• 検索結果がありません。

Tateo HASHIMOTO(Received Oct.31.1985)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "Tateo HASHIMOTO(Received Oct.31.1985)"

Copied!
18
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

31

教員養成学部のカリキュラムと教師教育

橋  本  健  夫*

(昭和60年10月31日受理)

The Curriculum in Education Faculty for Teacher Training and Retraining

Tateo HASHIMOTO

(Received Oct.31.1985)

は じ め に

 理科教育を現場と共に実践し,その過程や結果から理科教育のあり方を考える時,常に 問題になるのはその内容とそれを実践する教師の能力である。特に後者は,教師を養成す る側に立つ者にとって身近で切実な問題である。

 一方,社会的な要請として教育現場を預かる教師に対して,広い教養や豊かな人間性,

さらに教師としての使命感などを求める声が高まってきている。それは,ここ数十年の間 に社会が急激な変化をし,個人の生活や価値観が多様化していく中で,学校教育がその社 会的需要に応じきれなかった結果と判断せざるを得ない。このような状況の中,世界的に はO E C D(経済協力開発機構)が1974年に「教師政策(Teacher Policies)」会議を開き,

その改革の方向を模索し始め(1),国内的には国立大学協会の教員養成制度特別委員会に よって教員養成の実態把握や分析そして問題点の提起がなされ始めた(2)。それ以降,日本教 育学会や日本教育大学協会からも数編の報告書が出され(3)〜(8),教員養成の実態が明らか

になるとともに,さまざまな提言や方針が示され現在に至っている。しかし,各大学におけ る抜本的な改革はなされていないのが現状である。それは上述の報告書等によってカリ キュラム全般にわたる問題点の抽出と改善にむけての方向性がある程度示されたにもかか わらず,その実践にあたっては各大学がもつ特殊性がからみ,各大学独自の改革にまつ ところが大きいからであろう。そこで,長崎大学における教員養成を考えるために,当教 育学部のカリキュラムをとりあげ,現在の編成にいたるまでの変遷を調査するとともに,

全国各地の大学のカリキャラムと比較検討することによって,それがもつ問題点をより明 らかにして,改善の方策をさぐってみたいと考えた。

長崎大学教育学部のカリキュラムの変遷

 長崎大学教育学部のカリキュラムがどのように編成されてきたかについては,学部に保 存されている「学部教育課程の手引(昭和24年度〜昭和27年度入学生用)」(9),「教育計画(昭

*長崎大学教育学部理科教育教室

(2)

32 長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第9号

和29年度〜昭和34年度入学生用)」qo〉と「履習の手引(昭和35年度〜昭和60年度入学生用〉」⑪ を調査し,不明な点は教授会の記録や当時の先生方の記憶で補足した。しかし学芸学部が発 足後の「学部教育課程の手引」は完全に保存されておらず,内容も現在のものと比べると 非常にあいまいさが残巻ものであり,学部カリキャラム表等を参照にしても当時のカリ キュラムを正確に浮びあがせるには困難が伴った。長崎大学教育学部のカリキュラムを正 確に把握できるのは,昭和30年度に作成された「教育計画(昭和29年度入学生用)」からで ある。また上記の資科の他に「長崎大学三十五年史」α2)を調べることにより,制度・施設等 の学部拡充の様子もあわせて把握した。

 これらの調査を,1.学部諸課程と附属校の変遷,2.卒業要件等に関する規定の変遷,

3.理科を中心とした小学校教科等の変遷,4.その他 にわけて述べてみたい。

1.学部諸課程と附属校の変遷

 学部の名称や入学定員そして附属施設等について調べた結果は,表1として示す。この 表からもわかるように,昭和24年に学芸学部として発足した当初は,小学校,中学校両課       表1 長崎大学教育学部における入学定員等の変遷

      ネ じ のみ  の ぢ の ぽ 程共に4年コース(甲類)と2年コース(乙類)の両方をもち,師範学校も存続していた。

 乙類は教師の社会的需要をできるだけ早く充たすために作られたようであるが,中学校 課程では昭和29年に,小学校課程では昭和33年に廃止になっている。また離島をたくさ んかかえているという長崎県の特殊事情から昭和28年から昭和37年まで五島教員養成所,

対馬教員養成所が作られ,当学部が指導,監督にあたっている。附属学校(園)につい ては,附属養護学校を除いて学芸学部の発足当初から設けられており,現在に至るまで 協力校を持たずに教育実習が附属校だけで行い得たことをみても当教育学部の教員養成 に果した役割は非常に大きかったと言わざるを得ない。そして昭和41年に学芸学部から教 育学部へと名称変更を行ったのち,昭和42年に養護学校課程の開設,つづいて幼稚園課程 の開設と小学校課程の入学定員増を昭和49年に行い現在に至っている。

2.卒業要件(単位数,教育実習,卒業論文)等に関する規定の変遷

 長崎大学教育学部のカリキュラムの大枠を示す卒業要件,つまり卒業に要する単位数や

範 所  成師︐養

校  対馬教員養成所 二級免コース範学         −師   五島教員農成所

幼附

養附○    ◎

中附

4附

30 20 80

       oo

70

90 40

       廃乙      0    80       0

称名

部      部学      学芸      育学      教

24

(3)

教員養成学部のカリキュラムと教師教育 33

教育実習そして卒業論文に関した規定を各年度毎に調査し,まとめたものが表2である・

この表からわかるようにカリキュラムが大きく変化したのは昭和30年度(昭和29年入学生適 用)と昭和44年度(昭和43年度入学生適用)であり,また副免等に関する考え方の変化に着 目すれば,昭和35年度(昭和34年度入学生適用)も重要な年度になると考えられる。そこで これらの年度に注目して,当学部のカリキュラムの変遷を4期(1期:昭和24年度入学生

