[報告] 1891年濃尾地震における大阪での被害と震度
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(2) 他,当時の大阪市域と周辺部のレンガ造の工場に 被害があった.筆者は初めてこの石碑を見たとき、 遥かに離れた岐阜を震源とする地震がどうして大 阪で多数の犠牲者を出すほどの災害を引き起こし たのか,また,震度は如何ほどであったか,という 疑問が起こった. 本稿では,まず,新聞史料から被害工場を調 べ,地盤図上にその位置を示し,さらに被害の原 因についての当時の新聞記事,大森(1894)の見解 について紹介した.次に,大阪での震度について 考察した. 先行研究では,大森(1894)は 4 段階の震度階を 用いているが,大阪府下,河内国讃良・河内・若江・ 渋川郡で最も揺れの強い 1・激,浪華紡績会社が あった大阪湾岸の西成郡をはじめ大阪府の大部 分を 1 ランク低い 2 ・烈と述べている.飯田(1985) は大阪湾岸から淀川に沿って,大阪平野で最も強 い揺れがあったとして,0∼7の 8 段階の震度階で 震度 6 としている.大阪市域はこの震度 6 の範囲 にある.大森が 1・激とした讃良・河内郡の生駒山麓 は震度 6 の範囲の外,すなわち 1 ランク低い震度 5 である.村松(1991)も飯田と同じく,大阪湾岸から 淀川に沿って,大阪平野で震度 6 としている.大阪 市も震度 6 である.ただし,震度 6 の範囲内に震度 5 の地点もある.河内国の生駒・二上山麓に震度 5 や 4 の地点が見られる. 大森は大阪市や大阪湾岸を河内国の激震地域 より 1 ランク低く評価しているが,飯田・村松では逆 に大阪湾岸で最も強い揺れがあったとして,震度 6 としている.濃尾地震による大阪での震度評価につ いて,先行研究に大きな相違がある.濃尾地震にお ける大阪府の震度について,再検討する必要があ る.筆者は,住家の全壊率・全半壊率によって震 度評価を行った.評価の基準は武村(2003,2005)を 参照した.住家被害数については,大阪府内務部 第二課が 11 月 2 日に発表した『大阪府農工商雑 報号外』に大阪府下のすべての郡区の被害数が 集約されており,これを基本資料とした. 最後に,震度評価の結果と大阪府下郡区の集 落が立地する地盤の特徴との関係を考察した. §2.大阪府下の諸工場の被害の概要 2.1 建物が破損し,死傷者が出た工場 ①西成郡伝法村浪華紡績会社 濃尾地震での大阪府の死者 24 名1のうちの 22. 名は西成郡南伝法村(現,大阪市此花区)の浪華 紡績会社で働いていた職工であった.浪華紡績会 社は明治 21 年(1888)開業,据付錘数一万錘以 上,「大阪財界第一流の人物を網羅」して出発した [高村直助(1971)].開業してわずか 3 年,新築間 もない工場が倒壊した.倒壊した第二工場は 50 間 (90m)に 20 間(36m)の煉瓦造三階建,上部は綛 場,二階はリング,その下は機械場であった.昼夜 二交代制で,地震が起こった 6 時 30 分頃は,夜か ら勤務していた者と昼間勤務の者とが交代した直 後であった.当時 567 名[大阪朝日 (1891c)]の労 働者が工場内にいた.ただならぬ地震の揺れに驚 いて,多数の職工は狭い階段を先を争って階下に 逃れようとした.煉瓦造三階建の工場の屋根が落 ち,さらに三階の壁が内部に向かって倒れ,多くの 職工が瓦礫の下敷きとなった(Fig.1).倒壊の原因 は,付近の民家に大きな被害が無いことから,工場 の耐震性が極度に劣っていたことがあげられる.被 害が拡大した原因は,狭い階段で,火災や災害の 発生に対する避難経路が十分確保されていなかっ たこと,さらに,昼夜二交替制の 24 時間操業が行 われていた.そのため,地震発生が午前 6 時 38 分 という早朝であったにもかかわらず,多数の犠牲者 を出した.. 図 1 浪華紡績会社,3 階が崩壊した(大阪朝日新 聞,1891c) Fig.1 The Naniwa Cotton Spinning Company.The third floor collapsed. (Osaka Asahi Newspaper, Oct.30th 1891) ②西成郡九条村字寺島大阪紡績会社分工場 この工場では,まさに仕事にとりかかろうとしてい た時に地震が起こり,外に逃げ出そうと出口に殺到 したときに,長さ七間(12.6m)ばかりの傘棚と事務 所の屋根が崩れかかり,14 名の負傷者が出た[大 阪朝日(1891c)]. ③堺市戎島・泉州紡績会社 ここでの被害は死者 1 名,負傷者 16 名[大阪毎. - 157 -.
