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著者 立石 孝夫

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《ワールドワイドビジネス研究センター主催・講演 会》わが国の海事仲裁の現状と国際化への課題

著者 立石 孝夫

雑誌名 同志社大学ワールドワイドビジネスレビュー

巻 4

ページ 101‑117

発行年 2003‑03‑31

権利 同志社大学ワールドワイドビジネス研究センター

URL http://doi.org/10.14988/re.2017.0000015866

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《ワールドワイドビジネス研究センター主催・講演会》

わが国の海事仲裁の現状と国際化への課題

講師:立石 孝夫氏(日本海運集会所)

日時:2002年12月9日(月)13 : 15〜14 : 45 場所:扶桑館2階マルチメディアルーム2

《講師紹介》

たていしたか お

立石孝夫氏(1954年5月生)

1978年3月 東京外国語大学イタリア語学科(国際関係コース)卒業 1978年4月 社団法人日本海運集会所 入社

1991年9月 日本海運集会所 香港事務所長 1998年4月 日本海運集会所 仲裁部長代理 2003年4月 富山大学経済学部教授(国際取引法)

《主要研究業績》

「海上貨物クレーム」−貨物損害と運送人の責任−(共訳)(1983年・日本海運集会所)

「定期傭船契約上の船主と傭船者の争い」(1)(2)(1999年,2000年・海事法研究会誌152号38頁,154 号76頁)

「経済システムの転換に見る紛争解決方法の変容」−和解に大きく舵を切る英米仲裁,当所の「インターネ ット仲裁」にも注目集中−(2002年・海運893号72頁)

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《はじめに:講師の紹介》

立石様は1954年のお生まれで東京外国語大学のイタリア語学科をご卒業になられました。

その後日本海運集会所(この日本海運集会所につきましては立石様からご説明していただいた 方が良いかと思いますので,後ほどお聞きすることにいたしますが)に入社されまして世界各 地でお仕事をなさっておられます。香港,ニューヨーク,パリ,ロンドン等にもしばしばお仕 事でご出張なさっておられます。現在は仲裁研究会という,新しい仲裁法案について提案をな されておりますが,その仲裁研究会の委員,日本海運集会所のビジョン委員会の委員長もなさ っておられます。今までのご活動といたしましては,1996年に国際海事仲裁人会議,2000年 にはロンドン国際仲裁裁判所の香港シンポジウム,近いところでは2001年に名城大学の創立 75周年記念のシンポジウムでも講演をなさっておられます。お書きになられました論文も多 数ございますが,私の方で理解できる範囲で申し上げますと,海上貨物のクレームの問題を扱 われた論文とか,あるいは定期傭船契約上の船主と傭船者の争いに関する論文,それから経済 システムの転換に見る紛議解決方法の変容,実はこれはインターネット仲裁,という新しい分 野についてのご研究でもございます。主なものだけをご紹介させていただきましたが,以上の ようなところでございます。それではただ今から立石様にご講演をお願いいたします。

《講演》

皆さん本日は,寒い中ご苦労様です。それでは早速始めさせていただきます。今,上北先生 から海運集会所の説明というお話がございましたが,おいおい後の方で説明いたしますので,

とりあえず仲裁制度の歴史からお話しします。

Ⅰ.歴史的に見た仲裁の位置づけ

1.わが国の仲裁の歴史

わが国に仲裁法が初めてできましたのは明治23年(1890年),今から100年以上前です。

主にドイツ法,フランス法を真似て民事訴訟法をつくり,その中に仲裁法と民事調停の規則も 定めたというのが始まりだと思います。したがって,仲裁は110年くらいの歴史があるのです が,この旧民事訴訟法の中に規定された仲裁法というのはまだ改正されておりません。つま り,仲裁で使われている日本の仲裁法というのは1890年に生れたもので,まだ一切改正がな されていないということで大変古い。実務がそれよりはるかに進んでしまったということだと 思います。そこで,今,仲裁法を改正する作業が進められているというのはご存知のとおりだ と思います。最も早ければ次期通常国会に新仲裁法案が上程され可決されることになっていま す。

日本海運集会所は海事紛争の解決を行うわが国で最も歴史の長い仲裁機関です。海上を船が

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貨物を運ぶわけですが,その時に貨物が損傷を負ったり,あるいは延着−貨物の到着が遅れた りといった問題,あるいは保険によって貨物損害がカバーされるのですが,その時に保険者が 代位請求権を得て運送人に請求するといった争いを,仲裁で解決しようということを始めまし た。これが1926年です。この時から数えますと76年間にわたって海運集会所が規則を作って 機関仲裁を行ってまいりました。ただし,実は海運集会所の前身に神戸海運業組合というのが ありまして,これが1912年に仲裁を開始しております。この神戸海運業組合の仲裁業務を海 運集会所が引き継いでおりますので,機関による仲裁というものの日本の歴史は何年かという と大体90年間になり,これは海事紛争の仲裁の歴史であるとも言えるのです。

先ほど1890年に仲裁法が制定されたと言いましたが,しばらくは,おそらく特別の機関で はなくて,ad hoc−個別の仲裁,機関によらない仲裁,あるいは裁判所がらみの仲裁というも のが行われていたと思います。その後,10数年たってから民間レベルの機関仲裁がスタート し,今年で90年たっているということです。元々1890年の旧民訴法ができる前は,正式な紛 争解決手段としては裁判しかなかったのですが,その時に仲裁制度ができ仲裁が行われるよう になった。それから斡旋というのもあります。ここでの意味は,仲裁手続の中で仲裁人が和解 したらどうですかと,当事者を斡旋するという慣行です。これもかなり初期の段階から,機関 仲裁で仲裁人が当事者のクレームを聞き,最終的にどちらが悪い,いくら払いなさいという仲 裁判断を出していく前に,これは和解で解決したらどうですかと斡旋するもので,歴史的にか なりの頻度で行われてきましたし,現在も行われております。それから調停は,裁判所に申し 立てる訴えの前の和解とか,あるいは裁判所での調停,さらに行政レベルや民間の仲裁機関で 行う調停を含みます。

