現代企業制度研究会
国際経済秩序における新たな課題への対応
―国際経済法の外延拡大と消費者保護―
国 松 麻 季
国際経済法の重要な一部を成す貿易に関する規律は,多角的貿易体制を支える GATT/
WTO 協定と,それを補完する自由貿易協定(FTA)等によって,対象の外延を広げなが ら進展している。当初 GATT は物品貿易のみを対象としていたが,WTO に引き継がれ,
サービスと知的財産を協定の対象に包含した。また,WTO の下で検討が行われていた「環 境」「競争」「電子商取引」などの分野が FTA の下で国際約束の対象となった。
近年,「消費者保護」を規定する FTA が出現している。デジタル経済の進展によって,
消費者が直接行う越境取引が拡大しつつあり,貿易ルールにおける消費者保護の重要性は 一層高まる。
先行する他分野が FTA の対象となるまでの背景や検討経緯はそれぞれ異なるが,消費 者保護の検討状況は競争に類似している。今後,競争の検討方法などを参考にし,消費者 保護に係る国際的な議論と FTA への取り込みの進展が期待される。これにより,各国の 消費者保護の水準が押し上げられ,国境を越えて取引するようになった消費者の利益強化 が可能となる。同時に,新分野へのルール提供における FTA の有用性を示すことができる。
また,機能不全が指摘される WTO は自身による新たな規律の策定は困難であっても,新 分野における対話のフォーラムとして一定の役割を維持することができる。
1 .は じ め に
第 2 次世界大戦後に発展してきた国際経済法は,経済社会の変化や科学技術の進展を受け て,拡大と深化を続けている。国際経済法のなかの主軸の 1 つである貿易に関する規律に着 目すると,対象の外延を広げてきたことが明らかである。
戦後の多角的貿易体制を支えるルールである関税と貿易に関する一般協定(General Agreement on Tariffs and Trade; GATT)は,1948年の発効当初から関税や数量制限など の物品貿易の水際措置が対象であったが,1970年代には政府調達や補助金政策,1980年代に は基準認証やライセンシングに関わる政策,投資,サービス,知的財産権などへと規律の対
象範囲を拡大し,これらに係る規律は1995年に GATT を引き継いだ世界貿易機関(World Trade Organization; WTO)の下,発効した。その後,WTO において環境,投資,競争,
電子商取引といった分野が検討や交渉の対象となっている。
一方,2000年前後から多数国間の貿易ルールを提供する WTO を補完し,先取りするかた ちで自由貿易協定(Free Trade Agreement; FTA)の締結が飛躍的に進捗した。WTO で は多数国間であるがゆえに合意に至り得ない分野についても,二国間または複数国間の FTA においてルールが形成され,自由化が約束されるようになった。これらの分野には投資,
競争,環境,電子商取引,労働などが含まれる。
昨今,電子商取引などの分野に関連して「消費者保護」が明示的に規定される FTA が出 現してきた。従来は,消費者保護は WTO において農産品の安全性の文脈などで限定的に言 及されるに過ぎなかった。しかしながら,デジタル経済の進展によって,消費者が直接行う 越境取引が拡大しつつあることを受け,貿易ルールにおける消費者保護の重要性が高まり,
存在感を増している。WTO 協定においては,直接的に消費者保護を規定した協定の文言は 存在しないが,2019年 5 月,WTO で最初の消費者ダイアログが開催されるなど,ステーク ホルダー(利害関係者)として消費者が注目されつつある。
そこで,本稿においては,まず,GATT/WTO 及び FTA が新たな分野へと外延を広げて きた経緯を俯瞰したうえで,貿易の国際ルールにおいて最新の分野ともいえる「消費者保護」
に注目し,規定の進展の状況を分析する。さらに,消費者保護を巡り国際的にどのような場 においていかなる議論がなされているか整理したうえで,FTA などの貿易ルールが今後,
消費者保護をどのように扱い得るか,また,扱うことが期待されるかを明らかにする。
GATT/WTO を中心に発展してきた国際経済秩序は分岐点に立っている。ドーハ開発ア ジェンダが停滞し,WTO における新たなルール形成や自由化約束の進展が望めないことを 背景に,各国は二国間や複数国間の FTA を志向してきたが,環太平洋パートナーシップ協 定(Trans-Pacific Partnership Agreement; TPP)から米国が離脱したことを含めて盤石と はいえない。また,英国が欧州連合(European Union; EU)から離脱したことも,戦後の 経済秩序の崩壊であると認識されている。こうした時期であるからこそ,新たな分野である 消費者保護に着目することにより,国際経済法のダイナミズムを再考する一助としたい。
2 .多角的貿易体制における外延の拡大
⑴ GATT 設立以降の規定対象の拡大
第 2 次世界大戦後の国際経済秩序を支えるために,国際通貨基金(IMF),世界銀行の設 立と並び国際貿易体制を具体化する GATT1)が発効した。GATT はあくまで協定であり,正 式な国際機関の形式をとらずに1948年 1 月に発効したが,事務局機能や紛争解決手続きなど
を整備して国際機関としての役割を果たしていくこととなった。1)
GATT は関税などの貿易障壁の軽減と差別待遇の廃止により貿易自由化を促進すること を目的とする(GATT 前文)政府間の国際協定である。第三国同士を差別しない最恵国待 遇(第 1 条)及び内外を差別しない内国民待遇(第 3 条)を加盟国間で付与し合うことを原 則として規定している。GATT が当初規律の対象としていたのは,関税(第 2 条)及び数 量制限の禁止(第11条)であり,また,アンチ・ダンピング(第 6 条)や補助金相殺関税(第 16条),セーフガード(第19条),関税評価(第 7 条),原産地規則(第 9 条)など物品貿易 の国境措置(「水際」)に関わる規定も有していた。関税引き下げについては,GATT 発効 前の1947年に最初の交渉を実施して以来,GATT の関税交渉の規定(第28条の 2 )に基づき,
参加国を増やしながら交渉(「ラウンド」と称する)を重ね,自由化に向けて成果を挙げて いった。
累次のラウンドでは,関税を引き下げる,すなわち市場へのアクセスを進めていく交渉と 並行し,ルールの策定も行われた。ルールの策定には,既に GATT に存在した規定を明確化・
詳細化するものと,規定対象を広げるものとがある。
1970年代に行われた「東京ラウンド」において関税引き下げとともに行われたのは,
GATT に存在した水際措置の規定の明確化・詳細化である。すなわち,補助金・相殺関税,
アンチダンピング,政府調達,関税評価,輸入許可手続き,工業製品の基準認証制度につい て詳細に規制する協定が交渉により策定され,締結された2)。
1982年から1994年に実施された「ウルグアイ・ラウンド」においても,関税引き下げとと もに,GATT に存在した規定が詳細化,明確化された。前ラウンドで対象となった補助金・
相殺関税,政府調達等の規定がさらに改訂されるとともに,繊維製品に特化した規定,原産 地に関するルールなども策定された。さらに,新分野として,貿易関連投資措置,知的財産 権,サービス貿易が新たに規定の対象に取り込まれることとなった。このうち,貿易関連投 資措置については,貿易を制限または歪曲する投資を規制対象とすることが意図され,結果 として既に GATT に禁止規定がある行為についての禁止を確認するにとどまり3),その結果 は「貿易に関連する投資措置に関する協定」として発効した。これに対し,知的財産権につ いては,1967年パリ条約や1971年ベルヌ条約の遵守を義務付けるなど,知的財産権の保護に
1) GATT はより幅広い国際貿易機関(ITO)憲章に先行し,関税交渉の成果を実行するための最低 限の規定のみを発効させた協定であるが,ITO 憲章が発効に必要な各国の批准を得られなかったこ とから,GATT が協定ではあるが国際機関としての役割を負うこととなった。
