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雑誌名 神学研究

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著者 上田 直宏

雑誌名 神学研究

号 69

ページ 81‑99

発行年 2022‑03‑03

URL http://hdl.handle.net/10236/00030075

(2)

霊的形成についての一考察

上 田 直 宏

はじめに

20

世紀半ば以降、ローマ・カトリック教会における霊性の民主化とともにプロテ スタント教会においてもキリスト教の霊性の再評価がなされ、霊性への関心は一時的 な流行で過ぎ去ることなくむしろ広まっている。その背景には、社会的気運としてポ ストモダニズムの中で経験主義が志向され1、世俗化と個人主義化も相まって自己啓 発やニューエイジを含んだ、より広範なスピリチュアリティへの関心がある2。しか し、この現象を世俗社会に影響された長いムーヴメントであると軽視することはでき ない。一般社会だけでなく教会においても見られる霊性への関心の奥には、神とのよ り深い関係への真摯な渇望があるからである3

神学研究においてはニューエイジへと開かれていく際限ないリベラルな信仰ではな いかという疑念や、「スピリチュアリティ/霊性」といった語の馴染みのなさ、語義 の曖昧さから注意が払われつつも4、このテーマは受け止められ、より重要な位置を 占めるようになっている5。議論が蓄積されるにつれ、最近ではキリスト教霊性につ

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1 cf. Susanne Johnson, Christian Spiritual Formation in an Age of ‘Whatever,’ Review & Expositor 98, no.3

(August 2001):309-331.

2 cf.佐藤司郎. 今日の霊性−伝道を考えるための神学的考察−. 教会と神学 50(March 2010):97- 112.ポストモダニズムにおけるキリスト教霊性についての肯定的側面については次を参照せよ。San- dra M. Schneiders, The Study of Christian Spirituality : Contours and Dynamics of a Discipline, Studies in Spirituality8(1998):38-57.

3 たとえば『信徒の友』20196月号では「霊的体験をしよう」と題する特集が組まれており、シトー 会司祭トーマス・キーティングの提案する「集中する祈り(Centering Prayer)」や、イエズス会の伝統 のレクティオ・ディヴィナ、テゼ共同体の讃美等、いくつかの霊的実践がインカルチュレーションさ れたかたちで紹介されている。霊性についての関心は、西洋の一部の実践として留まることなく日本 の教会においても広まっていることが窺える。その他、中村佐知『魂をもてなす』15-17頁参照.

4 cf.宇田進,高木寛,and小渕春夫,現代に生きるキリスト者と「霊性」(いのちのことば社,1998). 50-51頁,98-99頁.

5 たとえば、1991年にアメリカ宗教学会(American Academy of Religion=AAR)からキリスト教霊性研 究会(The Society for the Study of Christian Spirituality=SSCS)が生まれ、以降AARの毎年の学会に おける一部会として認められている。その他にも霊性に関する学術雑誌は複数発行されるようになっ た(Spiritus; Journal of Spiritual Formation and Soul Care; Studies in Spirituality; Oneing, etc.)。cf.

Elizabeth A. Dreyer and Mark S. Burrows, eds.,Minding the Spirit : The Study of Christian Spirituality(Bal- timore, Md : Johns Hopkins Univ Press, 2005). xxii

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いて多様な中にも一定の共通理解がなされつつある。端的には「霊性とは三位一体の 神との全人的関わりとそのあり方」と言える6。この定義に見られるように、霊性は 本質的に神との関係に関わるものであるゆえに、純粋な学問的研究対!!とするだけで なく、それを生きることにも密接につながっている。よって霊的なあり方や、どのよ うに霊性が形成/変容されるのかという議論が伴うのは必然である。これが、昨今プ ロテスタント教会においても関心を持たれている霊的形成への関心と言えよう7。本

ホ ー ル ネ ス

論文では、この霊的形成に関するいくつかの研究を概観し、wholeness(全人性、全 体性)8の視点から考察することを目的とする。議論に先立っていくつかのキーワー ドを整理しておきたい。

キリスト教霊性

キリスト教霊性の概念は明らかに聖書に基づいており、ヘブライ語のルーアハ、ギ リシャ語のプネウマを語源とする。聖書は神・人・動物いずれにも「霊」を用い、そ のかぎりにおいて、霊は全実在に共通する根本的特質である9。この「霊」が最も当 てはまるのは、無限で自在の人格存在である生ける神であるが10、その神により、神 にかたどってつくられた人間もまた本質的に霊的である11。そのため、人間は様々な 側面の一つに霊的な側面を持つというよりもむしろ、本質的に霊的な存在であっ て12、様々な経験をする霊的存在というのが人間であると理解できる。イエスは、知 性か心かといった部分的な愛し方ではなくその霊的な自己全体(whole self)をもっ て神を愛することを説き13、全人的な愛にある関わりへと招いているのである。

では、人間の本質的性質である霊性をどのように理解しておくべきだろうか。数人 の霊性理解を紹介し、その特性を捉えることを試みる。アリスター・マクグラスは、

キリスト教霊性を「満たされた本物のキリスト者の存在となることを求めることであ

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6 上 田 直 宏, 現 代 の 霊 性 へ の 関 心 の 高 ま り と そ の 共 同 体 性 に つ い て の 一 考 察, 神 學 研 究 68

(2021):53-69.

7 神学教育においては主知的アプローチ偏重への反省から、霊性を含む全人的形成が提唱され、霊的形 成をカリキュラムに組み込む神学校が増している。cf. E. Glenn Hinson, Spiritual Formation of the Min- ister as a Person, Review & Expositor 70, no.1(1973):73-85.また、神学教育における霊的形成を扱っ た論文は北米を中心に増加傾向にあり、世界的に見られるようになっている。

8 オックスフォード英語辞典によると、wholenessは全体の、すべての、欠けや傷みのない状態、一体 となっている、そのものの内にすべてそろっている(完成、完結)しているもの、などの意味を持 つ。これらの意味を包含的に表現するため、本稿では基本的にwholenessとそのまま表現し、文脈に よって全人性/全人的、全体性/全体的と表現することとする。Oxford dictionary of English, Second Edition Revised @Oxford University Press 2005.

