働を含めた,生 活の必需品と便宜品を交換において支配する,ものの能力」(ibid.)と定義す るのであった.

 それではこのような初版における議論は,第2版でどのように変更される のであろうか.まず1.59cについてであるが,第2版で文章はほとんど変更 され,説明がより詳細に行われるようになったが,基本的な内容は変わらな かったように思われる18)

 次に,1.59dについてであるが,初版では日雇い労働者の貨幣賃金と君主の 貨幣収入とを対比して説明されていた.しかし,『価値尺度論』では,労働が 不変の価値尺度として採用されることになった.そして,そのような考えは『原 理』第2版でも当然維持されている.そうすると,初版で行われていた比較 は,第2版の立場からすると,不変の価値尺度と君主の貨幣収入とを比較し ていたことになる.しかしそのような比較は,ここでマルサスが意図したこと,

すなわち名目価値を比較することによっては何の情報も得られないというこ とを説明することとは,合わないことになる.そのため第2版では,日雇い

16) ただし,なぜそうなるかについての説明はここでは行われていない.

17) 初版における使用価値と名目的交換価値の定義は,第2版においては,若干文章は変更され

るが,内容の変更はなかった.

18) プレンによると,初版と第2版との違いは,初版では貴金属が価値の尺度としてふさわしく

ないと述べられていただけであったが,第2版ではその理由として,鉱山の豊度と貴金属を購 入する便宜との違いによって,貴金属の価値が大きく変動することが,あげられていたことで ある.Cf. VE.Ⅱ, p.313.

(13)

労働者の代わりに布が取り上げられて,その価格と君主の貨幣収入とが比較 されることになるのであった.しかし,初版における説明の意図は,第2版 においても変更はなかった.

 したがって,初版の1.59cdについては,第2版において文章は変更されて いるが,議論の趣旨に実質的な変更はなかったように思われる.しかし,こ れ以降の箇所は,第2版においてまったく変更されることになるのであった.

特に初版で用いられていた「真実交換価値」という言葉は,「内在的交換価値

(intrinsic value in exchange)」に改められることになる.以下,第2版の内容に ついて検討していくことにしたい.

 マルサスは,布の価格と君主の貨幣収入についての議論の後に,次のよう に述べている.「我々がさらに知りたいと思うことは,所有したいという欲 求と,そしてその所有を獲得する困難(the desire to possess, and the difficulty of

obtaining possession of them)とに基づいた,その国における,そして問題にして

いる時における,布と貨幣とが持っている評価である.」(2nd ed., p.48)そして,

それに続く箇所で,購買力の内在的原因と外在的原因とについての議論が展 開されている.

   「2つの商品をお互いに比較する場合,一方が他方を購入する能力は,2組の原因,

すなわち,それらのうちの1つを所有したいという欲求と,そして所有を獲得する 困難とに影響する原因,そして,他のものを所有したいという欲求と,そして所有 を獲得する困難とに影響する原因,に依存しているに違いないということが,シー ニア氏によって正しく述べられた.ある1商品を所有したいという欲求と,そして 所有を獲得する困難とに影響する原因は,購買力の内在的4 4 4原因(the intrinsic causes ) と呼ぶのが適切であろう,なぜなら,これらの原因が増大すればするほど,その商 品は,依然として同じ容易さで獲得できるすべての他のものに対して,ますますよ り大きな購買力を持つからである.第1の商品が交換されるすべての異なった商品 を所有したいという欲求と,そして所有を獲得する困難とに影響する原因は,購買

(14)

力の外在的4 4 4原因(the extrinsic causes)と呼ぶのが適切であろう,なぜなら,第1の 商品を所有したいという欲求と,そして所有を獲得する困難とがまったく同じであ る間に,それが交換されるすべての他の商品を所有したいという欲求と,そして所 有を獲得する困難との変化によって,すなわち,第1の商品に作用する原因とは外4 在的4 4なものによって,その商品の他の商品に対する購買力は,どのような程度にも 変化するからである.19)」(2nd ed., p.48)

 すなわち,たとえば商品Aが他の商品B,C,D等と交換される場合を考 えると,商品Aを「所有したいという欲求と,そして所有を獲得する困難」

に影響する原因が,購買力の内在的原因であり,商品B,C,D等を「所有し たいという欲求と,そして所有を獲得する困難」に影響する原因が,購買力 の外在的原因である.

