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恩師,慶應義塾大学名誉教授・小佐野 満先生を偲んで

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Academic year: 2021

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73

© 2015 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 追悼文

恩師,慶應義塾大学名誉教授・小佐野 満先生を偲んで

去る

2014

9

28

日,偉大な恩師,小佐野満先生がご逝 去され,私たちは大きな悲しみと喪失感に包まれました.享年

87

歳でした.

小佐野先生は,幼稚舎(小学校)入学(

1933

年)から医学 部卒業(

1951

年)まで慶應義塾に学ばれ,医師としても生涯 の大半を慶應義塾大学医学部・病院で過ごされました.

1982

年に慶應義塾大学医学部小児科学教室の第

5

代教授に就任さ れ,

1989

年からは病院長を務められ,

1992

年にご退任されま した.先生は,慶應義塾の目的にある「気品の泉源,智徳の模 範」を実践され,教室員の品格ある身だしなみ,礼節ある言動 に心を配られ,医師の思い上がりを厳しく戒められました.何 をされるにも,いつも背筋をピッと伸ばされていらっしゃるお 姿が,今も瞼に焼き付いています.

先生が小児科医になられた時代,日本の小児医療水準は欧米 に比し大きく遅れていました.先生は,

New York

大学小児科

2

度ご留学され,米国の最新医療を学ばれました.当時,船

で太平洋を渡られたそうです.初回の留学(

1954

1955

年)では小児医療全般を学ばれ,輸液療法,新生児医療,

成長・栄養評価などを導入され,日本の医療水準を大きく革新されました.

2

回目の留学(

1960

1961

年)は,小児循環器学の創始者

Alexander S. Nadas

教授が古典的名著 “

Pediatric Car-

diology

” を著わし,先天性心疾患の診断・治療が専門分野として米国内でようやく認知された時代でした.先生は

Nadas

教授の門下で昼夜を問わずマンツーマンの指導を受けられ,帰国後,

1959

年に小児科サブスペシャルティー

の先駆けとなる小児心臓班を設立され,当時全国的にも少なかった先天性心疾患の診療に着手されました.

1969

年には大学病院内に前例のない,独立した小児心機能検査室を設立,

1968

年から

1980

年にかけて関東一円から東 海にまで広がる関連病院に,次々と小児心臓専門外来を開設されました.日本の小児循環器診療・研究をリードす る立場として,心臓カテーテル検査の体制が整えられ,

1978

年にはいち早く心臓超音波検査が導入されました.

先生の臨床家としての実力は群を抜いており,「名医」という言葉が誰よりもふさわしい方だったと感じます.

先生の正確な診断,病態生理に基づく治療法の選択には,チームを組まれた心臓血管外科教授・故 井上正先生,

竹内成之先生(元埼玉県立循環器呼吸器病センター総長・慶應義塾大学客員教授)らも全幅の信頼を寄せておられ ました.日本小児循環器学会の前身である日本小児循環器研究会の設立にもご尽力されました.また,当時,東京 地区のいくつかの施設の小児循環器を志す医師が集まって,診断・治療困難な症例の検討会を定期的に開催されて いたとうかがっています.その検討会でも,先生は施設の垣根を越えて多くの症例を診断され,当時一緒に参加し ていた慶應の医師たちは,先生の指導に深く感銘を受けていました.私たちが心臓超音波やカテーテル検査技術を 駆使しても,未だ,先生の聴診器一本による診断に追いついていないような感覚を抱くこともあります.この症例 検討会のコンセプトは,現在の東京循環器小児科治療

Agora

の設立に受け継がれた,とうかがっています.

先生は,臨床研究を特に重視しておられました.乳幼児の上肢に出現する原因不明のチアノーゼについて,先生 は,世界に先駆けて,その原因が上肢の静脈欠損であることを明らかにされ,“ おぶいひも症候群 ” と命名して報 告されました(

Am J Dis Child 1969; 188: 479

482

).また,

white spell

の病態解明や心不全ミルクの開発など,多 くのテーマに取り組まれました.「動脈管依存性のチアノーゼ性心疾患におけるプロスタグランジン持続静注療法」

についても研究されました.当初海外で提唱されたプロスタグランジンの投与量は現在よりもかなり多く,発熱,

doi: 10.9794/jspccs.31.73

(小佐野 満先生 平成26928日没 享年87歳)

(2)

74

日本小児循環器学会雑誌 第31巻 第1-2号

けいれん,低ナトリウム血症などの副作用が多かったため,治療法として確立されませんでした.少量持続投与を 試験的に開始され,副作用が少なく,動脈管開存効果が高いことを明らかにされました.現在,重症チアノーゼ性 心疾患には不可欠な治療法となっていることは周知の通りです.

生前の先生によく言われたことに,「よく遊び,よく学べ」,「遊ばないと馬鹿になりますよ」というお言葉があ りました.先生は “ 仲間 ” で集まることがとてもお好きで,お正月にはいつもご自宅に招いていただき,志を同じ くするたくさんの仲間と一緒に,医学以外にも人の道に重要な多くのことを教えていただきました.また,車が大 変お好きで,いつもスポーツカーを運転され,心臓班の仲間でドライブして先生の別荘にお邪魔させていただいた り,四季折々の風景やご馳走を楽しみにでかけることもありました.先生の公私にわたる温かいご指導に深く感謝 し,「学問」も「遊び」も超一流でいらした先生の

DNA

を受け継ぎ,日本の小児循環器学の未来に少しでも貢献 できるよう精進し続けていきたいと思います.先生,どうぞ安らかにおやすみ下さい.

なお,名誉教授・小佐野満先生の教室葬が下記日程で開催されます.

<名誉教授・小佐野満先生 教室葬>

日 時:

2015

3

28

日(土) 午前

10

時〜正午

場 所:慶應義塾大学病院 北里講堂(慶應義塾大学医学部メディアセンター

2

階)

主 催:慶應義塾大学医学部小児科学教室

お問合せ:慶應義塾大学病院 

03

3353

1211

(代表) 小児科学教室(内線

62365

謝辞

寄稿にあたり,多くの想い出を共有させていただきました,慶大小児科同窓会,辻 敦敏先生,松尾宣武先生に,この場 をお借りして深謝申し上げます.

慶應義塾大学医学部小児科 山岸 敬幸

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Kyushu University Institutional Repository.

1989 年 慶應義塾大学医学部卒業 1992 年 足利赤十字病院眼科 部長 1995 年 慶應義塾大学医化学教室 研究員 1996 年 東京歯科大学眼科学教室 助手 2000 年

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