問題解決・説明文理解・学習における図的表現の効果
─理論的概観─
有冨 美代子
要 約
幾何の証明問題に限らず、日常生活で遭遇する様々な問題解決や情報処理活動に おいて、問題の構造や処理すべき情報の流れを図的に表現して外化することで理解 や解決が促進される。このような「図的思考」(外化思考)は、数学教育研究、教 育工学、心理学などの分野で、種々の課題、異なる実験パラダ イムで研究されてお り、その役割についての理論的検討も様々である。これらの研究で報告されている
「図的表現」の効果・役割を概観し、そのような効果が生じる理由を「空間的思考 の補助・促進」という観点から考察する。
小学生時代の算数の問題(つるかめ算など)で、図(面積図など)を書いて考えた方が答 が容易に解ったという経験談はよく聞かれる。数学問題に限らず、日常生活で遭遇する様々 な問題解決や情報処理活動において、頭の中だけで考える(内化思考)のではなく、問題の 構造や処理すべき情報の流れを図や絵などに書いて外化することで(外化思考)、理解や解決 が促進されることはよく知られている(市川,2000;久恒,2005;村井,2009)。このような作図 に基づく思考は「図的思考」として、思考研究の一つの研究テーマとなっているが、「図的表 現が思考過程に具体的にどのような影響を与えているのか」は、よく解っていない(伊藤・
安西,1996)。
本論では、最初に、問題解決における外化思考を取り上げた研究を概観する。具体的には、
幾何の証明問題、数学の文章題、解決を求める問題文など、問題の解決が求められている文 脈において、どのように図的思考が行われ、どのような効果が生じるかを検討した研究を取 り上げる。
次に、種々の説明文を読んで内容を理解する場合など、入力情報の理解が求められる文脈 において、図的表現が果たす役割を検討した研究を取り上げる。
さらに、理科学習などの学習場面で近年利用されるようになったコンセプトマップ(概念 地図法)に関する研究に言及する。その後、図的表現そのものについて考察を行っている研 究を概観する。最後に、このように異なる文脈において観察される図的表現の効果について、
「空間的思考の補助・促進」という観点から考察を行う。
『人文コミュニケーション学科論集』12,pp.1-27. ©2012茨城大学人文学部(人文学部紀要)
Ⅰ.問題解決における外化思考を取り上げた研究
1.幾何の証明問題における作図行動 の研究
伊藤・大西・杉江(1993、1994a、1994b)は、幾何の証明問題などを例として、作図行動に 関する研究を行っている。
伊藤・大西・杉江(1994a)は、作図行動の利点として、作図の「保持性」・「操作性」・「全 体性」の3点を挙げ、人は、これらの利点を意識的にせよ無意識的にせよ状況に応じて使い 分け、問題解決を行っていると推測している。それら3つの利点は次のように説明されてい る。
(1)内部記憶の外化(作図の「保持性」)…図形などの視覚的情報は、人間の短期記憶の 容量では全ての情報をイメージとして完全に構成しきれないし、次の問題解決の過 程に入ったときにその視覚的情報を保持しておくことが困難である。従って、情報 を外化して、記憶の負担を軽くするために、作図を行っている。
(2)操作性の良さ(作図の「操作性」)…式や文章などの文的表現を用いた推論では、順 序立てて論理を組み立てなければならないことでも、作図図形すなわち図的表現上 では、注目点を移動したり、補助線や描込み等の簡単な図形の拡張を行うことに よって容易に推論できる場合がある。
(3)隠れた情報の獲得(作図の「全体性」)…作図図形のような図的表現では、角度、線 分長、平行性などの情報が空間的に関係づけられて表現されているので、文的表現 だけでは容易に得られなかった副次的な情報(文的表現だけでは分かりにくい線分 間の位置関係などの情報)が得られやすい。
(伊藤・大西・杉江,1994a,p.811-812一部を抜粋)
また、伊藤・大西・杉江(1994a)は、作図にもさまざまな形態があるとして、作図を8つ に分類しており、それらの典型例がFigure1に示されている。
Figure1.問題例に対応する典型的な8つの作図例
(問題例:三角形ABCにおいて、辺BCの中点をMとする。ここで、AM=BM=CMならば、三 角形ABCは直角三角形であることを証明せよ。)(伊藤・大西・杉江,1994aより)
Figure1における①~⑧の図は、「三角形ABCにおいて、辺BCの中点をMとする。ここで、
AM=BM=CMならば、三角形ABCは直角三角形であることを証明せよ。」という問題を解く ための作図例で、それぞれ次のように説明されている(伊藤・大西・杉江,1994a,p.814)。
①逐語的作図(Figure1① Word-for-worddrawing)
問題の文的表現を図的表現に単純に置き換えていく作図。一般に、問題解決の最初に現 れる(作図の利点では「保持性」にあたる)。
②条件記入作図(Figure1② Conditiondrawing)
問題文中の条件を、作図記号を用いて、①の作図上に描き込む作図。①の作図の直後に 引き続いて描かれる(「保持性」)。
③条件拡張作図(Figure1③ Extendedconditiondrawing)
問題文中には現れない内容を、②の条件を論理的に拡張して描き込む作図。
解法が見つからない場合や解法に即して解答を獲得する際に描かれる。②も③も、図の ような「直角記号や線文長は等しい」などの作図記号で描かれる場合が多い(「操作性」)。
④推測的作図(Figure1④ Inferencedrawing)
問題文中には現れない内容を、解法や終了条件からの後ろ向き探索などによって予想し、
作図記号などを用いて描き込む作図。解法によって導かれるであろう推測された内容を描 き込む。③との違いは、③は論理的に導かれた内容であるのに対して、④はその時点では 論理的に導かれた内容ではなく、予想から導かれた内容であるという点である(「操作 性」・「全体性」)。
⑤状況考慮作図(Figure1⑤ Drawinginviewofsituation)