 そして,このような議論の後に,マルサスは,多数の商品の購買力,それ を後の箇所では「一般的購買力(The general power of purchasing)」(2nd ed., p.49)

と呼んでいるが,その尺度について,次のように言っている.

   「さて,これらの外在的原因は,その性質と,それらが適用される商品の多様性か ら,ほとんど数え切れないに違いないことは,明らかである.そして,多数の商品の,

あるいは少なくとも主要な生活の必需品と便宜品の,購買力のある尺度を持つこと は,確かに望ましいであろう,なぜなら,それは,特定の商品や,あるいは一定の 貨幣収入を所有している人々の富を評価することを,我々に可能にするからである,

しかし我々が,そのような尺度の意味するものを考えるとき,この種の標準尺度と なるのにふさわしい性質を持ったものは存在していないし,あるいは,存在してい

19) このパラグラフの中でマルサスはシーニアに言及していた.プレンによると,シーニアの内 在的価値と外在的価値の議論は,1836年に出版された『経済学概説』(An Outline of the Science

of Political Economy)の16ページにあるが,マルサスは1834年に亡くなっているので,この

本から知識を得ることはできなかった.そのためプレンは,ポリティカル・エコノミー・クラ ブでのマルサスとシーニアの交流から,その議論がマルサスに取り入れられたのではないかと 推測している.

(15)

ると想像することもできないと,確信するに違いない.それは,所有したいという 欲求と,その所有を獲得する困難とが,あるものについてだけではなく,多くの様々 なものについて,不変であることを意味するが,それはすべての理論と経験とに矛 盾している.」(2nd ed., p.48)

 すなわち,「多数の商品の,あるいは少なくとも主要な生活の必需品と便宜 品の,購買力のある尺度」を持つことは好ましいが,購買力の外在的原因は,「ほ とんど数え切れない」ほど存在しているので,そのような尺度が存在している と考えることは,「すべての理論と経験とに矛盾している」というのであった.

 したがってマルサスは,そのような尺度の存在を否定するのであるが,そ れに続いて,もしそのような尺度が獲得できると考えた場合はどうなるかと 言った後,次のように述べている.

   「商品の交換価値が一般的購買力に比例すると言われるとき,もし表現がある明確 な意味を持っているとするならば,それは,ある商品が多数の商品の同じ量を引き 続き購入する間は,その商品は引き続き同じ交換価値であるということを,意味し ているに違いない.」(2nd ed., p.49)

 すなわち,ある商品の価値が「一般的購買力」によって測定されるとすると,

その商品が多数の商品の同じ量を購入できる間は,その商品の価値は同じま まであると考えねばならないことになるはずである.しかし,そのように考 えることはできないとして,マルサスは次のような議論を行っている.

 技術の進歩によって,工業品の価値が低下していき,農産物の価値は上昇 しなかった場合を考えてみる.ある商品が工業品と農産物の同じ量を依然と して支配しているとすると,その商品の購買力は変わらなかったのであるか ら,その価値は変わらなかったと言わなければならないことになる.しか し,実際は,工業品の価値の低下によって,工業品と農産物の同じ量の価値

(16)

は低下しているはずである.したがって,マルサスによると,その商品と交 換される商品の価値は低下しているのに,同じ量の商品と交換されるからそ の価値は変化しないというのは,「用語の直接的な矛盾(a direct contradiction in terms)」(2nd ed., p.49)になるのであった.

 このような議論の後に,マルサスは,使用価値と名目的交換価値については,

『原理』初版とほぼ同じような定義をした後に,内在的交換価値の定義につい て次のように言うのであった.

