は じ め に
CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)とは「経営者お よび企業が,道徳や倫理という規範的価値を基盤としながら,社会的文脈の なかで,ステイクホルダーの社会的な要請・期待および圧力に対し,事後・
結果的責任対応のみならず,事前・予測志向的責任対応をも含めたかたちで,
効果的かつ能動的に経済的利益と社会的利益の最適化を図るための,実践 的・行動志向的な方法や行動」を意味する。
近年,規模の大小を問わず,企業不祥事が増発しているが,これと「倫理 観の欠如」が関連していることは疑いのないところである。そこで,不祥事 を起こした多くの企業は「コンプライアンス」の名の下に倫理観の見直しを 唱えるが,問題は当該企業がこの「倫理観の中身」をどう見るかであり,こ
CSR 戦略の新しい潮流
―― ソーシャル・エンタープライズの可能性 ――
合 力 知 工
はじめに
Ⅰ.CSRについての誤った解釈 1.社会的批判を避けるためのCSR 2.コストと捉えられるCSR 3.啓発的自己利益倫理に基づくCSR
Ⅱ.CSR戦略の新しい潮流 1.現代における社会的課題
2.ソーシャル・エンタープライズの活動 終わりに
−369−
( 1 )
れをどのように解釈するかである。倫理観の見直しという活動がCSR活動 となるか否かは,その解釈の仕方による。企業が,事後・結果的責任対応以 上の,事前・予測志向的責任対応を実践するには,表面的な倫理観では意味 はなく,社会的価値観と一致するような,企業に一貫して根を下ろす深いレ ベルの倫理の存在が不可欠である。
また,一般に,企業の究極目的は「利潤の極大化」であると考えられてい るが,この主張の支持者にとって,CSRはその目的を阻害する要因(コス ト)であると認識されることが多い。しかし,CSRに取り組む企業が増え,
例えば,ISO14000シリーズの認証を得ようとする活動プロセスがコスト削 減を実現し利益を創出したり,また,CSRと企業業績の間に正の関係性が 表され,SRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)のような金 融商品(手法)が登場し始めたりすると,CSR活動はコスト負担というよ りむしろコスト削減をもたらし,投資の機会にもなるものであると考えられ る。つまり,CSRは効果的かつ能動的に経済的利益と社会的利益の最適化 を図るための,実践的・行動志向的な方法や行動なのである。
さらに,こうしたCSRの効果が実証されるようになると,CSRを社会に 対する責任遂行としてではなく,「CSRに取り組めば最終的に儲かる」とい うような啓発的自己利益倫理に基づく活動として捉える企業も出てくる。そ のような活動の目的はあくまで「自己利益」であり,それを極大化するため にCSRを利用するのである。しかし,このようなCSRは持続的に行われる 性質のものではなく,社会的課題に応えるような形で,社会的利益創出のた めの手段として自己利益創出の必要性を考えるCSRでなければ持続性はな いと考えられる。
「社会的利益創出のための手段として自己 利 益 創 出 の 必 要 性 を 考 え る CSR」を戦略的に進めるにあたっては,まず「社会的課題が何であるか」を
−370−
( 2 )
知る必要があるが,それを探すためには「ステイクホルダー・エンゲージメ ント」が有効かもしれない。ステイクホルダー・エンゲージメントとは「企 業がステイクホルダーと建設的な対話を行い,そこでの議論や提案を受けて,
経営活動に反映させていくこと」を意味し(谷本[2006]pp.169‐173),企 業がこの活動を行い,さらにアカウンタビリティを果たしていくことは,企 業が社会的利益を創出させる上で重要なポイントとなる。
企業が社会的利益を創出させる活動としては,「社会貢献活動(企業の経 営資源を活用したコミュニティへの貢献活動。施設・人材などを活用した非 金銭的なものや,寄付など金銭的なものがある)」と「社会的事業(寄付や 一時的な支援ではなく,社会的課題に持続的に応えるためにビジネスなどの 形態をとるもの)」が考えられ,どちらも有益であるが,本稿では特に後者 の活動,すなわちソーシャル・エンタープライズの活動が今後のCSRの新 しい潮流になるのではないかと考え,その可能性について言及していきたい。
Ⅰ.CSRについての誤った解釈
1.社会的批判を避けるためのCSR
CSRを道徳や倫理という観点から見てみると,一般にそれは企業不祥事 と結び付けられることが多いかもしれない。CSRは,日本では1950年代以 降,「企業社会責任」とか「企業の社会的責任」という言葉で学界や財界で,
道徳や倫理と関連付けられて議論されてきているが,それにもかかわらず,
企業の不祥事は一向に無くならない。この1年間だけを見てみても,コムス ンの介護報酬不正請求,不二家の期限切れ原材料使用,ミートホープの食肉 偽装,石屋製菓の賞味期限改ざん,赤福の製造日偽装,船場吉兆の賞味期限 改ざんなど枚挙に遑がない。
「企業不祥事は何故,無くならないか」という問いに対し,多くの識者は
「企業倫理の欠如」と答えるが,これは問題の一面しか捉えておらず,それ CSR 戦略の新しい潮流(合力) −371−
( 3 )