2.わが国における仲裁の特徴

先ほどわが国においては和解,斡旋がかなり多いと言いましたが,このグラフを見ていただ きますと分かります。最新の統計ですが,海運集会所で1989年から2002年までに181件の仲 裁案件を解決しました。一番多いのが仲裁判断を出したケースで,80件,44.2パーセントで す。仲裁人が当事者のクレームを聞き,どちらが悪い,どちらがいくら払いなさいという仲裁 判断までいったケースが四割以上を占めます。それから二番目に多いのが取り下げで59件,

32.6パーセントです。三番目は和解で42件,23.2パーセントとなっています。これが,仲裁 判断までいかずに途中で和解するという案件で,ほぼ4件に1件くらいは和解が成立していま す。

少ないようですが,ここでもう少し統計を深読みしていただきたいのは,では二番目の取り 下げは何なのかということです。取り下げの中身をもう少し詳しく見ていきますと,意外な事 実が解ってまいります。それはなぜかと言いますと,私が調べた限り,取り下げのケースで は,ほとんどの場合,当事者がとりあえず時効を中断するために仲裁を申し立てる。裁判上の

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訴えを提起すれば時効は中断しますが,仲裁を申し立てても時効は中断しますので,合意に基 づいて仲裁を申し立てて時効を中断した後,当事者間で交渉をして和解を成立させ,仲裁申立 を取り下げるという手法です。つまり二番目と三番目をあわせた約56パーセントは仲裁判断 を必要としないケースです。二番目はとりあえず和解をめざして交渉する,あるいは三番目で は仲裁の過程で仲裁人の斡旋または当事者の意向により和解する,ということです。したがっ て,日本の海事仲裁の過半数が仲裁を申し立てた後,和解で決着しているといってよいと思い ます。この事実は注目に値するのではないでしょうか。

そこで,なぜ日本の仲裁においてこれほど和解が多いのか,半分以上が実質的に和解で終わ るのかというところを探っていきますと,私の到達した結論は,仲裁人がいわゆる日本的な職 権主義−職権で事実関係を調査すること−という立場をとった結果,和解の成立頻度が高くな るということです。この点について,順次説明します。

Ⅱ.世界的に見た紛争解決方法の変容

1.当事者主義vs職権主義

これは日本的な特徴ですが,では世界的な特徴は何かと言いますと当事者主義です。英米,

いわゆるcommon lawの国でとられている手続である当事者主義の仲裁においては,和解が成

立しにくいということがあります。それはどういうことか。当事者主義というのは弁論主義で あり,当事者が互いの権利を実現するために,主張・立証を戦わせることに本来の意味がある ので,譲り合いをする和解交渉とは本質的に相容れないものだからです。一方で,仲裁人も当 事者の主張・立証することだけに基づいて判断すればよいというのがcommon lawの当事者主 義の建前ですので,仲裁人は手続について積極的な役割を担わず,したがって和解を斡旋する こともない,ということになります。

そして,当事者主義では手続を当事者まかせにするものですから,延々と仲裁が長引き,費 用も高額化することになります。common lawの限界,英米で行われている仲裁制度の限界と いうのは,そこにあると思います。しかも近年裁判所が調停制度を導入したものですから,裁 判所の方が短期,低額になってしまったということもあります。そしてもう一つ大事なこと は,common law的な当事者主義の仲裁アプローチでは,仲裁人は追加の質問をしたり,こう いうこともあるのではないかと事実を究明するために自ら調査したりということをまったくし ない。当事者が主張・立証する事実に基づいてだけ判断すればよいのだということで,わが国 民訴法でいう釈明権とか釈明処分というものを行わないというのが英米の立場です。そして私 の見るところ,こういう手続を行っていると当事者の利益が損なわれていく。

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2.コモンロー国のアプローチの弊害

その一例を申し上げます。例えば,仲裁を申し立てるためには当事者間に有効な仲裁契約が なければなりませんが,それが存在しない場合どうなると思いますか。英米のアプローチです と,当事者が仲裁契約が有効かどうか主張したり反論したりしない限りは,仲裁人はその問題 は存在しないもの,当事者間には有効な仲裁契約が存在するか否かという争点がないものとし て判断して,賠償責任を決めていくのです。そうすると,せっかく仲裁判断が出されても,仲 裁契約が無効の場合に出された仲裁判断というものは拘束力を有しません。執行できません。

せっかくお金をかけて長い時間をかけて仲裁判断をとったのに,それを執行しようとしても,

仲裁契約無効ということで判断が取り消されることになります。そういうことが実際に英米の 仲裁では起こっていると聞いております。これはどう見ても不当で,当事者の利益に反するの ではないかと思われます。

一方で日本的なアプローチ,いわゆる職権主義をとる仲裁というのは,そのもっとも初期の 段階で,当事者間に有効な仲裁契約が存在するのかしないのかを,当事者がそれを主張しない 場合であっても,仲裁人自らが調査する。つまり自分の権限でその問題を判断し,もし有効な 仲裁契約が存在しないと判断される場合には,そのまま手続を進めて仲裁判断を出してもむだ となり,判断は執行されないわけですから,申立を却下します。そして,当事者の利益あるい は司法正義というものを実現していく制度になっていると思います。

