1. はじめに―サービスの失敗とは―
「サービスの失敗 (service failure)」 と は、 約束したサービスが提供されない、 サー ビス・デリバリーに何らかの不都合が生じた、
顧客が提供サービスに満足できない、 といっ た状況を指している。
どんな種類のサービス1)においてもあまね くサービスの失敗は生じ得る。 本稿は、 サー ビスの失敗と失敗に直面した顧客のとる行動 について考察するが、 特にサービスの4つの カテゴリーのうち 「人を対象とするサービス」
と 「メンタルな刺激を与えるサービス」 を対 象に論を進めることとする2)。 この2つのカ テゴリーのサービスには以下の特徴がある。
①電車・バス・旅客機などの交通機関、 レ ストラン、 ホテル、 SC、 テーマパーク、
各種レジャー施設、 コンサート、 映画館、
学習塾といった 「人を対象とするサービ ス」 や 「メンタルな刺激を与えるサービ ス」 では、 物理的なサービス提供施設を 備え、 顧客に対しサービスの生産とデリ バリーを行う物理的な 「サービス・ファ クトリー (service factory)」 を構成し ているのが通常である。
②物理的なサービス・ファクトリーに顧客 自身が足を運び、 サービス従業員ないし 装置・設備からサービスを提供されるの が通常である。
③この種のサービス・ファクトリーにおい ては、 サービス提供側と顧客とのサービ ス・エンカウンターは、 ハイ・コンタク トないしミディアム・コンタクト状況と
なっている。
④サービスの受け手である顧客は、 他の顧 客達と共にサービス・ファクトリーを利 用していることが多い。 他の顧客達はし ばしば多人数である。
⑤顧客自身と他の顧客達とのインタラクショ ンがサービス・エクスペリエンス (の一 部) を構成することも多い。
⑥ホテルやSC、 各種レジャー施設などの 場合、 しばしば公共施設や他の施設と隣 接ないし一体となっていることがある。
これらの施設或いはサービス・ファクト リーそのものの持つ各種の利便性を求め て、 直接の顧客以外の多種多様な人々が 出入りし、 或いはサービス提供の場に居 合わせている場合がある。
「人を対象とするサービス」 と 「メンタルな 刺激を与えるサービス」 では、 サービスの失 敗に関与する要因は、 サービス提供側の要因 だけでなく、 顧客自身、 他の顧客、 居合わせ た他の人々などさまざまなものとなるだろう。
この点を念頭に置きながら、 以下では、 上記 のサービス・ファクトリーにおけるサービス の失敗と失敗状況における顧客の行動につい て検討する3)。
2. サービスの失敗状況
サービスの失敗状況はさまざまである。 失 敗状況は以下の各側面で整理される (図表1 参照)。 なお、 ここでは例えば、 サービス・
ファクトリーそのものやファクトリー周辺に
Service Failure and Customer Behavior
小宮路 雅 博
おいて何らかの事故・事件が発生しサービス を提供できなかった、 といったアクシデント 状況は除外して考えるものとする。
失敗の対象:何が失敗するか
何が失敗するかの観点で大別すると、 ① 取引されるサービス内容そのものが失敗す る場合 (サービスのコア・プロダクトの失 敗)、 ②サービス取引に関わるプロセスや 周辺要素が失敗する場合 (補足的サービス 要素の失敗)、 とに分けられる。 例えば、
美容院における失敗には、 「髪のカットが 下手すぎる」 場合 (①) と 「カットは上手 だが愛想もないし不親切で嫌な感じだった」
場合 (②) とがある。 この2つの区分は、
サービスのアウトカムの品質 (結果品質) における失敗、 プロセスの品質 (過程品質) における失敗にもそれぞれ該当する。
失敗の発生箇所:どこが失敗するか 失敗の発生箇所についてもさまざまなも のがある。 これは例えば、 ①サービスの生 産ないしオペレーションにおける失敗、 ② デリバリーにおける失敗、 ③マーケティン
グ上の失敗に大別されるだろう。 また、 他 にも着目点を変えて、 ④サービス・システ ム・デザインそのものの失敗、 ⑤サービス スケープ (servicescape)4) 上の失敗、 な どが挙げられる。 例えば、 高級レストラン における失敗には、 「料理が美味しくない」
