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普通列車のグリーン車需要の価格弾力性の推定-Regression discontinuity designに基づいて-

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交通学研究 第 63 号 (研究論文)

普通列車のグリーン車需要の価格弾力性の推定

Regression discontinuity design に基づいて-

松本涼佑(鉄道総合技術研究所)1

要旨

普通列車グリーン車の価格は、グリーン車自体の需要を左右することに加えて、同じ列車に併結される普通車両の需要にも 影響を及ぼすと考えられる。そのため特に混雑が問題視される平日朝の通勤において、グリーン車価格の変化が需要に与える 影響は重要な研究テーマである。そこでグリーン車の価格が営業キロ51km を境に210円変化する2段階の価格体系に着目し、 Regression discontinuity designを適用することによって、平日朝の通勤におけるグリーン車需要の価格弾力性を推定した。分析の 結果、価格弾力性は有意に1 を超え、価格感応度は高いことが分かった。適正な価格設定は、本価格弾力性の推定値、および 現状の普通車両とグリーン車の混雑度を基に、慎重に検討される必要がある。

Key Words: グリーン車需要、価格弾力性、Regression discontinuity design、因果推論、自然実験

1.はじめに2 1.1 本研究の概要 普通列車のグリーン車はJR 東日本の一部の路線に導入されているサービスである。それらの路線では普通列 車に普通車両とグリーン車が併結しているが、グリーン料金(以下、グリーン車価格)3を支払うことによってグ リーン車に乗車することができる。グリーン車は普通車両と比較して、混雑度が低く、着席できる可能性が高く 4、静かであり、中吊り広告が少ないことなどから、車内快適性が高い。加えて、机を用いて作業をすることによ り乗車時間を有意義に活用できるといったメリットもある5。将来に関しても、2023 年度末に JR 東日本の中央線 にグリーン車導入が予定されている6など、グリーン車の需要は小さくないと考えられる。 現状のグリーン車の価格が上がれば、グリーン車から普通車両への需要の転換が起こり、結果として普通車両 の混雑が増加すると考えられる。逆にグリーン車の価格が下がれば、普通車両からグリーン車への需要の転換が 起こり、普通車両の混雑が減少する反面、グリーン車の混雑が増加すると考えられる。このようにグリーン車の 価格は、グリーン車自体の需要のみならず普通車両の需要にも影響を与える。そのため特に混雑が問題視される  2019 年11月17日初原稿受理、2020年2 月1日採択。本稿は日本交通学会第78回研究報告会にて報告した「東京圏の鉄道 混雑回避需要に関する計量経済分析」に加筆・修正を加えたものである。 1 問合せ先。〒185-8540 東京都国分寺市光町2-8-38 鉄道総合技術研究所研究員 松本涼佑。 E-mail: matsumoto.ryosuke.84@rtri.or.jp。 2 本稿は筆者による独自の研究成果であり、所属機関の見解を示すものではない。 3 乗車した営業キロに応じて必ず課される「運賃」と、有料車両(グリーン車等)や有料列車(特急列車等)に乗車すること によって追加的に課される「料金」は区別されるが、本研究では混乱を防ぐために両者を「価格」で統一する。 4 グリーン車価格を支払ったにも関わらず着席できなかった場合には、払い戻しを受け、普通車両に移ることが可能である。 5 同じ普通列車に併結されているため、速達性は変わらないことに注意されたい。 6 JR 東日本プレスリリース