9 市川康則, 霊, 聖書神学事典(いのちのことば社,2010).665頁.

10 ヨハネ4 : 24;Ibid.

11 1コリント2 : 11-12.

12 cf.中村佐知,魂をもてなす−霊的同伴への招待(あめんどう,2021).17頁.

13 cf.マタイ22 : 37

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り、キリスト教の基本的な考え方と、キリスト教信仰の基礎と枠組みの中での人!!!!!!!!!とを統合させるものである(傍点筆者)」と定義し14、4つの特徴を挙げ る:神についてだけでなく、神を知ること;十全に神を体験すること;キリスト教信 仰を基盤にした信仰の変容;生活と思想におけるキリスト教的な真正を達成するこ と15

現代の霊性神学を牽引する神学校の一つであるカナダのリージェント・カレッジの 創立学長ジェームズ・フーストンに学んだ篠原明は主要な霊性研究を丁寧にまとめ紹 介している。たとえば同じくリージェントにてフーストンの後に霊性神学を教えた ユージーン・ピーターソンの語るキリスト教霊性の定義をつぎのように紹介してい る:「福音の全!!を生き抜くことである。すなわち、霊性はあなたの生活のすべての 要素−子ども、配偶者、仕事、天気、財産、人間関係−を含み、そのすべてを信仰の 行為として経験することである。神は私たちの生活のすべてのものを望んでおられる

(傍点筆者)」16。篠原自身は「神学と生活を統合し、全!!!!!!!!!!!!!で あり、分析ではなく、統合(インテグレーション)へと向かうもの、キリスト教信仰 の全体像を描き、それを生きること、聖霊によって福音を生き抜くことである(傍点 筆者)」と整理する17

あるいは、キリスト者である心理学者デイヴィッド・ベナーはキリスト教霊性が私 たちの自己全体と神との関係であることから、もし私たちの霊性から何か(体、無意 識、感情、知性、セクシュアリティ、その他私たちのいかなる部分であっても)が除 かれるとすればそれは既に自己をその部分とその他の部分とで解離させてしまうこと になる。キリスト教霊性は人をより全体的なものへと力づけ、導く聖霊にかかわるも のであると論ずる18

これらより、霊性は人間の生の全体を三位一体の神との関係において生きることへ と促し統合するものであると理解できる。また、霊性において

wholeness(全人性・

全体性)ということがキーワードであると推定される。

霊的形成

人間はキリスト者に限らずみな常に何かに向かっている存在である。これは、人間 がその生活のすべてにおいて、霊的にもなにがしかの方向へと形成されつつある存在

──────────────

14 マクグラスA. E.,キリスト教の霊性,trans.稲垣久和,岩田三枝子,and豊川慎(教文館,2006).

18頁.

15 Ibid. 21頁.

16 篠原明,「霊性の神学」とは何か:福音主義の霊性を求める対話(あめんどう,2019).26-27頁.

17 Ibid. 28頁.

18 David G Benner,Care of Souls : Revisioning Christian Nurture and Counsel(Grand Rapids, Mich. : Baker Books, 1998). p.108.

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であることを意味する。翻訳家であり霊的同伴者である中村佐知はこのことをわかり やすく述べている:「身体が食べ物や生活習慣によって形作られるように、人の内面 も、その人が取り入れるもの(見るもの、読むもの、聞くもの、考えること、行うこ となど)によって絶えず形造られ、独自の性質や品性を身につけてい」くのが人間で ある19。ただし、その形成されていく方向性が様々に異なる中で、キリスト者の霊的 形成は、聖書と信仰共同体の信仰に基づき、聖霊の働きによってキリストの似姿に変 えられていくこと20、と言えそうである。つまり、キリスト者の霊的形成は、whole-

ness

の他にも聖化や成長、完全(perfection)などにも関連すると考えられる。ただ し、霊的形成は霊性が形成されるプロセスを総じて指すため、概念としては聖化等を 包含したより大きなものと考えられる。本稿ではなかでも

wholeness(全人性・全体

性)から考察することによって見えてくるものについて注目しつつ、議論を進めてい きたい。なお、本稿では、キリスト者の文脈における霊的形成や霊的変容に焦点を絞 って進めることとする。

1.霊的形成の理解(理論的研究)−アリスター・マクグラス

霊性が抽象的な概念ではなく人間の生に全体的に関わるため、霊的形成を理解する には統合的なアプローチが必要であると考えられる。そのため、本章ではまず理論的 研究から霊的形成について理解を深めていく。

1-1.マクグラスの霊的形成理解

アリスター・マクグラス(1953-)は、英国オックスフォード大学の世界的に著名 な歴史神学の教授であるが、キリスト教霊性に関してもその専門性をもって優れた網 羅的研究を行っている。マクグラスは、キリスト教の霊性と神学との関係について、

知性か経験かというような緊張関係はここ

2

世紀ほどの間の誤りであり、本来どちら が優先されるというものではなく互いに資するものであると理解し、霊性にとっても 互いに関連させるその過程が中心的な重要性を持つと指摘する21。「霊性は神学的過 程から完全に演繹されるものではないし、経験から完全に推論できるものでもない」

からである22。ただし、霊性は行為についてであり、単に考えることや考察すること

──────────────

19 cf.中村,魂をもてなす.20頁.その他Howardを参照せよ。cf. Evan B. Howard,A Guide to Christian Spiritual Formation : How Scripture, Spirit, Community, and Mission Shape Our Souls(Grand Rapids, Michigan : Baker Academic, 2018). 10.

20 2コリント3 : 18.

21 マクグラス,キリスト教の霊性.27頁,50-51頁.