   「内在的交換価値は,内在的原因から生じる購買力と定義され,ものの価値と は,何も付言されないときには,その意味で理解される.この定義は,所有したい という欲求と,そしてその所有を獲得する困難とに基づいた,商品に対する評価と まったく等しい(precisely equivalent),そして,私の著書20)の『諸定義』で与えら れた商品の交換価値の定義,すなわち,あらゆる場合に需要に比較した供給の状態 によって,そして通常は基本的生産費によって(ordinarily by the elementary cost of production)決まる,ある場所と時における商品に対する評価であるという定義と,

完全に一致する.」(2nd ed., pp.50-51)

 すなわち,『原理』第2版における内在的交換価値の定義は,『諸定義』に おける定義と,同じものであるというのである.マルサスは,『諸定義』の定 義40で,「ある場所と時における商品の価値,市場価値,あるいは現実価値」

を定義して,次のように述べていた.「あらゆる場合に需要に比較した供給の 状態によって,そして通常はその状態を規制する基本的生産費によって決まる,

その場所と時におけるそれに対する評価である」(Definitions, p.111;180ページ)と.

したがって,『原理』の「所有したいという欲求」が,『諸定義』における「需 要に比較した供給の状態」と,そして,『原理』の「所有を獲得する困難」が,

20) プレンは,ここでマルサスが『諸定義』を「私の著作」と言っていることは,第2版におけ

る内在的原因と外在的原因に言及した箇所の変更が,マルサスによるものであることを示して いると指摘している.Cf. VE.Ⅱ, p.317.

(17)

『諸定義』における「基本的生産費」と,同じ内容であるということになる.

 これまで,第1節の第2の変更箇所における,第2版で新たに展開された 議論を検討してきた.それを初版の議論と比較すると,どのようなことが言 えるであろうか.

 先に見たように,マルサスは初版で真実交換価値を,「労働を含めた,生活 の必需品と便宜品を交換において支配する,ものの能力」(1st ed., p.62)と定義 していた.しかしここで言う「生活の必需品と便宜品を交換において支配する,

ものの能力」とは,第2版で言う,「多数の商品の,あるいは少なくとも主要な 生活の必需品と便宜品の,購買力」(2nd ed., p.48)と,あるいは「一般的購買力」

と同じことであると思われる.ところが第2版では,購買力の内在的原因と外 在的原因の考え方が導入されて,「一般的購買力」の尺度はあり得ないと考え られるようになったのである.したがって,初版で言うように真実交換価値を 定義するとしても,それを測定できる尺度は,「存在していないし,あるいは,

存在していると想像することもできない」(2nd ed., p.48)ことになるのであった.

 ところで,マルサスは,先に引用した第2版p.49からの引用文の「一般的 購買力」という箇所に付した脚注の中で,次のように言っていた.すなわち,「ア ダム・スミスは,ものの交換価値を,『そのものの所有がもたらす,他の財の 購買力』21)と定義した」(2nd ed., p.49)と.したがって,マルサスは,交換価値 が一般的購買力に比例するという考えは,スミスの『国富論』における交換 価値の定義と同じものであると,考えていたことになる.

 そうすると,初版でマルサスが真実交換価値を「労働を含めた,生活の必 需品と便宜品を交換において支配する,ものの能力」と定義したのは,スミ スからの影響であったと考えられる.そして,今検討している第2版で変更 された箇所においては,このようなスミスの交換価値についての考えを批判 することによって,自身が初版で述べていた真実交換価値の考え方も批判し

21) マルサスが引用しているのは,『国富論』第1編第4章の文章である.Cf. Smith(1776)p.44

〔『国富論(1)』60ページ〕.

(18)

ていたことになる.

 それでは,マルサスがどのような経緯からスミスを批判するようになった のか,『原理』初版出版後の資料について,簡単に検討しておくことにしたい.

2. 3 『原理』初版出版後の議論について

 まず,『原理』初版における,商品の交換価値が一般的購買力に比例すると いう考え方について見ておきたい.すでにマルサスは『価値尺度論』の中で,

『原理』第2版における購買力の内在的原因と外在的原因との区別について,

そのような言葉は用いられていないが,言及していた.しかし,初版の真実 交換価値の定義については何も言っていなかった.それに対して『諸定義』

の中では,いくつかの箇所で,価値を「一般的購買力の変動によって測定 」

(Definitions, p.84;136ページ)することが批判され,またスミスにおける価値と 富との混同が批判されていた22).しかし,他の箇所では,価値を一般的購買 力とする考えを容認している箇所も見出された.その意味で『諸定義』にお ける『原理』初版の考え方に対する批判は,不十分なものであったと言える.

