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137

F.S. Fitzgeraldにおける 崩壊 の

意味について(1)

英文科研究室 仁 平 有 孝

(昭和46年11月1日受理)

1 序      もコンピューターや機械が絶対権力をもって冷たく支配 する状況の中で,『おれたちは人間なんだ!』,『おれ 昨年秋に亡くなったG970年9月未)作家ジョン・ド  たちはここにいる!』ということを認めさせようとし ス・パソス(John Dos Passos)が,死の半歳前NHK  て,あえて イデオット (大バカもの)のような行動

記者のインタビューに応じてかわした数々の対話は,い  をとっているのです。いつの時代にも,若者の行動様式       1)わば遺言的文化批評として傾聴に値する。「いわゆる  というものは,そんなに違っていません。」

ロースト・ジェネレーション の代表的な作家とし   1920〜30年代という,20世紀アメリカの,最も劇的な て・あなたは1930年代の若者たちの思想・感情・行動  変転の時代に対して,常に的確な作家の眼を失わずに,

などを詳細に,そして斬新な手法で表現し,大きな反響  華々しい文学活動を展開したドス・パソスが,「失われ と感銘をよびおこしましたが・あれからすでに40年,今  た世代」の眼からみた「現代」を本質的によく似た状態 1970年の初頭にたって・現代の若者たちをごらんになっ  としてとらえ,続く対談の中で,機械文明の発達と産業 て,どうお考えになりますか?」という問いに対する彼  社会の進展にともなう歴史と伝統の破壊を憂い,物質文 の答を・少々長くなるがここに引用したい。      明の進歩と相関的な位置において伝統の価値を見直せ,

「あのころ私はフランスで従軍,大戦後の混乱の中で  と訴えていることは,その「現代」に生きてLost Gen一 繁栄と開化が大きな壁にぶつかるのを身をもつて体験し  erationの文学を研究する者に,一つの示唆を投げかけ

た一人ですが,あの時代の大きな時の流れの中で深く傷  るものといえよう。

ついた若者たちの姿と・現代の若者たちの姿との間に   若者たちをめぐる多くの問題がクローズ・アップさ は,半世紀ものへだたりがあると思えないほど大きなつ  れ,新旧両世代の断絶が種々論じられている現代にあっ ながりといおうか,似かよったところがあると思うので  て,自ら当時の若者としてアメリカ文壇にさっそうとデ す。〈北緯42度線〉や〈財閥〉など・一連の作品の中  ビューして,過去のあらゆる伝統に反抗することから新 で・私が ニューズ・リール や カメラ・アイ の手  しい価値を生み出そうとする姿勢を貫いたドス・パソス 法をかりて描写しようとした若者たち・エレノアやジェ  が,その74才の生涯を静かに閉じる直前に,若者の行動 イニーなど・あの時代の若者たちが,好むと好まざると  は不変であると説き,今後の脱工業化社会といわれる状 にかかわらず,まきこまれた状況と非常によく似た状態  況の中で,おびただしい情報の洪水に自己を見失う人間 というのが現在もあると思うのです・軍国主義の問題。  の「不自由性」を予想し,現代の若者たちがどんな生さ 大企業や大組織がその支配下にある人間に与える影響・  方を選ぶかによって,20世紀後半の歴史が決定される,

都市化と機械文明,などといった問題は,現在ますます  と結んでいることに,わずか半世紀とはいえ歴史のもつ 増幅された状態で,われわれ人間をとりまいているので  重みを痛感するのである。

す。だから・いわゆる 学生の反乱 (ヌ・チューデント   このドス・パソスと奇しくも同年(1896年)に生れ,

・リヴオルト)にしても,要するに,このような近代文  作家としての地位を確立したのもほぼ同時期であり,し 明が人間の存在そのものにつきつけた問題に対するいか  かも44才の若さでこの世を去ったのが,フランシス・ス にも若者らい・リアクシ。ンとしてとらえる必要がある コ。ト.キ_.フ,。ツジエラルド(F,an,i、 S。。tt

と思うのです。ちょうど30年代の若者たちが,当時の二  Key Fitzgerald)である。大戦後の1920年代という,

ユーヨークを象徴とする巨大な産業社会の文明機構その  「蔀・世代」と「新い・世代」が相互に無縁に平行して ものに挑戦しようとして敗れたように,現代の若者たち  存在した時期,ジャズやフラッパーやペッティングに象

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138      茨城大学教育学部紀要 第21号

徴される虚無と幻滅・彷径と頽疲の渦巻く狂騒の時代に   皿 「崩壊」の意味 あって,「楽園のこちら側」 (丁雇85∫4θo/Pσ7α一

の3のをひっさげてさっそうと登場したのが,この23才  1・1施eσrαe裕珈

の美貌の若者であった。一躍時代の寵児としてもてはや   フィッツジェラルドの青春の文学にひそむ華やかさと されたフィッツジェラルドは,しだいに名声と金を得て  むなしさに対し,人は,その悲劇的な人生と直結して 飲酒とパーティにふけり,その熱病的ともいえる放蕩生  「崩壊」という印象でこれをくくろうとする。彼自身が 活は,みずからの生命を冒す結果となり,豊かな才能を  遺稿集の標題ともなった丁加C紹c々一σρ(崩壊)なる 浪費させ,精神病の妻ゼルダをかかえての索莫とした空  告白の一文を書いている以上,この遺稿集から考察を進 虚感に追いやられ,30年代から40年代の閑却と不遇の時  めていきたい。

代を経て,やがて世人から忘れられた存在となって,19  丁乃θC7αc々一σρは彼の死後5年たった1945年に,彼 48年その短い生涯を終える。      自身が「私の知的良心」(my intellectual conscience)

ドス・パソスの言う「あの時代の大きな時の流れの中  と呼んでいたプリンストン時代からの親友エドマンド・

で深く傷ついた若者たちの姿」あるいは「あの時代の若  ウィルソンによって編集・出版されたエッセイ集であ 者たちが,好むと好まざるとにかかわらずまきこまれた  る。そこにおさめられているのは,いずれも1931年から 状況」を,フィッツジェラルドほどに象徴している場合  37年にわたって書かれたものばかりであり,フイッツジ がほかにあるであろうか。      エラルドの生涯とその文学的個性を展望する上で,直接

