開発教育教材 にみる途上国像
―「 貧困の悪循環」 とい う偏見 とその克服
IInages of]Developing Countries in Activities of]Development Education:
Beyond the PreiudiCe Of̀Vicious Circle of Poverty'
池 田 恵 子 Keiko IKEDA
(平 成 13年
10月9日 受理
)は じめに
本稿の目的は、開発教育のカ リキュラムと教材 に登場する開発途上国の貧困をめ ぐるステ レオタイ プに関 し、地域研究的視点か らその問題点を整理 し、途上国社会を教材化する際の留意点を考察する ことである。
具体的には貧困の構造的原因を理解す るためのカ リキュラム「貧困の悪循環を断ち切 ろう」 (対 象 年齢 :中 学生・ 高校生以上
)、特に筆者が主 たる研究対象 として きたバ ングラデ シュを題材 とした教 材を取 り挙げる。バ ングラデシュは、中学や高校の教科書 にほとんど記述がないにもかかわ らず、開 発教育の教材の中に最 も多 く取 り挙げ られる国の一つである。本稿では、教材が描 き出 していると思 われる途上国のイメージ、 とりわけ「貧困の悪循環」 という構造理解が、開発教育 という文脈で途上 国に普遍的なものとして取 り扱われる際の問題点を、① より的確な地域理解、②価値観 と態度の形成 という2つ の視点か ら整理する。そ して筆者 自身が実際にこの教材を使用 した経験 も踏 まえなが ら、
開発教育において開発途上国の貧困を取 り挙げる際に盛 り込 まれるべ き課題や価値観を考察 したい。
1。
開発教育教材における途上国像 (1)開 発教育 とは何か
開発教育教材 に登場する途上国像 に関する議論 に入 る前 に、本節では日本における開発教育の草分 け的推進団体である開発教育協議会の出版物 (開 発教育協議会 :2000、 1999a、 1999b)な どに依拠 し、その内容を要約する形で開発教育 と開発教育教材の特徴 について必要な限 りにおいて説明 してお こう。教材に描かれる途上国像や貧困概念 は、開発教育の理念、 目的や手法に大 きく規定 されてきた か らである。 そ して、それ らは時代 によって変化 している。
開発教育 は、 「 開発途上国の多様な文化や社会、 そこで生 きている人たちのことを知 り、相互依存 関係をはじめ南北問題や開発問題を構造的に理解すること、そのような理解を出発点に して、 自ら考 え、社会参加 し、問題解決 に向けて行動す ることを目指 し、共 に生 きることがで きる公正 な地球社会 つ くりに参加することをね らいとした教育活動」であると定義 される。開発教育 は、欧米諸国か ら途 上国への援助が本格化 した 1960年 代に、途上国に住む人々の窮状、つまり貧困、栄養不良、保健医療、
教育の遅れなどを先進国の人々に知 らせ、援助の必要性を訴えることを目的 として始め られた。 しか
し、 1970年 代に入 って、途上国の貧困の構造的原因を考えるものへ と変容する。すなわち、途上国の
貧困は、植民地支配や経済的支配を行 ってきた先進国側 によって引 き起 こされたものであるという考 えがよリー般的 となった。 またオイル ショックという経験によって、世界は相互依存関係にあるとい う視点が強調 されるようになった。 ここに途上国を「貧 しくて気の毒」な援助対象 として しか見ない ような単なる援助広報にはとどまらない開発教育が形成 される。 さらに、途上国の問題点のみを取 り 挙げることは、その国々やそこに住む人々に対 して「貧 しい」、「困っている」というマイナスのイメー ジのみを植え付けることになるという反省か ら、より文化的側面が重視 されるようになる。その後、
地球環境問題が注 目されると、開発 は環境、人権、平和などの問題 と切 り離せないものであり、より 広 い視野か ら開発問題を捉えようという視点が加わ り、 さらに身近な生活か ら開発や環境を考えると いう傾向 も示すようになっている。
