奈良教育大学学術リポジトリNEAR
東独社会主義教育の諸問題(IV) ― 東独の学校経 営における民主集中制の諸相 ―
著者 石井 正司
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 10
ページ 13‑22
発行年 1974‑03‑20
その他のタイトル Problems in the Socialist Education in East Germany (IV) ― Democratic Centralism in School Management ―
URL http://hdl.handle.net/10105/6318
=東独社会主義教育の諸問題 (w)*
一一 兼ニの学校経営における民主集中制の諸相一 石 井 正 司**
(教育学教室)
lI〕 「経営」概念と法律的基礎
東独には工業経営であれ,学校経営であれ,ともかく「経営」 (Management)という言葉はな い。それは「経営」という概念が一つの歴史的範靖であり,階級的性格をになっているとみなされて いるからで рオたが一て・この国で…ま「経営」に代る言葉概念として「指導」(Le 讐)
という言葉,概念が用いられることになる。この「指導」あるいは「社会主義的指導」といっ言葉,
概念は通常「意志決定からその実現にいたるまでの事態の分析・計画・調整・組織統制・情報」を 意味しているから,我、の用いるr経営」概念にきわめて近いといえよう。したがって以下で1岬
指導」を「経営」とほとんど同じ意味に用いていくことにする。
さて,東独社会主義の学校経営は本邦とことなりきわめて明確な法律的基礎をもっている。すなわ ち, 「一般教育学校における確固たる秩序を保持する規定一学校規定」 (Vero「dnmgヒber di e
Sicherung einer fester Ordnungεmden剣1gemeinbi1den Schule−Schu1ord−
nung,以下略, 「学校規定」)というのがそれである。これは1951年5月25日・1954年 11月12日,1967年1u月20日と戦後三度改正され,現行のものはこの第三番目のものであ
る。この「学校規定」は本来それ自体独立して公布されたものではなく,この規定と前後して出され たこれも戦後三度の学校制度改革の法律と対をなすものである。すなわち,第L第2、第3の「学 校規定」はそれぞれ,1945年「ドイツ学校民主化法」。1959年「ドイツ民主共和国学校帝度 社会主義化法」,1965年「統一的社会主義教育組織法」 (以下略,「組織法」)と対をなしている。
したがって,現行の「学校規定」を考察する場合には「組織法」との関連を無視するわけにはいかないがここで は学校経営を相対的に独立した領域としてみてゆくことにしたい。
東独社会主義の学校経営,すなわち「指導」は逓席この医の論者iはって「民主集中制 (dem〕kr atischer ゐ斌r出sm鵬),「社会主義的民主主義」 (sozia1istiscbe庇mkrati e)といわれ,それは「高度 の民主的性格」(zu士i efster demkratischen騎a工akter)をもつといわれている。それは社会主義の建 前」当榊ことである。しかし,その組織織動鮒かなるものである机その謝魁睾それ自体や難
に即してみながら考察してみたい。
咲 Probl ems i n t he Soci al i s t Educat i on i n East Germany (W)
一Democrat i c Cent ral i sm i n School Management一
半共S㎞j{ I s hi i (Depart ment of Educat i on,Nara Uni versi t y of
Educat i on, Nara.)