〜昭和28年度入学生,II期:昭和29年度入学生〜昭和34年度入学生,皿期:昭和35年度入 学生〜昭和43年度入学生,IV期:昭和44年度入学生以降)に分けて調査結果を述べてみた

いo

 I期は,学芸学部が開設された当初でもあり,大学設置基準と教育職員免許法に基づい てまず,教員免許状取得資格が獲得できるようにカリキュラムが編成されたのであるが,

その卒業に要する単位数等でわかるようにそれらの最低基準を充足しているにすぎなかっ た。しかし「学部教育課程の手引」の中に見られるように,この124単位は,4年の前期ま でに履習できるように時間割が編成されており,4年後期は専攻科12単位の履習に専念す

るようにとの学部独自の考え方が示されている。そして乙類(2年制)のカリキュラム は,甲類(4年制)の半分を基準に編成されていた。教育実習期間は長期間にわたり,甲 類は4年次前期に6〜7週間,もしくは7〜10週間というように記されている。また前 述したように「4年生後期に専門分野を12単位追加するように」との記述があり,その内 訳については表2に記載しているが,3年次終了までに教育実習と卒論等わずかな単位を 残して教科,教職単位をほぼ履習するという現在のカリキュラムとの差が見られる。つまり,

この1期には卒業に必要な単位の中に卒論を含めた専攻の12単位が含まれておらず,大学 設置基準と教員免許状取得資格を充足する単位数(124単位)で卒業に必要な単位数を想定

しながらも,その他に卒論等の12単位を要求していることになる。このような形で卒業要 件を規定しているのは後でも述べるが,現在でも全国の数大学で見られる。そしてこのよう

な形態をとるに至ったのは,教育職員免許法で束縛されるカリキュラムの中に「大学で教員 養成を行う」という理念をもちこもうとした発露ではなカ∫っただろうか。またこの期では 甲類学生に限って副免の取得を認めており,二教科の免許状を取得しようとする学生のた めに,関連教科の修得単位を一定の範囲で,その教科の単位とすることができるようになっ ていた。ちなみに,理科の関連教科は,農業,衛生,生理学,数学,統計学である。つま り,この期のカリキュラムは,その編成にあたって戦後の新しい教員養成の理念,新しい 大学としての使命感そして社会的な要請といった諸要素を克服しつつ,着実に教員養成を 行おうとする姿勢があらわれたものと「学部教育課程の手引」から伺うことができる。

 II期は,学生に配布する手引書が従来のようなガリ版刷りのものでなくなり,名称も「教 育計画」と改められた。この期の特色の一つは,中学校課程においては教職の単位数は従 来のままで,教科の専門単位数を増やしたことと,小学校課程においては教科の履習単位 数を減らし,教職の単位教を増やしたことである。その結果,実質的に見れば小学校につ いては卒業に要する単位数の増減は見られなかったが,中学校課程については卒業に必要 な単位数が2〜10単位増加になった。またこの期から卒論の単位が卒業に要する単位の中 に組みこまれたのも大きな特色である。さらに,教科専門の単位はほとんど必修化される とともに,教育実習が3年次の後期に実施されることになった。そして最も大きな特色は,

副免の取得を認めない免許状一本主義を前面に打ち出し,教育計画の中にも記載したこと

(4)

34 長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第9号

であろう。これは教員養成のあり方を真剣に考え,実践した結果であろうが長くは続かず,

昭和34年度までで終っている。また昭和33年には,小学校課程の卒業論文6単位は論文4 単位と特修科目2単位への履習に変更になっている。このようにこの期はまず小学校課程

と中学校課程のカリキュラムを完全に分離したこと,副免の取得を認めなかったこと等に 代表されるように,小学校教員・中学校教員のそれぞれの養成を見直し,教職単位の充実,

教科毎の教授の徹底を図ろうとした時期と考えられる。

 III期はカリキュラムの変動期である。この期の始まりを本来ならば,残っていた小学校 の乙類が廃止され,小学校課程・中学校課程ともに4年制となった昭和34年度入学生から にすべきであろうが 「履習の手引」に「教員免許状取得について本学部では小学校教員免許 状,中(高等)学校教員(一教科)免許状の各一本主義を建前とする」という免許状一本主 義が明記されなくなった昭和35年度入学生からにした。この期はカリキュラムの手直し が毎年のように行われ,卒業に必要な単位数に着目しても,138単位〜147単位〜136単 位〜132単位〜133単位(小学校課程)となり,その変化ぶりには驚かされる。このような変 化の大きな原因は,前期(II期)では副免の取得を認めなかったのであるが,長崎県が持 つ特殊性(離島勤務がさけられず,その際の人事を行うにあたっては副免を取得してほし いという要望〉や社会的要求(教育大学協会等における小学校教員養成に関する提言,

つまり小学校の教員にも専門(ピーク)をもたせるべきであるとの提言)を受け入れ,副免 取得資格が得られるようなカリキュラムの編成を行おうとしたからであると考えられる。

まず免許状一本主義を「履習の手引」に明記するのをやめ,そして従来,卒論とペアになっ ていた特修制度を卒論から分離して副免取得にむけての単位にし,次いで小学校課程には 選修制度を設けて小学校・中学校の免許状を取得する道を開くとともに,中学校課程には 選択単位を設けて,2教科の免許状が取得できるようにした。また卒論の単位は小学校課 程では特修制度が卒論から分離された昭和36年度入学生から4単位に,中学校課程では卒 業に必要な単位数が一番多くなった昭和37年度入学生から4単位になった。そして昭和 38年度入学生以降は卒業に要する単位数が減り始め,昭和39年度入学生からは,一般教 育の第二外国語を選択必修にするなどして,中学校課程で138単位,小学校課程で132単 位になった。一方昭和41年度入学生からは,教育実習の中に2・3年次の観察参加1単位を 加えて5単位にする工夫なども見られた。このようにm期は,各方面からの要求にこたえ るべく選修制度を設け,副免取得への道を開くために学部カリキュラムを大幅に変えた 時期であるが,学生の負担も増加したと考えられる。そして大学自身も大きく揺れ動いた 時期でもある。