(3) 日(1891b)].泉州紡績会社は三層の煉瓦造で, 花崗岩の屋上装飾(風切という)が南方の一部を残 し,東北西の三方が崩壊した[東京大学地震研究 所(1992)]. ④西成郡下福島村盛業会社 ここでは屋根が破 損,機械場も破損し,負傷者 3 人出た2. 2.2 煙突が倒壊した工場 ⑤西成郡三軒家大阪紡績会社本社工場 煙突が 二本曲がる.硝子障子が崩れる程度[大阪毎日 (1891a)]. ⑥西成郡難波村摂津紡績会社 事務所の暖炉の 煙突が落ちた[大阪毎日(1891a)]. ⑦西成郡西九条村煉瓦製造所五成社 煙突が歪 み,今にも倒れそうになった[大阪毎日(1891a)]. ⑧西成郡難波村内外用達会社 煙突が崩れ落ち た[大阪毎日(1891a)]. ⑨西成郡難波村コークス製造会社 煙突が崩れる [大阪毎日(1891b)]. ⑩西成郡湊屋新田硫酸製造会社 煙突が一本折 れる[大阪毎日(1891b)]. ⑪北区中之島電燈会社 煙突の中ほどに亀裂を 生じた[大阪毎日(1891a)]. ⑫北区造幣局 最も高い煙突がその頂上で少し曲 がった.短い煙突 2∼3 本の頂上が折れた[大阪毎 日(1891a)]. ⑬東区砲兵工廠 砲架製造所の煙突が一丈(約 3m)ばかり崩れ落ち,機械場の屋根を破壊したが, 機械には損害が無かった[大阪毎日(1891a)]. 2.3 大きな被害が無かった工場 ⑭北区堂島紡績所 二階から飛び降りた職工が負 傷した.建物に被害は無し[大阪毎日(1891a)]. ⑮東成郡平野紡績会社,⑯北区天満紡績会社は 特記するほどの被害は無かった[大阪毎日 (1891a)] 2.4 工場の被害と地盤との関係 新聞紙上で採り上げられた大阪府下の工場を地 域別に分類すると,大阪府西成郡に最も多い 9 工 場があった.大阪市北区に造幣局と 3 工場,東区 に砲兵工敞があり,さらに,東成郡平野,堺市戎島 にそれぞれ 1 工場があった.各工場の位置を地盤 図(Fig.3)に記した.最も強固な地盤に立地してい たのは上町台地にあった⑬砲兵工廠であるが,煙. 突に被害があった.次に強固な地盤といえるのは 天満砂堆で,⑯天満紡績会社と⑫造幣局が建って いた.⑯天満紡績会社には特に被害が無かった が,⑫造幣局では煙突に被害があった.平野紡績 は自然堤防上に立地し,被害は無かった. 多くの工場が立地していた西成郡は大阪湾岸の 低地であった.軟弱な沖積層が 20m以上堆積した 地盤である.とりわけ,倒壊した浪華紡績会社が立 地していた場所付近は軟弱であった(Fig.2).. 図 2 大阪平野,沖積層の基底面までの厚さ.土質 学会関西支部(1987)を引用した. Fig.2 The thickness of alluvium in Osaka plain. 2.5 煉瓦造建物の倒壊の原因 浪華紡績会社が立地していた伝法の地盤は沖 積層の厚さが 20∼30 m,大阪でも最も軟弱な地域 であった.しかし,地盤が工場倒壊の一因ではある が,それが主要な原因ではない.『大阪毎日新聞』 (1891a)は地震で倒壊した浪華紡績会社について, 「建築の粗雑にして、唯いたずらに外面を装飾して 根基を堅うせざる」と述べ,外観に費用をかけて、 建物の基礎や造りの堅牢さは疎かにされていたと 指摘している. 大森(1894)は「大坂の浪華紡績会社の如く震動 甚た強からさる地(最大加速度千粍内外)にて破壊 するに至っては全く設計の不完全なるに因らすん あらす」と述べ,大阪のように地震の揺れがそれほ ど強くない地で倒壊したのは,設計に問題があっ たとしている.また,「二階三階の床横木等は只僅 かに壁の切り込みに載せ置きたりのみなりしを以て. - 158 -.
(4) 此等は建物の振動するに連れて壁より脱落し従っ て屋根重量にて二階以上の一部分の陥落せるか 如し」と続けている.煉瓦造そのものが耐震性に劣 るというより,工費を安くあげるため,粗雑な施工を おこなったために倒壊したのであった.ところで,震 度は如何ほどであったのだろうか.. も強く,1・激としている.大阪湾岸では 1 ランク下の (2・烈)である. 表 1 大森による震度と被害との関係(大森(1894)) Table 1 Correlation between seismic intensity and damage. 震度 1・激. 3・強. 被害の程度 多少建築物の倒壊,土地の陥落,山 腹崩潰,通常の石燈籠・座りよき石塔 の転倒. 一二の古き家,納屋,土蔵の転倒多 少,石燈籠,・石塔の転倒,堤防等に小 亀裂. 藍汁を溢出,振子時計を止める.古壁. 4・微弱. に裂罅を生ずる. 別段の被害無.. 2・烈. れ っ か. 図 3 明治 20 年頃の大阪の地形区分と工場の位置 (①∼⑯).大阪湾の海岸線は大日本帝国陸地測 量部 明治 18 年測量仮製 2 万分 1 地形図 尼崎・ 天保山・大阪・堺より.地形区分は新修大阪市史 編纂委員会(1996)の付図,土質学会関西支部他 (1987),断層線は,国土地理院(1996)を参照. Fig.3 Map of landform classification. The location of factories are shown by number.About 20th year of Meiji period. §3.濃尾地震による大阪での震度に関する先行研 究 3.1 大森房吉による震度分布 大森(1894)の震度評価の基準は表1で震度分 布は図 4 である.大森(1894)は大阪での震度つい て,河内国・讃良,河内,若江,渋川郡で揺れが最. 図 4 大森による等震線図.国境線は原図のまま. 大和国に震度 1 と思われる等震線が描かれている が,1の記載が無い.河内国に震度 1 の等震線が 引かれていない(大森, 1894) Fig.4 Map of the contour lines showing the intensities of the Nobi Earthquake.(Omori, 1894) 3.2 飯田汲事による濃尾地震の震度分布 飯田(1985)は,濃尾地震の震度分布を 7∼0 の 8 段階の気象庁震度階で表示した.飯田は震度階と 被害の対応関係を示しているが,住家全壊率・堤 防破壊との関係について,表 2 に示した.震度 6 は 住家全壊率 30%以下, 震度 6 と震度 5 との境界 は住家全壊率 0%と 1%の間にある. 飯田は大阪湾岸から淀川に沿う大阪平野で揺 れが最も強く,震度 6 としている.大阪市や浪華紡 績会社があった西成郡は震度 6 の範囲に入って いる.大森が 1・激とした讃良・河内郡の生駒山麓. - 159 -.