(皿)学校経営組織のピラミッド型構造
東独社会主義の学校経営組織を「責任範囲の限定性」 「情報」 「意志決定の権能」の三側面からみ るとき・それはつぎの図!のように陳,式化できよ uンボルト大学鮒声部デ/スグヴー一ク研
究所教育政策研究部長H,ビイルンバウムはこれを「特殊な指導ピラミッド」 (ei ne spezi fische Leitmgspyrami de)とよんでいる。(この言葉のニュアンスが日本でいう重層構造,単層構造 のいづれに類似しているかは読者の判断にまかせる。)
ここでは学校長以下の紬織のイ=王務,貞任について簡潔にのべておきたい。学校長についていえば,「
旧
学校長は権限のある人民代表によって招へいされ」 「権限のある守一校評議全によってその職務に任命 され」 「地域人民代表に紹介される。」学校長の主要任務,責任は「学校の政治,教育,学校組紋を 指導し,……・・…一個人的責イ王をもつ」ことである。
この学校長の下
図1.学校経営組織のピラミッド型構成 に「学校長代理」
がおかわる。これ「■1τ
国 家 は「評議会の委託 において権限あるL 学校評議会(Sc一 県 hu1rat)によっ
て任免され」 「限 定された職務を委 郡 託され,その充足 を学校長に対して
N{iniStirunl
bi l dmg …ぺ
、』
県評議会教育部.Abt.Vo1ks bi−
ldung der Rat e der Bezi r k
、レ
郁評議会教育部Abt.Vol ksbi−
l d1mg der R昌t e der Kr ei se 郡学校評議会Krei ssc hul・
f査t e
っている。」この 下の学年(級)主 学 校 任は学校長によっ て「任命」され,
r錦数年にわた1学校
、L
報告する鰍お P戸長・1・舳・
1し
学校長代理St ell v e rt r e t e r de s Di r ekt ors
」 構成メンバー
一 1 I L ■ 一 ■ 一
/la)学校長代理,lb〕熟練教員 1c)寮又は寄宿舎指導者,(d)職 業準備的総合技術教授に関係す る企業長の委任者,農協理一事昆 1e1職業準備的総合枝術教授,組 織職業啓蒙指導に校長から任命 された教員,lf)学区内の分校 主事,(91スラブ語を教授する学 校ではその教科担当の教員
学校指導部Schull ei t ung
協議に参加できる権利をもっも
○リ
って学年(級)を 指導し,学年(
級)計画を作成す る義務をもち,」
「専科教師,教育 者,保護者,F D l
/脇ピオ 。低学年
la )S E D学校党組織の書記長 剛労組集団の代表者,1C 〕教組 指導部の責任者,削友好ピオネ ール指導者
ド
ト 教育評議会Der P註dago gis.
中上級 学年(級)主任
c h eRat
H学 年 Kl assenl ei t er
一一
\
(a〕1校又は1校区の全教員
中上級 専科教員Fachl ehrer l b〕両親顧問会の議長,(c〕友好
学 年
一ピオネール指導者,(d)関連企
葉の代表者
\1
1
低学年 教員,教育者Leh工er Erzi eher ル集団,学年の活
動家父兄と腕力し
て,自分の学年(級)で計画的、調整的に教育活動を遂行する。」
一般の教員・教育者は「『組織法』§25.a b.2.にしたがって.もっとも重要な社会的課題と して良質の社会主義的教育活動を遂行すべきである。その際,教師集団の統一的作業を積極的に支持
し,学校活動の計画と指導に参加す糺」もっとも,ここでとくに注意すべきことは「参加」はけっ して直接的ではなく,後述するように「とくに」「教育評議会の活動への参加を通して」 (VOf allemdurch ihre Teilnahme an der Arbeit des P6dagogisches Rates)という
限定のついていることである。このことはさておき、上述したところから学校長,学校長代理,学年
(級)主任,専科教員,教員,教育者とそれぞれ活動内容,責任範囲を異にして,学校経営組織にピ ラミッド型を構成していることはあきらかであろう。
このことは, 「学校指導部」 (SchuU ei tmg)と「教育評議会」 (Der P三dagogi sche
Rat)という学校経営上の協議体組織の構成,機能についてもあてはまる。学校指導部は学校長の