22 Ibid.

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だけではないことは繰り返して強調される23。そのため霊性について学ぶには、たと えば福音主義的霊性であれば聖書研究グループに、イエズス会的霊性であればその修 養施設に参加する等、その実践が肝要である。しかしながら、マクグラスは、福音主 義(福音派)の霊的実践モデルが欠如していることを認める。それは、福音主義がキ リスト教信仰における過去の遺産についての無知、人間的要因を軽視してきたことな どによる24。そのような状況にあって、マクグラスは理論的研究アプローチにつき具 体的な霊的形成についての提言は控えめであるが若干のモデルを提案している25

マクグラスはキリスト者を生み出すのが福音宣教であるのに対し、キリスト者を養 うものが霊性であると捉え26、霊的形成というよりも主に霊的成長という言葉を用い て議論を展開する。福音主義的霊的成長の特徴には

4

つを挙げている:聖書中心;神 を知る知識による自己変容;神の自己啓示に基盤を置く;そして霊的訓練の重視であ る。

1

の聖書中心は、福音派的霊性にとって根本的な特徴であるが、それだけで十分 とするのでなく、特定の読み方、つまり、聖書をとおして神が語りかけることを期待 した、信仰的読み方が求められる。謙遜にテクストについて思い巡らすことによっ て、読者は献身、崇敬、交わり、愛の絆を深めて神との関係を深めることができると 提言する。聖書本文の意味を熟考し、それを日常生活の状況に関連させることとも言 える。

2

は、神を知る知識が人を変える特質を持つことの強調である。マクグラスはジ ェームズ・フーストンの言葉を用いてキリストの経験が「頭のてっぺん」に限定され て「心の底に何もその実体がない」信仰のあり方を指摘し、ジェームズ・パッカーを 評価しつつ、神につ!!!知るだけでなく神を!知ることの重要性を訴える。私たちは神 についての

informational

な(情報を与える)知識だけでなく、formationalな(自ら を形作っていく)知識へと促されているのである27

3

に福音主義的霊性は神の自己啓示にこそ、堅固で信頼できる基盤を置くべきで あると主張し、霊性と神学が緊密に相互関連的な関わりを保つことの重要性が説かれ る。この関係によって、私たちの霊的な生活が「人間中心の宗教性の高まりに過ぎな いもの」に堕落するのを防ぐと同時に、神学が抽象的な思弁になってしまうとことを 防ぐと説明し、改めて神学と霊性・霊的生活の関係の相互的性質を主張する。

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23 Ibid.251頁.

24 マクグラスアリスター,キリスト教の将来と福音主義,trans.島田福安,新装版.(いのちのことば 社,2003).178-189頁.

25 Ibid. 190-195頁.

26 Ibid. 169頁.

27 Marjorie J. Thompson, Soul Feast : An Invitation to the Christian Spiritual Life, Newly Revised Edition.

(Louisville, Kentucky : Westminster John Knox Press, 2014). p.23.

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(7)

最後に、霊的訓練の重要性を主張する。過去しばしば「律法主義」と非難されてき た訓練であるが、マクグラスは現代の福音主義者がゆったりとした西欧文化に安易に 順応していることが霊的成熟を阻んでいると批判する28。この改善のためには、新約 聖書と福音主義の伝統の両方から遺産を再発見することが重要であり、それによって この世において教会に待ち受けている戦いのための備えられた訓練され有効な福音主 義が再び生まれうると提言する。

霊性へのこのような福音主義的アプローチは、人格の訓練、霊的形成、さらに自分 の霊的生活の質を深めようと努める者が必ず遭遇する種々の困難に取り組む道を開い ていくと、マクグラスはその可能性を提示する29。そして、この霊的成長のための祈 り、献身、個人的な訓練には、助けが必要であると付け加えている30

1.2.マクグラスの霊的形成と wholeness

の視点

マクグラスの提起する霊的形成のモデルには、際立って

Wholeness

という語が用 いられることはないが、第

2

の特徴における自己を変容させる神を知る知識はまさに 全人的なコミュニケーションを謳っている。パッカーを援用して提言する「神を知 る」とは、より全人的な関わりにおける「知る」だからである。このような意味にお いてマクグラスは全人的形成(whole person formation)を重視する。全人的に知るた めには、マクグラスが繰り返し強調する聖書的であり神学と相互関連的な霊性が求め られるのである。

マクグラスは全人的な知識・形成・変容を掲げるが、それはどのような全人性へ向 かうものだろうか。定義するキリスト教の霊性が「生活と思想におけるキリスト教的 な真正を達成すること31」であり、福音主義的霊的形成のモデルは「更に先へ進みた いと願う旅人に、目標となる重要な地点を示すこと32」であって、熱意が薄れた時に も前進を続けるためのものであることから33、主張する霊的形成には成長や達成、目 標に向かっての前進といった色合いが濃く、彼の示唆する

wholeness

は「全人的であ る/自己全体」というよりも完成(perfection)34というニュアンスが強いと考えられ

──────────────

28 ジョンソンはまさに「律法主義」に陥らない霊的訓練の理解を提言している:霊的訓練は、自己改善 計画でも、努力目標でも、達成されるべき一連の仕事でもない。それはむしろ、イスラエルを通して のイエス・キリストにおける「わたし達のため」の神の御業を受け入れる姿勢のとり方なのである。

cf.ジョンソンスザーン,スピリチュアル・フォーメイション,trans.梅田與四男(一麦出版 社,

2007).44頁.

29 マクグラス,キリスト教の霊性.176頁.

30 Ibid. 17頁.

31 Ibid. 21頁.

32 マクグラス,キリスト教の将来と福音主義.190頁.

33 Ibid. 183頁.

34 cf.ヘブライ12章.

