台湾原住民族の狩猟方法 : 日本統治時代の資料か ら
著者 野林 厚志
雑誌名 国立民族学博物館調査報告
巻 34
ページ 215‑230
発行年 2002‑12‑20
URL http://doi.org/10.15021/00001990
佐々木史郎編『開かれた系としての狩猟採集社会』
国立民族学博物館調査報告34:215−230(2002)
台湾原住民族の狩猟方法
日本統治時代の資料から
野林厚志
国立民族学博物館民族学研究開発センター
1はじめに
2台湾の自然環境と原住民族 2.1地理的位置と地勢 2.2気候と植生 2.3動物相 2.4台湾原住民 3原住民族の狩猟方法
3.1狩猟方法の概要
3.2能動的アプローチ 3.2.1追い込み猟 3.2.2待ち伏せ猟 3.2.3追跡猟
3.3受動的アプローチ 4集団猟と個人猟の位置づけ 5むすびにかえて
1はじめに
本稿の目的は台湾の原住民族が慣習的に行なってきた狩猟活動を,主に日本統治時代に 書かれた民族誌資料を整理し概観したうえで,彼らが行なってきた集団猟の生態学的,社 会的位置づけについて考察することにある。
台湾原住民族の狩猟活動は彼らにとって慣習的な生業活動であったばかりでなく,いわ ゆるセルフイメージの形成に非常に重要な役割を持っている。佐々木はルカイ族の狩猟活 動における象徴的な意味を検討している(佐・々木1985:227−251)。清水は平哺族のクヴァ
ランの狩猟活動に関する観念的な意味合いについて論じている(清水1991:33−56)。
一方,台湾における人類集団の生業適応を考えるうえで,狩猟活動が重要な要素の1つ であったことは,各時代の遺跡から動物遺存体が出土することから明らかである。また,
日本統治時代まで台湾の原住民族の間でも狩猟活動は日常的に行なわれてきた生業活動 の1つである。台湾の原住民族が行なうアワやイモ類などの焼畑耕作と狩猟活動とを組み 合わせた生業様式は,いわゆるプロト・マレー文化の1つの特徴を表すと同時に,台湾の 自然環境に適応して発展したと考えてよいであろう。したがって,台湾原住民族の慣習的 な狩猟活動を考察することは,生態学的には農耕民が採用する自然環境への適応戦略とし ての狩猟活動を理解するうえで有効であると考えられる。しかしながら,生態人類学的に 彼らの狩猟活動を分析した研究は行われておらず,現在は慣習的な生業様式の変化と,政 府による狩猟活動の規制などによって,こうした研究が行なわれるのは困難といえる。し たがって,彼らの狩猟活動を生態学的に考察するためには,民族誌的記述の中から関連し
た情報を抽出したり,居住地の立地と狩猟活動との関係を調べるという方法をとることに なる。本稿はややもすれば断片的になりがちな民族誌的記述を連結させながら,彼らの狩 猟活動を理解する糸口を見つけようとする試みをおこなうものである。
2台湾の自然環境と原住民族
2.1地理的位置と地勢
台湾は,自然地理学的には,台湾島およびその周囲に位置するいくつかの島嗅群によっ て構成されている。総面積は36179平方キロメートルである。最大の台湾島は,南北に約 400km,東西の最大幅は約144kmである。台湾は台湾海峡によって中国大陸と隔てられてい
る。海峡の幅は,最も広いところで220km,最も狭いところで130㎞となっている。台湾島 は氷期と問氷期の海面変化によって,中国大陸と連続,不連続を繰り返してきた(林 1966)。このことは,台湾に生息する動物種の大半が大陸部に生息する動物種の地域的な 亜種であることの主な要因となっている。
台湾島の地勢の基本的な特徴をなすのは,島の北東の先端から南西端に走る高い山々か らなる中央山脈である。中央山脈は,北部の蘇湊から南部の鵡攣鼻まで続く高山からなる 脊梁であり,島の河川の主要な分水嶺をなす。このため台湾の河川の大半は,東または西 のどちらかの方向に流れている。台湾の最高峰,玉山(3952m)を擁する玉山山脈は中央 山脈の南西側に位置する。
中央山脈の西側は比較的なだらかな平野部が発達しており,人口の集中する都市部が発 達してきた。一方,東側には海岸線近くまで丘陵部が続いており,西側のような広範な平 野部はみられない。
