(2)
振込取引における過誤記帳の意義 はじめに
H
問題の所在 口 振 込 取 引 に お け る 過 誤 記 帳 の 原 因
① 振 込 依 頼 人 と 受 託 銀 行 の 関 係
における瑕疵
い振替︵基本︶契約の瑕疵 回単なる資金関係上の瑕疵 い振込委託の瑕疵 R無権代理および偽造
®振込委託の無効•取消と組戻し
銀行の振込委託に対する違反
目
次
振込依頼人と受取人の関係におけ
る瑕疵
過誤記帳における振込依頼人と銀行の責任 関係曰
振 込 依 頼 人 の 費 用 償 還 義 務
① 振 込 委 託 の 偽 造 と 費 用 償 還 義 務
② 過 誤 記 帳 に お け る 事 務 管 理 の 成 否 銀行の組戻義務の法的性質 過誤記帳における当事者の過失と損害
賠償責任
① 振 込 依 頼 人 の 注 意 義 務 違 反
② 銀 行 の 注 意 義 務 違 反
に)(二)
(3)
後
込 取 引 に お け る 過 誤 記 帳 と 法 的 諸 問 題
藤
( 1 )
紀
現在の支払取引において︑現金を用いる代りに︑銀行預金を処分して債務の支払等を行う方法として︑振込︑口座
振替︑小切手の三つがある︒この内︑小切手は小切手法もあり︑古典的支払手段として︑古くから研究対象になって
きた
が︑
振込
︑
口座振替は︑新しい現金を用いない支払取引
( b a r g e l d l o s e n Z a h l u n g s v e r k e h r )
として︑近時ますま
すその役割が重要になってきており︑今後もコンピューター社会の進展につれてこの傾向が顕著になってくると思わ
れる︒しかし︑これについての学説・判例の成果はとぼしく︑新しい分野として今後研究を進めなければならないと
ころである︒本稿は︑振込取引において過誤入金記帳があった場合の当事者の法律関係つまり︑過誤記帳の結果生ず
る利害をどのように調整すべきかという問題にとり組むが︑過誤記帳自体の処理すなわち︑過誤記帳の訂正について
はすでに別稿で論じたので︑ここではとりあげない︒
振込取引において︑過誤入金記帳があった場合に︑銀行が誤記帳であるとして︑これを訂正︵消去︶することがで
きれば︑実際上は問題は解決するのであるが︑法理論上は︑誤記帳訂正権の裏に隠れて表面に出て来ない当事者の法
律関係︑主として不当利得関係の問題を解明して始めて︑銀行の誤記帳訂正権の法的位置づけが明確になるわけであ
るし︵現に︑ドイツの連邦裁判所は︑誤記帳訂正権は不当利得返還請求権によって裏打ちされていなければならない
といっている︶︑さらには︑過誤入金記帳であるにもかかわらず︑当該口座所有者が預金を全部引出してしまった場合
こよ
︑
~,ー('1 もはや銀行の誤記帳訂正権は機能しないので︑実際的解決の面でも︑
るをえないわけである︒その意味では︑銀行の誤記帳訂正権の問題が振込取引の過誤記帳の問題の各論とするならば︑
は じ め に
この場合の当事者の法律関係を解明せざ
ついても近いうちにメスを入れたいと思う︒ っ
てい
るが
︑
振込取引における誤記帳の問題は︑ は︑実際上も重要な利害関係があるのてある
コンピューターの利用なくしてはやってはいけなくな
︵こ
れ
預金残高がないために︑銀行の誤記帳訂正権が機能しない場合には︑主として不当利得返還請求権により︑誤記帳
によって生ずる利害関係を調整しなければならないのであるが︑振込取引にあっては︑通常の二当事者の取引と異な
り︑少なくとも振込依頼人︑銀行︑入金記帳受取人︵以後たんに受取人という︶の三当事者が登上するので
他行間振込の場合だと︑銀行が仕向銀行と被仕向銀行に分れるので︑四当事者となる︶︑誰が誰に対して不当利得返還
請求権を行使するかの決定は︑より複雑な利益考量をしなければならない︒不当利得返還請求権が成立するためには︑
後述するように︑請求権者に﹁損失﹂と請求される者に﹁利得﹂がなければならないが︑預金を引出した受取人に常
にそれに応ずる利得があるとはいえないし︑さらには︑受取人が支払不能に陥った場合には︑そのリスクは誰が負担
するべきかという問題とからむために︑振込取引の当事者にとって︑誰が不当利得返還請求の当事になるのかの決定
︵受取人の財産につき︑破産手続が開始された場合には︑誰が破産配当
金によって満足されない部分の損害を負担すべきかということになる︶︒
本稿は以上述べた部分に焦点を当てて議論を進めるが︑振込取引における過誤記帳と不当利得に関する分野は︑民
法と商法の中間領域ということもあってか︑これについてのわが国の文献は少ないので︑この点に関するドイツの学
説・判例を参考にする︒なお︑現在の振込取引・振替取引は︑
コンピューター利用の過誤と深くかかわっているので︑この問題に 本稿でとり扱うものはその総論ともいえるものである︒
問題の所在
振込取引は︑銀行に開設されている各口座のつけかえによって行なわれるため︑安全かつ確実な支払取引として︑
今後ますます重要性を増すことは確実であるが︑便利な制度は反面それに内在する危険性があり︑振込取引とてその
︵もっとも︑銀行実務では︑振込を送金取引と解し︑
が︑将来︑カードで店頭で買物代金の振込ができるようになると︑振込を送金手段とのみいっておれなくなろう︶︒振
込は︑受取人の預金口座へ入金記帳することによって完成するが︑
間に過誤が生ずるわけである︒それでは振込取引の場合には︑ それには色々な手続を経て行なわれるので︑
その
どのような原因によって過誤記帳が生ずるのであろう
か︒銀行は︑入金記帳の法的性質をどう解するにせよ︑これによって口座所有者に対し預金債務を負担することにな
るが︑入金記帳が過誤にもとづくものと後で判明した場合には︑.銀行はどのような手段がとれるのか︑これと過誤記
ないのであるが︑
銀行が過誤記帳と判断した場合にはすべて誤記帳であるとして入金記帳を消去︵訂正︶することができれば問題が
すでに別の論文で発表したように︑銀行が誤記帳として訂正できるかどうかは︑その原因との関係
をみなければ一概に判断できないのである︒
ために預金残高がなければ︵預金残高が訂正金額に満たない場合も同様︶︑訂正すべき対象がないのであるから︑不可
能で
ある
し︑
かりに預金残高が十分あっても︑銀行の誤記帳訂正に対して預金者が異議申立することも考えられ︑こ 帳の原因はどうからむのかが問題となる︒
しかも︑誤記帳の訂正は︑入金記板受取人が当該金額を直ちに引出した 例外ではないいったん引出された預金を送るという考えが強い
(
一)
振込取引における過誤記帳の意義
四
討を始めるのが通常である︒
①振込依頼人と銀行の関係︵資金関係︶における瑕疵
