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『映画「ちづる」上映会及び 監督による講演会』

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Academic year: 2021

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2017 年度秋季人権週間プログラム講演会

日時:2017年11月30日(木) 18:20~20:45 会場:立教大学 新座キャンパス 8号館地下 N8B1教室

『映画「ちづる」上映会及び

監督による講演会』

講師 赤﨑 正和 氏 映画「ちづる」監督

立教大学現代心理学部 映像身体学科卒業

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―「ちづる」映画上映― 上映時間 79 分

【赤﨑 正和氏 映画「ちづる」監督】

○赤﨑 冒頭で、「友達にカミングアウト したい。」と思ってこの映画をつくったと お伝えしたんですけれども、本当に友達 と一部の先生に見てもらうはずだった作 品を、今日こうしてご覧いただけて本当 にうれしく思います。

この映画をつくるまでの経緯と、つく っている途中の変化、それから、つくっ た後どうなったか、近況などをお話しさ せていただきたいと思いますので、どう ぞよろしくお願いします。

映画「ちづる」公式HP ⇒ http://chizuru-movie.com/press/

【小学生―友だちに「妹のことを言えなかった」

なかなか友だちに妹のことを言えなかったというところがありました。小学生ぐらいか ら仲良くなってきた友達に、「赤﨑の妹どこの学校行っているの。」と聞かれて、「近くの 養護学校行っているよ。」と言うと、それだけですごく気まずい雰囲気、何か聞いちゃま ずいこと聞いちゃったな、ごめんね、みたいな雰囲気になってしまいました。自分はそん なつもりはなかったんだけど、そういうふうに気を遣わせて申し訳ないなと思って、なる べくそういう話題にならないようにしてきました。

【妹は赤﨑家のムードメーカー、そのハチャメチャな行動】

実際は、赤﨑家の中では、妹はすごくムードメーカー的な存在で、いつもよく笑ってい る人で、その場にいるだけでパッと場が明るくなるようなタイプで、いろいろな伝説も残 しています。

やることが結構ハチャメチャで、よくテレビのチャンネル争いで、僕と夜中までけんか していて、朝になってみたらテレビがなくなっていまして、奥行きのある古いテレビだっ たんですけど、どこいっちゃったのかなと探していたら、2階のベランダの下で粉々にな って見つかったり、学校の帰り道に行方不明になって、通報したほうがいいんじゃないか というくらい見つからなかったんですけど、結局、家に戻ったら、玄関前でニタニタ笑い ながら突っ立っていまして、「どこ行ってたの。」と聞いたら、「キムチチゲ食べた。」と言 って、近くの韓国料理屋で無銭飲食をやらかしたり、前髪が気になって、そろえているう ちに、前髪だけ坊主頭になっちゃったりとか、結構そういうむちゃくちゃな生き方をして いる妹と育ってきました。

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【少年時代―“まじめ”、“周りの目を気にしすぎる”性格】

自然と、自分はまじめにやらなきゃなと思って、勉強をまじめにやって、クラスでは目 立ちすぎない中くらいのポジションを目指してコツコツやっていました。学校で悩み事と かあって、家に帰ってみると、アハハと笑いながら走り回っている妹がいて、それを見て いると、自分がクヨクヨ悩んでいるのがあほらしくなって、励まされるようなことがよく ありました。

自分は、よく人の目や友達の目とかを気にしすぎてしまう性格なんですけど、妹は、い い意味でも悪い意味でも、自分の気持ちにまっすぐ生きているというか、行動しているよ うに見えるので、うらやましいなというジェラシーを持ちながら一緒に育ってきました。

でも一歩、家の外に出てみて友達の印象を聞いてみると、大分違うんだなと思って、その 辺すごくモヤモヤしながら少年時代を過ごしていました。

【心を閉ざした浪人時代・勉強ロボット~映画(映像の力)からもらった「勇気」 小中高と行って、大学受験のときに失敗して、近くの予備校で浪人生活をすることにな りました。その年に父親が事故に遭って突然亡くなってしまい家族3人で大変でした。

僕は、友達に妹のことだけならまだしも、父親のこともすごく話しづらくなってしまっ て、その1年は心を閉ざして、本当に勉強だけするロボットみたいな、自分の中で暗い1 年間を過ごしていました。その勉強の合間に見ていた映画にすごく勇気をもらったという か、たった2時間ですごく気持ちが明るくなったり、前向きになったりする映像の力って すごいなと思って、ここの映像身体学科を目指して、なんとか合格することができました。

【大学時代―“親友”が出来た】

予備校時代はそういう暗い1年間だったので、入学当初は、あれ?どうやって友達と話 すんだっけ?みたいなリハビリの感じだったんですけど、ずっとやっていたバスケットボ ールのサークルに入ってから、仲のいい友達ができて、卒業後もこいつらとは仲よくして いきたいなというぐらいの親友ができました。いつも笑いあって冗談言い合うような仲な ので、なかなかまじめな話というか、家族のこととか、そういうことを話せずにいて、ま た話してしまうと変に気を遣わせてしまって気まずくなっちゃうのかなと思うと、それが ちょっと怖くて話せずにいました。