カ リキュラムの内容には、異文化、環境・ 資源、貿易、貧困、難民、国際協力、在住外国人などが 含 まれる。開発教育 は国際理解教育
1)と密接 に関係 しあう隣接分野であ り、途上国、 または途上国 と 先進国の関係性を中心 に据えた国際理解教育 (西 岡 :1996)だ といえるだろう。
日本では、 1982年 に前述の開発教育協議会が設立 され、途上国支援 に携わる NGOが 開発教育の中 心的担い手 となっていた。 しか し、 アジアや南アメ リカ諸国か らの出稼 ぎ労働者が急増 し、地域の国 際化が叫ばれる中で、その流れに開発教育を位置付 けようとする動 きが現われ、学校教育で国際理解 教育が開始 されるようになり、現在では学校関係者や自治体関係者 も主要な担い手 となっている。学 校教育に関 していえば、在住外国人や外国籍児童が多いなど特定の状況にある地域を除いては、たま たま興味関心のある教員が独 自に教材を工夫 し、 または NGOな どか ら人的資源を活用 して暗中模索 で行 っているのが現状である。 さらに、今後総合的な学習の時間の導入によって開発教育がより普及 すると予想 され、教材の整備 は不可欠な課題 となろう。
に )開 発教育教材の特徴
このように開発教育は、遠 く離れた世界についての知識理解か ら、私たち自身の生活や地域の身近 な問題を基 に開発や環境を考え、 または地球規模の問題の原因探求 と解決に向けて参加する態度 と能 力を養 うものへ と大 きく変貌 した。開発教育の手法に関する主な特徴 は、 このようなね らいを反映 し て、参加型学習を重視する点にある。それは第一に、正 しい情報の習得 という内容重視ではなく、む
しろ、 いかに学 び、 ことが らに注意を払い、新 しい考え方に心を開 き、情報を得 るのかという方法重 視の点 (開 発教育推進セ ミナー :1997)で ある。すなわち、知識が授業者か ら学習者に与え られるだ けではな く、学習者が シミュレーションゲーム、 ロールプ レイ、 フォ トランゲージ、インタビュー、
討論、プランニ ングなど様々な手法を通 して、情報活用能力、 コミュニケーション能力、批判的思考 力、意思決定技能などの能力や技能を習得する。第二に、教育の過程が重視 される。すなわち、一つ の正解を導 き出すことが目的ではな く、様々な答えがあったり、定まった答えがないことも多い。 こ れ らの特徴が、開発教育のカ リキュラムと教材の性格を大 きく規定 している。
ところで、本稿で取 り挙げる貧困に限 らず開発教育が扱 う課題の多 くは、いうまで もな く、 きわめ
て複雑で、各国の国内事情や国際情勢、歴史的要因が絡み合 って生 じているものである。 しかも、貧
困に代表 されるように、現代の日本人、特に子 どもに実体験がない場合が多 く、 日常的に身近に見た
り接 したりする機会 もあまりない。 ところが、貧困や難民の惨状などは、今 日では様々なメディアを
通 して実に簡単 に垣間見 ることがで きる。そのアンバ ランスさ故に、偏見が入 り込みやすい。アジア
やアフリカの国々に関する「 エスニック」「 ェキゾチック」 (観 光
)、「病気が多い」 「危険」 (衛 生・ 治
安
)、「 かわいそ う」「助 けてあげたい」 (援 助・ 保護
)、「 しかたない」 (運 命論 )な どの偏見である
(開 発教育セ ンター :1994)。 これ らの偏見 は、時 として問題 に関心を持つ きっかけとなるものの、構 造理解を深めるためには取 り除かれることが望 ま しい。
つまり、開発教育教材 は、単 に参加型学習の手法に工夫を凝 らすだけでな く、要点を押 さえつつ複 雑な事象をわか りやす く解 きほぐし、 ステ レオタイプや先入観 に気づかせなが ら、 自分 自身の問題 と して共感 とリア リティを もって課題を学習者の元に引 き寄せ ることが必要 とされる。 ところが、知識 偏重 になることな く、 しか も先入観を持たせないで問題意識を高めることはそれほど容易ではない。
8)地 域の実情 と教材
