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[9] 分子シミュレーション結果を観察する VR ソフトウェア技術の紹介
日立製作所 研究開発グループ 松本茂紀 [email protected] 防衛大学校 応用物理学科 萩田克美 [email protected] 概要 Virtual Reality (VR)ゲームが牽引となり,VR 装置の価格が手ごろになったことで,分子シミュレーション の計算結果の観察や理解増進の手段として,研究室レベルでも活用しやすくなった.この数年で,VR 利用の ためのソフトウェア環境も整っている.分子シミュレーション結果の VR 視聴に特化したソフトウェアもリ リースされている.そのようなソフトウェアで完成度の高いMolCollabo,UnityMol,Nanome を簡単に紹介す る.それとともに,自作のVR アプリを作成するデファクトスタンダードの開発環境である Unity を利用した アプリ開発の簡単な手順についても紹介する. キーワード:VR,没入立体可視化,分子シミュレーション,Unity,HTC-VIVE 1. はじめに Virtual Reality (VR)ゲームの普及を受けて VR 装置 の価格が低下し,グラフィックデバイスの性能が向 上し,更には Unity 等のソフトウェア開発環境が発 展したことから,エンターテイメントや建築や医療 分野の利用[1-3]のみならず,計算科学研究での VR 活用が急速に進んでいる[4-15].計算材料研究で代表 的な分子動力学シミュレーションでは,大規模な分 子集団が作り出す複雑な構造を理解するために, VR による直感的な没入体験が有用である.最近で は,分子構造のVR 可視化を実現するソフトウェア パッケージが多数リリースされている[8-12].また, 有償ソフトとして,VMD[13]などのコミュニティソ フトウェアのOpenGL 表示をキャプチャして,その まま VR 表示できるソフトウェア(フィアラックス (株)製 EasyVR,AVR)もある. VR 利用技術やソフトウェア開発状況は,この 2 年 程度で急速に進化したと言える.現状では,VR 可視 化を行えるソフトウェア[8-12]がいくつか存在し,美 麗でストレスのない描画性能と直感的な操作性,教 育的なコンテンツや機能を備えており,そのまま利 用することが妥当である.本稿では,技術紹介の視 点から Unity の基本機能を用いた方法も紹介する. VR 未経験の読者(特に,学生諸氏)が,どのように VR 可視化を試すかの判断材料になることを想定した. 2. VR 可視化の方法 2. 1 没入立体可視化と,その有効性について これまでに,VMD[13]などでは,両眼視差を利用 した立体視可視化ができた.これにより,立体構造 の認知は容易になった.しかし,この立体可視化で は,視聴者の動きに追従せず没入感がなかった.VR では,視聴者の動きと視線方向を常にトラッキング し,体の動きに合わせた立体可視化画像をリアルタ イムで作成している.この機構によって,視聴者が サイバー空間で机の上を観察するだけに留まらず, 体を動かして机の下を覗き込むことができる.その 結果,あたかもサイバー空間内に自分自身が存在し ているような,高い没入感を得ることができる.こ の没入感により,立体認知が格段に容易になる. VR は,立体認知が容易になることから,これまで 恣意的に情報量の自由度を落として視認していた複 雑な3 次元構造を,自由度を落とさず直観的に観察 できるため,専門家に多くの再発見をもたらしてく れる.それだけではなく,非専門家への理解促進や 認識共有にも有効である.例えば,大学であればオ分子シミュレーション学会誌 “アンサンブル” Vol. 22, No. 2, April 2020 (通巻 90 号) 189 ープンキャンパスや研究室紹介,企業であれば設計 開発者や顧客への説明の際に,分子の複雑構造を認 識させる有効な手段である. 2. 2 ハードウェアについて(選び方) 分子構造を表示するVR 装置としては,ヘッドマ ウントディスプレイ(HMD)を高性能 GPU 搭載 PC に 接続するものが一般的であり,HTC VIVE や Oculus Rift などが挙げられる.これらの機器は,SteamVR と呼ばれるミドルウェアによって,ハードウェアの 違いは吸収されている.なお,描画性能については, VR 装置や GPU の性能に依存する.流通性の問題か ら,商用ではHTC VIVE が良く用いられている.
