香 川 大 学 経 済 論 叢 第
8 1
巻 第4
号2 0 0 9
年3
月1 ‑54
メーカーと大規模小売叢者間における 取引関係の変化
日用雑貨品業界をケースとして考察ー一
藤 村 和 宏
は じ め に
市場環境の変化や
I T
の発展,外資の参入などによって,メーカーと大規模(1)
小売業者間の関係は変化している。日用雑貨品業界でも,チェーン展開をする 大規模小売業者の成長による小売段階における集中度の上昇,新業態の出現,
市場の成熟化に伴う小売段階における業態内および業態間競争の激化,市場変 化への対応の遅れによる大規模小売業者の収益性の低下などによって,大きな 構造変化が起こっている。この変化の中で,メーカーは卸売業者や小売業者と の間における取引制度の改定を進めるとともに,チャネルの再編成,大規模小 売業者との間における協調的関係の形成などを進展させている。
メーカーと大規模小売業者の間においては,取引条件やチャネルシステムに おけるリーダーシソプをめぐって激しい対立的関係が存在していたが,近年で はそのような対立的関係が存在する一方で,協働でのプライベートブランド
(以下では,
PB)の開発,サプライチェーン・マネジメント(以下では, SCM)
に代表されるような取引における垂直的な協調的関係の構築,カテゴリー・マ ネジメントと呼ばれる小売店頭での売場づくりでの協働関係の形成などが行わ れている。本稿は,このようなメーカーと大規模小売業者との間における関係の変化を
(1) 本稿では,ヘアケア商品やスキンケア商品などの化粧品も日用雑貨品に含めている。
‑2‑ 香川大学経済論叢
5 4 0
日用雑貨品業界における取引制度改定の観点,および協働でのPB
開発やカテ ゴリー・マネジメントの展開の観点から考察することで,変化の現状,変化を 導いた直接的要因,変化を加速させている要因などを明らかにすることを目的としている。なお,取引制度改定について考察するのは,取引制度は「チャネ ルシステムに属するメンバー間の関係のあり方を集約的に示す,制度的ないし
(2)
は規範的な『契約の束』」であるので,関係の変化を理解する重要な手助けと なると考えられるからである。また,メーカーと大規模小売業者との協働によ る
PB開発やカテゴリー・マネジメントを考察するのは,両者の関係が対立か
ら協調へ移行しているとの認識は現実を反映しているものなのか,を考察する ためである。このような考察を行うために,日用雑貨品業界の主要メーカーであるプロク ター。アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社(以下では,
P&G),
ライオン 株式会社(以下では,ライオン),および株式会社資生堂(以下では,資生堂)の
3
社に対してインタビュー調査を行なった。本稿では,この3
社における取 引制度改定の歴史とそれを尊いた要因を考察することで,上述のような問題を 明らかにしたい,と考えている。I .
日本的取引制度の成立前提の崩壊1 9 9 0
年代以前の我が国の取引制度は,欧米とは大きく異なった特徴を持っ ていた。取引制度には,メーカーがどのような資格要件を持つ流通業者を自らの直接 の取引相手として処遇するのかという「顧客の規定」と,その顧客と取引を行 う場合の「基本的価格体系」,および制度的に提供することになる「制度的価 格管理費」としての割引やリベートなとが含まれる(根本,
2 0 0 1 )
。我が国の 場合,「顧客の規程」では,メーカーが直接的に取引する一次卸売業者を代理 店(あるいは特約店)と呼び,その下位の卸売業者を二次店と位置づけ,代理(2)
渡辺達朗( 1 9 9 6 ) ,
「小売企業による新取引制度の評価とメーカーとの関係性志向性一スーパー調査に基づく実証研究(1)‑」,『流通情報』,
1 9 9 6
年9
月号,1 4 ‑ 1 5
頁。541 メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化 ‑3‑
店(特約店)を通して間接的に処遇してきた。また,「基本的価格体系」とし ては
3
段階建値制を採用し,「制度的価格管理費」としては表1
のような割引 やリベートなどを導入していた。そして,この代理店(特約店)制,建値制,およびリベートの
3
要素が日本的と呼ばれる取引制度を形成していた。しかし,
GMS,
コンビニエンスストア, ドラソグストアといったチェーン 展開をする大規模小売業者の成長によって, 日本的取引制度の前提となってい た小規模分散的な小売構造が崩壊していった。さらに,1 9 9 0
年代を通じて小 売段階において業態内および業態間競争が激化し,日用雑貨品の小売価格が傾表1 メーカーのチャネル・メンバーに対する支出分類 基本的性格 分 類 支払対象 内 容 代 表 例
小売業との取引に対する基本手数料 販売機能手 卸売業向け 二次卸との取引に対する帳合手数料 数料 物流業務が発生する取引に取引に対する配
送協力金(分荷手数料)
期間リベー 卸売業向け 期間(年間 半期等)の販売実鎖や貢献度 卜 小売業向け に対する割戻し(謝礼金)。累進性のもの
と定率のものがある。
制度的価格管理特 目標達成リ 卸売業向け 年間の販売契約による販売目標を達成した
(補完的価格制度) ベート 小売業向け 場合に支払われる割戻し
発注ロ;;トがまとまり,物流究が低下した 場合に支払われる物流条件割引
購買機能割 卸売業向け EOS発注等によってメーカーの受注コス 弓
I
小売業向け トが削減されることに対する発注条件割引 決済サイトの短縮等によってメーカーの賽 金コストが削減されることに対する決済条 件割引個別の販売促進企画を対象とする販売促進 販売促進翡 卸売業向け 費。チラシ協賛金のように取引に対して固 小売業向け 定喪的な色彩の強いものと,娯品のように 能動的販売促進毀 変動役'的な色彩の強いものがある。
値弓
l
き 卸売業向け 販売価格を直接修正する,変動喪的な色彩 小売業向け の強い値引き卸売業向け 流通業が決符時に求める協賛金
受動的販売促進喪 協賛金 小売業向け 料金の設定などに問題のある物流センター フィーの補填
出所)根本 (2001) と高橋 (2001) を参考に作成。
‑4‑
香川大学経済論叢 542 向的に下落したことで,多くの小売業者や卸売業者の収益性は悪化した。さら に,小売段階での価格下落に伴って,メ・ーカーもその補填としての販売促進費 の支出が増加したことから,収益性が悪化した。このような状況の中で,大規 模小売業者はコスト削減を図るために,メーカーとの直接取引を志向し始め た。これに前後して直接取引を志向するコストコやカルフルールなどの欧米系 小売業者の参入が加わったことから,1 9 8 8