よりもむしろ「企業組織の風土・構造,社会に対するアカウンタビリティの 欠如」にこそ,その本質的な原因がある(谷本[2006]p.24)とする立場が ある。
この立場には大いに賛成であるが,だからといって企業倫理を軽視するわ けではない。むしろ,企業の有する倫理観はCSRにとって重要な要素であ ると考えられる。しかし,不祥事を起こした企業がその原因を「企業倫理の 欠如」と考える場合,その多くは自社内での倫理綱領の設置や見直しに注力 し,「コンプライアンス経営」を強調する。その第一の目的は表面上の社会 的な批判を避けることにあり,真に社会的文脈に即した形で企業に一貫して 根を下ろす倫理(L.コールバーグの示す「第3レベルの道徳」)を考察しよ うとはしないのである1)。しかし,その企業が事後対応的な倫理観の粛清の 強調に終始し,社会的な価値観やルールと照らし合わせた形で根本的な企業 倫理を見つめ直すことをしないのであれば,その企業は,再度,不祥事を起 こす危険性がある。
また,企業が不祥事を無くすためには,全社的な組織風土・構造の見直し を行うことも重要であるが,企業が組織構造の見直しを行う場合,企業の関 係する社会経済システムの構造を鑑みる必要がある。この場合も,企業の経 済活動が自社内の価値観やルールに則っているかだけではなく,社会的な価 値観やルールに則っているかどうか,またステイクホルダーへのアカウンタ ビリティを果たしながら事業活動を行っているかどうかなどが重要なのであ り,企業構造の見直しもその観点から行われなければ,CSRを果たせるよ うな企業にはなれない。
すなわち,企業内における倫理的対応(対内倫理)と企業外に対する倫理 的対応(対外倫理)との格差,いわゆる「倫理の二重性」を企業が解消し,
高い道徳的・倫理的価値観に支えられた企業倫理を企業内部システムに浸透 させ,経営者の意思決定・企業経営政策・企業行動に明確に反映させるとと
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もに,社会的な価値観やルールに則った形で組織構造の見直しを行い,ステ イクホルダーに対しアカウンタビリティを果たしていくことが重要である。
社会は,企業に倫理的であることを期待し,経営者が意思決定を行う際に,
善と悪・公正と不公正・倫理的正当性を判断するガイドラインを適用するこ とを望んでいる。倫理的規範は社会によって異なるが,異なる社会の人々の 間に文化的相違があるからといって,共通の倫理が形成されないわけではな い。例えば,EU社会憲章では,加盟国間における共通の職権と人道的処遇 の促進が謳われている。
しかし重要なのは,「企業は倫理的であるべきか」ではなく,また,「企業 は経済的に効率的であるべきか」でもない。社会は企業に対して,同時にそ の双方の要件を満たすことを求めている。倫理的行動は,企業の社会業績の キーとなる。公的な支援を維持し,信用すなわち,企業の正当性を維持する ために,企業は高い経済業績と高尚な倫理的規範という2つの社会的要求を 統合する方法を見つけ出さなければならない。企業がステイクホルダーに対 し倫理的に振舞うと,社会への貢献はより良いものとなる。しかし,倫理的 に振舞うことを怠ると,公的な支援を失うというリスクに直面することにな るのである(松野・堀越・合力編[2006]p.15)。
2.コストと捉えられるCSR
企業を「資本主義経済体制における営利的商品生産を目的とした組織体」
としての側面からのみ見れば,そのような企業の活動の目的は,「利潤の極 大化」に集約される。これは,より具体的には,企業が市場の需要に従って
「総収入と総費用の差額としての利潤を極大化すべく生産量を決定し,獲得 すること」を意味する。
CSRをコストと捉える立場の人々は,CSRが経済的制度としての企業に とって何ら基本的意味を持たず,考慮するに値しない抹消的な問題にすぎな CSR 戦略の新しい潮流(合力) −373−
( 5 )
いと考える。それは,経済的問題でないばかりか,不明確で貧弱な内容しか 有さず,測定することもできない。それは,現代資本主義社会における企業 を理解しないものの主張する世俗的で皮相的な「たわごと」にすぎない。こ うした問題は無用であり,有害であるとみなす。つまり,彼らは,その非科 学性と経済合理性との無関連性のゆえに,CSRを排撃すべきと主張してい るのである(合力[2004]p.174)。
例えば,伊藤長正は「経営者の実質的地位は『社会的責任』決議当時より いちじるしく弱化し,この論理を実践できる主体がない。経営者はいつまで も幻想にとらわれるほど鈍感でなく,目下利潤水準を回復するためには手段 を選ぶ余裕がないという追いつめられた心境であり,『経営責任』は『社会 的責任』に優先し,『経済合理性の追求』は『倫理』に優先するというのが 現在の経営者の態度である。企業が現代の競争社会で生きぬくためには,そ んな甘ちょろいことではとてもやってはいけない。要するに『社会的責任』
などは生きぬくためのヴェールにすぎない。皮肉な見方をするなら,わが国 でこれまで『社会的責任』を口にすることができたのは,戦後の特殊事情の ためであり,わが国大企業が甘やかされていたからだということである」と 指摘する(中瀬[1967]p.95)。
