保健医療社会学論集 第 30 巻 1 号 2019
保健医療社会学における計量的アプローチの現状と未来
——近接領域との対話のためのデータの必要性——
藤澤 由和 宮城大学事業構想学群 東京医科大学医療の質・安全管理学分野The Future of Quantitative Approaches in Health and Medical Sociology: Needs for Collaborations with Other Disciplines
Yoshikazu FUJISAWA 保健医療社会学における計量的アプローチの可能性を検討するために、二人の保健医療社会 学者の活動の軌跡を概観する。具体的には社会疫学の萌芽を形作ったとされる Leonard Syme と医療の質を患者の視点から評価する仕組みとその制度化において中心的な役割を担ってきた Paul Clearyのそれぞれの研究である。 こうした研究の概観から見えてくるのは、たとえ素朴な実証主義であったとしても、計量的 なアプローチやそこから生まれるデータを元にした近接領域の研究者らとの対話や、エビデン スを必要とする政策立案者らに議論の端緒を提示することには、一定の有用性があると考えら れる。 たしかに認識論のレベルから対象を相対化することにより、新しい境地を切り開くこともあ りえよう。しかしその一方で、既存学問とは異なる新しい領域(土俵)を、計量的アプローチ という共通の言語で、他の領域の研究者らと共同して作っていくことも、保健医療社会学にお ける重要な課題ではないかと考える。 キーワード: 計量的アプローチ、L. Syme、P. Cleary、実証主義、学際性、政策 Ⅰ.はじめに 2006年12月、Web上 に お い て 健 康 関 連 のあるニュースが世界を駆け巡った。こ のニュースの内容は翌2007年にThe New England Journal of Medicine誌上に発表が 予定されていたNicholas Christakisらの論 文内容に関するものであった。通常、この種 のニュースは、ノーベル賞(もしくはイグ ノーベル賞)などを除けば、一般の関心を集 めることが少ないのであるが、その内容の奇 抜さから多くの人々の耳目を集めるところと なった。 この論文に関心が集まった理由には二つの 論点があると考えられる。一つは、感染症な どとは異なり、原因となる病原体などが存在 しないはずの肥満(症)において、感染症と同 じように人から人へと伝播する可能性を計量 的なデータを用いて科学的なエビデンスによ り示した点。もう一つは、(当初は、あまり 意識されることがなかったのであるが)この 論文に示された知見が、いわゆる生物医学モ デルとは異なる生活習慣病に関わる新たな疾 病論モデルを提示する可能性を持つ点であっ た。 特に後者に関しては、たんなる概念モデル の提示に留まらず、社会学をはじめとする社 会科学やネットワーク理論等の知見を積極的 に援用し、大規模な計量データを解析するこ とにより導き出されたエビデンスであった という点からも、多くの研究者らの関心を 集め、その後生じた多くの議論や論争を通し て、関連学問領域間における様々な対話をも たらした。 また保健医療社会学が中心的な役割を担 い、計量的アプローチに基づいた研究活動 で大きな成果を上げた事例としては、アメ リカにおけるThe Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems( 以 下 CAHPS)を挙げることができると考えられ る。CAHPSは、アメリカ連邦厚生省の研究 機関 Agency for Healthcare Research and Qualityにより、1995年に着手した研究開発 特集:保健医療社会学における方法論の未来
プロジェクトであり、その目的は医療におけ る利用者(患者)による質の評価のための情 報の収集・報告を可能とする、標準化された 情報システムの構築にあり、現在において発 展を続けているプロジェクトである。 このプロジェクトにおける最も重要な論点 は「医療の質を評価する際の(真の)エンド ポイントとは一体、何であるのか」という点 にあったといえるが、いわゆる臨床医学的な 観点からすれば、それは臨床アウトカムによ り示されるものであるとされる一方で、臨床 アウトカムの良さが必ずしも医療の受け手で ある患者にとって最善なものであるとは限ら ないのではないか、つまり医療の質の真のエ ンドポイントは臨床アウトカムとは異なる ものなのではないかという、まさにこの点を 20年以上にわたり計量的なデータの構築と その検討を通して、エビデンスを一貫して示 し続けてきたのがこのプロジェクトであった といえる。 