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平日朝の通勤7において、グリーン車の価格の変化が需要に与える影響は重要な研究テーマである。しかしグリー ン車の価格の変化が需要にどれほどの影響を与えるかに関して定量的な分析を行った先行研究は公表されていな い。 そこで本研究では、グリーン車の価格が営業キロ851km を境に 770 円から 980 円に 210 円増加する(使用デー タと統一した2015 年時点)という 2 段階の価格体系に着目する。旅客が乗車する営業キロが増加するごとにグ リーン車選択確率は連続的に増加する一方で、価格が増加する営業キロ51km 前後には、グリーン車選択確率の 不連続性があると考えられる。そこで平日朝の通勤を対象に、通勤旅客の普通車両とグリーン車の選択行動モデ ルを構築し、2015 年度首都圏版の大都市交通センサスの個票データを活用し、上記不連続性の度合いを定量化す ることによって、グリーン車需要の価格弾力性を推定する。なおこのような分析手法は、Regression discontinuity design(以下、RDD)と呼ばれる。 1.2 先行研究と本研究の比較 1.1 節で既述のとおりグリーン車の価格の変化が需要に与える影響を定量化した先行研究は公表されていない が、普通列車における普通車両とグリーン車の選択行動モデルにグリーン車価格を組み込んだ先行研究として森 岡(2018)がある。森岡(2018)では、普通列車へのグリーン車の導入(普通車両のグリーン車への置換え)は、混雑 から抜け出すことのできる新しい選択肢を提供できる正の効果と、普通車両の混雑を増す負の効果の正負2 つの 効果を持つとし、平日朝の通勤におけるJR 東日本横須賀線を対象に、グリーン車の導入が社会厚生を向上させ るかを検証している。グリーン車を利用するか、始業時刻の何分前に出勤するかという通勤旅客の2 つの意思決 定を、mixed ロジットモデルを適用し、2010 年首都圏版の大都市交通センサスの個票データを用いて、モデルの パラメータを推定している。 森岡(2018)では価格弾力性は推定の対象とはなっていないが、本研究ではグリーン車需要の価格弾力性を計算 するにあたって、森岡(2018)のモデルが持つ 2 つの課題を解決できる。 1つ目の課題は、普通車両とグリーン車が混雑度と価格という2つの要素でしか区別されていないことである。 1.1 節で既述のとおりグリーン車は上記 2 つの要素以外にも、静かであることや机を用いて時間を有効活用でき ることなどの特性を持つ。RDD を用いた本研究では、営業キロ 51km 前後のグリーン車選択確率どうしを比較す るため、グリーン車の財としての特性は加味されているといえる。 2 つ目の課題は、混雑項に関する推定パラメータに内生性バイアス9が生じていると考えられることである。森 岡(2018)の推定結果では、混雑度が 4 人/m2以上では混雑度の増加とともに混雑不効用も増加しており、現実と整 合が取れているが、混雑度が4 人/m2以下では混雑度の増加とともに混雑不効用が減少してしまっており、現実 と整合が取れていない。これは森岡(2018)でも考察されているとおり、モデルには組み込まれていない不明の要 因で通勤旅客が特定の時間帯に集中すると、混雑を好んでその時間に集中しているとみなしてしまい、混雑不効 用が過小に推定されてしまうことに起因すると考えられる。RDD を用いた本研究モデルでは、後述する条件を満 たせば、時間帯別の混雑項を含むことなく、営業キロ、および営業キロ51km 以上のダミー変数のみのシンプル な定式化により価格弾力性を推定できる。そのため上記内生性バイアスは緩和できると考えられる。 以上2 点の課題を解決できることが、本研究でRDD を用いることの強みといえる。

RDD は Thistlerhwaite and Campbell (1960)によって初めて報告された歴史ある手法といえる一方、Angrist and Pischke (2009)では「応用計量経済学でその重要性が省みられるようになったのは、つい最近のことである」と述 7 2017年より東京都は通勤ラッシュ回避を目的として「時差Biz」と称した時差出勤を促すキャンペーンを行っている。この ことからも、特に通勤における鉄道混雑は依然として深刻な問題といえる。 8 営業キロは駅間ごとに小数点第一位まで定められているが、本稿では特に断りがない限り、営業キロは小数点第一位を切り 上げた整数値を指す。これはグリーン車価格の他、その他鉄道利用価格の算出においても、小数点第一位を切り上げた営業キ ロが基準となっているからである。なお営業キロは交通新聞社『マイライン 東京時刻表』2015/11号より取得している。 9 混雑と内生性バイアスに関して議論した先行研究はBujosa, et al. (2015)にまとめられている。

