洪
深
の
扇
一Lα の 翩 η靤 ηηθ紹 むEα η か ら 『少 妨 妨 的 扇 子 』 へ H:ongShen'sFan-Fromム αの 呪 忽 θηπθ㎎ 冶Eαπto ShaoNainaideShanzi白井
啓介
本 文 探1寸洪 深 在1923年 所"改 懌adaptation"的 活 創 《少 妨 妨 的 扇子 》 之 文 学 价 値 。 該 刷 的 演 出,当 吋誉 力"羨 劫 全 沖 ,升 新 刷 未 有 的局 面"。 其 原 因 一 般 杁 力:"写 実 的 処 理 方 法,演 員的 表 演 自 然、 彡田膩 、 真 実""舞 台 布 景,服 装 、 道 具 也 力 求 芭 木 風 格 的 銃 一 性和演 出的 完 整 性"等 演 出 方 面之 出 色 使 之 然 。 本 文 主 要 核 対 分 析 英 国 王 尓 徳 原 作 《ムαd:yW伽dθ㎜ θ㎎ 苫Eαπ(温 徳 米尓 夫 人 的扇 子)》 和 洪 深 改 襷 作 品之 同昇 同。 肇 迂 台 洞 和 人 物 形 象処 理 的対 照、,得 出以 下 結 沿 。 一 則 洪 深 一 刷 被 称 力"対 活 流 利 警 暢 消 皮 劫 听"的 成 就 主 要 出 于 原 作 台洞 本 身 之 妙 。 洪 深 的 貢 献 却 在 于 把 台 洞之 美 引迸 到 中 国現 代活 副 上 来,因 之 使 白括 文 学 的 表 現 力 更加 牢 富 多采 。 二 則 是 洪 深 改 烽本 和 原 作 之 陶 的差 距。 洪 深 把 金 女 士 当做 一 个"傷 心"人 物 来 処 理,因 此 庖 該 同 情 地 ,安 慰 地 。 可 原 作 里Mrs. Erlynne的 人 物 形 象并 不 尽 然,地 亦 可 有 当 做 一 个 不 受 旧有 社 会 現 念 拘 束 的"幵 明"女 士 来 処 理 的 余 地 。 返 兩 个 欄 本 同人 物形 象 的改変 , 或 杵 由于 洪 深 受 到 五 四 吋 期 女ヨ女 解 取 這 劫図 潮 之 影 桐而 帯 来 的。 キー ワ ー ド:洪 深,少 妨 妨 的 扇 子,ウ ィ ン ダ ミア夫 人 の扇,翻 案 劇, 中 国 1.は じめ に Peopleareeitheτ6harmi直gortedious 洪 深 は 、 田 漢 、 欧 陽 予 倩 と と も に 中 国 現 代 話 劇 の 三 大 創 始 者 と 称 さ れ る が1)・ そ の貢 献 の方 向 は三 者 そ れ ぞ れ 違 いを 見 せ る .三 者 と.も上演 芸術 と して の 再 現性 を 重 視 し、 そ の上 演 技 術 の 向上 に心 血 を注 い だ こ とに変 わ り「文学部紀要」文教大学 文学部 第11-2号 白井啓 介 はな い が、 京 劇 等 の古 典 戯 曲 が 積 み 重 ね た上 演 の技 に、 徐 々 に吸 い寄 せ ら れ た感 の あ る 田漢 、 欧 陽予 倩 に対 し、 洪 深 は話 劇一 筋 で あゐ たか に見 え る 。 もち ろん 映 画 シ ナ リオ を手 が けた時 胡 もあ り、 必 ず し も舞 台上 演 にだ け成 果 を見 せ た の で はな いが 、 そ れ で も、 主 に ロ語 のせ りふ を磨 き こん で いた と言 え る と ころ で あ る。 私 は これ ま で に、 洪 深 の 第1創 作 戯 曲 で あ る 『趙 閻 王』 を 、その元 の雛 形 で あ る 『皇 帝 ジ ョー ンズ』 との対 比 と、 や は り 『皇 帝 ジ ョー ンズ』 の 焼 き直 しと も言 え る曹 禺 の 『原 野 』 を比 較 検 討 し、 洪 深 の戯 曲創 作 の姿 勢 を 明 らか に した2)。 ま た 、 文 明 新 戯 の戯 曲 か ら五 四時 期 の天 津 南 開 学 校 の話 劇 を経 て・ 洪 深(pr少 妨 妨 的 扇 子 』 にい た る話 劇 の展 開 の 中 に、.戯曲 の記 述 様 式 の変 遷 の探 求 も して い る3)。 これ らの 検証 に よ って、 中 国 話 劇 は せ りふ の記 述 よ り も、 舞 台 指 示(卜 書 き)の 指 定 の方 式 に大 きな変 動 が あ る こ とを 明 らか に して きた が 、 こ こで はそ れ らを踏 ま えて、 旧来 の芝 居 の形 式 と は異 な る話 劇 とい う戯 曲 を 、 どの よ う に定 着 させ 確立 を図 った のか を、 再 び 『少 妨 妨 的 扇 子 』 の翻 案 の 仕方 の 中 に 見 出 そ う とす る もの で あ る。 い わ ば、 洪 深 の扇 が 何 を扇 ぎ だ した の か を探 ろ う とす る試 み で あ る。 2.LadyWindermere'sFanの 風 一Cryingistherefugeof plainwomen 『ウ ィ ン ダ ミ ア 夫 人 の 扇 』 は、 周 知 の 通 り オ ス カ ー ・ワ イ ル ドの 作 品 の 中 で は 初 期 に 属 す る も の で あ り、 これ に よ り劇 作 家 と し て の 名 を な し た と さ れ る 戯 曲 で あ る。 ま た 『っ ま ら な い 女 』 『理 想、の 夫 』 と と も に 「シ リ ア ス ・ コ メ デ ィ」幽と呼 ば れ る が 、 四 っ の 喜 劇(以 上3作 に 『ま じ め が 大 切 』 を 加 え た4作)の 中 で は 、 「思 い 切 り の 悪 さ、 不 統 一 、 軽 快 さ の 不 足 と い っ た 欠 陥 が 気 に な る 」4)と も 評 さ れ る 。 芝 居 は オ ー ソ ド ッ ク ス な4幕 も の で 、 時 間 も前 日 の 午 後 に 事 件 が 端 を 発 し、 翌 日 の 午 後 に は 結 末 を 迎 え 、 ほ ぼ24時 間 以 内 と い う 近 代 劇 の 常 道 を 踏 む 。 か っ て 娘 を 捨 て て 男 に 走 っ た 母 親 が 、 成 長 して 幸 せ に 暮 らす 娘 の 夫
洪深の扇 に、 自分 を社 交 界 に復 帰 す る援 助 を迫 り、 そ の こ とが娘 夫 婦 を 破 局 に向 か わ せ そ うに な り、 っ い に は母 性 を 発 揮 し、 自 ら泥 をか ぶ って 娘 を 救 う とい うス トー リーが、 イ ギ リス貴 族 の 社 交 界 を舞 台 に繰 り広 げ られ る。第1幕 で、 その 晩 の誕 生 祝 い の舞 踏 会 の支 度 を す る、幸福の ただ中 にいたウ ィン ダ ミア夫人 に、 彼 女 に心 を寄 せ る ダー リン トン卿 と、 娘 を 金 持 ち に嫁 が せ る こ とだ け が生 き 甲斐 の よ う な俗 物 根 性 丸 だ しの ベ リッ ク公 爵 夫 人 とが 相 次 い で訪 れ 、 彼 女 の 夫 、 そ れ まで そ の愛 を 微 塵 だ に疑 った こ との な い ウ ィ ンダ ミア卿 が 、 い か が わ しい 女 と浮 気 を して い ると告 げ る 。 これ が、 ウ ィ ンダ ミア夫 人 の猜 疑 と懊 悩 の発 端 で あ る。そ の後 、 夫 が そ の い か が わ しい 女 性=ア ー リン夫 人 を パ ー テ ィに 招 け と迫 り、 これ に対 立 す る ウ ィ ンダ ミ ァ夫 人 との 険悪 な空 気 の中 、 第1幕 は終 わ る。 第2幕 は、 当 の舞 踏 会 の場 。 い か が わ しい女性 と目 され る ア ー リ ン夫 人 が登 場 し、 ウ ィ ン ダ ミア夫 人 の 心 は混 乱 の極 み とな る。 ア ー リン夫 人 は、 社 交 界 に足 が か りを っ か も う と大 勢 の 客 と談 笑 し、 舞 踏 会 の場 を活 用す る。 夫 と ア ー リン夫 人 に侮 辱 され た と感 じ、 取 り一乱 す ウ ィ ンダ ミア夫 人 の動 揺 に乗 じて、 ダー リ ン トン卿 が 愛 を告 白 す る。 ア ー リン夫 人 が、 他 の参 会 者 ば か りか夫 と も人 目 もはば か らず 親 し く振 る舞 うのを 目 に して、っ い に ウィ ンダ ミア夫 人 は置 き手 紙 を 残 して 、家を飛 び出す。 いわば事 件の展開であ る。 第3幕 で は、 ダー リン トン卿 の 屋敷 に身 を寄 せ た ウ ィ ンダ ミア夫 人 と、 仲 間 と と もに夜 遊 び の帰 りに ダ ー リン トン卿 の屋 敷 に寄 っ た夫 と が鉢 合 わ せ しそ うに な る。 ど うにか 身 を 隠 す が、扇 をソファに忘 れ、 それ を見っ け ちれ て しま う。 今 度 は ウ ィ ン ダ ミア卿 の疑 念 が最 高 潮 に極 ま るが 、 そ こに ア ー リ ン夫 人 が乗 り込 み、 自分 が 扇 を 間違 え て持 って き た の で あ り 、 こ こ に来 た の は 自分 だ と皆 を欺 く。 この場 が、 ち ょうどクライマ ックスだ。 第4幕 は、 翌 朝 扇 を返 しに訪 れ、 別 れ の挨 拶 を す るア ー リ ン夫 人 に、 今 度.は軽 蔑 の限 りを 露 にす る ウ ィ ン ダ ミア卿 と、 そ の無 償 の 犠 牲 に よ って 急 場 を救 われ 、 逆 に心 を 寄 せ 始 あ た ウ ィ ンダ ミア夫 人 との立 場 が 逆 転 す る。