「学校指導における集団協議」体(Di e kol l ekt i ven Ber at ungen der Schul l ei t ung)
であ孔これは本邦でいえば実質的に「教職員会議」にあたるものであるが,形式的には.すなわち 構成メンバーは図1.の通りであり,本邦とまったくことなっている。通俗的にいえば。これは学校経 営の幹部会だといえよ㌔このメンバーに入っている「企楽長の委任者,農協理事長」は学校教育ω
一・
ツをなす「職業準備的総合技術教授に関係する」という見地からすれば,その任命は当然といえよ う。「協議に参加できるもの」は図1.の1釧酬6回iであるが,これもこの国自体の本質、必然的に この国の学校をめ.ぐる政治的,労組的組織の見地からすれば当然の措置といえよう。学校長はこれら のメンバーを任命し,協議体を召集,準備,指導する。幹部教職員=「熟練した教員」にとっては学 校経営への「一種の参加」だといえよう。条文ではこういっている。「学校長は教育過程の指導に際 しては学校指導部に依拠する。学校指導部は教育活動の計画と指導における熟練した教員の一種の参 加である。」 (ei ne Form der Tei l name erfahrer P三dagogen)
つぎに「教育評議会」をみてみよう。この構成は図1.の通り1学校または1校区の全教員の集合体 である。したがって形式上は本邦の教職員会議に類似しているが,実質上はまったくことなっている。
それはその構成が教員だけでないことから明らかである。これは単に「学校長の諮問機関」 (ei ne beratendes Organ des Dir ekt0fs)にすぎず,学校長によって計画,準備,召集,指導され
るものである。これに対し学校長が負っている義務といえば「国家的プランの基礎のうえに立った学 校長の活動、教育活動の達成度を報告すること」にすぎず,いうならぱ上意下達の機関であるといえ よう。したがって,前述した通り教員,教育者はこの「教育評議会の活動への参加を通して」学校の 教育活動の計画と指導に参加する,ことになっているが,これはまつたく間接的,限定的なものだと いえよう。当然のこと,その「決議は学校長の承認を必要とする」程のものであり,この「教育評議 会によって学校長の個人的責任は停止されたり,制限されたりしないのである。」
ここで「学校指導部」との関係をみてみるならば,「学校長は教育評議会での協議の準備に際して は,とくに学校指導部のメンバーに依拠する」としている。これをみれば,協議体も学校長一学校指 導部一教育評議会と学校務のピラミッド型が構成されているといえよ }δ)
さて。上に学校経営組織のピラミッド型構成をみたが,それは上は文部省から下は平教員にいたる
まで,各級レベルの機関はそれぞれ個有の責任範囲をもって,中央の四家的教育.汁画を実現しようと している。したがって,それはまさに「民主集中制」だということができよう。
(7)
しかし,ここでとりわけ注目されるのは「両親顧胃直会の議長」 (der Vorsitzende des El−
t ernbei rat es)の教育評議会への参力口である。これは政党,労組組織,社会主義的企業の代表,
ピオネールの指導者などの参加と一見異質にみえるからである。もっとも「両親顧問会議長」の参力r といっても最下級協議体「教育評議会」に限定されているのだが,ともかく,つき にこの両親顧問全 など家庭と学校経営の関係について簡単にふれておきたい。
価)両親の学校経営への参加
「学校規定」§38,1!〕はこういっている。「学校と家庭は協力して,青少年の全面的教育,社会主 義教育に対して共同の責任をもつ。学校と家庭との密接な1出力関係をつくりだすために,各学校に両 親顧問会と活動家学級父兄(E1ternbeir6te und Klassene1ternaktive)を遺/干する」こ。
すなわち,学校と家庭の協力機関として両親房飾=1会と活動家学級父兄が設置されるわけである。そ」
てこの両親顧問合.議長が学校経営の一端につらなるのである。
この両親顧問会と活動家学級父兄については「学校規定」公布(1967.10.20)の前年(19 66.9.15)に公布された「一般教育学校における両親代表についての規定一両親顧問会規定」 ( Vero rdnung七be r di e El t er nver t ret ungen an den al l gemei nbi1denden Schulen
