地域公共交通をめぐる法制度の現状と課題
著者 青木 真美
雑誌名 同志社商学
巻 70
号 6
ページ 1047‑1055
発行年 2019‑03‑15
権利 同志社大学商学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000057
地域公共交通をめぐる法制度の現状と課
1
題
青 木 真 美
Ⅰ はじめに
Ⅱ 規制緩和前後の状況
Ⅲ 地域公共交通活性化・再生法の成立
Ⅳ 交通政策基本法の成立
Ⅴ 現在の地域公共交通の支援策
Ⅵ 現状の問題点
Ⅶ 交通権の視点からみた現状への示唆
Ⅰ は じ め に
地域における日常生活を支える公共交通は,長期的に衰退してきている。例えば乗合 バスの全国の輸送人員は
1970
年度の101
億人から2010
年度には60% 減の 41.6
億人に なっている。この背景には,道路網の発達と自動車の普及,人口の不均衡化(都市にお ける過密化と地方における過疎化),就学人口の減少,高齢化,都市構造の変化などさ まざまな要因が考えられる(図1)。さらに,乗用車の保有台数は 4
倍近くにまで増加 し,モータリゼーションの進展が著しく,車を保有しないと生活が不便となってしまう 地域の範囲が増大している。一方でわが国の交通行政における地域公共交通の構造は,国による許認可と免許の付 与により,民間企業の収益事業として交通事業を運営させるという形になっており,都 道府県や市区町村は陳情や要請という形で国に対応を検討してもらい,民間交通企業に 実施を義務づけたり,赤字路線への補助が国主導で行われてきたりした。
そうした従来の枠組みを変更し,国ではなく地方が公共交通政策の立案や実施,推進 を図る主体として動くようにした,というのが
2002
年のバスなどの規制緩和以降の方 向性となっている。地域交通に関する研究は具体的事例を挙げた地域の状況と自治体の動向については,
多多数の論文があり,一例を挙げれば青木亮[2012],新納[2011]などでは具体的な 地域における運営やその問題点を指摘している。また地域公共交通活性化法について は,これを機に交通基本法への展開を提案する土居[2010]などの議論があった。さら
────────────
1 本稿は月刊自治研2018年10月号に掲載された「交通権と公共交通をめぐる法制度の現状と課題」に加 筆訂正したものである。
(1047)441
に交通政策基本法の成立前後には,澤田[2014]に代表されるような法の趣旨の解説や 山越[2015]による国会での審議課程の紹介があり,それに対して大井[2014]や加 藤[2015]らは,地域交通の現場での対応の可能性や問題点を指摘している。
本稿は,以上のような政策の枠組みの変化を法制度の変遷や改正を中心に説明し,そ の意味するところや現状,そして問題点を交通権という視点も含めて論じようと試みる ものである。
Ⅱ 規制緩和前後の状況
本節では,規制緩和前後の乗合バスへの補助の状況などについて,ごく大まかな枠組 みについて述べる。
地域公共交通を支える乗合バスについては,規制緩和以前は基本的に参入規制により 一定のバス会社の地域における独占状態を容認し,そのなかでバス会社の黒字路線の収 益で不採算路線を維持するという内部補助の考え方が適用されていた。しかしバス利用 者の減少や経営悪化により,内部補助が困難になったため,1972年度から「地方バス 路線維持費補助制度」が開始され,都道府県が指定した生活路線を対象に国と地方自治 体で経常欠損分を補助することとなっ
2
た。平均乗車密度により対象期間が限定され,期 間終了後には必要に応じて市区町村が代替バスを運行する。またサービス水準の向上を 目指すために,車両購入費についても補助が行われた。
2002
年の規制緩和以降は,国の補助対象が複数市区町村にまたがる広域的,幹線的────────────
2 青木亮[2012]p.60
図1 乗用車保有台数と乗合バス輸送人員の推移(1975-2015)
出典:国土交通省[2017]p.2
442(1048) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
な 路 線 に 限 定 さ れ,そ れ ま で 約
4,350
系 統(2000年)が 補 助 対 象 で あ っ た も の が,1,860
系統(2003年)と半分以下に減少している。そのため,都道府県や市区町村は独自に補助制度を設けて,国の補助対象からもれた 路線についても維持の支援を行っている。2010年の段階で都道府県単独補助として約