 IV期は,皿期末の大学や学部の混乱を受けて,卒業に要する単位数はもう一度大学設置 基準と教育職員免許法で定める最低基準にし,副免取得や免許法で定められた単位数以上 の履習は個々の学生の意志に任せるという基本方針でカリキュラムが編成された時代であ る。その為,各教科の必修科目もほとんどなく,長崎大学教育学部固有の教育方針が読み とれないカリキュラム編成になった(履習科目を学生に任すという方針や多種類の免許状 がとれるというのも一つの教育方針にちがいないが)。昭和44年度入学生から適用になった カリキュラムは,学生の定員増に伴った教育実習の時期や期問の変更や新たに教育実地研 究総論1単位が開設された以外に変更されることもなく現在に至っている。

 以上,長崎大学教育学部のカリキュラムの概要の変遷を述べてきた。昭和24年度から

(5)

教員養成学部のカリキュラムと教師教育長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第9号

ヤ肱へ細無鯛︸掛弼︸笹無eKO

旺勲串姻慧竃銀蔭寒ぼ翌竃 課 麟 嘩 樽 営 翌颪    曜    踏    寒    疑    避越   課   螢   嘩   ぼ   翌 獣選2る書麺輩懸e型e申

員⑨◎響響製薫薄離++虞◎③藩蕪虞型藩藩匪十十息◎◎膿蝋幌e

灘匿課・IIIl蔽Ψぐ岳

二縛二︾q蝉薗虚櫃麟

 過酬ζ6壊t週騨蕪射樫掛譜.藩ミ如窪噛

c対皿癖蟄噛逆蕪甚騒誉楚過麟蕊.稲週帥)圃

覗冊刃無蕊 窪皿週騨

蕪髄蕪醤8麟蕪過過蓮oo麟壊櫛 翼 農葡_演週@麗ゆ掛ト・e冥cq慮ト《e)二踏K過ぐ想遡曝想躍冊e掴暉o皿蹄騒選蕪e軽辮過纒齢) 愉岳

獣選坦る溜泣蘇e運e申

ゆ£衡需誌e糠周州膣終eH皿萎蕪縮姻課毬

謎冥 冊息仔皿《息黙継e蕪皿書週崩営麟硫

灸醤摸簑魅藩週謬綱嘩鞍c掛麟蹄餐受鎗籠螺蓬照楚ぺ糾v惜蔵匝G養一)想膨蕪課週一哨(麟益雛冊蕪岳蕪置oq過韓・過展鄭糞 受鉾勲串 」如皿(蕪週r醤 楓秒刃凄量@皿騒蝋睡過卜虞欄皿駅鞠胚)騨無撮ee想ゆ羅圏楚尊蕪←  週藩麟暇寵蕪冊過過蚕蒲藩焉酬園 旺卜」躍 £ 皿。o藁_(\麗旺蚕鋤照巡寵面)躍薄司

鋼⑩)匹   oうr→い    一cq過過・麹脳蕪蕪蕪響蒲麟麟藩旺団ぐぐ{÷岳 器晒4R  (

 遡 冊 寸

o )) 過

 魯 楚想※墨翠魯) 簑灸ゆの

叢1・k麗9榊e週凋紳冊eK一強e員承〜細斡﹂蝋憾轟櫃羅聖藩

1縫  誕麗匝醍 皿晒頭顛罫に 雪ゆ一寸? 〜罧轟3駆自掻渥濯藁臨 鰹母母。q選母廿。うぴつ任蝋マoつ細・ 遺 課蝋遡 遜 顧櫃世無型藩等 專 母     終 皿皿1

