能性と人間存在の倫理」
著者 上柿 崇英
雑誌名 「エコ・フィロソフィ」研究 Vol.9 別冊
号 9
ページ 34‑44
発行年 2015‑03‑24
URL http://doi.org/10.34428/00007637
上柿 崇英(大阪府立大学)
環境哲学では、「私たちが環境危機と呼んでいる事態の本質とは何なのか」、「環境危機に直面した 現代とはいかなる時代なのか」、あるいは「そもそも環境とは何なのか」を哲学・思想的に考える。本 報告では、最初に環境哲学の方法論として「<人間>-<社会>-<自然>の三項関係」や「持続不 可能性」といった概念について紹介する。そして多くの論点の中でも、特に現代社会における人間存 在論的危機である「人間存在の持続不可能性」に焦点を当てながら、それを通じて「自然」や「いの ち」について考えてみたい。
1.環境哲学とサステイナビリティ
(1)<人間(存在)>-<社会(構造)>-<自然(生態系)>をめぐる構造
→ 人類史から見た「三項関係」:「三項関係」は歴史的に変容してきた。
→ 農耕の成立:人工生態系としての<社会>が独立した実体として自立化し<人間>と<自然>
の関係が“間接化”する。産業革命:化石燃料の使用によって<社会>は生態学的制限から“見かけ 上”切り離され、一方的なコントロールの対象となる。
→「生活世界」から見た「三項関係」:「生活世界」=「生活者から見た等身大の世界」。
もっとも基底にあるのは<自然(生態系)>であり、<人間(存在)>はその一部分である。しかし
<人間(存在)>と<自然(生態系)>の間には「人工生態系」である<社会(構造)>が媒介して おり、「三項」の接合点に「生活世界」の基盤がある。
→ 「生活世界」の構造もまた、歴史的に変容してきた(後述)。
(2)三つの「持続不可能性」
→ 環境危機の本質のひとつは、“現在の在り方”は持続不可能であるという点。
○環境の持続不可能性:エコシステムの「生産力」、「浄化能力」を逸脱した経済社会の”消費”と”
廃棄”がなければ、社会システムや人間の福祉を維持できない状態
○社会システムの持続不可能性:予測不可能な危機が発生した際に、”一元化”や”画一化”によっ て硬直化した社会システムが、十分な対応能力を発揮できない状態
○人間存在の持続不可能性:→ 人々は別々に非人格的な“仕組み”に深く依存し、互いに人格的 な関係性を構築し、相互扶助と、問題解決のための協力関係を生み出すことが著しく困難であるとと もに、この社会様式の元で“生きる”ことそのものに困難を抱えている状態。
→ 環境危機とは単に「自然破壊」等の問題ではない。
→「自然」や「いのち」は、「三項関係」という全体性、「生活世界」に生きる人間存在の眼差しから 捉え、人間存在本来の「自然さ」、人間存在にとっての「いのち」を問題にする必要性。
2.人間存在をめぐる問題と「生活世界」の構造転換
→ 「人間存在の持続不可能性」は何に由来し、現代社会にいかなる意味を持っているのか。
→ そもそも「生活」とは何か? 「生きる」とは何か?
