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A.CamusのL'Etrangerについて : そのnouveau roman的要素を中心として

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Academic year: 2021

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(1)A.Camusの. 二'Etγα役影γにつ いて. 一 そ の nouveau roman的 要素を中心に して一. 辻. 昭. 臣. 文 学 のか らくりを回転 させ て い る枢軸 が 人 間 の 知性 と 感性 で あ るか ら に は,人 間性 の多様性 ・反動性 に比 例 して ,文 芸上 の あ らゆ る問題 は永遠 の輪 廻 を繰 り返す。 フ ラ ンス文学史上 において も,時 代 の趨勢 によ り浮沈交替 せ る様 々な動 きが 多彩 な様相 を呈す る流派 6COleと して形成 されて きた。現代 の文学 の複雑 な流 動 の 中で 台頭 して きた nOuveau romanは. ,小 説 の伝統 的. な形式 に対す る反逆 で あ り,小 説 の進 化を 目指す一 つ の探究 で あ るが ,現 時 点 にお いては まだ,純 然 た る 6coleと は成 り得 て い ない。 なぜ な らば,nOu_. veau romanは ,小 説技法 に関す る特定 の統一見解 を持 たないか らで あ る。 Alain Robbe‐ Grinetの. mard)が ,ほ. θ α%″ θ Pθ π ″ππ πθπυ 夕 %′ π (C011ection. ld6es,Galli_. とん ど唯一 の代表 的教 義 ともい うべ きもので あ る。. この論文 の 目的 は,nOuVeau remanの 作家―― 特 にA.Robbe‐ Grilletを 中 心 に して一一 が , L'E″ απ″ ″ よ り自らの糧 とな るいかな る財宝 を享 受 した か ,或 いは彼 らの新 しい論 法 の もと に何 を拒 絶 したかを検討す る こ とにあ る。. nouveau romanの 検討 にはい る前 に,Camusが 「不条 理」 1'abSurdeを 彼 の所与 として選択 したので あ るか ら,不 条理 の創造 のた めの条件 を考察 し てみな けれ ばな らな い。 Camusは 自らの小説創造 の原理 を次 のよ うに解 明 して い る。. Pour que soit possible une oeuvre absurde, il faut que la pens6e. sous sa forme la plus lucide y soit mo16e. Mais il faut en mOme temps qu'elle n'y paraisse point sinon conllne l'intenigence qui or―.

(2) 辻. 昭. 臣. donne. Ce paradoxe s'explique selon l'absurde. L'oeuvre d'art nattt du renoncement de l'intelligence a raisOnner le concreto lElle marque le. triomphe du charnel. C'est la pens6e lucide qui la provoque, mais dans cet acte mOme elle se renonce. Elle ne c6dera pas a la tentation de surajouter au d6crit un sens plus profond qu'elle sait i116gitilne。 L'oeuvre d'art incarne un drame de l'intenigence, mais ene n'en fait la preuve qu'indirectemento L'oeuvre absurde exige un artiste conscient. de ces lilnites et un art ot le concret ne signine rien de plus que lui‐. mome. Elle ne peut Otre la in, le sens et la consolation d'une vie。. Cr6er ou ne pas cr6er, cela ne change rien. (Lθ P16iade tt p。. 力θ グθSグ ッタ乃θ 均 ′ ,. 176). 人 間 の意識 の介入 な くして ,芸 術作品 の倉J造 はあ り得 な い。 それ と同時 に. ,. 作者 の どんな綿密 な意 識 を も滑 り抜 ける未 知 の部分 の痕跡 を残 さない創造 も あ り得 ない。不条理 の倉J造 を支 えて いる不条 理 の意識 が生 じるのは正 に,こ の二 つ の創造過程 の乖離 か らで あ る。不条 理 の意識 の最大 の特性 は,人 間 の 暗黒 の世界 を真 昼 の ご と く照 らし出す 明証性 に他 な らな い。 そ して不条 理 の 意識 が最 も忌 み嫌 う幻想 に欺 かれ な いた め には,明 証性 に対 して忍耐強 い意 志 の強力 な支援 が必要 で あ る。人 が創造活動 を行 うのは,理 性 と情熱が混 じ り合 った世界 にお いてで あ るが, 不条 理 の 作家 で あ るための 必要条件 は. ,. 「知性 の 限界」 を知 るとい う こ とで ある。奔放 な知性 は,芸 術作品 の生 命 を 抹 殺す る観念 や抽象 を至 る所 に撒 き散 らす。生命 に満 ちた作品を喚起 す るの は抑 制 された知 性 ,即 ち「秩 序 づ ける知性」 で あ る。 この背理 に根拠 を与 え るのは,「 不条 理 の情 熱」 に他 な らな い。. Elle (=la cr6ation) marque le point d'oi les passions absurdes s'61ancent, et ot le raisonnement s'arrOte。. (ibido p. 175). 不条理 が断絶 を構成 して い るので あ るか ら,灼 熱 した情熱 と,凍 て つ いた 推 論 が不 条理 の倉」 造 の世界 にお いて 隣 り合 わせ にな って い るの も当然 な こ と で あ る。不条 理 の作品 に入 り込 まな けれ ばな らな い「 最 も明晰 な形 を も った.

