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神津島付近の群発地震について

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Academic year: 2021

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(1)

石田泰治一加藤喜康...;...

.

~ 1. はしがき 昭和40年から41年にかけて,神津島付近に群発地震が あり,とくに40年11月と41年8月の地震は烈Lく,神津 島では石垣,墓石等が倒壊し,島民は一時不安におのの いた.これ等の地震を三宅島測候所の資料に基づいて調 査したので報告する. ~ 2. P~S の分布 問 者支 3Sl 20

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40年 30 2fl 10 間 紋

550.340

三宅島ではこれ等の地震を総計846凹観測した.その うち有感は43回(うち震度rn6回〉あった. まず,昭和 37年の三宅島噴火以後の三宅島の P~S の頻度の推移を みると(第 1 図参照〉はじめは P~S の 1~3 秒のもの が多かったが,月日が経つに従って 4~5 秒のものが現 われはじめ, 39年になると, 2~3 秒のものと 4~5 秒 のものがはっきりと 2群に分かれてきた.今回の地震発 厄1 歓

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第 1図 P~S 頻度分布

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T. Ishida and Y. Kato: Earthquake Swarm near

Kozu・jima

1965-1966 CReceived March 10

1969)

料 東京管区気象台調査課 ***三宅島測候所 生の40年, 41年になると 4~6 秒のものが前者をしのい で非常に多い.42年になり,これらの数は減ってきたが 依然、 4~6 秒のものは, 2~3 秒のものよりは多し、こ -

(2)

65-第 4号 Okmで計算〉のとおりで,大体神津島,新島付近に集る が,これらは新島一式根島一三宅島を結ぶ NE~SW方 向に走った線上と,式根島~三宅島を結んだ NW~SE の線上のものとの2つに分けることができるようで,前 者は「押し

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,後者は「引き」のものが多い. 三宅島一点で決定した震央では誤差が大きいと思われ るので,これらの地震のうち気象庁で決定した震央分布 (第3図 地震月報による〉のものとこれと較べると, 距離的には殆んど差がないが,方位において三宅島の ものが一様に北へ偏しており,その偏角ば平均すると 時亙報豆第 34巻 れら地震群はあきらかに2群にわかれ,P~S .4~6 秒 のものが令自の神津島付近の地震の主体をなすものと思 われる .p.~S の短いものは年とともに減っているこ と,ゴヲよび初動に

J

引き」が多いことなどから昭和

3

7

年の三宅島の噴火に関連のある地震ではないかと推察さ ーれる. ~ 3. 震央の分布とかたより 三宅島一点の P 波の初動方向と P~S の時間とによ ってこれら地震の震央を求めると第2図(深さは何れも 震 験 152 34羽 13930 示I,J.

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50km 第 2 図震央分布図(昭和40~41年三宅島一点の資 料による).印:押し, O~p: 引き

約200 となる〈第4図参照).一般にP波 の 初 動 方 向 〈水平面上での〉は震央の方向に必ずしも正しく向か ず,多少左右にかたよることはいわれてきたが,今回三 五

E

島のものが気象庁で決定したものに較べて一様に北へ 偏していることが判ったことは,その理由はともかくと して,今後三宅島一点で震央を求める場合に重要な指標 となる.なお気象庁の資料により,これら地震を,

NE

-SW

および

NW-SE

の直交するこつの垂直断面をと って震源の垂直分布をみると(第5図 (a~ b.)参照〉 前者は

SW

へ向って震源が深くなり,後者は

SE

へ向っ て震源が渓くなっている.その傾度は約400 である. これは海底の地形には関連があることと思われる.い ま伊豆七島の海底状況をみると(第6図参照〉地形にも 新島一式根一神津

(NE-SW)

と式根一三宅島

(NW

- S E)を結ぶ線に分かれることを示している.なお, 三宅島の昭和

3

7

年の噴火直後の群発地震も

NW-SE

の 線土に起こっており,地下の震源分布も傾斜なども似て

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波の初動方向による震央の偏り 第4図 3430

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- 66-第3図震央分布図(気象庁地震月報による @印:押し

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印1引き〈三宅島の資料〉 50km

(3)

S W ノ ノ /

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5奪 三 宅 前 島 副 島

a

三宅'

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第5図 震 源 垂 直 断 面 分 布 a NE--'SW b NW-SE いる(第7図参照). ~ 4. 石本,飯田の統計について NE

これらの地震の性質を知るために,石本,飯田の式, , NAm=const (N:頻度, A:最大振巾〉より, 最 小 自

E139

1400

3

5' 134~N 第6図 伊 豆 諸 島 の 海 底 地 形 ( 水 深 は m) 乗法によってmの値を求めると,次表のとおりで,

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m=2.22

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= 1.