実際の開発教育教材 には、架空の国や社会を想定 したものと具体的な開発途上国社会を事例 に した ものがあるが、後者が圧倒的に多い。 しか し、特定の国や地域を題材 に した参加型教材 には、共通 し て物足 りなさを感 じる。 まず、題材国の社会や文化、個別具体的な事情を捨象 し、普遍的な問題点を 一般化 したモデルを見せ られているようだか らである。そ して、問題のみが途上国の人々の日常の暮
らしか ら切 り離 されたところで論 じられているように感 じられるか らである。
近年、開発教育では参加型学習手法を実施することばか りが注 目され、活動主義的傾向に陥 ってい るとい う批判がなされている (近 ほか :1999)。 この批判 は、学習の中で参加型教材を活用 した後で 自分の生活を見直 し、実社会の問題解決へ と行動を起 こそうとさせ る過程 まで十分にカ リキュラムの 中に組み込 まれていない、 とい う意図で行われ ることが多い。すなわち、効果的な「 問いかけ」や
「 ふ りかえ り」を通 して、問題 と自分 とのつなが りを理解 し、 自分 自身のあ り方を見つめなおす視点 を得 る段階までたどり着 けない点を指摘 していると考え られる。 しか し、教材の扱 う知識内容 という 点か ら見 ると、技能の獲得や態度の形成を重視するあまり、教材 として取 り挙げた特定の途上国の社 会や文化、問題の内容を簡略化 し、途上国一般 における普遍的問題 として扱 うために、 より浅 い認識 段階にとどまるという制約が克服 されていないとも理解できる。 さらに、かえ つて個別事例 に即 した 現実の問題を理解する機会が得 られないという結果を招 いているといえるのではないだろうか。
本稿で、バ ングラデシュ農村が題材 として活用 されている「貧困の悪循環を断ち切 ろう」 というカ リキュラムを取 り上 げて検討 したいのは、 まさにこの点、つまり、① より的確な地域理解 と、②価値 観 と態度の形成 という2つ の視点をいかに組み込んでいけばよいか、 という点である。
2。
「 貧困の悪循環を断ち切ろう」
(1)貧 困をテーマとしたカ リキュラムの概要
貧困、 または先進国 と開発途上国 との経済格差の理解 は、開発教育の基本 といって もよいだろう。
貧困はまさに、国際協力や外国人労働者、難民、環境、貿易などをめ ぐる問題の理解に先だつ問題だ といえよう。
貧困をテーマとした学習 は、様々な実践例が報告 されているが、その大半が、貧困の現実、貧困の 構造、貧困の解決の二部 にようて構成 される。個々の教材 は、 この三つのどれかをね らいとしている。
通常、対象年齢が低 ければ貧困の現実を知 り、 または疑似体験 し、貧困の中に暮 らす人々に共感する
ことが中心 となり、対象年齢が上が るに従 って構造的理解が中心 となる。表 1に 、 これまでに報告 さ
れた教材の概要を教材集や実践報告 (開 発教育協議会 :2000、 1999b、 開発教育推進セ ミナー :1997)
などか ら主なものを示 した。すべての教材が一つのカ リキュラムの中で実施 されているわけではない。
表 1 貧困をテーマとしたカリキュラム
学習の構成 と ね らい 展 刷 要
1。
貧困の現実
「貧困とは仰 可 ・ 貧困をイメージす る
・貧困概念の広が りを知 る
貧困のイメージを出し合 う
(ウェビンの 貧困人 口の大半は途上国に集中するとい う講 義
①
②
「無人島ゲーム」 0人 が生 きてい くのに 「必要不可欠 な もの」 と「あれ ばいい もの」 を地球 規模 で考 え、自分以外 の人 々に共感 を持 つ
① 「無人島で一緒に暮 らす」とい う設定で、グ ループで持ち物を 10だ け選び、「必要不可欠 なもの」 と「あればいいもの」に分類 し、発 封 る
「二杯の水から」 ・乳幼児の死が下痢 によって引き起 こ されていることを知 る
・貧困が単なる金銭的欠乏ではな く、
安全な飲み水や栄養の不足、識字の 低 さな どを意味す ることを知 る