(3) 2δ. δ. Ac Camusの. ″ Eノ γ ακJ要. ,′. につ いて. 思 想」 が ,芸 術作品 の芸術性 を保証す る必 須 の条 件 で あ る生 命 力を獲得す る のは,思 想が 自らを放棄 した時 に限 られ る。観念 は最 も拙劣 な仮 構物 に身 を 委 ね るだ けで あ る。燦然 た る「 肉体 的な ものの勝利」 は,推 論 によ る描写 よ りもむ しろ映像 imagesに よ る描 写 によ って もた らされ る。推論 は,「 最 も 明晰 な形 を も った思 想」 にただ外観 を提供 す るだ け にとどまるの に対 して. ,. 不条 理 の情熱 は,抽 象的 な思 想 が芸術作品 にお いて 肉体化す る時 に混 入す る あ らゆ る不純物 を焼 き亡 ぼす。 不条 理 の作家 にとって思 想を作品 の 中で 生 かす よ りも,現 実世界 の 中で生 か す こ との方 がは るか に重 要 で あ る。 なぜ な らば,彼 を水 も漏 らさず に取 り 巻 く揺 るぎのない現実世界 が ,彼 の存在 の基本的 な条件 を決定 づ けるか らで あ る。「 人生 の 目的 や意味や慰 め」 は,人 生 その ものの 中 にお いて しか 与 え られ な い。 ここに至 って ,想 像 の世界 よ りも現実 の世界 の優越性 を信奉す る 不条 理 の作家 は,創 造 に対 して完全 な無償性 を要求す る。 Travainer et cr6er ttpour rien≫ >, sCulpter dans l'argile, savoir que. sa cr6ation n'a pas d'avenir, voir son oeuvre d6truite en un jour en 6tant conscient que,profond6ment, cela n'a pas plus d'importance que de batir pOur des siё cles, c'est la sagesse dimcile que la pensё e absurde autorise. Mener de front ces deux taches, nier d'un cOt6 et exalter de l'autre, c'est la vole qui s'ouvre au cr6ateur absurde.(ibid. p. 189-一 pe 190). 人間 の価値判 断 の無用性 に立脚 す る不条 理 の思想 によ る創造 はその根 源 に 無償性 を持 つ 。現実 と創造 との不毛 の 関係 か ら生 み落 された芸術作 品は,一 枚 の枯葉 の ごと く仔 んで い る。 あ るが まま の正 真 正 銘 の現実 に対 して ,芸 術 造 の無 作 品が息 づ く条件 を満 たす もの こそ不条理 に他 な らな い。不条 理 の倉」 償性 は,作 品 には意 味 を持 たせ な い が ,創 造 に対 しては峻厳 な態度を要求 す る。 Elle(=la cr6ation)est auSSi le bouleversant t6moignage de la seule dignite de l'honline : la r6volte tenace contre sa rcondition, la per‐.

(4) 辻. 臣. 昭. s6v6rance dans un efort tenu pour st6rileo Elle demande un e■. 2δ. /・. ort. quotidien, la mattrise de soi, 1'appr6ciation exacte des lilnites du vraiン la mesure et la force.(ibid. p. 190-一. p. 191). 人間が人 間 で あ る こ とを保証 す る最大 の要 因 で あ る「 人間 の尊厳」 が ,作 品 の無償性 と現 実 の充実感 との断絶 の 中 に割 り込 む。 これ は背 理 で あ る。 し か し, こ うす る こ とが「 人 間 の尊厳」 の特権 なので あ る。 なぜ な らば,常 に あえ ぎつつ求 め る人 間 ほ ど尊 い ものはないか らで あ る。不条 理 の倉J造 者 の前 を揺曳 してや まな いのは,人 間 の条件 の 限界 とそれを根城 に した思 想 の限界 で あ る。彼 がそのひたむ きな歩 みを停止す るのは,彼 にとって最 も確実 な宿 命 で あ る死 の時以外 にはない。従 って ,明 日を否定 し,今 日を燃 えた ぎ らせ る こ とが彼 の誠実 さを確保す る こ とにな る。 も しか す ると死 んでい るか も し れ ない 明 日を信 じる こ とは,時 間 の幻想 に欺 かれ る こ とで あ る。 この「 明 日 のない創造」 la cr6atiOn sans lendemainこ そが,不 条 理 の創造 の 中核 と な る もので ,そ の まわ りを様 々な要素 が遊星 に も似 た軌跡 を描 くので あ る。 不条理 の創造 にお いて は,死 に至 るまで の執拗 さを も って ,思 想や人間 の 条件 の探究 を遅滞 させ た り停止 させ る こ とに 反抗 しな けれ ば な らな い。 ま た,で きあが った作 品が何 らか の形 で報 われ ることに も反抗す る。 も し報 酬 を期待す ると,そ の作品 に邪悪 な功利性 が忍 び込 むか ら,創 造者 は報 われ る こ とが脳裏 をかす め る こ とがな いよ う一分 のす きもな く警戒 していな けれ ば な らな い。 不条 理 の創造者 は現 実 或 いは作 品 の どち らか一方 だ け に隷属 してはな らな い。 も し現実 だ け に隷属す ると,作 品は現実 に余 りに も密着 した空虚 な芸 術 性 しか含 み得 な くな り,も し作 品だ け に隷属す ると,創 造者 は現実 にお け る 存在理 由を失 って しま う。 従 って創造者 は,創 造 の条件 で あ る現実 と作 品 と に対 す る超克 のための創造 的 自由を獲得 しな けれ ばな らな い。 この創造 的 自 造者 と現 実 や作 品 の間 の結 びつ きを調和 し,現 実 の全体性 を芸 由 こそ が ,倉 」 術 の統一 に還 元す る最大 の源泉 で あ る。 以上 で不条 理 の作 品 のた め の条件 につ いて一通 り考察 し終 った ので次 に,.

