語にあらわれた発想の相違による和習 : 上代にお ける「御」という字の敬語接頭辞用法について
著者 吉野 政治
雑誌名 同志社国文学
号 15
ページ 58‑73
発行年 1980‑01
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004925
語にあらわれた発想の相違による和習 五八
語にあらわれた発想の相違による和習
上代におげる﹁御﹂
という字の敬語接頭辞用法について
吉 野 政 治
1
こと今來古往事荘荘 今來古往 事荘荘 ほうど あ 石馬無聲杯土荒 石馬聲無く 杯土荒る
春入櫻花滞山白 春は櫻花に入って 満山白し かんぱ 南朝天子御魂香 南朝の天子 御魂香し
幕末の漢詩人梁川星巌が﹁吉野懐古﹂と題するこの詩を発表する
や︑いくっかの異論が出されたそうである︒そのひとっに﹁御魂﹂
という語はいかにも目本臭くて︑中国の古典には用例を見ない︑と
いうのがあった︒星巌は︑それに対L︑清朝の播璽という詩人の
﹁明史雑詠﹂と題する詩の中の とういん そそ 涙溺裳陰披髪去 涙は集陰に渥いで 髪を披いて去る
年年花護御魂香 年年花は御魂を護って香し という句を示し︑他の無学を晒ったという︒ところが︑実のところ︑星巌が示したのは︑たまたま中国から新しく舶載された清朝広東人 ¢の詩の総集﹃国朝嶺海詩抄﹄の中に︒あったものであるといわれる︒ 和習と呼ぱれるものにっいて考えてみょうとする時︑この逸話は示唆深いものがある︒和習を﹁目本人が作った漢文に現われる語彙 語法で︑中国人が作った純粋の漢文ではないもの﹂というくらいの説明ですますと︑ややもすれぱ︑その判断は中国の用例の有無の問題に傾きがちにたる︒その結果︑汗牛充棟の漢籍を博捜して︑用例を見出せたいとしても︑何時︑星巌の晒って示した﹁御魂﹂のようなものが出るかと恐れたげれぱならたいことになろう︒そこで︑語彙語法だげの間題でたく︑それらの因ってくる発想そのものから間題にすれぱ︑星巌の詩にっいても﹁御魂が香しい﹂という発想は極 めて目本的であるという︑神田喜一郎氏の指摘されるような面が見
えてくるようになる︒いま︑これを句にあらわれた発想の相違によ
る和習と名付けることもできよう︒しかしたお︑星巌の詩に人々が
目本臭を感じたのは﹁御魂﹂という語に対してであった︒ところが︑ @﹁御魂﹂という語は﹁天子・諾侯の事物に−冠する敬称﹂という﹁御﹂
の中国における用法の正しい使用例と認められるのであり︑古典で
は匁いにせよ︑確かにその用例を中国に見出せるから︑漢語である
ことを疑えないものである︒にもかかわらず︑幽かだが確かに日本
臭があるのを否定できないのは一体どのようた理由によるのだろう
か︒ 本稿は︑目本で多用される敬語接頭辞用法﹁御﹂の意味.用法が︑
厳格た中国的使用規範を守りたがらも︑次第に目本的た用いられ方
をしていく様子と︑その原因を︑ ﹁御﹂を冠する語を通して窺おう
とするものである︒
2
﹁御﹂という漢字に−は︑動詞用法だげでも﹁防グ﹂﹁馬ヲ便フ﹂﹁用
フ﹂﹁司ル﹂﹁治ム﹂﹁侍リ﹂﹁参ラス﹂﹁臨ム﹂等︑多くの意味を持
ち︑動詞用法以外にも名詞・敬語接頭辞・接尾辞等の用法を持つが︑
これらの中で敬語接頭辞用法は︑どの程度の率で使用されるものだ
ろうか︒それは異なった文化や歴史を持っ中国と日本とではおのず
語にあらわれた発想の相違による和習 から違うのではたかろうか︒あるいは︑日本の中でも正格漢詩文・記録体︵変体漢文︶・和文たど︑文体の差によって異たりはしたいだろうか︒文化や歴史を担う言語や文字を調べてみようとする時に起きるこれら初歩的た疑問を先ず明らかにしたい︒ 調査の対象としたものは︑中国側では経史子集の順に︑﹃大学﹄﹃中庸﹄﹃論語﹄﹃孟子﹄﹃場経﹄﹃詩経﹄﹃書経﹄﹃礼記﹄﹃春秋﹄の四書五経︑﹃史記﹄本紀︑﹃老子﹄﹃荘子﹄︑﹃文選﹄である︒史子についてはハーバード燕京学杜の引得を利用して調査した結果︑以上のもので一応の傾向はみてとれると判断した︒ 日本側のものとしては︑正格漢文体の代表として﹃日本書紀﹄﹃続目本紀﹄﹃三教指帰﹄﹃性霊集﹄を︑漢詩では﹃懐風藻﹄﹃凌雲集﹄
﹃文華秀麗集﹄﹃経因集﹄︑それに時代は降るが比較的多くの用例が
拾える﹃菅家文章﹄﹃菅家後集﹄を取りあげる︒ 記録体のものでは
﹃古事記﹄﹃風土記﹄﹃上宮法王帝説﹄﹃万葉集﹄題詞左注﹃古語拾遺﹄
﹃高橋氏文﹄﹃目本霊異記﹄を︑和文体のものとして﹃延喜式﹄巻八
所載祝詞と﹃続日本紀﹄所収の宣命体詔勅︑および﹃万葉集﹄和歌 を取りあげることにする︒ ﹁御﹂字の意味・用法の分類や項目設定については前稿のものを
