【08】初めて目にした小さな世界
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(2) 年目になる今年も、ボランティアを希望する学. 回答冊子を取り出して答えを写してしまいまし. 生が毎回数名ずつ、全7回の活動に、延べ62. た。私は、その様子を見ていたので、「写しては. 名の学生が参加し、主に夏休みの宿題をお手伝. 自分のためにならないよ」と注意をしましたが、. いしました。 私は、参加した活動のなかで、主に国語の宿. 「見てないもん!」と言われ、その日はそれで終 了時刻を迎えてしまいました。. 題を教えました。私は今まで、子どもに勉強を. このような経験を通して、日常会話に問題が. 教えた経験がなく不安でしたが、顔を合わせて. なく、一見「もう大丈夫だ」と思われがちな子. 挨拶をしたとき、日本語を上手に使う子ども達. どもの多くが、実は日本の生活や勉強に慣れる. の様子を見て、一度に緊張がほぐれました。し. ことができず、心の奥で「助けて」と声をあげ. かし、私はこのあと、日本語を母語としない子. ていることに気付きました。特に、日常会話が. ども達に国語(日本語)を教えることに苦戦す. 問題ないと見える分、学習時間とのギャップは. ることになりました。. 印象的でした。私は、涙を浮かべたその子の顔や、. 特に印象に残っている出来事があります。私. 上手く対応できないまま終わりを迎えてしまっ. は、ある高学年の子どもを担当し、夏休みの国. た悔しさや、自分の不甲斐なさを、今でも忘れ. 語の宿題を一緒に進めていきました。問題の一. ることができません。. つに、漢字の部首の組み合わせ問題がありまし. 私はこれまで、外国にルーツを持つ友達が身. た。設問は、「右の箱と左の箱の中から、それぞ. 近にいたことがなく、大学に入るまで外国人児. れ一つずつ漢字の部首(へんとつくり)を選び、. 童生徒が抱える問題について深く考える機会が. 漢字を作りなさい。同じものを2回使ってはい. あ り ま せ ん で し た。 実 際、 こ の「AMAUTA」. けません」というものでした。私は、その子に. の学習支援でも、上手く勉強を教えてあげられ. 問題を声に出して読んでもらい、意味を理解で. ず、初めて目にしたこの小さな世界に戸惑って. きたか確認したうえで問題に取り組んでもらい. しまいました。しかし、現在、大学で外国人児. ました。. 童生徒の問題を勉強したり、AMAUTA 以外の. しかし、その子の手はなかなか進みませんで. 同様のボランティアに参加したりすることで、. した。私が少しサポートをすると、その子は、. 自分に出来ることがないかと考え続けています。. ひとつ「林」という字を完成させました。たし. 大学の講義では、 「このような子ども達の多くは、. かに、右と左のそれぞれの箱には「木」という. 学習についていけないだけでなく、心の拠り所. 部首が入っていました。しかし、全ての部首を. もなく孤独を感じ悩んでいる」という話を聞き. 余すことなく使って漢字を作り正解するには、. ます。私は、支援を通して、子どもが日本で自. ここで「林」という字を作ってはいけないのです。. 分らしく生きていけるように、かれらの心の声. その子は、高学年といっても、知っている漢. に耳を傾け、これからも自分にできる関わり方. 字は一年生で習うような基礎的なものだけでし た。さらに、日常会話では日本語に問題がなさ そうに見えたにも関わらず、学習の時間になる と、勉強に必要な専門用語が身に付いていない ことが一目瞭然でした。そのため、私が、「林」 という字を作ってはいけないのだと説明しても 理解してもらえず、その子は目に涙を浮かべ、 しだいに不機嫌になってしまったのです。結局 は、私が他の子どもに学習を教えている隙に、 10 HANDSnext. を探していきたいと思っています。.
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