岡山大学構内遺跡調査研究年報 3
1985年 度
岡山大学埋蔵文 Tヒ 財調査室
岡山大学構内遺跡調査研究年報 3
1985年 度
岡山大学埋蔵文化財調査室
序
1985年 度の調査室 の事業 は
,出
土遺物 の整理や報告書作成の作業が中心 とな りました。1983 年度 に農学部構 内で行 った津 島地 区遺跡群 の発掘調査 の報告書 を利行す るこ とがで きま した し,また
,附
属病 院外来診療棟建設 に伴 う発掘調査 の出土遺物の整理作業 な ども大いに進展 し,こ
れ も近 く印刷 に付 す ことがで きる予定 となってい ます。
発掘作業で得 られた さまざまな資料 を整理研究 し
,報
告書 を完成す るまで には相 当 な期 間 を 要 します。遺跡で の発掘作 業 と同 じか,あ
るい はそれ以上の期 間を必要 とす る場合 も決 して稀 なこ とで はあ りませ ん。建設工事 の増加 に ともなって遺跡での現場作業 に追 われる傾 向が本学 で も顕著 とな りつつあ りますが,緊
急調査 における報告書刊行 の意義 をい ま一度お もいお こ し てみ ることも必要です。何百年,何
千年 とつづ いて きた文化遺産の生命 を現代 の建設工事 で絶 ち切 らぎるをえな くなった とすれば,そ
の遺跡 をで きるだけ高度 な学問の力 を集めて調査 し,記録 と研 究成果 を後世 に伝 えることが
,現
代 人 のせ めて もの義務 といわなけれ ばな らないので はないで しょうか。報告書 を刊行 しなければ決 して発掘調査 の事業が完了 したことにな らない,といわれ るの もそのためにほかな りませ ん。
発掘調査後 の整理研究作業 には
,期
間ばか りで な く人手 も経費 も必要です。 これ らの諸条件 を調査担 当者 のみの力で ととの えることは,
とて も不可能 なことで,施
設建設 の関係者 をは じ め と して多 くの機 関や個人の協力 を得 ることが必要 とな ります。幸 い本年度の こうした事業 に おいて は,岡
山大学施設設定委員会埋蔵文化財保護対策検討専 門委員会お よび岡山大学事務局 の深 い理解 と協力 を得 ることがで き,ま
た調査研究 にあた っては,文
学部考古学研究室の援助 もうけることがで きま した。関係 の機 関お よび各位 にあ らためてお礼 を申 しあげる次第です。1987年 3月
岡山大学埋蔵文化財調査室長
稲 田 孝 司
口
1
本年報 は岡山大学構 内 において1985年 4月 1日 か ら1986年 3月31日 まで に実施 した埋蔵文 化財 の調査 と保存,お
よび岡山大学埋蔵文化財調査室の活動成果 をまとめた ものであ る。2
岡山大学構 内の埋蔵文化財 の調査 に際 して は,国
土座標 を測量等の基準 としているが,岡
山大学津 島地区 と同鹿 田地区で はその設置基準 を次の ように定めた。
1)岡
山大学津 島地 区で は,国
土座標第5座
標系(X=‑144,500,Y=‑37,000)を
基点 とし
,一
辺50mの
方形 の地 区割 を して遺跡 の位置 を表示 した。 また,津
島キ ャンパ スは調査 の便宜上,津
島北地 区 と同南地 区 に三分す る (図版1)。2)岡
山大学鹿 田地 区で は,国
土座標第5座
標系(X=‑149,800,Y=‑37,400)を
基点 とし
,座
標軸 をN15°Eに 振 った もの を構内座標 とす る。地区割 は一辺5mの
方形 を用 い,調
査 に対応 した (図版4)。
g
岡山大学構 内及 び関連施設 内の遺跡 の名称 は,農
学部演習林内 に分布 す る古墳群等 の周知の遺跡の場合
,そ
の まま踏襲す る。津 島地区構 内で新たに発見 された遺跡 は,遺
存す る小学 名 を用 いるか,岡
山大学津 島地 区遺跡群 と仮称 し,地
点 ごとに任意 の記号 を用 いて示 す。 ま た,鹿
田地区ではこれまで用い られてきた「鹿田遺跡」を使用する。4
表に記載 した所属部は,原
則 として各学部の頭字 を略号 として用い,医
学部附属病院等 に ついては医病 という形で略 した。5
目次・挿図 。本文中等で使用の調査番号 は表 1の 番号に一致する。6
遺構の実測は栄一郎・山本悦世・吉留秀敏が行 った。遺構の浄写は山本悦世が,遺
物の実測・浄写は栄・松岡かお り 。山本が担当 した。遺物の写真撮影は栄・山本が行 った。
7
本文は第2章 3の
(1)を栄が執筆 し,そ