2) 中川淳司・清水章雄・平覚・間宮勇(2019)『国際経済法(第 3 版)』有斐閣,38-39頁。
3) 阿部武司編著(2013)『通商産業政策史 2 通商・貿易政策1980-2000』独立行政法人経済産業研 究所,493-503頁。
関する国内措置を広範に加盟国に義務付ける内容の「知的所有権の貿易関連の側面に関する 協定」が合意された。また,サービス貿易に関しては,サービスの越境移動やサービス分野 の投資を含む広範な義務や加盟国の約束が「サービス貿易に関する一般協定」として合意さ れた。このように,GATT はその最終段階において,水際を中心とした物品貿易に加え,
これまで規律の対象外であった知的財産権やサービスの貿易をも対象範囲に取り込むことと なった。これらに係る規律は1995年に GATT を引き継いだ WTO 協定の一部として1995年 に発効した。
⑵ 「非貿易的関心事項」または「新しいイシュー」の台頭
GATT は物品の貿易のみを対象にしてきたが,これを引き継いだ WTO はサービスや知 的財産権に関するルールを包含することとなった。サービスや知的財産権の他,投資,競争 政策,環境,動植物の保護,健康・安全,基本的労働条件・人権,文化の多様性,農業の多 面的機能など,本来,貿易とは無関係4)の事項を「非貿易的関心事項」または「新しいイシ ュー」と呼ぶ。ただし,例えば環境問題は GATT の下,紛争解決に委ねられた事案があり,
投資についても WTO 協定の下に貿易関連投資措置(TRIMs)協定として盛り込まれた経 緯があるため,物品貿易に比して新しい,といった意味である5)。
WTO では,設立の翌年である1996年のシンガポール閣僚宣言に基づき,いわゆる「シン ガポール・イシュー」として「貿易と投資」「政府調達の透明性」「貿易円滑化」および「貿 易と競争政策」について調査・検討が行われることとなった。
さらに,2001年秋に開始が宣言された WTO の下での包括的な交渉である「ドーハ開発ア ジェンダ」では,環境,投資,競争が含まれることとなった。さらに,文化,人権,贈収賄 等も WTO の交渉項目に入れることが主張されたこともあった6)。
電子商取引に関しては,1999年のジュネーブ閣僚会議において作業計画が策定されて以来,
WTO において議論が続けられている。2018年には有志国により WTO において電子商取引 に関する交渉の実施に向けて作業を行うことを含む共同声明が発出された。
以上のように,WTO において新しいイシューや分野についての作業や議論は行われてい るものの,1995年に知的財産権とサービス貿易に係るルールが発効した後,新たな規律の発 効には至っておらず,作業が続けられているのみである。2001年に開始されたドーハ開発ア
4) 赤根谷達雄(2003)「非貿易的関心事項の政治学―国際市民社会運動と WTO 体制の将来」小寺 彰編著『転換期の WTO―非貿易的関心事項の分析』東洋経済新報社,48-49頁。
5) 同上,49頁。
6) 小寺彰(2003)「WTO 体制における非貿易的関心事項の位置―その鳥観図」小寺彰編著『転換 期の WTO―非貿易的関心事項の分析』東洋経済新報社, 2 頁。
ジェンダが決裂と再開を繰り返しながら妥結に至らず,この間に合意をみたのは従来型の物 品の貿易に関わる情報技術協定(Information Technology Agreement; ITA)の拡大交渉の みである。WTO の意思決定は160か国以上の加盟国による全会一致でなされることから,
新しい分野を取り込むことに対する抵抗感を持つ諸国もあるなか,合意のパッケージの形成 は容易ではない。
多数国間での交渉が進捗しないなか,二国間・複数国間の FTA やその他の合意によって,
新たなイシューについてのルール形成が進展している。また,WTO 以外の国際機関やフォ ーラムにおいても検討が行われている。そこで,次章では,各分野に係る検討や交渉が,複 数のフォーラムでどのように検討され,とりわけ FTA によってどのようにルール化が進展 したかを個別に検討する。
3 .二国間・複数国間 FTA における新たな要素
⑴ FTA の進展
1990年初頭以降,世界各地で FTA 等7)の締結が加速化した。1990年代,欧州における地 域統合の動きが先行し,東アジアにおいては1992年に ASEAN が FTA である AFTA の推 進に合意した。米州においても1994年に成立した北米自由貿易協定(North American Free Trade Agreement; NAFTA)をはじめとする動きがみられた。さらに,1990年代半ばからは,
地域をまたいだ協定や,経済発展段階の異なる国の間での協定も締結されていった。
GATT及びサービス貿易一般協定(General Agreement for Trade in Services; GATS)は,
いずれも最恵国待遇を原則としているため,本来,加盟国は全ての第三国に対して等しい貿 易条件を付与する義務を負うが,その例外として一定の条件8)の下で FTA を含む地域経済 統合を許容している。GATT/WTO 加盟国は自国の協定締結にあたり,WTO に通報する義 務を負っている。GATT の下,1948年から1990年までに事務局に通報された地域経済統合
(FTA と関税協定)の累計は86件であったが,現在までに累計698件の通報があり,世界で 発効している地域経済統合は303件である9)(2020年 1 月時点)10)。
GATT の最後の交渉であるウルグアイ・ラウンドは1984年から足掛け13年かかった。また,
7) GATT/WTO においては自由貿易協定と関税同盟を併せて地域経済統合という言葉を用いて規 定している。自由貿易協定は関税同盟に比べて件数が多く,本稿で具体的に取り上げるのも自由貿 易協定であることから,ここでは自由貿易協定という言葉を用いる。
8) GATT 第24条 4 項及び GATS 第 5 条において規定。
9) 通報は GATT 及び GATS でそれぞれ行われ,かつ,新たな協定に代替され失効する場合もある ため,発効中の協定数を上回る。
10) WTO website “Fact and figures” Regional trade agreements, https://www.wto.org/english/
tratop_e/region_e/region_e.htm#facts(13 Feb. 2020)
WTO の最初の包括交渉であるドーハ開発アジェンダは20年目に入ったものの妥結に至って いない。こうした多数国間交渉の停滞にともない,各国が国際経済秩序の更新を FTA 等に 求めていったために多くの協定が締結されてきたことが認識されている。
そのため,WTO において達成できない新たな分野のルール形成が,多くの FTA に委ね られることとなった。1990年以前に締結された FTA の多くは物品貿易のみを対象としてい たが,1990年代以降に広がった FTA には,サービス貿易や知的財産権といった WTO 協定 にも含まれた分野に加え,投資,環境,労働基準等の新たな分野を包括するものへと進展し ていった11)。ルール形成の観点から,FTA は WTO などの多数国間のルールを補強する効果 が期待できる。すなわち,知的財産権などの既存のルールをより高い水準で規制するととも に,ルールが不在の分野においては国際的なルールを新たに提供することとなる12)。
⑵ 環 境
① 多数国間における限界
GATT においては,貿易自由化と環境保護の関係は明確に規定されておらず,一般例外 の規定として「人,動物又は植物の生命または健康の保護のために必要な措置」(第20条(b))
及び「有限天然資源の保存に関する措置」(第20条(g))については,最恵国待遇,内国民 待遇,数量制限の一般的禁止などの原則規定の例外とみなされる規定がある。これらの規定 に関する環境関連の紛争事案として,GATT の下,1991年には「マグロ・イルカ事件」が,
