再生 産
ε貨幣 経 濟
一貨幣の有体化と無体化を中心としてi
石
田囲
ノ、 この論文は再生産との月下に於て貨幣の生成及び獲展を、とくにその有休化と無体化︵国暮客εo讐湊σq︶即ち貨幣の貴 特質への結實とそれよりの離脱化を中心として取扱うことを目的としている。從ってこの論文は再生産との關連に於て老 馬を進めるという点に第一のねらいをもっている。そこで先ず、再生産的考え方の特質を明かにすることから叙述を進め よう。 桶般に人類の生活の維持乃至展開が物的生活資料の導師的消費なしには不可能であることは何人も否定出來ない所であ るが、この物的生活資料の亡師的消費のために、それの連績的生弗即ち再生産が綿甲的に行われる所に経濟生活の根源的 事實があると考えられる。連劇的消費が生活の維持、進展の不可欠的條件をなすという点だけから見れば一般動物と本質 的匠別をつけることは困難とも考えられようが、そのための物的生活資料が就會的に再生産され、而もその再生産の展開 に於て人間の技術的肚會的進歩が媒介されて行く所に動物とは匿別される人聞の経濟生活の根本的特色があるといわねば ならない。この点に古癖の重点をおいて、生産と消費の雄藩的相互媒介的展開を喪える所に再生産的見方の特質があると 再生産と貨幣脛濟 一五再産生と貨幣纒濟 ・ 一六
①
、、うる。 し 再生産的な見方は、繧濟を蚕休漁にi即ち部分的な経濟現象も飾言全体との關連に於て1把えるねらいをもってい るのであるが、そのために再生産に内含する歴史的就端的蓮翼廊への着眼を強調し、これに於ける人聞の主体的行爲とし ての生崖を媒介的中核とし、これとの關蓮に点て全休的連絡を内的に探求しようとする点に方法的特色をもつということ が出直る。この考え方には、耽・曾的連なり乃至蓮績は人聞の主体的深窓たる生産の時間的浮評と相互媒介的關係をもつて いるという認識を含んでいるのである。このことは、一見震倉的蓮なりと考えられる経濟循環が時聞的蓮績性を強く表現 する再生塵と相互媒介的毒心乃至相即的關係に立ち、從って爾者が往々全く同義に解される点にも表われている。 所で再生産は自然への連言的な働きかけを含むが、これとの關連に於てそれが展開する瀧・曾二連なりの歴史的連壁は歴 史的に転調的な純濟の諸過程を形成し、これらが自然を窮極の地盤とする再生産を媒介的中核として経濟循環をなしつ、 統一的相互關係的な蓮行を持翻し乍ら、その循環軸道を形成する。その再生産的循環軌道は諸々の経濟機構、経濟制度、 経由的乃至肚會的諸關係の統一的に形成されたものということが出來、これは叉一括して再生施構遭乃至経濟構造と呼ぶ ことが出題る。之を更に詳言しよう。先ず、祉會的再生産が、自然への男望的な働きかけとして展開する技術的再生産過 程に於て、その試行錯誤︵け吋団 ㊤口α ①﹃﹃O﹃︶によって技術的理性が燭獲されるが、而もか、る技術的理性が、再生産を有 効に達成せんとする所に技術的進歩が見られるのである。次に、この技術的護達は一方、自然のうちに資源たる効用を獲 見し、之を開着すると共に、それは生産手段乃至交通機關として形成され、他方これら資源及び生産乃至交通手段の所有 様式及びその技術的経濟的要請を中心に生薩諸要因の技術的耽會的結合様式を形成し、またこれとの關連に凡て再生産開 ② 係を肚會的、歴史的に形成すると考えられる。即ち再生産は、その編成に於ける生濠要因の結合に關蓋して、生産手段、 資源及び勢働の所有者乃至担當者間に言わば狭義の生産關係を形成すると共に、分配關係を取り結ぶのみでなく、また技術的靴命的繋がりを表わす杜會分業的生産關係との相五媒介に煮て交換關係を形成し、更にこれらが貨幣的信用的媒介を 含む所に金融的關係を必然的ならしめる。斯くて再生産關係は當然に生産關係、分配磁瓶、交換關係及び金融關係を媒介 的契機として内包し、それが全体として綜合的な経濟關係を形成しているということになる。從ってか、る就魯的再生産 は過程としては、常然に生産過程、分配過程、交通過程、流通過程及び金融通町を含んで統一的な骨違循環を形成する。 斯くて再生産はその過程の展開に於て技術を根底に媒介としつ、、右の如き繧濟的諸費思及び経濟的諸制度乃至経濟的 諸構成体を形成し、更に自然も或は山林として、耕地としてまた生濠設備乃至交通施設として、之を再生産的に即ち再生 産に猛て、再生産のために形成する。之を綜合的に換言すれば、再生産は右の如き内容をもつ再生薩軌道乃至構造を形成 ③ するということが出來る。 ① @一 再生蔑的な見方を主体的人閲存在或は歴史存在の地盤から根本的に考察した筆者の研究﹁再生琵論理の存在論的考察﹂ 論第四集︶を参照され度い。 同 論文九八頁。 同 論文九八一九九頁。 一 ︵重三科學許 所で、肚會的再生産が私有財産制度の下に於て、肚魯分業的に行われる場合、それは必然的に商晶の流通を俘い、これ を媒介として展開する。即ち風早的分業の下に於ては、各生産者は互に主として他の人々が消費するものを生産する。而 も私有制度の故に、その生産物は消費者ならざる生産者の所有に婦する。撃って、分業關係にある各生産者は互にその生 産物を他に譲渡し、そして夫々が必要とするものを他より取得することなしには再生塵を展開し得ない。こ、に私有制下 に於ける分業的再生産は必然的に相互聞に全面的交換を媒介せざるを得ないことが了解される。
再生淺と貨幣経濟 一七
再生蔑と貨懲⋮脛濟 一八 然るに肚會全体としての再生産の各分業的分肢から放出される諸商品の全面的交換は貨幣の介在を不可欠ならしめる。 何故ならば先ず交換が自由に全面的に行われる爲めに不可欠な各商晶の債値比較が共通な債値尺度乃至債格表示手段を媒 ① 、 介にすることなしには不可能であり、次にか、る全面的交換に於ては物々交換は行われ得す、一般的受容性をもつ一般的 交換手段を媒介とせざるを得ないからである。かくして私有制下に於ける肚魯分業的再生産の必然的齢結たる全面的交換 に於ては右の如き共通な三値尺度にして一般的交換手段たる貨幣の生成を必然的ならしめ、こ、に各商品の債主はこの貨 ② 幣に於て共通な表現たる穂並形態をとって相互に比較されうるものとなると共に、この交換は一般的交換手段たる貨幣を 媒介として昌盛の形態をとる。かくて再生産が私有財産制度を基底とする杜會的分業に於て行われる場合その媒介過程と しての全面的交換が不可欠となり、これは叉その媒介者としての貨幣の生成を必然的たらしめる。かくてこ、に貨幣を媒 介とする商品流通を展開し、こ、に再生産はか、る肚會的連績を媒介として貨幣繧濟的循環を形成する。 斯様にそれ自体としては時間的連臆病を表わす再生産が、右の如き杜會奥庭績性としての経濟循環を形成し展開するの は、再生産が私有制的に分業化すること、深き關係をもつといわねばならない。即ち肚霊的分業化を契機として生産の連 績としての再生産がその展開に於て粧三尺蓮績としての経濟循環を形成し、叉後者を媒介として前者の展開が可能とな る。斯くて歴史的連鎖としての再生産と肚會的蓮績としての経濟循環とが相互媒介的であり、相即的であるとい、うる。 この点を表わす意味で再生産心経濟循環という表現をとることも無意味ではないであろう。 ①② 貨幣に一般的便値尺度たる機能を否定する學説からいえば、本文の如き叙述は問題となるかも知れない。 か、る學説を主張する代表的講者はミーゼスであるが彼はその主著﹁貨幣及び流通手段の理論﹂ ︵﹁﹂包’<綻7=塗$堕、一.ぎ。臨①ユ震 O①置葭戸告窪似oN9蒔き融u[戸捧㊦ポN>鳶一・一¢蓉︶に於て次の如く述べている。即ち、﹁償値及び慣格の尺度として貨幣を論ずることは 廣く世に行われている。併し、この見解は全く誤りである。主観的言値下説の門内では野景測定の問題を提出する考え方は全く存在の 余地がない﹂というのはその理由である。 ︵東光米雄謬、ミーゼス貨幣及ひ流通手段の理論、 一三頁︶併し、此のミーゼス自身,﹁個入