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べられている。このようなことからRDD を用いて価格弾力性を計測した事例は必ずしも多くはないが、RDD を

用いてUber(米国におけるオンライン配車サービス)の需要関数を推定した先行研究として Cohen, et al. (2016)、

RDD を用いて日本における医療需要の価格弾力性を推定した先行研究として Shigeoka (2014)がある。 このように海外における交通需要や、日本における交通以外の分野でRDD が用いられた事例はいくつかある が、日本の交通需要を対象にRDD が適用された事例は、筆者の知る限りない。このような背景から、日本の交 通分野でもRDD や因果推論全般に関する手法が、広く積極的に活用されるべきと筆者は考える。 2.分析手法 2.1 RDD の概要と本研究への適用 RDD は実社会に存在する境界線と不連続性に着目する分析手法であり、因果推論や自然実験(疑似実験、準実 験)に区分される手法である。後述する条件を満たせば、信頼度(内的妥当性)の高い推定結果が得られる。 RDD はある連続変数 z の値が特定の境界線よりも低いか高いかによって、別々のグループに割り付けられる事 象に着目し、その前後にある被説明変数y の不連続性を計測することによって何らかの効果を推定する手法であ る。そしてRDD を用いて妥当な結果を得るには、被説明変数 y 以外の変数には、上記境界線において不連続性 がないという条件がある。 上記を本研究に当てはめると、営業キロz が 51km 未満か以上かによって、グリーン車価格が 770 円か 980 円 となる事象に着目し、営業キロ51km 前後のグリーン車選択確率 y の不連続性を計測することによって、グリー ン車需要の価格弾力性を推定することといえる。そして妥当な結果を得るためには、グリーン車選択確率以外の 変数(時刻変数や属性変数)には、営業キロ51km 前後において不連続性がないという条件を満たす必要がある。 ここで被説明変数y 以外の変数に不連続性がなければ、連続変数 z と不連続性を表すダミー変数のみを説明変 数としたシンプルなモデルで因果関係を定式化できることがRDD の強みである。ただし RDD で推定された結果 は、境界線近傍での高い内的妥当性は得られる一方で、境界線近傍以外の場所にどれほど適用できるかという外 的妥当性の議論は常に残ることに注意されたい。 2.2 本研究における RDD モデル式 本研究におけるRDD モデル式を(1)、(2)式に示す。 yi* = α + βzi + γ di + εi (1) yi = {1 (if yi* > 0) , 0 (if yi* ≤ 0)} (2) ここで添字i は個人を示し、被説明変数の yi*はグリーン乗車選択の潜在変数(効用)である。説明変数のzi 個人i のグリーン車運行区間内で乗車した営業キロ(小数点第一位の切り上げを行う前の値)を示し、diは{0, 1} の2 値をとるダミー変数であり、営業キロが 51km 以上の場合は 1、51km 未満の場合は 0 となる。誤差項の εiは 独立で同一のガンベル分布に従うと仮定することによって、二項ロジットモデルとする。なお各説明変数にかか るα、β、γ は各説明変数に対応するパラメータである。また(2)式に示すとおり yiは{1, 0}の 2 値をとるが、個 人i がグリーン車を利用する場合は 1、利用しない場合は 0 となる。また本研究では diにかかるγ がグリーン車 需要の不連続性を表すため、最も重要なパラメータであるといえる。 2.3 価格弾力性の計算式 グリーン車選択確率の理論値Pr(yi = 1)は、y*の推定値 を用いて(3)式のとおり計算できる。

Pr(yi = 1) = exp( ) / {1 + exp( )} (3)

本研究における価格弾力性の近似値η(以下、価格弾力性 η)10は(3)式を用いて(4)式のように表せる。

η = - ÷ (4)

