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米国の財務諸表監査における監査人の注意義務の研究

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Academic year: 2021

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米国の財務諸表監査における監査人の注意義務の研

著者

川端 千暁

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【要約】米国の財務諸表監査における監査人の注意義務の研究

川端千暁 1 問題の所在と本論文の研究課題及び構成 本論文は、財務諸表監査において監査基準を含む職業的専門家としての正当な注意を行 使していたとしても監査人が法的な注意義務違反を認定されることはあるか、という問題 意識を基礎としている。判断規範として利用される会計基準については、「会計基準に準拠 してさえいれば財務諸表は適正といえるか」という研究課題に対して、先行研究において多 くの蓄積がある (弥永 2015)。このような問題意識を持った先行研究では、監査人が会計基 準への準拠性のみならず適正性(fairness)の判断をも要求されていると結論付けられている。 他方で、監査人は監査基準を行為規範として利用しているが、本論文が検討する「職業的 専門家としての正当な注意を行使してさえいれば監査人は免責されるか」という議論は、先 行研究において(ほとんど)議論されていない。なぜならば、通説では「監査基準に準拠して いること」と「法的注意義務を履行すること」を同義に捉えているため、監査基準に準拠し ていれば監査人の責任は完全に免責されると信じられていたからである。 日本における(少数の)先行研究では、職業的専門家としての正当な注意を超える法的な注 意義務は要求されないという立場を消極的に支持している。弥永(2018)では、日本における 監査基準に言及があった 19 の判例を分析し、日本における監査基準の法的な位置づけを検 討している。その結果、「裁判例においては、結局、『監査基準』等に従っている限り、過失 ないものと認定されるのが、一般的であり、『監査基準』等はこれまでのところセーフ・ハ ーバーとして機能してきたといってよいだろう」と結論付けている(pp.47-48)。 鳥羽他(2015)では、財務諸表監査における主要な研究課題のひとつとして上述の問題を提 示している。同書では、「… 問題提起は、監査人の法的責任は監査基準の遵守によって防御 できるか、という本質的問題に帰着する。限られた範囲の文献と米国連邦証券諸法の枠内で はあるが、監査人の法的責任はこれまでのところ監査基準に照らして判断されてきたよう に思われる。もし監査基準の遵守を超えて職業会計士の法的責任が問われるとすれば、彼ら は『無過失責任』を求められたと反発するだろう」として、監査基準と監査人の法的責任に 関して取り組む研究の必要性を訴えている。 裁判所及び陪審が示す法的な注意義務の水準と職業的専門家としての正当な注意の水準 が異なる可能性があることは、Spalding and Epstein(1993)及び Porter(2014)によって説明され てきた。ただし、二つの水準の間に差異がある場合に、裁判所及び陪審が監査人の法的な注 意義務を実際に認定したことを示した事例研究はこれまでに存在しないと考えている。さ らには、先行研究の渉猟の結果、「職業的専門家としての正当な注意」という概念自体もこ れまで、歴史的な変遷を検討されてこなかったことが明らかになった。