El t ernbei rat so rdnung.)をみるのが便である。ということは,この両親顧問会も活動家学級 (8〕
父兄も確固たる法律的基礎をもっているということである。これによれば「両親顧問会は⊥も主的に選 任された両親の組織であり,一学校における全父兄の代表である。」その構成員数は学校の大きさに よって適当に決められ,その任期は2年,少くとも8週間ごとに1度の会合をもつことになっている。
活動家学級父兄はこの両親顧問会の下位組織である。すなわち,これは「各学年の父兄から民主的に 退任された代表であり,学校の両親代表の一部であり,両親顧問会によって出された方向.課題にそ うよう活動する」ことになっている。この2組織は、学校,学級の教育活動の積極的支持,家庭内の 社会主義的教育の促進,F,D.J.ピオネールなど青少年社会教育への支持,その他諸社会教育団 体との連けい,などをする。
この点から東独の学校経営は家庭と密接な関連をもち,まさに民主的ひろがりをもっているといえ よう。しかし,これを単純に東独社会主義なるがゆえにとうけとってよいであろうか。このような直 接的であれ,問披的であれ両親叱)学校経営へω参加はドイツでは歴史的にはかなり古いし,したがっ て,それは,今[1西独でもみることができるのである。歴史上比較的最近の例でいえば,第1次大戦 前後,改革教育学運動の中に教師だけでなく,生徒も父兄も学校経営に参加するという「学校共同体」
(Schulgemeinde)思想がある。例えばヴィネッケン(G,Wneken)の「自由学校共同体 Wckersdorf」(1906,設立)などはその例である.、
この鮒は第。次大戦後も持続し,今日の醐壬にもそ胤がみられる。例えぱごく最近,1。。。
年4月12日公布「ハンブルク学校制度法」 (Schu1verfassungsgesetz der Frei en md
練ご1∴練ごg蝋㍍㌃ニニ線㌶別f練工㍍議
一16一
会的構成体である。」r個々の学校の行政は,本法律の規定にしたがい,教員会議(Lehr erk0−
nferenz)、両親評議会(E1t ernrat),生徒評議会(Sch出errat)一職業学校にあっては,
学校顧問合(Schul bei rat)一と協力し,学校長と学校会議(Schul konferenz)がおこな う 」と。ここでは西独各州の各事例にまで深入りできないが,ともかく学校経営に東独と同様,両 親(代表)の参加を法的に認めているのである。
ではこの点について東西ドイツのちがいはなにか。それは,東独では社会主義教育推進のために集 中制がとられている点にあるといえよう。それはr両親顧間会規定」ab1.§1.14〕において、「両親 顧問会には,学校での社会主義教育を積極的に支持する両親方選ばれる。その任務を充足しない両親顧問会のメ
ンバーは同会の決定にしたがい角翠任される 」としていることから明らかである。一両雄顧間会議良は教育評議会に参
加する権能をもっているがその背景にはこのような性格をもった両親蘇男会,活動家学級父兄をもっているのである。
(lV〕学校経営の幹部, 「熟練した教員」 (erfahrFne Lehrer)
学校経営の幹部会とみられる「学校指導部」の構成員たる「熟練した教員」はどのようにつくられ るのか。それは「学校指導部」の構成員数が各学校ごとにことなっているであろうから,一概にそ れを概括はできない。また事が入事に関することだから微妙な要素をふくむことになろう。したがっ て,ここでは大体の動向をみるにとどめることにす孔しかし,これをみるには現行の10年制一般 教育学校の制度,教員養成,評価一昇進方式まで一応視野のうちにいれてこなければならない。
まず10年制学校制度との関連でいうと,この1O年制は3−3−4年(下級・中級,上級段階)
とわかれている。 (参考までにいえば、このわけ方は今までの伝統的な4−4年制と比較すると革命 的変化である。)下級3学年揖当教員は全教科担当であり,10年制一般教育学校卒業後,4年制の 教員養成所(Di e I nst i tut f{r Lehrerbi1dmg−30校ある。修業年数から本邦でいえば 短大程度)に入り,ドイツ語と数学,その他に選択I科目(工作,体育,音楽,芸術,学校園作業)
の教授能力をもつことになっている。これに対し,申,上級学年担当は専科教員(Fachl eh rer)
