近代期の日本における福祉思想の社会構造史⑴
―研究序説―
The Social Structural History of Ideas for Welfare in
Japanese Modern Period ⑴ :
Introduction to Research
坪 井 真(作新学院大学女子短期大学部)Ⅰ.問題の所在
政治思想史の研究者である田中(1990:94)によれば「歴史の発展と社会の変化はすべ てなんらかの形でそれに先行するさまざまな諸条件に規定されて動き(原因)、その結果 としてそれぞれの『現在』がある」という。田中の議論に基づくならば、現代日本の社会 福祉も「先行するさまざまな諸条件」に影響を受けている蓋然性が高いといえよう。 周知のとおり、現代の日本に先行する時代は近代期(1863年の王政復古の大号令から 1945年 8 月の終戦に至る期間)である。社会福祉を「社会制度の中にあって(中略)相対 的独自的な役割を持って当たる、社会的歴史的実践」と定義した吉田(1989:5・11)は「そ の時期の社会福祉(筆者注:現代の社会福祉に関連する歴史的事象)を基本的に規制する 一般史と、その時期の社会福祉(筆者注:同上)の特徴点と調和」させた時期区分を提示 している。このうち、近代期(吉田1989:12)の社会福祉に関連する歴史的事象(以下「福 祉関連事象」という)は、①近世以前からの特徴を有する明治維新期の慈善、②近代国家 確立の時期(1880年代後半)から大正初期に至る時期の慈善事業、③大正中期から昭和初 期に至る時期の社会事業、④日中戦争(1937年)から終戦(1945年)に至る時期の戦時厚 生事業と区別されており、時系列に変容する特徴(以下「通時的特徴」という)を示して いる。さらに上記の時期区分は各時期の福祉関連事象が当時の社会・政治・経済状況に影 響を受けていた特徴(以下「共時的特徴」という)も包含している。 また、他の先行研究(たとえば池田1986)も 3 つの時期に区分しており1)、近代期の福 祉関連事象は、現代の社会福祉と異なる特徴を有していることが理解できる。換言するな らば、近代期の慈善事業・社会事業・戦時厚生事業は、現代日本の社会福祉に「先行するさまざまな諸条件」を包含している蓋然性が高いと考える。したがって、慈善事業・社会 事業・戦時厚生事業の特徴を分析・考察する取り組みは、現代の社会福祉における「さま ざまな諸条件」の特徴や課題を解明する契機となるのではないか。 歴史学者のコッカ(Kocka=2000:128・241)は、歴史的事象に対して「個々の事件や 人物よりも、『諸関係』や『諸状況』、個人を越えた発展や過程を重視」し、「通時的な観 点と共時的な観点とを複合させながら、考察対象となる現実の諸契機がそれぞれ因果的、 機能的にどのような対応関係にあるのか」を分析・考察する社会構造史という方法論を提 唱している。この社会構造史は、近代期の慈善事業・社会事業・戦時厚生事業に内在する 「さまざまな諸条件」の特徴と現代の社会福祉の「対応関係」を解明するうえで有効な方 法論といえよう。 そこで、近代期の慈善事業・社会事業・戦時厚生事業の通時的・共時的特徴を分析・考 察し、現代の社会福祉における「さまざまな諸条件」の特徴や課題を解明する前段階とし て、本稿は現代日本における社会福祉概念と政策理念を分析・考察する。
Ⅱ.現代日本における社会福祉概念の分析・考察
周知のとおり、現代日本における社会福祉は、第二次世界大戦後の日本国憲法下で発展 した。では、現代の社会福祉は、どのように定義されているのだろうか。そこで1980年代 以降に発刊された各種事典・辞典が示す社会福祉の概念を整理した。 ❶仲村優一・岡村重夫・他編(1988)『現代社会福祉事典』 1) 社会福祉は「社会保障の一部」である。 2) 社会福祉は「社会保障、保健衛生、労働、教育、住宅等の生活関連の公共政策を総括 した概念」である。 3) 社会福祉は「生活関連の公共政策そのものではなく、これらの施策を国民(個人)が 利用し、改善して自分の生活問題を自主的に解決するのを援助すること」である。 ❷庄司洋子・木下康仁・他編(1989)『福祉社会事典』 1) 「実体概念」としての社会福祉は「人びとの幸福な状態をもたらす手段・方法を意味し、 さまざまな生活上の困難や障害、すなわち生活問題を解決・緩和・予防することを目 的とする制度、政策、実践などの総称」である。このうち「制度・政策レベル」の社 会福祉は「生活問題を解決・緩和・予防する」ための「基礎的条件となる良好な健康 状態や経済的状態の確保」が目的となる。なお、英語表現の social welfare や social services、social work は、この「実体概念」としての社会福祉に近い概念である。2) 「目的概念」としての社会福祉は人びとの「幸福な状態そのもの」であり、「その状態 をもたらすより広汎な条件」も含まれるため、「福祉」と表現されることがある。し たがって、「目的概念」としての社会福祉は、英語表現の well-being に近い概念である。 ❸京極高宣監修(1993)『現代福祉学レキシコン』 社会福祉は「個人・家族・地域において生ずる生活上の困難と障害を社会的責任におい て解決ないし緩和することを目的とする政策的・地域的・集団的・個人的な諸活動の総 称」である。 ❹社会福祉辞典編集委員会(2002)『社会福祉辞典』 1) 社会福祉の概念には「生活関連の公共政策を総称する広義のものと、自立を困難にさ れている人々への施策とする狭義のもの」がある。 2) 社会福祉の概念には「実体概念ではなく目的概念として理解するもの」がある。 3) 社会福祉の概念には「社会的現実を構成しているものであるから、社会の構造や動態 から理解しなくてはならないとして、対象と社会的対応からとらえるもの」がある。 ❺秋元美世・藤村正之・他(2003)『現代社会福祉辞典』 1) 社会福祉は「個人が社会生活を営むうえで生じる生活上の困難・障害を解決・緩和す るための、政策的・集団的・個人的な援助の諸活動の総体」である。 2) 但し、社会福祉は「使用目的や視点の相違、または国や時代の違いによって多義的に 用いられ、一義的に定義できない」概念である。 ❻仲村優一・一番ケ瀬康子・他監修(2007)『エンサイクロペディア社会福祉学』 1) 社会福祉の「福祉的機能」は「その本体部分である施策が客体(対象)である利用者 あるいはその担う問題状況に及ぼす働きないし作用」をいう。 2) 社会福祉の「社会的機能」は「施策が社会福祉の外部環境としての社会(共同体)、 経済、政治、文化に対して及ぼす働きないし作用」をいう。 このように社会福祉の概念は多義的であるが、その特徴を要約するならば、以下のとお りである。 ①人びとの生活課題を解決・緩和・予防するための制度・政策・実践である。(英語表現 の social welfare、social services、social work に類する実体概念)
②人びとが幸福な状態になることを目指している。(英語表現の well-being に類する目的 概念)。 ③社会福祉の実体概念が社会(共同体)・経済・政治・文化に影響を及ぼすとともに社会 的現実(社会の構造や動態)が社会福祉に影響を及ぼすこともある。 ④その国(地域)の制度・政策や文化的・社会的状況により社会福祉の特徴が異なる。(地 域特性に影響される共時的特徴)
⑤時代により社会福祉の特徴が異なる。(時系列推移による通時的特徴) さらに上記の特徴を研究視座という観点から整理するならば、多義的な社会福祉の概念 には、①社会福祉に内在する思想的特徴(制度・政策に内在する目的概念や実践者の福祉 観など)、②社会福祉の共時的特徴(同時代の文化的・社会的側面に影響を受けた関連事 象の特徴)、③社会福祉の通時的特徴(時系列の推移で変容した関連事象ならびに継承さ れた関連事象の特徴)が内在しているといえよう。
Ⅲ.社会福祉に関連する政策理念の分析・考察