2.2気候と植生
台湾はアジア大陸東岸の低緯度の沖合に位置し,暖流の通路に当たることから,夏は長 く,湿度が高い。一方,冬は短く,通常は温暖である。また,台風の通路にあるため,夏 期には激しい風と大量の降雨とがもたらされる。地理的な気候区分においては基本的には 亜熱帯性モンスーン気候に含まれている。平野部が亜熱帯に属する一方で,山岳部は標高 が高いために,熱帯性から高山性にわたる様々な植生が発達している。北部と南部では高 度による植生の分布は若干異なるが,それらの垂直分布は低地部から,熱帯雨林,暖温帯 雨林,暖温帯山地針葉樹林,冷温帯山地針葉樹林,亜高山帯針葉樹林,高山寒原となって いる(蘇;1978)。
2.3動物相
台湾における動物相一般は中国大陸の南東部のものと似ており,動物相を東洋区とオー
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ストラリア区にわけるウォーレス線の境界は台湾本土と二二島との問に定められている。
ただし,三二環境は植生同様に動物種の固有化を促しており,多くの動物は亜種レベルで,
中国大陸や東南アジア地域の同一種と区別されている。
台湾の原住民族が行う狩猟活動は主として哺乳動物が対象となっている。彼らの狩猟活 動の対象となってきた代表的な動物を列記しておくと次のようになる。
オナガザル科CERCOPITHECIDAE
タイワンザル(台二三猴,Mα6α6αcy610p傭)
ほぼ台湾島全土にわたり広く分布しており,低地から海抜3000mの高山地帯まで生息 している。原住民は肉を食用にしている他,脳,雄の生殖器,骨は漢族に売却される。
これらは漢方の材料として用いられる。原住民族のツォウにはサルをトーテムとするク ランが存在し,そのクランの成員がサルを捕獲したりその肉を食したりすることは禁忌 とされている。また,パイワンの一部のグループでは,サルは人間とその祖を同じくす るという迷信により,捕獲が禁忌とされている。
センザンコウ科MANIDAE
センザンコウ(穿山甲,、砿α庸ρ傭α伽。り・10ρ6η o磁。り・)
台湾島全土にわたり広く分布している。生息高度は低海抜域から2000mぐらいまで だが,300m付近に最も多く生息している。森林や雑木林にすみ,比較的乾燥した環境 を好む習性がある。狩猟による乱獲のため個体数が激減している。
シカ科CERVIDAE
タイワンスイロク(台湾水鹿,Cαγ那5醜 color 5w 肋06∫)
東アジアに広く分布するサンバー(Cαw5纏ω10r)の台湾固有種である。台湾島全 域の1000〜2000mほどの山岳地帯に生息している。頭部および体幹の長さが1.6〜1.7m,
体表の毛は粗いので毛皮としての利用には適さないが,皮は衣服の材料として用いられ る。陰茎および二丁は漢方の材料として使用されるため,漢族との交易品に用いられて
いた。
ニホンジカ(梅花鹿,C8アw5吻poη)
かつては台湾島全域の低海抜地域で生息していた。現在では高雄と緑島で飼育されて いるものを除けば,野生種は絶滅していると考えられている。
キョン(三二, ルf配η琵αcμ5 rθ6v85 ∫〃2 crμr配3)
台湾島全体に生息しており,500mほどの低山地帯から3000mほどの範囲に分布して いる。比較的乾燥した潅木林などを好む。基本的に群生しない。頭部と体幹を合わせた 長さは50〜70cmほどである。原住民は肉や皮を利用する。
ウシ科BOVIDAE
タイワンカモシゐ(長柔山羊,Cop漉。而5 cr砂鰐∫蛎η加6の
台湾島全体の1000〜3600mほどの海抜に分布し,2000mほどの森林地帯に最も多く 生息する。頭部および体幹の長さは80〜120cmほどの中型の動物である。毛皮が衣服に 非常に適した素材となる。このために,同種は原住民にとっては非常に重要な狩猟対象 獣の一つである。
クマ科URSIDAE
タイワングマ(台湾黒熊,36伽αrα05励6伽粥プbηη05α朋33蛎肋。の