であり,主教科と副教科(肋upt・u記Nebenfach)の2教科を教へることになっている。その 養成は総合大学,単科大学,教育大学(Uni versi t6t,Hbchschul e,P6dagogi sche Iη一 sti t ut)の専科教員養成課程(Fachl ehrerstudi um) でおこなわれる。ここへω入学には大 学入学資格(HOchschul「eife,Abitur)を要求されているから,ここの教育は正規の大学教 育であり,その卒業生は学土教員(Di pl om−Lehrer又は p身dago9)という称号をもって いる。 (ちなみにいえば,教育単科大学はpotsdam,Dresden,Erfurt/M{hl hausen の3校,教育大学はG{st row,出11e,K6then,Lei pzi g,吻9deburg,Zui ckaw の6校,この6校は1975年までに教育単科大学に昇格することになっている。)さて、このよう な中,上級学年での専科教員制は必然的に学年(級〕主任(K1assenl ei ter)を必要とし,そ して,その地位,責位は当然専科教員よりも高いといえよう。ここに別に公的ではないが学年主任一 専科教員一平教員という階層がなんとなくできているようにおもわれる。これは「学校規定」での役 割の規定順位によっても察知することができよう。
111)
つぎに昇進,格付けに微妙に作用するものをみてみたい。文部省,県(Bezir k),郡(K専e−
i se)の各級には視学官(Schul i nspekt Or)がおり,「教育活動の統制と分析(Kont.ざ。l l e
und Anal yse)」をしており,当然学校長は自分の学校の教員の教育活動の統制と評価(Ko n−
tr o11e md Beurtei l mg)をしている。とりわけ近年これは強く要請されている。この結果。
教員に微妙な格付けがなされ乱
国家の表彰は各職場にわたって8U種類以上もあり,その第1級は勲章,第2級は賞状,第3級は メダル,第4級は称号,第5級は旗(Wande rfahnen)であるが,教員には第3級以下のものが 授与される。メダルには金,銀、銅の「勤続ベスタロッチー・メダル」 (10,20,30年勤続者 用)金,銀,銅の「Car1−Fri edri ch・Wi1hel m−Wanderメダル」,金,鋤銅の「
Dr.Theodor Neubauer ・メダル」がある。これらのメダルはかなり乱発されているようであ るが,それでも教員養成所出身の平教員(学土教員でないもの)の基本給与が平均660−1000マル クであるのに,メダル所有者は月々300−500マルクの間の付加給与がつくからメダル所有は神々の 関心といえようd「人民功労教師」 (Verdi enst er Lehr er des Vol ks)という称号は10
年以上勤続し,功労顕著,模範的教師に授与される。また文部省,教員組合中央委員会(Zent「a−
l vorst and der Gewerks chaf t Unt erri cht md Er zi ehung)は教員の業績に応じて、
上級教員,正教員,上級正教員(Oberl ehrer,Studi enrat,Oberstudi enrat)のタイ トルを授与する。これらにはそれぞれ月々,50,100,150マルクの付加給与がつく。この他にとくに 学問的業績のあるものにはP rofessorのタイトルを授与する。
このようなメダル,称号,タイトルをもつことは学校長はじめ教育界の幹部へのパスポートである。
そして,それをもつ教師は「熟練した教員」とみなされるのである。
(121
ここで若干付言すれば,教.員にこのようなメダル,称号,タイトルという「精神的刺激」のほかに。
付加給与という「物質的刺激」がつけくわえられたことであるが・これは1963年から導入された
「新経済制度」 (Neues bkonomi sches System),いわゆる「リーベルマン利潤報償方式」
の教育界への応用である これは教育界という事が事だけで注目すべき事件だと思われる。
li3〕
さて,上述のように,教育養成,メダル,称号,タイトルなどによって,たとえ公式でなくともそ れとなく格付けがなされてくれば,いかに民主集中制といったところで,学校経営上平教員が積極的 に発言,介入していくのはむづかしいと思われる。このため学校経営組織のピラミッド型構成は官僚 主義的病理現象をおこさないとも限らない。そこでこれを打破するため奨励されるのが社会主義的競
