印度學佛 教學研究第41巻第2號 平成5年3月 根 本 説 一 切 有 部 律 腱 度 部 の 研 究(6) -pandulohitkavastu に 見 られ る 修 行 階 梯-山 極 伸 之 根 本 説 一切 有 部(以 下, 根本有部)津 に は 他 の 律 の健 度 部 に相 当 す る もの と して 17のVastuが 存 在 す るが, そ の第11番 目にPapqu1ohitakavastu(以 下, PLV) が あ る。 このVastuは, PapquとLohita比 丘 を初 め とす る様 々な 比丘 が 規 律 に 反 す る行為 を行 な い, 世 尊 が そ の罪 に応 じて様 々 な懲 罰 の潟 磨 を 制 定 して い く とい う内 容 に な っ て お り, 全 体 が 七 つ の節 よ り構 成 さ れ て い る。七 つ の節 の具 体 的 な 内 容 や, 他 の広 律 との相 関 関 係 な どに つ い て は, 既 に別 の所 で 論 じて い る の で こ こで は省 略 す る こ と とし1), 本 稿 で は 最 後 の第七 節 を取 り上 げ, そ こに説 か れ て い る根 本 有 部 律 特 有 の 出罪 の 方 法 に つ い て若 干 の考 察 を加 え て み た い。 PLVの 最 後 に位 置 す る第 七 節 で は, Udayin比 丘 が 僧 残 罪 を 犯 し, 彼 に対 し て三 種 類 の別 住(parviasa)摩 那 唾(manapya)出 罪(avarhana)を 行 な う こ とが 規 定 され る のが, そ の具 体 的 な内 容 は 以 下 の よ うに構 成 され てい る2)。 (1)別 住(parivasa)制 定 の因縁諺 と具体的な別住の与え方の提示。 (2)本 日治別住(malaparivasa)制 定 の因縁諌 と具体 的な本 日治別住 の与 え方 の提示。 (3)再 本 日治別住(mulapakarsaparivasa)制 定 の因縁課 と具体的な再本 日治別住 の与え 方の提示, (4)摩 那唾(rnanapya)制 定 の因縁謬 と具体的な摩那垣の与え方の提示。 (5)出 罪(avarhana)制 定 の因縁課 と具体的な出罪の行ない方 の提示。 以 上 が, PLV第 七 節 の概 要 で あ るが, この 部分 は パ ー リ, 四 分, 五分, 十 諦 の各 律 に は 見 られ な い根 本 有 部 律 特 有 の構 成 とな っ て い る。即 ち 「別 住, 摩 那 垣, 出罪 」 に つ い て述 べ る この節 は根 本 有 部 律 だ け に 存 在 す る も の で, 他 の 律 に は この よ うな部 分 が 全 くな い とい うこ と で あ る。PLVそ の もの は, 本 来 「懲 罰 鶉 磨」 に つ い て解 説 す る こ とを 目的 として い る章 で あ るが, この 「別 住, 摩 那 唾, 出罪 」 に 関す る第 七 節 は実 際 には 懲 罰 鵜 磨 に は 含 まれ な い も の で あ って, 別 の 章 で 解説 され るべ きテ ー マで あ る。 そ の 章 と は, パ ー リ律 の場 合 はParivas-
-1021-根 本説一切有部律腱度部の研究(6)(山 極) (143) kakkhandhakaとSamuccayakkhandhaka, 四 分 律 で は 「人 健度 」 と 「覆 蔵 健 度 」, 五分 律 で は 「鶉 磨 法 」, 十 諦律 の場 合 は 「僧 残 悔 法 」 な ので あ るが, 根 本 有 部 律 に もPudgalavastuとParivasikavastuと い う他 の広 律 に 相 当す る章 が 別 個 に 存 在 して お り, 内容 的 に も他 律 とほ ぼ 一 致 してい る。 従 って, この 「別 住, 摩 那唾, 出 罪」 とい う三 鵜 磨 は, や や 内容 を 変 え た 上 で, 根 本有 部 律 で は重 複 して説 かれ て い る ので あ り, 他 と の比 較 よ り考 え て根 本有 部 律 の編 纂 者 が 何 ら か の意 図 に基 づ い て, 全 く新 し くこ の節 を挿 入 した と考 え る こ とが 出来 る3)。 更 に, この部 分 に は根 本 有 部 律 の特 異 性 を示 して い る, 注 目す べ き箇 所 が 存 在 す る。 