「文 学 部 紀 要 」文 教 大 学 文 学 部 第11-2号 白井 啓 介 ア ー リ ン夫 人 は ∼ 昨 晩 の 失 点 を 逆 手 に 、 目 当 て の オ乙 ガ ス タ ス卿 と の 結 婚 ま で 手 に い れ る 。 ア ー リ ン夫 人 は 、,母 で あ る こ と を 隠 した ま ま、 ウ ィ ン 女 ミ ア 夫 人 と 息 子 め 写 真 を 求 め る だ け で 、 炸 晩 の こ と は秘 密 に し て 欲 し い と 懇 請 し て 去 る 。 ハ ッ ピ ニ エ ン ドで あ る。 こ .うした4幕 の中 で ・ 第 囀 で鋭 い警 句 や皮 肉 を飛 ば し、 常 た世 の 中 か ら一 歩 引 い た 位 置 に身 を 置 く、 局 外 者 の ダ ンデ ィズ ム を見 せ る ダー リン ト ンが 、 第2幕 で は突 如 と して生 真 面 目 た、無粋 にも愛の告 白を大 ま じめ.で 始 めて しま う点 な ど、 な るほ ど不 徹 底 で あ り、 不 完 全 で はあ る。 しか し、 そ う した 不 宗 全 性 や不 統 一 さ を補 って 余 りあ る ほ ど、 心 を ほ らは らど き ど き させ な が らウ ィ ンダ ミア夫 人 の 行 く末 を.見っ め て しま う、 そ うい う求 心 力 を ス ト≒ リーカ備 え て い る と も言 え る。 ま た、 特 に第1幕 で の ダ ー リン トン とーベ リック公 爵 夫 人 の二 人 が発 す1る .せ りふ が ・ 時lrは 騨 で あ った り・ 的 確 な癇 批 判 で あ った り、 世 をす ね る ダ ン デ ィ ー の 辛 辣 な 世 間 評 だ っ た り 、 ウ ィ ッ トに 富 む し ゃ れ た 言 葉 で あ り 、 い わ ば こ の こ と ば の 魅 力 も作 品 の 好 評 に 与 っ て い る よ う に 見 え る 。 た と え ば 、 ウ ィ ン ダ ミア 夫 人 に ど う し て そ う悪 ぶ る の か 問 わ れ た ダ ー リ ン ト ン は 、 次 の よ う に 答 え る。
(・)LORDDA即NGTON[S'ゼ 〃 鰄 ・4ムC]Oh,n・ 焼・d・y忌 ・・ m・ny・ ・nceit・dp・ ・pl・g・ab・uts・ ・i・ty・P士・t・ndingt6b,g。 。d,
tha㌻Itやinkitshows「a‡h・ ・aswr・t・n⑩ ・destdi・p・ ・iti・nt・P・e-tendtobebad.1-65)・
さ ら に 、 こ う も 言 う 。
(b):LORDDARLINGTONDoyouknowIamafraidthatgood,
peopledoagrea蔑dealofharminthisworld.Certainlythegreatest harmtheydoist葺attheymakesbadnessof・suchextraordinary
imp・ ・t・nce・Iti・ab・u・dt・divid・p6・pl・int・9・ ・dandb・dlレ ¢・P1・ areeithercharmingortedious.Itakethesideofthecharming , andyou,LadyWindβrmere,can'thelpbelongingtotheln.1-12
、洪 深 の 扇 こ れ に 対 す る ウ ィ ン ダ ミア 夫 人 は 、 頑 な な ほ ど の 生 真 面 目 さ で 、 ピ ュ ー リ タ ン的 な 人 生 観 を 誇 示 す る 。 (c)LADYWINpERMEREY・sN・w・d・y・p・ ・Pleseemt・ .1・・k・n lifeasaspeculatioh .Itisnotaspeculation.Itisasacrarロen七Its idealisLoYe.亙tspurificationissacrifice .1-9 一 方、 俗 物 性 丸 だ レ の ベ リ ッ ク 公 爵 夫 人 の せ りふ も、 実 際 の 生 活 の 場 や 通 俗 的 生 活 観 に 徹 し た と こ ろ で 育 ま れ る 、 辛 辣 な 批 評 眼 が 見 ち れ る。 ウ ィ ン ダ ミア 卿 が ア ー リ ン夫 人 と付 き 合 っ て い る と告 げ た 後、 ウ ィ ン ダ ミ ア 夫 ・ 人 が 男 は 皆 そ ん な に 悪 い の か と 問 や か け た の に 対 し、 ベ リ ッ ク公 爵 夫 人 は こ う 答 え る 。 (d)DUCHESSOFBERWICKOh,・11・fth・m,myd・a・ ,・11。fth。m, withoutanyexception.AndtheynevergrowanybetteLMenbeco -mesold,buttheyneverbecomegood .1=28 、 さ ら に 、 「あ あ い う 悪 い 女 た ち は わ た した ち の と こ ろ か ち 夫 を 連 れ 去 り は す る け ど 、 夫 は い っ だ っ て 舞 い も ど っ て く る わ 、 少 々 疵 もの に な っ て ね、 も ち ろ ん 。 だ か ら 泣 い た り 喚 い た り し な い で ね 、 男 っ て そ れ が 大 嫌 い な ん だ か ら!」6)と 、 通 俗 的 な 男 性 対 処 法 を 伝 授 し た 後 、 ウ ィ ン ダ ミ ア 夫 人 が 泣 か な い と 答 斥 た の に 応 じ て 、 こ う も言 う。 (e)DUCHESS 、OFL.BERWICKThat'squiteright,dear.1Crying・is therefugeofplalnwomenbuttheruinof .pretty.ones.1-30 』「泣 く の は 不 器 量 な 女 の 奥 の 手 だ 」 と は 、 い さ さ か 男 性 の 側 に 視 点 を 置 き す ぎ た 見 地 か と も思 わ せ る が 、 洋 の 東 西 を 問 わ ず こ う し た 観 念 が 存 在 す る と い う こ と だ ろ う。 こ う した ・ 康 肉 と 逆 説 に 満 ち 、 真 っ正 面 か ら よ り も 「 定 の 距 離 を 置 い て 人 生 を 裏 剰 か ら見 通 す か の よ つ な 言 葉 の や り と り が 、 少 な く と も第1幕 で は 小 気 味 よ い 。 と こ ろ が 第2幕 か ら は 、 ド ラ マ の 展 開 は 、 シ リア ス な 方 向 に 向 か い 、 距 離 を 置 く余 裕 が 失 わ れ 、 屈 折 し た 辛 辣 な 言 葉 は 、 少 し く影 を 潜 あ て し ま う。 特 に ダ ー リ ン ト ン は 、 ウ ィ ン ダ ミ ア 夫 人 が 、 夫 と ア ー リ ン