争(dersozialistischeWettbewerb)である。
lV〕社会主義的競争と評価
さて,前述のような格付、付加給与,昇進があれば競争は自動的に発生してくるように思えるが実 際はそうではない。強く奨励されているのが現実といえる。文部省視学官エステルはこういっている。
「勤労大衆の自発性をひき出すもっとも重要な形態は社会主義的競争である。私の考えでは、教育面 では「社会主義労働集団というタイトル」 (Ti t el Kol l ekti ve der sozi al i st i sche
Arbeit)を獲得する努力などは,この競争のもっとも適切な形であると思う」 と。これが個人 114〕
レベルになれば前述のメダル,称号,タイトル、付加給与という具合になるのであ乱このような競
争はけっして文部官僚の思いっきではなく,1963年の「新経済制度」と結合したものである。も
ちろん,これと機械的に結合(eine schemati sche Ubert ragmg)したものではなく, 「
創造的応用と拡大」 (Di e sch6pheri sche Anwendmg md Wei terentwi ck1mg)
によって結合したものである。
(15〕
指導=経営には評価(Beurteilm9)は当然前提されるが,競争の導入は一層評価を要請して くるのは自明のことである。そこで評価が問題になってくる。今日,評価という仕事は文部省,県,
郡の各級レベルの視学官(Schul i nspekt or.1951/52より)によっておこなわれ,視学官は管 轄下学校の授業に月々30時間臨席し,観察結果を記録,評価する義務をもっている 学校内では学 (i6〕
校長がこれを定期的に実施することになってい糺
しかし,学校長はこの仕事には不慣れであり,またあまり正確におこなっていないようである。し たがって教育科学アカデミー機関誌「教育学」 (P責dagogik)は再三この問題を論じている。例 えば。ほんの一例であるが文部省書記官ロレンツはこういっている。「すぐれた学校長によってなさ れた討論によれば,教員の仕事についての正確な把握と評価はもっとも緊喫な課題とされている。我 々はこれに大いに注目しなけ杣まならな gとバツダム教育単科大学教育制風計風指導研究所
長ヴィルムスもほぼ同じことを述べたあと,「その中味は教員の過去,将来にわたる全人格的な発達 がふくまれなければならな gと・その評価の困難さを指摘してい糺ちなみ{こいえば「教育学」
誌は1965年10月,「学校長と教員の評価」,1966年10月,「統需1ト科学的指導活動の本 質的要素」という付録小冊子の手引書を出してい孔ともかく,このように評価は学校長にとっては 難儀なものではあるが,その評価は単に指導=経営の評価にとどまらず,同時に教員の格付け,さら に若手教員の中から幹部教員の選抜(Auswah1)に利用しているのである
(i9)
ところで,いったいこのような評価は教師大衆に信頼されているのかどうか。前述ヴィルムスはあ る郡(K「ei se)の各種別教師80人を対象に調査している。そして数が少くて一般化はできない と留保をつけているが,こういっている。「学校長は言行が一致しているか」「学校長は教員の業績 を相応に評価する能力をもっているか」「学校長は教員とのぞましい交流をしているか」という質問 に対して,「注目すべきことは,これに無条件でイエス」といっている教員はわずか(nur)46
%である」愉評価者=学校長への信頼カ{こんな状態ではやはり問題があるとし1わざるをえ帆 ここから評価.指導=経営の科学,技術(Lei t ungswi ssenschaft) の向上と「指導」=
経営の等間幹部(Kader)の養成がつよく要請されてくる。前述ビィルンバウムやエステルの論 謝こそれをみることができる i婁1〕たしかにそれは事態改善の一方法であるかもしれないが実際上は指 導=経営の尋問化,官僚化を一層促進するであろう。そして,見方によれば官僚主義的病理現象の悪 循環をもたらすのではあるまいか。
lM)結 語
さて,以上に東独の学校経営における民主集中制の諸相をみてきたが,これからどういうことがい