日本のツキノワグマと同様に頸部が白い毛で覆われた中型の熊である。台湾島のほぼ 全域の山岳地域に分布する。熊は皮が衣服や帽子の材料に使用されるほか,骨が漢族と の取引に用いられてきた。
ネコ科FELIDAE
タイワンウンピョウ(台湾雲豹, 、ヘセρプ診z誌η6わ膨Zo5αわ君αchy配r配5)
インドのヒマラヤ地方から中国南東部の山岳地帯に広く分布する種の地域亜種であ る。毛皮が珍重され,原住民社会では首長の衣服や帽子の材料とされてきた。また骨は 漢方医薬の材料として漢族に売却されていた。現在では野生のものは絶滅に近いと考え られている。
セキコ(石虎, 176z∫5わ6η8αz8η5∫5 c〃 ηατ3 5)
家猫よりもすこしサイズの大きい小型の猫科の動物である。皮が衣類に愛用されるほ か,体毛が毛筆の二毛に使用されることもある。
イノシシ科SUIDAE
タイワンイノシシ(台湾山猪,翻350r⑫妬vα概3)
原住民族の代表的な狩猟対象獣。先史時代の遺跡からもしばしばタイワンイノシシの 遺存体が発見されることから,台湾において古くから狩猟の対象とされてきた。主とし て肉が食用にされるほか,オスの犬歯がパイワン族の首長層が身につける帽子の装飾に
使用されたりする。
2.4台湾原住民
台湾における原住民族とは,台湾の人口の大多数をしめる漢民族よりも古くから台湾島 ならびにその周囲の島懊部に居住していたオーストロネシア系の先住民のことをさす。現 在,原住民には,タイヤル,サイシャット,ブヌン,ツォウ,プユマ,アミ,パイワン,
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ルカイ,ヤミ(タオ),サオの10の民族の人たちが含まれている。特にサオについては,原 住民としての認定が2001年になされたばかりである。これらの民族名称は主として日本 統治時代における人類学,言語学の調査をもとにつけられたものであり,その歴史的な背 景についても様々な議論が行なわれている(笠原1998:54−78)
ところで「原住民」という名称は複数の民族集団を一括して指す総称であり,1997年に 可決された憲法三野条文によって認められた正式な呼称である。大陸側(中華人民共和 国)では高山族という名称が用いられている。現在,台湾で原住民であるかいなかという ことは,2001年に施行された原住民身分法によって規定されている。基本的には,日本統 治時代に原籍が山地特別行政地区あるいは平地特別行政地区にあった者が,原住民の身分 を得るとされている。これらの人々は当時,高砂族と呼ばれていた。現在,総人口のおよ そ1.4%にあたる約34万人の原住民が台湾に居住している。
アミやプユマのように平地に居住している人々やヤミのように島懊部に住む人たちを 除き,原住民の大半は山岳地域に居住してきた。アワや根回類の焼畑栽培,狩猟活動を慣 習的な生業とし,人問の霊魂やさまざま精霊を畏れ崇めるアニミズム的観念,武勇と規律 を尊ぶ社会の気風かつて行なわれていた首狩りの行為などには,プロト・マレー文化の 特徴がよく保持されているといわれている。また,彼らの言語はオーストロネシア語族の なかでも古い特徴をよく保存していると考えられており,台湾がオーストロネシア語族の 故地であった可能性が指摘されている(Blust 1984/1985)。分子人類学的な知見からは,
台湾の原住諸民族はもともとは単一の集団だったものが,台湾に渡来した後に分化した可 能性が指摘されている(Melton l 998:1814−1815)。台湾島における人類集団の形成につい
ては,考古学的証拠や分子人類学,言語学の知見などを連結させながら考えていかなけれ ばならないが,台湾の原住民が東南アジア島演部やオセアニア地域の諸民族と系統的に密 接な関係にあるのは間違いないといってよい。
3原住民族の狩猟方法
3、1狩猟方法の概要