① 5歳 までに死亡する子供の割合の地域的傾 向、死因、安全な水が得られない地域などに ついて確認
② スポーツ ドリンクと ORS(経 口補水塩 )を 飲み比べ、感想を書く、 ORSの 説明 2.貧 困の構造
「貧困の悪循環」 ・貧困の因果関係を明ら力ヽこする
・貧困の要因が悪循環をなしていること を聯 る
① バングラデシュの生活を描いたビデオを見て、
問題点と課題を分類し、因果関係で結び、貧困 の悪循環を理解する
「一枚の絵から」 ・一枚の絵が意味するものを考えること によつて、国内の貧困の構造にういて 気づ く
① 絵から、植民地と旧宗主国の関係や貧困が生 まれる経過、国内の特権層 と貧困層について 読みとる
「貿易ゲーム」 ・北 と南の垂直貿易の仕組みの不平等 さ に気づき、改善策を考える
① シミュレーション
0ゲーム「貿易ゲーム」を行 ,
3.貧 困の解決
「貧困の悪循環を断 ち切ろう」
・貧困の悪循環を断ち切る方法を考える
・実際に行われている貧困の悪循環を断 ち切る活動を知 り、自分たちにできる ことを考える
① バングラデシュについて分析した「貧困の悪 循環」を断ち切る方法を話し合 う
② NGOな ど実際に貧困の悪循環を断ち切る活 動を調べる、インタビューする
「バングラデシュを 救 う9つ の方法」
・貧困問題の解決について、様々な方法 があることを理解する
① バングラデシュを救う9つ の方法のランキン グを個人で行い、グループで討論する [出 典 ]開 発教育推進セ ミナー編 ,1997,『 新 しい開発教育のすすめ方 :地 球市民を育てる現場から』
,古今書院、
pp.32‐58、及び、開発教育協議会編,2000,『 いきいき開発教育 総合学習に向け
たカ リキュラムと教材』 ,開 発教育協議会、
pp.32¨39よ り作成。
これ らの教材では、 まず貧困という状態について、できるだけ具体的にイメージできるように意図 されている。一人あた り所得やカロ リー摂取量、 UNDPの 人間貧困指標など、抽象化 された数値指 標 は極力使用せず、一 日の食料摂取量の違いを、実際の食品を計 り比べてみたり、飲料水や身の回 り の必需品などか ら考えてみたりしなが ら、貧困 とはどういう状態をいうのかを自分で導 き出すという ような手法をとっている。また、貧困の構造的理解 として、南北問題や途上国国内の社会構造の問題 など、特定の要因に偏 った説明に終わ らず、多面的に貧困の構造を理解 させようという工夫がある。
解決 に際 して も、様々な方法や、様々な努力を行 っている人たちの実例を挙げたり、インタビューを 行 ったり、 自分たちにできることを考えたりして、社会参加に繋げる努力がなされている。
(2)「 貧困の悪循環を断ち切ろう」の展開
「 貧困の悪循環を断ち切 ろう」 は、貧困を課題 とした一連の学習の中で、 その構造 と解決策を考え
る役割を担 っている。貧困の構造を説明する際には、貿易の不均衡や途上国国内の社会構造、国際政
治 (紛 争
)、援助や累積債務など様々な視点か ら切 り込むことが可能である (開 発教育推進セ ミナー
:1997)が 、 この教材が重視するのは、基本的ニーズ (Basic Human Needs)で ある。すなわち貧困
とは、具体的に教育、保健、衛生など人間生活を営むのに絶対必要な要素の不足だという考え方であ る。 その視点か ら、途上国に住む人々はなぜ貧 しいままなのか、 どうすれば人々は貧困か ら脱却でき るのかを考えるのが このカ リキュラムのね らいである。
カ リキュラムは以下のように展開する。まず、途上国の農村の暮 らしなどを描いた ドキュメンタリー 番組や、 NGOな どが作成 した ビデオを見て、その村の暮 らしの問題点や課題を出 し合 い、整理す る ことか ら始 まる。その際によ く使用 されるのが、バ ングラデシュの農村を題材に した ビデオである。
筆者 は、バ ングラデシュを題材 に しているが、作成者や構成内容が異なる 3種 類の ビデオ
2)を見せて このカ リキュラムを 3回 (学 習者 は各回 ごとに異なる本学教育学部生 )行 った。その結果、 3回 とも、