ヽー︑イ
, 1 ,
に口座を有している場合の振込を前提とする のような場合には︑結局︑誤記帳をめぐる当事者の法律関係を明らかにしなければ事は解決しないのであって︑ときにおける当事者の利益考拭にはやはり︑過誤記脹の解明が重要になってくる︒そこで︑る過誤記帳の原因にはどのようなものがあるのかから検討してゆくことにする︒
五
そ
まずは︑振込取引におけ
振込取引における過誤記帳の原因
振込取引は︑通常は債務の支払のために行なわれ︑支払人たる振込依頼人と支払を受ける入金記帳受取人がそれぞ
れ異なる銀行に口座を有していることの方が多いであろうが︑ここでは︑議論を簡単にするために︑両者が同一銀行
︵自
店内
振込
︶︒
過誤記帳の原因は︑大きく分けて︑振込依頼人と銀行の関係から生ずるものと︑銀行が入金記帳する過程において
生ずるものがある︒まず︑前者から検討する︒
振替︵基本︶契約の瑕疵
わが国の振込委託手続では︑通常振込依頼票に預金の払戻請求書を添えて振込委託することが必要であるが︑その
ためにあらかじめ銀行と依頼者が基本契約たる振込委託契約を締結しておかなければならないわけではない︒しかし︑
ドイツの振替
1 1
百 U
r w
e i
s u
n g
(わが国の振込に相当する︶の場合には︑顧客が銀行と振替取引をするためには︑当該
銀行に振替口座
( G
i r
o k
o n
t o
)
を開設し︑予め基本契約たる振替契約
( G i r
o v e r
t r a g
)
を締結しておかなければならな
い︒そこで︑ドイツの学説が振替取引における資金関係上の瑕疵を論ずる場合には︑まず右の振替契約の瑕疵から検
に
)
る振替契約の瑕疵に関する議論をとりあげる︒ 右のように︑わが国の振込手続とドイツの振替手続が異なるので︑いのかも知れない︒しかし︑わが国においても︑定額自動振込契約のごとく︑一度銀行と振込契約をしておけば︑そ
のつど預金払戻手続と振込依頼手続をとらなくとも︑一定の金額を一定の期日に個別的に振込が行なわれるものもあ
り︑最近の新聞によると︑一定の要件の下に電話一本で振込委託ができるようになるとのことであるが︑そうなれば
必然的に当該銀行と基本契約たる振込委託契約を結んだ上行なわれることになるであろう︒このような将来的観点か
らドイツの振替︵基本︶契約の瑕疵に関する議論をみておくのも有意義と思われる︒そこで︑以下まずドイツにおけ
振込依頼人と銀行の間で締結される振替契約
( G
i r
o v
e r
t r
a g
)
の法
的性
質は
︑
理を目的とした雇庸契約であると解されており︵ドイツ民法
1
BGB1
六︱一条以下︑六七五条︶︑最近では右の点に関
(5 )
してほぼ異論のないところである︒わが国にひきなおせば︑有償の委任契約ということになるが︑銀行は︑この契約
によって顧客のために振替口座
( G
i r
o k
o n
t o
) を開設し︑顧客のために預金通貨を第三者の口座に振替え︑顧客あてに
振替られた預金通貨の人金記帳を行ない︑顧客の振出した小切手の支払を行ない︑顧客から受入れた小切手の取立を
行ない︑現金の支払またはその預け入れを受けるべき義務を負うにいたる︒
ところで︑振替契約も契約である以上︑ ドイツでの右の点の議論を参考にする必要はな
一般の契約法の適用を受ける︒ ドイツの判例︑通説によれば︑事務処
したがって︑顧客が無能力者である場合に
は契約は無効となり︵ドイツ民法はわが国の民法と異なり︑無能力を無効事由とする
1
BGB 1
1 0
五条︶︑契約の本質
的部分につき︑当事者に合意が成立しない場合には︑もちろん契約は成立しないが︑そうでない場合であっても︑当
事者の一方または双方の意思表示によりこの点に関して合意がなされるべきものとされた場合に︑その合意の成否に
疑問があるときは同様に契約は成立しない︵ドイツ民法
1
BGB1
︱五四条︶︒また︑契約に際して︑錯誤︑詐欺︑強迫
'
ノ
があった場合には︑瑕疵ある意思表示として︑取消の対象となる︵ドイツ民法では︑錯誤は取消事由である︶︒さらに︑
また当事者の破産により振替契約の法的性質が委任ということになれば︑当事者は︑
終了
する
︒
以上のように︑振替契約の法的効力に影輯を及ぽす事由がいくつかあげられるが︑振替取引の過誤入金記帳との関
係ではほとんど問題にならない︒というのは︑振替取引が契款による定型的な契約であるため︑詐欺︑強迫の問題は︑
(6 )
ほとんど考えられないし︑顧客の無能力の点についても︑左のように西ドイツ銀行普通取引約款第一条と第二三条に
より︑事実上問題の起らないように対処しているからである︒
第一条一項﹁①
だ し
︑
銀行に届けられた代理権または処分権は︑書面による撤回がなされるまでその効力を有する︒た
その変更につき銀行が重大な過失により知らなかった場合には︑この限りでない︒しかし︑商業登記簿または
組合登記簿に登記すべき代理権または処分権の変更は︑銀行に対して書面による届出がなされて始めて効力が生ずる︒
顧客は︑取引関係にとって重要なすべての事実︑とくにその名前の変更︑その処分能力︵たとえば︑成年に達したこ
第二三条﹁銀行が顧客またはその代理人の行為能力の欠訣が生じたことを過失なしに知らなかったことから損害が
生じたとしても︑この損害は︑顧客が負担する︒﹂
それ
では
︑
かりに振替契約の効力がない場合はどうなるのか︒この場合は︑後になされる個々の振替
( 1 1
振込︶委
託が有効な場合と無効な場合に分けて考えねばならない︒後者の場合は︑
ので︑前者について考えると︑こ~こ、
t
しカ
ー
七
たとえば振替契約がすでに失効しているのに︑これを失念して瑕疵のない
有効な振替委託を顧客がする場合はありうる︒しかし︑この場合︑振替契約が無効であるとの理由で︑これにもとづ と︶の変更を遅滞なく書面をもって通知しなければならない︒
つぎに述べる振替委託の瑕疵の所で論ずる いつでも告知することができ︑
国でも同様に解すべきと思う︒後でくわしくとりあげる︒ 行の間で清算すべしということになる︒以上に対して︑右の点に関する﹁思い違い﹂は︑契約の基本的な部分に関する錯誤であって︵民九五条︶︑振込委託︵契約︶は無効であるということになれば︑して銀行が振込受取人の口座に入金記帳したことになるから︑過誤記帳の問題として処理しなければならない︒結論を先にいうならば︑このような場合は︑過誤記帳でないと解することについて︑ で
ある
から
︑
(口)
く振替委記も効力がないとするのは︑結果的にみて妥当でない︒そこで︑この場合には︑
替委託契約をして振替える場合
( E i n
z e l i
. i b e