(5) 2δ. 8. ιT′ ″α′ zgθ ″ と. Ao Camusの nouveau romanと. ` クEノ γ αη選 影γにて)い で の 関係 につ い て の 考 察 を展 開 して み よ う. と思 う。. 新 し く勃興す る ものの存在 理 由 は,常 にその否定性 に あ る。nouveau ro‐. manも 旧態依然 た る伝統 的小説 のいろいろな要素――le. personnage,1'hi‐. .stoire,1'engagement,la forme et le contenu一 一を否定 す る。 形 骸化 した典型 とか個性 な ど によ っては描 ききれ ない現代人 の単純 な る不 可 解 さが ,現 代 の作家 に人 物 を創造 す る こ とを禁 じる。人間 の考 え方 や感 じ 方 はその時代 の拘束 を受 けざるを得 ないが ,人 間 の持 つ普遍性 はいつの時代 に も変 わ らな い し,そ の特殊的 な本性 は 何 らか の条件や状況 Situationsに よ って規定 され る。従 って文学的進 化 とは,条 件 や状況 の 中 に置かれ た人 間 性 を捉 え る方法 や認識 の仕方 の進化 に他 な らな い。 次 に,す べ てが 解読可能 な もの と して物語 が 構成 され る こ とは否定 され な けれ ばな らな い。現 代 の 作家 の義務 は, 自らの生 存 の条 件を決定す る創造 的 世界 を構築す る こ とにあ る。 文学 の 自律性 の栓 桔 とな るよ うな 1'engagementは ,追 放 され るべ きで あ る。特定 の イデオ ロギー に従 属す る作 品は, 自らの芸術性 を絞 殺す る こ とに な る。創造 にお け る 自由 こそ文 学者 が死守 しな けれ ばな らな い最大 の財宝 で 造 の態 度 を決定 あ る。nouveau romanに お いて も, 無 償性 と 自由が その倉」 す る重 要 な条件 とな って い る。 現 代 の 作家 の第 一 義的問題 は,そ の根源 的な Situationsに あ る。作家 は 自 らの視点 を流動 きわ ま りない Situationsの 中で 固定す る こ とによ って. ,. r6alit6 humaineの 真実性 を手 に入れ るので あ る。作者 は小説 にお いて いか な る視点 を も取 り得 るが ,話 者 に関す る錯 綜 した概念 に一 種 の統一 を与 え る の は,J.P.Sartreの 次 のよ うな明察 で あ る。 ¨.les Otres romanesques ont leurs lois, dont voici la plus rigoureuse:. le romancier peut Otre leur t6moin ou leur complice, mais jamais.

(6) 辻. 昭 臣. 1es deuxふ la fois.Dehors ou dedans.(M.Fran9ois IⅥ. 2δ. 9. auriac et la Li‐. グ θπs, r, 43allimard, p. 48) bert6, Sグ ′ πα′ 小 説 家 は 決 して全 知全 能 の 神 の立 場 に立 つ こ とはで きな い 。 人 間 が人 間 の 実 在 の す べ て を見 透 か す た め に は ,完 全 無 欠 な観 照者 と して人 間 を超 越 しな けれ ば な らな いが ,そ の よ うな こ とは生 身 の人 間 には 不 可 能 な こ とで あ る。 また人 間 は 自 己の領 域 を逸 脱 して す べ て の も の に遍 在 す る こ と も不 可能 で あ. る。神 的絶対者 は無 限性 を備 えて い るの に対 し,人 間 は有 限 の 中 の無 限 と し て しか存 在す る こ とがで きな い。 も し小説家 が絶対者 の位置 に立て ば,そ の 小説 の登 場人物 のす べ ての様相 が作者 の まな ざ しの もとに晒 され ,不 明 な も のが 介在 す る余地 はか け らもな くな る。す べ てが 明白で あれ ば,人 は書 く こ とをやめ るで あろ う。 なぜ な らば,書 くとい う こ とは,世 界 の不可解 さの解 明 の 限界 に対 す る挑 戦 に他 な らな いか らで あ る。 作品 が生 まれ る時 ,そ の作 品は作者 の意識 の測定 の範 囲 に 内包 され るが ,作 者 の どんな に周到 な意識 を も漏れ る間隙 が あ る。作 品創造 の過 程 には このよ うな間隙が秘 義 と して横 た わ って い る。作者 は意志 の力 によ って この秘 義 を解 き明か そ うとす るが ,そ の手段 の最良 の ものは作者 の視点 を確立す る こ とで あ る。 そ してその手法 に は確 固 た る形 而上学的 な裏付 けが必要 で あ る。 なぜ な らば,手 法 とそ の作者 の人 間観 や世界観 は緊密 に結 びつ いて い るか らで あ る。 L'E′ ″ απ″ ″ が. nOuveau romanの 噌矢 と して 晴れが ま しい位置 に着 いて. い るのは,ま ず第一 にその描写 か ら猛心 理≫ を排斥 した手法 に起 因す る。 こ の小説 の力業 的な緊張感 は,源 初 的 には,MeurSaultゃ 他 の登 場人物 の行動 と彼 らが置 かれ た状況 の描写 だ け に負 って い るので あ って ,彼 らの心理 描写 には負 って いない。 心理 は細 心 の注意力 を も って取 り除かれ て い る。Camus は現 実 追求 の拠点 を不条理 の状況 を記述す る こ とに制約 して い る。心理 は人 間 の 内面世界 とい う最 も欺 きやす い ものを媒介 と して描 かれ るか ら,登 場人 物 の正 確 な実在 を描 くの には 自ら限界 が生 じる。人間 の行動 や感情 や思索 と 必然 的 に結 び つ か な い心理分析 は, 人間像 の もぬ け の か ら しか も た らさな.