(1)「生活世界」の構造と“生の三要素”
○「生活世界」の存在意義と「生きる」ことの究極命題:→「伝統的共同体」では明確
→①「いかに“生存”を実現するか」:人間は生物である限り、生存の問題から逃れられない。
→②「いかに“存在”を実現するか」:人間は本質的に集団の中で生きる。“生存”はひとりでは実現 できない。
→③「“生存”と“存在”を実現するための“社会”をいかに次世代へ“継承・再生産”するのか」:
“生存”と“存在”を実現は容易ではなく、何世代にもわたってその“仕組み”を少しずつ改良し、
継承してきた(これが「生活世界」から見た「社会」の本質)。
→ いずれにしても、三つ要素を実現するための様式は深く結びついており切り離されない。
→ 生きるということはきわめて明確。共同体において生存し、共同体の一員として存在し、前世代 から託されたものを次世代に継承していくことそのものだった。
(2)近代的社会様式における「生活世界」
→ 生存の様式:市場経済のネットワークによって複雑に細分化される形で実現される。(貨幣と労働 を媒介としたブラックボックス)
→ 存在の様式:国家のアイデンティティと同時に、個人的な“自己実現”が存在の中心となる。問題 の解決や意志決定は専門家集団への委託によって実現される。
→ 継承・再生産の様式:学校システムという特殊な施設によって実現。
生活世界の三重の変容:
→ ①生活世界における“生活”そのものの空洞化。②生活世界における三つの文脈の分断。③機能 的な“仕組み”への置換による“意味”の喪失。
→ 物質的な水準、物質的な水準に支えられた社会的な自由の幅は驚くべき規模に拡大したが、生活 世界そのものは実体を失っていくという逆説。
(3)地域社会の消滅と「中抜け」
○「生活世界」の構造転換は、いくつかの段階を踏んで現代の形になった。
→①「伝統的共同体」の解体と「中間組織」の存在意義の低下
→②「地域社会」の消滅と、「ニュータウン化」。
→③「情報化」による、コミュニケーションの歪み。関係性のいっそうの脆弱化。
→「中抜け社会」:人間的な横のつながりが消え、非人格的な“仕組み”と“個人”の二層化が進行。
→「ぶら下がる個人社会」:個人が「生活」の文脈を“仕組み”に極度に依存する。
→「相互不信社会」:関係性の中に「共同の動機」が失われ、相互に顔が見えない不信感が蔓延。
(4)素朴倫理と普遍倫理
○「生活世界」の変容が人間存在に対して及ぼす影響を別の側面から
→ 人間存在の倫理における「倫理の三層構造」:
「生物倫理」= 倫理が働く生得基盤として不可欠。欠損の場合は先天的な病気(サイコパス)
「素朴倫理」= 個々の人間主体を、生活世界の文脈に基づいて集団に結びつける。人間―自然関係、
人間―人間関係におけるもろもろの慣習的・経験的な“知恵”が“作法”として継承。
「普遍倫理」= 倫理を合理的基礎付け、「素朴倫理」では統合不能な集団間の紛争を調停する
○「倫理の中抜け現象」
→ 伝統的な倫理の多くは「素朴倫理」と「普遍倫理」の中間的なものだった。
(紛争時には「普遍倫理」(道理)が必要だが、日常生活の再生産は「素朴倫理」が担ってきた)
→ 近代倫理学は「普遍倫理」のみに目を向け、他方で「素朴倫理」は、偏見や誤謬、解体すべきもの として否定され、全面的に「普遍倫理」に取って代わるべきものと考えられた。
→ しかし人間存在の倫理の本質は「素朴倫理」にあり、「素朴倫理」がなければ「普遍倫理」も機能 しない。(例えば「なぜ人を殺してはいけない」のかという普遍的命題が議論できるためには「人を 殺すことはいけない」という直感的な「素朴倫理」が必要。)
3.人間存在の持続不可能性の再考
(1)「生活世界」の喪失は、何を意味したのか
○ 人間存在の持続不可能性の背景にあるもの
→ 存在の揺らぎ:「生きづらさ」の背景にある「非経済的」根源=「生活世界」からの疎外。
○「生活世界」からの疎外に含まれる諸局面
→ 世界(コスモロジ-)からの疎外:個人は複雑な社会システムに深く埋め込まれ“社会”の全体
像を把握できない。生活世界が失われ“生の三要素”の文脈を実感することができない。世界に自身 を位置づけることができない。
→ 世代からの疎外:「世界からの疎外」と“生の三要素”の文脈の欠落によって、過去世代から未 来世代へと連なる世代の文脈に自身を位置づけることができない。
→ 倫理からの疎外:人間存在は「生活世界」の三つの文脈(生存、存在、再生産)を通じた具体的 な経験によって「素朴倫理」を形成。「素朴倫理」を形成できないことによる、関係性構築能力の低 下。
(2)生活世界を取り戻す
→ 過去に戻ることは不可能。しかし持続可能な新しい社会を構築するためには、根源的な人間学に まで立ち返り、われわれに必要なものは何なのかを見極める必要がある。過去と同じ形ではなく、人 間の「自然さ」に相応しい「生活世界」をどのように再構築できるのかが問われている。
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