r w e i
s u n g
) と同視するかまたは無効行為の追認の法理を使って︑
︵新たな︶振替契約が同時に締結されたものと考えることによっ
(8 )
て︑右の不都合を回避するのがドイツの一般的学説である︒
単なる資金関係上の瑕疵︵資金の欠鋏︶
金記帳しても︑
とこ
ろで
︑
この場合は︑有効な振込委託なく
(B GB
1
振込取引において︑振込依頼人と銀行は︑法的には委任関係にあり︑委託者と受託者の立場に立つが︑実質上は︑
銀行は振込依頼人と受取人の支払取引を仲介するにすぎない︒したがって︑銀行が委託にもとづき受取人の口座に入
それは振込依頼人の計算で行なっている︒そこで︑銀行がその委託を受けて振込の実行をする場合に
は︑これに先立ち︑依頼人より資金の提供を受けるか︑依頼人の口座から当該金額を引落したうえで行なっている︒
その際に口座の預金に対する銀行の思い違いにより︵たとえば︑当座貸越限度額の誤認により︶︑資金の
裏付けのないまま振込受取人の口座に入金記帳される場合もありうる︒この点に関する銀行の﹁思い違い﹂をどう法
的に評価すべきか︒これによっては振込委託は何らの影孵を受けないとすれば︑有効な振込委託にもとづく入金記帳
これをもって過誤記帳の概念に入れることはできない︒それによって生ずる不都合は︑振込依頼人と銀 四一条一項︑民一︱九条︶振替委託の時に︑黙示の
ドイツの学説は一致しており︑
わが
一見の客が銀行の店頭で振
八
な指図が同時になされると考えられる︒本稿ではたんに振込委託と表現するが︑これに意思表示の規定が適用される
( 1 1 )
こともちろんである︒︶︑振替委託が受領を要する一方的意思表示であることに異論はないので︑銀行にとっては受領
を要する意思表示の到達のみが重要であって︑無能力︑無権代理︑取消等の意思表示の効力に影響を与える事由は︑
もっぱら委託者側のみにつき調べれば足りる︒以下︑振込委託の瑕疵として問題になる場合をドイツの学説を参考に
しつつ検討する︒
R 無 権 代 理 お よ び 偽 造
口座の預金を処分する権利は︑口座所有者に帰属するのであるが︑その処分も他の一般の法律行為と同様︑代理人
によってすることができる︒振込委託も︑振込依頼人の口座から引落して受取人の口座に入金記帳することを委託す
るのであるから︑口座の処分を含んでいる︒振込取引における代理との関係で︑実際上も重要なものは︑法人の代表
者による振込委託の場合であるが︑口座所有者が第三者に特定の振込委託につき個別的にまたは多数の振込委託につ
き包括的に代理権を授与することもある︒
任意代理の場合の瑕疵について︑まず問題となるのは自己契約である
取人が振込依頼人を代理して振込委託する場合に生ずる︒もっとも︑振込委託の相手方は銀行であって受取人ではな 適用できる点に異論はないが︵わが国の通常の振込の場合には︑委任契約たる振込委託契約とこれにもとづく具体的 細かい点について必ずしも一致しているわけではないが︑ ドイツでは基本契約たる振替契約にもとづいて振替︵振込︶委託がなされるので︑個々の振替委託の性質について
(9 )
は︑これを委任法上の指図
( W e i s u n g
とみるか︑純粋な一方的法律行為とみるか︑単に法律行為類似の行為とみるか︑
)
い
振込委託の瑕疵
九
︵民
一〇
八条
︑ BGB
︱八一条︶︒これは︑受 いずれにしても意思表示に関する諸規定が直接または類推
いので︑厳密には自己契約にはあたらないといえるが︑銀行は︑実質上は仲介手続機関であるから︑なお︑自己契約
を禁ずる規定の類推適用の可否が検討されなければならない︒
ところで︑自己契約︑双方代理を禁ずる民法一〇八条の立法趣旨は︑同一の人間が意思表示をして自ら受けとると
いうことが不合理だということにあるのではなく︑当事者の利益の対抗というメカニズムが機能しない自己契約︑双
方代理においては︑効果意思の決定と表示までも他人のために行うという意思表示様式は︑本人の利益を害するとい
( 1 2 )
う点にあるとされ︑したがって︑本条違反の効果も無効ではなく︑無権代理であると解されている︒ドイツの学説︑
判例も今日では自己契約の禁止の趣旨が利益相反取引における契約の相手方の保護規定であると解すことに異論のな
それでは︑右の観点からみて︑受取人自らが振込依頼人の代理人となって振込委託をするのは自己契約といえるだ
ろうか︒振込は︑支払取引であり︑
なった契約︵対価関係︶
いのではないかとも考えられ︑ いところである︒
それはすでに成立した債務の履行にすぎないのではないか︑また︑振込の原因と
においては当事者問に利益相反があっても︑振込の手段的性質からして︑振込にはそれがな
そうなれば︑この場合は︑自己契約に該当しないことになろう︒この問題は︑会社・
取締役間の手形行為が商法二六五条︵自己取引の禁止︶の取引に該当するかどうかという議論と共通する部分がある︒
手形行為は︑取引の手段的行為であるから︑それ自体は会社・取締役間の利害の対立を生ぜしめることはなく︑二五
( 1 3 )
六条の取引にあたらないという説もかっては有力であったが︑現在では︑手形行為により新たな手形上の債務が発生
し︑しかも手形債務者は抗弁の切断や挙証責任の転換等の点で厳格な責任を負うので︑会社・取締役に利害の対立が
生じ︑これが二五六条の取引に該当すると一般に解されている︵もっとも︑善意の第三者の保護との関係で︑本条違
( 1 4 )
反の効果をどう解するかについては意見が分れる︶︒判例も同様である︒
1 0
振込委託は︑これによって手形行為のような厳格な原因契約とは別個独立の債務が生ずるわけではないので︑受取
人が振込依頼人を代理しても直ちに振込人の利益が害されるということにないようにもみえるが︑振込委託の原因と
なった債務に抗弁権が付着していた場合には︑そうもいえない︒民法一〇八条但書には︑﹁債務ノ履行二付テハ此限二
在ラズ﹂とあるが︑債務の履行であっても︑本人に害を与えるような新たな利益の変動を生ずる場合︑たとえばその
存在や範囲に争いがあるとか期限の到来しないもしくは抗弁権の付着している債務の履行の場合には︑右但書の適用
( 1 5 )
がないと解されるからである︒以上のことを考慮すれば︑受取人が振込人を代理して振込委託をすることがはたして
( 1 6 )
自己契約といえるのかどうかは微妙な点がある︒ドイツでも肯定説と否定説に分れているが︑
八条がほんらい予定する取引類型でなく︑実際上もその必要がある場合を考慮して︑
ところで︑以上は︑代理権が有効に存続していることを前提とした議論であったが︑原因債務が不成立もしくは抗