それ は, 上 記 の(5)出 罪(avarhapa)の 作 法 の 中 に挿 入 され て い る 「呵 責 (avasadayitavya)」 と 「激 励(utsahayitavya)」 関 す る部 分 で あ る。 出罪(avarhapa abbahana)と は, 言 う ま で も な く僧 残 罪 を犯 した 比 丘 の罪 を 解 除 し, 僧 伽 に復 帰 す る こ とを認 め るた め の決 議 で あ り, これ は二 十 人以 上 の比 丘 の 出席 が 要 求 され る極 め て 重 要 な 鵜 磨 で あ る。(5)の 部 分 で示 され る根 本 有 部 律 の 出罪 の具 体 的 な作 法 を 整 理 して み る と次 の様 に な る。 1)鶉 磨 のため の準備を整え る。 2)被 告 の比丘が僧伽に出罪を願 う言葉 を三度 唱える。 3)一 比丘が 出罪掲磨 の議題提示(白jnapti)を 唱える。 4)そ の後, 呵責を行 な う。 5)三 回の決議(掲 磨)を 行な って出罪漏磨を確定す る。 6)そ の後, 激励を行な う。 勿 論, 根 本 有 部 律 以 外 の広 律 に も出 罪 の 作 法 が提 示 され る箇 所 は存 在 す るが, 「呵 責」 や 「激 励 」 を含 め た 作 法 は 根 本 有 部 律以 外 に は全 く見い だ され な い。 以 下, そ の 部 分 の和 訳 の みを 挙 げ る4)。 《和 訳 》 「そ[の 白]の 後 で, 呵責 されね ばならない。『Udayinよ。[お 前 の]し た こ とは良 く なか った。[お前 の]し た ことは正 し くな か った。 ど うしてお前は, 今, かの世尊, 如 来, 応供, 正等覚 が貧 より離れ るためにそ のよ うな 心解脱, 慧解脱な る法を示 して下 さ ってい るに もかかわ らず, 瞑 より離れ るために, 痩 よ り離れ るためにその ような心解脱, 慧解脱 なる法 を示 して下 さってい るに もかか わ らず, この様な不適切な[行 為]を 行 な った のか。愚か者 よ。そんな風に して この不 適切な[行 為]を 行な うぐら い な ら, いっ そ恐ろ しい毒 を持 っている毒蛇, 激 しい毒を持 って い る黒蛇を両の手でつかむ方 が, お 前 にとっては遥に ましであ る。 次 の様な二種[の 比丘]は 法の光明, 法の光, 法 の 明 か り, 法 の 輝 き, [法のきらめ
-1020-(144) 根本説一切有部律腱度部 の研究(6)(山 極) き,]法 の灯 明, 法 の照 明を消 しさるものであ る。いかなる二種 か。罰を犯す もの と, 犯 した罪 を適切 に贋罪 しないものとであ る。 [また, 次 の様な]二 種[の 比丘]は 罪 の根 を掘 り起 こ さず,[欲 望の 流れ に逆 らっ て励む こと を せ ず 河 とつる草を干 澗びさせ, 悪魔 と戦わず, 悪魔の旗を倒 さず, 法 の 旗を掲げず, [悪 しき流 れ(暴 流)を 断 じよ うとせず, ]如 来の転 ぜ られ た法に適 う法輪 を転 じ続けない ものである。いか なる二種か。罪を犯す も の と, 犯 した罪 を適切に陵罪 しない もの とであ る。 Udayinよ。 罪を示 さず, 告白 しないこ とゆえに, お前は, 無常想, 無常な る も の に 対す る苦想・苦に対す る無我想, 食に対す る厭離想, 一 切世 間に対す る不喜想, 過患想, 断想, 離欲想, 滅想, 死想, [不浄想]青 痕想,膿 欄想, 脹想, 壊想, 畷想, 血塗想, 骨想, 散想, 空観想[を 得 る]能 力がない。[またお前は,]初 静慮, 第二[静 慮], 第三 静慮・第四[静 慮], 慈, 悲, 喜, 捨, 空無邊慮, 識無邊虚, 無所有庭, 非想非非想慮, 預流果, 一来果, 不 還果, 神境[通], 天耳[通], 他心[通], 宿住[通], 死生[通], 漏尽[通 を得 る]能 力がない。 Udayinよ。 罪を示 さず, 告白 しない ことゆえに, お前には地獄あ るいは畜生 とい う二 っの趣の うちの何 れかの罪が待 ち受け ている。 行為を隠す人には, 地獄あ るいは畜生 と い う二つの趣 がある。私 の語 った ことを信 じない者たちは, [罪を]隠 そ うと考 えるであ ろ う。 と世尊 は語 った。』」 以 上 が 「呵 責」 を 行 な う際 に具 体 的 に用 い る言 葉 で あ る。 