(5) は震度 6 の範囲の外,すなわち 1 ランク低い震度 5 である. 表 2 震度階級と住家全壊率・堤防破壊の関係 (飯田,1979) Table 2 The correlation between seismic intensity grades and the rate of complete collapse of houses and banks. 気象庁震度階 住家全壊率 堤防破壊. 0. Ⅴ. Ⅵ. Ⅶ. 0%< ∼50 間. ∼1%∼ 20∼30% 50 間∼ 1000 間∼. 30%< 潰滅. 作成した.震度評価の基準については 7∼0 段階, 強・弱に分けて示している.村松(2002)は震度と地 震被害との関係について示している.その内,家 屋の被害・燈籠の転倒・道路堤防被害の 3 項目と の関係を抜き出して表 3 に示した. 震度 6 弱と 5 強の境界は,住家の被害について は,倒潰(全壊)があるか,無いかということである. 全壊があれば震度 6 弱となる.堤防の崩壊・亀裂 の長さ等も評価の基準となっている. 村松(1991)も飯田と同じく,淀川に沿って大阪 平野に震度 6 の範囲を設定しているが,そこには 震度 5 の地点もある.飯田と同じく,大森が 1・激と した讃良・河内郡の生駒山麓では,揺れは小さい としている.生駒山麓から二上山麓にかけて,震度 5 や 4 の地点が見られる.. 図 5 飯田による等震線図(飯田,1979) Fig.5 Map of contour lines showing seismic intensity (Iida, 1979) 表 3 震度と家屋・燈籠・道路堤防被害との関係 (村松,2002) Table 3 Correlation between seismic intensity grades and damage. (Muramatsu, 2002) 震度. 家屋. 燈籠. 道路堤防. 4−. 動揺はげしく驚いて飛出 す者あり. 4+. はげしく動揺壁,瓦等に破 損ありと聞く. 5−. 人々皆逃げ出す,壁・瓦 破損,きれつ,障子倒る. 転倒あり. 堤防の崩壊あり. 5+. 壁崩落. 転倒多数. 土地の隆起,陥没あり, 亀裂 1 間くらい数ヶ所堤 防崩壊,規模 5 間くらい. 6−. 倒潰あり. 殆ど転倒. 崩壊したものが多い. 倒潰多数. 全滅. 崩壊数十ヶ所,地面亀裂 長さ数十間. 6. +. 7−. 倒壊率 30%以上. 7+. 全滅に近い. 崩壊,亀裂数百間. 3.3 村松郁栄による濃尾地震の震度分布 村松郁栄(1991)はアンケート調査の回答地点 の震度を評価し,7∼0 の震度階で震度分布図を. 図 6 村松による等震線図と震度分布(村松,1991) Fig.6 The map showing contour lines of the seismic intensity grade.(Muramatsu, 1991). §4.住家の被害程度による大阪での震度評価 大森・飯田・村松によって,濃尾地震における大阪 での震度評価が行なわれたが,まとめると,大森は 河内国の讃良・河内・若江・渋川郡で最も揺れが 強い 1・激としているが,飯田・村松では大阪湾岸 から淀川に沿って,揺れが最も強かったとしてい て,震度評価について大きな相違がある.大阪で. - 160 -.
(6) の震度について再検討する必要がある.筆者は住 家の被害程度によって,震度評価を試みたい.ま ず震度評価の基準について述べる. 4.1 住居被害の程度による震度評価の基準 気象庁の震度階級基準によれば,震度 7 では家 屋の倒壊が 30%以上である.ここで,倒壊とは全壊 (全潰)と同意と考えられる.したがって,震度 7 では 全壊率 30%以上と言うことが出来る.気象庁は震 度 6 や 5 と家屋の倒壊率(全壊率)との関係を記載 していない.そこで,震度 6 や 5 と家屋の被害程度 (全壊率・全半壊率)との関係を定義する必要があ る.武村(2003,2005)を参照し震度評価の基準を 作成した. 武村(2005)は宮城県北部で起こった 3 つの地震 (1900,1962,2003 年)による家屋の全半壊率を調 べたところ,同規模の地震であるのに,年を追う毎 に全半壊率が大きくなると指摘している.全半壊の 定義の変質が起こっていると考え,このような最近 の傾向を「生活全壊」と呼んでいる.そして,宮城 県北部で起こった 1900 年の地震の震度を判断す る基準について,次の 2 点を示している. ①全半壊率を全壊率とみなす. ②被害率(全壊+半壊+破損)を全半壊率とみ なす. ① 全半壊率(H)を全壊率(Y)とみなして,修正全 壊率(Y’)とする. 表 4 住家の全半壊率(H)を全壊率(Y)とみなし, 修正全壊率(Y’)とした場合の震度との関係. Table 4 Correlation between seismic intensity and the modified rate of complete collapse of houses. 修正全壊率(Y’) 30%≦Y’ 10%≦Y’<30% 1%≦Y’<10% 0.1%≦Y’<1% Y’< 0.1%. 震度 震度 7 震度 6+ 震度 6− 震度 5+ 震度 5−以下. ※武村(2005)を参照したが,全壊率(Y)を修正全 壊率(Y’)とした. ② 被害率(D)を全半壊率(H)とみなして,修正全 半壊率(H’)とする. 家屋の被害率とは,次のように求められる. 被害率(D)=(全壊戸数+半壊戸数+破損戸 数)÷全戸数×100 被害率(D)を全半壊率(H)とみなし,修正全半壊 率(H’)とする.. 表 5 震度と修正全半壊率(H’)との関係. Table 5 Correlation between the seismic intensity grade and the modified rate of the half collapse of houses. 修正全半壊率(H’) 45%≦H’ 20%≦H’<45% 5%≦H’<20% 1%≦H’<5% 0<H’<1% H’=0. 震度 震度 7 震度 6 強 震度 6 弱 震度 5 強 震度 5 弱 震度 4. ※武村(2005)を参照したが,全半壊率(H)を修正 全半壊率(H’)とした. 4.2 大阪府の地震被害(特に住家)についての資料 表 4,表 5 に示した震度評価基準を用いて,大 阪での震度を推定する.まず,濃尾地震による大 阪での住家被害(全壊・半壊)について以下の諸 資料から抜粋し,付表 1 に示した. ① 新聞資料 濃尾地震による大阪府下の被害状況について, 警察署,郡役所が緊急に調査し,10 月 29・30 日に は『大阪朝日新聞』等でその結果が報道された.た だし,被害程度が軽い郡・区については詳細を記 載していない.また,大阪関係の被害では浪華紡 績会社の惨状に最も多くの紙面が割かれ,西成郡 内の警察署,郡役所も職員が総力をあげて救助に あったっていたので,西成郡内の住家等の被害調 査が新聞紙上には記載されなかった.なお,住家 の被害は戸数で記載されている. ②『大阪府農工商雑報号外』,全ての郡・区の被害 を記録 大阪府の被害状況を知ることができる資料とし て,大阪府内務部第二課が 11 月 2 日に発表した 『大阪府農工商雑報号外』(以下では,『農工商雑 報』と略記)がある.これには大阪府下の郡区ごと に,工場・住家・納屋・土蔵・建物墻壁・煙突・街燈 及石燈籠・堤防・死傷者・橋梁・田圃の陥落等の項 目に分けて被害が記録されている 3.被害の届けが あったすべての郡・区について記録されている. 『大阪朝日新聞』に住家の被害が記載されてい ない東区・西成郡・泉郡・南郡についても被害数値 が記録されている。濃尾地震発生前の大阪府下 郡・区の戸数は『農事調査』,『大阪府統計書』によ って知ることができる.. - 161 -.