︵特殊な場合として︑有効になされた振込委託の内容を無権限で変更することも 弁付であるにもかかわらず︑受取人が振込依頼人を代理して振込委託する場合は︑現実にはすでに与えられていた代理権が消滅もしくはその範囲をオーバーしているなどのように︑これに対応する代理権が欠訣している場合とか︑振
込委託書自体を偽造する場合が多い
ある︵変造︶︒たとえば︑銀行の担当職員が勝手に︑振込金額を変更するような場合である︶︒最近のドイツの判例で
これに該当する事例として︑次のようなものがある︒すなわち︑﹁原告
X
は ︑
Y
銀行に振替口座有していた︒Y
銀行
は
一九七八年始めから一九七九年の間に一
0
回にわたって原告からの委託により原告の離婚した妻に振込を執行した︒ところが︑この委託は︑離婚した妻が夫名義で自己の口座あてに行なったものであった︒そこで︑
X
は偽造署名を見( 1 7 )
抜けなかったのは︑
Y
銀行の過失であるとして︑Y
に損害賠償請求した﹂という事例である︒本件では︑振込依頼人と受託銀行の間で争いになったが︑振込委託に偽造︑無権代理があった場合には︑有効な振込委託にもとづかないで 一応否定説に賛成しておく︒ この場合は︑民法一〇
ただ
し︑
ところで︑振込委託の無権代理の場合には︑約款との関係を見ておかなければならない︒西ドイツ銀行普通取引約
款第一条一項は︑﹁①銀行に届け出られた代理権または処分権は︑書面による撤回がなされるまでその効力を有する︒
その変更につき銀行が重大な過失により知らなかった場合はこの限りでない︒⁝⁝﹂と定め︑また︑わが国
の当座勘定規定第一五条一項︑二項も︑﹁①小切手︑手形︑小切手用紙︑約束手形用紙を失った場合︑または氏名︑代
理人︑住所︑電話番号その他届出事項に変更があった場合には︑直ちに書面によって当店に届出てください︒②前項
︵銀行取引約定書第一一条も︑右のの届出前に生じた損害については当行は責任を負いません︒⁝⁝﹂と定めている
第一項に相当する条項があるが︑第二項に相当するものはない︶︒
以上の条項によれば︑銀行に届出された代理権については︑真実は代理権がなくとも︑書面によって撤回されるま
では︑有効なものとして取扱ってよく︑ただ︑ドイツの場合だと︑銀行に代理権の喪失の不知につき重大な過失があ
( 1 8 )
れば︑約款が適用されないことになる︒もともと銀行は︑代理権消滅後の表見代理の規定︵民︱︱二条︶の要件を満
さらに︑これは︑無権代理ではないが︑代理︵代表︶権の濫用の問題も生じうるので︑ここで少しふれておく︒代
理権濫用というのは︑ほんらい代理権を有する者が権限内の代理権を行使するにあたり︑もっぱら自己のまたは第三
者の利益のために行なう場合をいうのであって︑振込取引においても考えられることである︒この点については︑周
知のようにすでに多くの議論がなされており︑ここで深く立人る必要はないが︑ るかに有利にかつ画一的に処理できるようになっている︒ たせば︑責任を追及されるおそれはないのであるが︑ と
なる
︒
入金記帳がなされたわけであるから︑まさに過誤記帳の概念に含まれ︑入金記帳によって生ずる不都合の清算が問題
これらの約款の条項により︑届出られた代理権については︑
は
わが国では︑民法九三但書の類推適
それでは、振込取引における無効•取消事由はどのようなものが考えられるか。たしかに振込委託は定型的取引で
ありかつ︑一方当事者は銀行であるので︑通常の法律行為と同様に考えることはできない︒現に︑ドイツの一部の学
( 2 0 )
説には、振込委託の場合には、瑕疵ある異思表示を理由とする顧客の無効•取消の主張を認めないものもある。しか 誤記帳の概念に含まれる︒ 振込委託契約をすると同時に具体的な指図
1
1W
ei su ng
すると解される︶︑民法の意思表示の瑕疵に関する規定の適用
を受ける︒したがって︑そこに定める無効•取消事由があれば、当初よりまたは取消によって遡及的に振込委託の効
力がなくなり︑結果として︑これにもとづいてなされた入金記帳は︑有効な振込委託の裏付けのないものとして︑過 前述のごとく︑振込委託も意思表示であって
︵わが国の通常の振込では︑
R振込委託の無効︑取消と組戻し
一見
して
用説
︵判
例︶
と権限濫用説が有力である︒銀行は︑
ことに九三条但書類推説によれば︑代 正規の代理人の振込委託であれば︑
ないのであるが︑具体的事情によっては︑
る︒このように︑銀行が右の点につき︑悪意または重過失があった場合には︑理論構成はともかく︑銀行は︑有効な
( i n e r s i c h t l i c h )
権限濫用を疑わせる事実の存する場合もありう
代理行為としての法律効果を本人には主張できないことになると思われるが︑ その目的まで詮索する必要が
理行為自体が無効となるので︑これにもとづいてした銀行の入金記帳は︑有効な振込委託の裏付けのないものとなり︑
過誤記帳の概念に入るおそれがでてくる︒結局は︑振込取引における受取人が︑振込委託の有効性を信じて新たに利
害関係を持つにいたった者であるかどうか︑右の入金記帳を過誤記帳の概念に含めることによって︑振込の現金によ
らない支払取引としての機能がそこなわれないかを考慮しなければならないが︑ここでは︑これに含まれないものと
( 1 9 )
解しておく︒
ドイツのような振替基本契約を結ばず︑
し︑通説は︑右のような例外を認めない︒もっとも︑取消すといっても︑直接の受託銀行に対する振込委託だけであ
って︑たとえば他行間振込における仕向銀行の被仕向銀行に対する委託はその対象にならない︒右の無効・取消事由
には︑心裡留保︵民九三条︶︑虚偽表示︵民九四条︶︑錯誤︵民九五条︶︑詐欺・強迫︵民九六条︶があげられる︒それ
これについてはすでに述べたので︑ここでは検討しない︒に加えて︑無能力による取消があるが︑
右のように、無効•取消事由は色々にあるが、検討に値するのは、詐欺・強迫と錯誤ぐらいであろう。ここで、詐
欺・強迫というのは︑受託銀行がすることを念頭に置いているのでなく︑第三者が振込委託者を詐欺・強迫して特定
の口座に振込ませる場合を考えている︒第三者詐欺の場合には︑振込委託者は︑銀行がこの点につき悪意の場合のみ
取消すことができるに対して︑強迫の場合には︑民法解釈上銀行の善意︑悪意に関係なく取消すことができるであろ
う︵民九六条二項︶︒また︑錯誤として考えられるのは︑振込委託しなくてもよいのにうっかりしたとか︑振込委託の
内容につき思い違いをする場合などであるが︑法律上錯誤として無効になるのは︑すべての錯誤でなく︑
する
のは
︑