2018(平成30)年 4 月 1 日に施行された改正後の社会福祉法(以下「改正社会福祉法」 という)は、地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律(平 成29年法律第52号)により、従前の同法の一部を改正した内容である。 施行前年にあたる2017(平成29)年12月、厚生労働省の子ども家庭局長と社会・援護局 長、老健局長の連名で発布された『地域共生社会の実現に向けた地域福祉の推進について』 (以下「局長通知」という)は、改正社会福祉法の特徴を以下のとおり記している。 ⑴地域共生社会の実現に向けて、地域福祉の推進の理念として、地域住民等は、福祉サー ビスを必要とする地域住民及びその世帯が抱える様々な分野にわたる地域生活課題を把 握し、その解決に資する支援を行う関係機関との連携等によりその解決を図る旨を追加 すること。 ⑵市町村は、地域住民等及び地域生活課題の解決に資する支援を行う関係機関の地域福祉 の推進のための相互の協力が円滑に行われ、地域生活課題の解決に資する支援が包括的 に提供される体制を整備するよう努めるものとすること。 ⑶市町村及び都道府県は、それぞれ市町村地域福祉計画及び都道府県地域福祉支援計画を 策定するよう努めることとするとともに、計画の記載事項として福祉に関し共通して取 り組むべき事項を追加すること。 (局長通知より引用) また、局長通知に添付された別紙(以下「局長通知/別紙」という)が示す「社会福祉 法改正の趣旨」は、次のとおりである。 少子高齢・人口減少社会という我が国が抱えている大きな課題は、我が国全体の経済・ 社会の存続の危機に直結しており、この危機を乗り越えるためには、我が国の一つ一つの 地域の力を強化し、その持続可能性を高めていくことが必要と考えられる。(中略)こう した考えのもと、地方創生や、一億総活躍社会の実現に向けた取組が進められており、ニッポン一億総活躍プラン(2016年[平成28年]6 月 2 日閣議決定)で述べられていると おり、支え手側と受け手側に分かれるのではなく、誰もが役割を持ち、活躍できる、地域 共生社会の実現が求められている。 (局長通知/別紙 p.1より引用) つまり、地域生活課題を把握し、福祉サービスを必要とする人たちを支援する主体が地 域住民等であるという改正社会福祉法の「地域福祉の推進」の理念は、「支え手側と受け 手側に分かれるのではなく、誰もが役割を持ち、活躍できる、地域共生社会の実現」を図 る政策(ニッポン一億総活躍プラン)が基盤といえよう。 さらに局長通知/別紙は、地域共生社会の実現に係る論拠として、2017(平成29)年 9 月に厚生労働省が公表した『地域力強化検討会最終とりまとめ∼地域共生社会の実現に向 けた新しいステージへ∼』(以下「検討会報告書」という)の提言を示している。 検討会報告書は、厚生労働省が設置した有識者会議(地域における住民主体の課題解決 力強化・相談支援体制の在り方に関する検討会:以下「地域力強化検討会」という)の提 言をまとめた報告書である。地域共生社会の実現を図る社会的背景と必要性について、地 域力強化検討会は以下のとおり述べている。 戦後築きあげられてきた、生活保護制度や各分野ごとの福祉制度、国民皆保険・皆年金 の社会保険制度、措置ではなく契約に基づく介護保険制度とそれに連なる障害者総合支援 制度、子ども・子育て支援新制度といった各分野でのきめ細かな支援体系を前提とした社 会保障制度が成熟する一方で、私たちは、そうした制度では必ずしも十分に対応すること が難しい課題(世帯の中での課題の複合、制度の狭間の問題、社会的孤立や排除への対応、 経済的な意味にとどまらない生活困窮の課題、自ら支援を求めることができない人や世帯 への対応など)に直面している。 今回の「我が事・丸ごと」の地域共生社会の実現に向けた取組は、「縦割り」を超えた 相談支援体制、「支え手」と「受け手」が固定しない社会や制度づくり、「他人事」であっ た様々な課題を「我が事」としてとらえることができる地域づくりを、地域住民の力と、 高齢、障害、子育て、地域福祉といった社会福祉の様々な担い手・専門職の取組、保健・ 医療・教育などの分野も含めた多職種連携、さらには地域の商業・サービス業、工業、観 光、農林水産業、防犯・防災、環境、まちおこし、交通、都市計画といった地域の様々な 担い手との間の関係、そして行政も含めた公的な支援体制の力があいまって実現すること を目指すものである。 (検討報告書 p.29より引用) 以上の議論を整理するならば、①地域共生社会の実現(改正社会福祉法が示す社会福祉 政策の理念)は「一億総活躍社会の実現」を図る政策(ニッポン一億総活躍プラン)の一