(①)、 「マナーをまるで守らないお客がい て不愉快」 (②)、 「相反するセグメントの お客が混在していて不愉快」 (③)、 「客席 数に比して厨房の調理能力がそもそも低す ぎる」 (④)、 「趣味の悪い内装・調度品で 不愉快」 (⑤) といった場合がある。
失敗の人的発生源:誰が失敗するか 失敗が直接に誰に起因するものであるか については、 サービス・デリバリーにおけ る失敗に着目すると、 例えば、 ①フロント ステージのサービス従業員 (直接のサービ ス従業員) によるもの、 ②バックステージ のサービス従業員によるもの、 ③顧客自身 が原因となるもの、 ④他の顧客によるもの、
この他に⑤居合わせた (直接の顧客でもな くサービス従業員でもない) 他の人々によ るもの、 がある。 例えば、 クラシック・コ 失敗の対象 失敗箇所 失敗の人的発生源 顧客の観点
①サービスのコア・プロ ダクトの失敗 (結果品質における失敗)
②補足的サービス要素の 失敗
(過程品質における失敗)
①生産ないしオペレーショ ンにおける失敗
②デリバリーにおける失 敗
③マーケティング上の失 敗
④サービス・システム・
デザイン自体の失敗
⑤サービススケープ上の 失敗
①フロントステージのサー ビス従業員
②バックステージのサー ビス従業員
③顧客自身
④他の顧客
⑤居合わせた他の人々
①コスト面での失敗
②かくあるべし感の上で の失敗
図表1 サービスの失敗状況
出所:筆者作成。
ンサートにおける失敗には、 「演奏が下手 でがっかり」 (①)、 「会場運営がきちんと していない」 (②)、 「クラシック音楽を初 めて聴くので全く楽しめない」 (③)、 「演 奏中静かにできないお客がいて台無し」
(④) といった場合がある。 また、 ⑤の例 としては、 ホテルのアトリウムなどに設営 された式場で行なわれる結婚式における参 列者以外の見物客 (というか野次馬) が挙 げられる。 見物客全員が暖かく祝福してく れる 「善い人達」 であれば特に問題はない。
しかし、 いつでも全員が 「善い人達」 とは 限らない。 この可能性は完全には排除でき ないので、 この点を懸念する新郎新婦はこ のような形式の挙式は避けるだろう。 「人 を対象とするサービス」 ないし 「メンタル な刺激を与えるサービス」 のサービス・ファ クトリーにおいては、 サービス・エンカウ ンターは、 とりわけ人的側面においてハイ・
コンタクトないしミディアム・コンタクト 状況となっていることや多くの顧客 (時に は直接の顧客以外の多様な人々) が出入り していることは、 念頭に置かれるべきであ る。
顧客の観点
サービスの失敗を顧客の観点で考えると、
顧客にとって失敗は2つの次元で知覚され ることになるだろう。 「コスト面での失敗」、
「かくあるべし感の上での失敗」、 である5)。 以下、 説明する。
① 「コスト面での失敗」
コスト面での失敗は、 直接には金銭面 での損失感を覚えさせる状況を指すが、
これに留まらず時間・労苦・手間ひまの 損失・喪失・徒労感を感じさせるような 状 況 を も 指 し て い る 。 顧 客 コ ス ト (customer costs)6)の観点に立ては、 コ スト面での失敗は、 金銭面だけに留まる ものではない。
② 「かくあるべし感の上での失敗」
一方、 かくあるべし感の上での失敗は、
顧客が自身の常識観、 公正観、 正義感、
勤労観、 道徳感、 自己価値、 等々に照ら して憤りを覚えるようなサービスの失敗 の状況を指している。 例えば、 サービス 従業員が怠慢である・怠惰である・余り にもモティベーションが低いといった状 況、 サービス提供に際し当然なされるべ き配慮・注意がなされていない状況、 サー ビス提供に際し秩序が守られない状況や 不正義がまかり通る (例えば、 順番を守 らなくとも誰も注意しない・正さないな ど) といった状況、 サービス従業員が顧 客を軽視する・無視する・愚弄する・威 圧するといった状況、 上記を指摘しても サービス提供側に真摯に受け止める誠実 さがないといった状況、 などが挙げられ る。
