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「障害者週間」作品コンテスト入賞作品集

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Academic year: 2018

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は じ め に

12月3日から12月9日までの一週間は、国民の間に広く障害者の福祉についての関心と 理解を深めるとともに、障害者が社会・経済・文化その他あらゆる分野の活動に参加する ことを促進するために設けられた「障害者週間」です。

岡山市では、この「障害者週間」をより広く市民の皆さんに知っていただき、障害者に 対する理解と認識を更に深めていただくため、一般市民の皆様を対象として、障害者福祉を テーマとした標語、作文、ポスター及び写真を募集し、コンテストを実施しています。

今年度は、標語281点、作文116点、ポスター62点及び写真11点のご応募をいただきました。 入賞作品は、「障害者週間」を中心として、12月7日から12月8日まで市役所市民ホール、 平成30年1月23日から1月28日まで岡山シティミュージアム、平成30年2月2日から2月 8日まで南区役所、平成30年3月2日から3月8日まで東区役所において展示いたします。 また、最優秀賞の作品については、12月9日に開催される岡山市障害者福祉大会にて表彰し、 併せて最優秀作文の朗読をしていただく予定です。

応募された皆様方、選考に携わってくださった皆様方に深く感謝申し上げます。

この作品集には、入賞作品を掲載していますので、ぜひご覧いただき、学校や地域などに おいて障害者に対する理解を深める一助としてご利用いただければ幸いです。

平成29年12月

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【標 語 部 門】

最優秀賞 岡山市立光南台中学校 2年 赤 木 圭一郎 7

優 秀 賞 岡山市北区 近 藤 真 弓 7

佳  作 岡山市立瀬戸中学校 2年 羽 納 沙也香 7 岡山県立瀬戸南高等学校 1年 中 村 優 花 7 岡山市立光南台中学校 1年 守 谷 環 希 7 岡山県立興陽高等学校 2年 坪 井 美 咲 7

【作 文 部 門】

◎小学生の部 最優秀賞 お姉ちゃん、時々妹

岡山市立芥子山小学校 5年 神 凜世矢 11

優 秀 賞 ぼくになにができるかなぁ

岡山市立芥子山小学校 2年 溝 口 太 陽 12

佳  作 近所の幼いお兄さん

岡山市立芥子山小学校 6年 國 枝 一 花 13 私たちが出来ること

岡山市立芥子山小学校 6年 谷 本 佳 奈 14 パラリンピックや体験で感じたこと

岡山市立旭操小学校 5年 田 村 心 和 15

◎中学生の部 最優秀賞 笑顔の交流

岡山市立高松中学校 3年 小早川 真 衣 16

優 秀 賞 災害時の障害者への対応

岡山市立高松中学校 3年 池 田 未依菜 17

佳  作 障害者と健常者にちがいはあるのか

岡山市立高松中学校 1年 熊 代 沙也佳 18 障害への理解

岡山市立高松中学校 3年 則 武 千 穂 19 障害者が輝けるように

岡山市立高松中学校 3年 伊 丹 渉 美 20 FROM OKAYAMA

岡山市立高松中学校 3年 森 本 瑠 穂 21

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◎高校生・一般の部 最優秀賞 障がいに負けないで働く事の大変さ

岡山市東区 末 利 正 恵 22

優 秀 賞 だれもが生きやすい言葉かけ

岡山市北区 犬 飼 倫 子 24

佳  作 本当に大切なものは

岡山市立岡山後楽館高等学校 2年 石 田 陽 南 26

【ポスター部門】

◎小学生の部 最優秀賞 岡山市立芥子山小学校 2年 溝 口 太 陽 29

優 秀 賞 就実小学校 3年 宮 田 舞 衣 30 岡山県立岡山聾学校小学部 5年 小 川 寛 仁 30

佳  作 岡山市立幡多小学校 5年 石 原 瑠 奈 31 岡山市立旭操小学校 3年 竹 井 優 心 31

◎中学生の部 最優秀賞 岡山大学教育学部附属中学校 3年 橋 本 綾 花 32

優 秀 賞 岡山市立妹尾中学校 2年 浦 田 彩 音 33 岡山大学教育学部附属中学校 1年 岡   亮 宏 33

佳  作 岡山市立竜操中学校 2年 坂 口 涼 一 34 岡山市立操南中学校 2年 長 谷 心 渚 34

【写 真 部 門】

最優秀賞

力走 岡山市北区 佐 藤   章 37

優 秀 賞

家族の和 岡山市北区 二 宮 武 彦 38

佳  作

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7

最優秀賞

あたたかい 心と心で 助け合い

赤 木 圭一郎

優 秀 賞

おかげさま お互いさまで 支え合い

近 藤 真 弓

佳  作

目で見て 心で感じて 声かけて

羽 納 沙也香

周り見て 大切なのは 気づくこと

中 村 優 花

楽しいね 明日も一緒に 笑いたい

守 谷 環 希

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q 小学生の部 q

最優秀賞

お姉ちゃん、時々妹

岡山市立芥子山小学校 5年  神  凜世矢

「キラキラの笑顔ができる。」、「ぬいぐるみが大好き。」、「大好きなお絵書きをいつまでもでき る。」、「食べることが好き。」、「DVDは、お気に入りのシーンを何度も見る。」、「漢字の覚え方 が面白い。」「イラッとすると物を投げたり机をたたいたりする。」、「足し算やひき算は○で書い て計算している。」