― 86 ―

(8)

る。既に述べたように、マクグラスは神学と霊性の統合的なアプローチが重要であ り35、かつ霊性は行為に関わると理解するが、立脚する点が理論的研究であることの 必然か、敢えて言うならば上からのアプローチ(演繹的)であると言える。

ここで、立場の異なる対話者としてサンドラ・シュナイダーズを挙げたい。シュナ イ ダ ー ズ は 米 国 カ リ フ ォ ル ニ ア、神 学 大 学 院 連 合(Graduate Theological Union :

GTU)

36の一つ、イエズス会神学校(Jesuit School of Theology)で新約聖書学とキリ スト教霊性を専門として教鞭をとった。彼女は、アメリカ宗教学会(American Acad-

emy of Religion : AAR)から派生したキリスト教的霊性研究 会(Society of Study of Christian Spirituality : SSCS)の創始者でもあり、この分野の第一人者の一人とみなさ

れる。彼女もまたマクグラスと同様、霊性と神学との関わりをパートナーのようなも のであると指摘する37。その上で、シュナイダーズはポストモダニズムには建設的な 志向のものと破壊的なものとがあり、前者から生じた霊性への関心の高まりを評価し ており、霊性を「自らが知覚する究極の価値(神)に向かって自己超越することで人 生を統合するという目的に意識的に関わる生きた経験である」と定義する38。強調点 は下からの営み(帰納的)であるとするのが彼女の霊性理解である39。シュナイダー ズはこの帰納的アプローチにおいて自己実現や自己目的化しないことが同時に不可欠 であると指摘する。マクグラスはこの点に関して、霊性がなりふり構わない関心によ ってキリスト教信仰から逸れることのないようにと福音派的立場に立ち注意深く論じ ているのである。取り扱ったマクグラスの著書は、福音主義神学がポストモダニズム やポストリベラリズム、宗教多元主義といかに区別されそれらと有益に関わることが できるかという点にも留意したものであるため40、弁証的な側面があり、同時に自身 が認めているように律法主義に陥るおそれがある。両者との対話から、立場によって 霊性理解の強調点は異なるが、マクグラスの提言するように、全人的に知るというこ とを上からと下からの両者に生じ得る危険に留意した統合的な実践が健全で全体的な 霊的形成には不可欠であることが理解できる。

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35 「霊性は神学的仮定から完全に演繹されるものではないし、経験から完全に推論できるものでもな い。」マクグラス,キリスト教の霊性.27頁.

36 世界教会協議会(WCC)と第二バチカン公会議の成立を受け、エキュメニカルなヴィジョンと共に 1962年に設立された8つの神学校からなる連合である。

37 Sandra M. Schneiders, Biblical Spirituality, Interpretation70, no.4(October 2016):417-430.

38 Schneiders, The Study of Christian Spirituality. 39-40.

39 cf.マルコ2 : 27等.

40 マクグラスはその多くが明らかに反キリスト教的であることから、霊性についての見境のない急激な 関心には注意を喚起している。霊性へのこの新たな関心はキリスト教会にとって好機であると同時に 危険をもはらみ、無批判に歓迎するのではなく、冷静・的確な評価を求めている。マクグラス,キリ スト教の将来と福音主義.167頁.

― 87 ―

(9)

2.霊的形成の理解(実践的研究)−エヴァン・ハワード

マクグラスが述べるとおり、霊性が本質的に行為に関するものであるため、更に踏 み込んだ実践的なアプローチは重要であると考えられる。そのため本章では、包括的 な考察の中に実践的提言を含むエヴァン・ハワードからその理解を深める。

2.1.エヴァン・ハワードの霊的形成理解

エヴァン・ハワード(1955-)は、過去にサンフランシスコ神学校をはじめ複数の 神学校で霊性について教え、現在はフラー神学校にて教鞭をとっている。ハワードは 福音派に立脚しつつエキュメニカルな霊的形成プログラムも実施しており、実践的視 点を持ちつつ論を進める。彼は大著

Brazos Introduction to Christian Spirituality

におい て、キリスト教の霊的形成の操作的定義を「個人や共同体が、特に人生の成熟や召命 に関して、より完全にキリストに一致し、一体となる過程である41」と端的に提案し たが、さらに発展させ次のように記す:「霊的形成とは個人や共同体がキリスト教の 神(父、子、聖霊)との関係において成熟し、この神のいのちと福音にますます似た ものへと変えられていく、聖霊と人間に導かれた過程である42」。

ハ ワ ー ド は 霊 的 形 成 を、変 化 の 過 程(process of change)、目 標(aims)、行 為 者

(agents)、対象(objects)、文脈と手段(contexts and means)という

5

つの特徴から整 理する(図参照43)。

──────────────

41 Evan B. Howard,The Brazos Introduction to Christian Spirituality, Illustrated version.(Grand Rapids, MI : Brazos Press, 2008). p.295.

42 Howard,A Guide to Christian Spiritual Formation.p.17.

43 ハワードの図:「キリスト教の霊的形成の要素」を筆者が邦訳している。Ibid. p.19.

対象:誰/何が変えられるのか 目標:ゴールや形成が向かう方向性 文脈:対象が形成される環境

行為者:形成へと影響を与える責任をもつ

過程:時の中で形成が発展し実現されてい く道

課題:形成にかかわるわざ

手 段:形 成 の 行 為 者(聖 霊・自 己・他 者 等)が目的を果たすための様々な手段

― 88 ―

(10)

変化の過程が重要であることについてハワードは、キリスト教の霊的形成におい て、霊性の外見や政治性、特殊性、あるいはそれらを誇示しようとする「霊的なファ ッションショー」に巻き込まれないようにと警告する44。むしろ、霊的形成において 焦点が置かれるのは、その過程そのものであるとする。過程、形成、変容、キリスト との関係の発展、あるいは霊的生活の成熟など、霊性に関する文献において用いられ る表現をとりまとめ、ハワードは霊的形成が変化のプロセスであることを確認してい る。

2

に、霊的形成の目標は、大きくはキリストとの結びつきであると理解される が、ハワードはこれを更に展開し、霊的形成が単に人格を向上させるものではなく、

キリストにある神との関係を聖霊によって成熟させることでもあると述べる。この結 びつきは意識的/無意識なものを含む。また、人間がキリストに似せられること、あ るいはキリストと結びつくことというのは、啓示された神の完全性に私たちのすべて が関係的に参与することである。ハワードはここで、キリスト教の霊的形成は、必ず しも他者のために変化することを主眼としていないのではないかと問う。礼拝はなに よりも神の栄光のためだからである。この理解をもとにハワードは、ジェームズ・ブ ライアン・スミスの提案する定義「自己と他者を祝福し、神を讃える人生45」を支持 し、キリスト教的霊的形成の目標に幅広さを提案する。