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ここで第1 の分数項はグリーン車選択確率の変化率、第2 の分数項はグリーン車価格の変化率を表す。それら 変化率を計算するための分母は、Mankiw (2012)に倣い、変化前後の中間値としている。グリーン車の選択確率の 計算では、グリーン車価格が980 円(di = 1)となる最小の営業キロ(zi = 50.1)と、グリーン車価格が770 円(di = 0)となる最大の営業キロ(zi = 50.0)を基準としている。なお価格弾力性 η は先頭に-1 を乗じて定義されてい るため、推定値は正であることが想定される。 価格弾力性η は営業キロ51km 近傍で価格が 1%変化したときに、需要が約何%変化するかと解釈できる。 2.1 節で既述のとおり本価格弾力性が正確に計測されるためにはグリーン車選択確率以外の変数に不連続性が ないことを満たす必要がある。それらの変数に不連続性がないかは3.3 節で確認する。 3.データ 3.1 大都市交通センサスの概略 本研究では2015 年首都圏版の大都市交通センサスの個票データを用いて分析を行う11。 大都市交通センサスは国土交通省により、鉄道・バスの利用の実態を把握するために5 年おきに行われている 調査であり、対象地域は首都圏、中京圏、近畿圏である。大都市交通センサスはいくつかの調査からなるが、本 研究で主に用いるのは鉄道定期券・普通券等利用者調査の首都圏の個票データである。同調査は2015 年の 11/17 (火)~11/19(木)の 3 日間で実施された。 調査票を受け取った旅客はその日の鉄道トリップ3 回目までの情報を記述する12。それぞれのトリップの目的 (通勤、通学、業務、私事、帰宅の5 択)、出発地および目的地の情報(住所は町丁目まで)、鉄道経路の情報(利 用路線と利用路線ごとの乗車駅、降車駅、列車種別13)、およびそれらに対応する時刻(出発地を出発した時刻、 列車に乗車した時刻、列車を降車した時刻、目的地に到着した時刻)などを記述する。さらに勤務先の始業時刻 や、個人属性として性別、年齢を記述する。 3.2 分析対象 通勤定期券の保有者、移動目的が通勤、勤務先始業時刻8:00 から 10:00 の旅客を分析対象とする。 普通車両とグリーン車との選択を定式化するため、JR 東日本路線のグリーン車運行区間を利用した旅客を分析 対象とする。2015 年時点でグリーン車が運行していた路線は、東海道本線、東北本線、常磐線快速、総武本線、 横須賀線、高崎線、成田線(成田支線)、外房線、内房線、湘南新宿ライン、上野東京ラインである(大都市交通 センサスの表記名称と統一)。原則グリーン車価格は1 列車につき 1 度支払う必要があるが、上記のグリーン車 運行区間内では、改札口を出なければ同一方向に乗り継ぐことができる。そのため、モデルの説明変数の営業キ ロziには、上記区間内で各旅客が乗車した分の営業キロを代入する。 グリーン車運行区間を利用する旅客であっても、バイアスがかかりうる旅客を分析対象外とする必要がある。 総武本線の千葉駅以東、常磐線快速、成田線(成田支線)、外房線、内房線では、常にグリーン車が併結されてい るわけではないため、いずれの時間帯でも普通車両とグリーン車の選択が可能なわけではない。そのため、同区 間を利用する旅客は分析対象外とする。またグリーン車運行区間→非運行区間→運行区間のように、グリーン車 運行区間を複数回利用している旅客や、グリーン車運行路線を非同一方向に乗り継いだ旅客は、グリーン車価格 を2 度支払う可能性もあるため分析対象外とする。その他にも、同じ路線内で上下双方向に乗車している旅客や、 グリーン車運行区間内で普通車両と有料列車・車両を乗り継いでいる旅客は分析対象外とする。 グリーン車運行区間であっても通勤ライナーや特急列車が停車するOD では、選択肢にそれらの列車も入りバ 11 本個票データは、国土交通省総合政策局より提供を受けている。 12 トリップが4回以上ある旅客は、3回目までのトリップと、帰宅トリップに関する情報を記述する。 13 列車種別は、各駅停車のみ、快速・急行等、有料列車、新幹線の4 択で回答する。普通列車グリーン車、通勤ライナー、特 急列車はいずれも有料列車として回答されるため、それらが並走している区間で有料列車が回答された場合、乗降駅や時刻な どの情報からそれらを区別する必要がある。