これが、ぼくのお姉ちゃんの特ちょうです。ぼくのお姉ちゃんは、他の人と少しちがいます。 でも、ぼくの自まんのお姉ちゃんでもあります。お姉ちゃんは、少し助けがいるけれど、みんな には絶対に真似することはできないすごいことだってできます。時にはお姉ちゃんらしくぼくを かばってくれたり、時に妹のように甘えたりと、天気のようにコロコロ変わります。

お姉ちゃんは、ぼくの一つ上の六年生で、ぼくと同じ学校の「たんぽぽ」という支えん学級に も所属しています。たまに学校で会うと、ぼくからにげてしまいます。何でなんだろうと思うし、 とても悲しくなります。家でのお姉ちゃんと全く別人のようです。でも、いつもお姉ちゃんの周 りには先生かお友達がいてくれて、色々助けてくれているのだと思います。

お姉ちゃんは、生まれる時に、なかなか出てこられなくて、低さん素状態が続き、「新生児仮死」 と診断されたそうです。右足首と、右足の小指もいじょうがあり、二才の時に岡山大学病院で症 例のない手じゅつを受けたりもしています。何回も熱性けいれんが起こり入院もしました。そん な色々なことが合わさり、ぼく達と同じように習得できないこともあります。

その一つとして、たし算やひき算は、お姉ちゃんの独自のやり方を先生に教えてもらって、習 得していました。

この作文を書いていると、あることに気が付きました。お姉ちゃんのことを誰よりも知ってい ると思っていますが、その特ちょうを文章に表すのはとてもむずかしかったです。ぼくたちは、 一つちがいの姉弟で、いつもいっしょにいるので、少し他の人とちがうことがあったとしても、 その特ちょうは、ぼくにとって、「当たり前」です。ぼく以外の人もきっと、「お姉ちゃんはお姉 ちゃん」であって、色々な特ちょうを「当たり前」として、お姉ちゃんと接してくれているよう に思います。それは家族として、とてもうれしいです。お姉ちゃんは春には中学生になり、一年 間ぼくとはなればなれになるので、とても心配です。中学校でも、お姉ちゃんのことを「当たり 前」に思ってお姉ちゃんと仲良くしてくれるお友達ができるといいなと思います。ぼくとはなれ た学校に行ってもお姉ちゃんが、色々な人と仲良くがんばれて、お姉ちゃんの特ちょうを理解し てもらい、生活がし易い学校や社会になっていくといいなと思っています。ぼくも友達に助けて もらうことがあります。お姉ちゃんは、ぼくよりもっと人に助けてもらうことがあると思います。

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優 秀 賞

ぼくになにができるかなぁ

岡山市立芥子山小学校 2年  溝口 太陽

ぼくのおばあちゃんは、おなかが、しゃぼん玉みたいにふっくら、ふくらんでいる。本とうに おばあちゃんみたいだ。びょう気をする前は、とっても元気だったのに、へんな体になっている。

ぼくのひいばあちゃんは、耳はとおいけど、力もちだ。よく聞こえないからかな、なにを言っ ているのかチンプンカンプン。時々なにを言ってんの?と、思ってしまう。

もう一人のひいおばあちゃんは、つえや車いすがないとあるけない。なんでかなぁと思うけど、 年だからしょうがないかな。

この前、ひいおばあちゃんのしせつへ行った時、へんなおばさんに会った。おばさんは、だまっ たまま手を出してゆらゆらさせてきた。ぼくは、どうしたらいいのかわからないから、かあちゃ んのところへとんでいった。

「なんかあのおばさん、へんなんよ。手を出してゆらゆらしてたけど、なんかなぁ。」 と、かあちゃんに聞くと、

「あく手したいんじゃないの。」

と言った。その後でまた会ったら、おばさんは、また手を出してきたから、こんどはあく手をし た。ロボットみたいなあく手だったけどうれしそうにうなづいてくれた。

こえが出ない人は、手でお話をするんだなぁと気がついた。いつだったか、おばあちゃんが手 話のことを教えてくれたことがあったな。

イオンへ買いものへ行った時、エレベーターの近くで、頭は大人なのに体は赤ちゃんみたいな 人に出会った。ぼくは、なんだ、この人!と思った。ぼくは、その人をずっと見ていた。