 そして,最終的に,そのような考えからマルサスが脱却するのは,『諸定義』

の後に発表された 「 商品の価値」においてであった.しかし筆者は,これら の点についてすでに検討したことがあるので23),ここでは,初版の 「 真実交 換価値 」 という言葉が,第2版において 「 内在的交換価値 」 に変更される点 について,検討することにしたい.

 マルサスは『諸定義』の第3章「アダム・スミスの用語の定義と適用」の中で,

「真実」という言葉の使い方を問題にして,次のような議論を展開していた.

 「彼〔スミス〕は商品の真実4 4価値(The real value of a commodity)を,それが支

22) マルサスは次のように述べていた.「彼〔スミス〕が,人は,彼が支配できる生活の必需品,

便益品そして奢侈品の量に応じて,富んでいるか貧しいかであると言うとき,彼〔スミス〕は 富の最も正しい定義を与えている.しかし彼〔スミス〕が後に,彼〔人〕は,彼が支配できる 労働の量に応じて,富んでいるか貧しいかであると言うとき,彼〔スミス〕は明らかに富と価 値とを混同している.」(Definitions, p.103;164ページ)

23) 横山(2013)を参照.

(19)

配するであろう労働4 4量であると明確に,そして繰り返し述べている」が,「真 実」という用語を賃金に用いるときは,「労働の真実4 4賃金は,労働者が受け取っ た貨幣が彼に支配することを可能にするであろう,生活の必需品と便宜品で ある」と述べている.しかし,「もし労働の価値が,それが支配するであろう 生活の必需品や便宜品の量の変化とともに,常に変化するのであったならば,

それを真実価値の尺度とすることはまったく矛盾している24)」から,「真実4 4と いう言葉を用いる2つのこれらの用法は正しくないし,またお互いに一致し てもいない」(Definitions, p.12;19ページ)ことになる.

 『原理』初版の第2章第1節では,真実交換価値は「労働を含めた,生活 の必需品と便宜品を交換において支配する,ものの能力」(1st ed., p.62)と定 義され,そして第6節では真実交換価値の尺度として商品が支配する労働が 考えられ,第7節では真実交換価値の尺度として穀物と労働の中間が考えら れていた.したがって『原理』初版においては,真実交換価値という概念は,

第2章における鍵となる用語だったのである25).ところが,『諸定義』の第3 章では,真実という言葉を価値に関して用いることは,「正しくない」と述べ られているのである.

 それでは,価値に関して真実という言葉を用いないならば,どのような言 葉を用いるべきなのであろうか.マルサスは,真実という言葉は賃金に使う 方がふさわしいと述べた後26),次のように言っている.

   「このために,もし我々が真実という言葉を引き続き賃金に適用するとすれば,ア ダム・スミスが,価値に適用した真実という言葉で表現したものを,我々は積極的,

24) 労働が価値の尺度であるならば,労働の価値はそれと交換される商品の量の変化によっては 影響を受けないはずであるが,スミスはこのことに気づいていたとして,マルサスは,次のよう に言っている.「このことにアダム・スミスは,『国富論』の第1編第5章では十分に気づいて いたように思われる,そこで彼は明確に,労働との交換で,より多くの財やより少ない財が与え られるとき,変化するのは労働ではなく財であると述べている.(Definitions, p.1219―20ページ)

25) 第6節と第7節における議論の関係については,横山(2010b)36ページ以下の議論を参照.

26) その理由として,マルサスは次のように述べている.「真実4 4という言葉は,それが交換にお

いてなにかを獲得する手段に適用される場合には,生活の必需品,便益品ならびに奢侈品を支 配する力を指す方が,労働を支配する力を指すよりも,ずっと自然のように思えるのである.