WTO 発効後には「エビ・カメ事件」が発生した。これらは,公海においてそれぞれイルカ を混獲する漁法で収獲されたマグロ,ウミガメを混獲する漁法で収獲されたエビの輸入を制 限する米国の国内措置が,GATT/WTO に違反する貿易制限的な措置であるか否かが争わ れた。また,米国の大気清浄法(Clean Air Act)に係る1995年ガソリン事件,フランスの アスベスト禁止措置に係る1998年アスベスト事件など,GATT 第20条の一般例外を根拠に 国内措置の WTO 整合性を問う紛争事案が発生している13)。
地球環境問題への関心の高まりを受け,GATT/WTO が推進する貿易自由化と環境保護 の間での調整を図る必要性が認識され14)てきており,1994年のマラケシュ閣僚会議は,
11) 間宮勇(2012)「WTO 体制における地域統合―市場の統合と分割」日本国際経済法学会編『国 際経済法講座 I:通商・投資・競争』法律文化社,221-222頁ほか。
12) 中川淳司(2012)「東アジアの地域経済統合―法化の進展と今後の発展の方向」日本国際経済法 学会編『国際経済法講座 I:通商・投資・競争』法律文化社,246頁。
13) WTO website, “Environmental disputes in GATT/WTO”, https://www.wto.org/english/
tratop_e/envir_e/edis00_e.htm(13 Feb. 2020)
14) 中川淳司(2003)「第 7 章 WTO 体制における貿易自由化と環境保護の調整」小寺彰編著『転 換期の WTO―非貿易的関心事項の分析』東洋経済新報社,175-176頁。
WTO の設立を決定するとともに,「貿易と環境に関する決定」を採択し,1995年に貿易と 環境に関する委員会(Committee on Trade and Environment; CTE)が設置された。WTO の常設委員会である同委員会においては,市場アクセスに対する環境措置の影響,知的財産 権と生物多様性の関係,環境ラベリングなど,貿易と環境の関係についての検討が続けられ ている。また,ドーハ開発アジェンダでは,WTO 協定と他の機関による環境関連の条約(多 国間環境条約,Multilateral Environmental Agreements; MEAs)の関係を中心とする貿易 と環境問題が交渉されている。ただし,これらの問題については,貿易自由化と環境保護の 調整を積極的に図ろうとする先進国と,環境保護を名目とした貿易制限措置の導入が正当化 されることを警戒する途上国との間での対立があり15),妥結に至る見通しは立っていない。
また,別途,46加盟国は環境物品合意の交渉を行っているが,これもドーハ開発アジェンダ の停滞のなかで前進はしていない。
② FTA における進展
WTO において実現していない環境に関するルールの策定は,FTA においては WTO 発効 以前から取り入れられている。1993年に合意されたNAFTA(1994年 1 月発効)の附属協定(side agreement)で あ る 北 米 環 境 協 力 協 定(North American Agreement on Environmental Cooperation; NAAEC)においては,締約国が定期的に環境報告を公表する義務,国内法制 によって高い環境保護水準を確保し,その向上に向けて継続的に努力する義務,法律等の公 開を通じて透明性を図る義務,環境法制の有効な履行確保等が規定されている。さらに,締 約国間で環境法制の有効な履行確保の義務を怠っている場合には協議を求めることができ る16)。NAFTA 前後の米国の FTA には,米イスラエル FTA と米ジョルダン FTA を除く,
全てに独立した環境に関する章が設けられている。
米国が締約国となっているものに限らず,FTA において環境に関する規律がしばしば設 けられるようになっていることの背景には,環境問題に対する各国の意識の高まりがある。
経済的には,「相手方当事国において環境規制が守られなければ自国産業が競争上不利になり,
結果的に環境規制の緩和合戦が起こるのではないかとの懸念に対応」17)する分析がなされて いる。前述した GATT/WTO 下の紛争案件のマグロ・イルカ事件,エビ・カメ事件及びガ ソリン事件はいずれも米国の環境規制が争点となったものであり,GATT/WTO でルール 化が実現しない間,NAFTA によって米国が不利な状況を打開することが企図されたものと
15) 同上,196-197頁。
16) Commission for Environmental Cooperation website, North American Agreement on Environmental Cooperation, http://cec.org/about-us/NAAEC(13 Feb. 2020)
17) 経済産業省通商政策局編(2019)「第 III 部 第 8 章 エネルギー,環境,労働」『2019年版 不公 正貿易報告書』607頁。
理解できる。米は,シンガポール,チリ,豪州,バーレーン,モロッコ,韓国などと締結し た FTA においても,環境問題に関する協力の促進や,国内の環境法令の執行を監視するた めの組織的枠組み等を盛り込んでいる。
EU もまた,一次法である EU 条約18)に環境原則を掲げ,対外関係においても環境協力を 規定している。日 EU 経済連携協定をはじめ,EU が韓国やカナダと締結している自由貿易 などにおいても,高い環境保護水準の追求,多国間環境条約の遵守,環境物品・サービスに 対する貿易投資促進,環境法の執行,環境規制緩和の禁止,環境分野での協力などについて 規定している。近年 EU が締結した,あるいは交渉中の協定においては,環境及び持続可能 な開発に関する独立した章が設けられており,その規定に関して協定国間に意見の相違や違 反が申し立てられた際には,協議メカニズムや専門家パネルへの問題の付託等,独自の紛争 解決規律によって,解決がなされることとなっている。
日本が TPP 以前に締結していた FTA19)においては,物品,投資,競争,相互承認,政府 調達,協力等について規定する章のなかで,環境規制を維持する権利の留保,投資誘致目的 の環境規制緩和の禁止,あるいは協力の一対象として環境分野の明記といった,限定的な規 定がみられるにとどまっており,独立した環境に関する章を有するものはなかった20)。具体 的には,日本にとって最初の FTA である日シンガポール経済連携協定(2002年発効)にお いて,相互承認の一般的例外として環境規制をとることは妨げられない旨を規定し,また,
科学技術の協力の一分野として環境を掲げた。 2 つ目の FTA である日メキシコ経済連携協 定(2005年発効)からは,環境規制を緩和することで投資を誘致しないとの規定や,環境に 関して協力を行うといった規定がみられるようになった。
日本にとって,独立した環境に関する章を持つ初めての FTA となったのは,TPP である
(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)として2018年 発効)。
TPP「第20章 環境」の規定は,例えば比較的新しい米豪 FTA の環境に関する章が全 9 条であったのに比して,内容の詳細さや対象範囲等において大幅な前進をみせた。TPP に 規定されるオゾン層の保護(第20.5条),船舶による汚染からの海洋環境の保護(第20.6条),
企業の社会的責任(第20.10条),生物の多様性(第20.13条),侵略的外来種(第20.14条),低
18) Treaty of Lisbon amending the Treaty on European Union and the Treaty establishing the European Community, signed at Lisbon, 13 December 2007.