また伊藤は,米国ではCSRへの批判が堂々となされているとして,①「『社 会的責任』を要求され,これにこたえようとすると,それだけ原価が上昇し,
価格の騰貴をもたらす,あるいは賃金切下げないし引上げ余力の縮小をきた す。つまり経済合理性の追求が弱まり,それだけ経済の発展が阻害される」,
②「経営者は株主に対してのみ責任をもつべきで,株主以外の人たちのため に株主の利益を少なくするような行為をすることは株主に対する義務を怠る ことであり,商法に違反する」などを紹介している(中瀬[1967]pp.96‐97)。
確かに,企業制度が確立されたばかりの時期や高度成長期においては,私 的利潤極大化目的は社会に受け入れられてきたかもしれない。しかし,企業
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プレゼンスの増大とともに社会に対する企業の影響力が大きくなってくると,
私的利益を社会的利益に結び付けようとする努力なしに,ただひたすらに自 企業の存続のためだけにおこなうことを目的とする企業行動は,社会的コス トを増大させることにもつながり,社会的に批判されるようになってきてい る。
上記①に対しての反論として,例えば,ISO14000シリーズ(環境配慮型 経営)の認証を得ようとする活動プロセスにおけるコスト削減・利益創出の 実現が挙げられる。
ISO14000シリーズの認証取得のためには年間200万円〜300万円の費用が かかり,取得後も数年ごとに更新の必要がある。すなわち,非常に「コスト がかかる」のである。大企業であれば大した金額ではないかもしれないが,
中小規模の企業にとってその費用はかなり大きなものである。そこで,中小 企業の中には「ISOの取得は業績を圧迫するから,逆効果である」とイメー ジする経営者もいる。
しかし,実際にISO取得に取り組んだ企業の多くは,そうしたイメージ とは裏腹にISOへの取り組みプロセスの中で環境配慮のための色々な工夫 をし,無駄な「贅肉」を落とすことにより,急激にコストを削減させること に成功している。そして,売り上げが伸び悩んでも利益が伸びるという状況 に至っているのである。
ISO取得への取り組みは上記のような「目に見える効果」も出すが,実は これに取り組むことによって得られる最も重要な効果(実は,これが利益を 生み出す源なのであるが)は「従業員一人一人の環境意識の変革」である。
これらは目には見えないが,企業にとって非常に大きな効果である。
通常,ISO14000シリーズの取得は,どこか一部の部署だけで取り組むの ではなく,全社一丸となって組織横断的に行う。「Plan→Do→Check→Action」
のすべてに「環境配慮的思考」が組み込まれるのである。したがって,全社 CSR 戦略の新しい潮流(合力) −375−
( 7 )
の至る所で,環境配慮のための改善や提案がなされることになり,それが環 境の負荷を減らすのみならず,結果的に企業に利益をもたらすことになるの である。
CSRが企業によって一時的なもので片付けられる典型的なパターンが,
例えば「CSR推進室」などが増設され,その部署にCSR遂行のためのすべ ての権限と機能が集中し,その部署のメンバーだけが熱心に取り組み,他の メンバーはその指示に従う,というようなものである。このCSRでは,確 かにコスト以外の何物でもないであろう。
さて,CSRと企業業績の間に正の関係性が表されると,投資家たちもCSR に熱心になってきて,SRIのような金融商品(手法)2)に注目し始める。企業 がCSRを遂行することは「株主の利益を少なくするような行為」でも「株 主に対する義務を怠ること」でもなく,もちろん「商法違反」でもない。CSR 遂行により企業の評価が高まれば,株主は利益を手にすることになり,CSR 遂行企業に対して投資額を減らすも増やすも,その選択は投資家の自由であ る。これが,上記②に対しての反論である。
これまでは企業の価値と言えば,財務的な価値(有形資産)が評価された が,今後はそれに非財務的な価値(無形資産)が加わり,むしろ後者の評価 が高まると考えられる。すなわち,その後者の価値がCSRの遂行により蓄 積される社会的・環境的価値にほかならない。しかし,その非財務的な価値 が社会や市場と連動していなければ意味はない。あくまでも,企業価値を最 終的に評価するのは社会や市場なのである。その解釈を誤ってはいけない。
3.啓発的自己利益倫理に基づくCSR
さて,ISO14000シリーズへの取り組みやSRIの台頭などにより,企業が
「CSRを遂行すれば利益を得ることができる」と考え,CSRを目的ではなく 利益を得るための手段と考える,いわゆる啓発的自己利益倫理に基づくCSR
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( 8 )
も最近増えている。しかし,これは「企業にとって利益があるからCSRに 取り組む」という立場であるので,裏を返せば,「企業に利益をもたらさな いようなCSRはやらない」ということになる。