年のP&G
の取引制度改定を皮切りとして,次々と他メーカーでも取引制度改定が行われている。
以下では,取引制度改定の引金となった日本的取引制度の前提であった小規 模分散的な小売構造の崩壊について考察し,次章では
P&G,
ライオン,およ び資生堂の3
社の取引制度改定を時系列で分析することで,それ以外の促進要 因としての事業戦略や流通(チャネル)戦略の変化について考察したい。(1) 小売段階における集中度の向上による代理店の役割低下
従来の日本的取引制度(代理店制・建値制 リベート)は小規模分散的な小 売構造を前提に設計されていた。しかし,チェーン展開をする大規模小売業者 が成長し,小売段階での集中度が高まることによって,メーカーの期待通りに は機能しなくなった。
小売段階における集中度が低い時代には,配荷率極大化という戦略目標の実 現において,代理店はメーカーの流通戦略にとって重要な存在であった。メー カーは代理店との関係をベースに,パワー資源としてのリベートを行使するこ とで,チャネル"メンバーを統制していた。しかし,チェーン展開をする大規 模小売業者が成長し,小売段階での集中度が高まる中で,代理店の役割の重要 性は低下していった。
また,代理店はメーカーによる販売エリアの調整や標準的な再販売価格の提 示を尊重していたが,大規模小売業者が広域で店舗展開を行うとともに,本部 集中仕入れを進めたことで,エリア別の代理店では対応できなくなった。この ことはまた,代理店間における価格競争も発生させた。さらに,日本的取引制 度の前提として,明示的な契約の有無にかかわらず,メーカーと代理店との間
543 メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化
‑5‑
では機能分担関係が規定されていた。つまり,メーカー自身が遂行する機能と 代理店に期待する機能が明示され,代理店が分担遂行する機能に応じて制度的 に支出が行われていた。しかし,チェーン展開をする大規模小売業者の成長に よって,メーカー自身が大規模小売業者と商談を行ったり,カテゴリー"マネ ジメントに代表されるような店頭活動を行わざるを得なくなり,代理店の機能 領域は狭くなっていった。
(2) 小売段階における価格競争の激化による建値制の崩壊
1 9 8 0
年代までは,大規模小売業者が展開する価格競争によって生じた建値 と実勢価格の乖離は,メーカーからの補填によって調整されていた。メーカーからのチャネル・メンバーに対する支出は,根本
( 2 0 0 1 )
による分 類を参考にすると,表1
のように大きく「制度的価格管理費」,「能動的販売促 進費」,および「受動的販売促進費」に分類することができる。「制度的価格管 理費」はメーカーが流通業者との取引を効果的かつ効率的に展開するために制 度的に行う支出であり,メーカーが主体的に行うものである。「能動的販売促 進費」は販売促進を目的とするが,制度化されていない支出であり,「受動的 販売促進費」は取引との合理的な関係が希薄な支出である。また,この「能動 的販売促進費」と「受動的販売促進費」は,メーカーが主体的に支出するとい うよりも,大規模小売業者のハイイング・パワーや情報力を背景とした交渉カ によって引き出されている。さらに,メーカー間の販売競争が激しくなる中で,競争的に支出されるようになっている。
メーカーは制度的価格管理費と能動的販売促進費を弾力的に用いることに よって,建値と実勢価格の乖離を調整していた。しかし,小売段階の実勢価格 が希望小売価格を恒常的に大きく割り込み,さらに希望卸売価格を割り込む事 態にまでなった。希望小売価格と実勢価格との乖離が大きくなり,何割引とい う表示が常態化すれば,ブランド・イメージの低下は避けられないことから,
乖離の解消が必要とされた。しかしながら,消費者が小売価格水準はブランド の品質水準を暗示していると理解しているならば,実勢価格に合わせて希望小
‑6‑
香川大学経済論叢5 4 4
売価格を下げることは,ブランドの知覚品質を低下させる危険性があった。さらに,希望小売価格を下げる場合,流通業者がマージンを確保できるようにメ ーカーからの出荷価格も引き下げざるを得なくなるが,このことは出荷価格を ベースに売上げを計上しているメーカーにとっては減収を意味していた。
このようなことを背景として,建値制による希望小売価格に代わって,オー プンプライスの導入が進んでいる。
(3) リベートの機能不全と既得権化
メーカーのパワー資源としてのリベートは大規模小売業者の既得権と変容 し,低価格販売のための値引き原資として用いられるようになった。
メーカーからのチャネル・メンバーに対する支出は,表
l
のように大きく「制度的価格管理費」,「能動的販売促進費」,および「受動的販売促進費」に分 類できるが,大規模小売業者の交渉力を背景として,従来の制度的価格管理費 に加えて,他の
2
つの販売促進費も恒常化・肥大化していった。さらに,これ らの支出はメーカ—の意図から離れて運用され,低価格販売のための値引き原 資として使われるようになった。このようにリベートはメーカーが伝統的に期 待してきた価格維持機能や販売促進機能を果たさなくなったことから,チェー ン展開をする大規模小売業者に対する営業活動と流通戦略の見直しが必要と なった。また,小売段階での低価格競争の進展によって実勢価格が低下し,大規模小 売業者がこれを補填することを目的として交渉力によって卸売価格の引き下げ を要求した結果,実際の卸売価格が希望卸売価格を下回る事態に陥り,卸売業 者も必要なマージンを確保できなくなっていた。これに対してもメーカーは,
卸売業者のマージン確保のために,制度的価格管理費において割り増し率や割 引率の拡大を行わざるを得なくなり,メーカーの支出はさらに増大していた。
しかし,このような経緯で増加した卸売業者に対するリベートなどの支出は,
卸売業者のマージン保証としては機能しても,価格維持機能や販売促進機能は 果たさなくなっていた。むしろ,低価格競争を継続させる結果となった。
545 メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化 ‑7‑
同様なことは,メーカーが売上高を作るために,小売店頭での特売比率を引 き上げることによっても起こっていた。メーカーは特売のために卸売価格を引 き下げるが,その引き下げ分は事後的に卸売業者に支払わざるを得なかったた めに,能動的販売促進費も拡大していた。
I
I .