【池谷薫先生との出会い―決まらない卒業制作のテーマ】

いろんな授業を受ける中で、ドキュメンタリーにすごく惹かれまして、この映画をプロ デュースしてくださったドキュメンタリー映画監督の池谷薫先生と出会いました。

ドキュメンタリーってすごく面白いなと思って、卒業制作は何かテーマを決めて池谷先 生のもとでドキュメンタリーを1本つくりたいと思ってお願いしました。

大学3年生の冬に、今日みたいな感じで一人一人舞台に上がって、「私はこういうテー マで卒業制作をつくります。」というふうに、学生と先生の前で発表しなくてはいけない 時間がありました。僕は漠然と何か、“しょうがい”についてやりたいと思っていたんで すけど、とうとうその日が来ても何も決まらなくて、最後に僕の番が来て、「あの」とか

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「えっと」とか言っているうちに、「キンコンカンコーン」とチャイムが鳴ってしまいま した。池谷先生は、スキンヘッドでひげ面で、ちょっといかつい先生なんですけど、「お まえ、どうしたんだ。」と言って、急きょ、教授室で二人きりで面談することになりまし た。そこで初めて、小さいころからしょうがいの差別というのを感じながら生きていた自 分の生い立ちのことや父の事故のことを、鼻水垂らしながら話しました。そのときは不安 定な時期だったので、「世の中に復讐したいんです。」みたいなことを口走ったんですけれ ども、先生は最後まで聞いてくださいました。

最後に、「ああそうか。じゃあ、おまえ、赤﨑、妹撮ればいいじゃん。」というふうに提 案してくださったんです。だけど、僕は即答で、「いやです。ずっと隠してきたので言い たくありません。」と言ってその日は家に帰りました。

【心の壁を乗り越える―“妹と当たり前の家族”を撮る決心】

その日からだんだん、先生のおっしゃっていることがすごく核心を突いているなと思う ようになりました。自分が映像で表現したいと思うようになった根本には、自分にとって

“当たり前の家族”ということを他人に言えなかったということがすごく関係するんだろ うと思って、この壁を乗り越えなきゃいけないと思うようになりました。

どうしようかなと思っていたときに、実家に帰らなきゃいけない時期があったので、母 に「先生が、チー撮ればって言うんだけどさ。」と話してみました。多分、嫌がられるん だろうなと思ったんですけど、あっさり、「ああ、いいんじゃない。ほかの人撮るのは結 構大変だろうし、ましてやしょうがいだったりしたら結構ハードル高いだろうし、チーな らずっと家にいるから、撮り放題じゃん。」と言ってくれて、不気味なくらいあっさり、

いいよと言ってくれたんです。僕はずっと妹と向き合ってこなかったので、そういうふう になってくれたという母の思いもあったようで、ああ、じゃあ、撮ろうと思えば撮れるん だなと思って、そのとき初めて、じゃあ撮ったらどうなるんだろうっていうことを考えま した。自分をここで変えられるきっかけになるかもしれないなと思いました。それまでは いつ誰と話していても、いつ妹のことを聞かれるのかと、ビクビクしながら人付き合いし ているようなところがあったんですけど、こういう作品をつくったあとは、会う人、会う 人に見てもらっちゃえば、もう隠し事をしなくて済むなと思って、そうしたら、もっと人 と本音で付き合えるかもしれないなと思いました。

先生に会ったときに、思い切って「やっぱり妹撮ってみます。」というふうにお伝えし ました。そうしたら、先生が「おまえが抱えている怒りとか悲しみをそのまま人にぶつけ るよりも、今おまえがやろうとしている人とのつながりとか、家族のつながりを伝えてい ったほうが相手の心にはグサッとくるぞ。」とおっしゃっていただきました。

その言葉がすごいストンと腑に落ちて、それまでやり場のなかった、すごくモヤモヤし ていた気持ちが、この作品に集中することで浄化されていくような気がしたので、何が何 でもつくろうと思って、すぐにカメラを買って撮影をスタートさせました。

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【撮影開始と心境の変化】

最初、すごくモチベーション高くやる気満々で始めたんですけど、なかなか妹が撮らせ てくれませんでした。そもそも僕のことが嫌いなので、実家に帰っての第一声が、「カズ、

いつ帰るの?」みたいな雰囲気でした。そんなやつがいきなりカメラ回しても嫌だったと 思うんですけど、撮っているうちに、今思えばなんですけど、僕自身いろいろ変わってい くことがありました。それに伴って妹もカメラの前で映ってくれるようになったのかなと 思いました。そのときは、就職活動まっただ中で、最初、某放送局に行きたいと思ってい たんですが、落ちてしまってからは、何がやりたいのか分からなくなってしまって、時間 もあるし、撮っておこうというのでカメラを回していました。