踏襲し︑本稿の必要にー応じて若千の追加をする︒
調査の結果を表にしたのが︑68〜69頁にく表IVとして掲げたも
五九
語にあらわれた発想の相違による和習
のであるが︑中国と日本︑また目本内での各文体別に特徴を纏める
と概ね次のようになろうか︒
中国漢詩文では︑ ﹁御﹂字そのものの使用が比較的少ないが︑意
味・用法にかなりの幅広さがある︒その中でも﹁馬ヲ使フ﹂﹁駅者﹂
などの意味・用法︵表1ではA2︑以下同じ︶や︑﹁侍り﹂﹁侍妃﹂
﹁近侍﹂の意味・用法︵B1︶など︑原義用法あるいは原義用法に ¢極く近いと考えられるもの︑また﹁御史﹂﹁御事﹂たどの官職名︵F︶
に用いられることが多く︑間題とする敬語接頭辞用法はわずかに8
例︑ ﹁御﹂字総使用数舳例の3%に1しかあたらない︒
目本正格漢詩文では︑意味・用法のぱらっきは中国と大体同じで
はあるが︑その中で中国ではそれほど目立った用法ではなかった @﹁治ム﹂﹁統ブ﹂︵A5︶や﹁臨ム﹂﹁郷向フ﹂︵C︶また敬語接頭辞︵A
7︶たどの意味・用法が多用されるのが異なっている︒特に敬語接
頭辞用法は︑この文体での﹁御﹂字総使用数棚例中刎例で42%もの
最も高い率を占めているのは注目される︒逆に中国では多くみられ
たA1・B1用法というような原義用法と考えられるものが極く稀
にしかあらわれてこたい︒
記録体では︑意味・用法に1顕著た偏りが見えだしてくる︒この文
11一 n6体では27例中の05例︑全体の83%を占める敬語接頭辞用法の他には
1← 1←A5用法と官職名・人名・神名などに使用されるもの︵F︶とに殆 六〇んど集中している状態であり︑他の意味・用法はあっても極くわずかである︒ 和文体では︑記録体より更に顕薯な偏りを示し︑48例中13例︑全 7 7・体の95%もの高率を占める敬語接頭辞用法の他は︑A5やF用法の例がいくらか見えはするが︑比較にたらないほど少数たものとなっている︒ 以上の﹁御﹂全意味・用法それぞれについて︑中国と目本あるいは目本での各文体別の使用頻度数の差が意味するものについての考 ◎察は本稿では控えるが︑間題とする敬語接頭辞用法にっいてみれぱ︑目本と中国とでは際立った対照を見せていることにたる︒この敬語接頭辞用法は︑中国では極めて稀にしかあらわれないものであった︒ところが︑日本では︑その漢詩文に厳格な範をとるはずの日本正格漢詩文においてすでに最も高い比率であらわれ︑しかも︑その比率は記録体から和文体へと移行するに従い︑一層極端に高くたる傾向にある︒これは単に文体だげの問題ではたく︑中国とは異たる日本的た文化︑ひいては目本的なものの考え方や感じ方などを反映した結果であろうと思われるが︑そのあたりのことを次節以降では具体的にあきかにしたいと思う︒
3
中国本来の敬語接頭辞としての﹁御﹂の用法を具体的に−かっ詳細
に検討していこうとする時︑前掲の調査文献だげでは︑ ﹃春秋﹄の
﹁御塵﹂︑﹃史記﹄本紀の﹁御璽﹂﹁御府﹂︑﹃文選﹄の﹁御房﹂﹁御服﹂
﹁御溝﹂﹁御聞﹂﹁御縄﹂が僅かに拾えるだけであまりに少ない︒そこ
で更に調査の範囲を拡げてみたが︑なお不充分な量しか集めること
ができなかった︒それほどに中国でのこの用法は稀なわけである︒
従って︑中国側の辞典類を含め︑用例を最も多く載せる﹃大漢和辞
典﹄に依存することにした︒その利用法は次の通りである︒
﹃大漢和辞典﹄の﹁御﹂の項には︑18番目の意味・用法として
﹁天子・諸侯に関する事物に冠する敬稻︒︹左氏︑哀︑三︺出二御書一
倹二子宮一︒︹公羊︑桓︑十四︺御庫災︒︹注︺御塵︑蔵四公所三親耕以
季秦盛一之倉也︒︹後漢書︑曹節伝︺盗取二御水一︑以作二魚釣一︒︹注︺
水入二宮苑一爲二御水一︒﹂という叙述があるが︑これに該当する例を
﹁御﹂を用いた熟語の用例︵﹃大漢和辞典﹄巻四の棚頁から舳頁までに弛
例を収録する︶を次のようた基準で抽出する︒まず︑地名・人名・
草名たどの固有名詞中に用いられる敬語接頭辞用法と考えられない ¢ものを省く︒また︑本来の意味・用法を明らかにしえない官職名中
のものや︑他に単独の熟語として掲げてあるものと重複する故事成
語や書名中にあるものも除き︑残った﹁御﹂十名詞字・動詞字の語
で︑中国の用例であることが確かなもの︵漢籍からの出典であることを