ところで︑以上述べてきたことは︑ 素の錯誤である︒振込委託の場合に何が要素の錯誤かの判断は必ずしも容易ではないが︑ドイツでは︑金額の書き間違いとか受取人名の書き間違いをあげている︒これに対して︑振込依頼人が債務がないのにあると勘ちがいして委託
( 2 1 )
いわゆる動機の錯誤であって︑無効の主張はできないというが問題は残る︒
いずれも︑振込委託した時点ですでに瑕疵があった場合であるが︑振込依頼人
が一たんは瑕疵のない有効な委託をしたが︑
﹁組
戻し
﹂と
呼ん
でお
り︑
その後たとえば原因契約の解除等により︑振込する必要がなくなったと
か︑抗弁事由が生じたため︑これを将来に向って効力を失わしめる場合がある︒わが国の銀行実務用語では︑これを
にもかかわらず銀行がこの撤回を見落として受取人の口座に入金記帳した場合にやはり有効
な振込委託の裏付けのないものとして︑過誤記帳の問題が生ずる︒
一 四
いわゆる要
振込委託は︑委任契約︵正確には準委任契約︶を含んでいる︒委任は︑当事者双方の人的信頼関係を基礎にする契
約であるから︑この信頼関係が崩れた場合には︑委任を継続するのは無意味であるので︑当事者はいつでも理由を示
さずに解除することができ︑原則としてこれによる損害賠償の義務もない
可能であるかぎり︑
でいる︒前述のごとく︑ 受任者は︑善良な管理者の注意をもって委任者の指図
( e
i s
u n
g )
にしたがわなければならず︑したがって︑それが
いつでも反対指図
( G
e g
e n
w e
i s
u n
g )
することができ︑ドイツではこれを撤回
( W
i d
e r
r u
f )
と呼ん
ドイツの振替︵振込︶取引は︑振替口座
( G
i r
o k
o n
t o
)
を開設すると自動的に基本契約たる振
とこ
ろで
︑
替契約が締結され︑個々の振替委託はこれにもとづく指図と解しているので︵通説︶︑いったんなされた個々の振替の
( 2 2 )
効力を失わしめるためには︑振替契約を解約しなくとも︑右の指図を撤回すれば足りるわけである︒
わが国の銀行実務用語の﹁組戻し﹂の概念定義によれば︑﹁組戻し﹂とは︑一度取り組んだ為替取引︵振
込取引︶を依頼人が何らかの事情により︑その必要がなくなり︑︵仕向︶銀行に対して︑その取消を申し出ることをい
い︑それが依頼人からの申出によるものである点にその特徴があるとされる︒そして︑この﹁組戻し﹂の法的性格は︑
依頼人と︵仕向︶銀行の間の振込契約の法的性質が一般に委任契約と解されていることから︑委任契約の解除たる性
( 2 3 )
格を有すると説かれている︒しかし︑理論的にいえば︑取消と解除は異なる概念であるから︑振込取引の﹁取消﹂の
法的性質が委任契約の﹁解除﹂であるとの表現は正しくないであろう︒小切手法三二条は︑支払委託の取消について
定めているが︑これは基本契約たる当座勘定取引契約にもとづいて振出された個々の小切手につき︑その支払委託の
意思表示を取消すことをいうのであって︑当座勘定契約自体を取消すのではない︒これと同じ理屈が振込委託の取消
の場合もあてはまるが︑わが国の振込取引は︑通常委任契約たる振込委託契約とこれにもとづく具体的指図を同時に
行なうので︑小切手の支払委託の取消の場合のように︑両者に分けて考える実益がない︒委任契約が解除されれば︑
︵民
六五
一条
︶︒
一 五
完了すると考えており︑したがって︑これ以前は︑
当然それにもとづく指図も効力を失うからである︒したがって︑﹁組戻し﹂の定義としては︑端的に︑振込委託契約を 解除することであるといえばよいのではなかろうか︒なお︑ここにいう取消︑解除はいずれも遡及効がないので
一般の取消と異なり︑原則としていつでもかつ理由を示さず行なうことができ いつまででもできるというものではない︒その執行が終ればもはやこれを一方的に元に戻すことは不 可能だからである︒それでは︑振込取引の場合は︑それはいつなのか︒これは︑同一銀行の内部で処理できる自店内 振込および本支店間振込と他行間振込に分けて考えねばならない︒前者の場合は︑受取人の口座に入金記帳すること により︑銀行の必要な手続を終えたのであって︑これ以後はもはや組戻しができないことにつきドイツの判例︑学説
( 2 4 )
上異論を見ない︒しかし︑後者については争いがある︒仕向銀行は︑被仕向銀行に当該振込手続の執行を委託して︑
被仕向銀行の口座に当該金額を入金記帳すれば︑
人の口座に入金したかどうかの点についてまで支配は及ばないことを考慮に入れ︑被仕向銀行を受取人の受領代理人 ( E m p f a n g s b e a u f t r a g t e
) とみることができれば︑被仕向銀行の口座に入金記帳した段階で組戻しはできなくなるであ
( 2 5 )
ろう︒たしかに︑
これに対して︑ どうな組戻し手続をしなくてすむ実益はある︒ るのであるが︑ さて︑以上みたように︑組戻しは︑ 六五二条︶︑撤回︑解約と表現する方がよい︒
なすべきことはすべてしたのであり︑被仕向銀行がさらに振込受取
このように解すれば︑仕向銀行としては︑より早く振込の受仕者としての義務から開放され︑
ドイツの通説は︑他行間振込にあっても︑受取人の口座に入金記帳されて始めて振込委託の執行が
いつでも撤回が可能としている︒カナリスは︑その理由として振 込依頼人は︑受取人の口座に入金記帳されるまでは︑振込取引より生ずるリスクを負担していること︑受取人の口座
( 2 6 )
に入金記板することによって始めて履行の効力が生ずることをあげている︒被仕向銀行は︑独立の営業主体として活
一 六
めん ︵ 民
記帳されている間はなお振込委託の撤回が可能なわけである︒
さらに︑も一っこれが例外に入るかどうかで︑実際上も大きな影響を与えるものとして︑
自動的入金記帳の効力をどうみるかとの関係でドイツで議論になっているものがある︒つまり︑受取人への入金記帳
によって﹁確定的﹂に債権が発生するという法理論は︑振替取引が手作業によって処理された時代に形成されたもの
で︑今日のようにコンピュータ化された時代には合わないのではないかという疑問から出発する︒ドイツの﹁自店内
コンピュータ処理の場合︑一定金額︵五
O O D M )
までは︑振替委託のための実質的要件ことに委託者
の口座に必要な資金の有無を確認せずに︑直ちに入金処理されるといわれるが︑このような場合の入金記帳は暫定的
なものであって︑これによって受取人は債権を取得しえないのではないか︑ 振
替﹂
では
︑
記帳しても︑債権は発生せず︑
そし
て︑
さらにこのことは︑
タ処理による他行間振替を含めた一般的な入金記帳にもいえるのではないか︑とすれば︑銀行が受取人に対して債務