(Definitions, p.13;20ページ)

(20)

絶対的,内在的,ないし自然(positive, absolute, intrinsic, or natural)と表現しなけれ ばならない.」(Definitions, p.13;20-21ページ)

 したがって,この『諸定義』第3章の議論では,スミスが価値に真実とい う言葉を用いたことを批判して,真実という言葉の代わりに他の言葉を使う ことが提案されているのであった.しかしそのことは,マルサス自身が『原理』

初版において,「真実交換価値」という言葉を使っていたことを,いわば自己 批判していることにもなるのであった.

 ただしこの章では,「積極的,絶対的,内在的,ないし自然」という言葉の 内どれが好ましいのかについては述べられていなかったが,『諸定義』の第 10章「経済学の諸定義」の定義41,43そして45では「自然価値」という言 葉が使われている.したがって,『諸定義』の段階では,「自然」という言葉 が一番ふさわしいと考えられていたように思われる27).そして『原理』第2 版になって,初めて「内在的交換価値」という言葉が用いられることになる のであった.

 しかし,第2版の第2章について見ると,「 内在的交換価値 」 という言葉 は第1節で2箇所,第3節と第4節でそれぞれ1箇所,そして第5節では2 箇所で用いられているだけで28),専ら 「 価値 」 あるいは 「 交換価値 」 という 言葉が用いられているのであった.したがって,「 内在的交換価値 」 という 言葉は,分類としては言及されたが,マルサスの経済学の体系には根付かな かったように思われる.

3 『原理』第 2

章第

2

節について 3. 1 初版における議論

 まず最初に,初版第2章第2節「交換価値(exchangeable value)に影響する

27) Cf. Definitions, pp.111―112(180―181ページ).なお『価値尺度論』では,先ほど述べたように「絶 対価値または自然価値」(Measure, p.18114ページ)という言葉が使われていた.

28) Cf. 2nd ed., p.32, p.36, p.65, p.77, p.78 & p.80.

(21)

需要と供給について」29)の内容について,簡単に見ておきたい.

 マルサスは,需要と供給という言葉は「絶えず用いられているけれども,

決して正確には用いられていない」ので,「我々が立つ足場を確実にするため に,可能な限り基礎のこの部分を明確にしておくことが望ましいであろう」(1st

ed., p.64)と述べた後,第2パラグラフの前半の箇所で,次のように言っている.

   「すべての交換価値(value in exchange)が,ある商品を他の商品と交換する能力 と意思に依存していることは,すでに述べられた.そして価値の一般的尺度と交換 の媒介物の導入によって,社会が通常の言葉の購買者と販売者とに別れたときには,

需要は購買する能力(the power to purchase)と結びついた意思であると,そして供 給はそれらを販売する意図と結びついた商品の生産であると,定義されるであろう.

このような事態の下においては,貨幣での商品の相対価値あるいは価格30)は,それ らの供給と比較した,それらに対する相対的需要によって決定される.」(ibid.)

 そして,この商品の価格は「それらの供給と比較した,それらに対する相 対的需要によって決定される」という法則は「一般的」(ibid.)であるように 思われる.しかし,「供給の現実の範囲(extent)と比較した,需要の現実の範 囲は,常にお互いに平均的に比例している31)」ので,「供給に対する需要の比 例の変化が価格に影響を及ぼすというのは,この意味ではあり得ない」(1st

ed., p.65)ことになる.それでは,商品の価格が需要と供給とによって決定さ

れるとは,どういう意味なのであろうか.

 マルサスは,ある商品を購買しようとする購買者の意思と能力がいかに大

29) 初版と第2版とでは,節のタイトルに変更はなかった.

30) この節のこれ以降の箇所では,「 価値 」 という言葉は用いられないで,専ら 「 価格 」 という 言葉が用いられている.

31) その点を,マルサスは次のように説明している.「提供されるすべてのものが持ち去られる

ほどの有効需要(effective demand)が存在しないならば,ある商品の永続的な供給は起こり えないのだから,供給は常に需要に等しいと,しばしば言われてきた.需要および供給がしば しば用いられてきた,用語の一つの意味としては,この主張は認められるであろう.」(1st ed., p.65)

(22)

きくても,その商品を低い価格で手に入れることができるのなら,誰もそれに 高い価格を支払おうとはしないであろうと述べた後,次のように言っている.