メーカーの事業戦略・ 流通戦略の革新と 取引制度改定日用雑貨品業界でも,日本的取引制度(代理店制・建値制・リベート)の前 提となっていた小規模分散的な小売構造が崩壊したことで,取引制度改定の引 き金が引かれた。これにいくつかの要因が加わることで,改定は促進されてい る。その促進要因としては,日米構造協議においてなされた日本的商慣行に対 する批判や,公正取引委員会による取引制度における透明性の確保要請を挙げ ることができる。さらに,消費者ニーズの多様化や新業態の出現によるチャネ ルの多様化によって各メーカーともブランド数を増やしたが,コア・ブランド が育っていないという問題が生した結果,ブランド戦略の見直しが必要とな
り,それとの関係でも取引制度改定が必要となっている。
このような状況の中で各メーカーは次々と取引制度改定を行ったが,その影 響はメーカーと卸売業者との間における取引関係だけでなく,メーカーと小売 業者(特に,大規模小売業者)の取引関係や卸売業者と小売業者の取引関係に まで及んでいる。さらに,この取引関係の変化によって,メーカーと大規模小 売業者の間には協調的関係も形成されている。
ここでは,
P&G,
ライオン,資生堂の3
社の取引制度改定をそれぞれ時系 列で分析することで,取引制度改定の目的,改定内容,改定による取引関係の 変化,およびメーカーと小売業者(特に,大規模小売業者)との間における協 調的関係の形成などについて考察したい。なお,図1
のようにメーカーによっ て流通戦略が異なっていることから,P&Gとライオンは卸売業者との関係に
おける取引制度改定が中心となっており,資生堂は小売業者との関係における 改定が中心となっている。‑8‑
香川大学経済論叢5 4 6
日用雑貨品メーカー 中間流通業者 小売業者
GMS 食品スーパー コンビニエンスストア
ドラソグストア ホームセンター
百貨店 系列小売店など
図1 日用雑貨品メーカーのチャネル形態
また,根本
( 2 0 0 1 )
が指摘しているように,取引制度はメーカーの流通戦略 に属するものであり,さらに流通戦略は事業戦略の下位戦略であるので,取引 制度改定はメーガーの事業戦略および流通戦略の革新と合わせて検討される必 要がある(図2
参照)。事業戦略の革新を伴わない取引制度改定は上位の戦略 との圃輛を来すだけでなく,チャネルシステム内の他メンハーに受容されない ものともなるからである。したがって,3
社の取引制度改定も,外部環境変化 による事業戦略や流通戦略における目標の変化との関係で考察していきたい。事 業 戦 略
内
'
外
部
環
境 境
I ← →
相互作用関係‑吟・
一方向作用関係I
図
2
取引制度変更に影響を及ぼす要因547 メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化 ‑9‑
(3)
(1) P&Gの事例
P&G
は卸売業者を活用した流通戦略を展開しているので,同社の取引制度 改定は日本への参入時に引き継いだ卸売業者との関係にかかわるものから開始 し,「透明性」,「公平性」,および「簡素化」を基準として効率化を推進してい る。1999
年に禅入され現在も用いられている新取引制度は,小売業者との直 接取引への対応を含めて,効率的なサプライチェーンの構築を目指すものと なっている(表2
参照)。以下では,表2
の順序で取引制度改定の変遷を考察していきたい。
表2 P&Gの歩みと取引制度の変遷 1969年 日本サンホーム設立
1972年 P&Gサンホーム設立
1984年 P&Gファー イ・ースト インク設立 1985年 3ヶ年経営計画「ー大飛躍」
1986年 中核卸店制度導入 1988年 取引制度改定 1991年 取引制度改定
1993年 日 本 本 社 神 戸 テ ク ニ カ ル セ ン ダ ー 設 立 1994年 バリュープライシンクの考え方導入 1995年 取引制度改定
1997年 BDF導入 1999年 新取引制度導入
①
1 9 8 5
年の3ヶ年経営計画「一大飛躍」
現在の
P&G
は,1 9 7 2
年にP&G
サンホームとして設立された。これは,1 9 6 9
年に第一工業製薬,旭電化工業,およびミツワ石鹸の3
社が共同で設立した販 売会社・日本サンホームとP&G
とにより合弁会社として設立されたもので(3) P&Gのケースは主に2008年3月28日に実施したインタビュー調査に基づいて作成し た。インタビューにお答え下さった同社のCBD/営業統括本部のマネージャー(当時)
樽村文信氏,アソンエートデイレクター(当時) 友田光泰氏, CBD営業統括本部 佐 久間淳成氏には,ここに感謝いたします。
‑JO‑ 香川大学経済論叢
5 4 8
あった。第一工業製薬と旭電化工業が保有していたブランドはすべてP&G
サ ンポームに引き継がれ,日用雑貨品の製造・販売会社としてスタートしている。当初の
1 0
年間は,オイルショ;;クによる洗剤価格の高騰や競合商品の影響 などによって赤字が継続したことから,状況の改善を目的として,1 9 8 5
年に「一大飛躍」のための「
3
ヶ年経営計画」を開始している。この計画の柱の一 っとして,流通戦略をより競争力のあるものにすることを掲げ,1 9 8 6
年から 中核卸店制度の禅入を正式に開始している。そして,これが同社における日本 での最初の取引制度改定であった。中核卸店制度の導入の背景には,チャネル のすべてを日本サンホームから引き継いだために,代理店と二次店の数が非常 に多いということがあった。当時のP&G
の売上げは3 0 0
億円程度であったの に対して,代理店は3 5 0