(7) 『農工商雑報』の住家の被害から,修正全壊率・修 正全半壊率を求め,濃尾地震の大阪での震度を 評価することができるのである. ③東京大学地震研究所『濃尾地震資料集 2』 帝国大学総長加藤弘之の名によって全国を対 象としてアンケート調査が行われた.これはその時 の資料である.この調査の家屋についての質問で は全壊・半壊戸数といった被害数値を調べようとす るものではなく,家屋の揺れや転倒の方向等につ いて質問している.しかし,回答の中には,質問項 目に無い事項についてフリーに書き込んだものも ある.また,郡・区や村の家屋全壊数・半壊数を記 録しているものもあり,本研究に利用した. ④『西成郡史』 『大阪朝日新聞』には西成郡についての住家被 害の記載がない.『農工商雑報』の数と比較するた めに用いた. 以上から大阪府,郡・区での住家被害を付表 1 にまとめた。. ②住家の被害が特に無かった郡・区の震度 住家に被害が無かった郡区の震度は付表 3 とな る. 表 6 『大阪朝日新聞』(1891c)の被害数による河内 2 郡の震度評価 Table 6 The seismic intensity grades of two wards in Kawachi ,Osaka prefecture, from ‘Osaka Asahi Newspaper’.. 4.3 大阪府各郡・区の住家被害程度(修正全壊率・ 修正全半壊率)と震度評価 『農工商雑報』に記載の住家被害を基本史料と して震度評価を行った.倒家・全潰は全壊と同じ, 半潰・半崩は半壊と同じとした.・『農工商雑報』に 記載の住家の被害数を戸数として,住家の修正全 壊率・修正全半壊率を求めた(付表 2). ただし,以下の考慮すべき問題がある.『農工商 雑報』に記載の住家被害の数字が「戸数」であるの か,「棟数」であるのか明記されていない.「棟数」 であれば、長屋の場合,1 棟に数戸の集合住宅で あるから,各郡・区の戸数で割って全壊率等を求め ると,実際よりも低い値となってしまう.『大阪朝日 新聞』には家屋の倒家数・半崩数が戸数で記載さ れている(記載されていない郡・区もある).『農工 商雑報』と『大阪朝日新聞』の住家被害数を比較 し,差が大きい郡区については『大阪朝日新聞』の 被害数からも全壊率等を求めた(表 6). 西成郡について,『西成郡史』では『農工商雑 報』より全壊数が 10 戸多い.そこで,『西成郡史』の 被害数からも全壊率等を求めた(表 7). ①住家に被害があった郡・区の震度評価 住家被害があった郡区の震度を評価すると、付 表 2 となる.異なる資料に基づくと表 6,及び表 7 と なる.. ※半壊,破損戸数の記載無し.表 5 を適用し,推 定震度は 5−となり,『大阪府農工商雑報号外』に よる推定震度と同じ結果となった.. 修正全 壊率 Y’. 修正全半壊 率 H’. 震 度. 倒家. 半崩. ※若江郡. 55 戸. 142 戸. 3.0%. 6− − −. 6−. ※河内郡. 20 戸. 151 戸. 4.5%. 6− − −. 6−. ※推定震度はどちらも 6−となり,『大阪府農工商 雑報号外』による推定震度と同じ結果となった. 表 7 『西成郡史』の被害数による西成郡の震度 Table 7 The seismic intensity grades of Nisinari ward-the rate of complete collapse of houses from ‘Nisinari ward History’. 全倒 ※西成郡 16 戸. 全壊率(Y) 震度 0.042% 5−. 表 8 石燈籠の転倒と震度の関係(住家全潰率 0.1%以下の場合)※武村(2005) に基づく. Table 8 Correlation between seismic intensity grades and rates of overturned stone lanterns. 石燈籠の転倒の様子 震度 多数の石燈籠が転倒 5 弱 4 石燈籠の不安定なものが転倒 4.4 濃尾地震における大阪府(郡・区)の震度 大阪府(郡・区)の震度を(Fig.7)の地図に示し た. 河内国北・中部(震度 6 弱∼5 強) 大阪府で住家の修正全壊率が最も大きく,震度 6 弱と推定されるのは安宿部郡・志紀郡・高安郡・ 河内郡・渋川郡・若江郡であって,河内国の中部 の郡に集中している.北部の茨田郡・交野郡は修 正全壊率は 1%以下であるが,住家の破損が多く, 修正全半壊率は 5%以上,震度 6 弱であった.讃 良郡・大県郡は震度 5 強である. 河内国南部(5 弱∼4) 河内国南部の各郡には住家の大きな被害は無. - 162 -.
(8) 上と石川右岸の山麓に分布していた.志紀郡は旧 大和川が生駒山地と二上山地の間を通る峡谷から 河内低地への入口の位置にあった.集落は羽曳 野丘陵,大和川が形成した自然堤防上,扇状地性 低地(Fig.8)にあった.これら 3 郡が軟弱地盤の河 内低地の中央部でなく,生駒山地とその南への延 長線上にある二上山麓にあり,近接していることが 注目される.. く,錦部郡は石燈籠の転倒が多数で震度 5 弱,石 川郡は棚上の薬水の空瓶が 3∼4 寸の高さに抛り 出されて落ちたという記述から震度 5 弱とした.丹 南郡では屋根瓦が 1∼2 枚落ちた程度,丹北郡は 全体に無事,八上郡は建物墻壁半壊が見られたの みで,震度 4 とした. 摂津国北部(震度 5 強) 淀川以北に位置する摂津国北部の島上郡・島 下郡・豊島郡・能勢郡は震度 5 強である. 摂津国西成郡(震度 5 弱) 大阪で最も大きな被害を受けた浪華紡績会社が あった西成郡では住家の修正全壊率が 0.056%, 修正全半壊率が 0.51%,震度 5 弱である. 摂津国大阪市内(震度 5 強∼4) 大阪市内では北区で住家の修正全半壊率 0.11%,被害が最も大きかった.震度は 5 強であ る.西区は修正全壊率が 0.007%,震度 5 弱であ る.東区・南区では住家の被害の届出は無く,震 度 4 である. 和泉国(震度 5 弱∼4) 大阪府南部の和泉国では堺市・大鳥郡・泉郡・ 南郡で住家の全半壊が見られたが,極めて少数で あり,震度 5 弱である.日根郡では住家に被害が 無く,最も無事という新聞の記述から震度 4 とした. 以上,大阪府下の震度は 6 弱∼4 である. §5.大阪の地盤と濃尾地震による震度 ここでは,大阪府下の郡区の地盤条件(Figs.8, 9, 10, 付表 4)と図7の震度の関係についてみていく. 大阪府郡区の地盤の特色と震度 ・交野台地∼生駒西麓∼二上山北麓(震度 6 弱∼ 5 強) 大阪府下で最も被害が大きかったのは震度が 6 弱∼5 強を記録した河内国北部・中部の諸郡であ る.交野・讃良・河内・高安・大県・安宿郡の諸郡は (Fig.9)で見ると,北は交野台地から生駒西麓を南 へと続き,さらに大和川の峡谷を越えて二上山地 の北麓に至っている.中でも,高安郡は生駒山地 の南部の山麓に位置し,14 の集落中,13 は山麓 の扇状地上にあった.生駒西麓堆積地(扇状地)で 被害が大きかったのである. 河内国の中でも,住家の修正全壊率が最も高か ったのは安宿部郡(3.9%), 2 番目は志紀郡(2.9%), 3 番目は高安郡(2.2%)であった.安宿部郡は二上 山地の北麓に位置し,集落は大和川左岸の台地. 図 7 濃尾地震, 大阪府郡・区での震度 Fig.7 The map of the Nobi Earthquake intensities in Osaka prefecture. ・河内低地(震度 6 弱∼5 強) 河内国の北部から中央部には縄文海進期に河 内湾であった低湿地・河内低地が広がっていた. この低地は厚い軟弱な粘土層に覆われている.そ こでは,地震の揺れは大きくなると予測される. 軟弱な地盤の河内低地に位置していた茨田郡・ 渋川郡・河内郡・若江郡は震度 6 弱であり,讃良郡 は震度 5 強ではあるが,6 弱に近かった. 河内低地では,南から大和川の本流であった長 瀬川(久宝寺川)をはじめ,玉串川・恩地川・平野. - 163 -.