上記の2つの次元は、 顧客によって別々 のものとして意識されることもある。 例え ば、 コスト面での失敗がなくとも、 かくあ るべし感の上での失敗が顧客によって問題 とされる場合がある。 例えば、 「料理は最 高だがお客を馬鹿にして軽んじる高級レス トラン」 はどうだろうか。 一方、 かくある べし感の上での失敗は問題にされず、 コス ト面での失敗だけが専ら強く意識される場 合もある。 これは、 コスト面での損失感の 大きさや顧客のパーソナリティ或いは失敗 の状況による。 しかし、 両者はいつでも明 快に分離されるわけではない。 例えば、 コ スト面での失敗が最初に意識され、 続いて その原因としてかくあるべし感の上での失 敗が強く意識され、 結局、 問題は一体なの だと意識されることもあるだろう。
顧客は、 コスト面での失敗については、
サービス提供側の事情や状況、 サービス財 の持つ変動性 (variability) や (サービス の 生 産 、 デ リ バ リ ー 、 消 費 の ) 同 時 性 (simultaneity)7)を斟酌してむしろ寛容に
接する場合もある。 しかし、 かくあるべし 感の上での失敗は顧客の自尊心や価値観を 損なうため 「許せない」 という心的状態を 生み易く、 感情的爆発を引き起こしたり、
逆に恨みの気持ちを深く沈潜させたりする ことになる。 かくあるべし感の上での失敗 に対し、 顧客が表面上どのような反応を示 すかは、 顧客のパーソナリティや失敗の状 況による。
3. サービスの失敗に対する顧客の行動とは
サービスの失敗と顧客の行動
失敗に直面した顧客のとる行動は、 2つ の次元で理解されるだろう。
先ず、 ① 「その場でないし事後にリカバ リーを求める/何もしない」 の次元、 すな わち 「リカバリー/放置」 の次元がある。
リカバリーとは、 サービス・リカバリー (service recovery) の意味である。 サービ ス・リカバリーは、 サービスの失敗が生じ た場合、 事態を収拾しあるべき姿に戻すこ とを指す (サービスの修復)。 サービスの 失敗の原因を探り、 問題点の明確化をする と共に再発を防止する措置を講じることも サービス・リカバリーに含まれる。 サービ ス・リカバリーはサービスの失敗を正し、
適切な措置を講ずることで顧客の愛顧心を 回復・維持することでもある。
次に、 ② 「取引をする/しない或いは取 引を継続する/継続しない」 の次元、 すな わち 「リテンション/離反」 の次元がある。
それぞれ、 「顧客リテンション (customer retention:顧客の維持)」、 「顧客ディフェ クション (customer defection:顧客の離 反)」 との意味である。
この2つの次元は組み合わせて、 以下の 4通りの状況を考えることができる (図表 2参照)。
①リカバリーとリテンション
サービスの失敗に対しリカバリーを求 め、 (多くの場合満足行くリカバリーが 行われて) 顧客が取引を継続する状況。
これは、 「サービスの失敗の発生⇒迅速・
適切なリカバリー⇒顧客の満足とロイヤ ルティの確保⇒顧客のリテンション」 と いうサービス・リカバリーの成功図式が 想起される状況でもある。
②放置とリテンション
サービスの失敗に対するリカバリーを 求めないままに事態が進行し、 顧客が不 満、 我慢、 諦め、 忍容の気持ちを抱いた まま取引を継続する状況。 この状況は、
顧客がリカバリー要求は無駄なものに終 わると予想したり、 リカバリー要求によっ
その場でないし事後に
リカバリーを求める 何もしない
取引をする
取引を継続する リカバリーとリテンション 放置とリテンション
取引をしない
取引を継続しない リカバリーと離反 放置と離反
図表2 サービスの失敗に対する顧客の行動
出所:筆者作成。
て回復されると予想するベネフィットが リカバリー要求に要するコストを下回る (回復ベネフィット<リカバリー・コス ト) と判断したりした結果である。 或い は、 他にサービス提供の選択肢が無く
「人質 (hostage)」 状態8)にあれば、 諦 めによる放置とリテンションとが結び付 くことになる。
③リカバリーと離反
