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来間島の小・中学生における自然イメージ
浦 田 義 和
1 は じ め に
1986年12月発行の「来問小・中学校九十年史」をひもといてみると、その最後に「朗報に 島民歓喜!」「来間架橋採択なる」という1986年4月の新聞記事が載っている。
離島にとって水不足は深刻で、来間島は井戸が崖下に一箇所しかなく、水運びは大変な女 子労働であった。75年宮古本島から海底送水管が通され、翌年から給水された。そのような 厳しい島の自然条件であるから、橋がかかるというのは島民の夢の実現といっても良いだろ う。これで島の人口の減少を何とか食い止められるのではないか、家の後継ぎが帰ってくる のではないかと残った島の人たちはあえかな希望を抱いている。
島の人口減少は切実で、1955年566人であったのが、90年には184人に、それに伴い小中学 生の数も65年150名いたのが現在では9名となっている。その9名も島で生まれ育った子供は 少なく殆どが島外で生まれ、何らかの理由で島で育てられているといった状況である。
計画では橋は93年に完成の予定で、現在工事が進められている最中であり、また島内の農 業基盤整備事業も急ピッチで進められている。
調査の目的は、橋がかかる前の、島の子供たちの自然イメージを探ることである。自然へ のイメージが架橋によって変貌するか否か、或は何が不変で何が変わるのか、ということは 興味深い問題である。
調査は、対岸の宮古本島下地町も含めて89年8月、90年3月、90年8月、91年3月実施し
た。
調査は、集まった数名に調査者が提示した言葉について思い浮かぶイメージを次から次に 述べて貰うという方法を採った。
来間島での場所は一回は生徒の家、一回は校庭である。
対象者は、小学1年aさん、2年bくん、3年cさん、4年dくん、6年eくん、fくん、
gさん、中学1年hくん、3年iくんの9名である。初回の調査は、ある生徒の家で行った。
そこは来間島で最も兄弟の多い、したがって多くの子供達が集まる場所である。中学3年生 のiくんは畑仕事の手伝いが忙しくて、参加できなかった。また、bくん、cさんは仲よし で、部落からちょっと離れているcさんの家で二人に聞いた。(学年は90年当時)
また、宮古本島下地町では、下地小学校内準備室で、下地小5年の女子、』さん(川満部 落)、kさん(上地)、lさん(上地)、mさん(洲鎌)の4名に聞いた。
なお、調査当時、下地小学校は、1年2クラス、2年1クラス、3年2クラス、4年2ク
ラス、5年1クラス、6年1クラスの全9クラス、253名の規模である。5年生は男18名、女
‑ 6 0 ‑
18名である。
2.来間島の小中学生の自然イメージ
ある生徒の家にて(左欄)
参加者
a、d、e、f、g、hくん
I
別の生徒の家にて(右欄)
参 加 者 b、cさん
「 海 」
1 「 海 」 に つ い て
魚 舟= 泳 ぐ
貝
一
魚舟
2来間島の「海」
水 泳 来間の舟=
「島」(「シマ」)
1 人 間 踊り 舟 家 離島 2 仲 が 良 い
学校 仲よし
について(以下同)
防波堤 砂 浜
潮干刈り
魚
無 人 島 人 口
は し る
畑
海の真ん中 家=
テ ニ ス
人 自然
自然
お じ い お ば あ 海
浜 辺
事 工海貝
「南」
1
暖 か い
ハ ワ イ無人島 海 舟
ア フ リ カ
太 陽
空 太 陽
海
2 ナガマノヤマ
ー
ム ス ヌ ン ノ ヤ マ
海
「烏」
1
嶌 雀一 鳴 き 声
白鳥
ふ んう る さ い
う ぐ い す
タ カサシノ、
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わ し サ シ バ
ひ よ ど り さ し ば
はとス ズ メ デ デ ッ ポ ポ ウ
ウ グ イ ス に わ と り 種類が少ない
ヤ マ ブ ヌ キ ャ ニ ワ ト リ
夕 力
ひ よ ど り キジ
2「 空 」
1
太 陽
天 の 河
様 月座 星お星
太 陽 ふ う あ つ
青い=
ハンググライダー
パ ラ シ ュ ー トま ぶ し い 電 線 雲
雨 飛 行 機
ひ ろ いとり や か ま し い 太陽がでる たこあげ
月
2
太 陽
「星」
1
黄色い=
流 れ 星 ブス*
織り姫とひこ星 北 斗 七 星 天 の 河
星 座
夏の大三角形 春の大三角形
で か い数 え 切 れ な い
一
ひ ろ い
北 斗 七 星 ボ ラ イ サ ム
2
「木」
1
こし*2 松
毛虫
ゥプムス*3 マ ッ コ ウ ユ ー