えるのか。民主集中制といっても,その体制をつくれぱよいというものではないことがあきらかにな
ったであろう。その運用いかんでは病理現象をたえずおこす危険をはらんでいるのである。資本主義
国と同様,とりわけ60年代から急速に進行した社会主義的合理化はその危険を一層増大していると
いえる。ではこの危険をさけるものはなにか。それは結局,学校経営という以上,学校という組織体
に属する,とりわけ,その責任者の「人」の問題になってくるのは自明である。このようないい方に
はただちに「主観主義的」という非難がわきおこってくるのが目に見えるが,このことについては 前述ヴィルムスがすでに論及している{1。芦者もこれについて別の機噛{こすでにふれているのでこ
こでは省略する。
11〕H.Bi rnbaum,P robl eme de「pl anung und Lei t ug des Vol ksbi l dungs一 鴨sens.P麦dagogik. 1967.12.(以下略、 P菱d.I67.12.)S, 1076.
12〕G.Wi1ms,la〕Di e l ebendi ge Ar bei t mi t den Lehre n−Haupt anl i egen aller Leiter, P葛d. 69.3.S,272.
G.Wi l ms,ωDi e Lei t ung des Bi1dungs−und Erzi ehungsprozess dur c h den Di r ekt or , Pざd. 69.6. S. 543.
13〕H.Bi r nbaum,a.a.0,S.1077.
14〕拙稿,「東独社会主義の学校経営についての一考察。」教育経営学会紀要,N皿15,S.3.
これと近い図式を示したが,ここではそれを若干修正してい乱
(51以下「学校規定」からの引用はすべてMonumenta Paedagogi ca.Bd W/2.
Dokument e zur Geschi cht e des S chu1wesens i n de r DDR.T.2.1956−
1967/68,2H.B.S.792−811.による。個々に引用符はつけない。
16〕このlmは14〕拙稿の(皿〕の部分を要約し,補修している。
17〕H.Bi rnbaum,a.a.o. S.1080.
(8〕以下「両親顧問会規定」からの引用は15〕の Mouument a Paedagogica・S. 686−692 による。個々に引用符はつけない。
てg〕O.Anweiler. Gesellschaftliche Mitwirkung und Schulverfassung
i n Bi1dungssyst emen s t aat ssozi al i st i scher P r;gung,Bi1dung und
Erziehung, 26. Ig. H. 4/aug. 1973. S. 274,
110以下「ハンブルク学校制度法」からの引用はすべて, Bi l dmg und E rzi ehung−a.
a.o.S.316−331による。個々に引用符はつけない。
(u J.N i er mann, Lehrer i n de r DDR ,S・49−61.
(12a.a.0.S.181−185.以下参考までに教員の表彰規定をあげてお㍍
1959, 1.22. 1961, 2.9,Ordnung uber die Verleihung des Ehren−
t i t e1s 〃Ver di ent er Le hrer des Vol kes,
1959,1.22.Ordnun9石ber dieVerIeihungder−Friedrich−WilheIm−
Wander−Medai l1e,
1959,8−20. VerOr dnung ube r di e S t i f t ung der Dr_Theodo r_Neubauer −Medai l1e,
1962,9.2. Arbeitsordnung f{r p身dagogische Krぢfte,
1965,1.19.B et ri ebspr互mi enor dnung der Lehr er und E rzi eher,
岬 H・Bi rnbaum・a・a・o・S・1079・
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