3

に、霊的形成の行為者として最も主要な存在として多くの研究に共鳴しつつ聖 霊を挙げる。聖霊が変容を促す出会いをもたらし、私たちの経験にユニークな超自然 的次元を与える46。霊性の主体は聖霊であることは繰り返し確認されるべきだが、同 時にハワードは霊的同伴や小グループ、友人、あるいは自己など、多くの人間的な行 為者の関与もまた形成のプロセスには不可欠であると念を押す。

4

に、ハワードはキリスト教的霊的形成の対象を、個人と共同体と理解する47。 共同体(家族、教会、ネットワーク等)は霊的形成の対象であると同時に形成の文脈 の一部でもあるが、共同体そのものが、聖霊と人間に導かれたプロセスを通して、神 との関係の深さを増し、キリスト教の神のいのちと福音にますます似てくるように形 成されていくからである。さらに踏み込むと、霊的形成は、個人や共同体の特に何に ついて起こるのだろうか。ハワードは霊的形成が全人的変容であるとするため、霊的

──────────────

44 Howard,The Brazos Introduction to Christian Spirituality.p.268-269. cf.コロサイ2 : 16-23.

45 ジェームズ・ブライアン・スミスはフレンズ大学の准教授として宗教学・キリスト教の霊的形成を担 当しており、リチャード・フォスターの設立した霊的形成のための団体「リノヴァリ(Renovaré)」の 創設メンバーでもある。スミスは霊的形成を「信仰、希望、愛、喜び、平和という良く美しい生活を 送るために、聖霊の力によって、神との親密な関係を通して、キリストの姿に変えられていく過程で あり、それは自分にも他者にも祝福を与え、今もまた永遠に神を讃える生活である」と提案する。cf.

Ibid.p.268.

46 Ibid. p.295.

47 Ibid. p.267.

― 89 ―

(11)

形成が生じるその対象は私たち・あるいは共同体の全人的存在であると理解する。

最後に、霊的形成の文脈と手段についてハワードは、他の多くの著者が共同体こそ 霊的形成の文脈であると言及していることに理解を示しつつ、状況によってもう少し 幅広く理解できると提案する。霊的形成の生じる文脈については突き詰めれば人生そ のものが霊的形成の文脈として働く。具体的には孤高(solitude)、家庭、霊的指導の 関係、教会生活、あるいはそれに限定されず多岐にわたり、それぞれが私たちの成長 にユニークに貢献しまた課題を与え得るのである。また、活動、状況、関係など、さ まざまな要素が霊的形成における手段となる。聖霊との関わりにおける私たちの経験 そのものが、霊的形成の手段となる。そのため、観想的な実践はもちろん、キリスト 教共同体における一般的な導きや個別的な指導、あるいは意識されないももっと非公 式なものに至るまで、そのいずれによっても私たちの形成は促されうるのである。

2.2.ハワードの霊的形成と Wholeness

の視点

ハワードは、霊的形成の定義に取り組む一方、それは私たちに固有の物語があるよ うに、信仰の伝統においてもそれぞれの豊かさがあることを尊重し、ある程度の幅が あ っ て 然 る べ き だ と 理 解 す る。具 体 的 に は 聖 性(holiness)、聖 化、完 全(perfec-

tion)、神化(theosis)、神の国などに触れているが、霊的形成の大きな目的はただ、

日々一歩ずつキリストに似た成熟した姿に成!!!!!!!!であるとまとめる(傍点 筆者)48。ハワードに特に見られる形成の強調点は「すべてが新たにされる49」福音の 完成であるが、最近の霊的形成に関する文献において全人的な視点からアプローチす るものが増えていることを認め50、それに則った内容を展開している。

「すべてが新たにされる」ために、神は大きな変化へと招いており、それが霊的形 成・霊的変容と言えるが、イエスの姿へと新しくされていく過程は、ハワードにとっ て多くの意味を含んでいる。それは、私たちの神の民としてのアイデンティティには じまり、他者や自然との関係を含んでいる51。形成のためには私たちの経験をより全 人的・全体的に理解することが求められるが、そのためにハワードはキリスト教の神 のいのちと福音に合わせられるために、上からのアプローチ(神の物語)と下からの アプローチ(私たち人間の物語)との両面から探求することが必要だとする。また、

私たちの全人的な経験のためには聖霊(Spirit)の思いと私たちの霊(spirit)、つまり 私たちの全体的な自己(whole self)としての経験が不可欠であると述べる52。このよ

──────────────

48 Ibid. p.295.

49 黙示録21 : 5

50 Howard,A Guide to Christian Spiritual Formation.p.45.

51 Ibid. p 44.

52 cf. Ibid. pp.46-54.

― 90 ―

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うにキリスト教の経験を全体的に把握することが、「すべてが新たにされる」生へと 結びつくとハワードは提言する。

3.Wholeness へ向かう霊的形成の理解−ロバート・マルホランド Jr.

最後に、霊的形成において

wholeness

が鍵となるものとして理解するロバート・マ ルホランド

Jr.