このようなCSRは,景気や企業業績の良い時は遂行されるが,不景気や 企業業績が悪くなると,「企業の生存」の名のもとに正当化されることが多 い。そして,このような立場の倫理は「生存倫理」として多くの経営者に内 部化されている。経営者たちは,企業(あるいは自分自身)をつぶすことを 恐れるあまり,他者を道徳的に扱う必要性を見落としがちである。生命の危 機的状況におかれた個人が,最も基本的な道徳教義でさえ,生存の名のもと に破ってしまうのと同様に,生存倫理の立場をとる経営者は「そうしなけれ ば(社会に反する行動をとらなければ)会社はつぶれていた」という過度の 経済的使命感から,彼らが口にしていた道徳的献身とは逆の内容の活動を正 当化する(合力[2004]p.210)。
「利益をあげるために良いことをする」というアプローチは,最終的に自 己利益を高めるために他人志向の行動をとることを推奨している。しかし,
この立場でのCSRは,他人を自分に利益を与える対象と見ている点で,い ついかなる時でも実践される活動とはならないであろう。
啓発的自己利益モデルでは,もし,倫理が即座の金銭的利益をもたらすも のと見られない時には,倫理は,金銭的コストの観点,たとえば利益に対す る制約として見られる。したがって,そのモデルに則った企業は,法律を正 しいと判断するゆえに従うのではなく,それが企業利益を減少させる罰則を 課すことができるゆえに,法律に従うのである(Nash[1990],邦訳p.82)。
企業が営利団体である限り,利益を追求するのは至極当然であるが,自己 利益創出のための手段として社会的利益創出の必要性を考えることと,社会 的利益創出のための手段として自己利益創出の必要性を考えるのとでは,そ の立場は全く異なる。前者は啓発的自己利益倫理に基づくCSRであるが,
CSR 戦略の新しい潮流(合力) −377−
( 9 )
このCSRは持続的に行われるものではなく,景気や企業の業績によって左 右される,いわば「見せかけのCSR」であり,筆者は後者の社会的利益創 出のための手段として自己利益創出の必要性を考えるCSRを支持する。
Ⅱ.CSR戦略の新しい潮流
1.現代における社会的課題
Ⅰ章において,CSRについての誤った解釈について述べてきたが,その 結果,持続性のあるCSRとは,①社会的批判をかわすCSRではなく,社会 的価値観と一致するような,企業に一貫して根を下ろす深いレベルの倫理が
存在するCSR,②コスト負担としてのCSRではなく,社会や市場から評価
されるような,能動的に経済的利益と社会的利益の最適化を図るCSR,③ 啓発的自己利益倫理に基づくCSRではなく,社会的課題に応えるような形 で,社会的利益創出のための手段として自己利益創出の必要性を考えるCSR である,ということを示した。
上記3つに共通していることは,言うまでもなく「社会とのつながり」で ある。社会とつながっていないCSRなどはあり得ない。したがって,企業 が能動的にCSRを遂行しようとする際,必ず「社会的課題」の探索を行う 必要がある。では,現代における社会的課題とはどういうものが考えられる であろうか。
現在,世界には様々な社会的課題が存在する。環境面では,温室効果ガス の増加やオゾン層の破壊などに伴う派生的諸問題,社会面では,人種や性に よる差別,マイノリティ差別,貧困により教育の機会を失っている子供たち,
児童買春などがあり,わが国でも少子高齢化,ホームレス,ワーキングプア,
ニート問題,女性の職場環境,病児保育,障害者や外国人の雇用問題,途上 国支援など枚挙に遑がない。
ここでは,ワーキングプアについて触れておきたい。ワーキングプアとい
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( 10 )
う言葉からは,自由な時間を選り好みして定職につかず,その結果「ネット カフェ難民」となった自助努力の足りない「怠け者」…こういう人々をイメー ジするかもしれない。確かにそういう人もいるかもしれない。しかし,ワー キングプアの多くは,選択を誤った自由人でも怠け者でもなく,働く意志は 十分にあっても働く場や機会のない人々である。そして,彼らの多くは,憲 法第25条「生存権」を保障されない生活を強いられている。
「普通」の生活を送っていた人々が,自らを取り巻く環境の変化によって,
突然あるいはじわじわと貧しくなっていくのだ。環境変化の原因は特別なも のではない。夫との離婚により母子家庭になったり,親が交通事故に遭って 失業したり,高齢者の場合は,「老いること」自体がそのきっかけとなって いるケースも少なくない。貧困から抜け出そうと,必死で仕事を求め,真面 目に生き抜こうとしているにもかかわらず,そこからは抜け出せない。また,
外国人労働者の低賃金雇用が増加し,細やかな伝統技術が失われていく地域 で,その伝統を守ろうとし,貧困に陥っていく中小企業もある3)。
総務省の2006年の調査によると,非正規雇用で働く人は1677万人とされる。
労働者の3人に1人が正社員ではないということである。不安定雇用の典型 である「日雇い労働」が「日雇い派遣」という形で1999年以降急増している。
1999年以降,労働者派遣法の改正が相次ぎ,それまで一部の専門業務に限定 されていた派遣先が原則自由化され,単純作業や製造業の現場にも派遣先が 広がったことで,日雇い派遣を活用する企業が増えたと考えられる(NHK スペシャル「ワーキングプア」取材班編[2007]pp.28‐29)。就職氷河期を 経てその時点で既に就職難だった人々の正社員への道は,この法律により,
なお一層,遠ざかっていった。