⑤の作図は、②~④のような描き込む作図ではなく、①と同様、問題文の内容をそのま ま描くという作図である(次の⑥も同様)。しかし、①と違うのは、注目したい部分を強調 して優先的に問題文の順に関係なく描くという点である。①、②の作図終了後、それに よって解った問題文中の関係を考慮に入れて描かれる(「保持性」)。
⑥解法考慮作図(Figure1⑥ Drawinginviewofmethod)
解決の過程まで考慮に入れて、解決に必要ない内容は省いて描かれる。この作図をおこ なうとき、被験者は、既に一通り問題を解決していて、その解決した内容を解答にする際 に、文的な表現を補足して説明する目的でこの作図を描く(「保持性」)。
⑦実験的作図(Figure1⑦ Experimentaldrawing)
問題に関係する条件や定理を、確かめたり吟味したりするために、極端な例や典型的な 例を、図を用いて確かめる作図(「操作性」)。
⑧部分強調作図(Figure1⑧ Partfocusdrawing)
問題解決者が注目する部分を強調的に描き足したり、作図記号を描いたりする作図。問 題解決のいろいろな段階で現れる(「操作性」・「全体性」)。
上記の作図の分類に関して、 伊藤・大西・杉江(1994a)は、「他の問題における、人間の 作図や描画の行動にも同様の分類が当てはまると考えている」(p.819)と記述している。
さらに、伊藤・大西・杉江(1994a)には、人間の作図行動を含む問題解決の過程は、(1)問 題理解、(2)解法探索、(3)解法適用、(4)解法吟味、(5)答案作成の5段階 から構成されると する「問題解決スクリプト」が提唱されている。 そして、大学生(工学部生)が、幾何・物理 (力学)・算数の文章題を解決する過程を発話プロトコル法によって観察し、これらの仮説の 妥当性を検討している。
伊藤・大西・杉江(1994b)は、大学院生6人に初頭幾何の証明問題を与え、発話プロトコ ル法を用いて実験を行った。6問題の内3問は問題図を含む問題(D問題)、残り3問は問題 図を含まない問題(N問題)で、この要因は被験者内要因である。教示によって、実験参加 者は3人ずつ、作図してもよい「作図可条件」と、作図してはいけない「作図不可条件」に 分けられた。4実験条件の結果がTable1に示されている。
伊藤・大西・杉江(1994b)によると、「N問題、不可条件」と「それ以外の条件」との間に 最も顕著な差がみられ、「N問題、不可条件」で問題解決に掛かった時間は、「D問題、可条 件」の1.5倍長かった。「N問題、不可条件」では、知識がバラバラに想起され、必要な知識 を効率よく生成できなかったのに対して、「D問題、可条件」では、必要な知識を状況と結び 付けて手順良く生成していた。
伊藤・大西・杉江(1994b)は、この実験結果を、作図過程を含んだ問題解決過程の認知モ デル(DeagrammaticProblem Solver:DIPS)で説明している。このモデルについては、総合 論議で、改めて取り上げる。
Table1伊藤・大西・杉江(1994b)の4実験条件のまとめ
2.数学の文章題における図的表現の効果に関する研究
高橋・近藤・増子(2008)は、計算問題によってレベル分けをした中学2年生474人を対象 に、数学文章題の問題解決場面で与える図的表現の効果について検討している。
文章題:「さなえさんは、家から200m離れたところにあるビッグ スワンまで行きました。
はじめは分速80mで歩いていましたが、試合に遅れそうになったので、途中から分速 100mで走り、全体で23分かかりました。このときの歩いた時間と走った時間を式を立 てて求めなさい。」
(高橋・近藤・増子,2008,p.101)
実験対象者は、上記の文章題と共に線分図(問題の構造が整理された構造図)が与えられ る群、文章題に情景図が与えられる群、文章題のみ(図なし)群の3群に分けられた。その 結果、計算問題が高レベル・低レベルの生徒では図的表現の効果は明確でなかったが、中レ ベルの生徒には線分図・情景図ともに有効に働くという結果が得られた。
また、線分図を与えられなかった群(情景図群と図なし群)において、実験対象者自身が 書いた図表(情景図への書き込みを含む)と文章題の正誤との関係を分析した結果、中レベ ルの生徒には、情景図による問題場面のイメージ形成が適切な線分図の作成を促し、正誤に 大きな影響を与えたことが示された。これらの結果から、高橋・近藤・増子(2008)は、問題 把握の支援のために図的表現を与える際には、生徒の理解・思考に沿った図的表現であるか 吟味することを提案している。
3.問題文の理解と解決における図的表現の効果に関する研究
山崎・三輪(1998)によると、幾何や物理の問題解決における図の効果は、①知覚的な表現 であること(図は、知覚可能な具体的な属性情報を持ち、速く正確な判断が下せる)、②二次 元の広がりをもつこと(関連する事象が近く配置されるため注意の移動にかかる負荷が少な くなる)、③限定的な表現であること(事物の大きさ・位置などの事象が限定的に表現される ことにより、曖昧性による誤った理解が修正される)、という3つの特性から引き出されると 考えられている。
その上で、山崎・三輪(1998,1999,2001)は、デザインなどの創造的な思考活動や洞察な どの漸進的な思考に対して図を利用することの有効性に着目し、「図とは異なる形式の解答が 求められるような問題解決の思考内容を、図に書いて外化する」ことの効果を検討している。
山崎・三輪(1998)では、次のような「ガンの問題」と呼ばれる類推的問題が、ターゲット 課題として与えられた。
「ガンの問題」:あなたは医者で、肺にガン細胞(転移はしていなくて一箇所にかたまっ
ている)のある患者を看ていると仮定しよう。ガン細胞を破壊しないと患者は死んでし まう。しかし、様々な医学的な理由によって、この患者に手術を施すことは不可能であ る。また、薬などを用いてガンを破壊することも、副作用のことを考えると実現できない。