モ ク マ オ ウせ ん だ ん ぶ ど う さ く ら
が じ ま る モ ク マ オ ウ い き て い る
が じ ゅ ま る せ ん だ ん ハ マ シ ダ ン ヤ マ フ チ ャ ニ ギ ー ハ マ シ ダ ン マ ッ コ ウ ハ イ ピ ス カ ス ブ ー ゲ ン ピ リ ア
マ ッ コ ウ
桑 の 木
ク ロ ノ キ
ゲ ン ニ モ
ハ マ シ タ ン み か ん 2
「花」
1 せ ん だ ん
ム ッ サ ー
ブ ー ゲ ン ピ リ ア
ノャラコ ス モ ス
ブ ー ゲ ン ビ リ ア
キ ン セ ン カ ヒ マ ワ リハ イ ビ ス カ ス
チ ュ ー リ ッ プ
百 日 草
金 魚 草
− 6 2 −
デ ィ ゴ 百合=
白い花
ベ ゴ ニ ヤ
ハ イ ビ ス カ ス
2
赤 い 花
「 神 」
1
神社 ほ と け
フ サヤ ー マ ス ウ ガ ン
仏さま お ま つ り
ウ シ ャ ギ お経
イ エ ス
2
神様が散らばっている
忘 れ た 知 ら な い
「 虫 」
1 未 調 査 かぶと虫
幼 虫 あげは蝶
とかげ
け む し く わ が た 紋 白 蝶 2 未 調 査 かぶと虫
「 魚 」
1 2
サ メ
イラブチャー クロダイ 青 い 魚
ク ジ ラ
タイ
サ メ赤い魚
II校庭にて 参加者
b、c、f、g、hくん 1 台 風 花
寒 さ 風 邪 =
2 に お い
台風=
「 道 」
1 石 こ ろ 車 2 マ ラ ソ ン じ ゃ り 道
シャブー 花 砂 十 字 路
「 森 」
1 木 毛 虫
草 花
枯 れ 葉 虫
2 ト ゲ ト ゲ 烏 の 鳴 き 声
に お い つ よ さ
シ ャ ブ ダ ン プ カ ー 士
烏 デ コ ボ コ
草=
ヘビー 木もれ日
ゲー カも トく
枯 れ 葉 人 骨
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枝
「お墓」
1
水=
か ん 桶 積 み 石 派 手
とびら ンナグ(砂)
カ ン ガ イ コ ツ
穴 土 少 な い
つ ぼ
菓這=
ブロック
2J12l望12J1 坂道=
夢牛浜
r r r
ぬさな夢=
仕 事 正 夢
ホ テ ル
初 夢
橋=
アヵゥス*4 怖くない 闘 牛
軍 一
ノ0,、
水 牛 アャノ*5
ツ ノ
子牛
数 え 切 れ な い ン ナ グ 長い
カ ン カ ン
遊 び 汚 い
一
砂 が き れ い
2
「 貝 」
1
ふたご貝=
標 本 校 長 先 生 貝がら一
校長先生 イ ミ 貝 ホ タ テ 貝 シャコ貝
ホネ貝 r 光 2J1 シャコ貝
ボライサム*6 電 灯
月=
ろうそく 太 陽
電 気
ま ぶ し いか げ r 青 2︺1 な し
絵の具=
は ち
花 空 葉
海 プールー イン(海)
マイケル・ジャクソン
○ ○ お じ さ ん
タ オ ル2
注.I、ある生徒の家にてと、II.校庭にてにおいて‐が付いているのは、小学校低学年(a、
b、cさん)が述べた言葉である。なお、小学校高学年と中一年(d、e、f、g、h くん)は、集団的遊びの形態から見て年齢的に一グループを成していると思われる。
星 不 明 大きい虫
123***
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赤牛…島の伝説に現れる 小学生の名
保良(部落)のおじさん
456
***3.下地町の小学牛の自然イメージ
「 海 」
1船
キ ャ ン プ
バ ー ベ キ ュ ー奇 麗
貝蟹 魚
くらげ 砂水 泳
2J12J12︺1
島南烏
r r r
沢 山 の 人
形
の角 緑三
花
人 が 少 な い
木 畑 が 沢 山
浜 前畑
暑 い
雀
め じ ろ白さぎ
イ ン コ
伝書ぱと
ピーピー鳥
に わ と り
は と2J1 空 r
雲 星
青くて変わらない
い
広月
青い 太 陽
雨が降らない*7
2︲﹄1
星 r 雷雲が出易い*8 星が一杯*9
天 の 川 沢山 綺 麗
星 座 流 れ 星 明 る い
2
「 木 」
1
枯 れ 木 松
イ ヌ マ キ
黒 木
(なし)
ヤ シ の 木
せ ん だ んが じ ゅ ま る
2
「 花 」
1 キ ク
ひ ま わ り
朝 顔 蘭
ほ う せ ん か
コ ス モ スセ ン ト ポ ー リ ア
す み れ
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チ ュ ー リ ッ プ
カ ー ネ ー シ ョ ンか す み 草
2 キ ク「 魚 」 1 鮪
ク マ ノ ミ 2
「 風 」 1 春 風