就職氷河期も日雇い派遣のワーキングプアの増殖も,どちらも企業のバブ ル期の無計画経営がもたらしたものである。派遣労働法の改正に伴い増加し た非正規雇用の活用によって競争力をつけた日本企業に真の強さも確かな将 CSR 戦略の新しい潮流(合力) −379−
( 11 )
来性も感じられない。
社会的課題への取り組みが明確化された企業においては,企業成長を促す 社員(=人材)の育成そのものもCSR戦略の一環として捉える。非正社員 比率を増やすという方策は,企業の短期的な利益拡大にとっては有効かもし れないが,それを過度に増やしてしまうと,社会に対しては失業率を高める だけでなく,国家や地域社会の税収入を減らしてしまうなどの事態を招き,
企業にとっても長期的には有効的であるとは言い難い。したがって,現在,
非正社員が多い企業でも正社員化することが望ましいし,また非正社員を正 社員化することが困難と言うのならば,非正社員を戦略的人材として活用し,
正社員と同様の権利と責任,報酬を付与する必要がある。
企業を財務面だけで評価するのであれば,人的リストラを頻繁に行うこと でスリム化し,競争力を高め,一時的に株価を上昇させることもできるが,
雇用は社会と連結している。長期安定雇用や年功賃金などが崩れてきている 現在,企業の今後の雇用システムは,CSR戦略の一環として,自立した戦 略的人材を育成する方向で再構築されるべきである(合力[2007]p.397)。 真の社会的責任企業とは,ある一部分の取り組みだけでなく,可能な限り トータルにCSRを遂行しようとする企業を言うのである。
2.ソーシャル・エンタープライズの活動
!
1 ステイクホルダー・エンゲージメント
企業が社会的課題を発見するためには,「ステイクホルダー・エンゲージ メント」が有効である。ステイクホルダー・エンゲージメントとは「企業が ステイクホルダーと建設的な対話を行い,そこでの議論や提案を受けて,経 営活動に反映させていくこと」である(谷本[2006]p.169)。
イギリスのシンクタンクであるAccountAbility(NPO)は,ステイクホル ダー・エンゲージメントを戦略的に行い,ステイクホルダーの声を聴き,
−380−
( 12 )
ニーズや期待を探し出し,それを経営に反映させることが望ましいと指摘し,
そのプロセスを図表Ⅱ−1のようにまとめている(谷本[2006]p.170)。
ステイクホルダー・エンゲージメントのメリットは,①ステイクホルダー の期待やニーズを知ることができる,②ステイクホルダーとのコミュニケー ションを深め,より良い社会経済システムの構築のために協力し合う契機と なる,③そこでの提案を経営活動に組み込み,パフォーマンスを向上させる,
④社会や市場からの評価が高まる,などが挙げられる(谷本[2006]p.172)。
!
2 ソーシャル・エンタープライズの基本要件
ソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)は,ステイクホルダー・エ 図表Ⅱ−1 ステイクホルダー・エンゲージメントのプロセス
1.思考による計画の策定 ①ステイクホルダーの確定(確定の基準は,責任・影 響・近接・依存性・代表性・政策・戦略的意図の6 つがポイントとなる)
②重要事項の特定(政策との関連性・短期的な財務業 績と法的コンプライアンス・業界の規範・ステイク ホルダーの関心と行動・社会的規範の5つがポイン トとなる)
③エンゲージメントの戦略・目的・範囲の確定
④エンゲージメントの計画と実行スケジュールの策定 2.準備しエンゲージメン
トを行う
⑤エンゲージメントの実行方法の決定
⑥エンゲージメントに関する能力の構築・強化
⑦重要事項の理解による機会と脅威の認識
3.対応し測定する ⑧学習の実行と内部化(エンゲージメントで得たこと を実施し,内部化し,コミュニケーションをとって いく)
⑨パフォーマンスの測定とモニタリング
⑩評価・再定義・組み替え 注:谷本[2006]pp.171‐172を参考に作成
CSR 戦略の新しい潮流(合力) −381−
( 13 )
ンゲージメントによって探索された社会的課題を解決するための一手段と捉 えることができる。
2006年にノーベル平和賞を受賞した,バングラディシュのグラミン銀行総 裁ムハマド・ユヌスはマイクロクレジット(小口無担保融資)の先駆けとし て知られている。マイクロクレジットとは,一般の銀行では融資を断られる ような貧しい人々に対しての資金の融資であり,ユヌスはこの融資により貧 しい人々の経済的な自立支援を広く行うために1976年にグラミン銀行を設立 した。
また,貧困のサイクルを断ち切ることをミッションとして立ち上げられた NPO団体「ルーム・トゥ・リード」は,寄付(同団体の活動資金の大部分 は寄付によるものであるが,一般的な「ただ待っているだけの寄付」ではな い。ミッションと資金の使い道を明確に示し,詳細に成果を公表する。「NPO 団体は『やろうとすること』だけでなく,『やってきたこと』を具体的な数 字で客観的に寄付者や社会に示すことが大切だ。堂々と寄付をお願いするだ けの根拠を示せないNPOの存在価値は薄い」というのが同団体のモットー であり,寄付を募るために戦略的にマーケティング活動を展開している)で 集めた支援金を恵まれない地域への「施し」ではなく,例えば学校を建てる 際など,必ず現地の人々との「協働」という形で活用する。恵まれないから 支援されて当たり前という「内向きの依存」を認めず,教育機会の獲得を情 熱的に行動で示す「前向きの自立」を助けるのである。「1000万人の子供に 生涯の教育の機会を」という目標を達成するための同団体の活動を「不可能 だ」という人は多い。だが,「それはできないと言う人は,それをしている 人を批判すべきではない」。もし,アフガニスタンにより多くの子供の生涯 教育への支援がなされていたら,もし爆薬の数ではなく,バナナの数を数え る算数の教科書があれば,あの「9.11」は起こらなかったかもしれない4)。
