チェコ共和国における市場経済移行のジレンマ (1989‑2000) : 経路依存症と経済統合の狭間で
著者 池田 俊明
著者別名 Ikeda, Toshiaki
雑誌名 金沢大学大学院社会環境科学研究科博士論文要旨
巻 平成13年度6月
ページ 30‑36
発行年 2001‑06‑01
URL http://hdl.handle.net/2297/4690
名池田俊明 氏
千葉県
博士(経済学)
社博甲第33号 平成13年3月22日
課程博士(学位規則第4条第1項)
チェコ共和国における市場経済移行のジレンマ(1989-2000)
-経路依存性と経済統合の狭間で-
(DilemmaofTransitiontoaMalketEconomymtheCzechRepublic(1989‐
2000):BetweenthePath-dependencyandtheEconomicmegration)
委員長堀林巧
委員鹿島正裕,山邊知紀
本籍学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件 学位授与の題目
論文審査委員
学位論文要旨
本論文は,「ビロード革命」後,市場経済移行過程にあるチェコ経済の問題点について,民営化政 策,外資動向およびEU加盟交渉を例に,経路依存性(path-dependency)と経済統合の観点から考察 している。経路依存性とは,青木昌彦。奥野正寛両氏が近年提唱している,資本主義経済における多 様性とダイナミズムを解明する「比較制度分析」の重要なキーワードの1つである。この学派によれ ば,「経済システムには償'性があり,経済の置かれた外部環境と蓄積された内部環境の変化と共に徐々 に進化。変貌する」とされ,システム転換の「経路依存性」が強調されている。こうした資本主義経 済の多様性を解明するには,比較制度分析は有効な分析手法であるが,現実の世界経済には多様性と ともにグローバリゼーションという名の経済統合の圧力が作用している。本論文の対象であるチェコ に言及すれば,EU志向が「経済統合」の典型例であり,チェコの市場経済移行は「経路依存性」と
「経済統合」の狭間で絶えず揺れ動いている。
序章「中欧諸国における移行政策の比較考察」では,改革の先頭を走るポーランド,チェコ,ハン ガリーの中欧三国における体制転換の比較考察を試みており,チェコの市場経済化に派生する諸問題 は中欧三国にも共通していることを明らかにしている。自覚的か否かはともかく,各国の移行政策は 初期において,nV⑱。世界銀行主導の画一的な市場経済移行戦略(ショック療法,またはビッグバン。
アプローチ)に依拠するものとして提起されながら,転換始発期における初期条件に影響されて「経 路依存的」なものとならざるをえなかった。とりわけ,大規模民営化において経路依存性は顕著なも
のであった。その理由をスターク(DStalk)は各国の「国家社会主義からの離脱の軌跡」に見られ る差異,すなわち旧東ドイツは再統一(西ドイツによる吸収合併),チェコスロヴァキアは「降伏」,
ポーランドでは「妥協」そしてハンガリーでは「選挙戦」という多様な共産主義体制崩壊過程に求め ている。このような,経路依存性に基づく民営化政策の結果,各国とも独特の所有構造が創出された。
他方で,こうした経路依存性に規定された所有構造を抱えていながらも,各国政府は国内諸制度の EUへの適合を急ピッチで進行させており,過去の環境と経済統合の狭間で,国民の不満はいずれの
国でも増大している。
第1章「チェコにおける民営化政策」では,旧体制下の国営企業の行動パターン,および民営化政 策について考察している。旧体制下のチェコは東側で最も中央集権的な計画経済国家であったが,実
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際には大規模国営企業による独占的行動という歪みが生じていた。
ハルンチーシュ(MHm6if)は,企業による独占的行動の主要因として,①中央による個別化し た企業管理手段およびその結果としての交渉,②資源不足の永続的傾向,③意思決定および評価の一 般的かつ客観的基準の欠如,④収入゜企業存立の保証等,社会主義経済に対する伝統的価値観,⑤外 的環境からの国内経済および企業体の隔離,⑥各企業の組織的同一性および大規模志向,⑦企業の長 期的発展に対する関心を刺激しない所有形態,を挙げ,これらが社会主義経済における,企業のほぼ 完全な独占的立場および行動に好都合な環境をもたらしたと論じている。そして彼によれば,独占的 行動は大企業および特定財・の唯一の供給企業だけではなく,程度の差こそあれ中小企業,協同組合等 あらゆる経済主体にみられるものであり,こうした独占的行動の主要因の除去ないし抑止に失敗した ことが,チェコおよび他の社会主義諸国における過去の経済改革不成功の原因と大きく関係している とのことであった。