を負担するには︑入金記帳に加えて一定の債務負担の意思表示とみられる行為が必要なのではないかという疑問であ コンピュータ処理による 一定の支払義務負担手続をとって始めて発生するとされているので︑
一 七 この口座に入金 このような口座に入金 被仕向銀行が受取人の預金口座へすでに入金記帳済みである場合には︑振込は完了しているので︑ 動しており︑受取人の受領代理人とみるのは無理と考えられるので︑右の通説が正しいと解する︒わが国の実務家も︑
( 2 7 )
ては︑被仕向銀行と受取人の承諾を要すとしているので︑同様に解しているものと思う︒
ところで︑以上述べたことに対しては例外がある︒ その組戻しについ
︱つは仮勘定口座
( C o n t o p r o d i v e r s e 1
1
C
pD )
である︒これ
はわが国の別段預金に相当するものと思われるが︑別段預金とは︑預金︑貸付︑為替︑証券および保管等の諸取引に
付随して発生する未決済の一時的な保管金であり︑他の預金科目では処理できないもの︑または他の科目で処理する
( 2 8 )
ことが不適当なものを受入れた場合に︑便宜上処理しておく勘定科目とされる︒ドイツでは︑
コンピュー
な考
えは
︑
いつ預金債権が成立するのか︑
した
がっ
て︑
る︒もしそうならば︑受取人の口座に入金記帳されてもなお振込委託者は︑組戻し請求できることになる︒右のよう
( 2 9 )
︵3 0 )
ドイツでも少数説であり︑わが国でもほとんど議論の対象になっていない︒
しかし︑振込取引の多くの部分がコンピュータ処理されているわが国の実情からして︑重要な問題であり︑
全銀システムによる先日付振込の場合には︑具体的な問題を提示する︒すなわち︑わが国の銀行実務では︑
に振込手続が集中するのを避け︑事務手続の平準化をはかるために︑振込指定日より以前に︑あらかじめ受取人のロ
座に入金記帳しておくことがある︒これを先日付振込というが︑周知のごとく現在の振込事務は︑全銀システムによ
って行なわれており︑いったん振込が交換センターのコンピューターに打ち込まれると︑途中で組戻依頼があっても︑
入金記帳を阻止するのが困難な場合がある︒このような場合には︑入金記帳があっても︑それは暫定的なもので︑
つでも振込依頼人は組戻し要求できるということがいえれば︑銀行にとっては好都合だからである︒昭和五五年九月
三
0
日の大阪地裁の判決は︑まさにこれに関する最初の判決であり︑全く介在していないことになり︑
理論上いいにくいことになろう︒
3
件の振込の内の2件の振込については入金記帳は阻止できなかったものの︑振込指定日以前に組戻要求していたので︑結論的には受取人が預金債権を取得しえな
( 3 1 )
いことで異論は出なかった︒
たしかに︑全銀システムを通じて行なう振込の場合には︑仕向銀行が振込手続をとり︑コンピューターに打込むと︑
自動的に被仕向銀行の受取人の口座に入金記帳されてしまうのであれば︑入金記帳の段階では︑被仕向銀行の意思は
これをもって︑預金債権の成立の根拠となるべき被仕向銀行の法律行為であるとは
したがって︑このような入金記帳は︑単なる報告にすぎず︑法的には効力のないも
のとなるので︑組戻しも当然許されることになる︒
しか
し︑
それ
では
︑
いつ対価関係上の債務が消滅するのか︑ことに︑被仕向銀行が受取入の口座に入金記帳した後破産した場合︑そのリ
一 八
し)
一定
の日
ことに
スクは誰が負担すべきか︑
現金によらない支払取引としての機能と調和するかどうか等︑多くの困難な問題となる︒銀行は︑振込委託にもとづ
いて入金記帳するわけであるが︑受取人との関係でこれによって預金債務を負担するのは︑受取人との契約にもとづ
いている︵当座勘定規定三条︑四条︑普通預金規定二条︶︒この契約の法的性質はともかく︑銀行としては︑契約自由
の原則より︑右の場合に備えることは可能であろう︒しかしながら︑
能を全うするため︑
なく
とも
︑
また︑受取人がいつから預金の引出ができるかとからんで︑
一 九
そもそも右の議論は︑振込の
一方振込が現金によらない支払取引としての機
また受取人の入金記帳一般に対する信頼を考えれば︑銀行内部の事務上の都合で︑入金記帳の効
力に制限を加えることの当否は大いに問題がある︒なお︑
( 3 2 )
ものでも多い︒
ドイツでは︑組戻しに関して争いになった事例は︑最近の
②銀行の振込委託に対する違反
振込委託は︑受託銀行による正規の執行によって目的が達成されるのであるから︑振込委託自体には何らの瑕疵が
その執行過程に過誤が生ずることはありうるし︑実際上もこのような事例の判例をよくみかける︒このよ
うに︑振込委託が有効になされたにもかかわらず︑銀行の責に帰すべき事由により︑委託の内容に反して入金記帳が
なされた場合は︑結果としてこの入金記帳は︑有効な振込委託の裏付けのないものとなるから︑やはり過誤記帳であ
る︒この場合の過誤記帳の原因の典型的なものは︑銀行の記帳ミスである︒記帳ミスは︑銀行の担当行員の読み間違
コンピュータの操作ミスなどのような人為的事由によるものと︑
い︑書き間違い︑
術的事由によるものがある︒
その他にも︑単純な記帳ミスともいいがたいものとして︑すでに執行した委託を誤って重複して行う場合︵二重記
帳︶︑条件付でなされた委託であるのに︑その成就前に誤って執行する場合︑受入れた委託を内部で伝達する際に誤っ コンピュータ自体故障のような技
た場合︑振込依頼書の記載が読みにくいため︑
( 3 3 )
など
があ
る︒
振込依頼と受取人の関係︵対価関係︶ ︵たとえば︑文字のぼやけ︶︑異なった内容の委託として執行する場合
における瑕疵
3
上述したところは︑振込委託されて入金記帳がなされる間に生ずる各種の瑕疵であったが︑振込取引においては︑
さらに︑振込依頼人と受取人の関係︵対価関係︶においても︑瑕疵が生じうる︒典型的には︑振込依頼人が受取人に
債務を負担していると思ってその委託をしたところ︑当該債務が︑当初から成立していなかったとか︑当初は成立し
ていたがその後消滅した場合であって︑このような場合にはそもそも振込む必要はなかったのである︒
このような場合において︑にもかかわらず入金記蜆されたとき︑これをもって過誤記帳といえるであろ
うか︒受取人としては︑債権を有していないのであるから︒このような入金記帳をあてにすべきでなく︑銀行によっ
とすれば︑当該入金記帳を過誤記帳の概念に入て適当に措置されても文句いえる立場にないといえるかも知れない︒
れてもよいかも知れない︒しかし︑外形上の債務の支払のためとはいえ︑振込委託自体には全く瑕疵がないのであり︑
また︑この場合の入金記帳も過誤記帳であるということになれば︑銀行としては場合により後述のように一定の措置