その時は、自分の将来を考えている時期だったので、同時にカメラの向こう側の妹の将 来というのを具体的に考え始めるようになって、「そういえば、こいつ、どんな大人にな るんだろう。」とか、「今、母親と暮らしているけど、母親が面倒見られなくなっちゃった ら、自分は妹とどう付き合っていけばいいんだろう。」ということを、初めて現実として 考えるようになりました。

「映像」から「福祉」の世界へ】

そのときに答えが分からず思い悩んでしまい、何かヒントが欲しくて、ある福祉作業所 のボランティアに行かせてもらいました。福祉作業所でいろいろな人と出会って、我が家 に似た独特の話題というか、ユーモアがあり、毎日楽しかったですし、いろいろな人がい るのが、自分にとってすごく自然というか、普通だなと思ったので、ここで何かできるこ とはないかなとだんだん考え方が変わってきました。あわよくば自分は将来、妹とどう付 き合っていったらいいかということも学べたらいいなとなって、思い切って映像から福祉 のほうに進路を変えることにしました。

その過程で、妹のしょうがいについても調べるようになって、それまでは知的しょうが いと自閉症を持っているということしか知らずに、それぞれの違いもよく分からなかった んですが、自閉症の人ってこういう感じ方で生きているのかなとか、妹と同世代の人はこ ういうふうな進路にいるんだなというのがだんだん見えてきました。

【妹が自然体の姿を見せてくれる】

そういうふうに僕が変わったというのを直接、

妹に言ったことはないんですけど、すごく勘の鋭 いところがある人なので、「こいつは分かるよう になったのか。」と思ったのかは分からないんで すけど、珍しく向こうから話しかけてくれるよう になりました。それまでは僕が話しかけても無視 みたいな感じだったのが、カメラを向けていると、

サブディスプレイを自分のほうに向けて、ナルシストなので、ポーズをとって遊んでくれ たりとか、だんだんそうやって自然体の姿を見せてくれるようになりました。子どものと きの仲よかった時代にちょっと雰囲気が戻ったような懐かしい感じがしました。

©2011「ちづる」上映委員会

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【編集―池谷先生とぶつかった】

いろいろなシーンを撮り、1年間で 30 時間ぐらい撮りためて、それを今ご覧いただいた 79 分に編集する作業を僕と池谷先生とで主に行ったんですけども、その過程ですごく大き な変化がありました。

僕と母親がけんかしているシーンを入れるか入れ ないかで、池谷先生と僕でもめることがありまし た。僕は当然、「入れたくない。」と言ったんです。

それはただ恥ずかしいからというだけじゃなく、最 初から、僕は妹一人だけを登場させようと思ってい ました。妹一人のいろいろな場面を淡々とつないで

いけば、兄として育ってきた僕の視点で何か友達にも分かってくれるんじゃないかという 考えがありました。僕と母親がけんかしているシーンは、関係性が強く出てしまうので、

妹一人のことや、妹のしょうがいのこととかが引っ張られちゃうんじゃないかと思って、

あえてそのシーンをカットしたバージョンで池谷先生に見せに行ったんです。そうしたら、

すごく怒られました。

池谷先生は最初から僕と違う考えで、「これはチーちゃんと兄貴のおまえとお母さんの 家族3人の話だな。」とずっとおっしゃっていたんですけど、僕は、うまく納得できなか ったので、納得できないまま先生の意見をうのみにしてしまうと、先生の作品になってし まうと思ったので、ド素人のくせに生意気ですけど、かたくなにそこは意地になっていま した。ある日とうとう、ワーッと言い合いになって、お互い黙りこくって、これはもう映 画無理かもしれないなというような空気が流れたときがありました。

【先生の一言「差別しているのはお前なんじゃないのか」

そのときに先生がおっしゃった一言が、自分の中で転機になっています。

ちょうどパソコンの画面に僕と妹と母親が出ていまして、それを見ながら、「赤﨑はな んでそんなしょうがいにこだわるんだ。俺には普通の家族3人にしか見えないのに、差別 しているのはおまえなんじゃないのか。」と怒鳴られました。僕はハッとして見たんです けど、「いや、やっぱりこれは普通の家族3人じゃないだろう。しょうがい者がいる大変 な家族にしか見えない。」ので「自分は差別しているのかな?」とふと考えてみました。

いろいろなことが走馬灯のように蘇って、幾つか思い当たる節がありました。例えば、電 車の中で大きな声で独り言を言っている人をみると、「あの人、自閉症なのかな?」とち ょっと変な目で見てしまったり、ボランティアサークルでいろいろな人と会う機会があっ たんですけど、誰だれさんに会いに行くというよりも、こういうしょうがいを持った人と 初めてふれあいに行く、みたいな意識があったなとか、いろいろなことが思い返されまし た。それまではしょうがいを理由にいじめたりとか差別したりしている人を見るとすごく 怒りを感じていたんですけど、自分もどこか、「何か助けてあげなくちゃいけない人」と か「かわいそうな人」とか、「自分より下の人」という意識があったんだな、自分も同じ ような差別の目を持っていたんだということに気づかされて、そのことがショックで、思 わず先生の前で大泣きしてしまいました。「すみません、ちょっと今日は、ひと晩考えさ