このような状況で、強い放射線を持続的にガン細胞に当てることにより、ガン細胞を 破壊することは可能であることが分かっている。しかし、強い放射線では、ガン細胞と ともに放射線が通過する部分の健康な細胞組織まで破壊してしまう(健康な細胞組織を 破壊すれば、患者は死んでしまう)。
放射線が通過する部分の健康な細胞組織を傷めないように、放射線の強度を弱くする こともできるが、そのような強度ではガン細胞を破壊することもできなくなる。また、
この弱い放射線を持続的にガン細胞に当て続けても、ガン細胞が弱っていく気配はまっ たくない。
健康な細胞組織を傷つけずにガン細胞を破壊するにはどうしたらよいだろうか。ただ し、放射線は患者の体の外側から当てなければならないものとする。
(山崎・三輪,1998,p.110)
ターゲット課題が与えられる前に、それと類似した状況が記述されて「ガンの問題」が解 きやすくなるような「消火の話」が、ベースとして提示され、実験参加者に繰り返し読むこ とが求められた。
「消火の話」:ある日、ビルが火災に見舞われ、大火事となった。駆けつけた消防士は、
一度に大量の水を火災現場に向けて放水すれば火が消えることを知っていた。実際、現 場ではたくさんのポンプを使用することができたが、ポンプから出る大量の水を一度に 放水できるほど十分に太いホースが現場にはなかった。細いホースは何本かあるのだが、
細いホース1本では一度に火を消せるだけの大量の水を放水することができない。
しかし、その消防士は非常に冷静な人で、すぐに対応策を考え出した。
彼は部下達に細いホースを持たせて火の回りを取り囲むように立たせた。
部下全員の準備が整ったとき、その消防士は号令をかけ、すべてのホースの口を開か せ、一斉に放水を開始した。様々な方向から出た水は火事の中心部で消火に十分な量の 水となり、消防士は火を消し止めることに成功した。
(山崎・三輪,1998,p.110)
ターゲット課題の解決に当たり、過去の類似した事柄(ベース課題)を当てはめて推論するこ とを類推という。
山崎・三輪(1998)では、「消火の話」の類推で「ガンの問題」を解決する過程の思考内容 を図的に外化することによって、類推による問題解決プロセスが変容するかどうかが、プロ
トコル法とビデオ撮影で検討されている(実験参加者は大学院生4人)。その結果、図的な外 化が、「関連知識の検索量増加」と「複数文脈で利用可能な問題表象の形成」という機能をも つと報告されている。
また、山崎・三輪(2001)では、目標状態が明確に設定されておらず、目標状態自体を探索 する必要がある問題発見型の問題を解決する場合の図的な外化の役割が論じられている。問 題発見型の問題を解決する場合、解決者が図を描きながら、その図に影響されて問題の新た な一面を発見するという過程を経る。
そのため、「図の外化によって期待される効果は、『正しく描いた図による認知負荷の軽減』
ではなく、『自身の考えを見直し、新しい問題点を発見する』ことにある」」(山崎・三輪, 2001,p.104)とされる。
問題発見型の問題例として、山崎・三輪(1999,2001)では、文章題形式の洞察問題である
「100円問題」が取り上げられている。
「100円問題」:ある日、一郎、二郎、三郎の3人兄弟が商店街へ行きました。3人はお もちゃ屋さんでゲームを買うことにして、1人500円ずつ、合計1500円を店員に渡しまし た。店員が奥の主人に1500円を渡すと、主人は「このゲームは少し古いから500円まけ てやりなさい」といい、店員に100円玉5枚を渡しました。店員は偶然遊びに来ていた 自分の甥っ子の太郎君にその内の200円をお小遣いとしてあげてしまい、残りの300円を
「割り引き分よ」と言って3人に渡しました。3人はそれぞれ自分の財布に100円をしま いました。
3人は結局1人400円ずつ出したことになるので合計1200円、店員がネコババしたの が200円、これを合わせると1400円です。
はじめに3人が1500円出したのに、あと100円はどこにいってしまったのでしょうか?
(山崎・三輪,1999,p.66)
山崎・三輪(2001)では、大学生18人が、メモ欄を自由に使用して「図的な外化が許され る」群と、「図的な外化が禁じられる」群に分けられ、各群の「100円問題」の解決過程がプ ロトコル法とビデオ撮影によって記録された。
解答フェーズで、正解のためのヒント「この問題では、『3人は結局1人400円ずつ出した ことになるので合計1200円、店員がネコババしたのが200円、これを合わせると1400円』の 一文が誤っている。その理由を説明せよ」が与えられた。このヒントが与えられる前に、
「1200円と200円の包含関係(店員がネコババした200円は1200円に含まれている)」を発話し た実験参加者数が、「図的な外化が許される」群において有意に多い傾向が示された。この結 果は、図的な外化により、100円問題の解決が促進されたことを示すと考えられている(山
崎・三輪,2001)。
Ⅱ.説明文の理解における図的表現の効果に関する研究
1.要点を表す図表の効果
説明文の理解において、要点を表す図表が果たす役割については、岩槻(1998a,1998b)の 研究がある。
岩槻(1998a)は、架空の睡眠薬や睡眠を促す飲み物の、種類とそれぞれの特徴について記 述的に書かれた2,800字の説明文を用いて、説明文章中の要点の情報を抜き出して2次元の形 式で表わした図表(Figure2 薬の種類を網羅した樹形図と各薬の5つの特徴を示した表)の 効果を検討している。
Figure2を理解の補助として与える「図表群」、文章形式の要約文を理解の補助として与え る「要約群」、説明文のみを与える「文章群」を設け、女子大学生89人を対象に実験を行っ た結果、「図表群」は、説明文には明示的に書かれていなかった関係を積極的に補って再生 し、応用問題の正解率も有意に高かった。
この結果から、岩槻(1998a)は、各要素が空間的に配置される図表の2次元性によって、
説明文に明示的でない抽象的な関係の理解が促進され、得られた情報を応用問題に利用でき る深い理解に繋がったのではないかと考察している。
Figure2.岩槻(1998a)で材料として用いた樹形図と表