民主化後成立した新政権は,資産返還,小規模民営化,大規模民営化を柱とする国営企業民営化政 策の実施を通じて歪みの一掃を目指した。民営化は全ての東欧諸国で実施されているが,いずれの国 も企業の総資産額に対する国内資本の絶対的不足から,大規模民営化の課題遂行は容易ではなかった。
チェコでは,大規模民営化の-手法としてバウチャー方式が採用された。それは,成人国民に安価で 株式購入権利証の役目を果たすバウチャーを販売し、購入者はバウチャーの点数範囲内(1,000ポイ ント)で民営化対象企業の株式を直接購入するか,あるいは民営化に際して多数設立された,中間投 資信託の役目を果たす投資民営化ファンド(rF)に1,000投資ポイント全て,あるいは-部を売却し,
正F株を受け取る制度であった。nFは株式会社の形態をとっているが,第一波実施時はその全てが クローズドエンド型であり,①1企業あたり20%以上の株式取得の禁止,②運用資産の10%以上を1 企業に対して投資できない,③最低10企業の株式保有の義務などが法律で明記されていた。クローズ
ドエンド型の場合,投資家にnF株の解約および買戻しを認めていないことから,正F側にとって運 用資産が減少せず,安定した投資が可能になるという利点がある。逆にいえば,IPF株を保有する個 人投資家は,市場で売却する以外に資金回収する方法はなかった。
民営化に関する知識の欠如から,この方式の実施直後には国民の関心は低かったが,一部nFによ る派手な広告を契機に多くの国民が参加するところとなり,その結果,チェコのGDPに占める非国 有セクターの割合は,1995年に70%となり,1日ソ連。東欧諸国で最も高い水準に達した。国民が購入 したバウチャーは,特定の投資グループ(正F)に集中し,これら主要投資グループが民営化企業の 多くで大口株主となった。
第2章「チェコにおけるコーポレート゜ガヴァナンス」では,バウチャー民営化対象企業の企業統 治を分析している。世銀は,企業統治の点でバウチャー方式には不透明`性が高いと危'倶する一方,主 要投資グループの存在がこうした問題の克服に貢献できると期待していた。しかし,実際には投資グ ループが世銀の期待に応えることはなかった。その原因は,主要投資グループの多くが,国家(国家 資産基金)の影響下にある大手銀行により設立されていることに起因する「擬似民営化」構造にあっ た。こうして,旧体制下とは形態こそ変化しているものの,民営化にもかかわらず,かつてと同様に 国家がヒエラルキーの頂点に立つ,組換え国家所有(RecombmantStateOwnershm)と呼ばれる経済 構造が誕生した。国際機関から,民営化の優等生として高く評価されてきたチェコではあるが,旧体 制ほどではないにしろ,直接的あるいは投資グループを通じての間接的形態でもって,所有者として の国家の影響力は数字の上では依然大きいといえる。しかし,中央集権計画経済体制下では,国内経 済のほぼ全てが国家の管理下にあったにもかかわらず,国営企業が中央からの指令を歪めていた。そ の事実を考慮すると,バウチャー民営化後の企業に対する国家の影響力は,所有構造の面では依然大 きなシェアを占めているものの,企業経営に対する影響力は旧体制以上に弱まっているように思われ る。実際に,国家が所有者としての役割の行使に消極的であったため,民営化後の企業経営において は,政治転換後も旧体制時代の企業経営陣が実権を掌握していた。民営化にもかかわらず,旧体制の
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経営陣の多くが企業の中枢に留まることができたのは,政府が経営陣の経験を重視し,各企業の民営 化に際して,彼らの提案を承認したことによるところが大きい。しかし,民営化と企業業績の関係に ついて実施された,いくつかの調査によれば,同じ私企業でも外部への直接売却により民営化された 企業に比べて,バウチャー方式によって民営化された企業の業績は劣っており,また企業再構築への インセンティブは低かった。
第3章「移行経済における外資の功罪」では,こうした国内経済の歪みが外国投資家にどのような 行動を促したのかについて考察している。1995年に旧共産圏で最初のOECD加盟国となったチェコ は,世銀等の国際機関から「東欧の最優等生」と絶賛されるに至った。しかし,バウチャー民営化の 擬似'性はチェコ企業の競争力低下,そして貿易赤字の急増に繋がった。こうした国内経済の歪みに,
外国投資家が即座に反応したことにより,1997年春にチェコは通貨危機に直面するに至った。本章で は通貨危機前後の直接投資を含む全ての外資動向を把握するため,国際収支表を吟味している。国際 収支表においては,通貨危機が発生した1997年における投資収支,とりわけ短期資本が項目に含まれ ている「その他投資」の激減ぶりが顕著であった。他方,証券市場の不透明性は外国投資家にチェコ 国内への証券投資を手控えさせているだけでなく,通貨危機以降,チェコ国内投資家による国外への