蕪腿腿継継灘軽離蕪響誌e藩薄蟹盈<qコウ礁響却麟薄

c縫癬」瑠レ製鰹窪o軽課司禮鰻.細⑩冨£」誕ヤ剣想凋職蝿畷一麗颪ゆe製

踵ヤー過慧晩如邊ゆ躍黙一周鞍卜e

葡り息瓢榔掴課ゆ蒲磐睡1

争週)中

Il旨

F 誕趣ゆ

・寅浬掛簑一蝦.麗楚e即r舗掴蕪e﹄

、巡麺

息1﹄一紳e痙︵D憾匝無逆8逆酵淘良竃5 コm担旺騨eゆ

採纒 蝋恰

騒心

鰹蕃ぐ

週㊥◎

蝋過o纒糞

綱爵慧想 藁ト・罫

賑旺

温週

掛rド  o

想  週丑 冊一躍 o

週掛o

爆齢任 週駅_一…旺)輯 輯二嘱oe想輯 ミ群騨ゆ

瓢蝋 に藩

照口

温頭

。う

報  週灘升 醤馳寸

周膣

灘塀ぐ

綴 週灘許轡鷺顛

週掛マ

週掛の

週 週綴廿冊鰹

一〇う可・尽〜即温

斡母螺無・憾oq佃。つ

暉 麟 羅劇  橿Ψ    }

播涜 可母oう

週 粒掛任母

寸蓬寸. ら .赫 }(

麗ぐ針い

蟹邊濁に ︶oつo

櫃ごぬ奮λ鯉や週潔如冊霞_鴫署週.1鰍岳息

﹃ミレ

匹ミ1

縣旺

温晒製

罧  週鰹升 掛

罧 躰 魯鰹升∈井ぐ

渥灘

謎齢丹

罧 週鰹升掛

遡掛可

週醤の

蕪週掛ゆヤ翻想蝋惜

懸 週 冊 鯉

騒団

齢ぐ

8ξ OD寸

馴膣

題駆遜掛ぐ

博〇一

αD

りH

箪華宰

簿 撰_

哩過コ迦難暑蟹 麹一︶N誌 響學楚薄 藩︶

ooり一

 (

專躍蝶︶

 (

郭麟一囲圃コ︽︶

掛掛軸翼㈱撫び1團田︒H︽皿學N楚息綜週遡

可eq一

掛昏

8

当膣 賑旺

朴ぐ

寸㎝一

oσり一

eq

う目

㎝σり一

誕勝樫齢任

OD  O   マ   一

 Ω黛 oつ  o  寸r輔   一

 自⇒ O    N》    博F→     一

  ロ自 一     マ    マ     一  寵

  顛旺  団

e煽  (

郭︒︑灘oつ  調11ローo圃コ︽︶

曝霞耀禦

冊掛_環・ド

則蕪響圃租9eqH欺皿鰹N楚息燃週週︶

寸cq一

齢任

寸⊂¥1一

O     QD    oつ桝 甚H

 韓<  q⇒ ㊤  αD   σつ→   一

 口亀 0  0D 雪

 m

窪髄 寵緬 縣卜J

齢ぐ

周膣

韻麗藤磐ぐ

︾◎eq8過環壕躍︶

6◎oり8過瓢掬躍︶

o翁ぴり十︶

守 肝団紹過器転過過瓢類跳躍麹魯晒   饗震爲…蝋譜鋼 oo    cqODoつ    σつ

過環過躍類躍躍+  謬蕊藩器鴇薄鞠 雲雪⇒週卑樽掛躍+藁迦伍

藩晒皿 雲曽2翠瓢紳掛脳蕪過紐麟跳皿 1ミ

齢任

習圏

縣旺

聯ぐ o葛㊤つ鞠瑚8

謬緒軽朴∈

糟   ㊤  ゆ

 po マ  o   の

 P自 寸     り    LΩ

  的 §  §+環 +瓢興 等麹

  心 (        (  卑+ 礁+等 麟等旺  日

(     ( 卑

晒cq躍で)の)o  マH  eq

+蕪+

零薄斜旺 団

(    ( 轟

躍ω躍マ)oう)LQ  co−  N

+虞+

等麟認旺 団

珊岳

寸     くD    LQ  蕪

  薄<  m

寸o

の<q自

寸  o   の

 m

灘繭 謬麟

騒日

軸ぐ

888

圏還

黙継鄭聯ぐ

㊤翁マ十︶

0    0D     で  過  躍  響  穂 N  QO   寸

 逡躍 躍蕪響薄麟

oつ  o   マ 過 躍 響 曾8<o⇒

謬麟麟

9震<ρコ

響聴蒲

磐仔

週躍

騒旺

磐ぐ

8

鯉麗遜齢∈

8 寸    o寸⊇    ひこcq  蕪蕪  蒲藩  卜」旺 8 8 蕪 藩 トユ 鄭_

聖旨櫃週藩掛︶H

い、σ》

<o⇒

響蒲薄

卜自

くm

響薄麟

=ミ

聯岳

8888

樵麟 謎ー

縣卜﹂

8草離

o寸

q十

ヨ膣

灘藻誕⁝

3

︽N器等蕪麹・纏18圃

《N鞘

猷劉

聴8圃

騒肝

88綿8

聾   妬rく   無8綿88

則翻e堺計㍗臨蝋惜ゆト師毬 三撫粉裡藩卦艦轡略  N榔

(6)

教員養成学部のカリキュラムと教師教育第9号長崎大学教育学部教科教育学研究報告

ト照細無鯛︸掻怪ゆMW蕪eKO

OO

、、

、、

OO

り︸週掛e︵皿虞ゆ£腱養齢艦︶蕪薄簑週冊e屑やe如藩珊烈誕薄        ミゆ雑想怪麗K小へcq垣潔晦蓉蕪薫騨

糀麩レ餐駆頃9£暴一櫃麟藁騨想藩蝋誕駅

αD

トO ︑︑

、、

OO

︒腿審細幻ソ♪雑如レ過曝ρ榊過来暴櫛綴躍衡潅灘潔遷署蝋﹂︸望e柵嘩過果︵佃量・鞭囲︽︶佃無護1e巌翠.︶蝋一一蕪鯉竪巌盤.楚レρ誕想駆蝋・駕宙署蝋に蕪※

のゆ

、、、、σっ 、、NO

︵遡醤一藩灘潔庫署蝋櫃麟+遡醤寸瓢蝋に藩︶ゆ麺刃遡掛O潔感署蝋に藩

箏㊧£酬楚週掛ゆト瞭想課惜.灸喫ρも黛週冊H灸週掛郭躍租皿 HO

ゆ届鞄導鐘息怒母マ︶細楚細螺悔藩湿︒㊥鴫粕碍罫灸﹁二尋荊粋過曝楚椥嘩過来eせ迷幻臆圃︽eに藩謎−﹂ ︒ぺ浬農﹁製ゆ.一11坦掛一﹂e腿緊孟磐.楚︶の誕息馳蝋櫃藩 奪細簑く阜Kムゆヤ掬総甑息回爆.9妙斎鞍e幡1せ.鰍−伽.興−無.羅−置得心蝿e担昭︒︶﹂駆想鰹纏e獣摩蕊藩 OO