そこで以下では、保健医療社会学者らの関 わりが見られる計量的なアプローチに関わ る2つの研究と実践を概観し、保健医療社会 学者らの関わりとその意義を検討することを 通して、保健医療社会学における計量的アプ ローチの可能性を考えてみたい。 Ⅱ.Public Healthと社会学 1. 社会疫学とLeonard Syme 疾病構造が転換し、糖尿病、高血圧、が ん、心疾患、脳血管疾患などの慢性疾患の増 加は、先進国に留まらない世界的な健康課題 となっている。こうした慢性疾患の中でも生 活習慣が密接に関係する疾患は生活習慣病と 呼ばれ、その主要な対策として生活習慣の改 善が叫ばれてきた。ここで言う生活習慣と は、食事、運動、睡眠、飲酒さらには喫煙 などを指し、それらが健康的に営まれること が重要であるとされる。そしてこの生活習 慣が健康的でない場合には、その改善が求め られ、その手段として、個人を対象としたコ ミュニケーションや教育の重要性が強調され てきたが、個人の意思や行動を変容させ、個 人の健康を改善するアプローチには限界が指 摘されるようになってきている。 その一方で、個人を取り巻く様々な環境 要因を重要と捉え、この環境要因を改善す ることが重要であるとの考え方が、20世 紀後半以降、関心を集めるようになってき た。 た と え ばNew Public Health(Baum 1998; Tulchinsky and Varavikova 2000)や 健康の社会的決定因(Wilkinson and Mar-mot 2003)といった考え方やそれらに基づ く新たな健康へのアプローチがそれである。 こうした環境要因を重視する考えにおいて は、環境とはたんに物理的な環境に留まら ず、住・居住地環境、職場環境や収入、教 育、職業などの社会経済的地位などの社会的 環境までをも含むものであり、それらに関わ る制度、政策の改善を通して、健康に適合的 な生活習慣の構築を可能にすることの重要性 が強調されてきている。こうした健康観の構 築に、重要な寄与を行った社会学者の一人に Leonard Symeを挙げることができよう(1)。 Symeは、現在、カリフォルニア大学バー クレー校公衆衛生大学院の疫学および地域保 健学の名誉教授である。彼はカリフォルニア 大学ロサンゼルス校(UCLA)で人類学およ び社会学の学士号および修士号を取得した 後、イェール大学で医療社会学の博士号を取 得している。1968年までサンフランシスコ のUS Public Health Serviceでアメリカにお いてはじめての(医療)社会学者として公務 従事し、その後National Institute of Health (以下NIH)において関連分野の研究助成活
動に従事している。
1970年代NIHにおいて彼はEvans Coun-ty Heart Studyを含む多くの研究を支援し、 John CasselやAl Tyrolerなどこの分野を主 導する研究者らとの研究を進める中で、心血 管疾患(CVD)のリスクの多くは依然とし て解明されないままであり、心理社会的要因 にこそ核心があるという考え方を持つに至っ たとされる。その後、1975年から1980年ま でカリフォルニア大学バークレー校(UCB) で疫学セクションを率い、ニューヨーク大 学、セントトーマス大学、ロンドン大学など でも共同研究を行ってきている。またSyme は1960年代以降、当該分野において現在中 心的な役割をになっている研究者らである
Michael Marmot、Lisa Berkman、George Kaplanらを大学院生等として指導したこと でも知られている。 最終的に彼の研究における最大の関心は、 健康と貧困、ストレス、社会的孤立などの心 理社会的要因と疾病との関係を追求すること であり、なかでもその中心は40年以上にわ たり取り組んできた心血管疾患(CVD)に 影響を与える社会的要因の研究であった。こ うした活動のなかでも特に有名なのは、冠 状疾患(CHD)における食習慣の役割につ いての基本的な質問に基づき、日本における 日本人とハワイおよびカリフォルニアに移住 した日本人を比較した研究である(Syme et al. 1975)。 こうしたSymeの活動は、現在、いわゆる 社会疫学(Social Epidemiology)と呼ばれ る学問領域として結実することになるのだ が、彼自身は研究者としてのキャリア当初 は、こうした学問領域の形成に寄与すること は意図しておらず、むしろ当時社会学的な研 究としては一般的であった、いわゆるsociol-ogy of medicineという古典的な研究を志向 していたとされる。