19) 日本の多くの FTA は経済連携協定(Economic Partnership Agreement; EPA)と称されるが,
本稿では,一般名詞である FTA を用いる。
20) TPP と21世紀の関税・貿易政策研究会(2019)「第20章 環境」『TPP コンメンタール』公益財 団法人日本関税協会,788頁。
排出型の及び強靭な経済への移行(第20.15条),海洋における漁獲漁業(第20.16条),保存 及び貿易(第20.17条),環境に関する物品及びサービス(第20.18条)といった分野は,既存 の FTA 等にはない。これらの多くは,1995年に WTO 設立と同時に WTO のなかに設立さ れた CTE の作業計画として取り上げられ,また,ドーハ開発アジェンダの交渉対象とされ てきた。MEAs と貿易ルールである WTO ルールの関係は,CTE 作業計画を含む WTO に おける環境分野に取り組みにおいて,常に第 1 のテーマとして掲げられてきている。また,
環境物品・サービスのマーケットアクセスも,CTE 作業計画であり,ドーハ開発アジェン ダの交渉議題に組み込まれた。さらに,漁業補助金についてもドーハ開発アジェンダの交渉 対象となった21)ものの,ルール化の目処はついていない。各国は環境に関し,多数国間交渉 では合意に至ることができなかった多くの論点を,複数国間で国際経済法に組み込むことに 成功している。さらに米国は,NAFTA の後継となる米国・メキシコ・カナダ協定(United States-Mexico-Canada Agreement; USMCA)(2018年11月署名,2019年12月修正議定書署 名)において環境に関する規定を前進させている22)。
なお,環境問題にかかわる多国間環境条約は現在250以上あり23),そのうち約20の協定が,
環境への悪影響を防ぐために貿易を管理する措置を含むものとなっている24)。次からみる他 の分野は,国内法の調和化が主眼となっており,多数の国際条約間の調整が求められるのは 環境分野に特有の状況であるといえる。
⑶ 投 資
① WTO 及び OECD での投資自由化の困難
WTO においては未だ包括的な投資に関する規律はなく,1995年に発効した WTO 協定の 一部である TRIMs 協定において,投資受入国が自国産業保護の観点から外国からの投資を 受け入れる条件として,国産品の購入や使用を要求すること(ローカルコンテンツ要求)を 禁止するなど,限定的な規定を設けているに過ぎない。前述のとおり,ドーハ開発アジェン
21) 同上,788-799頁。
22) Agreement between the United States of America, the United Mexican States, and Canada 12/13/19 Text, Chapter 24 Environment, https://ustr.gov/sites/default/files/files/agreements/
FTA/USMCA/Text/24-Environment.pdf(13 Feb. 2020)
23) 加盟国数は様々である。加入のための条件が緩いために必然的に加盟国数が多くなるケース(生 物多様性条約等),逆に加入条件が厳しいために加盟国数が増えないケース(UPOV 等)がある。
岩田伸人(2004)『WTO と予防原則』農林統計協会,13頁。
24) WTO website, “WTO Matrix on Trade-Related Measures Pursuant to Selected Multilateral Environmental Agreements (MEAs)”, https://www.wto.org/english/tratop_e/envir_e/envir_
matrix_e.htm(13 Feb. 2020)
ダにおいて投資分野は,競争や政府調達の透明性と並び,準備交渉を開始する対象とされた ものの,2003年には交渉開始が先送りされ,WTO での規律策定は期待できない状況となった。
先 進 国 政 府 に よ る 国 際 機 関 で あ る 経 済 協 力 開 発 機 構(Organization for Economic Cooperation and Development; OECD)においては,早期から投資に係る国際取決めが策 定されてきた。例えば1961年の資本移動自由化規約(Code of Liberalisation of Capital Movements)では,特定の留保以外は原則として資本取引を自由化することを規定した。
1967年には,多国籍企業の行動に対して加盟国政府が責任ある行動をとるよう勧告する多国 籍企業行動指針(「多国籍企業ガイドライン」)が作成され,その後も改訂がなされている。
OECD は1995年に,投資後の財産の保護のみならず,相手国に投資を行う段階をも対象 とする国際協定である多数国間投資協定(Multilateral Agreement on Investment; MAI)
の交渉に乗り出した。投資の自由化と保護に関する包括的で拘束力のある協定の締結を目指 したが,先進国のみが参加しているにも拘らず,環境規制などの国家の規制権限が侵害され るとの批判が高まり,市民団体などの反発から1998年にフランスが離脱を決定し,交渉は不 調に終わった。
② 二国間による投資協定の進展
GATT/WTO,さらには複数国間の OECD においては投資を規律対象とすることが困難 であるが,そもそも投資に関するルールは,GATT/WTO の枠外で進展してきた。戦後ま もなく1950年代から,自国の投資家や投資財産を,収用や国有化などから保護するために二 国間投資協定(bilateral investment treaty; BIT)を締結する国が出始めた。ただし,1969 年には世界で72件,1979年には165件と,締結国は限られていた。その後,1980年代以降,
世界の海外直接投資は拡大し,投資後の財産の保護や新たな投資の自由化の重要性が高まり,
1989年には385件であった BIT は,1999年には1,857件へと飛躍的な増加を遂げた。二国間お よび複数国間の国際投資協定(international investment agreement; IIA)25)は,2017年末に は2,946件となったが,投資に関する規律が FTA のなかのひとつの章として組み込まれてい る場合も多く,それを加えると2017年末で3,322件の IIA が存在し,世界を網の目のように 覆っている。
投資協定は21世紀に入り,著しい発展を遂げるとともに注目を集めるようになった。数が 大幅に増えたことに加え,多くの IIA に規定されている投資家対国家の仲裁手続(投資協定 仲裁)が活発に使われるようになったためである26)。日本については,29の投資協定と14の
25) 二国間の投資協定である BIT と複数国間の投資協定をあわせて国際投資協定(international investment agreement; IIA)という。
26) 小寺彰(2012)「国際投資法の発展―現状と課題」日本国際経済法学会編『国際経済法講座 I:通 商・投資・競争』法律文化社,278-279頁。
FTA 投資章が発効している。FTA の投資章の内容は二国間投資協定の内容とほぼ同一であ ることから,実質的には合計43の投資協定が発効していることとなる。このなかでも,例え ば TPP11など複数国間において締結される協定も増えている。
IIA が仲裁機能によって強化されたことにより,WTO における投資についてのルール化 の必要性は後退したとみることができる。
⑷ 労 働
① WTO の労働をめぐる立場
労働に関しては,GATT 及び WTO 協定の前文において完全雇用を目的とすることを明 言し,貿易自由化と同時に雇用確保をしていくことが基本理念とされている。また,1986年 から行われたウルグライ・ラウンド交渉においては,労働基準の問題を交渉議題に入れるこ とを主張する先進国もあった。しかし,GATT/WTO 協定のなかには,雇用や労働の問題 を正面から扱う規定は存在していない27)。第 1 回 WTO 閣僚会議において採択されたシンガ ポール閣僚宣言においては,国際労働機関(ILO)が国際労働基準を設定し,取り扱う権限 を持つ機関であることを確認しており,他の分野とは異なり WTO 自身が何らかの作業を行 うべき課題として位置付けてはいない。
② FTA における進展
多数国間での議論がなされていない一方で,FTA においては労働に関連する規定を設け る例が増えている28)。環境問題と同様の経済的背景が労働問題に対する各国の意識の高まり につながっているためである。すなわち,相手方当事国において労働規制を遵守している自 国産業が競争上不利になり,結果的に労働規制の緩和に向かうのではないかという懸念が広 がっている。そのため,FTA のなかでは,労働規制の緩和による投資を誘致や貿易促進は 不適切との点を確認する規定が多い。
NAFTA は環境と同様,附属協定として北米労働協力協定(North American Agreement on Labor Cooperation; NAALC)を設け,労働原則の実現や労働法の実効的適用の促進等を 規定している。米国はその他の FTA でも同様の規定を設けている。
EU は FTA のなかの協力に関する規定の一部として労働を扱っている。例えば,EU チリ 協定(2003年発効)では,団結の自由,団体交渉権,差別の撤廃,強制労働・児童労働の撤
27) UFJ 総合研究所通商政策ユニット(2004)『WTO 入門』日本評論社,215-261頁。
28) International Labour Organization, International Institute for Labour Studies, “Studies on Growth with Equality; Social Dimension of Free Trade Agreements”, 2015, https://www.ilo.org/
wcmsp5/groups/public/--dgreports/--inst/documents/publication/wcms_228965.pdf (13 Feb.