(9) 川が南から北に向かって流れていた.北からは寝 屋川や淀川の分流であった古川が南へ向かって 流れ,南北の河川が合流する河内低地の中央部 は最も低湿な地域,潟湖性低地(Fig.8)である.集 落は古くから自然堤防上に形成された. 河内低地には河内国の諸郡だけでなく,摂津国 の東成郡南東部も含まれる(Figs.9, 10). 図 8 河内低地の地形区分図.大阪市立自然史博 物館(1981).旧大和川,淀川に沿って自然堤防が 見られる.生駒山麓に扇状地が形成されている. 明治期頃まで,水害に悩まされた河内低地では, これらの地域が居住地となっていた. Fig.8 The landform classification map of Kawachi Plain. ・北摂山地∼山麓の丘陵・台地∼低地(震度 5 強) 摂津国の淀川以北に位置する島上郡・島下郡・. 豊島郡は震度 5 強であった.それぞれの郡の南部 が淀川低地や大阪海岸低地に属し,北部は台地・ 丘陵から北摂山地へと続いていた(Fig.9). 摂津国の最北端に位置する能勢郡は北摂山地 にあるが,震度 5 強であった.摂津国北部の各郡 は大阪府では河内国北・中部に次ぐ強震地域であ った. ・大阪海岸低地(震度 5 強∼5 弱) 大阪海岸低地は軟弱地盤である三角州や埋立 地と比較的地盤のよい砂堆からなる[国土地理院 (1965)].大阪市では北区の被害が最も大きく,震 度は 5 強であった.ただし,北区の東部は地盤の 良い天満砂堆があった.西区は近世の埋立地が 大部分を占め,地盤が軟弱なのであるが,半壊が 2 戸と被害は少なく,震度は 5 弱程度である. 大阪市の西側一帯をとり囲んでいた西成郡は大 阪湾岸にあり,沖積層が 20∼30mに及ぶ大阪府で 最も軟弱な地盤である.浪華紡績会社が大きな被 害を受けたが,民家の修正全壊率は低く,震度は 5 弱であった.濃尾地震による大阪湾岸低地の被 害は河内国の各郡に比べて少なかった. ・上町台地∼難波砂堆(震度 4) 東区は東部が上町台地,西部は難波砂堆上に あり,大阪市内では地盤条件が最も良い地域であ り,住家に被害は無かった.神社の鳥居が傾いた り,石灯籠の転倒が起こった.南区も東部が上町 台地,西部が難波砂堆上にあり,住家に特記する ような被害は無く,浪華・朝日両座も損所が無く, 興行を許可された.これらの 2 区では震度 4 である. §7 まとめ 濃尾地震によって浪華紡績会社が倒壊し,多数 の犠牲者が出た.大阪府での震度は住家の修正 全壊率・半壊率から,震度 6 弱∼4 であった. 河内国の中・北部(安宿部・志紀・高安・河内・渋 川・若江・茨田・交野郡)で最も揺れが強く,震度 6 弱であった.大森(1894)は讃良,河内,若江,渋川 郡で 1・激としているが,揺れは大森の推定より小さ いと考えている. 生駒∼二上山麓に位置する高安・安宿部郡は 修正全壊率が高かったが,飯田・村松の震度分布 図では震度 6 の範囲の外側になっている.大森も 河内国の激震地に含めていない.北摂の山間部 に位置した能勢郡は住家の修正全壊率から河内 国諸郡に次ぐ強い揺れがあったと推測され,震度. - 164 -.
(10) 現在,『浪華紡績会社震災死の慰霊碑』は無縁 墓として,積み上げられ,人々から忘れられようとし ている.過去の災害の教訓を伝え,同じような悲劇 を繰り返すことのないように願う.. 図 9 大阪の地形区分図 [白井哲之(1974),国 土地理院(1996, 1965),大阪府(2004)] Fig.9 Outline of the geological map of Osaka. 5 強であった.しかし,飯田・村松の評価では震 度 4 となっている.大森では震度分布図の国境 が不正確であることから能勢郡の震度を確認で きなかった. 大阪市域の震度は 5 強∼4 であった. 大森の評価(烈・2)より 1 ランク程度低く,飯田・村松 による震度評価(6 ∼5)より 1∼2 ランク低い結果で あった.浪華紡績会社があった西成郡は沖積層の 厚さが 20∼30mに及ぶ軟弱な地盤であるが,地震 の揺れの強さは 5 弱で,飯田・村松による震度評価 (6 ∼5)より 1 ランク低かった. 本検討の結果,濃尾地震による大阪での震度は河 内国の北・中部の山麓部で最も大きく,続いて河 内低地,北摂の諸郡,沖積層の最も厚い大阪湾岸 部の西成郡の順となる.そして,大阪市内の上町 台地上や難波砂堆,天満砂堆では最も揺れが小さ かったと言える.また,河内国南部や和泉国でも揺 れは小さかった. 浪華紡績会社倒壊の原因は耐震性を考慮しな い「手抜き工事」であり,また,新しく西洋から導入 されたゆえの,「耐震技術の未熟」でもあった.. 図 10 明治 18 年の河内地方,大日本帝国陸地測 量部仮製2万分1地形図.大阪・天王寺・八尾・生 駒山・国分・金田の 6 つの地図を合成した.郡・区 名,河川名を加筆した.河内低地での集落は生駒 山麓の扇状地や河川(旧大和川や淀川)が築いた 自然堤防上にあった.高安郡では 14 の集落のうち, 13 が扇状地にあった. Fig.8 の潟湖性低地にあた る地域には集落がほとんど見られない. Fig. 10 Topographical detailed map of Kawachi Area in Osaka Prefecture.Four composited mapsOsaka ,Tennoji ,Yao and Mt.Ikoma,which were compiled by the army general staff office in 1885. 謝辞 大阪市の此花区郷土史研究会・越智雅典先生 から伝法や浪華紡績会社等の歴史について,ご教. - 165 -.