語にあらわれた発想の相違による和習 明記するもの︑中国音を記しているもの︶を取り出す︒さらに︑その中から﹁御策﹂︵馬を駅するむち︒御11駅︶のように﹁御﹂に動詞の意味 @あいの濃いもの︑即ち敬語接頭辞用法ではないものを省く︒こうして残ったもの︵表1ではA7用法に入る︶を以下のように分類してみた︒分類はアからキヘ︑天子その人自身と関係の濃いものから順に並べたつもりである︒ ア 天子自身の精神・身体・親族・行為等に冠するもの 1 名・身体・親族関係の語に冠するもの 蝸御名 蝸御容︵欄酬蜘︑のの悩蹄帥﹂猷髄︶ 2 行為また行為による事物に冠するもの 71 5 0 oo ︵o 36御幸 u御讃 14御試 21御製 26御注 40御覧 −御愛 岬御寝 脚御批 湖御聞 脳御書 脳御塞 2 4 4 25御題 34御筆 10御札 イ 天子御用の物に冠するもの 1 衣服に冠するもの ︵■一 3 2御衣 81御衰 33御抱 35御服 2 調度品に冠するもの 4 8 7 9﹈ 45御器 72御壷 16御鰭 32御杯 35御物 39御用 醐御璽 醐御章 搬御費 閉御紙 35御蓋 m御織 六一
ウ工
オ 34123 語にあらわれた発想の相違による和習 71 0ソ 43御億 41御几 25御楊 69御剣 59御縄
舳御本
食物に冠するもの 5 4 @ 0 4 3 10御餐 19御食 24御膳 36御米 17御粥
乗物に冠するもの
31御駕珊御舟 峨御車 蜘御輩 蝸御路
天子の座・天子専用の建物場所に冠するもの
座に︑冠するもの
14御莚 85御坐 86御座 蛆御林 〃御所
住いに冠するもの
71 0o F0 30御邸 31御殿 33御房
専用の建物場所に冠するもの
12御窯 48御厩 螂御府 伽御庫 螂御泓
蝸御路
禁中関係の物に冠するもの
17御苑 18御園 32御階 33御街 43御気
93御案 蛆御水 舳御堤 蛆御柳 〃御林
蜘御簾
天子の命令により行う事物に︒冠すろもの 540御茉
68御薬3
921御席
625御道
74御溝
045御花園 六二 〃御纂 独御占 独御撰 〃御選 胴御定 カ 天子から賜わる事物に冠するもの 13御宴 ⁝⁝御酒 則御食 醐御題 キ 儀式に関する事物に冠するもの 3 25御刀 以上のアからキまでの用法を︑中国における﹁御﹂という字の敬 @語接頭辞の具体的な用法と考え︑また︑それぞれの用法にとられた語彙数を中国におけるそれぞれの用法の量的た使用傾向を窺うに足る材料と考えても︑必ずしも誤った結果を導くことにはたらたいだろう︒ さて︑次に目本側の用例を同様に分類していくが︑本稿では﹁御﹂の字それ自体の意味・用法︑即ち表1で区別したA以下の意味や用法︑あるいは前掲アからキのような何に対して用いられているかたどを問題としているので︑それがどのように訓まれているかは間わたいものとする︒また︑﹁大御酒﹂﹁大御水﹂などのように﹁御﹂の上に更に﹁大﹂たどの称辞を冠することがあるが︑特に区別しない︒冠しない例が並存し︑両者に特に大きた意味・用法の差は見い出せない場合が多いからである︒また︑上代目本において神は天皇と等
しく取り扱うべき存在とされ︑実際に調査してみたが︑神について
使用されるもののほとんどが天皇にも使用されているので一括した︒
更に︑皇太予・皇太后なども天皇に準じるものとして処理する︒
はじめに︑この節では中国本来の用法の枠内にあると判断される
もの︑即ち表1でA7に︑分類したもののうち︑前掲アからキまでの
用法の枠内にあると判断されるものにっいて扱う︒それ以外のもの
にっいては次節で扱うことにする︒
以下に︻ ︼で括った語は中国に同じ語あるいは同じ文字列の語
があることが確かめられるものであることを示す︒なお︑語の下の
︵ ︶内に略号で出所を記入しておくことにした︒略号は次のとお
り◎ 紀−目本書紀︑続−続目本紀︑教−三教指帰︑性−性霊集︑懐−
懐風藻︑凌−凌雲集︑華−文華秀麗集︑経−経国集︑曹−菅家文
草・菅家後集︑記−古事記︑風−風土記︑上−上宮法王帝説︑万
−万葉集題詞左注・和歌︑拾−古語拾遺︑氏工局橋氏文︑霊−日
本霊異記︑祝−祝詞︑宣−宣命︑更に1新しく金−延喜年問までの @ 金石文を加える︒
︿正格漢詩文体V嚇搬則泌概楯融禰繍肱
アー ︻御名︼︻御魂︼ 御手 御髪 御心 御骨 御子 御孫
御蕎 御神︵以上紀︶ 御世︵紀続︶
2 ︻御製︼︵続凌華経菅︶ ︻御覧︼︵華︶ ︻御書︼︵性︶
︻御札︼︵性︶ 御願︵続性︶ 御厄︵性︶ 御鳳︵性︶
語にあらわれた発想の相違による和習 イー
2
3
4ウー
工オ
カキ 23 御駕︵紀︶ 御謡︵紀︶ 御歌︵紀︶︻御衣︼︵紀続菅︶ ︻御服︼︵紀続︶ 御表︵続︶ 御被
︵紀続︶ 御装束︵続︶ 御笠︵紀︶ 御蔭︵紀︶
︻御器︼︵続︶ ︻御本︼︵性︶ 御杖︵紀続︶ 御義︵紀凌︶
御統 御菖 御鞍 御繭 御琴︵以上紀︶
︻御膳︼︵紀︶
︻御船︼︵紀続︶
︻御前︼︵続菅︶ ︻御坐︼︻御座︼︻御所︼︻御席︼︵以上紀︶
御在所︵続菅︶ 御後︵続︶