「文 学 部 紀 要 」文教 大 学 文 学部 第11-2号 白 井啓 介 夫 人 の 昵 懇 な 姿 を 目 に して 冷 静 さ を 失 っ て い る と こ.うに 、 畳 み 掛 け る よ う に 求 愛 す る が 、 そ こ に は 第1幕 で 見 せ る、 物 事 か ら距 離 を 置 い て 斜 に 構 え る ダ ン デ ィ ー さ の 片 鱗 も な く、.た だ の 熱 情 に ま か せ た ス ト レ ー トな 求 愛 の 言 葉 に 堕 し て し ま う。 そ して 、 次 の よ う な あ ま り に も正 面 切 っ た、 生 真 面 な 愛 の 告 白 を 行 う こ と に な っ て し ま う。 (f)LoRDDARLINGTQNMylife-nYwholelife .Takeit,anddo「 with-itwh・ty・uwill・ ・…ll・v・y・u-1・v・y・ua・Ih・v・n・verl。v,d anylivingthing.FromthemomentI .metyouIIovedyou ,10ved y・ublindly・ .ad・ ・ingly・m・dly!Y・udidn・tkn・wgtth・n-y。u
knoW .iヰn6w!Leavethishouseto-night.1・won't・tellyouthatthel w・ ・ldm・tt・t・n・thing
,・r .th・w・ ・1d'・v・ice,.・ ・th・v・ice・f・ 。ci,ty. Theyma-tteragreatdeal .Theymatterfartoomuch
.Butthereare moment・wh・n・neh・ ・t・ch・ ・seb・tweenliving・n・'・ ・wnlife
,fully, entirely…mpl・t・ly一 ・・dr・gging・ut・ ・m・f・lse
,・h・11・w,d・g・ading . existence'thattheworldinitshypocrisydemands .Youhavethat moM .entnow.Ch60se!Oh,mylove,choose!』:一78' こ う し た 点 が ・ 「ワ イ ル ド の そ の 後 の 劇 と 比 較 す れ ば 、 も の 足 り な い 点 で あ り 、 当 時 流 行 の 低 俗 な メ ロ ド ラ マ の 影 響 を 脱 し き っ て い な い と い う 欠 ・ 陥 で も あ る 」7)と の 批 判 に さ ら さ れ る 所 以 で も あ る が 、 逆 に 言 え ば 、 首 尾 ノ ー 貫 し た 完 成 度 の 高 さ よ り も こ う い う ご 都 合 主 義 的 な ふ ら っ き こ そ 、 大 衆 性 を 獲 得 し う る 素 地 で も あ り え よ う。 現 に、 こ の 「ウ ィ、ン ダ ミア 夫 人 の 扇 』 、 は 、1892年 に セ ン ト ・ ジ ェ イ ム ズ 劇 場 で 、 支 配 人 で あ っ た ア レグ ザ ンダ ー 自身 に よ り初 演 さ れ た 当 時 か ら大 い に 好 評 を 博 しゾ 千 ポ ン ドの 収 益 蝴 待 し て い た と こ ち 、 七 千 ポ ン ド も稼 い だ と言 わ れ る8)。 ま た二 十 世 紀 に 入 っ て も、 こ の 作 品 の 人 気 は 衰 え ず 、.1925年 に は、 エ ル ン ス ト ・ル ビ ッ チ 監 督 に よ り映 画 化 も さ れ9)、 作 品 の 趣 向 を 畜 ダ ー リ ヒ ト ン と ウ ィ ン ダ ミ ァ 夫 人 と の ラ ブ ロ マ ン ス に 比 重 を 移 し て 、 大 当 た り を と』っ て い る。
\ 洪深 の扇 3.adaptationと して の 『少 妨 妨 的扇 子 』 Mannersbeforemorals 一 方 の 『少 妨 妨 的 扇 子 』・は、『趙 閻王』(1922)`に 続 く、 洪深 に とって 帰 国 後 第2作 に あた る もの で 、1923年 に ワ イ ル トの 原 作 を翻 案 し た も の で あ る。 い わ ゆ る 「近 代 劇 」 を 、 中 国 伝 統 演 劇 との 相 違 を 明 らか に した上 で、 新 た な 演劇 の ス タイ ル と して 取 り込 む た め の試 作 と言 え る性 格 の 作 品 で あ る。 戯 曲 の 冒頭 、 洪 深 は 「序 録 ゴ を 附 して い るが 、 こ こで 「説 部」 と の相 違 を念 頭 に置 い て、 近 代 劇 的戯 曲観 を か な りは っ き り と打 ち 出 して お り、 特 に観 客 に見 せ る ため の ドラ マ で あ り、 そ の ドラ マ に供 す るた め の脚 本 で 南 も とρ 立 場 が 明 示 され て い る。 こ うい う基 本 姿 勢 の下 に、 上 演 に適 す る よ うに 中 国 の生 活 環 境 に合 わ せ 「改訳(adaptation)」 され た もの だ が 、 そ の 実 体 は限 りな く翻 訳 に 近 い。 こ こで は 、 そ の 原 作 と の 距 離 を、 『洪 深 文 集 』 所収 の版 に よ り、 具 体 的 に検 証 して み よ う。 この 版 は、1925 年 刊 の 『戯 劇 彙 刊 』 第1集 所 収 の もの が 底 本 で あ り、1924年 の上 海戯 劇 協 社 第6次 公 演 で上 演 さ れ た もの で あ る10)。 まず 登 場 人 物 で あ るが 、 す べ て 中国 人 に置 き換 え られ、 次 の通 りほ ぼ対 応 して い る。 貴 族 制 が な い た あ 称 号 や呼 称 は変 わ るが 、 地 位 や身 分 の上 下 も ほ とん ど変 わ り はな い。 LadyWindermere Mrs.Erlynne LordWindermere :LordDarlington LordAugustusLorton Mr.Dumby Mr.CecilGraham Mr.Hopper TheDuchessofBerwick LadyAgathaCarlisle 徐少妨妨(瑜 貞) 金女 士 徐子 明 劉伯英 呉八大人 李不魯 張亦公 王昭 陳太 太 秀雲
「文学部 紀要 」文教大学文学部第11-2号 白井啓介 LadyPrymdale LadyJedburgh Parker,Butler Rosalie,Maid 朱太太 王老太太 高同 菊花 ス トー リー も、 第1幕 か ら第4幕 まで 、事件 の発端 や展開、舞踏会 での や りと り、 徐 少 妨 妨 が 夫 と金 女 士 の い か が わ しい交 際 に失 望 し、 劉 伯 英 の もとへ 走 る第2幕 。 そ して 劉 伯 英 の ホ テ ル で 、 夫 た ち と鉢 合 わ せ す る場 面 と、 そ の 急 場 を 金 女 士 が 救 う第3幕 の展 開 も、 ほ とん ど原 作 の ま まで 変 動 はな い。 第4幕 で の 扇 の 返 却 と、 別 れ の挨 拶 、 金 女 士 へ の好 悪 が逆 転 す る 徐 夫 妻 の対 応 な ど、 原 作 の ま まで あ る。 さ らに は第1幕 の、 皮 肉 に満 ち た ウ ィ ッ トに富 む せ りふ ま で 、 ほ とん どそ の ま ま に受 け継 がれ て い る。 た と え ば、 ダ ー リン トン卿 の前 掲 の せ りふ は次 の 通 りで あ る。 ① 対 伯 英 如 今 在 社 会 上 混 个 个 装 腔 作 勢 充 好 人,个 个 自命 不 凡 ,不 如 像 我 装 腔作 勢 充 坏 人 的,倒 逐 男得 慊 虚 一 点,真 一 点,1-11011) ② 対伯 英 咳,世 道 人 心 糟 到 如 此,都 是 好 人 弄 出来 的。好 人 最大 的坏 処, 就 是 看 得 坏 事 太 要 累,大 掠 小 怪 的 陶 。 … … 据 我 看 来,无 所渭 好 人,无 所渭 坏 人,世 界 上 只 有 兩 神 人:一 神 人 走 到 面 前 忖 人 喜 双,一 神 人 走 到 面 前 惹 人 村 灰 。 徐 夫 人 跟 我 当然 要 算 是 村 人喜 双 的。1-113 ① が(a)に、 ② が(b)に対 応 して い るが、 ② の 末 尾 が(b)と若 干 異 な るて い ど で あ るσ 少 妨 妨 の(c)のせ りふ の方 は、 い さ さか 手 を 加 え た形 で 再 現 され て い る。 ③ 少 妨 妨 現 在 的 人,作 事 任 性 的 很,只 願 自己,不 願 別 人,口 里悦着髪, 口里 悦 着 栖 牲,不 迂 随 口 悦 悦 雲 了 。1-111 sacramentと かpurificationと い っ た、 キ リス ト教 に 関 わ る語 が 切 り捨 て られ、sacrificeを 生 か す べ く再 構 成 さ れ て い る と見 られ る。っ まり少妨 妨 に は、 キ リス ト教 式 の宗 教 的 背景 が 与 え られ て い な い ので あ る。 一 方、 俗 物 的 な た くま しさ を発 散 す るベ リ ック公 爵 夫 人 は、 中 国 で も陳 太 太 と して ます ます 意 気 軒 昂 で あ る。