をとらなければならなくなり︑結果として︑銀行は︑有効な振込委託があっても︑対価関係に注意を払わなければな
らなくなるが︑これでは︑迅速な振込取引はとうてい期待できなく︑
機能が発揮できなくなるであろう︒したがって︑この場合の入金記帳は過誤記帳といえず︑受取入の銀行に対する預
金債権は何らの影響を受けず︑ ひいては振込の現金によらない支払取引として
その結果生ずる不都合は︑振込依頼人と受取人の間で清算されるべきことになる︒し
かし︑このことは︑銀行が対価関係を全く無視してよいということを意味するのでない︒銀行は︑自己の顧客による
振込委託が支払の合目的性があるかどうかを調査し︑顧客が財産上の不利益を受けることから守るべき一般的義務を
それ
では
︑
二
0
なる
が︑
ここでは両者の責任関係に焦点を当てて考える︒ 負わないが︑特別な場合︑たとえば︑受取人または被仕向銀行の破産のように︑振込手続の執行によって自己の顧客
たる振込依頼人が不利益を受けることが明らかであることを知っていることは︑受託銀行は︑依頼人にその執行に先
( 3 4 )
立ち︑問合わせる義務があると解される︒
振込依頼人の費用償還義務 `ー︑
一
9ー し
①振込委託の偽造と費用償還義務
以上述べた意味において︑銀行の入金記帳が過誤記帳であった場合に︑振込依頼人と銀行の法律関係がまず問題に
振込取引においては︑銀行は︑振込依頼人の委託と指図
( W e i s u n g
)
にもとづいて行動しているのであり︑その法的( 3 5 )
性質は委任︵民六四三条︶と解するのが通説であり︑私もこれに異を唱えるものではない︒したがって︑銀行が振込
事務を執行するに際して︑必要な費用を支出したときには︑依頼人にその費用の賠償請求権を取得する︵民六五
0
BG
六七B
0
条︶︒しかし︑銀行実務においては︑銀行が委託を執行してからつまり受取人の口座へ入金記帳してからでなく︑委託を受けると同時にその請求をしている︒これは︑法的には︑受任者の費用前払請求権の行使︵民六四九
( 3 6 )
条 ︑
BG
六六九︶とみてよい︒その請求の手続として︑わが国では一応預金の払戻請求の手続をとっているが︑B
過誤記帳における振込依頼人と銀行の責任
い
れ電話による振込依頼とかカードを利用した振込が行なわれるようになると︑直接依頼人の口座から振込金額が引落
されることになろう︒この場合の法的性質は︑銀行の費用前払請求権を自動債権とし︑振込依頼人の預金債権を受働
( 3 7 )
BGB
三八七条︶であると解するのがドイツの通説であるが︑わが国の解釈上も同債権とする相殺︵民五
0
五条
一項
︑
様に考えてよいであろう︒
ところで︑右に述べた銀行の請求権が認められるのは︑振込依頼人の有効な委託を正規に執行したことを前提とす
るのであって︑委託が無効でしたがってその執行が依頼人の意思の裏づけのない過誤記帳の場合には︑銀行の請求権
は根
拠を
欠き
︑
それによるリスクは原則として銀行が負担すべきことになる︒ここまではほぽ異論がないであろう︒
それでは︑振込委託の偽造の場合はどうか︒銀行がこれにつき過失なく善意で委託を執行したときには︑特約がなく
とも銀行に民法にいう費用償還請求権を認めるべきではないのかという議論がなされることがある︒すなわち︑ドイ
ツ民法六七
0
条とわが民法六五0
条とは少し違うのであるが︑ドイツ民法の解釈として︑委託者は︑受託者が委託の執行につき蒙った損害を賠償しなければならないこと︑委託の無効原因がもっぱら委託者側にある場合には︑領域説
( S
p h
a r
e n
t h
e o
r i
e )
ないし権利外観理論
( R
e c
h t
s s
c h
e i
n t
h e
o r
i e
)
の助けを借りて︑何とか銀行に費用償還請求権が認め
られないかとする議論も可能かも知れない︒しかし︑受任者の費用償還請求権であれ損害賠償請求権であれ︑委託関
係があっての話であるから︑右の議論は無理であろう︒
ックできる立場にあり︑ カナリスもいうように︑銀行は︑顧客よりも偽造署名をチェ
( 3 8 )
それによる損害を保険によって容易にカバーしうるのであるから︑当事者のいずれにも帰責
事由のないかぎり︑銀行が偽造による過誤記帳のリスクを負担すべきとするのが公平である︒
②過誤記帳における事務管理の成否
それでは︑有効な振込委託の裏付のないにもかかわらず︑銀行が振込を執行した場合には︑
償還請求権が認められないであろうか︒これについては︑ およそ︑銀行には費用
まず事務管理が考えられる︵民六九七条︶︒この場合に事務
管理が成立すれば︑管理者たる銀行は︑本人のために有益な費用を支出したものとして︑本人にその償還を請求でき
るからである︵有益費償還請求権
1
1民
七
0
二条
︶︒
では
︑
か︒振込事務は︑銀行の営業活動であるが︑ どのような要件を満たせば︑事務管理が成立するのであろう
それは︑実質的には振込依頼人の支払取引を仲介するにすぎないのであ
るから︑銀行には︑他人のためにする意思つまり他人に事実上の利益を帰せしめようとする意思があるといえよう︒
銀行は︑振込依頼人の指図通りに執行し︑指図なくしては行為しないのであって︑本人たる振込依頼人の意思に従属
しているのである︒そして︑受取人の口座への入金記帳は︑実質的には︑他人の債務の弁済であるから︑事務管理の
成立要件である﹁他人のためにする意思をもって︑他人の事務を管理﹂したことになるであろう︒
それでは︑﹁法律上の義務がないこと﹂の要件はどうであろうか︒事務管理者が法律の規定︑たとえば委任︑請負の
規定によって︑本人に対してその事務を管理すべき義務を負うときは︑管理人と本人との間の法律関係は︑当該義務
発生の基礎たる法律関係によって決定され︑事務管理の成立の余地はないが︑
えて事務を処理したときは︑
ところで︑この場合に事務管理が成立するためには︑
あっ
ても
︑
その義務がある場合でもその範囲を越
その部分について事務管理が成立し︑また︑義務の原因たる契約が後になって取消され
( 3 9 )
たときとか︑義務がないのに義務があると誤信して事務を処理した場合でも事務管理が成立するとされる︒とすれば︑
振込取引における過誤記帳の場合には︑銀行が有効な振込委託があると誤信して振込事務を執行するのであるから︑
( 4 0 )
右の要件を満たすと考えてよいのではなかろうか︒
さらにそれが︑名義上の振込依頼人の利益になりかつその意
思に反してないことが必要である︒前述した要件が過誤記帳について一般的に判断すべきものであったが︑この﹁利