台湾原住民族の狩猟活動については,日本統治時代に書かれた報告書や民族誌に詳しい 記述が見られる。特に参考になるのは,佐山融吉が編纂した「蕃族調査報告書」と小島由 道が編纂した「番族慣習調査報告書」である。これらの報告書はいずれも大正時代に台湾 総督府が理蕃製作のために実施した現地調査がもとになっている。これらの報告書の記述 からわかることは,原住民族各集団は狩猟方法を細かく分類していたことである。狩猟方 法に関する記述をまとめたのが表1である。記述中に表れたそれぞれの狩猟方法の特徴 から,狩猟方法を大別するならば,基本的には人間が能動的に動物ヘアブローチする方法 と,罠猟に代表される受動的な猟法に分けることができる。さらに能動的アプローチは,
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野林 台湾原住民族の狩猟方法
ある一定の範囲に限定して集中的に行なう追い込み猟および待ち伏せ猟,追跡猟とに分類 することができる。一方で,受動的猟法は捕獲対象となる動物種によって仕掛ける罠の種 類に差異が生じていると考えてよい(図1)。
能動的アプローチ
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追跡猟
集団・火による追い込み
集団・人、犬による追い込み
待伏せ猟
集団or個人・犬の使用の有無
受動的アプローチ
集団or個人
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図1 台湾原住民族の狩猟方法の分類
3.2能動的アプローチ
3.2.1追い込み猟
能動的アプローチのなかの追い込み猟は,例えばアミ(花蓮アミス)の「ミイロ」とよ ばれる狩猟方法に代表される。一定の区画から獲物を追い出し,それらを仕留める追い込 み猟には,動物をその区画から逃さないで仕留めるための囲い込みに必要な数の人間が必 要となる。追い出す方法はアミの「ミイロ」のように,火を放つ場合と,火は用いずに勢 子や猟犬によって追い出すという方法とがある。火を放つ方法は連続して行なえるもので はなく,「ミイロ」については3年に1回行なわれるとされている。こうした追い込み猟は,
狩猟に参加する成員の共同作業が必要となるため,頻繁に行なえる性質のものではなかっ たと考えてよいだろう。
3.2.2待ち伏せ猟
待ち伏せ猟は動物の習性を利用して,狩猟者自身が動物の到来を待つ猟法であり,表面 的に受動的な猟法のように見える。しかしながら,最終的には狩猟者自身が動物に接近す るということ,待ち伏せを行なっている問は狩猟者が狩猟活動に専従していること,さら に,特定の動物種を待伏せの対象とすることが多いという理由から,待伏せ猟を能動的狩
馴台湾原住民族の狩猟方法
猟法とみなすことができるのである。パイワン族の「ルマウン」もしくは「カムズリ」と よばれる猟法は,夕方もしくは未明に畑の周囲に待機し,農作物を荒らすイノシシを捕獲 するものである。花蓮アミスの「ミタバ」では,草を焼くことによって,その灰と新芽を 求めてやってくるシカを捕獲iする。
3.2.3追跡猟
追跡猟における差異としてあげられるのは,猟犬を使用するか否かということである。
原住民族が使用してきた猟犬は,かつて生蕃犬と俗称された中型犬である。彼らは現在も これらの土着の犬を用いて狩猟活動を行なっている(野林2001:92−93)。外見上の特徴は,
体毛が短く,下部がとがっており,耳は短く立っている。体長は約11n,肩高50cm内外で,
体格はやせている個体が多い。こうした犬は数匹,多いときで丁数匹が狩猟活動に用いら れていた。
犬を伴わない追跡猟では,獲物を探索するためのいくつかの方法がとられていた。パイ ワン族の「ジマジオ」とよばれる猟法は,キョンをよびよせる呼子が用いられる。また
「クマロム」という猟法は,大雨の時に岩陰で雨宿りをしているカモシカを探索するもの である。
3.3受動的アプローチ
受動的狩猟方法である罠猟は,仕掛け銃もしくは仕掛け弓,圧殺具,跳ね罠,捕獲網,