そ して, この後 に出 罪 の 渇磨 を行 な っ た上 で, 再 び 罪 を 犯 さぬ よ うに 最 終 的 な 「激 励 」 が 行 なわ れ る の で あ るが, 今 度 は 「呵 責」 の 内容 を肯 定 的 に変 え て 「激 励 」 す べ き事 が 示 され て お り, 具 体 的 な 言葉 は 呵責 の場 合 とほぼ 同 一の形 で 説 か れ て い る。 こ こで 注 目す べ き点 は,「 呵 責 」 や 「激 励」 の 内容 につ い て で あ る。上 記 本 文 の後 半 に は罪(僧 残罪)を 告 白 しな い 比 丘 が 獲 得 出来 な い能 力(「 激励」 の場合には 罪 を告 白す る比丘が獲得出来 る能力)と して, いわ ゆ る, a) 十想(PLVで は十一想) b) 九(不 浄)想 c) 四静慮 d) 四無量(心) e) 四無色(等 至) f) 四果(PLVで は阿羅漢果を除 く三果) g) 六神通 が 具 体 的 に説 か れ てお り, 律 の 実 際 的 な 作法 と修 道 論 的 な項 目を 結 び 付 け て い
-1019-根本説一切有部律腱度部 の研究(6)(山 極) (145) る極 め て稀 な ケ ー スで あ る と言 え る。 こ こで 掲 げ られ て い る項 目は 特 に 根 本 有 部 に 限 られ る よ うな もの で は な いが, ほ とん どが 「観 」 あ るい は 「禅 定 」 に 関係 す る も ので あ る こ とか ら, 根 本有 部 に お け る 「罪 」(あ るいは 「麟罪」)が 「修 行 階 梯」 と密 接 な 関 わ りを も って 理解 され て い た と見 る こ とが 出来 る, 一 つ の 例 とな って い る。 さ らに注 目す べ き点 は, こ のPLVで 示 され てい る 「修 行 階 梯」 と全 く同 じ内 容 の ものが, 『喩 伽 師 地 論 』 の 「声 聞地 」 の 中 に 見 いだ され る こ と で あ る5)。そ れ は, 八 種 類 の 「善 友 性(kalyanamitrata)」 の 中 の 「能有 所 証(adhigant)」 を 説 明 して い る箇 所 で, そ こで は 「能 有 所 証 」 の 具体 的 な 内容 と して, a)十 想(「声聞地 」でも十一想) 1)無 常想, 2)無 常苦想, 3)苦 無我 想, 4)厭 逆食想, 5)一 切世 間不可楽想, 6)有 過患想, 7)断 想, 8)離 想, 9)滅 想, 10)死 想, 11)不 浄想 b) 九(不 浄)想 1)青 癖想, 2)膿 欄想, 3)破 壊想, 4)腱 脹 想, 5)畷 食想, 6)血 塗想, 7)離 散想, 8)骨 鎖 想, 9)観 察空想 c) 四静慮 最初静慮, 第二静慮, 第三静慮, 第四静慮 d) 四無色(等 至)空 無邊庭, 識無邊庭, 無所有庭, 非想非非想庭 e) 四無量(心)慈, 悲, 喜, 捨 f)三 果(「声 聞地」 でも阿羅漢果を除 く三果)預 流果, 一 来果, 不還果 9)六 神通(「声 聞地」 では漏尽 通を除 く五通)神 境通, 宿住通, 天耳通, 死生通, 心 差別通(他 心通) h) 阿羅漢性 と八解脱 静慮性 が説 かれ て お り, a)∼9)の 内 容が とほぼ 完 全 に一 致 して い る。 根 本 有 部 律 と 『喩 伽 師 地 論 』 との 関 係 に つ い て は, 既 に原 典 の伝 承 等 の 点 か ら, そ の共 通 性 が 指 摘 され て い るが6), それ ら に 加 え て 「修 行 階 梯 」 に 関 す る部 分 で も両 者 の間 に は 密 接 な 関 係 が あ る と考 え られ る. 紙 数 の都 合 上, 詳 細 な 比較 検 討 は 別 の機 会 に 改 め て論 ず る こ と とす るが7), いず れ に して も 両 者 の共 通 性 は 注 目に値 す る。 以 上, PLVの 第 七 節 に 見 られ る根 本 有 部 律 の特 異 性 を指 摘 して き た が, この 律 の編 纂 者 が 他 の 律 に は存 在 しな い一 節 を こ こに 挿 入 した 最 も大 きな理 由 は, 上 に触 れ た 出罪 の 具 体 的 な鵜 磨 作 法 を詳 細 に提 示 す る こ とに あ った の で は な いか と 考 え られ る。 こ の 第七 節 は分 量 的 にみ て もきわ め て長 く, この 一 節 だ け でPLV