が凡ゆる交換慨値を邊元する共通の分母を逡ぶのでなければ市場比率の凡ゆる攣動を辿り、それに鷹じて交換比例を顧慮しつ∼ある彼 の儂値段階の必要なる修正を行うことは全く不可能であろう。⋮⋮客面的交換償値は貨幣で計算される。かくして貨幣は便格表示者と なる︵メンガー︶﹂︵同書二六頁︶そして﹁直々がこの意味で燈格の尺度としての貨幣の機能を語るならば、何等それに反心すべき理由 はない﹂ ︵同書二六頁︶と述べるのである。 主観的槽⋮値読をとる名目論者が貨幣の償値尺度機能を認める場合は略々同様た.考え方をとるので、例えば栗村教授の如きは﹁貨、幣の 本質的機能を補格の一般的表現手段と見る﹂といわれる。 ︵同氏﹁交換に於ける貨幣存在の論理的必然性﹂ 一四四頁︶この栗村氏の見 解はワルラスの理論に基いているのであるが、そのワルラスは﹁よって以て他の諸商品の値格を呼点すべき一商品﹂或はその償値によ って他の諸商品の栄養を測るべき一商品︹即ち﹁通勘塁︵同H已;ぼ幹。︶︺をもつ⋮﹂︹ド項三3♂弓ぎ︵︾簿①号一肺二昌9戸峯βHG。⊃。⇔・マも・。。︶ という表現を用い、この立場から便値尺度機能をはっきり認めている。 これと略帽近い立場をとられる申山博士は﹁複層なる流通経濟の蓮行が凝霜に行われ得るためには、何よりも共通な償値比較の標準 がなければならぬのであるが、具体的にが、る標準を與えるものが貨幣に外ならない一︵新著済學全集﹁纒蛸壷一般理論﹂一〇頁︶と 述べている。 ︵筒、中山氏﹁貨幣の本質とその贋値﹂糎濟論叢、第四六雀、第四号、 一四頁、同雀、第五号、五九頁及び脛濟學一般理 論︵全集版︶九二頁、一一四頁、一一五頁、一一八頁参照︶ 高田保馬博士は栗村、申山の爾氏の如く二値尺度乃至計算貨幣の機能を貨 幣の本質的な機能と見ることには反封で導音的交換手段たることが貨幣の本質をなす6ので儂値尺度たるの機能は之から派生する﹂ と見る︵高田櫨四士﹁新利子論研究﹂ご八八頁、 ﹁如機織の本質についてし糎濟論叢、第四六巻、第四号逼四︸頁︶。爾、中山、栗村繭餓⋮ 士は貨幣の純粋経濟理論的な必然性を主張するに毒し、高田博士は之を否定し、便宜の所産であるとする︵同論文四一頁︶。併し、高 田博士も﹁貨幣が歴史の必然によって存立することはいうまでもない。此の意味に於ては、貨幣を成立せしむる便宜そのものが必然的 なものである﹂といわれる︵同三二頁︶。 客槻斜面働債値説を主張するマルクスは貨幣の纒濟約論理的必然性を儂値法則の展閉に於て、即ち便値形態の展開に於て把えている ことは周知のことである。即ち高値形態が﹁簡軍な・箪一な・または偶然的な贋値形態﹂から﹁面体的の・または潮面された・等慣形 態﹂を経て﹁一般的言値形態﹂に進み更に﹁貨幣形態﹂にまで獲展するが、これに照書して僧値の表現の爾⋮転たる密封約二値形態と等 便形態も稜旨し坐骨の封立も護晒する︵河上・宮川謬、マルクス資本論、第一雀、上下、改造再版=ニ烈烈︶。先ず﹁一商品の簡軍な・或は 個別的な・相器的債値形態は、他の一商品を軍一な等贋物たらしめる。相勤的償値の鑛大された形態、すべての他の諸商品による一商 再生産と貨懲⋮経濟 一九
、 し 再生琵と貨微巾纏濟 二〇 品の儂値のか、る表現は、それらの型押晶に、相異れる種類の特殊な等混物の形態を押印するρ最後に、特殊な一商品種類はすべての 他の諸商品がその商品を自分たちの統一的な・一転的な・償値形熊の材料たらしめるが散に、一般的な等慣形態を受けとるのである﹂ ︵同書一三二頁︶、そしてこの一般的な幽翠形態が特殊の商晶例えば金に肚曾的に量器的に結晶する所に貨幣が生成すると見る。 ︵資 本論、向坂繹、岩波版、第一谷、第一分規、一三七頁蓼照︶。斯くして貨幣はマルクスに於てはコ般的等蔓物の完成せる萎﹂︵河上、 宮川繹同書一六二頁︶であるということになる。 斯糠に三値表現を中心とする贋値形態の展凋がら貨幣を解明するマルクスが慣値尺度の機能を貨幣の本質的機能と見ることは又當然 といわねばならない。マルクスは簡軍化のため金を貨幣商品と仮定して次の如く論ずる。 ﹁金の第一の機能は商品世界にその慣値表現 の材料を供給することを、言い換えればb諸商口の償値を質的に相等しき・且つ量的に比較されうる・同じ構呼の大きさとして表示す ることをその本質とする。かくてそれは諸々の上値の一般的尺度として機能し、そして金という此の特殊な等償商贔は、たゴか∼る機 能によって先ず貨幣となる﹂ ︵同書一九一頁︶と述べる。 勿論マルクスに於ては、彼の償値理論に於てこれを把えんとするが故、次の如く述べるのは又當然と炉わねばならない。即ち﹁諸商 晶が同一磁位で測う得られるものとなるのは、貨幣によってメはない。逆である。凡ての諸商品は贋値としては甥象化された人聞勢働 であり・從ってそれ自体が同一王位で測りえられるものであるが故に、それらは自ら、の償値を共同的に同一睾丸特の商品で測ることが 出來、既つかくすることによって其の猫特の商晶を自らの共同的な償値尺度に、即ち貨幣,に韓形することが出來るのである。便値尺度 としての貨幣は、諸単二に内在する慣値尺度の・勢働時間の・必然的な現象形態である﹂ ︵同書一九二頁︶というのである。 二男主義者とひわれるクニースは貨幣の遅漏的機能として第一にその一般的贋値尺度をとりあげて次の如くいう。即ち﹁糎濟財の贋 値は﹃貨幣﹄乃至﹃貨幣豊里﹄︵輩。ニエ葛。ぎ︶によってNなく、貨幣の慣値によって、即ちその軍側に塾して一定せる貨幣個片のなか の便値量によって測定される﹂ ︵︼︿.客嵩ざ。。博︵ざ峯昌昌簿,○お象∫昏﹀津色目一順・O窃傘鑑許窯。=島=包︵H鐙彗・訟・峯O︶ 併し、クニースは、 マルクスの勢働贋値説を承認しない。從って、貨幣が償値尺度として測定する債値・の内容把握は著しく異って 託る。そればマルクスの償値論の批判を媒介として詳細に展開されるが︵<鵬剛・峯︺睾︵営訟・一鏑R︶、こ、では贋値論争に深入りするこ とは差擦える。彼によれば纒濟財の儂値は月影財の効用作用乃至効用給付︵賭三国孟﹁写図渥鑑費宕一一齢邑巴養嵩饅︶の度合であるという ︵苧]げO一戸︵一鎚 訟● 一鳥oD︶が、之に封してミーゼスは、客観的効用作用は決して共通な客観的尺度に還元することは出來ないと批判している。 ︵ミーゼス兆崩掲書邦誰二六百ハ︶O