捕獲小屋(籠)が用いられていた。罠猟を行う上で重要なのは,動物が通る場所に罠を設 置するということである。このために狩猟者は動物の性質を熟知して罠の設置場所を決め る必要がある。アミが行う「サカル」はその典型的な例の一つである。傾斜地に竹針を立 てておくことによって,走り降りてきたシカを仕留める方法である。「サカル」に関する 記述では,罠に対する集中力が散漫になる交尾期に罠が効果的に機能していたことがわか る。パイワンの「ルソン」「グテヤウ」はサルを対象にした猟法であり,これらはサルを殺 すことが禁忌となっている集団が行うため,小屋を使ってサルを生け捕りにするとされて
いる。
4集団猟と個人猟の位置づけ
台湾の原住民族各集団が行なう狩猟活動において,細部にわたる差異はあるものの,ほ ぼ同様な猟法をいずれの集団も採用していることが民族誌を整理することによって明ら かとなった。特に社会関係のありかたが多様な原住民族の社会において,共通した集団猟 が採用されてきたことは注目に値するだろう。ここで述べる集団猟とは,集落ないしは複 数の血縁集団もしくは氏族が共同して行なう狩猟活動のことをさし,その猟法は主として
能動的アプローチの追い込み猟である。
台湾原住民族の各集団はそれぞれ独自の社会を発展させており,特に成員どうしの関係 については集団毎でかなり異なった関係をもつといってよい。このことは集団猟の実施に 少なからず影響を与えることになる。アミは明確な年齢階梯制をもつことから,それによ って区分された組織を集団猟の実施単位にしており,パイワンは支配階級と庶民階級より 構成される二重組織をもつことから,階級を集団猟の実施単位にすることが可能となって いた。ブヌンとツォウは各集落にまたがって存在する父系集団が狩猟地を所有しており,
同一の父系集団に属する成員が集団猟の担い手となった。タイヤルの社会組織は血族関係 にある家族が集まった集落が,多くの場合同じ河川流域ごとにまとまって,小勢力を形成 していた。タイヤルの場合,こうした小勢力や集落が必ずしも集団猟の単位とはなってお らず,狩猟団体を別に形成していたとされている(鹿野1933:17−18)。タイヤル以外の原 住民族では社会の中に存在する特定の機能をもった集団が集団猟を行なっているのに対
して,タイヤル族は集団猟を共同で行なうことによって,血縁集団間の関係を確認する機 能があったとも考えられるだろう。いずれにせよ,社会関係のあり方によって差異が生じ る可能性がある集団猟が原住民族の各集団でおおむね同じ形態をもつということは,集団 猟そのものが彼らの社会関係のありかたによって発展してきたものではないということ
になる。
集団猟は基本的に追い込み猟という形式で行なわれていた。追い込み猟の狩猟時期を明 確に示した記述はないが,それが恒常的に行なわれたものではなかったことは,いくつか の記述から明らかである。例えば,アミ族やパイワン族は3年に1回,こうした狩猟を行 なっていたとされている。また,パイワン族は祭祀の後に,こうした集団猟が行なわれた 場合は,その名称が区別されていることから,必ずしも集団猟が祭祀に直接結びついた狩 猟活動ではなかったことがうかがえる。
このようにして考えた場合,集団猟が彼らの日常生活における食糧摂取に大きく寄与し ていたとは考えがたいであろう。やはり,集団で行なう追い込み猟は彼らにとっても特別 な猟法であったと考えたほうが適切であろう。では,個人猟は彼らの日常的な生業活動と して十分寄与していたのであろうか。パイワン族の個人の狩猟記録として67歳の男性が 豹1頭,イノシシ8頭,禿97頭とあり,別の集落の首長ではイノシシ80頭,禿220頭という 記録が残っている(台湾総督府蕃族調査会1922:400)。きわめて限定された記述ではある が,おそらく個人猟も彼らの経済生活にはそれほど大きくは寄与していなかった可能性は 高い。これは,彼らの狩猟活動がいわゆるマイナー・サブシステンスという面面に分類し
うることを示している。すなわち,単に経済的にはその成果が還元されないにも関わらず,
慣習的な活動としてかなり長い歴史をもった猟法を発達させてきたと考えてよいからで ある(松井1998:144446)。それは,罠猟が対象となる動物種の習性に合わせて,巧みに その形態を変えていることからも理解できるであろう。