サービスの失敗に対しリカバリーを求 め、 顧客が離反する状況。 リカバリーを 求めかつ離反する状況には、 リカバリー の失敗によるもの、 元々、 離反を決意し た上でのリカバリー要求がある。 また、
この状況は、 リカバリーの対象がコスト 面での失敗、 かくあるべし感の上での失 敗の何れか或いは両方であるかにも依存 している。 例えば、 コスト面での失敗の リカバリーは求めるが、 かくあるべし感 の上での失敗は到底容認できず離反を予 定している状況が挙げられる。
④放置と離反
サービスの失敗に対するリカバリーを 求めず、 顧客がそのまま離反する状況。
リカバリー要求は無駄なものに終わると 予想する場合、 リカバリー要求によって 回復されると予想するベネフィットがリ
カバリー要求に要するコストを下回る場 合 (回復ベネフィット<リカバリー・コ スト)、 顧客がリカバリー要求を含め以 降の関わりを一切拒否する場合、 顧客は 失敗をそのまま放置し、 離反する。
顧客の苦情行動とは
サービスの失敗に直面した顧客は苦情の 申し立てを行うことがある。 上記のリカバ リー要求も苦情の申し立ての形をとる (そ の後、 離反するか否かはまた別の問題であ る)。 苦情の申し立ての動機と態様につい ては、 以下のように区分されるだろう (図 表3参照)。
①コスト面での失敗とかくあるべし感の上 での失敗の双方のリカバリーを意図した 苦情申し立て
この場合、 顧客はコスト面での失敗、
かくあるべし感の上での失敗の双方を感 知していることになる。 リカバリー後に 離反が予定されていることも多い。
②コスト面での失敗のリカバリーを意図し た苦情申し立て
これは、 顧客がコスト面での失敗のみ を意識している場合とかくあるべし感の 上での失敗をも意識しているがこちらは 放置する場合とに分けられる。 特に後者 の場合は、 リカバリー後に離反が予定さ
コスト面での失敗
リカバリーを求める リカバリーを求めない
かくあるべし感 の上での失敗
リカバリーを 求める
2つの次元の失敗の 双方のリカバリーを 意図した苦情申し立て
かくあるべし感の上での 失敗のリカバリーを 意図した苦情申し立て
リカバリーを 求めない
コスト面での失敗の リカバリーを意図した 苦情申し立て
リカバリーを意図しない 苦情申し立て
図表3 顧客の苦情行動とリカバリー
出所:筆者作成。
れていることも多い。
③かくあるべし感の上での失敗のリカバリー を意図した苦情申し立て
これは、 顧客がかくあるべし感の上で の失敗のみを意識している場合とコスト 面での失敗をも意識しているがこちらは 放置する場合とに分けられる。 特に後者 の場合は、 やはりリカバリー後に離反が 予定されていることも多い。 リカバリー は、 かくあるべし感のリカバリーに関し て失敗することが多い。 日常的感覚から も理解されるように、 顧客はしばしばコ スト面のリカバリーの適否ではなく、
「誠意がない」、 「心からの謝罪がない」、
「失敗に真摯に向き合わない」 ことを問 題としている。
④リカバリーを意図しない苦情申し立て この場合、 顧客はリカバリー自体を期 待しておらず、 苦情申し立てを行い離反 する。 苦情申し立ては、 しばしば感情的 なものとなり、 罵倒・言いたい放題とい うような様相を呈すことになる。 リカバ リーを図ることや苦情の申し立てを行う ことは、 時に顧客の当該サービス企業・
組織への愛着やロイヤルティの表われで もあるが、 この場合の苦情申し立ては離 反・決別が予定されている。 しかし、 他 に選択肢がなく人質状態の場合や苦情申 し立てそのものが目的となっている9)場 合は、 リカバリーを意図しない苦情申し 立てをするが、 しかし離反せず再来訪な いし繰り返し来訪することがある。
4. 何も言わない顧客
サービスの失敗に対し、 顧客が何も言わな いという行動或いは放置するという行動は、
以下の2つの次元で理解される。
何も言わない・放置する意味
顧客はサービスの失敗に対し、 苦情申し 立てを行いたいのだが、 行えない・行わな い状況に置かれることがある。 或いは、 行 わない方が賢明と判断する状況もある。 こ れには、 以下の場合が含まれる。
① 「人質」 状態