環に位置づけられる、②地域共生社会を実現する取り組みは住民主体による「地域福祉の 推進」が重視される、③改正社会福祉法における「地域福祉の推進」は「『支え手』と『受 け手』が固定しない社会や制度づくり」や「『他人事』であった様々な課題を『我が事』 としてとらえることができる地域づくり」が政策理念の特徴であるといえよう。 また、前述した三つの研究視座に基づき、改正社会福祉法が示す政策理念の特徴をあげ るならば、以下の 3 点に整理できる。 ①共生・住民主体・相互扶助(「支え手」と「受け手」が固定しない社会や制度づくり、「他 人事」であった様々な課題を「我が事」としてとらえることができる地域づくり)など の思想的特徴が内在している。 ②現代の日本社会が抱える諸問題(少子高齢化、人口減少、社会的孤立におかれた人びと の増加、社会的格差など)と社会福祉政策の共時的特徴を示している。 ③第二次世界大戦後の日本における社会福祉(特に政策・制度)の通時的特徴を示してい る。 さらに改正社会福祉法の政策理念は、三つの研究視座が相互に関連していることも示唆 している。とりわけ、改正社会福祉法の思想的特徴(共生・住民主体・相互扶助)に内在 する《支援という行為》および《自己と他者の関係性》は、人びと(地域住民)の価値形 成にかかわる文化的・社会的側面と連関しているのではないか。また、時系列の推移も同 様であり、人びとの《支援という行為》および《自己と他者の関係性》は、共時的・通時 的特徴により変容する蓋然性が高い。 そこで「第一に、人間の社会において、人間が善く生き、社会が存続するための条理を 検討」し、「第二に、『習慣的な性格』として社会に定着した、人間の社会を円滑に進めさ せる規範や、原理、規則、習慣、価値、あるいは道徳について考察する学問」の倫理学お よび「社会にどのような『倫理』が存在するかを探求することによって、(中略)社会に 定着した、『ある倫理』を検討」し、「より『善い社会』を目指す『倫理的な条件』を求め る学問」の社会倫理学(村田2005:2-4)を援用し、《支援という行為》および《自己と他 者の関係性》という側面から、改正社会福祉法の思想的特徴(共生・住民主体・相互扶助) を分析・考察する。
Ⅳ.改正社会福祉法に内在する思想的特徴の分析・考察
1 .倫理学の知見に基づく分析・考察 既述したとおり、厚生労働省が公表した検討会報告書(厚生労働省2017:29)は、改正 社会福祉法が示す福祉政策理念(「我が事・丸ごと」の地域共生社会の実現)の取り組み について、①「縦割り」を超えた相談支援体制、②「支え手」と「受け手」が固定しない社会や制度づくり、③「他人事」であった様々な課題を「我が事」としてとらえることが できる地域づくり、④地域住民の力と、高齢、障害、子育て、地域福祉といった社会福祉 の様々な担い手・専門職の取組、保健・医療・教育などの分野も含めた多職種連携、⑤地 域の様々な担い手との間の関係、⑥行政も含めた公的な支援体制を提唱している。 このうち、①・⑥はフォーマル(公的)な支援システムが主体といえよう。また、④・ ⑤はインフォーマル(非公的)な支援者(地域住民など)とフォーマル(公的)な支援者・ 支援組織の連携・協働が特徴である。一方、《支援という行為》および《自己と他者の関 係性》という概念が内在している取り組み(地域住民の主体的な相互扶助)は、②「支え 手」と「受け手」が固定しない社会や制度づくり、③「他人事」であった様々な課題を「我 が事」としてとらえることができる地域づくりである。 倫理学者の新田(1994:94-95)によれば「倫理的意義(道徳的善悪)を問われる行為」 は「間人格的行為」とよばれ、「人格に関わり、人格を客体としてもつとみなされるかぎ りにおいて、その倫理的意義を問われる」という。また、その前提として「行為の客体で ある人格は、単なる客体としてではなく、同時に主体として、すなわち『自由な選択意志 の主体』としても存在していなければならない」と論じている。