  ﹁︒ゆ虞£藤9掻︶﹂渕週冊e響薄.﹀層楚粒週珊e誌撫e奪齢任.一P¢聡喫﹂嘩趣︾﹂渕巡.類.楚週醤e屏㍗e蛭麟﹂ ゆ樋蟹灸冨経e二囁9鎖e週冊e申.︾三〇り篇寧e懸藩※

①寸

、、

αつ

駆宰罷置灸⊃掴蕗寸虚90週冊︒q卿em 担.<

粗.灸契二︶謁約罷匿週冊︒o快翠.楚顛組蕪聴緯.マ

トマ

︒逗o始りさ蝿ゆ冥範蒋幅刃︵煙麟趣︶ ︐灸雇㍗e鷲麟軽磐丑︶o穏足酬廿粁.卜O翼︶宴狛藩需 篇㍗e廼藩対母專.廿等.灸ゆニレ農£に9妬釧魯K認叶暮楚良ート郁㍗※

O寸

OO一ー I O一 ゆ ト oq一 〇っ ① oう一 三 一一 慣  呵製軽槽Oα〇一〇qN 一〇q 雪 ︒o ︒D ︒o O αD ト一 〇目 卜oq 一N  皿製過麹志 白︑薄 糠 嚥 鞘 量 螺⁝伽 馴 無 担 圃       瑞黙細囁製e過麹     ︒駆冨刃贈の︐一楚竣冊He鄭蝋佃薄製燭︒噸嘉㊧騰④灸遡母寝簑︵蘇自製緊籠跡︶鮮冊e血ゆに㌣鄭哩豊︾ρ謁﹃敵踵︒楚レニo息麹蝋櫃藩

      ︒ρ二︶o雑想楽二躍埋斑碍嘱e揮騨ρ需構.︶題踏層ゆ蝿e担騨世蛭.楚皿蕪罷膣e蕪騨寵藩巡麹     ゆ蝦姫如週掛㎝︒ヤ掬総甑レむ灸誕母一如艦蝋⑩e齢署.鼻翅︑聯﹄︸.騨鼻レむ£息樹畑掴測罷甑楚蕪騨蕪薄榊・﹁︑

ゆ寸 野寸

     ︵世oっ︶お冊寸     恥 鰍臼掴 蕪ミ    ︵母︒う〜N︶週掛一 ︵員齢・獣羅︶麹蝋掴藩         ゆ冥鞠昭懸灸題楽e陶蝋櫃麟

鰍懸息週掛マ㊧灸週掛㊤簑 翠蕪藩紬・マ廿噛釧過贈佃藩.騨白︑

oっ N寸

湘e円蚤巽養蕪週冊甦巡遊ハ皿藁臣腰e罧症暗oq十 ︵唖十︽︶櫃蒲謎i・     湘ゆ醒り雨週冊O灸週掛寒過俣e量迷る曝瀧圃︽権麟謎ー・      和二無初膨躰贈想罷卦       @層り︸献憾慰週鼎頃面灸遡冊亨爬週掛e麹蝋櫃麟

一マ

、、O寸

偲罫如︵麺二雑胸駒嘩餐息㌣嶺碁叶㎝如週冊e製振e皿誌裡量越迷.鵬圃孟に藩襲ー︶椥玉尋荊膨齢製ぐ量朴※

︒9咽母渥楚桐凄︒に鎗息罪邸母oう .罧温暗oう楚蕪騨柳ム・

①oう

       OT◎ 園白︑廿肛       ⑨T◎ 騨踏櫃薄   鰍榔り萄︸冊oq寸鐙灸週冊專簑無単冊翻G皿虞窪癖響麟e畑過躍誌蕪

︒9咽母渥垣輯醗.履畏ρに論想綴湿母︒う.罪鰹世oq楚蕪騨融ぐ    ゆ倉嘉想媒過則⑩.楚駆Ke週掛oo・過躍謹藩幻り噸ヤ嘩蔭㊧灸蕪辮過麹楚週冊cq一.Ke週冊〇一・過躍蕪聴       ゆ裏£止慌爬掴脈血輔eレニ○想巡早屡e皿オ脚環割 oDoう

卜oっ 週掛過︑螢 N マ  一 N Ψ N eq cq NN

迷珊 肛せ 慰鎌 蘇伽 H区 無 姻輯翠 寵騨 縮圃 掴細

皿蕪寵碑蕪藩鄭齢ぐ ﹁政累離緊籠卦轍齢齢×壇螺

櫃 葦 ︵匪斡鴫終※楚︾玉9想皿蕪総麩e蕪騨︶

纏 圃

 ︒ゆ如﹀如輔鷺濃榔罷e来週   ︵墨︒う︶噸昼瓢踏○胴週珊N々⑩u蒙鰹.罧橿母N梱麟蝋齢蝉.鼻剣刃麟蝋齢潔.剛鼻     本劇享藩誕碑牡マ※

 ︵慰︸.類︶酬 .鯛︸掛O︶蕪酬  皿蕪旺凧御蕪叔榊鄭掛4︑

Ooう

N 寸一

N

N

N

N

eq過.麹属躍

めσっ

Ooっ

eq

eqN

N

eq

N OH

N

eq過  .報

迷聯 櫃過 製騒 鄭恥 蛙H團区

鎌  蕪騨 掴柚 賦 粗 纏圃

櫃 葦 聴 圃

轟禦築︵週珊︒q︶卦剛自︑細螺 懸枳過踏e皿徒E櫛碇蕪

轟鯛粂︵遡購N︶潔儀C佃藩避掴

母︒う        嚇碧.      圏ぶ母N ︵藤蝋齢翠謎ー︶聯㌍.︵壕Φぶ埋颪︶尽姻  ︵○℃週醤ミ一中.麗盤︒う嶺蝋︶誌過蕪岬継齢・マ 寸αう

oっ 、、Nαつ 、、

    ︒喫o伴刃娼︸掛O皿寵描▽類瓢躍 ︒掴︸冊マN匝蕪﹃L紬過・嶺︑峡灘e㊧嘉申︒捉D糀匪榊過.蛍編躍e週醤oq々螂犠趣迷経齢湘櫃量製燭︒︵週掛N彰躍.週醤N過.嶺︶ゆ£轟裂姻神り薗蕪£碑 一〇っ