︻御邸︼︵性︶ 御陵︵紀︶ 御墓︵続︶
︻御路︼︵紀経︶ 御田︵紀︶ 代御手︵紀︶
︻御苑︼︵紀凌経性︶ ︻御溝︼︵菅︶ ︻御柳︼︵華︶ ︻御
簾︼︵菅︶ 御楼︵華経︶ 御嚢︵経︶
用例見えず
︻御宴︼︵続︶ ︻御酒︼︵続︶ 御封︵菅︶
御齋︵続︶ 御葬︵続︶ 御修法︵性︶ 御周忌法会︵菅︶
︿記録体V
アー ︻御名︼︵記風︶ ︻御魂︼︵記風︶ 御身︵金記︶
︵記風︶ 御頸 御面 御腹 御髪 御腕 御脛
御歯 御骨 御懐 御足 御目 御鼻 御美豆良
六一二 御手御膝御情
2
イー
23 語にあらわれた発想の相違による和習御寿 御命 御年 御歳︵以上記︶ 御心︵記風万︶ 御世︵金上記風拾氏霊︶ 御代︵記霊︶ 御俗︵風︶ 御時
︵霊︶ 御朝︵金︶ 御神︵記風︶ 御祖︵記風︶ 御子
︵記︶ 御母︵記︶ 御孫︵風︶ 御足末︵風︶
︻御製︼︵上万︶ ︻御覧︼︵風万拾︶ ︻御寝︼︵記風︶ 御
病︵金記風万︶ 御歌︵記万︶ 御坐︵拾氏︶ 御立︵記
風︶ 御夢 御涙 御帰 御合︵以上記︶ 御作︵万︶
御食︵記風︶ 御鑑︵記風氏︶ 御在 御見 御遊︵以上
万︶ 御願︵金︶ 御宿 御射 御沐︵以上風︶ 御分
︵金︶ 御言︵氏︶ 御語︵霊︶ 御命︵氏︶
︻御衣︼︵記風︶ ︻御服︼︵風︶ 御裳︵記万︶ 御装束
︵風︶ 御袖︵万︶ 御揮︵記︶ 御童︵記︶ 御冠︵記
風︶ 御蔭 御負 御鎧 御沓︵以上風︶
︻御璽︼︵拾︶ ︻御剣︼︵風︶ ︻御刀︼︵記︶ 御杖︵記風︶
御琴︵記風︶ 御欄刀 御具 御財 御杯物︵以上風︶
御嚢 御櫛 御呉床 御鐙 御義 御酒蓋 御酒杯 御酒
柏︵以上記︶
︻御膳︼︵風氏︶ ︻御食︼︵記風氏︶ 御飯︵記風︶ 御糞
︵記万︶ 御根︵記風︶ 御饗 御水 御酒 御年︵以上
記︶ 御乾飯 御稲種︵以上風︶ 4ウー
エオ
カキ 23 六四︻御船︼︵記風万︶ 御馬︵記風︶ 御輿︵万︶︻御所︼︵記風︶ ︻御前︼︵記拾霊︶ 御枕辺 御後辺 御足辺︵以上記︶ 御在所︵風万︶ 御地︵風︶︻御殿︼︵拾︶ 御陵︵記万︶ 御舎 御巣 御門︵以上記︶御宮 御慮 御屋 御室︵以上風︶ 御墓︵万︶御宅 御倉 御厨︵以上風︶御門︵記拾︶ 御柱︵記︶用例見えず用例見えず用例見えず
︿和文体V硝搬肋脇鳩礪融禰搬淋
アー
2 ︻御名︼︵万︶ ︻御魂︼︵祝︶ 御身︵万宣︶ 御手︵万宣︶御髪︵宣︶ 御白髪︵祝︶ 御面︵万︶ 御保止︵祝︶御心︵万祝︶ 御霊︵万宣︶ 御意︵宣︶ 御寿︵万祝︶御世︵万宣祝︶ 御代︵宣︶ 御子︵万宣祝︶ 御祖︵万宣︶ 御孫︵祝︶ 御神︵万宣祝︶︻御覧︼︵万︶ 御夢︵祝︶ 御病︵宣︶ 御食︵万︶ 御
立︵万︶ 御獺︵万︶ 御坐︵万祝︶ 御在︵万︶ 御見
︵万︶ 御願︵宣︶ 塑言︵宣祝︶ 御問︵万︶ 御駕
︵万︶ 御念︵万︶ 御相︵宣︶ 御食︵治の義︑万︶
御泣災︵宣︶ 御命︵宜祝︶ 御量︵祝︶ 御藤 御若叡
坐 御衰知坐 御阿加良砒坐︵以上祝︶
イー ︻御衣︼︵祝︶ ︻御服︼︵宣祝︶ 御袖︵万︶ 御装束︵祝︶
御冠︵宣︶ 御笠︵万︶ 御鞍︵祝︶
2 御枠 御横刀 御太刀 御弓 御統玉︵以上祝︶ 御執
御鏡御箱 御筆 御墨︵以上万︶
3 ︻御膳︼︵祝︶ ︻御食︼︵万祝︶ 御酒御塩御奈麻須︵以
上万︶ 御歳 御年︵以上祝︶
4 ︻御船︼︵万︶ 御舶︵万︶ 御馬︵万祝︶ 御輿︵万︶
ウー ︻御所︼︵宣︶ ︻御前︼︵祝︶ ︻御座︼︵万宣︶ 御位︵宣︶
2 ︻御殿︼︵祝︶ 御舎︵祝︶ 御門︵万宣祝︶ 御陵︵万宣︶
御蔭︵万祝︶ 御影︵万︶ 御騒︵祝︶ 御在香︵万︶
3 御戸代︵宣祝︶ 御馬屋︵万︶ 御縣︵祝︶
工 御門︵万祝︶ 御苑布︵万︶ 御橋︵万︶
オ ︻御占︼︵宣︶
カ 用例見えず @ キ 用例見えず
以上の︑中国側のものと目本正格漢詩文体・記録体・和文体それ
ぞれでの異なり語数を表にしてみたのがく表IV︵70頁掲載︶である︒
また︑日本側のものを作品別に異たり語数をく表皿V︵同じく70頁掲
語にあらわれた発想の相違による和習 載︶として纏めてみた︒ すなわち︑ ︿表皿Vは延べ語数で示したく表IVのA7のうち中因本来の用法の枠内にあるものの異たり語数である︒ さて︑右に列挙したものから以下のようた点が注目されよう︒ まず︑目本正格漢詩文体では用例総数65のうち︻ ︼で括ったものは25例︑つまり全体の約40%が中国のものと一致するが︑記録体では同じく閉例中16例の13%︑和文体では86例中13例で15%が一致するにすぎない︒即ち日本正格漢詩文では︑中国と同じ文字列の語を使用する傾向が高いのに対して︑記録体・和文体では︑日本独自の文字列の語を創り出す傾向が高い︒ 次に︑和文体で中国側と同じものは︑記録体でのそれと大部分が