そのうえで新田は、「間 人格的行為」の特徴を以下のとおり述べている。 「間人格的行為」とは、(中略)行為の始まりである人格はもとより、その客体である人 格もまた「主体」であるという意味で、相互主体的な行為でなければならないのである。 このような「間人格的行為」の構造を支えている原理を「相互主体性」という概念で捉え るならば、われわれは、この「相互主体性」の原理こそが倫理的世界(行為に関して道徳 的善悪を語ることができる世界)をそれとして成立させる基準であると同時に、道徳的善 悪の概念を規定する究極的な倫理基準である、とみなさなければならないだろう。 (新田1994:95) 新田の議論は、改正社会福祉法の思想的特徴(共生・住民主体・相互扶助)に内在する 《支援という行為》および《自己と他者の関係性》が「『相互主体性』の原理」に基づく「間 人格的行為」と関連していることを示唆しているのではないか。 さらに新田(1994:97-98)は「自分が倫理的意義を担った行為の主体であることを承 認するかぎり、同時に、行為客体である人格をも同様に目的設定の主体として承認しなけ ればならない」と述べ、「このような『相互主体性』の要求としての『人格性の原理』」は 「行為する人格に対して、行為客体の人格承認が道徳善悪を語るための根本前提であり、 われわれは倫理的意義を担ったいかなる行為においても、人格を単なる手段としてではな く、常に同時に目的自体として取り扱う義務がある」と論じている。そして「他人をゆえ
なく差別し、抑圧し、いわんや殺害する」といった「行為客体からの人格性の剥奪は、決 してその行為の倫理的正当化を果たすことはできない」と指摘している。 新田の議論に基づき、改正社会福祉法が示す政策理念(地域住民の主体的な相互扶助) の倫理学的特徴を整理するならば、以下のとおりである。 ①地域住民の主体的な相互扶助は、「『相互主体性』の原理」に基づく「間人格的行為」で ある。 ②地域住民の主体的な相互扶助は、支援の「受け手」(=他者)に対する「支え手」(=自 己)の「人格承認」が前提として重視される。 ③「他人事」であった他者の課題を「我が事」(=自己の課題)として理解し、支援する 地域住民の主体的な相互扶助は、「『相互主体性』の原理」と「人格性の原理」に基づく ことが「倫理的意義(道徳的善悪)」の正当化に結びつく。 しかしながら、現代日本の社会全体で改正社会福祉法の政策理念が「倫理的意義(道徳 的善悪)を問われる行為」として共有され、人びとが主体的な「支え手」(=自己)になっ ているのだろうか。換言するならば、改正社会福祉が示す地域住民の主体的な相互扶助は、 住民一人ひとりの内発的な「倫理的意義(道徳的善悪)」から導出された理念ではなく、 国家が標榜する福祉政策の「あるべき倫理」として位置づけられるのではないか。 そこで既述した社会福祉概念の特徴および「倫理」という 概念に基づき、社会福祉の 政策理念と《支援という行為》に対する人びとの思想的特徴を比較考察する。 2 .社会倫理学の知見に基づく分析・考察 前述したとおり、社会福祉には、①人びとの生活課題を解決・緩和・予防するための制 度・政策・実践という実体概念、②人びとが幸福な状態になることを目指す目的概念が内 在している。このうち、後者の目的概念は「倫理的意義(道徳的善悪)」を包含している のではないかと考える。 社会倫理学者の村田(2005:2-4)によれば「社会に存在する諸問題の原因を診断する ことは、その『原因』としての『ある倫理』を分析すること」が重要であり、「『あるべき 倫理』を追求するのではなく、社会に存在する『ある倫理』を考察することによって、そ の倫理(筆者注:『ある倫理』)に導かれる社会が本質的に理解できる」という。 一方、村田によれば「『あるべき倫理』と『ある倫理』を明確に区別することはできない。 (中略)両者は、緊密な相互関係にあるのであり、切り離して考えることはできない」と いう。そして、学問体系の側面から「社会に定着し、存在する倫理の検討」を目的とした 社会倫理学(社会科学の一分野)と「社会や集団の存続と改善のための条件の検討」を目 的とした倫理学(人文科学の一分野)の「応用倫理学的研究」が「緊密な相互の関係」に あることを村田は明示している。
