流域環境GISプラットフォームの構築
―神奈川拡大流域圏への適用―
佐藤裕一,佐土原聡
The construction of GIS platform for watersheds environment ; Application of enlarged Kanagawa‑basin
Yuichi SATO, Satoru SADOHARA
Abstract; This GIS platform is the information tool that manages the watersheds’
environments efficiently with understanding them with a synthetic, panoramic view to resolve environmental problems. Also, this tool promotes collaboration with residents, governments and researchers.
Keyword; GISプラットフォーム(GIS platform) 流域環境(environment in Basin or Watershed) 水質・水量(water quality and dosage), 土地利用(land use)
背景;
近年, 国土・地域形成管理に関し新たな視点から
「流域環境管理」が重要視されてきている. それは 水資源の有限性のみならず, 水が様々な領域を循環 していく中で質・量共に変化し, 人々の生活基盤で ある生態系や環境を変え, 人間生活を脅かす危険性 が再認識されてきたことによる. 水は, 土砂のみな らず, 多様な物質を溶存し濃縮希釈して流域内を運 搬移動し, 人間の体内も通過していく. 流域内で発 生する化学微量物質や病原体クリプトスポリジュウ ムの水移動リスクや, 人間活動から排出される栄養 塩類による河川・湖沼水等の富栄養化問題が認識さ れ, 流域内の水挙動経路を把握し事前にそのリスク を回避する必要が出てきた. 更に安全な水の確保の
佐藤;〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-7
横浜国立大学 大学院環境情報研究院
E-mail; [email protected] Tel ; 045-339-4246
ための水源域での水資源開発と水源環境保全が上下 流域住民間の利害不一致を顕在化させてきた.
目的;
適切な「流域環境管理」の前提は的確な「流域環 境認識」であり, 「流域環境情報管理」が欠かせな い. しかし, 河川網自体入り組んでいる上, 人工的 な流路や上下水道等が暗渠化されて把握しにくい.
更に, 水に影響を及ぼす流域内の多様な土地利用、
人間活動や生態系との関係性などが錯綜し, 何が河 川水質・量に影響しているかを正確に把握すること が困難である. 加えてこれら自然河川網と人工流路 網の流域内でのつながりを上流域から下流・沿岸域 まで俯瞰し, 流域の諸要因との関係性を統合的に把 握することは更に難しい. 本研究はGISを活用し, 輻輳する流域環境を的確に認識し, 流域全体を俯瞰 統合把握し, 流域内の社会的課題解決のための流域 環境情報管理ツールとなる「流域環境GISプラッ トフォーム」を構築することを目的としている.
図1;神奈川拡大流域圏と水源水消費地関係構造 水源地域
水 消 費 地 域
流域の構造と課題;
流域構造と主な課題を以下のように整理しておく。
まず, 自然流水域と人工流水域に大別し, それぞ れを更に区分する.
Ⅰ. 自然流水域―①表流河川水域 ②湖沼水域 ③地 下水域 ④沿海水域
Ⅱ. 人工流水域−①上水道ネットワーク ②下水道 ネットワーク ③農業用水等 今回はⅠの③④については検討をしない. 河川は 河口から最長延長を主流としているが, 支流は合流 点を基点としてその流域を形成する.
今日的課題は, この表流河川水域での人間活動に 伴い, 農薬・肥料・工業排水・家庭雑排水等の汚染 汚濁負荷物質が流水によって運搬集積され, 河川生 態系を劣化させていることである. これは河川浄化 力を低下させるだけでなく, 流れ込む湖沼や閉鎖系 海域での富栄養化による赤潮などの発生被害をもた らしており, その因果関係を定量的科学的に把握し 対策を講じる必要がある.
また都市の膨張に伴う水需要急増と共に水源を遠 隔地に求め, 上中流水源域の都市化に伴い終末処理 水を上水原水として再利用せざるを得なくなってい る. その高度処理が必要になるとともに, 上水取水 口上流域での広範な水環境管理が課題となっている.
このことは上流域住民に水供給のための様々な対応 にまで及び, 水源域と水消費地域の利害の不一致を 招きやすい.
更に, 水源域と水消費地域での意志決定主体とな る住民が, 水でどうつながっているのかという上下 流の関係性を理解しにくいこ
とから, 課題に対する正確な 情報の共有が困難である. こ れがこの社会問題における障 害となっている.
フィールドの選択;
上記の課題目的を実現させ るフィールドとして,今回神 奈川県全域とその水源地であ る山梨県桂川流域・静岡県酒
匂川上流域をあわせた神奈川拡大流域圏(図 1)を選 択した. その理由は以下の3つである.