益および意思﹂の有無の問題は︑個別的具体的に判断すべき性質のものである︒そこで︑まずは︑過誤記帳の場合で
それが当該事情の下で﹁客観的に必要﹂であることが前提となる︒つまり︑名義上の振込依頼者が受取人
三
に対して現実に債務を負っておりかつそれが弁済期になければならない︒そして︑この者が現実に利益を受けたとき
は︑自己の有効な委託がないにもかかわらずなされた入金記帳が債務の弁済としての効力を有し︑
に対する債務が消滅したことを意味する︒それでは︑振込における過誤記帳がはたして﹁弁済﹂となりうるであろう
( 4 1 )
か︒ドイツの学説は︑場合によりこれを認めるが︑結局は︑名義上の振込依頼人の意思とのからみで考えねばならない︒
弁済とは︑債務の内容たる給付を実現する債務者その他の者︵第三者︶
弁済の法的性質は︑ その法的性質には︑
大きく分けて︑弁済には弁済意思︑すなわち︑債務の消滅に向けられた効果意思を必要とする法律行為説と︑債務の
弁済としては︑単に客観的に債務の内容に適合した給付があれば足り︑弁済意思を必要としないとする非法律行為説
に分かれるが︑通説は︑弁済によって債務が消滅するのは︑債務の内容に適合した給付によって債権者が満足し︑債
( 4 2 )
権の目的が達せられたからであって︑弁済者の弁済意思の効果によるものでないとして︑後説をとっている︒
( 4 3 )
ドイツでも色々議論されており︑過誤記帳に関しても論ぜられているが︑ここでは︑これに深
入りする必要はない︒もともと︑事務管理の規定は︑他人の善意に報いるためのものであるが︑
でも保護してはいないし︑第三者の弁済に関する規定にもあるように︑法律上利害関係のない者は︑本人の意思に反
して弁済できないとして︑利益といえども押しつけはできないのが原則である︒
意思に反した受取人口座への入金記帳は︑これをもって対価関係上弁済とみることはできない︒それでは︑
な場合がその意思に返した入金記帳といえるのか︑
ないものだから︑
であ
るが
︑
の行為であるとされ︑ したがって受取人
したがって︑名義上の振込依頼人の
その際︑事務管理の成否によって生ずる当事者の利害
得失を考慮して決めなければならないであろう︒厳格にいえば︑過誤記帳の場合には︑振込依頼人の意思にもとづか
それはすべてその意思に反するものであるといえなくもない︒しかし︑場合によっては︑過誤記帳
であっても︑これを有効な弁済とみ︑対価関係上の債務を消滅させるべき客観的利益があり︑ どのよう
かつ名義上の振込依頼 いらぬおせっかいま
二四
人の意思に反しない場合もあるので︑このような場合にまで事務管理の成立を否定する必要はない︒これを具体的に
みれば︑名義上の振込依頼人の債務に抗弁が付着している場合︵たとえば︑同時履行の抗弁権︶︑すでにその債務の消
滅時効が完成している場合︑名義上の振込依頼人が反対給付物につき瑕疵担保責任を追及する意思があった場合︑受
取人に反対債権を有しておりこれが相殺適状にある場合には︑事務管理を認めると︑結果的に債務者たる名義上の振
あろ
うし
︑
この者の利益が無視されるので︑
二五
その意思に反するものと推定されるで
また振込依頼人が一たん有効に振込委託したが後にこれを適時に︵入金記帳前に︶撤回︵組戻請求︶した
にもかかわらず︑銀行がこれを看過して入金記帳した場合には︑振入依頼人の意思が明白であるので︑
( 4 4 )
理は成立しない︒ やはり事務管
右のような事情と同様に評価できる場合も同じく考えればよいが︑現実問題として振込の目的である金銭債務の支
払の場合には︑このような事例は多くないであろう︒そこで︑わが国では︑﹁本人の意思に反しない﹂という事務管理
の成立要件については︑第三者の弁済が本人の意思に反するのは特別な事情の存する場合であるとして︑判例は︑第
三者が債務者に代って弁済する場合には︑反証のないかぎり︑債務者の意思に反しないものと認定するのが相当であ
( 4 5 )
ると
いう
︒
それでは︑以上の事務管理の要件が満たされないと︑銀行は︑顧客からの組戻要求に応じなければならないであろ
うか︒しかし︑直ちにはそうならない︒というのは︑事務管理の要件を満たさなくとも︑銀行は︑不当利得の成立要
件を満たすことが考えられるからである︒もともと両者は︑併存しうるのであるが︑前者の方が成立要件が厳格であ
るため︑前者が成立しなくとも後者は成立しうるからである︒もっとも︑両者の償還請求の範囲は同一でない︒後者
の方が銀行にとっては不利である︒というのは︑事務管理にもとづく有益費償還請求の範囲は︑事務管理時つまり弁 込依頼人は支払を強制されたことになって︑
ある
︒
いったん有効 これを元にもどす義務が生ずる︒それでは︑この義務はどのような法的性質を有するか︒
︵民
六四
九条
︶︒
しか
しな
がら
︑
に
)
済の時点を基準にして決められるのに対して︑不当利得返還請求の対象である﹁現存利益﹂の範囲は︑返還請求の時
点を基準にして決められるからである︒したがって︑たとえば︑銀行が誤って受取人の口座に入金記帳した後︑償還
請求するまでの間に存在していた名義上の振込依頼人の受取人に対する債務が︑解除によって消滅した場合には︑請
求時には利得がないので︑銀行の︑不当利得返還請求権は成立しえないことになるのに対し︑事務管理にもとづく有
( 4 6 )
益費償還請求権は︑弁済時に事務管理の要件を満たすかぎり︑成立すると解されるからである︒
銀行の原状回復義務の法的性質
すでに述べたごとく︑銀行実務上は︑振込依頼人の口座からの引落しは︑当該振込手続の執行前︑つまり受取人の
口座への入金記帳前に行なわれるが︑これは法的には委任事務処理費用の前払である
過誤記帳の場合には︑有効な振込委託がないのであるから︑銀行はいわば無権限で口座の引落しをしたことになり︑
まず考えられるのは︑民法六四六条一項の﹁受任者の金銭その他の物の引渡義務﹂である︒同項は︑﹁受任者は︑委
任事務を処理するに当りて受取りたる金銭其他の物を委任者に引渡すことを要す⁝⁝﹂と定めているが︑
委任における善管注意義務に由来する義務であって︑委任事務を処理するにあたって︑委任者または第三者から受け
取った物は︑委任事務処理のために使用すべきものであって︑実質的には委任者に属するから︑委任事務の処理上不
必要となれば︑返還すべきことにあるとされる︒銀行の原状回復義務の根拠として本条を適用するには二つ問題点が
︱つ
は︑
そもそも本条は︑有効な委託があったことを前提にしているのではないか︒
とす
れば
︑
その
趣旨
は︑
に与えられた振込委託が後に撤回された場合はともかく︑当初より有効な振込委託の存在しない振込の偽造などの場
二六