しかしながら、結果とし ていわゆるsociology in medicineを実践する 形で研究および実践を進める中では、いわゆ る理論、なかでも社会学理論の重要性は意識 しながらも、その十分な展開を試みることが できなかったと述べている(2)。 2. 社会疫学モデルの限界と新たな健康理論 の可能性 こうしたSyme研究の指向性や活動は、現 在においては、先に述べた通り、いわゆる社 会疫学(Social Epidemiology)と呼ばれる 学問領域の発展に大きな貢献をなしうるも のであったといえる(3)。このように、ある意 味、社会学者の影響を受けながら発展を見て きた社会疫学であったが、社会的要因が健康 に影響を及ぼすことの関係性、特にその機序 仮説に関しては、生物医学モデルの呪縛から 逃れられたとは言い難いと考えられる。 たとえば社会疫学的研究においては、社 会的要因を健康の決定因とする場合、その因 果に関する機序に関していわゆる「ストレ ス」を決定的な媒介項として設定しているこ とが多いといえる。そこではストレスが生理 学的なメカニズムから生体に影響を及ぼすい わゆる「科学的知見」が重要な論拠となって おり、社会的要因を健康の決定因としながら も、社会的要因がストレスを生み出し、この ストレスが生体に影響を及ぼすという機序の 考え方に依拠しており、依然として部分的 に「生物医学モデル」の枠内から完全には抜 け出るものとはなっていないといえるのであ る。 たとえば1990年代から公衆衛生学や社会 疫学などの領域で注目を集めた考え方のソー シャル・キャピタルという概念に関しても、 こうした考えを端的に見て取ることができ る。そもそもソーシャル・キャピタルに関し ては、多様な領域で多様な研究者が議論を 行ってきたため、統一的な見解を提示するこ とが難しいのであるが、少なくとも公衆衛生 学や社会疫学の領域においては、政治学者 のRobert Putnamにより示された考え方が 大きな影響を持ち、こうした考え方に基づい て数多くの検討がなされてきた(Moore et al. 2006)。 そもそもソーシャル・キャピタルという概 念が社会疫学の中で本格的に議論されるよう になったのは、ソーシャル・キャピタルとい う概念そのものへの関心というよりも、いわ ゆる健康格差を巡る一連の議論の中で、格差 を緩和する社会的緩衝材としてのソーシャ ル・キャピタルを捉えるというものであると いえる。こうした考え方を具体的に示したの はRichard Wilkinsonであるが、彼の考え方 では、格差、特に所得などの経済的な格差の 大きな社会では、持てる者と持たざる者との 間での絶え間ない緊張が生み出され、こうし た緊張は特に持たざる者たちに過度の「スト レス」を課すことになる。その結果として持 たざる者たちは、経済格差から生み出される 過度のストレスに晒され、その結果として健 康が蝕まれるとされる(Wilkinson 1996)。 ソーシャル・キャピタルはこうした社会 集団内部における人間関係の緊張状態を和 らげ、こうした状態から発生するストレスを 低減させるものとされている。したがって、
ソーシャル・キャピタルという多分に社会科 学的な概念も、こうした社会疫学研究におい ては、あくまでも「ストレス」を和らげる緩 衝材に過ぎず、社会的環境要因が人々のスト レスを生み出し、健康を蝕むというモデルと は異なる新たなモデルになんら十分な寄与を なし得ていないのである。 ソーシャル・キャピタルという社会科学的 な概念の社会疫学における十分な展開が見 られない中で、先にも述べた通り、2007年 にChristakisら がNew England Journal of Medicineに公表した論文における最大のポ イントは、「太った友人を持つ人が太る可能 性はそうでない場合よりも統計的に優位に高 い」という点にあったといえる(Christakis and Fowler 2007)。
彼 ら はFramingham Heart Study(4)の