4 以上の如く、各々がとる慣値論・の相異によって夫々説明は異るが、諸商品の定値比較の共通な分母としての或は憤格の一般約表示手 段としての意昧て、あれば、貨幣の一命熊曾値尺度機能を認める点については密々見解の一致が見られるというて大過ないと考えられ る。從って本文の如き表現をとるとしてもあながち誤りということにはならないと思う。 三 右に述べたように私有制下に於、ける瀧會分業的再生産即ち商品の再生塵がこれとの祁五媒介性に於て展開する所の商晶 流通は、前述せる如く貨幣の媒盃を必然的ならしめるが、この流迦の耽會的及び時聞的鮪節性は、これを担期する商業の も カ 成立更には商業を關節とする流通組織の形威と和五媒介性をもつものと考えられる。所がこのようにして商昂流通が恒常 も 化して回ると壷買當事者の聞に所謂得意先關係が出盧、こ、に信用に基く商品流通が生じて來る地盤が出來ろ。即ち俗に いう掛責買が生するのである。そしてその牛面に信用關係が焚生する。こ、に流通信用の最も原始的な根源がある。かく して流通信用の生成も商品的轟生産に内含する肚會的走査としての流通と時闇的連座としてのその恒常化乃至常例化との 地盤の上に可能となると考えられる。たゴかくの如き地盤の上にその可能性が現實化するのは、例えば生切者が季節的理 由その他から、生産乃至販壷が未だ實現しないのに、再生壷尊母のため叉は生活維持のために原料品乃至生活必需品を購 入しなければならない場合とか或は各経濟主休の︵定期的︶聞入と購買との時闇的不一致が経常的である場合とかであり 壷皿者側としては得意先の維持乃至横張のために行われる場合とかなのである。か∼る信用は再生産の就會的時闇的連績 の恒常化乃至常例化から而もこの再生産の蓮績性確保のために生するが故﹁再生床信用﹂と呼ばれるのも理由がないわけで ① はない。 所で全体としての再生産の耽會分業化は、商品流逓の横大從って商業の爽達と梱五的に關憂して地理的、世事的に損大 すると共に各生産部門内に深化して行く。再生漆の分業化の地理的撰大は交通の後蓮と相關的に行われるが、この分業化
再生産と貨幣純濟 ﹁ 一二
再生謹と貨幣纒濟 二二 は又その杜倉的損大即ち硅會的細分化乃至多様化汗生産の迂回化乃至生型物の多様化と關饗して行われる所のtと相 即的である。そして樽生産の分業化の地理的答酬的提大は各生庵部門内への分業の深化と和開的であり、後者は夫々の生 産物の商品化率の堀進となって現われる。 再生産の分業化のか、る横大と深化は相五媒介的に進展して商品流通の量的種類的増大と地理的縫轡的葉張を胃壁って 來る。これと關質して商品流通の組織が獲寓し、商業の介入傾向の増進として現れる。そして先に述べた信用費買は商品 流通の各段階に生する。各段階の商人は得意先關係を維持し或は横張するため、この信用皆皆の方法を用いざるを得なく なる。所がこの傾向は同業者の競孚のため横に傳罪すると共に、資金繰りの開係から縦に前後の段階に波及する。即ち信 用費買の蓮鑛的波及は信用陶係の同様な蔽禽的連績を形成する。 の この信用は始め得意先勘定として帳簿信用の形をとるが、右の信用蓮鎖と關遷して手形の難生とその媒介を必然的なら しめる。斯様に帳簿信用が流通信用誰徐たる手形の形態をとるや最初の個人聞の信用關係が第三者に封抗しうる置畳的客 騨 体化を來し、こ、に信用形態の質的飛躍的進展を來す契機を形成する。即ち流通信用の手形への昼休化は裏書による第三 者への移韓によって購買手段或は支三筆濟手段として機能する途を開く。i尤も手形の満期決濟までは中途堅甲ではあ るが。 , 更に先廻りして云えば、か\る手形信用は前述の如き手形の銀行による割引によって當座預金に置換えられ、叉銀行雰 に置換λられるならば、それは商業銀行信用更には護雰銀行信用による置換を意味し、その耽愈的受容性の一般化が飛躍 的に塘進ずることは容易に理解される所である。更に黒縁流通の蓮鎖と連なる信用の連鎖の各百事者が夫々異る銀行の取 引者である場合は、或は他の銀行の取引者の支梯うべき手形が割引乃至取立委任のため任意の銀行に持込まれ、或は割引 によって手形信用が當座預金に置換られ︵即ち手形割引の手取金が常座預金に振込まれ︶、後者に封して振出された小切
, 手が他の銀行の取引者に購買浮気信用決濟のため移韓されて、他行より持込まれる場合、こ、に手形交換なる金融的過程を 必然的なら一しめる。手形交換の機構は右の如き事情が再生産的商品流通によって恒常化し捷大増進する所に形威される。 これは信用の叢雨的連鎖の常事者が原則として同一地、匿内の異る銀行に關係する場合に生するのであるが、,遠隔地取引 に基いてこの信用蓮鐙が隔地者に及びそれが再生灌的な相互的商品流逓の恒常化を耕す場合、こ、に爲替という信用的な 相濟的支梯決濟機構を必然的ならしめる。これらのことは前述せる再生産の分業化の薩南無地理的籏大憲って商晶流通の 同様な積大と深く關連することは自明のことである。 . 斯くて我々は、再生塵の上諭の如き展開を媒介として、商品の信用徳風から生する流通信用が櫓門的な帳簿信用から、 ② 流通諦雰に体化せる手形信用に焚還し、之が嘗ての滞洲に見られた三重の如く直接的に通貨にまで焚展するか、或は手形 割引によって銀行信用を背景とする所謂預金通貨に韓化するか乃至は現金引出によって蛮雰銀行信用を背景とすろ銀行券 に韓化するという過程を辿ることが出営る。そして、か、る形態攣化を途げる流通信用は根底に満て現に實現しつ、ある 商品の債値を体現していることは看過してはならないと同時に、その形態攣化は受容性の一般化の方向に進むことも注意 さるべきであろう。 ①<.男ぞチ碧の訂霧。・島。ε。号弓零鑑窪p8昏昌コ④ら。Nの﹄も。卜 ② 満鉄、東亜纏濟調査局、 ﹁浦洲に於ける私帖﹂︵昭和四年︶塞照。 四 以上に於て我々は商品の再生産の本質的契機たる杜魯的、時間的蓮績性從って商品流通の地理的肚廊下捷大化とその恒 常化との關連に於て流通信用の形態的焚展をそれ自体として内的に追求することに主力を注いで來た。併し、商晶的再生
再生琵と貨幣幽冥 二三
再生産と貨敷m理学 二四 滝の内含する肚會的時間的連繋性が流通信用の三生乃至展開をもたらすのは、それが恒常性乃至確實性を示す限りに於て 零あることを看過してはならない。商品的再生産從って流通過程の恒常的な蓮男性は替蓋濟主体の確實な取引三聖として 現れ、それが信用關係の基礎となって詣る。 モールトンが﹁理論的には短期の商業的貸付︵OO﹃P﹃P①﹁〇一9一 一〇90口︶は、⋮⋮ 満期日に支佛わるべきことは殆ど男気である。蓋し、その貸付期奇中に於けるこの資金の使用は旨煮の資金を創造するか
①
らである﹂ということは、右の如き商品的再生産の恒常的連績を背景として始めて成り立つことである。ケインズの表現 ② を借りていえば、 ﹁セイの法則﹂の支配する古典派的な均衡に於て始めてい、得ることなのである。 確かに商品的再生産の連績性が埋る程度、恒常性乃至確貰性を示すことは否定出雲ない。併し、商品的再生産の示す連 績性が不里国性の契機にさらされていることも否定出頑ない。商品生産の無政府性と呼ばれるものも、この不確實性に深 いか、わりをもっと考えられる。黒煙的再生産は實は斯うした恒常性乃至確照性の契機と不確實性の契機との矛盾的統一 たる所にその本質をもつとい、うるであろう。商晶的再生産は恒常化乃至墨型化への傾向を内含するというのは、それが こうした経濟耽魯を構成する人口が急激に攣化せす、それを支える自然的條件が急攣せす、叉技術的攣革も生ぜす、更に政 治的事情も激憂しない限り、その人口の維常的消費と之を賄う経常的再生率が恒常化し、安定化する傾向をもつことに根 本的原因をもつと考えられる。この経常的消費のための専生産から來る根底的な恒常化乃至安定化の作用は再生産の根底 を支配する法則的なものであるとも考えられる。併し他方それはまた同時に豫見出來ない外生的、内生的原因による安定 む 掩鼠の可能性にさらされている。而も商品的再生産の故にこの撹臨は債格単動−奪格体系の比軍の攣動i利潤率 ︵損失をも含めて︶の差等の爽生一資本の移動∼−新結合による再生産の編制替等の動態的過程を展開するが、この肚 會経濟的過程の展開は各経験主沫にとっては重く豫測を許さぬ渡落乃至成功として現われて量るのである。