サービスを提供する企業・組織が、 当 該サービスについて例えば、 政府規制に より独占状態にある場合がある。 規制が なくともその地域では1箇所しかないな どの場合もある。 こうした状況において は、 サービス提供側には、 サービスの失 敗発生を回避し、 サービス・クオリティ を向上させるインセンティブが働かない ことも多い。 顧客はしばしばサービスの 失敗に直面するが、 サービス提供側に改 善の気持ちがそもそもないことを経験か ら学習している。 顧客は、 他にサービス 提供の選択肢がないため、 サービスの失 敗に繰り返し直面しても継続して当該サー ビスを利用せざるを得ない。 このような 状態を 「人質」 状態と称するが、 この状 態においては、 顧客は、 あえて苦情申し 立てを行なわず放置し我慢し続けること になる (もちろん、 他に選択肢ができれ ば、 顧客は一斉に離反することになるだ ろう)。
②苦情申し立て先が不明
顧客にとって、 誰にどのように苦情を 申し立てれば良いか分からない場合もあ る。 サービスの失敗が直接のサービス従 業員に起因する場合は、 直接に苦情申し 立てればよいのかもしれない。 しかし、
サービスの失敗がシステム上の問題に起 因する場合は、 直接のサービス従業員或 いはマネジャー・クラスに申し立てても、
彼らには解決する権限・能力、 或いは資 源がない (エンパワーメントとイネーブ ルメント10)の欠如) とも予想される。 と なると一体誰に苦情申し立てを行えば良
いのか、 顧客にとって分からなくなる。
③申し立てても事態は改善されない、 言っ ても無駄という予想・無力感・諦め
同じく、 サービス従業員或いはマネジャー
・クラスに申し立てても、 彼らには解決 する権限・能力、 資源がないかもしれな い。 或いは、 解決する意思・意識が欠如 していると予想される場合がある。 かく あるべし感の上での失敗の場合は、 特に そうである。 「申し立てても事態は改善 されない、 言っても無駄」 であれば、 何 も申し立てないことは顧客にとって十分 に合理的な判断となるだろう。
④申し立てのコスト計算の結果申し立てな い
これは、 リカバリーを目的とした苦情 申し立てによって回復されると予想する ベネフィットが苦情申し立てに要するコ ストを下回ると判断する場合である (回 復ベネフィット<苦情申し立てコスト)。
苦情申し立てには不確実性が伴いかつ申 し立て側 (顧客) にコストが発生するた め、 顧客はサービスの失敗に直面しても 苦情申し立て行動をとるとは限らない。
コストには、 苦情申し立てを行う手間ひ ま、 時間、 労力、 申し立てに伴いサービ ス提供側と 「対決」 せねばならない不快 感や懸念といった心理的コスト、 などが 含まれる。 従って、 申し立てのコスト計 算の結果何も申し立てないことは顧客に とって十分に合理的な判断となる。
⑤サービスの失敗が、 コスト面での失敗な のかかくあるべし感の上での失敗なのか によっても、 顧客の苦情申し立て行動は 異なってくる。 例えば、 サービス提供側 が誠実・真摯に取り組んでいてもサービ ス財の変動性や同時性故にコスト面での 失敗が生じることもあり得る。 この場合、
顧客はサービス提供側が誠実・真摯に取 り組んでいることを理解しており、 より
気軽かつ紳士的にリカバリーを要求でき る。 これに対し、 かくあるべし感の上で の失敗の場合は、 サービス提供側の意識 や人格、 或いは常識観、 公正観、 正義感、
勤労観、 道徳感、 価値観にそもそも問題 があることも推測される。 従って、 顧客 はそのような相手に苦情を申し立てて更 に関わりを持つことにはリスクがあると 判断することになる。 この場合、 苦情申 し立てなど行わず、 黙って見捨て、 離反 する方が賢明な判断となる。
「仕返し」 としての放置
サービスの失敗に対し、 顧客が何も言わ ないという行動には、 一種の仕返しの意味 合いもある。 すなわち、 何も言わないで放 置し、 事態が改善されない或いは一層悪化 した方が良いと考える状況である。 そうす れば、 サービスの失敗は繰り返し発生し、
他の顧客達の大量離反にもつながることに なる。 これは苦情申し立てを行わない (行 えない) ことに対する顧客の一つの心的解 決でもある。