子孫コホートによる1971年から2003年の 32年間の友人や家族のつながりがある1万 2067人の測定された体重に関するデータを 解析した結果、人の体重増加は周りの人の体 重に影響を受けるという結論を導き出した。 ここで言う周りの人間とは、友人関係、兄弟 姉妹、結婚相手などのパートナーなどを指し ているが、なかでも友人関係においてどちら か一方が肥満した場合、もう一方に与える影 響が大きく、さらに両者間の関係が同性で双 方向性である場合に、肥満の与える影響が最 大化し、さらにこうした影響は二者間の関係 を超えて広がる、つまり肥満が社会的に伝播 するというのがこの論文の最大の論点であっ たといえる。 ここでいうところの肥満が社会的に伝播す るとは、人々から構成される社会ネットワー クの内部において、結び付きのある特定の 人々が相互に承認している関係(双方向の対 人関係:A⇔B)において、どちらか一方の 者(A)が肥満症になると、もう一方の者(B) も肥満症になる確率が、夫婦関係、兄弟関係 などよりも相対的に高いという計量的な研究 知見から示唆された考えである。 さらにChristakisらは、研究のデータの 制約上から生じる研究における限界を意識し ながらも、重要な仮説として、肥満が特定の 個人から他者へと伝播するメカニズムは、肥 満の許容度に関する規範が影響している可能 性が高いことを提示している。ただし規範 が行動を統制する場合でも、そのパターンに は、様々なものがあることが指摘されている (Hruschka et al. 2011)。 たとえば「自己規範が他者規範に直接影響 されるパターン」においては、まさに両者間 において相互の承認が前提となって生じるパ ターンであり、両者の内面にまで行動を統制 する規範が浸透している状態を意味する。つ まり、このパターンにおいては、規範が社会 ネットワーク内の特定の関係において媒介さ れて、関係者の行動が同じように統制され、 類似した生活習慣が形成される可能性がある ことを意味する。しかしながら、類似した生 活習慣が形成されるにせよ、必ずしも規範の 作用が同じものではない状況も考え得る。具 体的には「他者規範が自己の行動に影響する パターン」や「他者の行動が自己規範に影響 するパターン」であり、前者は他者へのたん なる追随といった状況で生じる可能性があ り、後者は躾や訓練といった状況で生じる可 能性がある。 こうした状況の可能性から、必ずしも同様 の規範を保持することなく、行動が統制さ れ、類似した生活習慣が形成される可能性が ある。したがって規範が媒介され関係者間で それが保持されることで、行動への統制が生 じ、類似の生活習慣が構成されることを検証 するためには、規範と生活習慣の関係を入念 に検証する必要があるが、残念ながら現在の ところChristakisらが提示した知見に関し ては、そのデータの特殊性や、モデルの理論 的な不完全性などから、その後の十分な検証 が進んでいない状況にある。
Ⅲ.Health Service Researchと社会学
1. CAHPSプロジェクトとPaul Cleary 保健医療社会学のアプローチのあり方を検 討するために、保健医療社会学者が顕著な活 躍、特に政策的な意味においても大きな意義 を持つと考えられる、もう一つの例をみてみ ることとする。 1995年10月アメリカ連邦厚生省の研究 機関であるThe Agency for Healthcare
Re-search and Quality(以下AHRQ)は、医療 の受け手(患者)主体(視点)における医療 の質に関する情報の収集・報告が可能とな る、標準化された設問項目とレポートフォー マットが統合された情報システムの構築に関 する研究プロジェクトであるThe Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems(以下、CAHPS)の開発に着手し た。 この研究プロジェクトに先立ってAHRQ は、1994年にいわゆる患者満足度調査等に 関するレビューによる検討を行っている。そ の結果として、個々の調査は非常に優れた研 究デザインによるものであるとしながらも、 医療の受け手である患者による評価を一般化 しうるような調査内容は存在しないこと、ま たこれらの調査は、主として保険会社や保険 団体のニーズに対応したものであり、患者が 主体である調査はほとんど存在していないこ とが明らかとなっていた。 そこでAHRQはCAHPSの検討開発プロ ジェクトを、現在にまで続く、5年間を一区 切りとするステージを設定し1996年から開 始している(5)。このCAHPSプロジェクト は、開始当初から現在に至るまで、AHRQ が資金を研究機関に配分し、研究機関がプ ロジェクトを主導する形で進められてきて いるのであるが、このCAHPSプロジェクト の中心となってきたのがHarvard Medical Schoolの研究チームであり(6)、その中心メ ンバーとして、現在に至るまでこのプロジェ クトを主導してきたのがPaul Clearyであ る。 