そして、岩槻(1998b)では、上記研究と同じ材料を用いて、発話プロトコル法により、説 明文理解における要点を表す図表の効果を検討している。その結果、(1)文章を読みながら、
以前読んだ情報を図表から検索することが繰り返される、(2)カテゴリー内の関係や階層的関 係といった文章では明示的でない関係を、図表を行列両方向から見ることで総合的に把握し ようとする、という傾向が観察された。
このような、文章と図表を交互に繰り返し見ることにより説明文情報の再構成がなされる 過程を、岩槻((1998b)は、Figure3のように表現している。Figure3によると、図表を用い ることにより、文章の情報を組織化する負担が軽減される結果、総合的な情報間の関係を効 率的に把握することができ、より深い理解がなされると考えられている。
Figure3.読解過程における図表の役割(岩槻,1998bより)
2.説明文理解時の「状況モデル」構築におけるグラフの役割
文章理解過程で構築される表象には、文の表層構造の表象である「逐語的表象」、文章の意 味内容の表象である「テキストベース」、文章情報が読み手の知識の中に統合された状態であ る「状況モデル」の3水準があると仮定されている(Kintsch,1998)。最も深い水準の表象で ある「状況モデル」は、説明文の理解に必要で、文章情報が他の状況で応用利用できる知識 が獲得される場合に構築される。
岩槻(2000、2006)は、説明文に付加提示されるグラフは、どの水準の表象に影響するのか
を検討している。
岩槻(2000)は、実験1で、CDとレコード の作り方を例にデジタルについて説明する約 1500字の文章(Table2)をそのまま与える「説明文群」、説明文に具体例の線グラフ(Figure4) を付加提示する「グラフ付加群」、説明文に線グラフの要素を文章化した記述を付加する「文 章付加群」を設け、説明文学習後に与えた応用問題の成績を比較検討した(各群の実験協力 者数は18人)。
Table2 岩槻(2000)で材料に用いた説明文(1段落抜粋)」
Figure4.岩槻(2000)で材料に用いたグラフ
その結果、「グラフ付加群」の成績は、他の2群より有意に高く、グラフは状況モデル構 築に役立つことが示唆された。「文章付加群」と「説明群」の差は有意ではなかった。また、
応用問題の回答内容の分析から、「グラフ付加群」は、説明文には明示されていない情報をグ ラフから読みとり回答に用いていたが、「文章付加群」は不十分な回答が多く、「説明文群」
は誤答が多いという結果が得られた。
そこで、岩槻(2000)の実験2では、明示的な記述や質問を付加したりすることで(Table 2参照)、「文章付加群」に作られる表象の精緻化を促すことを試みたが、やはり、グラフの みが状況モデル構築に影響し、深い理解を助けることが示唆された。
この結果は、認知的負荷の違いという観点から考察されている。
グラフ付加群は、要素が2次元に空間配置されることから、説明文に明示されていなかっ た情報に気付きやすく、その情報を加味した状況モデルを効率的に作ることができたが、文 章付加群では、グラフ付加群と同等の精緻な表象を作るには、文章材料を上手く利用した推 論が必要になり、それだけ負荷がかかると考えられている(岩槻,2000)。
さらに、岩槻(2006)は、岩槻(2000)の材料を改訂した1000字の説明文を使用して、読み 手が構築する表象に、図がどのように関わるかを検討している。
各実験協力者は、説明文の読解後、構築された表象内容を確認する目的で、音波をデジタ ル化する例の作図を求められた(ただし、言語説明も可とされている)。次に、状況モデルの 指標とするため、説明文からの推論や学習内容の応用を求める記述式の理解課題が与えられ た。その後、106人の実験協力者は、CDの作り方の1段落を再提示される「説明文再提示条 件」と、CDの作り方の1段落に加えて、文中の具体例の部分を線グラフで表した図(Figure
4と同等)を提示される「グラフ提示条件」(具体例の文章記述は削除されている)に分け られた(個別実験)。
この処遇実施後、材料は回収され、先の理解課題の解答の修正が求められた。
この実験では、実験中の協力者の発話がすべて録音される発話プロトコル法が用いられて いる。
実験の結果、(1)説明文のみから適切な図的表象を構築することには個人差がある、(2)理 解課題の成績に交互作用がみられたことから、説明文のみから適切な図的表象を構築した読 み手は、説明文のみでの理解が優れており、状況モデルを構築できていたが、図的表象が不 十分であったり構築しなかった読み手は、説明文のみから状況モデルを構築できないことが 示唆された、(3)適切な図的表象を構築しなかった読み手は、図を提示されると理解が促進さ れたが、説明文のみを提示して言語的に強化しても効果はなかった、という3点が報告され ている。
(1)の個人差に関しては、具体例を利用するか否かという読み手の学習スタイル、図の処理 が得意かどうかという認知スタイル、図的な思考が得意かどうかという思考スタイルなどの 読み手要因と、材料(説明文)の特性との適合性が問題となると考察されている。(2)の結果
については、図的表象を構築することが説明文の理解に有利に働いていることから、図が理 解を促進する理由として、「継時的な表現形式である文章やテキストベースが表せない全体的 な状況について、図が一目で効率よく把握できる視覚的な表現を提供するため」(岩槻,2006,
p.349)と推測されている。(3)の結果からは、図が図的表象の構築を促す、あるいは図的表 象の代替となる可能性が示唆されており、そのような表象が状況モデルに含まれていること が示唆されたと考察されている。
このように、岩槻(2006)の研究からは、図が説明文の理解を促進する理由として、図が理 解に有利な図的表象構築を促進あるいは代替し、その結果十分な状況モデルが構築されるた め、という結論が得られている。
Ⅲ.学習におけるコンセプトマップ(概念地図法)の効果を検討した研究