(1936-2015)から理解を深めることを試みる。マルホランドは、アズ ベリー神学校の新約聖書学の教授として教え、霊的形成についても多数の著作を残し た代表的な人物の一人である。

3.1.マルホランドの霊的形成理解

マルホランドはハワード同様霊的形成の定義の多様さを認め、多くの選択肢から一 つを選ぶことはむしろ正しいステップではないかもしれないと述べる53。その上で、

彼は霊的形成を「他者のために、キリストに似た者へと変えられていくプロセス」と 定義し、wholenessの視点は彼の霊的形成理解の中心となる。その根拠は明確に聖書 であり、本質的に人間が神の姿に似せてつくられた者であり54、新約においても私た ちが主と同じ姿に変えられていくことが求められていることによる55。彼はキリスト に似たものとして形成されることが人間の

wholeness(全人性・全体性)の究極的な

あり方であると見る。

マルホランドは、霊的形成の定義のそれぞれの点:「他者のために」「キリストに似 た者」「変えられる」「プロセス」の意味する所を詳らかにしている56

1

に、プロセスであるということについて、キリスト者の歩みそのものがプロセ スであると理解されることは多いが、霊的形成も例外ではない。私たち人間の誰もが 意図しようとしまいと霊的形成の過程にあるからである。マルホランドは私たちの抱 くあらゆる考え、決断、行動、感情、世界に対する反応、関係性といったものが、少 しずつ私たちをある種の存在へと形成していると理解する。そのため、霊的形成の歩 みは生涯に渡るプロセスであり、その方向性はキリストの似姿にかかわる

wholeness

(全人性)か、あるいは破壊的なあり方かのどちらかとなる。これは自分自身に対し てだけでなく他者や世界に対しても同様に当てはまる57

──────────────

53 M. Robert Mulholland Jr.,Invitation to a Journey : A Road Map for Spiritual Formation(Downers Grove, IL : InterVarsity Press, 2016). p.19.

54 創世記1 : 26-27.

55 2コリント3 : 18.

56 Mulholland Jr.,Invitation to a Journey.pp.23-53.

57 Ibid. p.27-28.

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(13)

2

にマルホランドが強調する「変えられる」ということは、霊的形成において非 常に重要な点である。私たちは、ともすれば霊的形成にかかわる実践において、霊的 エリートを目指しそこへ至る技巧を、すなわち自らを形成す!!道を探求することへと 陥りがちだからである。マルホランドはこれをコントロールに関わる問題であると理 解する58。私たちが霊的形成のためにできることは、私たちのいのちに変容をもたら す恵みのわざを神に委ねること以外にない。これは、世界を自分たちの目的のために コントロールすべき外の対象として見る「客観化の文化」を持つこの世に対して根本 的に異なるラディカルなあり方である59。私たちをキリストの姿に似せた全体的な自 己(whole self)へと変容させる主体は神であるということを認識することは、私た ちの霊的形成の歩みにおいてさえこうなるべきだと変容の結果を握ろうとする私たち のエゴから私たちを自由にするものでもある60

また、「変えられる」という事において、霊的形成は大いなる逆転の発想を私たち に求める。私たちは「在ること(being)」と「行うこと

doing」の相互関連的側面を

持つ存在であるが、行為(doing)によって存在(being)の価値を証明しようとする この世において、イエスは私たちの行いと存在との関係を適切な順序に戻そうとす る61。行い(doing)は、主であるイエスとの関係にある存在(being)から溢れ出る ものであって、その結果である。つまり、霊的形成は私たちが自己に対してあるいは 自己のために行うものではなく、私たちが神の変えてくださる恵みの働きに委ねるこ とによって、神が私たちの中で、私たちのために行ってくださることである62

3

の特徴は、霊的形成が「キリストに似た者」への変化であるということであ る。私たちがキリストの姿に完全に似せられたときには、クローンの集まりのように なるとしばしば誤解されるが、むしろ、キリストの姿に完全に似せて形成されたとき にのみ、独自の個性を見出すことができるようになるとマルホランドは述べる63。私 たちはそれぞれにユニークな方法でイエスのように愛し仕える者とされるよう招かれ ているのである。マルホランドは、キリストの姿に似せて形成される過程は、主にキ リストの姿に似ていない点で行われると説明する64。神は、私たちの人生において神 から最も疎外されている場所で私たちと出会う。神はそこで恵みをもって、私たちが キリストにある

wholeness(全人性)へ向かう旅を始めるのに必要な赦し、きよめ、

──────────────

58 Mulholland Jr.,Invitation to a Journey.p.32.

59 Ibid. p.33.

60 霊的同伴者の中村佐知はその実践に伴う実感としてこのことについて触れている。cf.中村,魂をもて なす.pp.21-23.

61 cf.マタイ7 : 21-23.

62 Mulholland Jr.,Invitation to a Journey.p.37-38. 2コリ3 : 18.

63 Ibid. p.42.

64 Ibid. p.45.

― 92 ―

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解放、癒しを提供されるのである。

マルホランドは、霊的形成が「他者のためのもの」という第

4

の特徴がなければキ リスト教の霊的形成ではありえないとして、その本質的性質と見る。そうでなけれ ば、私たちに形成される霊性は、たちまち私有化され、個人化された病的なものとな り自己実現のための霊性へと陥る。こうした霊性は、私たちの文化の価値観にも適合 した魅力的で快適なものかもしれないが、それが他!!!!!!いのちを与え、癒し、

贖うものでなければ、外見だけ美しい墓のようなものだと断じる(強調原著)65。私 たちには、霊的成長は神との私的な関係の中で起こり、それが十分に発達した後で、

それをもって他者との関係において彼らと共に「キリスト者なる」ことができると考 えたい誘惑がある。しかし、全人的な霊性、つまりキリストの姿に似せて形作られる プロセスは、他者との関係から離れてではなく、他者との関係のただ中で生じるもの である66。にもかかわらず、多くの人にとって霊的形成が神と自己に焦点を当てたも のであって、他者との関係は二次的なものとなっていることをマルホランドは批判 し、私たちがキリストの姿に向かって全人的に成長するには、神・自己・他者という 三位一体的関係に焦点を当てるべきとする。すべての関係は私たちを変容させる、神 との出会いの場となり得るからである67

3.2.マルホランドの霊的形成と Wholeness

の視点

マルホランドはとりわけ

wholeness(全人性)を霊的形成の主題として扱っている

ため、本研究にとって特に意義深い。私たち人間が本質的に常に形成されつつある者 であること、それ故霊的形成は生涯にわたる過程であることが既に確認されたが、キ リスト教の霊的形成は生涯を通じてキリストのイメージに似せて変えられていく過程 である。マルホランドにとって、このキリストの似姿へと変えられるとは、欠けてい る者が完璧へと至るといった

perfection(完全)でなく、wholeness(全人性)へと向

かうことを意味する。それは、私たちに似合わないお仕着せの型へと押し込められる のではなく、むしろ、各人において神が固有に実現されようとしている固有の神のか たちへと回復されていくような和解のようなプロセスであると理解できる。