社会的課題に対して,行政や企業は,取り組まなければならないというこ
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( 14 )
とは分かってはいても,縦割り構造やコスト意識がその進行を阻害して,そ れらに積極的に対応できないでいる。また,セーフティネットの充実がいく ら手厚く行われても,それが自立を促すプログラムでない限り,単に「依存 者」を増やすことを助長することになる。
そうした中で最近注目されているのがソーシャル・エンタープライズであ る。彼らの多くは社会的課題に対し,無償ボランティアという形ではなく,
長期的なビジネスという形で取り組んでいる。前者では寄付などが滞れば支 援もストップするが,後者ではビジネスが軌道に乗れば持続的にその支援を 展開することが可能だからである。「利益は自らのためにではなく社会のた めに」を実践し,「ビジネスとしての採算確保」と「社会貢献」の両立とい う難題に彼らは挑戦している5)。
図表Ⅱ−2は,ソーシャル・エンタープライズについてその基本要件をま とめたものである。
図表Ⅱ−2 ソーシャル・エンタープライズの基本要件
①社会性の重視(社会的 使命感の存在)
存立の目的において「社会性を重視」していること。そ れは,単なる目的ではなく,社会的課題を解決しようと する強いミッション(社会的使命)でなければならない。
②ビジネス性の重視(コ スト意識の存在)
活動資金を(依存的)寄付などに頼るのではなく,ビジ ネスやそれに準ずる活動によりコストを意識して利益を 上げ,自己増殖を行うこと(NPO法人の形態もあるし,
企業の形態もある)。取り組むビジネス自体が社会的課 題を解決するようなものである場合と,一般ビジネスを 通じて社会的課題を解決するという場合がある。また,
構成メンバーは無償ボランティアではなく,有償ボラン ティアか従業員である(有給であり,能力に応じて給与 格差が生じる場合もある)。
③ニッチの重視(新しい 社会的価値の創出)
行政や一般企業などが参入できないでいる分野を探索し,
そこに新しい仕組みを作り出すこと。
CSR 戦略の新しい潮流(合力) −383−
( 15 )
$
3 ソーシャル・エンタープライズの形態6)
ソーシャル・エンタープライズ基本形態は大きく言うと,非営利団体と営 利団体の2つのパターンが存在する。非営利形態の典型はNPO法人である。
社会福祉法人などの形態による社会的事業も含まれる。但し,すべてのNPO 法人がソーシャル・エンタープライズというわけではない。
営利形態としては,会社として運営されるものを「社会志向型企業」と呼 ぶ。また,既存の一般企業による社会的課題への取り組み(社会的事業)も 含めて考えることができる。
①NPO法人
1998年の特定非営利活動促進法(NPO法)の制定以来2006年10月末まで に,3万以上のNPO法人が認証を受け,さまざまな分野で活動している。
NPO法人の要件としては,!)人々の自発的な意志によって形成され,政 府から独立した組織であること,")ローカルまたはグローバルなコミュニ ティにおける社会的課題の解決に取り組むことを使命とすること,#)事業 収益をメンバー間で再配分してはならないということ,などが挙げられる。
また,NPO法人の型としては,!)慈善型NPO:寄付やボランティアを ベースに,チャリティとして社会的課題に取り組む,")監視・批判型(ア ドボカシー型)NPO:企業や政府・国際機関などの活動を監視・批判したり,
アドボカシー活動をしたりするスタイルで社会的課題に取り組む,#)事業
型NPO:有料・有償による社会的サービスの提供,コンサルティング活動
を通じて社会的課題に取り組む,などがある。
もちろん,これらの型はあくまで基本型であり,活動がまたがるというパ ターンも当然ある(例えば,慈善型NPOが収益事業を行うケースなど)。
これらのうち,慈善型NPO,監視・批判型NPOは,一部,ソーシャル・
エンタープライズに含まれない部分もあるが,社会的課題に取り組むNPO
−384−
( 16 )
市場性(高い)
市場性(低い)
事業が社会的課題に 関わる程度(低い)
事業が社会的課題に 関わる程度(高い)
一般の企業
事 業 型 NPO 慈 善 型 監視・批判型 NPO 社会志向型 企業
ソーシャル・
エンタープライズ
の中でも,実際に商品やサービスを提供する事業型NPOはまさに社会的事 業を担う一つのビジネスとして理解され,ソーシャル・エンタープライズの 典型的なタイプとして位置づけられる。
②企業