れ以外は山本が担当 した。執筆者名は末尾 に記 した。8
本年報に掲載の津島地区の地形は岡山市発行の1/2500の地形図を複製 したものである。9 編集は稲田孝司の指導の もとに山本が当った。
例
岡山大学構内遺跡調査研究年報
3 1985年
度第
1章
岡山大学構内埋蔵文化財保護対策要項 ………1
1
岡山大学施設設定委員会埋蔵文化財保護対策検討専 門委員会規程………1
2
岡山大学埋蔵文化財調査室設置要項 ………2
第
2章 1985年
度 岡山大学構内遺跡調査報告 ………4
1
調査 の概要……・…Ⅲ………・ 42
試掘調査 ………Ⅲ………・ 6(1)津
島地 区………6
(2)鹿
田地区………14
3
立会調査………16
(1)津
島地 区………16
(2)鹿
田地区………17
第
3章 1985年
度普及・研究活動………22
1
資料整理 ………22
2
刊行物………・:・………23
3
調査員の活動 ………23
第
4章 1984年
度以前 の活動 と1985年 度の遺物保管状況………24
1 1984年
度以前 の構 内主要調査………24
2 1984年
度以前 の刊行物………27
3 1985年
度 までの遺物収蔵量お よび保管施設………27
(1)遺
物収蔵量………27
(2)保
管施設 ………28
第
5章 1985年
度構 内遺跡の調査 お よび活動 の まとめ………29
次
挿
図
目
次
図1 教養部構議棟予定地試掘調査地点・柱状図………
6
図2 教育学部研究棟予定地試掘調査地点・柱状図………Ⅲ……・………・ 7
図
3
学生部男子学生寮予定地試掘調査地点………8
図
4
学生部男子学生寮予定地試掘調査柱状図………Ⅲ………・・ 9図5 古地形復元図………
10
図
6
学生部男子学生寮予定地古地形復元断面模式図………10
図
7
溝状遺構 1〜3断
面図(TP6・ 5東
壁)… ………。11図
8
溝状遺構4断
面図(TPl西
壁)… ………。12図
9
学生部男子学生寮予定地出土遺物(1)。
………12
図
10
学生部男子学生寮予定地出土遺物(2)…
………13
図
11
試掘調査④調査地点・柱状図・出土遺物………Ⅲ…Ⅲ………・ 14図
12
溝状遺構平 。断面図
(TP2)…
………・ 15図
13
立会調査⑭深掘 り部分層序………16
図
14
立会調査③調査地点………17
図
15
立会調査⑥東側調査地点柱状図・A地
点遺構平面図………Ⅲ…Ⅲ………・ 18図
16
立会調査⑥西側調査地点柱状図………・………19
図
17
立会調査⑥西側調査地点井戸・溝状遺構東壁断面図………・…・………・ 19
図
18
立会調査⑥ 出土遺物…・………Ⅲ………・ 20図
19
立会調査⑫‑4調査地点………21
図
20
立会調査⑫峠4柱
状図………Ⅲ………Ⅲ………・ 21図
21
旧精神科棟………Ⅲ………Ⅲ………・ 28表
目
次
表
1 1985年
度における調査一覧………4・
5表
2 1982年
度以前の構内主要調査 (1980〜 1982年度)… ………。24表
3 1984年
度以前の構内主要調査 (1983〜 1984年度)… ………Ⅲ25。 26 表3」 1)発
掘調査………・………25
表
3」 2)試
掘調査………25
表
3‑0)立
会調査………26
表
4
収蔵遺物の現状………27
図 版 目 次
図版
1
津 島地 区全体 図 図版2
津 島北地 区 図版3
津 島南地 区 図版4
鹿 田地 区全体 図図版
5
津 島地 区 (教養部・教 育学部試掘調査)1
教養部TP2南
壁 断面2
教育学部TPl東
壁 断面図版
6
津 島地 区 (学生部男子学生寮試掘調査)l TP4北
壁 断面2 TP9西
壁 断面図版
7
津 島地 区 (学生部男子学生寮試掘調査)l TP6東
壁 断面 (溝状遺構1・ 3)2 TP5東
壁 断面 (溝状遺構 2)図版
8
津 島地 区 (学生部男子学生寮試掘調査)l TPl西
壁 断面 (溝状 遺構4)2 TPl南
壁 断面図版
9
津 島地 区 (学生部男子学生寮試掘調査)出
土遺物図版
10
鹿 田地 区 (試掘調査④)1
試掘調査地点 (南か ら)2 TPl南
壁断面 図版11
鹿田地区 (試掘調査④)l TP2東
壁断面2 TP2溝
状遺構完掘状況 (西か ら)図版
12
鹿田地区 (試掘調査①)l TP3西
壁断面.2 TP3流
木検 出状況 (南か ら)図版 13 鹿田地区
(試掘調査④・立会調査⑥
)1
試掘調査① 出土遺物
2