いえにかえっておばあちゃんに話したら、 「それは、いいけいけんをしたなぁ。」 と、頭をぐりぐりしながら話してくれた。

「わたしみたいにびょう気をして体がへんになる人もいるし、年をとって耳がとおくなったり 手足がふじゆうになる人もおるんよ。生まれた時から体がふじゆうな人もおるんよ。耳が聞こえ ない人は手話、目が見えない人は点字で、ふつうにお話するよ。イオンのおじさんも、見ためは へんでもお出かけもしてふつうに生活しているよ。いろんな人がいるけど、みんな同じなんよ。 だから、太陽はどんな人にも同じようにお話したりたすけ合ったりせんといけんのよ。」

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佳   作

近所の幼いお兄さん

岡山市立芥子山小学校 6年  國枝 一花

私は、障害者というと、足が悪かったり、目が見えなかったり、目に見えてわかる人達のこと だと思っていました。駅で車いすの人を見たことがあります。

「ああ、足が悪いんだな。大変そうだな。」 そう思っていました。

私は、一年生のときに、兵庫県から岡山県に引っこしてきました。岡山県はお父さんの地元で す。お父さんの友達に、体の大きな男の人がいます。話してみると、なんだか幼い子どもみたい です。

「なんだか私より小さい子と話しているみたいだな。」

そのお兄さんに会ったときは、よく手をふってくれます。私も手をふります。私がお兄さんを おいかけると、お兄さんはおにごっこをしているみたいに逃げていきます。

「おもしろいお兄さんだな。」

お父さんは、小さい時に一緒に学校に行っていたそうです。お父さんは、いつもニコニコしな がらお兄さんの名前を呼びます。近所の人も、みんなお兄さんが大好きで、みんなにいつも囲ま れています。

私は、障害者の人というと、なんだか、かわいそうな印象をうけます。でも、お兄さんのこと は、かわいそうだとか、そんなことはまったく思いません。それは、みんながお兄さんのことが 大好きで、地域の人が健常者とか、障害者とかという壁がなく毎日、普通にくらしているからだ と思います。

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佳   作

私たちが出来ること

岡山市立芥子山小学校 6年  谷本 佳奈

私たちが、障がいがある人たちに出来ることはたくさんあります。今回は、その中の「点字ブ ロックの使い方」、「メモ帳とペンを使うこと」、「店やし設などの通路を広くすること」について 考えました。

まず、点字ブロックの使い方についてです。みなさんは点字ブロックの使い方は、正しいです か。私がよく見かけるのは、点字ブロックの上に荷物を置いていたり、点字ブロックの上に立っ ていたりなどです。しかし、このように私たちが点字ブロックを使っていると、歩くために点字 ブロックを必要としている目の不自由な人のじゃまになり、点字ブロックの意味がありません。 だから、これからは、外に出るときは点字ブロックの使い方を見直し、ブロックの上に物を置い ている人を見かけたら、その人に、物を置くと目の不自由な人の迷わくになることを気づいても らえるような伝え方を考えていきたいです。

次は、メモ帳とペンを使うことについてです。耳の不自由な人は、話している人の口の動きや 手話から話している内容を読み取っています。しかし、人の口の動き方で読み取ることは同じよ うな口の動きをする言葉があり、正しく読み取ることが難しいこともあります。また、手話も一 ぱんの人にはあまり知られていなく、使いこなせる人が限られています。そのため、耳の不自由 な人に出会ったら、まず、紙に書いてやりとりをした方がいいか聞き、紙に書いた方がよかった ら、メモ帳とペンを使ってやりとりをしていきたいと思います。

そして、最後に、店やし設などの通路を広くすることについてです。よく店で、車イスを使っ ている人や、ベビーカーを使っている人を見かけます。この他にも、お年よりがシルバーカーを 使っているのを見かけます。これらが店の中の通路をスムーズに通れるように、私は、店やし設 などの通路を広くしたらいいと思います。

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佳   作

パラリンピックや体験で感じたこと

岡山市立旭操小学校 5年  田村 心和

わたしは、障害者の人は、スポーツって出来ないのかなと小さいころ思っていました。 そしたら、テレビでパラリンピックという大会をはじめて知りました。わたしは、オリンピッ クは知っていたけどパラリンピックってどんなのだろうと不思議に思いました。

パラリンピックは、身体障害者の人が出られる競技大会で四年に一度行われています。わたし は、小さいころに不思議に思っていたときからパラリンピックのことを調べて、自主勉強にもか きました。これらがきっかけでこの作文を書こうと思いました。障害者の人は、ふつうのわたし たちみたいな人とはちがって、自分の思うように体が動かせないとか、聞こえない、見えないな ど大変ななかで、パラリンピックという大会にでようとがんばっていて、自分がその立ち場だと 出ようと思うかなと思い、とてもすごいなと思いました。

わたしは、車いすに二回乗ったことがあります。

一回目は、サッカーで股関節をいため歩けなくて、車いすに乗せてもらった時です。移動をす る時に少し自分で操作してみようと思って、進んで曲がり角のところを曲ろうと思っても全然曲 れなくて操作は、とてもむずかしいんだなと思いました。