また、マルホランドは、形成の過程は自己実現のための私的なものでなく、あくま で他者のためであると主張するが、このことは真実であり、同時に注意が必要である と筆者は考える。神との交わりにはじまり、他者との交わりに生きるべくつくられた 私たち人間の全人的形成である霊的形成にとって68、他者は、自らが形成される文脈

──────────────

65 Ibid. p.49.

66 Ibid. p.51.

67 Ibid.

68 神が私たちに意図するいのちは関係性における愛にある。つまり霊的な生は他者と共に生きるいの ↗

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でありまた共に形成される対象である共同体の一員であるため不可分である69。しか しながら、「他者のために(for the sake of others)」と目的化されてしまうことによ り、マルホランドが主張する理解を越えて、むしろ意図しない方向へと逸れるおそれ が生じるのではないだろうか。スザーン・ジョンソンは、霊的形成に関する記述にお いて「私たちは自己実現ではなく自己贈与の愛を、役に立つことではなく忠実さを目 指す70」と言及する。私たちの霊的形成は必ず他者との関係を変容させ、他者への愛 へと、自己贈与の愛へと押し出すものであるが、ジョンソンの述べる後者の側面が失 われることのないように留意が求められる。

4.霊的形成における全人的側面

本稿はアリスター・マクグラス、エヴァン・ハワード、ロバート・マルホランドの 考察から霊的形成の理解を試みたが、そこにはいくつかの特徴が確認された。キリス ト教における霊的形成は、聖書中心であることが不可欠でありまた神学を伴ったもの であること、また生涯にわたる全人的な変容のプロセスであるが、それは私たちのわ ざではなくなによりもまず聖霊の働きによるものであること、その目標はキリストの 似姿へと変えられ、より全人的な者とされていくことである。更に、霊性が神との関 係に関わるため、すなわち他者との関係とも不可分であるということなどが確認され た。ハワードやマルホランドの指摘するように、霊的形成の定義には幅があることが むしろ健全であるが、三人の著者との対話を経てあえて実用的な定義を提案するなら ば、キリスト教の霊的形成は、「三位一体の神との関わりを通して聖霊によってキリ ストに似た者、つまり全人的な者へと変えられていくプロセスであり、それは神と自 己と他者への愛を更に深めていくものである」と考えられる。

では、霊的形成を

wholeness

の視点からはどのように理解することができるだろう か。霊的形成は私たちの全体的な形成であるゆえに、その形成のためには私たち人間 の体験を全体的に知ることが求められる。つまり、マクグラスの重視するような上か らの物語(聖書と神学)とシュナイダーズやハワードが補完するような下からの物語

(私たちの全人的な体験)の両面が必要とされる71

──────────────

↘ ち で あ る。cf. Pamela Baker Powell, 10 Friendship : The Lost Spiritual Discipline, inTending Soul, Mind, and Body : The Art and Science of Spiritual Formation,2019. p 135.

69 cf. Howard,The Brazos Introduction to Christian Spirituality.p.268.

70 ジョンソン,スピリチュアル・フォーメイション.114頁.

71 マクグラスは神を知ることと自らを知ることは切り離せないと述べ、いわゆる下からの物語も軽視し ているわけではない。cf.マクグラス,キリスト教の霊性.248頁.霊性に不可欠な要素である体験を 全体的に知るための議論は近年活発に論じられており、シュナイダーズは研究の学際性を、フースト ンは伝統的な史的・聖書的アプローチに加えて行動科学からのアプローチを提案して い る。cf.

Schneiders, The Study of Christian Spirituality. ; James M. Houston, Seeking Historical Perspectives for↗

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体験の全体性の次に、私たちは人間の全人性をどのように理解できるだろうか。宇 田進は今日のキリスト教神学の世界において、「全体的なるもの」への人間の憧憬が 強まり、神秘主義、東洋思想、精神療法を媒介とした「遍満する聖霊」の働きを中心 とする動きに注意を喚起するが、全人性から理解する霊的形成は福音からニューエイ ジへと逸れるおそれがあるだろうか。本稿で扱った

3

人の著者のように聖書や信仰共 同体に基礎づけられている限りは「全人性へと向かう霊的形成」という理解は一つの ふさわしい受け止め方であると考えられる。特にマルホランドの考察が理解に有益で ある。マルホランドは、キリストの似姿へ変えられるプロセスとは、私たちの人生や 私たちの内の神から最も疎外されたところで神が出会い、恵みにより赦しを与えられ ることを通して起こっていくと理解する。マルホランドは、黙示録

3 : 20

において主 が戸を叩くのは、私たちが締め出している部分があるからであると述べる72。神と部 分的にしか関係しようとしない私たちに対して神はより全的な対話へと招いているの である。さて、この和解とも言える全人性への招きは、福音の中心的な使信に一致す る。全人性が福音の中心的使信に一致するということは、霊的形成に関連する「完 全」や「聖」といった概念においても確認できる。

たとえば、マタイ

5 : 48

では

telos(完全)に由来する語が用いられるが、これは

人間の誤りなき完全が言われているのではなく、弱さと不完全を身に負いつつ、しか し神との分かたれたることのない誠実な全的な関係、すなわち、神ご自身のテロスか ら離れないという信仰者のあり方こそが「完全」の本意と理解できる73。これはまさ にこれまで本稿で明らかになってきた、行い(doing)に先行するあり方(being)、つ まり神との関係性における全人性であると理解できる。「聖」についても、イエスご 自身が聖であって、その聖性が私たちに聖を与え、私たちはイエスとの出会いにより 聖とされることから74、私たちがどのような行い(doing)をしているか以上にイエス と共にある(being)というそのあり方がまず重要とされる。

もちろん、人間存在は

being

だけでなく

doing

との両面を持つ。私たちの存在が全 人的に和解されていく過程において、私たち以上に配慮してくださる神との親密な関 わりの中、私たちに必然的に変容が生じる。誰もが親密さにおける他者とのふれあい に何一つ変容されずにいるということはできないように、私たちもまた、愛である神 との親密な出会いの中で、何も変わらずにいることはできないからである75。たとえ

──────────────

Spiritual Direction and Soul Care Today, Journal of Spiritual Formation & Soul Care1, no.1(2008):88- 105.