店もあり,単純に平均すると代理店1
社当たり1
億円 程度の売上高しかなかった。しかも,それらの代理店がそれぞれに同じ商品を 持って小売業者への営業を行っていたために,卸売段階での価格競争も発生し ていた。このことから,代理店を1 2 5
店に絞り込み,2 , 0 0 0
店あった二次店も4 0 0
店の特約店として集約化している。なお,この絞り込みにおいては,地域 的分布,地域の主力販売店をカバーしている程度,将来性,取扱商品カテゴリ(4) (5)
‑, P&G
との取り組みに対するトソプの意思表示(親派性)などを基準とし たとされる。中 核 卸 店 制 度 の 禅 入 と 同 時 に , ナ シ ョ ナ ル ア カ ウ ン ト 支 店 と
TSE ( T o t a l S y s t e m E f f i c i e n c y )コンセフ゜卜も導入している。ナショナルアカウント支店は,
当時成長していた全国チェーンの量販店本社に対応する支店であり,同社の営 業部門のナショナルアカウントという組織内に設置されている。それ以前は,
(4) 日用雑貨品業界の卸売業者には,荒物問屋,油問屋,紙問屋,洗剤問屋,化粧品問屋 などの流れがあるが,当時のP&Gの 主 カ カ テ ゴ リ ー 商 品 は 洗 剤 と 紙 で あ っ た こ と か ら,洗剤問屋と紙問屋を中心に選定を行っている。その結果,当時,化粧品問屋は問屋 としては有力であったが,代理店の対象外とされている。
(5) P&Gには最適化 効率化を実現するという考えがあるが,それを評価する卸売業者と 否定的な見方をする卸売業者があったことから,一緒に仕事をしていく上で, P&Gの考
え方に理解を示してくれることも選定の甚準としている。
5 4 9
メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化 ‑J]‑同社の営業が担当の卸売業者を回り,卸売業者が小売業者を回っていたが,全 国チェーンの量販店本社だけは同社の営業が別部隊で直接回るように変更して いる。
また,
TSEとしては,それ以前にはできていなかった卸売業者から発注を受
けてから2 4
時間以内に納品をできる体制を確立するとともに,それにあわせ(6)
て全国に
2 0
数ヵ所のDC ( D i s t r i b u t i o n C e n t e r )
を設立している。② 1 9 8 8
年の取引制度改定の背景と内容中核卸店制度の導入にあわせて,
1 9 8 8
年には取引制度改定を行っている。これ以前は日本サンホームの持っていた取引制度を用いていたが,これは相対 取引的な制度であったことから,標準化を図るために「透明性」,「公平性」,
および「簡素化」という
3
つの基本原則を導入している。この基本原則より,すべての取引先に対して同じ取引基準を提示するように変更し,価格表も製販 価格(メーカー仕切価格)に一本化している。
さらに,「卸店向け取引制度の明確化」と「小売店向け販促制度の新設」も 行っている。卸店向け取引制度の明確化では,制度としてインセンティブを支 払う項目を厳密に作成し,それに対して条件をつけるという方法に改定してい る。インセンティブとしては「金利引き (2.0%)」,「無返品奨励金 (0.3%)」, 最低発注数量単位を
1 0
ケース以上とする「配送効率化奨励金」を設け,整理 できないものについては「パフォーマンス・インセンティブ」としてまとめて いる。金利引きについては,当時は手形決済が普通であったことから,現金決済を 条件にインセンティブの支払いを明示している。無返品奨励金については,当 時は売れ残ったら返品するという業界慣習があったことから,返品をしないこ とを条件に支払うようになっている。配送効率化奨励金はかたちとしては現在
(6) 現在は,商品カテゴリーによって異なるが,当時と比較可能な日用雑貨品に関しては
5
ヵ所に減っている。ただし,取扱商品カテゴリーが広がっており,それに伴ってカテ ゴリ・‑別のDCが増えている。‑12‑ 香川大学経済論叢
5 5 0
まで引き継がれているが,配送ロソトの単位で値引きを行うものである。製販 価格を一本化し,1
ケースの仕入れでも1 0 0
ケースの什入れでも価格は同じと したことから,配送効率によって価格を変えるという考え方の導入であった。もう一つの小売店向け販促制度の新設では,それ以前は卸売業者にだけ販促 金を支払っていたが,その使途が不明であることへの対応として,
P&G
の営 業が管理して小売業者に値接支払う販促金制度を設けている。いわゆる販売目 標達成リベートや,特定(戦略的に重要な)量販店にのみ適用される販売促進 費である。以上のように
1 9 8 8
年の取引制度改定は,明文化されたルールのない世界へ の明文化した)レールの禅入であった。この背景には,米国では,法律によって 取引先ごとに条件を変えることは禁止されていたことから,取引ごとの取引羅 によって価格が決定されることが明文化されていなければならない,という発 想が存在していたことがあった。日本のメーカーの場合,現在でも,内規とし ては取引基準を持っているか,それらを印刷して取引先に提供できるところは ほとんどない状況であるが,P&G