©2011「ちづる」上映委員会

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せてください。」と言って帰らせてもらいました。家に帰って、今の職場である福祉施設 の就職も決まっていたのですが、こんな人間が福祉の仕事をする資格はない、本当にこの 先どうしようかなと考えました。

何より差別している自分を本当に嫌だなと思ったので、自分も池谷先生みたいに、しょ うがい者じゃなくて、一人の人間として向き合える人になりたいと思いました。

【テーマが決定―妹の独特なキャラクターと家族3人を描く】

この作品はどうしようかということを考え直したときに、妹のしょうがいを伝える映画 にするんではなくて、妹の独特なキャラクターを伝える映画にしようと考え直しました。

「サザエさん」だったらカツオとかマスオが出てきてサザエさんのキャラクターが伝わる と思い、一緒にいる家族をきちんと描かないといけないと思ったので、僕も母親も登場さ せるのが大事だと思って、家族を描くことで妹のキャラクターを伝えようと考え直しまし た。それを先生に話したら、すごく意見が合致して、その後はスムーズに編集が進んでい きました。撮った 30 時間にはいろいろなシーンがあったんですけど、あえて家の中が中心 というか、家族3人の話にしています。

最初に、妹と母親に家の DVD プレイヤーで見てもらいました。妹にはほぼ無許可で勝手 につくってしまったので、嫌がられたらどうしようかなと思ったんですけど、妹はすごく 芸能人好きでナルシストなので、「ほら、おまえが主演女優の映画だよ。」と言って見せた ら、自分ばかりが大写しで出てくるので、ゲラゲラ笑いながら見てくれて、すごくホッと しました。その後、劇場公開した後も、「ホームページを毎日欠かさず見ているよ。」みた いなことを母親から聞いていたので、自分の映画として気に入ってくれたのかなと思って、

それはちょっとホッと安心しました。

“ふつうの家族”の話を友人とできた!】

何とか二人から OK が出たので、今度は学内で上映会をすることになりました。

そのときに見てもらいたかったバスケサー クルの親友たちにもみんな来てもらいまし た。上映中は、もう友達いなくなっちゃう んじゃないかと思って、すごく胃がキリキ リしたんですけど、終わった後、みんなの 表情を見ると明るい表情をしていまして、

「赤﨑、おまえ大変だったな。」とかそう いう話じゃなくて、「チーちゃんかわいい

ね。」とか、「赤﨑んち、家きれいだね。」、「いや、あれは母親が気にして掃除していたん だよ。」とか、そういう普通の笑い話にすることができて、小さいころからそういう話を したかったんだよなと思って、子どものころの夢がかなったようなうれしい気持ちで胸が いっぱいになりました。

その友達とは今も仲よくして、気まずくなることもなく、たまに飲みに行ったり、旅行 に行ったりしています。

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【自然な親近感―お互いを知り、友達になることで得た自信】

見てもらったときに一番強く感じたのは、友達が分かってくれないおそれもあると思っ ていたんですけど、ただ単に知られてなかっただけだったんだと思いました。小学生ぐら いから普通学校と養護学校に分けられちゃうし、お互い知り合う機会や、友達になる機会 がなく、本当に知らなかっただけだと思います。その人のいろいろな一面を知れば、自分 に似ているところや、逆に自分と違うところで面白いところなどを知ることができれば、

別にこちらから何も言わなくても、「チーちゃん」って自然に出るように親近感を持って もらえるものだなと思ったので、やはりそれはすごく自信につながりました。

【大切な「きょうだい」との嬉しい出会い】

その後、ちょっとびっくりしたことがありました。サークルの卒業コンパで、映画を見 てもらえた人と二人きりになったときに、「実は私のお兄ちゃんは自閉症なんだよね。」と 教えてくれた子がいました。その子もずっと誰にも話さず卒業しようと思っていたらしい んですけど、僕がこういうのをつくったのでいろいろ話をしてくれて、「きょうだい*1 あ るある話。」で盛り上がりました。その後、「今日こうやって話すことができたから、この 後、親友たちにも話していこうかな。」と言ってくれたので、初めは自分のカミングアウ トのためにつくった作品でしたけど、友達の力にちょっとでもなれたことはうれしいし、

本当につくってよかったと思いました。(*1 しょうがいのある兄弟姉妹がいる人の総称)

【妹と母が実家のある福岡へ引越】

2011 年 6 月に福岡に母親と妹が引っ越すことになりました。引っ越した経緯については 映画では深く語っていないですけれども、両親は実家が福岡で、母親の友達も地元のほう が多いので、父親が亡くなってから、母親はいつか帰りたいな、みたいな気持ちがあった ようです。僕も一応自立して、妹もどこにも行けそうにないというタイミングで、試しに 妹に「福岡行ってみる?」と聞いたら乗り気だったもので、引っ越すことを決めたらしい んです。引っ越してから、「福岡のまちを歩いているだけで、すごくうれしいよ。」と言っ てくるので、これはよかったなと思いました。