「証券投資」急増を招いている。通貨危機以降,擬似民営化構造を改めるために,政府は外資への売 却による大手銀行および戦略的企業の完全民営化に向けて動き出した。さらに,外国直接投資に対す る優遇策も実施している。その結果,1998年以降チェコ向け外国直接投資は急増している。しかし,
製造業向けの伸びは小さく,金融セクターが牽引役となっている。これに対して,経済危機克服のた めには製造業の業績回復が最重要であると考えている,チェコ国内の経済専門家の多くは,こうした 直接投資動向はチェコ経済の持続的発展に寄与しないと危'倶している。さらに,外資導入型経済への 転換による企業リストラの進展は輸出競争力の強化に貢献している一方,失業率の急増を招いており,
それが社会の不安定要因となっている。
第4章「EU東方拡大とチェコ」においては,EU加盟実現と経済危機克服の狭間にあるチェコの 葛藤について論じている。民主化後,チェコ・EU関係は,欧州協定,PHAREといったEUからの制 度。財政支援を通じて一貫して強化され,1997年7月に欧州委員会が発表した「アジェンダ2000」に おいて,ハンガリー,ポーランド等とともにチェコはEU加盟交渉第1陣に推薦された。加盟交渉は 1998年3月より開始されたが,経済危機に直面していることもあり,欧州委員会が毎年秋に発表して いる「進捗状況報告書」においては,他の加盟交渉第1陣国と比べてチェコについてはかなり厳しい 評価が下されている。そして,EU側による厳しい評価の結果,政党レベルを中心に反EU感情ある いは懐疑主義的傾向が強まっている。これに対して,EU加盟なくしてチェコ経済の将来的発展はあ りえない,と危機感を募らせたチェコ国内の知識人は,国民に対する積極的なアピールを行った。ま ず,1999年3月に,チェコの代表的経済学者達により「チェコ経済復興の方法:成長阻害主要因の早 急な除去への集中』と題する,ドウシェヴイチ宣言(Drevi6skavyzva)が発表され,7月には,国内 の各分野で活躍する約200名もの知識人による政治宣言「Impuls99」が発表された。しかし,国民に よる自国の現状に対する不満は大きかったものの,知識人グループによる「ドウシェヴイチ宣言」
「Impuls99」双方とも,国民の間に大きな波紋を呼ぶことはできなかった。
EUのチェコに対する評価は非常に厳しいが,直接投資,貿易などEUとの経済関係が緊密化して いる現状では,保護主義的政策は建設的ではない。このように,チェコのEU加盟戦略は,コペンハー ゲン基準のクリアという経済統合圧力と保護主義の間で揺れ動いている。
上記のチェコにおける民営化,外資動向およびEU加盟交渉に関する考察の総括として,終章「市 場経済移行の教訓」において,経路依存的政策の限界,および経済統合(EU志向)に伴う国内社会 の不安定化という移行政策の諸問題に対して,CEFTA(中欧自由貿易協定)を通じた移行諸国間の 関係強化の有効’性を筆者は示唆している。現在のところ,EUによる加盟交渉における「差別化の原 則」の影響から,各国は相互協力というより,むしろ経済競争の関係にあるといえる。しかし,中欧
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諸国はいずれも市場経済化の進展と共に,貿易赤字の急増が顕在化し,国内経済に歪みが生じている。
こうした理由から,筆者は中欧諸国間のより緊密な経済協力が必要であると考えている。また,日本 における移行経済研究の意義についても筆者は言及している。民主化後10年余に及ぶチェコの市場経 済化の経験は,経済のグローバル化が叫ばれ,さまざまな議論が展開されている日本と重複する論点 がある。こうした点からも移行経済研究は今後,日本でも重要な研究分野となる可能性がある。
Abstract
Thepurposeofthisdissertationistoclarifydifficultiesofthetransitiontoamarketeconomymthe CzechRepublichEomtheaspectofpath-dependencyandtheeconomicmtegration,andtodeducelessons 丘omthisexpe1ienceToachievethispurpose,theauthorfbcusesontheprivatizationpolicies,fbreign capitalflowandthenegotiationfbrEUaccessionmtheCzechRepubliQ