学習者が挙 げる要因 は似通 っていた。 また、他の実践例で も同様 の結果が報告 されている (田 中
:1994)。 以下が、 ビデオを見て、学習者が挙 げる問題点である。
低 所 得 人 口 過 剰 産業未発達 低 技 術 伝統的社会 失 業
住 環 境 自 然 災 害 非 衛 生 低 教 育
大人か ら子 どもまで、朝早 くか ら一生懸命働 いて も収入が少ない。
人口、特 に子 どもの数が多い。
農業以外 にこれといった産業がない。天然資源にも恵まれていない。 '
農業 は手作業が多 く、機械化・ 技術が遅れている。
しか も地主が存在 している。
仕事 も自分の土地 もない人 は、 日雇労働者や小作人 として地主の農地で働 くか、出 稼 ぎに行 くしかない。
家 は貧弱で狭 い。
自然災害が多い。
トイ レがない し、全体的に不衛生 に見える。
学校設備が貧相で不足 している。教育を十分 に受 けられない。
開発教育協議会 によるカ リキュラムの進め方の手引 き (開 発教育協議会 :1999b)な どによると、
カ リキュラムは次のように進行する。 これ らの要因をカー ドに書 き、 3‑4人 のグループで、どのカー ドがどのカー ドの原因であり結果であるのかを分析 しなが ら、並べてい く。または、予め用意 された、
子 どもの暮 らしに焦点を当てて貧困の要因を書いた 8枚 のカー ド (図 1)を 学習者 に渡 し、同様に因 果関係を考える。 ここで提示 される貧困の要因 とは、学校、貧困、栄養失調、飢餓、職業的技能、失 業、健康、収入の不足である。 カー ドを並べてみると、それぞれの要因が、他のある要因の原因であ り、かつ、 また別の要因の結果であることがわか り、図 1の サークルのように貧困の諸要因は悪循環 をな しているという結論 に至 る。
ここで描かれる悪循環 とは大 まかにいって次のようなものとなる。貧 しい人々は、十分 に食べてい くことも困難な生活水準 にあり、適正な栄養摂取、初等教育や保健医療にお金を使 う余裕がほとんど ない。その結果、基礎教育を身 につけられず、健康状態 も悪い。病気 になる危険性が高 く、大人 は作 業効率が劣 り、子 どもはますます学校へ通えない。基礎教育を受 けていないと技術習得能力が低 く、
生産性 はさらに低 くなる。 こうした理由で、収入が低い状態が続 き、いつまで も貧困の悪循環か ら抜 け出す ことがで きない。
さらに、学習者が次の点 に気づ くよう、議論を行 う。貧困には条件 さえ整えば比較的短期的に解決
図 1 貧困の要因カー ド 学 校
病気 にな りやすい子 どもたち は、勉強するのが大変で、学校 を休みがちになる。
飢 餓
貧困生活にある子 どもたちは、
十分 な食べ物 を とっていない ことや、栄養のある食べ物を十 分 とつていないことが多い。
貧困
世界の子 どもの約 25%が 貧困
生活 に あ る。
職 業的技能
学校の勉強が大変で、学校 を休 む ことが多かつた り、退学 した りした子 どもたちは、読み書き 計算な ど、仕事に必要な技能が 身についていない。
栄養 失調
十分 な食べ物 を とっていない 子 どもたちは、 栄 養失 調 にな
り、発育成長できなくなる。
失 業
子 ど もた ちは大 き くな る と仕 事 を探す。学校 で基本 的技能が 身 についていない と、仕事が見 つか りに くく、また報酬 が十分 な仕事 につ きに くい。
健 康
栄養失調の子 どもたちは、身体 があま り強 くなく、感染に対 し て抵抗力がないので、病気にな
りやすい。
収 入 の 不 足
失業 中の人 や 安 定 した職 を持 たない人 は、食料 、衣服 、住居 な ど生 き るた めの基 本 的 な必 要 を満 たす ための収入 がない。
そん な貧 困 の 中 に子 どもが生 まれ る。
[出
典 ]開 発教育推進セ ミナー編 ,1997,『 新 しい開発教育のすすめ方 :地 球市民を育てる現場か ら』 , 古今書院、 pp.48.