一致する︒即ち︑前掲和文体の例で︻ ︼が付いた﹁御名﹂﹁御魂﹂
﹁御覧﹂﹁御衣﹂﹁御服﹂﹁御膳﹂﹁御食﹂﹁御船﹂﹁御所﹂﹁御前﹂﹁御
殿﹂の例であるが︑これらは﹁御食﹂ ﹁御殿﹂を除き凡て正格漢詩
文でも多用されるものである︒しかも︑これらは特定の用法に偏在
するのではなく︑アー用法に﹁御名﹂﹁御魂﹂︑ア2用法に﹁御覧﹂︑
イー用法には﹁御衣﹂﹁御服﹂といったように各用法毎に配置され
たようた出方をしている︒この事は︑中国伝来の語の中で比較的多
用されたものが記録体の文章の中にも流れ込み︑更にそこで多用さ
れたものがっいには和文体の文章の中でも使われるになったという
六五
語にあらわれた発想の相違による和習
事情を推測させ︑さらに︑そうした過程の中で︑それぞれの用例に
おける﹁御﹂の具体的な用法︑例えぱ﹁御覧﹂という用例から動詞
の上に1冠してその動作が天子自身のものであることを敬い示すア2
用法を︑学び︑活用して︑﹁御用﹂﹁御若叡坐﹂などの目本的な語を
創り出していったであろうということを推測させる︒
また︑前掲アからキの各用法ごとの用例数にー注目すると︑例えぱ︑
アーの﹁天子自身の名・身体・親族関係の語に冠するもの﹂は︑中
国では﹁御名﹂ ﹁御容﹂と星巌の示した﹁御魂﹂が見出せるだげで
極めて少ないのに対し︑日本では逆に最も多い用例数を数えるもの
にたっている︒即ち︑日本側では天子の手・腕・足・脛・膝・髪・面
・鼻・歯たど身体部位のひとつひとつ︑あるいは祖・母・子から孫
アナスニ・足末までの親族関係に言及し︑それぞれに敬語﹁御﹂を冠してい
るのであるが︑これは日本に特徴的な敬意の表し方生言い得るよう
である︒星巌の﹁御魂﹂に人六が感じ取った日本臭は︑この辺にあ
るのであろう︒つまり︑それは語にあらわれた発想の相違による和
習と呼ぶべきものであったのである︒こうした中国と日本との感じ
方︑考え方の相違が逆に出るのが工の禁中関係の事物に冠する用法
である︒この用法は中国漢詩文と目本正格漢詩文では比較的高率で
用いられるが︑記録体・和文体では極めて少たい︒ただ︑目本でも
正格漢詩文では多数みられるから︑文体の影響も考えたげれぱなら 六六ないが︑﹁御苑﹂の林を﹁御林﹂と言い︑その中の木を﹁御柳﹂﹁御褒﹂などとひとっひとっ言わねぱならなかったり︑禁中の溝を﹁御溝﹂と言い︑そこを流れゆく水までを﹁御水﹂と言い︑あるいはこれら全体をっつむ禁中の佳気を﹁御気﹂と言うのは我火には理解しがたいことである︒天子専用の建物場所に冠するウ3用法が日本で少ないのも同様の理由からであろう︒ 仔細に前掲のアからキまでの用例列挙を検討すると︑この他にもいろいろと興味深いことが窺えるようだが︑割愛する︒ただ︑ ﹁天子の命令によって行う事物に冠する﹂オ用法のように︑目本ではほとんど定着したかったものもある︒恐らく﹁勅﹂の語が一般化したためであろうと考えられるが︑このように他の語との競合を考慮し次げれぱたらたい面もあることを忘れてはなるまい︒
4
前述のごとく︑また表ーあるいは前掲の用例列挙を一覧してもわ
かるように︑日本ではア用法の多用が目立っが︑本来︑そのア用法
に属すべきものであるにもかかわらず︑﹁御﹂の冠するものが︑﹁天
子・諸侯に関する事物﹂ではたく︑それ以外の者の事物に冠されて︑
異例となったものがある︒それらは︑次の四っの場合に分げて考え
られるようである︒
その一︑中央貴族・地方豪族の娘・異国の皇族・大僧都など︑天
子・諸侯の持つ天下を御する老としての資格が稀薄であったり︑全
く無い地位にあるが︑ある程度の身分の高さを持っ者に対して使用 @された例︑
¢太政大臣禅位御位 ︵続日本紀︶
藤波の花は盛りにたりにけり平城の都を御念や君
︵万︑三−三三〇︶
天皇上幸之時︑黒日売献二御歌一日 ︵仁徳記︶
@︵天皇︶欲レ寵二清彦一而召之賜二酒於糾肝一 ︵垂仁紀︶
東大寺沙門大僧都御文 ︵性霊集︶
は防人司佑大伴四綱の作であるが︑ ﹁君﹂は澤滝久孝氏によれぱ ◎大伴旅人を指すかとされる︒@の黒日売は吉備海都直の娘で仁徳帝 ウ タの寵愛を得た女性であるが︑この例を﹃古事記伝﹄では﹁御歌﹂と
ノ ノ訓み︑ ﹁御字術か︑はた︑此下に字の脱したるか﹂と語しがる︒御
の下に﹁所﹂や﹁前﹂などの字を補うべきだと考えたのであろうが︑
﹁御の字のこと︑もろこしにては︑その国の王の事ならではいはず︑
臣下にいへることなし︑此字すなはち王の事をさしていへるが如
@し﹂云々という指摘をする宣長には︑本来の用法をみだりに乱用す
べきではないという主張があるように感じられる︒@の清彦は新羅