はこの時点から取引基準に価格表(現在は 電子化)を付けて配付するようになっている。なお,他メーカーにおいて明文 化されていないのは,交渉によって納入価格やリベートが決まることから,取 引先によって納入価格やインセンティブ金額が異なることに原因があるとされ る。つまり,取引交渉において値下げやリベートを要求する取引先に対しては それらを提供するが,要求しないところには提供しない構造になっているから である。このように日米で取引の発想や制度が大きく異なっているのは,日本 では長い歴史の中で信用取引が形成されたのに対して,米国では市場形成の歴 史が浅く,そこには様々な人が参加し,見知らぬ人とでも取引を行わなければ ならなかった,というような市場取引の歴史の違いにあると考えられる。また,このような取引制度改定によって,条件の良くなる卸売業者と悪くな る卸売業者が生まれたことから,当然のこととして条件の悪くなる卸売業者か らは反発があったとされる。しかし,
P&Gとしては取引先と一緒に成長する
ことを志向し,卸としてこれから伸びていくために必要な部分にインセンティ551 メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化 ‑n‑
ブが厚くなるように改定を行っていたので,成長のために基準をうまく活用す ることを期待していた。つまり,ある程度ビジネスモデル的な考え方を導入し ており,このことは次の
1 9 9 1
年の取引制度改定ぐらいからより明確になって いる。③ 1 9 9 1
年の取引制度改定1 9 9 1
年当時はバブルのピークであり,コンビニエンスストアが非常に伸び ていた時代であった。また,物流費が高騰していた時代でもあったことから,物流効率の向上を目的として取引制度改定を行っている。この改定は
1 9 8 8
年 の制度をベースとして行い,配送効率化奨励金の最低発注数景単位を1 0
ケー スから2 0
ケース以上に引き上げている。また,小売店舗への直送に対して提供していた直送奨励金は,小ロ;;トでの 直送は非効率である上,交通事情が悪くなり,物流費も高騰していたことか
(ii
ら,廃止している。直送奨励金を設けた当時は,
GMSとドラ;;グストアは同
社の主カチャネルであり,特にGMSとの取引を強化したい時期であったこと
から,GMSの各店舗への直送を促すことを目的としてナショナルアカウント
(8)
支店を通じて提供していた。
一方で,卸売業者に対する「工場直送奨励金」を新設している。
1 9 8 0
年代 後半頃から,先進的な卸売業者はロジステ;;クス・サービスを標榜して大規模 な物流センターを保有し,小売店舗に対して小ロ;;トでも納品できるように ピ;;キング精度を上げていた。そのような卸売業者にとってメリ;;トのある制 度にするために,配送効率化奨励金の他に,工場から1 0
トン車一杯で直接什 入れることで提供する工場直送奨励金を設けている。(7) 小売店舗への直送をすべて行わなくなったわけではなく, 20ケース以上での直送は 行ったが,直送奨励金は廃止している。
(8) 当時のP&Gはまだ主カメーカーに成長していなかったために,店頭に同社の商品を 並べてもらうには大変な苦労があった。しかし,同社から小売店舗に直送し,直送奨励 金を提供することによって店頭プロモーションとしての山栢みも可能になったことか
ら, GMSの各店舗への直送を促していた。
‑14‑
香川大学経済論叢 552④ 1 9 9 5
年の取引制度改定1 9 9 5
年の取引制度改定では,「トータルシステム効率化」と「バリュープラ イシング」という考え方を導入している。「トータルシステム効率化」の推進では,配送効率奨励金の最低発注数鼠単 位を
2 0
ケースから5 0
ケース以上に引き上げ,奨励金提供の単位を1 0 0
ケース 以上,2 5 0
ケース以上に設定している。さらに,6 0 0
ケース以上の大口発注に 対しては,3
営業日前までの発注ならば「特別奨励金」を提供するようになっ(9)
ている。なお,最低発注数量単位のケース数はその後
1 0 0
ケースに引き上げて いるが,その背景にはこの時期から洗剤や紙おむつ,生理用品に加えて,ヘア(10)
ケア商品の販売も本格化し,取引規模が拡大していたことがあった。取引規模 が拡大したことから,卸売業者も無理なく大口発注が可能になっていた。
「バリュープライシング」という考えは,当時は不景気の時代であり,ビジ ネスの課題としてコスト効率が強く要求されていたことから,
1 9 9 4
年からマ ーチャンダイジングや販売政策において導入していた。特に洗剤は安売りの対 象になりやすかったことから,オープンプライス制へ移行し,価格は製販価格 のみとしている。これに伴い,小売(店頭)価格の下落に対して提供していた 販促金は廃止し,すべて製販価格に織り込んでいる。このような状況におい て,スケール、メリソトを活かして低コストで活動できる卸売業者が有利なか たちで奨励金を受けられるようにするために,前述のような配送奨励金の段階 化や特別奨励金なとを設けている。また,簡素化のために,1 9 8 8
年の制度改 定で設けた現金決済奨励金と無返品奨励金は廃止し,製販価格に織り込んでい る。その結果,全商品の製販価格は引き下げられている。(9) ケース数は同し商品の発注数でなく,すべての商品の発注数である。当時,国内にエ 場が4ヵ所, DCが約20ヵ所あったので,すべての商品は一旦DCに集めてから仕分け を行い,混載してエリア内の卸売業者の物流センターに配送していた。
(10) 1986年は売上規模で300億円程度であったが, 89年の段階では850億円, 95年 の 段 階(この頃から正確な数字は公表されていない)では89年に比べて1.5倍 以 上 に 拡 大 していた。この拡大を支えた主要因は,生理用品の「ウィスパー」,ヘアケア商品の「パ ンテーン」や「ヴィダルサスーン」などのヒソトであった。
5 5 3
メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化‑]5‑
⑤ 1 9 9 7
年のビジネス・デイベロップメント・ファンド(BDF)
の導入1 9 9 5
年の取引制度改定の目的はP&Gと卸売業者との間における取引制度の
簡素化・効率化にあったが,1 9 9 7
年度の取引制度改定は同社と小売業者との(11)
間における取引制度の簡素化を目的としていた。
具体的には,
1 9 8 8
年の取引制度改定で新設した販売目標達成リベートや特 定量販店向けの販売促進費などの複数の販促金制度を,その他の一般的な販売(12)
促進費(卸売業者経由で支払っていた店頭価格値引き向けなど)とともに,
BDF
と呼ばれる販促金制度に一本化(簡素化)している。この制度改定では,特定 醤販店向けの販売促進費はBDF
というかたちで継続したが,販売目標達成リ ベートは廃止している。ただし,それまでの特定量販店向けの販売促進費は,値引き販売やチラシ広告投入のたびごとに要求に応じて提供していたが,
BDF
では事前に半年間の総額を決定するというものに変更している。BDF
は,半 年ごとにそれに続く半年間の販促金の総額を提示するもので,季節変動の影響 も考慮して,各小売業者の前年同期の半年間の売上数量(ケース数量)にケー(13)
スレートを掛けて決定するものである。これにより,たとえば, 2万ケースを 販売している小売業者は
1
万ケースを販売している小売業者の2
倍の販促金を 受け取れるというように,販促金を公平かつ透明なものにしている。なお,BDF
の使用方法に関しては,一定の制限はあるが,小売業者の判断に任せる(14)
ものとなっている。
(11) 同社と小売業者との協働によって効率的な店頭プロモーションを策定することや,店 頭において消役者に高い価値を提供することによって小売店舗およびブランドに対する
ロイヤルティを向上させることも,
BDF
爵入の目的であった。(12) 当時から価格プロモーションの効果については,アメリカの本部で問題視されていた という。年間を通して消費するような日用雑貨品の場合,小売店頭価格の値下げによっ て売上は高まるが,価格がもどると売上は落ちてしまう。商品の価値は同しなのに,価 格プロモーションの山と谷によって売れ行きが変化してしまうということは,ブラン ド,マーケティングが正常に機能していないからである。しかも,売上の上下変動に よって緊急発注が生し,物流にも負荷がかかってしまうからである。
(13) 現在では販促金総額の計算根拠は前年同期から当期実紹そのものへ変更しており,小 売業者はビジネス進捗に見合う半年間の販売促進計画を組めるようになっている。
‑]6‑ 香川大学経済論叢 554 BDFに変更した大きな理由としては,大規模小売業者のバイイング・パワ ーが強大になり,値引き交渉やリベート交渉が激しくなっていたことがあっ た。バイイング・,パワーを背景として取引条件交渉が繰り返されることによっ て製販価格は低下し続け,リベートは増大し続けていたことから,同社のメー カーとしての利益が圧迫されただけでなく,ブランドが破壊される危険性が あった。つまり,様々な販促金の存在は取引条件交渉を生み出し,要求をます ます強めるものとなっていた。さらに,
1
人の営業担当者が持っている販促予 算よりも多くの販促金が必要とされる場合には,本社に特別申請を出す什組み であったことから,同社内の至る所で特別申請をめぐる交渉が展開されてい た。このように小売業者との取引条件交渉は,メーカーの利益圧迫やブランド 崩壊といった問題だけでなく,時間浪費的な社内交渉まで生み出すという問題 を発生させていた。さらに,小売業者によってバイイング・パワーが異なるだ けでなく,営業担当者によっても社内交渉における発言力が異なることから,小売業者や営業担当者によって取引条件が異なる結果となっていた。つまり,
取引条件交渉の発生は取引制度の基本原則である透明性,公平性,および簡素 化に反する結果となっていたことからも,取引条件交渉を可能な限り回避する 必要があった。
また,目標達成リベートを廃止した理由は,年契約の目標を達成できなくて も,目標達成リベートを要求する小売業者が多かったことにあった。目標を継 続して達成していた小売業者にとっては,目標達成リベートは利益源となって おり,目標未達成によって利益が減少することは,小売業者にとって社内的に 受け入れられるものではなかったからである。
(14) 小売業者の判断により,値引き原賽として使用したり,あるいはチラシ広告や応募キャ ンペーンのようなプロモーションに使用することが可能になっている。ただし,使用方 法については一定の制限があり,値引きについては,
1
回あたり1
個単価でいくらまで に抑えるとか,商品カテゴリー単位で使用するとか,半年間の予算をたとえば1
週間で 使用することはできない,などのルールが設定されている。555 メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化 ‑]7‑
⑥
1 9 9 9
年の新取引制度導入1 9 8 0
年代までは,画ー的な価値観に支えられた大量生産 大是消費の時代 で,経済も右上がりで成長していた。小売業界では,大規模小売業者も出現し ていたが,まだまだ中小の独立系の小売業が主役であったことから,これらに 対応するようなかたちで取引制度を形成していた。すなわち,メーカー側が自 社の商品をどのように店頭に並べていくかということで,代理店制度や帳合制 度,リベート制度を作っていた。だが1 9 9 0