ただし,英米においても,仲裁契約がないのに仲裁人が仲裁判断を出してしまうと,結局は 当事者の利益が損なわれることや,仲裁人が積極的な役割を演じないために当事者が延々と主 張して,手続が長期化,高額化してしまうことがあるので,職権主義をある程度とった方がよ いのではないかという認識は進んでまいりました。common lawの国においても職権主義の有 益性は認識されつつあるのです。

3.職権主義と和解

それでは,元に戻って日本的な仲裁のアプローチをもう少し詳しく説明します。冒頭の方で 申し上げた,なぜ日本の仲裁で和解が多いのかというところに踏み込んでまいります。common lawのアプローチに対する日本のアプローチがあって和解が進むという結論なのですが,そこ をもう少し説明していきたいと思います。

申し上げたように1890年に旧民事訴訟法が制定され仲裁制度が導入されたのですが,それ までに日本の国民が好んできた紛争解決方法というのは,どうやら和解だったのではないでし ょうか。江戸時代まで遡りますと,内済という和解手続が頻繁に行われ,紛争についてクリア カットの結論を出すのではなくて,名主とか奉行所役人とかが間に入って両者を丸く納めると いう制度が使われました。明治の旧民事訴訟法が制定される前には勧解という和解手続がよく 利用されたと言われておりますが,和解によって紛争を納めるという制度が非常に活発だった

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という背景には,それを好む国民性があったのだと思います。海運集会所の仲裁案件の統計に も表れているように,当事者が和解を好むから和解の成立頻度が高いということが一つあると 思います。

一方で,先に申し上げたように,仲裁人も職権主義をとって,当事者が主張・立証しないこ とでも,例えば仲裁契約が有効なのかどうか,あるいは争点となっている事実は本当にそうな のか,あるいは損害額はいくらと言っているけれど本当にその損額額が正しいのかどうかとい うことを,仲裁人自らが職権で調査していくという実務慣行があります。これが日本の仲裁の

common lawの仲裁に対する特徴の一つだと思います。海運集会所の仲裁規則では第22条に

規定されています。それで,ここが重要なのですが,職権で仲裁人が事実を探知した結果,ど うもこれはいわゆるグレイだと,義務違反あるいは賠償責任があるかないかどちらともいえな いという案件があります。例えば船で貨物を運んだとします。その時に運送人である船会社も 貨物を取り扱いますが,荷主もパッキングを十分にしなければならないというふうに,両者が 義務を負っているのです。そして,貨物に損害が出た場合に,パッキングが悪かったのか,あ るいは運送時の取り扱いが悪かったのかどちらともいえない,両者が競合した結果損害が出て いるという場合があります。その場合,例えば荷主は,運送人が貨物を取り扱うときに乱暴に したのが唯一の原因だと一方的に主張し,損害額がいくらだと証明してくるのですが,仲裁人 が職権で調査した結果,どうやらパッキングも悪かったというようなことになると,どちらが どれだけその損害について責任割合があるかという問題は非常に難しくなってくる。例えばで すが,このように賠償責任はある程度は運送人にあるけれど,損害額をどう認定するか非常に 難しいという場合には,和解で解決したらどうですかということを当事者に勧めます。もちろ んそれは強要しませんし,当事者が和解を望まなかったり,和解が不調に終わったりした場合 には,仲裁人は法律判断により損害額を認定していきます。ただ,当事者が望むのであれば,

和解による「賠償額の歩み寄り」がよいのではないですかという和解勧試を行うのです。これ は仲裁規則の第27条に規定されています。

つまり紛争の解決方法として,争いに白黒をつけるよりも利益の調整−当事者にとって真の 利益は何かという観点から,歩み寄りの手伝い(和解の手伝い)をしていく日本的なアプロー チは有益だと考えられるのです。そしてそういう日本の伝統的なアプローチ,職権によって真 実を探求していく,あるいは和解を進めていくということは,実は国際会議などに出ておりま すと,最近よく議題に上ります。日本や中国で行われているように,職権調査により仲裁人が 真実を探求していくことによって,当事者の利益が調整されるのだということが主張されてお ります。

第1段階はここまでですが,日本の仲裁,特に海事仲裁の特徴として,職権主義をとって事 実を仲裁人自らが探知することによって和解が進む,和解を勧める。あるいは日本の国民性と して,どうやら歴史的にも和解を好むということがあるのではないかというお話をさせていた

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だきました。

Ⅲ.紛争の 予防 の意義

次にまいります。最近,また別の観点から見ますと,もともと紛争を予防するほうが当事者 にとって,よりメリットが大きいのではないかということが大変クローズアップされてきまし た。背景として主に英米で,先ほど申し上げたような理由から仲裁の費用がものすごく高くな って長期化していることがあり,紛争は予防したほうがよいのではないかということが認識さ れてまいりました。

そこで,オンラインDRM(Online Dispute Risk Management)という手法が近年注目されて おります。内容を申しますと,まず契約書条項をきちんとしようという発想があります。物品 の売買契約とか,物品の販売代理契約,あるいは海運では船をチャーターして物品を運ぶ傭船 契約というのがあります。そのようなさまざまな目的に応じ,標準契約書というものが必ず制 定されています。海運集会所では小さなパンフレットに書いてありますように,約40書式の 標準契約書を制定しております。標準契約書を制定する主目的は,紛争を防ぐことにありま す。当事者が実務だけによった契約条項をつくっておりますと,必ず紛争が出てきます。標準 契約書は,法的に意味があり,多義性や齟齬を排した条項となっており,さらに慣行などを反 映して当事者の利益のバランスがはかられていますので,そうした標準契約書条項をデータ・