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これによると, mの値は年々小さくなっている.なお 昭和

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年の三宅島噴火の地震について田中の調べたもの はω次のとおりで,

40

80

100 km 和島沖季

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t・Aφ.・e・、 、、骨鵠@・恒輔 司,、

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、 .. @ 第7図 昭和37年三宅島噴火直後の地震の垂直断面分布

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年5月 6月 m =1.

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その値は噴火直前にmの 値 は か な り 大 き く な っ て い る.今回も

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年の地震の烈しい年は大きく,地震の弱ま るに従って小さくなってきているようである. ~

5

.

神津島の有感地震と三宅島の地震 神津島で観測された有感地震の回数の一部が判ってい るので,これと三宅島の地震計に記録された地震と比較 すると(第8図参照), 有感地震は神津島が多いことは もちろんであるが,三宅島の無感を含めぶものになる と,複雑で,神津島で人体に感じたもので,三宅島の地 震計ー

(

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倍〉に感じないものもあり,三宅島に相当数 の地震があっても神津島で有感が案外少いこともある. これらは前述の今回の地震が 2群に分かれて起こってい ることにも関連があることで,注目される. 岡 鉱 15 100 8 9 10 11 12 1 1965 19凶 亡 コ 却

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g,有氏t也芦E S国 Z宅島宥E¥.H'!:笈 図圃, 手宅島長官感;.t古皮 第8図 神津島の有感地震と三宅島の地震の比較

(4)

154 験 震 時 報 第34巻 第 4号 ~ 6. 潮汐との関係 今回のような海底の群発地震の場合は,潮汐の増減が 海底の圧力を変化させそれが地震の誘発に関係があると も考えられるので,最も多発した40年の地震と大島岡田 港の潮汐の関係について調べてみた.地震の発現時刻と 潮汐の位相と比較すると,地震の最も多かった 11月は満 潮時と干潮時の間(潮位変化の大のところ〉は地震が多 発している.また全般的にみても(第9図), 前者同様

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第 9図 潮位(大島岡田港〉と地震頻度 (0印は震度目のものの起時〉 満潮の干潮の聞に多発しているが,いま一つ,満潮時頃 にも地震頻度の山が現われている.干潮時にはし、ずれの 場合も発現頻度は最も小さい.なおこれらの関係をいま 少しはっきりさせるため,震度Eのもの6回をとってみ ても,ほぼ同様のことがうかがえる.昭和37年の三宅島 噴火前後の地震も,満潮と干潮の聞に多発している.ち なみに昭和37年の噴火は満潮時である(なおその約1時 間前に最初の震度Iの地震を感じている). ~7. 気圧との関係 潮汐に関連して,気圧との関係をも調べてみた.地震 mb 1008 第10図 気 圧 日 変 化 と 地 震 頻 度

(0

印は震度Eのものの起時〉 の時刻別発生頻度と気圧日変化は(第10図 〉 の と お り で , 気 圧 の 低 極 か ら 臨 時 る 気 圧 変 化 ( 岳 ) の 大 き い とこ、ろで地震が多発している.なお震度以上のものにつ - 68-いても6(7U中5例までがこれらの中に含まれている.他 の1例は気圧の下り勾配の占ころにあったが,潮汐をみ ると満潮時であった.ちなみに昭和15年,昭和37年の噴 火時もこの時間内に含に含まれていることは興味深か い.また,これらのうち有感地震のほとんどが,風速の 比較的弱し、日(日平均風速以下〉に起きているので,上 記震度

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のあったそれぞれの日の天気図を調べると(第 11図a, b参照), 震源付近はし、ずれも高気圧閏内の場 にあり,従って1日の気圧変化も日変化に支配されてい るよな静穏な日であるが,広範囲に目をつけると,日本

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1965.1. 61.21h (3) (5) ?966.5.1421h (4) (6)

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~ 1叩 / ー 下 ¥ 19ら7.4.6,9h

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156 験 震 時 報 ー 第 34巻 第 4号 1940・7.12.1ぜい宮川 1962.s.242ft.れ1 (7 ) (8) 第11図 地 震Eならびに噴火時の天気図 列島の周辺のいずれかと,台風あるいは顕著な旋風が存 在しており,気圧傾l!t(

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の大きい方向があるように みえる. ~ 8. むすび 以上神津島付近の昭和40年の地震を中心として調査を したが,三宅島でキャッチされる地震のほとんどがこの 付近のもので,本島周辺の群発地震を調査するには好都 合であった.震央の偏りなからみて,本島の観測 2点を 増すことによって,この周辺の火山性地震を究明するこ とが望ましい.またこれら海中におこる地震は潮汐,気 圧などにも関係が深かいと思われた. 参 芳 文 献 1) 田中康祐:1962年の三宅島の噴火 (III)験震時報第28巻, 別冊 (1964) 2g -70

参照

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