妹は、引っ越し自体はすごくノリノリで、気分よく新幹線に乗って家に着いたのはいい んですけど、初日がちょっとだけ大変でした。いつも見ている「アンパンマン」の放送が 福岡だと夜中の0時半という、どんな子どもが見ているんだ?という時間になっていて、

それに気づいてから、「もう横浜帰る。」と言い出したのです。おいちょっと待て、みたい に大変でしたけれども、その後はあちらの生活にも慣れて、あまり変わらない生活をして います。いろいろ施設も回ったんですけど、相性のいいところがやはり見つかりませんで した。

【妹の変化―家族以外の人とふれあう機会】

ちょっと変わったなと思ったのが、ガイドヘルパーさんに少しずつ入ってもらえるよう になったことです。まだ、二人きりで外出というのは難しいらしいんですけど、3人で出 かけて、母親が病院へ行っている間は二人でちょっと待ってもらったり、夏だったら、母

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親がプールの外で待っていて、二人で楽しんできてもらったりして、妹も家族以外の人と ふれあう機会も増えましたし、母親も一人の時間が増えてきたと言っていたので、それは すごくいい変化だなと思いました。

【悩み― 妹との距離】

福岡に引っ越してから、いまだに理由が分からないんです けど、福岡の家では僕と顔を合わせてくれなくなって、僕に 気づくとサーッと自分の部屋に帰っていく、同じ部屋にいら れないというよく分からないことになってしまいました。

お正月に帰っても全然出てこないので、テレビをつけよう としたら「テレビつけるな。」と怒られるし、「もうどうすれ ばいいんだよ。」みたいな感じでした。早く帰りたいなと思 っていたら、母親に、「あなた、お年玉だけはあげていきな さいよ。」と言われて、あげなくちゃいけないのかなと思いながら、待っていても出てこ ないんです。とうとう帰りの日が近づいてきて、あるとき、僕がトイレに行っている間に 妹が部屋から出てきて、お年玉見つけてパッと取っていこうとしたんです。そうしたら、

「駄目、それはお兄ちゃんの手からもらわないと。」と言われて、僕がトイレ出た瞬間に、

ダダダダダッと走ってきて、妹が「はい。」って言うから、「えっ?」と言って手を出した ら、タッチ・アンド・ゴーみたいな感じでまた部屋へと走って行って、別にいいけど、何 か感じ悪いなと思いました。

【アットホームな結婚式】

僕は、2年前に大学のボランティアサークルのちょうど妹と同じ年齢の後輩と結婚しま した。妹も結婚をすごく喜んでくれていて、同世代ということで妻とも仲よくしてくれて います。結婚式には出席したいけど、やっぱり僕が嫌みたいな感じでした。

結婚式にも、すごく葛藤していたみたいで、ドレスも買っていたんですけど、1週間前 に「結婚式行かない。」と言って、ビリビリビリとはさみで破っちゃって、「ああ、もうこ れは来られないかもしれないな。」と思いました。

妹が来られなかったら母親も来られないので、来られなかった時のために、結婚式で流 す「出席できず申し訳ありません。」みたいな母親の謝罪ビデオも、一応つくっておいた り、万が一、来られても逃げ出せる個室を用意してもらったりといろいろと準備しました。

当日になったら、腹をくくってくれたみたいで、最後まで出席してくれました。120 人 ぐらいの結構な規模だったんですが、ほとんどの方が『ちづる』を見てくださっていたの で、よく理解してもらえているというか、とてもアットホームな感じでした。それがすご くよかったのか、妹も機嫌がすごくよくいてくれたので、やはり雰囲気って大事なんだな と思いました。僕は見ていないんですけど、うわさで友達が言うには、お客さんに「楽し んでいってね。」と言っていたとか言わないとか、そんな感じがあって、人の雰囲気の力 ってすごいなと思いました。

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【近況―新たな命の誕生と喜び―母親と妹が実家福岡から東京へ】

ことしの2月に息子が生まれまして、妹はおばになったわけです。実家に帰ると、相変 わらず僕にはあまり会いたくないみたいですが、息子にはすごくデレデレで、ちょこちょ こ、僕がいない隙を見て出てきては撫でていってまた帰るみたいな感じで、喜んでいるよ うで、それはすごくよかったなと思いました。

それで、息子が生まれたというのが多分関係するかと思うんですけど、母親たちがこと しの年末に東京へ引っ越すことになりました。妹は、大友みなみさんを相変わらず好きで、

ファンレターを送りたいと言いますが、すでに引退をしているので事務所に送るわけには いきません。そこで母親の友達にうそをついてもらって、そこの住所にずっと送り続けて きました。でも音沙汰がないので、東京に乗り込んで会う、みたいな感じで、数年前から 東京に引っ越したいと言っていました。母親は、孫が生まれたので、近くにいたいという のがあるのか分からないんですけど、東京に引っ越すことになっています。僕は、バナナ