ベース化して,当事者が契約書作成時に随時参照できるようにしておけば,紛争の発生頻度を 低減させることができるといえます。

次にオンラインDRMの重要な項目としては紛争の事例,判例のデータ・ベースですね。先 ほど船で貨物を運んで損傷が出たという仲裁案件を紹介しましたが,同じような状況で争われ た先例というのは数限りなくありますので,そういう先例をデータ・ベース化しておくことに よって,それを参照した当事者が自分で紛争の解決方法を判断していくことができる。極端に 言えば,裁判とか仲裁に行かなくてもよいのです。したがってオンラインDRMは,当事者が 自分で契約書は大丈夫か,問題点を発見し改善でき,一方でクレームが出た段階でも,先例が こうなっているのだからこういう案で和解しませんかというふうに当事者間で交渉することを 可能にするのです。これが一番安上がりで早いと思います。

海運集会所でもこのオンラインDRMをインターネットのホーム・ページ上で始めました。

会員のページというところに,海外判例1800件が日本語に要約されて入っております。それ からトラブル相談Q & A,いわゆる最近でいうFAQが250件,また海運集会所がこれまでに 出した仲裁判断が最新のものから160本入っており,仲裁契約の当事者が妥当な解決策を自ら 探り,利益の調整をはかれるようにしています。

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Ⅳ.海事仲裁,ADR の実際

1.仲裁手続の特徴

それでは,海事仲裁・ADRの実際に話を進めます。海運集会所でどのような仲裁判断を出 しているかにつきましては,3件の最新の仲裁判断をご紹介します。

まず,海運集会所の仲裁の特徴を申しますと,仲裁人の後見的役割と賠償額の認定面で特徴 を持っています。

海運集会所の仲裁規則の特徴としましては,費用の予見可能性というのがあります。仲裁費 用が請求金額に応じてタリフ化され,表になっております。たとえば請求金額が5200万円の 場合,仲裁費用は当事者それぞれ77万円になります。高いようですけれど世界的に見て安い 方です。しかも予見可能性というからには,当事者はこれ以上は一切払わなくてよいというこ となのです。つまり,請求金額が5200万なら各77万円納めていただくのですけれど,この中 に仲裁人の謝礼や,審問=ヒヤリングの費用・会議費,管理料,さらに仲裁判断の交付料など すべてが含まれております。77万円払えば全ての手続が終わり,仲裁判断がいただけるとい うことで予見可能性がある。欧米などでは一部タリフ化されておりますが,仲裁人の費用に上 限がないものですから,時間がかかればかかっただけ一時間につき,たとえば3万円といった 仲裁人の謝礼が必要となります。そういったことで,世界の一般的な仲裁では,費用がいくら かかるかわからないというデメリットがあるのですが,海運集会所では予見可能性がありま す。

次の特徴は,仲裁人の選任方法です。規則第14条に書いてありますが,希望仲裁人をノミ ネートできる。これは仲裁の大きな特徴だと思います。裁判と比較しますと,皆さんが不幸に して裁判所に訴えなければならない,あるいは訴えられてしまった場合は裁判官を選べませ ん。裁判所がこの案件については誰々と,裁判官を決めるわけですが,仲裁のメリットという のは仲裁人をある程度ですが自分で選べるという特徴があると思います。

他の特徴としては,実務家の仲裁人が実務的な判断を下すことや,手続が公開されない,つ まり第三者は傍聴できませんので秘密が保持される。あるいは手続について当事者が原則とし て自由に合意できる柔軟性がある。裁判所の規則は決まっておりますので,それに従わざるを 得ませんが,仲裁であれば当事者が合意しさえすれば基本的には何でもOKと,それは良し 悪しですが,そういった面もあると言えます。

2.実体解釈の多い海事案件

具体的な問題に入りますが,海事案件ではたとえば運送人が誰なのかといった実体的解釈を 伴う仲裁が多いのです。少し専門的になりますが,船を傭船して貨物を運ぶ場合,それとは別

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に船荷証券−BL−を発行すると,運送人が船主なのか傭船者なのかはっきりしなくなること があります。基本的には船荷証券を発行した者が運送人です。しかし契約条項によっては発行 人が運送人ではないという可能性がありますので,運送人が果たして誰なのかといった紛争

(当事者適格の問題)が仲裁になるのです。あるいは貨物に損害が出た場合,その原因となっ た義務を負っているのは誰なのか。先ほどお話ししたように,運送人が貨物を積み付ける際に 取り扱いを誤ったのか,あるいは,荷主のパッキングが悪かったのか,という責任の所在の問 題も発生します。

実際には,主に契約書の規定によって運送人は誰か,あるいは契約上の義務を負う者は誰か が解釈されることになるのですが,逆に言えば,契約書条項が曖昧であるために紛争が発生す るということが非常に多いのです。先ほどの例のように,パッキングが悪いことと競合して,

ハンドリングのまずさもあって貨物に損傷が生じた場合には,問題が複雑です。なぜなら,船 主が貨物を取り扱う場合と,チャーターした傭船者が貨物を取り扱う場合と,契約書によって 分かれるからです。したがって,ハンドリングの責任を負うのは船主なのか傭船者なのかとい う問題も加わってまいります。ただご存知のように,海事案件で日本の裁判所が判決を出すと いうのは少ないものですから,特に国際案件において先例を参考にする場合には,いきおい事 例の多い英国,米国の海事判例に依らざるを得ません。それらを参考にして海運集会所の仲裁 人は判断しております。もちろん自らの経験,あるいは日本の慣行も加味して実体的な判断を 下しているというのが現実です。

3.商法の規定の不備,時代錯誤?