1,850
系統,市区町村単独補助として約10,500
系統に補助が行われている。一般的には
2002
年の規制緩和が引き金となって,大規模なバス路線の廃止が行われ たという説が流布しているが,乗合バスの休止,廃止のキロ数は合計で1998
年から2002
年までの5
年間で1
年平均22,884
キロメートル,2003年から2006
年の4
年間で1
年平均20,346
キロメートルであり,規制緩和後のほうが少なくなっている。これは規制緩和がバス路線廃止の契機となったのではないことを示しているが,反面規制緩和後 の政策により,バス路線の廃止が抑制されたということではないという点にも留意すべ きである。
2002
年の規制緩和に伴い需給調整規制が撤廃され,同一業者内での内部補助による 路線維持が理論的には不可能になったわけであるが,不採算路線に対する外部補助つま り公的補助による生活路線の維持が行われ,またそれまでは既存路線の維持や廃止代替 路線に限られていた補助対象について,自治体の裁量の拡大が可能となり多様な路線維 持策がみられるようになった。市区町村合併に伴った路線新設や小型車両(ジャンボタ クシーなど)の利用,デマンドサービスなどの新たなサービス形態の登場,自治体以外 の担い手(NPOや住民組織)の登場,などがその事例であ3
る。
さらに,地域の実情や住民ニーズを反映するためにサービス内容や水準について協 議,選択する場が必要であり,道路運送法に規定され都道府県に設置された「地域協議 会」がその役割を担った。都道府県,市区町村,地方運輸局,バス事業者をメンバーと する同協議会は,路線バス退出後の対応策や広域幹線を対象とした生活交通確保の計画 を策定するなどの審議を行う場であった。しかし都道府県が主体となっていたために,
地域の実態に合わないことも多く,2006年
10
月に道路運送法が改正され,地域協議会 は「地域公共交通会議」となり,市区町村が主催者となって,利用者も含んだ新たな会 議体が発足し4
た。
Ⅲ 地域公共交通活性化・再生法の成立
図
2
では,地方部と3
大都市圏,全国の乗合バスの乗車人員の推移を,2000年を100
として示しているが,依然として減少傾向に歯止めがかからず,地方部では24% もの
────────────
3 青木亮[2012]p.62 4 加藤博和[2015]p.35
地域公共交通をめぐる法制度の現状と課題(青木) (1049)443
減少となっている。
「地域公共交通会議」は,関係者の参加義務がないことや,決定についての法的拘束力 がないこと,財源措置が伴わないこと,鉄道や離島航路などが含まれずバスや乗合タク シーに限定されていることなどの問題点があり,2007年
10
月より施行された「地域公 共交通活性化・再生法」により,多様なモードを含んだ地域公共交通総合連携計画を策 定する「法定協議会」が運営されるようになった。「地域公共交通活性化・再生法」は,主務大臣による基本方針の策定,地域の関係者 の協議に基づく地域公共交通総合連携計画の作成,地域公共交通特定事業の実施に必要 な関連法律の特例の容認,新地域旅客運送事業のための特例などについて定められたも のである。地域公共交通特定事業とは,LRT, BRTやオムニバスタウン,海上運送高度 化事業,乗り継ぎ円滑化事業,鉄道再生事業などが対象であ
5
る。
この時点では,連携計画に挙げられた事業のうち用件を満たすものについては
3
年間 限定であるが国が半額補助することとなり,全国で約400
件の計画が策定された。ただ し国の補助制度は2010
年度末で事業仕分けにより終了してしまい,それ以降は新規の 計画がほとんどなく,改定や継続も滞っていた。Ⅳ 交通政策基本法の成立
「交通基本法」については,2002年から当時の民主党及び社民党によって議員立法と して共同提案されたものがさきがけであるとされ,国の総合的な交通体制の構築,地域 公共交通が不便で移動制約のある人々や身体が不自由であるなど地域公共交通の利用に
────────────
5 土居靖範[2010]p.80
図2 乗合バスの乗車人員の推移 地域別 2000年=100
出典:自動車輸送統計調査
444(1050) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
制約を受ける人々の「交通権」を保障することを目的としていた。民主党連立政権下で それまで十年以上議論されてきた「交通基本法」の成立にめどがようやく立ち,2011 年