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2 そこで本論文では、上記のような問題意識に基づいて、以下の 3 つの研究課題を導出し、 論文の各編において取り組んだ。 (A) 史的調査によって、監査人の注意義務の変遷を追跡すること。 (B) 「職業的専門家としての正当な注意に準拠しても監査人が責任を負うことがあるとい う立場」 が過去の米国の判例において採用されてきたかを確認すること。 (C) 過失責任と無過失責任のどちらが責任基準として優れているかをモデル分析によっ て明らかにすること。 本論文の構成を以下に示す。 第 1 章 日本における監査人の注意義務 第 1 編 米国における監査人の注意義務の歴史的変遷 第 2 章 財務諸表監査における監査人の注意義務の萌芽期 第 3 章 財務諸表監査における監査人の注意義務の発展期 第 4 章 財務諸表監査における監査人の注意義務の確立期 第 5 章 財務諸表監査における監査人の注意義務の成熟期 第 2 編 逸脱事例検出のための判例分析 第 6 章 Pacific Acceptance 社事件の判例分析 第 7 章 Robert Wooler 社事件の判例分析 第 8 章 Maduff Mortgage 社事件の判例分析 第 3 編 監査人の責任のモデル分析 第 9 章 監査人の責任のモデル分析 第 10 章 米国の財務諸表監査における監査人の注意義務 2 論文の概要 2-1 米国における監査人の注意義務の変遷 (第1編) 本論文の第1編は、史的調査により監査人の注意義務の概念及び制度の変遷を追跡する ことで、その意味内容について理解することを目的としていた。論文では、19 世紀末から 現在までの米国を研究対象として分析を行った。分析では、19 世紀末から現在までの期間 を転換点となる 3 つの出来事によって 4 つの時代に区分し、各章で検討を行った。 萌芽期(第 2 章)では、監査基準に準拠することで監査人が注意義務を果たしたこととなる ように、監査専門職団体が法的な概念から派生した「職業的専門家としての正当な注意」概 念を提案した。このような提案は、1947 年に公表された監査基準試案に採用され、職業的 専門家としての正当な注意が監査基準の一般基準として採用されることとなる。つまり、萌 芽期は、職業的専門家としての正当な注意概念が誕生した時代である。

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発展期(第 3 章)には、監査研究の古典でもある Mautz and Sharaf (1961)が監査基準の欠陥 を厳しく批判し、CAR(1978)が期待ギャップを解消する施策の勧告を行った。米国公認会計 士協会(AICPA)は、不正に対する責任を拡張するとともに、改革を次々と実施した。発展期 は期待ギャップを受けて監査人の不正に対する責任が発展した時代と説明できる。

確立期(第 4 章)には、Treadway 委員会報告書及び期待ギャップ基準と呼ばれる監査基準の 公表を経て、監査基準書(Statements on Auditing Standards, 以下、SAS)第 82 号が、職業的専 門家としての正当な注意の章に、合理的保証概念及び(中立的)職業的懐疑心概念を下位概念 として規定した。つまり、確立期は、職業的専門家としての正当な注意概念の下位概念が明 確になり、概念としての展開が起きた時代である。

成熟期(第 5 章)には、SAS 第 99 号が公表され、現在の不正に対する監査人の責任のフレ ームワークが完成するとともに、上場企業会計改革及び投資家保護法(Public Company Accounting Reform and Investor Protection Act of 2002, 以下、SOX 法)が制定された。証券取 引委員会(Securities and Exchange Commission, 以下、SEC)登録会社に対する財務諸表監査の 監査基準の設定権限が AICPA から公開会社会計監督委員会(Public Company Accounting Oversight Board, PCAOB)に移ったことは、重大な変化であった。つまり、成熟期は、監査人 の不正に対する責任のフレームワークが完成し、注意義務違反をめぐる制度も民間から公 の SEC が大きな影響力を持つ機関である PCAOB に移り、監査人の注意義務が成熟してい った時代である。 以上のように、監査人の注意義務は、時代によって意味内容が変化してきた概念というこ とが分かる。特に、監査基準設定主体の定める職業的専門家としての正当な注意は大きく変 化し、これを設定する監査基準の設定主体自体も変化してきたことが分かった。 2-2 逸脱事例検出のための判例分析 (第 2 編) 第 2 編では、監査基準の示す職業的専門家としての正当な注意を行使していたにもかか わらず、裁判所が監査人の注意義務違反を認定することがあるかについて事例により検討 した。本編の目的は、「監査基準の欠陥がある場合に職業的専門家としての正当な注意を行 使してもなお、監査人が法的責任を負う事例(逸脱事例)」を判例分析により検出することに あった。 1961 年から 1997 年までの英文文献において同様の記述があった事例を検討した。その結 果、本論文では以下の 3 事例を検討することとした。 Pacific Acceptance 社事件(豪州) :不正に対する責任の拡張 (第 6 章) Robert Wooler 社事件(米国): レビュー基準における内部統制の確認 (第 7 章) Maduff Mortgage 社事件(米国): 違法行為に関する監査人の責任の拡張 (第 8 章)