(7) 27θ. Ao Camusの. κ ″Eノ α 退 影γについて '´. い。 常套的 で形式 的 な心理描 写 は心理 のた め の心理描 写 とい う弊害 に陥 る。 あ る人 物 を心理 的側面 か ら記述 して も,そ の人 物 を心的要素 に解体 したの に 過 ぎず ,そ の人 物 の全存在 を解 明 した ことにはな らな い。謎 の部分 は神秘 的 な もや に包 まれ て 謎 の まま残 る。 Camusは その謎 の部分 もその人 物 の全存 在 を構成す る要素 と して率 直 に認 め,そ れを描写 す る こ とによ ってその人 物 の全体像 を把握 す る方法 を とったので ある。 不条 理 の作 品 に描 かれ る人 間 │ま ,ま ず何 よ りも生 きた人 間 で な けれ ばな ら な い。 この人 間像 に生 命 が吹 き込 まれ るのは,思 想 が 自己を放棄 した後 に残. :. され た具 体的 な意 味 を持 った「知性 の劇」 が 演 じられ る舞 台 の上 にお いてで あ る。作者 の全努力 は,自 己の登場 人 物を この生 彩 あ る舞 台 にのせ る こ とに 集 中 され る。 これ らの登 場人物 に付与 され な けれ ばな らな いの は,あ くまで も具体 的 な映像 で あ る。 も し この 映像が少 しで も曇 らされ て い るな らば,思 想 が必 要以上 に 自己を主張 したためで あ る。血 の通 う登場人物 の実相 こそ. ,. 小説 の生 命 に他 な らな い。」幻色の 中 の人 物 が最 も確実 に生 きて い るとい う こ とは,最 も直接 的 に生 きてい るとい う ことで あ る。Meursaultが 外部的世界 だ けを生 き こその生 命 の光輝 を発散 して い るのは,人 間 の具 体的な生 き方 や 実在す る人 間像 の方 が , 自意 識上 の葛藤 よ りも. Camusの 興 味を惹 いたた め. で あ る。二'E″ απ″ ″ の 中 のす べ ての ものは,Camusの 哲学者 と しての厳密 な まな ざ しと,地 に足 のつ いた生活体験者 の まな ざ しとを もって見 られて い る。 Camusは 地上 の存在 だ け しか見 ない。彼 は実 際 に手 に触れてみ る こ と ので きるものの存在 しか 信 じよ うとは しない。彼 にとって人 間 の劇 とは,地. :. 上 の濠」 以外 の ものは指 さな い。天上 的 な存在者 は,厳 と して この劇 に 出演す る こ とを拒 絶 され る。 現代社会 の 日常性 にお け る r6alit6 humaineこ そ,現 代 の 作家 に託 された 最大 の小説 的素材 で あ る。 この素材 は 内在化 された 多様性 と して 生 か さ れ る。登場人物 の過 度 の行動 や ドラマ や誇張 され た感受性 は,現 代人 の実在 の 尺度 に │ま ふ さわ しくない。 日常生活 の非本来 的 な 要素 こそ, 現代人 の真 の. r6alit6 humaineを 発現 す るもので あ る。形 而上 的 な id6eに 飛躍 した り. ,.

(8) 辻. 27ヨ. 昭 臣. │. 神秘 な教 義 の 中 に隠蔽 され な い人間 の非本来性 は,具 体 的 な ものでな けれ ば な らな い。 それ は現代人 の尺度 によ って 計量 で きる具体 的 な行為 によ って表 わ され,現 実 を回避 しない作家 の体験 その もの に依存す る。現実 こそ作家 が 自 己 の作品 の拠点 とす べ き唯一 の もので あ る。 そ して現 実 が作 品 よ りも優越 す る。 なぜ な らば,現 実 に根差 した思 想 は相対 的 に絶 えず生成 す るため に. ,. 作 品はそれ に追 いつ けな いか らで あ る。生 成 を途 中でやめ る思 想 は古 い革袋 に入 れ られ るべ き思 想で あ る。新 しい革袋 は, 自らを否定 す る思想 を期待す る。 その慎 しい表現 は,人 間 の尺度 を超越す る傲慢 さを断罪 す る こ とによ っ て 文体 の簡潔 さを要求す る。. LE′ ππ″ ″ にお ける 日常性 の 中 の非本来 的実相 は, 極 めて平凡 な Meur‐. Saultの 生活感情 に現 われて い る。彼 は現在性 とい うものを後生大事 に抱 え て い る。彼 の感覚 にとって曖昧 な野心 よ りも,手 洗 いの 回転式 の手拭 い が乾 いて いた時 の心地 良 さの方 がず っと確実 な もので あ る。彼 の生活や考 え はわ れ われ に何 ものを も示唆 しない。彼 の行為 や考 え方 に共 鳴 しよ うと反発 しよ うと,す べ て 読者 の 自由意志 と主 体性 に任 せ られ て い る。 正 に. Camusは そ. απ″ ″を創造 したので あ る。彼 の文体 や小説作法 ,Meursault ん な風 に ″ E′ グ とい う人 間像 や彼 に体現 された思 想 はす べ て,明 日になれ ば蜃気楼 のよ うに 跡形 もな く消え去 って しま うか も しれ ない とい う危 うい均衡 の上 にLE″ απ‐ ″ ″ は成 立 して い る。 「 何 もののた めで もな く」孤高 の存在 を維持 して い る ので あ る。 この無償性 の実在感 を保証 す るものは,. CamuSの 抑制 され た文 体 の快 い音調 で あ り, この小説全体 の緻密 な構成 で あ り,登 場人物 の生 き生 きと した息 づ か い や躍動す る血 のた ぎ りで あ る。 Camusの 文体 には不可解 な意 味 を暗示す るものは何 もな い。 また いか な る非人 間的 な不 安 や唐突 さを 指 嗽す るもの も何 もな い。す べ てが秩 序だち明晰 で あ る。 しか も彼 の文体 が 説 明 に堕 す るとい う ことはな い。彼 は説 明 の虚 しさを誰 よ りも良 く知 って い る。散文的 な説 明 は,心 の琴線 にふ れ る感動 を駆逐す る。 以上 のよ うな心理 と説 明 の拒否 は,MeurSaultの 為す動作 の劇 的な展 開 に よ って 示 され る。 これ は,あ る一面 にお いて. Camusの. ものの見方 が演劇 的.