(11) 示をいただきました.住家被害による震度評価の 方法について,武村雅之先生よりご教示を賜りまし た.北原糸子先生,編集長の松浦律子先生,編集 担当の西山昭仁先生からご指導を賜りました.英 文については Jonathan Brown 先生の援助を受け ました.多くの皆様にお世話になりましたことを,こ の場をお借りして深く感謝いたします。 対象地震; 1891 年濃尾地震 参考文献 土質学会関西支部・関西地質調査協会,1987,新 編大阪地盤図,コロナ社,285pp. 藤 井 陽 一 郎 , 1979 , 地 震 , 株 式 会 社 国 書 刊 行 会,333pp. 飯田汲事,1979,明治 24 年(1891 年)10 月 28 日濃 尾地震の震害と震度分布,愛知県防災会議 地震部会,304pp. 梶山彦太郎・市原実,1986,大阪平野の生いたち, 青木書店,138pp. 国土地理院,1965,土地条件調査報告書,99pp. 国土地理院,1996,1:25000 都市圏活断層図 大 阪西北部・大阪東北部・大阪西南部・大阪東 南部. 此花区役所,1955,此花区史,311pp. 小林博,1991,河内の地理的考察,村川行弘・小 林博,河内地域史,大阪経済法科大学出版 部,3-27. 村松郁栄,1991,濃尾地震の教訓,第 19 回地盤 振動シンポジユーム,日本建築学会,35-44. 村松郁栄・松田時彦・岡田篤正,2002,濃尾地震 と根尾谷断層帯,古今書院,340pp. 大森房吉,1894,濃尾地震概況,明治 24 年 10 月 28 日大震報告,48-88. 大阪朝日新聞,1891a,10 月 28 号外. 大阪朝日新聞,1891b,10 月 29 日刊. 大阪朝日,1891c,10 月 30 日刊. 大阪府,1890,農事調査,長幸男・他,1980,明治 中期産業運動資料,8-2,農事調査・大阪府 Ⅱ,日本評論社. 大阪府,1891,大阪府統計書,マイクロフイルム, 大阪府公文書館蔵. 大阪府,2004,平成 15 年度大阪平野地下構造調 査,10pp. 大阪府内務部第二課,1891.11.2,大阪府農工商. 雑報号外,大阪府公文書館蔵マイクロフイル ム. 大阪府西成郡役所,1915,西成郡史,1291pp. 大阪毎日新聞,1891a,10 月 29 日刊. 大阪毎日新聞,1891b,10 月 30 日刊. 大阪市立自然史博物館,1981,河内平野の生いた ち,52pp. 白井哲之,1974,大阪府の地形区分図,青野寿 郎・尾留川正平,日本地誌 15 和歌山県・大 阪府,二宮書店,p17. 新修大阪市史編纂委員会,1996,新修大阪市史, 10,付図. 高村直助,1971,日本紡績業史序説上、塙書房, 352pp. 武 村 雅 之 , 2003 , 関 東 大 震 災 , 鹿 島 出 版 会 , 139pp. 武村雅之,2005,1900 年および 1962 年宮城県北 部地震被害データと震度分布,歴史地震,20, 201-221. 東京大学地震研究所,1992,明治 24 年 10 月 28 日濃尾地震資料集 2,1573pp. 宇佐美龍夫,2003,最新版日本被害地震総覧,東 京大学出版会,605pp.. 1. 『大阪朝日新聞』1891 年 10 月 30 日付によれば、. 大阪府の死亡者は浪華紡績会社 22 名,島下郡で 1 名.同 10 月 28 日号外に泉州紡績会社で死亡者 1 名合わせて 24 名.これに対して,大阪府内務部第二 課『大阪府農工商雑報号外』では,大阪府の死亡者 は西成郡(浪華紡績会社)22 名,堺市(泉州紡績会 社)1 名,合わせて 23 名.『大阪朝日新聞』の島上郡 の死亡者について,住所・氏名が記載されている 24 名を正しいとした. 2. 下福島村にあったブラシ製造の会社.『大阪朝日. 新聞』1891 年 10 月 30 日では,29 日付の負傷 9 名を 訂正し,軽傷 3 名としている.『大阪毎日新聞』1891 年 10 月 29 日付の広告欄に大阪盛業会社の御見舞 御礼が掲載され,負傷者 2 名と記載している. 3. 大阪府内務部第二課 11 月 2 日発行の『大阪府農. 工商雑報号外』は,大阪府公文書館にマイクロフイル ムが所蔵されている.この資料中の地震被害一覧表 が『大阪朝日新聞』1891 年 11 月 6 日・10 日付に掲載 されている。. - 166 -.