Oσっ

累寸 .︵世姻︶週醤N﹁藤蝋寵騨﹂ 職温母oっ・罧灘廿N   羅寸.週冊N︵欄罷︶ ﹁繕中蕪騨﹂ 罧寝鮭N

ON

αD

cqN

N寵 駆塒 寸

qcq 巡.螢

eq

N

eqNN

eq

N N N OH

NN

NN

Qq塒 oq

迷齢 H区 櫃量 鵬圏 蝋伽 裂嚥 蒼無 蕪騨    蘇   粗瓢頓巡曝e皿蕪匿紬

二雑ニレo鰹簑国寵掴懸

oD 卜N

、、ON

     構麩蕪藩︒oい継週冊寸足課湿世︒っ .過・報週冊oq一潔霞尊薄齢・﹃︑

     週掛N轟躍租皿刃週冊〇一皿蕪脛冊e碇藩一Ke起︑区.恥+蕪藩マ.巡.勾︵寸+寸×oq︶週冊o潮一寵藩耀期軽獅4・

頃N

週冊一や 綴灘・罧粗世H    潔墜枢藩蕪割鄭魯ム・

偶藩一ψ報粗母︒う・轟酬蒔N寵園妙︻・

マeq

遡  蕪  屏  ㍗ 翼  尋  過  躍

︵りろ︑任価蕪騨︶駕毒趣薄鄭魯ム・

︵り葛︑任如碇園︶蕪聴﹃匹榊軽聯4・

翼母磐K

魍榔e蝋螂

⊃刃︑心甚禦醤e碑騰樫融嘉朴佃薄卦︽婁略︒う榔

(7)

教員養成学部のカリキュラムと教師教育 37

昭和45年度に行われたカリキュラム改訂までの期間のカリキュラム編成にあたっては,

学部の特色を出そうと努力したり,社会的要求を消化しようとしたりする努力や意気ご みが「学部教育課程の手引」や「教育計画」そして「履習の手引」の中に見られるのであ るが,昭和47年度以降,教育大学協会や国立大学協会でさかんに議論されてきた教員養成 ないしは教師教育に関する方針等が,この学部の「履習の手引」に全く影響を与えていな いのは何故だろうか。個々の学部の教官がそれぞれ教員養成にむかってさまざまな考えを めぐらし,工夫しているはずであるのに学部として組織だった,また形として残るような 改善がなされていないのが現状である。

3.理科を中心とした小学校教科・教職科目の変遷

 当学部の教員養成カリキュラムの概要の変遷については上述したが,ここでは前述の報 告書等で多数の問題点が指摘されている小学校教員養成課程のカリキュラム(特に理科を 中心として)の変化をのべてみたい(表3参照)。前項の区分に従えば1期は小学校専門教 科,小学校各科教材研究ともに各教科2単位ずつ開講されていて,12単位が必修のよう である。しかしこの期は教科と教職単位のわけ方が十分には読みとれず,表2の単位 数は「学部教育課程の手引」から引用したのであるが,詳細については不明な点も多い。

しかし教科の単位が多いのは副免取得に便宣を図っているものと考えられ,読み替単位も 少なくない。II期に入って小学校専門科目と教職科目は明確に分けられ,各々の履習方法が 具体的に「教育計画」の中で示されている。小学校専門教科の履習は表3に示す通りである

が,理科に関していえば4単位必修であり,その内容は「理科各論」2単位と「理科実験」

通年2単位であった。教材研究は各教科共に3年前期講義1単位,後期演習1単位の形で 開講されて部り,この形態は皿期の終りまで続いた。教材研究といっても理科教育専任教 官が行うのではなく,、たまたまそのポストを占めた教官が自分自身の専門を多少わかりや すくした講義を行っていた状態であり,演習も専門の実験の中で教員に役立ちそうなも のを選んで行っていたようである。皿期は小学校専門教科の履習方法が変化した時期であり,

理科は4単位〜6単位〜4単位必修と変化し,社会は10単位〜8単位〜4単位必修という ように変化している。理科が6単位必修のときの授業科目は,理科各論1(物理2単位),

理科各論2(化学1単位),理科各論3(地学1単位)そして理科実験2単位であった。そし て昭和39年度入学生からは小学校専門教科の履習時期が3年前・後期に移行している。さ らにIV期では,小学校専門教科の必修単位が教育職員免許法施行規則で定められた最低基 準となり小学校専門理科も2単位に減少した。また教材研究は従来の形を改め,講義2時 間2単位とし,理科教材研究は3年後期に4教官で担当することになった。さらに昭和50 年度入学生から教材研究は現在行っているような国語一社会,数学一理科というペアを作

り,前期・後期に交互に受講させるシステムになった。なお理科教材研究が理科教育担当 教官が行うようになったのは昭和50年度からである。このように小学校専門教科について は教育免許法施行規則で定められた単位数の最低基準を充たしただけの出発時から,各科 の取得単位を増加させた時期,そして最低基準の単位数というように変化してきた。しか し特筆すべき点は,全国の数大学の中で行われている中学校課程用の授業課目を小学校専 門教科単位として読み替えることなく,正規の小学校課程の科目として開講してきた点は 大いに評価すべきである。教材研究について言えば,歴史的に軽んじられてきた傾向がみ られるが,これは小学校の教材研究の性格つまり教科教育の内容が正確に各教官に認識さ