(子犬の名前)に会えるので、すごくうれしいと思っているそんな感じの近況です。

【福祉施設で働いて7年―心の揺れを感じる】

僕は、この映画をつくってからすぐ就職して、福祉施設で働き始めて7年目になります。

妹より重いしょうがいを持っている人が多い、いわゆる知的しょうがいと呼ばれている人 や、自閉症の人、脳性まひの人、いろいろな方がいらっしゃる通所施設で働いています。

なかなか自分で言葉を話すのが難しい人が多いので、この人は今どういうことを感じてい るのかなとか、こんなことを考えているのかなと想像しながらお付き合いさせてもらって います。そういうふうに働き始めてから、この映画を見て、見方が変わったなと思うシー ンがあります。活動ホームに妹が行く前夜に泣き出すシーンがあったと思うんですけど、

撮影当時は、夜中に妹の泣き声が聞こえて、カメラを構えながら、これは使えそうだなみ たいな、悪魔のような気持ちで撮っていました。今、働き始めてから映画を見て、ちょっ と妹の気持ちも分かるような気がして、「あまり行きたくないな、でも、兄貴もお母さん もうるさいしな、行ったほうがいいのかな。」そういう心の揺れが少し分かったような気 がしたので、これはちょっと自分も変わってきたのかなと思いました。

【選択肢は自由であっていいと思う】

映画を撮っている当時は、将来のことはよく分からないから、今のうちに行けるところ は行ってほしいという感じで、結構母親にも言っていました。今はちょっと、施設だけが 正解じゃないのかなと思っていて、実際に働いていて、どうしても利用者さんより職員の ほうが絶対的に人数は少ないので、時と場合によっては、お一人お一人の気持ちに添えな い場面があります。そこはすごく心苦しいし、頑張らなくちゃいけないところだなと思っ ています。妹みたいに自由にやりたい人にとっては、ちょっと窮屈に感じるところもある かもしれないなと思って、みんなでワイワイやりたい人にとっては、施設はすごくいい場 所かもしれないし、自分のペースでやりたいという人には、それ以外の選択肢があっても いいんじゃないかなと思ったので、やっぱり本当に人それぞれなのかなと思います。

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【大切なこと―信頼関係】

在宅とか施設とか地域とか、いろいろ言われていますけど、そういう形とか場所じゃな くて、そばにいる人との信頼関係を築けているか、信頼できる人と生活できるかというこ とがすごく大事なポイントなのかなと、働き始めてよく思うようになりました。

仕事をしていて、利用者さんのことをもっと知りたいと思いますし、妹はどんなことを 感じながら生きているのかなとか、分からなくても分からないなりに楽しんでやってきた ところがあるんですけど、もっと知りたいなという気持ちも芽生えてきています。

「ちづる2」の制作に向けて】

今ちょうど『ちづる2』になるかは分からないんですけど、撮影をちょこちょこ始めて いるところです。自分の家族もちょっと撮影していきたいなと思っていますので、5年後 なのか 10 年後なのか、何年後になるか分からないんですけど、完成したら、ぜひ皆さんに お知らせしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

すみません、長々とご清聴いただきまして、どうもありがとうございました。

質疑

○質問者1 私も知的しょうがいの就労支援の施設で働いていた経験もありまして、すご く、ああそうだよな、そうだよなとか思いながら見ていました。お母さんと話しているシ ーンがすごく印象的だったんですけど、あのとき、ちょこっとだけ(ちづるさんが)顔を 出してすぐ引っ込んじゃったじゃないですか。あれはやっぱり空気を察して引っ込んじゃ ったんですか。

○赤﨑 ありがとうございます。どうだったかな。よく僕と親がけんかしていると間に入 ってくるというか、ああ見えて平和主義者なところがあって、すごく人が怒っていると、

変顔をして入ってきて笑かそうとしたりするようなところがあって、あのときもお互い怒 鳴り合っているので、「何やっているの。」みたいな感じで見に来たのかなと思うんですけ ど、あのとき、もうヒートアップしていたので、妹の存在も気づかず、編集のときに知っ たという感じです。池谷先生いわく、僕が「手を動かしているのが好きなんだよ。」みた いなことを言っているから、「ふうん。」みたいな感じで思ったんじゃないのと言っていま したけど、真意は分からないです。

○質問者2 ありがとうございます。私、ラストの「2つの月」というところから、最後 の「美人」って言うところ、すごく印象に残ったんですけど、どういうふうに終わらせる かっていうのは、いつごろ決めたんですか。

○赤﨑 ありがとうございます。それは本当に最後の最後まで分からなくて、何となくの 大筋としては引っ越すというところで終わるだろうというのはあったんですけど、終われ ないな、終われないなと思っていろいろ見返していたときにあのシーンがありました。

「笑いで始まって笑いで終わりたいな。」というのがあったので、本当に「美人」のやつ は埋もれていたんですけど、ちょうど悩んでいるときに見つけて、僕と先生で、ああこれ だな、みたいなので、ばっちりはまったなという感じがしました。

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○質問者3 コミュニティ福祉学部福祉学科4年です。今ちょうど卒業論文を書いていて、