この節では、学習において、図的表現の一つであるコンセプトマップ(概念地図法)の効 果的な表現形式を検討した研究を取り上げる。コンセプトマップは、学習内容の図的表現の 一つで、ノードの位置にキーワードとなる概念を配置し、概念間のリンク上に概念の関係を 記述して体系的理解を図ろうとする方法である。
コンセプトマップの表現形式には、キーワードの階層構造が表示画面の上下方向に一致し た階層的な表現(佐藤,1996)と、階層的ではなく学習者が比較的自由に作成できる網目状の 表現法などがある(溝辺・野上・山口・稲垣,1997)。
1.階層的コンセプトマップの効果
森田・中山・清水(1999)は、10種類の学習内容について、大学生・大学院生10人に、3×
2の被験者内要因計画で、階層的なコンセプトマップ表現の効果を検討している。学習内容 の構造は、家族構成、化学実験、会社組織、岩石分類、補食関係、歴史的変遷を参考にして 作成された。学習内容のキーワードは、既有知識の影響を避けるため、架空のものが用いら れている。
第1要因は、学習内容の[表現形式]で、命題+キーワードの上下関係が表示画面の上下方 向に一致している「一致マップ」、一致していない「不一致マップ」、命題が文章でのみ表現 される「文章」の3水準であった(Figure5)。第2要因は、学習内容における[キーワードの 関係]で、キーワード の関係が「包含」関係か、「順序」関係かの2水準である。「一致マッ プ」では、包含するキーワード をマップの上位に、包含されるキーワード を下位に配置し、
順序において前に位置するものを上位に、後に位置するものを下位に配置している。10種類 の学習内容について、包含関係でキーワードが関係づけられたものは5つ、順序関係は5つ であった。
学習効果の測定は、質問文にyesかnoを選択する二者択一テストが用いられた。学習者(実 験参加者)の特性とマップ理解の関連を調べるため、牛島式知能検査から抜粋した、言語記 憶検査、図形記憶検査、言語推理検査、空間検査、空間推理検査が行われた。
Figure5.森田・中山・清水(1999)の実験に用いられた表現形式の例
実験の結果、「一致マップ」は、「不一致マップ」や「文章」と比較して、キーワードの記 憶や学習内容の把握に効果があった。「不一致マップ」と「文章」との間には、正答率に有意 差がみられなかった。
学習者特性と正答率の相関係数の分析からは、「不一致マップ」で学習するという作業は、
「言語推理検査(文章を読んで時刻を答える文章理解問題)」や「空間検査(提示されている 図形と、それを裏返して平面回転した図形を同定する空間的操作課題)」で要求される作業に 類似していることが示された。したがって、「不一致マップ」は、リンクに付けられた命題か らキーワードの関係を推理し、学習内容の全体構造を空間的に把握する作業を要求する表現 であり、「一致マップ」と比較して、心的作業すなわち認知負荷が大きい表現であると考察さ れている。
また、「文章」を学習するという作業は、「言語記憶検査(提示された文章を記憶し、提示 後に空白になっているキーワードを記述する課題)」や「空間推理検査(文章を読んで、空間 的に当てはまる位置を同定する空間的把握課題)」で要求される作業と類似したものであり、
キーワードの記憶や、キーワードの空間的把握を要求し、「一致マップ」と比較して、学習内 容の全体構造の把握における認知負荷が大きい表現であると推論されている。
このように、階層構造を持つ学習内容について、キ―ワードの上位・下位関係が表示画面 の上下方向と一致した「コンセプトマップ」で表現することによって、全体構造の把握にお ける認知負荷が軽減されることが示された。
Ⅳ.図的表現についての考察
1.図的表現の分類
中原(1995)は、「算数・数学教育における構成的アプ ローチの研究」という書物の中で、
図的表現の特性や役割について考察している。
中原(1995,p.232)は、算数・数学の教科書から収集した図について、それらが何を表わそ うとしているかに着目してTable3のように分類している。各々の事例はFigure6に示されて いる(中原,1995、p.233)。
Table3 図的表現の分類(中原,1995)
Figure6.Table3に対応する 図的表現の事例(中原(1995)より 各図番号を改変)
また、Table3の図的表現は、学習の対象となる表記(対象表記)と学習指導の方法上にお いて用いられる表記(メタ表記)という視点から、Table4のように類型化されている(中 原,1995、p.235)。
代理的図的表現である情景図・場面図は、現実的状況と学習内容との関連を図る役割があ る。中核的図的表現である手続き図・構造図は問題解決の手がかりや方法を示し、概念図と 法則・関係図は、学習内容を効果的に示す役割がある(中原,1995,p.246-247)。
Table4 図的表現の類型(中原,1995)
2.図的表現の特性
さらに、中原(1995)は、Table4の中核的図的表現の基本的特性と、基本的特性から導き 出される認知的・機能的な特性(導出的特性)について考察している。
それは、次のように纏めることができる。
○図的表現の基本的特性(中原,1995,p.240~242)
・形相性…図的表現は、基本要素である点と線を組み合わせて作りだされる表現で、2 次元空間における形や位置、つながりを活用するものであり、書き加えるこ とはできるが、描かれたものの位置やつながりを変えることは基本的にでき ない。2次元空間の形相による静的な(動かして内部構造を変えたりするこ とはできない)表現である。
・自由性…どんな記号を使うか、どう使うかは、言語的表現や操作的表現に比較して非 常に自由があり、それゆえに多様性がある便利な表現法である。
・類似性…図的表現は、それが表わしている物との間に自然的、類似的関係があり、そ れゆえにわかりやすい(Figure6の手続き図(c)はそれが指示する操作的表現
(具体物・教具等に動的操作を施すことによる表現)と直接的な空間的な類似 関係があるし、手続き図(d)も現実のテープの状況と類似性がある)。
・視覚性…視覚に訴える表現であり、内容の本質に最も接近できる視覚を活用する表現 法である。