(12) 付表 1 大阪の住家被害についての記述 (他の被害も補足し,記入した.) Appendix Table1.The data of the damage caused by the Nobi Earthquake in Osaka. 大阪朝日新聞(A)・西成郡史(N)・大阪毎日新聞(M) 東京大学地震研究所『濃尾地震資料集』(T). 大阪府農工商雑報 (O). 北区 人家全潰 4 戸,破壊 17 戸,傾斜 2 戸, 負傷(男 1,女 2)(A,10.30) 西区 全壊家屋は無.半壊 2,破損 43,傾斜 6.(T).. 北区 住家全壊 3,半壊 19,負傷 3. 西区 半壊 2,破損 49,負傷 2.. 東区 特に住家の被害は無かった.石燈籠の転倒あり(T). 東区 破損 2.建物墻壁半壊 6.. 南区 住家の被害を届け出る者が無かった.浪華・朝日両座も損所が無く,. 南区 住家被害の記載無.建物墻壁半壊 4.. 興行を許可された.(A)高津神社井戸屋形倒れる(T). 西成郡 大和田千舟村浄圓寺の本堂倒れかかり,隣家の牛 1 頭 が負傷.家. 西成郡 全壊 6,半壊 15,破損 172.. 屋全倒 16 戸(N). 歌島村大字御幣島(梅田街道)道幅 1 間半余,20 間,3 尺ばかり陥落,近. 堤防崩潰 2 ヶ所・62 間. 傍の田畑も陥落(A10.29). 三軒家村,家屋の破壊は煉瓦造のみ.石燈籠は東西に転倒(T). 東 成 ・ 住 吉 郡 ( 天 王 寺 警 察 署部 内 ) 住 家 全潰 5 , 半 潰 12 , 転 倒 1 戸. 東成郡 全壊 5,半壊 10,破損 50.. 東成郡野田村,煙突に亀裂.榎本村墓地の石碑 6 基倒れる.同村下辻村 社西南に傾く.関目須佐雄神社花表西に傾く(T). 住吉郡平野郷町泥堂,石燈籠が無数に倒れる(T).. 住吉郡 全壊1,半壊 3,破損 31.. 住吉郡田辺村 2∼3 の石燈籠が南へ転倒.住吉郡北百済村納屋 1 ケ所転 倒.住吉郡十三間川堤防陥没,1 号堤防東西 2 間・南 15 間・深 4 尺,2 号堤 防樋門北側陥落東西 2 間半南北 1 間・深 6 尺,3 号堤防亀裂南北 27 間・深 1 尺(T). 島上・島下郡 合わせて住家全潰 4 戸,納屋・土蔵の半潰は少なからず.島. 島上郡 全壊 5,半壊 6,破損 78.. 下郡宮崎村では梁に打たれ 1 名即死.島下郡宮島村大字真平で 1 戸埋没.. 堤防小裂 18 ヶ所・613 間. 負傷者は無.淀川沿岸三ケ枝村字唐崎の堤防 80 間程波の形をして陥落,堤. 堤防大裂 6 ヶ所・100 間. 防下の田畑 7 反ばかり陥没(A,10.30).. 堤防崩潰 3 ヶ所・110 間. 島下郡山田村で家屋の傾斜は稀,転倒に至らず.石灯籠西に転倒したも のがある(T).. 島下郡 全壊 6,半壊 5,破損 66,負傷 1.※. (『朝日新聞』では死者 1 であるが,大阪府農. 島下郡大冠村字野中の淀川堤防 60 間が中央より左右に破れ,その内部の 地面 6 反ばかり,1 尺∼5 寸程の穴を生じ,土砂や水を噴出す(M.10.29). 豊島郡 住家潰家八戸(A,10.30). 工商雑報では負傷 1 となっている.) 堤防小裂 9 ヶ所・158 間 豊島郡 全壊 6,半壊 8,破損 19,負傷1.. 小曽根村の寺本堂の瓦 3300 枚西側へ崩れた.石灯籠 45 本倒れる(T). 能勢郡 (A)(T)に記載無.. 能勢郡. 全壊 3,半壊 3,破損 17.. 石川郡 (A)(T)に人家被害の記載無. 棚上の薬水の空瓶が 3∼4 寸(9∼12cm)の高さに抛り出され落ちる.(T). 石川郡 住家の被害無.. 八上郡 (A)(T)に住家被害の記載無.. 八上郡 住家の被害無,建物墻壁半壊 1.. 古市郡 (A)(T)に住家被害の記載無.. 古市郡 住家の被害無.. 安宿部・志紀・大県の 3 郡で 倒家 4 棟(住家 2 戸,納屋 2 棟),破損 101 戸. 安宿部郡 半壊 28.. (A,10.30).. 志紀郡 全壊 2,半壊 72. 大県郡 半壊 2.. 錦部郡 (A)(T)に住家被害の記載無.石燈籠の転倒は多数(T).. 錦部郡 住家の被害無し.. 丹南郡 住家の潰れは無.屋根瓦が 1∼2 枚落ちた程度.(T).. 丹南郡 住家の被害無.建物墻壁半壊 3.. 丹北郡 全体に無事(A,10.30).. 丹北郡 住家の被害無.建物墻壁半壊 6.. 河内郡 倒家 20 戸,半崩 151 戸(A,10.30).. 河内郡 全壊 13,半壊 53,破損 24.. 若江郡 倒家 55 戸,半崩 142 戸(A,10.30).. 若江郡 全壊 16,半壊 58,破損 48.. 八尾村大字八尾町にて人家半崩 2 戸・土蔵全壊 1 戸(A.10.29). 渋川郡 倒家 13 戸,半崩 6 戸(A,10.30).. 渋川郡. 全壊 10,半壊 42,破損 27.. 龍華村大字植松で人家全壊 2 戸,久宝寺村大字久宝寺で天井が落ちたも の 2 戸,屋根が落ちたもの 4 戸.(A.10.29). 高安郡 半崩 5 戸(A,10.30). 高安郡. 全壊 11,半壊 21,破損 36.. 茨田郡 被害は大きいが,詳細取調べ中. 茨田郡. 全壊 9,半壊 30,破損 452.. 枚方辺の淀川堤防に亀裂(A,10.30).. - 167 -.