王子天日槍の曽孫︒
語にあらわれた発想の相違による和習 その二︑父母を尊んで使用された例︑ @⁝・−香ぐはしき親の御言朝暮に聞かぬ日まねく⁝・−真珠の見 が欲し御面直向ひ見む時までは 松柏の栄えいまさね 尊き 吾が君 ︵万︑十九−四ニハ九︶ の垂乳根の御母の命 ︵万︑十九−四二一四︶ @奉レ資レ爲二二所御霊等一 ︵性霊集︶@のは大伴家持の作で︑@は妻坂上大嬢に代って︑京にいます﹁尊母﹂坂上郎女に贈る為に作ったもの︑¢は娘葺が﹁慈母﹂を勲イて患うるのを弔ったものの中にある︒@は﹁有る人︑亡親の爲に法事を修する願文﹂の中にあるもので︑ ﹁二所﹂は父母を尊んで言った言葉である︒ その三︑祝宴︵新室寿ぎ︶の場で︑その家長や年長の者に対して使用した例︑ @天皇次起︑白整二衣帯一︑爲二室壽一日︑築立稚室葛根︑築立柱者︑ 此家長御心之鎭也︒取撃棟梁者︑此家長御心之林也︒取置橡櫨 者︑此家長断小之粛也︒取置藤荏者︑此家長卸小之林也︒取結 縄葛者︑此家長御壽之堅也︒取葺草葉者︑此家長御寓之鉄也︒ ︵顕宗紀︶
ゆ新室の壁草刈りに御座給はね 草の如寄り合ふ少女は 君がま
にまに ︵万︑十一−二三五一︶
六七
語にあらわれた発想の相違による和習
品作 /
// 法用●味意
数語べ延u易法用味 文詩漢国中 大 学中 庸論 語孟 子易 経詩 経書 経春 秋
礼記
老 子
荘 子
史記 A
1スラ團
ム止・フグ抑
防・ 2馴1・術ルルヤヤ・ヲフ車使馬ヲ・
馬者 3フ用●フ使い
榊
一−一 4司ルヰ率い町官 5ブ統●ム治
一2
丁
21411 1
1 6ヲ為行フノイ侯ト諸御・テ子ツ天敬
1
3 1−.1←︵00リ421■FO 一2
4
1 22
1
1 1 7辞頭接語敬1
2 B1
フ侍従近
フ妃迎侍
リム侍進
4
1
10101■1■
1 2グアシサスラム参勧
23 C
イ
フ縄
■ム臨 口ハ
ス致
●ヌ聰ダ
●フ窺 妻●
時
1 D
ーイ
リ有
●リ居
ト
ム攻 1E
辞尾接
2
1 1F
名人
名他地の・そ名・職名
隔
61
2
4
1
5 計合102226142325111
81
■
u一石
○す示を数の 六八 の顕宗紀の例にっいては︑すでに若槻敬の﹃畏庵随筆﹄で︑ ﹁弘計王︑播磨忍海都細目が家にひそまりまして起舞し給ふ︒室壽の詞に︑家長御心云々︑家長御壽云々︑家長御富云々とあれぱ︑いにしへもただ人たれども︑子弟憧僕より其長
上のことをいふに︑御心・御壽・御當な
どと御の詞をいひけん︒﹂と︑注意され
ているものである︒@の例もまた新室寿
ぎに歌われたものの一種で︑歌中の﹁君﹂
は特定の人を指すものではない︑と言わ @れている︒
その四︑恋人に対して使用された例︑
@この岡に草刈る小子然た刈りそね
在りつつも君が来まさば御馬草にせむ
︵万︑七−二二九︶
@足玉も手珠もゆらに織る機を君が御
衣に逢ひ堪へむかも︵万︑十−二〇六五︶
@住吉の小田を刈らす予奴かも無き
奴あれど妹が御為と私田刈る
輔文一
羽去ノfu易品作
1・表 寺言P
漢
格
正本
日
三教指帰二−一
了一性 霊 集裏 風藻凌 雲集
文華秀麗集
経 因集
菅家文草
一1T
1 2 1512
28
7 一8 2 T7 一︒
T
・一一〇
丁 丁 丁
一−・
丁
日本正撞口 詩文十言口
体
録
記 風 土記
上官法王帝説
万題 葉司左集注
古語拾遺 高橋氏文
日本霊異記
記録体合計
体文和 祝詞宣 命 一61了丁丁・一胴
364
1
25
od
21
86
22 1114 7128931172239nz501133612 21
11 1
1
1 1 3010
一3一3
4 4
u
21
4
扁 万 −
一・︒丁 丁
721334扇 −
詞名は数のり寄下を数の詞動は数のり寄上で欄の法用イDイC2!B6〜1A︶注︵語にあらわれた発想の相違による和習 ︵万︑七−一二七五︶
@豊因の企玖の池たる菱の末を採むと
や妹が御袖濡れげむ
︵万︑十六−三八七六︶ わけ @戯奴がためわが手もすまに春の野に
抜ける茅花ぞ御食て肥えませ
︵万︑八−一四六〇︶
@は紀女郎が大伴家持に戯れて贈った歌
であるが︑これに対する家持の﹁わが君
に戯奴は恋ふらし賜りたる茅花を喫めど
いや痩せに痩す﹂という返しをみると︑
戯れでも一応の恋人関係を想定できると
みて︑ここに入れる︒この@と◎@とは
女性が男性を思って歌ったものであり︑
いささか尊敬の念が混じっているとみる
こともできようが︑@@の男性が女性を
恋うた歌では︑全くの愛情から﹁御﹂が
使われているとみることができよう︒
以上が本来の用法の枠外にある凡ての
例であるが︑ ﹁その一﹂から﹁その四﹂
六九
数語りな異u男体文