営利形態としては,!)社会志向型企業:当初から企業として設立される 場合もあるし,NPOからスタートして企業に変わる場合もある,")一般 企業の社会的事業への取り組み:コンプライアンスなど消極的な取り組みに とどまらず,企業が積極的に社会的事業に取り組む(社会的責任遂行企業), などがあり,!)")ともにソーシャル・エンタープライズのタイプである と考えられる。しかし,これらのうち,社会的批判を避けることを目的とし たものや,啓発的自己利益倫理に基づくものは除外される。
さて,以上を踏まえて,各事業体を位置づけると以下のようになる。
図表Ⅱ−3 各事業体の位置づけ
注: で囲まれている部分がソーシャル・エンタープライズ 出所:谷本[2007]p.15を参考に作成
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4 ケーススタディ−かものはしプロジェクト−
ソーシャル・エンタープライズの事例として「NPO法人 かものはしプ ロジェクト」を挙げておこう。
かものはしプロジェクトは,「カンボジアの児童買春の根絶」をミッショ ンとして掲げ,2002年7月に設立された(法人認証は2004年9月)。活動資 金となる収入の内訳(比率)は,会費5%,寄付金(個人,企業など)12%,
自主事業収入72%,その他11%となっており(2006年4月〜2007年3月), 自主事業収入の割合が高いNPO法人である。
同団体は,カンボジアの貧困層の子供たちを児童買春の被害から守り,将 来的に自立できるような能力を身につけさせるためにPCスクールをつくっ て教育支援を行ったり(2004年以降),農村部の貧困女性が経済的に自立で きるように就労支援をしたり,また農村の職業訓練センターで作った製品 を日本市場で販売する支援(「帯プロジェクト」など)を行ったりしている
(2006年以降)。
同団体のミッションは,①強制的な商業的性的搾取を防止する活動を持続 的・発展的に行い,子どもが希望をもって生きられる世界を実現する,②支 援する,されるという関係性を超え,日本人とカンボジア人が共に成長でき る関係を創る,③日本とカンボジアの情報化を促進させる,である。
カンボジアはポル・ポト政権時代に300万人が虐殺され,行政組織,経済 制度,教育制度,福祉制度,その他諸々のシステムがすべて破壊されたため,
内戦後,復興が遅れたと言われているが,最近,都市部の発展はめざましい。
だが,その一方で,農村部は貧しいままなので都市部と農村部との格差が広 がっている。
貧しい農村部(1日の平均収入が1ドル以下の暮らしを強いられている)
の親たちにより,10代前半の子供が強制的に買春宿で働かされており,その 数は1万5000人にも上ると言われている。
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かものはしプロジェクトでは,稼ぎ手である親に自立するための就職スキ ルがないことや,そのための教育を受けられないことが根源的な問題である と考え,PCスクールを通じて子供たちに教育支援するのと併行して,家庭 自体の収入向上支援をしようという考えに至った。
①PCスクールを通じた教育支援
2004年12月〜2006年3月まで,貧しい家庭出身の子供たち延べ40名を受け 入れ,PC教室を開設した。PCの基礎はもちろんのこと,就職に直接的に結 び付く訓練を行うため「企業が人材に求めるスキル」を市場調査して,授業 カリキュラムに取り組んだ。タイピングも出来なかった子供たちが,パソコ ン教室を終えた後にはWEBサイトのデザインをNGOから仕事として受け,
納品できるレベルになった。将来的には,同団体の国内の自主事業(html コーディング,WEB制作など)と結び付けて,スキルを身に付けた人材に WEBサイトのデザインの仕事を発注するという構想を持っている。これこ そ,まさに自立の持続的な支援である。
②親たちへの職業訓練支援や雇用機会の提供
家族の稼ぎ手である親(特に母親)の収入向上に働きかけることが買春問 題をより迅速に解決できると考え,職業訓練センターでハンディクラフト製 品を作るための技術を獲得する支援を行ったり,彼女たちの雇用機会を提供 するための小規模ビジネスを農村部に立ち上げたりした。また,農村で作っ た製品を公正な価格で日本市場で販売する支援なども行っている。
終わりに−ソーシャル・エンタープライズの可能性−
「かものはしプロジェクト」は自主事業収入の割合が高いNPOであると上 述したが,その事業の主たるものはITビジネスであり,htmlコーディング,
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WEB制作などを行い,そこで得た利益をカンボジアの児童買春根絶活動の ために充てている。寄付に頼ると寄付者の都合により支援がストップしてし まう危険性がある。そこで支援を持続的に行えるように,同団体は自主事業 に力点を置いているのである。
かつて,「IT事業の起業家=六本木ヒルズを目指す人(金持ちになること を目的とする野心家)」という時代があった。多くのIT社長が「時価総額世 界一の会社になること」を会社の目標として掲げた。「時価総額世界一の会 社」になることは非常に難しいかもしれない。だからこそ「やり甲斐」があ るのだろう。そして,それを達成したとき,得た利益を邸宅の購入に充てる のも自家用のジェット機を購入するのも宇宙旅行に行くのも自由である。