2020)
廃,男女平等等を担保する ILO の関連規約を促進すると規定している29)。
日本の FTA においては,日フィリピン経済連携協定,日スイス経済連携協定及び日モン ゴル経済連携協定は,投資に関する規定の一環として,国内の労働基準を緩和することによ り投資を促進することは適切ではないと規定されていた。環境と同様,労働に関しても,日 本にとって TPP が独立した労働の章を設けた初の FTA であった。同章は,米国国内の強 い要請によって挿入された章であり,米国がこれまで締結してきた FTA と類似点が多い30)。 労働者の権利に関しては,ILO の「労働における基本的原則及び権利に関する宣言とそのフ ォローアップ」31)が掲げる次の 4 つの権利(「中核的基準」といわれる)の採用と維持を締約 国に求めている。すなわち,「(a)結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認」「(b)あら ゆる形態の強制労働の禁止」「(c)児童労働の実効的な廃止」及び「(d)雇用及び職業にお ける差別の排除」である(第19.3条 1 )。一方,最低賃金や労働時間に関しては,各締約国 が法令として維持することのみを求めている(第19.3条 2 )。
労働問題を扱う国際機関である ILO において合意した原則の採用と維持を TPP などの FTA において締約国に求める規律を設けることで実効性を持たせるという方法は,知的財 産権において WTO の TRIPS 協定を含むいくつかの国際協定がとる方法と同様であり,国 際経済法の対象を広げるひとつの方法といえる。
ILO において「労働における基本的原則及び権利に関する ILO 宣言とそのフォローアップ」
がグローバル化により進捗する経済成長に対し,社会的な基本原則を提示することを目的に 1998年 6 月に採択された。前 ILO 事務局長であるミシェル・アンセンヌは,同宣言とその フォローアップの解説のなかで,1996年にシンガポールで開催された WTO 閣僚会議におい て,参加国が「中核的労働基準」の遵守を公約しつつ権限のある機関が ILO であることを 再確認しつつ活動に対する支援を再表明したことが,ILO の作業の促進材料になったとして いる32)。こうした WTO と国際機関の相互作用もまた,国際経済法が新規分野を取り込むと 同時に,新規分野独自の国際規範の調和的な発展に寄与するものと捉えることができる。
29) Article 44 Social cooperation, https://eur-lex.europa.eu/resource.html?uri=cellar:f83a503c-fa20- 4b3a-9535-f1074175eaf0.0004.02/DOC_2&format=PDF(13 Feb. 2020)
30) TPP と21世紀の関税・貿易政策研究会(2019)「第19章 労働」『TPP コンメンタール』765頁。
31) ILO Declaration on Fundamental Principles and Rights at Work and its Follow-up Adopted by the International Labour Conference at its Eighty-sixth Session, Geneva, 18 June 1998 (Annex revised 15 June 2010), https://www.ilo.org/declaration/thedeclaration/textdeclaration/lang-en/
index.htm(13 Feb. 2020)
32) ミシェル・アンセンヌ「労働における基本的原則及び権利に関する ILO 宣言とそのフォローアッ プ(解説)」https://www.ilo.org/tokyo/about-ilo/WCMS_246572/lang-ja/index.htm(10 Mar. 2020)
⑸ 文 化
① WTO における文化の扱いとユネスコとの関係
「貿易と文化」は,「貿易と環境」や「貿易と労働」などに比較しても,現実の争点とはな っておらず,ドーハ開発アジェンダの交渉課題にも含まれていない。
GATT/WTO における貿易自由化がグローバル化を推進することにより,各国・各地域 に固有の文化との間での緊張が高まることは不可避33)であり,貿易と文化の関連は深い。
GATT の一般例外を規定する第20条は「(f)芸術的・歴史的・考古学的価値を有する国民的 貴重品(national treasures)の保護のためにとられる措置」は適法であるとしている。また,
文化的財を自由貿易の例外とするか否かを巡っては,ウルグアイ・ラウンドにおけるサービ ス分野の交渉のなかで,音響・映像サービス(audio-visual services)がひとつの争点とな ったが,結論は出なかった。ドーハ開発アジェンダでは,カナダが,新しい文化多様性に関 する多国間条約ができるまで音響・映像サービスの貿易自由化に関する提案には応じないと いう声明を出した。これにより,文化的財の国際貿易に関する交渉の舞台は,GATT/WTO か ら 国 際 連 合 教 育 科 学 文 化 機 関(United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization; UNESCO(ユネスコ))に移された34)。
2005年10月,第33回ユネスコ総会において「文化多様性条約」(Convention on Cultural Diversity Convention)が採択され,文化的多様性を保護するためには規制措置をとること ができると規定した。ただし,WTO 協定における加盟国の権利・義務に変更を加えるもの ではないとしている35)。したがって,文化保護を理由とする規制が WTO 協定上どのように 扱われるかという両者の関係は明らかになっていない。
② FTA における規律
FTA においては,NAFTA において,「文化産業(cultural industries)」に関わる措置に ついてはカナダと米国との間では,NAFTA の自由化義務を適用せず,文化産業が例外とさ れている米加 FTA(1988年締結)の条項に従うと規定されている(NAFTA Annex 2016 Cultural Industries)。文化産業は,出版,映画,オーディオビジュアル及び放送産業であ るとしている(同第2017条)。なお,NAFTA に代替する USMCA においても,カナダ政府 が文化産業に対して講じる措置に協定は適用されず,例外扱いが維持される。
コンテンツのデジタル化により従来は物品貿易の範疇であった文化的な財の越境取引に係
33) 須網隆夫(2003)「貿易と文化―市民的・社会的価値と経済的価値の調整」小寺彰編著『転換期 の WTO―非貿易的関心事項の分析』東洋経済新報社,231頁。
34) 田中鮎夢(2008)「文化的財の国際貿易:課題と展望」RIETI Discussion Paper Series 08-J-007, 4-5頁, https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/08j007.pdf(13 Feb. 2020)
35) 同上, 6 頁。
る規制が困難になることから,今後は文化多様性の実現に貢献し得る法規制の適切な設計が 必要であるとの意見36)があることに留意し,FTA での文化を巡る規律に着目していくこと が有用である。
⑹ 競 争
① OECD 及び WTO における議論
競争法は1890年の米国における確立以来,130以上の国及び地域で国内法として導入され ている。
国際的には,OECD や WTO 等の多国間協議の場において,競争法のハーモナイゼーショ ンに向けた取り組みが行われてきた。WTO では,1997年より「貿易と競争政策の相互作用 に関する作業部会」において,貿易措置が競争に与える影響などの検討を実施した。ドーハ 開発アジェンダの開始を決定した2001年11月の第 4 回閣僚会議では,競争政策に関するルー ル策定の交渉を開始できるよう準備作業を行うことが決定され,透明性や無差別性といった 主要原則,ハードコアカルテルに関する条項,任意での協力のためのモダリティ,開発途上 国における競争制度の漸進的強化等に焦点を絞った作業が行われた。しかし,2003年 9 月の 第 5 回閣僚会議において,WTO で新たな分野を扱うことに対する開発途上国の反発などに よって交渉開始には至らず,競争はドーハ開発アジェンダでは交渉開始に向けた作業を行わ ないこととなった37)。