可能 と思われる側面、つまり食料や栄養、医療などと、長期的な対策によってのみ解決可能なもの、
すなわち人材の育成 に関わる教育や技術、経済や産業の発展などがある。また単に欠如 している食料 や教育、収入 などの うちどれかを補えば貧困問題 は解決するわけではなく、現実には、 この状態を自 らの力で切 り開いていけるかどうか
3、それが社会的経済的にどの程度可能かが重要 となる。そ して、
貧困は途上国のみの問題ではな く、 日本や欧米 にも存在する人類共通の問題である。
これ らの点を押さえた上で、悪循環をどこで断ち切 るのが最 も効果的か、またはやりやすいかなど を考えてみる。 そ して実際に開発途上国で活動 している NGO職 員の話を聞 くなど して、多様な解決 があることを知 り、 自分にできることを考え、学校や地域、家庭での活動計画をたてる。 これが、 こ のカ リキュラムの一般的な展開である。
0)考 察
では、教材「貧困の悪循環」について、上記のような構造理解 と、そのイメージを具体化するため に活用 されるバ ングラデシュの地域像、及び両者の関係を検討 してみたい。
バ ングラデシュ、またはインドなど近隣の南アジア諸国の国名か ら、多 くの日本人が浮かべる印象
は、おそ らく、人 口過密で、 自然災害が多 く、貧 しい人が人 口の大半を占め、紛争が絶えず、女性差 別がある、 まさに「最貧国」 というものであろう。学習者が、バ ングラデシュの農村の生活を描いた ビデオを見て指摘 した点 も、 これ らのイメージと共通 したものだといえよう。確かに、 1997年 には、
バ ングラデシュの人口の 48%が 所得水準か ら見て貧困線
4)以下の状態にあるとみなされる。成人識字 率 は 39%で あり、 これより低い国は 10を 数えるだけである。 5歳 以下の低体重児 は 56%を 占め、世界 で も最悪の水準である。社会経済的な機会 は女性 にとって著 しく不利であ り、例えば成人識字率の内 訳を見 ると、男性 50%に 対 して女性 27%と 格差が大 きい (国 連開発計画 :1999)。 このような具体的 な地域の事情か ら途上国の貧困 という一般的な課題を導 き出す際に、何が問題 となるであろうか。
第一 に、 「貧困の悪循環」 を構成す る要因の分析が、バ ングラデ シュという固有の地域か ら始 まり なが ら、途中か ら途上国の貧困に関 して普遍的 と思われる要因の議論 に代わ っている点である。つま り地域 に固有な要因 と途上国に普遍的な要因を区別 しないで論 じている。途上国はきわめて多様な社 会か らなるが、大部分の国に共通する特徴 もある。低い生活水準 と生産性、高い人口増加率 と失業率、
低い就学率 と識字率、未発達な市場 と不完全な情報などがそれであると一般 にみなされている。学習 者が指摘する農村の暮 らしの問題点、そ して「貧困の悪循環を断ち切 ろう」で示 される 8つ の貧困の 要因 も開発途上国にある程度共通 し、概ね予見で きる事象だといえる。
ところが、 いうまで もな く、個々の開発途上国や地域を見てみると、基本的な開発政策や文化、歴 史的経緯の違いか ら、 これ ら共通項 とみなされがちな要素に大 きな格差が見 られる。教育や衛生施設 へのアクセスの違いだけではない。例えば「地主が存在する」 と言 った際の地主 と小作の関係は、地 域 により当然異なるだろう。具体的地域を教材 としなが ら、その固有な事情 にもとづいて貧困の構造 を考え、解決策を考えることな く、普遍的な要因に還元 して しまうのであれば、途上国は皆同 じとい う固定的印象を与えかねない。 この点が、バ ングラデシュ社会 という固有性を捨象 し、開発途上社会 に普遍的 とみなされている一般化 したモデルに還元 していると思われる点である。