3
月8
日に国会に提出されたが,11日の東日本大震災もありまったく審議が進まな いまま,審議未了のまま廃案となってしまっ6
た。
この「交通基本法」案には,交通権の保障は盛り込まれず,当初交通権学会などが主 張してきたものとは異なるものとなっていた。
自民党への政権交代後,この交通基本法案についての検討が意外なことに進み,2013 年
11
月に成立している。法律名は「交通政策基本法」となり依然として移動権や交通 権という文言は盛り込まれていないが,国会答弁において政府は,第2
条,第16
条(日常生活等に必要不可欠な交通手段の確保等),第
17
条(高齢者・障害者等の円滑な 移動のための施策)の規定は,交通権(移動権)の精神が盛り込まれている,としてい7
る。
交通政策基本法には,前述の地域公共交通会議のような連携のしくみが重要というこ ともうたわれ,そのために「交通政策基本計画」が
2015
年2
月に閣議決定されている。さらに地域公共交通活性化・再生法も
2014
年5
月に改正され,多様なモードの組み合 わせによる総合的なネットワークの形成,広域性,住民等関係者の連携,数値化した目 標設定と評価,地域戦略との一体化などが新たに追加されている。現在わが国には多くの基本法があり,交通政策基本法以降も十あまりの基本法が制定 されている。基本法は国の制度や政策に関する理念や基本方針が示されたもので,それ にそった具体的な措置などを講ずるべきとされている法律であり,体制づくりを求める ものにすぎない。つまり交通政策基本法を制定しただけでは,地域公共交通をめぐる状 況は一向に改善されないのである。
Ⅴ 現在の地域公共交通の支援策
2014
年の地域公共交通活性化・再生法の改正は,まず同法の目的に「交通政策基本 法の基本理念の具体化」と「持続可能な地域公共交通政策網の形成」を追加し,基本方 針にまちづくりとの連携を明確化している。都道府県や市区町村にはそれまでの「地域 公共交通総合連携計画」にまちづくりとの連携や地域全体の面的なネットワークの再構 築の項目を追加した「地域公共交通形成計画」の策定とそれに基づく面的な公共交通ネ ットワークの再構築の具体的な内容を記載した「地域公共交通再編成実施計画」を策定 しその実施(再編事業)を行うことを求め,さらに自治体,事業者,道路管理者,公安────────────
6 山越伸浩[2015]p.15
7 第185回国会衆議院国土交通委員会における答弁。2013年11月12日
地域公共交通をめぐる法制度の現状と課題(青木) (1051)445
委員会,利用者を含めた協議会を組織して進めることが規定されている。
さらに
LRT
については,民間だけでは投資判断ができずに資金調達が困難な事業に 対して,独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下機構)が出資を行い民間 からの資金調達を支援する制度も創設された。形成計画の策定により認定された事業についての支援としては
3
つのカテゴリーがあ り,1,地域公共交通確保維持事業(バス交通や離島航路・航空路といった生活交通の確
保維持)2,地域公共交通バリア解消促進等事業(鉄道駅等のバリアフリー化,公共交通の利
用環境改善,地域鉄道の安全性向上)3,地域公共交通調査等事業(地域公共交通網形成計画等の策定,地域公共交通網形
成計画・地域公共交通再編実施計画に基づく利用促進・事業評価)であり,さらに「東日本大震災被災地への支援」として復旧・復興の状況に応じた,被 災地のバス交通,乗合タクシー等の確保・維持への柔軟な対応が行われてい
8
る。
────────────
8 国土交通省総合政策局地域公共交通支援センター「地域公共交通確保維持改善事業」
図3 地域公共交通確保維持改善事業
出典:国土交通省総合政策局地域公共交通支援センター資料
446(1052) 同志社商学 第70巻 第6号(2019年3月)
Ⅵ 現状の問題点
地域交通についての法律的な枠組みは以上のようになっているが,問題点がいくつか 挙げられる。
第
1
に,交通政策基本法では,一応第2
条で地域公共交通を市民の生活と交流を支え る公益的なものであると位置づけているが,誰がその責務を主体的に負うのか,財政的 に負担するのかは明確にはなっていない。国側の意識としては,規制緩和によって地域公共交通のマネジメントの主役を国から 市区町村に移行させたという考えであるが,自治体側にはその意図はまったく伝わって おらず,住民からの訴えに対応するのに精一杯という状況であ