① 本流域圏の中下流域にあたる神奈川県の90%以 上の住民が相模・桂川と酒匂川の河川水に飲料 水等の生活用水を依存して,水の大量移動消費 があり, 特にここ10数年来水源ダム湖水の富 栄養化によるアオコ発生に伴う異臭発生が問題 となってきて, 解決が必要であること.
② 神奈川県においても、「かながわ水環境保全・再 生施策大綱」に基づき「かながわ水環境保全・
再生実行5ヵ年計画」が検討準備され、特に県 民会議や流域協議会等, 上下流・県横断の住民 参加活動が企画されていること.
③ 県が中心で丹沢大山総合調査が実行され, その
成果がe-tannzawaとしてGISデータベース
化されていること.
また昨年より県中央に位置する伊勢原市鈴川・渋 田川流域で調査研究を進めており, 詳細なデータ蓄 積があり, パイロット・フィールドとして活用でき ることが上げられる.
GISプラットフォームの構成 ;
流域環境GISプラットフォームは, 核となるG ISデータベースと, GISデータベース活用法・
システムと主体者であるGISコミュニティで構成 されるが、後者によってプラットフォームを問題解 決の協働ツールとして活用される. 本論では前者に ついてのみ検討する.
GISデータベースの基本構造;
水は生態系サービスに依存する部 分が大きい. 人間は流域生態系に 様々な負荷を与えそのサービス機能 を劣化させてきた. 本GISデータ ベースはこの生態系機能も含め流域 の環境をモニタリング解析するため に以下のような基本構造とした.
① 間接変化要因(人口・経済・社 会政治・科学技術・文化宗教)
② 直接変化要因(土地利用と被覆 変化・外部投入・気候変化・自 然変動)
③ 生物・生態系機能(水浄化・気 候調整・食料等)
④ 河川水質水量
人間が社会経済文化活動を営むために, 資源や土 地, 水等を利用すると, それが間接的変化要因とな って, 土地被覆の改変や農薬・肥料の投入, それに 伴う汚染汚濁, 生態環境の収奪や改変といった, 直 接変化要因が起こり, 生物・生態系機能と環境を劣 化させ, その結果大気・水といった生態系からのサ ービスの質を低下させる. それらの要因を図2のよ うなプロセスで空間情報化し, 流域知見情報の集合 体としてのバーチャル流域圏を構築し, シミュレー ションやシナリオ解析を可能としていく予定である.
特に本GISプラットフォームではこれらの関係性 を, 河川水質水量を基準指標レイヤーとして, 定量 的科学的に評価する.
GISデータベースの機能 ;
GISデータベースは河川水質水量を基準指標と して自然・人工流水域を統括して把握するために, 以下のレイヤーを基本とした.
① モニタリング・ポイント(水質・水量計測点)
を基点とした河川流域図(以下MP河川流域図)
② 上水道ネットワーク図並びに水源流域図
③ 下水道ネットワーク図 (1) MP河川流域図
今回河川合流点を基点とした流域単位を取らな
かった. それは必ずしも河川合流点で河川水質・
水量の測定がなされておらず, 水質・水量データ と流域の環境データとの正確な連携比較ができな いためである. この流域は50mメッシュの標高ポ イントから DEMを作り作成した. ただし,判別が 難しい平地や市街地部では, 10mメッシュもしく は自治体の雨水排水区図で補正した. ただサンプ ルの取水位置は合流点に最も近接した上流橋が選 ばれており, ほぼ合流点河川流域と MP河川流域 図とは近値になる. 各モニタリング・ポイントで は, 定期的にサンプルが採取され水質データが公 開されていて, モニタリング・ポイントの属性デ ータとしてデータベースに格納し, 随時時系列デ ータとしてグラフ表示が可能である.また BOD.
COD. SS. TN. TPなどの指標を用いた流域評価に
よる表示もできる.
河川のラインは国土地理院の国土数値情報の河 川図を基準とした.