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q 中学生の部 q

最優秀賞

笑顔の交流

岡山市立高松中学校 3年  小早川 真衣

母と一緒にスーパーで買い物をしていたときのことです。「あら、こんにちは。こんな所で会 うなんて初めてよね。もしかして、この近くに住んでいるの?」母は知り合いの女性に偶然会っ たようで、そこから二人は楽しそうに話し始めました。私は、母から少し離れた場所で、二人の 様子をチラチラ見ながら会話が終わるのを待っていました。母はいつもより少しゆっくりとしゃ べっているように感じたのですが、その女性ととても親しそうに笑顔で話していました。しかし、 私は母の知人を見て少しドキッとしてしまいました。なぜなら上手く言葉がしゃべれていなくて、 身振り手振りを交えながら話しをしていたからです。

私はすぐに、「この人は、耳が聞こえない人だ。」とわかりました。それは、私の同級生に、知 的障害をもった女の子がいたからです。

彼女は、人と会話をしたり、身体を上手く動かすことができなかったので、お母さんに車イス を押してもらい、時々小学校へ登校して来るくらいでした。しかし、彼女が学校へ来ると、休み 時間は自然とクラスメイトが彼女のまわりに集まり、私達はジェスチャーを交じえながらおしゃ べりをして楽しみました。

歌が大好きだった彼女が、満面の笑みを浮かべながらリズムに合わせて両手で机をパンパンと たたいて喜んでいる姿を見て、私達もよく一緒になって大笑いをしていました。その後、彼女は 地元の中学校に進学はしなかったので、会うことは全くなくなり、私が障がい者の方と交流する 機会はなくなりました。

そんな中、母が聴覚障害をもった知人と、なんのためらいもなく会話をしている姿を見て「障 がい者の方との交流は特別なことではなく、私達の生活にわりと身近なことであること」「気持 ちがつながっていれば友達になれること」小学生の時に思っていた感情を久し振りに思い出すこ とができました。

自宅に帰ってから母がいろいろなことを教えてくれました。知人の女性は、会社で母と一緒に 働いている方で、耳は聞こえていないけれど、その分まわりをしっかり見ているので、気配りが とても上手にできるそうです。また、人の口が読めるので、顔を見ながら会話をすれば、きちん と気持ちも伝わるそうです。障害があってもまわりの協力があればできる仕事はたくさんあるそ うです。

そして、最近では、市の福祉課とハローワークが協力し合い、障害があっても企業で働けるよ うに障がい者一人一人の個性を理解して受け入れてくれる企業がどんどん増えてきているそうで す。なんと、岡山の総社市では、「障がい者1,000人雇用」を目標にあげて、今年の五月に全国で 初めて達成されたそうです。

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優 秀 賞

災害時の障害者への対応

岡山市立高松中学校 3年  池田 未依菜

「災害時の障害者の避難場所」みなさんは、このことについて考えたことはありますか。災害 時の避難場所を考える時、どうしても自分達の身の安全の事ばかりを気にしてしまうと思います。 しかし、障害者の方たちは、どうのように避難していけば良いのでしょうか。

先日、私は公民館へ避難所HUG体験のボランティアをしに行きました。避難所HUGとは、 避難者にみたてたカードを使い避難所運営をしていくゲームのことです。私もこのボランティア をするまでHUGについてや、障害者の事、災害時の自分たちの事も、深く考えたことがありま せんでした。しかし、このボランティア体験を通して災害時の障害者の対応の仕方について考え るようになりました。

災害が起こると避難所にはたくさんの人たちが避難をして来ます。その中には、ケガをしてい る人や高齢者、そして障害者の方々もいると思います。そんな時、障害者の方に対して適切な対 応をしなくてはなりません。

障害者と一言に言っても知的障害者や身体障害者、精神障害者などの色々な方がいます。その ためHUG体験の時も、その人の症状にあわせた対応をする事がなかなか上手く進みませんでし た。しかも、人によって症状の重さが違うためこの人は他の人と違う部屋の方が良いのか、同じ でも大丈夫なのか、という障害者の対応についての判断が難しい所もありました。

また、手や足が不自由で介護などが必要な身体障害者の方には、トイレやお風呂など移動が困 らないように一階の段差が少ないところにいてもらうなど、避難生活のストレスが少しでも、少 なくなるように工夫をしたりしました。

そして、知的障害者や精神障害者の方には看護士の方や専門の医師の方、あるいは家族の方の 目のとどく所にいてもらい、障害者の方が少しでもストレスの少ない避難生活が送れるように工 夫したりもしました。

日本は自然災害が多く、いつ何が起こってもおかしくないような国です。しかし、岡山県は大 地震や洪水も少なく、ましてや台風さえもなかなか通らないような自然災害の少ない土地です。 良く言えば恵まれていますが、その分災害に対しての危機感が薄いとも言えると思います。一人 でも多くの人の命を救うためには、障害のある方のための避難経路や避難場所の確保、避難所で の生活の工夫などが必ず必要になると思います。そのためには日頃から、災害が起こった時の事 を良く考えるべきだと思います。そして一人で考えるのではなく、皆で話し合い色々な意見を聞 いた上で考えていく方が障害者の方を災害から守る解決策につながると思います。