佐渡谷重信氏はその「アメリカ小説論」において,フ  触れることのできる貴重な資料である・ここではとりわ イッツジェラルドの死を生活者として苦しみ続けた「文  け標題作「崩壊」と,それに続くPαs伽9乃To9θ漉一 学的自殺行為」に等しいとし,芥川竜之介や太宰治の敗  θ7(貼り合せ),∬碑認θW∫飾C〃θ(取り扱い注意)

北と同一であると論じて,フィッツジェラルドの描いた  の三篇に注目したい。なぜなら,パイパー(Henry Dan 幻想的な楽園は,太宰の求めてやまなかったく家庭の楽  piper)の言葉を借りれば,それらは「フィッツジェラ 園〉と芥川の描こうとしたく鞭的楽園〉を混合した敗 ・レドがその臥的鰍と殆、 をつけようとしたく夜は kの文学によって色どられている」と断じている。    やさし〉以来の,最初の深刻な作晶」(They we「e the また,石一郎氏はそ曙rS・F・ブイ・ツジェラ、∫・firs・・e・i・u・w・i・i・g・i・・e T・・4・ 勲θNゴ9伽1 ド研究」に名づけて「崩壊破学」を都とされた・ whi・h Fi・・g・・ald h・d礒ied t°c°me t°te「ms with tィッツジェラルドの文学は,はたして「敗北」し「崩  his private experience・)だからである・丁卿4θ71s 壊」したのであろうか。      魏θ2Wg玩(1934年出版)後2年たってはじめて,彼が

多くのフィッツジェラルド研究家が指摘するように・  その近い過去と現在の状況とを・自らを隔離して透徹し Jazz Ageの盛衰と歩調を合わせるかのように酒と浪費  た目で眺めることによって吟味し得たものが,これら三

との放婚な人生行路に埋没して,44才の生涯を慌しく閉  連作なのである。

じた彼を,たとえ敗北とよぶにしても,それをアメリカ   「他の何物にもまして,ちっほけな町での一人暮らし の「富」に自己をかけた彼のロマンチシズムのなせるも  が,私の神経の衰弱を回復させてくれた。」(Living a のとのみ片ずけることができようか・時代の大きな転換 1・n・i・・v・・y・mall t°wndid m°「e t°,)「est°「emy 冾 精いっぱいに生き抜き,死の最後の瞬間まで筆をす  nervous strength than any other thing・)という彼の てなかったといわれる彼の青春の像の中から,若者の執  述懐にもみられるように,1935年のひと夏を,ノース゜

念にも似た作家の魂,激しく息づく文学の生命を汲みと  キャロライナの山あいの町トライアン(Tryon)での静 って,その今日的意味をもう一度確かめてみることが必  養生活に過したことは,妻の精神病院入院・彼自身の健 要ではなかろうか。この小論においては,彼の遺稿集を  康の危機,娘との別居生活など・うちつづくわびしさの中 考察の中心にすえ,そこから視点を「偉大なるギャツビ  から彼を立直らせ,自分自身をつきはなして眺めてみよ

一」(The Greαt Gatsb7)ほか一・二の短篇に移し  うとする余裕を生ぜしめたものと考えられる。ためらい て,「敗北」「崩壊」の意味する一面なりと追求してい  ながらも,なおかつ・現在の心境を試験的に分析してみ

きたいと念ずる。       ようとする努力が,こうして同年秋10月Crack−Up第一一 作に結実したのである。

Of course all life is a process of breaking down,

(3)

仁平:F・S・Fit・g・・aldにおける 崩壊 の意味について(・)    、39

r徽驚響欝欝tl面驚1にもたとえるべき自分が存在するだけだと結んで

燃脚蹴贈欝〜欝小翼謡慧。1講碁あ轍謙塩すべき゜)        ・f・・pi・i・ual b・・k・up・)1£もとれるし,フ,。ツジエ

      ラルド自身の言葉を借りれば,「私の人生の記録に一つという「マタイ伝」第5章13節の句で終る「崩壊」の

Q誓鑛欝鰭七瀦盤島簿舗欝畿謡魏嘉蹴tl蝶1㌢:       しかし「くだけた皿」は・はたして彼の文学の「崩壊」

m潜識lfl蹴1鴇急3灘畿1鷺繍篇」ぞ1∵ラ陀儲       い自己暴露の中で,フィッツジェラルドが自らを大げさf・tility・f・ff・・t・nd th・・en・e・f th・n・・essity

pli濫鼎器搬鑑聡欝f憲欝轟∴器騰贈〉とい

@       (lt is typical that in this painful self−revelat圭on(10年前の人生は主として自分一人の問題だつた。努力して

初vだとい憾覚と,苦闘することが必要だとい憾覚, Fitzge「ald d°es n・t・nvi・i・n h三m・elf i・h…i・…m・

即ち失敗は避けられないという信念と,なおい成功・しよbut「

〔状態があ。た〕)8)@       ここでその「くだけた皿」というメタフ。漣追い求

めて,第二作のPσs伽91≠7 09θ晒θ7を概観してみ 少くともそこには未来に向って飛翔しようとする 自  よう゜

があった。他入を救ったり救われたりする平均的交

際家(an aVerage miXer)の世界が開けていた。とこ  2・亀裂の中にさまよう魂 うが,ある医者から重大な宣告(agrave sentence)

を聞いてからというもの,自分は一人きりにならねばな    In a previous article this writer told about his らぬという,強い本能のようなものを突然もつに至る。   realizat三〇n that what he had before h1m was not それからは孤独の世界に身を横たえて,時には1日20時   the dish that he had ordered for his forties. In 間も熟睡したり・うたたねしたりして,目ざめている間   fact−since he and the dish were one, he de一 は他愛もないリストを作っては破りして,断然ものを考   sc「ibed himself as a cracked plate, the kind that えまいと努力する。その結果はどうであったか。      one wonders whether it is worth preserving. Your

・dit・・th・・ght th・t the a・ti・1…g9・・t・d t・・m・・y 一And then suddenly, surprisingly I got better.   aspects without regarding them closely, and prob一 一And cracked like an old plate as soon as I   ably many readers felt the same way−and heard the news.       there are always those to whom all self−revelation

       o

i一すると突然,不思議にも私の病気はなおったのだ。     1s contemptible, unless it ends w量th a noble thanks

@のだ。)       (前号に発表した一文で,筆者は,自分の前にあるものが,

40代の人生のために注文した大皿でないことがわかった,と 今ここにあるのは,ひび割れた一枚の古皿であり,   いうことを語った・事実上・自分と大皿が同一であるので,