村田が示す「ある倫理」(社会倫理学)と「あるべき倫理」(倫理学)の関係性は、社会 福祉に内在する実体概念と目的概念に対応している。具体的には、社会や人びとの間に広 く普及している価値観・倫理観が「ある倫理」だとするならば、「あるべき倫理」は社会 福祉制度・政策の目的概念や実践者の価値観・倫理観(福祉観の基盤)に該当する。 さらに「ある倫理」と「あるべき倫理」は、ベルクソン(Bergson=2001)が示した二つ の道徳、すなわち「社会道徳」と「人類道徳」の特徴と関連している。宇都宮(1997: 189)によれば、ベルクソンが示す「社会道徳」は「小は家族から、大は国家にいたるまで、 いずれも既成の閉じた社会の維持を目的とした道徳で、人間の『社会的本能』に由来する 『閉じた道徳』」であるという。したがって、社会に存在する「ある倫理」は、上述の「社 会道徳」と近い概念といえよう。一方、「人類道徳」は「人類全体を包含し、もはやいか なる個人をも排除しない『開いた社会』」を志向するという。よって、改正社会福祉法が 示す政策理念の思想的特徴(共生、住民主体、相互扶助)も「人類道徳」に近似している2)。 また、デューイ(Dewey=2002)が提唱した「慣習倫理(慣習的道徳)」と「反省倫理(内 省的道徳)」も「ある倫理」と「あるべき倫理」、そして「社会道徳」と「人類道徳」に関 連する概念である。宇都宮(1994:11-12)によれば、「慣習倫理に従っている人は、世間 の人びとが倫理的によいとか悪いとかみなしている事柄をそのまま無批判的にそうである として受け入れ、それに従って自分のふるまいを律している」という「他律的な生き方」 の基盤であり、「外から与えられた外的な倫理」すなわち外発的な倫理観に位置づけられ る。一方、「反省倫理の立場に移行した人は、慣習倫理をそのまま受け入れるのではなく、 (中略)何が倫理的によいかを自分で(世間の人びとによらずに)見極め、自分で納得で きる生き方」を志向する「自律的な生き方」の基盤であり、内発的な倫理観といえよう。 この「慣習倫理(慣習的道徳)」と「反省倫理(内省的道徳)」は、人びとの価値観・倫 理観と彼らを取り巻く社会の関係性を特徴づける概念であるが、デューイ(Dewey= 1995:302)によれば「道徳的判断と道徳的責任とは、社会的環境によってわれわれのう ちに営まれる作業である」という。そして「道徳性が社会的なものであるのは、われわれ の行動が他人の福祉に及ぼす効果を考慮にいれるべきだからではなく、事実によるもので ある。(中略)われわれの行為は、われわれが事実を知覚するか否かに関わりなく、社会 的に条件づけられている」という。彼の議論は「われわれは倫理的意義を担ったいかなる 行為においても、人格を単なる手段としてではなく、常に同時に目的自体として取り扱う 義務がある」という新田(1994:97-98)の議論と通底しており、「間人格的行為」におけ る「『相互主体性』の原理」と「人格性の原理」の重要性が示されている。 つまり、人びと(地域住民)の主体的な相互扶助が「『相互主体性』の原理」と「人格 性の原理」に基づく「間人格的行為」であるならば、「人格を単なる手段としてではなく、 常に同時に目的自体として取り扱う」ことが重要になる。また、「我が事・丸ごと」の地
域共生社会の実現という政策理念は、「『相互主体性』の原理」と「人格性の原理」に基づ く目的概念の具現化が重視される。
Ⅴ.まとめ
本稿は、近代期の慈善事業・社会事業・戦時厚生事業の通時的・共時的特徴を分析・考 察し、現代の社会福祉における「さまざまな諸条件」の特徴や課題を解明する前段階とし て、現代日本における社会福祉概念と政策理念を分析・考察した。その結果は以下のとお りである。 1 .社会福祉概念の特徴 ①人びとの生活課題を解決・緩和・予防するための制度・政策・実践である。 ②人びとが幸福な状態になることを目指している。 ③社会福祉の実体概念が社会(共同体)・経済・政治・文化に影響を及ぼすとともに社 会的現実(社会の構造や動態)が社会福祉に影響を及ぼすこともある。 ④その国(地域)の制度・政策や文化的・社会的状況により社会福祉の特徴が異なる。 ⑤時代により社会福祉の特徴が異なる。 2 .改正社会福祉法が示す政策理念の特徴 ①共生・住民主体・相互扶助(「支え手」と「受け手」が固定しない社会や制度づくり、 「他人事」であった様々な課題を「我が事」としてとらえることができる地域づくり) などの思想的特徴が内在している。 ②現代の日本社会が抱える諸問題(少子高齢化、人口減少、社会的孤立におかれた人び との増加、社会的格差など)と社会福祉政策の共時的特徴を示している。 ③第二次世界大戦後の日本における社会福祉(特に政策・制度)の通時的特徴が示され ている。 3 .改正社会福祉法が示す政策理念の倫理学的特徴 ①地域住民の主体的な相互扶助は、「『相互主体性』の原理」に基づく「間人格的行為」 である。 ②地域住民の主体的な相互扶助は、支援の「受け手」(=他者)に対する「支え手」(= 自己)の「人格承認」が前提として重視される。 ③「他人事」であった他者の課題を「我が事」(=自己の課題)として理解し、支援す る地域住民の主体的な相互扶助は、「『相互主体性』の原理」と「人格性の原理」に基 づくことが「倫理的意義(道徳的善悪)」の正当化に結びつく。 4 .改正社会福祉法に内在する思想的特徴 ①「ある倫理」(社会倫理学)と「あるべき倫理」(倫理学)の関係性は、社会福祉に内在する実体概念と目的概念に対応している。具体的には、社会や人びとの間に広く普 及している価値観・倫理観が「ある倫理」だとするならば、「あるべき倫理」は社会 福祉制度・政策の目的概念や実践者の価値観・倫理観(福祉観の基盤)に該当する。 ②「社会道徳」は「既成の閉じた社会の維持を目的とした道徳で、人間の『社会的本能』 に由来する『閉じた道徳』」である。したがって、社会に存在する「ある倫理」は「社 会道徳」と近い概念といえよう。一方、「人類道徳」は「人類全体を包含し、もはや いかなる個人をも排除しない『開いた社会』」を志向する。よって、改正社会福祉法 が示す政策理念の思想的特徴(共生、住民主体、相互扶助)も「人類道徳」に近似し ている。 ③「慣習倫理に従っている人は、世間の人びとが倫理的によいとか悪いとかみなしてい る事柄をそのまま無批判的にそうであるとして受け入れ、それに従って自分のふるま いを律している」という「他律的な生き方」の基盤である。一方、「反省倫理の立場 に移行した人は、慣習倫理をそのまま受け入れるのではなく、(中略)何が倫理的に よいかを自分で(世間の人びとによらずに)見極め、自分で納得できる生き方」を志 向する「自律的な生き方」の基盤である。 ④人びと(地域住民)の主体的な相互扶助が「『相互主体性』の原理」と「人格性の原理」 に基づく「間人格的行為」であるならば、「人格を単なる手段としてではなく、常に 同時に目的自体として取り扱う」ことが重要になる。また、「我が事・丸ごと」の地 域共生社会の実現という政策理念は、「『相互主体性』の原理」と「人格性の原理」に 基づく目的概念が重視される。 今後は、近代期の慈善事業・社会事業・戦時厚生事業の通時的・共時的特徴を分析・考 察し、現代の社会福祉における「さまざまな諸条件」の特徴や課題を解明することが研究 課題である。 注 1) 但し、池田(1986:39-40)は,①社会事業の時代:1917(大正 6)年の内務省地方局救護課設 置から1932(昭和 7)年の救護法施行まで、②厚生事業の時代:1932(昭和 7)年の救護法施行 から1945(昭和20)年の日本敗戦までの時期に区分し、社会事業の始期および戦時厚生事業の 呼称・時期が吉田(1989)の見解と異なる。 2) ベルクソン(Bergson=2001:322-323)によれば、社会道徳に関連する「閉じられた社会とは、(中 略)多くの個人的意志を同じ方向に傾けて、集団の凝集を確実なものにする。道徳的責務がこ のようなものである」という。一方、人類道徳に関連する「開かれた社会とは、原則的には人 類全体を包含する社会である」という。
文献
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