Tocatchuptheadvancedmarketeconomies,theCzechRepublichasmplementedradicaleconomic policiesconcerningmacro-economicstability,liberalizationandprivatizatio、,andespeciallycaniedouta voucherprivatizationofthestateownedfhmsqUickly・Asaresult,theshareofnon-statesectormthis countrywasdramaticallymcreasedandtheCzechRepUblicbecameanewmemberofOECD、Infact,
however,itwasaqUasi-privatizationThemajorinvestmentcompanies,whichgovemmanylnvestment PrivatizationFunds(nFs),playtheroleofcoreinvestorsintheCzecheconomy・However,majorbanks,
onwhichstatestinhasbeenmfluencing,establishedmanyofthem・Suchdistortedcolporategovemance andanexcessiveculrencyappreciationwerethemEUorcauseswhytheCzechRepublicfacedasenous
economiccrisismtheend1990s・
A1thoughtheCzechRepublichascontinuedthenegotiationfbrEUaccession,itwouldbestiualong way・mconclusion,theamhorsuggeststhestrengtheningofrelationshipamongtheneighboringcountries asasupplementarypolicy,andthattheCzechexpenencescontributetoargumentontransfbnnationof Japaneseeconomy.
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学位論文審査結果の要旨
本論文の著者は,チェコ共和国(以下,チェコと略称)の1989年以後の経済システム転換(市場経 済移行)に関する研究に従事し,その成果を専門誌や学会(報告)で公表するとともに,中東欧経済 関連書においてチェコ(及びスロヴァキア)についての章を担当執筆するなど,既に専門研究者とし ての役割を果たしてきている(既刊論文数は6篇である。)。
学位取得をめざして提出された本論文「チェコ共和国における市場経済移行のジレンマ(1989- 2000)-経路依存性と経済統合の狭間で」は,著者がこれまで蓄積してきた研究を体系的に示す試み である。著者は,本論文において1989年以後10余年に及びチェコの市場経済移行の経験を総括し,制 度転換は初期条件に規定されざるをえないこと(経路依存性),即ち民営化及びコーポレート゜ガヴァ ナンスなどには過去の遺産が反映されていることを論証しながら,他方でグローバル化や欧州統合は 世界標準やEU標準に基づく制度形成を迫っていることを示すことによって,チェコの「市場経済移
行のジレンマ」の性格を明らかにしている。
本論文序章「中欧諸国における移行政策の比較考察」では,チェコの市場経済移行の経験の検討に 先立ち,中欧3国(ハンガリー,ポーランド,チェコ)の移行政策と経済動向が比較され,3国は
Ⅱvm。世界銀行の影響を受け新自由主義的移行政策を採ったが,初期条件に規定され3国の移行政策 には相違も見られることが,プライヴァタイゼーション方式の多様性などに言及しつつ指摘されてい る。比較は先行研究の成果を踏まえ適切になされていると評価できる。
第1章及び第2章では,チェコの市場経済移行における企業の所有再編及び経営が分析対象となっ ている。第1章「チェコにおける民営化政策」で,チェコのバウチャー民営化(マス。プライヴァタ イゼーション)が検討され,それが同国の非国有セクター拡大の帰結を伴ったこと,また投資民営化 ファンド(nF)が,民営化された企業の大口株主となったことが明らかにされている。第2章「チェ コにおけるコーポレート・ガヴァナンス」では,民営化された企業の大口株主である投資民営化ファ ンド設立者が,国家(国家資産基金)が影響力を有する銀行である場合が多いこと(擬似民営化),
経営者についても旧体制からの連続性が濃厚であり,移行におけるこうした経路依存性が同国の97年 通貨危機と90年代末の経済不振の国内的要因であったと指摘されている。
著者によるチェコのバウチャー民営化の分析は綴密である。また,プライヴァタイゼーションとコー ポレート。ガヴァナンスにおける経路依存性を明らかにする際,比較制度分析学派の手法やビジネス。