9
る。この背景には,これ までの公共交通に関する制度が国による許認可が主体であり,その権限の移譲が不十分 なまま自治体がその責任を負うことになってしまったということがある。
第
2
に,国が補助を行うとする「地域公共交通確保維持改善事業」では,これまでの 個別の補助制度をまとめて一本化しており,予算規模も1.5
倍になったが,全体として は制度が複雑で解りにくい,毎年見直しがあるため自治体が対応に苦慮している,使い にくくなってしまった部分があるなどの不備な点が多くなってい10
る。
第
3
に,国あるいは自治体にまちづくりも含めた総合的な視点からの戦略がないこと が挙げられる。これはこれまでの公共交通政策が個別の補助制度の寄せ集めであり,全 体像となる理念が不十分であることにある。いわば問題が発生してから泥縄的に赤字路 線の補助を行ったり,安全対策への補助が行われるようになったりしてきたために,国 が地域の公共交通についてどのような方向性を示し,どのような支援策を計画している のかが明確ではないことが挙げられる。第
4
に,依然として民間企業の採算の範囲内で,という制約条件が課されている事業 が多いことである。これは日本の中で,3大都市圏のようにバスの乗客もさほど減少せず(図
2),鉄道においては株式配当をきちんと出せるくらいの収益を上げているとこ
ろがあり,そこに国の中枢である省庁が存在するために,地方の公共交通の困窮につい て例外と考えてしまう流れがあると思われる。
これについては,東京のような都市圏は,世界的にみて例外中の例外であり,地方の 状況が先進国の地域交通としてはスタンダートであるという認識の転換を行わなくては ならない。支援をしなくては運営を継続的ない地方の公共交通がある,ということを前 提に,それをどのような形で提供していくのかを考えなくてはならないのである。
────────────
9 加藤博和[2015]p.32 10 加藤博和[2015]p.32
地域公共交通をめぐる法制度の現状と課題(青木) (1053)447
第
5
に,都道府県や市区町村における公共交通担当者の圧倒的な不足と経験のなさで ある。この十年でかなりの経験を積み,地域独自のユニークな政策を生み出していると ころもあるが,ほとんどの市区町村では,公共交通に関する新たな責任について負いき れない,どうしていいのかわからないというのが実情である。その点については地方運 輸局単位での研修なども行われているが,都道府県や市区町村における職員の教育や育 成が急務であろう。Ⅶ 交通権の視点からみた現状への示唆
前述したように,地域公共交通に関する支援策は問題が発生してから対策を考えると いう,後手に回ってきた歴史がある。その意味では,交通政策基本法やそれによる地域 公共交通活性化・再生法の改正が,包括的な視点で交通について,「国民の自律した日 常生活及び社会生活の確保及び交流のための基本的需要が適切に充足されることが重要 である」という交通政策基本法の第
2
条に示された基本認識は,大きな前進である。しかし,これまでの政策の流れからみて,地域の形成計画の策定においてはどうして も現在ある交通機関を維持していく方向が主流となっている。現在の交通サービスはこ れまでの枠組みの中で,輸送量の減少や地域圏人口の縮小には対応できなかったという 問題を抱えているという視点を忘れてはならない。
つまりこれからの地域の交通政策はまちづくりと連携して,本当にその地域に必要な 交通サービスとは何かを検討し,新たに構築していく必要がある。交通権の議論の中で よく言われることは,交通権を実現していくのは鉄道路線の維持やバスの廃止反対では なく,それぞれの地域の実情を反映し,本当に必要な交通サービスをデザインすること であるということで,各地域に適切な交通政策を自治体,住民,事業者が根本的に考え ていく必要があるだろう。
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正司健一・酒井裕規「都市公共交通の運営形態についての考え方」『都市問題研究』(59)12 pp.53〜71 土居靖範[2010]「「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」の課題克服の検討−交通基本法へ昇
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地域公共交通をめぐる法制度の現状と課題(青木) (1055)449