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イアスがかかってしまう。そのためグリーン車運行区間内で乗車した最初と最後の駅を基準に、分析対象時間帯 に通勤ライナーもしくは特急列車が停車するOD は分析対象外とする。 上記JR 東日本グリーン車運行路線と他社路線が並走している区間もあるが、本研究では通勤定期券保有者を 対象とするため、1 度通勤定期を購入した旅客にとって日々の通勤行動に他社路線との経路選択は発生しないと 考えられる。そのため他社路線との経路選択は本研究の対象とはしない。なおJR 東日本管内で並走する路線の 選択に関しては検討の余地があるが、本研究では旅客は調査票に回答した通勤経路を毎日利用しており、日々の 通勤において経路選択は行っていないものと仮定する。 上記に示した分析対象サンプルにおける記述統計を表1に示す。対象営業キロは1~70km、サンプルサイズは 17,136 であり、不明回答は各代表値の計算対象から除外している。 3.3 RDD 成立条件の確認 2.1 節で既述のとおり本研究でRDD が成立するためには、グリーン車選択確率以外の変数では、営業キロ 51km 前後に不連続性がないことを満たす必要がある。グリーン車選択確率以外の変数の営業キロ別の平均値、および その近似曲線(2 次近似)を図1に示す。 最初に時刻変数の解釈を行う。始業時刻、および到着時刻は営業キロにはそれほど依存しない傾向が見られ た。出発時刻、および乗車時刻は営業キロが大きくなるごとに早くなる傾向が見られた。これは営業キロが大き いほど通勤所要時間が長くなり、早く出発・乗車する必要があるためと考えられる。 次に属性変数の解釈を行う。女性ダミーの平均値は女性割合と一致する。女性割合は営業キロが大きいほど低 くなる関係が見られた。これは、女性は非正規雇用である割合が高く、正規雇用と比較して非正規雇用では転勤 が少ない事情や、時間をかけて通勤するメリットが小さい事情が反映されていると考えられる。年齢は営業キロ が大きいほど高くなる傾向が見られた。これは年齢が高くなるほど、マンションや持ち家に住む割合が高くなり、 地価の低い郊外に住む傾向や、引っ越しのコストが高くなる傾向が反映されていると考えられる。 なお通勤定期の価格は営業キロ1km ごとに増加するが、日本では一般的に通勤定期の費用は勤務先が負担する ため、分析の問題とはならないと考えられる。これは通勤手当の非課税枠が1 ヶ月あたり 10 万円(2015 年時点) あることに起因する。毎日指定区間内を乗車できることに加えて、毎日グリーン車にも乗車できるグリーン定期 があるが、グリーン定期では勤務先負担とはなりにくいと考えられるため、グリーン定期は考慮しない。さらに グリーン車利用回数にもよるが、営業キロ51km 近傍においては、グリーン定期よりも通常のグリーン車価格を 利用した方が費用負担は少ないと想定される。グリーン定期には1 ヶ月タイプと 3 ヶ月タイプがあるが、3 ヶ月 タイプで平日通勤20 日/月と想定した場合、通常の通勤定期の価格を、営業キロ50km で 1,564 円/日、営業キロ 表1 各変数の記述統計 変数名 単位 平均値 標準偏差 最小値 中央値 最大値 営業キロzi km 25.3 13.7 1.1 24.7 69.7 営業キロ51km 以上ダミーdi なし 5.9% 0.24 0 0 1 グリーン車選択ダミーyi なし 1.1% 0.10 0 0 1 始業時刻 h:mm 8:56 0:25 8:00 9:00 10:00 出発時刻 h:mm 7:11 0:42 4:00 7:10 9:53 乗車時刻 h:mm 7:28 0:42 4:44 7:28 9:42 降車時刻 h:mm 8:17 0:38 5:25 8:17 10:00 到着時刻 h:mm 8:29 0:37 5:55 8:30 10:00 女性ダミー なし 29.2% 0.45 0 0 1 年齢 歳 49.7 10.6 18 50 97