洪 深の扇 ④ 隊 太 太 銃 銃 坏!个 个 坏!男 人年 彡己大一 点 。 陣!学 得 小 心 一 点, 可 絶 不 会学 好 。1-119 ⑤ 隊 太 太 対 呀,聴 明 的人 用 不 着 哭 的,丑 的 女 人 オ 哭 哩!1、20 ④ が(d)に、 ⑤ が(・)に対 応 して い るが 、 これ はそ の ま まで 中 国 に も受 け入 れ や す い とみ な され た の か 、 きれ い な翻 訳 の よ うで さえ あ る。 第2幕 で は、 ス トー リーの 展 開 の 必要 か らか、 せ りふ の 出入 りや、 人 物 の設 定 が若 干 異 同 を見 せ る。 も っ と も、 肝 心 なせ りふ や、 人 物 に付 与 さ れ る性 格 、 行 動 様 式 は ほ とん ど そ の ま ま で あ る。 たとえ ば、 ダー リン トンが 情 熱 的 な愛 の告 白 を行 う(f>のぜ りふ は、 二 っ に分 割 され た も の の、次の通 ・りほ ぼ翻 訳 に近 い形 で 与 え られ て い る 。 ⑥ 朗伯 英 真 的,我 爰 祢!子 明是 不 爰 祢 的 了。 我 的 心,瑜 貞,祢 逐 不 知 道 公?一 切一 我 的一 達 生 命 都 是称 的! 少 妨 妨 伯 英! 対伯琴(搶 涜)明β怕称叫我去赴湯蹈火,我 是心里情 愿。(媛 媛 的税)我 自槻 縡 后誠 是个 鵬 是个儂子 漣 眼里賄 イ尓。現在人喜双撥 情 兩 个 字,速 就 是 愛 情 噌 。 我 悦 返 活,心 里 毫 无 慚 愧 。我敬祢,所 以我一 向 不 敢 在 祢 面 前 悦"我 愛 祢"。 所 以也 不 肯 説 ,不 忽悦。如今 既然 子 明弄得 返 般 田地,称 也 就 可 以 寓 幵 他 噛 。 今 天 晩 上 就走 ,我 幻兩 个人,木 拘到什 公地 方,這 我 們 的苦 日子 圭?我 也 不 来冤 祢。 悦 是 社 会 的 現 念 ,旁 人 的以恰,不 相 干 的,不 要 累的 。 社 会 旁 人 的批 坪,真 是 可 怕 得 很 。 苛 是 一 个 人 做 人,迩 是 庖 該 无 羞 无 悪,做 个 装 賚 装 痴 的假 人? .逐 是 庖 核 拿 点血 性 出来,倣 个 真 人?瑜 貞,祢 主 意 要 打 定!H-139 もち ろ ん完 全 に 同 じせ りふ ば か りで はな く、 や は り中 国 的 な文 廉 と して 成 り立 ち や す くす る た め に 置 き換 え られ た と ころ も見 られ る。 た と え ば、 第2幕 の末 尾 で 、 少 妨 妨 が失 望 の あ ま り夫 に置 き手 紙 を残 して、 劉 伯 英 の もとへ 向 か う場 で 、 そ の手 紙 を金 女 士 が 見 る シ ー ン は、次 のように多少手 が 加 え られ て い る。 ⑦ 金 女 士 … …(走 到 帯 稟 迦,鈿 鈿看 返 封 信 ,拿 在手里又放下,忽 然想
「文学部紀要」文教大学文学部第11-2号 白井啓介 起 从 前 情 事,十 分 震 惧)不!「 不!决 不 至 于!(頓)做 娘 的r个 已 鋒 走 錯 了,做 女 儿 的 不 至 于 第 二 个 再 走 錯 咀!哦,我 力什 公 想 到 速 件 事 上 去?我 最忘 祀 的 一 件 事,怎 公 今 天 又 想 起 来?女 儿,堆 道 也 会 走 措 公?(將 信 拆 の 』幵 ,・ 看 了 一 遍,四 肢 皆 軟,瘧 坐 椅 内)嗄!返 封 信,筒 盲 同 我 二 十 年 前, 留 給 地 鼕 的 那 封 信 一 祥 。 字 句 都 差 不 多,速 二 十 年 之 中,天 罰 我,也 罰 得 夥 苦 噛!那 些 全 不 算,此 刻 オ 是 真 拐 我!H-147 (9)MRS.ERLYNNENo;no!It・wouldbeimpossible!Lif6doesn't repeatitstragedieslikethat!Oh ,whydoesthishorriblefancy 「comeacrossm e?whydoIremernbernowtheone血oment6fmy' 1ifeImostwishtoforget?Doesliferepeatitstragedies?[Tearslet彡er ・OPenαndreadsit ,thensinksdOwnintoachairwithagesture(>f ' anguish.]Oh,how、terrible!Thesamewordsthattwentyyearsago Iwrotetoherfather!andhoWbitterlyIhavebeenpunishedforit! No;mypunishment,myrealpunishmentisto-night ,isnow!Il-95 さ ら に 第3幕1に な る と、 原 作 の 冒 頭 に あ る ウ ィ ン ダ ミ ア 夫 人 の 独 白 が な くな り、 即 座 に ア ー リ ン夫 人(金 女 士)と の や り と り に 入 る よ う 変 え られ る な ど 、 多 少 の 異 同 が 見 ら む る 。 しか し一 方 で は 、 同 じ幕 で の セ シ ル ・グ .レア ム や ダ ン ビ ー ら が 、 ダ ー リ ン ト ン と オ ー ガ ス タ ス 卿 ら を 肴 に 、 痛 烈 な 言 葉 遊 び に 麌 ず る と こ ろ な ど は 、 ほ と ん ど そ の ま ま に 見 事 に 取 り込 ま れ て ・い'る ◎ (h)CECILGRAHAMOh!gossipislcharming!Historyismerely gossip.ButscandaliSgOssipmadetediousbymbrality.Now,Inever m・ ・ali・e・Am・nwhgm・ ・alisesi・u・u・11y・hyp…it・ ,and・w・m・n whomoralisesisinvariablyplain .Thereisnothinginthewholeworld $o'unbecomingtoawomanasaNonconformistconsblence.And .mdstwomenknowit ,1'mgladtosay.M-127 ⑧ ・張 亦 公 肉 活 是 最 有 趣 的,一 部 二 十 四 史,都 是 肉 活6比 方 肉活 中 夾 了 杵 多 道 学 活,那 就 変 了 攻 缶 人 毀 滂 人 的 坏 活 了 。 我 从 来 不 道 学 。 男 人 道 学 ,
洪 深 の 扇
大 半 心 杯 巨 測;女 人 道 学,准 是 其 貌 不 揚 。 好 好 的 女 人 而 道 学 ,就 是 自 暴 自 弃 了 。 幸 而 中 国 女 入,都 通 述 速 展 妙 理,都 不 肯 笙 亳 道 学 。 皿 一159 (')DUMBYW・a・eallinth・gutt・ ・,but・ ・m・ ・fu・a・el。。king。tth。 stars?Up・nmyw・ ・d・y・uarev・ ・y・・m・nti・t・ 一night