OECD においては,競争委員会(Competition Committee)において,加盟国間における 競争法及び競争政策の進展について検討し,その整備及び施行に関する加盟国間の協力を促 進すべく議論を実施した。20年以上前から,ハードコアカルテル,企業結合,入札談合等に 関して理事会勧告を発出している38)。OECD での検討の蓄積を活用して WTO において交渉 を行うことが企図されたが,それは実現に至らなかった。
② 競争当局任意の国際ネットワーク
政府間国際機関ではなく,当局の任意の参加により,競争当局間の協調・協力を目指した 国際競争ネットワーク(International Competition Network; ICN)が2001年に発足した。
当初,米,EUを中心とした14か国・地域によるものであったが39),2019年 3 月時点で126か国・
36) 東條吉純(2013)「文化的財のデジタル化に伴う文化多様性規制の変容可能性―ボトルネック事 業者に対する競争政策規制
―」RIETI Discussion Paper Series 13-J-055, https://www.rieti.go.jp/
jp/publications/dp/13j055.pdf(28 Mar. 2020)
37) 経済産業省通商政策局編(2019)『2019年版不公正貿易報告書』413頁。
38) 公正取引委員会「経済協力開発機構(OECD)について」,https://www.jftc.go.jp/kokusai/
kaigai/oecd.html(23 Mar. 2020)
39) International Competition Network, https://www.internationalcompetitionnetwork.org/about/
地域の競争当局が参加するほか,国際機関や研究者,弁護士等も非政府アドバイザーとして 参加している40)。
③ FTA における進展
当局による二国間の協力協定も,米国,EU を中心に既に10以上の協定が締結され,国際 的な広がりを有する反競争的行為に対し,関係国が,競争法の域外適用によって生じ得る衝 突を回避しつつ,協力して対処するための枠組みが合意されている41)。
WTO では交渉対象から外れたものの,多くの FTA において競争に関して規定されている。
1994年に発効した NAFTA においても既に競争の規定が存在しており,「第15章 競争政策,
独占及び国営企業」として,競争法の導入と維持,競争法の強化と実施のための締約国間の 協力等を規定した42)。また,米国・シンガポール FTA の締結により,それまで国内法として 分野横断的な競争法を有さなかったシンガポールが競争法を導入した。日本も多くの FTA において,競争政策分野の協力等を規定している。さらに,TPP においても強力な競争法に 関する規定が導入された。後述するとおり,消費者保護が規定されたのも「競争章」である。
⑺ 電子商取引
① WTO における規律
電子商取引またはデジタル貿易43)は,WTO が発効した1995年には予想されていなかった 進展を遂げている。
WTO では,1995年に WTO 協定の一部として GATS が発効し,インターネットを介した サービス提供が自由化の対象として包含された。同じ GATS の枠組みで,デジタル経済を 支える通信インフラに関わる基本電気通信サービスに関する合意が成立している。また,
IT 関連の製品(ハード)に関する貿易自由化については,1996年に29加盟国・地域が合意 した情報技術関連産品(コンピュータ,計算機,電話,ファクシミリ,記憶媒体ディスク,
ディスプレー等144品目(HS 6 桁ベース))の関税撤廃に関し,第 1 回 WTO 閣僚会議(於
(23 Mar. 2020)
40) 公正取引委員会「国際競争ネットワーク(ICN)について」,https://www.jftc.go.jp/kokusai/
kaigai/icn.html(23 Mar. 2020)
41) 経済産業省通商政策局編(2019)「補論 1 国際的経済活動と競争法」『2019年版公正貿易報告書』
412頁, https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/tsusho_boeki/fukosei_boeki/report_2019/
pdf/2019_02_19.pdf(13 Feb. 2020)
42) NAFTA “Chapter Fifteen: Competition Policy, Monopolies and State Enterprises”, https://
www.nafta-sec-alena.org/Home/Texts-of-the-Agreement/North-American-Free-Trade-Agreement
(13 Feb. 2020)
43) デジタル貿易は電子商取引を包含するより広い概念とされる。
シンガポール)で宣言され,その後,中国,インド,ロシア等が加わり82加盟国・地域が参 加している。さらに2015年12月の第10回 WTO 閣僚会議(於ケニア)で,対象品目を拡大す る交渉が妥結し,201品目について53か国・地域が関税を撤廃することとなった。
電子商取引に関しては,米国の提案を受け,1998年の第 2 回 WTO 閣僚会議において「グ ローバルな電子商取引に関する閣僚宣言」が採択され,電子的送信物に関税を賦課しないと いう原則(モラトリアム原則)及び電子商取引に関する貿易問題を包括的に検討するための 作業計画を策定することが合意された。WTO 協定のなかに既に存在していたサービス,物品,
知的財産,開発それぞれの観点から検討がなされ,既存の枠組みを超えた横断的な視点の重 要性は認識されながらも,WTO 全体としての議論の収束はみられてないのが現状である。
2017年12月の第11回 WTO 閣僚会議の際,日本・豪州・シンガポールは電子商取引の議論 を積極的に進めるべきとの立場をとる有志国を集め,電子商取引閣僚会合を主催した。その 後,71加盟国は WTO における電子商取引の議論を進めるという目標を共有,電子商取引を 円滑化するため,オープンで透明性があり無差別的で予測可能な規制環境を作り上げていく ために WTO が担う重要な役割を認識すること,電子商取引の貿易関連側面に関する将来的 な WTO 交渉に向けて,2018年第一四半期から探求的な作業を始めること,全ての WTO 加 盟国に対して参加を奨励すること等が盛り込まれた共同声明を発出した。2019年から交渉が 進捗し,2020年 6 月の第12回 WTO 閣僚会合までに83に増えた参加国が統合交渉テキストを 作成することとなった44)。
② 複数の国際的な場での議論
WTO に加え,G 7 や G20などの主要国首脳会議,OECD,国際連合国際商取引法委員会
(UNCITRAL),アジア太平洋経済協力(APEC),国連貿易開発会議(UNCTAD)といっ た政府間の国際的な枠組みで電子商取引に関する議論がなされてきた。
1998年10月開催の OECD 電子商取引閣僚級会議にて採択された「OECD 電子商取引行動 計画」は,① ユーザー・消費者との信頼構築,② デジタル市場の基本ルールの確立,③ 電 子商取引のための情報インフラの強化,及び④ 電子商取引がもたらす利益の最大化を 4 原 則として提示している45)。
UNCITRAL においては,1996年に電子商取引に関するモデル法を採択した。意思伝達や
44) 2020年 1 月にスイス・ダボスで開催された,WTO おける電子商取引交渉に関する非公式閣僚会 合の共同メディアリリースによる。https://www.meti.go.jp/press/2019/01/20200124004/2020012 4004-1.pdf(13 Feb. 2020)
45) 三菱 UFJ リサーチ & コンサルティング株式会社(2018)『平成29年度内外一体の経済成長戦略構 築にかかる国際経済調査事業(デジタル貿易に関連する規制等に係る調査)調査報告書』273頁,
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H29FY/000892.pdf(13 Feb. 2020)