この意味に於 て商品的再生隆は励陣中に不安定乃至不確實への傾向を孕むと同時により一暦深刻に各維濟主体にとって不安定、乃至不七廻となる契機を孕んでいるということが出來るσ併し、か、る不測の掩鰍がおこっても、その大きさと質の如何によっ てその影響に相違があるにしても、やがて寸退的には夫々安定化して行くのは、前述の如き再生旋の根底的な安定化作用 によると考えられる。 更にまた上照せる所に關連して、商露量再生産とくに資本家的な商品的再生産を安定化に導く翻態的領域と撹臥に導く 動態的局面が見られ、前者としては清費財部門が基げられ、後者としては生姦婦とくに固定生熊財部門があげられること ③ は景氣研究の方面から注意されて來たが、とくにアルトシェフエル︵甲︷。 幻. ﹀一けωOず餌hhO門︶によって強調され、我國では ④ 中山伊知郎博士によって改めて確認されている所であるQ 申山博士はいう﹁之を皇民纒質的生琵の総規程から云へば、艀態的領域に曾ては漕費者の需要に雁⋮するところの軍純なる生出過程の循 環があり、動態的局面に於ては、襲展的なる企業者の創造的活動に基く生産の革新があるQ静態的領域に於ける生産者の前には常に與え られたる滑費者からの需要が存圧し、生産者は同じく與えられたる費用と歯釜との計算からb所謂﹃経濟の本則﹄に從って所與の條件 が許す限りの最大の生産を行うであろうし、難解的局面に於ける企業者はか、る雲脚を超えて未だ確實なる需要と販路とを予定し難き ところに新たな纒濟革新の渣を拓くための生竹を行うであろう。前者を慣行の軌遺に束縛するものは結局﹃重爆の本則﹄の受動的性質で あり、後者を革款に導くものは要するに護展の動態的性質に外ならない。文これを生産の内容から云えば翻態的領域に於けるそれは、何 よりも経常的消費のための生琵であり、動態約局面に於けるそれは、か、る溝費を超ゆる所の生産從って或は生産設備のための或は耐久 ⑤ , 的な用役財のための或は貯藏形成のための生琵である﹂ 併し、今の叙述の段階ではこ∼まで筆を進めることは行過ぎであろう。我々はもっと遡らなければならない。我々が商 品的再生産に含む不確實性の契機を問題にしたのは、それが貨幣維濟の上に重大な意義をもつて走るからである。このこ とはヒックス、ロゼンシユタイン・ロダン、ケインズ等の近代理論がか、る不確實性乃至危瞼性に封虚する維濟主体の流動 ⑥ 性選好に基く貨幣保有を重親し、そこに貨幣の動態的作用の根源を見んとする虞からも充分窺われるが、こ、では更に遡 再生産と貨幣脛濟 二五
再生産と貨幣経濟 二六 って貨幣が歴史的恩義的に貴金属素材に結實する経濟的根擦もこ、から解明落蓋るのではないかという点を問題とする。 既に述べた如く、再生産の私有的分業化と棚五媒介的に展開する諸商品の全面的流通がとりもなおさず、 一般的な慣値 尺度であり一般的な交換手段たる貨幣の生成を必然的ならしめることは既に述べたが、か、る再生産の私有的分業化なる 就魯過程の必然的結晶たる貨幣が何故に貴金鵬素材の上に謄史的にも経濟法則的にも結實して行くか。これは交換が貨幣 の媒介によって萱と買とに分離し、更にその壷と買とが時聞的にも場所的にも、そして人的にも︵種類的にも﹀数量的に も分離して塗ることに塩煮をもつように思われる。費る時の相手方と買うときの祁手方が必ずしも同じでなく寧ろ夫々違 うことが多いため、萱によって得られた貨幣が任意の人よりの買に用いられるためには、それは一般に減慣なくして受容 されるものでなければならない。この一般的受容性が保持されるためには夫々の交換當事者に於ける壷と買との時間的隔 りに於てその寒害が減するものであってはならない。更に場所的分離のためそれは携帯に便利なものでなければならな い。上記の如き責と買との分離はその量的分離即ち費によつで得た貨幣を分割し或は合計して買が行われること、相關連 している。それ故、貨幣の分割合計が容易なものでなければならない。これらの理由から貨幣が金儲素材に結實するに至 ⑦ つたことは通論の教える所であるが、それにもまして商品的再生産肚會のもつ内生的及び外生春鳥安定性が貨幣素材を金 属ことに費金圃たらしめた重要な原因ではないかと思われるのである。 商品生産杜會に於ては、各聖書基体は原則として怨辛的再生産に私有的に、螢業乃至職業として、宣りをもつ所にその 生活をつyけることが出繋る。詳言すれば、各署濟主体の生活の維持護展を可能ならしむる螢業乃至職業の維持獲展の根 も も ち 擦は、分析的に見れば、一方には離籍的再生産に、即ち商品生意の時閻的瀧器官連欝憤に存すると共に、他方には之に私 も も 有的に螢業乃至職業として關係をもつこと即ち例えば、生産業に於けるが如く分業的に再生産を担漏するか、商業に於け るが如く商品流通を書誌するか♪或は金融業に於けるが如く再生産︵流通を含む︶の金融的媒介を担濡する点に存する。
それ故、歴會的再生産へのか、る蒸着を維持櫃差することは螢業乃至職業の維持獲展として現われる。所が各経濟主体が 瀧禽的再生産に私有的に關係をもつことは、何ら硅會的に保障されて屠らない。それは絶えず同業者の競孚によって脅か されているのみでなく維濟の内生的外生的原因による青倉にもさらされている。從って、生活を可能ならしめる螢業乃至 職業の維持焚展のためには、豫流し得、計書しうる備えと、意想し得ない不時のための備えへの・配慮が不可欠的となる。 例えば生産的事業に於ては、その固定的設備の豫乱しうる夏新及び計書的憤大のための準備及び経常的ではあるが生濠乃 至乱費事情に基く豫見可能の季節的金庫不足のための準備の外、内生的外生的な不時の危険︵それは固定設備及び動産の 上にも生産、七二の上にも亦、直接消費維濟の上にも生じうる︶に封ずる備えの配慮が要請される。そしてこれらの備え のうち特に圖定設備の更新乃至擾張のための準備は長期に亘るが故、短期の季節的な不足及び不時の譜面のための備えを 蓑ねることが餌來るが、たゴ豫試しうる事態のための長期に亘る備えは、その時期の到來するまでは永く利用出來るに反 し、短期的乃至不時の事態のための備えは流動性をもつことが絶封に不可欠な條件となる。こ、に流動性とは或る財産が ⑧ いつでも自由に而も減慣なく如何なる他の財貨にも韓暑しうる可能性をさす。この意味では自由なる交換碍管に於ては貨 ⑨ 幣ことに現金は最高度の流動性をもつということが出搾るわけである。そして、か、る流動性が経濟主体によって選好さ れるのは、前述の如く商晶言言就倉の本質的性格の故に、経濟室体が不時の攣化にさらされて居るため、か、る事態の攣 化に註し容易に適慮し得るためには、いつでも必要とする他財に減債なく轄換出汐ることが欠くべからざる條件をなすか らである。 商品流通の範園が種類的にも量的にも廣じ場合、右の如き準備が貨幣を以て行われるときは直接物財で備えねばならな い場合に比し遙かに少い額でたりうることはいうまでもない。 所で右の如き不時の事態に封直するためには、貨幣信用制度の成立以前は勿論のこと成立以後に於ても政治情勢の墾化 再生薩一と貨幣脛濟 ・ 二七