(9) A.Camusの. 272. ′ ακJ"″ に つ い ` ″ Eノ タ て. 素 養 に よ って は ぐ くまれ て きた た め で あ る。 俳 優 が 自 己表 現 を行 う唯一 の 根 拠 とな る も の は 肉体 で あ る。彼 は 肉体 の 動 き に よ って心理 を も表 わ さな けれ ば な らな い 。舞 台 の上 で は俳 優 を通 して 内面 世 界 は 外 面 世 界 と一 体 とな る。. Camusは. 二'E′ ″ακ″ ″ にお いて ,登 場 人 物 の 外 的 な 行 為 を描 く こ とに よ. っ て ,そ の 人 間 の す べ て ,即 ち r6alit6 humaineを 描 く可 能 性 を追求 して い る。 それ は小 説 にお いて一 人 の人 間 を ど こ ま で 全 面 的 に把 握 で き るか と い う「 不 条 理 の壁 」 les murs absurdesの 限界 に対 す るひ た む きな挑 戦 に他 な らな い 。 この 可 能 性 は状 況 の 描 写 によ って 啓 示 され る。 Meursaultと い う一 個 の 自我 の 多様 性 │ま 状 況 の 描 写 に よ って ,彼 を 取 り巻 く世 界 と と も に克 明 に 表 現 され て い る。 LE′ γαπ″ ″ にお いて は,人 間 の心理 が そ の 肉体 と密 着 し て い る表 現 が 至 る所 に見 うけ られ る。 Camusは この 作 品 で , も し状 況 の 描 写 に よ って 登場 人 物 の 行 動 が完 全 に r6alit6 humaineに 一 致 した な らば ,状 理 を も包 含 し得 るか ど うか と い う賭 を 行 った ので あ る。 こ 己、 況 は説 明 な しにブ の 意 味 にお いて Nathalie Sarrauteの 次 の よ うな指 摘 は正 しい 。. Ainsi, par la vertu de l'analyse, de ces explications psychologiques quし 生lbert. Camus avait pris, jusqu'au dernier moment, tant de soin. d'6viter, les contradictions et les invraisemblances de son livre s'ex―. pliquent et l'6motion a laquene nous nous abandonnons enin sans r6serve se trouve justi■ 6e. La situation oi s'est trouvё. Albert Camus rappene assez cene du. roi Lear recueini par la moins avantag6e de ses fllles. C'est a ce ≪ pSyCh010gique≫ >, qu'il avait, par un IIlinutieux sarclage, cherch6 a. extirper et qui a repouss6 de toutes parts comlne l'ivraie, qu'il doit inalement son salut。. (ι 'E″ θDπ Sθ ″. ″π,Gallimard,p.22). Meursaultの と言 うよ り│ま ,ほ とん ど CamuSの と言 った方 が正 確 な ので あ るが , 繊 細 な感 受性 を表 わす 時 に 「 心理 的 な も の 」 が露 呈 して しま う。. Camuslに. お いて も, 人 間 の 精 神 の 働 き の一 郭 を 占 め る複 雑 な心理 の体 系 を. 免 れ る こ とは不 可 能 で あ った。 しか し この こ とに よ って. Meursaultの. 登場.

(10) 辻. 昭 臣. 2/θ. 人物 としての 存在 の重 みが軽減 され る こ とはな い。 Lτ ″ακy″ にお いて は. ,. 混沌 とした世界 が,一 つ一 つ の継起す る行為 の もた らす結果 の総体 によ って その全貌 が明 らか にな るよ うに記述 が進行 して い る。 このよ うな可祝 的世界 の形 象化 のみを信 じる. Camusの 人間定着 の手法 こそ,nOuVeau romanの. 作家 が獲 得 した唯一無 二 の倉」 造 的態度 で あ る。. nouvean romanの 作家 は,現 象学 的 な方法 によ る記述 を 目指す。彼 らは. ,. 視覚 が知 覚す る以上 の ものを見 る ことを 自らに禁 じる こ とによ って,世 界 の 見方 の一 つ を表現 しよ うとす る。彼 らの厳 正 で透 明 な描写 は,外 面 と内面 と い う二 元論 を排斥 してい る。. Il y a aujourd'hui, en eret, un 616ment nouveau, qui nous s6pare. cette fois radicalement de Balzac, comme de Gide ou de madame de La Fayette: c'est la destruction des vieux lnythes de lattprofOndeur≫. >.. α% γ θ 22Zα π πυθ (PO%″ %% πθ , p。 26) 「深層」 と外面 との対立 とい う二 重構造 は,外 面 の表皮 の祭」 奪 によ って崩 壊 の危機 に瀕す る。人間 の真摯 な内的動機 は,外 面 の行為 の欺臓 を 許容 しな い。 r6alit6 humaineは 自ら顕示す る. apparenceに よ って,内 部 と外 部 と. が 等価 にな る。 曖 昧 で神秘 的 で虚 妄 ともい え る 内部 の 実在 は存在 しない。. r6alit6 humaineの 外 的 な事 実 は,そ れが現 われ る様 々な連 鎖 によ って判 断 す べ きもので あ って,そ の背後 に隠 されて い る形而上 学 的 な id6eに よ って 半」断す べ きもので はない。 も し人 間 の諸行為 の総体 が凝集力 と充 実 した確実 性 を持 つ な ら, この総体 こそ realit6 humaineの 実相 で あ る。 その 時人 は も はや錯 覚 と誤謬 に満 ちた内部 世界 の存在 を信 じる こ とはな くな るだ ろ う。 そ して この世界 の あ らゆ る対象 Objetsは , 人 間 の まな ざ しに対 して 相対 的 な 存在理 由を持 つ こ とにな る。 この よ うな Objetsの 存在 の仕方 を A.Robbe‐ Grilletは 「 現前」 presenceと 名付 けて い る。. A la place de cet univers des ≪signincations≫ > (pSych01ogiques,.