●1表 語にあらわれた発想の相違による和習体文 文文体詩 体
詩
漢 漢格録正 文 法 国本中日用 記和 12115381
ア
1
15911023■584138421122
147217
1
2 18191710 イ
1
11631182115311つd3316217
15
1
41 1314
117774
1313
1
ウ2 91020161 17
61
1
171 1
333 13
工土王6一9一2一2一3一3 オ5一5一︒一︒一︒一︒一
1丁
カ︑一4一3一5一︒一︒一︒一︒
キ 1一1一4一6一︒一︒一︒一︒
数率数率数率数率語語語語り分り分り分り分なななな異百異百異百異百 00刈数総語りな異ので体文のそ/数語りな異=率分百︶注︵ 七〇
数語り
な異U口〃
品作
●皿表 法用 日口
作
アイ
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2
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4
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3
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計
合 コu コじ赤 示帰ヒ日集藻集集麗集草集記記説帝注左遺文記異文詞命
書本本日日続チ教文後皇法詞題拾氏 歌和
霊風雲秀華国事土家家橋 霊本石
宮上 集葉語 集葉
三性懐凌文経菅菅古風万古高目金祝宣万
・丁一
− 一 一 一 一
・・土
︑一1一︑一1一・一3丁一■5一︑一
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2一1一1一11・・ 9一1一7一2一︑一1一 3399016111一 − i 一 一 ・
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一1・ − − 一 一 一
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へ︑ ﹁天子・諸侯に関する李物に冠する敬称﹂であった御が︑畏敬
から単なる尊敬へ︑敬愛から親愛へと変化し︑ついには恋人問の愛
清からも使用されていく有様を見てとることができる︒後世目本で
一般的にたる丁寧用法はいまだこの時代には発生してはいないよう
だが︑この方向の上に生まれるものであろうという推測はつく︒こ
うした敬語接頭辞﹁御﹂の意味が尊敬から丁寧にまで変化するのも︑
やはり目本的な考え方︑感じ方に因るものと思われる︒従って︑こ
れも語にあらわれた発想の相違による和習のひとっと見て良いだろ
うo
5
本稿では︑敬語接頭辞﹁御﹂の用法︑またそれを冠した語を扱い
たがら︑発想の相違による和習主言うべきものを︑用字法の観点か
ら考えてみたわげだが︑具体的には次の四っの点をあげたことにな
る︒ 一 ﹁御﹂の字には様々な意味・用法があるが︑その中で敬語接
頭辞用法は︑中国では極めて稀たものであるのに対し︑目本で
は最も多用される用法である︒これは︑日本正格漢詩文体にお
いてすでに︑そのような状態にあり︑単に文体差に1よるもので
はないことを窺わせる︒
語にあらわれた発想の相違による和習 二 目本で多用されるこの用法の﹁御﹂は︑特に︑天子自身の身
体・精神・親族関係の語に冠する場合が多いが︑これは︑目本
的た感じ方︑考え方を反映したものと考えられる︒
三 本来︑敬語接頭辞﹁御﹂は︑天子・諸侯に限って使われるも
のであるが︑日本では︑多用される身体・精神・親族関係の語
に冠する例を中心に︑一般貴族・年長者・父母さらには恋人に
対して使われるものがある︒この時︑敬称﹁御﹂はその敬意度
を低め︑更に愛情を表すものに変化しており︑この方向が後に
丁寧用法を派生さすものと推測される︒
四 一方︑個々の語に︐っいてみれば︑純粋の漢語であっても︑日
本で多用されるうちに目本的語感をまとっていった﹁御膳﹂
﹁御殿﹂などや︑中因本来の﹁御﹂の用法を踏襲してはいるが︑
新しく目本で創り出された﹁御歯﹂﹁御母﹂﹁御蔭﹂たどの例を
和習として指摘できることになる︒
たお︑本稿では扱わなかったが︑敬語接頭辞用法﹁御﹂と考えら み ち みさきれている次のような例がある︒﹁御路﹂﹁御崎﹂など地彩に冠するも
みかんなぎ みのりの︑﹁御巫﹂﹁御法﹂たど神砥・仏教関係の語に冠するものがそれで みあるが︑これらの用法の成立には︑その訓みである﹁み︵霊と同根︶﹂