-1018-(146) 根本説一切有部律健度部の研究(6)(山 極) の第 一 節 か ら第 六節 の長 さ に匹 敵 して い る。 そ して, くど くど しい 反復 が多 い に も かか わ らず, 三 つ の 掲 磨 の 具体 的 な作 法 が 全 く省 略 され ず に説 か れ て い るの で あ る。 従 っ て, そ の 目的 が 教 団運 営 の た め に要 求 され る作 法 を 明 確 に 説 く こ とに あ った と考 え るな らば,「 別 住, 摩 那 垣, 出罪 」 の重 要 性 か ら し て も, この よ う な改 変 は 律 の実 際 の運 用 の た め に は妥 当 な こ と と言 え よ う。 一 般 的 に, 根 本 有 部 律 の特 徴 は 因縁 謬 や 説 話 の挿 入 に よ る増広 改変 に あ る と理 解 され る傾 向 に あ るが, この部 分 の様 に律 の具 体 的 な運 用 の点 か ら も実 際 には 改 変 が 行 な われ て い る の で あ る。 そ して, 当 時 の教 団 の具 体 的 な在 り方 を知 るた め に も, 今 後 更 に, こ の よ うな他 律 と の異 同 に注 目 して い く必 要 が あ る。 1) 山極伸之,「根 本説 一切有部 律腱度部 の研究(4) -pandulohitakavastu の内容-」, 『仏教 史学研究』第35巻第2号, 1992, pp. 1-27。
2) L. Chandra: Gilgit Buddhist Manuscripts (Ms.), vol 10 (6), New Delhi 1974, fol. 295r7-302v9. N. Dutt: Gilgit Manuscripts (GM), vol. I part. 2, Delhi 1984
(rep.), PP.32-58. ル ゲ 版 カ ン ギ ュ ル(D), ga. 153b5-165b7; 北 京 版 カ ン ギ ュ ル, nge. 148b2-159b2.
3) 広 律 間 の よ り詳 細 な 比 較 検 討 に つ い て は, 註1) -前 掲 論 文 参 照。
4) Ms. 301r-301v GM. pp. 53-505 fib. D. ga. 163a-164a; P. nge. 157a-157b.
ま た,『 根 本 説 一 切 有 部 百 一 鵜 磨 』 に も こ の 部分 に対 応 す る箇 所 が あ る。 大 正24, pp. 481c-482bTib. デル ゲ版 テン ギ ュル, wu.237-238b; 北 京 版 カン ギ ュル, zu. 269-270a6.
5) 声 聞 地 研 究 会,「 梵 文 声 聞 地 の 」,『大 正 大 学 総 合 仏 教 研 究 所年 報』, 第11号, 平 成 元 年, PP. 334-335〈(10-11)〉; K. Shukla sravakabhumi of acarya asanga patna 1973, p. 129-15 大 正30. p. 417b。 尚,『 喩 伽 師 地 論』 「声 聞地 」 の 中 で対 応 箇 所 を 見 い だ す 事 が 出来 のは, 本 庄 良 文 氏 の 御 示 唆 に よ る もの で あ る。 この 場 を 借 りて, 改 め て 謝 意 を表
した い。
6) 主 な 研 究 と して は, 以 下 の論 文 が挙 げ られ る. L. Schmithausen Zu den
Rezens-ionen des Udanavarga, Wiener Zeitschrift fur die Kunde Sudasiens, XIV/1970, S. 47-124; L. Schmithausen: Beitrage zur Schulzugehorigkeit and Textgeschichte kanonischer and postkanonischer buddhistisches Materialien, Zur Schulzugehorigkeit von Werken der Hinayana-Literatur, Zweiter Teil, Gottingen 1985, S. 304-434.
7) 山極 伸 之,「 根 本 説 一 切 有 部 律 腱 度 部 の研 究(7)-pandulohitakavastu に見 られ る修 行 階 梯 〈其 の二 〉-」,『佛 教 論 叢 』 第37号 掲 載予 定。
〈キ ー ワー ド〉 根 本説 一 切 有部, Papqulohitakavastu, 修 行 階 梯, 喩 伽 論, 声 聞 地 (佛教大 学 講師)