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佳   作

障害者と健常者にちがいはあるのか

岡山市立高松中学校 1年  熊代 沙也佳

障害のある方は体のどこかが動かなかったり、なかったり、使えなかったりするから、助けて もらう必要がある人もいる。では、健常者である私たちはどうだろうか。私たちも誰かが助けて くれるおかげで、生きていける。テレビを動かすための電気だって、学校で使う教科書だって、 誰かが働いてくれているから手に入れることができる。そこに障害がある、ないのちがいはある のだろうか。

ある事が得意だが、ある事が苦手というのは誰にでもある事だと思う。障害がある方もある事 はできるが、ある事はできないというのがきっとあると思う。つまり、そこまでちがいはないと いうことだ。だから障害があるから、と言って、特別扱いしたり、差別をするのはおかしいこと だ。人はそれぞれちがって当たり前なのだから、その人の見た目や行動で、どういう人なのかは 決めつけない方がいいと思う。

リオデジャネイロパラリンピックの陸上男子四百メートルで銀メダルを獲得した佐藤友祈選手 (WORLD−AC)。佐藤選手は二十一歳の時に脊髄炎を発症し、車いす生活になったが、2012 年のロンドン大会で活躍する障害者アスリートの姿に憧れ、目覚めた。急成長で夢の舞台に駆け 上がった。

病におそわれたのは、地元・静岡を離れ、上京していた十年秋。足腰から力が抜けて意識を失っ た。歩けなくなり、左手もマヒ。原因不明の脊髄炎だと診断された。障害を受け入れられず、実 家に引きこもってテレビやインターネットを見るだけの毎日。体重は一年余りで、二十五キロも 増えた。

転機は五年前のロンドン大会だった。競技用車いすがトラックを高速で駆け抜けるレースをテ レビで見て、くぎ付けになった。「乗ってみたい。」知人に競技用車いすを借り、近くの河川敷で トレーニングを始めた。感じたことのない、走る楽しさに、目の前が明るくなったような気がした。

充実した練習環境を求めて、岡山に引っ越したのは二年前。リオで三大会連続出場となる車い すアスリート、松永仁志選手(WORLD−AC)に師事し、無駄の少ないフォームと、レース 中盤からの加速に磨きをかけた。

人材派遣会社で働きながら、一か月で四百キロ近くを走り込んだ。記録はグングンと伸び、昨 年初出場した世界選手権の四百メートルで金メダルに輝くと、一躍、リオのメダル候補に名乗り を上げた。

佐藤選手のように、生まれた時から障害があるわけでなく、ある日突然、障害をせおってしまっ たという人もいる。佐藤選手は、その事を受け入れられず、引きこもった時があった。たぶん、 そこには私には想像もできない苦しみがあったのだろう。もし、私が佐藤選手と同じ立場だった ら、やっぱり、とても苦しいと思う。でも、そんな時に、自分もやってみたい、と思えるような 事が見つかったのはすごく良かった事だと思う。

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佳   作

障害への理解

岡山市立高松中学校 3年  則武 千穂

私の周りには、「だって障害者だし」なんて心ない言葉を言う人がいる。障害者だから自分達 と違うと勝手に決めつけ、差別する人は障害について理解できていないと私は思っている。

身体障害者、身体に障害がある人へは、学校や家で色々教えられると思う。だが、私の弟のよ うに、人に強く言われたら中々立ち直れなかったり、強いこだわりを持っていたりする障害につ いて、多くの人が理解できていないと思う。私の弟は発達障害で情緒面に障害がある。特別学級 には行っていないが通級に月二回行っている。通級とは軽度の障害がある児童、生徒を対象に特 別な教育課程によって指導を行う制度である。弟は五・六時間目に行っているので、弟の手紙や 宿題は私が持って帰っている。でも弟のクラスの子が持って来てくれるたびに、「風邪引いてい るの」や「どうして休んでいるの」と聞かれる。私は別に弟の障害のことを気にしてはいないが、 弟のことを変な目で見られるのがいやで毎回誤魔化している。

でも、弟のことを可哀想と言われるのが一番私はいやだ。私の家族はみんな障害について理解 があるし母は講演を聞きに行ったり、障害を持つ子の母親達の集まりに行ったりして、弟のため にたくさん勉強している。障害があろうが私にとっては可愛い弟だし、ちょっとずつ成長もして いる。それを可哀想なんて悪気はないんだろうが、言われた方は腹が立つし、悲しい。

私の家族は理解があるが、母の話によるとそうでない家も多い。両親は理解があっても、その 子のおじいちゃんやおばあちゃんなど、自分の子どもや孫に障害があることを受け入れない人達 も多い。だから通級に行くことを家族に内緒にする母親もたくさんいる。