ここでご存知の方があるかどうかわかりませんが,外航で船荷証券を発行して物を運ぶ場合 の運送人の責任を規定したヘーグ規則というのがあります。1924年の船荷証券に関する規則 の統一のための国際条約です。その後68年に修正され,ヘーグ・ヴィスビー規則と言ってお ります。わが国ではヘーグ・ヴィスビー規則を取り入れて,国際海上物品運送法を制定・施行 しております。ですから海運集会所の仲裁人は外洋での貨物損害については主にこの法によっ て判断してまいります。ただ法文の適用のされ方にはさまざまな解釈がありますので,やはり 日本の判例は乏しいということで,英米の判例をもとにヘーグ・ヴィスビー規則の適用を独自 に考えていく。結果として,英米のヘーグ・ヴィスビー規則の適用例と異なることは,まずあ りません。その意味では,海運集会所の仲裁判断は世界標準の判断になっていると思います。

ここで,SP丸仲裁事件をご紹介いたします。再傭船契約によりチャーターされた本船が荷 役中に,鋼材を吊り上げるデリックという装置の先端が破損し,桟橋に落下してしまったとい う案件です。デリックの所有者は船主です。船主は荷役中に自分のクレーンが損傷を負ったも のですから,デリックを使って荷役を行っていた荷役会社に修理代などを請求しました。荷役 会社はデリックの取り扱いが悪かったことを認めたようで,一部弁償したのですが未払いがあ

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った。そこで契約上,傭船者側に請求したという案件です。船主は本船を傭船者に一次傭船に 出し,次に傭船者が二次的に再傭船者に傭船に出して,実際にはこの再傭船者が貨物を運んだ ものです。再傭船者は,荷役業者はデリックの操作を正常に行ったのだと主張しました。事故 後に本船の荷役設備を検査したレポートを提出して,本船側のメンテナンスが劣悪であったか ら損害が生じたのだと論じたのです。つまり本船サイドのデリックの保守状態が悪くて損傷を 負ったのであって,デリックの操作ミスが原因ではないというわけです。これに対して船主 は,荷役業者も一部弁償し責任を認めているではないかとして,あくまでデリックの操作ミス が原因なのだと主張しました。

仲裁人は,まずデリックは定期検査をクリアしていたと認定しました。つまり定期的な検査 でデリックは悪い状態にあるとはされなかったとした上で,荷役業者が何らかの誤操作をした のではないかと認定したのです。しかし,一方で船長も荷役を監督する立場にあるのです。船 長というのは本船,船の上で行われる全てのことを指揮・監督する義務がありますので,本船 のデリックが損傷を負おうとしている時に,その作業を監督しなければなりません。しかし,

証拠から船長は黙って見ていたということが判明しました。そこで,仲裁人は再傭船者に損害 の半額を支払うべきことを命じました。これは足して2で割ったような判断に思われるかも知 れませんが,実はそうでもありません。荷役業者は傭船者が依頼して荷役をさせておりますの で,デリックが健全な状態であり,船長に義務違反もなく,荷役業者がそのハンドリングを誤 ったことが唯一の事故原因ですと,おそらく100パーセント傭船者が賠償しなくていけないと 思います。しかし,船長も自分の船が傷つくのを黙って見ていたということですから,やはり 半分は自分の責任であろうということです。

次に商法の海商編,第738条および739条に規定される,船主の堪航能力担保義務に関する 仲裁事件をご紹介します。これらの商法の規定は,船舶の堪航能力を保証する無過失責任を船 主に課しているとされています。堪航能力とは,船舶が通常の運送航海にたえる設備,能力を 有する状態ですが,第738条により,それを保証することを怠った船主は無過失でも責任を問 われるのです。さらに,第739条により,航海過失=船長・船員の操船上の過失=によって貨 物に損害を負わせた場合にも免責とならないと解釈されています。一方で,国際海上物品運送 法(ヘーグ・ヴィスビー規則)では,堪航能力担保義務は絶対的な義務ではなくて,船主が相 当の注意を尽くしていれば免責になるものです。あるいは,船長・船員が航海上の過失によっ て貨物に損害を与えた場合にも免責になると規定します。外航に適用される国際海上物品運送 法はこれだけ緩いのです。逆に国内の海上運送に課される義務は厳しい。そうすると,どうも わが国の商法,海商法が時代錯誤になっているのではないかという意見が大勢を占めてまいり ます。

ところが,ヘーグ・ヴィスビー規則とは別に,1978年に国連海上物品運送条約(ハンブル グ規則)が採択されました。荷主に有利だということです。発効していますが日本は締約国に

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なっていません。このハンブルグ規則では,船主は堪航能力について相当の注意を尽くせばよ いという免責や,航海過失の免責を廃止しています。そうしてみると,日本の商法は古い,古 いと言いながら,トラック競技にたとえると周回遅れでトップを走っているような,2周くら い遅れているのに,気がつけば相対的に最先端をいっているように見られなくもないのです。

それでは,船主の堪航能力担保義務の違反が争われたOY丸仲裁事件を説明します。この 船は貨物を運んでいる時に荒天,台風時のような荒波,強風に遭い,貨物ホールドの中に水が 入り,専門用語で濡れ損と言っていますが,水濡れによる損害が発生しました。海上保険に入 っていたものですから荷主には保険金が支払われたのですが,保険者が船主に対して,いわゆ る代位請求した案件です。最近は保険会社も厳しいです。つい数年前までは,こういった貨物 損害で例えば数百万円の保険金を支払った場合なら,代位請求までするというのはあまり聞き ませんでした。最近は保険会社でもコスト意識が徹底しているようです。本件もたしか数百万 円の求償だったと思いますが,代位請求により船主からの回収を求めてきたという案件です。