第二 に、貧困の諸要因が、他の要因が介在することの可能性を示唆 しないで直接関連つけられてい る。特 に、低所得 と栄養不良や教育などの要因が直接結び付 けられているが、例えば ジェンダーによ る世帯内分配の不平等などの要因が介在 している。すなわち男児 と女児によって栄養不良率が大 きく 異なるというような、他の要因の存在がまった く触れ られていない。そ して、それ らの介在要因は宗 教や文化、社会制度など題材 となっている地域の固有性を大 きく反映 しているものであるということ
に注意を払 う必要がある。
第二 に、 カ リキュラムや教材の中では、あまり当事者規定が登場 しない。つまり、貧困や生活の問 題 について、貧困の中にある人々が貧困をどう理解 し、何が一番問題だと考え、 どう状況を変えてい きたいと思 っているのか。それを知 ることは決定的に重要なはずなのに、 ほとんど無視 されているの である。 これでは、外部者が描いた貧困像 に基づ き、外部者が救いたいと考える貧困像を論 じること になりかねない。
最後 に、 「悪循環」 という単純化 した捉え方 自体が、当該社会だけでは解消で きないという停滞的 な印象を与えている。途上国の人々は自分たちの力だけでは貧困の悪循環か ら抜 け出す ことは難 しく、
外部者の助 けがないとどうにもな らないという誤解が生 じかねない。実際のところ、貧困者たち自身 が 日常の生活の中で、貧困か らの脱却 に努力 しているのだが、その姿が教材か らは見えない。そのよ
うな試みを含めたバ ングラデシュ農村の実態の一部を紹介 しよう。
3。
貧困をめ ぐるバ ングラデシュ農村の変化
(1)「 土地な し農民」 と「農民層分解」をめ ぐる議論
バ ングラデシュ農村の貧困を論 じる際に、まず注目されるのは、農地を持たない土地な し農業労働 者や小作農民の存在であろう。人 口圧力に対する農地の外延的拡大の限界 と、人口の 9割 を占めるイ スラム教の均分相続の慣習によって農地の再分化が進み、その結果 として零細な小農民や、土地を手 放 して日雇いの農業労働者や小作農民 となる世帯が大量発生 した。そ して農業以外の産業 も発達 して お らず、地主制度 も存在するため、 これ ら農業労働者、貧農 はますます低所得 に甘ん じなければな ら ない。農村で食べていけない人々は、都市へ と押 し寄せるが、そこで も就業先が豊富にあるわけでは な く、 スラムが形成 されて都市環境が悪化す るだろ うとい う説明が、 かつて は主流 を占めていた (Jansen:1987、 渡辺 :1985)。
実際に 1995年 の段階で、全国の農村在住世帯のうち土地な し世帯
5)は34%を 占める。 また、平均的 な家族が農業だけで生計を立てるのに必要 とされ る 1.5エ ーカー (1エ ーカーは 40ア ール )以 上の農 地 を持つ農家 は 29%し かない (BBS:2000)。 とは言 うものの、農村 の貧困線以下 の人 口比率 は、
1983/84年 の 62%(BBS:1998)か ら、前述のように 1997年 には 48%へ と大 きく減少 し、初等教育 の就学率は 1960年 の 54%か ら、 1997年 には 75%へ と格段の改善を見せた (Huq:1997、 国連開発計画
:1999)。