Clearyは、ウィスコンシン大学マディソ ン校で物理学の学士号を取得し、社会学の修 士号と博士号を同校から取得している。同 時に、この大学院時代、医療社会学および社 会学方法論の給付研修生資格を得ている(7)。 その後、彼はウィスコンシン大学で講師とし てのキャリアを開始し、1979年から1982年 の間にはラトガース大学で主に研究活動に 従事し、ハーバード大学には1982年に移り、 1993年には医科大学院および公衆衛生大学 院における社会医学および医療政策の担当教 授となっている。また2006年から2017年ま での約12年二期にわたり、イェール大学公 衆衛生大学院の院長を務めている。 彼の研究関心やその活動は多岐にわたる が、その核心は社会的、組織的、および臨床 的要因が医療の提供過程にどのように影響す るかという点にあり、その成果はたんに研究 に留まるものではなく、医療提供のあり方や その評価など医療の実際の現場においても大 きな影響を与えるものとなっている。こうし た彼の研究活動の中でも、特筆すべきは、組 織特性がAIDS患者に提供される医療のコス トとケアの質にどのように影響するかに関 する研究であり、もう一つが、医療の質を患 者の視点から評価するための標準化された設 問項目とレポートフォーマットからなる統合 された情報システムの構築に関する研究プロ ジェクト(CAHPS)である。 CAHPSは、患者の満足度調査と類似した ものとして理解されている傾向もあるが、医 療の受け手(患者)が実際に受けた医療にお ける経験(Experience)を報告するという もので、いわゆる満足度調査などとは大きく 異なるといえる。すなわち、患者が医療の質 を自身の経験に基づき評価を行うものなので ある。またこうした評価は、アメリカの医療 提供体制の特質と相まって、医療機関に留ま らず、多くの利害関係者らにとって利用価値 の高いものとなっている。たとえば、いわゆ る医療保険を販売する民間の保険者らにとっ ては、契約する医療機関の質を患者の観点か ら判断することができ、直接的、間接的に彼 らの商品の購入者らの満足度を引き上げるた めの判断材料として用いることができる。ま た医療保険を従業員に福利厚生の一環として 提供する必要のある民間企業などにとって も、購入する医療保険が実際に満足のいく組 織から医療サービスの提供を受けられるもの であるかを判断することができるだけでな く、こうした医療保険を提供することで当該 組織の福利厚生の秀逸性をアピールすること も可能となる。 現在、CAHPSは受療形態ごと(Clinician & Group, Hospice, Home Health Care, Sur-gical Care, American Indian)、疾病形態ご と(Cancer Care, Mental Health Care)、保
険者形態ごと(Health Plan, Medicare Ver-sion of the Health Plan Survey, NCQA s Version of the Health Plan Survey, Dental Plan, Home and Community-Based Ser-vices)、 施 設 形 態 ご と(Hospital〈Adult, Child〉、In-Center Hemodialysis, Nursing Home, Outpatient and Ambulatory Sur-gery)などの形で多様な状況や環境におい て、実施することができるまでに発展を見せ ている。 2. 新たな医療評価の枠組みとその政策的な 意義 こうしたCAHPSにみられる新たな医療評 価の枠組みの構築とその制度化は、医療に関 わる関係者のみならず一般の人々にも、大き な認識の展開をもたらしてきたといえるので あるが、こうした状況はアメリカをはじめと する欧米諸国における医療政策上の重要な課 題を形成するための基盤を作ることとなって きた。そして現在、具体的な政策課題とし て、アジェンダ化されているのが患者を中心 とした医療制度の再構築である。たしかに古 くから、患者中心医療のあり方は理念として は様々な形で検討され、いわゆる規範的なレ ベルでの提示は様々な形のものが示されてき たが、現在は、これまではたんに理念的に捉 えられていた医療のあり方を、患者を中心と したものとして具体化する段階に入っている と考えられる。 