○図的表現の導出的特性(認知的・機能的特性)(中原,1995,p.242~243)
・直観性…直接的に知覚がなされ、直観的思考が促される。
・イメージ性…いろいろなイメージを喚起し、イメージを形成するのに適している。
・全体性…まず全体それから部分へ、という認知が一般になされる。全体の意味がまず 一目で解り、それから、部分の詳細な意味が順次に理解される。
・構造性…数や量の関係を統合的、構造的に示すことができる。
・同時性…見る順序性が示されていない。
・個人性…個人的な思考を、個人的な方法で表現する。
・非聴伝性…聴覚での伝達が困難である。
中原(1995,p.243)は、「これらの諸特性は、図的表現の活用原理を検討する際の基盤になる ものであり、図的表現の活用の際に考慮されるべきものである」としている。
そして、図的表現の活用原理として、以下の点を導いている(中原,1995,p.246-249)。
(1)効果性の原理 :基本的特性を生かし、導出的特性の機能を発揮して、学習内容を効 果的に示すことによって、学習内容の理解を助けたり、イメージ形成に寄与したり、
記憶を促進したりすることができること。
(2)道具性の原理 :子どもが自ら図的表現を作りだし、思考の道具として活用できるこ と。
(3)適切性の原理 :教材研究と子どもの実態に基づいて、図的表現の方法やレベルを適 切に使い分けていくこと。
(4)比喩性の原理 :比喩と同様に、解りやすさばかりではなく、解りにくさもあること を踏まえて活用すること。
(5)準備性の原理 :線分図の使用など、図的表現の情報を的確に把握したり活用したり するためには、素地的準備的な指導が必要であり、それをした上で、またそれをしな がら使用することが重要であること。
3.図への書き込みの機能
吉村(2000)は、関数課題(実験参加者:大学生98人)と幾何課題(実験参加者:大学生 85人)の解決過程における図への書き込みの有無を観察し、書き込み理由の自由記述を求め た。関数課題では98人中86人が、幾何課題では95人中93人が、数字・記号・線分・塗りつぶ しなどの書き込みをしていた。その書き込み理由は次のように分類された。
①問題の整理(図形をなぞるとその形が頭にたたき込まれる)
②問題のゴールの理解(問題の趣旨を理解する)
③解法の模索(ひらめきを促す、定理を思い出す)
④問題解決の進行のモニター(今自分が何をしているのかを確認する)
⑤処理資源の節約(書かないと頭の負担が多くなる)
⑥問題への集中(問題に集中する)
⑦自分を安心させる(何かを書いていないと落ち着かない)
(吉村,2000,p.86.かっこ内は実験参加者の記述)
上記の結果から、吉村(2000)は、「書(描)くこと」について従来の研究で想定されてい た「内的表象を外在化する」という内から外への一方向性は、数学の課題解決における「図 への書き込み」に位置付けるのは難しいとしている。
そして、問題を解いている様子をVTRに録画する実験や、書き込みを制限する実験を行っ た。その結果、「数学のような問題解決場面では、図へ書き込むことで思いつき、思いついた ことを、また、図に書き込むという、行為を出発点とする方向性(行為→表象)が存在し、
書き込むという身体運動を媒介にした、外部(図・問題)と、問題を解く主体との試行錯誤 的な相互交渉が繰り返されている。「かくこと」によって、「書き手」としての自分と、それ を読んでいる「読み手」としての自分との対話的状況が作り出されると考えられる」と述べ ている(吉村,2000,p.87-92)。
吉村(2000)で指摘されている、「行為が出発点となり行為を媒介とする外部との相互交渉 で問題解決が進められる」、という点は、安西(2003,p.183-191)にも類似の指摘がある。
Ⅴ.総合論議
1.図的表現の効果の考察にみられる共通点
以上のように、問題解決・説明文理解・学習と文脈も異なり、方法論も異なっている諸研 究において、各種の図的表現の効果が観察されている。そして、そのような効果が生じる理 由について、それぞれの研究で行われている考察には、「記憶や認知的負荷の軽減」、「2次元 の空間的配置による、情報(文的表現では非明示的な情報)の読み取りの促進」など、類似 する観点が含まれている。
幾何の証明問題を取り上げた伊藤・大西・杉江(1994a)では、作図行動の利点として、(1) 情報を外化することで、記憶の負担が軽くなる(作図の「保持性」)、(2)式や文章などの文的 表現を用いた推論では、順序立てて論理を組み立てなければならないが、作図図形すなわち 図的表現上では、注目点を移動したり、補助線や描込み等の簡単な図形の拡張を行うことに よって容易に推論できる場合がある(作図の「操作性」)、(3)作図図形のような図的表現で
は、角度、線分長、平行性などの情報が空間的に関係づけられて表現されているので、文的 表現だけでは容易に得られなかった副次的な情報(文的表現だけでは分かりにくい、線分間 の位置関係などの隠れた情報)が得られやすい(作図の「全体性」)、と記述されている。
山崎・三輪(1998)は、幾何や物理の問題解決における図の効果は、(1)知覚的な表現であ ること(図は、知覚可能な具体的な属性情報を持ち、速く正確な判断が下せる)、(2)二次元 の広がりをもつこと(関連する事象が近く配置されるため注意の移動にかかる負荷が少なく なる)、(3)限定的な表現であること(事物の大きさ・位置などの事象が限定的に表現される ことにより、曖昧性による誤った理解が修正される)、という3つの特性から引き出されると 考えている。
その上で、山崎・三輪(2001)では、目標状態が明確に設定されておらず、目標状態自体を 探索する必要がある問題発見型の問題を解決する場合、「図の外化によって期待される効果 は、『正しく描いた図による認知負荷の軽減』ではなく、『自身の考えを見直し、新しい問題 点を発見する』ことにある」(山崎・三輪,2001,p.104)と記述されている。これは、「図へ書 き込むことで思いつき、思いついたことを、また、図に書き込むという、行為を出発点とす る方向性(行為→表象)が存在し、書き込むという身体運動を媒介にした、外部(図・問題)