一方,「かものはしプロジェクト」はIT事業という分野で収益を得るとい うところまでは時価総額世界一を目指すIT起業家と同じであるが,そこで 得た利益の使途が異なる。自分のためにではなく,社会的課題の解決のため に費やすのである。
ソーシャル・エンタープライズは,社会的課題に応えるような形で,社会 的利益創出のための手段として自己利益創出の必要性を考え,ビジネスの成 功と社会的課題の解決を同時に果たしていくような活動を行うが,これも時 価総額世界一になるのと同じくらい非常に難しい。いや,私的利益だけでな く社会的利益の創出も併せて考えるという意味において,単純に私的利益だ けを考える,時価総額世界一を目指すIT企業よりもソーシャル・エンター プライズの取り組みの方が困難かもしれない。
現在,CSRの重要性は多くの企業によって認識されており,社会的貢献 などを経営戦略に組み込むような一般企業(社会的責任遂行企業)も増えて きているが,その活動はあくまで利益追求活動の手段およびその一環として の「周辺部分」という位置づけに止まっている場合が多い。したがって,景 気や企業の業績により,その部分への資金投入が減らされたりもする。
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それに対し,ソーシャル・エンタープライズは存立目的(ミッション)自 体の中に「社会的課題に応える」という信念が織り込まれている。表面的で も一時的でもない信念である。ゆえに,その活動は持続的に社会的負荷を減 らし,同時に持続的に企業自体も成長させていく可能性を秘めている。
〈注〉
1)筆者は企業倫理を否定するのではなく,そのレベルに着目することが重要だと 主張している。L. コールバーグは,「人間の道徳性発達」に関しての広範な研究を 行い,それを3つのレベルに分けた。L.コールバーグの示す「第1のレベル」の 道徳とは「個人や集団によって異なる倫理」という場合のものであり,「第2のレ ベル」の道徳とは「国や社会によって異なる倫理」という場合のものであると考 えられる。すなわち,「時間と場所と状況とによって異なるような倫理」も確かに 倫理には違いないが,倫理にはさらに「第3のレベル」があり,その倫理−時間
(過去・現在・未来)や空間(国・地域)によって左右されず,「普遍」的・形而 上的な性質を持った倫理−を社会的責任に反映させることが重要であるとするの が筆者の立場である。
企業がコンプライアンス経営を通じて倫理綱領を制定・実施する場合の倫理は,
「第2のレベル」の倫理であると思われる。この倫理を持った企業メンバーは,社 会の観点から自分の役割を意識し始め,それを遵守しながら社会に順応していく ようになり,良き市民とはどんな存在かを考え,どのように行動すればよいかを 理解していく。だが,このレベルの倫理では,社会が無関心であったり(あるい は,初めは関心があっても次第に無関心になっていったり),法が整備されていな ければ,他者に害を与えても構わないという考えにつながっていく危険性を秘め ているのである。(松野・堀越・合力編[2006]pp.149‐150)
2) SRIの詳細については,合力[2006]p.284‐285を参照されたい。
3)西日本新聞11月17日付朝刊に掲載の書評『ワーキングプア』に加筆修正。
4) 西日本新聞10月20日付朝刊に掲載の書評『マイクロソフトでは出会えなかっ た天職−僕はこうして社会起業家になった−』に加筆修正。
5)西日本新聞12月22日付朝刊に掲載の書評『ソーシャル・アントレプレナーシッ プ−想いが社会を変える−』に加筆修正。
6)谷本[2007]pp.10‐15を参照した。
〈参考文献〉
1. Nash, Laura L. [1990],Good intentions aside : a manager’s guide to resolving ethical problems, Harvard Business School Press(小林俊治・山口善昭訳[1992]『アメリカ の企業倫理:企業行動基準の再構築』日本生産性本部)
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2. NHKスペシャル「ワーキングプア」取材班編(2007)『ワーキングプア−日本を 蝕む病−』ポプラ社
3.合力知工(2004)『現代経営戦略の論理と展開』同友館
4.合力知工(2007)「CSR戦略の一環としての戦略的人材育成」『福岡大学商学論 叢』第51巻第4号
5.ジョン・ウッド著,矢羽野薫訳(2007)『マイクロソフトでは出会えなかった天 職−僕はこうして社会起業家になった−』ランダムハウス講談社
6.谷本寛治(2006)『CSR−企業と社会を考える−』NTT出版
7.谷本寛治・唐木宏一・SIJ編著(2007)『ソーシャル・アントレプレナーシップ
−想いが社会を変える−』NTT出版
8.中瀬寿一(1967)『戦後日本の経営理念史』法律文化社
9.松野弘・堀越芳昭・合力知工編著(2006)『「企業の社会的責任論」の形成と展 開』ミネルヴァ書房
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