(11) Ao Carllusの ″ Eノ /α η」 影/に て)い て. 27ζ. sociales, fonctionnenes), il faudrait donc essayer de construire un monde plus solide, plus imin6diato Que ce SOit d'abord par leur p″. sθ π ι θθ. que les objets et les gestes s'imposent, et que cette pr6sence continue ensuite a doHliner, par‐ dessus toute th6orie explicative qui tenterait. de les enfermer dans un quelconque systё. me de r6f6rence,sentilnental,. sociologique, freudien, m6taphysique, ou autre.(ibid. p. 23) この 厳 然 と した pr6senceは 紛 う方 な き姿 と して文 学 に定 着 され る。 物 は 物 と して ,人 間 は人 間 と して ,見 る者 の 執 勘 な 視 線 の も とに さ らけだ され る。 人 間 や物 な ど の Objetsよ りも,見 られ た SituatiOnsに お け るそれ らの 条 件 の 方 が重 要 な意 味 を持 つ 。 A.Robbe‐ Grilletは 正 確 さを 期 す るた め に,陰 哺. m6taphOreを. ,描 写 にお け る極 度 の 純 化 と. も斥 け よ うとす る。. La m6taphore, en eret, n'est jamais une ngure innocente. ]Dire que. le temps est ttcapriCieux> ou la mOntagne ttmajeStueuse≫ >,. parler. du ≪ COeur≫> de la forOt, d'un soleil ttimpitOyable≫>, d'un village ≪ b10tti≫ au Creux du va1lon, c'est, dans une certaine mesure,fOurnir des indiCations sur les choses elles‐ InOmes :.forme, diinensions, situa‐ tion, etco lЛ. ais le choix d'un vocabulaire analogique, pourtant silnple,. fait d6ja autre chOse que rendre cOmpte de donn6es physiques pures, et ce qui s'y trouve en plus ne peut guё re Otre port6 au seul cr6dit des beneslettres。. (ibid. p. 59-一 p. 60). 陰 哺 は人 間 の 感 情 と心理 を伴 った対 象 Objetsと の一 種 の 連 帯 で あ り, 人 の 間 と も の と の 間 に交 感 COrreSpondancesを 形 成 す る。 また 陰 愉 は人 間 自 然 に対 す る主 情 的 な参 加 で あ る。 陰 愉 によ って 描 写 され た. ObjetSは , も し. そ の 陰 愉 が Objetsに 対 して数 学 的 な正 確 さで 適 応 し 得 な けれ ば,. 陰哺 は. objetsを ぼか し,奔 放 で 飛 躍 的 な描 写 に超 越 して しま うので ,種 々の 暗 示 に よ って そ の 実 体 が汚 濁 して しま う危 険性 が あ る。 と こ ろで ,A.Robbe‐ Grilletは L'E′ ″απgθ ″ にお け る陰 喩 を ど の よ う に考 え て い るだ ろ うか 。.

(12) 辻. 昭. 275. 臣. Tous les lecteurs ont remarqu6, n6anmoins, que le h6ros de L'E‐ ″απgθ ″ entretenait ″. avec le monde une connivence obscure, faite de. ・…中田 rancune et de fascination. ・ …。Seuls, en eFet, les objets d6ja … 各…。 charg6s d'un contenu humain pθ π s ″グθ. ■agrant sont neutralis6s, avec soin, et. ″ αグ sθ η s 22Zθ ″ S."¨ L'absurde est donc bien une forme d'hu‐ αノ θ. manisme tragique.(ibid.p.70-p。 71) これ は正 鵠 を射 た批 評 で あ る。 ただ し,不 条 理 の思 想が るとい う点 にお いてだ け正 しい。rE″ απ″ 2に お け る. humaniSmeで あ. humanismeの 主軸. とな る ものは,不 条 理 の思 想 に負 って い るのは言 うまで もな い ことで あ るが. ,. 陰喩 とい う技法 にそ れが表 われて い る こ とにも 注 目 す べ きで あ る。Meur‐. Saultが 無垢 で あ り, 反抗 的 で あ り, しか も一人 の犠牲者 と して描 かれて い る こ とは,不 条 理 の思 想 にお け る悲 劇 的な. humanismeの. LT′ ππ″ ″ に描 かれた陰 愉 は, 一方 にお いて. 具象化 で あ る。. Camusの 詩人的資質 の現. われ に他 な らな い。彼 の育 った地 中海的風 土 が必然 的 に陰愉 によ る描 写 を彼 に強要 したので あ る。 それ と同 時 に,陰 愉 とい う手法 が,MeurSaultと 世界 とを一体化 させ る決定的要 因 にな って い る。彼 が 「幸福」 を感 じるのは, 自 然 と交感 じ得 る瞬間 にお いてで あ る。 それ は,彼 が diVOrCeの 状態 を克 服 し て nOCeSの 状態 に到達 して い るためで あ る。 この時彼 は人間 的真理 の世界 の. humanismeは 確実 に成 立 して い る。一方 ,nOuveau romanに お け る humainな ものは どのよ うに確保 され るだ ろ うか。 中 に置 かれ. LE NOUVEAU ROMAN NE S'INTERESSE QU'A L'HOMME ET A SA SITUATION DANS LE MONDE Comlne il n'y avait pas, dans nos livres, de. ≪ perSOnnages≫ >. au. sens traditionnel du mot, on en a conclu, un peu hativement, qu'on n'y rencontrait pas d'homines du tout。. (ン 6tait. bien inal les lire.L'honl‐. me y est pr6sent a chaque page, a chaque ligne, a chaque mote ■ttOme si l'on y trouve beaucoup d'objets, et d6crits avec minutie, il y a toujours et d'abord le regard qui les voit, la pens6e qui les revoit,.