た と え ば2010年 オ バ マ 大 統 領 に よ る 医療保険法改革の付帯事業としてPCORI (Patient-Centered Outcomes Research In-stitute)が設立され、いわゆるPatient Re-ported Outcome(患者報告アウトカム:以 下PRO)に関する政策的な動向が活発化し てきており政策的なエビデンスの構築が大々 的に進められている状況を創りだしたといえ る(Fleurence et al. 2013)。またそこでの 論点は、たんに患者視点によるアウトカム評 価を重視するということに留まらず、そのた めのエビデンスの構築に際して、患者自身を 含めた多様な利害関係者らが関わること、さ らには関わるための制度的なあり方をも視座 に入れたものであるといえる(Reuben and Tinetti 2012)。 また新薬開発における新たな評価基準と して、患者から有効性・安全性に関する情 報を直接取得することを重視するという考 え方が強まってきている。たとえばアメリ カ Food and Drug Administration(以下 FDA)は、新薬開発の効率化と医薬品産業 のリーディング産業としての地位向上に向 け、Patient-Focused Drug Developmentと いった患者に焦点を当てる動きを活発化させ ている(Chalasani et al. 2018)。欧州Euro-pean Medicines Agency(以下EMA)にお いても、PRO尺度設定に関する新たな方法・ 手 法 に つ い て の ガ イ ダ ン スQualification of Novel Methodologies for Drug Develop-mentが提示され(Manolis et al. 2011)、さ らに欧州最大のPublic–Private Partnership であるInnovative Medicines Initiative(以 下IMI) は、IMI Research Agenda 2008に おいて、新薬開発のボトルネックを解決す る手段としてPatient-Centeredを明確に打 ち出し、さらにRevision 2011において、医 薬品開発の論点が、20世紀前半が「製造と 品質」であった一方で、直近の10年は「個 別化医療」、そして次の10年は「患者に焦点 をあてた評価」に変化してきていることを指 摘 し て い る(Innovative Medicines Initia-tive 2011)。
さらに医療関連組織、機関から構成され、 医療の質といった課題に対する検討を行っ て い る ア メ リ カNational Quality Forum (以下NQF)は、PROに関して、健康関連 QOL、痛み(疼痛)、ケア経験、健康行動と いった領域を提示し、それらの測定手法の 標準化や選定、さらにはそれらを用いたパ フォーマンス指標の構築など、それらの具体 的な活用に関する政策提案を行っている。ま たNQFはPROに関して、「患者報告アウト カムを活用して提供医療の向上と説明責任を 達成すること」を目的とするものであると示 し、自らが「National Technology Transfer and Advancement Act」に規定されている 「自律的に合意基準の設定を行う組織」とし て、医療の質を評価するための合意基準とし てのパフォーマンス測定手法を認定する使命
を帯びていることを強調している。またこ こで認定された測定手法は、提供医療(パ フォーマンス)を改善するためだけでなく、 情報公開とそれに基づく医療費の決定におい て使用されるなど、説明責任を果たすための 様々なシステムに適用されていく状況にある といえる(National Quality Forum 2013)。
そもそもアメリカにおいては医療の質と費 用対効果を改善していくためにさらなる説 明責任を求める声が高まり、それに呼応する ようにパフォーマンス測定手法は発展して きた歴史が見られるが、NQFが認定するパ フォーマンス測定の目指す方向性は次の点 にあるといえる。まずプロセス評価の向上 を目指すというよりも、むしろアウトカム評 価に反映しうるような、より高いレベルのパ フォーマンスを推進すること。さらにその測 定により提供される医療の質の差が明確に評 価できること。医療の質における様々な側面 を包括しうるような複合的な評価測定を目指 すこと、医療の種類を問わず適用できるこ と、患者に焦点を置いた継時的な評価ができ ることである。 ちなみにPROに関しては、様々な用語 が提示されているが、NQFは関連する用 語の定義や関係性を提示し、利用者等の理 解を促している。