,D・,lingt。n. CECILGRAH:AMTooromantic!Youmustbeinlove .Whoisthe gir1?皿 一130 ⑨ 李 不 魯"我 們 可 不 都 堕 落 在 臭 水 井 里 。 但 是 坐 在 井 里 ,也 不 妨 現 天 。" 咽!返 句 活,很 有 点 像 哲 学 家 的 口 气 。 張 亦 公 皀 但 像 哲 学 家,更 像 新 文 学 家 做 的 白 活 恃。 別 是 笈 生 了 恋 愛,犯 了 相 思 ロ巴。 伯 英,称 同 淮 笈 生 了 爰 情?皿 一160 与istoryが 「二 十 四 史 」 に 変 わ り、romanticが 哲 学 者 や 新 文 学 の 白 話 詩 に置 き換 え られ るな ど、多 少 の工 夫 と、 あ るいは本質 を衝 いた 「改訳」 と に よ って 、 翻 訳 よ り も意 図 は む しろ本 質 的 に伝 わ る と言 うべ きか 。 これ らの異 同 を検 討 してみ る際 、 中 国 の風 俗 習 慣 と人 間 の 習性 を う ま く 取 り込 み原 作 を 中国 化 した とい う側 面 を考 慮 す るの が最 も有 力 で は あ る。 た とえ ば中 国 で の こ の作 品 の評 価 は、 ほ とん ど例 外 な く この点 を あ げ る 。 も っ と も 「上 流社 会 の一 組 の母 子 の、 異 な った運 命 の もっ れ を 描 き、 イギ リス紳 士 層 の偽 善 ぶ りに強 烈 な 風 刺 を 行 った 。 原 作 は、 ス トー リー が錯 綜 し、 言 葉 は洗 練 され}魅 力 に あ ふ れ る。 洪深 は、原作 のス トー リーを生 か しなが ら、 人 物 の 背 景 や性 格 、 言 葉 、 習俗 をすべて中国化 したたあ、脚本 自体 が 人 を 引 きつ け て離 さず 、 中国 の観 客 の好 み に合 致 した。」12)と い っ た、 社 会 的意 義 を付 与 して 解 釈 を 行 う もの も あ るが、 こ う い う中函 の生 活 に適 合 と の見 解 が ほ ぼ定 説 化 して い る。 ただ 、 も う一 っ の要 因 と して、 洪 搾 が上 演 にふ さわ しい戯 曲 を 目指 して 厂改 訳(adaptation)」 した とい う点 を 、 な い が し ろ に す べ きで は な か ろ う。 洪 深 が、 後 に語 る と ころ に よれ ば、r少 妨 妨 的扇 子 』 上 演 の 際、 劇 評 界 か ら最 も注 目 を集 め たの は、最 も難 しい 役 ど ころ で あ る金 女 士 を演 じた 女 優 の銭 剣 秋 と、 演 出 に当 た った洪 深 自身 で あ っ た と い うが13) 、 こ の こ
「文学部紀要」文教大学文学部第11-2号 白井啓介 と は 当時 女 優 が まだ 十 分 に養成 されて お らず 、 金 女 士 と対 等 に渡 り合 うべ き少 妨 妨 を 演 ず る力 の あ る女 優 が、 見 っ け難 か った こ とを物 語 る もの で も あ ろ う。 この こ と と、 第3幕 の 冒頭 の少 妨 妨 の長 い独 白を削 った ことと は、 無 縁 で はあ る まい。 中 国 で の 『少 妨 妨 的 扇子 』 評 価 に戻 る と、 お おむ ね 「舞 台 稽 古 に 際 し、 台 本 、演 出家 、 上 演 、 舞 台装 置 にそ れ ぞ れ 厳 格 な規 定 を設 け、 中 国現 代 演 劇 史始 ま って以 来 の完 全 な演 出家 中 心 シ ス テ ム を確 立 」 し、 「立 体 的 な舞 台 装 置 や場 面 の雰 囲 気 によ り照 明 を 変 え る こ と、 道 具 類 の配 置、 舞 台 監 督 を設 置 した こ と、 いず れ も初 ので き ご とで あ っ た 」14)と い った 上 演 面 の 画 期 的成 梟 に集 約 さ れ る こ とが 知 れ るが 、 以 上 の 話 劇 を と りま く社 会 環 境 を考 慮 に入 れ る な ら、 これ も納 得 が い こ う。 しか し、 上 演 面 の成 果 は そ の通 り と して も、 『少 妨 妨 的 扇 子 』 と い う戯 曲作 品 と して、 そ の戯 曲文 学 の 意義 を検 証 す る とな る と、 い ま少 し別 の観 点 も考 慮 に入 れ るべ き で は なか ろ うか。 そ こで 、次 に は 『少 妨 妨 的扇 子 』 の戯 曲 と して の価 値 が ど こにあ るの か、 考 察 して み よ う。 4.扇 の 要 Idealsaredangerousthings,realitiesarebetter す で に 見 た と お り 、 『ウ ィ ン ダ ミ ア夫 人 の 扇 』 と 『少 妨 妨 的 扇 子 』 は 、 人 名 と地 名 を 変 え た だ け の 、 翻 案 と 言 う よ り 翻 訳 に 近 いadaptationで あ る 。 細 か い せ り ふ ま で 、 ほ と ん ど 対 応 し一 致 を 見 せ る 。 む し ろ、 な ぜ 翻 案 で あ っ て 翻 訳 に し な か っ た の か と の 疑 問 さ え 湧 く も の で あ る 。 上 演 に 適 す る よ う に 手 を 加 え た だ け が ぐ こ の 作 品 の 功 績 な の だ ろ うか15)。 『少 妨 妨 的 扇 子 』 を 、 『ウ ィ ン ダ ミア 夫 人 の 扇 』 と 各 幕 ご と に 比 較 して .み て も 、 あ ま り大 き な 異 同 が な い こ と は 、 す で に 述 べ た 。 しか し、 各 入 物 の 描 き か た 、 扱 い か た を 見 る と、 多 少 の 違 い が あ る こ と も垣 間 み え る 。 そ の 唯 一 の 違 い と言 え る と こ ろ が 、 母 親 『ウ ィ ン ダ ミ ア夫 人 の 扇 』 で は Mrs.Erlynne,『 少 妨 妨 的 扇 子 』 で は 金 女 士 の 扱 い で あ り 、 位 置 づ け で あ
洪深の扇 ろ う か 。 ウ ィ ン ダ ミ ア 夫 人 で は 、 最 後 ま で 厂悪 女 」 と して 描 か れ、 実 の 娘
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そ の後 の弁 解 は文 字 ど お り、 強 が りの言 い訳 に聞 こえ る よ うな描 き方 の よ う に見 え る。 も ち ろん 大 筋 に お い て、 せ りふ や舞 台 上 で の役 割 に さ ほ どの 相 違 が あ るわ け で はな い。 だ が 作 者 洪 深 が 、rウ ィ ンダ ミ,ア夫 人 の 扇 』 中 の人 物 に抱 くイ メ ー ジや認 識 が、 わずかなが らで も 「ずれ」 を見せ てい、る のが 、 実 は この 金 女 士 な の で あ る。 た とえば 『少妨妨的扇子』で は、第4 幕 で 金女 士 が 扇 を 返 しが て ら別 れ の挨 拶 に訪 れ る場 面 で 、 原 作 の 次 の せ り ふ(j)を、'⑩の よ うに変 えて い る こ と も、 小 さ いよ うで い て 見 過 ごす こ との で きな い異 同 で は な か ろ うか。 (・)LORD-WINDERMEREId・kn・wy・uF。,lw,ntyy。ars。f yourIifeyoulivedwithoutyourchild,withoutathoughtofyour child.Oneday・youreadinthepapersthatshehadmarriedarich man.Yousawyourhideouschance .、Youknewthattospareher theignominyoflearningthatawomenlikeyouwashermother , Iw・uld・ndu・eanythingY・ub・g・ny・u・bl・ ・km・ilingW-162 ⑩ 徐 子 明 我 怎 公 不 知 道 祢?称 二 十 年 奈 混 西 混 。 没 有 一 刻 想 起 称 的 女 儿,念 着 弥 的 女 儿 。 偶 然 听 悦 弥 的女 几嫁 了 个 有 銭 的 人 ,称 赴快胞回上海, 想 趁 此 机 会,敲 一 毟 竹 杠 。 所 以 祢 不 找 瑜 貞,珎 来 找 我 。IV、72 『ウ ィ ン ダ ミ ア夫 人 の 扇 』 の 方 で は 、 ア ー リ ン夫 人 が ウ ィ ン ダ ミア 卿 を ゆ す り、 恐 喝 し て い た こ と がblackmailingと 明 示 さ れ る し、 『少 妨 妨 的 扇 子 』 で も、"敲 一 毟 竹 杠"と 「人 を か も に す る 」 「弱 み に っ け 込 ん で 金 を 出 さ せ る 」 と い う表 現 を 使 い 、 両 者 は 類 似 す る 。 だ が ウ ィ ン ダ ミア卿 は、 お ま え の よ う な 女 が 母 親 で あ る こ と が 「恥 ず か しい 目」 な の だ と こ き下 ろ す が 、 徐 子 明 は 、 そ こ ま で 金 女 士 に 毒 づ い て は い な い 。 