サービス提供側が誠実・真摯に取り組ん でいてもなお生じ得る失敗については、 顧 客は寛容であり、 改善や気付きの機会とし ての苦情の申し立てを進んで行う。 こうし た苦情の申し立ては言わば 「善意の苦情」
であり、 むしろ顧客の愛着やロイヤルティ の表れである。 これに対し、 かくあるべし 感の上での失敗は顧客に 「許せない」 とい う心的状態を生み、 苦情申し立てを敢えて 行わず、 悪しき事態が継続することがサー ビス提供側の破滅の可能性を高めるため当 該顧客にとっては望ましいこととなる。
5. 顧客の離反行動 離反という状況
離反 (defection) は、 顧客が当該サー
ビスを利用しなくなることをいう。 離反は、
顧客の転居や利用理由の消滅などの事由で も生じ得る。 ここでは、 専らサービスの失 敗によって顧客が当該サービスを利用しな くなる状況を念頭に置いている。
サービスの失敗が如何なるものであるか によって、 顧客の離反行動にも①二度と行 かない、 ②行かない、 ③なるべく行かない、
④そのうち行くかも知れないが当面は行か ない、 ⑤何となく行かない、 等々と意識上 の濃淡が生じる。 特にサービスの失敗が人 的要因による場合は、 離反行動に結び付き 易い。 「許せない思い」、 「嫌な思い」 とい うのは (設備や装置に対してではなく) 専 ら人に対して生じるものであり、 従業員に せよ他の顧客にせよ特定の人物がまたいる だろうと思うから顧客は行かない、 行きた くないと感じる (或いは、 不快さを思い出 すから行かない)。 この場合、 従業員はサー ビス・デリバリーに直接関わる従業員とは 限らない。 駐車場案内・整理係、 受付係、
警備員・守衛・門衛、 清掃係といった補足 的サービスに関わる要員や店長やマネジャー といった大きな管理責任を負うクラスの人 物がかくあるべし感の上での失敗を延々と 生み出している場合もある。
離反の持つ意味
顧客の離反をサービスの提供側から見る と、 以下の4つのマネジメント上の意味が ある。
①離反顧客から以降の取引が得られなくな る
当該顧客が離反することにより、 リテ ンションがなされていたとすれば、 継続 して得られた筈の取引を失うことになる。
②顧客の離反により新規顧客の比率が高ま るようになる
新規顧客はしばしば不慣れであって状 況やスクリプト (サービス・スクリプト) を把握していないことがあり、 これはサー
ビス・デリバリーの生産性にマイナスの 影響を及ぼすことになる (エデュケーショ ン・コストの増大)。 加えて、 顧客の離 反が続けば、 新規顧客を惹き付けるため の大きな努力を常にしていなければなら なくなる。 これは実際にはさまざまなプ ロモーションを行うことでなされるので、
サービスの提供側にとって大きなコスト 圧力となる。
③離反顧客によるマイナスの口コミ サービス企業・組織に直接の苦情申し 立てをしないまま離反したにしても、 サー ビスの失敗について家族や友人に話すこ とは大いにあり得ることである。 これは マイナスの口コミとしてコミュニティに 流布する可能性があるから (洗練され一 定の型で語られるようになるとまことし やかな都市伝説にもなる)、 これにより、
既存顧客のリテンションや新規顧客の獲 得がより難しくなる。
④離反により、 サービスの失敗が感知でき なくなる
顧客の離反を招くようなサービスの失 敗はクリティカルな出来事であるが、 離 反顧客はしばしば何も言わずに離反して しまうので、 失敗発生の感知自体が困難 となる。 離反顧客が何も言わずに離反す るのは、 苦情申し立てのコスト計算の結 果による場合もあるが、 当該サービス企 業・組織のために改善のヒントとなるよ うな情報の提供を拒否する意味合いを持っ ている場合もある。 離反顧客が、 悪しき 事態が継続することがむしろ望ましいと 判断することもある。 また、 離反顧客か ら改めて失敗の原因究明や事態の改善に つながる情報を得ることは困難である。
離反顧客にとっては、 情報提供のために 時間や労力を費やしたり、 失敗の記憶を 呼び覚ましたりすることは不快なことで ある。 そのため、 こうした調査に協力し
てもらうことは難しいものとなる。
離反情報の収集