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図1 各変数の営業キロ別平均値 51km で 2,052 円/日上回る(2015 年時点)14。したがってグリーン定期はあまり利用されていないと考えられる。 上記の考察の限りでは、営業キロ51km 前後での不連続性は観測されなかった。したがって2.2 節に示したRDD モデルのダミー変数のパラメータγ は、本研究の想定どおりグリーン車価格増加による効用の変化を示している と考えられる。 4.分析結果 4.1 パラメータと価格弾力性の推定結果 本研究では(1)1~70km、(2)11~70km、(3)21~70km の 3 通りの営業キロの範囲を対象にパラメータ推定を行い、 それぞれに基づいた価格弾力性の推定値を比較して考察を行う。 パラメータ推定は最尤法によるが、統計解析ソフトウェアR(64bit)version 3.6.1 の glm 関数を用いた。 モデルのパラメータ推定結果、およびそれに基づいて計算したグリーン車需要の価格弾力性を表2に、各推定 パラメータにおける営業キロとグリーン車選択確率の関係を図2に示す。 4.2 推定結果の考察 推定結果(1)~(3)いずれにおいても、γは有意に負の値で推定され、価格弾力性は 1 を超えていることが分かる。 このことから、グリーン車価格が210 円変化する営業キロ 51km 前後にはグリーン車需要の不連続性が存在し、 その価格弾力性は有意に1 を超えることが分かった。価格弾力性が 1 を超えることは、価格変化による需要の変 化率が価格の変化率を超えること、すなわち需要の価格感応度が非常に大きいことを意味する。したがって、平 日朝の通勤におけるグリーン車の価格の変化はグリーン車需要に大きな変化を与えるため、適正な価格設定は、 本価格弾力性の推定値、および現状の普通車両とグリーン車の混雑度を比較しながら、慎重に検討する必要があ ることが示唆された。ただしこれらは営業キロ51km 前後の不連続性から推定された値であるため、上記解釈を 営業キロ51km 近傍以外の通勤旅客に対してどこまで拡張できるかは追加的な検討が必要である。 14 グリーン定期の価格は、旅客営業規則(JR旅客共通)の「大人特別車両定期旅客運賃(電車特定区間内相互発着となる場 合を除く)」より取得している。 8:00 8:30 9:00 9:30 1 11 21 31 41 51 61 始 業 時 刻 8:00 8:30 9:00 9:30 1 11 21 31 41 51 61 到 着 時 刻 6:00 6:30 7:00 7:30 8:00 1 11 21 31 41 51 61 出 発 時 刻 6:00 6:30 7:00 7:30 8:00 1 11 21 31 41 51 61 乗 車 時 刻 0% 20% 40% 60% 1 11 21 31 41 51 61 女 性 ダ ミ ー 営業キロ 40 45 50 55 60 1 11 21 31 41 51 61 年 齢 営業キロ