もう少し詳しく説明いたしますと,船主はオペレーターに船を貸し出し,実際にはこのオペ レーターが貨物を運んでおりました。オペレーターは荷主から貨物を預かって,船主から借り た船でそれを運んだということです。そして,荷主に保険金を支払った保険者が代位請求権を 得てコストを回収しようとしたのですが,荷主とオペレーターとの間の契約は口頭の契約だっ たので,保険者は船主を不法行為により裁判所に直接訴えました。これに対して船主は裁判上 の和解をしたのです。その後で船主はオペレーターに対して,貨物を実際に運んだのはあなた ではないか,だから和解額を私に支払ってくださいといって仲裁を申し立ててきました。船主 とオペレーターの間の傭船契約は,海運集会所の標準契約書式によったものですから,仲裁条 項により海運集会所で紛争を解決することとなっておりました。仲裁で船主はどういうことを 主張したかといいますと,荒天遭遇により,または船員の航海上の過失により,船主は契約上 免責されると。これに対してオペレーターは,本船は不堪航だったのだから,堪航能力担保義 務違反により船主は全責任を負うべきであると反論しました。

仲裁人はまず,ハッチカバーといいまして,ホールドの上にマンホールの蓋のようなものが ついていて,それを密閉ロックして航海に出るのですが,そのハッチカバーの隙間から水が入 ったと認定しました。これは明らかに不堪航状態です。水密性を保つ処置を行っていなかった ということで,仲裁人の判断は,損害の原因は本船の明らかなメンテナンス不足にあるとしま した。つまり堪航能力担保義務違反が損害の原因ということになり,そうである以上,船主は 契約上の免責の利益を一切享受することはできないという判断です。補足しますと,船主と傭 船者間の海運集会所の標準契約書式には,天災,荒天による損害などについては相互免責とい う規定がありました。船主は裁判上の和解をした後で,その契約規定により,和解額をオペレ ーターにみてもらおうとしたのですが,仲裁人はきちんと判断して,本船は堪航能力を欠いて いたのだから,船主は損害をオペレーターにシフトできないとして,請求を棄却しておりま

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す。

海運集会所の仲裁では,他にも請求権について時効が成立しているのかどうかを判断した 後,申立を却下するかどうかといった事件もよくあります。これはとくに請求が一般商事債権 の5年の時効にかかるのか,あるいは船主の傭船者に対する請求として1年の短期消滅時効に かかるのかといった,非常にデリケートで神経をつかう問題もあります。

4.仲裁人は最も優れた調停人

ADRのまとめにはいります。日本海運集会所で仲裁を管理する母胎は海事仲裁委員会です が,英文名のTokyo Maritime Arbitration Commissionの頭文字をとってTOMAC(トマック)

と呼んでいます。世界的にもTOMACで通っております。そして,先ほども申し上げました が,TOMAC仲裁の特徴として,職権調査を行うということがあります。職権調査をする中身 についても,必ずしも当事者の主張しない請求原因を認定した上で賠償額を算定するというこ ともします。つまり,当事者が主張・立証しないようなことであっても,仲裁人が職権調査に より真実を探求する中で,実はこういう請求原因があるのだと認定することがあるのです。こ れは,冒頭の仲裁契約が有効でない場合にも仲裁判断を出してしまうcommon lawの立場とは 逆に,司法正義とは何かという観点から行っていることです。こうしたことは手続保障に反す るのだという見解が英米の国にはあるのですが,一方でわが国の海事仲裁の仲裁人のアプロー チは,多少の手続保障の犠牲があったとしても,結果の正義が実現すればよいではないかとい う理念に基づき,当事者が主張しない請求原因を認定し,賠償額を算定していくということも 行っております。ちなみに職権探知は現行仲裁法第794条に規定されています。

また,仲裁人が職権調査を行い,真実を知れば知るほど,この案件はどうも100対ゼロ,ク リアカットの仲裁判断が出せないという心証をもつことがあります。そこで仲裁判断をそのま ま出すのではなくて,当事者に和解を試みられたらどうですかということを勧めることがあり ます。仲裁規則第27条に規定されます。もちろん和解ですから,当事者はこれをいつでも拒 絶できます。当事者が望むのであれば和解でどうですかということを勧めるだけです。そして 近年,仲裁人が和解を試みてそれが不成功に終わった場合に,再び仲裁手続に戻るという中 国,日本でとられている方式は手続保障に欠けると批判もされているのですが,TOMAC仲裁 規則第27条では,和解が仮に不調に終わり仲裁人が仲裁手続を再開して仲裁判断を出す場合 には,和解手続中に得た情報を仲裁判断の材料としてはならないとして歯止めをかけておりま す。

今まで述べたことをまとめますと,最も優れた調停人,あるいは和解斡旋人というのは実は 同じ案件の仲裁人だと言えると思います。なぜなら,仲裁手続で正義を実現するために職権調 査し真実を探求した結果として,和解を勧めるわけですから,やはり仲裁人が最良の調停人,

あるいは和解斡旋人になれると考えています。仲裁と調停を別人が行うということはcommon

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lawの国で行われていますが,私はそこで交代するというのは最良の手法ではないと考えてお ります。繰り返しになりますが,職権調査と仲裁途中の和解斡旋,和解勧試というものは密接 な相関関係にあり,メリットも大きいのです。

それからTOMAC仲裁では,賠償責任liabilityの問題については専門的見地および法解釈 から仲裁手続の中でかなりはっきり結論が出る場合が多いのですが,その後で賠償額の算定に あたって,それでは当事者は賠償額でどれくらい歩み寄れるのかということを和解の中で試み ていく。こういう特徴があると思います。ですからcommon lawの国で非難されているよう な,仲裁人による手続保障のない和解というものとは全く次元の違うものであると思います。

賠償責任を仲裁手続の中でキチンと判断した後で,賠償額,実際の支払額について和解を試み て,当事者の利益を調整していくということですから,手続保障に反するという非難は当たら ないと考えております。