顧客からの情報収集は、 実際のところ、
既存顧客 (とりわけ得意客) についてむし ろ良く行い得るものである。 もちろん、 既 存顧客にリテンションの理由を尋ねサービ スを改善していくことも重要ではある。 し かしながら、 サービスの失敗発生を感知し、
失敗状況を解明するためには離反情報の収 集が欠かせないものとなる。 問題は上述の ようにやはり離反顧客からの情報収集が実 施困難な点にある。 従って、 リカバリー要 求ないし苦情申し立ての後、 顧客が離反し てしまう場合、 申し立てられた苦情内容は サービスの失敗状況を解明する唯一とも言 える貴重な情報となる。 それ故に苦情ログ (complaint log)11)の整備が求められるが、
それでも何も言わず離反する顧客の離反状 況は分からないままである。
6. 結 語
サービス提供において、 サービスはいつど の次元、 どの部分で誰に起因して失敗するの か。 また、 顧客にとって如何なる意味合いの 失敗であるのか。 これらは、 失敗に直面した 顧客の行動を左右することになる。 顧客はサー ビスの失敗について、 苦情申し立てを行い、
リカバリーを求め、 時に離反する。 また、 顧 客はリカバリーを意図しない苦情申し立てを 行い、 或いは何も言わずに見捨て単に離反す る。 サービスの失敗発生や失敗状況を解明す る上で、 離反顧客からの改めての情報収集は 困難であるので、 苦情の持つ情報価値がより 認識されてしかるべきである。
【注】
1) もちろん、 本稿において対象としている サービスは 「対価を伴う直接の取引対象 としてのサービス (サービス財)」 であ る。
2) サービスは、 ①サービスの受け手が人か 所有物 (モノ) か、 ②サービス行為の本 質が有形か無形かの2軸で4つのカテゴ リ ー に 大 別 さ れ る ( Lovelock and Wright 2001 pp.34-37.)。 4カテゴリー は、 それぞれ 「人を対象とするサービス」
(people processing:人の身体に対する 有形の行為が行われる) 、 「所有物を対 象とするサービス」 (possession processing:
顧客の所有する物財や他の物理的所有物 に対する有形の行為が行われる)、 「メン タルな刺激を与えるサービス」 (mental stimulus processing:人のマインドに 対する無形の行為が行われる)、 「情報を 対 象 と す る サ ー ビ ス 」 ( information processing:顧客の財産に対する無形の 行為が行われる) と表現することができ る。
3) 本稿は、 小宮路 2002 における検討を 発展させたものである。
4) サービススケープは、 サービス・デリバ リーにおいて、 人が感じ取る物理的環境 のあり様の総体を指す。 設備・施設、 調 度品、 インテリア・エクステリア、 その 他の事物の見た目や質感・触感、 空調な どの快適さ、 照明、 音楽 (BGM) ・効 果音・自然音など、 漂う香りや匂い (臭 い)、 働いている従業員や他の顧客達の 姿かたちや立ち振る舞い、 がサービスス ケープを構成する。 これらに対し、 顧客 (及びサービス従業員) は視覚とその他 の感覚を通じ、 一定の総体的印象を受け る。 サービススケープによって、 顧客の サービスへの期待が枠づけられ、 或いは クオリティ評価が左右されることがある。
5) 「コスト面での失敗」、 「かくあるべし感 の上での失敗」 については、 Lovelock and Wright 1999 p.139、 Lovelock and Wright 2001 p.125の記述から着 想を得ている。
6) 顧客コストはサービスの購入・消費・利 用に際して顧客が負担する金銭的コスト 及び金銭以外の全てのコスト (時間・労 苦・手間ひまなど) を指す。