(13) 南郷小学校で校舎が傾く(T). 讃良郡. 被害は大きいが,詳細取調べ中(A,10.30).. 讃良郡. 全壊 3,半壊 17,破損 138.. 北条村で 2 戸倒壊(T). 甲可村南野では築後 20 年以上の家屋では屋根瓦が落ちた(T). 交野郡 被害は大きいが,詳細取調べ中(A,10.30).. 交野郡. 菅原村藤阪では家屋の転倒は無.石燈籠の転倒はあった(T).. 全壊 5,半壊 23,破損 381. 堤防大裂 1 ヶ所・20 間.. 堺市 家屋の倒壊は無かった.石燈籠、石塔等が多数倒れる(T). 大鳥郡 寺院 1 棟,住家 1 戸潰れる.人畜に死傷無.燈籠等多数倒れる. 堺市 全壊 2,半壊 2. 大鳥郡 全壊 1.. (A,10.30). 泉郡 震災の度やや軽い(A,10.30).. 泉郡 全壊 2,破損 1,建物墻壁半壊 4.. 南郡 最も無事(A,10.30)住家被害の記載無.. 南郡. 日根郡 最も無事(A,10.30),住家被害の記載無.. 日根郡住家の被害無,建物墻壁半壊 4.. 全壊 1,破損 3,建物墻壁半壊 3.. 付表 2 大阪の住家の被害と震度の関係 Appendix Table 2 Correlation between seismic intensity grades and damage to houses in Osaka. 国. 摂津 河内. 地域. 戸数. 全壊 A. 半壊 B. 破損 C. A+B. A+B+C. Y'. 北区. 19692. 3. 19. −. 22. −. 0.11%. 西区. 27330. 0. 2. 49. 2. 51. 0.01%. 東区. 22258. 0. 0. 2. 0. 2. 0. 0.01%. 南区. 30002. −. −. −. −. −. −. −. ※西成郡. 37698. 6. 15. 172. 21. 193. 0.06%. 東成郡. 14221. 5. 10. 50. 15. 65. 住吉郡. 6796. 1. 3. 31. 4. 35. 島上郡. 5792. 5. 6. 78. 11. 島下郡. 8923. 6. 5. 66. 11. 豊島郡. 7569. 6. 8. 19. 能勢郡. 2656. 3. 3. 17. ※若江郡. 6559. 16. 58. ※河内郡. 3810. 13. 53. 渋川郡. 3128. 10. 茨田郡. 7563. 9. 讃良郡. 3412. 3. 交野郡. 5242. 高安郡. 1488. 志紀郡. 2577. 2. 72. −. 74. −. 2.90%. −. 722. 0. 28. −. 28. −. 3.90%. −. 6−. 安宿部郡. H'. Y' 震度 H'. 震度評価. −. 5+ −. 5+. 0.19%. 5− 5−. 5−. -4 −. 4 −. −. 0..51%. 5− 5−. 5−. 0.11%. 0.46%. 5+ 5−. 5+. 0.06%. 0.51%. 5− 5−. 5−. 89. 0.19%. 1.50%. 5+ 5+. 5+. 77. 0.12%. 0.86%. 5+ 5−. 5+. 14. 33. 0.18%. 0.44%. 5+ 5−. 5+. 6. 23. 0.23%. 0.87%. 5+ 5−. 5+. 48. 74. 122. 1.10%. 1.90%. 6− 5+. 6−. 24. 66. 90. 1.70%. 2.30%. 6− 5+. 6−. 42. 27. 52. 79. 1.70%. 2.50%. 6− 5+. 6−. 30. 452. 39. 491. 0.52%. 6.50%. 5+ 6−. 6−. 17. 138. 20. 158. 0.59%. 4.60%. 5+ 5+. 5+. 5. 23. 381. 28. 409. 0.53%. 7.80%. 5+ 6−. 6−. 11. 21. 36. 32. 68. 2.20%. 4.60%. 6− 5+. 6−. 6− −. 6−. −. 6−. 和泉. 大県郡. 1039. 0. 2. −. 2. −. 0.19%. −. 5+. −. 5+. 錦部郡. 3646. −. −. −. −. −. −. −. −. −. −. 石川郡. 5733. −. −. −. −. −. −. −. −. −. −. 古市郡. 7293. −. −. −. −. −. −. −. −. −. −. 八上郡. 7233. −. −. −. −. −. −. −. −. −. −. 丹北郡. 4507. −. −. −. −. −. −. −. −. −. −. 丹南郡. 4538. −. −. −. −. −. −. −. −. −. −. 堺市. 11414. 2. 2. −. 4. −. 0.04%. −. 5− −. 5−. 大鳥郡. 11038. 1. −. −. 1. −. −. −. 5−. −. 5−. 泉郡. 7477. 2. −. 1. 2. 3. −. 0.04%. 5− 5−. 5−. 南郡. 9478. 1. −. 3. 1. 4. −. 0.04%. 5− 5−. 5−. 13008. −. −. −. −. −. −. −. −. 日根郡. −. −. ※『農工商雑報』に記載の住家の被害数を戸数として,住家の修正全壊率・修正全半壊率を求めた. 修正全壊率(Y')=(全壊戸数 A+半壊戸数 B)÷全戸数×100,修正全半壊率(H')=(全壊戸数 A+半壊戸数 B+破損戸数 C)÷ 全戸数×100 Y’,H’で震度評価が異なる場合は,震度の大きいほうを採用した.大阪市各区の戸数については『大阪府統計書』 (1891 年)によったが,郡部の戸数に不鮮明な部分があり,明治 22 年頃の記録である『農事調査・大阪府Ⅱ』によった.. - 168 -.
(14) 付表 3 住家に被害が無かった郡区の震度評価 Appendix Table 3 The seismic intensity grades in eight wards where there was no damage to houses 郡・区名. 被害についての記述. 南区. 建物墻壁半壊 4(O).浪華・朝日両座も損所が無く,興行を許可された(A).. 4. 錦部郡. 被害についての記述無(0),石燈籠の転倒は多数※(T).. 5−. 石川郡. 棚上の薬水の空瓶が 3∼4 寸(9∼12cm)の高さに抛り出され落ちる(T).. 5−. 古市郡. 被害についての記載無(A)(O). 4. 八上郡. 建物墻壁半壊 1 (O).. 4. 丹北郡. 全体に無事(A). 4. 丹南郡. 民家に大きな被害が無く、屋根瓦が 1∼2 枚落ちた程度(T).建物墻壁半壊 3 (0).. 4. 日根郡. 最も無事(A).建物墻壁半壊 4 (O).. 4. Appendix Table 4 grade.. 震度評価. 建物墻壁半壊 6(O).. 付表 4 震度 5 強以上の河内国 10 郡における地盤と集落の分布 Landform and distribution of villages in 10 wards where the seismic intensity was over 5+. 震度 5+以上. 地形. 集落の分布. 震度. 安宿部郡 志紀郡. ニ上山地の麓 北部は河内低地,南部は台地.. 台地,山の麓に多かった. 自然堤防上,台地に多かった.. 6− 6−. 高安郡. 東部は生駒山地,西部は扇状地. 14 の集落のうち,13 が扇状地にあった.. 6−. 河内郡. 東部は生駒山地,西部は扇状地・河内低地. 扇状地や自然堤防上に多かった.. 6−. 渋川郡. 河内低地. 自然堤防上に多かった.. 6−. 若江郡. 河内低地. 自然堤防上に多かった.. 6−. 交野郡. 交野台地,淀川低地. 台地や台地の麓に多かった.. 6−. 茨田郡. 河内低地,東部は枚方丘陵. 自然堤防上に多かった.. 6−. 讃良郡. 東部は生駒山地,扇状地,西部は河内低地. 扇状地や自然堤防上に多かった.. 5+. 大県郡. 東部は生駒山地,扇状地,西部は河内低地. 扇状地や自然堤防上に多かった.. 5+. 編者注:本稿は当初論説として投稿されたが,数度 の改訂を経て著者の希望により報告へ種別変更され た.編集長が極力論説の形式に整えるとともに,頁数 を極力抑える変更を加えたうえでここに報告として掲 載する.. - 169 -.
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図
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