と、問題を解く主体との試行錯誤的な相互交渉が繰り返されている。「かくこと」によって、
「書き手」としての自分と、それを読んでいる「読み手」としての自分との対話的状況が作り 出されると考えられる」という吉村(2000,p.87-92)の記述に近い観点である。
「要点を表す図表」を提示することで、説明文の理解における図的表現の効果を検討した岩 槻(1998a)は、各要素が空間的に配置される図表の2次元性によって、説明文に明示的でな い抽象的な関係の理解が促進され、得られた情報を応用問題に利用できる深い理解に繋がっ たと考察している。
岩槻(1998a)と同じ材料を用いて、発話プロトコル法により実験を行った岩槻(1998b)で は、実験参加者が、文章と図表を交互に繰り返し見る(図表を行列両方向から見る)ことに より説明文情報の再構成がなされる過程を観察し、図表を用いることによって文章の情報を 組織化する負担が軽減される結果、総合的な情報間の関係を効率的に把握することができ、
より深い理解がなされると考察している。
また、岩槻(2000)は、説明文に付加提示したグラフの効果を、「認知的負荷の違い」とい う観点から考察している。それは、「グラフ付加群」では、要素が2次元に空間配置される ことから、説明文に明示されていなかった情報に気付きやすく、その情報を加味した状況モ デルを効率的に作ることができたが、「文章付加群」で、「グラフ付加群」と同等の精緻な表 象を作るには、文章材料を上手く利用した推論が必要になり、それだけ負荷がかかる、とい うものである。
さらに、岩槻(2006)では、図が説明文の理解を促進する理由として、図が理解に有利な図 的表象構築を促進あるいは代替し、その結果十分な状況モデルが構築されるため、と結論し ている。
大学生・大学院生を対象に、10種類の学習内容について、階層的なコンセプトマップ表現 の効果を検討した森田・中山・清水(1999)の研究では、階層構造を持つ学習内容について、
キ―ワードの上位・下位関係を表示画面の上下方向と一致した「コンセプトマップ」で表現 することによって、全体構造の把握における認知負荷が軽減されることが示された。
森田・中山・清水(1999)では、命題+キーワードの上下関係が表示画面の上下方向に一致 している「一致マップ」と、一致していない「不一致マップ」の2種類のコンセプトマップ が用意され、命題が文章でのみ表現される「文章」条件を加えた3実験条件が設定された。
さらに、10種類の学習内容の半数におけるキーワードの関係は「包含」関係、残り5種類の 学習内容のキーワードは「順序」関係であった。「一致マップ」では、包含するキーワードを マップの上位に、包含されるキーワードを下位に配置し、順序において前に位置するものを 上位に、後に位置するものを下位に配置している。
実験の結果、「一致マップ」は、「不一致マップ」や「文章」と比較して、キーワードの記 憶や学習内容の把握に効果があり、「不一致マップ」と「文章」との間には、正答率に有意差 がみられなかった。
「不一致マップ」は、リンク付けされた命題からキーワードの関係を推理し、学習内容の全 体構造を空間的に把握する作業を要求する表現であり、「一致マップ」と比較して、心的作業 すなわち認知負荷が大きい表現であると考察されている。
上記の諸研究および中原(1995)において、図的表現の効果の考察で挙げられているキー ワードには、次のような共通点がみられる。
その1「図の保持性」
・情報を外化することで、記憶の負担が軽くなる(伊藤・大西・杉江,1994a,)。
・図が、理解に有利な図的表象構築を促進あるいは代替し、その結果、十分な状 況モデルが構築される(岩槻(2006))。
その2「図の操作性」
・式や文章などの文的表現を用いた推論では、順序立てて論理を組み立てなけれ ばならなが、図的表現上では、注目点を移動したり、補助線や描込み等の簡単 な図形の拡張を行うことによって容易に推論できる場合がある(伊藤・大西・
杉江,1994a,)。
・中原(1995)による「基本的特性」のうち、「形相性」(図的表現は、基本要素 である点と線を組み合わせて作りだされる表現で、2次元空間における形や 位置、つながりを活用するものであり、書き加えることはできる)に該当。
・中原(1995)の「図の自由性」(どんな記号を使うか、どう使うかは、言語的 表現や操作的表現に比較して非常に自由があり、それゆえに多様性がある)
にも該当。
その3「図の全体性」
・情報が空間的に関係づけられて表現されるので、文的表現だけでは容易に得 られなかった副次的な情報が得られやすい(伊藤・大西・杉江,1994a,)。
・図表を行列両方向から見ることにより、文章の情報を組織化する負担が軽減 される結果、総合的な情報間の関係を効率的に把握することができ、より深 い理解がなされる(岩槻(1998b)。
・キ―ワードの上位・下位関係を表示画面の上下方向と一致した「コンセプト マップ」で表現することによって、全体構造の把握における認知負荷が軽減 される(森田・中山・清水,1999)。
・中原(1995)の「図の全体性」(基本的特性から導出される認知的・機能的特 性。まず全体それから部分へ、という認知が一般になされる。全体の意味が まず一目で解り、それから、部分の詳細な意味が順次に理解される)に該当。
・中原(1995)の「図の構造性」(認知的・機能的特性。数や量の関係を統合的、
構造的に示すことができる)」にも該当。
その4「図表の2次元性による効果」
・関連する事象が近く配置されるため注意の移動にかかる負荷が少なくなる
(山崎・三輪,1998)。
・要素が2次元に空間配置されることから、説明文に明示されていなかった情 報に気付きやすく、その情報を加味した状況モデルを効率的に作ることがで きる(岩槻,1998a;岩槻,1998b;岩槻,2000)。
・中原(1995)の「図の同時性」(認知的・機能的特性。見る順序性が示されて いない)に該当。
その5「知覚的な表現であること」
・図は、知覚可能な具体的な属性情報を持ち、速く正確な判断が下せる(山 崎・三輪,1998)。