情報蓄積の手段として,書面に替わって電子的手段を利用することに対する法のモデルを各 国に提供することを目的とする。また,2001年に「電子署名に関するモデル法」を採択した。
1996年の電子商取引に関するモデル法における電子署名に関する規定(第 7 条)をベースに,
その後の技術発展を反映させた。
APEC では,「21世紀へのビジョン」(1997年)及び「電子商取引に関する活動青写真」(1998 年)として首脳宣言において電子商取引の持つ大きな潜在力と重要性に対する認識を共有し た。1999年には,APEC 高級実務者特別タスクフォースとして電子商取引運営グループ
(Electronic Commerce Steering Group: ECSG)が設置し,データプライバシーやペーパー レス貿易などについて議論するとともに,FTA のモデル章の 1 つとして電子商取引章モデ ルも策定している。さらに,2005年の首脳会議以降,国境を越えて個人情報を取り扱う組織 に対するルールの構築なども進めている。
2019年 6 月の G20大阪サミットの機会に開催された「デジタル経済に関する首脳特別イベ ント」において,27か国の首脳の参加の下,WTO 電子商取引有志国会合に参加する78の加 盟国(当時)とともに,今後,デジタル経済,特にデータ流通や電子商取引に関する国際的 なルール作りを進めていくプロセスである「大阪トラック」を立ち上げる旨の「デジタル経 済に関する大阪宣言」を発出した。これが①で述べた2019年からの WTO における交渉本格 化を推進した。
③ FTA における進展
日本の FTA を含む複数の FTA が,WTO において検討中の要素を先取りして電子商取引 に関する規律を導入している。例えば,電子的サービス提供は,電子的手段であっても他の 手段であっても等しくサービス貿易規律の適用を受けるべきであるとの技術中立性,デジタ ル・プロダクトの無差別待遇,関税モラトリアム,コンピュータ関連設備の所在地に関する 要求の禁止などについての規定が多くの FTA にみられる。
なかでも進んだ内容を持つ TPP の電子商取引章は,デジタル・プロダクトの無差別待遇,
国境を越える情報移転の自由の確保,サーバ等のコンピュータ関連設備の現地化要求の禁止 等,電子商取引を阻害するような過剰な規制が導入されないよう各種規律を規定している。
また,電子商取引利用者の個人情報の保護,オンライン消費者の保護に関する規律を定める など,消費者が電子商取引を安心して利用できる環境の整備についても規定している。デジ タル・プロダクトについては,「デジタル式に符号化され,商業的又は流通のために生産され,
及び電子的に送信されるコンピュータ・プログラム等」と説明されている46)
46) 内閣官房 TPP 政府対策本部「環太平洋パートナーシップ協定(TPP 協定)の全章概要」2016年 11月 5 日。
日本はデジタル貿易に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(略称:日米デジタル 貿易協定)を締結した。2020年 1 月に発効した同協定には,「第14条 オンラインの消費者 の保護」の規定がある47)。
しかしながら,貿易投資枠組みにおいては,先進的な FTA においてデジタル経済に関わ る必要な規律の一部のみがカバーされている状況であり,プライバシーや安全性(サイバー セキュリティ)といった問題は,国内規制に委ねられている状況である。そして,国内規制 についても,日本を含む各国がそれぞれ整備を進めているところである。
電子商取引は様々なフォーラムにおける議論があるなか,FTA における規定が次第に充 実している。そのなかで,電子商取引に係る消費者保護に関する規定も進展している。
4 . 新たな分野である消費者保護に関わる国際的な議論の展開と 貿易協定における規定
⑴ 消費者政策に係る各国の展開
前節でみたとおり,FTA のなかの競争や電子商取引に係る規律において消費者保護に関 する規定がみられるようになってきた。他方,消費者保護全般に関する政策や法は国ごとに 発展してきており,貿易ルールに取り込まれているのはそのごく一部に過ぎない。これは競 争法・競争政策と同様である。
日本においては,消費者政策の始まりは第 2 次世界大戦後とされる。戦後,独占禁止法,
食品衛生法,JAS 法,出資法など,消費者保護に関わる法律が制定された48)。1968年には消 費者保護基本法が制定され,2004年に発効した「消費者基本法」はそれを大幅に改正し,消 費者政策・行政の指針を規定し,新たに理念規定(第 2 条)を置き,消費者の権利の尊重と 自立の支援を消費者政策の基本とした。分野ごとに縦割りであった消費者政策を一元化すべ く,2009年 9 月に消費者庁が設置された。このように,日本において消費者権利の尊重に関 する国内法や体制の整備・強化は比較的新しい動きといえる。
米国においては,大量生産・大量消費の世界の最先進国であった20世紀初頭,世論におけ る食品安全性への不安を受けて「純正食品・医療品法」(1906年)が制定された。また,ト ラスト(企業合同)により消費者の利益が損なわれる問題等に対応すべく,連邦取引委員会
47) 米カナダメキシコ自由貿易協定,https://ustr.gov/sites/default/files/files/agreements/FTA/
USMCA/Text/19-Digital-Trade.pdf(23 Mar. 2020)
48) 消費者庁(2014)「第 1 部 第 5 章 第 4 節 諸外国の消費者政策体制及び国際的連携」『平成26年度 版 消 費 者 白 書 』,https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2014/
white_paper_143.html(23 Mar. 2020)
法(1914年)が制定49)された。その後,1962年にケネディ大統領による「消費者の利益の保 護に関する特別教書」において,消費者の 4 つの権利が宣言50)されたことに続き,製品安全 を促進する消費者製品安全法(1972年)が制定されるなど51),他国に先行して消費者保護に 関連する法制度や政策の整備が進んだ。
欧州においては,各国が展開していた消費者問題への取り組みについて,1970年代以降,
EU が欧州レベルでの規制の努力を強めてきたとされる52)。
このように,各国において異なる歴史や背景の下で法制度や政策が発展してきた分野にお いても,市場のグローバル化やデジタル化の進展を受けて,貿易ルールの一環として調和を 促進する必要が生じてきているという点において,消費者保護分野も,競争や環境といった 他分野と同様の状況にある。すなわち,今日,消費者分野においても先行分野と同様に,国 際的な調整や調和を促す動きが高まっているのである。
⑵ 国際的な議論
OECD においては,消費者問題に関する加盟国の協力の推進・強化に貢献することを目 的として1969年に消費者政策委員会が設置された53)。消費者政策委員会においては,国際的 な消費者取引に係る問題等について幅広く検討してきたが,近年には,電子商取引における 消費者保護など,経済のデジタル化に対応した検討に重点が置かれている54)。例えば,1999 年に電子商取引分野における消費者保護ガイドライン(理事会勧告)が採択され,この改正 版である「電子商取引における消費者保護に関する理事会勧告」が2016年に採択された。
OECD において議論や調査研究を先行的に行い,その成果を WTO や FTA などの貿易協定 に活用しようとする方法は,競争分野にもみられるものであった。
OECD は先進国政府による機関であるが,開発途上国をメンバーとする UNCTAD におい ても,1985年に「消費者保護ガイドライン」が採択され,これが2015年に改訂されてい
49) 消費者庁(2014)。
50) 松本恒雄(2018)「消費者政策の変遷と法整備」国民生活センター『国民生活』2018年 5 月号,
http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201805_01.pdf(23 Mar. 2020)
51) 消費者庁(2014)。
52) シュテファン・ヴルブカ(2017)「欧州消費者法の真の課題―欧州消費者法の現状から消費者の 司法アクセス2.0まで―」関西大学『ノモス 第41号』(2017年12月発行),https://www.kansai-u.