ま た 、 こ れ に 先 立 っ や り と り の 中 で 、 洪 深 は 、 金 女 士 に 次 の よ う な 弁 明 の 機 会 を 与 え て も い る 。「文学部紀 要」文教大学文学部第11-2号 白井啓介 ⑪ 徐 子 明 … …我 因 力 不 愿 意 瑜 貞暁 得女也所 爰 慕 恭 敬 的 母 楽,是 一 个 弃 了 丈 夫 跟 了 別 人逃 走 的堕 落 女 子 。 金 女 士 子 明,二 十 年 以 前,女 人 肉 字丈 未,寓 了 家,算 是 駭 人 听 向 。 現 在 寓 婚 皀不 是 平 常 的事?rv-171 小 さな変 更 で は あ る もの の、 こ う した扱 い の積 み重 ね に よ って 、 金 女 士 は、 ア ー リン夫 人 に比 べ て ず っ と同情 され るべ き人 物 へ と変 更 され て い る よ うな印 象 が強 い。.過 去 に過 ちを犯 したが、哀れむべ き 「善良 なる」 人物 へ と、 方 向 付 け られ て い るか の よ うで あ る。 洪 深 自身 も この こ と は念 頭 に あ っ た よ うで 、 む しろ限 りな い 同情 を寄 せ て 、 次 の よう,に人 物 分析 を行? て い る。 「本 劇 の 金 女 士 は、"傷 心"の 人 で あ る。 お そ う く20年 来 、 幾 度 とな く 悔 い 改 め 更生 を はか った に も関 わ らず、 人 々 の 嘲 りか ら逃 れ られ な か っ た こ とだ ろ う。 さ ら に勝 手 気 ま まな性 格 で、 卑 しい境 遇 に甘 ん じて い る が、 世 の人 々 に憎 ま れ る まで に はい た って い な い。 そ の た め毀 誉 褒 貶 を 偶 然 の結 果 とみ な し、 道 徳 を 人 を欺 く もの と考 え る。」16)そして 、 次 の 金 女 士 ρ せ りふ を、 最 も 「傷 心1」の言 葉 であ り、 彼 女 の人 格 を最 もよ く表 す もの で あ る とす る。 ⑫ 金女士 不第 我迩況得。 咳・速有多少年 了!那 張小 照・ 逐是 残没 有 出嫁 以 前 照 的 。 大 概 是 光 緒 二 十 八 九 年 。.咳,那 个 吋 候,一 路 前 対 海,頂 算 吋 髦,女 人 迩 不 作 異 大 方 交 阮 「要 有 一 神妍 羞 的祥 子 。W-173 この よ う な、 金女 士 を 「善 良 な女 」 と と らえ る見 方 は、 ワイ ル ドの原 作 に も許 容 す る素地 が あ り、 す で に見 た とお り 『ウ ィ ン ダ ミア夫 人 の扇 』 の 「低 俗 な メ ロ ドラマ の影 響 を脱 し き って い な い」 欠 陥 の 一 っ に も数 え られ る と こ ろで あ るが・ 原 作 は・ そ れ で もそ れ な りの手 を打 つて あ り・ アー リ ン夫 人 を 「美 化 」 しす ぎぬ よ う に扱 って い る ので あ る17)。 洪 深 は・ この 「善 良 性 」 を五 四 時期 の 中国 的 女性 観 で 増 幅 した と見 る,こ とがで き るの で は な い か。 そ しで この措 置 に よ って 悼 金 女 士 は した た か な た くま しい女 性 か ら、 哀 れ む べ き善 良 な る女 性 、悲 しい 過 去 を背 負 った悲
洪 深 の 扇 馳, しい女 とい うお き ま りの 、 そ して また は な はだ凡 庸 で退 屈 な女 性 へ と堕 落 させ られ て しま った と さえ見 る こ と もで きよ う。 これ に先 立 っ 『趙 閻 王』 で も、 洪 深 は オ ニ ー ル の多 様 な人 間性 へ の関 心 に啓 発 さ れ るよ り、社 会 的 意 義 、 道 徳 的 共 鳴 か ら軍 閥 兵 士 の物 語 を ま と めた の で あ った が、 第2作 の 『少 妨 妨 的扇 子 』 で も、 この点 で の 彼 の発 想 はζ あ ま り進 展 して い る よ う に は見 え な い。 adaptationと して見 た場 合 、 も う一 っ忘 れ て な らな い 要 素 と して、 舞 台 指 示 の 記述 の仕 方 が あ る。 上 演 用 に適 した脚 本 と して は、 こち らの ほ う が 重 要 で あ る場 合 さえ あ るσ た とえ ば、 『ウ ィ ンダ ミア 夫 人 の 扇 』 の 戯 曲 に は、 舞i台指 示 と して の行 為 の指 定 が ほ とん ど見 られ な い。塾一 方 、 『少妨 妨 的 扇 子 』』で は詳 細 な 指 定 が 行 われ る。 この 点 は、 す で に検 証 して い る の で こ こで は繰 り返 さな い が 、 一 点 だ けっ け加 え る と、 先 の 『趙 閻 王 』 で 、 舞 台 の代 用 と して の舞 台指 示 を 拒否 した 洪深 と して は珍 しい く ら いに、 そ の時 そ の場 の人 物 の心 理 状 況 を叙 述 す る舞 台 指 示 が 与 え られ る。これ らは、 す で に述 べ た とお り、 当 時 の俳 優 た ち の上 演 技 術 と戯 曲 作 品 へ の理 解 度 、 文学 的 素 養等 が、 必 ず しも理 想 的 で は なか った こ とに対 して 、 洪 深 が 配 慮 した もの と考 え て よ い の で はな いか と思 う。 事 実 、 『少 妨 妨 的 扇 子 』 に お け る舞 台指 示 は、 上 演 とい う こ とを視 野 に入 れ た際 、 初 め て輝 きを増 す類 の もので 、 必 ず し も 「読 む戯 曲」 専 用 の もの と1ま言 え な いか らで あ る。 洪 深 は、 道 具 や 照 明 、 衣 装 等 の舞 台 上 演 の面 で 画期 的 な 成 果 を 、 『少 妨 妨 的 扇 子」 で打 ち 出 した 。 人 物 の理 解 が 、 い さ さか決 ま り切 った 範 疇 で 終 始 して い る き らい もあ るが 、 これ は五 四 時期 の女 性 解 放 運 動 の 賑 わ い とい う社 会 的風 潮 の影 響 もあ ろ う。 一 方 、 白話 文 学 の提 唱 が な さ れ た割 りに、 実 体 と して の 口語 作 品 が乏 しか った 中 で、 魅 力 あ ふ れ る話 劇 のせ りふ と い う面 で は、 ワ イル ドの辛 辣 な皮 肉 や、 気 の利 い た し ゃれ た せ りふ を ほ とん どそ っ くりそ の ま ま取 り入 れ る こ とで 、話 劇 の言 葉 を豊 か で 深 み の あ る も の に す る こ とに貢 献 した と言 え る ので はな い か。 そ の意 味 で は、 華 麗 な舞 台上 演 を作 り出 した ことを扇 面 とす るな ら、 ワイル ド流 のせ りふ の妙 味 をふ ん
「文学 部紀要」文教大学文学部 第11-2号 白井啓介 だ ん に こ の作 品 に取 り入 れ た こ と こそ 、 扇 の要 な の で は な い か と思 う18)。 5.結 び 一20年 代 戯 曲 の到 達 と開 始 Actionsarethefirsttragedy,wordsarethesecond 以 上 に 『少 妨 妨 的扇 子 』 で、 洪 深 が何 を扇 い だ の か 、 何 を もた ら した の か を検 証 して み た。 辛 亥 革 命 前 後 に隆 盛 した文 明 新 戯 が 衰 退 した後 、五 四 新 文 化 運 動 の 中 で 新 しい芝 居 を求 め て い た中 国 文 化 界 に と って、 この 作 品 の受 容 は ま さ に新 しい舞 台 の幕 開 け と な っ た こ と だ ろ う。 特 に、 ス ロー ガ ンや セ ンチ メ ンタ ル な作 品 が多 か っ た文 明 新 戯 の 口語 劇 に 比 べ 、 『少 妨 妨 的 扇 子 』 のせ りふ は、 ロ語 で あ りな が ら深 み の あ る表 現 を もた ら した の で は な いか 。 そ して も う一 点 は、 こ の作 品 が 描 く世 界 の 魅 力 で あ る。 