たとえば患者報告アウト カ ム(Patient-reported Outcomes: PROs) は、「患者の健康状態や健康志向の行動、あ るいは医療経験のような、患者の状態に関 する(医療従事者など他者の解釈を介さな い)患者本人によるあらゆる報告」と定義 され、これに対して、患者が報告する身体 的、精神的、社会的な健康状態を評価するた めに、調査者(あるいは運営管理者など)が 使用可能な様々なツール(たとえば、質問 票やWeb回答システム、評価スケール、単 項目評価)は、「PRO評価およびそのツール (PRO measure: PROM)」とされる。さらに 「患者報告アウトカムに基づくパフォーマン ス測定(PRO performance measure: PRO-PM)」は、特定組織によって提供される医療 の質を表していると考えられる患者報告アウ トカム(PRO)のデータを元に集計された ものであり、評価指標およびそのツールであ るPROMと、それらを集計したパフォーマ ンス測定であるPRO-PMとを明確に区別し、 地域レベルの指標を構築し、地域レベルの医 療のパフォーマンス評価の実施などの提案を 行っており、こうした提案は、既にアメリカ の先進的な州において試行のための検討が進 められている。 こうした患者の視点を重視した施策、政策 に関する動向は、その背景には、患者視点の 臨床的意義が明確になってきたこと、患者視 点を活用するためのツールや評価技術の進歩 が存在したこと、さらには患者権利意識の高 まりやいわゆるコンシューマリズムの動きが 無視できないレベルに達してきたことなどが 考えられるが、同時に、新薬や医療機器開発 が先進各国において重要なリーディング産業 として位置づけられるようになってきている という実利的な側面の存在も、重要な論点と なってきているといえる。 Ⅳ.まとめにかえて 本論では、保健医療社会学における計量的 アプローチの可能性という観点から、アメリ カにおける2つの保健医療社会学者の活動と そこから派生した動きを検討した。一つは、 公衆衛生学および疫学という学問分野にお ける新たな領域としての20世紀の後半以降、 発展を見せてきた計量的アプローチに基づい た社会疫学において、特にその初期の段階に おいてLeonard Symeという保健医療社会学 者の一定の貢献が顕著に見られたことを概観 することで、保健医療社会学が他の既存の学 問分野にこれまでとは異なる視座をもたらす ことにより、新たな学術的なアプローチの可 能性を生み出しうると考えられた。さらにこ うした動きは、ネットワーク理論や社会学理 論など社会学および社会科学における理論的 枠組みを計量的アプローチとそのエビデンス を元に推し進めることにより、これまでとは 異なる新たな健康へのアプローチを生み出し うる可能性が高いと考えられる。 もう一つの検討は、患者中心の医療という 理念の重要性が古くから叫ばれていながら も、その具体的かつ実際の制度化にはほど遠 いものがあるのが現実であったなかで、患者
による医療の質の評価という仕組みとその制 度化を約20年以上にわたり、計量的なアプ ローチに基づいた研究のみならず政策的な 水準にまで推し進めてきた中心的な一人が、 Paul Clearyという保健医療社会学者であっ たことを概観することで、これまでか弱い医 療の受け手でしかなかった患者という存在 を、むしろ評価の主体として焦点化すること を可能とした保健医療社会学の可能性を強く 認識しうることとなると考えられた。さらに こうした動きは、医療制度のあり方や医薬品 および医療機器開発のあり方をも変える可能 性を持つものであり、そうした意味で保健医 療社会学の関わりうる領域は無限に広がって いる可能性が高いといえる。 たしかに、Marmotの見解にも見出すこと ができるが、理論や方法論といった観点から 見た場合、素朴な実証主義に対する批判もあ りえよう(Marmot 2005)。だがしかし、素 朴な実証主義であっても、計量的なアプロー チやそこから生まれるデータを元にした近接 領域の研究者らやエビデンスを必要とする政 策立案者らとの対話の緒としては有用なアプ ローチではないかと考えられる。たしかに認 識論のレベルから対象を相対化することによ り、新しい境地を切り開くこともありえよ う。しかしその一方で、既存の医療や医学と は異なる新しい領域(土俵)を、計量的アプ ローチという共通の言語で、他の領域の研究 者らと共同して作っていくことも、保健医療 社会学における重要な課題ではないかと考え る(8)。 保健医療社会学は新たな健康へのアプロー チを形成するために、中核的な役割を担いう る十分な要件を備えており、またそのために は医学を含む様々な研究者らとの共通の基盤 を通しての対話や共同作業が必要であり、こ うした研究活動が新しい健康科学の基盤を 作っていくこととなるのではないかと考えら れる。 補 注 (1) 以下における詳細は、Syme(2001, 2005)を 参照。 (2) ただし、何を持って「理論」とするかによる が、彼の弟子らの意見は、Symeが必ずしも理論 を軽視していたわけではないとする。この点に 関してはYen(2005)を参照。 (3) そうした意味で、社会疫学という学問分野の 萌芽およびその先駆けが、社会学者にあるとい う点に関しての指摘は以前からなされている。 この点に関しては、黒田浩一郎龍谷大学教授に 2000年前後に示唆を受けている。