   「もし,労働のみによって獲得される,一定数の商品を獲得するのがより困難にな ると,それらは明らかに,努力の増大によってしか獲得できないから,我々は確か にそのような努力の増大を,もし行われるのであるならば,より大きな需要の強度

(intensity)の,あるいはそれらを獲得するためにより大きな犠牲(sacrifice)を行う 能力と意思との,証拠であると考えるであろう.」(1st ed., p.66)

 この引用文の意味は,次のようなことだと思われる.ある商品は労働によっ てのみ生産されるとする.したがって,一定量の商品を生産するためには一 定量の労働が必要になる.そして何らかの理由によって,その商品を「獲得 するのがより困難になった」,すなわちより多くの労働量が必要になったと想 定する.しかし,購買者が同じ量の商品を購入しようと望むのであるならば,

「努力の増大」によって,すなわち,より多くの労働が商品の生産に用いられ ることによって,同じ量の商品が生産されることになる.マルサスによると,

このことは,より大きな需要の強度があることの証拠だというのである.

 それでは,需要の強度を増減させるものは何なのであろうか.マルサスに よると,ある商品の価格が上昇する原因は,「その購買者の数または欲求の増 大か,あるいはその供給の不足」であり,それは「需要のより大きな強度の 表現」を呼び起こすことになる.一方,価格を引き下げる原因は,「その購買 者の数または欲求の減少か,あるいはその供給量の増大」であり,それは「よ り小さな」(1st ed., p.67)需要の強度の表現を呼び起こすことになる.

 したがって,第2節のこれまでの議論によると,商品の価格が需要と供給に よって決まるという場合,その需要は「需要の範囲」ではなく「需要の強度」

のことであり,「需要の強度」の増減が商品の価格を変動させることになるので ある.そして,マルサスはこれ以降の箇所で,「需要の強度」の増減が価格に

(23)

対してどのような影響を与えることになるかを,具体的な例を挙げて検討して いく.そこで取り上げられるのは,1)購買者の数が2倍になった場合,2)商 品の量が半減した場合,3)商品の生産費が2倍になった場合,4)商品の供給 量が増大した場合,5)消費者の需要が減少した場合,そして,6)生産費が減 少した場合,という6つの例である32)

 そしてこのような例についての分析の結論として,マルサスは次のように 述べている.すなわち,価格を上昇させるものは,「より大きな需要の強度の 表現を必要とさせるような,供給と需要との間の関係(relation)の変化」であ り,価格を下落させるものは,「価格の下落を必要とするような,需要に比較 しての供給の関係の変化」であり,「もし需要および供給という言葉が,ここ で述べられたように理解され,そして使われるならば,一時的であろうと永 続的であろうと,価格がそれによって決められない場合はない」(1st ed., pp.70

―71)と.そしてこの節の最後のパラグラフでは,リカードウの需要について の考え方が批判されている.

3. 2 第2版における変更点

 それではこのような初版における議論は,第2版でどのように変更された のであろうか.初版の最初のパラグラフは,第2版においてほぼそのまま採 用されていた.しかし,先に引用した初版の第2パラグラフの前半部分は,

第2版では第2パラグラフとなり,文章もかなり変更されている.そしてそ の後に,新たなパラグラフが第2版の第3パラグラフとして追加されること になるのであった33)

32) これらの6つの例が,6つのパラグラフで順次取り上げられている.Cf. 1st ed., pp.67―70.

おこれら6つのパラグラフは,文言の修正等はあるが,基本的な内容は変わらないで,第2 にも採用された.2つの版の大きな違いは,脚注が2つ追加されたことであり,脚注8はウエ ストの需要理論を論評したもの,脚注9はスミスの 「 有効需要」とマルサスの「需要の強度 」 との考え方の違いに言及したものである.Cf. 2nd ed., p.54 & p.55. なお脚注8の内容については,

プレンの解説を参照されたい.Cf. VE.Ⅱ, pp.320―321.