植民 地 上 海 に は、 英 国 貴 族 社 会 の モ ダ'ンさ と洗 練 、 そ の実 体 と して の空 疎 さ、 世 の中 か ら一 歩 身 を 引 い て斜 に構 え る ダ ンデ ィズ ム な どを享 受 す る萌芽 が す で に備 わ って い た、 あ る い は人 々 の心 を くす ぐる憧 れ に 似 た境 地 と して、 受 け入 れ 可 能 な ス タイ ル が築 か れ て い た ので は な い か。 現 に 、 「少 妨 妨 的 扇 子 』 は、1928年 に洪 深 自身 の手 で 映 画 化 され て お り、 さ ら に11年 後 の 1939年 、 孤 島 期 の 上 海 で再 び リメ イ ク され る ほ ど 人 気 の ス トー リー で あ りえ た ので あ る19)。そ の意 味 で は、 洪 深 が1923年 に ワ イ ル ドの 『ウ ィ ン ダ ミア夫 人 の 扇 』 を、 翻 案 の対 象 と して 選 択 した の は、 ま さに慧 眼 と言 う べ き もので あ りえ た ろ う。 これ に先 立 っ1922年 の 『趙 閻 王 』 が 、 一部 の 「愛 美(ア マ チ ュア)劇 」 運動 提 唱者 以 外 の 大 多数 の 観 客 に は ほ と ん ど理 解 され ず 、 興 行 と して は大 失 敗 と な った こと か ら、 軌 道 修 正 を はか った と 言 え るか も知 れ な い。 しか し、 こ う した モ ダニ ズ ム と して の こ と ば の妙 味 が 、 上 海 の 中 国 人 一 般 に広 く、 血 肉 一 体 の もの と して受 け入 れ られ る ま で に は、 い ま少 し時 間 を要 した と も言 え そ うで あ る。1920年 代 か ら30年 代 に か け て の 中 国 話 劇 界 は、 田漢 の ロ マ ンテ ィ シズ ム が、 しば ら くは席 巻 す るか らで あ る。 田漢 に と って は 『サ ロメ』 の ほ うが、 よ り重 要 で あ り魅 力 的 で あ った はず で あ
洪 深 の 扇 ・ る20)。 一 方 、 洪 深 は25年 か ら 明 星 電 影 公 司 に 入 り 、 映 画 シ ナ リ オ の 執 筆 に力 を 注 ぐ こ と と な る 。 洪 深 が 、 再 び 話 劇 戯 曲 を 執 筆 す る の は 、1930年 の 『五 奎 橋 』 に 始 ま る 「農 村 三 部 曲 」 か ら で あ り 、.ζ れ と平 行 し て 、 映 画 ・シ ナ リ オ の 執 筆 の に う は、・20年 代 後 半 か ら30年 代 半 ば ま で 続 け ら れ る 。 こ う した 映 画 と芝 居 の 両 面 で の 創 作 活 動 の 積 み 重 ね に よ う て ヤ ロ 語 文 芸 と し て の せ り ふ の 洗 練 度 や 表 現 力 は 、 徐 々 に そ して 着 実 に 力 を つ け て ゆ くの で あ っ た ろ う。 こ う し た 点 か ら見 る な ら 、 洪 深 が 『少 妨 妨 的 扇 子 』・で 扇 ぎ だ した も の は、 .ワ ィ ッ トに 富 ん だ、 ア フ ォ リ ズ ム に も 類 す る、,気 の 利 い た せ り ふ だ っ た の で は な い か 。 だ か ら こ そ 後 に 洪 深 は 、 俳 優 の 朗 誦 術 に つ い て 研 究 を 深 あ て ゆ く の で あ る21)。1920年 代 に も、 す で に せ りふ の ス タ イ ル の 多 様 性 や せ り ふ の 効 果 等 に 注 意 を 向 け つ つ あ っ た の か も知 れ な い 。 い ず れ に し ろ 、 1920年 代 に 始 ま る 「現 代 話 劇 」 は 丶 よ う や く.1コ語 の 美 学 を 磨 く道 に 踏 み 出 す の で あ り、 そ の 先 鞭 を つ け た の が 、 洪 深 の 『少 妨 妨 的 扇 子 』 だ と見 て よ い だ ろ う。 扇 の 風 は 、 か 細 くた お や か に、 ・レか し確 か に 吹 き 出 し た の で あ る 。 「.1997年10月 脱 稿 注: 1)夏 衍 「悼 念 田漢 向 志 」 『収 穫 』1979年 第4期 、p .17§。 2)拙 稿 「洪 深 の 戯 曲 表 現一 二 つ の 中 国 版 『皇 帝 ジ ョー ンズ』 を 手途 ふ りた〕 『中国 文 人 論 集 』(由 山知 也 博 士 古 稀 記 念 会編 、 明 治 書 院 、1997年)pp .3i6-3零9。 3)拙 稿 厂文 明新 戯 と現 代 話 劇 の劇 本 一 中国 話 劇 史 研 究 札 記 ② 丿 『愛 知 大 学 文 学 会 文 学 論 叢 』 第71輯 、1982年 、pp.149-168。 厂4)山 田勝 「世 紀 末 とダ ンデ ィズ ムー オ ス カ ー ・ワ イル ド研 究 』(創 元 社 、1981 年)P。102 5!テ キ ス トは・THEc・LLEcTEDw・RKs・F・scAR虹DEV・1・ 珥・ 皿,RouTLEDGE/THoEMMEsPREss1993に よ る 。(1-6)は 、 同 書 第1幕 の 第6ペ ー ジ で あ る こ と を 示 す 。 6)翻 訳 は ・ 西 村 孝 次 訳 「ウ ィ ン ダ ミア 卿 夫 人 の 扇 』(「 オ ス カ ー ・ワ イ ル ド全 集 』
「文学部紀要 」文教 大学文学 部第11-2号 白井啓介 H、 青 土 社 、1981年)に よ る。 同 書p.213g以 下 に 引 用 す る ・『ウ ィ ン ダ ミア 夫 人 の 扇』 の 訳 は、 す べ て これ に よ るd 7)前 出 馳山 田 勝 、『世 紀 末 と ダ ンデ ィ ズ ム』p.104 8)『 サ ロ メ ・ウ ィ ンダ ミア卿 夫 人 の扇 』 〈新 潮 文庫 、,1973年 改 版)の 訳 者 西 村 孝 次 の 解説 に よ る。 同 書p.276 9)映 画 は、1925年 の ア メ リカ制 作 。 監 督:『エ ル ンス ト?ル ビッチ、撮 影:チ ャー ル ズ ・ヴ ァ ン.・エ ンガ ーひ 配 役 は、 ダ ー リ ン ト、ン卿:卩 ナ ル ド 。コ曽 ル マ ン、 ウ ィ ン ダ ミア 夫 人:メ イ ・マ ッカ ヴ ォ イ、 ア 門 リ ン夫 人:ア イ リー ン ・リッチ、 ウ ィ ン ダ ミア 卿:バ ー ト ・ライ テ ル。 当 代 随 一 の美男 子 と評判 の ロナル ド ・コー ル マ ンを、 ダー リ ン トンに据 え た と こ ろか ら も、 こ の作 品 に対 す る 当時 の 一 般 の 関心 は、 ダー リ ン トンと ウ ィ ンダ ミ.ア夫 人 の 「ラ ブ ゼロマ ンス」 で あ った こ とが窺 え よ う。 10)孫 青 紋 『洪 深 戯 劇 、 電 影 創作 年 表』(『戯 劇 芸 術 』、1981年 第2期 所 収)の 記 述 に よ る◎ 同 誌p.71 U)原 作 のLadywindermere'sFanの 場 合 と 同 じ く、 『少 娟 妨 的扇 子 』 で も原 文 の 引用 は 第 何 幕 の 何 ペ ー ジか を 示 す 。 テ キ ス トは、 『洪 深 文 集 』 第1巻(中 国 戯 劇 出版 社 、1957年 初 版、1988年 再 版)の ペ ージ 数 。 12)『 中 国 話 劇 通 史 』(葛 一 虹 主 編 、 文 化 芸 術 出版 社 」990年)p.64 13)洪 深 「我 的 打 鼓 吋期 已努 這 吋了 公?」(『 洪 深 文 集 』 第4巻 ∼ 中 国 戯 劇 出 版 社 、1959年 初 版 、1988年 再 版)p.535 14)『 中国 現 代 戯 劇 史 稿』(陳 白塵 、 董 健 主 編 、 中 国 戯 劇 出 版 社 、1989年)p.320 15)洪 深 は、 「「小 妨 妨 的 扇子 』 序 録 」 の 中 で、翻 訳 に 際 して の 注 意 を 、 原 文 の .意図 を正 確 に 伝 え る こ と は もち ろん 、 言 葉 の リズ ムや 流 れ を重 視 せ よ等 の3項 目を あ げ た 後 、こ の 作 品 に は それ まで2種 類 の 翻 訳 が あ った が、 いず れ も上 演 に は;適した もの で は なか っ た と述 べ て い る。 