7) 従来、 サービス研究においては、 サービ スの (特に物財と比較しての) 基本特性 として、 以下の4つが指摘されてきてい る。 これらはサービスの (物財と比較し ての) 特性を把握する上で (依然として) 有用な枠組みとなっている。 ①無形性 (intangibility) :サービスそのものに は 物 理 的 実 体 が な く 、 触 知 不 可 能 (intangible) であること。 サービスを この点を捉えて、 「無形財 (intangible goods)」 と呼ぶことがある。 一方、 物 財は 「有形財 (tangible goods)」 と呼 ばれる。 ②変動性 (variability) :主に サービスの生産側・消費側の人的要因に より、 提供されるサービスがいつでも同 一のものになるとは限らないこと。 また、
いつでも同一のものと知覚されるとは限 らないこと。 異質性 (heterogeneity)、
多様性 (variety)、 多義性 (ambiguity) とも表現される。 ③消滅性 (perishability)
:サービスは本質的に行為・活動・パフォー マンスであるので物理的な意味での在庫 ができないこと。 ④同時性 (simultaneity)
:サービスの生産と消費は、 同時になさ れるものであり両者は不可分であること。
不可分性 (inseparability) とも表現さ れる。
8 ) こ こ で の 人 質 (hostage) の 表 現 は 、 Jones and Sasser 1995 に従ったも のである。 Jones and Sasser 1995 は、 顧客を満足度とロイヤルティ (この
場合は購買を継続すること) の2軸で4 つに分類している。 この図式では、 満足 度もロイヤルティも高い顧客は伝道師 (apostles)、 満足度は高いがロイヤルティ は低い顧客は傭兵 (mercenaries)、 満足 度は低いがロイヤルティは高い顧客は人 質 (hostages)、 満足度もロイヤルティ も低い顧客はテロリスト (terrorists) と呼ばれる (Jones and Sasser 1995 p.91.参照)。 直接には伝道師をいかにし て増やすかとテロリストの発生回避がサー ビス・マネジメント上の最重要課題とな る。
9) サービス・デリバリーにおいて、 極端に 思慮に欠ける、 理性に乏しい、 悪意があ るなどの理由で問題行動をとる顧客をジェ イカスタマー (jaycustomer:問題顧客) と呼ぶ。 例えば、 (行列に割り込むなど) 社会ルールを守ることができない、 サー ビス提供側の指示に従わない (例えば、
「ダメです」 と言っているのにやってし まう)、 サービス・デリバリー上の遵守 事項を守ることができない (例えば、
「危険です」 と言っているのにやってし まう)、 更には、 器物や備品を盗む、 器 物や備品・設備を壊す、 ささいなことで 激昂する、 酔って暴れる、 他の顧客と争 い騒乱になる、 などである。 こうした顧 客の存在は、 サービス・デリバリーを妨 害し、 他の顧客の不満足と離反を招くだ けでなく、 ジェイカスタマー自身やその 場にいる他の人々を危険にさらすことも ある。 もちろん、 顧客は、 単に不慣れで ある、 状況が把握できずまごついている と言った理由で、 適切ではない行動をと ることもある。 しかし、 サービス・デリ バリーに従事していると上記に挙げたよ うな問題行動に出会うものである。 ここ での記述のように苦情申し立てそのもの に愉みを見出している顧客もまたジェイ
カスタマーの一類型であろう。
10) エンパワーメント (empowerment) に 際し、 従業員に必要な技能、 ツール、 資 源を付与することをイネーブルメント (enablement) と呼ぶ。
11) 苦情ログ (complaint log) は顧客から の苦情についての記録をいう。 苦情の内 容や発生状況、 対応内容が記録される。
苦情ログによって、 苦情 (サービスの失 敗) の原因の体系的分析やより良い対応 方法などが分析・工夫できる。 しかし、
苦情は内容や発生状況がさまざまであり、
受付部署や収集ルートも多様であるので、
苦情を秩序立てて整理・記録していくこ とはそれほど容易ではない。
【参考文献】
, ‐
小宮路雅博
「商業施設における失敗、 苦情、 離反」
日本商業施設学会創立記念研究発表論集 日本商業施設学会
(訳書:小宮路雅博監訳 サービス・マー ケティング原理 年、 白桃書房)