「朝の歯ブラシから夕食事の友人に至るまでの生活のあ   人がはたして保存しておく価値があるのかといぶかしがるよ らゆる行為が滑の折れることになってしま。た」   うな・くだけた皿として自らを粥したのだ・ところが・

(・v・・y・…flif・f,。m・h。 m。,ni。g、。。,h−b,。、h,。 こρエツセイ1こ対し編儲は・あまり々こ多くの問題点をじ

Eh・f・iend・・dinn・・h・d bec・me an・ff・轟けが :lllt饗澱綴凝蹴蕩1こ蓑

らのような肉体,生気を喪失して,いわば「効力を失っ   に,自己暴露などというものは,その結果が 不屈の魂

(4)

140       茨城大学教育学部紀要 第21号

鷺欝驚瓢ll二欝ない器膿雅盤趨盤t朧

doesn,t work−and in a real dark night of the こうした書き出しで始まるPαs 勉9∫∫To9θ漁〃に   soul it is always three o clock in the moming,

は,_層自分と距離をおいて,より冷静に自分の人生を   day after day・(零落した人に対する標準的な治療剤は・

凝視しようとするフ・。ツジェラルドの余裕が,第一作 現実に窮乏したり躰的に苦しんでいる人のことを考えてみ よりも強く感じとれる.ここで注目したいのは「くだけ ることだ・そしてこれは・大概どんな天気の時でも憂うつな

@      心にひびく福音となるが,昼間の忠告なら余計誰にでも効果 ス皿」のメタファである。

@      がある。ところが午前の3時という時刻では,置き忘れた荷       物だつて,死刑の宣告と全く同じく悲壮な重大性をもつし治

@Sometimes, though, the cracked plate has to be

@       療剤もさつばり効かない。そして全く暗黒に閉ざされた魂の      ,      ●

?P。1翻翻a溜en欝瓢11:夜にあ鼠ては・くる日もく・・もいつだ 午前・時なの

      だ。)

翌≠窒高?п@on the stove nor shuffled with the other

り,他の皿といっしょに洗い器の中でこちやまぜにしたり

@       The first time was twenty years ago, when キることはもうできない。来客接待にもち出されるようなこ

@      1eft Princeton in junior year with a comp!aintともないだろうが,しかし,夜おそくビスケットをのせたり

残り物をの。けて繊圃・入れたりするのに・・役に立つであ di・g…ed・・m・1・・i・,・nd・ft・・afew m°nths°f ろう.14)      res・・w・n・b・・k t…11・g・・B・tlhadl°stce「tain

offices, the chief one was the presidency of the

か。@      my career as a leader of men was over・(第1回目 ゙にとって,「今」という「亀裂」はどのような意味

@      は20年前,マラリヤと診断された病気のため,プリンストン

をもつものなのだろうか・        の3轍で休学した時のことだ.数ケ肋静養で復学はした

が,トライアングル・クラブの責任者をはじめとするもろも N・wth・・ta・d・・d…ef・・…wh・issunkis @ろの儲や,,。ジカル・・メデ・上演のプラ・もミ肖え去・

to consider those in actual destitution or physica1   てしまい,同時に落第もしてしまった。私にとって大学はも suffering−this is an a11−weather beatitude for    う以前と同じものではないのだ・自尊心という記章も勲章も 91。。mi・g・…al二and f・i・1y・a1・t・・y d・y−tim・ 結局無に帰したのだ・…・・数年た・てカ ら自分は・学内の大

。d。i、ef。,ev。,y。n。.B。t・tth士ee…1・ck i・th・  物1・なろうとして失肌たことはよか・たのだ・とわか・

(5)

仁平:F.S. Fitzgeraldにおける 崩壊 の意味について(1)        141

@      ㌧

た。そして諸委員会に奉仕するかわりに英詩にうちこむよう   1ack of money, and one day the girl closed it out になり,詩の何たるかについての概念を得て,書き方の勉強   on the basis of common sense・During a long に取組んだ。「好きなものが手に入らなかったら,手に入っ   summer of despair I wrote a novel instead of たものを好きになれ」というショウの主i義に従えば・それは   1etters, so it came out all right, but it came 運のいい転向だったが・人の上に立つという自分の経歴がこ   out all right, for a different person. The man

れで終・た島;思うことは・その当座自分には残酷なつらいこ wi・h・h・1量・gl・・f m・n・y i・hi・p・ck・・wh・marri・dとだった。)      the girl a year later would always cherish an

abiding distrust, an animosity, toward the leisure      

20年前即ち1915年の冬に病気休学をするまでの2年間   class_not the conviction of a revolutionist のプリンストン生活は,ある意味で彼の人生最良の時期   but the smouldering hatred of a peasant.(金が であったろう。「トライアングル・クラブ」での華々し   ないことからくる,運命的な悲恋がそれであり,常識的な判 い活躍一脚本創作やら出演やら一,ジニヴラ・キン   断に基いて,相手の女から或日突然恋の終りを宣告されてし グ(Genevra King)との恋愛,或はエドマンド・ウィ   まったのだ。絶望にうちひしがれた長い夏の間,自分は愛の ルソンやジョン・ピール。ビショップ (John Peale    手紙にかわって小説を書さ続けた。そして結局その恋は実i現 B量shOP)という,彼の文学に大きな影響を投げかけた生   したが,その時はもうすでに自分は別の人間になってしまっ 涯の友との出会いなど,前半の学生生活は華やかな色彩   ていた。ボヶットに金をちやらつかせて,一年後にその女と にいうどられている。それだけに leader of men の    結ばれはしたが,以来常に有閑階級に対して変らぬ不信と強 座からの引退はざ折感ひとしおのものがあったであろ   い憎しみ一革命家のもつ佑念ではなく,小百姓のもつくす

、。しかしそれを・1ucky break たらしめるべく,文   ぶるような憎悪の念を抱くようになったのだ。11)