私はこれを聞いた時すごく驚いた。私も弟に障害があることを聞いた時は驚いたが、今は個性 だと思っている。それに、ちゃんと自分にあった教育を受けないと、社会に出た時に困るのはそ の子達だ。

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佳   作

障害者が輝けるように

岡山市立高松中学校 3年  伊丹 渉美

今、どのような人が、どこで、どのように働いているかなんて想像もできないでしょう。私も 考えたことすらありませんでした。しかし、この前こんなニュースが目に入りました。

「働いている人の半分以上が障害を抱えた人です。」そんなニュースの声が聞こえて思わずテレ ビの方に視線がいきました。そのニュースではある所に密着取材をした特集を放送していました。 そこは日本理化学工業株式会社という聞き覚えのないところで、一見すると普通に大人が働いて いるように思えました。しかし、そこにいた人達は全員障害を持った人。いわゆる「障害者」と いわれる人でした。そこでの仕事はチョーク製造で、一つひとつは単純な作業のように見えたけ れど動きに無駄がなく素早いのです。しかも、その作業を休憩なしで数時間続けられると言いま す。それくらいできるのであれば他の仕事をすればいいのに。なんて思いましたが、彼らの中に は時計がよめない人や、字が読めない人が沢山いたのです。それでも砂時計を使って時間を見た り、色を識別できる能力を活かしたりして一人一人のできることに合わせた仕事をしていました。 その仕事をする姿は真剣でしたがとても楽しそうでした。彼らがいるおかげでこの会社のチョー クは日本のチョーク市場の三十パーセントを占めているといいます。いいことはそれだけではあ りません。自分ができることで働いて暮らしていけるという嬉しさが自分自身の自信になり、家 族の方もとても喜んでいるように見えました。

昨年のニュースで障害者を殺傷し、多くの死亡者や負傷者が出たとても残酷な事件がありま した。これは大きく報道されていました。「障害者なんていなくなればいいと思った。」なんて言 葉を言った犯人や、犯人の言葉に共感している人が沢山いたという記事を見て、とても悲しく思 いました。障害者の差別が問題となっているのが現状だと思います。その中でも、障害を理由と する差別の解消の推進に関する法律ができたりして少しずつ差別をなくす取り組みも行われてい ます。

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佳   作

FROM OKAYAMA

岡山市立高松中学校 3年  森本 瑠穂

点字ブロック。それが私と同じ岡山の生まれだということを、今年の春初めて知りました。 四月六日。私はお母さんと弟と三人で青春十八きっぷを使って愛媛県松山市まで日帰り旅行に 行きました。途中の駅で乗り換えのため一時間近く待つことがあり、その時にあるポスターが私 の目に留まったのです。下も向いて歩こう。そのポスターには大きくそう書いてありました。ふ だん、よく目にするのは、上を向いて歩こう。や、前を向いて歩こう。などといった明るいイメー ジの言葉なのに、ポスターに書いてあったのは、下も向いて歩こう。という暗いイメージの言葉 だったので驚きました。私はどうして、あえて下を向いて歩くのか気になったのでポスターに書 かれている小さな文字を読みました。すると、そこには、

「この前の日曜日SNSを通じて知り合った視覚障害者の友人と電車に乗って街へ出かけ た。見慣れた街並み、すれ違う人波。白杖を持って歩く彼と私。この日はいつもと同じようで どこか違った――

視覚障害者を安全に誘導するために地面や床面に敷設されている「点字ブロック」。岡山市 で誕生して以来現在は世界百五十か国以上の国で設置されているという。関心のない私にとっ て点字ブロックは道にあるただの「黄色い線」に過ぎなかった。視覚障害者の彼は、白杖でこ の黄色いブロックの上を安心して歩くことができる。しかし、点字ブロックの上を荷物や自転 車などで歩行を妨げられてしまうとどうなるだろう?私たちが目を閉じて暗闇の中を歩いた時 の恐怖。その感覚と似ているのではないだろうか――

手に持つスマホの目線の先に何気なく立っている足元に彼らの「安全」がある。誰もが安全 に生活できるために今私にできることをする。「今日は下も向いて歩こう」まずはスマホでつ ぶやいた。

あなたの勇気が命を救う――

目の前で視覚障害者が今まさに転落しそうな時勇気を出して声をかけてほしい。駅での転落 事故を未然に防ぐために今あなたにできることを。」

と書いてあり私はその時初めて、点字ブロックが私と同じ岡山の生まれだということ、岡山で生 まれた点字ブロックが世界中で活躍しているということを知りとても驚きました。そして、その 文章を読んで、下も向いて歩こうという言葉には足元にある点字ブロックの存在に気づき、視覚 障害者の安全な歩行を妨げることがないよう意識して生活することが必要だという思いが込めら れているのだろうなということに気付きました。