年代になると,価値観が多様化す ることで少量 多品種の生産と消費に変わっただけでなく,景気も停滞した。流通業界では,大規模小売業者が全国化したことで,卸売業者も合併によって 大型化・広域化し,フルラインの卸売業者も出現していた。このような外部環 境の変化により,従来のメーカー起点の発想での閉鎖的な什組みから消費者起 点の発想での開放的な仕組み作りへの転換が必要になっていた。
その当時,
ECR
やSCM
が業界で最も注目されていたが,P&G
はすでにア メリカでこれらに取り組んでいたことから,このような考え方を取引制度に取 り入れることになった。つまり,取引制度の中に仕事の考え方や市場競争で勝 ち抜くために必要なやり方を織り込み,ECR
やSCM
を通じてそれを一緒にで きるところと一緒に勝っていこうということになった。このような考えに基づいて,現在でも用いられている新取引制度を
1 9 9 9
年 に導入している。この新取引制度では,製品が工場から消費者の手元に届くま でのサプライチェーンにおいて創造された付加価値が消費者に合理的に反映さ れるようにするために,透明性,公平性,および簡素化を原則とする「取引基(15)
準」と「出荷価格体系」を開示している。これらの開示は小売業者との直接取 引におけるルールの明確化であり,
ECR・SCM
時代への対応,消費者起点で の効率的なサプライチェーン、,ネ;;トワークの再構築,および協働を通じての 主要な取引先との関係強化,という3
つの目的を持っていた。しかしながら,この開示ば必ずしも
P&Gと小売業者との直接取引を志向してのものではな
(15) 同社がそれ以前に使用していた「製販価格(メーカー什切価格)」を, SCMの考え方に合わせて名称変更したものである。
‑]8‑ 香川大学経済論叢
5 5 6
く,外部環境の変化による変革の必要性と,サプライチェーンの効率化の観点 から行われている。取引基準は,卸売業者だけでなく小売業者も含めて,取引先の絞り込みを行 うための基準である。それまでは過去のつながり(たとえば,
P&G
サンポー ムの代理店であった)を基準に取引先の絞り込みを行っていたが,直接取引を 強く志向する小売業者の出現や外資系小売業の参入によって,透明かつ公平に 絞り込む基準が必要になっていた。小売業者によって様々な要望を持っている ために,従来の発想であれば,各小売業者と個別に交渉しながらそれぞれに直 接取引の可否を回答しなければならなかった。しかし,それでは直接取引ので きない小売業者からその理由の開示を求められることになるので,それを説明 できるような基準として事前に作成・開示している。なお,取引基準に記載さ れている条件は,「相互ビジネス開発」,「カテゴリー」,「価格・BDF
」, 「情報 要件」,「物流要件」,「決済要件」,「商品管理責任(たとえば,所有権の取り扱 い)」,「信用供与審査(支払能力調査)」「実務・運用面の取り決め事項」である。(16)
新取引制度では,出荷価格体系も卸売業者と小売業者に公平に開示し,どち
(17)
らも同し条件で取引できるようになっている。これにより,取引基準に合致す ることで直接取引を行う資格を持つ小売業者は,出荷価格体系,直接取引を行 う場合にそれまで卸売業者が担ってきた流通機能を自社で遂行するのに必要と される能力やコスト,キャッシュフローなどを考慮することで,直接取引を行
( 1 6 ) P&G
と直接取引を行うための条件を同社から各小売業者に共通に提示し,その条件を 受け入れることのできる小売業者とのみ匝接取引を行うために,「透明性」,「公平性」,および「簡素化」が保持され,サプライチェーンの効率化を図ることも可能になってい る。しかし食品メーカーの中には,小売業者の要求に基づいて直接取引を開始し,取引 条件も個別に設定していることから,メーカー社内に非常に多く価格体系が存在し,メ ーカーとしてのコストが逆に増加しているところもあるという。
(17) メーカーによっては,卸売業者に対する出荷価格と直接取引を行う小売業者に対する 出荷(製販)価格が異なるところもあるし,極端な場合には,後者の方が高いメーカー もあるとされる。したがって,メーカーと直接取引を行う小売業者の中にはコスト効率 が低下しているところもあり,メーカーと直接取引をするということだけに価値を見出 し,実際のコストがどのようになっているのを把握できていないところもあるのが現状 であるという。
5 5 7
メーカーと大規模小売業者間における取引関係の変化‑]9‑
うのか,それとも卸売業者を活用した取引を行うのかを選択できるようなって いる。なお,出荷価格体系は,表
3
のような「基本価格体系」,「インセンティ ブ価格体系」,および「サービス・メニュ一体系」の3
つから構成されている。基本価格体系では,発注数量に応じた出荷価格を明示している。最終的な目 標としては, トラソク車載のフル単位が最も効率的であることから,
4トン車
単位,1 0
トン車単位,工場直送を設定している。しかし,現在は移行期とい うことで,ケース単位でも設定しており,両方が混在した状態になっている。インセンティブ体系は,
EDI
での発注管理を目的とするものである。前述の 取引基準では,基本的にEDI
でないと発注を受け付けないことになっている が,現段階では,月間の発注の98%
以上がEDI
で行われた場合に奨励金を提 供しているので,ほとんどの取引先がその奨励金を獲得している。SCM
の展 開には販売データ(卸売業者の場合には,小売店舗への販売状況,出荷実績)が必要であり,従来はペーパーで受け取っていたが,
EDIによって徹底的なペ