なお,HTC VIVE Focus や Oculus Quest 等の Android OS で単体動作する VR 機材も市場に登場している が,現時点では,Store 等で分子構造表示アプリは確 認できていない.これらを利用する場合は,Unity 等 を利用して自らアプリを開発する必要がある.一方 で,Google が提携した Labster[14]の登場もあり,今 後は良いアプリが登場すると期待している. 2. 3 ソフトウェアについて ソフトウェアについては,大きく分けて,3 つの アプローチをとることができる. 1) 分子構造表示の専用ソフトウェアを利用する. 2) VMD の OpenGL 出力を VR に対応させるミド ルウェアを利用する. 3) Unity 等で,自分でプログラム開発する. 最も推奨する方法は,1)の専用ソフトウェアを利 用することであり,次章でいくつか紹介する. 次に推奨する方法は,OpenGL 出力をキャプチャ してVR 表示に対応させるミドルウェアを用いる方 法である.このようなミドルウェアの有償製品とし ては,フィアラックス(株)製の Easy VR や AVR があ り,VMD 等の従来 3D ソフトウェアの表示をそのま まリアルタイムにVR 視聴することができる.VMD の利用に限定されたAVR は,現状では高性能パソコ ン程度の初期投資で利用可能である. 最後に,無償で自らVR アプリを作成する方法が 3)である.手持ちの可視化データから手軽に VR 表 現を確認でき,他の3D モデリングツールと組合せ, 好みの没入体験が作成可能である.4 章では,Unity の基本機能により VMD で作成したポリゴンモデル のVR 表示アプリの開発方法について紹介する. 3. 専用ソフトウェアを用いた分子構造の VR 可視化 3. 1 専用ソフトウェアの紹介 この2 年程度,生体高分子の構造表示に特化した ソフトウェアが盛んに研究開発されている.論文発 表やアーカイブ登録も多く,完成品のソフトウェア もリリースされている.その中でも,MolCollabo[10], UnityMol[11],Nanome[12]について本稿で紹介し,読 者のVR 活用の資としたい. これらのソフトウェアでは,分子構造ファイルと して PDB 等を読み込むことができ,XTC 等のトラ ジェクトリデータの再生もできる.また,様々な可 視化表現手法が実装されている.さらに,MolCollabo やNanome では,ネットワーク通信を介し,複数人 で同じ表示内容の共有観察などの機能が実装されて いる.なお,UnityMol は,NAMD と VMD 間での通 信を規定する IMD プロトコル[15]に対応しており, これを用いれば同期表示可能と考えられる.以下, 各ソフトの簡単な概要や特徴を紹介する. 3. 2 MolCollabo フィアラックス(株)が Unity ベースで開発した有 償のソフトウェアである.MolCollabo では,専用ソ フトウェアを開発するためのライブラリ集である Unity Asset も同梱されており,自ら Unity アプリを 作成したり,カスタマイズしたりすることが想定さ れている点が特徴である.
なお,MolCollabo では,Gaussian cube file の読み 込みが可能である.また,FIB-SEM で観察したゴム 中ナノ粒子のボリュームデータの可視化が可能であ ることを確認している.
3. 3 UnityMol
190 The Molecular Simulation Society of Japan ウェアである.ライセンス上,アカデミックユース は無償となっている.2016 年頃に活発に開発されて いたが,一時停滞していた.2019 年 10 月に突如 Ver. 1 が発表され,開発が再開された模様である. UnityMol は,GuiHub 上でソースコードが公開さ れていたことが特徴の一つであったが,Ver. 1 以降 はラボ内のGitLab で管理され,パブリックなリポジ トリでは公開しないこととなっている. 3. 4 Nanome アメリカ・サンディエゴのNanome, Inc.が開発し た分子構造表示の専用ソフトウェアである.個人利 用が,299 USD の有償ソフトウェアである. 操作性を体験するためのチュートリアルは,無料 で体験できることが特徴である.また,このソフト ウェアは,単なる可視化ツールではなく,分子構造 の構築を支援するソフトウェアとなっている.新た な構造の分子をVR 空間中で設定し,エネルギー最 小化構造を計算する機能も備わっている. 4. Unity の基本機能による VR 可視化 著者らは,高分子材料の研究に関連して,シミュ レーション結果や電子顕微鏡観察結果を,試行的に Unity と HTC VIVE を利用した VR 視聴を検討した [7].特に,任意の位置で断面切断させる表示を簡便 に行う方法を検討した.ただし,開発環境の進化は 著しいため,常に最新の情報を入手頂きたい.実務 では,3 章で紹介したアプリケーションの利用を推 奨するが,HTC VIVE などを所有し,Unity を使い VR 表示アプリを作成したい場合の参考になるであろう. 4. 1 Unity での簡単な VR 表示の手順 VR ソフトの開発環境としては,Unity が事実上の デファクトスタンダードになっている.Unity は,マ ルチプラットフォーム対応であり,スマートフォン アプリからVR アプリまで幅広く開発できる.もち ろん,Unity を使わなくても,OpenVR[16]のプログ ラムを直接C 言語で作成することも可能である.な お,OpenVR のプログラムは,前述の SteamVR を通 じて利用されるため,VR 装置に依存しない. 分子構造などをVR 表示する最も簡単な方法は, 分子構造の可視化ソフト(VMD 等)で出力したポリ ゴンデータを用いる方法である.ポリゴンデータは, 3D プリンタ出力にも利用できるデータである. VMD の場合,図 1 に示す手順でポリゴンデータを 出力することができる.