72 ロバート マルホランドJr., みことばによって形作られる:霊的形成における「聖書」の力 第1

回, trans.中村佐知,舟の右側 1月号,2019. 43頁.

73 山内一郎,新約聖書の教育思想(日本キリスト教団出版局,2014).100頁.

74 岩上敬人, 聖・聖化, 聖書神学事典(いのちのことば社,2010).463-468頁.

75 サミュエル・ハミルトン−ポーアはシーラ・マーフィーを援用してこのことをユニークかつ豊かに ↗

― 95 ―

(17)

ばイエスとサマリアの女とのやり取りにおいて、イエスとの全人的コミュニケーショ ンを通して、女が変えられていったように76。ただ、私たちが焦点を置くべきは、そ の結果が私たちの目に「成長」と映るかよりも、常に変えられていく神と共にある過 程であり続ける。その生涯にわたる、継続的な歩みそのものが、和解されていくにつ れ、神への愛、私たち自身への愛、そして他者・世界への愛が深められることへと結 びついていくのである。神がご自身にかたどってつくられたとは、神と共に生きるも のという意味を持つ故に、神はまさに交わりにある生へと私たちをまた招かれる。私

たちの

wholeness(全人性)は、個人的に完結されるものではなく、イエスが最も重

要な掟として教えられたように、他者を愛することへともつながっていくのである。

おわりに

本論文はプロテスタント教会においても関心の高まる霊的形成についての理解を深 めるため、主にアリスター・マクグラス、エヴァン・ハワード、ロバート・マルホラ ンドの三人の見解を概観した。マクグラスのキリスト教の霊的形成理解からは聖書が 中心であること、知識だけでなく私たちを変容させるものであること、神学にも基づ いていること、そして霊的訓練の再評価という特徴が見られた。全人的に神を知るこ との重要性と霊的形成が行為に関わるものであると認められつつ、その研究アプロー チの特性からは聖書と神学の重要性が再確認された。エヴァン・ハワードは、霊的形 成を日々一歩ずつキリストに似た成熟した姿に成長していくことと理解し、「変化の 過程」、「目標」、「行為者」、「対象」、「文脈と手段」という

5

つの観点から私たち人間 の経験を全人的に理解することに努める。この理解には上からのアプローチ(神の物 語、あるいは聖霊)と下からのアプローチ(私たち人間の物語、あるいは人間の霊)

との両面からの理解が必要でると提言する。ロバート・マルホランドは霊的形成を

「他者のために、キリストに似た者へと変えられていくプロセス」と定義し、キリス トに似た者とは全人的自己であり、wholenessは中心的な概念であった。これは神と の関係において疎外された部分が赦され癒やされていくという理解でもあり、和解に も通ずるものである。またマルホランドは他者のために、という霊的形成のもつ側面 にも着目し、霊性が私的なものにならないよう勧告する。

三人の考察を通して本論文はキリスト教の霊的形成は「三位一体の神との関わりを 通して聖霊によってキリストに似た者、つまり全人的な者へと変えられていくプロセ

──────────────

↘ 表 現 し て い る。cf. Samuel Hamilton-Poore, 6. The Given and the Gift : Sexuality and God’s Eros in Spiri- tual Direction and Supervision, inSupervision of Spiritual Directors : Engaging in Holy Mystery(Harris- burg, Pa : Morehouse Publishing, 2005), 83-103. p.85.

76 cf.ヨハネ4 : 1-42.

― 96 ―

(18)

スであり、それは神と自己と他者への愛を更に深めていくものである」と提案した。

また、wholeness(全人性)の視点から考察を加え、人間の体験の全体性、また私 たち人間の全人性の回復が霊的形成においては重要な概念であることが確認された。

全人性を理解する上で、これまで伝統的に論じられてきた和解や聖化といった概念に 通ずるものは多く、その中であえて「霊的形成」として関心が高まっているのは、論 じられてきた福音そのものを生きようとする願いに由来すると考えられる。また、霊 的形成において、まず神とのあり方(being)が重要であり、その上で行い(doing)

が伴うという順序の重要性も繰り返し確認された。これは臨床牧会教育やチャプレン の働き、あるいは牧会カウンセリングにおいて、何をするかよりもどのようにあるか ということが重要であると次第に確認されてきた事実を支持する内容でもあり、その 意味での意義も見られる。

本稿で扱った以外にも増加する霊的形成に関する文重要な文献は多く、ダラス・ウ ィラード、ヘンリ・ナウエン、パーカー・パーマーなど、今回は扱えなかったものか ら学ぶことは残されている。このような著者に学ぶことに加え、現代に生きる私たち の霊的形成のためにはどのような具体的な霊的実践の可能性があるのか、たとえば霊 的同伴等の理解を深めることをとおして実践的な提言も今後求められるだろう。

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【ABSTRACT】

A Study of Christian Spiritual Formation from the Perspective of ‘Wholeness’

UEDA Naohiro

This paper explores an overview of the growing interest in spiritual formation in Prot- estant churches, specifically with the literature of three primary authors, Alister McGrath, Evan Howard, and Robert Mulholland Jr. From their reflections, we understood that it is healthy to maintain a certain range of definitions of spiritual formation, but one working definition of Christian spiritual formation was proposed, which is “the holistic process of being transformed by the Holy Spirit into Christ-likeness, or wholeness, through a relation- ship with the triune God, which deepens our love for God, self, and others.

We have also examined the literature of the three authors with a lens of wholeness, which confirms that Christian spiritual formation requires our whole human experience and leads us to the restoration of our wholeness of ourselves. Since our formation is a whole human formation, both our being and doing are called. But, order is essential, which means that our doing flows out of our being.

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参照

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