気 持 ち の い い 風 2 暑 い
「 夢 」
l 恐 ろ し い 夢 ド キ ド キ す る 2 雨
「 森 」
1 ふ く ろ う 枯 れ 葉
2「 山 」 1 登 山
大 き い
2「 道 」
1 新 し く 造 ら れ た 坂 道
ジャリ 2 暑 い
「 浜 」 1 砂 浜
弁当のから 忘 れ 物 2 暑 い
「来間島」
1 小 さ い
「貝」
ペ チ ニ ア タ ン ポ ポ
イ ラ ブ チ ャ ー
ガ ー ラさ ん ま
(なし)
冷 た い 風
暖 か い 風 さ わ や か な 風
涼 し い 風 な ま ぬ る い
楽しい
変 な も の に 追 い 掛 け ら れ る 夢
人口が増える 面 白 い 夢
泣きベソをかく夢
ワ ク ワ ク す る
( 略 ) 水 を 汚 さ な い 海 が 奇 麗 に
熊 烏 幼虫
ビ木 へ生
(なし)
火 山
き つ い一
局 い
怖い
石 こ ろ 頂 上 (なし)
沢山の曲がり角
ゴ ミ長 い 奇麗な 狭 い
蛙 が 死 ん で い る デ コ ポ コ
下 り 道 広 い 車
塵 箱 空 き カ ン
おかずの食べ残し 石
シャワー室
お 店 長い
坂 が 多 い 人 が 少 な い
店 が 無 い
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欠 け て い る
ち い さ い12j12J12j12
光青赤
r r r
殺 人 貝 少ない二枚貝
桜貝
太 陽
ま ぶ し い(なし)
暑 い
海
(なし)
花
(なし)
注 . * 7 上 地 部 落 * 8 川 満 部 落 * 9 洲 鎌 部 落
4 考 察
まず「海」について聞いてみたところ(1)、上記のようなものであった。次に「来間の海」
について聞いてみた(2)。一般的なイメージと、生活に密着したイメージを聞いてみたかった からである。大方の子供にとって「海」は「大海」、しかも食料としての「魚」をイメージす るように思われる。それに対し「来間」の海は、ごく近く「海辺」や「浜」、しかも遊び場所 としてイメージされているように思われる。これを宮古本島下地町(以下、下地とする)と 比較すると、下地の「キャンプ」とか「バーベーキュー」が、来間に出てきていない。「下地 の海」についてのイメージ「奇麗」「沢山の人」に比べると、「来間の海」は子供達の生活(遊
び)に密着していると言って良いだろう。
「島」については、「無人島」より先に「人間」が出ていることに、日本本土と違う特色が 見られる。これは、沖縄ではもともと「シマ」とは「共同体community」のことで「島island」
は二義的なことであり、来間島の子供達にそれが今だに生きているということを表している と思われる。だから「踊り」とか「人口」とか「家」という語が出てくる。「人口」(減少)
は、「島」では重大な関心事であり、来間島でも小学校の存廃に係わるので、子供達にとって も「シマ」の重要な問題と捉えられているようである。「来間のシマ」については、共同体の 結束の堅さを表して「仲が良い」が強調されている。また「テニス」についても、来間中学 の伝統になっていて(県代表にしばしばなっている)、「シマ」の誇りでもある。これを「下 地」と比較してみると、「下地」で「島」と聞いたら「緑」「花」「木」と自然景観のみであっ て、共同体のいわゆる「シマ」イメージは出てきていない。「下地の島」についても同様で「来
間の島(シマ)」のような結束力の堅さは見られない。「来間の島」に、低学年生で「工事」とあるのは、今や「来間」は「農業基盤整備事業」
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の真っ盛りで、島中にブルなどの機械音が鳴り響いているからである。
「南」について、来間では「空」「海」「太陽」とあり、下地に比べるとイメージが豊富で ある。まさに自然に取り囲まれている島といった感覚が見て取れる。来間に比べると下地は、
「南」のイメージが伸びやかに伸展していない。また「来間の南」についても、具体的な方 言地名が出て、生活との密着度が高いと思われるのに対し、「下地の南」についてはそれが出 ていない。
「烏」について。下地の「烏」は、「インコ」や「伝書ばと」など、ペット的なものが混じっ ているのに対し、来間の「烏」は、「鳴き声」とか「うるさい」など直接的、感覚的な言葉が 出ている。そして「サシバ」とか「ひよ烏」などのように野性的な語が出ているのに対し、
下地では都市文化的といって良いと思われる。