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q 高校生・一般の部 q

最優秀賞

障がいに負けないで働く事の大変さ

岡山市東区  末利 正恵

今、私は障害者就労支援のA型事業所トライピースに勤めています。働くという事は本当に大 変で、今の私にはてんかん合併症、側湾症、痙攣などがあり、側湾症からくる腰や骨盤、背中の 痛みがひどい為、コルセットを付けて激痛の時は注射を必要とします。その上三ヶ月に一度は、 ボトックス注射という硬直した筋肉をやわらげる為の注射をたくさん数打って仕事に通っていま す。注射がなければ激痛のあまり物事の判断が付かないのが現実の中、働くという事がどれほど 大変か。痛みがありながらでも頑張って仕事に行こう、と思える職場でないと仕事は続きません。 私達、障がい者が働く為に会社がキレイで給料が良い、年間の休みが何日あるとか、よく条件の 良い所なんて言われますが、あまり関係ありません。なぜなら目で見て、肌で感じ目にも見えな い空気が良いか悪いかで、仕事をしようと思えるか休もう、辞めようと思うかがほぼ決まるから です。

私は岡大附属養護学校の高等部を卒業してから、地元の縫製会社に正社員で採用され、周りの みんなは喜んでいましたが、私自身は毎日がツライばかりで正直「いつ辞めようかなぁ。」と悩 む毎日でした。障がいがある事で毎日いじめられ、楽しいと思う事は一度もなかったのです。ま た次の縫製会社もよく似た感じで、涙をこらえて働いた事で体調を崩し、退職しました。そして その次は全く仕事を変えて石材店に行き、職人さんと墓石やブロックの片付けは当たり前で、ま さに男の職場で周りからは「何であんな所いきょんで。」とよく言われました。雇用条件も決し て良くなかったけど、雑用として女性は私一人だけということもあり、すごく大事にしてもらい、 居心地も良く自分自身、はつらつとしていたように記憶しています。不景気になり、しぶしぶ退 職し、次からA型事業所に行くようになりましたが、毎日毎日みんなが涙して「我慢しようねぇ。」 と励まし合いながらも、一人また一人と辞めて行く中で、私もたえられなくなり他の事業所もた くさん行ってみました。

そして今の事業所トライピースも、半ばもうどうでもいいやと仕事に嫌気がさしている中行き ました。ドアを開けた瞬間、「ここだ、私が来る所は。」と身体がビビッと反応しました。いつも 明るく、みんなが笑顔のたえない楽しい事業所なので、今は「あんた仕事どこ行きょん?」と言 われても、自信満々に「A型事業所トライピースっていうええ所よ。」と胸を張って言えます。「て んかん発作があっても、痛みがひどくて座薬を入れてでも行こう。いや、行きたい。」そう思え る最高の職場です。ただ事業所が増えたら良いのではなく、環境の良い明るい事業所が増えれば、 何ヶ所も行かなくてもよい職場が見つかるんじゃないのかな、と思います。

毎日休まず順調に仕事へ通えるようになっていたある日、てんかん発作で階段から落ちて腕や 鎖骨、肩を骨折して入院して手術する事になってしまいました。仕事に行けない事がショックで 「私トライピースに行けんの?」と思わず主人に尋ねてしまいました。「今それどころじゃないわ。」

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と一言。私が今の事業所に変わってから、より必死で送り迎えしてくれています。私は腰の痛み をおさえる注射をしていないと仕事に行けない時があるけど、おじさんの優しさでその大変さや 痛み等が跳んで行ってしまいます。本当に仕事に行けない事がストレスになるような楽しく明る い事業所です。しかし階段から落ちて骨折してから当然仕事はドクターストップがかかり、診断 書を提出することになり、「ああもうこれまでかなぁ。」と思ってあきらめかけて職場に行った時、 職員さんに「待っとるからね。頑張って待っとる待っとる。」と言われ、すごく嬉しいありがた い一言でした。痛みのあまり泣けるようなリハビリを必死でして、やっとの思いで復帰しました。 みんなに「おめでとう。良かったねぇ。」と大歓迎され、本当に嬉しかったです。

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優 秀 賞

だれもが生きやすい言葉かけ

岡山市北区  犬飼 倫子

「すみません、私は誰かをどかせましたか?」

そのかたはとても静かに、わたしと友人に問うた。わたしたちは顔を見合わせて固まった。 もう十年ほど前、高校生の頃。夕方、通学に使う電車の中。混んでいるわけではないが、空い ているわけではない。座席は埋まっとった。友人とわたしは四人掛けのボックス席に掛けとって、 今度どっか遊びに行こうやぁ、とか、うちのクラスはもう明治時代の章に入ったよ、とか、遊び や勉強の話をしようた。と、進行方向から、駅員さんが歩いてきた。切符の確認かな、ちらっと 見ただけで視線を友人のほうに向けようとした時、駅員さんの後ろのかたに目が吸い寄せられた。 駅員さんの制服の腕に支えられた腕と、黒い眼鏡と膝くらいの位置に、白い犬――ハーネスを付 けた盲導犬。

(目が見えないんだ)