(8)

38 長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第9号

れていなかった結果であると考えられる。この点に着目するとき昭和29年2月に書かれた

「教育計画」の初版の緒言はまさしく的を得ていると言わざるを得ない。

4.その他

 現在の選修制度は,その源を昭和33年度入学生からの小学校課程特修科に見ることができ る。これは卒論6単位のうちの2単位を特修課目の履習であてるということであったが,

昭和35年度入学生からは特修科目が増設され,昭和36年度入学生からは特別開設科目とな り卒論の単位とは分離されるとともに副免取得への道がひらかれ,昭和37年度入学の選修 制度へとつながっていく。この時に学芸学部規定細則の中で選修制度が副免取得と結びつ いていることが明記された。,このように選修制度は社会の要求や教員のあり方などと連動 しながら,結果的には学部カリキュラムの中で効率よく副免を取得する制度として確立さ れてきたのである。一方,ゼミナール制は学部カリキュラムの中ではIV期からあらわれた ものであり,その背景には大学紛争がある。しかし全国的にゼミナール制度を採用してい る例は少ないにもかかわらず,当学部で15年にわたって定着してきた原因はどこにあるの だろうか。一つは卒業論文作成の意義づけや位置づけと関連していると考えられ,また選 修一ゼミー卒論を通して個々の教官が真剣に学生の教育に取り組んできた点も評価されて よいであろう。しかし,卒業論文作成という目標達成の過程で一つの専門分野だけを注視 する余り,見えないでまた理解できずに終る分野も多いのではなかろうか。それが小学校 教員養成にとってベストであるとは言い切れないものを感じる。

 以上,長崎大学教育学部のカリキュラム編成の変遷をいくつかの点に着目してのべてき た。その中には資料が不十分な所もあり,簡単に結論づけるわけにはいかないが,個々の 大学教官の教員養成に対する努力を認めるとしても,社会の要求,これを外圧というなら ば,当学部のカリキュラムは外圧に常に先手をかけられ,その対応策に追われてきた部分 がかなり多いのではなかろうか。教師をいかに養成していくべきかといった学部内での指 針,これを内圧というならば,この内圧の高まりが少なくとも「履習の手引」や教授会の 記録の中に余り見るととができない。このような外圧に弱い体質をもちつづける限り,現 在問題になっている教員の資質向上に対する当学部独自の見解を示すことができないので はなかろうか。

全国各地の大学における教員養成カリキュラム

 上述のように長崎大学教育学部のカリキュラムの変遷を「履習の手引」を中心に調べる 過程で,学生に渡される手引書はそれぞれの大学の方針が具体的に示されているものであ ることを実感し,現在の当学部のカリキュラムの全国的な位置づけをかねて,全国各地の 大学の教員養成の方針を調査してみたいと考えた。もちろん各大学のカリキュラムを項目 毎にまとめた報告書㈲は本年も出されたのであるが,各大学・学部の教員養成の理念が あらわれた物に目を通し,その基本的な考え方を知ることを第1の目的にして,全国の教 員養成大学・学部のうち32大学・学部を抽出して,いわゆる「履習の手引」を送付しても

らい検討を加えた。その結果,中学校課程のカリキュラムは,各大学内の専攻課程毎に修 得単位数が異っている場合があることや,現在指摘されている問題点も比較的少ないこと を考慮して,ここでは小学校課程のカリキュラムについて(特に理科を中心として)述べ

(9)

教員養成学部のカリキュラムと教師教育 39

てみたい。

1.卒業に要する単位数

 全国32大学の卒業に要する単位数や卒論について調べた結果を表4として示す。この表 では長崎大学はNα23である。さて,卒業単位数の項をみればわかるように,教育職員免許 法を充たし,大学設置基準で定められた卒業の要件としての単位数(124単位)ぎりぎりで 卒業を認めているのは当学部の他に2学部あるだけである。調査した32大学・学部の卒業

に必要な単位数の平均は135単位であるから,当学部は授業科目数にして5〜6個少ないこ とになる。この差は主に教職科目の履習単位数の差によるものと思われる。また小学校専 門教科の要修得単位数には余り差がみられず,どの大学・学部も専修(選修)単位数と小 学校専門教科単位で,中学校の副免取得を考えているようである。また卒論に関していえ ば,卒論を義務づけていないのは2大学・学部だけであり,当学部の初期のカリキュラム のように卒業に必要な単位とは別枠の形で卒業要件として卒論を要求しているのは5大

学・学部である。

表4 全国32教員養成大学・学部の小学校課程における卒業に要する単位数

大学

卒 業 に 要 す る 単 位 数

備    考

一般教養 教 職 教 科 専修 卒 論 自由選択 卒業単位数

1 48 35 32 *4 1! 130 *卒論は提出しない

2 52 35 16 8〜10 6 5〜7 124

3 48 44 16〜20 24〜28 4 0〜4 140

4 48 32 16 10 4 22 132

5 48 45〜47 20 8〜10 6 7 136

6 56 30〜34 16 24〜32 6〜10 140〜148 *卒論は修得単位とは別扱い

7 52 38 22 16 6 6 140

8 56 36〜46 16 0〜10 22 140 *卒論は修得単位とは別扱い

9 56 40 20 4 18 138

10 48 32〜46 10〜16 0〜20 6 8 124

11 52 32 16 24〜30 6 130 *卒論は修得単位とは別扱い

12 52 32 16 16 8 12 136

13 54 36 16 *24 130 *選択単位と合わせて轟別枠

14 52 37 23 10 4 7 133

15 52 53 30 4 139

16 48 38 24 5 13 128

17 51 32 16 6 5 29 139

18 48 38 16 *30 4 136 *選択単位と合わせて

19 52 30 16〜18 20 4 13〜15 137

20 48 38 16 6 22 130

21 52 46 30 12 4 144

22 52 35 16 10〜36 4 2〜20 133

23 48 33 16 ユ3 4 10 124 *長崎大学教育学部

24 46 37 16 16 6 7 128

25 48 47〜54 25〜34 *4 129〜131 *必修と選択とがある

26 52 16〜18 20〜32 20〜36 10 2〜8 138

27 50 34 16 20 6 14 140

28 48 37 14〜16 24 8〜10 133 *卒論は修得単位とは別扱い

29 48 32 14 26 6 4 130

30 48 40〜48 12 20〜26 4 4〜6 136

31 38 54〜56 16〜22 26 4 138〜146

32 42 56 16 16 4 134

(10)