また、来間の「ヤマブヌキャ」という方言名も生活との密着度の高さを表していると思わ れる。更に「来間の烏」、「下地の烏」とした場合、「来間の島」の方が多く出ている。
「空」について、来間も下地も「雨」があるのは、両所とも重大な関心事であることを言 い表しているだろう。来間が「ハンググライダー」や「パラシュート」「電線」「たこあげ」
とバラエティーに富んでいるのは、調査の対象者が、下地に比べて数が多いこと、年齢差が あることなどが大きな要因であろうが、更に、やはり来間が具体性に富むと言って良いだろ
う 。
「星」について、来間で「ブス」と言う方言名が出ている点と、「ポライサム」(保良部落の おじさん−つまり頭が禿げ上がっていることに対するからかい)の二点に注目したい。後者 の点は、言葉の自由な機能一からかいやだじゃれ、いわゆる言葉遊びといった多義性が、確 保されているからである。
次に「木」については、来間で「いきている」とあるのが目を引く。人も木も同じ島に生 きていて、島と共に息をつき、脈動しているといった感覚であろうか。また、木の名前(方 言名もある)に混じって「毛虫」や「ウプムス」(大きな虫)とあるのは、木がまるで事典の 項目のように他と切り離されているというのではなく、自然界のものは、他との関係におい て在ることを示唆しているようにも思われる(もっとも「木」と「虫」の場合、主と附属物
といった関係で、むしろ子供達の観察が細かいといった方が良いかもしれない)。
「花」について、来間に「赤い花」「白い花」と感覚的表現が見受けられる。
「魚」についても、来間に「青い魚」「赤い魚」という表現が見られた。
「風」について、下地の「春風」や「暖かい風」に対して、来間はずばり「台風」である。
また「におい」というのは、風にのって対岸の下地から砂糖製糖の甘い香りが、かなり強烈 に臭ってくることが分かる。
次に「道」について、来間に「シャブ」(シャボ)とか「ダンプカー」とあるのは、農業基
盤整備事業で一日中騒音に包まれ、挨をけたててそれら工事用の車が往来しているからであ
る。また来間では道に「烏」の姿を見掛けるのに対して、下地では「蛙が死んでいる」となっ
ている。下地の来間の往来が激しくなっていることを表していると思われる。来間の道に「草」
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が生えているのに対し、下地ではゴミが落ちている。更に下地の道は「長い」、遥かに続く道 のイメージがあるのに対し、来間では「十字路」、人と人が出会ったり、何かと何かがぶつか る、交流するというイメージが看て取れる。下地は宮古の中心地平良に向かって長いのであ り、来間は、それぞれの十字路こそ中心だという観念の違いと言って良いかもしれない。
「森」について、下地では「ふくろう」「熊」など、空想的、物語的な部分があるのに対し て、来間では「木」や「毛虫」、「トゲトゲ」「人骨」など、実態的、現実的である。
「夢」について、「下地の夢」「来間の夢」と投げ掛けた場合、下地は「雨」や「海が奇麗 に」など主に自然が語られるのに対して、来間のほうは、むしろ「橋」「ホテル」「仕事」と 非自然が語られているのも好対称である。これらは、それぞれ共同体としての意識が表れて
いると言って良いだろう。
「牛」について来間で聞いてみたところ、「アカウス」との答えから、この島の伝説が子供 達にも伝わっていることが分かった。「アヤノ」とは子供の名前で、家業と関係している。
「浜」については、来間に対して下地では、「シャワー室」や「弁当のから」あるいは「お 店」が違っている。下地の子供達に「来間島」のイメージを聞いたところ、「店が無い」との 答えがあり、下地の子供達にとって「店」はかなり重要な生活(遊び、文化)の部分(しか も大人の世界と独立した)であることが分かる。来間にも店が二軒あるが、それはいわば大 人の世界に属していて、子供達のいわゆる秘められた場所ではないと思われる。
「貝」については、来間の子供達がその名を多く知っている(情報量が多い)と言えるだ ろう。他に「校長先生」とあるのは、その人が貝の収集家であったためで、個人のエピソー トが大切に(それは人の数が多くないためである)言い伝えられていることを表している。
以上若干の考察を加えてみた。
付記・調査にあたっては、特に来間小中学校及び下地中学校にお世話になった。記して感
謝申し上げる。
『宮古、下地町調査報告書(2)』
(地域研究シリーズ恥16)
正 誤 表
ペ ー ジ 行 数 誤 正
W
ヨ 6 ヨ 1 聡 聴 聡 聴 ら 7 ヨ 紙 巾 紙 幅 62「皿校庭にて」の最初の質問項目「風」
が脱落している。