再生産と貨幣経濟 ・ 二八 乃至貨幣信用制度の動播に際して、倫、否一鞭流動的欝欝貯藏性高きが故、何人にも受容される貴金驕が最も安全確實な ものとして選ばれることは僧然であろう。即ち、商口㎜生産救命は私有的経濟童体を以て構成され、從って各雲客生体に樹 して雪裡不安よりの充全なる肚會保障のないことを原則とするQされば各繹濟主体は各自に於てこの不安定に封解するた め流動的債値保藏性の高いものを選好し、これが叉貨幣保藏にも向う所以なのであるが、か、る不安定が政治情勢の攣化、 財政の棄飢乃至経濟恐慌にもせよ、ともかく聖霊信用制度の動揺を來す底のものなることが豫想されるような耽會情勢に 於ては、貨幣信用制度の動揺に呈しても超然たる貴金鹿貨幣を流動的三値貯藏性の最高度のものとして選好するに至るこ ⑩ とは翼然であろう。こ∼に貨幣が貴金紫に結倒した重要な経豊楽根篠があると考えられる。そして若しか、る貴無畏貨幣 乃至素材が入手されない臓會に於ては、か、る不安定が豫想される場合、例えば職争、内鰍乃至はインフレーション等の 裏漏される野合、流動的債、仙保藏の選好は、減債、の危瞼ある信用廿里貨を捨て、、より減債少くして他の財貨に韓じうる 財、即ちより流動性の大なる財貨を選ばしめるのである。この場合、流動性の選好は箪に貨幣保藏の形態をとらすに寧ろ 債佃の不安定な貨幣を捨てしめるに至るのであるqそしてかくすることこそが重書される不安定に野魅する縄濟主体の合 理的配慮なのである。この場合、流動性の概念は本丁の意義たる﹁減債なくして他財に黒山に韓換しうる可能性﹂と解す ることによって適切となる。即ち、かく解するとき流動性の選好は、商品生産磯會の本質的性格の故に、 一方瀧會的に生 活の保障されざる私有的経濟主休が、他方、將來に不安を宿す動態的世界に封興する合理的配慮たるの意義を明確にして 來るであろうQ この場合、我々の用いている﹁流動性の選妊﹂の概念がケインズの意味するそれよりも鋭くなっているのは次の理由に ⑪ 基く。即ち周知の如くケインズは流動性選好を取引動機、豫備的動機及び投機的動機に基くものとして取扱い、それが貨 幣保有となる旨を論ずる場合、明かに短期的把握の立場に立って居り、從ってそこで維濟不安というも貨幣信用制度の動
● 揺を和すような所までは譲照り考えに入れていないと考えられる。これに慨し、こ、で流動性の概念を上述の如く掘り下 げて把握する所以は、経濟的不安をば、貨幣信用制度の動揺從って信用的貨幣の著しい減贋を來すが如き危機を含む所ま でつき進めて考えるがためである。 所で、資本家的再生塵も含めた意味に於て商晶的再生産杜會が上述の如き貨幣信用制慶を震弔するような危機をも孕む 程の不安定を宿している歴史的現實に於ては、か、る不安定に封虞する纒濟宅体の合理的配慮たる流動性の選好が貴金旙 を一般的に受容する傾向を生ぜしめるのが必然的であり、この素材の上に貨幣が結實を見るのも亦必然的なことであると いわねばならない。 尤も歴史的に貨幣が貴魂胆に結摩したのは、 一方支配階級が不時の事態への封慮を兼ねて貴金鵬を装身具乃至什器とし て用い、或は軍事的準備として選好することが盛んであったこと∼、他方、外國貿易に於ては赤照的にも流動性が高く素 材債値の大きい貴金属がとくに選好されたこと、深い關係があると思われる。
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嵩・︵ナ7︻〇三ε♪喝げρ貧。一巴O歴嘗一畏笛。=笛玉露け7⑦鵠8ロ。一μ二〇訟気ひ叶¢︼p蘭島曽℃● Wミ● 匂・7﹃囚畠唇3︵車窪①舞一ρ﹂ぎ。蔓。門穿三︾︼o響昌。ヨ噛閣雲霞霧叶自切ζ︵三〇囮一℃ω︹♂で﹂つ。;︺●旨・ 霜§の︸酬陶畠鐸ノζ襲撃ヨ5<。H雰二塁。ぎ碧鑑尾、一、密蝕①^ζo難葺ぎ︸§H5.皐ぎ嵩§”曇ぎエ噛。c1に8 申山[伊知廓軸者﹁護展⋮過程の均衛四分析﹂ 二五六百賊以降。 ・ 中山氏 同書、二五八頁。 この点については次の文献を墾照のこと。 臼・界=け犀5︵嵩巴07跨︵・’く一。窪≡戸︹一丁9’冒 峯=♪R¢一宏。7﹃白め賭菖ド量定鼻9’^三二。り︼ぎμ二旧く●エ・皇ごうr念ゴ ・ ”o‘o二一97因。二二℃︵δo箆芝葺一σ昌。、同一5Ω80﹃三日’ぎ。通塗と^勇三二葺島て二。ρ霧2同2一顧2一”≧渥‘一い 気重y蟹“二︶・に諺・ も・寓■困ξpズ≠︵ホ曾。弓晒二‘、冨Q蔓亀峯冒p三〇望=げ①三”診な﹃。謡言︵一7[^︶蓼ざ一葦9い︶・=Ψ一二 高田保馬著﹁新利子論研究﹂ご○○頁以下。 再生産と貨幣経濟 ご九︸ ⑦ ③ 再生産と貨幣経重 三〇 、 傍島省三著﹁貨幣贋値の研究﹂七二頁。 一谷藤一郎著﹁金融統制の理論﹂八頁以下。 匂●訟・三一F牢ぎ9三霧。、㌧o俸ぱ巴霧80μξo︹野︸莞妻窺撃︼︾●歳。。画. 戸田正雄鐸﹁経濟學原理﹂3 八八頁以下蓼照Q 国●≦、一〇竃①=噛bo9毎$o冒憶。一隷舞一邑。自9口ざく○一.ド寓。影08H総出乙︾●蓉・ 堀経夫、三谷友吉共謬、國民経濟學講義︵貨幣、信用︶=二頁以下参照。 国●蜜震超§﹃再三犀ユ巽幣。嵩叶ぼ9魯○欝8^︶琶一〇︸韓差銅短.︿g溶客語二誹舞安寄08骨①﹀=h一GH能ざコロ・ヨ①轟 , 河上、宮川繹、マルクス政治経瀦學批到二九七一九頁墾照。 ﹁流動性﹂ ︵ピ凶4=一島障¥]﹁一ρ戸出鳥律画け︶が纒島陰上、根本的に如何に考うべきかについては、 シユツテ︵月島きざ︶及びツエントナー ︵¢。hNO旨仲巨O﹃︶の見解に教えられる所が多い。 語義からいえばζρ三物坤高という語はラテン語の2三島繧︵黄白語の,h三器鎧と同義︶から來ているという。 ︵︵率・R霞εゐ♪b器 b昼乱象蘇宏冒。宮。巨一昌急霞ぎ︻箭。・鼠。=o ︼q葺①琶¢ぎp=コ寧鵠①鴨躍炉ト蕊辞鉾器︶、シユツテは、自然科學に於て、此の﹁流動性﹂概念 が一義的に使用されていることに言及している。即ち自然科學では、物体がその個々の部分の完至に自由な蓮動性︵閑。毛①逗三旨隻︶ により、又その量︵く。ε葺①巳の不攣性︵︻ぎぎ善乙爵=。三︵o己によって特色附られるとき、流動的︵藁岸三︻8︶であるといわれる。 そこでシユッテは純輕濟的なものに移して類推的に次の如く定義する。即ち﹁経濟的財貨がどんな種類の使用にも役立つことが出 來、而もその使用の攣更に際して、又その使用に嵌て、その債値が減少されない場合、之を理想酌意味に激て流動的である﹂と。 ︵訟。︸毎β﹂︶塁牢。︻戸一。旨焦臼ぎ身q・三訪。玉津§ぴ曾冒ρ三景藝”o⋮5穿ξ量目=弓日、冨。議㊦面罵≦﹁隷・。雪暮ユ壱讐二ぎ一W巴旦一℃鴇噂融﹄︶ 又ツエントナーは﹁繕言財は、それがいつでも容易に損失なく、その時々の毛管情勢に適懸されるのであれば、それはいすれも流動 的であるということが三二る﹂と述べている。 ︵O●頴。艮ロ㊦♪年・餌・○・訟●H︽︶。流動性はッエントナーのいう如く︵同書一四頁︶財産 の歯質︵。ぎ㊦宙α曼①ヨ。冨吐露避く①き戸8魯。。︶自体として問題にすることは、問題の核心を離れる。併し、直ちに流動負債との關係に於 ける麦梯準備性︵勢三き鵜ぎ釜諾。五二F炉︶として問題を糎瞥上の實際に具体化して行くことも早急に過ぎる︵同書一四頁参照︶。寧ろ問題 の核心は、商品的再生産融會の本質に固有な不時の攣化︵プラス乃至マイナスの意昧に於ける危瞼︶に封ずる纏濟主体の自衛的適鷹 準備が流動惟の選好として現われる点にあるので、か、る關連に於てのみ、それが問題となって挙る。この意味に於て流動性の問題