が特に深く関係しているようであり︑ ﹁御﹂という漢字自体の意味
・用法をみょうとする本稿では︑異たる要因が働いたものとして除
七一
語にあらわれた発想の相違による和習
外した︒こうした例を含め︑ ﹁御﹂という漢字自体の持つ意味・用
法と︑その訓みとなった和語の持つそれとの関係については別稿の
主題とたるべきものであろう︒
◎神田喜一郎﹁和習談義﹂︵﹁文学﹂昭41・7︶による︒
﹃国語学辞典﹄︵国語学会編 東京堂出版︶﹁和習﹂の項︒
@ 注◎に同じ︒
﹃大漢和辞典﹄︵諸橋轍次著 大修館書店︶﹁御﹂の項︒
@使用したテキストは︑岩波文庫﹃論語﹄﹃孟子﹄﹃易経﹄︑全釈漢文大
系﹃文選﹄︑その他の漢籍は新釈漢文大系︒日本古典文学大系﹃懐風藻﹄
﹃文華秀麗集﹄﹃三教指帰﹄﹃性霊集﹄﹃菅家文草﹄﹃菅家後集﹄︑群書類従
﹃凌雲集﹄﹃経国集﹄︑新訂増補国史大系﹃日本書紀﹄﹃続目本紀﹄︵以上
正格漢詩文︶︒日本古典文学大系﹃古事記﹄﹃風土記﹄﹃日本霊異記﹄﹃万
葉集﹄題詞左注︑汲古散人元禄九年校正版本﹃古語拾遺﹄︑伴信友﹃高
橋氏文考注﹄︑寧楽遺文所収﹃上宮法王帝説﹄︵以上記録体︶︒新訂増補
国史大系﹃延喜式﹄巻八祝詞﹃続日本紀﹄所載宣命体詔勅︑日本古典文
学大系﹃万葉集﹄和歌︵以上和文体︶︒
@ 拙稿﹁六国史におげる﹃御﹄という字の動詞用法について﹂︵﹁同志杜
国文学﹂u︶︒
@ A1用法を原義用法とするものは﹃説文解字﹄たど多数︑B1用法を
取るものは﹃角川新字源﹄である︒
@記録体・和文体で︑A5用法︵統御する意の動詞用法︶が目につくが︑
この用例も時代を降ると敬語接頭辞用法へと変質していくものである︒
即ち︑すぺて﹁御宇﹂の形で出るもので︑平安中期頃迄は﹁アメノシタ
シラシメス﹂という語を表記していたものが︑﹁標二陛下之御宇一﹂︵続紀
天平宝字元年八月乙丑︶﹁在二昔天豊財重目足姫天皇御宇一﹂︵日本後紀弘 七二 仁六年六月丙寅︶﹁昔崇神天皇御宇七年﹂︵石清水文書長保二年︶たどを 古い例として﹁統治している期間﹂の意味で﹁ギヨウ﹂あるいは﹁みよ﹂ と読まれるようになる︒﹃吾妻鏡﹄まで降ると﹁御宇﹂の用例すべてが ﹁み代﹂の意味で﹁ギヨウ﹂と読まれている︒@ 一部分については前稿︵注@︶で考察を加えた︒@官職名として省いたのは 6御蕾 46御妓 73御警 84御佐 89御妻 蝸御士 閉御史 則御師 甘御泰 蜘御者 舳御人 蝸御正 螂御属 醐御帳官 蝸御杖 胴御女 鋤御馬監 郷御伯 湖御僕 蝸御旅 蜘御営使@動詞の意味あいが濃いために省いたのは 8御宇 蝸御正 醐御政︵以上﹁治﹂の意味︶ 蝸御策 m御者 跳御轡 舳御奔︵以上﹁駅﹂︶ 85御坐 95御在 66御見︵以上﹁侍﹂︶ 峨御書 醐御叙︵以上﹁進﹂︶ 54御極︵﹁臨﹂︶@ 例えば︑この﹁御食﹂のようにイ3用法とヵ用法の二っに掲げるもの は︑﹃大漢和辞典﹄では◎@たどと区別しているが︑本稿では特に■それ を明記しなかった︒@たお未詳として︑脇御簗 蜘御持が残った︒@ テキストとして﹃寧楽遺文﹄﹃古京遺文﹄を用いた︒@ 日本側では︑この他に役職名等として︑御軍・御伴・御方・御民・御 奴.御馬甘などがあり︑これらも一項をたてるべきであるかも知れたい が︑中国側の方で官職名を除外したので︑それに合せ省いた︒なおま た︑御幣・御調・御薪たども﹁御﹂に﹁進﹂の意味があるのではたいか という判断から項目立てをしなかったが︑やや間題が残るところであ る︒
@林笠翁﹃仙台間語﹄に﹁御ハ統御ノ字ニテ︑天子ノ外ハ不レ用ハ︑和
漢皆然リ︒今時ハ何事ニモ用ヒ︑至テ微賎ノコトニモ用ユ︒御大老︑御
老中ナド官職ニモ称ス︒鎌倉年中行事二御袋様︑御台様トハ有ドモ︑御
管領︑御奉行衆ナド称スルハ無シ︒太閤記︑賠臣実録ニモ︑御宿老︑御
四奉行トハ不レ称︒﹂とある︒
@ ﹃万葉集注釈﹄
@ ﹃玉勝問﹄
@中村憲吉﹁短歌輪講﹂︵﹁アララギ﹂第墨巻第6号︶︑ただし澤潟久孝
﹃万葉集注釈﹄による︒ 執筆者紹介広田 収⁝⁝同志杜香里中・高校教諭行u広之−⁝・本学大学院︵修土課程︶昭和五十三年度修了生山田和人⁝⁝本学大学院︵修士課程︶昭和五十三年度修了生
小西推子⁝⁝本学昭和五十三年度卒業生
占野政治⁝⁝京郁府立東陵高佼教諭
投 稿 規 定 き
六杜大学国文学会機関誌﹃同志杜国文学﹄は︑会
員の研究発表の場であります︒ふるって御寄稿下さい︒
枚数は︑四百字詰︑三十枚以内︒
第十七号締切 昭和五十五年三月末
猟十八号締切 昭和五十五年九月末
いずれも締切日は厳守して下さい︒
ただし︑掲載論文の数にも限度がありますので︑取
捨選択は編集委員会にお任せ下さい︒
語にあらわれた発想の相違による和習七三