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小川孔輔著『「値づけ」の思考法』日本実業出版社、2019年7月

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<書評>

小川孔輔著『

「値づけ」の思考法』日本実業出版社、

2019 年 7 月

上田隆穂

この書籍は数多存在するプライシングの書籍とはかなり異質である。異質と言っても悪 い意味ではない。明らかにほかの価格書と異なるのである。出版社がビジネス書専門であ ることを考慮すると納得できるが、一般的に研究者によるプライシングの書籍は、海外の 文献を渉猟し、理論に基づき、ケースを探して当てはめたり、詳細な理論展開を行ったり することが多い。したがって、通常は、小難しい理論、つまりフレーミング理論(状況依 存で価格の捉え方が変わること)や内的参照価格とグーテンベルグ曲線仮説(値ごろ価格 がその近辺で幅を持ち、価格が動いても売り上げに変化をもたらさない低い価格感度領域 を持つこと)などを振り回して一般読者を悩ますことはないのである。 ただ著者は「消費者が得より損に強く反応する」という有名な『プロスペクト理論』 (pp.272–273)や「消費者は値下げや値上げが少額の場合、価格が変わったことを気にも留 めない」という『閾値理論』(p.274)には触れている。これは学者魂の発露というべきで あろう。ちなみに『閾値理論』は、低い感度領域の現象(グーテンベルグ曲線仮説)をス イッチングコスト(ブランドなどの切り替えコスト。心理的な負担もコストに含む)と同 化対比理論(心理学における、近いものはより近く、遠いものはより遠く感じる感覚)で 説明できると思うが、これも理論の振り回しになるのかも知れない。 つまり、この書籍の目指すところは、価格論そのものよりも価格に関するビジネスの仕 組みを重視しているのだ。コスト節約を徹底するコストコの日本市場での成功、衣料品の 下取りセールが買い替え促進を狙ったもの、フリーミアムのオンラインゲームはロングテー ルであって一部のヘビーユーザーで稼ぐこと、フィリピンの国情と時差を利用した格安オ ンライン英会話サービス、追加オプションで稼ぐウェディングビジネス、牛丼サイズ多様 化での利益拡大、共通ポイントカードの仕組み、売れ行きを見ながら少量ずつ焼いていく アクアベーカリーなど価格ビジネスモデルの説明であり、すぐにでも企業が活用可能な事 例をわかりやすく解説している。つまりすぐにでも価格戦略が使えるのである。ここが通 常の価格研究書籍と着眼点が異なる。しかも研究者としての理論での裏付けを、一般読者 にわかりやすいように抑制しつつも随所に目立たないように発露させているのである。要 するに執筆者として研究者と実務家の良いとこ取りをしているのである。実にずるいのだ。 私と著者との付き合いは、大学における研究会から始まって30 年以上になる。当初、著 者はバリバリのマーケティング・サイエンティストであった。マーケティング・リサーチ 領域において、統計手法を駆使した研究が中心であった。しかしながら、次第にその傾向 は変わり、『しまむらとヤオコー』(小学館, 2011)や『マクドナルド 失敗の本質:賞味期 小川孔輔著『「値づけ」の思考法』 – 287 – イノベーション・マネジメント No.18