33) 初版の第2パラグラフの後半部分は,第2版の第4パラグラフとしてほぼそのまま採用され

ている.

(24)

 マルサスは第2版の第2パラグラフで,次のように述べている.

   「交換価値(exchangeable value)34)は,交換における,あるものの何か他のものに 対する関係であることは,すでに述べられた.そして,交換の媒介物と価値の尺度の 導入によって,購買者と販売者の間に区別がなされたときには,どのような種類の商 品に対する需要も,一般的な購買手段と結びついた,それらを購入しようという人々 の意思であると,そして供給はそれらを販売しようという欲求と結びついた,販売さ れる商品の量であると,定義されるであろう.35)」(2nd ed., p.51)

 初版でも第2版でも,最初に交換価値についての定義が行われ,次いで,

貨幣が導入され,人々が購買者と販売者に分かれた社会を想定して,需要と 供給の定義が行われている.したがって議論の構成は2つの版で同じである.

ところがその議論の仕方は,2つの版で異なっている.

 まず,交換価値の定義についてであるが,初版でも第2版でも,交換価値 については「すでに述べられた」と言われていた.これは第2章第1節で,

交換価値についての説明が行われていたことを指している.しかし,第1節 を検討したさいに述べたように,初版と第2版とではその説明が異なってい た.そのために,第2節の第2パラグラフの最初の箇所にある交換価値につ いての定義も,第1節における変更に合わせる形で,第2版では変更される ことになったのである.

34) マルサスは,ここで初版で使っていた‘value in exchange’という表現を,第2版で‘exchangeable value’に変更したが,初版でも第2版でも‘value in exchange’と‘exchangeable value’は同じ意味 で用いられている.たとえばこの節のタイトルでは,初版も第2版も‘exchangeable value’を 用いていた.

35) マルサスは,このパラグラフの最後に,新たな脚注を挿入して,将来の供給量に対する見通 しが,現在の価格に影響を与えると述べている.プレンはこの脚注について「マルサスが予想 の効果に気が付いていたことの証拠である」(VE.Ⅱ, p.319)と述べている.しかしマルサスは,

初版においても,価格を引き上げる原因として,「同じ種類の将来の生産物が不足するのを防ぐ」

ために,「より大きな需要の強度の表現を必要とさせる」(1st ed., p.70)と述べて,将来に対す る予想が,価格に影響することを指摘していた.なおこの文書は,第2版でもそのまま採用さ れている.Cf. 2nd ed., p.56.

(25)

 それに対して,需要と供給の定義については,表現は第2版で変更されて いるが,その実質的な内容は変更されていないように思われる.初版では,

需要は「購買する能力と結びついた意思」と定義され,供給は「販売する意 図と結びついた商品の生産」と定義されていた.一方,第2版では,需要は

「一般的な購買手段と結びついた,それらを購入しようという人々の意思」と 定義され,供給は,「それらを販売しようという欲求と結びついた,販売され る商品の量」と定義されていた.用語は2つの版の間でいくらか変更されて いるが,内容的には同じものであると思われる36)

 なお,マルサスは,このように需要の定義の表現が変更されたことから,

後の箇所にある初版の「それを購買する能力と結びついた意思」(1st ed., p.66)

という文言を,第2版では「購買手段と結びついた購買する意思」(2nd ed., p.52)

に変更している.また,初版の「購買者の人数あるいは欲求」(1st ed., p.67)

という文言を,第2版では「需要者の人数,欲求,そして手段」(2nd ed., p.53)

に変更している37)

 さて,先に引用した第2版の文章の後に,マルサスは,新たに次のような パラグラフを挿入し,それが第2版の第3パラグラフとなる.

   「交換の媒介物と価値の尺度として貴金属の使用が一般的になった時には,そして それらの価値が同じままであると考えられる時期の間は,需要は,需要者が彼らの 欲求を満足させるために行おうとする,そして行うことができる(willing and able), 貨幣での犠牲(the sacrifice)によって表現され,そして尺度されるであろうことは,

さらに明らかである.」(2nd ed., p.52)

36) プレンは,初版の「購買する能力」が第2版で「一般的な購買手段」に変更されたのは,「マ

ルサスが明白に言及してはいない」(VE.Ⅱ, p.320)が,ウエストの批判に答えたためではない かと言っている.