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⑪ は商事動態の・減数問題をなすといわねばならない。遠くはシユツテの問題の把え方、そして近くはケインズ、ヒックス、ロゼンシュ タイン・ロダン塾ラッハマン等の問題の濯え方はその典型的な例ということが出來よう。︵酸。葺津義脚鱒・○・層国㊦着09¢窪震巴日、7きq oh年ぞざ畷冒雷陣鴇臨け霞㊦。・酔昌画≧8①¥廿.お◎歪 嵩一。譲”盆鉱。葺㊦裁。耳口・〆。昌葺寒きN。謎。︸樗馨唐宕評氏g巴罫。ぎ=一一ρ寓3 h︿4訟.譲“・ ︿9gき侮O暫豆け3マ目$. 閑。器冨§午一8費二〇8㌧象塁二〇=o出9¢¢㊦器量弓︸お。受。門蜜魯漉き島︻、臥8”邑8冒守 琶甘罰﹀賞窄。。計おも。⑦噛℃・b。“卜3●H・き7匹き曽ζロ8轟巴日歯鐘雨降・β乱︵鉱受高、お馬醇害8噌邑089乱舞矯﹀=讐。・♂一高評で覧・し。OFじ。O⑦.︶ たy纒頭主体のおかれている條件によって流動性の形態なb、機構なりが夫々異って來るが、それは結局、右にシユツテ乃至ツェ ントナーのもとの意昧に於ける流動性への蓮繋乃至距離を中心として意味をもつて撚るということが出來る。 斯くて例えば産業流動性︵百倉の録。藁誉凶焦一毒︶とは産業的企業が産業的取31過程及び他人資本の戦姻求から絶えず生する凡ゆる債務 を、いつでも即時にそして典範園に亘って辮濟しうる可能性であるとい、うる。從って琵業的流動性の本質は、産業的取引過程の持 績的な摩擦なき叱声が、それに相宣する取引支配及び資本支配︵9塁gNと寮費£嵩上a岳コ・をζ・三。コ︶によって、即刻及び將來に亘っ て、忙裏原則が同時に維持されつ∼保証される点に存する。そしてか、る専業的企業の流動性なるものは、指導者に委かされている 企業が、纒濟生活の凡ゆる暗礁を確實に免れんとする場合、その指導者が出來るだけ正確に獲得するよう努力せねばならぬ所の最も 電要な組織的麹点であるという主張も出て留るのである。︵く箪ρ浴黒b2勢.雑・c・u訟.唱︶ <渡●9R窪ぎ3節・鯖rO・︸ω9讐・ リスト︵︹︸一[雷﹃一〇四 旨西山コ肛伸︶はその著甲︻按。ぎ︵蕾b。。民旨霧﹃。一き重師二[9鰹一ひ。;一多雪︶一茸牙”^︷。三塁﹄。ぎぎ毛言。・睾55毒・す≒。・噂 男鴛凶9目鵠。。﹁貨幣信用學説史﹂ ︵天沼紳一郎課、 一一八頁︶で次の如く述べていることは注目に値する。即ち、 コ般的に云うなら 入々は趣瀦活動に於τ將來の占める地位を過少評慣しているが、將來という考えは、工業家、商人︸企業家等の頭臓を常に支配しτ いるのであって、彼等の全盤心は一償格、販路、仕入先、販費可能性能の見地から1將來を直濾せんとすることにある。然る も セ も も も も も カ も も に、確實なる貨幣即ち金圃貨幣は現在と將來との間の橋であって、之に依り、又之が無い場合は他の確實なそして貴重な物に依っ て、経濟上の演劇者は或は待機し、又は撰擢を傑留し、更に機雷を狙うというようなことが出來るのであるしと。 も●一≦・囚O唄目①ロ噂O℃謄O搾.冒七・H畷O”↓¢O一目¢Q。塩野月谷九十九弧豊本奮版二〇四頁二一二六、 二三・七百ハ。 五 再生産と貨幣纏濟 コニ再生産と貨幣経濟 三二
所が貴金鴎貨幣を用いる帝威貿易の獲達は、その中心地に於て、各地の夫々異る貨幣の交換の問題を惹き起す。他の土 地で獲話した貨幣を持って來たものは、この地で取引するために、この地の貨幣に交換せねばならす、叉他の國乃至地方 に貿易に出かけるものはこの地でその目的地の貨幣に爾淫することも起るからであるQ併し、取引の度毎に爾稗すること は煩わしいばかりでなく、各國各地の貨幣が品質量目の上で雑多なため、また假令名日が同じでも磨滅枕石鐸のため實質 慣値に却って不安をもたざるを鴛ない。貴金鴎貨幣が維多に行われる場合、こ、に却って共通にして一般的な債殖尺度が 失われ、交換手段としての一般性の上にも甚しい支障を寄すという矛盾が生する。こ∼に右の如き矛盾的な現實に立ち、 これを解決するために、振替取引︵Oマ。く①鱒①︸肖︶乃至振替銀行︵O貯。σ§甥︶との關係の上に信用通貨たる振稗貨幣を生 ぜしめる。この制度に於ては、親念的に標準貨幣を確定し、金商人の預ける各種金鴎貨幣はこの標準貨幣に封ずる實質的 雫橿に基いて換算され、標準貨幣の金額を以て預金の口座に記入される。そしてこの利用は預金振當ての手形の移韓に基 く預金の振替愚論によって行われる。この場合、市場に於ける取引はいうまでもなく標準貨幣を建佃として行われ、こ、 に雑多な貨幣の存在にも拘らす統一的な清澄尺度が確立される。取引の決濟には、右に述べたように預金引當の標準貨幣 額の手形が用いられ、そして手形は受取つた商人によって預け入れられ、預金の口座の振碁を以て決濟が終了する。この預 入れと振替が異った銀行に及ぶ場合は手形交換の制度を形成する。術現金を必要とする場合は、標準貨幣額の預金を雫慣に ① ② 從って換算し必要な現實の硬貨を受取るのである。この制疲は始め中世ヨーロッパ諸都市に於て雨整商を中心に爽生し、 後に公共乃至公認の振替銀行にまで護濡したのであるが、これと晶々同様な制度はイギリスに於ける金匠︵ぬ。乙のβ凶昏︶ ③ を中心に生じ、小切手による預金振興制度に獲曝した。更に同様な事情の下に輝輝の愛妓に於て銀煽︵一一くO村 o◎ヨP一酔ず︶を中 ④ 心に振巷通貨たる過櫨銀を稜生せしめたことは我々の注意をひく。 所で、これらの制度の下に於ては、現金の預け入れ高について振替決濟による利用の度が大きく、從ってその現金引鍋 伽率が低い。こ、に銀行側としてぱ姿金の余裕の生するのが常然である。所が、商人側に於て預金を超ゆる資金の需要が生 する場合、こ、に預金高を超ゆる手形小切手の振出による貸出の許與が生する地盤が形成される。かくして、こ∼に預金 通貨の創造という現象がこの振替制皮の下に焚生して來るわけである。 斯様に預金手形乃至小切手の焚行及び流通による振替湖度乃至當座預金制度を中心とする支梯決濟制度が嚢達し、これ が手形交換制度及び隔地者聞の爲巷制度と課五媒介的に獲難し、こ∼に廣範な振替祁殺的支佛決濟猛毒を形威し、流通手 形乃至笹葺手形としての貨幣は、貴金鵬よりの離脱の第一歩を進め、謂わゆる貨幣の無休化︵閃旨客琶Φ籍︸蒔︶の一歩.を 進める。併しこ、で貨幣が貴金鵬よりの離脱乃至無休化の第一歩を進めるというても、預金手形乃至小切手或は爲替が貨 幣的意義をもつのは、いつでも貴金鵬貨幣に攣りうることによって流動性をもつ故である。即ちこ、でも貴金集につらな る高度の流動性が本質的な重要性をもつている。 預金叉は爲替が購買叉は支彿のため利用され、而もそれが振替相殺に終る限り現金を必要としない。これらの現金引出 の利用度に射し振替相殺による利用度が高まるにつれ、現金の手許余裕が塘翻して翻る。こ、に手形割引、當座貸越其他 による貸出の可能性が大きくなる。而もこの貸出が叉小切手によって利用されるときは、こ、に所謂預金通貨の創造を齎 らす。というのは、これも振替相殺に絡る可能性がある、何もか、る貸出が前述の手許現金の引幽を結渠するとは限らな いからである。然る場合、銀行の手許現金は貸出の直接的封象にならす,支梯準備としての役割を演ずることになる。そ して、この支梯準備金は、後に述べる銀行の流動性機構と相輪って、支佛準備率との關係に於て創造的に鑛張されている 所の預金通貨に高度な流動性を確保する機能をもつのである。こ∼でも流動性が決定的な意義をもつ。このような根擦の 筋 下に貨幣の貴金騰素材よりの離脱乃至無体化が一暦進展する。 さきに、枇會的再生産の私有的分業化と蓮賦する商品流通の損大深化とその恒常化は、流通悪事者の聞に流通信用の獲