(4) Framingham Heart Study は、1948 年 に 5,209人がオリジナルコホートとして登録され 研究が始まる。1971年、オリジナルコホートの メンバーの子とその兄弟のほとんど(死亡した 10人を除く)の5,124人が登録し、オフスプリ ング・スタディが始まる。2002年から第3世代 のコホート、オフスプリングコホートの子4,095 人 か ら な る コ ホ ー ト が 始 ま る。Framingham Heart Studyに 関 し て はMcKee et al.(1971) を参照。
(5) CAHPSは現時点においてもCAPHS Vとし て継続されている。なお各ステージは、次の通 り で あ る。CAHPS I(1996–2001)、CAHPS II(2002–2007)〈実施主体:Harvard Medical School、RAND、American Institute for Re-search〉、CAHPS III(2007–2012)、CAHPS IV (2012–2012)、CAHPS V(2012–2012)〈 実 施 主体:Yale School of Public Health、RAND〉 (6) 現在、当該研究チームは、中心メンバーの移 動によりYale大学公衆衛生大学院に移動してい る。 (7) この給付研修生へのリクルートは、彼のメン ターでもあったD.Mechanicによるものであっ たとされる〈2003年、ボストンでの筆者との パーソナル・コミュニケーションによる〉。 (8) この考え方は、2004年から数年間にわたる園 田恭一東大名誉教授との個人的な議論に基づく ものである。 引用文献
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英文要約
To think about the possibility of quantitative ap-proaches in health and medical sociology, research activates of two health and medical sociologists were reviewed. One was Leonard Syme who has been a pioneer to contribute a new academic field, which was called social epidemiology. The other was Paul Cleary who has been famous as a leading researcher to develop the Consumer Assessment of Healthcare Providers and Systems.
There has been a criticism about a naive attitude toward a lack of theory or methodology and put-ting ourselves in the position of primitive positiv-ism. However it would be useful through research activities to collaborate with researchers in other disciplines and to show evidence to policy maker, although these researches and their evidence would be based on positivism. Health and medical sociol-ogy would have a potential to develop the possibility to collaborate with people outside it.