施設じゃなくて、地域に出すべきじゃないか、そういう共生社会の実現みたいなことをテ ーマに書いています。ちづるさんの場合のように、家族以外の人といるのが嫌だという人 もいるんだなということで、先ほどおっしゃっていたように、地域とか場所じゃなくて、

そばにいる人と関係性を築けるかどうかというのが大事なんだなとおっしゃっていたのが、

本当にすごく印象に残りました。

お母さんとけんかするシーンとかは、「カメラを置いてけんかしよう。」って言って撮ら れたのですか。ちょっと気になったので質問させていただきました。

○赤﨑 ありがとうございます。僕は映画をつくるのが初めてで、しかも自分の家族が題 材ということで、これが本当に映画として成立するのかすごく不安だったので、もう何で も撮っておかなきゃいけないなと思っていました。母親と、もめそうだなというときに、

もう一人の自分が、「これ撮っときゃ使えるんじゃないか」と囁いて、それで「ちょっと 待って。」と言って、自分の部屋から三脚持ってきてセットしてから、「そんでさ。」みた いな感じで撮りました。なので、ちょっとお互いやっぱり意識しているところがあって、

すごく言葉遣いもマイルドになっていましたし、理性を保ちつつ、裁判みたいな感じで話 せて、ふだんは面と向かって話さないようなことも、あの場面では僕も母親も話をするこ とができたので、そういう意味ではすごくよかったなと思っています。今日、お越しの方 で、親子の気持ちがギクシャクしている方がいらっしゃいましたら、カメラを置いておく といいかもしれません。(笑)

○質問者3 ありがとうございます。

○赤﨑 妹は家族以外の人とあまりいられないというのがあるんですけど、好きな人と嫌 いな人がすごくはっきりしていて、好きな人にはずっとつながっているというか、いまだ にお世話になった先生にも年賀状とか贈り物とかをしているので、すごく孤立していると いう感じではないんです。ちょっと映画の中では家族3人しか出てこないのでそういうふ うになっているんですけど、信頼できる人がまだいるというので、それはすごくありがた いなと思っています。

○質問者4 卒業生です。しょうがいについても、NHK でバリバラ(バリアフリー・バラ エティ)とかハートネット TV とかいい番組が出てきて、知られてきていると思うんです。

パラリンピックでも、身体しょうがい、こんな格好いいメカニックなスポーツをやるんだ ということで、数がいることが分かって、目に触れるようになってきていることで、私は 理解が進んで差別も減ってきているように思うんですけれども、監督はそんな空気をどん なふうに感じますか。

○赤﨑 そうですね。本当に昔よりはそうなんだろうなと思います。しょうがいを持って いたら、ずっと学校にも行かせず、家でずっと見るという人も昔は普通にいたというふう に聞くので、その時代よりは、どんどん町で普通に見かけるようになってきたなとは思い ます。でも、まだ一緒の学校に通えていないというところがいっぱいあると思うので、も うちょっと自然だったらいいなと家族としては思いますね。目にするだけじゃなくて、や っぱり友達になったり、知り合いになったりしたほうが、慣れるというか、何も違和感が

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なくなると思いますし、しょうがいというのに当てはめずに、その人のよさというのがも っと見えてくると思うので、今もっともっと知ってもらいたいなと、そういういい番組も どんどん増えていったらいいなと思っています。

○質問者5 ありがとうございました。実は僕、2011 年のときに大阪で1回見に来ていて、

それから6年経ち、僕もこの6年間でいろいろなことがあったので、何か見方がまた変わ ったりとか、受け取るほうも違うほうに受け取れてよかったなと思っています。

それで、1回目、6年前に見たときもそうだったんですけど、よくある映画やテレビみ たいに、受容できている人だったり、受容できていなくて困っている人だったりというふ うに、よくも悪くも、偏って放送されることが多いなかで、この映画は、分かっていると ころは分かっているんだけど、分かっていないところは分かっていなかったりとか、いい と思っていたりいいと思っていなかったりとか、お母さんが何か、監督に近くにいてほし いと思ったり、せっかくの人生だから好きなことをやってほしいとちょっと強がってみた りとかいうことが、何か本当に葛藤だらけの映画だなといつも思っていました。

今回もやっぱり同じように僕も感じたので、そこが今は、しょうがいとか高齢の人を地 域で見るとか、一人で見ちゃいけないとかいうふうに、何かいろいろ言われたりしていま す。結局は、いろいろな人がいて、別にどれがいいとか悪いとかいうわけじゃないしとい うことが、もうちょっとこの映画で伝わるといいのかなと思いました。2回目はやっぱり 楽しかったです。ありがとうございました。

○赤﨑 いまだにまだどこも通えていないんですけど、家でもできる仕事があればという ことで、母親と知り合いのデザイナーの人が妹のイラストを元にグッズをつくってくれま した。妹はその封入の作業とか、シール貼りとか、はんこを押したりとか、そういうのを やってもらって、売上は工賃というか、お小遣いという