(2) 上水道ネットワーク図並びに水源流域図 上水道ネットワークは水源・ダム・取水堰等の 取水口(ポイント), 送水管(ライン), 浄水場・配水 池(ポイント), 配水区(ポリゴン)で構成されリレー ションが張られ, 上下流解析機能を用いてそれぞ れのポイントでどこから水が送られ, どこへ送ら れるかが把握できる. また取水口を基点とした水 図2;流域環境プラットフォームにおけるGI
Sデータベースの構造と情報処理プロセス
間接変化要因;人口・経済・社会政治・科学技術・文化宗教
直接変化要因;土地利用と被覆変化・外部投入・気候変化・自然変動
生物・生態系機能
河川湖沼水質・水量
サブテーマ2
サブテーマ1
サブテーマ3テーマ3 テーマ1 テーマ2
空間情報;バーチャル流域圏
空間情報プラットホーム
間接変化要因の数値化
直接変化要因の数値化 直間要因関係の定性・定量化
要因数値情報の空間情報化
生態系機能情報のデータ化 生態系機能情報の空間情報化
評価基準水質量情報の モニタリングとデータ化
基準情報を基点とした 関係性ネットワーク構築
各要因の知見が統合された 総合解としてのデジタル情報集合体
バーチャル流域圏
シュミレーションとシナリオ
より的確な順応的意思決定・対応
図2;流域環境プラットフォームにおけるGIS データベースの構造と情報処理プロセス
源流域を確定できる.これによりどの水源域で集 水された水がどのエリアに配水されているかが把 握できる. またMP河川流域図と結合することで 水源流域の水質・水量データが連動することとな る.
(3) 下水道ネットワーク図
下水道は水環境負荷を軽減させようという人 間活動で, 神奈川においてもこの普及によって水 源水質が保持されている. この負荷軽減効果を空 間情報として表現するために, 本GISデータベ ースでは主管に接続する汚水集水エリアである 分区(ポリゴン), 接続点(ポイント), 汚水幹線(ラ イン), 終末処理場(ポイント), 放流管(ライン), 河 川・海域への放流口(ポイント)を結びつけ, 同じく 上下流解析機能でどの分区の水がどの終末処理 場で処理されどこで放出されているかが把握で きる.
以上の3つの流域基本レイヤーはそれぞれのポリ ゴン等はずれてくるが, 水環境プラットフォームと しては, ①の MP河川流域図を基準として, 以下に 紹介するレイヤー等と接合していく.
流域環境解析には様々なデータを活用していくが ここでは3つだけ紹介する.
(1) 土地利用図
神奈川県においては定期的に全県の詳細な土地 利用図がGIS化されており, これをMP河川流 域図と重ね合わせることで様々な解析が可能であ る. 例えばMP河川の集水域単位で土地利用図を 集計し, その比率や面積を算出できるので, これ とモニタリング・ポイントでの水質データとの比 較解析や, 農地も水田・畑地等にMP河川の集水 域単位に集計して負荷原単位を用いて影響度を推 計することも可能になる.
(2) 国勢調査
土地利用が環境に対しての直接変化要因とする ならば, 間接変化要因の代表が人口であり, 国勢 調査がデジタル化されていて利用しやすい. この 基本単位区境域をMP河川流域界に振り分けるこ とで, 各 MP 河川流域界ごとの人口, 世帯数, 人 口密度が算出できる. 人口は直接変化要因として
は, 土地利用の宅地面積・建物密度となって表現 される. そして人口は様々な経済活動に反映され、
それらが直接変化要因化していく.
(3) 工業統計, 商業統計
メッシュデータではあるが, 工業・商業統計も 補完的に活用し, 流域環境評価に反映させること が可能である.
MP 河川流域図を基点として上記のデータとこの ほか下水道事業の特別会計の財政解析と, 上水道ネ ットワーク図並びに水源流域図, 下水道ネットワー ク図とを組み合わせることで, 神奈川県全域を対象 とした水質・水量と連結した上下水道の水事業評価 が可能になる.
例えば, 都市内河川流域の水質汚濁度の経年変化 と人口世帯数並びに下水道事業普及率とその流域の 下水道区分域の汚水処理量(推計)とを多変量解析す ることが可能である.
更に, 上下水道のネットワークを合体することで, 上下水道事業の一体的管理が可能となってくる. こ れについては横浜市等が先駆的に取り組んでいる.
課題;
この流域環境 GIS プラットフォームは大きな可 能性を持つが, データ処理量が膨大で, 現在はその 作業に追われていて, 拡大流域圏全体の具体的な解 析に時間がかかる.
ただ,パイロット・フィールドである伊勢原市鈴 川・渋田川流域ではデータ量が少なく, 昨年より作 業を進めて来たことから, 先行してデータ解析等を 試みてきた. また, 調査地の実態を把握しているこ ともあって, 詳細な取り組みが可能になっているの で, その結果を活かしながら拡大流域圏全体のデー タベース構築と解析を進めて行く予定である.
参考文献
David R. Maidment (2002) Arc Hydro ESRI 大垣眞一郎監修 (財)河川環境管理財団編(2005)
「河川と栄養塩類」, 技報堂出版
大垣眞一郎・吉川秀夫監修 (財)河川環境管理財団編
(2002) 「流域マネジメント」, 技報堂出版