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限切れのビジネスモデル』(東洋経済新報社, 2015)に代表されるようにビジネスの仕組み を追求し、それを評価・分析するスタイルへの変化が見られるようになった。その流れが この価格書籍に表れているような気がしている。 そしてこの書籍の特長は、外国の例ではなく、日本での身近な事例を主に用いて、その 価格の仕組みを一般読者にわかりやすく解説している点が挙げられる。格安ラーメン幸楽 苑と日高屋、おかしのまちおか、スーパーホテルなどの実例で各章が始まる解説方式であ り、読者にとって馴染み深い事例を用いており、非常にわかりやすい。理論中心であるよ りも現実に即した展開となっており、学者の研究業績づくりの書籍に多く見られる机上の 理論とは異なる面白さで描かれている。また各事例&解説の単元が短く、たとえ電車の中 であっても即座に理解できるという書籍でもある。そしてもう1 つの特長は、丁寧な取材 に基づいて書かれており、かなり深く聞き出さないとわからないような事柄まで描き出し ている。たとえば、コンビニの商品は、値引きをするとPOS データが狂う。狂うと正確な 需要予測ができなくなり、利益追求と値引き競争の激化の諸刃の剣となるという展開では、 通常の価格の理論書ではお目にかかれない内容である。これらのみならず、ミネラルウォー ターのコスト分析、コインパーキングの小口化による利益増大の分析と駐車違反の罰金と の関係分析など非常に実際的であり、すぐにも実務家による応用可能な事例がたくさん含 まれている。しかも用語の使い方で専門用語を意図的に避けてわかりやすく書いてある。 ターゲット読者のことをしっかり考えた上の配慮であろう。普通、学者が平気で使うよう な“エンピリカル”(経験に基づくこと)とか“エントロピー”(混沌性・不規則性の程度) みたいな用語を解説なしでさらっと書き放って論を進めるようなまねは一切していないの である。 ところでこの書籍で個人的に関心があったのは『お墨付きマーク』のところである。モ ンドセレクションの話(pp.195–199)が出ていたが、このようなマークがお墨付きとして 商品の価値を上げ、価格アップにつながるという話である。私は、今年の3 月にコスタリ カを訪れ、コーヒービジネスの取材をしてきたが、この小規模コーヒー農園が成功した大 きな要因の1 つがこれだったのである。コーヒーには世界大会があり、Cup of Excellence (COE)と呼ばれる。この農園のコーヒーは、この大会で 5 位に入り、一躍有名となり、ス ターバックスからも引き合いがくるようになった。このお墨付きマークの力は絶大であり、 山中の小さな農園のコーヒー豆価格が急にアップするきっかけになったのだ。車の世界に おけるラリー優勝のようなものである。日本企業はもっとチャレンジすべきだと思われる。 さて、本書では気になるところも一点見られたのでその指摘と補足をしておく。実は p.50 で取り上げられている PSM(Price Sensitivity Measurement あるいは Price Sensitivity Meter の略)はこのままでは誤解を生みそうである。実はこの価格感度分析はもう一ひねりしな いと正確なPSM にはならないのである。しかしながら、世の中ではこの簡便的な説明が 独り歩きしており、世の中に広く誤解を生んでいるような気がしている。この一ひねりの 説明がなかなか難しいのである。割と大手の調査会社がこのまま用い、値ごろ感のある価 格の範囲を狭く捉えていたのを、ある企業のお手伝いをしていた時に見つけたことがある。 経験則なのであるが、このままでは価格の範囲が狭くなりすぎる傾向があるのだ。これで は高額な調査費を支払ったクライアント企業は浮かばれない。それにもう一つ、p.59 の PSM の図では上限と下限の交点がなぜ上限か、下限かの説明ができないのだ。書評として <書評>

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の範囲を超えぬ程度に説明をしておきたい。文字数をできるだけ節約するために図を1 枚 使用したい。次の図を見られたい。P.59 と見比べてみると点線が 2 本(A’と B’)増えてい ることに気がつくだろう。 これはすでに引いた点線A(いくら品質がよくても「高すぎる」ので買わない)と点線 B(安すぎて品質が不安)を回答者比率 50%のところで対称形にひっくり返した線となる。 つまり点線A’は「高すぎない」価格の回答者割合であり、点線 B’は「安すぎない」価格 の回答者割合となる。これゆえ交点X は「安いけど安すぎない」価格となり、交点 Y は 「高いけど高すぎない」価格となる。この「安いけど安すぎない」価格X が消費者の値ご ろ価格範囲の許容最低価格となり、「高いけど高すぎない」価格Y が許容最高価格となる のはリーズナブルであろう。したがって値ごろ価格範囲は②が良いと思われる。実務上は、 この②の範囲に各線の傾き具合を考慮しながら決めていくのが良いであろう。 またこの頃盛んに語られているのがダイナミック・プライシングとサブスクリプション である。ダイナミック・プライシングは、AI の本格的な登場とともに時間帯、曜日、季 節、試合なら対戦の組み合わせ、そして人によっても価格を変えるという企業がより大き な利益を上げやすいプライシングである。サブスクリプションは定期購買という意味であ るが、このうち「~し放題定額」というプライシングが主流となりつつある。ここしばら くはこの両プライシングが主流なトピックとなっていくだろうが、この書籍の執筆時以降 図 正式なPSM 分析 (出所)筆者作成。 小川孔輔著『「値づけ」の思考法』 – 289 – イノベーション・マネジメント No.18

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に台頭してきたものなので解説は間にあわなかったと思われる。これらについては次の書 籍で語られることであろう。何にしても価格の仕組みは重要である。今後の著者の仕組み 解明能力に期待する分野は数多い。 上田隆穂(うえだ・たかほ) 学習院大学経済学部教授 <書評>

参照

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