それでは,最後の仲裁判断の事例として,仲裁人が職権調査によって賠償額を認定した案件 を説明します。

SG丸仲裁事件です。本件は16年間という長期の積荷保証−積荷保証というのは荷主が出 します−石油製品の長期の積荷保証があり,たとえば精製したベンジンといったものを16年 間は一定の港から港へ運ぶという保証を製油所が出していました。それから本船をチャーター する傭船者も同じく16年間は本船をチャーターしますという保証をして,本船は新造された のです。ところが,傭船者は16年間チャーターすると言っていたのに,8年くらい経ったと きに,もう貨物が出なくなったとして契約を打ち切ろうとしました。実際には石油製品を16 年間提供すると言っていた荷主が,経済の低迷で需要がないということで傭船者に貨物を出さ ないと言ったのです。それで傭船者は契約を運航委託というものに切り替えて,リスクをヘッ ジしようとしました。

運航委託契約というのは出来高払いです。つまり貨物があるときだけ,出かけていって運ん で,はいいくらと。貨物がないときはアイドリングで船は繋留されているという状態です。そ ういう状態ですから,船主はもう運航委託,出来高払いの契約では新造船費用も返済できない と音を上げました。やはり何十億円もする船ですから。そこで,船主は船を海外に売ってその 代金を返済に充てようということにしました。その一方で傭船の解約合意書に調印しました。

ところが運悪く,船が余っている状態で,世界的に経済情勢が悪いということで,買い手がつ かない。一方,傭船契約の解約合意書に調印してしまっていますので,もう船は母港に繋留し たままとなり,銀行には返済を催促されるという苦しい状況下で,船主は仲裁を申し立ててま いりました。

傭船者の主張としては,運航委託契約への切り替え,つまり出来高払いの船の使い方でよい という合意書があるではないか,傭船契約の解約合意書にも調印されているではないか,それ 以上何の責任があるのかと反論しました。これに対して船主は,合意書に調印しないと今後一

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切仕事を回さないと脅されて仕方なく署名捺印したのだということを言いました。

仲裁人は,まず傭船契約は合法的に解約されたと認定しています。脅されて合意させられた と船主が主張していたのですが,解約書類が揃っていたのです。それに船主は海外に船を売る 行動に出ていました。そういったことで,当事者は傭船が解約された前提で行動していたと認 定しております。しかし,本件はバックグラウンドをよく見ますと,何十億円という資金を借 り入れて,その資金の回収のために16年間にわたり,荷主は積荷を保証しました。傭船者も 16年間本船をチャーターすると保証したということがありました。さらに,内航船について は船腹の供給が過剰にならないように,当時の運輸省,今の国土交通省は慎重な施策を実行し ており,さまざまな厳しい条件や保証について届出を出させ,その前提で建造が許可されたと いう背景がありました。

そこで本件仲裁人は,民法第1条に規定される信義則に傭船者は違反したと認定しました。

この請求原因は,今見てきたように請求者,申立人である船主は主張しておりません。船主 は,傭船者は民法上の信義則に違反したから損害賠償してほしいとは一切言っておりません。

船主が主張したのは,傭船契約は合法的に解約されていない,脅迫によって調印させられたの だからそれは無効であると言ったのですが,仲裁人は脅迫はなかった,あるいは契約の解約は 合法だったとして申立人の主張を退けた上で,新たな請求原因つまり傭船者の義務違反を認定 しております。そして傭船者は損害の一部を支払えと命じました。もちろん船主にも悪いとこ ろはありましたので,半額までいっておりませんが,半額に近いものを傭船者が支払えという 判断を下しました。

本件では損害の額を認定するにあたり,もう一つ職権調査をしています。本船は新造船で8 年経過したときの残存簿価というのを査定できますが,それを算出した上で,本船が海外に売 船されていたらいくらで売られていたであろうかという,いわゆる船の市場価格を職権で調査 し,両者の差額を損害額として認定したのです。つまり仲裁人が職権で船の売船ブローカー に,この船はいくらで売れるかということを調査させました。例えば13億円になるとか,そ ういった鑑定を仲裁人がとっているのです。これは当事者が鑑定をとってくれとか,鑑定書を 証拠として提出したということではないのです。TOMAC仲裁人が職権調査を行った最も代表 的な案件だと思っております。

Ⅴ.展望と課題

1.力関係/協定による仲裁地の選択

では,今後の展望と課題に移ります。今後,海運集会所はどういった仲裁を手がけていくべ きなのか。現在あまり件数は多くありません。年間20件くらいです。その約半数が外国当事 者がらみの仲裁,つまり国際案件です。TOMACは89年から2002年までに198件の仲裁案件

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を受理しましたが,この内94件が国際案件です。この国際案件をもう少し増やしていく方策 は何なのかということを考えなければならないと思います。それには仲裁手続を行う仲裁地を 国際契約で当事者に東京と決めてもらえばよいのですが, そのためにどういう手立てを講じ るべきかということを考えてみました。

国際案件では仲裁地を合意させるのは主に力関係だと言われています。力の強い方が自分の 本拠地の仲裁でいこうという仲裁条項を契約書に入れます。例として,船舶の売買では,日本 の船主・売主の方が強い。それで海外の買主にTOMAC仲裁でいきましょうと合意させるの です。こういう力関係です。自分の本拠地で仲裁ができるということは,単純に手続が進めや すいことにとどまらず,証拠が集めやすいとか鑑定人を申請しやすいというメリット,さらに は自国籍の仲裁人を選任できるというメリットを考えてのことではないかと思われます。