わたしは瞬時にそう思った。

駅員さんが、わたしたちの近くで止まり、わたしたちの向かいに座っていたひとに声をかけた。 小さな声で聞き取れんかった。そのひとは何も言わず、すっと立ち上がって鞄を持ち、目が見え ないそのかた(以降Aさん)に席を譲った。それから、動きょうる車内をさくさくと無表情で歩 いて行かれた。なんだろう、何が起きたんだろう、とわたしは思った。

「さあ、どうぞ」

駅員さんがAさんを手すり等で誘導しながら促す。Aさんは低い声でお礼を言って、盲導犬と 一緒に席に着いた。白い盲導犬は、ユーザーの足の下に小さく伏せた。周りの視線がふっと軽く なったのを、Aさんは感じたかもしれない。わたしも、みんなの目が本や車窓の風景や適当なと ころに戻ったのを感じた。ただ、わたしは、初めて目にした出来事じゃったからか、無遠慮にち らちらと見ようた(単純に、犬が好きという理由もある)。

(じろじろ見ないように。けどもっと見ていたい) と、

「すみません、私は誰かをどかせましたか?」

問いが、ボックス席で向かい合っとる友人とわたしに発せられた。

どきり、とした。先ほどまで座っていた人は、かばんを隣に置いて、つまり一人分の席を取っ て座っていらした。断っておくが今回わたしはその是非を言いたいのではない。「誰かをどかせ たか」、という問いかけに日本語通りに答えれば、イエス。でも、「どかせた」という使役ではな いんじゃねぇかなと思う。

(どうしよう、なんて答えたらいいんじゃろう)

友人と顔を見合わせる。お互いきっと同じ事を考えよった。何を言っても傷つける気がする。 「……荷物が、置いてありました」

わたしはようやく小さな声でそう口にした。うそではない。そうですか、とAさんはそれ以上 尋ねないで、じっとしていた。時折相棒の体をなでていた。友人とわたしは、気まずい気持ちで 家の最寄り駅まで乗っていた。

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はないんじゃろうか。Aさんがどうして、そんな心配をなさったんか、当時はぼんやりとしか分 からんかった。今は、Aさんは、人に気を遣いながら過ごしてきたのではないじゃろうか、と考 えとる。障がいをもたれても生活しようとしているひとがそんな空気を吸って生きていく、とい うのは妙な話だ。

さりげない心遣いをできる人になりたいと思う。

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佳   作

本当に大切なものは

岡山市立岡山後楽館高等学校 2年  石田 陽南

あなたは現在の介護・福祉がどのように変化していくと思いますか。様々なことが機械化する 現代、人と関わる介護・福祉にも介護ロボットなどが導入されつつあります。これから先、どん どんと機械化が進んでいくことが予想される将来に私は不安と危機感を覚えます。

私なりに想像する将来の介護・福祉はまさに「ドラえもん」が来た二十二世紀の世界に近いも のだと思います。ロボットと人間が共に生活をし、ボタン一つで何でも操作できる世界。一見、 障がいの有無を感じずに、差別のない平和な暮らしができるかもしれません。しかし、人間らし い「何か」を忘れてしまわないでしょうか。

確かに、ロボットなら、人間よりも決められた作業や動作を正確に速く行うことができるかも しれません。しかし、介護を受ける障害者の方はコミュニケーションをとることができない、温 かみを感じることができないロボットに介護をされるのはどのような気持ちになるでしょうか。 また流れ作業のような介護は生きる活力を奪ってしまうのではないでしょうか。

ロボットを導入することで問題となっている「人手不足」や「介護虐待」は減少するかもしれ ません。しかしその一方で、私には、ロボットが介入することでこれまで培ってきた人と人との 絆が途絶えてしまうように感じてしまいます。

先日、障害者施設のボランティアに参加しました。帰り際にある利用者の方が私の手を強く握 りました。今でも、そのときのその方のかすかな笑顔と手から伝わってくる温かみがとても印象 に残っています。私はそんな何気ないことがとても嬉しかったです。

私は、障がいの有無にかかわらず全ての人が一人ひとり、誰かを元気にする力を秘めていると 思います。誰もがもっているその最高の笑顔と、手から感じる温かさで救われる心がこの世の中 にはたくさんあります。

この世界にいる何十億人の人たちが手を取り合えば完璧ではないかもしれないが、障がいのあ る人たちと一緒に平和で差別のない世界がつくれると思います。

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小学生の部

最優秀賞

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優 秀 賞

優 秀 賞

就実小学校3年 宮 田 舞 衣

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岡山市立幡多小学校5年 石 原 瑠 奈

岡山市立旭操小学校3年 竹 井 優 心

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中学生の部

最優秀賞

(35)

33

優 秀 賞

優 秀 賞

岡山市立妹尾中学校2年

浦 田 彩 音

岡山大学教育学部附属中学校1年

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岡山市立竜操中学校2年

坂 口 涼 一

岡山市立操南中学校2年

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37

最優秀賞

力走

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優 秀 賞

家族の和

岡山市北区  二 宮 武 彦

花見会

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参照

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