・中原(1995)の「図の類似性」(基本的特性。図的表現は、それが表わしてい
る物との間に自然的、類似的関係があり、それゆえに分かりやすい)に該当。
・中原(1995)の「図の視覚性」(基本的特性。視覚に訴える表現であり、内容 の本質に最も接近できる視覚を活用する表現法)にも該当。
その6「限定的な表現であること」
・事象が限定的に表現されることにより、曖昧性による誤った理解が修正され る(山崎・三輪,1998)
・中原(1995)の「図の直接性」(認知的・機能的特性。直接的に知覚がなされ、
直観的思考が促される)に該当。
このように、研究テーマ・方法論・実験材料の異なる諸研究において、図的表現の効果に ついての考察に共通点が見られることから、図的表現の効果を生じる過程に、何らかの共通 性があることが考えられる。
2.「空間的思考」という観点からの考察
図的表現の効果を「認知的負荷の軽減」という視点から考察し た研究は少なくないが (Larkin& Simon,1987;Robinson& Schraw,1994;Winn,Li,& Schill,1991)、本論では、
「空間的思考の補助・促進」という観点からの考察を試みる。
「空間的思考(spatialthinking)」は、近年、地理情報科学・空間情報科学などの分野で学問的・
応用的興味が高まっている研究テーマで、「人の活動や意思決定のほとんどすべてが空間の要 素を含む」という仮定の下に、空間と人間の相互関係がさまざまな視点から研究されている (石川,2011;NationalResearchCouncilCommitteeonSpatialThinking,2006)。注目すべき は、非空間的な属性を空間的に把握することも、研究の視野に入っていることで、心理学の 分野で開発された空間能力テストで測定される空間能力と「空間的思考」との相関関係も検 討されている。問題は、「空間的思考」には個人差が大きいということで(Isikawa& Montello,
2006)、空間的思考を内的に行うときは、その差が一層顕著になることが予想される。
「空間的思考」という語は、心理学・教育学・地理情報科学などの分野で学際的に使われてい るが、ここでは、Wakabayasi& Ishikawa(2011)の「空間的概念・空間的表象・空間的推論 の3要素からなる構成概念」という定義を援用する。
本論では、図的表現を使用した外化思考を行うことは、取り扱われている情報についての
「空間的思考」が補助・促進され、それによって、問題解決や理解がより進展すると仮定す る。個人差の大きい「空間的思考」を、外化された図的表現によって行うことで、個人差が
縮減され、図の効果が現れるのではないかと考えられる。
図的表現が、「空間的思考」の補助・促進をもたらし、問題解決や理解を進展させるという 観点には、入力刺激が明示的に空間的関係を含まない場合にも、人の思考プロセスには、多 少とも空間的要素が含まれるという仮定がある。また、図的表現によって「空間的思考」が 促進されることが、理解や問題解決に貢献するという仮定も内包する。
これらは現段階では仮定に過ぎない。しかし、上記に引用した多くの研究において、情報 が2次元空間に配置されることで、情報間の関係が読み取りやすくなることが指摘されてい る。また、階層構造を持つ学習内容について、キ―ワードの上位・下位関係を表示画面の上 下方向と一致した「コンセプトマップ」で表現することによって、キーワードの記憶や学習 内容の把握に効果があったという森田・中山・清水(1999)の研究は、図的表現に基づいた空 間的思考の効果を示唆しているのではないかと考えられる。
また、具体的な空間関係ではなく、概念を表わす図表など抽象的な内容を空間配置によっ て表わす図的表現の効果を検討した研究も存在する(Winn,1987)。
さらに、伊藤・大西・杉江(1994b)は、作図過程を含んだ問題解決過程の認知モデルとし て、Figure7のようなモデル「DeagrammaticProblem Solver:DIPS」を提唱している。
Figure7.認知モデル(DIPS)の概要(伊藤・大西・杉江 1994b)
Figure7のモデルについて、伊藤・大西・杉江(1994b)には、次のように説明されている。
人の学習が進むと、自動的に「知識ベース」の中に「内部表象部」の情報と強い関連を持 つPCS(ProblemConcern Space)という空間が形成されると仮定している。問題解決におい て、効率よく解決に至るために重要なことは、無駄な探索をせずに必要な情報だけを的確に 選別することである。人は、問題状況に応じて知識ベースにバイアスをかけ、必要な知識だ けを取り出しやすい状態にしていると考えられる。問題文中に含まれる情報が、内部表象部 に伝達され、その情報が鍵となり、知識べースは、関連する知識空間としてPCSが構成され ると考えられる。これによって、作図のあるなしに関わらず、問題に関連する知識はかなり 正確に知識ベースから取り出されたといえる。弱い活性化状態なので、積極的に注意を向け ないと知識は内部表象部に現れず意識にのぼらないが、作図などの図的表象があれば、PCS 内の情報が関連づけて見渡せるようになっているので、必要な情報や知識を順序良く整理し て内部表象部で処理できると考えられる。作図行動は、PCSを外部に詳細に保持するという 機能によって、内部表象部の処理の助けになっていることが示唆されている。
(伊藤・大西・杉江,1994b,p.1503-1504を要約)
DIPSモデルでは、作図によって、内部の問題空間が外部に保持されることを仮定してお り、図的表現と空間的思考との関連性が示唆されていると考えることができる。
図的表現の効果を「空間的思考の補助・促進」という観点から考えることの妥当性の検証 には、多くの研究が必要と思われる。
本論では、具体的な研究テーマの提唱には至っていないが、現在、この問題を脳イメージ ングによって検討する研究を行っている。
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