37) 『原理』第2章の中で,初版の「能力」や「欲求」の代わりに第2版で「手段」という言葉

を用いている箇所は,ほかに第2節で5箇所(2nd ed., p.53, p.54 & p.55)3節で1箇所(2nd ed., p.60)見出される.

(26)

 ここでは,需要が「貨幣での犠牲によって表現され,そして尺度される」

と述べて,需要が購買者の行う「犠牲」であると述べられている.これは,

マルサスが『諸定義』の定義49「強度に関しての需要」で,「需要者が彼らの 欲求を満足させるために行うことができ,そして行おうとする犠牲38)」(Defi-

nitions, p.112;182ページ)と述べて,需要を考えるさいに「犠牲」という言葉

を使って定義していたことに対応していると思われる39)

 先に述べたように,初版の需要の定義においては,「犠牲」にはまったく言 及されていなかったので,一見したところ,『諸定義』の議論を受けて,第2 版において需要の定義が変更されたように思われるかもしれない.しかし,

初版における第2節の他の箇所を見ると,「犠牲」に言及されている箇所がい くつか見出されるのである.

 たとえば,先に引用した初版のp.66においては,「より大きな需要の強度の,

あるいはそれらを獲得するためにより大きな犠牲を行う能力と意思との,証 拠である」と言われていた.そして,これにすぐ続くパラグラフでは,「商品 により大きな価格を与えることは,絶対的にも必然的にも,需要のより大き な強度を意味している」(1st ed., p.66)と言われていた.したがって,「より大 きな需要の強度」は「商品により大きな価格を与えること」であり,それは

「より大きな犠牲を行う能力と意思」を示しているということになる.そうす ると,初版のこの部分では,「より大きな需要の強度」は「より大きな犠牲を 行う」ことだと考えられていたことになる40).そして初版の第2節では,今 引用した箇所以外にも,同じような意味で,「犠牲」という言葉が3箇所で用

38) この『諸定義』の文章は,ほぼそのまま先に引用した第3パラグラフの文章に採用されている.

違うのは,『諸定義』の「犠牲」が第2版で「貨幣での犠牲」に変更されたこと,『諸定義』の

‘willing and able’が第2版で‘able and willing’と,順番が変えられたことである.基本的な内容 は同じであると思われる.

39) 『諸定義』の定義51「強度に関しての有効需要」でも,「犠牲」に言及して次のように言わ

れている.「商品の継続的供給を有効にするために,需要者が行わなければならない犠牲.

(Definitions, p.112183ページ)

40) ただし第2版では,その「犠牲」が「貨幣額」によって表現されると,より厳密に定義され

ることになる.

参照

関連したドキュメント

In this paper, we study the generalized Keldys- Fichera boundary value problem which is a kind of new boundary conditions for a class of higher-order equations with

As explained above, the main step is to reduce the problem of estimating the prob- ability of δ − layers to estimating the probability of wasted δ − excursions. It is easy to see

Keywords: continuous time random walk, Brownian motion, collision time, skew Young tableaux, tandem queue.. AMS 2000 Subject Classification: Primary:

Answering a question of de la Harpe and Bridson in the Kourovka Notebook, we build the explicit embeddings of the additive group of rational numbers Q in a finitely generated group

Then it follows immediately from a suitable version of “Hensel’s Lemma” [cf., e.g., the argument of [4], Lemma 2.1] that S may be obtained, as the notation suggests, as the m A

Applications of msets in Logic Programming languages is found to over- come “computational inefficiency” inherent in otherwise situation, especially in solving a sweep of

Our method of proof can also be used to recover the rational homotopy of L K(2) S 0 as well as the chromatic splitting conjecture at primes p > 3 [16]; we only need to use the

Shi, “The essential norm of a composition operator on the Bloch space in polydiscs,” Chinese Journal of Contemporary Mathematics, vol. Chen, “Weighted composition operators from Fp,