ーパーレスと人手を介さないデータのやりとりの実現が可能であることから,奨励金を提供している。
サービス・メニュ一体系は新たに導入したルールであり,「得意先の引き取 り」,「休日配送」,および「
1 0
トン車複数箇所ドロソプ」を設けている。「得 意先の引き取り」は,P&G
の営業倉痺に取引先が自社のトラソクで栴に引き 取りに来る場合に,同社が物流業者に委託しているコストが節約されることか表
3 1 9 9 9
年導入の新取引制度の出荷価格体系 基本価格体系 インセンTイブ体系移行期 目 標 移行期 目 標 サービス メニュ一体系
( 5 0
ケ ス )4
トン車単位 得意先の引き取り1 0 0
ケースEDI
促進3 0 0
ケース (月間の発注 発注毎請求 休日配送6 0 0
ケース 10トン車単位 の98%以上)工場直送 工場直送 10トン車複数箇所ドロ;;プ 注)元々は
2 0
ケースが最低発注数屈であったことから,禅入段階では,いったん5 0
ケースが最低発注数屈とされ,
1 0 0
ケース,3 0 0
ケース,6 0 0
ケースを仕入れた場合と工場 直送が設けられている。出所)インタビュー調査時に提供された賽料から作成
‑20‑
香川大学経済論叢5 5 8
ら,その節約分を払い戻すものである。逆に,「休日配送」サービスに対して は,追加料金を請求するようになっている。また,「1 0
トン車複数箇所ドロッ プ」とは,発注単位は1 0
トン車であっても,配送先の物流センターが複数箇 所に分かれており,それらを回って商品を届ける場合に,追加の運送料を請求 するものである。このような出荷価格体系を卸売業者だけでなく,同じものを小売業者にも開 示することによって,小売業者はサプライチェーンについて様々なパターンを 考えることができるようになっている。新取引制度が導入される以前は,卸売 業者が小売業者にどのようなかたちで納品するのか,ということだけがサプラ イチェーンの選択肢であった。しかし,取引基準に適合すれば小売業者でも直 接取引が可能になったことから,多様なパターンから選択できるようになって いる。たとえば,
P&G
の工場から小売店舗までの直送パターンもあれば,エ 場から小売業者の物流センターに直送して,そこから各店舗に配送するパター ン,メーカーの営業倉庫を通して卸売業者の倉庫に配送し,そこから小売業者 の物流センターを通して各店舗に配送するパターンなど,多様なパターンを考 えることができ,選択肢は拡大している。小売業者はこのような多様な選択肢の中から,出荷価格体系,直接取引をす ることで発生する業務とそのコスト,キャソシュフローなどを参考に選択でき るようになっている。出荷価格体系に関しては,たとえば現在の最低発注数量 単位は
1 0 0
ケース以上という条件になっていることから,条件を見ながら,小 売業者と卸売業者はそれぞれにどのようなやりかたで取引を行うことが最適な コストになるのかを考える必要がある。発生する業務とそのコストに関して(18)
は,流通機能は必ず誰かが担わなければならないために,小売業者が直接取引 を志向するならば,従来は卸売業者に依存していた流通機能まで小売業者自身 が遂行しなければならなくなる。その場合,小売業者はそれを遂行するのに必 要な能力を保有するだけでなく,遂行に必要なコストも負担しなければならな (18) たとえば,小売店頭ではバラで販売されているため,ケ・ースからバラにして納めると
いう流通加工が必要である。
5 5 9
メー•カーと大規模小売業者間における取引関係の変化 ‑21‑いために,流通機能を卸売業者に依存するよりもコストが高くなる可能性があ る。また,キャソシュフローに関しては,支払サイトが
P&G
の場合には締め 後の1 0
日または1 5
日払いであるが,卸売業者の場合には通常,締め後の3 0
日払いか,それ以上に長いことも考慮しなければならない。このような様々な 条件やコストを考慮すると,小売業者にとって必ずしも直接取引がコスト効率 の良い選択肢であるとは限らないために,前述のように
P&G
は必ずしも小売 業者との直接取引を志向していないということである。卸売業者も新取引制度を活用することによって,
P&Gと小売業者の中間に
おいて果たすべき機能を選択し,自社のポジショニングを明確にすることが可 能になっている。また,出荷価格体系がメーカー,卸売業者および小売業者の 間で共有されたことで,3
者が集まって話し合い,サプライチェーンの効率化 を図ることも可能になっている。これが共有されていない場合,どのようなパ ターンを形成することが効率化につながるのかを判断できないだけでなく,小 売業者にとって卸売業者のマージンが見えないために,価格交渉のみが繰り返 される可能性もある。したがって,出荷価格体系を3
者で共有することは,効 果的かつ効率的な協働のための基盤として機能することが期待されている。(19)
(2) ライオン
ライオンは,
1 9 9 1
年,2 0 0 1
年および2 0 0 6
年に大きな取引制度改定を行って いるが,同社も卸売業者を活用した流通(チャネル)戦略を展開しているため に,卸売業者との関係にかかわる改定が中心となっている。① 1 9 9 1
年の取引制度改定ライオンは,
1 9 7 6
年に価格体系を2
段階建値制から3
段階建値制に移行さ せたが,小売段階での実勢価格の低下に対応して同社が希望小売価格と希望卸(19) ライオンのケースは主に2008年4月 24日に実施したインタビュー調査に基づいて作 成した。インタビューにお答え下さった同社の流通政策部長 平岡真一郎氏,流通政策 専任部長 伊丹健司氏には,ここに感謝いたします。