学修行にうちこんだ後半の学生生活こそ注目さるぺきで

あろう。       1917年4月,アメリカの第一次大戦参加とともに彼の ゙は詩人になろうと専念する。ビショップが範として

@       身辺も急にあわただしくなり,詩作から転向して執筆しいたKeats, Swinburne, Wilde, Rupert Brooke, Ver・

@       始めていた自伝的小説の原稿をたずさえて,プリンストlaineなどを読んで研究し,自らも雑誌「ナソー文学」      ンをあとに入隊するが,爾来,彼の目的は「ロマンティ

iNassau Literary Magazine)に10篇の詩を発表し・

@       ックなエゴティスト」(The Romant圭c Egotist)と当初 うち6篇は,のちに「楽園のこちら側」にとりいれーてい

@       題名をつけていた,この最初の小説の完成に集中され 驕Bパイパーの言うように,それらの大部分は「能力は

@       た。その後2年半の問,戦争・軍隊・恋愛・除隊・広告 認められるが平凡であり,むしろ彼がモデルとして愛言繭

@       会社勤めの失意の数ケ月そして婚約破棄など,幾多のうしている詩を感傷的になぞったもの」(undistinguished      余繭折はあったが,彼がしつように追い続けた夢は,こbut c°mpetent a恕「athe「sentimental ech°es°f hisの小説の出版であった.そしてその夢は・92・年3月27日

f・v°・ite m°dels)に過ぎな㌔ かもしれぬが,この時期 の朝,真実となって彼の前に出現する.「楽園のこち に詩作に没頭した意義は大きい。自分を客観視すること  ら側」と改名されてスクリブナーから出版されたこの初 や,ジニヴラに対する失恋の失望をいやすことができた  版本は,23才の無名の新人を一躍成功作家として,大戦

以上に・購的獺噸概の他詩形のもつ技法に脱 後のア刈鰍会の名士の座にすえたのだが,しかし・

めていったことは,この時期の勉強のもたらしたものと  第2の亀裂が彼を襲ったのもこの時であったのだ。「金 して特筆さるぺきであろう。      がないことからくる運命的な悲恋」とは,やがて彼の妻 彼は最初の亀裂としてこの時期をあげているが,その  となるゼルダ.セイヤー((Zelda Sayre)との出会いで 亀裂はまた,彼に文学への関心を植えつけ・作家として  あり,上品ぶった窮乏生活などに堪えきれぬ彼女と結婚 大きくはばたくための飛躍台でもあったのである。   すぺく,彼女の渇望を満足させるに足る金を稼ぎ出そう

彼にとって「くる日もくる日もいつだって午前3時」  としてままならず,遂に婚約の破棄を告げられた彼は,

である第2の亀裂がもたらされたのはいつだったのか。  故郷セント・ポールにひきあげて,「絶望にうちひしが

「貼り合わせ」ではそれを大戦後のこととして次のよう  れた長い夏の間」を自宅の屋根裏部屋にこもって,「ロ に述べている。      マンティックなエゴティスト」の,3回目の・そしてそ

れが最後となる書き直しに没頭する。

It was one of those tragic loves doomed for  フィッツジェラルドとゼルダが結ばれたのは1920年4月

(6)

142       茨城大学数育学部紀要 第21号

3日・戦勝気分とドル景気と・そして花形作家登場の栄  年頃を境にガクッと折れて,ゼルダの精神分裂,肉親の 光に彩られたニューヨークであった。しかしその時以来  死・そして自分自身のアルコール中毒,精神と肉体の病 彼は・「有閑階級に対して変らぬ不信と強い憎しみ一  気との戦い,という暗いかげの中に麺物線は音もなく消 小百姓のもつくすぶるような憎悪の念」を抱く別人にな  えていくように見える。

って,第2の亀裂の中にほうり出されたのだ。       「去年の春,新しい空が太陽をさえぎった時」が,肺 後に彼が小説の中で絶えず取扱った,女と結婚と金の  結核の再発をさすのか,ゼルダの病状の変化をさすのか 複雑な物語の原型は,彼自身の求愛と結婚をめぐる,こ  具体的にあきらかではないが,上記の年表でみる限り,

の第2の亀裂の中に・寓話的に蔵されていたということ  1930年代は,常に彼の周囲は「新しい空が太陽をさえぎ ができよう・      った」状態にあったと言えよう。

こうしてその後16年間,自分は金持ちに対する不信感   そして今,空虚な静けさの中にひっそりと息づさ,「

をもちながらも,一部の金持ち連が,その生活の中に持  全く賠黒に閑ざされた午前3時の魂の夜」という第3 ちこんでいる機動性と優雅さを自分も共有したくて・金  の亀裂の中にさまよう孤独な魂は,そのまま暗黒の彼方 のために働き続けてきて・一度だって落胆したことなど  に崩れ去っていくのであろうか。人生の軌道と同じく,

なかったのに,3度目の亀裂が訪れたとして,次のよう  彼の文学的生命も勉物線状に永遠に消え去るのだろう に述壊する。      か。

空虚な静けさをいかにして脱出するか,暗い運命の夜 When a new sky cut off the sun last sP「in9   をいかに克服するか,その血をはくような決意こそ,次

Ididn t at firstヤelate it to what had happened       のエッセイ「取り扱い注意」の主題なのである。「崩壊

fifteen o「twenty years ago・一・In its impact 」から脱出しようと苦・悩する魂を先導者として,第三作

this blow was more violent than the other two       に考察の目を向けよう。

but it was the same in killd−a feelillg that

Iwas standing at twilight on a deserted rallge・  3. 「崩壊」からの「脱出」

with an empty rifle in my hands and the targets

down No P「oblem set{simPly a silence with   第三作「取り扱い注意」(Hα屈1θ例飾Cαアのは,

only the sound of my own breathing・(去年の春,  フィッツジェラルド自身の言葉を借りれば,「深みに落 新しい空が太陽をさえぎった時・最初はそれが15年ないし20  ちこんであがきもがいている,その泥沼からはい上る出 鞘におこ・たことと関連あるとは肋なか・た・一・今回 発点」(。,t。・ti・g Place・ut・f th・m・・ass i・whi・h

謝魏2!禦夏購:纏募野餓翻If㎞㎞d㍗)たらしめるぺき決意雌である・

を前に,空になったライフルを手にして,たそがれの中にた

たずんでいるような感じだ.解決せねばならぬ1湖題は何_っ  ……s・th・q・e・ti・n became・n・・f finding why ない.あるのはただ泊分の息づか、・の音だけが聞こえる静  andwh・・eIh・d・h・ng・d・wh・・e w・・th・1eak 竄フみである.チ゜)       th…gh whi・恥nk・・w・t・myself, my・・th・・i・・m and my vitality had been steadily and premature一 金のために働き続けてきて,一度だって落胆したこと   ly trickling away.(それ故,どこでどうして自分が変っ などなかった,と彼自身のいうそれまでの15年聞を,タ   てしまったのかを見出すことが問題となってくる。自分の気