ac.jp/ILS/publication/asset/nomos/41/nomos41-01.pdf(23 Mar. 2020)
53) OECD, Work of the Committee on Consumer Policy, http://www.oecd.org/sti/consumer/
workofthecommitteeonconsumerpolicy.htm(23 Mar. 2020)
54) 消費者庁(2014)。https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_research/white_paper/2018 /white_paper_261.html(13 Feb. 2020)
る55)。
消費者問題の分野に関しても,競争分野と同様に世界各国の当局によるネットワークがあ る。すなわち,「消費者保護及び執行のための国際ネットワーク(International Consumer Protection and Enforcement Network; ICPEN)56)」であり,1991年にデンマーク,英国など が設立し,2019年 4 月時点で64か国の消費者当局が参加するまでに拡大した。消費者保護の 執行,法令整備などにおいて協力している。これは,競争分野における ICN と性質も役割 も近似している。
ア ジ ア に お い て は,ASEAN が 2007 年 に ASEAN 消 費 者 保 護 委 員 会(The ASEAN Committee on Consumer Protection; ACCP)57)を設置した。ASEAN 各国の消費者問題を担 う政府部門がメンバーとなり,各国における消費者保護法の立法や執行を側面的に支援して いる。ACCP と同じ2007年には,ASEAN 競争専門家グループ(ASEAN Experts Group on Competition; AEGC)が設立されている58)。ASEAN 各国において,消費者保護法と競争法 はいずれも2000年前後から導入や整備が急がれた分野であり,ASEAN 内での当局間の協力 が図られてきた。
消費者保護の特徴は,各国に多数の消費者団体が存在することである。国際的な消費者団 体のネットワークとしては,1960年代に端を発するコンシューマー・インターナショナル
(Consumer International; CI)59)が現在,100か国以上から200団体以上の会員を有する。消 費者の権利の実現と拡大に取り組んでおり,昨今の重点課題としては,「持続的消費」や「デ ジタル」60)などが挙げられる。
⑶ WTO における取り組み
WTO は農産品の安全性や,消費者情報に関するラベリング61)などの限定的な分野で消費
55) https://unctad.org/en/Pages/DITC/CompetitionLaw/UN-Guidelines-on-Consumer-Protection.
aspx(13 Feb. 2020)
56) 65か国の消費者保護当局から成る国際団体。https://www.icpen.org/(23 Mar. 2020)
57) The ASEAN Committee on Consumer Protection; ACCP, https://asean.org/archive/the-asean- committee-on-consumer-protection-accp/(23 Mar. 2020)
58) ASEAN Experts Group on Competition(AEGC), https://www.asean-competition.org/aegc( 23 Mar. 2020)
59) https://www.consumersinternational.org/(23 Mar. 2020)1960年代設立時の前身は International Organisation of Consumers Unions(IOCU)。
60) Consumer International, “digital”, https://www.consumersinternational.org/what-we-do/digital/
(23 Mar. 2020)
61) WTO, consumer information and labelling, https://www.wto.org/english/tratop_e/agric_e/
negs_bkgrnd26_ph2consumer_e.htm(23 Mar. 2020)
者に言及している。遡って,GATT の条文にも,わずかに原産地表示(第 9 条)と数量制 限の一般的削減(第11条)に規定があるのみである。WTO における消費者保護の議論は限 定的である62)。
2019年 5 月,WTO は消費者代表との会合を開催した。コンシューマー・インターナショ ナルの申し入れにより,15名の消費者団体代表者が多角的貿易体制への支持を表明するとと もに,貿易交渉における消費者利益の反映を求めた63)。これまで,WTO は産業界代表者と の対話は行ってきたが,消費者代表者との会合は初めての開催であった64)。
⑷ FTA における規定
電子商取引に関する消費者保護の規定は拡大しているところである。経済のデジタル化に よって消費者が直接,越境取引に参加することとなったことが背景にあり,こうした環境変 化に国際経済法がどのように対応し得るかの一例といえる。
消費者保護全般においては,TPP の競争に関する章にまとまった規定が設けられた。「従 来の FTA において,特に消費者保護に関する規定を置いているものは少なく,TPP が唯一 の例かもしれない」65)との分析があり,注目される一歩といえる。
具体的な規定内容としては,「第16. 6条 消費者の保護」において,締約国は,消費者保 護に関する政策とその執行の重要性を認めること(第 1 項),消費者保護に関する法律その 他詐欺的又は欺まん的な商業活動を禁止する法令を制定・維持すること(第 3 項),国境を 越える詐欺的又は欺まん的な商業活動の増大ならびに当該活動に効果的に対処するための締 約国間の協力及び調整が望ましいことを認めること(第 4 項),適当な場合には詐欺的又は 欺まん的な商業活動に関して相互に関心を有する事項について協力及び調整(消費者の保護 に関する法律の執行における協力及び調整を含む)を促進すること(第 5 項),同条が規定 する事項に関して可能な範囲で協力・調整に務めること(第 6 項)である。法令の導入・維
62) 明示的な議論は限定的だが,WTO が消費者保護に一定の役割を果たしているとの見方もある。
Lin Zhang, ‘Insurance and Consumer Protection in WTO Law: A Chinese Perspective’( 2017 ) 12 Global Trade and Customs Journal, Issue 7/8, pp. 305-310, http://kluwerlawonline.com/abstract.
php?area=Journals&id=GTCJ2017040(23 Mar. 2020)
63) Consumers International, First ever Consumer Trade Dialogue held at the WTO, 07 May 2019, https://www.consumersinternational.org/news-resources/news/releases/first-ever-consumer- trade-dialogue-held-at-the-wto/(23 Mar. 2020)
64) WTO, Trade dialogue: Consumer groups express support for multilateral trade, stress priorities for e-commerce, 07 May 2019, https://www.wto.org/english/news_e/news19_e/
trdia_06may19_e.htm(23 Mar. 2020)
65) TPP と21世紀の関税・貿易政策研究会(2019)「第16章 競争政策」『TPP コンメンタール』,
585頁。
持以外は重要性の認識を示す規定と努力義務規定ではあるが,規律が設けられたことは前進 である。
2018年調印の米カナダメキシコ自由貿易協定(United States-Mexico-Canada Agreement;
USMCA)においても,「第21条4.14.1」66)において消費者保護を規定している。TPP と概ね 同様の規定内容であるが,締約国間協力に関してはより進んだ規定内容となっている。TPP 第16. 6 条第 5 項とほぼ同じ「適当な場合には詐欺的又は欺まん的な商業活動に関して相互 に関心を有する事項について協力及び調整(消費者の保護に関する法律の執行における協力 及び調整を含む)を促進すること」の他,USMCA では具体的な活動として,「消費者苦情 やその他の執行情報の交換」を挙げるとともに,協力・調整における既存の協力メカニズム の活用,法の定めに従うビジネス情報を含む機密情報の保秘も規定している。
これまでの FTA において新たな分野に関する規定がひとたび条文に含められると,その 後の FTA にも同様の規定が設けられることが繰り返されてきたことから,消費者保護に係 る規定も今後の先進国間における FTA に広がる可能性がある。
5 .結 語
前章でみたとおり,消費者保護については,ここ数年,複数の FTA において電子商取引・
デジタル貿易の文脈で規定が盛り込まれるようになってきた。さらに,競争に関する規定の なかで,インターネット上に限らない消費者保護全般の規定が TPP で初めて設けられ,
USMCA に発展的に踏襲された。
先行する他分野は,それぞれ性質が異なり,FTA に取り込まれるまでの検討経緯も異なる。
消費者保護は,各国法が個別の発展を遂げている点,OECD や当局のネットワークにおい て国際的な議論が進められている点などをみると,その状況は「競争」に最も近似している。
今後,FTA における「競争」の規定や,国際的な「競争」についての検討方法などを参考 にしつつ,「消費者保護」に係る国際的な議論と FTA への取り込みが進展することが期待 される。競争は,例えば米国シンガポール FTA に「競争法の導入と維持」が規定されたこ とにより,シンガポールに分野横断的な競争法が導入された。同様に,消費者保護が FTA に規定されることにより,各国の消費者保護の水準が押し上げられ,国境を越えて取引し,
移動するようになった消費者利益の強化が実現していくであろう。機能不全が指摘される WTO を補完する FTA が新たな分野において有用であることを示すことができる。
2019年に初めて WTO において貿易ダイアログが開催されたことも注目される。消費者代
66) Chapter 21 Competition Policy, United States-Mexico-Canada Agreement (USMCA), https://
ustr.gov/sites/default/files/files/agreements/FTA/USMCA/Text/21_Competition_Policy.pdf(23 Mar. 2020)