エリートに関する先行研究の成果が効果的に援用されている。チェコのバウチャー民営化については 国際的に注目されているにもかかわらず,我が国における研究は手薄であり,この論点についての著
者の詳細な分析の学術的貢献は大きい。
第3章と第4章では,チェコの市場経済移行と国際環境の関連が説かれている。第3章「移行経済 における外資の功罪」では国際収支表の分析に基づき,97年チェコ通貨危機の際に短期資本の流出が 顕著であったこと,通貨危機以降「擬似民営化」の弊害を克服するためチェコ政府は以前よりも外資 導入に積極的になっているが,他方でそれに伴う構造改革によって失業者増大など社会問題が激化し ていると説かれている。第4章「EU東方拡大とチェコ」では,チェコはEU東方拡大の先陣集団に 属するものの,同国主要政党には「一国主義的」姿勢が見られること,他方で経済危機とも関連して EUによるチェコに対する評価が近年厳しくなっていると指摘され,EU諸国との経済関係緊密化の
なかで保護主義はチェコにとって現実的選択肢とはならないと説かれている。
過去との連続性を保つ制度再編は国内的には安定化要因になるが,他方で世界市場や国際機関はそ れ自身の基準で一国の制度。政策を評価するというのが冷厳な現実であるが,著者は第4章でそうし た現実に対するチェコ主要政党や知識人の反応や立場を,豊富な資料に基づき多面的に分析しており,
専門研究者の力量を充分に示している。
終章「市場経済移行の教訓」では,初期条件に規定された制度形成と経済統合への適応の「狭間で」
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揺れてきたチェコの経済システム転換の総括がなされている。また,これまでの経験を踏まえて,チェ コが採り得る選択肢の一つとして中欧諸国間の協力関係強化があるのではないかとの提言もなされて
いる。
著者の提言は本論文の論理展開に適合するものであるが,その提言を_層具体化することが今後の 研究課題として残されていると言えよう。本論文序章の中欧移行政策比較研究,第4章のEU東方拡 大問題の検討部分が,その課題遂行のための礎となろう。
本論文全体の評価としては,まず,チェコ文献。資料.,国際諸機関の文書,チェコ内外の先行研究 の検討.(及び現地調査)を踏まえた研究であり,学術論文としての要件を充分に備えた論文であると 言える。即ち,プライヴァタイゼーション,コーポレート。ガヴァナンス,外資動向,EU加盟問題 などの諸論点を取り扱う際,チェコ国内の研究と国際諸機関の刊行物の双方が入念に吟味されている。
また,システム転換に関連する経済学(新自由主義,制度学派双方)の先行研究の成果を踏まえたう えで著者の見解が提示さている。このように,本論文は学術研究に必要な手続きを充分に踏んだ業績 であるが,それは著者が本論文作成に先立って専門誌での論文発表や学会報告など専門研究者に必要 な経験を積んできたことと無縁でなかろう。
本論文の内容に関しても,経済システム転換(市場経済移行)は過去の遺産に規定されざるをえな いが,この経路依存性がチェコでは所有再編や企業統治において顕著に見られること,そしてそのこ とがグローバル化や欧州統合への適応を困難にしているという主旨(「市場経済移行のジレンマ」)が,
論理整合的に,また豊富な例証を伴って示されており,専門学術研究としての水準に達していると高 く評価できる。
本論文においては所有。経営問題の考察を通じて移行経済の難点が明らかにされているが,これに 加えて労働。社会問題が考察されれば「市場経済移行のジレンマ」の性格は ̄層鮮明になるであろう○
本論文の主題に関わる研究の一層の発展のために,著者には,今後,労働。社会問題を本格的に検討 するという課題が残されていると言えよう。
本論文において,著者は各種データの分析によってチェコの経済システム転換の特質及び難点を抽 出するのみならず,比較制度分析学派などの手法を援用しながら,それらの特質や難点を経済学的に 規定している。このことによって本論文は,外国研究と経済学研究の双方の性格を兼ね備えた作品に なっていると評価できる。
チェコのみならず多くの国が歴史的に形成された制度の修正ないし転換の課題に直面している現況 のなかで,チェコにおけるその問題への対処とそこにおける難点を具体的かつ体系的に示している本 論文は,ポスト共産主義(社会主義)地域の経済を分析対象とする研究者はもちろん,他地域の経済 を専門とする研究者にとっても有益であると言える。本論文の意義はこの点にもある。
以上のように,本論文は専門学術研究に求められる水準に充分に達しており,博士論文として合格 であるというのが審査委員一同による判定結果である。
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