       2D一ンブル(Andrew Turnbull)によるChronologyをも    つかぬうちに・かつてのあの意気込みもメ醜も・着々と・し

とに鞍形式にまとめてみると,彼の人生の髄があざ かも時ならぬうちに・ち・うち・ろ流れ囑てしま・たその 竄ゥな勉物線を描いて浮かび上ってくる。         漏れ口は・一体どこにあったのだろうか・)

彼にゼルダを獲得させた小説「楽園のこちら側」には

じまる上昇線は・1922年の「美しく呪われた人」(丁加   恐怖とか同情とかの対象物と,自分とが一体になって βθ傭ガノ副α〃41)膨紹4)と「ジャズ時代の物語」   しまうようになったのは何故だろうか,と彼は考える。

(Tales of the /a2z Age)を経て・1925年の「偉大な  悲しみには悲しい態度,憂うつには憂うつな態度,悲劇 るギャッビ団」(The Great Gatsby)をもって最高潮に  には悲劇的態度をとることは,人間として完成されてい 達する・しかし国際的な放蕩生活への耽溺は,やがて次  ないからだ。レーニンはプロレタリアートの苦しみを自 第に軌道を下向させ・世界大恐慌の嵐ふきすさんだ1929  ら進んで耐え忍ぼうとはしなかったし,ワシントンは摩

(7)

仁平:F・S・Fitzgeraldにおける 崩壊 の意味について(1)        143

下軍隊の,ディケンズはその描くロンドン貧民の・それ   郵便集配人にも・食料品屋にも・編集者にもいとこの亭主 それの苦しみと同じ苦しみを味わいはしなかったのだ。   にも好意を抱かないし・その人達も次々と私をきらうように 自分の中にある自己犠牲(self−immolation)の態度は,   なるだろう・そのために生活は決して二度と愉快なものには ふやけてうす汚れたようなもので,紛れもなく現代的で   ならないだろうし・私のドアの真上には 猛犬に注意 の札 はない。こう考えてくると,生き残るということは,過   が永久にかけられるだろう。もっとも私はあたりさわりの

      ない動物になるよう努めるだろうが,もし誰かが肉のたくさ去を「されいさっぱり断ち切る」(clean break) こと

んついた骨を投げてくれたら,私はその人の手をなめること につながってくる。「脱出」とか「逃走」とかいって       26)

      さえするかもしれぬ。)

焉Cそれは所詮しかけられたわなの中を回遊しているに

過ぎないのだ。      ミラーは,こうした告白を評して「魅惑的でもあり当

27)

       惑もする」(both fascinating and embarrassin窪)と述Aclean break is something you cannot come

      べているが,たしかにこの犬の比喩はあまりに憐れっぽback frorn;that is irretrievable because it makes

くて当惑させられる。しかし,虚空の中によろめきなが the past cease to exist.(きれいさっぱり断ちきるとい

       らもなおかつ鋭く自己を凝視し分析して,現在の clack一

、ことは,もう戻れないということなのだ。過去を消滅させ

24)    UP を一一匹の獣と化して乗り越えようとするその異様

るのだから,取返すことのできないものなのだ。)

さ,あるいはそのすさまじい執念ともいうぺきものに胸 うたれるのである。

       らを一個の伝説と化した彼の人生はたしかに悲劇的であないのか,と彼は自問する。そうして,作家であること

@      り,敗北の記録で終るものであったかもしれぬ。だがそはただ一つの生活手段であるから続けなければならない

@      の文学は,丁勿C7αo鳥σρの告白にみられる「脱崩壊」が,人間であろうとするいっさいの企て一親切とか公

       ないしは「再生」の文学,少くとも崩壊に対する「挑明正大とか寛大とかをすべてよすことだ,と決意する。

@      戦」の文学という角度から見直すぺき面をもっていると 考えられる。

There was to be no more giving of rnyself一

@       このような視点から,以下項を改めて丁勿G7θ碗 all giving was to be outlawed henceforth under

@       σα∫∫のほか一・二の短篇を概観し,アメリカ人の価値 anew name, and that name was Waste・(これ以上

観に対する彼の認識あるいはモラリストとしての彼の立 自己を他に与えることがあってはならぬ。すべてを与えるこ

       場を再考してみたい。とは,今後「浪費」という新しい名前で呼ばれるぺき,法律       25)の効力外のことであるはずだ。)

皿r 「偉大なるギャッビー」

彼がclean breakとよびnew disPensation(新しい       もっとも感動的なアメリカの悲劇の一つともいわれ,

摂理)とよんだものは・この非人間的生き方に徹するこ  フィッツジェラルドの名をいつまでも生かしめる傑作「

とだったのであり,このエッセイの最後は次のようなこ  偉大なるギャッビー」は,ノースダコタの貧しい百姓の とばで終っている。      息子が,上流社会の令嬢に恋をし,ひたむきに彼女のあ

とを追い,酒の密輸で巨満の富を得てみずから上流社会 Ido not any longer like the Postman・no「the  に入りこみ,彼女を手に入れようとする物語である。彼 grocer, nor the editor, nor the cousin s husband・  と彼女に通じる唯一の象徴一プール付きの大邸宅と,

and he in turn will colne to dislike me, so that  幾ダースもの絹のシャツ,そして連夜の大パーティー Iife will never be very pleasant again, and the  によって,彼が彼女にふさわしい男性であることを示す sign Cave CaneIn is hung Permanently just above  が,彼にとって理想の女性と渇望していた恋人も,結局 mydoor.Iwill try to be a correct anima1  は浮薄なブルジョワ娘にすぎなかった。愛と金の混り合 though, and if you throw me a bone with enough  ったギャッビーの夢,そのロマンティックなそして鉄の meat on itImay even lick your hand・(私はもはや  如き意志も,最後には恋人のもつ金持独特のエゴイズム

(8)