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表2 パラメータと価格弾力性の推定結果 パラメータ 対応する説明変数 (1) (2) (3) α 1 定数項 -6.582 (-26.52) *** -6.382 (-23.49) *** -5.886 (-16.91) *** β zi 営業キロ 0.070 (9.57) *** 0.064 (8.09) *** 0.051 (5.18) *** γ di 51km 以上ダミー -1.086 (-3.75) *** -0.970 (-3.25) *** -0.712 (-2.20) ** 対数尤度 -941.2 -923.0 -850.2 McFadden の擬似決定係数 0.058 0.041 0.019 対象営業キロ 1~70km 11~70km 21~60km サンプルサイズ 17,136 14,717 10,811 Pr(yi = 1 | di = 0) di = 0 でのグリーン車選択確率 4.3% 4.1% 3.5% Pr(yi = 1 | di = 1) di = 1 でのグリーン車選択確率 1.5% 1.6% 1.8% η 価格弾力性 4.013 3.647 2.761 ( ) 内:z 値 ***:1%有意 **:5%有意 *:10%有意 図2 グリーン車選択確率の営業キロ別平均値・理論値 di = 1 でのグリーン車選択確率は1.5~1.8%と 0.3 ポイント差で推定された結果と比較して、di = 0 でのグリーン 車選択確率は3.5~4.3%と 0.8 ポイント差と広い範囲で推定された。価格弾力性は 2.761~4.013 と 1.252 ポイント 差とやや広い範囲で推定された。また営業キロ51km 以上に関しては対象となる旅客の数が全体の5.9%(表1中 引用)と少ないため、グリーン車選択確率の営業キロ別平均値にややバラツキがあることが分かる。これらの課 題解決に際しては、2015 年以外の年次における大都市交通センサスデータや、大都市交通センサス以外のデータ を活用することによってサンプルサイズを確保し、より安定した推定結果を得る必要がある。 5.おわりに 5.1 本研究のまとめ 本研究ではグリーン車の価格が営業キロ51km を境に変化することに着目し、RDD を適用することによって、 平日朝の通勤におけるグリーン車需要の価格弾力性を推定した。グリーン車に乗車することの効用が営業キロに 比例して増加する仮定の下、グリーン車需要の価格弾力性は2.761 から 4.013 と、1 を上回る分析結果が得られ た。価格弾力性が1 を超えることは、価格変化による需要の変化率が価格の変化率を超えることを意味するため、 平日朝の通勤におけるグリーン車価格の変化はグリーン車需要に大きな変化を与えることが分かった。このこと から、平日朝の通勤におけるグリーン車の適正な価格設定は、本価格弾力性の推定値、および現状の普通車両と グリーン車の混雑度を比較しながら、慎重に検討する必要があることが示唆された。本研究の推定結果が、今後 グリーン車の適正な価格設定の議論や、適正な導入車両数の検討に活用されることを期待する。ただしこれらは 0% 2% 4% 6% 8% 10% 1 11 21 31 41 51 61 グ リ ー ン 車 選 択確率 営業キロ 平均値 理論値(1) 0% 2% 4% 6% 8% 10% 11 21 31 41 51 61 営業キロ 平均値 理論値(2) 0% 2% 4% 6% 8% 10% 21 31 41 51 61 営業キロ 平均値 理論値(3)

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営業キロ51km 前後の不連続性から推定された値であるため、上記示唆を営業キロ 51km 近傍以外の通勤旅客に 対してどこまで拡張できるかは追加的な検討が必要である。このようにRDD を用いた分析には、常に外的妥当 性の議論の余地が残るため注意が必要である。 なお本研究には価格弾力性がやや幅広い値で推定されるなどの課題が残ったものの、グリーン車価格の不連続 性に着目した初の研究であること、RDD という因果推論に関する計量経済学的手法をいち早く交通経済学で適 用したことの意義は大きいと考えられる。 5.2 今後の課題 本研究では分析対象を平日朝の通勤に絞ったが、帰宅時や非ラッシュ時、休日ではグリーン車需要が異なると 考えられる。今後の課題として、それら目的や時間帯別に価格弾力性を推定することが挙げられる。また本研究 ではサンプルサイズを確保するために複数の路線をまとめて推定したが、それでも価格弾力性がやや幅広い値で 推定される課題が残った。今後の課題として、他の年次の大都市交通センサスデータや、交通系IC カードデータ などを活用することによりサンプルサイズを確保し、路線別の価格弾力性をより安定した値で推定することが挙 げられる。 さらにグリーン車価格の変化が、普通車両とグリーン車の混雑変化を通して経済厚生に及ぼす影響を定量化し、 様々なセグメント(券種、時間帯、路線など)におけるグリーン車の価格設定を提案することが、今後一つの大 きな課題である。 謝辞 本研究の遂行にあたっては、特に森岡拓郎先生(政策研究大学院大学)より有益な助言を頂いた。さらに本稿 の執筆に際しては、日本交通学会第78 回研究報告会の討論者の文世一先生(京都大学)、および匿名の査読者よ り有益な指摘・助言を頂いた。ここに感謝の意を記す。 参考文献

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