Unity では,Wavefront OBJ 形式,PLY 形式,FBX 形式など多くの3D データを読み込むことができる. ただし,CAD などで良く利用される STL 形式につ いては,有償のプラグイン Asset の導入で読み込み 可能となる. 4. 2 Cross section 表示について Unity の Asset を使うことで,表示機能を作り込む ことができる.材料系の分子構造データを観察する とき,ハンドコントローラーを用いるなどして任意 断面での切断表示をインタラクティブに実施するこ とは,探索的観察に有効である.このような機能は, Unityの Assetである Cross Section Assetを用いれば, 簡単に実現できる.これらの手順の詳細は,出版済 の文献[7]で紹介している.
5. まとめ
VR を利用した技術やソフトウェアの発展は著し 図1 VMD を用いたポリゴンデータ出力方法
分子シミュレーション学会誌 “アンサンブル” Vol. 22, No. 2, April 2020 (通巻 90 号) 191 く,科学研究分野への適用がここ数年で急速に進化 を遂げている.特に,分子構造をVR 表示し,更に は複数人で同時に視聴できるなど,計算材料研究に 活用可能なソフトウェアがいくつか登場している. VR 可視化は研究者の構造理解を促すのみならず, 大学での教育的活用から企業での顧客説明など,専 門家以外とのコミュニケーションにも有用である. 本稿では,読者がVR 可視化を活用する際の,有 用な3 つの選択肢を提示した.最も推奨すべきは, 分子構造の表示に特化した MolCollabo, UnityMol, Nanome 等のソフトウェアである.その他,現状の可 視化方法の拡張として,VMD の OpenGL 出力を VR に対応させるミドルウェアも有用である.VR の効 果をいち早く試す場合,もしくは他の 3D モデルと 組み合わせる場合に助けとなる,Unity を用いた可視 化手法も紹介した. VR 技術は日々の進化が速く,これらの情報はす ぐに時代遅れになる.VR 空間のみならず現実世界 と融合する技術も増加しており,ますます没入体験 が汎用化すると予想される.この新しい体験は,今 までモニター越しに3 次元構造物を見ている感覚と 大きく異なり,紙面で説明するのは困難である.VR 可視化は体験することで初めてその価値が実感でき るだろう.VR 未体験の読者には,気軽に試せるツー ルを手にし,まずは体験していただきたい. 謝辞 本稿執筆にあたり,情報提供を頂いたフィアラッ クス(株)勅使河原 良平氏に感謝します. 参考文献
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[11] UnityMol. http://www.baaden.ibpc.fr/umol/ [12] Nanome. https://nanome.ai/nanome/
[13] W. Humphrey, A. Dalke and K. Schulten, J. Mol. Graphics, 14, 33-38 (1996).
[14] Labster. https://www.labster.com/vr/
[15] J. E. Stone, J. Gullingsrud, K. Schulten and P. Grayson, 2001 ACM Symposium on Interactive 3D Graphics, 191-194 (2001).
[16] OpenVR & SteamVR. http://steamvr.com
著者紹介 松本茂紀(博士(工学)):〔経歴〕2012 年東京大学大学院工学系研究科博 士課程修了,同年から現所属. 〔専門〕計算統計物理学. 〔趣味〕ポタリング・フォトレタッ チ. 萩田克美(博士(理学)):〔経歴〕 2001 年慶應義塾大学大学院理工学 研究科博士課程修了,同年 JST-CREST 研究員,三菱総合研究所研 究員を経て, 2005 年から現所属. 〔専門〕高分子物理学,計算物理学. 〔趣味〕映画・TV ドラマ鑑賞