144       茨城大学教育学部紀要 第21号

の犠牲となって「崩壊」していく。      くなってしまった。

ギャッビーが美と恋を信じ・て,一身を賭けて追い求め    ……ahundred houses, at once conventional and るその夢が,純粋であろうとすればする程,崩壊の衝撃   grotesque, crouching under a sullen, overhanging は痛烈になるはずであった。なぜなら,この成り上り者   sky and a lusterless moon. In the foreground をとりまく上流社会には,彼の金の力をもってしてもど   four solemn men in dress suits are walking along うにもならぬ,エゴイズムと道徳的頽疲が根強くはびこ   the sidewalk with a stretcher on which lies a って,彼の行手をさえぎっていたからである。角度をか   drunken woman in a white evening dress・Her えてみれば,1920年代におけるアメリカの拝金主義と出   hand, which dangles over the side, sparkles cold 世主義,そしてその空しさが,ギャッビーの行動に鮮や   with jewels・Gravely the men turn in at a house かに集中されているといえよう。      −the wrong house. But n(H)ne knows the

フィッツジェラルドが少年の頃から富とぜいたくにあ   wornan s name, and no one cares.(ありきたりの形で こがれたことは各種の評伝が指摘している。彼とて,享   ありながら怪奇な感じのする百軒もの家婦ミ,陰うつにたれ 楽的・物質主義的風潮と無縁であったわけではない。し   下っている空の下・光のない月のもとにうずくまっている・

かし,彼が求めたものは金そのものではなく,富が人間   前景には・正装した4人のしかつめらしい男たちが・担架を に可能にする優雅さと洗練された趣味という一つの「美   持って歩道を歩いている・その担架には誰1いイブニング゜

       ドレスを着た,酔いつぶれた女が横たわっている。担架の横」であったことも多くの研究者の指摘するところであ

       にだらりと垂れた手には,宝石が冷たく光っている。重々しる。ギャッビーがデイジーにひかれたものも,このよう

       く,男たちはとある家に入っていく一その家に入るはずで

ネ「美」であったと考えられる。しかもフィッツジェラ       はないのだが。だが,誰もその女の名前を知らないし,それ

ルドは,上流階級のもつ「美」の魅力にひきつけられる      29)

を気にする人もない。)

一方,富が人間の心におよぼす道徳的な腐敗をも,鋭く 透視していたのである。

       ギャッビーの死後は,ニックのみる東部にはいつもそ この作品をニックという「私」に語らせたのも,事件      うした幻影がつきまとって,そのゆがみはなおらない。の推移,ひいては「アメリカの夢」を客観的・批判的に

       そのゆがみの中で偶然再会するトム・ビュキャナンに対描こうとしたフィッツジェラルドの倫理観がもたらした

      しても,自分がまるで子供にでも話しかけているみたい手法であり,必要な箇所には必ずニックが姿を現わし

       に思われて,彼と握手こそしたが,ここにはもう以前のて,その場面の邪魔にならない程度に・冷静に物静かな

       ニックではなくして,ギャッビーの崩壊によって一段と口調で読者に語りかける。

      成長した「新生」のニック像をわれわれは見出すのでギャッビーの死によっていっさいが崩壊し去ったあ

       ある。と,ニックは「私の中西部」(my Middle West)なる

故郷へ帰ることを決意する。

Icouldn t forgive him or like him, but I saw

      that what he had done was, to him, entirelyThat,s my Mlddle West−not the wheat or

、h。 p,ai,i,、。,、h,1。、、 Sw。d。、。w。、, b。t the 」ustified・It was all ve「y ca「eless and c°nfuse        They were careless people, Tom and Daisy−

狽?窒奄撃撃奄獅〟@returning trains of my youth, and the

       they smashed up things and creatures and thenstreet lamps and sleigh bells in the frosty dark and

       retreated back into their money or their vastthe shadows of holly wreaths thrown by lighted

       carelessness, or whatever it was that kept themwindows on the snow.(小麦でもなければ大草原でもな

       together, and let other people clean up the messし,消え去ったスエーデン人の町でもない。青春時代の胸も

       they had made……. (私は彼を赦すこともできなかったはずむ帰省列車であり,酷寒の夜の街灯やそりの鈴であり,

灯のともった窓から雪の上に射している柊の環の影_それが    し・好きにもなれなかった・しかし・彼のやったことは・全 私の中西部なのだ。㌘)       くあたりまえのことなのだということはわか・た・すべてが まことに不注意で混乱しているのだ。彼らは不注意な人間な んだ一トムもデイジーも。品物であろうと生きものであろ 自分はそうした中西部の一部なのだと自覚するニック   うと,粉々に砕いてしまって,しかもみずからは,金とかと にとって・もはや東部は・特にウェスト・エッグは,エ   てつもない無頓着さとか,或は二人を一緒に結びつけてくれ ル・グレコの描く夜の情景のような奇怪な幻影にすぎな   るものなら何であろうと,その中へさっさと退却してしまう

(9)

仁平:F・SFitzgeraldにおける 崩壊 『の意味について(1)        145

のだ。しかも,自分達がしでかしたごたごたは他の人にしま    いう好奇心とが,いろいろおりまじった複雑な態度を露わし 30)      34)

つさせる…。)       ている。)

 こうした見方をニック自身「私のもつ田舎人特有の気   はたして「ギャッビー」と「金持ちの青年」とは・同 ゙ずかしさ」(my p,。vi。,i。1,queami、h・ess)3ャん じよう憶図で扱われた作品なのであろうカ㌔その

でいるが,この中西部人のもつ気むずかしさこそ,フィ  complicated attitudeは,無名の語り手が冒頭に語るこ ッツジェラルドみずからがもつ,厳格な道徳的批判力で  とばによく反映されている。

あったのであり・これがギャッビーの死による崩壊の人

生に,それ自身では持たない意味を与えているものと考    Let me tell you about the very rich・They a「e

シエインは次のように指摘している。「ニックは我々   enjoy early・and it does something to them・

を導いて,裕福な東部の倫理的混乱を凡て安全に切抜け   makes them soft where we are hard・and cynical させてくれるし,最後には,基本的な礼節が,三世代に   where we are trustful・in a way that・un董ess you 亘って同じ家屋で生活を営んできている社会的家族形態   were born rich・it is difficult to understand・

の上に成り立つ地方に,我々を連譲してくれる.3?@ (大金持ちなるものについて一乱ておこう・彼らは翻や       私なんかとは違うのだ。彼らは幼い時から所有し,享楽する

u崩壊」から脱出して中西部へ戻ったニックはどう生      わけで,それが彼らに何らかの影響を及ぼし,われわれが厳 きるのか。So we beat on, boats against the current・       格な態度をとるところで彼らは柔軟であり,われわれが信頼

borne back ceaselessly into the past・(だから私たち   を寄せるものに対して冷笑的な態度をとる。そういうやり方

は,絶えず過去へもどされながらも・流れにさからう舟   は,自分が金持ちに生まれた者でなけれ1ま,なかなか理解で      33)       35)のように,思いきりぶっつかっていくのだ。)       きるものではない。)

というその舟はどこへ行こうとしているのか・目を「ギ

ヤッビー」以後の作品に転じよう。       この文句がヘミングウエイの「キリマンジャロの雪」

に椰喩的に引用されて Yes, they have more money.