(13) 27δ. Ao Camusの. ″ E`'′ απttγ に つ い て. la passion qui les d6forme. Les objets de nos romans n'ont iamais de pr6sence en dehors des perceptions humaines,r6elles ou imaginairesI ce sont des objets comparables a ceux de nOtre vie quotidienne, tels qu'ils occupent notre esprit a tout rr10ment.(ibid. p. 147) この よ うな相 関 関係 にお いて は ,物 は確 か に 実 体 と して現 前 す るが ,人 間. Objetsと は生 きた 肉体 を持 った r6alit6 humaineと して は現 前 し得 な い 。 があ 人 間 と の 連 帯 を た ち切 る こ と に よ って 非 人 間 的 な も のが 介 入 す る 危 険 Objets る。 人 間 は 単 な る意 識 ,或 い は 視 覚 だ け に化 して しま う。 ObjetSは い と して紛 れ もな く現 前 して い るが ,そ れ を見 つ め る人 間 の 眼 は カ メ ラ と う い 垢 物 の眼 に も等 し くな って しま う。 作 者 の心理 や感 情 に汚 染 され な 純粋 無 る な Objetsを 描 くた め に拒 否 した 陰愉 は, hnmanisme的 な和 解 を放 棄 す こ こ とに よ って ,Sartre流 の 言 葉 を借 りれ ば ChOSiSte的 な人 間 を排 出す る の と にな る。 そ の 時 ,も し人 間 が 作 中人 物 と して 登場 しな か った な らば ,そ Grilletの Lα ル ー 人 間 の 意 識 や視 線 は物 化 して しま う。 伊1え ば , A.Robbe‐ θπJθ にお け る女 主 人 公 A.¨ の 夫 の jalousie(嫉 妬 心)は ,ja10usie(鎧 戸 ) ノ と い う物 に変 容 して い る。 それ と同 時 に,彼 が斥 け た陰 愉 と い う陥穿. にはか. が に こ らず も この 小 説 全 体 が は ま り こん で い るので あ る。 この とは確 か 作 者 らゆ 伝 統 的 な小 説技 法 を打 破 しよ うと して意 図 した こ とで あ る。描 写 か らあ 4Lな Objetsを 得 よ うとす る彼 の 手 法 は次 の る不 純 な も の を一 掃 して全 く純 米 よ うな存 在 論 に起 因 して い る。. Or le mOnde n'est ni signinant ni absurde. 1l. sち tOut siinplement. θ. C'est la, en tout cas, Ce qu'il a de plus remarquable. Et soudain cette. 6vidence nous frappe avec une force contre laquene nous ne pOuvons plus rien. I)'un seul coup toute la bene construction s'6croule:ouvrant. les yeux ね1'ilnproviste, nous avons 6prouvё , une fois de trop, le choc de cette r6alit6 tOtue dont nous faiSiOns semblant d'Otre venus a boute. Autour de nous,d6■ ant la meute de nos adieCtifS anilnistes ou m6∂. Leur surface est nette et lisse, intacte, nagers, les choses sθ π′ノ sans eclat louche ni transparence。. (ibido p. 21).

(14) 辻. 昭. 臣. 2〃. Camusと A.Robbe‐ Grilletの 存在論 的立場 の決定 的 な相違 が あ απ″ ″ の 中 る。 Camusに お いて は,「 不条 理」 が明確 な所与 と して L'E′ ″ ここ │こ. に介在 して い るが, A.Robbe‐ Grilletの 世界 には正 し く何 もの も無 いので あ る。不条 理 の作 品 の底 には深 い無償性 が,蘇 生 を約束 され た不毛性 として 横 たわ って い る。 この不毛性 が展 開 して確実 に次 の作 品を生 む ので あ る。不 条 理 の思想 は世界 の意味を認 めな い と言 いなが ら,暗 黙 の うち に意味 を導入 して いたので あ る。不条 理 の思 想 は,世 界 の意味 の 明確 さと不可解 さをそ の 明智 によ って悟 り得 て い る。世界 に意 味 が先験 的 に無 いので はな くて,意 味 づ け の 限界 を明晰 な叡智 によ って確認 して い るので あ る。不条 理 は,世 界 を 不可解 な もの と見 なす こ とによ る意 味 づ け の 回避で はな い。言葉 で は解読 で きな い r6alit6 humaineを 捉 え るため の 明証性 に貫 らぬかれた一手段 で あ る。 た とえ 「不条 理」 が. CamuSに 個有 の所与 で あ り,A.Robbe‐ Grilletに. 適応 で きな い所与 で あ ると して も,も し世界 に意味 がなか ったな ら,人 は何 を拠 所 に思 索 し行動 を企 て るだ ろ うか。世界 の意 味 を認 めな い こ とは,一 種. :. の狂気 と混乱 を世界 に招来す る こ とにな る。世界 にお け る善 と悪 とは等価 と な り,人 は何 も信 ぜ ず,す べ てが許 され,何 も重要 な ものはな くな る。 そ し て あ らゆ る行 為 が偶然 や気紛れ によ って 支配 され る。文学 に携 わ る人間が こ のよ うな考 えの もと に創作す れ ば,文 学活動 の必然性 が何 の根拠 も持 たな く 「 な る。書 くとい う こ とが作家 に と って は特 に関心 を惹 かな い行 為 で あ り,書 いて も書 かな くて もどち らで も良 い こ と にな る。 た とえ書 いた として も,読 者 に訴 えか け る力を喪失 した作品 しか生 み出 され な くな り,そ の作 品 は読者 との COmmunicationが 成 立 しない秘教的 な もの とな る。 このよ うな文学世 界 にお いて は,作 者 と読者 との 間 に決定 的 な絶縁 が生 じ,非 人間的 な ものが 挿 入 され,作 中人物 の人間性 と読者 との遅近 は消滅 し humaniSmeは 崩壊す る。 その結果 ,あ らゆ る文学 活動 は終焉す る憂 目 に会 うため に,作 家 は文学 を放棄 しな けれ ばな らな くな る。 しか し, A.Robbe‐ Grilletは 文学 を放棄 :. しなか った。 この背 理 は何 に基 くのだ ろ うか。 それ は,「 世界 に意味 なが い」 とい う前提 自身 が矛盾 して い る こ と によ る。「世界 に意 味 がな い」 と考.