2.オンライン仲裁の進展とその影響

あるいは条約・協定によって仲裁地が決まっている場合があります。例えば,国際商事仲裁 協会(JCAA)と大韓商事仲裁院(KCAB)との間の商事仲裁協定では,原則として仲裁地は 被申立人の国としています。つまり仲裁を申し立てられる当事者の所在地で仲裁することが協 定で決まっているのです。それ以外の場合では,中立の第三国,契約当事者と関係のない第三 国で仲裁しましょうというパターンもあると思います。

ただし,これから先オンライン仲裁が盛んになってきますと,今言った仲裁地を決定する要 因が根底から覆る可能性があります。なぜかというと,仲裁地を決定づける要因として,本拠 地としての利便性とか,証人・鑑定人のいる,あるいは証拠を収集する場所としての地域密着 性がありますが,オンライン仲裁が現実になれば,こうした利便性,地域密着性の重要度が薄 れるからです。たとえば,当事者は本拠地にいるままで,また,証人や証拠を収集した鑑定人 もその地にいてもらって,仲裁地にいる仲裁人とはテレビ会議で結んで簡便にヒアリングがで きるということになれば,仲裁地は当事者の本拠地や証人・鑑定人のいる場所である必要はな くなるのです。例えば仲裁地は東京であって,当事者は双方が外国に本拠をおき,証人や鑑定 人は中国にいるとか,オーストラリアにいるとかで,地域密着性の要因というものが薄くなっ ていく。また,主張や証拠をスキャンしてPDFファイルにし,e−mailで仲裁機関に提出した り,仲裁人も仲裁判断のword文書をe−mailで交付したりするということが行われます。海 運集会所でもすでにここまでは行っております。仲裁規則にも入っております。この先ブロー ドバンドが普及し,オンライン・ヒアリングが快適に行われるようになれば,これとあわせて

e−mailでアタッチされてきた書類を,web上の機密性を保持した領域に一括管理し,仲裁人

や当事者はそれを常時参照しながら,オンラインでヒアリングをするような時代になると思う のです。

もう一つ,国際仲裁人が登録され,第三国としての中立性も不要になるのではないかとも思

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われます。仲裁人として国際仲裁人,世界で活躍している現役の国際仲裁人が幅広く登録さ れ,その中から当事者が自由に選べるということになると,相手の本拠地で仲裁するというこ とになったとしても,国際仲裁人がいるのなら公正中立な手続がとられるであろうとある程度 信頼でき,その仲裁地に同意しやすくなるということがあると思います。ですから,国際仲裁 人を登録していくということも行っていかなければならないと思います。

3. TOMAC仲裁規則の改正

TOMACは2001年9月,インターネット仲裁規則を導入しました。仲裁規則第9条などで 答弁書,陳述書,証拠書類,あるいは事務局からの通知,仲裁人の開示情報,仲裁判断の交付

をe−mailにより行えるようになっております。実際にそうした手続を行った案件がいくつか

あります。ただ第21条6項により,オンライン・ヒアリングができることになっていますが,

現実にはまだ行っておりません。ブロードバンド回線になりますと,画面に映る表情とか動作 もなめらかになるので,ブロードバンドによるテレビ会議が実現することを期待しておりま す。特にご注目いただきたいのは,時差がありますので,欧米の仲裁にアジアの当事者が合意 しますと,夜間や早朝にオンライン・ヒアリングで引っ張り出されることになるというデメリ ットがあると思います。一方,東京仲裁であれば,時差は中東からフィリピンやインドネシア ぐらいまではだいたい数時間の範囲内です。アジアの当事者であれば,business hourのうちに 問題なくヒアリングができるので,非常に便利であり,アピールすると考えております。

4.各国仲裁機関の連携

私の考えでは,こういったオンライン・ヒアリングの認証の分野で,各国の仲裁センターは 協力したほうがよいと思います。なぜかというと,オンライン・ヒアリングをする際に,外国 にいる当事者が本当にその仲裁事件の当事者なのか,あるいは本当に証人なのか,鑑定人なの かということは,仲裁地にいる仲裁人にはなかなか確認が難しいと思うからです。そうであれ ば,当事者や証人に各仲裁センターに行ってもらい,仲裁センターのスタッフに認証してもら ってから,ヒアリングを開始するというような協力協定が有益だと考えられます。具体的に,

TOMACは香港国際仲裁センター,シンガポール国際仲裁センター,シンガポール調停センタ

ー,クアラルンプール仲裁センターとこの分野で協力協定することで基本合意していますの で,正式に締結しオンライン・ヒアリングをスタートさせていくことにしております。

5.国際仲裁判断の執行の問題

最後に,国際化において重要なポイントをお話しさせてください。先ほど職権によって

TOMAC仲裁人は判断すると言いましたが,その際に一定のリスクがあるという点です。なぜ

か。それは,職権で得た情報を当事者に公開して意見を聞かない場合に,手続保障とか自然正

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義に反するとされる可能性があるからです。職権調査すること自体は正義に適うと思います が,職権調査した結果を当事者に,どうですか,こういう結果があるけれども反論があります か,ということを聞かないと,手続保障あるいは自然正義に反するということで,国際仲裁判 断が取り消される事案が出ているのです。具体的には,国際仲裁において,損害額についての 鑑定結果を当事者に開示せずに出された終局仲裁判断が,判断の執行段階でニューヨーク条約 の下で取り消された事例があります。注意しなければならないと思います。

締め括りですが,TOMAC仲裁は,歴史的背景のある,あるいは当事者が好むという観点か ら仲裁人が職権調査をするという特徴をもち,また,中立の仲裁機関として国際仲裁人を取り 込み,さらにオンライン・ヒアリングなどを導入することにより,取扱件数の拡大につとめて おります。ただし,その一方で国際仲裁判断を取り消されることのないように十分注意してお ります。実際に取り消されたことは,国内,国際を通じてこれまでに一度もありません。本日 はご静聴ありがとうございました。

参照

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