       というblunt replyとしてはねかえってくることは有lV 短編       名な事実だが,マイズナ《Arthur Mizener)も指摘す

      るように,3鞍るが故のかけがえのな、磯会を,想像の 「偉大なるギャッビー」以後に書かれた短編のうち,

アこでは鱗の関係で代鋤な2編「金持ちの青年」 およぶ卿強櫛操のある蟻を送ることに当てた鋳

      ちに対して,英雄崇拝にも似た気持を抱いたのがフィッ(The Rich Boン)と「バビロン再訪」(B面yo〃Rθ一

@       ツジェラルドなら,反面,こうした人生をきり開く手段び∫sf∫θ4)をとりあげたい。      として,自分の富を利用し得ない単なる金持ちに対して 1951年にスクリブナー社から出版された「フィッツジ

Fラルド顯集」の謙者マルカム.カウリー(M・1一搬の輔感を抱いて,前述の「小醗のもつくすぶる

@       ような憎しみ」を感ずるのもフィッツジェラルドなのでcom Cowley)は,そのEditor s Noteの中で,1926年に

書かれてのち「すべて悲しき若者たち」(朋ず乃・5認 ある・

       大金持ちの青年である主人公アンスン・ハンター 苧bπ9ルfθπ)に収められたこの「金持ちの青年」は,

@       (Anson Hunter)は,思いきった浪費が行なわれる世界フィッツジェラルドが「ギャッビー」を完成させたあ      をそのまますらりと受け入れ,離婚と放蕩気取りと特と,本気になって取組んだ最初の作品であると指摘して      権が乱舞する世の中を無条件に認めている男である。

次のように述べている。

Most of our lives end as a compromise−it Like the novel it reveals his complicated attitude   was as a compromise that his life began・(われわ

toward the very rich, with its mixture of d三s一   れの人生はたいてい妥協に終るのが普通である一が彼の人生       37)trust, admiration and above all curiosity about how    は妥協で始まったのだ。)

their minds work.(「ギヤツビー」σ)場合と同じように,

この短編でフィッツジェラルドは,大金持ちに対して,不信   常に人を見下し,人生に対して冷笑的な態度をすてる と賞賛と,とりわけ彼らの精神構造がどうなっているのかと  ことのできぬアンスンが,ポーラ(Paula Legendre)

(10)

146      茨城大学教育学部紀要 第21号

と,続いてドリー(Dolly Karger)と,二人の娘との  と二人で築きあげていこうとする明日からの生活への期 恋愛をへ,叔母の情事に介入したり・かつての恋人ボー  待が錯綜する。だが妻の姉の,彼に対する不信と反感は ラが二度目の夫と営む幸福な家庭生活をかいまみたりす  依然としてとけず,一人さびしくホテルのバーに戻って る,そうした過程を通して,ますます孤独感を深めてい  思う。興にまかせてゆきずりの連中に惜しげもなくばら くエゴイズムの象徴のように描かれている。       まいたものと同じものしか娘に与えられぬ今の自分。い 彼が海外旅行に出かける三日前に・ポーラが産褥で死  としい娘に対するこの今の気持は,かつて金で自由に ぬ。船の中で一言もその心中を語らなかった彼だが・同  支配した連中に対するものと違って,もっと崇高なもの 時に,一人旅の娘と楽しそうに談笑する彼の姿も船内に  に浄化されているのに。それを昔同様に金でしか表現で 見られるのである。だから「私」は彼を次のような描写  きぬ今の自分のもどかしさ。

で結ぶ。

He would come back some day:they couldn,t Id・・ t thi・k h・w・・ev・・h・pPy unless s°me m・k・hi1・p・y f・・ev・。. B。t h。 w、nt,d his child,

・n・w・・i・1・v・with him・・esp・nding t°him like and・・thi・g was m・・h g・。d。。w, b。,id。 th。t fili・g・t・am・g・・t・h・lpi・g him t・e・plain him @f・・t. H・w・・ガt y・。ng。ny m。,e, with。1。t。f

・elf・P・・面・i・g him・・m・thi・替(彼は誰かが彼と愛し ・i・e th・ught・and d・eam、 t。 h。v。 by him,elf. H,

合い・磁石に対する鉄片のように彼に反応し・彼が自分を語   was absolutely sure Helen wouldn,t have wanted るのを助け・彼に何かを保証していyれなければ・幸福に him・・b…al・n・.(彼は、・つの,かまたここ、、戻。て

なれない男だったのだと私は思う。)       くるだろう。義姉夫婦も永久に彼に罪のつぐないはさせま

い。とにかく彼は自分の子どもが欲しいのだ。そして今はこ 無名の語り手は・アンスンからはるかに距離をおいた   の事実以外の何も念頭になかった。彼はもう,数々のすばら 立場で眺めており,「ギャッビー」におけるニックの存   しい考えや,自分だけの夢を心に描く若者ではないのだ。へ

在のように,主人公ギャッビーに対して最初は批判的で   レンだって,彼にこんなに孤独になってもらいたいとは思う       39)あるが,しだいに共感を抱いていく,という描写はここ   まい,と彼は堅く信じた。)

ではなされていない。金のカによって表面的には円滑そ

うな対人関係を続けるが,一歩ふみこむと,そこには寒   ここには丁勿C7αc々一σρ三作におけるフィッツジェ 澄とした孤独の世界しか存在しない。上流階級というも  ラルド自身の感情が,集約的に投影されている。チャー のと,孤独の世界というものは,人間性を堅持するか喪  ルズのさびしさ,くやしさはそっくりそのままフィッツ 失するかという壁一つで仕切られていることを,この短  ジェラルド自身の気持であろう。そこにあるのは悔恨と 編は痛烈に訴えているといえよう。従って金持ちの精神  自虐の大いなる「亀裂」である。しかしこの亀裂の中に 的「崩壊」に対する手厳しい批判という形で,ここにも  チャールズは絶望の身を横たえたままではない。彼は空