「洪 深 文 集 』 第1巻p.466 これ に つ い て 、 『中 国 現 代 比較 戯劇 史』(田 本 相 主 編 、文 化 芸 術 出 版 社 、1993 年)で は 、 第2編 二 十 年 代 の第5章 の王 爾 徳 的 影 響 の 章 で 、1919年 に 『新 青 年 』 に連 載 され た 、 沈 性 仁 訳 の 『遺 扇 記 』(第5巻 第6号 、第6巻1号 、3号 連 載)を あ げ る と と も に、 潘 家 洵 訳 の 『扇 誤 』 が 『新 潮 』 第1巻 第3号 に 掲 載 され た と述 べ る。 しか し、 同第 二 章 の外 国 戯 劇 の 翻 訳 と紹 介 の 節 で 、1920年 ・代 に翻 訳 劇 が 大 き な 比 重 を 占 あ た こ とを 述 べ、 田漢 の 『サ ロメ(沙 楽 美)』 『ハ ム レ ッ ト(哈 姆 雷 特)』、 バ ーナ ー ド ・シ ョウ の 『ウ ォー レ ン夫 入 の職 業(華 倫 夫 人之 職 業)』(1923年 、 潘家 洵 訳)等 とな らん で 、・潘 家 洵 訳 の 『温 徳 米 爾 夫 人 的 扇 子』 を1926年 の 出 版 と して あ げ る。 同書p206お よ びp,116。 沈 性 仁 訳 の 『遺 扇 記 』、 お よ び潘 家 洵 訳 の 「扇 誤 』 を 『少 妨 妨 的 扇 子 』 と比 べ る と、 ウ ィ ンダ ミア夫 人 を 「温 特 米 爾 夫 人 」 と し、 そ の 省 略称 と して 「温 夫
洪深の扇 人 」 とす る(『 扇 誤 』 で は 厂温 夫 人 」)な ど、 苦労 の あ と も窺 え るが 、 ダー リ ン トン卿 を 「達 林 頓 勲 爵 」(『扇 誤 』 で は 『厂達 爵爺 」)と 呼 ば ね ば な らぬ の は、 確 か に上 演 向 きで はな い よ うに 見 え る。 しか し、 それ に もま して見 劣 りが す る の は、 す で に述 べ た せ りふ の 緊迫 度 の ほ う と言 え る。 た とえ ば、 次 の ベ リッ ク公 爵 夫 人(「 遺 扇記 』 で は 「勃 利 克 公爵 夫人 」、 『扇 誤 』 で は 「裴 理 克 公 爵 夫 人 」) の 一 節 が如 実 に物 語 って い る。 (x)勃 夫人 岐 ジ 他 們 都 是 的,.我 愛,没 有 一 个 例 外。 并 且 他 們 永 逸 不能 改好 的了 。 。 男 子 会 老,但 是 永 逸 不 会 好6(『 新 青 年 』 第5巻 第6号b.605) (y)公 爵 夫 人 都 是 坏 的,一 个 好 的 也 没 有 。 并 且年 妃 量 然 一 天 一天 大上 去 ,从 来 不 会 変 好 些 的 。(『新 潮 』 第1巻 第3号p .482) これ を本 文 に示 したベ リッ ク公 爵 夫 人 のせ りふ(d)と比 べ て み れ ば、・(x)ではmy dearが そ の ま ま 「我 髮 」 で あ るな ど、 『ウ ィ ンダ ミア夫 人 の扇 』 の真 っ正 直 な 翻 訳 で あ る こ とが 明 らか に な る。(y)にして も、(d)で よ`allofthem ,mydear, allofthem"と 繰 り返 す こ とば の テ ン ポが 出 て い な い。 これ に 対 して 、 ④ の 陳太 太 の せ りふ の ほ うが 、 や は りこ なれ た言 葉 遣 い で あ り、 テ ン ポ もあ り洗 練 さ れ て い る と言 え るの で はな いか 。 16)洪 深 厂『少 妨 妨 的 扇 子 』 後 序 」(前 出 『洪 深 文集 』 第1巻)p .470噛 17)た とえ ば、 前 出 の山 田勝 『世 紀 末 と ダ ンデ ィ ズ ム 』 で は、 ア ー リ ン夫 人 が 当 初 「恐 喝 」 に よ って ウ ィ ン ダ ミア卿 に接 近 してお き なが ら、 最 後 に は 「善 良 な 女 」 と化 す矛 盾 に対 し、 次 の よ うな解 釈 を試 み る 。 ワ イル ドは主 人 公 の ア ー リ ン夫 人 の軌 道 修 正 を 行 って い るの で あ る。 それ は、 ア ー リ ン夫 入 が娘 の危 機 を 救 い、 厂善 良 な女 」 と して よ み が え り・、 ウ ィ ン ダ ミ ア夫 妻 の彼 女 へ の 憎 しみ も消 え た後 、 娘 と孫 の前 か ら姿 を 消 そ う とす る場 面 に 見 られ る。 この 場 面 は 、 一 見 セ ン チ メ ン タル に感 じ られ る が 、彼 女 の態 度 は、 セ ン チ メ ンタル とい う不 潔 さを消 し去 って い る。 っ ま り、 ア ー リ ン夫 人 は 厂一 人 さ び し く」娘 の前 か ら姿 を 消 す の で は な い。 … … アー リン夫 人 は悪名 高 いオ ー ガ ス タ ス卿 と結 婚 す る こと に よ って、 自分 の 「善 良 性 」 を 否 定 し よ う と し た の で あ る。(同 書p.105) 18)こ の点 にっ いて 、 瀬 戸 宏 「上 海 戯 劇 協 社 『若 奥 様 の扇 』(《 少 妨 妨 的扇 子 》) 上 演 を め ぐ って」(『臼本 中国 学 会報 』 第45集 、1993年)pp .176-191と は、 視 点 を 異 にす る。 瀬 戸 論 文 は、 『少 妨 妨 的 扇子 』上 演 の経 過 と そ の 成 功 の 原 因 を 丹 念 に究 明 した労 作 で は あ るが 、 考 察 の 対 象 を上 演 の成 功 に い た る演 劇 環 境 に 置 くた め 、 こ う した せ りふ の 出 来 映 え を 考 慮 に 入 れ 、 先 行 の 翻 訳(潘 家 洵 訳 『扇 誤 』 と沈 性 仁 訳 『遺 扇 記 』)と の対 照 も行 い なが ら、・厂洪 深 め 翻 案 で は登 場 人 物 の 発 す る台詞 も、 こな れ た 中 国語 に な って い た」(同 会 報p .182)と しか 分 析 しな い。 私 と して は、 せ りふ の 「こ なれ た」 具 合 そ の もの こそ が、 麟 曲 文
「文学部紀要」文教大学文学部 第11-2号 白井啓介 学 ζ して考 察 に値 す る 意 味 が あ る と考 え る。'また ・ 瀬 戸 が 引 用 す る顧 仲 彝 の 「戯 劇 協 社 的過 去 」 が述 べ るよ うに、 「刷 情平 凡 之 至,内 容 亦 扱 室 虚」 で は あ る が 、 「対 活 流 利 警 暢 消 皮 劫 听」(『洪 深研 究専 集 』 浙 江 文 芸 出版 、1986年 、p.70) で あ った 、 そ の実 相 を こそ 究 明 す べ き と考 え るの で あ る。 こ こで 『少 妨 妨 的 扇 子 』・の 意義 を、 ワ イ ル ド流 の せ りふ をふ ん だ ん に取 り入 れ た こ と と見 な夛 の は、 以 上 の 考 え に基 づ く、もの で あ る。 19)映 画 『少 妨 妨 的 扇 子 』 は、1928年 版 が 明 星 影 片 公 司 の 制 作 で 、脚 本:洪 深 、 監 督:張 石 川 と洪 深 、 撮 影:董 克 毅 。 出演 は、 楊耐 梅 、 宣 景琳 、 肖英 、 襲 稼 農 等 。 全9巻 。1939年 版 は、 華 新 影 片 公 司 の制 作 で 、 脚 本:孫 敬 、 監 督:李 萍 倩 、撮 影:薛 伯 青 。 配 役 は、 ウ ィ ンダ ミア夫 人 役 の袁 美琳 に袁美 雲 が扮 し、ア ー リン夫 人役 の黎 曼 鴻 に 陳露 明 が 当 た っ た。 20)田 漢 は、1921年 に す で に 『沙 楽 美(サ ロ メ)』 を 翻 訳 し、 『少 年 中 国 』 第2 巻 第9期 に発 表 して い る。 21)『 戯 的念 詞 与 詩 的 朗 頌 』 を、1943年 に 美 学 出 版 社 か ら 出版 して い る(現 在 『洪 深 文 集』 〈前 出〉 第3巻 に収 め る)。 これ は台詞 、詞 論 を展 開 した もので 、 主 に 朗 誦 の技 法 、 理 論 化 に重 点 が あ るが 、 演 劇 の文 学 性 、詩 的言 語 との接 点 を 探 る試 み は、 中国 新 文 学 の 中 で は初 めて の もの で あ り、洪 深 の独壇 場 でさ えあ っ た。