再生箆と貨幣経史 三↓二
再生産と貨幣経濟 三四 生を可能ならしめ、これがまた手形流通の嚢蓬をうながすことを述べたが、その際は商品的再生産の内含する瀧會的時間 的石油性が恒常化の方向に於て確實性を呈示する点に着眼し、考察を理想化從って抽象化しその限りに於て信用の問題を 取扱つた。併し、前にも述べたように商品的再生産耽會は本質的に不安定性を孕む、そしてこの点に流動性選好の作用が 重大な意義をもつて至る。貴金厩素材の上に貨幣が績心するのもその故であり、叉銀行を中心とする信用機構が、前述の 振替制度乃至小切手による當座勘定制度を中核として、手形交換制及び爲替制度に展開し、信用的通貨の点前を見るにし ても、その中心的生命ともいうべきものが流動性であるのは、やはり右の事態を反映するものというべきであろう。そし て、現實の商品煎豆生塵が、右の如き恒常化乃至確實性の契機と不確實性の契機とを共に内含する所から、この恒常化乃 至墨太性の線に添うて展開する流通信用も不確實性の契機からは完全に解放され得ない。されば、銀行信用が之を媒介す る場合i例えば手形割引による預金の設定等を通じて一その不確合性の度合によっては担保の問題も生じ、他方、銀行の 支梯準備を含む意味での流動性三崎によって、その信用に高度の流動性が與えられ、 こ、に一般的受容性を著しく増大 せしめる。先に流通信用が帳簿信用←手形信用←商業銀行信用たる預金通貨←焚券銀行信用たる銀行雰という形態攣化 (】?助yヨ。むず。ω①︶を殺げて行く場合に論及し、その方向は受容性の一般化にあると述べたが、その根擦は、商品的再生 旋の不安定性乃至不確古事の契機を考慮に入れるこの考察段階に於て、始めて明かとなるというべく、それは流動性の高 度化を中心としているということで了解出来るであろう。 ①本位田群男著﹁歓洲纏濟史﹂ご四四一二四五頁蓼照、爾、銅藁同§︼︸︶費ぎ﹂︶歩R簑≧8﹃^幽塗凛、長時蒙”h=W︹♂評﹀義剛・コQ・ざ・ぬ﹂溝臣下照。 ②マルクス資本論第三巻上、高畠認、改造雲版二七八−二七九頁に引用されているヒユールマン著﹁中世の都市制度﹂によれば振替銀 行の濫隔は中世ヴェニスの金融同盟に始まると記しているが、マックス・ウエーバーは﹁バビロン猫特のものとして信用授與者たる 銀行訓告の業務が振替坂引より稜面した﹂と述べている。た騎、この最古の振替取引の範嗣はよくわからないという。併し、彼は、 振替坂引を余りに近世的に解することには注意すべきだというている。 ︵マックス・ウエーバー潔癖糎濟史原論黒正巖謬四三七頁︶ , ,
③ ④ このような見解があるのに本文のように述べたのは、古代にあったと推測される振替制度は本文に逮べるような機構のものゴ、あるか 否かは不明であるので、近代金融制度に連なりをもつ確かなものとして本文の如く述べたまでxある。こ、では、その歴史的起源は さして問題にならないからである︵い 本位田群男著﹁経濟史研究﹂所掲﹁十七世紀末以前の金融と英閥銀行の設立﹂とくに同書二二三..ご二四頁墾照。 長谷田泰三氏﹁倫敦の金匠銀行家﹂東北大芋川濟面壁研究年報﹁纒濟墨・﹂一九b一九五〇年とくに一四一一五頁参照。 藤井健三調査、滴洲の通貨二五八頁以下。 満⋮鉄、東亜経濟調査局、督口の過櫨銀︵大正十三年︶。 遭 山 ts さきに述べたように、商品的穫生産凪會がそれ自身不安定を孕み、而も各維濟主体がその不安定からの保全を耽會的に 保障されないと同時に、逆に父これを利用して嚢要する自由をも有する所から、異土喪主休は無職に向って生活從って螢 業乃至職業を維持し爽展せしめんがため、準備として流動的債値保藏手段を選好する傾向を示すが、それは叉か、る弾倉に 於ける各経濟主体の長期にわたる生活の安定向上の要求、從って叉長期に亘る牧谷極大追求の必然的現れとも見ることが 出丸る。併しこの特來への準備のための流動的慣値撮藏の要求は、その現在使用による牧釜乃至満足の極大要求と當面に 於ては一慮封署する。早りに前者を安毒性の要求とし、後者を牧冷性の要求とするならば、爾者は當面的には矛盾する。 即ち現在の牧盆乃至下足の極大追求のため、將來への準備としての流動的偵値保藏を犠牲にするならば、永き將來に亘っ ての安胃性か阻害され、また逆に債値を將來の安全のために保藏して現在の使用を少くすればする程、現在の牧谷乃至満 足の期待は減少を余儀なくされる。併し、そのいつれの蝪合でも極端に走るときはその存績自体が危殆に瀕する。されば 三面に於けるこの二つの要求の軍慮の矛盾もも長期的観点に於ては、有利且つ安蚕なる点に調和乃至均衡せしめらる、と 見ねばならぬ。た直撃實に煮ては、安全性の要求に重みの置かれる程度は世事が投機的であるか保守的であるか、叉経螢 再生琵と貨幣三千 三五
颪U生産と伯具幣経濟 三六 に余裕があるか否かに依存するといい得よう。 所で上蓮の如き將來の安奈性のための準備が貴金葉貨幣の保有の形をとる場合を考えるに、それは最も流動的にして安 杢な掘割保藏手段たるためであるが、それにしてもこの保有は現在使用の観点からすれば死藏を意味する。利潤機會の恵 まれない時代で、余裕ある場合ならば、それでもよいであろうG併し、商品の撰大的再生産が展開する近代的瀦會に入っ て、この利潤機愈が籏出するようになると、これを捉えるための投資の要求が銀行に号する信用需要の増大として現れ、 銀行にとっては、有利な貸出、投資の機會が殖える。前に述べた振替、相殺的な支佛決濟機構があるから、銀行は振替和 殺の可能な範園までは貸出を鑛沸するであろうが、現金細川率の關係上、絡局は支沸準備の不足の問題につきあたらざる を得ない。こ、に、 一方再生産過程︵流通を含む︶に於、ける利潤赤倉のため銀行の馨利的金融活動が活淡化すると共に他 方利附預金の吸牧を惹き起す。 このような情勢の下に於ては、先に述べた將來の安全性のための準備を、貴金厩貨幣の保有の形で死藏させる不利釜に 堪えられなくなろ。こ、に於、て、或は之を預金とするか或は誰舞投資に振向ける。銀行に預金して都合よいことは、必要 あらば之を引出せるばかりでなく、更にそれ以上に借入れが出來ることである。かくて將來の蟻蚕性のための準備を銀行 に預金することによって利子を取得出軍るばかりでなく、借入の可能性を老慮するときは、その準備額をより縮小するこ とが出來、從ってそれだけ現花利用に多く振向けることが馳下るわけである。 斯様にして、各経距主体の安蚕性のための流動的準備金が、貴金属保有から、近代金融機構を媒介とする預金及び讃雰 保有に罰するとき、そ▼の信用創造機能に基く所の揮力的貸出乃至投養による質倉的活用の途が開け、その有利な効率を著 しく増大する。斯くて、各維濟主体の流動的準備金は、銀行に集中されることによって、相五の資金の過不足の有無相通 に弾力的に利用され、罫引に使用されすに不安定な事態に待機する現金は、小壁部面の取引動機及び豫備的動機に基くも