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Acceptance 社事件判決 は、New South Wales 最高裁判所における商事訴訟の判決である。判 例分析から、本事件において裁判所は監査基準に準拠していたとしても監査人が責任を問 われることがあると考えていたことを明らかにした。つまり、当時の監査基準は、社会が合 理的に期待していたにもかかわらず、発見した不正や不審な事実を適切な者に報告するこ とを規定していなかったが、裁判所は、監査基準に欠陥があったことは Pacific Acceptance 社 の監査人の免責とならないことを示した。

7 章では、1980 年代の米国の判例である Robert Wooler 社事件を分析した。Robert Wooler 社事件判決は、ペンシルバニア州におけるコモン・ローの判決である。本事案は、財務諸表 を監査していた監査人に対して投資家が訴訟を起こしたものではなく、Robert Wooler 社と Touche Ross 会計事務所の間のレビュー業務の契約に対して Touche Ross 会計事務所の内部 統制の調査及び評価の責任が問われた事案である。判例の分析では、裁判所による正当な注 意についての考え方と当時の専門基準の要求事項を調査した。本章の結果からは、「監査基 準の準拠は正当な注意の行使の必要条件にすぎない」という立場が支持された。 8 章では、1980 年代から 1990 年代にかけての米国における判例である Maduff Mortgage 社事件を分析した。Maduff Mortgage 社事件判決は、オレゴン州におけるコモン・ローの判 決である。本事件の判決では、横領を見逃した監査事務所に対して注意義務違反が認められ た。この問題については、控訴審は明確に、監査基準への準拠は(裁判上の有力な)証拠にな るが、それは注意義務違反がないことについて保証するものではないことを指摘していた。 本編で示した裁判所の判決は、監査基準に準拠してもなお、監査人が注意義務違反を要求 される可能性を示唆している。ただし、本編の経験的な証拠は、監査基準が意味のないもの であることを示したのではなく、「監査人の責任の範囲の明確化」と「期待ギャップの認識 と監査基準の改訂」という 監査基準の機能を再確認させるものであった。 2-3 監査人の責任のモデル分析 (第 3 編) 逸脱事例は裁判所が時には曖昧な過失責任制度を採用していない可能性を示唆している が、そもそも(明確な)過失責任制度と無過失責任制度のどちらが優れた制度かという問題は 解決されていない。 本編の目的は、どのような監査人に対する損害賠償制度が投資家にとって最適かという 問題に検証可能な仮説を提示することである。財務諸表監査による経営者及び投資家間の 情報の非対称性から生じる問題の緩和という観点から分析を行うため、Deng, Melumad and Shibano (2012)のモデルを過失責任と無過失責任を前提とした損害賠償責任を比較するモデ ルに拡張した。 分析からは、命題 1 及び命題 2 が示すように、損害賠償制度は、投資家のリターン及び経 営者の残余企業価値に影響を及ぼしていた。その経路は、(1) 損害賠償制度は、監査人と経 営者の戦略的な関係を通じて、監査人が努力水準を決定する際の期待損害賠償額の構造に 影響を及ぼし、(2) 期待損害賠償額の構造は投資家のリターン及び経営者の残余企業価値に

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5 影響を及ぼしていた。 本論文の貢献は、損害賠償制度が期待損害賠償額の構造に与える影響を明らかにした点 にある。具体的に説明すると、無過失責任制度の場合は、努力することで増加するコストと 努力することによって減少する期待損害賠償額を比較して意思決定していた。これに対し て、過失責任制度の場合は、努力することによって期待損害賠償額がゼロになり、努力する ことによって減少する期待損害賠償額が努力を怠った場合の期待損害賠償額となる。つま り、過失責任制度において監査人が努力を怠る場合とは、努力を怠った場合に監査人が課さ れる損害賠償額が監査を行うことによって増加するコストを下回るほどに小さい場合であ る。以上の分析の結果から、損害賠償責任が少ない場合でも監査人は努力するため、過失責 任制度の方が無過失責任制度と比べて優れた制度ということができる。

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