か、妹が好きなように使えるお金にしてもらっていると いう感じで始めたものです。妹はすごくやる気があるみ たいで、母親が知らない間に封入作業を終えていて、「は い、幾らちょうだい。」みたいな感じでやっています。す ごくうれしいなと思うので、見てもらうだけでも構いま せんので、よかったらご覧いただければと思います。

○長倉先生 ありがとうございました。赤﨑監督にこういうことを聞こうと思って、結構 見ながらメモをとっていたんですけど、それをことごとくお答えになっていたので、結構、

全国いろいろなところで上映をされてご講演もされているので、ここが突っ込まれどころ というところを多分お分かりになっていたのかなと思って聞いていました。映像ではなか なか伝わらないところ、おつくりになるところで、先生とのやり取りとかすごく分かりや すく、何となく先生の気持ちも分かるような気がします。こうしたらいいんだよって言い たいんだけど、なかなか学生のほうが頑固で聞いてくれなくて、苦労しながら指導してい くというところが、ちょっと、二人のやり取りのエピソードなんかも、この『ちづる』と いう映画がこういう形で皆さんの心にひびくようにできた過程の1つのエピソードとして

©2011「ちづる」上映委員会

(14)

14 / 15 伝わったかなと思います。

今、また『ちづる2』になるかなというのを撮る準備に取りかかっていらっしゃるとい うことですれども、いいことかなと思いました。ちづるさんは、カメラがなくなったら、

監督とまた近づいてくれなくなったということなので、カメラというのは、ちづるさんに とっては、何か魔法みたいなツールなんですね。

○赤﨑 そうかもしれないですね。ナルシストっていうのもあるかもしれないですけど。

○長倉先生 撮られている感じがすごく好き、みたいな感じなんですかね。

○赤﨑 そうですね。

○長倉先生 またカメラを使ったらどうですかとアドバイスしようかなと思ったら、『ち づる2』があるとおっしゃっていたので、私、最後に一言コメントいただけたらなと思う ことがあって、最初は世の中に復讐してやる、みたいな気持ちがあったとおっしゃってい たんですけど、やっぱり自分の中にあった壁みたいなものが、だんだん映像を撮る中でい ろいろ考えたりとか、調べたりしなきゃいけなくなってきてとか、撮っている中で本当に 密にちづるちゃんとかお母さんと接するようになって、そこは監督自身が変わっていかれ たということなんですかね。今でも復讐してやる、みたいな気持ちはありますか。

○赤﨑 今はないですね。やっぱり自分自身がまだ受容できていなかったところはあった かもしれないですね。何か自分で自分から逃げているようなところとかがあったと思うん です。変わるきっかけだったのかなというのは、そこを思い切ってさらけ出して、いろい ろな人に受け入れてもらったという経験が、本当にそこで1回、自分は死んだなと思った んです。それで、生まれ変わったな、みたいな感じがあったんです。映画を初めて見ても らったときに。そういう気持ちは自然となくなったというか、本当に皆さんに見てもらう だけですごく感謝というか、これ以上ないなというふうに変わってきました。

○長倉先生 最後に、しょうがいのある人たちと共生、共に生きていくと言いますけど、

いろいろなしょうがいのタイプがあって、本当にちづるちゃんは、例えば、本当に親しく なったら大好きな人とか家族とか、お兄ちゃんはちょっと別みたいですけど、そういう方 なら大丈夫なんだけど、そうじゃない方だと難しいという方と、我々はどうお付き合いし ていけばいいのかというのがすごく難しいところだと思うんですね。何かアドバイスがあ れば、最後に一言お願いしたいと思います。

○赤﨑 アドバイスなんて言えないんですけども。

○長倉先生 お仕事もそういうところにいらっしゃるので、もし何か一言あれば。

○赤﨑 やっぱりしょうがい者ということを抜きにして考えれば、自分たちもそうだと思 いますけど、あの人は気にくわないけど、この人とはすごくうまが合うなみたいな、人と 人は相性じゃないですか。だから、それがすべてなのかなと思うし、妹が好きな人という のも、何かそういうしょうがいとか云々関係なく、スッと相手の懐に入っていくような人 が多いので、それを妹はすごく見てるんじゃないかと思います。嫌われちゃったら嫌われ ちゃったでしかたがないんじゃないですかねと僕は思いながら仕事をしています。

○長倉先生 私たちも、あまり、構えずにいけばいいという感じですか。

○赤﨑 努力してもどうしようもないので。

○長倉先生 構えずに、とりあえず近づいてみて、嫌われちゃった、ああ嫌われちゃった

(15)

15 / 15 っていうぐらいの感じでいいですかね。

○赤﨑 そうですね。いい人のふりしても見抜かれますから。失礼のないようにすれば、

いいのかなと思いながらやっています。

○長倉先生 なるほどすごくそれは参考になります。『ちづる2』を楽しみにしておりま す。ありがとうございました。

○赤﨑 ありがとうございます。これ、妹のイラストのポストカードを今日持ってきたの で、もしご希望の方、僕その辺にいますので、お声がけください。今日は本当にどうもあ りがとうございました。

以上

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