のを除けば、銀行の笹野準備金の船上に止められる。だから、嘗って貴金鵬貨幣として退藏されなければならなかったよ うな各姫里主体の流動的準備金は、駈會的に集中化されることによって効率化され、今や銀行の支梯準備金の限度にまで 節約されるに至ったと見ることが出來る。 この支梯準備金は、周知の如く、銀行の経早上の安全性の要求に基くものであり、之に封して牧釜性の要求は貸出の横 張、從って信用創造の損大へ導くのである。そして、この互に矛盾する爾要求が最も有利且つ安里に均衡する点に支梯準 備率が形成されるわけである。併し、この支彿準備率は銀行にとっては常例的なるに過ぎないので、不時の笹野に基く取 ① 付に魅しては、この常例的比率の支梯準備の不足を弾力的に補う所の銀行の流動性が必要となる。それは銀行経緯の安全 性を保持しつ、、牧益性を充さんとの要求から、資金をいつでも受勲し現金化しうる形態、即ち所謂第二次準備、第三次 準備といわれるコール、商業手形、有債誰雰等の流動的形態で運用し、不時に備えるという仕方で確保されるが、實はこ の銀行の流動性はコール市場、割引市場及び誰舞市場を含む全金融機構に於ける銀行間︵勿論誰券業者を含む︶の流動的 ② 有無相通に於てのみ可能なのである。銀行の三聖準備が杜會の前述の如き流動的準備の集中的表現としてよくその機能を 果しうるのは、その背景にか、る弾力的な銀行流動性の機構をもつが故である。 斯くて、商量的再生産髄會の不安定性に封解するため各経濟主体が準備的配慮として選好する流動性は、今や近代的金 融機構のうちに集中化され組織化されることによってその効率を著しく増大し、こ、に流動性選好としての貴金属貨幣の ・ ③ 保有がすぐれた流動性の機構をもつ近代的貯蓄i投資によって代位せられるに至る。 ① ﹁銀行流動性﹂の概念については色々な見解が行われている。この点に督する邦文の研究としては中谷實氏﹁信用援張と銀行流動 性﹂ ︵判明論叢第三十三巻第三号昭和六年九月︶及び森川太郎著﹁銀行職能論理第一〇章、銀行流動性の機構︵昭和十六年三月︶が 翠げられる。以下の叙述はこの研究に導かれつ、諸外郎の交戦む蓼照して進められる。 先ず第一に、短期の債務には短期の債灌で準備すべきであるという銀行原則に適うことを以て、この概念の内容とする見解が基げ、 再生産と貨幣脛濟 三七
再生産と貨幣経濟 三八 られる。シ乱ルッエ・ゲフアニッッが﹁流動性とは銀行準備の原則に適う程度である﹂と述べているのはその例である。 ︵︵轡く・ 訟3三志下器<Φき罪﹄“一︶ぎウ窪宏。冨回ρ①&梓げ昌ぎ昌エ・霊︶又﹃銀行が何時でも、容易に其の債務を履行し得る能力﹂という表現にょっ でも規定される。か、る見解をとるものとして中谷氏はアドルフ・ウエー.バー、ヵルベラム、シャンツ、ハーン等を重げられている。 所がハーンの述べる所によれば、近代の銀行信用は原則として短期の請求灌︵例えば當座預金︶を長期債務の負担︵例えば手形割 引︶と引瑛に債務者に用立てるので、本火凡ての銀行投資の一定の比例的部分は常に非流動的であろう。というのは、常に語る範園に 於て、銀行の短期の債務に、銀行の長期り債権が勤期せざるを得ないからであるという。 ︵﹀.甲蜀ぎ噂く。節。。≦葺ロ。ぎ津=07Φ‘、︸戸ωc臥① 島。。=﹂毒罰寄。蒔けエ・課γ 大北文次郎繹本一二九頁参照︶例えば三ケ月瀾期の手形割引により、 その手販金が當座預金とされる場 合、要求彿の預金債務に消して、三ヶ月の洞々が止立するということになる。この非流動性は預金がいつでも梯出されるのに封し て、手形債権は直接的には三ヶ月の滴期が直なければ辮濟され得ないという点にあるわけであるが、この直接的非流動性はこの手形 を再割引乃至費却する事によって問接的に流動化しうるのである。ハーンは、右に述べたような﹁銀行の投資の非流動性は、銀行資 謹の現金化が、最早や﹁回牧﹂に依って行わる∼を要せす賛却によって行われ得るや否や、直ちに消滅するのである。然る場合に は、銀行債務者の資琵の質却可能性に基かす、言わば一段階高く出現して、銀行自身の資蓬の、それ故に債務者に射する債求罐の費 却可能性に基くところの流動性がb生するのである﹂ ︵;チ詳触ρ.帥ピ︵︶・堕︹刷︵︶■邦繹一三〇頁︶というとき、こ∼に彼の謂う間接的 流動性︵ぎ︵隼。茱。同﹂嘆費[一け律︶なる概念内容が與えられτいる。これと略々同量な見解はアメリカのモールトン及びミッチェルによ つて韓嫁性︵隆運︸︶ま受︶なる二一口底を以で表わされτいる。例えばモールトンは﹁流動性とは、事實上、鱒嫁性の謂に外ならない﹂ という場合正にこれである。 ︵一︻・︵評7[へ︾三け。卸肉一藁三島二︵︶彊2艮養二9=已^︷=岡。醒oQコ。︼旨二〇訟賢じ。片ε胃ご目O亀。G。一h︺・こ。一G。︶ 筒、ハーンは銀行がその債務を﹁貨幣﹂で履行する能力を﹁貨幣的流動性碧周︵蜜。︸尾ぴ与藁嵩目算﹂と呼び、之に心し﹁銀行が、そ の債権者より、他の諸銀行又は申央振替銀行に封ずる貸方勘定︵預金︶の形式に於て・挑出を要求される場合﹂即ち他店への振替沸 出の場合、之に礁じ得る能力を私孝濟約流動性︵三・・多身ぎぎ⇒毫・乞﹂・言養舞︶と呼ぶ。︵貯巨遷客ρ孤・声ジ。・。・邦鐸一三 五頁、 一二七頁占参照︶。 更にこれに關蓮して自己清算性︵エ。=2一・三二障一一︼﹂。︶なる概念がある。例えば商業手形の割引される場合、その手形浦期日までに, ’ その手形によって仕入られた商品の軍費に依り支梯資金が自働的に用意され、手形の支梯が自働的に確保されるという意味でこの言 葉が用いられるのである。モールトンが︻理論的には短期の商業貸付は⋮⋮殆ど確實に瀾期日に支携わるべき筈である。蓋しその貸
、 付期間中に於けるこの資亀の使用ぱ返濟の資金を創造するからである﹂︵ン、閏。=騨。昌︾㎞ぴM︵3℃.h一一寸︶というのも、これを指すものに外な らない。併しか、る自己清算性が確實である場合でも、さきにハーンの引用文に見らる、如く、その割引によつτ常座預金が設けら れる場合、手形は滴期日まで支彿われないし、他方當座預金はいつ引出さる∼かも知れないという点で銀行にとっては﹁直接的な非 流動性﹂は存するわけで、之をばこの手形の費却性によって克服しうる所に﹁闇接的流動性﹂が存在する。だから銀行流動性の申心 は間接的流動性にありといわねばならぬ。これが振替による遅出に鷹する場合︵私纏濟的流動性︶たると現金乃至貨幣による捕出に 鷹する場合︵貨懲⋮的流動性︶たるとを問わない。 ②森川太郎著﹁銀行職能論﹂三三九頁以下。 、③ ウイクセルは、藤き形態の貨幣蓄藏が近代的形態の貯蓄及び資本蓄積に韓還することの重要性について述べτいる。︵客・巧ぢδc∫ £︶’鼻・三γ=一一鱒 邦繹一一一一二頁参照︶。 ■ 七 9 次に、今まで考慮の外に置かれた中央銀行による銀行舞の獲行流通及び預金のことを考慮に入れ、ば、前述せるが如き 銀行の支梯準備金は貴金管貨幣であることは必要ではないので、それは銀行雰で充分こと足るのみでなく、中央銀行への 預金であってもよいのである。そして現實には、この預金が手形交換尻決濟に利用される場合、肥土支佛準備の⋮幾分かは この形態をとらざる.を得ない。前述せる手形交換制に連なる振替相殺的支梯雪国機構は、絡局には中央銀行預金の振替にま で連なりをもって選るわけである。また、前に述べた第二次準備及び第三次準備たるコール、商業手形乃至有債誰幾等が コール市場、割引市場乃至誰雰市場に於ても流動化し得ないような非常な事態に帯出する場合、中央銀行の再割引、誰券 買入による大規模の︵主として銀行徐による︶資金放出が行われるということは國内の流動性機構の無道的擦り所となり. この中央銀行の機能を含んで一当の流動性機構は一首の完結を見るというても過言ではないであろう。そして貴金旙は今 や銀行舞及び申央銀行預金の準備の中核︵その周.綾に手形及び有債誰雰を保誰準備としてもつが故︶として一坐貨幣の終 再生産と貨幣脛濟 三九