(15) Ao Camus. 278. の ″ Et″ ακttγ に つ い て. え る こ とは一 つ の 価値 判 断 で あ る。 価値 判 断 と │ま 「 意 味」 以 外 の 何 も ので も な い 。 人 間 が 目覚 め た意 識 を持 って 世 界 内 に 存 在 して い る限 り,世 界 と の 係 りを絶 つ こ とは不 可 能 で あ る。 人 間 は判 断す る こ とによ って ,何 らか の 形 に お いて 一 つ の 意 味 の 体系 に包 摂 され るよ うに宿 命 づ け られ て い る。 それ を逃 が れ る時 は ,意 識 の 終 結 を示 す 死 の 時 だ け で あ る。 結 局 , Ao Robbe― Grillet は 世 界 の 意 味 を承 認 せ ざ るを 得 な くな った。. LE NOUVEAU ROMAN NE PROPOSE PAS DE SIGNIFICATION TOUTE FAITE Et l'on arrive a la grande question: notre vie a‐ ,est‐. t‐. ene un sensP Quel. ilP QueHe est la place de l'homlne sur la terreP On voit tout de. suite pourquoi les objets balzaciens 6taient si rassurants : ils appar― tenaient h un monde dont l'holYIIne 6tait le matttre;ces objets 6taient ・ des biens, des propri6t6s, qu'il ne s'agissait que de poss6der, de. conserver ou d'acqu6riro ll y avait une constante identit6 entre ces objets et leur propri6taire : un silnple gilet, c'6tait dё ja un caractё re,. et une position sociale en mOme tempso Iメ. horrllne 6tait la raison de. toute chose, la clef de l'univers,et son matttre naturel,de droit divin.¨ (ibide p. 151) こ こに 至 って A.Robbe‐ Grilletと 不 条理 の 作家 の 考 え方 が 期 せ ず して一 致 した の で あ る。 両 者 と も,複 雑 に 流 動 す る世 界 の 持 つ 新 しい 意 味 の 発見 を文 学 に賭 け て い る。 現 代 は世 界 の 本 質 が そ の 明証 性 を失 い ,新 た な意 味 が付 与 され な けれ ばな らな い 時 代 で あ る。 意 味 │ま 世 界 に 内在 的 に不 動 な も の と して 存 在 す るので │ま な い 。世 界 に人 間 の 意 識 が介 入 した 時 に初 め て ,世 界 は そ の 意 味 を開 示 す る。 人 間 の 意 識 に宰 領 され た世 界 の 意 味 が ,言 葉 に よ って 定 着 した も の が文 学 で あ るの な ら,文 学 者 が言 葉 に対 して あ る種 の 信 仰 を持 つ の も当然 な こ とで あ る。 A.Robbe‐ Grilletの 信仰 は ,言 葉 か ら「 心 理 的 ・社 会 奪 と い う こ とか ら出発 した 。 この よ うな意 味 を失 っ 的 ・機 能 的 な意 味」 の 祭」 た 比 類 な く純 粋 で透 明 な Objetsは. ,数 学 的 ・物 理 的 な正 確 さだ け によ って.

(16) 辻. 昭 臣. 279. しか描写 され得 な い し,ま たそれが彼 の毅然 として意 図す ると ころで あ る。 彼 の手法 によ る描 写 は,完 全 に純粋 で 充足 した物 に対 して は完全無欠 に遂 行 され得 る。 しか し人間 は, 数学 的 ・物 理 的な実在 とは限 らな い。 nouveau. romanに お いて は,. 人間が人間 として描 かれ るため に必 要 で十分 な 条件 と. な る r6alit6 humaineの 保証 とな るものは何 もな い。 しか も見 え るものだ け しか描 かな い とい う こ とは,作 者 が あ らか じめす べ てを 知悉 して い る神 的 立場 に立 つ の と同 じ こ とにな る。nouveau. romanに お いて人 間 は生命 の樹. 液 が枯渇 し, 無 味乾燥 な空 白 に満 ちて い る。 その空 白 を 埋 め るのが 読者 に 課 せ られ た使命 で あ る。 しか しこの苦役 の後 に執 い られ るものは何 もな い。. Camusの. LT′ ″απ多 ″ は 自らの小説原 理 に反 して , そのみずみず しい生命. 力 によ って 明 日の文学界 を担 うだ ろ う。 一 方 nOuveau romanの 数多 くの作 品 の 明 日お け る運 命 は極 め て 疑 間 で あ る。 しか し,あ る限 られ た作 品 の存在 価値 につ いて は,最 も公 正 な審判者 で あ る時間 がそ の運 命 を決定す るで あろ うとい う こ とは確実 な こ とで あ る。.

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