40 長崎大学教育学部教科教育学研究報告 第9号

2.教育実習

 教育実習についての調査結果を表5として示してあるが,この表からもわかるように,

教員養成の学部段階のしあげとして4年次だけに教育実習を行っているのは8大学・学部 にすぎず,教育実習を何回かにわけ,その成果を教員養成のカリキュラムの中ヘフィード バックしようとしている大学・学部は13(調査した大学・学部の40%)にものぼっている。

この傾向は昭和56年の日本教育大学協会の報告書に記述された状勢とは異っている。これ は各大学・学部ともに教育実習の改善をめざして取り組んだ結果であろう。またいわゆる 新構想大学では,教育実習が大学の1年次から課せられ,4年間のその総単位数は14単位 である。一方,教育実習を行う場所の調査では附属校のみを使用する大学・学部は10大学・

学部であり,%以上の大学・学部では協力校を持ち,教育実習を行っている。この場合,

    表5 全国32教員養成大学・学部の小学校課程における教育実習の実施状況

大  ︐学

主免の教育実習 大学 主 免 の 教 育 実 習

学 年 期問 単位

実 施 校 事前・事後指導

学年 期間 単位

実 施 校 事前・事後指導

1

年34 週32 32 附属・協力校 *オリエンテーション,観察参加 18

年4 週6

6 附属 *教育実践演習…3年,①

(実践指導センター教官)

2 34 14

5 附属・協力校

*基礎実習前指導(集中①)*実地実習後指導 19 3 4 4 附属 *応用実習(4年②)選択

20 34

4

*5 附属 *事前指導(3年と4年の間)

 2週間,附小教官等

3 234 42

5 附属・協力校 21 34 15

4 附属・協力校 4 4 5 4 附属・協力校 *事前指導実践研究3年①

22 234 232 232 附属・協力校

5 34 14

5 附属 *実習の中に観察参加(オリ

エンテーション)を含む

6 4 4 4 附属・協力校 23 4 4 4 附属 *教育実地研究総論(観察・

加を含む)・・3年

7 ∩∠34 22.52 222 附属・協力校

践指導セン

24 34 32 32 附属・協力校 *事前指導 土曜日2回

8 34 22 22 附属・協力校 *事前指導。集中(2日) 25 34 33 22 附属・協力校

9 QJ44 222 222

附属・協力校

26 3 4 4 附属・協力校

27 33 24 *1 附属・協力校 *観察参加(3年前期)1単位*事前実習(3年前期)0単位

10 3 4 4

附属・協力校 *観察参加・2年,3日 前学習・3年,8回

後学習…3年,2日 28 4 5 附属

29 4 5 4 附属・協力校

11 4 4 附属・協力校

30 3 5 4 附属

12 4 4 4 附属・協力校 *事前指導・3年,5日

31 123442.34 1242222 242222 附属践教育センタ} *2,3は教育工学実習

13 4 5 4 附属・協力校

14 334 51 *1

1 附属・協力校

*教育実習基礎研究・・3年    半期1単位

15 344 115 附属

32 12343.424 1142222 附属・協力校

校教育ヒンター

16 34 42

4 附属・協力校

17 34 15

4 附属 *3年次は観察・参加

参照

関連したドキュメント

とに気付かせる。」また,5年生の内容として「魚などの活動及び,卵のかえる様子を調

教職課程 1.教職課程について 卒業後、教育職員を志望するものは、「教育職員免許法」に定める教育職員免許状を取得する 必要があります。そのためには、卒業に必要な所定の単位を修得するとともに、所要条件を満たし、 かつ所定の単位修得し、申請することが必要になります。 2.修得できる免許状について

コミュニケーションセミナーⅠ 1 単位 コミュニケーションセミナーⅡ 1 単位 卒業に必要となる修得単位数が上記 8

の学校の通常の課程を卒業し、又は修了したものとみなし、それぞれそ

定める免許法の規定科目から,中学校教諭1種免許状を取得する場合は必修科目 27単位,高等学校教諭1種免許状を取得する場合は必修科目23単位を修得しなけ ればならない。 (教科及び教科の指導法に関する科目) 第16条 中学校教諭1種免許状(社会)を取得する場合の教科及び教科の指導法 に関する科目の単位は,人間社会学部規程別表Ⅱに定める免許法の規定科目か

教職課程 1.教職課程について 卒業後、教育職員を志望するものは、「教育職員免許法」に定める教育職員免許状を取得する 必要があります。そのためには、卒業に必要な所定の単位を修得するとともに、所要条件を満たし、 かつ所定の単位修得し、申請することが必要になります。 2.修得できる免許状について

◆ 免許法全般 ◆ 1 「相当学校の教員の相当免許状」とはどういうことですか。 次表のとおり、各校種において教授可能な免許状です。 校種

別表(5) 教職課程科目(健康栄養学科) <栄養教諭一種免許「栄養に係る教育に関する科目」> ●単位数 4単位 ●専任教員数 (合計) 0人