「脱崩壊」のペクトルを見出すことができると考える。  しくパリをひきあげはしない。彼をして「いつの日かま

「金持ちの育年」が強いタッチの色彩鮮やかな作品と  たここに戻って」こらせるもの,永久に「彼に罪のつぐ すれば,「バビロン再訪」は日本画を思わせるような淡  ない」をさせないもの,そして「こんなに孤独」のまま 白なしかも情感切々と迫る短編である。この作品の書か  の状態にさせないもの,それがこの作品ににじみ出てい れたのはちょうどゼルダが発病した年,1930年の暮れで  るヒューマニズムであろうと考える。

あり,さらに世界大恐慌の嵐の中で「パリのアメリカ   皿の項の中で,「虚空の中によろめきながらもなおか 人」が潮のひくように故国へひきあげてしまった,その  つ鋭く自己を凝視し分析して・現在の crack−up を一 歓楽の都が舞台であることを思いあわせると,哀感ひと  匹の獣と化して乗り越えようとするその異様さラあるい

しおなるものがある。       はそのすさまじい執念ともいうぺきものに胸うたれる」

主人公チャールズ・ウェイルズ(Charles Wales)は, と述べたが,その執念が,この作品では極めてヒューメ かつて彼が放蕩の限りをつくしたパリを再び訪れるが,  インな優しさに昇華されて,彼を絶望から再び立ち直ら しかし「バビロン」に象徴されるように,そこにはもう  せているといえよう。「崩壊」から脱出しようと苦悩す 昔日の面影はない。妻ヘレンの死後手もとからはなれた  る誠実な魂の記録がここにもひっそりと結実していたの 一人娘オノリアをひきとりに,妻の姉夫婦の家を訪れる  である。

チャールズの胸中には,妻を死なした悔恨と,そして娘

(11)

仁平:F・S・F彪geraldにおける 崩壊 ,の意味について(1)        1む

       Charles Scribner s Sons,1962), PP.351−353 u 結語       22)Mizene《ed.), op. cit., p.4ユ6

23)Loc, ciし

「崩壊」の意味を求めて丁加C7αcん一σρに足場をす  24)Ibid.,ρ417 え,丁加076α渉0α sδyと短編二篇を展望し,その結  25)Loq c止 果ジャズ時代のスポークスマンでありながら,と同時  26)Ibid,, p.420

に,「金」万能の時代に対する厳しい道徳的批判力をも  27)Miller, oP. cit., P.128 堅持していたフィッツジェラルド像を再構成してみた。  28)Mizener(ed・)・oρcit・・P・235・

物質主義で快楽的な20年代の風潮を代弁するかのよう  29)Loc cit

な,彼の乱脈な生活に焦点をあてれば,それはたしかに  30)Ibi(L P°237  ・

       31)Loc. cit.「崩壊」の文学であろう。しかし,時代の底に流れる道

      32)Charles E. Shain, F. Scott Fitzgerald;佐藤亮一訳徳的腐敗に対する厳格な批判と卒直な自省にライトをあ      「F.スコット・フィッツジェラルド」<アメリカ文学作

てる時,そこには「再生」への真剣な意欲をもやし続け      家シリーズ第三巻〉(北星堂書店,昭41),P.298

る誠実な魂の文学が展開されていたのである。「崩壊」  33)Mizene,(ed,), o ciし,μ238

と「再生」と二つの相反するベクトルが,同時に一つの  34)Malcolm Cowley(e己>丁加S 碗6sげESco∫,

作品の中に融合されている文学,それは「崩壊の文学」    E 2gθ駕α14(New York:Charles Scribneゼs Sons,

とよぶにはあまりにも躍動的ですらあるといえよう。     1951),p.176

(Oct.30,1971)        35) Ibid., p。177

36)Arthur Mizener, F. Scott Fitzgerald:The Great Gatsby ,η18 A耀7ゴoαπハbθθムed, Wallace Steg一

REFERENCES

@      ner(New York:Basic Books、 Inc.,1965), p.181 1)毎日新聞(1970年10月12日夕刊)学芸欄〜 失われた世代   37)Cowley(ed・)・oP・cit,, P.179

からみた現代        38)Ibid., PP.207−8

2)佐渡谷重信「アメリカ小説論」(泰文堂,昭44)P.128    39)F.Scott Fitzgerald,7砺Sα Rθoθ〃θ(New York:

3)石一郎「ES.ブイッツジェラルド試論」 (南雲堂,昭      Charles Scribner s Sons,1960), P.341 42再版)

4)Henry Dan Piper,1孔Sω≠ムF漉g6辮Z6:ノ1 C7露 cθ1 Po7 7厩 (London:The Bodley Head,1966), p.234 5)Ibid., p.236

6)Arthur Mizener(ed.),丁勿F舵gθ7α14 R6α4〃

(New York:Charles Scribner s Sons,1963), p.405 7)Ibid.,410

8)Ibid,,406 9)Ibid.,407 10)Ibid.,408

11)James E. Miller, E Sω 、Fぬgθ雇4:研s.4ア,

απ41五sTθc肋毎π6(New York University Press,

、1964),P.128 12)Loc. cit.

13)Mlzener(ed.), op. cit., p,411 14)Loc. cit.

15)The Random House Dictionary, p.338

16)Mizener(ed.), op. cit、, p.411 17)Ibid., p.412

18)Piper, op. cit。, pp.25−26 19)Mizener(ed.), op. cit., p.413 20)Loc. cit.

21)Andrew Turnbul1,5ω F漉8678」4(New York:

(12)

148       茨城大学教育学部紀要第21号

The Meaning of Defeat in Fitzgerald s Literature(1)

Yuko Nihei

Ab8缶8ct

In a serious essay entitled T加C7σo々一σρF。 S. Fitzgerald took stock of himself,童ooking twenty years back for what flaws were in him or what early damage had been done. So the word crack−up, has become a synonym for his Iiterature. But this painful essay also tens us his tenacious.determination to overcome the real dark night of the sou1. The aim of this paper is to consider a pattern of journey and return, that is, break and extrication

       一

奄氏@Fitzgerald s fiction. The East−West or the moral corruption−criticism juxtaposition functions directly in relation to Fitzgerald,s heroes   Gatsby, Nick, Anson and Charles. Th量s kind of parallelism reveals the meaning of defeat, in Fitzgerald,s literature.

参照

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